この作品は、作品集59 MS***様の『人形たちの箱庭』及び
作品集72 はるか様の『アリスの箱庭』に影響を受けてかいたものです。
自分なりのアレンジを加えてみました。
家の中、暖炉の薪がパチパチと小気味よい音を鳴らしている。
そんな誰にも邪魔されない快適な空間で、私はある人形の最後の仕上げをしている。
私は魔法使い兼人形遣いとして、長らく意志を持った人形の制作に励んできた。
そのためには意志とは何かという事を知らなければならないのだが、ほぼ不老不死の自分といえども、気の遠くなるような時間がかかりそうなので一旦中止し、とりあえず自分の魔力を込めて考え、動く人形を作ったのだ。なぜか魔力を人形に与えると、まるで意志を持つかのように動き、喋るようになる事を私は経験的に知っていた。友達の上海人形、蓬莱人形もそうして時間をかけている内に私の魔力が染みわたり、意志をもつ(かのように)なったものだ。
上海が熱々の紅茶を持ってきてくれた。今制作中の人形は彼女よりずっと小さく、小指ほどの大きさで、すでに同じ仕様の人形が10体ほど完成し、起動の時を待っている。
「ありすーオチャ」
「ありがとう」
上海はぺこりとお辞儀をして、作業机の邪魔にならない場所にちょこんと座る。
興味深そうに、これから生まれる仲間を見守っている。
休憩の後、完成した人形をすでに完成した別の人形と一緒に、あらかじめ作っておいた箱庭に移す。
この箱庭は幻想郷を模したもので、神社や各人の家、森や竹林や山が可能な限り細かく再現されている。人形たちと並ぶ私の会心作よ。
最後に、こちらからは見えるが向こう側からは見えない、マジックミラーに近い性質の板でふたをした後、人形たちに魔力を込め、起動させた。人形たちにはこの幻想郷の住人を模した性格、能力を与えてある。どんな行動をとるかとても楽しみ。ちなみに、最後に作った人形はウェーブのかかった金髪に赤いリボンをつけ、淡いブルーのブラウスを着て同じ色のスカートをはき、白いケープを羽織らせた少女で、私そっくりに作ったものだ。やはり人形を作ったり操ったりするのが好きという設定を与えてある。
その人形は作られていた家の中に入り、あらかじめ用意していた裁縫道具を使ってなにか作業を始めた。
専用の眼鏡でのぞいてみると、やはり人形を作っているようだ。布袋をいくつか作り、その中に綿くずを入れて人形の体にしたらしい。あっ、服の制作に取り掛かり始めた、可愛い、がんばれミニチュアの私。
私をかたどった人形はその後、他の人形ともだいたい仲良くやっているようだった。
完成した人形をみんなに見せ、触らせてあげている。次の日には紐で人形を操れるようになって周囲を驚かせた。
とんがり帽子に白黒のエプロンドレスを身に付けた魔理沙型の人形とも、ときどき喧嘩しつつも仲良くなっていった。
私もこれだけ素直に魔理沙とコミュニケーションできたらいいのになあ。
◆
数日後、私をかたどった人形の人形作りに進展が生じた。
自ら魔力を人形に込めて動くようにしたのだ。
声こそ聞こえないが、明らかに誇らしい表情をしている。表情筋に相当する機能は作れなかったが、雰囲気で分かる。
さらに次の日、木の板で作った家らしき物を作り出した。ドールハウスでも作るのだろう。特別な人形には特別な住処、私らしいと言えばそうね。
私は呑気に成長したなと喜びつつ、半日ほど観察とは別の事をして過ごした。
◆
とんでもない物を見た!
昼食の後、魔理沙に箱庭を見せてあげようかと思いながら覗いたところ、私をかたどった人形が例の制作物を完成させていたのだ。
それはドールハウスなどではなかった。
自分が作った人形を入れる箱庭をこしらえたのだった。作った人形をそこに入れ、やはり、起動させた。私がした実験をそのまま繰り返している……。
呑気な気分が引っ込み、恐怖心がせり上がってくる。この小さな箱庭の小さな人形は、もっと小さな人形を作り、もっと小さな箱庭に住まわせた。私が行った事の縮小版、それなら私も……。
「誰かに作られた存在だと言うの? 私の得意分野も、今こうして思考している事も?」
人形がふと作業の手を止めて、小さな家の窓を開き、模造の空を見上げた。
私も空から誰かに見られているような気がして人形と同じ事をした。そこにはただの青空が広がっているだけだったが、すぐに窓を閉めてカーテンで中を隠した。そうせずに居られなかった。
恐怖を振り払おうとして、上海人形を抱きしめる。
「ありすーゲンキダシテ」
彼女はこんなときにも私を気遣ってくれる。でも、私やこの子のこういう行動も、すでに筋書き通りなの? この子には悪いけど不安が止まらない。視界に箱庭が入った。直視するのが怖い。
私はたまらず、箱庭に住む以外の人形たちをありったけ連れて、逃げるように外に駆けだした。目的地なんてない、ただそうせずにいられないのだ。
私は一体どんな存在なの? ただの実験素材? こうして思い悩む事すらプログラムの一つだとでも?
どん、と誰かにぶつかった。いてえな、と馴染みの声が聞こえた。
「魔理沙!」
「アリス一体どうしたんだ?」
私は何も言わず彼女の胸に飛び込み、そのまましばらく泣き続けた。
「おいおい。しょうがねえな」 魔理沙は訳も分からないまま、ただ私の頭を撫で続けてくれていた。
◆
ひとしきり泣いて落ち着いた後に訳を話し、件の箱庭を見せてくれと言ったので、魔理沙を作業部屋に案内する。
魔理沙は部屋を不思議そうに見渡している。
「本当にここは作業部屋か? それにしてはこざっぱりしているじゃないか」
「あんたが散らかし過ぎるのよ」
魔理沙は私の言葉を無視して、しゃがんで箱庭を覗き込む。
「へえ、これがその箱庭か。なるほど、人形たちが動いているな」
「ええ、私がプログラムしたの」
「で、この人形たちの動きとか性格も、私達を模倣しているんだろ」
「そうよ、だから私の人形はあなたを模した人形と親しくしているわ。ほら見て、私の人形が箱庭を完成させて、作った動く人形をそこに住まわせているでしょ。こうしてみると、私達も造られた存在なのかもって思えてきて、それで急に怖くなって……。ねえ魔理沙」
魔理沙は箱庭の別の場所をじっと見て、それからうん、とうなずき、私に向き直って言った。
「アリス、この箱庭の中の出来事、完全にこの幻想郷と同じだったか?」
「ううん、レミリアの紅霧異変の代わりに、ルーミアの人形が箱庭じゅうを闇で包む異変を起こしたり、リリーホワイト人形が冬じゃなくて春が終わらない異変を起こしたり、こっちとは違っていたわ」
「性格とか、能力とかは現実に似せたんだろ?」
「そうよ」
「でもこの箱庭の中では似ているが違う現象が起こり続けた。だから、例え私達がプログラム通りに作られた存在だとしても、造物主の思い通りに動くとは限らない、現にお前の人形だってプログラム通りにいかなかったんだしな。だから自由意志の存在を信じてもいいんじゃないか」
実は魔理沙には話していないが、アリス人形、つまり箱庭の私は魔理沙人形より霊夢人形と仲良くなっていた。
毎日神社に通い、霊夢とお茶を飲むしぐさをしたり、おしゃべりに興じている。
そして、箱庭の私も現実と同じような疑問にぶち当たったらしく、泣きながら家から出ると、ぶつかったのはこれまた魔理沙じゃなくて霊夢だった。
霊夢の事は嫌いじゃないけど、ここまで親しくはない。もしかして、私は霊夢を好きになる可能性もあったと言う事なのだろうか?
とすると、もしかしたら魔理沙の言う通り、例え私達が何者かに造られた自動人形だとしても、造物主の想定外の言動や思考を取れる可能性、小説や漫画で言う『描いているキャラが勝手に動く』現象があるのかも知れない。
この世がマトリョーシカのように際限なく大きい、あるいは小さい世界の無限ループだったとしても、きっとそれぞれの世界に個性があるのだ。そう信じたい。
「そうね、あんたのおかげで元気が出たわ、私なんでこんな事で悩んでいたんだろう」
◆
「まあ私も似たような事を考えた事はあるぜ」
客間に戻り、私の出した紅茶を一口すすって魔理沙は言った。
「意思を持っている事と、単にプログラムで意志を持っているかのように振舞っている事の区別って付くのかってね」
それは私も考えた事がある、と答えると、魔理沙はさらに続けた。
「例えば、私が『おはよう』と誰かに声をかけた時、相手の反応の仕方が100万パターンあったとする。そして私が声をかけてやはり100万パターン以上の反応を示すヒト型の機械や式神を作ったとするだろ。するとそいつはプログラム通りにしか動いていないはず、なのに、実質意志があるようにしか見えないだろう。その機械なり式神は意志を持っているのか否や?」
私が考えている間、魔理沙は勝手に小皿のクッキーを口に放りこんだ。
「分からないわね、もしかすると、私や魔理沙や霊夢だって恐ろしく複雑なだけでプログラムに従って動く存在にすぎなくて、そこに自由意志なんてないのかも」
「そうだな、確かに私達はアリスが思ったように何者かに造られた自動人形なのかもな。そんで、その何者というのが自然の進化なのか、意志を持った造物主なのか、あるいは造物主が作った進化のプログラムなのかは分からない。だが、どっちにせよ私は私。自分の力や知性の範囲内でやりたいように生きるまでだ。そう思うぜ」
「それって、なんの答えにもなってないじゃない」
「そりゃそうさ、この世の全てを知る事は出来ないからな。もし私達が筋書きにそって踊らされているんなら、踊らされてるんだろうさ、でもそれなら踊らにゃそんそん。人生は楽しんだ者勝ちだぜ」
魔理沙は立ち上がり、腰を振って踊る仕草をしながら言う。
「バカね」
この子と話をして、少し気分がまぎれた。これが何者かのシナリオであろうが無かろうが、この子がそばにいてくれて本当に良かった。
「確かに、そう考えたほうが楽しいわね」
「まあ、この世界の外がどうなっているか思索にふけるのも楽しいけどな」
「あなたたちはよく宴会するから、意外と造物主もお酒飲んで騒ぐのが好きなのかもね」
「ははは、意外と真理かもな」
◆
その後、箱庭の観察を続け、人形たちが箱庭の博麗神社に集まってなにやら相談しているのを確認した。
私や魔理沙と同じように、この子たちも自分たちの生まれてきた意味、この箱庭世界の外について議論しているのだろうか?
やがて人形たちはうなずき合い、空に舞い上がり、箱庭のふたを全員で押した。
ふたは接着剤で閉ざされており、容易には開かない。
私は何故か、まるで卵が孵るのを見守る親鳥のように、固唾を飲んで見守っている。
ふたを固定していた接着剤がぴりぴりとはがれていく。
もう少しだ、頑張れ。なぜか私は心の中で応援する。
とうとうふたは外れ、人形たちは彼女らの造物主である私と対面した。
「気付いちゃったのね、外の世界に。私はアリス、貴方たちを作った者よ」
人形たちを両手のひらに載せ、作業机に座らせ、自己紹介と共に、自分たちが何者なのかを告げた。
解放感を味わう者。
世界の広さにただただ戸惑う者。
自らが造られた存在だった事に驚く者。
皆それぞれに新たな世界を感じ取っている。
八雲紫をかたどった人形が、皆を代表して、机の傍らにあったペンを両手で抱え持ち、紙にたどたどしく文字を書いた。
『私達の生まれてきた意味とは何か?』
アリスはその問いに答えた。
「それを探すのが生まれてきた意味よ。正直に言って、貴方たちには本当に申し訳ない事をしたわ。私は貴方たちを自動人形の観察実験のために作ったの。だけど、自力で箱庭の外へ出たんですもの、もう貴方たちを縛りつけておくつもりはないわ。私や仲間たちに危害を加えない限り、それぞれ自分の思う道を進みなさい。箱庭に住み続けるもよし、外で暮らすもよし、意志を持った貴方たちにはその正当な選択権がある。それが望みよ」
『本当にそれでいいの?』
「もっとも。私は貴方たちと争ったり、支配したりされたりするんじゃなくて、お友達になりたいな」
人形たちは相談し、そうしよう、という意思表示を行った。
こうして、アリス=マーガトロイド邸に新たな仲間たちが加わった。
アリスは窓際で日向ぼっこをする人形たちと一緒に空を見上げ、物思いにふける。
この世界も箱庭だと言うなら、私達を作った誰かも、こうやって外へ飛び出す事を望んでいるのだろうか、と。
「霊夢たちの月ロケットの資料は残っているのかしら。もっと長距離の航行が必要になるわね」
その後アリスは幻想世界の宇宙における恒星間飛行のパイオニアとなった……かどうかは定かではない。
凄いのぜ…
あとミニゆかりんはいくらで売ってくれますか?
しかもたいていは碌でもない結末になりますが
人形を大事にしているアリスが作った人形ゆえに、この幸福エンドも納得できますね