迷いの竹林の奥深くにある屋敷、永遠亭。
その一角である、八意永琳が受け持つ実験室で、今日も製薬実験が終わろうとしていた。
「ふぅ……じゃあ、今日はここまでにしましょうか」
「あ、はい。 では後片付けに入りますね」
師匠が実験の終了を告げ、片付けを始める。
それが終わり、お互いの自室へと戻ろうとする、その直前。
「ああ、ちょっとウドンゲ」
「はい?」
チョイチョイ、と師匠に手招きをされる。
何事か、と近寄るが、内心『ああ……いつものアレかなぁ?』と、確信にも似た予感が脳裏を過っていた。
その予感とは――
「はい、お疲れ様っ」
ムギュっと。
柔らかい感触が体中を包む。
師匠は一日の実験の終わりや、新しい実験が成功した時。
それに町への薬の補充が終わった時、他にも、何か嬉しい事があった時にも私の事を抱きしめてくれる。
私だけではなく、てゐや他の兎達が師匠を手伝った時にも、彼女達を抱きしめているのを見た事がある。
勿論嫌ではない。 気持ち良いし、なんだかホワホワした気分にもなれる。
しかし一度沸き上がってきた疑問は、そう簡単には頭を引っ込めてはくれない。
――もしかして、師匠には抱きしめ癖があるんじゃないだろうか?
そう思った私は、翌日に或る実験をしてみることにした。
思い立ったら即実験。
いつも師匠が言っていた言葉の意味がほんの少しだけ分かった様な気がした。
――実験者:鈴仙・優曇華院・イナバ――
実験対象:八意永琳
実験内容:『師匠の抱きしめ癖について』
実験方法は至ってシンプル。
師匠の行く先に色々な物を置いてみる。
――実験その1:野良兎――
廊下にポツンと一匹、佇む兎。
竹薮に潜り込み、物陰からその様子を覗く。
勿論、このヘニャリとしながらも存在を誇示する自慢のウサミミをピンで止める事も忘れない。
さぁ、師匠はどの様な反応を示すのかしら?
廊下をスタスタと歩いて行く師匠。
師匠が目の前の兎を目に留め、ゆっくりと近づいて行く。
「……あら? 貴方こんな所でどうしたの? 迷子かしら?
良かったら家に住まない? お友達が沢山居るわよ。」
ヒョイっと抱っこして兎に話し掛け、人参を一本渡す師匠。 そのまま他の兎達の居る部屋へと抱えて行ってしまった。
うむ、予想通り。 次いってみよう。
――実験1:『成功。 予想通り』
……ところで、さっきの兎にあげた人参は何処から取り出したんだろう?
――実験その2:猫――
先程と同じく、廊下に佇む猫。
やはり同じく、そこに通りがかる師匠。
「……あら? 猫ね…迷ってしまったのかしら?
うちの兎に案内をさせるから、お外にお帰りなさい。」
妖怪兎を一匹呼び付け、竹林の外へと連れ出させる。
う~ん、猫はどうやら違うようだ。 なんにもあげてないし。
と言う事は兎が関係あるのかしら?
そう思った私は、次の段階に取りかかった。
――実験その2:『失敗。 どうやら猫は違うようだ。 尚、この際に案内役を買って出た兎は、
帰ってきたらやっぱり抱きしめられていた。 うらやましい』
――実験その3:妖怪兎――
「ちょっとそこの貴方」
「はい? 何ですか?」
その辺を歩いていた妖怪兎に話し掛ける。
てゐでも良かったのが、行為に対する報酬との折り合いを考えた結果、その辺に居る妖怪兎を捕まえる事にした。
「ちょっとやって貰いたい事があるのだけど……」
――――
――
彼女の承諾を得た私は実験内容の説明をする。
詳細はこうだ。
部屋を出て、何処かへと向かう師匠。
曲がり角を曲がった瞬間、両手一杯の荷物を抱え走ってきた一匹の妖怪兎にぶつかる。
そして辺り一面に散らばる荷物。 涙目になり慌てる妖怪兎。
その光景を目にした師匠は、果たして彼女に何をするのだろうか……
昂る好奇心を抑えきれない私は、師匠が部屋から出てきた事を確認し、スタンバイさせていた妖怪兎にGOサインを出す。
師匠が廊下の角を曲がろうとした瞬間、彼女も同じタイミングで曲がり角へと差し掛かろうとしていた。
その時だった。
緊張の為か、はたまた大量の荷物で悪化した視界のせいか、彼女は一人でつまづいて転んでしまった。
散乱する人参の山。 そしてその光景を目撃する師匠。
「あらあら、大丈夫? 怪我は無い?」
「う”~~~~~~……」
涙目で膝小僧を摩る妖怪兎。
当初の予定と少し違ってしまったが、大筋に変更は無い。 そう結論付けた私は、このまま竹林の陰で様子を伺う事にした。
泣き出したい衝動を必死に我慢。 そんな表情を浮かべる彼女を、師匠は優しく抱きしめる。
そしてその行為と同じ様に、子供に言い聞かせる様に話し掛ける。
「ほら、大丈夫……痛みが飛ぶおまじない。 薬師が言う台詞じゃないけどね。
見たところ血も出ていないし、骨も大丈夫みたいね。
もし後から痛むようだったら診てあげるから、後で私の診察室までいらっしゃい。 」
「……は、はい!」
顔をポーっと赤く染めて答える妖怪兎。 その姿を見て、少し羨ましいなあと思ってしまう。
そんな事を考え、ハっとする。 いけないいけない、今は大事な実験中だ。
結果を最後まで見届け、しかる後に考察、検討。 そして結論。 それが実験を行う際に必要な事だ。
気を取り直した私は、そのまま師匠達へと視線を映す。
どうやら散らばった荷物を一緒に拾いながら、何かを話しているようだ。
「全く、誰がこんなに人参なんか運ばせたの?
どうみても貴方一人じゃ持てない量じゃないの……って、ここでそんな事をさせられる兎は2匹しか居ないわね。
で、どっちなの?」
「は、はい! 鈴仙様です!」
「……そう」
ああ、師匠が凄く怒っている……
これは呼び出しを覚悟しなければならない。
そう考えた私は一度部屋に戻り、とりあえず実験レポートに結果を書き込む。
タイミング良く結論までを書き終えた所で、師匠の怒気を孕んだ声が耳に入る。
もはや覚悟を決めた私は、一つのプロセスをやり遂げた充実感に包まれたまま、師匠の部屋へと向かった。
――実験3:『成功。 (後書き)代償として、タンコブが一つ生成された。』
――実験その4:姫様――
「あらイナバ。 何か用?」
「あ、はい姫様。 実は折り入ってお願いがありまして……」
そう言って、私は『ある物』を手渡した。
――ぴょんっ
「……で、これでどうしろって言うのかしら?」
襖を開けて部屋から出てきたのは、兎の耳と尻尾を付けた姫様だった。
うむ、やはり私の見立て通り、和服美人に良く似合っている。
「その姿で師匠の前に出て、飛び跳ねて下さい
あっ。 その時に笑顔で『うっさぴょん♪ うっさぴょん♪』と言うのも忘れずに」
「…………」
「…………」
ニッコリ。
――タンコブが耳と同じ数に増えた私は、先程の実験と同じく、師匠の元へと歩を進めている姫様を遠くから観察する。
結局、暇が潰せそうだからと私の実験に乗ってくれる事になった。
ならば、このタンコブの生まれてきた意味は何だったんだろう?
お前は何の為に生まれてきた? 何をして喜ぶ? 分からないまま終わる。 そんなのは嫌だろう?
タンコブに話かける私、とってもルナティック☆
馬鹿な事を考えている場合じゃない。 今は実験に集中だ。
今回の実験の目的は『師匠が抱きしめる対象の詳細』
今までの実験結果の内、成功した者達は全て兎だった。
そして相手が妖怪、獣の如何に関わらず、兎ならばことごとく師匠は抱きしめてきた。
ならば。
「兎の耳を持つ者が師匠のハグの対象になる」という仮説が打ち立てられる。
さぁ、どう出る師匠。
師匠の実験室の前へと辿り着いた姫様は、襖の前で足を止めた。 それから幾度かの逡巡。
やはり慣れない姿のせいもあり、それなりに緊張しているようだ。
そんな内気な姫様の背中を、そっと押してあげる。 その先が崖なのか栄光への架け橋なのかは私の与り知らぬ所である。
「え…!?」
予め襖にかけていた術を解放する。 途端、勢い良く空け放される襖。
よもや永夜異変で使用した結界術がこんな所で役に立とうとは思わなかった。
「あら、輝y……」
あたふたする姫様を視界に入れた師匠が、一瞬硬直する。
へぇ、師匠ってプライベートでは姫様の事呼び捨てにするんだぁ……
等と言う、どうでも良い事を思い浮かべていた私を他所に、師匠が立ち上がって姫様へと近づく。
「……輝夜」
「な、なによ……」
何やら妙な威圧感を放つ師匠、それにたじろぐ姫様。
滅多に見れる物では無いその光景は、私の目を引きつけて離さない。
そして次の瞬間。
むぎゅっ
「…………」
「わっ、ちょ、ちょっと永琳!?」
突然の事に慌てふためく姫様。 そんな事を物ともせず、無言で抱きしめ続ける師匠。
たっぷり数十秒程撫でさすり、堪能した後、その状態を維持したままに姫様の耳元で何かを囁く。
刹那、私の自慢のウサミミは可聴域の調節を終了する。 出歯兎(でばうさ)の二つ名は伊達ではない。
「輝夜ぁ……可愛いぃ~……」
「ッ!?」
師匠の言葉を聞き、顔を真っ赤にした姫様が、師匠を突き飛ばして自室へと走って行ってしまった。
その後ろ姿を見つめ続ける師匠。 よく見ると、師匠の頬も少し朱に染まっている。
更によくよく注視してみると、瞳も何処かウットリと、艶を含んだ潤みを持っている。
あれ? ひょっとして師匠……ただ単に”そっち”なのかなぁ?
気を付けようっと。
――実験その4:『成功? あと師匠は”そっち系”っぽい』
「………ふぅ」
今までのレポートを読み返し、次の実験内容を思案する。
ここまでの実験結果から、師匠はウサミミの付いた生き物を例外無く抱きしめる事が確認出来た。
以上の事を踏まえ、私はこの実験のフィナーレを飾るべく、最後の実験に必要な人物を呼びに行く事にした。
――実験その5:藤原妹紅――
「……で、わざわざこんな所まで連れて来て何の用だと言うんだい?」
「いえ、少し貴方にお願いしたい事があって」
私が実験の最後に選んだのは、蓬莱の人の形、藤原妹紅だった。
理由は簡単。 永遠亭に住む者達を除けば、師匠と一番面識が深いであろう人物だからだ。
彼女は永夜異変以来、永遠亭へ足を運ぶ機会が増えた。
病人や怪我をした者達を、迷いの竹林の奥深く、この永遠亭へと案内しているのだ。
以前は妖怪兎達に患者を引き渡すと、そのまま竹薮の奥へと戻っていった。
しかし、ある日の事。 初めて師匠と妹紅が鉢合わせる事になった。
理由は単純。 姫様がじゃれついていた為、帰るに帰れなかったからだ。
診察室から出てきた師匠は、妹紅の姿を見つけると微笑みながら「いつものお礼にお茶でもどう?」と、彼女を誘った。
妹紅も妹紅で、じゃれつく姫様から早く離れたかったのか、誘われるままに師匠の部屋へと付いて行ったのだ。
今となっては、あの時の二人の真意など分からない。
ただ、確かにそれからである。
妹紅が患者を永遠亭まで連れてきて、師匠が治療を終える。
そしてそれから、二人がお茶の時間を共にするという流れが出来上がったのは。
――嗚呼、因みにそのとき患者を無事送り届けるのは私の仕事だ。
私の能力で患者の位相をずらしてあげれば周りから認知出来なくなる為、より安全だと師匠から告げられたが、
正直今となっては、うまく利用された様な気がしないでもない。
とにかく、以上の事から彼女との親愛度は高い。
そして今までの実験は、野良猫を除き全て身内の者で行った。
その結果、兎はほぼ確実に。 そしてウサミミを付けた姫様も抱きしめる事が確認された。
とすれば、最後に確認するべき事柄は「あなたのウサギ度」、「師匠のそれが庇護欲か情欲か」だ。
特に後者が問題である。 主に私の貞操に関わってくる。
まぁ、半分冗談は置いといて。
玄関から師匠の診察室の辺りまで歩きながら、妹紅に今回の実験内容を説明する。
師匠をお茶に誘い、嘘の相談事を持ちかける。 その際に、落ち込んだ様子を見せて欲しいのだ、と頼んだ。
完全に人の形を保ち、且つ一応の部外者である彼女に対して、師匠はどのようなモーションを起こすのだろうか?
優しく慰めて、肩に手でも置いてあげる? それとも冷たく突き放す?
いやいや師匠に限ってそれは無い。
きっとうっすら涙を浮かべる彼女の顎に手を当てて、もう一方の手で優しくそれを拭ってあげる筈だ。
そしてそのままむぎゅっと。 あの、体の中にてゐ一匹でも仕込んでるんじゃないかと思わせる柔らかいミステリウム2つで彼女の傷ついた心を優しく包み込み、そして二人は…!
私は一人妄想と狂気の境界へと飛び込む。
しかし、話を聞き終えた妹紅は、しばらく沈黙していたかと思ったら溜め息を一つ吐き、それから興味無さげにこちらに背を向ける。
「はぁ……悪いけど、パス。」
「え!? な、なんで!?」
何でと聞いておいてこんなことを言うのもなんだが、それもそうだろう。
なんだかんだで彼女にとって師匠は数少ない理解者であり、今では友人でもある。
「一つ、嘘を吐くのは好きじゃない。 それも、誰かを心配させる様な物なら尚更よ。
二つ、私はそんなに弱くはない。 他人に弱音なんか吐かない。
あんまりおかしな事を言う様なら、如何に永琳のお気に入りだとしても……
燃やすわよ?」
その言葉に、背中に悪戯好きな氷精でも入り込んだんじゃないかと言う錯覚を受ける。
多分、これ以上私が食い下がるようならば、妹紅は本当に攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。
――いつかの、妙な帽子を被った迷い人を追いかけた時の様に
何も言えないでいると、私が実験を諦めたと取ったのか炎を収める妹紅。
そのまま帰路に着くかと思った。 しかし、足を踏み出す前に、何かを呟いた。
「それに……いや、何でも無い」
途中で何かを言いかけ、言葉を飲み込む妹紅。
その表情は、何とも言えず悩ましげで。
しかし、何となく『年相応の少女』という言葉が似合う様相であった。 実年齢は別として。
そんな微妙な表情を浮かべた妹紅は、その表情を置き土産に今度こそ玄関口へと歩き出す。
「じゃ、又来るよ。 里に怪我人が出た時にでもね……うわっぷ!?」
「あっと……大丈夫? って、妹紅じゃないの」
どうやら天佑はこちらにあった様だ。
妹紅が廊下を曲がろうとした所に、師匠がやってきた。
そしてぶつかり合う二人。 まさか先程の作戦を地でいけるとは思わなかった。
「あらあら、大丈夫?」
「いてててて……え、ええ、大丈夫よ」
尻餅を付く妹紅に、師匠が手を差し伸べる。
その手を掴み、よっ、と勢いを付けて起き上がる妹紅。
なんだ、やっぱり人間は抱きしめないのか。
それとも師匠のなけなしの節度の為せる技か。
「あ、あ~……
その、あ、ありがと……」
妹紅は照れているのだろうか、ふいっと背けた顔が耳まで真っ赤になっている。
なんだろう、凄いムカムカする。
が……
予想外のハプニングもあったが、こちらの計画に師匠は亡い。 いや、支障は無い。
こちらに背を向け、あまつさえ師匠に気を取られた妹紅は隙だらけだ。
人間時のデータが取れた以上、やるなら今しかない。
私はあらかじめ波長をずらして隠し持っていた”イナバセット”の位相を戻し、妹紅へと駆け寄る。
この距離、貰った!!
――――
ぴょんっ
そこに生まれたのは。
サラサラの透き通るような、いや、透き通った銀髪。
クリっとした、兎と同じ紅くてまん丸い目。 今はそこにキョトンと言った表情も追加される。
そして何より、頭部で控えめに自己主張をしているお餅みたいなウサミミ。
もんぺのお尻側には、これまたお饅頭みたいなちっちゃな真ん丸シッポ。
因幡妹紅、誕生の瞬間であった。
「!? !? !?」
「……………………」
慌てふためく妹紅と、その光景に目を奪われているらしき師匠。 顔色は窺い知れない。
が、妹紅が声にならない声を、ようやく形容出来る形に作り替え、今にも発散させようかと言う時。
「……ねぇ、妹紅?」
「な!? なななに!!?」
「抱きしめても良いかしら?」
「!!!???!?」
突然の一言。 混乱が最高潮に達し、顔中が赤より紅い色に変わっていく妹紅。
むっぎゅぅ!
「!?!??!?!?!?!??!?!?」
どうやら興奮度がステージオールクリア。 エキストラへと突入したらしい。
妹紅の顔から月まで届きそうな煙が昇っている。 ていうか炎を出さないで欲しい。 ここ木造だし。
しかし。
そんな妹紅を抱きしめる師匠の顔は、どこまでも幸せそうな、弛み切った…訂正、緩み切った笑みを浮かべていた。
「……はふぅ~ 」
……ナデナデ
「かぁわいい……」
……むぎゅ~
右手を腰に、左手を頭に。 ぎゅ~っと抱きしめ、時折頭と頭に付いたウサミミを撫で回すと言った動作を繰り返す師匠。
そして、もう諦めたのか、顔は相変わらず真っ赤なままにジッと動かない妹紅。
「……っ!? あ! あらあら!? ご、ごめんなさい私ったら!?」
それからたっぷり5分は堪能したのだろうか。
ハッと我に返り、妹紅を解放する。
まだ照れの残る為か顔の赤い師匠と、全身が真っ紅に染まった妹紅。
もはや意識が朦朧としている妹紅は、今だ夢見心地の頭をなんとか動かし、師匠に話し掛ける。
「……あ、ああ……ああ……うん…その……」
「あー…コホンッ! えー…っと、そのぉ…」
顔を赤くし、上目遣いで師匠を見上げながら、それでもいつもの風体を崩さないままに話を続けている。
それを見て、同じく顔を赤くして目を逸らす師匠。
なんだか二人とも妙にモジモジとしている。
そういえば以前、こんな光景を見た気がする。 何処だったっけ……?
――ああ、そうだ。竹林に落ちていた『少女漫画』とか言う物だ。
「ご、ごめんなさいね本当に。 変な事しちゃって……」
そう言い、頭を下げる師匠。 滅多に見られない物が見られた。
それに対し、師匠の横を通り過ぎ、玄関へと向かう妹紅。
しかし、数歩を踏み出した所で足を止める。
「あ、あ~、その、別に……いやじゃ……無かっ、た…」
そう呟いた彼女の耳は、紅くなっていた気がする。
その言葉を聞いた師匠は、今度こそ顔全体が真っ赤に染まっていた。
「……そ、そういえば、そんな姿で外に出るの!? 危ないわよ色々と!」
そうだ、この突然の展開に忘れていたが、妹紅は未だにイナバセットを付けたままである。
あの姿で誰かと鉢合わせれば、暫くは竹林から外へは出られないであろう。
それを聞いた彼女は、そんなに焦る事も無いのに、慌ててウサミミとシッポを毟り取る。
「あ! そ、そうそう! もも元はと言えばこんな格好をしてたのも、全部そこの兎の……」
「なんですって?」
まずい。
今までの事もある。
師匠の状況判断能力ならば、既に10:0で『私:てゐ』が黒幕だと言う結論に達している事だろう。
バレてしまえば仕方が無い。 直ぐさま自らの位相をずらし、この場からの退却を試みる。
「あらあら、何処へ行くのかしら? レイセン」
しかし、失敗。
むんずと両腕を挟まれる。
左に師匠、右に妹紅。
今、師匠は私の事を”レイセン”と呼んでいた。
師匠がこの名を口にするシチュエーションは3つある。
一つ、真面目な話をする時。
二つ、暇で暇でしょうがなく、構って欲しい時。
そして残る三つは……とっても怒っている時だ。
「あ、すいません師匠そのこれには訳がありましてちょうど今回の実験対象が師匠だっただけで別に悪気は無『レイセン』は、はぃーーーー!?」
思わず姿勢を正す。
そんな私の姿を見た師匠は、ふぅ…と溜め息を吐く。
「……もうっ、別に怒ってないから。 それより私は貴方を探していたのよ。
はいこれ。 今日取ってきてもらいたい野草のリストよ。 お願いね、レイセン」
「……は、はいっ!」
ビックリした。 いつも通りに怒られてお仕置きされるものとばかり思っていたので、肩すかしを食らった気分だ。
でもどうやら怒ってないみたいだし、まあいいか。
「それじゃあ行ってきまーす!!」
とりあえず前向きに考え、師匠がこの件について思い直す前に、私は逃げる様に竹林へと飛び出して行った――
――――
――――――――
玉兎がこの場から去り、無音に包まれる廊下。 二人の蓬莱人が向かい合わせに立っている。
お互いの銀髪が風に揺られ、髪と髪の擦れる音が竹林の囁きに掻き消される。
「……ねぇ、妹紅?」
先に静寂を破ったのは、まるでトランプの世界から抜け出てきた様な格好をした女性だった。
「……なに、永琳?」
それに言葉を返す、モンペにシャツを纏う少女。
「まだ、根に持ってるのかしら? 姫の事」
いつも通りの淡々とした口調で問う。
「そりゃあね。 死ぬまで恨み続けるわよ」
軽い口調で返す少女。
その様子は何処か楽しげだ。
「つまり永遠に、ってことね」
溜め息を吐く女性。
「ええ、そうなるわね」
そして又、竹と竹が擦れ合う音が空間を支配する。
「……ねぇ、妹紅?」
「……なに、永琳?」
「うちに、住まない?」
「遠慮しとくわ」
「姫の事は私が何とかするわ。 だから」
「うーるーさーい」
「……ねぇ、妹紅」
「なに――――
そこから先は言えなかった。
気付いたら、彼女の、八意永琳の手が、体が、目の前に迫っていたから。
次の瞬間には、妹紅の体は永琳の胸元に収められていた。
驚いた妹紅は慌てて引き剥がそうとするが、背中に回された彼女の手が幽かに震えている様な気がして、何もできなくなってしまう。
一瞬だけ移り込んだ彼女の顔は、朱く染まっていたのを思い出す。 その目尻には、薄らと光る雫も垣間見えた。
「じゃあ、一つだけ。
一つだけ私のお願い、聞いてもらえるかしら?」
妹紅の耳にそっと口を寄せる。 ハッとした表情を浮かべる妹紅に対し、捨てられた子犬を彷彿とさせる、弱々しい笑顔を返す永琳。
汗を滲ませた手を握り締め、開いて、また握りしめ…いつしか妹紅は諦めて、永琳に抱かれるままに立ち尽くした――――
――
――――
「ただいまぁー」
あれから約1時間、やっと全ての野草を採取する事ができた。
全く師匠も兎遣いが荒いんだから… あら?
玄関から廊下へと向かう途中、誰かの気配を感じ、フと後ろを振り返ってみる。
すると、正門から走り去る人影が目に留まる。 あれは妹紅だ。だが、何故こんな時間まで…?
!
これは、何か大切な瞬間を見逃した気がする。
妹紅の気配が完全に消えた事を確認した私は、急いで師匠の元へと駆けつける。
「し、師匠! ただいま戻りました!」
師匠の研究室の襖を開けると、そこには……
「あら、おかえりウドンゲ。 思ったより早かったわね。」
そこには……いつもどおりの師匠が居た。
おかしい、そんな筈は無い。 さっきの妹紅の、名前の様に紅い顔を見る限りでは……あれ?
「な、何よウドンゲ。 人のことジロジロ見て……」
……おかしい、師匠の波長が普段では考えられない位に乱れている。
ますます怪しい。
ジトっとした目で師匠を見つめる。
「な、何よ…?」
汗を掻き始めた。 これはもう確定的だろう。
師匠はとうとう妹紅に手を…
「きゃっ!?」
うわビックリした! 急に椅子から飛び上がって奇声を発しないでほしい。
「ご、ゴキブリ! レイセン! 殺(と)って! 早くぅ!」
あ、なんだゴキブリか。 とう。
素手で掴み取った黒い彼を、弾幕に乗せて外へと放つ。
無闇な殺生をして、また閻魔様に怒られるような事にはなりたくない。
「……はぁ~、ありがとうレイセン、助かったわ……」
そう言い、私を抱きしめる師匠。
月の都の衛生面は幻想郷とは比べ物にならない程衛生的だった為か、
ゴキブリなんか殆ど見た事が無かったらしく、今でも彼らが現れた時には見た目年齢相応の反応を示してくれる。
結局、その後の師匠の様子は至っていつも通りだった。
なぁんだ……さっき動揺していたのはゴキブリが出たからだったのか。
とりあえず私は、この最後の実験結果をレポートに纏める為に、実験室を後にしたのだった……
――
――――
「お疲れさまです、師匠」
「はい、お疲れさま」
むぎゅっ。
永遠亭、永琳の実験室にて、今日も一日が終わろうとしていた。
いつも通り、最後に抱擁を交わした後、お互いに自分の部屋へと戻っていく。
バタンッ
「ふぅ……」
襖が閉じられる。 ここは八意永琳の自室。
普段は誰も部屋に侵入できない様に、厳重に結界が張られている。
何故なら、此処には彼女の『宝物』が数多く置かれているからだ。
「あぁ~ん、今日も疲れたぁ~!
ただいま、うさりん♪ うさぴょん♪」
ウサギ、ウサギ、ウサギ、ウサギ、ウサギ、ウサギ。
辺り一面のウサギのぬいぐるみ。
壁にはウサギの壁掛け時計。 カレンダーはウサギの絵柄。
襖の裏側にはウサギがプリントされており、電気を消すとピンク色に浮かび上がる。
勿論、布団も枕もウサギ柄である。
「あ~、も~、ウサミミ付けた輝夜も妹紅も可愛かったぁ~♪
妹紅なんてもう、もう! 本物のウサギみたいで…
もう少しでもう一回付けて貰えたのに~!!」
お気に入りのウサギの抱き枕を抱きしめ、もがく。
何人たりとも寄せ付けない、彼女だけの聖域にて、
ウサギ柄のパジャマを着てウサギのぬいぐるみを抱いたままゴロゴロと布団の上を転がる永琳。
その表情は至福に満ち足りていた。
「はふぅ~、う~さぎぃ~…♪
にゃぁ~、かわいい~♪
むぎゅぅ~っ♪ んふふっ♪」
「むぎゅっ♪」
「あれ? お師匠さま、珍しく襖を閉め忘れて…
永琳も妹紅もうどんげも皆かわいいぜ
とにかく僕は永琳にウサ耳を付けて欲(「壺中の大銀河」
そしてウサ耳姫さまをもっt(蓬莱の樹海
こういうのもアリか。アリだな。
要は俺にドンキでウサ耳買ってこいって
そういうことか
兎が居るから兎好きなのか、もっと前からこうだったのか。
突っつかない方が身のため、か。
とりあえずにやけた顔を戻すのが大変だw
俺以外な!!!!www(アポロ13
最後のてゐの表情がいい味だしてますな。
途中、ゴキブリのシーンといい、頬をすり寄せるシーンといい、永琳に惹かれていっていっている自分に気がついた。作者の「永琳が好きだ」という思いが文章からひしひしと感じられたよ。
・・・しかし、「千年幻想郷」を聴きながら読むと、あの曲の持つ永琳のイメージとのギャップに戸惑ってしまうw
短い尻尾だが、うさぎによって硬めだったり柔らかかったり・・・
あとは口、鼻周りの部分も魅力的だ・・・
このえーりんなら分かってくれるはず!
永遠亭が最初にウサギで溢れかえった時の至福の表情とか想像すると…おや、こんな時間に誰が(ry
永琳と妹紅が大変に可愛らしかったッス。
この場を借りて、この作品を評価して下さった方々にお返事させて下さいませ。
>1. 名前が無い程度の能力さん
Σb
>6. 名前が無い程度の能力さん
ええ、皆可愛いですよね。 うん。
>8. 名前が無い程度の能力さん
すいません、それやると私のPCモニターが妹紅色に染まってしまうので…
>9. 謳魚さん
反省し終わったら改めてウサミミ姫様を(ミステリウム
>11. 名前が無い程度の能力さん
妹紅にはウサミミとウサシッポが似合うと思うんです。ええ。
>20. 名前が無い程度の能力さん
永遠亭にてゐが居る限り、皆ずっとこんな感じで幸せな筈ですよ。
>23. 名前が無い程度の能力さん
天国があったとしたらこういう場所でしょうねぇ…
>28. 名前が無い程度の能力さん
もれなく私が抱きしめます。
>29. 名前が無い程度の能力さん
Σb
>32. RYO
多分月で初めてウサギを見たときから…だと妄想しております。
で、地上で再びウサギを見た時に胸がキューンとなって思わず抱きしめ(中略)(後略)(もうチョイ略)だと思います。
>38. 名前が無い程度の能力さん
中避けしながらドンキまで走るんですね。 応援しております。
>41.名前が無い程度の能力さん
このAAを生み出してくれた方に感謝です。
彼(彼女?)が居なければ、このオチは作れませんでした。
>43.名前が無い程度の能力さん
ええ、彼女がウサギじゃないのが悔やまれるって永琳が布団の上でもがいておりました。
>48.名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。 少し妹紅の辺りが冗長じゃないかと友人に突っ込まれたのですが、
ここは絶対に必要だ! と思い、敢えてそのまま入れました。
後はシリアス(?)シーンを手直しして現状の様に……
何より嬉しいのが、永琳をより好いて頂けた事です。 本当にありがとうございます。
後、「千年幻想郷」聞きながら読んだら変なテンション入りました。 このテンションで次も頑張ります。
>50. 灰華さん
えーりんなら夜明け…いや、世明けまでウサギ談義に花を咲かせてくれる筈です。
>55.名前が無い程度の能力さん
ええ、えーりんでした。 それが私が垣間見たアルティメット・トゥルースです。
>57.名前が無い程度の能力さん
ええ、あの時の表情を文章で表現すると…おや? 自分を中心に弾幕が(ry
>58.ahoさん
ギャップって大事ですよね。 いろんな意味で。
今度は格好良い永遠亭面子も書いてみたいです。
>65.名前が無い程度の能力さん
じゃあ私が永琳と代わってお待ちしておりますね。
>74.マイマイさん
・・・・・・・・・・・・・・ Σb
> and 匿名で入れて下さった皆様
楽しんで頂けましたでしょうか?
もしこれを見て少しでも幸せな気分になって下さったら幸いです。
ともあれ、最後の師匠が見れたのでひゃっほう。
作者様のえーりんに対する愛がひしひしと伝わってきました。
カリスマ師匠も良いけど、かわいい彼女も良いですねw
どうしてくれる作者!
餡パンマン吹いたw
>78.名前が無い程度の能力さん
E. 網タイツ
>79.名前ガの兎さん
てゐが一晩でやってくれる筈です。
>81.名前が無い程度の能力さん
いやっほう。
>86.ルルさん
逝って……らっしゃいませ。
師匠はほら、19歳ですから。
>88.名前が無い程度の能力さん
さぁその溢れるパッションをSSへと込める作業に。
>92.名前が無い程度の能力さん
アンパンマンの餡を桜餡にしたいです。
ウサ耳もこたん・・・姫様が見たら面白いことになりそうな。
ええ、なんか天狗とか呼びそうで怖いです。
その後はきっといつも通りでしょう。
ちょと永遠亭行ってくるです
結論兎は可愛い。
ウサミミがなければ自分で作ればいいじゃない。
ってことで材料調達しにくろがねやいってくる!