※注意
この物語は前作、「天才と器用が手を組めば最強に見える」の続編です。
前作を読まなくてもそこまで問題ありませんが、読んでいただければ本作を3%増しで楽しめる、かもしれません。
以下本編。
【天才と器用が手を組めば最強に見えるⅡ】
私の名前は、アリス・マーガトロイド。人形と人形焼きをこよなく愛する七色の人形使い。
今日は天気が良く、夏の割には湿気も少ない。私にとっても人形達にとっても気持ちのいい日だった。どうせだから神社か魔理沙の家にでも顔を出すのもいいかもしれない。今日は絶好の外出日和だもの。
「珍しいわね。貴女が私の家まで足を運ぶなんて」
そう思っていた矢先に私の家に訪問してきた人物。それは、以前のお花見で世話になった、あの医者だった。
「いつぞやの宴会以来ね。元気そうで何よりだわアリス」
「こう見えても健康には気を遣ってるのよ。まあ、貴女には及ばないでしょうけど」
「スルメ食べてるからね」
相変わらずスルメ好きなのね永琳。どんだけ万能なのよスルメ。
「ま、立ち話も何だし入りなさいよ。私に用があるんでしょ?」
「察しがいいわねアリス」
いや、まだなんも察してないから。何かこの流れデジャヴなんだけど?
「当分宴会の予定も無いのに、今日は一体何の用?」
「察――」
「いや察してないから」
それ言いたいだけなんじゃないかしらこの人。あと紅茶のカップは手に包むものじゃないわよ永琳。なんで作法が緑茶式なのよ。
「実は、貴女に一つ協力してもらいたいことがあるのよ」
そう言って永琳がテーブルに置いたのは、少し大きいサイズの紙袋。何か香ばしい匂いがするわね……食べ物?
「ちょっと料理を作ってみたんだけど、味見をしてもらえないかしら?」
へえ、医学にしか興味ないと思ってたら、ちゃんと料理作るんだ。もしかしてあんまり自信が無いのかしら? 意外と可愛いところがあるわね。
「構わないわよそれくらい。何を作ってきたの?」
「ハッピーセットよ」
ん?
「……あ、ごめんよく聞こえなかったわ」
「ハッピーセットよ」
……ん~?
「ごめん、永琳、何それ?」
「外の世界の食べ物らしいわ」
なるほど、外の食べ物なら私も見たことが無い……って、ちょっと待って?
「永琳」
「何?」
「外の世界の食べ物……らしいものを、作ったのよね?」
「ええ」
「永琳が」
「ええ」
……雲行きが怪しくなってきたわ。
「えーと、永琳、なんで急に外の世界の、その、ハッピーセットを作ろうって思ったの?」
「うちの兎が、守矢の巫女からハッピーセットの話を聞いて、興味を持っちゃったのよ。永遠亭ではあの子が一番女子力が高いから」
女子力って何?
「ついつい軽い気持ちで作ってみようか? って言ったら、本気で乗ってきちゃったのよね……ドライなあの子があんなに目を光らすとは思わなかったわ。ちょっと幻覚見えたし」
女子力やばいわね。
「それで、巫女が描いたハッピーセットがこれなんだけど」
あら、ご丁寧に絵まで持ってきたのね。意外と器用ねあの巫女。
「この丸いのは?」
「ハンバーガーと言うメニューらしいわ。縦に積むサンドイッチね」
サンドイッチにしてはちょっとボリュームがあるみたいだけど、これは美味しそうね。挟む具材も色々バリエーションが組めそうだし。
「この細長いのは?」
「フライドポテトよ」
ポテトをスティック状に揚げるなんて、斬新な発想ね。なかなかお洒落だわ。
「ん……これは?」
何かしらこのカップに入れてある飲み物。鉛筆画だから色は分からないけど、黒……?
「それはコーラよ」
「コーラ?」
「子供から大人にまで親しまれてるジュースらしいわ。何でも炭酸水で作られているから、喉越しも爽やかでとても美味しいって話よ」
ジュース……? この毒々しい色した液体が? 炭酸水なんてここじゃ滅多に飲めないし、ウイスキーに割ってるところくらいしか見たこと無いわね。お酒に似せた飲み物かしら。
「それに子供向けの小さな玩具を加えたメニューが、ハッピーセットというらしいのよ」
子供が幸せになるメニューってことかしら。料理に玩具を加えるなんて考えたことも無い発想ね。なかなか面白いわ。でもこの人形みたいな絵、何? 紫色のカビのお化け?
「でも、如何せん直接食べたことが無いから、想像で作ることしか出来なかったのよ」
「それって私が試食する意味あるのかしら」
うん、元ネタを再現してみましたって言われても元ネタが分からないからどうしようも無いじゃないこれ。
「で、まずはハンバーガーなんだけど」
こいつスルーしやがった!
「これは比較的上手く作れたと思うわ」
あー、あーこれは、あれね、逃げられないパターンね多分。どうしよう、ハッピーセットは気になるけど、八意セットは心の底からどうでもいい私がいるわ。どうせ上手く作れたって言っても所詮食パンをスライスした縦積みの……って、あれ、丸い。見た目は完全に絵に描いたハンバーガーと殆ど同じじゃない。
「屋敷に牛肉が無かったからはんぺんで代用したけど」
「待てぃ!」
前言撤回! やりやがった! 早速やりやがったわこの医者!
「なんで!? なんでよりによってはんぺん!?」
「だから牛肉が――」
「そこはもうちょっと頑張りなさいよ! 多分鳥でも豚でもいけるから!」
「アリス」
「な、何よ」
「魚肉も立派な肉なのy――」
「だからって練り物にしなくたっていいじゃない! せめてフライにしなさいよ!」
ああ、なんでこう頭のいい人って真っ直ぐにモノを見ることが出来ないのかしら。これメインよね? ハンバーガーって多分メインよね? 柔らかいパンの中に、更に柔らかいはんぺんを挟んで、とにかく全体的に柔らかい全く新しいハンバーガー……食感がしつこいわよ! ってかよく見たらはんぺんにケチャップ塗ってあるし!
「ま、まあ、レタスとピクルスはちゃんと入ってるみたいだし、はんぺんさえ何とかすればこれは問題無いんじゃないかしら」
「なるほど、練り物はNG……と」
永琳、それわざわざメモする必要無いと思うわ。なんでそういうとこ細かいのに牛肉は妥協したの?
「とりあえずハンバーガーは何とかなりそうね。次はフライドポテトなんだけど……」
流石にフライドポテトは問題無いでしょ。だってポテトだもん。ポテトを揚げただけだもん。
「じゃがいもが足りなかったからイ――」
「待て」
今なんつった?
「……」
「……」
いや、袋に手突っ込んだまま固まらないでよ永琳。貴女、今その手に何掴んでるのよ?
「……足りなかったから?」
「イカの足を揚げたわ」
「かっはあぁぁ……!」
どうしよう! 言葉が出ない! 今の私! なんて言っていいのか分からないわ! またかよ! またイカかよ! なんで永琳の中ではイカのプライオリティがそんなに高いの!?
「言いたいことは分かるわアリス」
「だったら!」
「アリス、この形のフライドポテトを作るのにはコストがかかりすぎるのよ」
「ど、どういうことよ」
「絵を見る限り、このポテトの長さは10から15センチはあるわ。この長さにスライスするにはじゃが芋を縦にスライスしたとしても最低10個以上のじゃが芋を――」
「つーぶーすーのおおぉぉぉ!!」
聞き返した私が馬鹿だったわよ! なんで一本一本包丁でスティックにしようとしてんの!?
「潰したらスティック状にならないじゃない」
「なるわよ! 揚げるんだからサックサクに固まるわよ! ところてんと同じ要領でやればいいの! コロッケだって平べったく仕上がるでしょ!?」
「アリス」
「何!」
「貴女天才ね……!」
どうしよう、全っ然嬉しくない! ああ驚いてる。目ん玉開いて本気で驚いてるわこの医者。なんでこんな基本的なこと思いつかないのにハッピーセット作ろうって気になったのかしら。
「永琳」
「何?」
「貴女……正直料理そこまで得意じゃないでしょ」
ごめん、聞いちゃいけないとは思ってたんだけど、確認しなきゃすっきりしないのよね。なんでここまでしてハッピーセットを作りたいのかしら。料理が得意ならまだしも、現時点ではっきり言って素人レベル……いや、そんなこと言ったら素人に失礼ってレベルだわ。
「ええ、貴女の言う通り、私が作れる料理と言ったら、納豆ご飯と、卵かけご飯と、ハムエッグくらいよ……」
……やば、ほんとに聞いちゃいけないことだったわ。完全に原材料を上に乗っけただけのメニューじゃない。料理が出来るってレベルですら無いじゃない……はんぺんバーガーが成功例に見えるわ。あの丸いパンを作るだけでも血の滲む努力を重ねていたに違いないわ。
「分かってるわ。無謀な挑戦だってことくらいは。でも、普段殆ど我侭を言わない鈴仙が、女の子らしく料理に目を輝かせていたんだもの」
あれ、女の子らしく……? 女子力どこ行ったの?
「あの子達にはいつも我慢をさせることが多かった。私が何も言わなくても、あの子達は私と姫様に尽くしてくれた。だからせめて、料理くらいは満足に楽しませてあげたいのよ」
料理くらいは、ね……まったく、ほんとに不器用だわ永琳は。あの従順兎が、料理一つくらいで機嫌を損ねるわけ無いのに。永琳が料理下手ってことくらい分かってるはずなのに。
「ごめんなさいアリス。迷惑だとは分かってたけど、私には頼れるのは――」
「永琳」
「?」
「別に、迷惑だなんて一言も言ってないわよ?」
やれやれ、まったく困ったものね。
「あとはコーラだけでしょう?」
この医者が不器用なのと同じくらい、私はお人良しなんだから。
「アリス……!」
「天才と器用が組めば、怖いものなど何も無い……でしょ?」
「!」
そう、あの時と同じ。足りないものは補えばいい。貴女がマグロの解体(オペ)を担当したように、私がそれの調理を担当したように。
「ありがとう、ありがとうアリス……やっぱり私の目に狂いは無かった……頼りにしてるわよアリス。マガトロを披露したあの時のように!」
あ、ごめん、そこはちょっと思い出したくない……。
「ただ、問題はこのコーラなのよ。月にもこんな飲み物無かったから、こればかりは想像で作るしかないのよね」
「色は多分、黒よねこれ……」
「ええ、うどんげも黒い飲み物って言ってたわ」
黒くて炭酸の効いた飲み物……全く想像が付かないわね。未知の飲み物だわ。
「こればかりは作ることが出来なかったのよ。材料の候補はチョコレートと黒胡麻、黒砂糖くらいだけど……多分どれも違うわね」
「……永琳」
「何?」
「ほんとにそれだけ?」
「え……?」
永琳、私には分かるわ。貴女今、候補を一つ除外したわね?
「な、何言ってるのかしら?」
「隠さなくてもいいのよ?」
「あ、アリス……!」
「素直に言いなさい」
「……わ、分かったわよ」
別に聞きたくはなかったんだけど。
「た、確かにイカ墨を候補に入れてたわよ……!」
ほらね! やっぱりイカ墨入ってた! だって黒いもん! 永琳だもん!
「で、でも最初だけよ? ちゃんとすぐ除外したのよ? 私もさすがにパンとスルメは一緒に食べないもの」
あら、永琳が焦った顔するなんて珍しいわね。ちょっと可愛いじゃない。
「と、とにかく、この候補じゃ駄目なのよ。どれも炭酸水には合いそうにないし」
確かに永琳の言う通りね。はんぺんは気付かなかったのにそういうのは分かるのね。液体系は強いのかしら。医者だけに。
「黒い飲み物で想像出来るのは、黒ビールかコーヒーくらいよね」
「それよ!」
「いや違うわよ!?」
どう考えてもそれじゃないわよ永琳! コーヒーに炭酸水とか新しすぎるわ!
「……黒ビールも駄目なのね」
そっち!? 普通に黒ビールならまだハンバーガーに合うかも知れないけど、コーラはジュースって自分で言ったわよね!?
「困ったわね……他に黒い素材なんて思いつかないわ」
あ、とうとうイカ揚げに手を出した。やっぱ食べたかったのねそれ。ってか私試食に付き合ってるはずなのに一口も食べてないのに今頃気付いたわ。
「あんまり悩んでも仕方ないわ。ちょっと休憩しない?」
「そうね……確かにナイアシンが足りないわ」
あ、いや、イカは好きなだけ食べていいから頭休めてお願い。
「コーヒーでも淹れるわ」
「悪いわね」
「いいのよ。キャラメルラテでいい?」
折角だし、ちょっと糖分も補充したほうがいいわよね。久しい来客にブラックコーヒーなんて味気ないもの。
「……」
「永琳?」
「……ええ、キャラメルでいいわ」
「分かったわ。ちょっと待ってて永――」
「そうじゃないわアリス、キャラメルでいいのよ!」
な、何!?
「そう、キャラメル……カラメルよ。カラメル色素なのよ!」
な、なんですって?
「確かプリンとかに使ってるカラメルソースは、砂糖と水だけで出来てるわよね」
「え、ええ。砂糖を水と混ぜて徐々に水分を飛ばして……まさか!」
「……察しがいいわねアリス」
た、確かにカラメルソースは黒に近い色をしているわ。どっちかと言えば茶色だけど、加熱の加減を調節すれば濃い焦げ茶色になる……しかも材料は砂糖と水しかない!
「黒ビールと同じ原理だったのよ。あれも元々は麦芽の糖分をカラメル化して黒く変色させたビール……」
さすがは月の頭脳。料理は駄目でも雑学知識が半端無いわ……! ていうか黒ビールが黒い理由初めて知ったわ!
「カラメルソースを炭酸水で混ぜれば、黒くて甘い炭酸水が出来上がる……つまり」
「コーラが、完成する……!」
それだけじゃ多分ただの甘い炭酸水だけど、味付けはいくらでも出来るわ。果汁や香料があればどうとでもなるもの! カラメルソースにそんな使い方があったなんて……それを思いつくなんて! 八意永琳、やはり天才……!
「手間はかかるけどコストはそこまでかからないはず……炭酸水くらいなら私でもいくらでも作れるわ」
「参ったわね永琳。私が協力しなくても、一人で解決出来てるじゃない」
「何を言ってるのよ。貴女にしか任せられない重要な役割が、この課題には残っているのよ?」
「え?」
「玩具を作ってもらわなきゃ、ハッピーセットは完成しないのよ?」
……ふ、ふふ! そうだったわ。子供を楽しませる玩具があってこそハッピーセットなのよね! 見くびっていたわ永琳。やっぱり貴女は只者じゃなかった……!
「後はコーラの味付けのみ……アリス。手を貸して頂戴。貴女の料理のスキルなくして、コーラの完成は有り得ないわ」
「まったく、ほんと貴女には負けるわ永琳……!」
もし幻想郷にコーラが生まれれば、きっと料理業界に新しい風が生まれるわ……! これは、幻想郷の飲食の歴史に残る一大プロジェクトになる!
「前にも言ったじゃないアリス。私達に勝ち負けは無い」
「ふふ、そうだったわね永琳」
「月の頭脳である私と」
「器用な魔法使いである私」
「二人が組めば」
「怖いものなど」
「「何も無い」」
そう、怖いものなど何も無い、ゼロからコーラが生まれるように、きっと私の人形達も、自立して動けるようになる日がくる。きっと私の問題もいつかはクリア出来る日がくる。だって私には、こんなにも心強いパートナーがいるのだから。
「さあ、研究の時間よアリス!」
「ええ、調理の時間ね永琳!」
「心は一つ! ヤゴアリは俺達のアタリメ!」
「いや、イカはそんな好きじゃないからね!?」
結局、あの兎はそんなこととっくに忘れてたんだけど、私達が開発したコーラが幻想郷でちょっとしたブームになるのは、もう少し先の話。
~完~
スルメーリン可愛いです。
意外と良いコンビになってきてますね。
異色と思いきや意外と良いコンビですねwwwwwww
…次回はケンタッキーですかね?(チラッ
いやあ、このコンビの相性と漫才のテンポがいいですね。好きです。
しかし、考察だけで意外と近いものはできるもんだな。
読者としては、イカスミを選択肢から外さなかったダメーリン(駄美鈴みたいだな)を見たかったかもしれないところか。
欠片の常識はあるのに突き抜けちゃうお師匠様マジ可愛い。
天才という言葉の定義を考え直す良い機会だと思います
だけどそこはかとなく馬鹿だw
スルメ師匠にはかわえーりんの称号を送りたいでスルメ(語尾)
天才×器用って、たしかに何が飛び出すか、想像が広がりますね。
でも愛しい!
このコンビ好きです!
相変わらず天然漫才なコンビで笑わせてもらいました。平和やなあ
寧ろ、永琳がコーラの発想に至っていなかった事が以外