「げふぅ」
と呻いて、幽々子様が倒れた。
いつもの冗談かとはじめは思ったが、食事中で、箸の先に鶏肉の唐揚げがつままれたままだったのを見て非常事態であると確信した。
ありえぬ。
私は幽々子様を手早く背負うと、二百由旬も一閃の自慢の足でだだだだだと永遠亭に向かった。
◆ ◇ ◆
「食べ過ぎです」
と、キカイダーみたいなカラーリングの宇宙医者が言った。
ありえぬ。
幽々子様はべろを出したまま目を回してベッドに横になっていて、まだ意識が戻らない。
「幽々子様が食べ過ぎで倒れるなんて、何かの間違いじゃないでしょうか。だって亡霊ですよ」
「私だってはじめてのケースで、驚いてるわよ。でも、診断に間違いはない。もっとよく調べてみないと詳しくはわからないけど、霊的な存在自体があやうくなっているわ。おおかた毎日嘘みたいな量を食べていたんでしょう。食べ物の概念が身体中をかけめぐって、それに圧迫されて幽々子さんの因子が破壊されようとしている」
何だかよくわからないが、とにかく、食べ過ぎなんだということだった。
たしかに幽々子様は驚くほどの量の料理を召し上がる。いつだったか、ガチで百合の米を食べたいとおっしゃられてガチで食べてしまったことがあった。
あのときはほんと、なんていうか偉大なものを感じた。崇高な愛を感じた。
しかしそれによって、存在の危機がおとずれているという。
「ダイエットですね」
「そんな可愛らしいものじゃないけどね」
薬で何とかならないんですか、と訊いてみたが、そんなものは場当たり的な対処であって根本治療にはならない、まずは自分にとってほんとうに必要な量の食事をするように心がけなさい、と言う。
そもそも必要じゃないんだけど。それであんなに食べているんだから、幽々子様にとって食事とは楽しみ以上のもので、生きがいみないたものなんだと思う。死んでるけど。
心が傷んだが、しかし従者として、主人の身をあやうくするようなまねは許されない。
腕をうむむと組んで、明日からヘルシーフードを作ろう、ホットヨーグルトダイエットを試してみよう、カロリミットって効果あるのかなと考えていたら幽々子様が起きてきた。腹筋を使ってばね仕掛けのように上半身を起こしたのでちょっとゾンビみたいだった。
「話は聞いていたわ」
「幽々子様」
「何も言わないで。妖夢」
悲しげな顔をされた。
涙がひとつぶ、目の端っこに輝いていたかもしれない。幽々子様はいつもご陽気で、ふわふわした感じだから、ごくまれに悲しげだったり物憂げだったりすると、ありえないほどの美貌が強調されてちょっとこの世のものではないように見える。
文字通り、あの世に行ってるわけだけど。
幽々子様は扇子を広げ、少しの間口元を隠すと、目をこちらへ向けた。
扇子をたたんで、胸元にしまった。
「妖夢」
「はい」
「私、痩せるわ」
「太ってないですけどね」
乳が痩せろー、と思いながら私は幽々子様の手をとった。
そのときはまだ、冗談みたいな気分でいたのだ。
◆ ◇ ◆
次の日の朝食から私たちのダイエットメニューがはじまった。
「これは何」
「はい。ホットヨーグルトです」
ヨーグルトは乳酸菌がたくさん入っているし、コレステロールを下げる効果もあるすぐれものの食品だ。
温めて食べることによって、カルシウムの吸収が高まる。カルシウムは、脂肪を蓄えようとする副甲状腺ホルモンの分泌を抑える働きがあるのだ。
「なるほど。美味しい、美味しいわ」
「えへへ。はちみつを入れて食べるんですよ」
「ありがとう」
ボウル二杯ぶん召し上がった。
そのあと、れんこんのはさみ揚げと水菜と牛肉のポン酢炒め、山芋の南蛮甘酢漬けに大根の皮とにんじんのきんぴらでご飯をおひつふたつぶん召し上がってお茶を飲まれた。
食後の大福がほしいわ、とおっしゃられたが、ダイエット中である。私は鬼のような表情をつくって「きんし!」と言いわたした。
「昼食は、ちょっと精のつくものにしてみました」
私は料理をならべた。
サバの竜田揚げに、マグロのソテー、焼き大根のぶり煮にカキの和風パスタと海老団子にブロッコリのクリームスープだ。朝食が野菜ばかりだったので、昼食は多少たんぱく質を摂ってもいいだろう。
「ん~デリシャス。妖夢のご飯はいつも最高ね。また、腕が上がったんじゃないかしら」
「えへへ。あっ、だめですよ。パスタがあるんだから、ご飯は食べないんです」
「いやよ。だって、お魚がとても美味しいんだもの」
「もう……」
まあ、ぶり大根なんて出しちゃったら、ご飯を食べないとおさまりがつかないのも、たしかだと思う。
焼き色がつくくらい大根を焼いてから煮るのが白玉楼流だ。ざらめ砂糖で煮ると、こくがあって美味しい。幽々子様がいちばん喜ばれる料理のひとつである。
けっきょくご飯をおひつに三つも召し上がったので、夕食はひかえめにせねば、と思った。
「カレーです」
「わあ」
どうしてもカレーが食べたい、と幽々子様がおっしゃるので、低カロリーをこころがけて料理した。
鶏胸肉のカレーと、野菜カレーとキーマカレーと、ドライカレーも作った。カレーはデブ食の権化のように思われているが、その実スパイスのかたまりであって、ターメリック、レットペパー、シナモン、コリアンダー、ナツメグなどほとんどすべてが漢方薬の原料として使われる生薬である。たとえばターメリックは、成分に抗酸化作用があり、がん予防に効果があるとされている。日本語になおすと、うこん。
「うこんです、幽々子様」
「そう。うこんね」
「うこんです」
「うこん」
うこんは体にいい。
だからカレーを食べたからって太るということはないのだ。
とはいえ、幽々子様は全種類を召し上がられたし、たくさん炊いたはずのご飯もすべて食べつくしてしまったので、あまりダイエット効果はないかも、と思った。
まあ、一日目はこんなものだろう。
食べ終わると、幽々子様は幸せそうなお顔でそのまま横になって少し眠ってしまった。
子どものような寝顔だ、と思った。
幽々子様は千年以上前から亡霊をやっていて、そのちょっと前は生きていた。私は幽々子様がすごした歳月の、十分の一も生きていない。
可愛いなんて思うのは、いけないことだろうか?
でも、
(幽々子様はいつもおきれいで、可愛いです……)
と考えながら、私は食膳を片付け、皿を洗った。歌をうたいたくなった。幽々子様を起こさないように、静かに、ふんふん鼻歌でうたった。戻ると、幽々子様は起きていて、それから一緒にお風呂に入った。
三日後、幽々子様はまた倒れた。
◆ ◇ ◆
「うう、うう、苦しい、苦しいわ」
「だから言ったじゃないの」
「面目次第もありません」
私は頭を下げた。幽々子様は、ベッドの上でお腹をおさえてうんうん唸っている。八意永琳が呆れた顔をしていた。ここ数日の食事の内容を伝えると、げんこつで殴られた。
「まったくしかたないわね」
と言って、粉薬を処方してくれた。幽々子様に飲ませる。これで効かなかったら、うどんげの出番ね、と言って弟子に目を向ける。鈴仙がイチジク浣腸を手に持ってニヤリとニヒルに笑っていた。私は血が出るほど下唇を噛んだ。
(そういえば)
ふと、疑問がわいてきた。そういえば、幽々子様はあれだけ召し上がるのに、幽々子様は。
どうなっているんだろう、と思ったが、なんだか猛烈に悪い予感がしたのでそこで考えるのをやめた。
カレーは美味しかった。
薬を飲んで、少しすると、幽々子様は落ち着いたようだった。額に汗を浮かべて、それでも笑う余裕ができた。
「ふふ、情けないことね。冥界の姫が、食べ過ぎで苦しむなんて。これではハラペコキャラのポジションをルーミアに返さなければいけないかもしれないわ……」
「いえ、あちらは食人など、グロ方面で活躍していますので、住み分けはちゃんとされています。大丈夫です」
手を握る。私は半人半霊なので体温が低いが、幽々子様はそれよりも低い。ひやりとした。私と違って、剣術の稽古でごつごつしていない、すべすべの手だ。幽々子様の手は舞を踊ったり、幽霊を管理したりする手だ。
たまに、私の頭をなでてくれる。一緒にお風呂に入ると、私の背中を流してくれたりもする。主人なのに、と私が言うと、好きでやってることよハァハァ、と言う。
胸元にしまってあった扇子を幽々子様から受け取って、幽々子様の顔をぱたぱた扇いだ。
幽々子様は気持よさそうにしていた。
私は腹を決めた。
「永琳さん。すいませんが、庭を借ります」
私は永遠亭の庭に出ると、上着を脱いで、土に敷いてその上に座った。
案内してくれた八意永琳が、不思議そうな顔をした。
楼観剣を抜き、逆手に持って腹に当てる。
当たり前だけど、はじめてのことなので、よく位置を確かめておいた。
「辞世の句ですが……用意していないので、何かそちらで適当に詠んでおいてください」
「HARAKIRI!?」
顔を出した鈴仙が、パニックになって叫んだ。
月では誰もやらないだろうので、めずらしいのかもしれない。
私も見たことはないけど、こういうときに死ねるのが葉隠だ。
「御免!」
私は剣を振り上げ、腹に向かって思い切り突き刺した。
血が流れて、噴出し、はらわたがホースみたいに傷口からぼんぼん転げ出てくる……。
と想像したところで痛くないのに気づいて、目を開けた。
直前で手が止まっていた。
(情けない、びびっているのか。主のために死ぬことができなくて、どうするんだ)
と私は思った。もう一度、と勢いをつけようとしたところ一寸も手が動かなかった。小さな幽霊が二三体、私の手にまとわりついて、動きを止めていた。
「だめよ」
声がした。いつもより少し、青い顔をした幽々子様が廊下を歩いて姿をあらわした。血なんてないと思うんだけど、それでも血の気が引いているように見えた。
「妖夢。何をするの。切腹なんて、許さないわよ」
「幽々子様」
私は下を向いて、ぼそぼそとしゃべった。まさか二次創作ではほとんどの場合面倒なので無視される、幽々子様がいつもしたがえている幽霊を使うなんて。あんまりだ、と思った。
「幽々子様。私は、だめなんです」
「何が」
「私がいると、幽々子様によくないんです。私は幽々子様に料理を食べてもらうのが大好きで、いけないとわかっていながら、たくさん料理を作ってしまったのです。われながら、これギャグかよ、ギャグだよね、だから大丈夫だよね、とか中途半端な気持ちで用意していたんです。幽々子様が倒れたとき、私はほんとうに恐ろしい気持ちになりました。もう、あんなのはごめんです。だから、私は死ぬよりほかないのです」
泣きそうになりながら、一気にしゃべった。
幽々子様が近づいてきて、私の頬に両手を当てた。
「妖夢。ごめんなさい。あなたにそんな思いをさせてしまっていたなんて」
「幽々子様」
「私も、あなたの料理が大好きなのよ。だからついつい食べ過ぎちゃった。儚月抄での設定がなんというか、すごかったし、自分をチートキャラだとでも思っていたのかもね。でも、反省したわ。これからは節制します」
「幽々子さまぁ」
「それにね。あなたが死んだところで、幽霊になってまた私のところへ来るでしょう」
と言って、幽々子様はぱちりとウインクした。
「逃さないんだからね」
私は今度こそ、わんわん泣いてしまった。
「ええ話や」
と言って、八意永琳も目の幅で涙を流していた。鈴仙はちょっと微妙な顔をしていた。
◆ ◇ ◆
それから私たちは、しばらくの間永遠亭に逗留することになった。
八意永琳が都合をつけてくれたのだ。なんでも、亡霊が食べ過ぎになるというのもめずらしいのでちょっと調べたい、とのことだった。
「あんなこと言ってるけどね。師匠はたぶん、あなたたちがうらやましいんだと思う」
と、鈴仙が言っていた。よくわからなかったのでさらに訊くと、蓬莱人になると病気をするのもむずかしいので、それで一喜一憂できるあなたたちがうらやましいのよ、とのことだった。そんなものだろうか。
ごくたまに、蓬莱山輝夜を見ることがあって、会えば挨拶をした。永遠亭は広いし、あんまり自室から出てこないので、それほど仲良くはならなかった。永遠亭の姫は幽々子様とはまた違った感じで、とても美しい。永琳が、
「輝夜はあれはあれである種の病気のような……いえいえ」
とぶつぶつつぶやいていた。全力でスルーした。
永遠亭の食事はにんじんばかり使っていると聞いていたので、幽々子様のお口に合うかな、とちょっと心配だったけど、白玉楼と同じく和食が中心で、味付けは違うものの大変に美味しかった。幽々子様もにこにこ笑って食べていた。
二日目からは私も台所に立った。
いつもの調子で作っていたら、一日で備蓄の食料を使いきってしまった。げんこつで殴られた。幽々子様が頭をなでて、なぐさめてくれた。
と呻いて、幽々子様が倒れた。
いつもの冗談かとはじめは思ったが、食事中で、箸の先に鶏肉の唐揚げがつままれたままだったのを見て非常事態であると確信した。
ありえぬ。
私は幽々子様を手早く背負うと、二百由旬も一閃の自慢の足でだだだだだと永遠亭に向かった。
◆ ◇ ◆
「食べ過ぎです」
と、キカイダーみたいなカラーリングの宇宙医者が言った。
ありえぬ。
幽々子様はべろを出したまま目を回してベッドに横になっていて、まだ意識が戻らない。
「幽々子様が食べ過ぎで倒れるなんて、何かの間違いじゃないでしょうか。だって亡霊ですよ」
「私だってはじめてのケースで、驚いてるわよ。でも、診断に間違いはない。もっとよく調べてみないと詳しくはわからないけど、霊的な存在自体があやうくなっているわ。おおかた毎日嘘みたいな量を食べていたんでしょう。食べ物の概念が身体中をかけめぐって、それに圧迫されて幽々子さんの因子が破壊されようとしている」
何だかよくわからないが、とにかく、食べ過ぎなんだということだった。
たしかに幽々子様は驚くほどの量の料理を召し上がる。いつだったか、ガチで百合の米を食べたいとおっしゃられてガチで食べてしまったことがあった。
あのときはほんと、なんていうか偉大なものを感じた。崇高な愛を感じた。
しかしそれによって、存在の危機がおとずれているという。
「ダイエットですね」
「そんな可愛らしいものじゃないけどね」
薬で何とかならないんですか、と訊いてみたが、そんなものは場当たり的な対処であって根本治療にはならない、まずは自分にとってほんとうに必要な量の食事をするように心がけなさい、と言う。
そもそも必要じゃないんだけど。それであんなに食べているんだから、幽々子様にとって食事とは楽しみ以上のもので、生きがいみないたものなんだと思う。死んでるけど。
心が傷んだが、しかし従者として、主人の身をあやうくするようなまねは許されない。
腕をうむむと組んで、明日からヘルシーフードを作ろう、ホットヨーグルトダイエットを試してみよう、カロリミットって効果あるのかなと考えていたら幽々子様が起きてきた。腹筋を使ってばね仕掛けのように上半身を起こしたのでちょっとゾンビみたいだった。
「話は聞いていたわ」
「幽々子様」
「何も言わないで。妖夢」
悲しげな顔をされた。
涙がひとつぶ、目の端っこに輝いていたかもしれない。幽々子様はいつもご陽気で、ふわふわした感じだから、ごくまれに悲しげだったり物憂げだったりすると、ありえないほどの美貌が強調されてちょっとこの世のものではないように見える。
文字通り、あの世に行ってるわけだけど。
幽々子様は扇子を広げ、少しの間口元を隠すと、目をこちらへ向けた。
扇子をたたんで、胸元にしまった。
「妖夢」
「はい」
「私、痩せるわ」
「太ってないですけどね」
乳が痩せろー、と思いながら私は幽々子様の手をとった。
そのときはまだ、冗談みたいな気分でいたのだ。
◆ ◇ ◆
次の日の朝食から私たちのダイエットメニューがはじまった。
「これは何」
「はい。ホットヨーグルトです」
ヨーグルトは乳酸菌がたくさん入っているし、コレステロールを下げる効果もあるすぐれものの食品だ。
温めて食べることによって、カルシウムの吸収が高まる。カルシウムは、脂肪を蓄えようとする副甲状腺ホルモンの分泌を抑える働きがあるのだ。
「なるほど。美味しい、美味しいわ」
「えへへ。はちみつを入れて食べるんですよ」
「ありがとう」
ボウル二杯ぶん召し上がった。
そのあと、れんこんのはさみ揚げと水菜と牛肉のポン酢炒め、山芋の南蛮甘酢漬けに大根の皮とにんじんのきんぴらでご飯をおひつふたつぶん召し上がってお茶を飲まれた。
食後の大福がほしいわ、とおっしゃられたが、ダイエット中である。私は鬼のような表情をつくって「きんし!」と言いわたした。
「昼食は、ちょっと精のつくものにしてみました」
私は料理をならべた。
サバの竜田揚げに、マグロのソテー、焼き大根のぶり煮にカキの和風パスタと海老団子にブロッコリのクリームスープだ。朝食が野菜ばかりだったので、昼食は多少たんぱく質を摂ってもいいだろう。
「ん~デリシャス。妖夢のご飯はいつも最高ね。また、腕が上がったんじゃないかしら」
「えへへ。あっ、だめですよ。パスタがあるんだから、ご飯は食べないんです」
「いやよ。だって、お魚がとても美味しいんだもの」
「もう……」
まあ、ぶり大根なんて出しちゃったら、ご飯を食べないとおさまりがつかないのも、たしかだと思う。
焼き色がつくくらい大根を焼いてから煮るのが白玉楼流だ。ざらめ砂糖で煮ると、こくがあって美味しい。幽々子様がいちばん喜ばれる料理のひとつである。
けっきょくご飯をおひつに三つも召し上がったので、夕食はひかえめにせねば、と思った。
「カレーです」
「わあ」
どうしてもカレーが食べたい、と幽々子様がおっしゃるので、低カロリーをこころがけて料理した。
鶏胸肉のカレーと、野菜カレーとキーマカレーと、ドライカレーも作った。カレーはデブ食の権化のように思われているが、その実スパイスのかたまりであって、ターメリック、レットペパー、シナモン、コリアンダー、ナツメグなどほとんどすべてが漢方薬の原料として使われる生薬である。たとえばターメリックは、成分に抗酸化作用があり、がん予防に効果があるとされている。日本語になおすと、うこん。
「うこんです、幽々子様」
「そう。うこんね」
「うこんです」
「うこん」
うこんは体にいい。
だからカレーを食べたからって太るということはないのだ。
とはいえ、幽々子様は全種類を召し上がられたし、たくさん炊いたはずのご飯もすべて食べつくしてしまったので、あまりダイエット効果はないかも、と思った。
まあ、一日目はこんなものだろう。
食べ終わると、幽々子様は幸せそうなお顔でそのまま横になって少し眠ってしまった。
子どものような寝顔だ、と思った。
幽々子様は千年以上前から亡霊をやっていて、そのちょっと前は生きていた。私は幽々子様がすごした歳月の、十分の一も生きていない。
可愛いなんて思うのは、いけないことだろうか?
でも、
(幽々子様はいつもおきれいで、可愛いです……)
と考えながら、私は食膳を片付け、皿を洗った。歌をうたいたくなった。幽々子様を起こさないように、静かに、ふんふん鼻歌でうたった。戻ると、幽々子様は起きていて、それから一緒にお風呂に入った。
三日後、幽々子様はまた倒れた。
◆ ◇ ◆
「うう、うう、苦しい、苦しいわ」
「だから言ったじゃないの」
「面目次第もありません」
私は頭を下げた。幽々子様は、ベッドの上でお腹をおさえてうんうん唸っている。八意永琳が呆れた顔をしていた。ここ数日の食事の内容を伝えると、げんこつで殴られた。
「まったくしかたないわね」
と言って、粉薬を処方してくれた。幽々子様に飲ませる。これで効かなかったら、うどんげの出番ね、と言って弟子に目を向ける。鈴仙がイチジク浣腸を手に持ってニヤリとニヒルに笑っていた。私は血が出るほど下唇を噛んだ。
(そういえば)
ふと、疑問がわいてきた。そういえば、幽々子様はあれだけ召し上がるのに、幽々子様は。
どうなっているんだろう、と思ったが、なんだか猛烈に悪い予感がしたのでそこで考えるのをやめた。
カレーは美味しかった。
薬を飲んで、少しすると、幽々子様は落ち着いたようだった。額に汗を浮かべて、それでも笑う余裕ができた。
「ふふ、情けないことね。冥界の姫が、食べ過ぎで苦しむなんて。これではハラペコキャラのポジションをルーミアに返さなければいけないかもしれないわ……」
「いえ、あちらは食人など、グロ方面で活躍していますので、住み分けはちゃんとされています。大丈夫です」
手を握る。私は半人半霊なので体温が低いが、幽々子様はそれよりも低い。ひやりとした。私と違って、剣術の稽古でごつごつしていない、すべすべの手だ。幽々子様の手は舞を踊ったり、幽霊を管理したりする手だ。
たまに、私の頭をなでてくれる。一緒にお風呂に入ると、私の背中を流してくれたりもする。主人なのに、と私が言うと、好きでやってることよハァハァ、と言う。
胸元にしまってあった扇子を幽々子様から受け取って、幽々子様の顔をぱたぱた扇いだ。
幽々子様は気持よさそうにしていた。
私は腹を決めた。
「永琳さん。すいませんが、庭を借ります」
私は永遠亭の庭に出ると、上着を脱いで、土に敷いてその上に座った。
案内してくれた八意永琳が、不思議そうな顔をした。
楼観剣を抜き、逆手に持って腹に当てる。
当たり前だけど、はじめてのことなので、よく位置を確かめておいた。
「辞世の句ですが……用意していないので、何かそちらで適当に詠んでおいてください」
「HARAKIRI!?」
顔を出した鈴仙が、パニックになって叫んだ。
月では誰もやらないだろうので、めずらしいのかもしれない。
私も見たことはないけど、こういうときに死ねるのが葉隠だ。
「御免!」
私は剣を振り上げ、腹に向かって思い切り突き刺した。
血が流れて、噴出し、はらわたがホースみたいに傷口からぼんぼん転げ出てくる……。
と想像したところで痛くないのに気づいて、目を開けた。
直前で手が止まっていた。
(情けない、びびっているのか。主のために死ぬことができなくて、どうするんだ)
と私は思った。もう一度、と勢いをつけようとしたところ一寸も手が動かなかった。小さな幽霊が二三体、私の手にまとわりついて、動きを止めていた。
「だめよ」
声がした。いつもより少し、青い顔をした幽々子様が廊下を歩いて姿をあらわした。血なんてないと思うんだけど、それでも血の気が引いているように見えた。
「妖夢。何をするの。切腹なんて、許さないわよ」
「幽々子様」
私は下を向いて、ぼそぼそとしゃべった。まさか二次創作ではほとんどの場合面倒なので無視される、幽々子様がいつもしたがえている幽霊を使うなんて。あんまりだ、と思った。
「幽々子様。私は、だめなんです」
「何が」
「私がいると、幽々子様によくないんです。私は幽々子様に料理を食べてもらうのが大好きで、いけないとわかっていながら、たくさん料理を作ってしまったのです。われながら、これギャグかよ、ギャグだよね、だから大丈夫だよね、とか中途半端な気持ちで用意していたんです。幽々子様が倒れたとき、私はほんとうに恐ろしい気持ちになりました。もう、あんなのはごめんです。だから、私は死ぬよりほかないのです」
泣きそうになりながら、一気にしゃべった。
幽々子様が近づいてきて、私の頬に両手を当てた。
「妖夢。ごめんなさい。あなたにそんな思いをさせてしまっていたなんて」
「幽々子様」
「私も、あなたの料理が大好きなのよ。だからついつい食べ過ぎちゃった。儚月抄での設定がなんというか、すごかったし、自分をチートキャラだとでも思っていたのかもね。でも、反省したわ。これからは節制します」
「幽々子さまぁ」
「それにね。あなたが死んだところで、幽霊になってまた私のところへ来るでしょう」
と言って、幽々子様はぱちりとウインクした。
「逃さないんだからね」
私は今度こそ、わんわん泣いてしまった。
「ええ話や」
と言って、八意永琳も目の幅で涙を流していた。鈴仙はちょっと微妙な顔をしていた。
◆ ◇ ◆
それから私たちは、しばらくの間永遠亭に逗留することになった。
八意永琳が都合をつけてくれたのだ。なんでも、亡霊が食べ過ぎになるというのもめずらしいのでちょっと調べたい、とのことだった。
「あんなこと言ってるけどね。師匠はたぶん、あなたたちがうらやましいんだと思う」
と、鈴仙が言っていた。よくわからなかったのでさらに訊くと、蓬莱人になると病気をするのもむずかしいので、それで一喜一憂できるあなたたちがうらやましいのよ、とのことだった。そんなものだろうか。
ごくたまに、蓬莱山輝夜を見ることがあって、会えば挨拶をした。永遠亭は広いし、あんまり自室から出てこないので、それほど仲良くはならなかった。永遠亭の姫は幽々子様とはまた違った感じで、とても美しい。永琳が、
「輝夜はあれはあれである種の病気のような……いえいえ」
とぶつぶつつぶやいていた。全力でスルーした。
永遠亭の食事はにんじんばかり使っていると聞いていたので、幽々子様のお口に合うかな、とちょっと心配だったけど、白玉楼と同じく和食が中心で、味付けは違うものの大変に美味しかった。幽々子様もにこにこ笑って食べていた。
二日目からは私も台所に立った。
いつもの調子で作っていたら、一日で備蓄の食料を使いきってしまった。げんこつで殴られた。幽々子様が頭をなでて、なぐさめてくれた。
そしていっぱい食べる女の子は可愛いです。
妖夢、それ以上いけない。
たくさん食べられるというのはそれだけでも贅沢すぎる幸せだと改めて認識できるお話でした。
ゆゆこ様「妖夢、お腹すいたろう?さ、たんと食べんしゃい」とかそんな話かと…いや、ないな
妖夢のちょっと過剰な愛情がいやんなにこれ可愛い。
>「うこんです、幽々子様」
>「そう。うこんね」
>「うこんです」
>「うこん」
繰り返しすぎてて笑いました。
一箇所ぐらい言っちゃってるんじゃないかと二、三回読み直しましたw
>二次創作ではほとんどの場合面倒なので無視される
ここで最高に笑った。
う、うこんの何が可笑しいんだ!
途中までギャグのみで非常に面白かったけど妖夢の切腹あたりからギャグとシリアスが中途半端に感じました。
勢いが後半になるにつれて「?」ってなるのがちょっと残念でした
イイハナシカナー?
しかしイイハナシダナー
という素朴な疑問も吹っ飛ぶおもしろさでした