※小悪魔がおおいにろくでもない性格です。また魔理沙がちょっとひどい目に遭います。
紅魔館は吸血鬼の住む館であるということは、幻想郷にいるものであるなら誰でも知っている。
吸血鬼の真祖、因果律に干渉する力と全てを破壊する力を持つ幼き吸血鬼の姉妹/己の血肉を、生命を、幾多の魔術に依って改造し、不死者となった、無限の大図書館の王、大いなる七曜の大魔女/大いなる魔女に使役されるデーモン/妖怪の身でありながら人の武器、拳を武器とする武道の術を極めた、種族の分からぬ魔拳士――という恐るべき化け物どもと、ただ一人の人間、時間旅行者、時と空間を操る人非人の殺人鬼メイド、そして有象無象の下級妖怪及び妖精が管理する、緋の館に近づく者は、どうしようもない馬鹿か、化け物と同等の力を持つ人間しかいない。
星と恋の魔法使い霧雨魔理沙は、後者だった。
彼女の持つ八卦炉――奇矯な古道具屋、彼女の保護者である森近霖之助が彼の魔術、妖術、陰陽術、道術、神仙術の奥義を凝らして作りあげたヒヒイロカネの魔道具――から放たれる、光と星と破壊の魔術相手には、外の世界の精強な軍隊一個師団相手を殲滅しうる功夫使いの拳も、幼くして不死の術を極め一世紀を生きてきた老獪な魔女の1000の魔術も、時の外に存在する殺人鬼メイドの回避不能なナイフの連撃も、吸血鬼の真祖としても凄まじい力を持つ真紅の吸血鬼の不死性も、握りしめたものを瞬時に破壊し力を放つだけで周囲を焼野原にする虹の吸血鬼もすべて打ち破って、それどころか引きこもりの大魔女も気の狂った真祖の妹も見事に魅了して、紅魔館に平然と出入りするようになったのだ。
そんな彼女は今――震え、よろめき、苦痛をこらえ、下腹部に手を当てながら、足を引き摺り歩いていた。
――まさか、紅魔館が、これほどにも罠に満ちた場所であるとは思わなかった――彼女の蜂蜜色の瞳ははっきりとそう語っていた。
彼女が助けを求められる者は、この館にはいなかった。
紅き霧の異変以来、紅魔館のヴワル大図書館へ通う行為は、半ば霧雨魔理沙の日課となっていた。
下らない子供の落書きのような薄っぺらい魔道書――狼牙炎獄陣だの黒竜魔神眼だのといった出鱈目な呪文が出鱈目な詠唱と下手糞なイラストとともに書かれた「設定集」というタイトル――から、人皮や未知の生物のなめし皮で装丁された、明らかに瘴気を放っている分厚い書――「アル・アジフ」「ソロモンの鍵」「ナコト写本」「グラアキの黙示録」「アルマンダル」「エイボンの書」「ヰオドの書」「妖蛆の秘密」「ガーヤト・アル=ハキーム」「死者の書」「ホリノウスの誓いの書」「アルス・ノトリア」「水神クタアト」「アブラメリンの書」「レメゲトン」「ゴエティア」「九層地獄と輪廻」「ヌクトーサとヌクトルー」「イステの歌」「さんじわん先生の黙示のふみ」「妙法蟲聲經」といったタイトル――まで、全て魔道書という魔道書はこの図書館に集まっていると言っても過言ではなかった。
魔術を志すあらゆる者にとっては、この図書館は宝の山であった。
無論、霧雨魔理沙にとってもだ。
彼女はたちまちこの大図書館のとりことなった。
解読に時間を要しない書物はその場で書き写し、解読に手間取る書物は毎度の「死ぬまで借りてくぜ!」という台詞がその場に響くよりも早く明り取りの小窓から自分の家へと運んだ。
図書館に出入りできるようになってから、魔理沙の研究はそれまでの五倍は早く進み、それと共に図書館へ入り浸る時間も自然と長くなった。
その日の幻想郷は暑かった。烏天狗の新聞には「本日の最高気温:38度」と書かれていた。
魔術によって温度が一定に保たれた図書館に入っても、直ぐには汗が引かなかった。
「おい小悪魔」
魔理沙は魔女の使い魔を呼びつけた。
「冷たい飲み物をくれ。外は暑くて堪らないからな」
「そうですか」
小悪魔は冷たく言った。
「盗人に出すものは呪いの言葉位ですよ」
「おいおい、誰が盗人だ? 図書館ってのは本を借りる場所だろ?」
「返却期限を守らないブラックリストの最上位に誰が本を貸すんですか」
「そんなものがあるのかよ」
魔理沙は尋ねた。
「一体二位は誰だ」
「香霖堂の店主さんですよ」
小悪魔は刺々しく言った。
「あの人が図書館の空調の整備に来る度にめぼしい本がごっそりなくなっていて、それが香霖堂の本棚にあるんですよ」
小悪魔は怒りをこめて言った。
「全く、兄妹ってのは似るもんなんですね」
「香霖は兄貴じゃあないぜ小悪魔。まあ置き引きのやり方については色々教わったが。まあそれはそれだ。兎に角冷たい飲み物をくれよ。干乾びちまう」
「だから」
額に青筋を立て、小悪魔が大声で怒りをぶつけようとした時、本棚と本棚の間の闇から小柄な人影が現れた。
「騒がしいのね。――あら」
光球を体の周りに浮遊させた図書館の主、パチュリー・ノーレッジは、魔理沙を一瞥し、もう一度見直して、本の影に顔を隠して上目使いで見上げた。
「誰かと思ったら泥棒ネズミじゃない。あなたはお呼びでないわ」
そう言ってはいるものの、パチュリーの眼は明らかに魔理沙への好意を示していた。
「ああ、パチュリー。小悪魔の奴酷いんだぜ。この暑い中飛んできたのに、冷たいものも出さないんだ。躾が足りないんじゃないか」
平気でそのようなことを言い放つ白黒の魔法使いと、それを頬を染めながら聞き、
「小悪魔、魔理沙に冷たいものを出してあげて。そうね……この前香霖堂が持ってきた『サイダー』があったでしょ」
などと口走る七曜の魔女を見ながら、小悪魔は
(百年も処女を拗らせた挙句がこれじゃ、魔女の智慧なんてもんはあってなしですね)
などと失礼なことを考えていた。
「ただ」
パチュリーが口を開いた。
「今日ばっかりは持っていかれちゃ困る本があるのよ。なにしろ今研究をしているから。薬品の調合を自動的に行ってくれるゴーレムを作るつもりなの。苦手な魔法薬の生成のためだけに、わざわざ香霖堂や永遠亭を頼るのは面倒だからね。危険を伴うから、今日のためにわざわざ実験室を改造したほどなの」
「わかったよ。私はそこまで非常識じゃないぜ」
魔理沙は苦笑した。しかし、
「だったら箒を置いて行ってちょうだい」
続くパチュリーの言葉には難色を示した。
「なんでだよ。箒位良いじゃないか」
「駄目なのよ」
パチュリーは断定的に言った。
「あなたが箒を持っていたら、すぐ持って帰ろうとするでしょ。口先では持っていかないと言っても、いつ心変わりをするかわからないもの。もし箒を持って図書館に入るなら、すぐに追い出すし、飲み物もあげない。そうして二度と入れないように結界を貼るわよ」
「ずいぶんな言われようだな。――まあいいや。はい」
割と素直に箒を渡した魔理沙に、パチュリーは目を丸くした。
「ずいぶん素直なのね」
魔理沙は言った。
「さっきから喉がカラカラなんだ。水無しではぶっ倒れちまう。それにサイダーは私も好きだからな。」
「図書館に入れないとか、私に逢えなくなるとか、そういう理由じゃないの!?」
魔理沙は微妙な顔になった。
「――どういう意味だそれ。……まあいいや。そっちも、まあ、ちょっとは」
「あるのね!」
パチュリーは相好を崩すと、魔理沙の箒を小脇に抱えて、珍しく鼻歌などを歌いながら、再び本棚の影に姿を消した。
「なんであいつ、あんなに嬉しそうなんだ?」
「手前朴念仁まであの店主から受け継いだのか」
不思議そうに聞く魔理沙に対して、我慢できず小悪魔は呟いた
ぐびぐびと喉を鳴らして左手でサイダーを飲みつつ、魔理沙は夢中で魔道書を捲った。
あまり分厚くない魔道書でありながら、その本は示唆に富んでおり、魔理沙の研究の発展に大いに貢献することは間違いなかった。
時間を忘れて、魔理沙は読み続けて――ふと、軽い尿意を感じた。
「おい」
魔理沙はせっせと書物を整理する小悪魔に呼びかけた。
「悪い。トイレはどこだ?」
書物から顔も上げずに小悪魔は答えた。
「そんなものありませんよ」
魔理沙は自分の耳を疑った。
「は? 今何て?」
「だから紅魔館にトイレなんてありませんよ。門のすぐ近く、中庭には門番隊用のトイレがありますが、屋敷内にいる者は誰も排泄なんてしませんし」
魔理沙は凍りついた。
言われてみれば当然である。紅魔館に住んでいるのは吸血鬼の真祖、因果律に干渉する力と全てを破壊する力を持つ幼き吸血鬼の姉妹/己の血肉を、生命を、幾多の魔術に依って改造し、不死者となった、無限の大図書館の王、大いなる七曜の大魔女/大いなる魔女に使役されるデーモン/妖怪の身でありながら人の武器、拳を武器とする武道の術を極めた、種族の分からぬ魔拳士――という恐るべき化け物どもと、ただ一人の人間、時間旅行者、時と空間を操る人非人の殺人鬼メイド、そして有象無象の下級妖怪及び妖精である。そして排泄を必要とするのはそのうち、門番長及び門番隊の下級妖怪と空間を操るメイドだけであり、前者は常に門のそばにおり後者は空間を操ることですぐさまトイレにたどり着ける。お嬢様二人と魔女と小悪魔、それから妖精たちはうんこもおしっこもしないのである。便所がないのは当然であった。
「おい! おいっ! パチュリー! パチュリー!」
魔理沙は大声でパチュリーを呼んだ。箒ですっ飛んで行かなければ恐らく幼児期以来の失禁となるだろう予感が静かにあった。
「御主人様は」
小悪魔は今日始めて、頬を吊り上げた。
「一度実験に集中されると、周囲が見えなくなるんですよねぇ。箒を返してもらえるのは、恐らく今日の夕方になるんじゃないですかぁ?」
ニタニタと嗤う小悪魔を見て、魔理沙は小悪魔が悪魔たる所以を理解した。
「ふ、ふざけんな! おいっ!」
「改造された実験室はですねぇ。危険物が漏れたり、魔力が暴走した時の為に、扉、壁ともに妹様の地下室と同じ材料を使っているんです。マスパぶっ放しても中には音が通らないと思いますよ、ねぇ、今どんな気分ですか? ねぇ? 私悪魔ですから好きなんですよ、人間をいたぶるのが」
クスクスゲラゲラと、もはや見せかけの丁寧さをかなぐり捨てて嗤う小悪魔を尻目に、魔理沙は駆け出した。
――そして、冒頭に戻る。
普段は寧ろ羨ましく思っていたこの屋敷のバカバカしい広さ、そしてその原因である十六夜咲夜を、魔理沙は今や憎悪していた。
そして、のろくさく廊下を行き来するメイド妖精たちに魔理沙は真剣に殺意を覚えていた。
もはや走ることは不可能であった。ゆっくりとよろめきながら、魔理沙は必死で館の入り口へと歩を進めていた。
「あっ!」
魔理沙の目の前でメイド妖精の一人が躓いた。いつもの魔理沙であれば、彼女を片手でひょいと支えてやるところだった。
しかし今の魔理沙は修羅道畜生道を進む亡者よりも怒りと焦りに満ちていた。自分の目の前に現れた妖精をグレイズなく躱し、後ろで転んだ妖精が泣き叫ぶのも聞かずただただ門への道を進んだ。
紅霧異変以来、フランドール・スカーレットは霧雨魔理沙に魅了された。彼女の恋と星の弾幕/絶対的な力/強引なまでに前向きな心/何物にもとらわれず、ただ飛翔する自由さ。そのすべてがフランドールを魅了した。姉や美鈴が、眠りにつく自分の隣で聞かせてくれた、素晴らしい人間の一つの形を、フランドールは彼女に見出した。
だから、「霧雨様が来られていますわ」とメイドに言われた時、彼女はすぐに地下の自室を飛び出した。
宝石が実ったような翼を精一杯羽ばたかせて、彼女の元へと駆ける/翔ける。
途中で彼女を躱せなかったメイド妖精を何人か吹っ飛ばしてしまい、角を曲がり切れずに壁に新しい凹みを作り、高級な調度品をいくつか粉々にしてしまったが、そんなことより魔理沙が重要なのだ。
いつもなら彼女がいるはずの図書館へ、フランドールは飛翔した。
しかし、そこにいたのは笑いから地面をのたうつ小悪魔だけだった。笑いは高速で飛んでくるフランドールを見た瞬間に消え、小悪魔はそそくさと本を片付け始めた。
「あれ? 魔理沙は?」
フランドールは尋ねた。
「魔理沙なら門の方に行きましたよ」
小悪魔はぶっきらぼうに答えると図書館の奥に歩を進めて、急にくるっと躰を反転した。
満面の笑みを浮かべて小悪魔は言った。
「ああ、そうです。魔理沙は門の方に行ったんです。帰っちゃうんですよ」
フランドールはそれを聞いた途端顔が不機嫌に歪み、それがくしゃくしゃになり、目の端から涙がこぼれ始めた。
小悪魔はにやにや笑いを浮かべながら言った。
「でも、でもですよ、フランドール様。あなた様が今から急いで行って、魔理沙の腰に飛びついて思いっきり甘えれば、魔理沙は心変わりして遊んでくれるかもしれませんよ?」
フランドールの顔がぱぁっと歓喜に輝いた。
「ありがとうこぁ! いまから行ってくる!」
フランドールはやってきた時以上のスピードで図書館を文字通り飛び出していった。
あまりにも急いでいたため、小悪魔が小さく「餓鬼はちょろいですねぇ。悪戯に使うにはぴったりです」と呟いているのは聞こえなかった。
魔理沙を見つけるのはそう難しい事ではなかった。吸血鬼の飛行能力をもってすれば、図書館から門までは一分と掛からない。
フランドールはまっすぐに、なぜか腹部を抑えている魔理沙に後ろから飛び込んでいった。
ぼす、と魔理沙にぶつかったとき、振り向いた魔理沙の顔が驚愕に歪み、ついで奇妙な安堵に歪み、最後に絶望に歪んだ。魔理沙のスカートとドロワーズから何かが噴出して、魔理沙ががっくりと膝をつくのをフランドールは見た。
魔理沙はぺたんと、門の手前のだだっぴろい廊下に座り込んで、大声でわあわあ泣き始めた。
「どうしたの!? 魔理沙? どこか痛いの?」
そういってフランドールは魔理沙の頭を撫ではじめた。
「ぐすっ……なにしてるんだよぉ……」
まるで幼児に戻ったように、涙声で魔理沙は問うた。
「美鈴がね、痛かったりして泣いたときにはこうしたらいいって言ってた」
そう言ってフランドールは魔理沙の頭を、泣き声に驚いた門番とメイドがやってくるまで撫でていた。
小悪魔は主人の水晶球を勝手に使って、その光景を見てヒィヒィと笑っていた。息も絶え絶えに、ゲラゲラと大笑いしていた。
彼女は繰り返し言った。
「ざまあみろ、白黒盗人! ざまあみろ、色ボケ主人! ざまあみろ、餓鬼吸血鬼! 大事な相手が恥をかくのはどんな気分だ!」
あまりにもおかしかったため、実験を普通よりはるかに手早く終えた主人が後ろに立っているのにまるで気づかなかった。
小悪魔の足元に穴が開き、声を出す暇もなく小悪魔は落下した。
頭痛を感じながら小悪魔が目を覚ますと、そこには服を着替えた霧雨魔理沙と、その横に立つフランドール・スカーレットがいた。
魔理沙は怒りの化身のような顔をしていた。
慌てて逃げようとしたが、全身をロープで縛られていた。叫ぼうとしたが、口には猿轡がかまされていた。
笑顔で魔理沙が言った。
「今日はどうもありがとうよ! お礼にフランと私が弾幕ごっこをするところを見せてやる! 流れ弾が飛んでくるかもしれないが、躱せ。できるんならな!」
そう言って、魔理沙は小悪魔に向けてマスタースパークをぶっ放した。
ただ人によってはこう言うお話は苦手かも?
>注意書きをした方がいいのでは?
>9番さんも仰る通りこういった作品やキャラを嫌悪される読者さんもいるでしょうから
ご指摘に従い、修正しました。どうもありがとうございます。
そもそも図書館に勝手に住み着いた悪戯好きの悪魔ってのが元の設定だし、
程度の問題な気がするけど全然気にならなかったな。
でもどうせなら、チェインデヴィルみたいに鎖で巻き巻きしてやれば良かったのに。
イメージは大体あってる。
あと冒頭の文章が冗長
形式的で清清しいせいか、けっこうひどいのに不快ではなかったな
面白く読みました。
仕方ないね。
発想が良かったと思います。確かに、トイレなくてもおかしくない。
構成がうまい具合にまとまっていて、無駄がなかったと思います。
冗長な文体の部分がありましたが、あれはやっぱり、わざとでしょう。
この作品全体が、滑稽物なのですから、冒頭で冗長な文章を掲げることで、それを予告することにもなりますし。
良かったです。
多分、自分のキャラ付けとこの作品のキャラ付けがかけ離れている為、別キャラのように思えたんでしょう
ですから普通に読めましたよ。もっとも、この小悪魔が流行るのは嫌ですけどねwww
こういう笑い話になる悪事を働くくらいならいいかも
/の使い方かまおかしい