――SFの話をしましょう。
地底人が実在して、彼らは地上の人間よりも遥かに高い技術、いえ"力"を持っているとする。
そして新しい住処を求めていて、人間を目の敵にしている。
さて、この後の展開はどうなるでしょうか。
ふむ、人間vs地底人の戦争? 妥当だけど、ハズレね。人間側が地下に侵攻したなら正解だと思うけれど。
答えは、地底人は嫉妬するだけで何もできないって所。
だって一生を土の下で過ごす地底人が、太陽の光を浴びられるわけがない。だから人間はずっと無事でいられた――そんな話は、聞いたことないかしら?
あら、聞いたことないみたいね。残念。
それで何が言いたいのかと言うと、雲ひとつない青空の下を飛ぶのは私にとって――とても疲れる事なのよ。
「……なあ、目の前に人がいるってのに、独りで勝手に何か納得してるってのはどういう了見なんだ?」
不機嫌そうな声が飛んでくる。そういえば、会話をするのを忘れていた。
私の目に映るのは、モノトーンの服を来た金髪の魔法使い。つば広の三角帽を被り、箒に腰掛け悠々と空を飛んでいる少女。
「えっと、アナタの名前はなんでしたっけ、ええっと……」
私はふたつの目を閉じて、ひとつの目を凝らす――
「なるほど、霧雨魔理沙さんでしたか」
「そう、そして失礼なお前は古明地さとりだ」
黒魔法使い――魔理沙が私を指差して、そんな事を言った。
小柄な体を包む紫基調の服と、ハートのアクセサリがついたカチューシャに紫のショートカットヘア。
そして顔にある両の目と――触手で体と結びついている第三の目。サードアイ。
喧嘩もヘタクソだし、こんな奴が地底に住む妖怪の主だなんて信じられない――と、魔理沙は考えていた。
私は、これ見よがしに嘆息してみせた。
「アナタの記憶にある吸血鬼と違って、私は心を読む程度の事しか出来ないですもの。主というよりは世話焼きお姉さん、といった感じですよ」
そう、私は妖怪の「覚」。他人の心を読むくらいしか能がない、弱い妖怪だもの。
「で、その嫌われ者お姉ちゃんが、何だってこんな良い日和に外出してるんだ?」
良い日和。ええ良い日和でしょうとも。私にとっては燦然と煌めく日光がみっつの目に染みて、痛い。
魔法・妖精・妖怪・神――忘れ去られたモノ達の行き着く地、『幻想郷』は今日も良い天気だった。
「何だって、と言われましても。うちのペット達はよく神社や森に遊びに行くのですし、私だって散歩――あ、回遊くらい構わないのでは?」
魔理沙が心の中で重箱の隅をつつきたそうにしてたから、先回りして言い直してみた。
「……まあ、そりゃそうだ。今の方角なら行き先は――」
「いえ、アナタの家ではないですね。妹がお世話になっているみたいだから、いつかお話しに行きたいとは思ってますが」
「あれは世話するというか、勝手に遊ばれるって感じだなぁ……で、いき――」
「行き先を決めずに、徒然と回遊するのもまた楽しいと思いませんか? ……あら、アナタは中々せっかちな生き方をしているみたいですね。ならこの気持ちが分からないのも当然ですよ」
「お前、人の――」
「『人の喋りを遮るな、機嫌が悪くなる。せめて先回りしろ』ですか。申し訳ありませんね、これは性分ですので」
「……」
魔理沙の心の内で、不快感が湧いている。温泉に換算すれば一儲けできそうなくらい。
でも『覚は、人の考えてる事を言い当てて驚かせる妖怪だっけな』――と彼女が想う通り、少し嗜虐的な傾向が強いのは妖怪としての性分だもの。仕方ない。
「『――と、知識で知っててもムカつくものはムカつくな。どうせこの気持ちも理解されてるんだろうし、ちょっと痛めつけて黙らせよう』、と。……本当に好戦的というか」
リクエスト通り、魔理沙の思考を先回りして言葉に出す。
その頃には彼女はもう、ニヤリと笑いながら数枚のカードと八角形の物体を取り出していた。
前者はスペルカード――「やあ、おはよう」代わりに弾幕をお見舞いする、幻想郷なりの挨拶の道具。
幻想郷で殺し殺されという戦いはご法度で、今は"弾幕ごっこ"というルールの枠内で争う決まりになっている。
後者の八角形は、えっと……八卦炉、という魔術の媒体らしい。魔術理論については……"見"るのがめんどうだから割愛。
「では私も新しいスペルを作ってきたので、アナタの驚く様を記憶に記銘させてもらうとしましょう」
「人に嫌な思い出を刻み込むのは楽しいよな。――私も同じさ」
「ええ、心底ひねくれた性格してるのが分かりますわ。スペルは3枚まで、被弾1回で敗北――でよろしいですか?」
「ああ、それじゃあ行くぜ!!」
魔理沙の掛け声と共に、"弾幕ごっこ"開始。
「ではお先に失礼……!!」
経験も体力も魔理沙に劣る私には先手必勝しかない。彼女の心の隙を突き、小手調べの弾幕を放つ。
円を――目玉をイメージした弾丸をゆっくりと、相手にプレッシャーを与える事を目的に展開。
「まだまだそれじゃあイージーだな、っと!!」
でもそれが何の脅威になっていない事まで、私には分かっていた。
箒を巧みに操り弾幕を掻い潜りながら、魔理沙は器用に星型の弾丸を雨あられと放ってくる――事も、私には読めているのだ。どこにどう弾が来るのかは全て分かっている。
だから後は、私の運動能力がそれについて行けるかどうか。
「っ!! くぅ……!!」
読心と回避、弾幕展開の3つの作業に専念しなきゃいけない私。
「日陰者の主様に言っておくけど、お前の能力で『詰む』弾幕を作るのはルール違反だからな。せいぜい頑張ってみてくれよー?」
それに対して悠々と回避と弾幕展開をこなす魔理沙――弾幕ごっこにおける実力の差は、圧倒的だった。
宙を舞う魔法陣からたくさんの弾がばら撒かれる。魔法陣が無作為に弾を発射しているから、私の読心も意味がない。
「どこぞのパパラッチの時はまだ上手くいったのだけど……」
そんな呟きが魔理沙にも聞こえたらしい。
『お前の弱点は、私の心眼でお見通しだぜ』――という、心の返事が聞こえた。
……心眼というわざとらしい謂が何だか癪に障るわね。けれど私には口に出して反論する余裕もなかった。
判断ミス――囲まれる――目の前に弾幕が迫る――早くも被弾の危機。
「なら、ひとつしか手はないわね」
私は懐から、1枚のカードを取り出した。
スペルカード――それもこんな時の為に作っておいた新作スペルを、宣言。
「……スペルカード『元型:ゲハイメシャッテン』」
ぎゅるん、と蠢く第三の瞳。
目を凝らし/見開き/焦点を合わせ、全力で魔理沙の心を読み進めていく。
ペルソナを通過し、スーパーエゴの影を捉える。それを『想起』と同じように私の力で具現化する――!!
「んなっ、それは……!!」
瞠目して、息を詰まらせる魔理沙。
その気持ちが"分かる"なんて私が言ったら馬鹿らしいけれども、こればかりは誰でも理解できるでしょう。
だって彼女の目の前には、姿形のまったく変わらないもう一人の魔理沙がいるのだから。驚かないわけがない。
《ボヤボヤしてると被弾するぜ!!》
私が生み出した、もう一人の魔理沙が魔法を編む。
「こりゃ、私の――」
そう、その通り。
私が再現したのは魔理沙の心の一部。切り取った心が使う弾幕は、彼女お得意の超級レーザー弾幕――
《スペルカード、『恋符:マスタースパーク』!!》
宣言と同時に"魔理沙"の手から溢れた閃光が、私達の目を焼く。
八卦炉まで再現できなかった所為で性能は本家よりも悪かったけれども、動揺した魔理沙を撃墜するには十分な威力があったみたい。
これを俗に「初見殺し」とでも言うのかしら?
箒ごと墜落する魔理沙がみっつの眼下に――手からこぼしたのか八卦炉がそれを追うようにして落下していた。
「動揺しましたね、魔理沙さん。これで被弾1回……」
そう言う私は、下克上といった感じで油断していたのだろう。だから――"彼女"の勝手な行動に気づくのが遅れた。
《あれは私が頂くぜ?》
そう呟いて、もうもうひとりの"魔理沙"が箒を翻して急降下。
本物の持つ八卦炉へ向かって。
……なるほど、そういう事――!!
「魔理沙さん、その"魔理沙"に八卦炉を渡してはいけません!!」
「当たり前だ……それは、私のもんだ!!」
私が上の方から"魔理沙"へと第三の瞳の力を集中させる。
"魔理沙"は八卦炉まであと一歩、という距離まで急降下を続け、本物の魔理沙は空中で反転/急上昇で八卦炉へと迫る。
そして私がスペルを解除するよりも早く――
魔理沙が八卦炉へと辿り着くよりも早く――
《いただき!!》
――"魔理沙"が、八卦炉を手の内に収めていた。
「ああもう、どうなってるんだ三つ目のおばけ!!」
疑問は"分かる"が、今はそれどころじゃない。
「『想起:テリブルスーヴニール』!!」
スペルを発動――ふりこのようにレーザーが軌跡を描き、それに続く円形の弾丸が"魔理沙"を追う。
しかし相手は一部とはいえ、百戦錬磨な魔理沙のコピー。あっさりと弾幕を掻い潜られてそのまま青空の彼方へ飛び去ってしまった。
「……逃げられました」
「ああ流石は私だ、逃げ足は大したもんだ――って、どういう事なんだよ!!」
服の端々を焦がした姿で、魔理沙が怒鳴る。
「心を沈めてください。みにくいですから。……『みにくい、はどういう意味だ』ですか? そんな事はどうでもいいのです」
思考が乱雑としていて心が"見"にくい。
そして怒りと狼狽の所為で心が醜い――どちらの意味でも正しいから。
「まず『なんでスペルを解除して止めなかった』という疑問ですが、対応が遅れたのは私の過失です。申し訳ありません」
「……」
「そんなに疑わないでください。私の能力は全知には程遠いのですよ?」
なにせ無意識というものは私にはどうしようもない。心の隙を突かれてしまえば、私は心を読む暇もなく後手に回るはめになってしまう。
「ともあれ不意を突かれた所為で"魔理沙"に八卦炉を奪われてしまいました。"魔理沙"は今、八卦炉の魔力を頼りに自立をしてますから、もう私の手を離れています。ですので私の意思で解除はできません」
魔理沙が知りたいと思っている情報をすべて、一息に言い切る。
一応納得した魔理沙は、頭を掻きながらこう愚痴った。
「この私が盗まれる側に立つだなんて……いや、私が私のものを盗んでいるからノーカウントなのか?」
「……驚いた。大切なものを取られてすぐだというのに、もう余裕でいられるんですね」
私が"見"たかぎり、八卦炉は魔理沙にとってかなり大切なアイテムみたい。なのに偽りない余裕を見せる彼女に、私は少なからず感心していた。
私の言葉に対して魔理沙は、不敵に笑んで見せた。
「力づくで奪い返せばいいだけだ。それで偽物の行き先に心当たりはないのか?」
『ないなら、ぶっ飛ばして責任を取らせる』――なんて事を考えられたら、嘘もつけない。
「私に対して『心当たり』というのも妙な言い回しですね。……ええ、行き先にアテがあります」
そう答えると魔理沙は喜んだ。なんだかんだ言っても、八卦炉が大切な事は変わらないのね。
「『行き先はどこだ? 早く教えろ』――なんて急かさないでくださいな。まず、アリス・マーガトロイドという方の家に行きましょう」
「……アリスのとこか? よし、それじゃあひとっ飛びするぞ!!」
意気揚々と魔理沙が飛ぶ――まるで流れ星のように。
だけど彼女は気付かない。思いついて当然の疑問に気付かない。
それとも、無意識の内にその疑問を思いつく事を避けているのかしら?
『"魔理沙"は自立して、一体何をしようとしてるのか』――という疑問を。
まあこのままの方が面白くなりそうだし、聞かれるまで教える気はないけれど。
私は心の中だけで呟いて、魔理沙の後を全力で追うことにした。
○○○
◎
『……誰かと思ったら、魔理沙? そんなに慌てて何の用よ』
不機嫌そうに喋る彼女は、アリス・マーガトロイド。
金髪に赤いカチューシャ、フリルのついた服はまるで人形のように綺麗。その手には魔道書を抱えていて、何より特徴的なのが――周囲に侍らせている、無数の人形たち。
『ああ、ちょっとお前と話がしたくてな』
素っ気ない態度のアリスにも怯まず、魔理沙が言った。
『わざわざ話をしに来るだなんて珍しい。本をよこせとか魔法の材料をよこせとかなら――』
そう言ってアリスはおもむろに片手を動かすと、その動きに連動するように人形たちが動いた。
剣を構える人形/槍を構える人形/盾を構える人形/魔法陣を編む人形/人形を動かす人形などなどが――同時に、魔理沙の方を睨む。
『容赦は、しないわよ?』
アリスの好む魔法は、これらの人形を使った魔法らしい。弾幕ごっこも主にこれらの人形を使うようだ。
だけれど、そんなアリスの弾幕ごっこにはもうひとつ特徴がある。
『容赦はしない、ねえ。相手に合わせて力の大きさを変えるやつには言われたい科白じゃあないな』
魔理沙がそう言って目を細めた。
そう、アリスはどんな勝負でも決して本気を出さないらしい。常に相手の力量の少し上の力で戦うそうだ。
その理由は『全力を尽くして負けたら、後がないから』――と魔理沙は説明されているみたい。
『……必要以上に手加減はしないって事よ。それで、何の用事なの』
『うん? ああ、そうだな。私は今少し急いでいるから話を先に進めよう。まず聞くぜ、お前は"私"をどれくらい知ってる?』
素っ気ない――ように表面上は見せかけた魔理沙の質問。
アリスは不思議そうにしながらも、人形を休戦状態にした。
『……種族「人間」。職業「魔法使い」の、泥棒魔法使い。負けず嫌いで、ワガママで、諦めが悪いタチ』
『そうだ。私は非力な人間だ。妖怪様のマネをして、こっそり努力してお前達についていってる――その程度の能力の人間さ』
魔理沙自身が口にするとは思っていなかった言葉に、アリスが首を傾げた。
それを無視して、急かすように魔理沙は話を続けていく。
『で、もういっこ質問だ。お前はなんでいつも、相手に合わせて手加減をするんだ?』
『それは前にも言ったでしょ。「貴人は常に余裕を見せよ。全力を尽くして負けたら、底を見透かされる」って。余力を残しておけばいざという時、困らずに済むものよ』
『ああそう、それさ。アリスはそんなわけでいつも本気を出さないけどさ――』
片手で頭を掻き、魔理沙は満面の笑みと共に、言った。
『――それが気に入らない。ムカツクんだよ』
そう、満面の笑みも笑みだとも――満面の歪んだ笑顔だって、笑顔には違いないでしょう?
『霊夢にしろパチュリーにしろ、私より強い連中相手でもお前は手加減をしてるんだから、アリスは私より遥かに優秀って事じゃないか。だってのに、私の実力に合わせて手加減をしてくださってるわけだ!!』
芝居がかった風に両手を広げる魔理沙――その目が、暗い光を湛えている。
『……なあ、これが馬鹿にしてないって言うなら、何だって言うんだ!? なあ、教えてくれよ!!』
何と直情的で、魔理沙らしい物言いだろう――そう思う反面、アリスはこう疑問にも想っていた。
そしてその疑問を心の中に留めておくほどアリスも回りくどい人間、いや魔法使いではなかった。
『……あんた、本当に魔理沙?』
『失礼な奴だな、私もれっきとした魔理沙だぜ?』
小馬鹿にするような口調と表情の魔理沙。その言葉をアリスが信じるか信じないかの答えは、保留だった。
『疑わしきは罰する、これに限るわね』
そう思考し、アリスがひょいと片手を振る――再び人形が臨戦態勢に。
『お、やる気満々だなアリス。一度でいいから本気を出してみてくれよ、私がそれを叩き潰してやる。お前の顔から余裕ってのを消してやるぜ』
対する魔理沙は動じるどころか、獣のように歯を剥いて笑った。
好戦的な態度の彼女に、アリスが嘆息。そして魔理沙の右手を指さしながら、こう言ったのだった。
『どうせ最初から一戦交えるつもりだったのでしょう? 此処に来てからずっと――右手に八卦炉を持ったまま、離そうともしなかったじゃない』
(-)
エピソード記憶の検索/読心/共有を終了。
私は――古明地さとりは意識を今に引き戻す。
目の前で争うアリスと"魔理沙"。展開される七色の美しい弾幕と、煌めく星型の弾幕。
それを横目に、私は魔理沙の方を振り返る。
「魔理沙さん、アリスさんと"魔理沙"があそこで弾幕ごっこをしているのはこんな経緯からみたいですね」
……って、あら。そんなに血の気が引いた顔してどうしたのかしら魔理沙は。
私の能力で"魔理沙"とアリスの記憶を一緒に読んだ事が、そんなに疲れたのかしら?
いいえ、違うみたい。
「――ふむ、『なんで偽物はそんな事を知ってるんだ』ですか。では今更ですが、その理由を言いましょうか?」
そう私が言った瞬間、魔理沙は食って掛かるように私の方へと身を乗り出した。
「……っ!! ああ――もう、このっ……!!」
「地団駄踏むだなんて可愛いところもあるのですね。いつも宙に浮いたような言動をしていた分、地面が恋しいのですか?」
「だから、お前なぁ……っ!!」
「ええ、言葉に出来ないけど、アナタが本当に怒っている――という事は理解してます。とにかく頭を冷やして話を聞いてください。じゃないと"魔理沙"が何を喋るか分かりませんよ?」
魔理沙が呻きながら口を閉じる――こう言えば、彼女が黙る事も私には読めているのだから。
さて、説明しましょう。ココロを語りましょう。
「人間の心は簡単なものではありません。陰陽太極図を見れば分かるように、心はいろんなモノが混ざり合ってできています」
陰陽太極図という言葉のおかげか、魔理沙はすんなり頷いて受け入れてくれた。
「私はその心の中にある、自分で認めたくない悪の願望や感情の吹き溜まりを――心の影を再現したのです」
これは専門用語ではシャドウ、とも呼ぶわね。
「まあ本来これは妹の――無意識の分野なので、具現というよりは『心の闇のようなもの』を創作したようなものですけれど。だからこそ魔理沙さんにも――"魔理沙"が言った事に、心当たりがあるんですよ」
本来この『シャドウ』は無意識のモノで、私には見えない。だから私は"目"に見える部分を参考にして、"目"に映らない部分を縁取りして形にしただけ。
「なるほどな。で、何でお前はそれを早く教えなかったんだ?」
「決まっているでしょう。アナタは自分の心の闇を知るのが嫌だった。無意識のうちに気づかないようにしていた――それが私には分かったから黙っていた。それだけですよ」
ああ、なんて親切でしょう!! ……ええ、もちろんただの嫌味よ。
「……『覚』は地底で最も嫌われている妖怪、か。納得いったぜ」
心底嫌そうな――というか心の底から嫌がっている、魔理沙の言葉。
やれやれ、また嫌われちゃったわね。これが覚の本分だけれど。
「ええい、それでどうやったら止められる。割り込んで偽物をぶっ飛ばせばいいのか?」
苛立ちをどこかにぶつけたいと無意識に思っているのか、早速乱暴な発言をする魔理沙。
確かにそれは間違ってないけれど……
「……あの弾幕の応酬を掻い潜って、"魔理沙"をぶっ飛ばして八卦炉を取り戻す。今のアナタには少し、荷が重いのでは?」
「そ、そんな事ないぞう」
「心が読める私相手に強がる意味がわかりません。まあお任せくださいな……ちょっと、記憶を借りますよ」
第三の目を見開き、私は魔理沙の記憶を検索開始。
相手の同意もあれば割と簡単に……よし、条件に該当する能力を発見できる。『想起』を開始、魔理沙の記憶にある能力を発動する。
「『想起:のびーるアーム』及び、『想起:オプティカルカモフラージュ』発動」
私の背中に機械でできた伸縮自在の腕が現れ、特殊迷彩の力で消える。
その不可視の腕を"魔理沙"の方に勢い良く伸ばす――
「お、おい。弾幕ごっこで動き回ってる時にそんな事できるのか?」
「確かに今のままでは難しいでしょう。でも少し待っていれば問題はありません」
魔理沙の疑問に、自信を持って断言する。
私は心が読めるからこそ、この先の展開も読めているのよ。
『のびーるアーム』を"魔理沙"の近くに伸ばしながら、私は来るチャンスを待った。
《この!! 『恋符:マスタースパーク』……!!》
そしてチャンスが到来――アリスの弾幕に押された"魔理沙"がスペルを発動する。
そう、偽物ではどうやっても力が足りず、"魔理沙"はこのスペルに頼るしかないのだ。私はその発動の瞬間を突いて八卦炉を掠め取る――と。
《――――あ》
呆然とした声。私にはその裏に秘められた声が――『畜生、ここまでか。悔しいなぁ』、という"魔理沙"の心の声が聞こえた。
でもそれは悲しみや後悔の言葉ではなくて。むしろこれからが楽しみなのに、その先が見れないのが残念とでも言うような気持ちだった。
弾幕ともども、"魔理沙"は幻想郷から姿を消した。
「いきなり魔理沙が消えたと思ったら、いるじゃない。瞬間移動なんてできたの?」
一息つく間もなく、宙からそんな声とアリスが降ってきた。
その視線が一瞬だけ私の方へ向いた。
と思ったらすぐに魔理沙の方へと戻す。挨拶を口にもしない。
まあ口にしないだけで、心の中では『こんちには、さとりさん』――って挨拶をしているのだけれども。
確かにその方が手っ取り早いけど……ふぅ、本当にこの魔法使いは損な性格をしているわね。
「瞬間移動なんて大魔法、まだ私にゃできやしないよ。さっきお前の前にいた私は、さとりの作った偽物だ。生意気にも私の八卦炉を盗んでいったのさ」
魔理沙が心なしか俯き気味で説明をする。
アリスはそれだけで状況を理解していた。私の『想起』の技――心を具現化する技の事は、彼女もよく知っている。
「なるほどね。八卦炉も取り返せたみたいだし、良かったじゃない」
「あ、ああ……」
「……」
「……」
そうして2人は沈黙してしまう。私もこの状況下で口を挟む程ヤボじゃない。
気まずそうな魔理沙と、いつも通り淡々としたアリス――最初に話を切り出すのは、どっちかしら。
「なあアリス、何か言う事とか、反論とかないのか?」
やっぱりというか、魔理沙の方から話を切り出した。本当にせっかちなのね。
――もしもう少し魔理沙が臆病だったり悠長だったりしたのなら、今ここで聞きたい事を後回しにするなんて洗濯もできたのに。
「反論? …………別にないわよ」
「随分あっさりしてるなぁ。私の偽物が散々言ってた内容にも、お構いなしか?」
魔理沙の言葉に、読心能力がなくても分かるくらいに露骨な刺があった。
それでもアリスは泰然としていて。
――それが一層、魔理沙の感情を煽るとも知らず。
「別に……魔理沙が私の事を嫌いだというなら、それは仕方ない事でしょ」
「仕方ないってお前……認めるって事か? あの偽物の言った事を!!」
ああ、言葉尻を捕らえてしまっているわ。アリスが言っているのは、そういう事じゃないのに。
「そうじゃないわよ。あんたが私が嫌いだって事を気にしていないのか、って聞いたから否定しただけよ。勝手に話をややこしくしないで」
そしてアリス……あなたの性格は把握しているけれども、そんな言い方したら――
「ややこしくなんてしてない。お前が話を誤魔化しているだけだろう?」
「別に私は、魔理沙の事を馬鹿になんてしてないわ」
「……そんなの、信じられるか」
「じゃあ、どうしろと言うのよ。今のあんたに何を言ったって無駄でしょう」
魔理沙は感情的になりすぎて冷静さを失っている。
そしてアリスもへそを曲げてしまっていて、相手を気遣った発言ができていない。
ああ、全くもって人間味のある言葉のすれ違い。かくも気持ちというものを伝えるのは、難しい。
「無駄だと……!! また私の事を馬鹿にして!!」
「人の話を聞かないからだって言ってるでしょうに……!! 少し、黙らせた方がいいのかしら?」
そしてすれ違いという芽は大きくなり、次第に争いへと育つ。
全くもって面白い――積み立てるよりも打ち崩す方が容易いとは良く言ったもの。理解し合うのはあれほど難しいのに、反目するのはこんなに簡単。
本当の意味で「相手を理解する」事なんて、不可能に違いない。
でも、よ。
だからといって分かり合う事を諦めて、心を閉ざす事は――勧められない。
私はこの2人の気持ちのぶつけ合いを肯定する。久しぶりにいいものが"見"れたわ。
だからそろそろ――意地悪はやめておきましょう。
「失礼、そこのおふたり、ちょっと聞いていただけますか?」
今まで無言だった私に声をかけられ、魔理沙もアリスも動きを止めた。
「魔理沙さんの気持ちも"分かり"ますけれど、少し私のお話を聞いてください」
「なんだぁ? これからちょっと肉体言語で語り合おうって時に」
魔理沙が片目を細めて言う――凄く不快そう。というか実際とても苛立っている。
でも話を聞いてくれるだけで上々。
「盛り上がっている所悪いのは承知してます。ですがひとつ言わせてもらいます――」
そう念押しして、少し間を空ける。
そこで嫌な予感を感じたアリスが、何か口を挟もうとする――その前に、私は言った。
「アリスさんは、アナタの事を馬鹿になんてしてませんよ。それこそ心の底から、ね」
その言葉に魔理沙が、そしてアリスも同じように、目を見張った。
魔理沙もアリスも考える事は同じ――『そうだ、こいつは心が読めるんだった』
「魔理沙さん。アリスさんは『他人からどう思われようと気にしない』人だという事を忘れていませんか? 無愛想で言葉足らずなのは、いつもの事なのでしょう?」
ペット達を躾けている時のようにゆっくりと丁寧に――諭すように、魔理沙へと語りかける。
「アナタの努力についてもアリスさんは――」
そして言葉を続けようとする私の目の前に、長く鋭い槍が突き刺さった。
「それ以上何か喋ったら、許さないわ」
アリスが言った――その周囲で、武器を構えた人形が宙を舞っている。
その布陣は緻密で完璧。被弾せずに切り抜ける事は不可能なのだと、アリスの心を読んで理解した。
動けない私に対してアリスは、嫌悪感たっぷりの目で、吐き捨てるように呟いた。
「他人の、他人に対する気持ちを読む、ね。覚が嫌われる本当の理由が分かったわ」
ええ、その通り――私はにっこりと微笑み返す。
「一対一ならまあ、我慢できる能力でしょうね。でも第三者視点で――第三の目として、他人に心の内を伝えられるのは想像以上に不快だわ」
「……それは確かにぞっとするぜ。私の偽物がやったような事を、こいつは余裕でできるんだもんな」
アリスの解説に、魔理沙も同意する。
じり、と2人が私から遠ざかる――内心の嫌悪感が一層強まったのが私の目に"見"えた。狙い通りに。
私が嫌われるだけで怒りを鎮められるのだから、安い買い物でしょう。
「分かりました。では私はもう口と"目"を閉じるとしましょう。……さあ、お話の続きをどうぞ」
だから速やかにこの場から身を引く事にする。ロングスカートをひるがえして、ふわりと宙へ飛ぶ。
『何か喋った』所為なのか人形がピクリと反応したけれど、主人の意向で攻撃はしてこなかった。
「お、おい、さとり――」
魔理沙が何事かを口にしようとする――具体的には、『さっきの話は本当か』といったような疑惑の言葉を。
なら私は念を押された通りに、魔理沙の疑問を先回りして答えるとしましょう。
「クレタ人のパラドックス、ですよ。そんな事を聞かれても答えようがありません」
この返答には魔理沙も呻くしかない。彼女がクレタ人のパラドックスをちゃんと知っているからだ。
私がここで『本当だ』と答えても、その答え自体が本当がどうか判らないでしょう。嘘つきが「僕は嘘つきじゃない」と言った時の矛盾――それがクレタ人のパラドックス。
「――魔理沙」
割り込むように声。さて、私は話が聞こえて且つ邪魔にならない場所に行かないと。
空を飛んで、辛うじて2人の顔が見えるというくらいの位置まで移動――重苦しい空気の会話に耳を澄ます。
「あー、なんだ、その、アリス。悪かった。頭に血が登ってたみたいだぜ」
「分かってくれたなら、別にいいけど」
「おう……それでだな。よければさっきの事について、ちゃんと教えてくれないか?」
恐る恐る、魔理沙が聞いた。
「さっきの事って言うと、私が魔理沙を馬鹿にしているかどうか、って話よね」
そう言ってアリスは、視線を宙にさ迷わせる。
言い逃れではなくて――どう言えば簡単に言いたい事を伝えられるかを考える為に。
そして数秒後。アリスの顔が、再び魔理沙を捉える。
「……私は私の都合で、余裕を残す戦い方を貫いている。だから、私の身勝手さが原因なのだから、馬鹿にしていると思われても仕方ないと思うわ」
「だからお前、さっきは黙って反論もしなかったのか」
「ええ、その通りよ」
だけど――と、アリスが心の中で言葉を繋ぐ。
「魔理沙の事を馬鹿にしているかどうかは、それと関係がない事。むしろ私は、あんたのその生き方――嫌いじゃないわ」
無表情のまま、アリスがぽつりと言葉を零した。
嫌いじゃない――全くもって彼女らしい言い方ね。
「嫌いじゃない、か。アリスとは反対のスタンスだってのに、意外だな」
「本当にあんたはひねくれた反応ばかりするわね……。ともかく私は『相手の力よりも少し上の力』で戦うようにしているけど、そんなの相手の力量をちゃんと測れないと不可能でしょう?」
アリスの言葉に、首を縦に振る魔理沙。
『だからこそ、お前と弾幕ごっこをしてて私は「上達した」という感覚が得られないんだ――』
そんな、魔理沙の心の声。アリスにはそれを聞くことができたはずもないけれど……絶妙のタイミングで、彼女は言った。
「だから私ほど、魔理沙の成長っぷりを正確に知ってるやつは幻想郷にいない。つまり……あんたを凄いと一番断言できるのは、私なのよ」
そしてアリスは努めて素っ気無い態度を装う。ふむ……なかなか、初々しい。人間らしいところがあるじゃない。
さて対する魔理沙は――
「す、凄い……? 私がぁ?」
びっくりするほど、狼狽していた。
「……何よ魔理沙、正直に言ったら言ったでそんな反応?」
「あ、いや、悪い。だけど私のどこが凄いんだよ」
やはり疑り深い、ひねくれ者な魔理沙。アリスも流石に怒りはしなかったけれど、呆れはしていた。
それでもちゃんと説明しようとするあたりアリスは優しい。
「人間の寿命はとても短いわ。その中で……限られた時間を精一杯生きる事もまた価値があるんじゃないかしら。私達みたいな人間をやめて、寿命を捨てた存在はどうしたって必死になんてなれないから」
時間の制約がないからこそ焦る必要がない――なるほど。
幻想郷の妖怪達がどこか呑気なのも、その所為なのかもしれないわね。
「『人間』だからこそってか。なるほどな、得心いった、ぜ」
「それなら良かったわ」
互いにぎこちなく言って、また黙りこんでしまう。
それでも心の持ちようが、前とは全然違う――いやはや、心地良い沈黙というのは、こんな気持ちなのね。
「と、とりあえずだな、アリス」
「え、ええ。何かしら」
そんな心地良さに魔理沙もアリスも不慣れで。この空気を打破するために、魔理沙は良く考えもせずにこう口にしていた。
「とりあえず!! いっちょ弾幕ごっこでもするぞ!! 私の進歩が日進月歩だって事を思い知らせてやるぜ!!」
「はぁ!? いや、ちょっと待ちなさいってば!!」
戸惑うアリスを無視して魔理沙がスペルカードを構える。照れ隠しに意地悪をする男の子っていうのはこんな感じなのね、微笑ましい。
「……まあ、もう私の出番はないようね。そろそろ地霊殿に戻るとしましょう」
独り言を零して、私は2人から視線を外す。魔理沙もアリスも、私の事などとうに頭の内から消えている。
向かう先は我が家――地底奥深くにある地霊殿。
ゆらゆらのんびりと空を飛ぶ。
今日も幻想郷を、虹色の弾幕と眩い星の弾幕が飛び交う。
当てられそうで当てられない、相手へ弾を当てる遊び――何が相手に届くのかは誰にも分からない。
私はふと思った――この弾幕ごっこも人の心のやりとりも、あまり変わらないな、なんて。
○○○
地霊殿は相変わらず薄暗くて、動物の声がどこからともなく聞こえてきて、不気味で――私はほっと安心せずにはいられなかった。
やはり長年住み慣れた我が家が一番。日陰者は日陰者らしくいるべきね。
「あ、お姉ちゃん!! おかえりー!!」
唐突な声に振り返るとそこに、いつの間にかこいしがいた。
銀色のショートヘアと黒い帽子。黄色と緑基調の服と、私と同じように体に巻き付いている第三の目――すなわち覚の証拠。
だけどその第三の目は、固く閉じてしまっている。
古明地こいし――私の妹。
「ねね、お姉ちゃん。今日はどこ行ってたの? 私はね、今日もいろいろ散歩してたんだぁ」
そう痴れたような口調で尋ねるこいし。
「今日は地上に行ってきたのよ。魔理沙とアリスに会ってきたわ」
「魔理沙のとこに!? いいなぁ、霊夢も凄く面白い人だし、遊んでて退屈しないもん」
「そう言えば博麗神社に寄るのを忘れていたわ。ねえ、あそこは一体どんな所なの?」
「えーっとね、この前お燐が霊夢のおまんじゅうをつまみ食いして怒られてたよぉ。お燐もお空もしゅんとしてたっけ」
そう言ってからからとこいしが笑う――どうしても、どこか会話が噛み合わない。
私には、この子が何を考えているのかが、分からない。
こいしは覚でありながら、他人に嫌われる事を嫌って第三の目を閉ざしてしまったから。
――心を閉ざす事で読心能力を捨て、無意識で行動できるようになったから。
何も考えずに生きているのだから、私の能力でも何を考えているのか分からなくて当然。
「あ、そうそうお姉ちゃん、あそこの犬が物欲しそうにしてたから私、餌をあげたんだよー。偉いでしょ」
「ええ、偉いわね。……でも『死体を丸々一つは多すぎだ』ってそのペットが言ってるから気をつけてあげてちょうだい」
「ふぅん。まあどうでもいいやー」
だからこの子の会話には脈絡も相手への配慮も全くない。思うがまま――じゃなくて、思わぬままに喋るだけの、一方通行の言葉。
私は、こいしに心を開いて欲しい。――この願いすらも、受け止めてくれないのだと分かっているけれど。
「ねえ、こいし」
「なーに、お姉ちゃん?」
可愛らしく小首を傾げるこいしに、私は単刀直入に話を切り出す。
「心が読める事は確かに人に嫌われる原因にもなるわ。でも私達『覚』は心が読めるからこそ――誰よりも深く、他人の心を理解できるのではないかしら」
少なくとも私は、嫌われ者になるこの能力を疎ましく思ったことはない。
こいしにも「心が読める程度の能力」を受け入れて――ひいては、他人の心を受け入れられるようになって欲しい。
「つまり会う人みんなに嫌われるとしても、私達はどんな人でも好きになる事が――」
「うるさいなぁ。そんな事どうでもいいじゃない、お姉ちゃん」
遮るようにこいしが、笑顔で言った。
……ふむ。
「気に障った? 存外、無意識でも嫌な事は分かるものね。――いえ、無意識の内に反応するほど、心に痛い言葉だったのかしら?」
「もー、この話はおしまいにしない? 面白くないもん、ウザイよぉ」
「……じゃあ、そうしましょう。天岩戸の扉を叩いても天照は出てこないものね」
天岩戸に閉じこもった天照を表に出すには、天照自身に外への興味を持ってもらわなきゃいけない。
でも――と私は考える。
私にはアメノウズメたる事はできなかった。私はもう諦めてしまったから。
『喧嘩がヘタクソ』――魔理沙の謂は間違ってない。私ではもう、こいしと喧嘩すらできない。
でもきっと地上には、こいしにとってのアメノウズメはいるはず――そう私は確信している。
「霊夢や魔理沙なら或いは――と言った所ね。ねえ、こい、し……?」
右を見る。左を見る。第三の目も凝らす――けれど、こいしの姿はどこにも見当たらなかった。
……いつの間に。
「これ以上話を聞きたくない、という無意識の現れなのかしら。まあ私は気長に見守るとしましょう」
呟いて、私は寝室へと足を向ける。
久しぶりの外出と弾幕ごっこのおかげでもうヘトヘト。毎日毎日、魔理沙達もよくやるものね。
そう、幻想郷――地上はいつも異変や宴会ばかりで、まるでお祭り騒ぎのよう。
天照だって、外に出ずにはいられないでしょう。そうなってくれれば私は嬉しい。
地底人が太陽の光を浴びれないように――"見"えるようになった他人の心に、こいしが傷つくと分かっていても。
「だってこいしは、私にとっての天照だもの」
寝室に入り、ベットに顔をうずめる。
地底人が太陽の光を浴びれないように――"見"えるようになったこいしの私に対する気持ちに、私が傷つく事になろうとも。
こいしが私の事を嫌うのなら、こいしと思い切り喧嘩をしましょう。
そしてこいしと仲直りをして、ペット達と一緒にまた地上へおでかけをしましょう――
そんな夢を心に抱いて、私は目を閉じて眠りに落ちた。
こいしの、太陽のように輝かしい笑顔を想起しつつ。
地底人が実在して、彼らは地上の人間よりも遥かに高い技術、いえ"力"を持っているとする。
そして新しい住処を求めていて、人間を目の敵にしている。
さて、この後の展開はどうなるでしょうか。
ふむ、人間vs地底人の戦争? 妥当だけど、ハズレね。人間側が地下に侵攻したなら正解だと思うけれど。
答えは、地底人は嫉妬するだけで何もできないって所。
だって一生を土の下で過ごす地底人が、太陽の光を浴びられるわけがない。だから人間はずっと無事でいられた――そんな話は、聞いたことないかしら?
あら、聞いたことないみたいね。残念。
それで何が言いたいのかと言うと、雲ひとつない青空の下を飛ぶのは私にとって――とても疲れる事なのよ。
「……なあ、目の前に人がいるってのに、独りで勝手に何か納得してるってのはどういう了見なんだ?」
不機嫌そうな声が飛んでくる。そういえば、会話をするのを忘れていた。
私の目に映るのは、モノトーンの服を来た金髪の魔法使い。つば広の三角帽を被り、箒に腰掛け悠々と空を飛んでいる少女。
「えっと、アナタの名前はなんでしたっけ、ええっと……」
私はふたつの目を閉じて、ひとつの目を凝らす――
「なるほど、霧雨魔理沙さんでしたか」
「そう、そして失礼なお前は古明地さとりだ」
黒魔法使い――魔理沙が私を指差して、そんな事を言った。
小柄な体を包む紫基調の服と、ハートのアクセサリがついたカチューシャに紫のショートカットヘア。
そして顔にある両の目と――触手で体と結びついている第三の目。サードアイ。
喧嘩もヘタクソだし、こんな奴が地底に住む妖怪の主だなんて信じられない――と、魔理沙は考えていた。
私は、これ見よがしに嘆息してみせた。
「アナタの記憶にある吸血鬼と違って、私は心を読む程度の事しか出来ないですもの。主というよりは世話焼きお姉さん、といった感じですよ」
そう、私は妖怪の「覚」。他人の心を読むくらいしか能がない、弱い妖怪だもの。
「で、その嫌われ者お姉ちゃんが、何だってこんな良い日和に外出してるんだ?」
良い日和。ええ良い日和でしょうとも。私にとっては燦然と煌めく日光がみっつの目に染みて、痛い。
魔法・妖精・妖怪・神――忘れ去られたモノ達の行き着く地、『幻想郷』は今日も良い天気だった。
「何だって、と言われましても。うちのペット達はよく神社や森に遊びに行くのですし、私だって散歩――あ、回遊くらい構わないのでは?」
魔理沙が心の中で重箱の隅をつつきたそうにしてたから、先回りして言い直してみた。
「……まあ、そりゃそうだ。今の方角なら行き先は――」
「いえ、アナタの家ではないですね。妹がお世話になっているみたいだから、いつかお話しに行きたいとは思ってますが」
「あれは世話するというか、勝手に遊ばれるって感じだなぁ……で、いき――」
「行き先を決めずに、徒然と回遊するのもまた楽しいと思いませんか? ……あら、アナタは中々せっかちな生き方をしているみたいですね。ならこの気持ちが分からないのも当然ですよ」
「お前、人の――」
「『人の喋りを遮るな、機嫌が悪くなる。せめて先回りしろ』ですか。申し訳ありませんね、これは性分ですので」
「……」
魔理沙の心の内で、不快感が湧いている。温泉に換算すれば一儲けできそうなくらい。
でも『覚は、人の考えてる事を言い当てて驚かせる妖怪だっけな』――と彼女が想う通り、少し嗜虐的な傾向が強いのは妖怪としての性分だもの。仕方ない。
「『――と、知識で知っててもムカつくものはムカつくな。どうせこの気持ちも理解されてるんだろうし、ちょっと痛めつけて黙らせよう』、と。……本当に好戦的というか」
リクエスト通り、魔理沙の思考を先回りして言葉に出す。
その頃には彼女はもう、ニヤリと笑いながら数枚のカードと八角形の物体を取り出していた。
前者はスペルカード――「やあ、おはよう」代わりに弾幕をお見舞いする、幻想郷なりの挨拶の道具。
幻想郷で殺し殺されという戦いはご法度で、今は"弾幕ごっこ"というルールの枠内で争う決まりになっている。
後者の八角形は、えっと……八卦炉、という魔術の媒体らしい。魔術理論については……"見"るのがめんどうだから割愛。
「では私も新しいスペルを作ってきたので、アナタの驚く様を記憶に記銘させてもらうとしましょう」
「人に嫌な思い出を刻み込むのは楽しいよな。――私も同じさ」
「ええ、心底ひねくれた性格してるのが分かりますわ。スペルは3枚まで、被弾1回で敗北――でよろしいですか?」
「ああ、それじゃあ行くぜ!!」
魔理沙の掛け声と共に、"弾幕ごっこ"開始。
「ではお先に失礼……!!」
経験も体力も魔理沙に劣る私には先手必勝しかない。彼女の心の隙を突き、小手調べの弾幕を放つ。
円を――目玉をイメージした弾丸をゆっくりと、相手にプレッシャーを与える事を目的に展開。
「まだまだそれじゃあイージーだな、っと!!」
でもそれが何の脅威になっていない事まで、私には分かっていた。
箒を巧みに操り弾幕を掻い潜りながら、魔理沙は器用に星型の弾丸を雨あられと放ってくる――事も、私には読めているのだ。どこにどう弾が来るのかは全て分かっている。
だから後は、私の運動能力がそれについて行けるかどうか。
「っ!! くぅ……!!」
読心と回避、弾幕展開の3つの作業に専念しなきゃいけない私。
「日陰者の主様に言っておくけど、お前の能力で『詰む』弾幕を作るのはルール違反だからな。せいぜい頑張ってみてくれよー?」
それに対して悠々と回避と弾幕展開をこなす魔理沙――弾幕ごっこにおける実力の差は、圧倒的だった。
宙を舞う魔法陣からたくさんの弾がばら撒かれる。魔法陣が無作為に弾を発射しているから、私の読心も意味がない。
「どこぞのパパラッチの時はまだ上手くいったのだけど……」
そんな呟きが魔理沙にも聞こえたらしい。
『お前の弱点は、私の心眼でお見通しだぜ』――という、心の返事が聞こえた。
……心眼というわざとらしい謂が何だか癪に障るわね。けれど私には口に出して反論する余裕もなかった。
判断ミス――囲まれる――目の前に弾幕が迫る――早くも被弾の危機。
「なら、ひとつしか手はないわね」
私は懐から、1枚のカードを取り出した。
スペルカード――それもこんな時の為に作っておいた新作スペルを、宣言。
「……スペルカード『元型:ゲハイメシャッテン』」
ぎゅるん、と蠢く第三の瞳。
目を凝らし/見開き/焦点を合わせ、全力で魔理沙の心を読み進めていく。
ペルソナを通過し、スーパーエゴの影を捉える。それを『想起』と同じように私の力で具現化する――!!
「んなっ、それは……!!」
瞠目して、息を詰まらせる魔理沙。
その気持ちが"分かる"なんて私が言ったら馬鹿らしいけれども、こればかりは誰でも理解できるでしょう。
だって彼女の目の前には、姿形のまったく変わらないもう一人の魔理沙がいるのだから。驚かないわけがない。
《ボヤボヤしてると被弾するぜ!!》
私が生み出した、もう一人の魔理沙が魔法を編む。
「こりゃ、私の――」
そう、その通り。
私が再現したのは魔理沙の心の一部。切り取った心が使う弾幕は、彼女お得意の超級レーザー弾幕――
《スペルカード、『恋符:マスタースパーク』!!》
宣言と同時に"魔理沙"の手から溢れた閃光が、私達の目を焼く。
八卦炉まで再現できなかった所為で性能は本家よりも悪かったけれども、動揺した魔理沙を撃墜するには十分な威力があったみたい。
これを俗に「初見殺し」とでも言うのかしら?
箒ごと墜落する魔理沙がみっつの眼下に――手からこぼしたのか八卦炉がそれを追うようにして落下していた。
「動揺しましたね、魔理沙さん。これで被弾1回……」
そう言う私は、下克上といった感じで油断していたのだろう。だから――"彼女"の勝手な行動に気づくのが遅れた。
《あれは私が頂くぜ?》
そう呟いて、もうもうひとりの"魔理沙"が箒を翻して急降下。
本物の持つ八卦炉へ向かって。
……なるほど、そういう事――!!
「魔理沙さん、その"魔理沙"に八卦炉を渡してはいけません!!」
「当たり前だ……それは、私のもんだ!!」
私が上の方から"魔理沙"へと第三の瞳の力を集中させる。
"魔理沙"は八卦炉まであと一歩、という距離まで急降下を続け、本物の魔理沙は空中で反転/急上昇で八卦炉へと迫る。
そして私がスペルを解除するよりも早く――
魔理沙が八卦炉へと辿り着くよりも早く――
《いただき!!》
――"魔理沙"が、八卦炉を手の内に収めていた。
「ああもう、どうなってるんだ三つ目のおばけ!!」
疑問は"分かる"が、今はそれどころじゃない。
「『想起:テリブルスーヴニール』!!」
スペルを発動――ふりこのようにレーザーが軌跡を描き、それに続く円形の弾丸が"魔理沙"を追う。
しかし相手は一部とはいえ、百戦錬磨な魔理沙のコピー。あっさりと弾幕を掻い潜られてそのまま青空の彼方へ飛び去ってしまった。
「……逃げられました」
「ああ流石は私だ、逃げ足は大したもんだ――って、どういう事なんだよ!!」
服の端々を焦がした姿で、魔理沙が怒鳴る。
「心を沈めてください。みにくいですから。……『みにくい、はどういう意味だ』ですか? そんな事はどうでもいいのです」
思考が乱雑としていて心が"見"にくい。
そして怒りと狼狽の所為で心が醜い――どちらの意味でも正しいから。
「まず『なんでスペルを解除して止めなかった』という疑問ですが、対応が遅れたのは私の過失です。申し訳ありません」
「……」
「そんなに疑わないでください。私の能力は全知には程遠いのですよ?」
なにせ無意識というものは私にはどうしようもない。心の隙を突かれてしまえば、私は心を読む暇もなく後手に回るはめになってしまう。
「ともあれ不意を突かれた所為で"魔理沙"に八卦炉を奪われてしまいました。"魔理沙"は今、八卦炉の魔力を頼りに自立をしてますから、もう私の手を離れています。ですので私の意思で解除はできません」
魔理沙が知りたいと思っている情報をすべて、一息に言い切る。
一応納得した魔理沙は、頭を掻きながらこう愚痴った。
「この私が盗まれる側に立つだなんて……いや、私が私のものを盗んでいるからノーカウントなのか?」
「……驚いた。大切なものを取られてすぐだというのに、もう余裕でいられるんですね」
私が"見"たかぎり、八卦炉は魔理沙にとってかなり大切なアイテムみたい。なのに偽りない余裕を見せる彼女に、私は少なからず感心していた。
私の言葉に対して魔理沙は、不敵に笑んで見せた。
「力づくで奪い返せばいいだけだ。それで偽物の行き先に心当たりはないのか?」
『ないなら、ぶっ飛ばして責任を取らせる』――なんて事を考えられたら、嘘もつけない。
「私に対して『心当たり』というのも妙な言い回しですね。……ええ、行き先にアテがあります」
そう答えると魔理沙は喜んだ。なんだかんだ言っても、八卦炉が大切な事は変わらないのね。
「『行き先はどこだ? 早く教えろ』――なんて急かさないでくださいな。まず、アリス・マーガトロイドという方の家に行きましょう」
「……アリスのとこか? よし、それじゃあひとっ飛びするぞ!!」
意気揚々と魔理沙が飛ぶ――まるで流れ星のように。
だけど彼女は気付かない。思いついて当然の疑問に気付かない。
それとも、無意識の内にその疑問を思いつく事を避けているのかしら?
『"魔理沙"は自立して、一体何をしようとしてるのか』――という疑問を。
まあこのままの方が面白くなりそうだし、聞かれるまで教える気はないけれど。
私は心の中だけで呟いて、魔理沙の後を全力で追うことにした。
○○○
◎
『……誰かと思ったら、魔理沙? そんなに慌てて何の用よ』
不機嫌そうに喋る彼女は、アリス・マーガトロイド。
金髪に赤いカチューシャ、フリルのついた服はまるで人形のように綺麗。その手には魔道書を抱えていて、何より特徴的なのが――周囲に侍らせている、無数の人形たち。
『ああ、ちょっとお前と話がしたくてな』
素っ気ない態度のアリスにも怯まず、魔理沙が言った。
『わざわざ話をしに来るだなんて珍しい。本をよこせとか魔法の材料をよこせとかなら――』
そう言ってアリスはおもむろに片手を動かすと、その動きに連動するように人形たちが動いた。
剣を構える人形/槍を構える人形/盾を構える人形/魔法陣を編む人形/人形を動かす人形などなどが――同時に、魔理沙の方を睨む。
『容赦は、しないわよ?』
アリスの好む魔法は、これらの人形を使った魔法らしい。弾幕ごっこも主にこれらの人形を使うようだ。
だけれど、そんなアリスの弾幕ごっこにはもうひとつ特徴がある。
『容赦はしない、ねえ。相手に合わせて力の大きさを変えるやつには言われたい科白じゃあないな』
魔理沙がそう言って目を細めた。
そう、アリスはどんな勝負でも決して本気を出さないらしい。常に相手の力量の少し上の力で戦うそうだ。
その理由は『全力を尽くして負けたら、後がないから』――と魔理沙は説明されているみたい。
『……必要以上に手加減はしないって事よ。それで、何の用事なの』
『うん? ああ、そうだな。私は今少し急いでいるから話を先に進めよう。まず聞くぜ、お前は"私"をどれくらい知ってる?』
素っ気ない――ように表面上は見せかけた魔理沙の質問。
アリスは不思議そうにしながらも、人形を休戦状態にした。
『……種族「人間」。職業「魔法使い」の、泥棒魔法使い。負けず嫌いで、ワガママで、諦めが悪いタチ』
『そうだ。私は非力な人間だ。妖怪様のマネをして、こっそり努力してお前達についていってる――その程度の能力の人間さ』
魔理沙自身が口にするとは思っていなかった言葉に、アリスが首を傾げた。
それを無視して、急かすように魔理沙は話を続けていく。
『で、もういっこ質問だ。お前はなんでいつも、相手に合わせて手加減をするんだ?』
『それは前にも言ったでしょ。「貴人は常に余裕を見せよ。全力を尽くして負けたら、底を見透かされる」って。余力を残しておけばいざという時、困らずに済むものよ』
『ああそう、それさ。アリスはそんなわけでいつも本気を出さないけどさ――』
片手で頭を掻き、魔理沙は満面の笑みと共に、言った。
『――それが気に入らない。ムカツクんだよ』
そう、満面の笑みも笑みだとも――満面の歪んだ笑顔だって、笑顔には違いないでしょう?
『霊夢にしろパチュリーにしろ、私より強い連中相手でもお前は手加減をしてるんだから、アリスは私より遥かに優秀って事じゃないか。だってのに、私の実力に合わせて手加減をしてくださってるわけだ!!』
芝居がかった風に両手を広げる魔理沙――その目が、暗い光を湛えている。
『……なあ、これが馬鹿にしてないって言うなら、何だって言うんだ!? なあ、教えてくれよ!!』
何と直情的で、魔理沙らしい物言いだろう――そう思う反面、アリスはこう疑問にも想っていた。
そしてその疑問を心の中に留めておくほどアリスも回りくどい人間、いや魔法使いではなかった。
『……あんた、本当に魔理沙?』
『失礼な奴だな、私もれっきとした魔理沙だぜ?』
小馬鹿にするような口調と表情の魔理沙。その言葉をアリスが信じるか信じないかの答えは、保留だった。
『疑わしきは罰する、これに限るわね』
そう思考し、アリスがひょいと片手を振る――再び人形が臨戦態勢に。
『お、やる気満々だなアリス。一度でいいから本気を出してみてくれよ、私がそれを叩き潰してやる。お前の顔から余裕ってのを消してやるぜ』
対する魔理沙は動じるどころか、獣のように歯を剥いて笑った。
好戦的な態度の彼女に、アリスが嘆息。そして魔理沙の右手を指さしながら、こう言ったのだった。
『どうせ最初から一戦交えるつもりだったのでしょう? 此処に来てからずっと――右手に八卦炉を持ったまま、離そうともしなかったじゃない』
(-)
エピソード記憶の検索/読心/共有を終了。
私は――古明地さとりは意識を今に引き戻す。
目の前で争うアリスと"魔理沙"。展開される七色の美しい弾幕と、煌めく星型の弾幕。
それを横目に、私は魔理沙の方を振り返る。
「魔理沙さん、アリスさんと"魔理沙"があそこで弾幕ごっこをしているのはこんな経緯からみたいですね」
……って、あら。そんなに血の気が引いた顔してどうしたのかしら魔理沙は。
私の能力で"魔理沙"とアリスの記憶を一緒に読んだ事が、そんなに疲れたのかしら?
いいえ、違うみたい。
「――ふむ、『なんで偽物はそんな事を知ってるんだ』ですか。では今更ですが、その理由を言いましょうか?」
そう私が言った瞬間、魔理沙は食って掛かるように私の方へと身を乗り出した。
「……っ!! ああ――もう、このっ……!!」
「地団駄踏むだなんて可愛いところもあるのですね。いつも宙に浮いたような言動をしていた分、地面が恋しいのですか?」
「だから、お前なぁ……っ!!」
「ええ、言葉に出来ないけど、アナタが本当に怒っている――という事は理解してます。とにかく頭を冷やして話を聞いてください。じゃないと"魔理沙"が何を喋るか分かりませんよ?」
魔理沙が呻きながら口を閉じる――こう言えば、彼女が黙る事も私には読めているのだから。
さて、説明しましょう。ココロを語りましょう。
「人間の心は簡単なものではありません。陰陽太極図を見れば分かるように、心はいろんなモノが混ざり合ってできています」
陰陽太極図という言葉のおかげか、魔理沙はすんなり頷いて受け入れてくれた。
「私はその心の中にある、自分で認めたくない悪の願望や感情の吹き溜まりを――心の影を再現したのです」
これは専門用語ではシャドウ、とも呼ぶわね。
「まあ本来これは妹の――無意識の分野なので、具現というよりは『心の闇のようなもの』を創作したようなものですけれど。だからこそ魔理沙さんにも――"魔理沙"が言った事に、心当たりがあるんですよ」
本来この『シャドウ』は無意識のモノで、私には見えない。だから私は"目"に見える部分を参考にして、"目"に映らない部分を縁取りして形にしただけ。
「なるほどな。で、何でお前はそれを早く教えなかったんだ?」
「決まっているでしょう。アナタは自分の心の闇を知るのが嫌だった。無意識のうちに気づかないようにしていた――それが私には分かったから黙っていた。それだけですよ」
ああ、なんて親切でしょう!! ……ええ、もちろんただの嫌味よ。
「……『覚』は地底で最も嫌われている妖怪、か。納得いったぜ」
心底嫌そうな――というか心の底から嫌がっている、魔理沙の言葉。
やれやれ、また嫌われちゃったわね。これが覚の本分だけれど。
「ええい、それでどうやったら止められる。割り込んで偽物をぶっ飛ばせばいいのか?」
苛立ちをどこかにぶつけたいと無意識に思っているのか、早速乱暴な発言をする魔理沙。
確かにそれは間違ってないけれど……
「……あの弾幕の応酬を掻い潜って、"魔理沙"をぶっ飛ばして八卦炉を取り戻す。今のアナタには少し、荷が重いのでは?」
「そ、そんな事ないぞう」
「心が読める私相手に強がる意味がわかりません。まあお任せくださいな……ちょっと、記憶を借りますよ」
第三の目を見開き、私は魔理沙の記憶を検索開始。
相手の同意もあれば割と簡単に……よし、条件に該当する能力を発見できる。『想起』を開始、魔理沙の記憶にある能力を発動する。
「『想起:のびーるアーム』及び、『想起:オプティカルカモフラージュ』発動」
私の背中に機械でできた伸縮自在の腕が現れ、特殊迷彩の力で消える。
その不可視の腕を"魔理沙"の方に勢い良く伸ばす――
「お、おい。弾幕ごっこで動き回ってる時にそんな事できるのか?」
「確かに今のままでは難しいでしょう。でも少し待っていれば問題はありません」
魔理沙の疑問に、自信を持って断言する。
私は心が読めるからこそ、この先の展開も読めているのよ。
『のびーるアーム』を"魔理沙"の近くに伸ばしながら、私は来るチャンスを待った。
《この!! 『恋符:マスタースパーク』……!!》
そしてチャンスが到来――アリスの弾幕に押された"魔理沙"がスペルを発動する。
そう、偽物ではどうやっても力が足りず、"魔理沙"はこのスペルに頼るしかないのだ。私はその発動の瞬間を突いて八卦炉を掠め取る――と。
《――――あ》
呆然とした声。私にはその裏に秘められた声が――『畜生、ここまでか。悔しいなぁ』、という"魔理沙"の心の声が聞こえた。
でもそれは悲しみや後悔の言葉ではなくて。むしろこれからが楽しみなのに、その先が見れないのが残念とでも言うような気持ちだった。
弾幕ともども、"魔理沙"は幻想郷から姿を消した。
「いきなり魔理沙が消えたと思ったら、いるじゃない。瞬間移動なんてできたの?」
一息つく間もなく、宙からそんな声とアリスが降ってきた。
その視線が一瞬だけ私の方へ向いた。
と思ったらすぐに魔理沙の方へと戻す。挨拶を口にもしない。
まあ口にしないだけで、心の中では『こんちには、さとりさん』――って挨拶をしているのだけれども。
確かにその方が手っ取り早いけど……ふぅ、本当にこの魔法使いは損な性格をしているわね。
「瞬間移動なんて大魔法、まだ私にゃできやしないよ。さっきお前の前にいた私は、さとりの作った偽物だ。生意気にも私の八卦炉を盗んでいったのさ」
魔理沙が心なしか俯き気味で説明をする。
アリスはそれだけで状況を理解していた。私の『想起』の技――心を具現化する技の事は、彼女もよく知っている。
「なるほどね。八卦炉も取り返せたみたいだし、良かったじゃない」
「あ、ああ……」
「……」
「……」
そうして2人は沈黙してしまう。私もこの状況下で口を挟む程ヤボじゃない。
気まずそうな魔理沙と、いつも通り淡々としたアリス――最初に話を切り出すのは、どっちかしら。
「なあアリス、何か言う事とか、反論とかないのか?」
やっぱりというか、魔理沙の方から話を切り出した。本当にせっかちなのね。
――もしもう少し魔理沙が臆病だったり悠長だったりしたのなら、今ここで聞きたい事を後回しにするなんて洗濯もできたのに。
「反論? …………別にないわよ」
「随分あっさりしてるなぁ。私の偽物が散々言ってた内容にも、お構いなしか?」
魔理沙の言葉に、読心能力がなくても分かるくらいに露骨な刺があった。
それでもアリスは泰然としていて。
――それが一層、魔理沙の感情を煽るとも知らず。
「別に……魔理沙が私の事を嫌いだというなら、それは仕方ない事でしょ」
「仕方ないってお前……認めるって事か? あの偽物の言った事を!!」
ああ、言葉尻を捕らえてしまっているわ。アリスが言っているのは、そういう事じゃないのに。
「そうじゃないわよ。あんたが私が嫌いだって事を気にしていないのか、って聞いたから否定しただけよ。勝手に話をややこしくしないで」
そしてアリス……あなたの性格は把握しているけれども、そんな言い方したら――
「ややこしくなんてしてない。お前が話を誤魔化しているだけだろう?」
「別に私は、魔理沙の事を馬鹿になんてしてないわ」
「……そんなの、信じられるか」
「じゃあ、どうしろと言うのよ。今のあんたに何を言ったって無駄でしょう」
魔理沙は感情的になりすぎて冷静さを失っている。
そしてアリスもへそを曲げてしまっていて、相手を気遣った発言ができていない。
ああ、全くもって人間味のある言葉のすれ違い。かくも気持ちというものを伝えるのは、難しい。
「無駄だと……!! また私の事を馬鹿にして!!」
「人の話を聞かないからだって言ってるでしょうに……!! 少し、黙らせた方がいいのかしら?」
そしてすれ違いという芽は大きくなり、次第に争いへと育つ。
全くもって面白い――積み立てるよりも打ち崩す方が容易いとは良く言ったもの。理解し合うのはあれほど難しいのに、反目するのはこんなに簡単。
本当の意味で「相手を理解する」事なんて、不可能に違いない。
でも、よ。
だからといって分かり合う事を諦めて、心を閉ざす事は――勧められない。
私はこの2人の気持ちのぶつけ合いを肯定する。久しぶりにいいものが"見"れたわ。
だからそろそろ――意地悪はやめておきましょう。
「失礼、そこのおふたり、ちょっと聞いていただけますか?」
今まで無言だった私に声をかけられ、魔理沙もアリスも動きを止めた。
「魔理沙さんの気持ちも"分かり"ますけれど、少し私のお話を聞いてください」
「なんだぁ? これからちょっと肉体言語で語り合おうって時に」
魔理沙が片目を細めて言う――凄く不快そう。というか実際とても苛立っている。
でも話を聞いてくれるだけで上々。
「盛り上がっている所悪いのは承知してます。ですがひとつ言わせてもらいます――」
そう念押しして、少し間を空ける。
そこで嫌な予感を感じたアリスが、何か口を挟もうとする――その前に、私は言った。
「アリスさんは、アナタの事を馬鹿になんてしてませんよ。それこそ心の底から、ね」
その言葉に魔理沙が、そしてアリスも同じように、目を見張った。
魔理沙もアリスも考える事は同じ――『そうだ、こいつは心が読めるんだった』
「魔理沙さん。アリスさんは『他人からどう思われようと気にしない』人だという事を忘れていませんか? 無愛想で言葉足らずなのは、いつもの事なのでしょう?」
ペット達を躾けている時のようにゆっくりと丁寧に――諭すように、魔理沙へと語りかける。
「アナタの努力についてもアリスさんは――」
そして言葉を続けようとする私の目の前に、長く鋭い槍が突き刺さった。
「それ以上何か喋ったら、許さないわ」
アリスが言った――その周囲で、武器を構えた人形が宙を舞っている。
その布陣は緻密で完璧。被弾せずに切り抜ける事は不可能なのだと、アリスの心を読んで理解した。
動けない私に対してアリスは、嫌悪感たっぷりの目で、吐き捨てるように呟いた。
「他人の、他人に対する気持ちを読む、ね。覚が嫌われる本当の理由が分かったわ」
ええ、その通り――私はにっこりと微笑み返す。
「一対一ならまあ、我慢できる能力でしょうね。でも第三者視点で――第三の目として、他人に心の内を伝えられるのは想像以上に不快だわ」
「……それは確かにぞっとするぜ。私の偽物がやったような事を、こいつは余裕でできるんだもんな」
アリスの解説に、魔理沙も同意する。
じり、と2人が私から遠ざかる――内心の嫌悪感が一層強まったのが私の目に"見"えた。狙い通りに。
私が嫌われるだけで怒りを鎮められるのだから、安い買い物でしょう。
「分かりました。では私はもう口と"目"を閉じるとしましょう。……さあ、お話の続きをどうぞ」
だから速やかにこの場から身を引く事にする。ロングスカートをひるがえして、ふわりと宙へ飛ぶ。
『何か喋った』所為なのか人形がピクリと反応したけれど、主人の意向で攻撃はしてこなかった。
「お、おい、さとり――」
魔理沙が何事かを口にしようとする――具体的には、『さっきの話は本当か』といったような疑惑の言葉を。
なら私は念を押された通りに、魔理沙の疑問を先回りして答えるとしましょう。
「クレタ人のパラドックス、ですよ。そんな事を聞かれても答えようがありません」
この返答には魔理沙も呻くしかない。彼女がクレタ人のパラドックスをちゃんと知っているからだ。
私がここで『本当だ』と答えても、その答え自体が本当がどうか判らないでしょう。嘘つきが「僕は嘘つきじゃない」と言った時の矛盾――それがクレタ人のパラドックス。
「――魔理沙」
割り込むように声。さて、私は話が聞こえて且つ邪魔にならない場所に行かないと。
空を飛んで、辛うじて2人の顔が見えるというくらいの位置まで移動――重苦しい空気の会話に耳を澄ます。
「あー、なんだ、その、アリス。悪かった。頭に血が登ってたみたいだぜ」
「分かってくれたなら、別にいいけど」
「おう……それでだな。よければさっきの事について、ちゃんと教えてくれないか?」
恐る恐る、魔理沙が聞いた。
「さっきの事って言うと、私が魔理沙を馬鹿にしているかどうか、って話よね」
そう言ってアリスは、視線を宙にさ迷わせる。
言い逃れではなくて――どう言えば簡単に言いたい事を伝えられるかを考える為に。
そして数秒後。アリスの顔が、再び魔理沙を捉える。
「……私は私の都合で、余裕を残す戦い方を貫いている。だから、私の身勝手さが原因なのだから、馬鹿にしていると思われても仕方ないと思うわ」
「だからお前、さっきは黙って反論もしなかったのか」
「ええ、その通りよ」
だけど――と、アリスが心の中で言葉を繋ぐ。
「魔理沙の事を馬鹿にしているかどうかは、それと関係がない事。むしろ私は、あんたのその生き方――嫌いじゃないわ」
無表情のまま、アリスがぽつりと言葉を零した。
嫌いじゃない――全くもって彼女らしい言い方ね。
「嫌いじゃない、か。アリスとは反対のスタンスだってのに、意外だな」
「本当にあんたはひねくれた反応ばかりするわね……。ともかく私は『相手の力よりも少し上の力』で戦うようにしているけど、そんなの相手の力量をちゃんと測れないと不可能でしょう?」
アリスの言葉に、首を縦に振る魔理沙。
『だからこそ、お前と弾幕ごっこをしてて私は「上達した」という感覚が得られないんだ――』
そんな、魔理沙の心の声。アリスにはそれを聞くことができたはずもないけれど……絶妙のタイミングで、彼女は言った。
「だから私ほど、魔理沙の成長っぷりを正確に知ってるやつは幻想郷にいない。つまり……あんたを凄いと一番断言できるのは、私なのよ」
そしてアリスは努めて素っ気無い態度を装う。ふむ……なかなか、初々しい。人間らしいところがあるじゃない。
さて対する魔理沙は――
「す、凄い……? 私がぁ?」
びっくりするほど、狼狽していた。
「……何よ魔理沙、正直に言ったら言ったでそんな反応?」
「あ、いや、悪い。だけど私のどこが凄いんだよ」
やはり疑り深い、ひねくれ者な魔理沙。アリスも流石に怒りはしなかったけれど、呆れはしていた。
それでもちゃんと説明しようとするあたりアリスは優しい。
「人間の寿命はとても短いわ。その中で……限られた時間を精一杯生きる事もまた価値があるんじゃないかしら。私達みたいな人間をやめて、寿命を捨てた存在はどうしたって必死になんてなれないから」
時間の制約がないからこそ焦る必要がない――なるほど。
幻想郷の妖怪達がどこか呑気なのも、その所為なのかもしれないわね。
「『人間』だからこそってか。なるほどな、得心いった、ぜ」
「それなら良かったわ」
互いにぎこちなく言って、また黙りこんでしまう。
それでも心の持ちようが、前とは全然違う――いやはや、心地良い沈黙というのは、こんな気持ちなのね。
「と、とりあえずだな、アリス」
「え、ええ。何かしら」
そんな心地良さに魔理沙もアリスも不慣れで。この空気を打破するために、魔理沙は良く考えもせずにこう口にしていた。
「とりあえず!! いっちょ弾幕ごっこでもするぞ!! 私の進歩が日進月歩だって事を思い知らせてやるぜ!!」
「はぁ!? いや、ちょっと待ちなさいってば!!」
戸惑うアリスを無視して魔理沙がスペルカードを構える。照れ隠しに意地悪をする男の子っていうのはこんな感じなのね、微笑ましい。
「……まあ、もう私の出番はないようね。そろそろ地霊殿に戻るとしましょう」
独り言を零して、私は2人から視線を外す。魔理沙もアリスも、私の事などとうに頭の内から消えている。
向かう先は我が家――地底奥深くにある地霊殿。
ゆらゆらのんびりと空を飛ぶ。
今日も幻想郷を、虹色の弾幕と眩い星の弾幕が飛び交う。
当てられそうで当てられない、相手へ弾を当てる遊び――何が相手に届くのかは誰にも分からない。
私はふと思った――この弾幕ごっこも人の心のやりとりも、あまり変わらないな、なんて。
○○○
地霊殿は相変わらず薄暗くて、動物の声がどこからともなく聞こえてきて、不気味で――私はほっと安心せずにはいられなかった。
やはり長年住み慣れた我が家が一番。日陰者は日陰者らしくいるべきね。
「あ、お姉ちゃん!! おかえりー!!」
唐突な声に振り返るとそこに、いつの間にかこいしがいた。
銀色のショートヘアと黒い帽子。黄色と緑基調の服と、私と同じように体に巻き付いている第三の目――すなわち覚の証拠。
だけどその第三の目は、固く閉じてしまっている。
古明地こいし――私の妹。
「ねね、お姉ちゃん。今日はどこ行ってたの? 私はね、今日もいろいろ散歩してたんだぁ」
そう痴れたような口調で尋ねるこいし。
「今日は地上に行ってきたのよ。魔理沙とアリスに会ってきたわ」
「魔理沙のとこに!? いいなぁ、霊夢も凄く面白い人だし、遊んでて退屈しないもん」
「そう言えば博麗神社に寄るのを忘れていたわ。ねえ、あそこは一体どんな所なの?」
「えーっとね、この前お燐が霊夢のおまんじゅうをつまみ食いして怒られてたよぉ。お燐もお空もしゅんとしてたっけ」
そう言ってからからとこいしが笑う――どうしても、どこか会話が噛み合わない。
私には、この子が何を考えているのかが、分からない。
こいしは覚でありながら、他人に嫌われる事を嫌って第三の目を閉ざしてしまったから。
――心を閉ざす事で読心能力を捨て、無意識で行動できるようになったから。
何も考えずに生きているのだから、私の能力でも何を考えているのか分からなくて当然。
「あ、そうそうお姉ちゃん、あそこの犬が物欲しそうにしてたから私、餌をあげたんだよー。偉いでしょ」
「ええ、偉いわね。……でも『死体を丸々一つは多すぎだ』ってそのペットが言ってるから気をつけてあげてちょうだい」
「ふぅん。まあどうでもいいやー」
だからこの子の会話には脈絡も相手への配慮も全くない。思うがまま――じゃなくて、思わぬままに喋るだけの、一方通行の言葉。
私は、こいしに心を開いて欲しい。――この願いすらも、受け止めてくれないのだと分かっているけれど。
「ねえ、こいし」
「なーに、お姉ちゃん?」
可愛らしく小首を傾げるこいしに、私は単刀直入に話を切り出す。
「心が読める事は確かに人に嫌われる原因にもなるわ。でも私達『覚』は心が読めるからこそ――誰よりも深く、他人の心を理解できるのではないかしら」
少なくとも私は、嫌われ者になるこの能力を疎ましく思ったことはない。
こいしにも「心が読める程度の能力」を受け入れて――ひいては、他人の心を受け入れられるようになって欲しい。
「つまり会う人みんなに嫌われるとしても、私達はどんな人でも好きになる事が――」
「うるさいなぁ。そんな事どうでもいいじゃない、お姉ちゃん」
遮るようにこいしが、笑顔で言った。
……ふむ。
「気に障った? 存外、無意識でも嫌な事は分かるものね。――いえ、無意識の内に反応するほど、心に痛い言葉だったのかしら?」
「もー、この話はおしまいにしない? 面白くないもん、ウザイよぉ」
「……じゃあ、そうしましょう。天岩戸の扉を叩いても天照は出てこないものね」
天岩戸に閉じこもった天照を表に出すには、天照自身に外への興味を持ってもらわなきゃいけない。
でも――と私は考える。
私にはアメノウズメたる事はできなかった。私はもう諦めてしまったから。
『喧嘩がヘタクソ』――魔理沙の謂は間違ってない。私ではもう、こいしと喧嘩すらできない。
でもきっと地上には、こいしにとってのアメノウズメはいるはず――そう私は確信している。
「霊夢や魔理沙なら或いは――と言った所ね。ねえ、こい、し……?」
右を見る。左を見る。第三の目も凝らす――けれど、こいしの姿はどこにも見当たらなかった。
……いつの間に。
「これ以上話を聞きたくない、という無意識の現れなのかしら。まあ私は気長に見守るとしましょう」
呟いて、私は寝室へと足を向ける。
久しぶりの外出と弾幕ごっこのおかげでもうヘトヘト。毎日毎日、魔理沙達もよくやるものね。
そう、幻想郷――地上はいつも異変や宴会ばかりで、まるでお祭り騒ぎのよう。
天照だって、外に出ずにはいられないでしょう。そうなってくれれば私は嬉しい。
地底人が太陽の光を浴びれないように――"見"えるようになった他人の心に、こいしが傷つくと分かっていても。
「だってこいしは、私にとっての天照だもの」
寝室に入り、ベットに顔をうずめる。
地底人が太陽の光を浴びれないように――"見"えるようになったこいしの私に対する気持ちに、私が傷つく事になろうとも。
こいしが私の事を嫌うのなら、こいしと思い切り喧嘩をしましょう。
そしてこいしと仲直りをして、ペット達と一緒にまた地上へおでかけをしましょう――
そんな夢を心に抱いて、私は目を閉じて眠りに落ちた。
こいしの、太陽のように輝かしい笑顔を想起しつつ。
僕もそうですが……バトルシーンの描写って、すごく難しいですよね(笑) 勢いのある描写がしたいものです。
これからも頑張って下さい。
>今ここで聞きたい事を後回しにするなんて洗濯もできたのに。
どのキャラも言動が実にぴったりはまっていて、楽しく読めました。
特にさとりさんが魅力的でした。
嫌われることに慣れきっているようなところが、まさしく「悟ってる」ようで……
ここから先は蛇足になりますが、「天岩戸」という言葉が関わる話を同じ日に投稿されたことに
不思議な偶然を感じました。こんなこともあるんですねー。
嫌われることで他を救おうとする、さとりの性格が綺麗で良かったです。