もにゅ
もにゅもにゅもにゅ
もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ……!
……以下略。
「……あれ何やってるの?」
「さぁ。頭突きかしらね。キスにも見えるけど」
机にはゼリー。そして、それに顔面からぶつかっていく上海人形。そんな奇妙な光景を眺めている霊夢とアリス。イン博麗神社。
「食べ物を粗末にするの、感心しないわ」
ちなみに、霊夢お手製の蜜柑ゼリーである。
「後でちゃんと食べるわよ」
呆れた顔で言う霊夢に、アリスはぼんやりと返す。
何故こんなことをしているのか。それは、アリスにも判っていない。ただ、指先をぴくぴくと動かしては、さも無邪気な子供の人格を持っているかのように上海人形を操作する。
なんか、やっててほのぼのしてきた。
始まりは、ちょっとした遊び。上海人形が、ゼリーを食べられないものかと思ったのだ。でもそんなのは無理だと判っているので、あくまでほんのお遊びのつもり。
ただなんとなく、上海が人間みたいにご飯を食べてたら面白いなぁ、と思っただけ。
「ねぇ、霊夢」
「ん?」
人形がご飯食べたら、かわいいかな。そんなことを訊こうとして、意味がないなぁと思い直すと、質問は途端に形を変えてしまった。
「人形がご飯を食べるなんて、馬鹿みたいよね。嗜好品の無駄遣いだわ」
かわいいとかそういう感情的な部分を取り除いたもので、これもこれで本音である。
「そう? そういうのって面白そうだけど。それにほら、アリスって自立人形作りたいんでしょ?」
霊夢は自分の分のゼリーを食べながら言葉を返す。
「だからって、食事で栄養補給なんて効率悪いわよ」
その言葉に、へぇと小さく反応してから、霊夢はパタパタと手を振ってみせる。
「でもそうじゃなくてさ。そういう人間っぽいことさせてたら、人形に魂が宿ったりしないかなって思ったのよ。自立人形って、ようするに生き物作りたいってことなんでしょ?」
「何を……」
馬鹿なことを、と続けようとした。けれど、考えてみれば面白い。人形を人に近づけたら、そこに魂が宿るかも知れない。それは呪術的な発想であったが、もしかしたら動物の魂やら何やらが集まって、つくも神みたいに、魂が宿り込むかも知れない。
「なるほど」
それは微妙に自立人形と異なる気はした。それは意志の作成ではなく、何かを宿らせることであったから。でも、そういうのを試してみるのも悪くはない。考えていると、何か胸の奥が弾んできた。
「……それ、結構面白そうね」
その日から、アリスの挑戦は始まった。
まず、口を作る。物を咀嚼できる歯に物の位置を動かす舌と、しっかりと発声できる音響の構造。計算を重ね、家に閉じこもり、ひたすら物を食べる人形の制作に勤しんでいた。
消化は口だけでおこなうと思ったが、一応人体の設計に則り、口内では唾液に近い消化のみをおこなうに留めた。唾液は、別に水を溜める場所を用意して、それを魔法で変質させたものを口に流す仕組みだ。
そんな人体に似せて作るという思考の過程で、わざわざ汚い物を排泄する人形も嫌と思ったので、胃ではほぼ完全に消化してしまい、屑が残る場合はお腹の廃棄ボックスに移す設計となった。脇腹辺りの蓋を開けて、くずかごから中身を捨てることが出来る。水洗い可。
ちなみに、消化というのは栄養の吸収ではなく、体内に描いた魔法陣で液状にした食料を魔力へ変えて動力にするというものである。
「できないことはないわ」
腕を捲り、アリスは紙面にそんな設計図を描き始めた。
そしておよそ一週間の設計、二ヶ月のという時間を掛け、アリスは試作一体目の『食べる上海人形』を作成し終えた。といっても、予期せぬ不都合があった場合は一体目を改造するので、二体目作成の予定は今のところない。
「ふぅ……一応できたわ」
「ありがと、アリス」
「どういたしました」
お喋り機能付き。
なお、複数のパターンが入っていて、それを選択して発声する形である。とりあえず「アリス」という名前、「お肉」「お魚」というおおざっぱな言葉、「食べたい」「疲れた」という比較的頻度の高そうなものが入れてある。これに関しては徐々に増やしていこうと思っていた。
「さてと。はい、上海」
コップに水を注ぎ、上海人形の前に置く。
「わーい、お水」
にこにこと笑い、はしゃいだ声を上げる。ただ、これがアリスが操って言わせているだけなので、会話といっても腹話術に近い。
上海人形は器用にコップを持ち上げると、ごくごくと喉を鳴らして飲み下していく。思いの外、水を飲み込むのは容易であった。ただし、コップ一杯になみなみと注いであったので、三分の一も飲まずに上海人形の容量に限界が来た。
「ばふっ!」
ようするに、溢れた。
「わっ!」
ぼうっと眺めていたので、つい驚いてしまう。随分な量の水が床にこぼれた。
「あぁ」
「ごめんなさい」
申し訳ないような恥ずかしいような表情で、上海人形は詫びる。鼻と口から水を吹き出しながら。
アリスは衣服の洗濯と掃除を他の人形にさせながら、上海人形の胃の容量の限界がきたら食事を止める仕組みを苦慮することとなった。
二回目の実験で、水は成功。消化も牛乳で確認。連続でゼリーも大丈夫だった。ただし、お米は消化が不完全で、大部分が胃に残ってしまっていた。再度消化用の魔法を調整することになった。
三回目の実験で、どうにかお米などを食べられるようになった。ただ、顎の力が弱く、煎餅や肉は噛み切れず、餅は口が開かなくなってしまうという悲しい状況に陥った。
そこを改めて、ようやく完成かと思える状態になった。制作から、実に三ヶ月近い日数が経過していた。早いのか遅いのか、それは他の魔法使いが実践してみないことには判らない日数である。
「うまうま」
そんなわけで、テーブルの上で上海人形はステーキを食べていた。人形サイズのナイフとフォークで、肉の塊をこそぎながら。
「……そりゃ、そうよね」
その成功を眺めながら、アリスは呆れた顔を浮かべていた。
この段階に分けた実験の途中で、アリスは肉を食わせることの無意味さを知った。
消化しやすい液状のものは良い。ただ、例えば今食べている肉になれば、噛むことと消化することに力を使いすぎて、ほとんど魔力を得られない。場合によっては消費の方が多いことさえある。魔法の種類などを工夫すれば、もっと効率良くはなるだろう。ただ、だとしても液状の方が良いことは変わらない。
「何やってんのかしらね」
「もとより、そういう意図で作ったものじゃないでしょ」
お肉を食べる上海人形を見詰めるアリスの横で、お茶を飲んで座っている霊夢。この最終実験に、なんとなく誘ってみたのである。
「そりゃそうなんだけどね」
人っぽくする。それが目的だったのだ。だから、魔力吸収が少しでもできるだけ、良いと思わなくてはならない。
なのだが、どうしても詰めが甘かった気がして惜しい。
「にしても」
「ん?」
霊夢は肉を見る。野菜もパンもライスもない、ただ焼けた肉。ただしソースはついている。
「何も高い肉使わなくて良いじゃない」
「あら」
アリスは面白そうに笑う。
「嗜好品はお金を掛けてこそよ」
「だとしてもさ……私も食べたい」
ジッと眺める、高めの肉。思わず声が漏れる。
「いいなぁ、お肉」
「あぁ、肉いいぜ」
「あ、お肉私も食べたい」
「って、増えるな、どこからともなく!」
追加オーダー、魔理沙と早苗。
予期せぬ、また気配のない登場の仕方をした来客にアリスが少し動揺した。
その動揺を誤魔化す為に、アリスは上海人形を喋らせる。
「こんにちは」
「あ、本当に喋った。かわいい」
早苗が上海人形に飛びつき、頭を撫でる。
「うまうま」
一方、愛でられてる人形は気にせず肉を食べる。そんな姿もかわいいらしく、早苗は最寄りの位置で、テーブルに手を掛けながらキラキラした瞳で見つめていた。
「それで、この二人に話をしたのは霊夢ね」
「私は動く人形作ってるらしいわよ、としか言わなかったんだけど」
「私が遊びに行ったらお前らがここに向かってたから、完成したのかと思って早苗誘って見に来たんだぜ」
行動力が素晴らしかった。
というわけで、四人は紅茶を飲みながら、肉を無心に食べ続ける人形を見詰めていた。
人形の話題と魔法の話題が続いたが、魔法が難しくなると巫女二人が判らない為、途中で話題が食事に移る。
そこでの話題というと、少女三人の目線を独り占めしている、誉れ高きミディアムレア様が中心であった。存分に上海人形を愛でた早苗の関心も、徐々に人形自体よりその咀嚼物に移りつつある。
そんな欠食児童三人を見て、アリスは軽い溜め息を吐いた。
「そうねぇ……焼き肉でも食べる?」
「賛成だ! ここでか!?」
食い付きが異常に早かった。
「巫山戯ないで! 私の家が肉臭くなる! そういうの外でやるわよ」
「……ここの外でやると、死人が出るんじゃないか。肉が胞子まみれになるぜ」
「だからなんでここなのよ。博麗神社で良いじゃない」
予期せぬ流れに、霊夢が一瞬だけ目を丸くして驚く。
「……片付け手伝いなさいね」
「じゃあ今から肉買ってきますね」
楽しげに財布の中身を確認する早苗。
「え、今日なの?」
「思い立ったが肉食い時だぜ」
「初めて聞いた、その言葉」
謎の造語に、家にある酒の量を思い出しながら霊夢が返す。
ここまでやる気なのに、まさか止めろと言うのも酷なのかな。
そう思うと、思わずアリスは笑ってしまう。
「判った、今日は焼き肉ね。もうじき上海もステーキを食べ終わるわ。そうね、上海」
「うん、もう終わる」
答えながら、最後の肉を口に運ぶ。消化吸収を良くしたので、時間を掛ければ相当量食べられる恐ろしい胃袋の持ち主になっていた。
小さな手で、同じく小さな口回りのソースを拭う。その仕草を眺めがら、食欲旺盛な子らは漏れなくそわそわとしていた。
「あ、そうだ。上海。ここにいる人たちの名前を呼んであげなさい」
「はいっ」
アリスは、上海人形を全員の方に向かせる。
三人は、ちょっとだけ驚いた顔で上海人形を見詰める。そして、指さしながら名を口にした。
「霊夢」
指さし。
「早苗」
指さし。
「へぇ、すごいじゃない」
「かわいすぎですよ、この人形」
感心する霊夢。感動しまくりの早苗。そして、満足そうにふんぞり返る上海人形。
「あれ、私は?」
呼ばれなかった一人が、自分を指さしながらアリスに問う。
「ごめん、まだ入れてないの」
「おかしくない!?」
本気でショックを受けた魔理沙が目を見開く。すると、そんな魔理沙の袖をくいくいと引っ張りつつ、上海人形が口を開く。
「魔理沙」
改めて驚きながら上海人形を見て、アリスを見て、上海人形を見て、アリスを見た。
「……えっ? えっ?」
指さしながら、まだ視線を往復させ続ける魔理沙に、アリスはにやっと笑い、髪を掻き上げた。この瞬間に、魔理沙は騙されたのだと理解する。
「冗談よ」
「……悪い奴だぜ」
騙されたこと以上に、驚かされたことが悔しい魔理沙であった。
そうして、三人はアリスの家を出た。皿を台所に運ぶのを忘れていたので、アリスが少しだけ出遅れる形となっているが、四人で行動をするので、みんな外で待っている。
よくもこんな胞子まみれの森で、あの二人の巫女は外で待つなんて事をする。思えば、またくすくすと笑みがこぼれた。
台所から戻ると、上海人形がテーブルの上に鎮座ましましていた。
ふと、結構高価な肉を食べさせたものだと、アリスは思う。今更な上に霊夢に既に言われたことであったが、改めて思えば無駄なことに金を掛けたと思ってしまう。それが楽しくて、しょうもないなぁと自分を笑う。
「お肉、ありがとう。アリスさん」
「どういたしまして……て?」
振り返ってみると、上海人形は相変わらずころころと笑っている。それを見ながら、アリスは首を傾げる。
「あれ。私、『さん』なんて言葉……憶えさせたかなぁ」
憶えがなかった。
無意識に組み入れたのだろうか。というか、そうとしか思えない。
けれどもし、上海人形が自分から喋ったのだとしたら。
「……まぁ、私の嬉しい方で考えておきましょう」
少女のように、アリスはにこっと笑った。
「おーい、アリス! 早く行こうぜ」
戸の向こうから、急かす声がする。アリスは上海に声を掛けながら、椅子から立つ。
「行くわよ、上海」
「お肉~」
本日。食欲旺盛な人形が、少女たちの輪に加わった。
あればいいなと思います。
これから上海は他にも色々なことが出来るようになるのでしょうかね?
そこのところをもっと見てみたいところですが。
ともあれ可愛い上海の話、面白かったです。
上海人形がアリスを簀巻きにして鍋に放り込むのですね。
わかります。
サーロインを3枚くらいいけちゃいますっ!
不思議な魅力のある作品ですね。
上海の魅力がアップ!
続編も書いていただけると嬉しいですわ♪
このほのぼの感良いなぁ
上海待ってろよ~ハァハァ
上海かわいいよ上海。
肉を食べる上海可愛すぎですょ
あぁ、なんて少数派。
>「おかしくない!?」
駄目、読む度笑っちゃう。
一番可愛いのは少女の様ににこっと笑うアリス。
これは譲れぬ。
ロボットにも意思が生まれる、という説があるんだそうです。
上海はその入り口に立っているのかも知れない・・・。
とか、どん兵衛喰いながら考えてみたりww
続き、期待してもいいですか?w
ごちそうさまでした
人形カワユスなぁ。次は蓬莱に食べさせてあげてください
そして肉食ってる上海は可愛い~可愛い~可愛い~
わぉ、続きが読みたい。
うまうま言いながら食ってるのを想像すると悶えるw
お腹空いたぜー
「うまうま」とかもはや凶器
最初に水飲んで溢れた様子をリアルに想像しちゃって自分もコーヒー噴き出してしまいました
面白かったです
これは製作期間とかでいいんですよね?
そりゃいいもの食べさせたくもなりますよね。
そんなことよりも肉が食べたい。
↑のコメにもありますがホラー的な展開につながるとすれば、
夜中に枕元で上海人形に‥‥
まあ、夢が無いですねww
続編希望です
ほのぼのしました^^
もちろん肉も!