とある初夏の昼下がり。人里と森の境にある古道具屋に、空から舞い降りる影一つ。
箒から慣れた動作で降り立った彼女は、親しき仲にも礼儀ありという言葉も何のその。
ノック一つせず扉を開け放ち、居るであろう店主に声をかけた。
「よっ香霖、暇潰しに来たぜー。って、何してんだ?」
「おや、魔理沙。また来たのかい? 悪いね、今ちょっと立て込んでるんだ」
こちらも急な訪問者にも慣れたもの、驚くことなく対応する店主。
香霖と呼ばれた青年は入り口近くにしゃがみ込み、魔理沙の見慣れない荷物を整理していた。
「別にそりゃいいんだが、また色々拾ってきたのか?」
「そうだよ。状態のいい物が色々手に入ったからね、少し手入れして里に売りに行けば結構な儲けが出そうだよ」
「はぁ? こんな玩具みたいな物がか?」
色とりどりで見慣れない物の山ではあったが、魔理沙にとってそれほど心動かされるような物ではなかった。
半ば呆れを含む妹分の台詞に、得意気に返す。
「玩具だからこそ、だよ。見たところ子供向けの玩具だから、子供や子供を持つ親がいいターゲットになるだろう」
「にしても、また大量に拾ってきたな。外の世界の物だろ、こいつら?」
幻想郷には時折、結界で隔離された外の世界から色んな物が流れ着く。
それは人(生死問わず)であったり貴重な道具だったりガラクタだったりと一貫性はないが、この店ではそういった物を多く取り扱っている。
「そうらしい。『お面』に『スーパーボール』に『コルク銃』、『ダーツセット』、その他諸々。一度に多くの物が大量に幻想入りするなんてかなり珍しいよ」
これらはほとんどが玩具だが、と前置きし、コホンと咳を払ってから語り出す。
「あくまで仮説だが、これらは元々外の世界での縁日に用いられてたんじゃないかな。個人の持ち物と考えるには多いだろうし、かといって子供向けの玩具を商品として一店舗に置いておく分としては少ない。縁日か何かに出すための屋台くらいだと考えた方が自然だからね。その縁日が中止か開催されなくなったりして、本来扱われるはずだったこいつらが流れ着いた、とかじゃないかな」
幻想入りの理屈を正確に知るものはほとんどいない。この説が正しいのかどうか自体は彼らにとってどうでもよかった。
色々な可能性を考察することが好きなのだ。長々と語る霖之助に面白半分で聞く魔理沙だった。
「ただの商品として置いておいてもいいが、たとえ遊び方が分かったとして僕にはそう魅力的でもないしね、遊んでくれる子供たちにでも売ってあげた方が得なんだよ」
僕にとっても道具にとっても、子供たちにとってもね、と続ける。
「へー。色々見てもいいか?」
「もちろん。でも壊さないでくれよ」
「善処するぜ」
あまり安心できない台詞を吐きながら、見た目に最もインパクトのある屋台を魔理沙は眺め始める。
金網の壁に色とりどりの仮面が引っ掛けられていた。
「銀色のお面はウルトラ男、赤い眼をした虫みたいなのはライダー、黄色く赤ほっぺのはピカチュー、ギザギザ髪のはコナン。どうやら外の世界の架空の物語に登場するキャラクターを模してるようだ」
魔理沙の視線に合わせて解説を入れていく。
材質も幻想郷ではあまりお目にかかれない物、手触りを確かめるために取っては戻すを繰り返す魔理沙。
硬いようでいてしなやかな、外の世界でいうプラスチックでできたお面。ペラペラと小気味いい音を出しながら、被ったりかざしたり。
「ほー、色々あるんだな……おい香霖?」
たった一つ、他とは全く異なる材質でできたお面を手に取った魔理沙が霖之助を呼ぶ。若干その声は冷えていた。
「なんだい?」
それは他の薄っぺらいお面と違い、堅い生き物の殻のような物で出来ていた。
ハートを縦に潰したような形に描かれたのは気の狂った鬼のような顔。
魔理沙自身は似たような仮面を紅魔館の蔵書で幾度か見たことがあるため、別段デザインに違和感は持たなかった。
それ以上にヤバいのが。
「こいつだけわけのわからん魔力纏ってんだが」
若い魔理沙でさえ異常だと察知できるほどの禍々しい魔力が漏れていた。
「ああ、そいつは『ムジュラの仮面』。『世界を破壊する』とのことだ。眉唾物だがね」
事も無げに答える霖之助。マジックアイテムの扱いに慣れている彼にとっては問題ではなかったらしい。
しかし絶対に嫌な予感がする、そう感じた魔理沙は徐に両手で仮面を振り上げ。
「ふんっ!!!」
「ムジュラァァ!!!?」
黄金の膝で思いっきり割った。そりゃもう綺麗に割った。破片を放り捨てたらスキマ妖怪の隙間が開き飲みこまれた。
膝の痛みに涙目になりながら謝る。
「いや、悪い……チルノあたりが被ったら幻想郷がとんでもないことになる気がしたんでな……」
何となく月が落ちてきたり、妖怪の賢者たちが封印されたり。そんなイメージが湧いていた。
「ま、まあそうだね……呪いの力がありそうだったし、置いてあっても売っても困ると思ってたよ……」
二人はなかったことにした。
「この猟銃みたいなのは、コルク銃だっけか?」
「ああ。『コルク弾を撃ち出す』ものだ」
「コルク弾つーと、こいつか」
紅魔館のワイン容器の蓋を小さくしたような物が大量に入った袋を見つける。
これが銃弾ならば、攻撃力は期待できない。
「どうやって撃つんだ?」
「まだ詳しく調べたわけじゃないからわからないよ、すまないね。ただ、銃という名を持ってはいるが火薬を使う様子もないし、そんなに威力はないだろう」
「そっか。わかったら教えてくれ」
威力がない、とわかった時点で魔理沙も興味を失い、次の道具に目を向ける。
「で、ダーツセットか」
赤、緑、青、黄色の3枚羽を持つそれぞれ3本組みの小さな矢と、円対称に数字がいくつも書かれた円盤。
けれど、矢を撃ち出す道具は見当たらなかった。
「ああ。矢みたいな物は投げるんだろう。円形の的とセットってことは、離れた位置から矢を投げて、刺さった場所に書かれた得点で勝負するんだろうさ」
「なるほど」
咲夜が得意そうだなーと考えながら、試しに的を壁に引っ掛ける。
そして少し離れた位置から半眼で的の中央に狙いを定め、
「よっ!」
1本投擲。やや山なりの軌道を描きながら矢が飛んでいき、
ザク、っと的を外して壁に刺さった。
「……」
「……」
霖之助が魔理沙の方を見る。魔理沙が振り返り視線が交錯。
無言のまま目を逸らし、
「で、この色とりどりのが『スーパーボール』か」
何事もなかったかのように大きな容器に入った大量のボールへと話題を移した。
霖之助がはぁと溜息を吐くも、魔理沙の興味は完全にボールへと移ったようだ。
どことなく弾幕ごっこの弾に似てるあたりが琴線に触れたのだろう。
「たくさんあるなー。赤い玉、青い玉、緑の玉、透明に……すげえ、中で何か光ってる!」
クリアのボールを手に取り覗いてみると、中にキラキラしたラメが輝いていた。
指先で摘む程度の物から手のひらサイズの物まで、大きさもバラバラなのが面白い。
少し漁ると、木星の表面を七色にコーティングしたような物まで見つかる。
魔理沙も随分面白がっているようだ。
「虹色とかもあるのかー。金の玉まで! おい香霖、金の玉だ! キンタ」
「それ以上いけない!」
危うく少女幻想の1つが壊されるところだった。
「さっき確認したんだが、反発力がすごく強い。跳ねさせて遊ぶ物のようだよ」
「こうか……おお!」
適当に手にしたボールを軽く地面に投げつける。跳ね返ったそれは魔理沙の背丈を軽く超えた。
想像以上の跳ね返りに思わず感嘆の息が漏れる。
試しに他のボールでもやってみたが、どれも景気よく跳ねた。
「力を込めて投げればそれだけ強く跳ね返るみたいだ」
「面白いなー……あれ?」
拾って投げては元に戻し、を繰り返していた魔理沙が疑問符を上げる。
青と白に上下半分ずつ塗られた(青側には赤いラインも走っている)ボールを地面に落としたのだが、そのボールだけはほとんど跳ねなかった。
「どうしたんだい?」
「こいつはあんまり跳ねないぞ? 材質もやけに硬いし」
拾い上げ、手で弄びながら告げる。偽物かもと思い霖之助も軽く能力を使うが、やはり名前はスーパーボールだった。
「おかしいな、それもスーパーボールのはずだけど。まぁ、これだけ大量にあるんだ、おかしな性質の物があっても御愛嬌、ってことだろうさ」
「へー。そういうもんか」
何事にも例外はある、ということで2人とも納得した。
一通り遊んだ後、魔理沙が尋ねる。
「なぁ、いくつか持ってってもいいか? もしかしたらスペルカードのヒントとかになるかもしれないし」
「おっと、タダで持って行かせはしないぞ?」
カラーリングやトリッキーな動きに魅せられていた魔理沙。
しかし、いくら大量にある中の僅かな数とはいえ、易々と商売道具を持っていかれるわけにはいかない。
そんな彼に交渉する。
「いつか松茸ご飯でも作ってやるさ」
「1回きりかい? ムジュラを割った点も含め3回くらいはいいじゃないか」
「わかったわかった、それでいいさ」
「交渉成立、だね」
お互いニヤリと笑う。これで双方に痛手は出ない。
よく跳ねたのとよく跳ねなかった物、気に入ったカラーリングの物をいくつかスカートのポケットに突っ込む。
「ありがとよ! じゃあな!」
いい研究材料ができた、と言わんばかりのいい笑顔で香霖堂を飛び出す魔理沙。
やれやれと苦笑しながらその背中を見送った。
「さてと。今家にある本じゃ参考になるかはわかんないし、いつも通り紅魔館、かな♪」
箒に跨り清々しい青空に飛び上がった魔理沙は、もはや第4の我が家と言える悪魔の館に進路を向ける。
おやつを貰ったり場合によれば宿泊もできる、仲のいい面子の多い紅魔館は彼女にとって居心地のよい場所だった。
ちなみに第2第3の我が家の座は香霖堂と博麗神社がしのぎを削っていたりする。主に魔理沙の内心で。
「さーて、ステルス全開で行くぜー」
門番の目をかいくぐり、忍び込んだ魔理沙はそんな言葉を呟く。見つからないように行動するつもりらしい。
堂々と大人しくしていれば歓迎されるのだが、こういった侵入者と撃退者という形での張合いも好きだった。
妖精メイドの目を盗みながら、廊下を左に右に、場合によっては部屋にさえ隠れたりしながら図書館へと歩を進める。
このドキドキ感が堪らない。
幸い、最もエンカウント率の高いメイド長に見つからずに進んでこれた。
彼女に見つかると弾幕ごっこになることもあるが、どこぞの神殿に巣食うモンスターよろしく館の入り口にまで運ばれたりすることもあった。
それだけならまだいいが、時折部屋に連れ込まれてしまうと運が良ければティータイム、悪ければ貞操の危機に遭う。姉妹プレイはもう飽きた。
色んな意味で出会いたくない厄介な相手だった。
この調子ならあっさり目的達成できそうだ。
「よし、いくか」
「あら、どこへ?」
だったのだが、
「……げ」
「うふふ♪」
いよいよ図書館へ続く階段を前に、メイド長以上に厄介な住人に見つかってしまった。
その少女はニコニコと思考の測り難い笑顔をこちらに向けている。
もし彼女がただの妖精メイドなら、おやつで懐柔したり弾幕で静かに気絶させたりもできるのだが、
「……何か用か、フラン」
「別にー? 玩具がやってきたとか思ってないよー?」
名を呼ばれた少女、フランドールを相手にそれらは不可能と言ってよかった。
諦めて話しかける。
「私は魔法の研究のために来たんだ、お前と遊ぶ予定なんて入れてないからな?」
ただの客として遊びに来た時に絡むのは結構だが、侵入者として来た時に彼女に出会うのは御免被りたかった。
決して嫌いではないのだが、どうにもこちらのペースを乱されてしまう上に、弾幕勝負で撃退するのが非常に難しいからだ。
「研究ってどこで?」
こちらの落胆など素知らぬ風に尋ねてくる。
「家でだよ」
「あれれー? じゃあ何でここにいっるのっかなー?」
「……パチュリーの本だよ」
「えー? パチュリーは本の貸し出しなんかしてなかったはずだよぉー?」
わかってるくせに、ケタケタと笑いながら言ってくる。
そしてわざとらしく手を叩き、自己解決のフリ。
「あ、そっか♪ いつもの通り勝手に持っていくんだね! じゃあ私はそんな泥棒さんの犯罪を未然に防ぎに来たってことで♪」
「はあ……」
そう言われては、魔理沙に逃げる術はない。
『本を盗りに来た時に、それをスペカルールに則って妨害してくる奴らに負ければ持ち帰りは諦める』
というルールを己に課しており、また住人たちとの暗黙の了解でもあるためだ。
「わかったわかった、弾幕(あそ)んでやるよ。場所を移そう」
いつまでも嫌々やってると、それだけで自身のパフォーマンスはダダ下がる。前向きに考えることにしたようだ。
「咲夜ー」
メイド長を呼ぶ。廊下で暴れている内に乱入されてはたまらない、いっそ堂々としていた方が出し抜きやすいと考えた。
タイムラグなくやってくる。
「何かしら?」
「フランが弾幕ごっこを御所望だ、地下室を適当に広げといてくれ」
「ぶ了解(ラジャー)」
世界の時が止まった。
「…………」
「…………」
「ふふん。……?」
上手いこと言った、と言わんばかりのどや笑顔で2人を眺める咲夜。
しかし全く反応を示さない2人に、次第に表情を曇らせる。
自分では面白いこと言ったつもりなのだが。恐る恐る尋ねる。
「……えと、面白くなかった?」
金髪娘ズは、っはぁと思いっきり溜息を吐き、
「頭イカれたのかと思ったよ」
「可哀想な子ね、咲夜。主に頭が」
返す言葉に容赦はなかった。しかし彼女は瀟洒に受け止める。
「……そうですか。先に行ってます」
姿を消した少女の瞳に涙がキラリ。
この日の夜、完全無欠の瀟洒なメイド長は主の胸の中で涙を流した。
咲夜の黒歴史を完璧になかったことにした2人は、広げてもらったフランドールの部屋で対峙する。
「さってと、魔理沙! スペルカードは何枚でする?」
「互いに1枚。手っ取り早く終わらせようぜ、難易度イージーで頼む」
「えー?」
「付き合ってやってるんだからそれくらいはいいだろ?」
あまりやる気のない魔理沙に、やれやれといった笑みを零すフランドール。
さながら近所のやんちゃな子供の世話を焼くお姉ちゃんな顔だった。
「まったく、しょうがないなぁ魔理沙は」
「何でお前が上から目線なんだよ……」
どこか納得いかなかった。
2人して飛び上がり、
「じゃあ、準備はいい?」
獲物を狩る眼でフランが誘い、
「よくなかったら来てないぜ。さぁ、」
挑戦的に魔理沙が返す。そして、
「「勝負!!」」
同時に叫び、弾幕勝負開始!!
「先手必勝、ってな!!」
箒両翼に展開したオプションと手にした八卦炉からレーザーを放つ。
ヒラリとかわしながらフランドールが叫ぶ、その顔には余裕の笑み。
「あら、知ってる? その後に続く言葉!」
「あん?」
「油断大敵、だよ!!」
「……ああ!!」
やる気満々に意気投合!
白いレーザーと紅い光弾が世界を埋める!
「我が力、我が剣!! 我が道を示す!!!!」
数十秒ほど互いに撃ち合った後、フランドールが突如叫んだ。
その手に現れしはすべてを焼き払うどこまでも紅い炎の剣。
「い!?」
突如として召喚された兵器に一瞬驚愕、その隙を見逃さず、フランドールが一閃!
炎を纏った飛ぶ斬撃が魔理沙を襲う。
「おわっ!?」
間一髪回避、しかし安堵の息を吐く間もなく、
「ふはははははははは!!!! ブタは死ね!!!!」
「狂皇子!? うおおっ!!」
狂笑を湛えた鬼が炎剣を構え、突撃! 幾多の斬撃を振り下ろす!
白玉楼の剣士ほどの技術はない、が彼女を遥かに上回るパワーと何より覇気が恐ろしい。
培った経験に体を任せ避け続け。
「んにゃろ……喰らえ!!」
ほんのわずかな一瞬にレーザーをぶち込み距離をとる。
再び突撃しようとしたフランドールを手で制しながらタイムをかけた。
「おい待て! レーヴァテインはスペルカードの1つだろ、宣言どうした!」
汗を腕で拭いながら抗議する。まさかぶった切られはしないだろうが、まともに食らえば大火傷と大怪我は確実だった。
割とマジで死への恐怖を実感した魔理沙の焦りに対し、ケロッとした態度で答えるフランドール。
「えー? これはスペカのじゃないよ、わかるでしょ?」
魔理沙もわかっていた。
今フランドールが持っているのは彼女自身の身長に釣り合った長さのレーヴァテイン。
本気でスペルカードとして使っていれば、そんなものではないはず。
呼吸を整え、冷静さを取り戻し、応える。
「威力を落として通常弾扱いにした、ってとこか」
「当たり! さぁ、せいぜい踊って見せてよ!」
「上等だぁ!!!」
鬼ごっこという名のダンスが数分続き、ついにフランドールがその手を止めた。
これ幸いと距離をとり、やや荒れた呼吸を元に戻し、フランドールに視線をよこす。
「ふふふ、なかなかやるじゃない」
「お前とは年季が違うんだぜ?」
まだまだ余裕な風に返す。事実この程度で疲れるほどやわに鍛えてなどいない。
それでも向こうは自信を持ってか、不敵な笑みでこちらをじっとりとした眼で捉えてくる。
「そう? 結構必死に逃げてたように見えたけど?」
「いい運動になったぜ。か弱い乙女にダイエットさせるなんざヒドイ奴だな?」
「あら、か弱い乙女なんて生き物がどこにいるのかしら? 私の目の前には美味しそうな食材しかいないけど」
「食っちゃ寝生活を500年もしてきたんだもんな。ダイエットが必要なのはお前じゃね?」
「そうかもね。苦労して疲れた後に食べる御馳走は格段に美味しいって言うし、たまには苦労してみようかしら?」
「おろ? えらく素直だな」
「そりゃもう。疲れ果てた末に仕留めた魔理沙の血肉がどんな味か、想像するだけで世界を壊してしまいそう」
「お前は何を言ってるんだ……」
呆れ、呟く。それでも背中に流れる、人間の捕食者相手に対する本能的な恐怖からの汗は冷たかった。
魔理沙が気合を入れ直したところで、フランドールは恍惚とした微笑を止め、1枚のカードを振りかざす。
「でもそろそろ、追いかけっこもワンパターンでつまらなくなったし、このスペルカードで終わらせるわ?」
「ほう、新作かい」
「ええ、死なないでね魔理沙♪」
天使のような悪魔の笑顔を魔理沙に向け、フランドールは後方の壁にまで後退。
フランドールは姉に比べて技巧型のスペルが多い。かわしにくさで言えば姉より上なのだ。
今回はどんなトリッキーなスペルで来るのか、悠長に構えていた魔理沙だったが。
「んじゃ、いっくよー!!」
「……!!!!! 彗星!!」
フランドールが掲げたスペルカードが発動した瞬間そんな考えは消え去った。
漏れ出る吸血鬼の妖気が、狂気を示す紅色に輝く悪魔の翼が、壁一杯に広がるように現れた巨大な魔法陣が、
魔理沙の思考を消し去り、反射的に叫ばせる。
「終焉『スカーレットラグナロク』!!!!」
「『ブレイジングスター』!!!!」
お互い同時に技を発動させた。その瞬間魔理沙を圧倒的な質量が襲う。
一瞬目を閉じてしまうが、狙いを定めるためにもう一度目を開けた。
目の前に広がったのは、全てが紅く輝く世界。それらが魔理沙を押し潰そうと迫ってくる。
フランドールが放つスペルはさながら紅い光の洪水。
あらゆるものを凌駕する吸血鬼の魔力だからこそ成せる、すべてを飲み込む力の奔流。
彼女にしては珍しい、完全な力任せの魔法。対する魔法使いのお株を完全に奪ったものだった。
「くっ……なんつう荒技だ!!」
対する魔理沙も負けてはいない、自身を彗星と化してフランドールを目指して光の河を遡る。
上下左右どこに逃げても碌に態勢の立て直しができないことを瞬時に判断、真っ直ぐに突き抜けるのみ!
「あーっはっはっはっは!!! どう、耐え切れる!!?」
「あんのクソガキ……!! やってやろうじゃねぇか!!」
高笑いが聞こえる。どうやら耐久スペルのようだった。
遡ろうとすればやる気をガリガリと奪われ、流されれば壁に叩きつけられる。
攻めても引いても敗北に近づく、最高に嫌らしい技だった。
「ぐ……こんにゃろ!!」
そんな中、霧雨魔理沙は何度もバランスを崩されながらそれでもフランドールに突撃する。
白い流星のように尾を引きながら紅い河を遡る姿はまさに白龍。
魔力が根こそぎ持っていかれそうになる、それでも派手な魔法という分野で負けたくない一心で加速する!
何よりも、一発ぶちのめしてやらなければ気が済まなかった。
近づく。服があちこち破れていく。問題ない。
近づく! 露出した肌が焼けるように痛い。問題ない!
近づく!! 一瞬意識が飛びそうになる、歯を食い縛って耐える、問題ない!!
とうとうお互いを視認できるところまで距離が詰まり、魔理沙の顔に勝利への確信の笑みが、フランドールの顔に驚愕が浮かぶ!
そして、最後にもう一段階ギアを入れトドメの加速!!
「……負けて、たまるかぁ!!!!」
白光の龍が紅い滝を昇り切る!! そのまま――
「へ、嘘――」
「ホントだぜ!!!」
――龍が獲物に喰らいつくがごとく、フランドールを自身ごと壁に叩きつけた。
轟音はそのまま、決着を示すゴングとなった。
「あーあ。負けちゃった。もっと威力上げてればよかったかな」
クレーターになった壁から、ボロボロになった服を纏ったフランドールがのそりと出てきた。
台詞に反して穏やかな笑みを浮かべている。結構な量の魔力を撃ち出した結果、多少ガス抜きになったようだ。
「死人が出るからやめとけ」
あの魔法に攻撃力が付随したら遊びじゃなくなる。
呆れと疲れを込めて突っ込んだ。
「それ私悪くないよね」
「悪いわ」
「えー」
反省はしてないようだった。
「ふう、疲れた……ん?」
降り立ち、八卦炉をポケットにしまう。
手を抜いた際、ポケットから何かが零れ落ちた。フランドールが拾う。
「魔理沙、この玉何?」
「ああ、『スーパーボール』とかいう玩具さ」
そういや、そもそもこれで魔法を開発するために来てたんだっけと当初の目的を思い出す。
目の前のお姫様に付き合った結果、体力的に持ち帰りは厳しくなってしまった。これ以上の連戦は分が悪い。
こうなることが多々あるからこいつには会いたくなかったんだがな、と苦笑する。
この弾幕勝負をそれなりに楽しんだのは魔理沙も同じだった。
「玩具を持ち歩くなんて、魔理沙こっどもー♪」
「生き物を玩具扱いする奴に言われたくないわ!」
「ぶー。どうやって遊ぶの?」
「見てみろ。そおい!!」
「おおっ!?」
偶々手に取ったボールを、思いっきり地面に叩きつける。
それは見事に、広げられた部屋の天井まで届かん勢いで跳ね返った。
「よく跳ねるだろ。弾幕のヒントになるかと思って、パチュリーの本を参考にしようと来てたんだよ」
教える、も。
「待て待てー!」
「聞いてないし……まあいっか」
いつの間にかフランドールは魔理沙が投げたボールを追いかけていた。
ボールの動きに合わせ頭を上下させながらボールを目指す姿はさながら猫。
さっきまでのバケモノじみた姿とのギャップ、微笑ましさに苦笑する。
「おいフラン!」
「なにー?」
「香霖が言うには、力強く投げればそれだけよく跳ねるそうだ。試してみろよ」
「うん!」
素晴らしい笑顔で頷いたフランドールは、野球選手のような構えをとり。
「ええい…やぁ!!」
ホップステップの後、思いっきり振りかぶり、オーバースローで向かいの壁に投げつける。
人間を遥かに超越した筋力で以て投げられたボールは、バシュウウウウと形容しがたい音を立てながら
魔理沙にさえ不可視のスピードで飛んでいき、瞬く間に壁に到達、跳ね返り、そのまま。
「だっ!?」
行きとほぼ同じ軌道で帰ってきた結果、フランドールの額に直撃した。
後方に吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで壁に頭を叩きつけられる。
さらにその反動で前方に倒れた結果、顔面から地面にダイブした。
「…………」
「…………」
気まずく沈黙する魔理沙。
両手をつきながらゆっくりとフランドールが立ち上がる。
一見すると無表情なのだが、赤くなった額や鼻の頭が可愛らしい、だが。
「……どこ?」
見なくてもわかるほど漏れ出る怒りのオーラがそれらすべてを台無しにしていた。
ゆっくりと周りを見回しながら、自身を(自業自得ではあるが)吹っ飛ばしたボールを見つけ、右手を前に出し、
「……ふん!!!!」
「目」を握って爆発させた。塵も残さず消え去るボール。
その後、魔理沙の方に顔を伏せながらゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
治まらない怒りのオーラに中てられ、魔理沙はあたかも影を踏まれたかのように動けなかった。
そしてとうとう目の前に。やべえ死ぬかも。ビクビクしながら身構える。
そんな魔理沙の心情を知ってか知らずか、フランドールは魔理沙に飛びかかった。
「うわ!?」
魔理沙を押し倒し、魔理沙の胸に顔を隠すようにしながら、フランドールが呟く。
「疲れた。寝る。しばらく起こさないで」
「お、おう」
それ以外回答の余地はなかった。ついでに強打したであろう後頭部を撫でてやる。
しばらくすると、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「……寝ちまったか。こりゃしばらく動けないな」
相変わらず顔を伏せたままだ。顔のあたりの服に染み込んできた生温い液体が何かの詮索は行うまい。
このままだと自分が辛い、そう思いフランドールを抱きあげ、フランドールのベッドに腰掛けた。
「一個ダメになっちまったなぁ。他にもあるからいいけど……あれ?」
姫君を膝枕の体勢に移行させた後、ポケットに手を突っ込むと、先ほどまでと異なる感触が。
今日貰ったスーパーボールを手探りで触れた中に、明らかに大きさがおかしいものがあった。
「こいつ、こんな大きさじゃなかったよな?」
取り出し、確認。スーパーボールなのにほとんど跳ねなかった、例の青と白のボールだった。
拾った時にはプチトマトとさほど変わらなかった大きさだったのが、野球のボールくらいにまで膨れ上がっていた。
もしや、特別仕様なのかと考え、ベッドに接する壁に放ってみる、も。
「やっぱり跳ねないか……それに他のスーパーボールとも触り心地からして違う」
コンッ、と無機質な音を立て、ベッドの壁際に落ちた。
手を伸ばして拾い上げ、握ってみたりするも弾力などなく硬い金属のような感触しかしない。
もしかしたら面白玩具か、などと楽観的に考え、スナップを利かせながら遊ぶことにした。
フランドールを刺激せずに時間を潰す方法など読書くらいしかなく、そして読めるような本は今手元にない。
スーパーボールで妥協、スピンをかけながら真上に放ったり指先で回したり。
空しい時間を過ごしてるなあ。
そんなことを思いながらまた真上へ放り投げる。しかし、注意力が散漫してしまったか。
「あ、ヤバ!!」
落ちてきたボールを片手で受け止めることができず、零してしまう。
そして魔理沙の手をすり抜けたボールは、フランドールの頭に直撃。
ヤバイ殺される。
無意識の内に相当高く放り上げられたボールは相当のスピードと威力を持って落ちてきていた。
このままフランが目を覚まし、安眠を妨害したと思われれば五体満足の保証はない!
直撃したその刹那、そんな思いが魔理沙の頭をよぎった。
が。
直撃したそのボールは明後日の方向へ転がると思っていたのだが。跳ね返ったボールは、
フランドールから1mほど離れた空中で静止し、半分に割れた――正確には開いた。青と白の境目を中心に。
そして、
フランドールが赤い光となってボールの中に吸い込まれ、閉じた。
「…………へ?」
呆ける魔理沙、何が起きたのかわからなかったようである。突然太ももから重みが消えたかと思えば、妹分が目の前から消えたのだ、無理もない。
そんな彼女をよそにボールは地面に落ち、コロコロ、コロコロッと振動。そして、ポゥゥンという妙な音がした後停止した。
同時に停止した魔理沙の思考が戻ってくるまで、しばしの時間を要した。
「ふ、フラン? う、嘘だろ!!?」
よくわからないまま焦りから取り乱す。
「このままではマズイ!」と本能が警鐘を鳴らしていた。
さらにタイミング悪く、
「魔理沙ー、生きてる?」
「へあっ!! さ、咲夜? 何だ!?」
部屋の外から咲夜の声が聞こえた。周りを見渡すといつの間にか部屋も元通りになっている。
入れちゃダメだ入れちゃダメだと唱えながら対応。
「おやつ持ってきたんだけど……妹様は?」
「あ、ああ。疲れて寝てるぜ。しばらく起こすなっつってたし、私も疲れたから帰るからおやつはいい。レミリアか小悪魔にでもやってやれ」
「そう? じゃ、失礼するわね。気を付けて帰りなさいよ」
「ありがとうな」
その台詞の後、咲夜の気配が消える。これでしばらくは安全だろうとの思いが巡り、少々落ち着きを取り戻す。
「……さって、何が起きたかはわからんがこのままじゃマズイな……悪魔の封印用アイテムだったのか?」
想像する。もしこのまま事実をバラせばどうなるか。
『すまんレミリア! フランをうっかり封印しちまった!!』
『……ほぅ? それで?』
『そ、それが……解く方法なんて知らないんだ……』
『亜阿相界。じゃあ私達がなんとかするわ』
『あ、ああ……それじゃ私はこれで……』
『あら』
『え?』
『生 き て 帰 れ る と で も ?』
魔理沙 は 目の前 が 真っ暗 に なった!
鳥肌が立つ。
「……殺される……!! 運が良くても半殺しだ……!!」
自分の実力と本気(マジ)な吸血鬼との力の差を測り誤るほど愚者ではない。むしろ並みの人間よりはるかに頭の回る魔理沙である。
その思考が、自身に迫りしはどうあがいても絶望だと告げていた。
「ふう……やっと落ち着いた……」
フランドールを封印したボールを手に、ベッドには彼女が眠っているかのような小細工を仕掛けた魔理沙は一目散に帰宅した。
「フランドールが起こすなと言った」という咲夜への言葉がある以上、彼女を起こしに部屋へ行こうとするものはほぼいないだろう、
若干の時間稼ぎに成功していた。しかしそれももちろん時間の問題。早く対応しないと館の者がここへ来るのは必至だった。
手にしたボールを睨みつける。
「しっかし、何なんだこいつは……吸血鬼を封じるほどのマジックアイテムだったのか?」
化け物を倒すのはいつだって人間だ、との格言の通り、人間にはどんなに強力な妖怪でも倒すか封印か退治かするためのそれなりの対処法はある。
ただ、こんなボールがそんな大役を持つとは思ってなかった。ちくしょう香霖め。
彼への一方的な恨み事を口にしそうになった時、彼の言葉を思い出した。
「……待てよ、香霖は確かにこいつを『スーパーボール』だと言った。そしてスーパーボールは跳ねさせる物だとも」
そして思い出す。
「だがこいつはほとんど跳ねなかった」
思考する。
「もし、こいつが外部から魔力を得て効果を発揮するタイプのマジックアイテムだとしたら……」
どんなマジックアイテムでも、何かキッカケがなければ動きやしない。自身の持つ八卦炉などわかりやすい例だ。
こちらから魔力やキノコによる触媒を与えなければ大魔法など撃てやしない。
生粋の努力家の探究心が、いつの間にか問題を忘れさせていた。
「吸血鬼……妖怪の魔力を存在ごと取り込んだ今こそ、こいつの真の能力が発揮されるんじゃないか? ……よし!」
外に飛び出す。
呼吸を整え、ボールを振りかぶり、
「いっ……けぇぇぇぇぇ!!!!」
思いっきり投げた。
ライナーの軌道を描いたボールはやがて地面に着地する。
爆発すればいいな、などと危険なことをルンルンと思考する火力娘。
しかし思惑をよそにボールは、
「は……? うおっ!」
閃光を発しながら、再び開いた。
不意な眩しさに思わず目を腕で塞いでしまう。
やがて光が収まり、何だこれと思いつつも腕をどけ確認。
そこには、
「ふ、フラン!! ぶ!!?」
うっかり忘れていた妹分である吸血鬼がぐったりと横たわっていた。
しかも罰であるのか、ボールが自分の顔面に向かって飛んできた。直撃。
鼻っ柱をさすりながら慌てて駆け寄る。もし何かあればそれこそ自分への館からの報復が凶悪になる。
「だ、大丈夫か!?」
自身の心配と彼女への心配7:3くらいでフランドールを抱き起こす。そこには。
「Zzz…Zzz…Zzz…」
封印する直前の、自身の膝の上にいた時と同じ、安らかな寝顔があった。
「……どうやら、寝てるだけみたいだな……よかったぁ~」
心底安堵する。彼女を館に送り届けるというそれはそれで厄介な事態になりそうなことになったが、先ほどまで危惧したようなことにはなるまい。
とりあえず起こそう。
「おいフラン、起きろ?」
ほっぺをぷにぷにしたりデコをぺちぺちしたり口にキスしたりしていると。
「む……う~ん……」
軽く呻き声を挙げながら、フランドールが目を覚ました。
「あれ、ここは……?」
上半身だけ起こし周りを見渡す。まったく見覚えのない景色だからか戸惑っているようだった。
「目が覚めたか、私の家だ」
「ふぇ? 何でそんなところに私がいるの?」
ポカンとした顔で首を傾げる。
「……覚えて、ないのか?」
「うん」
「そ、そうか。まあ気にするな?」
「うん。わかった」
あれ? こいつこんな素直な奴だったっけ?
そんな思考がよぎるも、とりあえず弾幕ごっこでボロボロにしたフランドールを着替えさせるために家に連れていった。
やけに大人しい彼女に疑問を感じるも、とりあえずお古を着せていく。弾幕ごっこで疲れて寝惚けてるのかなと一人合点しておいた。
やがて、家にあるもので軽く二人で食事をしながら、切り出す。
幸い貰い物の洋菓子と紅茶(淹れ方は咲夜に教えてもらった)があったのでフランドールの口に合わないということはなかった。
「さて、飯食ったらそろそろ行かなきゃな」
「? 何処へ?」
妹様を勝手に連れ出してなどと小言は受けるだろうが、封印が解けなかった時のことを思えば楽だろう。
そんな思いの魔理沙の台詞に間の抜けた答えを返すフランドール。
「何処って、紅魔館に決まってるだろ?」
「何で?」
苦笑しつつ答える、そんな彼女に対し心底ポカンとした表情で首を傾げる。まだ寝惚けているのだろうか。
「いや何でって、お前の家だろうが。帰さなきゃいかんだろ。泊る気か?」
「帰るも何も、私の家はもうあそこじゃないよ?」
まるで「この人何言ってるの?」と言いたげな口調で告げる。意味がわからなかった。
「は、何言ってんだ?」
「だって……ここで……」
普段の淑女ぶった大人しさ、ではなく素でしおらしくなるフランドール。
次に発しようとする言葉に思うところでもあるのか口籠る。
俯き加減で顔を赤らめながらどもる姿は魔理沙から見ても可愛らしかった。
あー何か疲れ吹き飛びそうだなー、妹分の姿に悦に浸っていた魔理沙のそんな思考は、
次のフランドールの台詞で爆発した。
「ここでご主人様と一緒に暮らすんだもん」
「…………ハ?」
香霖堂。
「さて、そろそろ整理も終わるか……おや? これは魔理沙にやったのと同じ柄、同じ性質のものだな。どれ……ん?」
「名称は『スーパーボール』で、用途は……」
「『魔物を捕獲し服従させる』? 何のことだ?」
箒から慣れた動作で降り立った彼女は、親しき仲にも礼儀ありという言葉も何のその。
ノック一つせず扉を開け放ち、居るであろう店主に声をかけた。
「よっ香霖、暇潰しに来たぜー。って、何してんだ?」
「おや、魔理沙。また来たのかい? 悪いね、今ちょっと立て込んでるんだ」
こちらも急な訪問者にも慣れたもの、驚くことなく対応する店主。
香霖と呼ばれた青年は入り口近くにしゃがみ込み、魔理沙の見慣れない荷物を整理していた。
「別にそりゃいいんだが、また色々拾ってきたのか?」
「そうだよ。状態のいい物が色々手に入ったからね、少し手入れして里に売りに行けば結構な儲けが出そうだよ」
「はぁ? こんな玩具みたいな物がか?」
色とりどりで見慣れない物の山ではあったが、魔理沙にとってそれほど心動かされるような物ではなかった。
半ば呆れを含む妹分の台詞に、得意気に返す。
「玩具だからこそ、だよ。見たところ子供向けの玩具だから、子供や子供を持つ親がいいターゲットになるだろう」
「にしても、また大量に拾ってきたな。外の世界の物だろ、こいつら?」
幻想郷には時折、結界で隔離された外の世界から色んな物が流れ着く。
それは人(生死問わず)であったり貴重な道具だったりガラクタだったりと一貫性はないが、この店ではそういった物を多く取り扱っている。
「そうらしい。『お面』に『スーパーボール』に『コルク銃』、『ダーツセット』、その他諸々。一度に多くの物が大量に幻想入りするなんてかなり珍しいよ」
これらはほとんどが玩具だが、と前置きし、コホンと咳を払ってから語り出す。
「あくまで仮説だが、これらは元々外の世界での縁日に用いられてたんじゃないかな。個人の持ち物と考えるには多いだろうし、かといって子供向けの玩具を商品として一店舗に置いておく分としては少ない。縁日か何かに出すための屋台くらいだと考えた方が自然だからね。その縁日が中止か開催されなくなったりして、本来扱われるはずだったこいつらが流れ着いた、とかじゃないかな」
幻想入りの理屈を正確に知るものはほとんどいない。この説が正しいのかどうか自体は彼らにとってどうでもよかった。
色々な可能性を考察することが好きなのだ。長々と語る霖之助に面白半分で聞く魔理沙だった。
「ただの商品として置いておいてもいいが、たとえ遊び方が分かったとして僕にはそう魅力的でもないしね、遊んでくれる子供たちにでも売ってあげた方が得なんだよ」
僕にとっても道具にとっても、子供たちにとってもね、と続ける。
「へー。色々見てもいいか?」
「もちろん。でも壊さないでくれよ」
「善処するぜ」
あまり安心できない台詞を吐きながら、見た目に最もインパクトのある屋台を魔理沙は眺め始める。
金網の壁に色とりどりの仮面が引っ掛けられていた。
「銀色のお面はウルトラ男、赤い眼をした虫みたいなのはライダー、黄色く赤ほっぺのはピカチュー、ギザギザ髪のはコナン。どうやら外の世界の架空の物語に登場するキャラクターを模してるようだ」
魔理沙の視線に合わせて解説を入れていく。
材質も幻想郷ではあまりお目にかかれない物、手触りを確かめるために取っては戻すを繰り返す魔理沙。
硬いようでいてしなやかな、外の世界でいうプラスチックでできたお面。ペラペラと小気味いい音を出しながら、被ったりかざしたり。
「ほー、色々あるんだな……おい香霖?」
たった一つ、他とは全く異なる材質でできたお面を手に取った魔理沙が霖之助を呼ぶ。若干その声は冷えていた。
「なんだい?」
それは他の薄っぺらいお面と違い、堅い生き物の殻のような物で出来ていた。
ハートを縦に潰したような形に描かれたのは気の狂った鬼のような顔。
魔理沙自身は似たような仮面を紅魔館の蔵書で幾度か見たことがあるため、別段デザインに違和感は持たなかった。
それ以上にヤバいのが。
「こいつだけわけのわからん魔力纏ってんだが」
若い魔理沙でさえ異常だと察知できるほどの禍々しい魔力が漏れていた。
「ああ、そいつは『ムジュラの仮面』。『世界を破壊する』とのことだ。眉唾物だがね」
事も無げに答える霖之助。マジックアイテムの扱いに慣れている彼にとっては問題ではなかったらしい。
しかし絶対に嫌な予感がする、そう感じた魔理沙は徐に両手で仮面を振り上げ。
「ふんっ!!!」
「ムジュラァァ!!!?」
黄金の膝で思いっきり割った。そりゃもう綺麗に割った。破片を放り捨てたらスキマ妖怪の隙間が開き飲みこまれた。
膝の痛みに涙目になりながら謝る。
「いや、悪い……チルノあたりが被ったら幻想郷がとんでもないことになる気がしたんでな……」
何となく月が落ちてきたり、妖怪の賢者たちが封印されたり。そんなイメージが湧いていた。
「ま、まあそうだね……呪いの力がありそうだったし、置いてあっても売っても困ると思ってたよ……」
二人はなかったことにした。
「この猟銃みたいなのは、コルク銃だっけか?」
「ああ。『コルク弾を撃ち出す』ものだ」
「コルク弾つーと、こいつか」
紅魔館のワイン容器の蓋を小さくしたような物が大量に入った袋を見つける。
これが銃弾ならば、攻撃力は期待できない。
「どうやって撃つんだ?」
「まだ詳しく調べたわけじゃないからわからないよ、すまないね。ただ、銃という名を持ってはいるが火薬を使う様子もないし、そんなに威力はないだろう」
「そっか。わかったら教えてくれ」
威力がない、とわかった時点で魔理沙も興味を失い、次の道具に目を向ける。
「で、ダーツセットか」
赤、緑、青、黄色の3枚羽を持つそれぞれ3本組みの小さな矢と、円対称に数字がいくつも書かれた円盤。
けれど、矢を撃ち出す道具は見当たらなかった。
「ああ。矢みたいな物は投げるんだろう。円形の的とセットってことは、離れた位置から矢を投げて、刺さった場所に書かれた得点で勝負するんだろうさ」
「なるほど」
咲夜が得意そうだなーと考えながら、試しに的を壁に引っ掛ける。
そして少し離れた位置から半眼で的の中央に狙いを定め、
「よっ!」
1本投擲。やや山なりの軌道を描きながら矢が飛んでいき、
ザク、っと的を外して壁に刺さった。
「……」
「……」
霖之助が魔理沙の方を見る。魔理沙が振り返り視線が交錯。
無言のまま目を逸らし、
「で、この色とりどりのが『スーパーボール』か」
何事もなかったかのように大きな容器に入った大量のボールへと話題を移した。
霖之助がはぁと溜息を吐くも、魔理沙の興味は完全にボールへと移ったようだ。
どことなく弾幕ごっこの弾に似てるあたりが琴線に触れたのだろう。
「たくさんあるなー。赤い玉、青い玉、緑の玉、透明に……すげえ、中で何か光ってる!」
クリアのボールを手に取り覗いてみると、中にキラキラしたラメが輝いていた。
指先で摘む程度の物から手のひらサイズの物まで、大きさもバラバラなのが面白い。
少し漁ると、木星の表面を七色にコーティングしたような物まで見つかる。
魔理沙も随分面白がっているようだ。
「虹色とかもあるのかー。金の玉まで! おい香霖、金の玉だ! キンタ」
「それ以上いけない!」
危うく少女幻想の1つが壊されるところだった。
「さっき確認したんだが、反発力がすごく強い。跳ねさせて遊ぶ物のようだよ」
「こうか……おお!」
適当に手にしたボールを軽く地面に投げつける。跳ね返ったそれは魔理沙の背丈を軽く超えた。
想像以上の跳ね返りに思わず感嘆の息が漏れる。
試しに他のボールでもやってみたが、どれも景気よく跳ねた。
「力を込めて投げればそれだけ強く跳ね返るみたいだ」
「面白いなー……あれ?」
拾って投げては元に戻し、を繰り返していた魔理沙が疑問符を上げる。
青と白に上下半分ずつ塗られた(青側には赤いラインも走っている)ボールを地面に落としたのだが、そのボールだけはほとんど跳ねなかった。
「どうしたんだい?」
「こいつはあんまり跳ねないぞ? 材質もやけに硬いし」
拾い上げ、手で弄びながら告げる。偽物かもと思い霖之助も軽く能力を使うが、やはり名前はスーパーボールだった。
「おかしいな、それもスーパーボールのはずだけど。まぁ、これだけ大量にあるんだ、おかしな性質の物があっても御愛嬌、ってことだろうさ」
「へー。そういうもんか」
何事にも例外はある、ということで2人とも納得した。
一通り遊んだ後、魔理沙が尋ねる。
「なぁ、いくつか持ってってもいいか? もしかしたらスペルカードのヒントとかになるかもしれないし」
「おっと、タダで持って行かせはしないぞ?」
カラーリングやトリッキーな動きに魅せられていた魔理沙。
しかし、いくら大量にある中の僅かな数とはいえ、易々と商売道具を持っていかれるわけにはいかない。
そんな彼に交渉する。
「いつか松茸ご飯でも作ってやるさ」
「1回きりかい? ムジュラを割った点も含め3回くらいはいいじゃないか」
「わかったわかった、それでいいさ」
「交渉成立、だね」
お互いニヤリと笑う。これで双方に痛手は出ない。
よく跳ねたのとよく跳ねなかった物、気に入ったカラーリングの物をいくつかスカートのポケットに突っ込む。
「ありがとよ! じゃあな!」
いい研究材料ができた、と言わんばかりのいい笑顔で香霖堂を飛び出す魔理沙。
やれやれと苦笑しながらその背中を見送った。
「さてと。今家にある本じゃ参考になるかはわかんないし、いつも通り紅魔館、かな♪」
箒に跨り清々しい青空に飛び上がった魔理沙は、もはや第4の我が家と言える悪魔の館に進路を向ける。
おやつを貰ったり場合によれば宿泊もできる、仲のいい面子の多い紅魔館は彼女にとって居心地のよい場所だった。
ちなみに第2第3の我が家の座は香霖堂と博麗神社がしのぎを削っていたりする。主に魔理沙の内心で。
「さーて、ステルス全開で行くぜー」
門番の目をかいくぐり、忍び込んだ魔理沙はそんな言葉を呟く。見つからないように行動するつもりらしい。
堂々と大人しくしていれば歓迎されるのだが、こういった侵入者と撃退者という形での張合いも好きだった。
妖精メイドの目を盗みながら、廊下を左に右に、場合によっては部屋にさえ隠れたりしながら図書館へと歩を進める。
このドキドキ感が堪らない。
幸い、最もエンカウント率の高いメイド長に見つからずに進んでこれた。
彼女に見つかると弾幕ごっこになることもあるが、どこぞの神殿に巣食うモンスターよろしく館の入り口にまで運ばれたりすることもあった。
それだけならまだいいが、時折部屋に連れ込まれてしまうと運が良ければティータイム、悪ければ貞操の危機に遭う。姉妹プレイはもう飽きた。
色んな意味で出会いたくない厄介な相手だった。
この調子ならあっさり目的達成できそうだ。
「よし、いくか」
「あら、どこへ?」
だったのだが、
「……げ」
「うふふ♪」
いよいよ図書館へ続く階段を前に、メイド長以上に厄介な住人に見つかってしまった。
その少女はニコニコと思考の測り難い笑顔をこちらに向けている。
もし彼女がただの妖精メイドなら、おやつで懐柔したり弾幕で静かに気絶させたりもできるのだが、
「……何か用か、フラン」
「別にー? 玩具がやってきたとか思ってないよー?」
名を呼ばれた少女、フランドールを相手にそれらは不可能と言ってよかった。
諦めて話しかける。
「私は魔法の研究のために来たんだ、お前と遊ぶ予定なんて入れてないからな?」
ただの客として遊びに来た時に絡むのは結構だが、侵入者として来た時に彼女に出会うのは御免被りたかった。
決して嫌いではないのだが、どうにもこちらのペースを乱されてしまう上に、弾幕勝負で撃退するのが非常に難しいからだ。
「研究ってどこで?」
こちらの落胆など素知らぬ風に尋ねてくる。
「家でだよ」
「あれれー? じゃあ何でここにいっるのっかなー?」
「……パチュリーの本だよ」
「えー? パチュリーは本の貸し出しなんかしてなかったはずだよぉー?」
わかってるくせに、ケタケタと笑いながら言ってくる。
そしてわざとらしく手を叩き、自己解決のフリ。
「あ、そっか♪ いつもの通り勝手に持っていくんだね! じゃあ私はそんな泥棒さんの犯罪を未然に防ぎに来たってことで♪」
「はあ……」
そう言われては、魔理沙に逃げる術はない。
『本を盗りに来た時に、それをスペカルールに則って妨害してくる奴らに負ければ持ち帰りは諦める』
というルールを己に課しており、また住人たちとの暗黙の了解でもあるためだ。
「わかったわかった、弾幕(あそ)んでやるよ。場所を移そう」
いつまでも嫌々やってると、それだけで自身のパフォーマンスはダダ下がる。前向きに考えることにしたようだ。
「咲夜ー」
メイド長を呼ぶ。廊下で暴れている内に乱入されてはたまらない、いっそ堂々としていた方が出し抜きやすいと考えた。
タイムラグなくやってくる。
「何かしら?」
「フランが弾幕ごっこを御所望だ、地下室を適当に広げといてくれ」
「ぶ了解(ラジャー)」
世界の時が止まった。
「…………」
「…………」
「ふふん。……?」
上手いこと言った、と言わんばかりのどや笑顔で2人を眺める咲夜。
しかし全く反応を示さない2人に、次第に表情を曇らせる。
自分では面白いこと言ったつもりなのだが。恐る恐る尋ねる。
「……えと、面白くなかった?」
金髪娘ズは、っはぁと思いっきり溜息を吐き、
「頭イカれたのかと思ったよ」
「可哀想な子ね、咲夜。主に頭が」
返す言葉に容赦はなかった。しかし彼女は瀟洒に受け止める。
「……そうですか。先に行ってます」
姿を消した少女の瞳に涙がキラリ。
この日の夜、完全無欠の瀟洒なメイド長は主の胸の中で涙を流した。
咲夜の黒歴史を完璧になかったことにした2人は、広げてもらったフランドールの部屋で対峙する。
「さってと、魔理沙! スペルカードは何枚でする?」
「互いに1枚。手っ取り早く終わらせようぜ、難易度イージーで頼む」
「えー?」
「付き合ってやってるんだからそれくらいはいいだろ?」
あまりやる気のない魔理沙に、やれやれといった笑みを零すフランドール。
さながら近所のやんちゃな子供の世話を焼くお姉ちゃんな顔だった。
「まったく、しょうがないなぁ魔理沙は」
「何でお前が上から目線なんだよ……」
どこか納得いかなかった。
2人して飛び上がり、
「じゃあ、準備はいい?」
獲物を狩る眼でフランが誘い、
「よくなかったら来てないぜ。さぁ、」
挑戦的に魔理沙が返す。そして、
「「勝負!!」」
同時に叫び、弾幕勝負開始!!
「先手必勝、ってな!!」
箒両翼に展開したオプションと手にした八卦炉からレーザーを放つ。
ヒラリとかわしながらフランドールが叫ぶ、その顔には余裕の笑み。
「あら、知ってる? その後に続く言葉!」
「あん?」
「油断大敵、だよ!!」
「……ああ!!」
やる気満々に意気投合!
白いレーザーと紅い光弾が世界を埋める!
「我が力、我が剣!! 我が道を示す!!!!」
数十秒ほど互いに撃ち合った後、フランドールが突如叫んだ。
その手に現れしはすべてを焼き払うどこまでも紅い炎の剣。
「い!?」
突如として召喚された兵器に一瞬驚愕、その隙を見逃さず、フランドールが一閃!
炎を纏った飛ぶ斬撃が魔理沙を襲う。
「おわっ!?」
間一髪回避、しかし安堵の息を吐く間もなく、
「ふはははははははは!!!! ブタは死ね!!!!」
「狂皇子!? うおおっ!!」
狂笑を湛えた鬼が炎剣を構え、突撃! 幾多の斬撃を振り下ろす!
白玉楼の剣士ほどの技術はない、が彼女を遥かに上回るパワーと何より覇気が恐ろしい。
培った経験に体を任せ避け続け。
「んにゃろ……喰らえ!!」
ほんのわずかな一瞬にレーザーをぶち込み距離をとる。
再び突撃しようとしたフランドールを手で制しながらタイムをかけた。
「おい待て! レーヴァテインはスペルカードの1つだろ、宣言どうした!」
汗を腕で拭いながら抗議する。まさかぶった切られはしないだろうが、まともに食らえば大火傷と大怪我は確実だった。
割とマジで死への恐怖を実感した魔理沙の焦りに対し、ケロッとした態度で答えるフランドール。
「えー? これはスペカのじゃないよ、わかるでしょ?」
魔理沙もわかっていた。
今フランドールが持っているのは彼女自身の身長に釣り合った長さのレーヴァテイン。
本気でスペルカードとして使っていれば、そんなものではないはず。
呼吸を整え、冷静さを取り戻し、応える。
「威力を落として通常弾扱いにした、ってとこか」
「当たり! さぁ、せいぜい踊って見せてよ!」
「上等だぁ!!!」
鬼ごっこという名のダンスが数分続き、ついにフランドールがその手を止めた。
これ幸いと距離をとり、やや荒れた呼吸を元に戻し、フランドールに視線をよこす。
「ふふふ、なかなかやるじゃない」
「お前とは年季が違うんだぜ?」
まだまだ余裕な風に返す。事実この程度で疲れるほどやわに鍛えてなどいない。
それでも向こうは自信を持ってか、不敵な笑みでこちらをじっとりとした眼で捉えてくる。
「そう? 結構必死に逃げてたように見えたけど?」
「いい運動になったぜ。か弱い乙女にダイエットさせるなんざヒドイ奴だな?」
「あら、か弱い乙女なんて生き物がどこにいるのかしら? 私の目の前には美味しそうな食材しかいないけど」
「食っちゃ寝生活を500年もしてきたんだもんな。ダイエットが必要なのはお前じゃね?」
「そうかもね。苦労して疲れた後に食べる御馳走は格段に美味しいって言うし、たまには苦労してみようかしら?」
「おろ? えらく素直だな」
「そりゃもう。疲れ果てた末に仕留めた魔理沙の血肉がどんな味か、想像するだけで世界を壊してしまいそう」
「お前は何を言ってるんだ……」
呆れ、呟く。それでも背中に流れる、人間の捕食者相手に対する本能的な恐怖からの汗は冷たかった。
魔理沙が気合を入れ直したところで、フランドールは恍惚とした微笑を止め、1枚のカードを振りかざす。
「でもそろそろ、追いかけっこもワンパターンでつまらなくなったし、このスペルカードで終わらせるわ?」
「ほう、新作かい」
「ええ、死なないでね魔理沙♪」
天使のような悪魔の笑顔を魔理沙に向け、フランドールは後方の壁にまで後退。
フランドールは姉に比べて技巧型のスペルが多い。かわしにくさで言えば姉より上なのだ。
今回はどんなトリッキーなスペルで来るのか、悠長に構えていた魔理沙だったが。
「んじゃ、いっくよー!!」
「……!!!!! 彗星!!」
フランドールが掲げたスペルカードが発動した瞬間そんな考えは消え去った。
漏れ出る吸血鬼の妖気が、狂気を示す紅色に輝く悪魔の翼が、壁一杯に広がるように現れた巨大な魔法陣が、
魔理沙の思考を消し去り、反射的に叫ばせる。
「終焉『スカーレットラグナロク』!!!!」
「『ブレイジングスター』!!!!」
お互い同時に技を発動させた。その瞬間魔理沙を圧倒的な質量が襲う。
一瞬目を閉じてしまうが、狙いを定めるためにもう一度目を開けた。
目の前に広がったのは、全てが紅く輝く世界。それらが魔理沙を押し潰そうと迫ってくる。
フランドールが放つスペルはさながら紅い光の洪水。
あらゆるものを凌駕する吸血鬼の魔力だからこそ成せる、すべてを飲み込む力の奔流。
彼女にしては珍しい、完全な力任せの魔法。対する魔法使いのお株を完全に奪ったものだった。
「くっ……なんつう荒技だ!!」
対する魔理沙も負けてはいない、自身を彗星と化してフランドールを目指して光の河を遡る。
上下左右どこに逃げても碌に態勢の立て直しができないことを瞬時に判断、真っ直ぐに突き抜けるのみ!
「あーっはっはっはっは!!! どう、耐え切れる!!?」
「あんのクソガキ……!! やってやろうじゃねぇか!!」
高笑いが聞こえる。どうやら耐久スペルのようだった。
遡ろうとすればやる気をガリガリと奪われ、流されれば壁に叩きつけられる。
攻めても引いても敗北に近づく、最高に嫌らしい技だった。
「ぐ……こんにゃろ!!」
そんな中、霧雨魔理沙は何度もバランスを崩されながらそれでもフランドールに突撃する。
白い流星のように尾を引きながら紅い河を遡る姿はまさに白龍。
魔力が根こそぎ持っていかれそうになる、それでも派手な魔法という分野で負けたくない一心で加速する!
何よりも、一発ぶちのめしてやらなければ気が済まなかった。
近づく。服があちこち破れていく。問題ない。
近づく! 露出した肌が焼けるように痛い。問題ない!
近づく!! 一瞬意識が飛びそうになる、歯を食い縛って耐える、問題ない!!
とうとうお互いを視認できるところまで距離が詰まり、魔理沙の顔に勝利への確信の笑みが、フランドールの顔に驚愕が浮かぶ!
そして、最後にもう一段階ギアを入れトドメの加速!!
「……負けて、たまるかぁ!!!!」
白光の龍が紅い滝を昇り切る!! そのまま――
「へ、嘘――」
「ホントだぜ!!!」
――龍が獲物に喰らいつくがごとく、フランドールを自身ごと壁に叩きつけた。
轟音はそのまま、決着を示すゴングとなった。
「あーあ。負けちゃった。もっと威力上げてればよかったかな」
クレーターになった壁から、ボロボロになった服を纏ったフランドールがのそりと出てきた。
台詞に反して穏やかな笑みを浮かべている。結構な量の魔力を撃ち出した結果、多少ガス抜きになったようだ。
「死人が出るからやめとけ」
あの魔法に攻撃力が付随したら遊びじゃなくなる。
呆れと疲れを込めて突っ込んだ。
「それ私悪くないよね」
「悪いわ」
「えー」
反省はしてないようだった。
「ふう、疲れた……ん?」
降り立ち、八卦炉をポケットにしまう。
手を抜いた際、ポケットから何かが零れ落ちた。フランドールが拾う。
「魔理沙、この玉何?」
「ああ、『スーパーボール』とかいう玩具さ」
そういや、そもそもこれで魔法を開発するために来てたんだっけと当初の目的を思い出す。
目の前のお姫様に付き合った結果、体力的に持ち帰りは厳しくなってしまった。これ以上の連戦は分が悪い。
こうなることが多々あるからこいつには会いたくなかったんだがな、と苦笑する。
この弾幕勝負をそれなりに楽しんだのは魔理沙も同じだった。
「玩具を持ち歩くなんて、魔理沙こっどもー♪」
「生き物を玩具扱いする奴に言われたくないわ!」
「ぶー。どうやって遊ぶの?」
「見てみろ。そおい!!」
「おおっ!?」
偶々手に取ったボールを、思いっきり地面に叩きつける。
それは見事に、広げられた部屋の天井まで届かん勢いで跳ね返った。
「よく跳ねるだろ。弾幕のヒントになるかと思って、パチュリーの本を参考にしようと来てたんだよ」
教える、も。
「待て待てー!」
「聞いてないし……まあいっか」
いつの間にかフランドールは魔理沙が投げたボールを追いかけていた。
ボールの動きに合わせ頭を上下させながらボールを目指す姿はさながら猫。
さっきまでのバケモノじみた姿とのギャップ、微笑ましさに苦笑する。
「おいフラン!」
「なにー?」
「香霖が言うには、力強く投げればそれだけよく跳ねるそうだ。試してみろよ」
「うん!」
素晴らしい笑顔で頷いたフランドールは、野球選手のような構えをとり。
「ええい…やぁ!!」
ホップステップの後、思いっきり振りかぶり、オーバースローで向かいの壁に投げつける。
人間を遥かに超越した筋力で以て投げられたボールは、バシュウウウウと形容しがたい音を立てながら
魔理沙にさえ不可視のスピードで飛んでいき、瞬く間に壁に到達、跳ね返り、そのまま。
「だっ!?」
行きとほぼ同じ軌道で帰ってきた結果、フランドールの額に直撃した。
後方に吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで壁に頭を叩きつけられる。
さらにその反動で前方に倒れた結果、顔面から地面にダイブした。
「…………」
「…………」
気まずく沈黙する魔理沙。
両手をつきながらゆっくりとフランドールが立ち上がる。
一見すると無表情なのだが、赤くなった額や鼻の頭が可愛らしい、だが。
「……どこ?」
見なくてもわかるほど漏れ出る怒りのオーラがそれらすべてを台無しにしていた。
ゆっくりと周りを見回しながら、自身を(自業自得ではあるが)吹っ飛ばしたボールを見つけ、右手を前に出し、
「……ふん!!!!」
「目」を握って爆発させた。塵も残さず消え去るボール。
その後、魔理沙の方に顔を伏せながらゆっくり、ゆっくりと歩いていく。
治まらない怒りのオーラに中てられ、魔理沙はあたかも影を踏まれたかのように動けなかった。
そしてとうとう目の前に。やべえ死ぬかも。ビクビクしながら身構える。
そんな魔理沙の心情を知ってか知らずか、フランドールは魔理沙に飛びかかった。
「うわ!?」
魔理沙を押し倒し、魔理沙の胸に顔を隠すようにしながら、フランドールが呟く。
「疲れた。寝る。しばらく起こさないで」
「お、おう」
それ以外回答の余地はなかった。ついでに強打したであろう後頭部を撫でてやる。
しばらくすると、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「……寝ちまったか。こりゃしばらく動けないな」
相変わらず顔を伏せたままだ。顔のあたりの服に染み込んできた生温い液体が何かの詮索は行うまい。
このままだと自分が辛い、そう思いフランドールを抱きあげ、フランドールのベッドに腰掛けた。
「一個ダメになっちまったなぁ。他にもあるからいいけど……あれ?」
姫君を膝枕の体勢に移行させた後、ポケットに手を突っ込むと、先ほどまでと異なる感触が。
今日貰ったスーパーボールを手探りで触れた中に、明らかに大きさがおかしいものがあった。
「こいつ、こんな大きさじゃなかったよな?」
取り出し、確認。スーパーボールなのにほとんど跳ねなかった、例の青と白のボールだった。
拾った時にはプチトマトとさほど変わらなかった大きさだったのが、野球のボールくらいにまで膨れ上がっていた。
もしや、特別仕様なのかと考え、ベッドに接する壁に放ってみる、も。
「やっぱり跳ねないか……それに他のスーパーボールとも触り心地からして違う」
コンッ、と無機質な音を立て、ベッドの壁際に落ちた。
手を伸ばして拾い上げ、握ってみたりするも弾力などなく硬い金属のような感触しかしない。
もしかしたら面白玩具か、などと楽観的に考え、スナップを利かせながら遊ぶことにした。
フランドールを刺激せずに時間を潰す方法など読書くらいしかなく、そして読めるような本は今手元にない。
スーパーボールで妥協、スピンをかけながら真上に放ったり指先で回したり。
空しい時間を過ごしてるなあ。
そんなことを思いながらまた真上へ放り投げる。しかし、注意力が散漫してしまったか。
「あ、ヤバ!!」
落ちてきたボールを片手で受け止めることができず、零してしまう。
そして魔理沙の手をすり抜けたボールは、フランドールの頭に直撃。
ヤバイ殺される。
無意識の内に相当高く放り上げられたボールは相当のスピードと威力を持って落ちてきていた。
このままフランが目を覚まし、安眠を妨害したと思われれば五体満足の保証はない!
直撃したその刹那、そんな思いが魔理沙の頭をよぎった。
が。
直撃したそのボールは明後日の方向へ転がると思っていたのだが。跳ね返ったボールは、
フランドールから1mほど離れた空中で静止し、半分に割れた――正確には開いた。青と白の境目を中心に。
そして、
フランドールが赤い光となってボールの中に吸い込まれ、閉じた。
「…………へ?」
呆ける魔理沙、何が起きたのかわからなかったようである。突然太ももから重みが消えたかと思えば、妹分が目の前から消えたのだ、無理もない。
そんな彼女をよそにボールは地面に落ち、コロコロ、コロコロッと振動。そして、ポゥゥンという妙な音がした後停止した。
同時に停止した魔理沙の思考が戻ってくるまで、しばしの時間を要した。
「ふ、フラン? う、嘘だろ!!?」
よくわからないまま焦りから取り乱す。
「このままではマズイ!」と本能が警鐘を鳴らしていた。
さらにタイミング悪く、
「魔理沙ー、生きてる?」
「へあっ!! さ、咲夜? 何だ!?」
部屋の外から咲夜の声が聞こえた。周りを見渡すといつの間にか部屋も元通りになっている。
入れちゃダメだ入れちゃダメだと唱えながら対応。
「おやつ持ってきたんだけど……妹様は?」
「あ、ああ。疲れて寝てるぜ。しばらく起こすなっつってたし、私も疲れたから帰るからおやつはいい。レミリアか小悪魔にでもやってやれ」
「そう? じゃ、失礼するわね。気を付けて帰りなさいよ」
「ありがとうな」
その台詞の後、咲夜の気配が消える。これでしばらくは安全だろうとの思いが巡り、少々落ち着きを取り戻す。
「……さって、何が起きたかはわからんがこのままじゃマズイな……悪魔の封印用アイテムだったのか?」
想像する。もしこのまま事実をバラせばどうなるか。
『すまんレミリア! フランをうっかり封印しちまった!!』
『……ほぅ? それで?』
『そ、それが……解く方法なんて知らないんだ……』
『亜阿相界。じゃあ私達がなんとかするわ』
『あ、ああ……それじゃ私はこれで……』
『あら』
『え?』
『生 き て 帰 れ る と で も ?』
魔理沙 は 目の前 が 真っ暗 に なった!
鳥肌が立つ。
「……殺される……!! 運が良くても半殺しだ……!!」
自分の実力と本気(マジ)な吸血鬼との力の差を測り誤るほど愚者ではない。むしろ並みの人間よりはるかに頭の回る魔理沙である。
その思考が、自身に迫りしはどうあがいても絶望だと告げていた。
「ふう……やっと落ち着いた……」
フランドールを封印したボールを手に、ベッドには彼女が眠っているかのような小細工を仕掛けた魔理沙は一目散に帰宅した。
「フランドールが起こすなと言った」という咲夜への言葉がある以上、彼女を起こしに部屋へ行こうとするものはほぼいないだろう、
若干の時間稼ぎに成功していた。しかしそれももちろん時間の問題。早く対応しないと館の者がここへ来るのは必至だった。
手にしたボールを睨みつける。
「しっかし、何なんだこいつは……吸血鬼を封じるほどのマジックアイテムだったのか?」
化け物を倒すのはいつだって人間だ、との格言の通り、人間にはどんなに強力な妖怪でも倒すか封印か退治かするためのそれなりの対処法はある。
ただ、こんなボールがそんな大役を持つとは思ってなかった。ちくしょう香霖め。
彼への一方的な恨み事を口にしそうになった時、彼の言葉を思い出した。
「……待てよ、香霖は確かにこいつを『スーパーボール』だと言った。そしてスーパーボールは跳ねさせる物だとも」
そして思い出す。
「だがこいつはほとんど跳ねなかった」
思考する。
「もし、こいつが外部から魔力を得て効果を発揮するタイプのマジックアイテムだとしたら……」
どんなマジックアイテムでも、何かキッカケがなければ動きやしない。自身の持つ八卦炉などわかりやすい例だ。
こちらから魔力やキノコによる触媒を与えなければ大魔法など撃てやしない。
生粋の努力家の探究心が、いつの間にか問題を忘れさせていた。
「吸血鬼……妖怪の魔力を存在ごと取り込んだ今こそ、こいつの真の能力が発揮されるんじゃないか? ……よし!」
外に飛び出す。
呼吸を整え、ボールを振りかぶり、
「いっ……けぇぇぇぇぇ!!!!」
思いっきり投げた。
ライナーの軌道を描いたボールはやがて地面に着地する。
爆発すればいいな、などと危険なことをルンルンと思考する火力娘。
しかし思惑をよそにボールは、
「は……? うおっ!」
閃光を発しながら、再び開いた。
不意な眩しさに思わず目を腕で塞いでしまう。
やがて光が収まり、何だこれと思いつつも腕をどけ確認。
そこには、
「ふ、フラン!! ぶ!!?」
うっかり忘れていた妹分である吸血鬼がぐったりと横たわっていた。
しかも罰であるのか、ボールが自分の顔面に向かって飛んできた。直撃。
鼻っ柱をさすりながら慌てて駆け寄る。もし何かあればそれこそ自分への館からの報復が凶悪になる。
「だ、大丈夫か!?」
自身の心配と彼女への心配7:3くらいでフランドールを抱き起こす。そこには。
「Zzz…Zzz…Zzz…」
封印する直前の、自身の膝の上にいた時と同じ、安らかな寝顔があった。
「……どうやら、寝てるだけみたいだな……よかったぁ~」
心底安堵する。彼女を館に送り届けるというそれはそれで厄介な事態になりそうなことになったが、先ほどまで危惧したようなことにはなるまい。
とりあえず起こそう。
「おいフラン、起きろ?」
ほっぺをぷにぷにしたりデコをぺちぺちしたり口にキスしたりしていると。
「む……う~ん……」
軽く呻き声を挙げながら、フランドールが目を覚ました。
「あれ、ここは……?」
上半身だけ起こし周りを見渡す。まったく見覚えのない景色だからか戸惑っているようだった。
「目が覚めたか、私の家だ」
「ふぇ? 何でそんなところに私がいるの?」
ポカンとした顔で首を傾げる。
「……覚えて、ないのか?」
「うん」
「そ、そうか。まあ気にするな?」
「うん。わかった」
あれ? こいつこんな素直な奴だったっけ?
そんな思考がよぎるも、とりあえず弾幕ごっこでボロボロにしたフランドールを着替えさせるために家に連れていった。
やけに大人しい彼女に疑問を感じるも、とりあえずお古を着せていく。弾幕ごっこで疲れて寝惚けてるのかなと一人合点しておいた。
やがて、家にあるもので軽く二人で食事をしながら、切り出す。
幸い貰い物の洋菓子と紅茶(淹れ方は咲夜に教えてもらった)があったのでフランドールの口に合わないということはなかった。
「さて、飯食ったらそろそろ行かなきゃな」
「? 何処へ?」
妹様を勝手に連れ出してなどと小言は受けるだろうが、封印が解けなかった時のことを思えば楽だろう。
そんな思いの魔理沙の台詞に間の抜けた答えを返すフランドール。
「何処って、紅魔館に決まってるだろ?」
「何で?」
苦笑しつつ答える、そんな彼女に対し心底ポカンとした表情で首を傾げる。まだ寝惚けているのだろうか。
「いや何でって、お前の家だろうが。帰さなきゃいかんだろ。泊る気か?」
「帰るも何も、私の家はもうあそこじゃないよ?」
まるで「この人何言ってるの?」と言いたげな口調で告げる。意味がわからなかった。
「は、何言ってんだ?」
「だって……ここで……」
普段の淑女ぶった大人しさ、ではなく素でしおらしくなるフランドール。
次に発しようとする言葉に思うところでもあるのか口籠る。
俯き加減で顔を赤らめながらどもる姿は魔理沙から見ても可愛らしかった。
あー何か疲れ吹き飛びそうだなー、妹分の姿に悦に浸っていた魔理沙のそんな思考は、
次のフランドールの台詞で爆発した。
「ここでご主人様と一緒に暮らすんだもん」
「…………ハ?」
香霖堂。
「さて、そろそろ整理も終わるか……おや? これは魔理沙にやったのと同じ柄、同じ性質のものだな。どれ……ん?」
「名称は『スーパーボール』で、用途は……」
「『魔物を捕獲し服従させる』? 何のことだ?」
ご主人様と呼ばれる魔理沙が羨ましい…
ゼル伝ネタに目がいってて気づかなかったぜ。
あ、面白かったです。
そして自分もノ
良かったです