あまり知られていないことだが。
実は、アリスは低血圧で、朝はとても面倒くさがり。人形を器用に使いこなしなんでもできる女性だと周囲から思われることがあるが。
朝はほぼすべてを、半自動式の人形に任せている。
『昨日の夜に支度したパンに、ハムとレタス、それとトマトを挟んで持ってきなさい。新聞や手紙がドアの隙間に挟まっていたら、ついでにそれも』
魔法の糸で人形に命令を送り、自分はしばらくまどろみを楽しむ。
睡眠と。
覚醒と。
その二つの境界の間をいったりきたりと。
虚実の中心で、おぼろげな夢を愉しむ。
その夢の中では、アリスのとなりに誰かもう一人いて。やさしく微笑みかけてくれていた。けれど表情が急に真剣になって、段々二人の距離が縮まっていき……
コトンッと
ベッドのすぐ近くのテーブルに硬い何かが置かれた音で、その夢は消える。
間違いなく、さっき命令した人形が朝食を置いた音。
寝返りを打って、ちょっとだけ恨めしそうに人形を睨んでも、そもそも命令したのは自分自身。
自業自得、残念無念。
もぞもぞと布団の中から這い出て、まだ肌寒さを感じながらクローゼットへと移動し、いつもの服に着替えて、髪を梳く。寝癖を整える程度に、簡単に。特に出かける用事もないので、簡単に身支度を終えると、アリスはやっと朝食用の前に座り、人形が持ってきた『文々。新聞、号外』を片手にサンドイッチを頬張る。
人形劇をしに人里へ降りる以外あまり積極的に外に出ない彼女にとって、鴉天狗の新聞は貴重な情報ソース。多少胡散臭いときもあったりするが、まだ文が持ってくる情報は信頼性が比較的高いので、届いていれば欠かさず読むようにはしている。今日はどんな記事が書かれているのかと、興味本位で折り畳まれた紙を開いて。
それを握っていた彼女の左手が、ぴたり、と止まる。
右手に持っていたサンドイッチを皿の上に零しても、まるで人形になってしまったかのように動かない。
眼球だけが小刻みに震え、新聞の中の文面を。
いや、折りたたまれた新聞に忍び込ませてあった。
小さなメモ紙を凝視したまま。
彼女は言葉を、動きを失う。
『――ちょっと先に『あの世』まで行って来るぜ。 魔理沙』
まだ、覚醒しきっていない頭で、見せ付けられた簡単すぎる文字。
さきほどの甘い夢とは間逆の、アリスが一番考えたくない事実。
そんな大事ことが、買い物にでも行くように書かれていた。
確かに、彼女らしい書き方かもしれない。
けれど……
冷静に思考を始めるよりも早く、アリスは家から飛び出していた。
ドンドン……
「魔理沙……いるんでしょうっ 魔理沙?」
アリスは人形の一人に裏を見てくるように指示し、その他には窓から様子を探るように命令を出してから。ドアをノックし続ける。
ドンドンドンっ
「あんな冗談じみたメモで、私の反応を確かめているだけなんでしょう? なんて子供っぽいのかしら。今なら許してあげるから、出てらっしゃい」
呼びかけ、ノックする。
何度も、手を扉に叩き付ける。
その音は少しずつ大きく、声も大きくなっていくというのに。
返事はない。
物音一つしない。
「魔理沙っ! 出てきなさいよ、早く!」
人形たちが、戻ってくる。
どこにもいないと、報告してくる。
窓から覗いてもいない、裏手にもいない。
近くの森の中にも。
どこにもいない、と。
玄関前に備え付けられたポストには、いくつもの天狗の新聞が詰め込まれていて。
まるで……
この家が、すでに使われていないようにすら。
アリスは錯覚する。
「魔理沙っ! 魔理沙ぁ……」
最後に、どんっと。
ドアが壊れてしまいそうなほど両手を叩きつけ。額を打ち付ける。
それでも、彼女は出てこない。
すがるようにドアを撫でても、足音一つしない。
アリスは、そのドアの前で膝を付き。
ただただ彼女のことを思った。
いきなり、あんな手紙一つ残して、何のつもりだろう、と。
約束したというのに。
自分がもし先にいなくなるとわかったら、八卦炉を渡すと。
香霖堂でアリスに使いやすいように改修してもらってから、渡してもいいと。
大事に使って欲しいと、そう言われた事もあるのに。
アリスは、肩を落とし、瞳に涙を溜め――
「……あっ!」
気付いた。
魔理沙の生死を確かめる一つの方法を。
アリスは袖で溢れそうだった涙をこすり、人形を従えて空へと飛び立った。
◇ ◇ ◇
「霖之助さん、いる?」
控えめなノックの後にアリスはその店の中へと足を踏み入れる。
すると、いつもと同じ。店主用の台のところで霖之助が新聞を広げていた。
「ああ、いらっしゃい。また人形用の珍しい生地でも探しているのかい?」
「今はいらないわ。大きな人形はあまり増やすつもりはないし」
世間話を繰り返してながら、店の中をきょろきょろと、見渡す。
小物用の棚と、非売品の棚を最初に確認し。
その後は、一つ一つ。見落としがないように指を指しながら商品の確認をしていく。最初は黙ってその様子を眺めていた霖之助だったが、あまりに熱心なアリスを見ていたらどうしえても黙っていられることができず。
「何か探しているのなら、手伝うよ?」
「いえ、別に構わないわ。買うから探しているわけでもないから。あなたから見ればひやかしのお客ね」
「それを堂々と宣言されると余計に気になるんだけどね。見るだけでもその品が見つからなかったら困るんだろう?」
アリスは苦笑する霖之助を一瞥し、右手を唇に触れさせながら一考。
そして意を決したように振り返り。
「そう、なら八卦炉って今ここに置いてあるかしら?」
「……魔理沙と同じ型式のものかい?」
「ええ、そうね」
「いや、あれは一個しかいない特別製だからね。それに複製もしたことはない」
「じゃあ、それは今、当然魔理沙が持っていることになるわよね?」
「何回か修理するために預かったけど、基本的にその認識で間違いないんじゃないかな」
「そう、少し魔法の研究に役立つかと思って、見せてもらおうかと思っただけよ」
特に興味のない人物に対してはほとんど笑ったりしない。
そんなアリスが表情をわずかに明るくし、頬を緩める。
瞳を閉じて、安堵するように息を吐くと。
くるりっと商品の山から回れ右して、すたすたと離れていく。
「じゃあ、魔理沙に見せてもらうことだね。今は春だからあちこち飛び回っているんだろうけど」
「あの子、本当に落ち着きがないもの……」
「そうだね。強引に何でも注文してくるし。この前なんていきなり箱を作れといわれて大変だったよ」
「魔理沙らしいわね。とにかく、ここにないのがわかったからこれでお暇させてもらうわ。手間を取らせてごめんなさいね」
「会話だけというのも悪くないよ。いつもは困るけどね」
お互い、小さく笑い合い。
アリスは手を振り、もう片方の手でドアノブを握る。
そんなとき、霖之助がふと何かに気づいて、アリスの足元を指差した。
「お節介ついでにもう一つ、家に帰るんじゃないのなら。スカートの膝から下を払った方がいいね。どこで汚したかまでは聞かないけど、土で汚れているよ」
言われるまま。
指差されるまま。
スカートを見たアリスは、『あっ!』と驚きの声を残して慌てて店の外に出ると。
顔を赤くしながら、ばんばんっと手で叩いたのだった。
◇ ◇ ◇
人間は、誰かが死んだとき必ず葬儀を行う。
それがもし、血の繋がった家族であるなら。
例え親子間に何かがあったとしても、そこに変化はあるはずだとアリスは考えた。
香霖堂に立ち寄り、魔理沙が死亡したかもしれないという可能性は限りなく低くなったけれど。
極限まで可能性は潰しておこう、と。
ムキになって、人里で道を聞き、その道具屋に立ち寄ってみれば。
「いらっしゃいませ~♪」
すごく上機嫌で迎えられた。
店の外にも喪にふすような提灯も下がっていないし、通常営業しているようにしか見えない。そのまま出て行くのもなんだったので、傷薬を一つだけ買ってその場を後にした。というわけで、人里の本家の反応からしても、悪い想像を沸き立たせるものはなかった。
そうなると、余計に気になるのがあの文面。
あれは一体何を示しているものなのか。
「……おや? こんにちは、今日は人形劇の日だったかな?」
「あ、こんにちは、別にそういうわけではないのだけれど」
アリスが腕を組みながら歩いていると、向こうから見知った人物が駆け足で近寄ってくる。変な帽子がトレードマークの寺子屋の先生、慧音である。
「そうか、ちょっと驚いてしまったよ。いやぁ、よかった。今日、子供たちに人形劇はいつだったかと聞かれてね、明後日と答えたものだから。間違ったかと思った」
「失礼ね、私だって理由なく散歩したくなるときだってあるわよ」
「それもそうだな。こんなにいい天気なんだ。子供たちも外に出て走り回っているし」
「え? 空?」
確かに、晴れている。
多少雲は残っているものの快晴と言っていい天気だ。
アリスは今日、初めて空を見上げ、思わず苦笑した。
それだけ、自分に余裕がなかったことを思い出しと、むず痒くなるというか。少々気恥ずかしい。
「確かに、良い天気ね。妖怪も人も、馬鹿騒ぎできそうな天気だわ」
「実際に馬鹿騒ぎしているだろうね、確実に」
「え、なんでそんなことがわかるの?」
「……おや? 見ていないのか、今日の号外。天狗の新聞に大きく書かれていたから、てっきりそちらも見ているものだとばかり」
「……新聞?」
アリスは、思い出す。
確かにあのメッセージは新聞に包まれるように細工してあった。
つまり、魔理沙がアリスの家に新聞が届けられたのを確認してから、こっそり抜き出して。紙を挟んで折ったということ。
それに何の意味があるのか。
そのときは深く考えようともしなかったアリスだったが。
今思えば、それが大きな見落としではないのか。
新聞に包んだということが、大切であるなら。
「その記事の内容を、教えてくれない?」
そのメモは、まったく違った意味を持つ。
「見ていないなら仕方ないか。今年も宴を開いているそうだよ。白玉楼で、いつものお花見のね」
お花見の宴。
『冥界』の白玉楼。
「……あぁ、うん、そういうことね」
アリスは珍しく、照れ隠しをするように指で頬を書き。
慧音に別れを告げる。
そして、メモが示すとおり。
魔理沙の後を追ったのだった。
◇ ◇ ◇
満開の桜と。
目を奪われるような美しい庭園。
一本の大きな桜だけはまったく花を付ける様子がなかったけれど、そんなことは誰も気にせず。むしろ花すら気にしていないように、馬鹿騒ぎが繰り返されていた。
特に、とある一画などは。
「あぁ~ん? ぉ~い、犬天狗ぅ? この勇儀様の酒が、飲めないってぇ?」
「え、あの、いえ。そうではなくて……もう、限界でして……」
「さ、さぁて、私はちょっと他のお客さんの様子を取材してまいりますので、息吹様、星熊様、ごゆるりとお楽しみください」
「はいはぁ~い」
「あ、ちょっと! それ、卑怯すぎっ!」
もう、狂乱の宴状態。
鬼の周りには何人もの犠牲者がゴザの上で突っ伏し。今また、椛がその毒牙に捕われようとしていた。
(助ける気、ないけど)
アリスはそれを横目で見ながら素通りする。
つぶされた人や妖怪の中に、求める影がなかったから。
今は花見よりも、彼女の姿を探し出すことに集中したかったから。
そうやって庭園の半分くらいまで歩いた頃だろうか。
八雲家と同じごちそうを囲み、会話を楽しんでいた霊夢がアリスに気づき立ち上がると。おもむろに話し掛けてきた。
「ん、遅かったじゃない。とっくに始まってるわよ」
「どうせ夜まで騒ぐんだから、遅いも早いもないでしょう? まだ夕方にすらなってないわよ?」
「馬鹿ね、花見は、昼と夜、両方楽しんでしかるべきものなのよ。昼飲み、夜飲み、次の日の朝をしぶいお茶で締める。最高じゃないの」
「花はどこいったのかしら?」
「みんなの心の中よ」
まるで、死者を扱うような言い方である。
人を集めるために花見を利用しているようなものだから、同じことかもしれない。果たして何人の人物が真剣に花を見て美しいと思っているのやら。
「ところで、花を見ない代表格の魔理沙はどこに行ったのかしら?」
何気なく、そう尋ねてみた。
おそらく朝から飲んでいる霊夢なら知っているだろうと。
けれどそれをたずねた瞬間。
「えっとね……」
霊夢は、何故か瞳をそらす。
言い難そうに横を向き、桜を見上げた。
「今は、居ないのよ。いろいろあってね……」
手を組み、言い辛そうに目を細める。
そんな横顔が、奇妙な憂いを示しているようで。
アリスの鼓動が、静かに、されと確実に早まっていく。
何かの警鐘を鳴らすように。
どんどんと早くなっていく。
――出かけているだけなんでしょう?
そう尋ねたいのに。
そう尋ねたときに、首を横に振られたときを想像して。
どうしても声をかけられない。
――でも、大丈夫。
霖之助でも確かめた。
人里でも確かめた。
だからそんなことがあるはずがない。
あのメッセージはあくまでもここにアリスを呼び出すためのものであって――
「ほら、これ。魔理沙からの預かり物」
「……ぇ?」
アリスが困惑していると、霊夢がいきなりその手を掴んで。
軽い何かを手の平に乗せてくる。
アリスの手に、そっと渡す。
「大事にして、だってさ」
なんだろう、と。
アリスは視線を落とす。
手を震わせながら、視線を落とす。
その角張った、木製の手触りは。
一度も触れたことのないもの。
でも、触れたことがなくても。
その特徴的な外見は、すぐにわかる。
「……ぇ?」
アリスは、再度疑問の声を上げる。
手の上に乗った、その物体を見て、それだけしかできない。
名前だって知っている。
どうやって使うかも、誰の所有物かも、嫌なくらい。
でも、なんでそれが自分の手の上に乗っているのか。
それが理解できない。
理解、したくない。
だって、そうだろう。
こんなに、軽いはずがない。
魔理沙が握っていたはずの、八卦炉は確かに一つの命のない物体だった。
それでも、こんなに軽いはずがない。
まるでもう、役割を終えてしまったかのような。
すべて、使い切ってしまったような。
こんな、軽さ……
「……嘘よ、こんなの……」
そのあまりにも軽い八卦炉を支えることができず。
アリスはそれを地面へと落とし。
糸が切れた人形のように、力なく倒れこんだ。
◇ ◇ ◇
「……なぁ」
「何よ?」
「何で怒ってるんだ?」
「はぁ? 私が怒ってる? 全然、ぜぇんぜん怒ってないわよ、何言ってるのかしら? ちゃんとその目ついてるんでしょうね。私はこうやってすごく楽しく、花見をしているの。邪魔しないでくれる?」
明らかに、怒っています。
尋ねられたら、10人中10人がそう答えるだろう。
お酒で顔を赤くするアリスはぶっきらぼうに答えると、また手の中のお猪口を一気に飲み干す。ヤケ酒にも見えるその行動に、合流した魔理沙は肩を竦めた。
「……邪魔しないでって、こっちの台詞なんだけどな」
「何がよ?」
「お前が腕を掴むから、飲みにくいんだよ」
ことの次第を説明するなら。
アリスがここにやってくる前、中々やってこない彼女を迎えに行くため、『これ、渡しといてくれ』と入れ違いになったときのために魔理沙が霊夢に八卦炉を預け、出て行った。その直後にアリスが会場に到着。本当に入れ違いになったしまい、霊夢が気まずそうに説明したら。
何故かアリスが倒れた。
魔理沙がこの場所に戻ってきたときも倒れたまま。
霊夢に駆けつけ三杯でも無理やり飲まされたかと思った魔理沙は、それ以上何もせずにアリスを寝かせておいて。やっと夜になって目を覚ましたと思ったら、これである。
おもいっきり右腕にしがみ付かれて。
『ウソツキ!』
と、叫ばれた。
その後はもう、足を崩して座っていることしかできず、自由になる左腕でなんとかつまみや飲み物に手を伸ばしているものの、面倒極まりない状態になっていた。
「あなたが、変なことして誤解させるのが悪い」
「悪くない、ちゃんと新聞に挟んで、洒落を利かせただけだぜ。だから腕放せって」
「だって、死んだら八卦炉渡すとか言ってたし」
「約束した記憶すらないな……」
「した、絶対、言ってた」
「言ってないって」
「言ってたし!」
「言ってない」
「言って――」
「ああ、もう! ほら!」
すると魔理沙は、自分の口を付けていたお猪口を。しゃべろうとしたアリスの口に当て。
「酒でも飲んで落ち着けって、な?」
無理やり飲ませる。
その行為が何を意味するのか、わからぬまま。
落ち着かせるために、酒を飲ませた。
「……ごめん」
けれど、理解してしまったほうはもう、落ち着いている場合ではない。
なんとか腕は開放するものの、頭の中はもう沸騰状態。
強引にされたとはいえ、同じお猪口で酒を飲むこと。
それが何を意味するか。
同じさかづきを交わすことが何を意味するか。
博識なアリスは、間接キス以上のことを思い浮かべてしまっていた。そうやって外見だけはおとなしくなったアリスに向けて、魔理沙はため息を吐く。そして服の中から自分の愛用アイテムを取り出した。魔理沙を示す代名詞、八卦炉を。
「まったく、それに。本物はこっち。それは似せて作って貰っただけの箱だ」
「え? じゃあ……これって……」
「へへ、ちょっと自信作なんだ。外見は香霖に仕上げてもらったが。こうやって箱を開けると、だな」
魔理沙が箱の蓋の部分。
ちょうどマスタースパークが発射される部分を爪で起こし。蓋を空けると。
ぱぁんっという大音量が箱から響き、箱の中から光の球体が打ち出された。
その幻想的な光は、5メートルほど上昇すると。
「綺麗……」
夜空に、盛大な光の花を咲かせる。
魔理沙が使う星型魔法が規則的に並び、夜空を彩った、
星にも、主役である桜にも劣らないその輝きは、一瞬で光を失ったが。
会場から生まれる拍手と喝采は、その芸術性を褒め称えていた。
「七色の魔法の花火ってやつだ、攻撃魔法以外にもいろいろ研究してるんだぜ?」
「……花見会場では無粋だけど」
「それを言うなよ、ちょっとは気にしてるんだから」
そして、二人は、今日はじめて心から笑い合い。
お互いのお猪口を持って、乾杯する。
飲み直したい気分だったから。
「それとな、えっと。この箱なんだけど」
そして乾杯した後、アリスの機嫌が戻った頃を見計らい。
魔理沙は再び箱を手渡す。
それを不思議そう受け取ったアリスは、蓋の取れたその中身を覗き込んで。
可愛らしい、小さな髪飾りを見つける。
「いらないから、預かってくれよ。中に何かあったらアリスのものにしていいからさ」
「……素直じゃないのね。どうせ手渡すなら、最初、から霊夢からじゃなくて直接渡してくれればいいのに」
「いや、だって、それはだな……」
「私が下手に蓋を開けたら、あの花火みたいなのが出ることになったわけでしょう? 雰囲気だいなしどころの騒ぎじゃないわよ?」
「あっ!」
しどろもどろになり、アリスの指摘に驚くような声を上げる。
「……そこまで考えてなかったのね。だから尚更、最初から魔理沙から手渡してくれればよかったのよ。そしたらこんな厄介なことにはならなかったはずよ?」
「んー、それは私も思ったけど……」
魔理沙は帽子のつばを手で握り、顔を隠すように下へ下げ。
つぶやくように、続ける。
「ちょっと、恥ずかしくて……」
そんな愛らしい仕草に。
アリスは光に吸い寄せられる蝶のようにその顔を近付け……
『こほんっ!』
同席しながら外野と成り果てていた。
そんな八雲家と霊夢の咳払いにより。
真っ赤な顔をしたまま、素早く身を離したのだった。
――こんなこと、正夢にならなくてもいいのに。
実は、アリスは低血圧で、朝はとても面倒くさがり。人形を器用に使いこなしなんでもできる女性だと周囲から思われることがあるが。
朝はほぼすべてを、半自動式の人形に任せている。
『昨日の夜に支度したパンに、ハムとレタス、それとトマトを挟んで持ってきなさい。新聞や手紙がドアの隙間に挟まっていたら、ついでにそれも』
魔法の糸で人形に命令を送り、自分はしばらくまどろみを楽しむ。
睡眠と。
覚醒と。
その二つの境界の間をいったりきたりと。
虚実の中心で、おぼろげな夢を愉しむ。
その夢の中では、アリスのとなりに誰かもう一人いて。やさしく微笑みかけてくれていた。けれど表情が急に真剣になって、段々二人の距離が縮まっていき……
コトンッと
ベッドのすぐ近くのテーブルに硬い何かが置かれた音で、その夢は消える。
間違いなく、さっき命令した人形が朝食を置いた音。
寝返りを打って、ちょっとだけ恨めしそうに人形を睨んでも、そもそも命令したのは自分自身。
自業自得、残念無念。
もぞもぞと布団の中から這い出て、まだ肌寒さを感じながらクローゼットへと移動し、いつもの服に着替えて、髪を梳く。寝癖を整える程度に、簡単に。特に出かける用事もないので、簡単に身支度を終えると、アリスはやっと朝食用の前に座り、人形が持ってきた『文々。新聞、号外』を片手にサンドイッチを頬張る。
人形劇をしに人里へ降りる以外あまり積極的に外に出ない彼女にとって、鴉天狗の新聞は貴重な情報ソース。多少胡散臭いときもあったりするが、まだ文が持ってくる情報は信頼性が比較的高いので、届いていれば欠かさず読むようにはしている。今日はどんな記事が書かれているのかと、興味本位で折り畳まれた紙を開いて。
それを握っていた彼女の左手が、ぴたり、と止まる。
右手に持っていたサンドイッチを皿の上に零しても、まるで人形になってしまったかのように動かない。
眼球だけが小刻みに震え、新聞の中の文面を。
いや、折りたたまれた新聞に忍び込ませてあった。
小さなメモ紙を凝視したまま。
彼女は言葉を、動きを失う。
『――ちょっと先に『あの世』まで行って来るぜ。 魔理沙』
まだ、覚醒しきっていない頭で、見せ付けられた簡単すぎる文字。
さきほどの甘い夢とは間逆の、アリスが一番考えたくない事実。
そんな大事ことが、買い物にでも行くように書かれていた。
確かに、彼女らしい書き方かもしれない。
けれど……
冷静に思考を始めるよりも早く、アリスは家から飛び出していた。
ドンドン……
「魔理沙……いるんでしょうっ 魔理沙?」
アリスは人形の一人に裏を見てくるように指示し、その他には窓から様子を探るように命令を出してから。ドアをノックし続ける。
ドンドンドンっ
「あんな冗談じみたメモで、私の反応を確かめているだけなんでしょう? なんて子供っぽいのかしら。今なら許してあげるから、出てらっしゃい」
呼びかけ、ノックする。
何度も、手を扉に叩き付ける。
その音は少しずつ大きく、声も大きくなっていくというのに。
返事はない。
物音一つしない。
「魔理沙っ! 出てきなさいよ、早く!」
人形たちが、戻ってくる。
どこにもいないと、報告してくる。
窓から覗いてもいない、裏手にもいない。
近くの森の中にも。
どこにもいない、と。
玄関前に備え付けられたポストには、いくつもの天狗の新聞が詰め込まれていて。
まるで……
この家が、すでに使われていないようにすら。
アリスは錯覚する。
「魔理沙っ! 魔理沙ぁ……」
最後に、どんっと。
ドアが壊れてしまいそうなほど両手を叩きつけ。額を打ち付ける。
それでも、彼女は出てこない。
すがるようにドアを撫でても、足音一つしない。
アリスは、そのドアの前で膝を付き。
ただただ彼女のことを思った。
いきなり、あんな手紙一つ残して、何のつもりだろう、と。
約束したというのに。
自分がもし先にいなくなるとわかったら、八卦炉を渡すと。
香霖堂でアリスに使いやすいように改修してもらってから、渡してもいいと。
大事に使って欲しいと、そう言われた事もあるのに。
アリスは、肩を落とし、瞳に涙を溜め――
「……あっ!」
気付いた。
魔理沙の生死を確かめる一つの方法を。
アリスは袖で溢れそうだった涙をこすり、人形を従えて空へと飛び立った。
◇ ◇ ◇
「霖之助さん、いる?」
控えめなノックの後にアリスはその店の中へと足を踏み入れる。
すると、いつもと同じ。店主用の台のところで霖之助が新聞を広げていた。
「ああ、いらっしゃい。また人形用の珍しい生地でも探しているのかい?」
「今はいらないわ。大きな人形はあまり増やすつもりはないし」
世間話を繰り返してながら、店の中をきょろきょろと、見渡す。
小物用の棚と、非売品の棚を最初に確認し。
その後は、一つ一つ。見落としがないように指を指しながら商品の確認をしていく。最初は黙ってその様子を眺めていた霖之助だったが、あまりに熱心なアリスを見ていたらどうしえても黙っていられることができず。
「何か探しているのなら、手伝うよ?」
「いえ、別に構わないわ。買うから探しているわけでもないから。あなたから見ればひやかしのお客ね」
「それを堂々と宣言されると余計に気になるんだけどね。見るだけでもその品が見つからなかったら困るんだろう?」
アリスは苦笑する霖之助を一瞥し、右手を唇に触れさせながら一考。
そして意を決したように振り返り。
「そう、なら八卦炉って今ここに置いてあるかしら?」
「……魔理沙と同じ型式のものかい?」
「ええ、そうね」
「いや、あれは一個しかいない特別製だからね。それに複製もしたことはない」
「じゃあ、それは今、当然魔理沙が持っていることになるわよね?」
「何回か修理するために預かったけど、基本的にその認識で間違いないんじゃないかな」
「そう、少し魔法の研究に役立つかと思って、見せてもらおうかと思っただけよ」
特に興味のない人物に対してはほとんど笑ったりしない。
そんなアリスが表情をわずかに明るくし、頬を緩める。
瞳を閉じて、安堵するように息を吐くと。
くるりっと商品の山から回れ右して、すたすたと離れていく。
「じゃあ、魔理沙に見せてもらうことだね。今は春だからあちこち飛び回っているんだろうけど」
「あの子、本当に落ち着きがないもの……」
「そうだね。強引に何でも注文してくるし。この前なんていきなり箱を作れといわれて大変だったよ」
「魔理沙らしいわね。とにかく、ここにないのがわかったからこれでお暇させてもらうわ。手間を取らせてごめんなさいね」
「会話だけというのも悪くないよ。いつもは困るけどね」
お互い、小さく笑い合い。
アリスは手を振り、もう片方の手でドアノブを握る。
そんなとき、霖之助がふと何かに気づいて、アリスの足元を指差した。
「お節介ついでにもう一つ、家に帰るんじゃないのなら。スカートの膝から下を払った方がいいね。どこで汚したかまでは聞かないけど、土で汚れているよ」
言われるまま。
指差されるまま。
スカートを見たアリスは、『あっ!』と驚きの声を残して慌てて店の外に出ると。
顔を赤くしながら、ばんばんっと手で叩いたのだった。
◇ ◇ ◇
人間は、誰かが死んだとき必ず葬儀を行う。
それがもし、血の繋がった家族であるなら。
例え親子間に何かがあったとしても、そこに変化はあるはずだとアリスは考えた。
香霖堂に立ち寄り、魔理沙が死亡したかもしれないという可能性は限りなく低くなったけれど。
極限まで可能性は潰しておこう、と。
ムキになって、人里で道を聞き、その道具屋に立ち寄ってみれば。
「いらっしゃいませ~♪」
すごく上機嫌で迎えられた。
店の外にも喪にふすような提灯も下がっていないし、通常営業しているようにしか見えない。そのまま出て行くのもなんだったので、傷薬を一つだけ買ってその場を後にした。というわけで、人里の本家の反応からしても、悪い想像を沸き立たせるものはなかった。
そうなると、余計に気になるのがあの文面。
あれは一体何を示しているものなのか。
「……おや? こんにちは、今日は人形劇の日だったかな?」
「あ、こんにちは、別にそういうわけではないのだけれど」
アリスが腕を組みながら歩いていると、向こうから見知った人物が駆け足で近寄ってくる。変な帽子がトレードマークの寺子屋の先生、慧音である。
「そうか、ちょっと驚いてしまったよ。いやぁ、よかった。今日、子供たちに人形劇はいつだったかと聞かれてね、明後日と答えたものだから。間違ったかと思った」
「失礼ね、私だって理由なく散歩したくなるときだってあるわよ」
「それもそうだな。こんなにいい天気なんだ。子供たちも外に出て走り回っているし」
「え? 空?」
確かに、晴れている。
多少雲は残っているものの快晴と言っていい天気だ。
アリスは今日、初めて空を見上げ、思わず苦笑した。
それだけ、自分に余裕がなかったことを思い出しと、むず痒くなるというか。少々気恥ずかしい。
「確かに、良い天気ね。妖怪も人も、馬鹿騒ぎできそうな天気だわ」
「実際に馬鹿騒ぎしているだろうね、確実に」
「え、なんでそんなことがわかるの?」
「……おや? 見ていないのか、今日の号外。天狗の新聞に大きく書かれていたから、てっきりそちらも見ているものだとばかり」
「……新聞?」
アリスは、思い出す。
確かにあのメッセージは新聞に包まれるように細工してあった。
つまり、魔理沙がアリスの家に新聞が届けられたのを確認してから、こっそり抜き出して。紙を挟んで折ったということ。
それに何の意味があるのか。
そのときは深く考えようともしなかったアリスだったが。
今思えば、それが大きな見落としではないのか。
新聞に包んだということが、大切であるなら。
「その記事の内容を、教えてくれない?」
そのメモは、まったく違った意味を持つ。
「見ていないなら仕方ないか。今年も宴を開いているそうだよ。白玉楼で、いつものお花見のね」
お花見の宴。
『冥界』の白玉楼。
「……あぁ、うん、そういうことね」
アリスは珍しく、照れ隠しをするように指で頬を書き。
慧音に別れを告げる。
そして、メモが示すとおり。
魔理沙の後を追ったのだった。
◇ ◇ ◇
満開の桜と。
目を奪われるような美しい庭園。
一本の大きな桜だけはまったく花を付ける様子がなかったけれど、そんなことは誰も気にせず。むしろ花すら気にしていないように、馬鹿騒ぎが繰り返されていた。
特に、とある一画などは。
「あぁ~ん? ぉ~い、犬天狗ぅ? この勇儀様の酒が、飲めないってぇ?」
「え、あの、いえ。そうではなくて……もう、限界でして……」
「さ、さぁて、私はちょっと他のお客さんの様子を取材してまいりますので、息吹様、星熊様、ごゆるりとお楽しみください」
「はいはぁ~い」
「あ、ちょっと! それ、卑怯すぎっ!」
もう、狂乱の宴状態。
鬼の周りには何人もの犠牲者がゴザの上で突っ伏し。今また、椛がその毒牙に捕われようとしていた。
(助ける気、ないけど)
アリスはそれを横目で見ながら素通りする。
つぶされた人や妖怪の中に、求める影がなかったから。
今は花見よりも、彼女の姿を探し出すことに集中したかったから。
そうやって庭園の半分くらいまで歩いた頃だろうか。
八雲家と同じごちそうを囲み、会話を楽しんでいた霊夢がアリスに気づき立ち上がると。おもむろに話し掛けてきた。
「ん、遅かったじゃない。とっくに始まってるわよ」
「どうせ夜まで騒ぐんだから、遅いも早いもないでしょう? まだ夕方にすらなってないわよ?」
「馬鹿ね、花見は、昼と夜、両方楽しんでしかるべきものなのよ。昼飲み、夜飲み、次の日の朝をしぶいお茶で締める。最高じゃないの」
「花はどこいったのかしら?」
「みんなの心の中よ」
まるで、死者を扱うような言い方である。
人を集めるために花見を利用しているようなものだから、同じことかもしれない。果たして何人の人物が真剣に花を見て美しいと思っているのやら。
「ところで、花を見ない代表格の魔理沙はどこに行ったのかしら?」
何気なく、そう尋ねてみた。
おそらく朝から飲んでいる霊夢なら知っているだろうと。
けれどそれをたずねた瞬間。
「えっとね……」
霊夢は、何故か瞳をそらす。
言い難そうに横を向き、桜を見上げた。
「今は、居ないのよ。いろいろあってね……」
手を組み、言い辛そうに目を細める。
そんな横顔が、奇妙な憂いを示しているようで。
アリスの鼓動が、静かに、されと確実に早まっていく。
何かの警鐘を鳴らすように。
どんどんと早くなっていく。
――出かけているだけなんでしょう?
そう尋ねたいのに。
そう尋ねたときに、首を横に振られたときを想像して。
どうしても声をかけられない。
――でも、大丈夫。
霖之助でも確かめた。
人里でも確かめた。
だからそんなことがあるはずがない。
あのメッセージはあくまでもここにアリスを呼び出すためのものであって――
「ほら、これ。魔理沙からの預かり物」
「……ぇ?」
アリスが困惑していると、霊夢がいきなりその手を掴んで。
軽い何かを手の平に乗せてくる。
アリスの手に、そっと渡す。
「大事にして、だってさ」
なんだろう、と。
アリスは視線を落とす。
手を震わせながら、視線を落とす。
その角張った、木製の手触りは。
一度も触れたことのないもの。
でも、触れたことがなくても。
その特徴的な外見は、すぐにわかる。
「……ぇ?」
アリスは、再度疑問の声を上げる。
手の上に乗った、その物体を見て、それだけしかできない。
名前だって知っている。
どうやって使うかも、誰の所有物かも、嫌なくらい。
でも、なんでそれが自分の手の上に乗っているのか。
それが理解できない。
理解、したくない。
だって、そうだろう。
こんなに、軽いはずがない。
魔理沙が握っていたはずの、八卦炉は確かに一つの命のない物体だった。
それでも、こんなに軽いはずがない。
まるでもう、役割を終えてしまったかのような。
すべて、使い切ってしまったような。
こんな、軽さ……
「……嘘よ、こんなの……」
そのあまりにも軽い八卦炉を支えることができず。
アリスはそれを地面へと落とし。
糸が切れた人形のように、力なく倒れこんだ。
◇ ◇ ◇
「……なぁ」
「何よ?」
「何で怒ってるんだ?」
「はぁ? 私が怒ってる? 全然、ぜぇんぜん怒ってないわよ、何言ってるのかしら? ちゃんとその目ついてるんでしょうね。私はこうやってすごく楽しく、花見をしているの。邪魔しないでくれる?」
明らかに、怒っています。
尋ねられたら、10人中10人がそう答えるだろう。
お酒で顔を赤くするアリスはぶっきらぼうに答えると、また手の中のお猪口を一気に飲み干す。ヤケ酒にも見えるその行動に、合流した魔理沙は肩を竦めた。
「……邪魔しないでって、こっちの台詞なんだけどな」
「何がよ?」
「お前が腕を掴むから、飲みにくいんだよ」
ことの次第を説明するなら。
アリスがここにやってくる前、中々やってこない彼女を迎えに行くため、『これ、渡しといてくれ』と入れ違いになったときのために魔理沙が霊夢に八卦炉を預け、出て行った。その直後にアリスが会場に到着。本当に入れ違いになったしまい、霊夢が気まずそうに説明したら。
何故かアリスが倒れた。
魔理沙がこの場所に戻ってきたときも倒れたまま。
霊夢に駆けつけ三杯でも無理やり飲まされたかと思った魔理沙は、それ以上何もせずにアリスを寝かせておいて。やっと夜になって目を覚ましたと思ったら、これである。
おもいっきり右腕にしがみ付かれて。
『ウソツキ!』
と、叫ばれた。
その後はもう、足を崩して座っていることしかできず、自由になる左腕でなんとかつまみや飲み物に手を伸ばしているものの、面倒極まりない状態になっていた。
「あなたが、変なことして誤解させるのが悪い」
「悪くない、ちゃんと新聞に挟んで、洒落を利かせただけだぜ。だから腕放せって」
「だって、死んだら八卦炉渡すとか言ってたし」
「約束した記憶すらないな……」
「した、絶対、言ってた」
「言ってないって」
「言ってたし!」
「言ってない」
「言って――」
「ああ、もう! ほら!」
すると魔理沙は、自分の口を付けていたお猪口を。しゃべろうとしたアリスの口に当て。
「酒でも飲んで落ち着けって、な?」
無理やり飲ませる。
その行為が何を意味するのか、わからぬまま。
落ち着かせるために、酒を飲ませた。
「……ごめん」
けれど、理解してしまったほうはもう、落ち着いている場合ではない。
なんとか腕は開放するものの、頭の中はもう沸騰状態。
強引にされたとはいえ、同じお猪口で酒を飲むこと。
それが何を意味するか。
同じさかづきを交わすことが何を意味するか。
博識なアリスは、間接キス以上のことを思い浮かべてしまっていた。そうやって外見だけはおとなしくなったアリスに向けて、魔理沙はため息を吐く。そして服の中から自分の愛用アイテムを取り出した。魔理沙を示す代名詞、八卦炉を。
「まったく、それに。本物はこっち。それは似せて作って貰っただけの箱だ」
「え? じゃあ……これって……」
「へへ、ちょっと自信作なんだ。外見は香霖に仕上げてもらったが。こうやって箱を開けると、だな」
魔理沙が箱の蓋の部分。
ちょうどマスタースパークが発射される部分を爪で起こし。蓋を空けると。
ぱぁんっという大音量が箱から響き、箱の中から光の球体が打ち出された。
その幻想的な光は、5メートルほど上昇すると。
「綺麗……」
夜空に、盛大な光の花を咲かせる。
魔理沙が使う星型魔法が規則的に並び、夜空を彩った、
星にも、主役である桜にも劣らないその輝きは、一瞬で光を失ったが。
会場から生まれる拍手と喝采は、その芸術性を褒め称えていた。
「七色の魔法の花火ってやつだ、攻撃魔法以外にもいろいろ研究してるんだぜ?」
「……花見会場では無粋だけど」
「それを言うなよ、ちょっとは気にしてるんだから」
そして、二人は、今日はじめて心から笑い合い。
お互いのお猪口を持って、乾杯する。
飲み直したい気分だったから。
「それとな、えっと。この箱なんだけど」
そして乾杯した後、アリスの機嫌が戻った頃を見計らい。
魔理沙は再び箱を手渡す。
それを不思議そう受け取ったアリスは、蓋の取れたその中身を覗き込んで。
可愛らしい、小さな髪飾りを見つける。
「いらないから、預かってくれよ。中に何かあったらアリスのものにしていいからさ」
「……素直じゃないのね。どうせ手渡すなら、最初、から霊夢からじゃなくて直接渡してくれればいいのに」
「いや、だって、それはだな……」
「私が下手に蓋を開けたら、あの花火みたいなのが出ることになったわけでしょう? 雰囲気だいなしどころの騒ぎじゃないわよ?」
「あっ!」
しどろもどろになり、アリスの指摘に驚くような声を上げる。
「……そこまで考えてなかったのね。だから尚更、最初から魔理沙から手渡してくれればよかったのよ。そしたらこんな厄介なことにはならなかったはずよ?」
「んー、それは私も思ったけど……」
魔理沙は帽子のつばを手で握り、顔を隠すように下へ下げ。
つぶやくように、続ける。
「ちょっと、恥ずかしくて……」
そんな愛らしい仕草に。
アリスは光に吸い寄せられる蝶のようにその顔を近付け……
『こほんっ!』
同席しながら外野と成り果てていた。
そんな八雲家と霊夢の咳払いにより。
真っ赤な顔をしたまま、素早く身を離したのだった。
――こんなこと、正夢にならなくてもいいのに。
しかし後書きw
それはともかくにとり可愛いよにとり
本当にどうなることかとはらはらしましたよ;ww
あなたは何処ぞの時◯沢氏ですかw
あと前半は魔理沙がマジで死んだと思った…