Coolier - 新生・東方創想話

ある店主の日常

2010/08/18 23:47:38
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基本的に、僕が開いている店に休みなど存在しない。
今日も仕事だ。明日も仕事だ。そして、明後日も仕事なんだ、と、自分に言い聞かせる。

ならば休めばいいのかもしれないが、基本的に僕は働くことが好きである。

冷やかしに来る恐ろしい程普通でない普通の魔法使いと、
普通でない普通なこの店で、普通でない普通なことを会話して、
普通でない普通な日常で生きることを実感するのだ。

「つまり、この世の中は、普通でない普通なんだ」

と、独り言を言いながら、僕はあの妖怪が持ち込んだ書物の頁をめくった。



今日は、新商品の仕入れをしなくてもいい日だ。

いつものように目を覚まし、いつものように目覚めの珈琲に舌鼓を打ち、
いつものようにいつもの服に着替える。ここまでは毎日の通過点だ。
温かい太陽の光を浴びながら、人里に移動する必要がない。それだけだ。

外出する必要がないので、僕はいつものように決まった席に座る。
所謂カウンターという場所だ。

ここで僕は来客の応対をする。それが僕の仕事だ。
神は死ぬほどつまらないこの仕事を僕にするように命じているが、
例えそうであっても、僕は凡庸で退屈な仕事だけをするのがこの上なくキツい。

だから、僕はこうやって本に目を落としているのだ。


昼下がりのある日、案の定、来客が現れた。
外はわけのわからない妖精が、「はるですよー」と叫んでいる。
やれやれ、君の頭の中が春じゃないか? と突っ込みたくなるが、
当人には僕の虚しい発言が聴こえているはずがない。

いつものように席に座り、伊藤幾九郎〇五七六が著した本を読みながら、
作者が読者に与えた謎について考えている僕の眼前には、
普通でない普通の魔法使いが立っていた。

「また読書か? 相変わらず暇なんだな」

普通の魔法使いは言った。

「暇だから本を読んでいるんだ」

僕は言った。

「なるほどね」

普通の魔法使いは納得したようだった。



基本的に、仕事をしていると言っても、やることが殆どないのが現状だ。
だから、僕はこうやって読書をすることを日課としていた。
無論、来客の応対も欠かせない。

本を読みながら、客の相手をするのが、プロだ。
アマチュアはどちらかしかできない。
両方やろうとすると、バランスが崩れて何もかもが台無しになってしまうのだ。


そんな普通の魔法使いが

「邪魔したな、帰る」

と言った。

「こんな天気でかい?」

僕は人前で痴話喧嘩を始めるアベックを遠くから見るような視線で彼女に言った。
外は雨が降っていた。

「げげ」

普通の魔法使いは奇妙なオノマトペを使って、僕に反応を見せた。

「魔理沙は今朝の予報を聴いていなかったのかい?」
「めんどうくさいんだよ、そういうの」

彼女らしい。

外の雨はどんどん強くなっている様子だった。
桜の咲き始めには、とても似合わない雨である。

彼女は箒で飛んできたので、恐らく帰ることが出来ないだろう。
傘を貸そうかと提案したが、「いらない」の一言で却下された。
やれやれ、ここの道具は片っ端から取っていくのに。

帰ろうと思えば、帰る方法もあるだろう。

「暇だな」
「ああ、暇だね」

どうやら彼女は居座る気らしい。

「しりとりでもしようか」
「いいとも」

子供の考えそうなことだった。
僕は乗ってやることにする。

「しりとり」
「リオデジャネイロ」
「ロッカトレンチ」
「チームワーク」
「クシャトリヤ」
「ヤクーツク」
「クアラルンプール」
「ルイジアナ」
「ナイチンゲール」
「ルアンダ」
「ダイヤグラム」
「ムーランルージュ」
「ユーカリ」
「リック・ディアス」
「ストライクフリーダムガンダム」
「ムーブメント」
「ドボルザーク」
「クジンシー」

そこまで言って、僕らはお互いの顔を見合わせた。

「横文字ばかりじゃないか」

普通の魔法使いは言った。

「そんなときもあるさ」

僕は言った。

しかし、奇妙な感覚である。
たかがしりとりと思ってバカにしてはいけないことを、僕はこうやって身を持って知らされた。
この感覚を、どう表現すればいいだろう。

小動物、ハムスターが一番しっくり来る。
あのつぶらな瞳で見つめられ、僕のレーゾン・デートルを一気に崩壊させてくれるような、
そんな感覚だ。


「止んだな」

僕と彼女がしりとりに熱中している間に、雨は上がったようだ。
今度こそ、彼女は僕の店を後にした。

それから、僕はぼんやりとしたまま店を開けていた。
例えるならば、幽体離脱をしたまま、肉体に戻れなくなってしまったように。

そういえば。僕は思い出した。

だいぶ昔の話であるが、まだ彼女がうーんと幼い頃、

「わたし、こーりんのおよめさんになる!」

と、どっかの海賊王志願者みたいに力強く言ったことを思い出した。

全く、この世には振り回されることばかりだ。

そして僕は水煙草に手を伸ばした。
何かを紛らわす時、僕は必ず煙草を吸う。

ただ煙草を吸う、何の生産もしない僕であるが、
魔理沙のような可愛い娘に会うことが出来る。
地霊殿に住む橋姫が見たら、恐らく嫉妬するに違いない。

僕は煙草を吸いながら、どうしたらあの娘を幸せに出来るのか、と考えた。
やはり、何らかの書類を書き上げて、閻魔でも神でも届けるべきなのだろうか。

それで書類が受理されて、初めて僕と彼女は祝福されるのだ。

そして僕は思った。

「僕の年齢で、あの娘を妻にするのは、犯罪なのだろうか?」
おかしいな。
僕はこーりんはゆかりんとくっつくべきだと思っているのに。
VJ KAGUYA
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