「こんなの貰ったの」
黄色い花が咲き乱れる畑の中、テーブルを囲んでお茶を飲みに来ていた友人たちにメディスンは言った。
その陶器のような真っ白な細い指は、一通の便箋を掴んでいた。
「果たし状?」
真っ白なブラウスにチェック柄の赤いベストを羽織った、緑髪の女性、風見幽香が笑みを浮かべながら言った。
「借金の催促?」
チェス盤のような赤と黒の柄の服に赤い十字のマークをつけた黒い帽子を被っている長い銀髪の女性、八意永琳がとぼけた顔で言った。
「ラブレター?」
水色の服に短い白いケープを羽織った金髪の少女、アリス・マーガトロイドが真面目な顔で言った。
「…いや、今時恋文は無いでしょ、浅はかねぇ」
「アリスちゃんはロマンティストなのねぇ、若いっていいわぁ」
馬鹿にされたことに腹を立てたのか、立ち上がって口論を初めるアリスを尻目に、メディスンは便箋を丁寧に破り、中の手紙を取り出した。
中の手紙を読んでいくうちにみるみる白い陶器のような肌は茹蛸のように真っ赤に染まりあがった。
油が切れた機械人形の関節のような、今まさにギギギという耳障りな音が聞こえてきそうな動きでメディスンは友人達に振り向き、言った。
「アリス…正解…」
「えっ?」
アリスを椅子にして紅茶を啜っている幽香と、その椅子になっているアリスの頬っぺたを突く永琳と、椅子にされて頬っぺたを引っ張られているアリスの動きが固まった。
「ラブレター…だった」
「なん…だと…まあ最初から分かってたけど」
幽香の声だ、鳩が豆鉄砲どころかムーンライトレイを食らったような顔をしている。
「嘘…だろ…勿論最初から分かってたけど」
永琳の声だ、牛乳を飲んだ後に賞味期限が切れていたことを思い出したような顔をしている。
「やっぱりね!」
アリスの声だ、初めてビー玉を見た少年のような光に溢れた顔をしている。
同時にそれぞれの声が畑に響いた。
「ってあんた達ねぇ!」アリスの声がもう一度響いた。
黄色い畑の中から場所を移し、四人はメディスンの家に移動した。
この家は永琳が建てたものだ。
前に一度メディスンに寝るときはどこで寝ているのか聞いたときに、「お花畑で寝てる」という返事が返ってきて不憫に思ったことがあり、何かと協力してもらっている謝礼をしたかったので謝礼として永遠亭のうさぎを総動員させて建てた。ちなみに鈴蘭の毒にやられた兎は何十羽にもなるという。
メディスンはベッドに座らされて、三人はそれを囲むように座り質問責めにしている。
「で、この男のことは知ってるの?」
幽香が椅子の背もたれを抱きかかえるようにして座りながら言った、顔はニヤニヤと笑っている。下世話な事を考えていそうだ。
「うん、多分…」
「多分ってなによ多分って」
ベッドに寝転んでメディスンの膝の上に頭を置いたアリスがメディスンを見上げながら言った。
「いや、ちょっと前からね、畑に何回か男の人が来てたの…私はまだ人間と話すのは怖かったんだけど…」
もじもじとアリスの髪を弄くり回しながらメディスンは続ける。
「でも、物陰から見てたら声をかけられてね…それで話し出したの…」
何本かアリスの毛を引き抜きながら頬を染めてメディスンは続ける。下から悲鳴が聞こえた。
「そしたら…貰っちゃったの、ラブレター」
「じゃあ!」涙を滲ませた顔でメディスンの膝から飛び起きたアリスは言った
「付き合っちゃえばいいじゃない!、いい経験よ!」
「そうそう、可憐な少女からステップアップして大人の女になるのよ」
幽香も握り拳を作って言った。目はキラキラと輝いている。しかし、永琳だけが渋い顔をして言った。
「駄目よ、メディ…まだ貴女には早いわ…」
「早いってどういう事よ?メディはもう充分立派だわ!」
アリスが捲し立てた、それを永琳は真っ直ぐな目線で見据え、メディスンに諭すように言った。
「メディ、貴女は立派になったわ。この幻想郷の誰よりも急速に成長した」
「でもね、貴女はまだ毒の能力を制御しきれないでしょう?」
メディスンはドキリとした。
そうなのだ。メディスンは毒の瘴気こそ制御できるようにはなったが、感情に大きな揺らぎがあるとすぐに漏れ出てしまう。
ましてや意中の男性とデートするなど、男性と接した経験が無いメディスンは感情を制御するなど無理だろう。
「永琳」
暗くなったムードを切り裂くように、鋭い口調で幽香が言った。
「大切なのは、メディの気持ちよ」
「ッ、分かってるわよ!でも」
「ハイハイ!二人とも落ち着いて!」
掴みあいになりそうだった二人の間に割って入ったアリスが言う。
「とりあえず!メディもちゃんと気持ちの整理をしたいだろうし、とりあえず今日はお開きにしましょう!ね?」
ぐいぐいと二人を家の外に押し出して、ドアをバタンと閉めた。ふぅと一息ついたアリスは今度はメディスンの隣に座った。
「アリス…私ね」
「言わなくてもいいわ」
アリスはメディスンの頭を抱え込むように抱きしめベッドに倒れこみ、耳元で優しく囁いた。
「可愛い服、作ってあげるね」
メディスンはアリスの首に腕を回し、頬っぺたに頬っぺたをすりつけた。
しばらくそうやっていると、メディスンは思い出したように言った。
「そういえば幽香が言ってたんだけど」
「?」
「アリスで、れずびあん、なの?」
「違う!」
アリスは何故バレた!という顔をしながら叫んだ。
翌朝、メディスンは早くに目を覚ました。
歯をしっかり磨き、近くの川でしっかり身体を洗い、テーブルの上に「上海が一晩でやってくれました」というメッセージカードと
共に置いてあった綺麗なワンピースと白い手袋を身に纏い、手紙にあった約束の場所へと向かった。
『太陽が完全に昇る頃、人里から少し離れた太陽の畑の近くで待ちます』
手紙にはそう書いてあった。まだ太陽は完全に昇るまでには四刻ほどあったが、太陽の畑についてみるともう既に少年は居た。
少年が視界に入った瞬間、メディスンの全身から致死性の猛毒があふれ出そうになった。
全身からブワワ、と冷や汗を噴出しながらあわてて毒を身体にしまいこんだ。
(こんなので、大丈夫なのかな…いや、自分の決断なんだから、自分で責任を持つのよ!)
(絶対に…彼は死なせない。)
こちらに手を振りながら走り寄ってくる少年の姿を見て、今度はスイートピーの毒を撒き散らしそうになった。
この一日は、メディスンにとって非常に楽しくもあり苦しくもあった一日となった。
少年の一挙動一挙動にときめく自分と、自分の一挙動一挙動を抑制する自分。
少年とずっと一緒に居たいと言う気持ちと、今すぐここを離れたいという気持ち。
しかし努力の結果、二人は無事に一日を終えることが出来た。少年に「行きたい場所がある」という言葉に導かれ、二人は小高い丘の上に居た。
もうすでに空は夕焼で真っ赤になっており、空に浮かぶ夕陽が麦畑を黄金に染めていた。
「僕は、君とずっとこうしていたい」
石の上に座っていた二人の沈黙を破ったのは少年だ。顔は、真剣だ。
「貴方に、言わないといけないことがあるの」
メディスンは立ち上がり、手にしていた手袋を片方外し、手袋をしている左手で道端に生えていた花を摘み、素手の右手でそれを摘んだ。
少年の眼の前で、細い白い指に摘まれた花はグズグズと腐り、その花を散らした。
「私はね、毒なの、毒の妖怪なの」
メディスンは出来るだけ妖艶に、背筋を凍らせるような笑みを作った。少年が恐れをなすように、自分を捨てて逃げるように。
「美しいものには棘がある」
少年は笑い、メディスンの右手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!?」
素手で硫酸の海に手を突っ込むような物だ、少年の手はグズグズと音を立てて、皮膚がドンドン焼け爛れて行った。
メディスンは必死に手を振り払おうとするが、少年が強く手を握りしめているためそれが出来ない。
「いや!離して!死なせたくないの!あなたは死なせたくないの!」
「痛くない!」
少年が突然叫んだ「メディスンさん、腕が全然痛くないぞ!」
「えっ!?」
メディスンが少年の手に目をやる。皮膚がかなり焼け爛れているが、それ以上は酷くなっていない。
「本当だ…毒が…止まった」
メディスンは感じた。今までは隙あらば脱走を図る人に懐かない猫だったような毒が、今では見事に飼いならされた忠犬のようだった。
「メディスンさん」
少年はメディスンの頬に手を添え、目を見つめて言った。深い愛に満ちた光がその目の中に宿っていた。
「接吻を…交わしてくれないか」
メディスンは喜びで目を潤わせ、自分の幸せを噛締めながら、瞳と閉じ唇を前に突き出した。
唇と唇が触れ合う。
瞬間。
メディスンの身体の中で何かが弾けた。
眼の前が真っ赤に染まる。メディスンが目を開くのと、少年が地面に崩れるのは同時だった。
小高い丘に、悲鳴が響く。
シトシトと雨が降る中、メディスンは小さな墓の前に立っていた。
真っ黒なドレスに、黒のヘッドドレス、黒の手袋。傘もささずに、ただ立っていた。
ふっと、自分の周りだけ雨が止む。
「彼には身寄りが居なかったのね」
黒の喪服に身を包んだ永琳が傘をさして、傍に立っていた。後ろには俯いている幽香と泣いているアリスも居た。
「永琳…」
何故自分はあんなことをしてしまったのだろう。通じ合えたのに、一瞬ではあるが愛しあっていたのに。
何故自分は人を愛すなんてことをしてしまったのだろう。妖怪なのに、毒なのに。
何故自分は妖怪なんかになったのだろう。ただの捨てられた人形なのに、いらないものなのに。
「彼の死因は左手の跡から侵入した毒よ、キスは関係ないわ」と永琳。
「人を愛すのに、理由なんてない、権利なんてない」と幽香。
「違う!メディはいらないものなんかじゃない!二度とそんなことを言うんじゃないわよ!」とアリス。
ああ、自分は何故愛なんて知ってしまったんだろう。自分の頭を掻き毟る。
穿り出すように、少年の記憶、永琳との出会い、幽香との会話、アリスとの日々。
しかしそれができない、どれだけ掻いても、千切っても、引き裂いても。
自分は何て我侭なんだろう、他人を殺してでも、自分の幸福が心に、脳裏に、魂に染み付いている。
深い絶望感に襲われ、重力に身を任せてメディスンはぬかるんだ泥の中に身体を沈め、泣いた。
かつて喜びで泣いたように、人恋しさから泣いたように、一人の少女のように泣いた。
ひとしきり泣いたあと、メディスンは膝で立ち上がり、友人達に問うた。
「なんでみんなは、こんな私の友達で居てくれるの?」
アリスが駆け出し、メディスンに飛びつくように抱きついた。幽香もそうした。
「それはね」
永琳が全員を抱きしめながら、母親のような安らかな優しい笑顔で答えた。
「貴方が、この幻想郷で一番優しくて…」
「飛びっきり素敵な、メディスン・メランコリーだからよ」
終わり
泣く彼女に言葉をかけるアリスたちが素敵です。
悲しいけど、四人のこの関係にちょっと暖かくなるお話でした。
追記として、場面などの切り替えなどのときはもう少し空白があっても良いと私は思います。
後、椅子にされたり突付かれたりするアリスにちょっと和みました。
ご指摘ありがとうございます、空白を増やしてみました。
オレ「メディスン、君はとても素晴らしいことをした。『分かり合えない』と思われていた二つの種族の間に、大きな架け橋を架けたのだ。何より、一時といえど君は、人間に対する憎しみを捨てられたじゃないか。いつの日にか、種族という溝が埋まり、立場という壁を越え、純粋に互いを愛しいたわり合える、そんな時代が来るだろう」
1 お勧めBGM:http://www.youtube.com/watch?v=VcWsBa47rFk
2 愛に生きた少年と、愛を知り得た人形に、敬礼!