暗闇が歩いていると思ったら、そこに近付いてはならない。
闇に捕らわれた時、あなたはもう逃げることは出来ないから。
闇を纏い、ふよふよと漂っていると意識せずとも色んなものに気付かされる。
時には障害物とか、やっぱり障害物とか。
ある日勢い良く木にぶつかり、トゲトゲのボールみたいなものが降りかかってきたことがあった。木にぶつかることはこれまでもあったが、こんな攻撃を仕掛けられたのは初めてのことである。また攻撃されたらたまったもんじゃない、と足早にその場を去ろうとしたら、今度は地面からサクリと攻撃され、泣きそうになった。
そしてトゲトゲへの恐怖が薄れた頃に、それを「おやつ」として博麗の巫女に渡された時はまた泣きそうになった。
***
「あぁ、ちょうどいいわ。ルーミア! 」
博麗の巫女に呼ばれ、自分は博麗神社まで来たのかということに気付いた。
私は声の元へと近づく。
「なーに? 」
「あんたにもらって欲しいものがあるんだけど。ちょっと待っててくれない? 」
「うん。いいよー」
ぱたぱたと遠ざかる足音をBGMに、柔らかな月明かりの神社をぼんやりと見ながら、私は霊夢を待った。すると次第に足音はまた大きくなってきた。
「うちの神社でとれたんだけど、食べきれないからおやつにでもどーぞ。ま、人間食べる前にこれで腹でも満たしなさいってことね」
そう言うと、霊夢はトゲトゲいっぱいのざるを突き出した。
思わぬ再会に、あの日の恐怖が頭をなでる。
「これ、痛いから嫌い。口の中血だらけになっちゃうよ」
「……あんたまさかこのまま食べると思ってるの? 」
涙目になりながら見つめてくるルーミアに、霊夢は思わず笑ってしまった。
でも、そうね。考えてみれば相手は妖怪で、食べ方を知らなくてもおかしくないか。
ちょっと不親切だったわね、と考えながら、霊夢は自分用に茹でた分をルーミアに渡すことにした。
「はい、ルーミア。これはこうやって中身を出した後に食べるのよ」
霊夢がトゲトゲ解体ショーを始めると、ころんと丸みのある茶色いものが出てきた。
そして霊夢が新たに持ってきた、茹でた茶色いものの中身にはホクホクとした甘い食べ物が隠れていたのだから、ルーミアには驚きだった。
この食べ物は「栗」という食べ物で、秋になると人間が栗拾いの為に森まで訪れることがあるそうだ。二重の装備を剥がしてまで食に辿り着こうとする人間ってすごいな、と思ったことを私は覚えている。すぐに取って食べられるものを食べればいいのに。
そのへんはよく分からないけれど、確かに栗はおいしいなぁ、と思いながら博麗神社の帰り道、湖に寄ってチルノちゃんと手を伸ばしたりした。
「ルーミア、これおいしいね! 」
「うん。栗っていう食べ物なんだって」
***
闇を纏い、ふよふよと漂っていると意識せずとも色んなものに気付かされる。
時には音声とか、やっぱり音声とか。
特にお腹のすいてない時に聞く人間の話し声は、結構面白かったりする。
遠くから、人間の子供の声が聞こえてきた。
人数は10人くらいだろうか。
少しだけ耳を傾けてみる。
「だーるーまーさーんーが、転んだっ!」
その言葉を合図に一斉に足音が鳴り止む。
「だーるーまーさーんーが……」
同時にわっと駆ける音が鳴り始めて、
「転んだっ!」
また、ぴたりと音が止んだ。
その後、何人かの子供の名前が呼ばれ、次にかの台詞を聞いたときには足音は少なくなっていた。
ひたすら同じ言葉を繰り返した後に、一人消え、また一人消え。
この中にはきっと呪術を使える子供がいる。闇の中恐怖を隠しながら様子を伺っていると突然、大きな笑い声が響いた。後はきゃーとか、わーとか言いながら、子供たちは何かから逃げ回っている様だった。
しばらくすると、今度は違う子供の声で一定のリズムの繰り返しが始まった。性懲りもなく、と思ったが実は最後には笑いに包まれる意外と楽しい呪いなのかもしれない。
「チールーノちゃーん」
「あっ、ルーミア!どーしたのさ? 」
「だーるーまーさーんーがー……」
「んん? 」
「転んだっ! 」
チルノは固まった。
それを見て、ルーミアは呪いの効果に期待を寄せる。
しかしそれは虚しく、
「……何なのそれ? 」
というチルノの一声で泡となって消えるのだった。
「よく分からないけどさ、まぁゆっくりしてけば? 」
「うん。ありがとー」
「ルーミアって、たまに意味分からないこと言ったりするよね」
人間にしか使えない呪いがあることにルーミアはがっかりしながらも、チルノはいつも通り笑ってくれたので、まぁいいか、と思うことにした。
***
夜に闇を纏わずに、月明かりの中ふよふよと漂えば、昼間より気付けるものが多い。
暗闇に広がるふくろうの声や、湖上に浮かぶ月に意識を伸ばしたりしている中で、今日はきらきらと輝く木に出会った。
――あれは何なんだろう。
そう思って近づいてみれば、その正体は枝先に細かな氷を纏った木であった。
この氷が月明かりに当たって、きらきらとして見えたのだ。
触れてみれば当然のように冷たくて、じんとする痛みと水が私の指に残った。
その後、ふと、背後から冷気を感じたので振り向いてみれば、そこには得意げにこちらを見つめているチルノちゃんがいた。
「それ、あたいがやったのよ。綺麗でしょ? 」
「綺麗でしょ」の裏には「すごいでしょ」の意味を含めて、ふん、と鼻息を鳴らしそうな勢いのチルノにルーミアは言った。
「うん。すごく、綺麗」
その言葉に満足し、チルノはさらに調子付いた。
「あたい、月の動きを止めることも出来るのよ」
すると、チルノの冷気が一段と強くなり、湖が音を立て始めた。
バキバキと音を立てる湖は、一気にスケートリンクへと化す。
「ほら、あそこの月。もう動かないでしょ? 」
「本当だ。動かなくなっちゃったね」
それは湖上の月が氷上の月になったことを指していた。
二人で鈍く反射する月を見つめる中、さらにチルノは続ける。
「ねぇ。ルーミアは何か出来ないの? 」
「私? 」
私に出来ること。
闇を出すことで出来ること……
ルーミアはそのまま動かなくなってしまった。その微動だにしない姿は、さながら銅像の様である。ルーミア像を鑑賞する時間があまりにも長くなりそうだと思ったチルノは、もう考えなくていいよ、と口を開こうとした瞬間、
「そうだ! 」
ルーミアに笑顔が宿った。
――おぉ、何かしてくれるんかいな。
ちょっぴり不意を突かれたチルノは、ルーミアがこれから何をするのかわくわくしながら待っていたところ、右手をぐいと引かれた。
「これから真っ暗になるから、そばにいてね」
「ん。分かった! 」
そして徐々に周囲が暗くなってきた。湖や森がどんどん闇に埋まっていく。
ついにルーミアの闇が完成し、チルノは期待感に胸を寄せた。
これから何が始まってくれるのだろう。
チルノはきょろきょろと左右に顔を動かした。しかし動かしたところで何も見えないため、首の筋肉の動きを確認するに終わってしまった。それ以外にあと一つ、今確かにあるのはルーミアの小さな手の温もりだけである。待ちきれなくなったチルノは、ルーミアに答えを求めた。
「ねぇルーミア! なーんにも見えないんだけど、あんた何をしてくれるの? 」
「あのね、なーんにも見えないでしょ? 」
答えになってない答えにチルノは困惑した。
「そりゃ見れば分かるってば。なーんにも見えない」
「そう、なーんにも、見えないの」
するとチルノの手の甲に何かが触れた、と思うや否や体がルーミアの元へと引き寄せられた。闇の中、何が起こっていくのか分からない状態にチルノは恐怖を感じた。
「やだ、ルーミア。怖いよ」
「どうして? 」
くすくす、と聞こえる笑い声は、普段のルーミアと同じ声だとは思えなかった。
今感じているルーミアの温もりも、ただ逃げ出したい感覚を煽るものにしか感じられない。がっしりと抱きかかえられ、あの小さなルーミアの体が闇に溶け込み、えも言えぬ存在感を醸し出していた。離して、とお願いしようとチルノは息を吸う。
すると、また訪れる違和感。
少しひんやりしたそれは、おでこに触れた。続いて頬にも、鼻にも、睫毛と瞼の境にも。
離れる音から、それが何であるか気付いた途端に、全身の血流が活発になり、チルノは全力で叫んだ。
「あたいの純情―――――――――!!!!! 」
***
キィィン、と耳鳴りがしそうな程の大声に、ルーミアの闇が消えた。
チルノはその隙にルーミアの元から離れる。
ルーミアはチルノの大声に目を白黒させながらその場に立っていた。
「ちょっとルーミア! いったいどういうつもりよ!あたいを騙したのね!! 」
「どうして? 」
まだ聴覚が正常に戻りきらないルーミアは、小さな声で呟いた。
「だってあんた、あたいを闇に引きずり込んで、ちゅーしたのよ!えっち、変態!! 」
チルノは興奮しきった様子でルーミアに文句を言った。
一方ルーミアはぽかんと要領を得ない様子でチルノをじっと見つめている。
「もう何か言ったらどうなのよ! ごめんなさいとかさ! 」
「だって、……が言ってたよ」
「え? 何! 聞こえない! 」
「チルノちゃん。だってね、人間が言ってたんだよ」
「……何をよ」
ふざけた様子も見せずに話し出したルーミアに、チルノは怒りを抑え、ちゃんと聞く体勢を整えた。声のトーンも控えめに、ルーミアの目をきちんと見て。
「好きだから、唇で触れるんだって。でも誰かに見られるのは、嫌なんだって」
それを言うと、ルーミアはしょんぼりとうつむいてしまった。
ルーミアの言い分を聞いて、チルノはようやく理解した。しかしルーミアの闇で何が出来るか、に対するこの答えは全くの想像の範囲外のことだった。驚くのも無理はない。
「……ごめん、ルーミア。確かにあんたの闇の中なら、誰にもバレないわね。でも! ちゅーってのはね! お互い好き同士じゃないと駄目なの、分かる? 」
「むー、チルノちゃんは私のこと嫌い? 」
「そっ、そういうわけじゃないけどさぁ……」
「じゃあ、またちゅーしていい? 」
「もっ、もうしたからいいでしょ? 」
「だって、チルノちゃんのこと、好きだから! 」
ルーミアの言う「好き」は感情が複雑に分化する前の「好き」であることは、何となくチルノにも分かっていた。これで絶対に嫌、なんて言うとルーミアが泣きそうになってしまうのも、何となく分かっていた。
「……唇は駄目だからね」
「うん! 」
すると早速、ルーミアは闇を周囲に広げた。
「今なの!? 」
「だって、楽しかったんだもん」
「あたいは初め何されるか分からなくて、すっごく怖かったのよ」
「ふふ、ごめんね、チルノちゃん」
ぎゅーっとルーミアはチルノの手を握る。
「この中に誰かと一緒にいるなんて、すごく新鮮だったの。いつもはすぐ一人になるから」
さりげなく恐ろしいことを言うルーミアに、チルノはふと底知れなさを感じた。
「でも、人間の思いつくことは中々面白いね。おいしいし、人間も好き」
「……ルーミア」
「なーに? 」
「あたいと人間を同レベルで好きって言ってる? 」
「そんなことないよ。チルノちゃんはもっと好き 」
そう言うとルーミアはチルノの唇のすぐ横に触れた。
「大好きなんだよ」
抱き着いてきたルーミアの声が、しっとりと響く。
闇の中でのルーミアの姿は、チルノにも分からなかった。
――あたい、何か変。熱出そう。……歩く暗闇がキスの乱発なんてするからだわ。
ルーミアの言動にどぎまぎしながら、チルノは複雑な気持ちでルーミアの頭を撫でていた。するとルーミアは沈黙を破るかのごとく、くすぐったそうに笑い出す。それにチルノはひどく安心感を覚えたものの、心音は早まるばかりで、自分のためにもう一度ゆっくりと、ルーミアの頭を撫でた。
闇に捕らわれた時、あなたはもう逃げることは出来ないから。
闇を纏い、ふよふよと漂っていると意識せずとも色んなものに気付かされる。
時には障害物とか、やっぱり障害物とか。
ある日勢い良く木にぶつかり、トゲトゲのボールみたいなものが降りかかってきたことがあった。木にぶつかることはこれまでもあったが、こんな攻撃を仕掛けられたのは初めてのことである。また攻撃されたらたまったもんじゃない、と足早にその場を去ろうとしたら、今度は地面からサクリと攻撃され、泣きそうになった。
そしてトゲトゲへの恐怖が薄れた頃に、それを「おやつ」として博麗の巫女に渡された時はまた泣きそうになった。
***
「あぁ、ちょうどいいわ。ルーミア! 」
博麗の巫女に呼ばれ、自分は博麗神社まで来たのかということに気付いた。
私は声の元へと近づく。
「なーに? 」
「あんたにもらって欲しいものがあるんだけど。ちょっと待っててくれない? 」
「うん。いいよー」
ぱたぱたと遠ざかる足音をBGMに、柔らかな月明かりの神社をぼんやりと見ながら、私は霊夢を待った。すると次第に足音はまた大きくなってきた。
「うちの神社でとれたんだけど、食べきれないからおやつにでもどーぞ。ま、人間食べる前にこれで腹でも満たしなさいってことね」
そう言うと、霊夢はトゲトゲいっぱいのざるを突き出した。
思わぬ再会に、あの日の恐怖が頭をなでる。
「これ、痛いから嫌い。口の中血だらけになっちゃうよ」
「……あんたまさかこのまま食べると思ってるの? 」
涙目になりながら見つめてくるルーミアに、霊夢は思わず笑ってしまった。
でも、そうね。考えてみれば相手は妖怪で、食べ方を知らなくてもおかしくないか。
ちょっと不親切だったわね、と考えながら、霊夢は自分用に茹でた分をルーミアに渡すことにした。
「はい、ルーミア。これはこうやって中身を出した後に食べるのよ」
霊夢がトゲトゲ解体ショーを始めると、ころんと丸みのある茶色いものが出てきた。
そして霊夢が新たに持ってきた、茹でた茶色いものの中身にはホクホクとした甘い食べ物が隠れていたのだから、ルーミアには驚きだった。
この食べ物は「栗」という食べ物で、秋になると人間が栗拾いの為に森まで訪れることがあるそうだ。二重の装備を剥がしてまで食に辿り着こうとする人間ってすごいな、と思ったことを私は覚えている。すぐに取って食べられるものを食べればいいのに。
そのへんはよく分からないけれど、確かに栗はおいしいなぁ、と思いながら博麗神社の帰り道、湖に寄ってチルノちゃんと手を伸ばしたりした。
「ルーミア、これおいしいね! 」
「うん。栗っていう食べ物なんだって」
***
闇を纏い、ふよふよと漂っていると意識せずとも色んなものに気付かされる。
時には音声とか、やっぱり音声とか。
特にお腹のすいてない時に聞く人間の話し声は、結構面白かったりする。
遠くから、人間の子供の声が聞こえてきた。
人数は10人くらいだろうか。
少しだけ耳を傾けてみる。
「だーるーまーさーんーが、転んだっ!」
その言葉を合図に一斉に足音が鳴り止む。
「だーるーまーさーんーが……」
同時にわっと駆ける音が鳴り始めて、
「転んだっ!」
また、ぴたりと音が止んだ。
その後、何人かの子供の名前が呼ばれ、次にかの台詞を聞いたときには足音は少なくなっていた。
ひたすら同じ言葉を繰り返した後に、一人消え、また一人消え。
この中にはきっと呪術を使える子供がいる。闇の中恐怖を隠しながら様子を伺っていると突然、大きな笑い声が響いた。後はきゃーとか、わーとか言いながら、子供たちは何かから逃げ回っている様だった。
しばらくすると、今度は違う子供の声で一定のリズムの繰り返しが始まった。性懲りもなく、と思ったが実は最後には笑いに包まれる意外と楽しい呪いなのかもしれない。
「チールーノちゃーん」
「あっ、ルーミア!どーしたのさ? 」
「だーるーまーさーんーがー……」
「んん? 」
「転んだっ! 」
チルノは固まった。
それを見て、ルーミアは呪いの効果に期待を寄せる。
しかしそれは虚しく、
「……何なのそれ? 」
というチルノの一声で泡となって消えるのだった。
「よく分からないけどさ、まぁゆっくりしてけば? 」
「うん。ありがとー」
「ルーミアって、たまに意味分からないこと言ったりするよね」
人間にしか使えない呪いがあることにルーミアはがっかりしながらも、チルノはいつも通り笑ってくれたので、まぁいいか、と思うことにした。
***
夜に闇を纏わずに、月明かりの中ふよふよと漂えば、昼間より気付けるものが多い。
暗闇に広がるふくろうの声や、湖上に浮かぶ月に意識を伸ばしたりしている中で、今日はきらきらと輝く木に出会った。
――あれは何なんだろう。
そう思って近づいてみれば、その正体は枝先に細かな氷を纏った木であった。
この氷が月明かりに当たって、きらきらとして見えたのだ。
触れてみれば当然のように冷たくて、じんとする痛みと水が私の指に残った。
その後、ふと、背後から冷気を感じたので振り向いてみれば、そこには得意げにこちらを見つめているチルノちゃんがいた。
「それ、あたいがやったのよ。綺麗でしょ? 」
「綺麗でしょ」の裏には「すごいでしょ」の意味を含めて、ふん、と鼻息を鳴らしそうな勢いのチルノにルーミアは言った。
「うん。すごく、綺麗」
その言葉に満足し、チルノはさらに調子付いた。
「あたい、月の動きを止めることも出来るのよ」
すると、チルノの冷気が一段と強くなり、湖が音を立て始めた。
バキバキと音を立てる湖は、一気にスケートリンクへと化す。
「ほら、あそこの月。もう動かないでしょ? 」
「本当だ。動かなくなっちゃったね」
それは湖上の月が氷上の月になったことを指していた。
二人で鈍く反射する月を見つめる中、さらにチルノは続ける。
「ねぇ。ルーミアは何か出来ないの? 」
「私? 」
私に出来ること。
闇を出すことで出来ること……
ルーミアはそのまま動かなくなってしまった。その微動だにしない姿は、さながら銅像の様である。ルーミア像を鑑賞する時間があまりにも長くなりそうだと思ったチルノは、もう考えなくていいよ、と口を開こうとした瞬間、
「そうだ! 」
ルーミアに笑顔が宿った。
――おぉ、何かしてくれるんかいな。
ちょっぴり不意を突かれたチルノは、ルーミアがこれから何をするのかわくわくしながら待っていたところ、右手をぐいと引かれた。
「これから真っ暗になるから、そばにいてね」
「ん。分かった! 」
そして徐々に周囲が暗くなってきた。湖や森がどんどん闇に埋まっていく。
ついにルーミアの闇が完成し、チルノは期待感に胸を寄せた。
これから何が始まってくれるのだろう。
チルノはきょろきょろと左右に顔を動かした。しかし動かしたところで何も見えないため、首の筋肉の動きを確認するに終わってしまった。それ以外にあと一つ、今確かにあるのはルーミアの小さな手の温もりだけである。待ちきれなくなったチルノは、ルーミアに答えを求めた。
「ねぇルーミア! なーんにも見えないんだけど、あんた何をしてくれるの? 」
「あのね、なーんにも見えないでしょ? 」
答えになってない答えにチルノは困惑した。
「そりゃ見れば分かるってば。なーんにも見えない」
「そう、なーんにも、見えないの」
するとチルノの手の甲に何かが触れた、と思うや否や体がルーミアの元へと引き寄せられた。闇の中、何が起こっていくのか分からない状態にチルノは恐怖を感じた。
「やだ、ルーミア。怖いよ」
「どうして? 」
くすくす、と聞こえる笑い声は、普段のルーミアと同じ声だとは思えなかった。
今感じているルーミアの温もりも、ただ逃げ出したい感覚を煽るものにしか感じられない。がっしりと抱きかかえられ、あの小さなルーミアの体が闇に溶け込み、えも言えぬ存在感を醸し出していた。離して、とお願いしようとチルノは息を吸う。
すると、また訪れる違和感。
少しひんやりしたそれは、おでこに触れた。続いて頬にも、鼻にも、睫毛と瞼の境にも。
離れる音から、それが何であるか気付いた途端に、全身の血流が活発になり、チルノは全力で叫んだ。
「あたいの純情―――――――――!!!!! 」
***
キィィン、と耳鳴りがしそうな程の大声に、ルーミアの闇が消えた。
チルノはその隙にルーミアの元から離れる。
ルーミアはチルノの大声に目を白黒させながらその場に立っていた。
「ちょっとルーミア! いったいどういうつもりよ!あたいを騙したのね!! 」
「どうして? 」
まだ聴覚が正常に戻りきらないルーミアは、小さな声で呟いた。
「だってあんた、あたいを闇に引きずり込んで、ちゅーしたのよ!えっち、変態!! 」
チルノは興奮しきった様子でルーミアに文句を言った。
一方ルーミアはぽかんと要領を得ない様子でチルノをじっと見つめている。
「もう何か言ったらどうなのよ! ごめんなさいとかさ! 」
「だって、……が言ってたよ」
「え? 何! 聞こえない! 」
「チルノちゃん。だってね、人間が言ってたんだよ」
「……何をよ」
ふざけた様子も見せずに話し出したルーミアに、チルノは怒りを抑え、ちゃんと聞く体勢を整えた。声のトーンも控えめに、ルーミアの目をきちんと見て。
「好きだから、唇で触れるんだって。でも誰かに見られるのは、嫌なんだって」
それを言うと、ルーミアはしょんぼりとうつむいてしまった。
ルーミアの言い分を聞いて、チルノはようやく理解した。しかしルーミアの闇で何が出来るか、に対するこの答えは全くの想像の範囲外のことだった。驚くのも無理はない。
「……ごめん、ルーミア。確かにあんたの闇の中なら、誰にもバレないわね。でも! ちゅーってのはね! お互い好き同士じゃないと駄目なの、分かる? 」
「むー、チルノちゃんは私のこと嫌い? 」
「そっ、そういうわけじゃないけどさぁ……」
「じゃあ、またちゅーしていい? 」
「もっ、もうしたからいいでしょ? 」
「だって、チルノちゃんのこと、好きだから! 」
ルーミアの言う「好き」は感情が複雑に分化する前の「好き」であることは、何となくチルノにも分かっていた。これで絶対に嫌、なんて言うとルーミアが泣きそうになってしまうのも、何となく分かっていた。
「……唇は駄目だからね」
「うん! 」
すると早速、ルーミアは闇を周囲に広げた。
「今なの!? 」
「だって、楽しかったんだもん」
「あたいは初め何されるか分からなくて、すっごく怖かったのよ」
「ふふ、ごめんね、チルノちゃん」
ぎゅーっとルーミアはチルノの手を握る。
「この中に誰かと一緒にいるなんて、すごく新鮮だったの。いつもはすぐ一人になるから」
さりげなく恐ろしいことを言うルーミアに、チルノはふと底知れなさを感じた。
「でも、人間の思いつくことは中々面白いね。おいしいし、人間も好き」
「……ルーミア」
「なーに? 」
「あたいと人間を同レベルで好きって言ってる? 」
「そんなことないよ。チルノちゃんはもっと好き 」
そう言うとルーミアはチルノの唇のすぐ横に触れた。
「大好きなんだよ」
抱き着いてきたルーミアの声が、しっとりと響く。
闇の中でのルーミアの姿は、チルノにも分からなかった。
――あたい、何か変。熱出そう。……歩く暗闇がキスの乱発なんてするからだわ。
ルーミアの言動にどぎまぎしながら、チルノは複雑な気持ちでルーミアの頭を撫でていた。するとルーミアは沈黙を破るかのごとく、くすぐったそうに笑い出す。それにチルノはひどく安心感を覚えたものの、心音は早まるばかりで、自分のためにもう一度ゆっくりと、ルーミアの頭を撫でた。
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