※若干の作者の独自解釈・オリ設定等含まれます。
※咲マリです。ジャスティスな方どうぞ。
※妙に長いかも。
「魔理沙ー」
紅魔館地下図書室、椅子に座ってテーブルに積み重ねられた魔導書を読んでいる魔理沙を咲夜が呼ぶ。
せっかくできた仕事の合間の休憩時間、咲夜は暇だった。
「…………」
しかし反応がない。
もう一度呼んでみる。
「魔理沙?」
「…ここは…そうか、この理論が…」
よくわからないことをブツブツ呟いている。こちらの声が聞こえていないらしい。
それでも根気よく呼んでみる。
「魔理沙ってばー!」
「でも待てよ、それだとあの魔法は…」
完全にスルーされた。ちょっとだけ腹が立つと同時に、悪戯心が芽生える。
時間を止め、自分以外のあらゆるものが動くことをやめた世界を展開し、後ろから魔理沙に近づく。
そして魔理沙の左の肩越しに、
「はむっ」
魔理沙の左耳を甘噛みした。
――そして時は動きだす――
「ひあぁっ!!?」
「ま、可愛い悲鳴♪」
何の前触れもなく訪れた耳への甘い痛みとそれによる電流にも似た刺激に全身が総毛立ち、絶叫してしまう。
予想以上に可愛らしい悲鳴に咲夜は満足した。
「さ、咲夜!? いきなり何すんだよ!?」
「だって、いくら呼んでも魔理沙が反応しないんだもの」
思わず席から離れ、耳を押さえながら真っ赤な顔で抗議する魔理沙。
しれっと返す咲夜。
そんな2人を呆れたように見ていたパチュリーが尋ねる。
「……人間って、そんな時相手に貴女みたいなことするの?」
「しねぇよ!」
即答。しかしその答えに咲夜が若干驚いたような顔をした。
「本当に? 魔理沙は霊夢とかにこんなことしたことないの?」
素の表情で咲夜に尋ねられ、魔理沙はいつの日か博麗神社の縁側でお茶を飲む姿勢のままうたた寝をしていた霊夢のことを思い出す。
何回か呼んでも起きる様子のなかった霊夢に悪戯心が芽生えた魔理沙。確か、何やったっけ……?
……そうだ、あの時後ろから近づいて霊夢の両腋から腕を突っ込んだったんだ。それで霊夢の××××をうっかりつかんじゃって……
急に覚醒して顔を激しく赤くした霊夢に怒涛の夢想天生~時間無制限ver~を食らって死にかけたんだっけ……
しばらくこの世とあの世の境をウロウロしてた時に『死んでんじゃないわよ、責任取りなさいよ!』とか誰かに言われた気がしたが……
嫌なことを思い出した。ついでに自分がこの咲夜と同類だったってことに凹んだ。
「…………あります、嘘つきましたごめんなさい」
「別にいいわよ、小悪魔なんて私にもっと凄いことするし」
「何すんの!?」
「聞きたい?」
「いやいいです。で咲夜、何の用だ?」
聞いたら負けな気がしたので、話題を逸らすために咲夜に尋ねた。そんな魔理沙に咲夜は、にっこりした笑顔で
「呼んでみただけ♪」
のたまった。
「ざけんなよ!? お前のせいでせっかく頭ん中に浮かんでた魔法の構想パァだよ!」
「まあそれはおいといて。魔理沙、ちゃんと耳掃除してる? あんなに呼んだのに反応ゼロって」
流された。そしてちょっと触れられたくない質問に閉口。
帽子を深くかぶり、咲夜達から顔を逸らしながら、呟くような声で答える。
「……ここ一月以上は……ご無沙汰……」
「まあ!」
冗談抜きに驚かれた。
「し、仕方ないだろ! 私ん家の様子知ってるだろ! 物の無くなりやすさ半端ないんだよ!」
『いざ必要な時に限って見当たらなくなる物ランキング』などがあれば間違いなく上位に食い込む人類の英知の結晶・耳かき。
魔理沙の家ほどそういった物が無くなりやすい環境はそうそうないだろう。
「私の本は……?」
「それは大丈夫だ、『ちゃんと保存する物ランキング』でほぼ最上位にしてる」
ちなみに最上位は言うまでもなく八卦炉である。
「なら別にいいわ。本さえ無事ならたとえ魔理沙が女の子として あ る ま じ きFU☆KE☆TSUでも私は問題ないし」
「言わないでくれ!! ふんだ、別にいいもんね! 永琳だって言ってたぜ、耳垢には殺菌能力があって皮膚を保護しているし、溜まったとしても勝手に外に出ていくようにできてるから頻繁な耳掃除は必要ないってな!」
開き直ったように強気に出る魔理沙。
ちなみにそう教えた本人達は――
「永琳~、耳掃除してちょうだーい」
「姫様、耳掃除はぶっちゃけしなくても問題ないんですよ? 今仕事が忙しいので、道具なら貸してあげますから」
「やだやだー! えーりんの膝枕でしてもらうのが気持ちよくて好きなのー!」
断られた途端、幼児退行したかのごとく駄々っ子な口調で輝夜が喚く。そして涙目な上目使いで……
「……シて、くれないの?」
「任せーーーーーーー!!」
イチコロだった。
そしてあっという間に満開の笑みになる。
「ありがとー♪ 終わったら私もえーりんにしてあげるね☆」
「我 が 生 涯 に 一 片 の 悔 い な し ! ! !」
(ダメだこいつら早く何とか……できねーや。実力的な意味で)
付いていく人間違えたかなぁと鈴仙は悩むのだが、そんなことは本人達には割とどうでもよかった。
永遠の命を持つ蓬莱人達にしてみれば、こんなありふれた日常を楽しまなければ永い人生やってられないのである。
所戻って紅魔館。
「そうかもしれないけど、耳垢の他にも空気中の埃だってあるのよ? それに、何と言っても女の子なんだから、ちゃんと綺麗にしておかなきゃ」
「ふん! 大きなお世話だ!」
「もう、仕方ないわね……」
あくまで親切心から言う咲夜だったが、ひねくれ魔理沙がちゃんと聞いてくれるはずもない。
そこで、
「It's Sakuya's showtime!!」
「?」
「何もない所から――取り出したるは紅魔館特注高級耳かき~!」
手品師が一瞬でトランプを出現させるがごとく、指先に耳かきが握られている。(ちなみにBGMは青いタヌキロボのアレ)
竹の部分を紅く染め、匙部分の反対側にはデフォルメレミリアマスコット。
レミリア・フランドール・パチュリー・咲夜・美鈴・小悪魔の全6種類が人里にて発売中。高級品ゆえ一般的な物と比べるとはるかに高いが、、
同じキャラでも表情やポーズにバリエーションがあり、全種類揃えようというマニアも少なくない。売り上げは上々だった。
得意気な顔で魔理沙に微笑む咲夜だったが、
「……立ち位置さっきとズレてんぞ」
「しくったー!!」
変な所でダメ出しされた。物が無くなりやすい家というのは狭くても汚い家の他、あまりに綺麗すぎる広大な家も逆に当てはまる。
時間を止めて必死に探している内に、元の場所を見誤ってしまっていた。手品師の名折れだった。
「……まぁいいや、貸してくれよ。わざわざ持ってきてくれたんだろ?」
「んふふー♪」
「あ? …んなっ!? ここどこだ!?」
咲夜の意味深な笑みに疑問を覚えると同時に、周囲の景色が一変した。さっきまで薄暗い図書室だったのが、
日の差す明るい質素だが清潔感ある部屋に様変わりしていた。
「私の部屋よ」
さらりと答え、呆然と立ち尽くす魔理沙の横をすり抜け、ベッドに腰掛ける。
そして微笑みながら自分の太ももをポンポンと叩き、告げた。
「おいで♪」
「やだよ!?」
言ってる内容を理解するのと口から拒否の答えが出たのは同時だった。
それでもなおニコニコしながら咲夜が誘う。
「いいからいいから」
「……今日は本を早く読みたいんだ。終わったら自分でやるから」
なんとか断ろうと、もっともらしい口実を考え告げる。というかほぼ本心だった。
「ダメ。大丈夫、時間を止めたまま出来るから」
やんわりと却下される。そう言われてしまえば、もう断ることはできなかった。
「……なら、いいけど……」
そう言ってお気に入りの三角帽を脱ぎテーブルの上に置いた後、恐る恐る咲夜のベッドに近づく。
人に警戒しつつも与えられている餌に近づく猫のようだな、咲夜は思った。同時に、可愛いとも。
そしてベッドに腰掛けた後、ゆっくりと上半身を倒して咲夜の太ももに頭を乗せる。
こんな弾力の枕があったらぜひ買いたいな、そう魔理沙に思わせる心地よい感触だった。
体を楽にするため、下半身もベッドの上に持っていく。もちろん靴も脱いで、だ。
「……よろしく、頼む……」
いつもの豪胆さはどこ吹く風、すっかり恐縮した魔理沙に思わず苦笑する。
「緊張しすぎ。もっとリラックスしなさい、やりにくいでしょう?」
「時間止めるんだろ? なら私は動きようがないじゃないか、リラックスしてようがしてまいが関係ないだろ」
「あら、時間を止めたまましてあげるって言ったかしら?」
「……は?」
咲夜の言葉に疑問を抱き、頭を乗せたまま振り向いて咲夜の顔を見上げる。
悪戯が成功した妖精のような笑みだった。
「『時間を止めたまま出来る』とは言ったけど、『時間を止めたまましてあげる』とは言ってないでしょ?『あなたの時間も私のもの』」
「――!! は、謀ったな!? うそつき! やっぱやめ、ぐ!?」
咲夜の言葉の意味を理解し、嵌められたことに気付く。逃げ出そうと起き上がろうとした瞬間、強烈な圧迫感を全身に感じた。
「な、何だ? 体が動かない…何しやがった!?」
正確には、自分の肉体そのものはちゃんと動く。しかし身に着けている服やソックスがまるで鋼のスーツのように硬い。
どんなに力を込めて動こうとしても、自分の肉体のみが締めつけられるばかりで、服には一筋の皺さえ生まれなかった。
恐らく犯人であろう咲夜を睨みつける。紅い目をしていた。
「ふふ、貴女の服の時間を止めたのよ」
得意気にネタばらし。
咲夜の時間を操る程度の能力は、主に世界の時間の流れを速くあるいは遅くしたり、止めたりするのに使われる。
だがそれ以外にも使い道があり、物質そのものの時間の流れをコントロールすることができた。
例えば新鮮なもぎたての葡萄の時間を進めれば、僅かな時間で数十年物の名ワインに生まれ変わらせることができる。
逆に物質の時間を止めてしまえば、咲夜の能力解除以外の外部・内部からの一切の干渉を受け付けなくすることもできるのだ。
そうすれば、例えばただの紙切れ1枚が銃弾すら弾く防御壁になったり、新鮮な果実を傷めることなく何年も保存したりできるのだという。
「この術を破れるとしたら、永遠亭の姫さんくらいでしょうね」
それ以外じゃこの幻想郷にも片手で数えるほどもいないんじゃないかな、としれっと言う。
そんな彼女の能力を改めて末恐ろしく思うと同時に、こんなどうでもいい時にそんな大それた能力を使う彼女に魔理沙は呆れた。
「……いらんところに能力使うなよ」
「だって、こうでもしなきゃ貴女、逃げちゃうでしょ?」
事実だった。実際逃げようとしたのだから。言い返す言葉を失うが、かといって納得もできなかった
「だからって……」
「それに、耳掃除を人にしてもらうのって気持ちいいことでしょ? その気持ちよさを魔理沙に感じてほしいっていう私の心は迷惑かしら?」
自分の経験から咲夜は魔理沙に告げる。紅魔館に住む者で最も新陳代謝、成長スピードの速い彼女は幼い頃、よく美鈴にやってもらっていた。
それが咲夜は好きだった。今でこそしてもらうことはなくなったが、それは咲夜の大事な思い出の1つである。
ちなみに咲夜が耳掃除をやってあげた人第1号も美鈴だったりするのだが、
彼女曰く『あの時ほど耳という器官が存在することを恨んだ日はありません』という紅い惨劇が起きていたりする。
その後必死の努力で咲夜は耳掃除スキルを上げていた。今では住人御用達である。
閑話休題、咲夜の言葉に顔を赤くし、魔理沙は観念した。
「~~~~~っ!! も、もういい! やるなら早くやってくれ!!」
「はいはい」
どうせやるんなら早く終わる方がいい、そんな思いを隠せずいる魔理沙を微笑ましく思う。服にかけた術を解き、軽く準備する。
対する魔理沙は、決してこの状況を嫌がっているわけではなかった。なのに早く終わらせるよう急かすのには理由があった。
魔導書を早く読み進めたい、そんな思いも確かにあったろう。だがそれ以上に、
この状況に、甘え続けていたくなかった。
咲夜のことが嫌いなわけでは断じてない。むしろ、数多くの知り合いの中でも好意という点でかなり上位に位置する。
(素直に認めるのはかなり恥ずかしいから、そんな感情は出してやらないけど)
今のように膝枕で自分の耳を掃除してもらったことは、実は最近ある。一月前の霊夢にだった。
その時は今のように渋ったりもせず、むしろ自分から霊夢にしてくれるよう頼んでいたりする。
それは長年の付き合いからくる信頼という名の安心から、何の気兼ねもなかった。
だが、今の状況はそれとは違う。もちろん咲夜を信頼できないのではないし、耳掃除も上手いのだろうという思いはある。
それでも、なぜか咲夜にしてもらうということに抵抗があった。霊夢や霖之助には感じていなかった抵抗がだ。
そしてそれは、膝枕が完成した時に理解した。
咲夜の膝枕により与えられた安心が、幼い頃の母に与えられたものと同じ感じだったのだ。
実家に勘当された時、決別を覚悟していた、それと。
自分が師と仰いだ悪霊も、彼女らしいやり方で魔理沙を愛した。だがそれは、『人』の温かみとは似て非なるもの。
今感じている感情は、自分に妙に優しい年上の人間の少女から与えらている。
まぎれもなく、自分がかつて諦め、それでも心と体のどこかで欲していた母のような温かみだった。
その温かみが、恐怖だった。
今の魔理沙があるのは、人の道を捨てた結果と、血を吐くように重ねてきた努力から成っている。
だが、この温かみが本当に心地よいから、今まで捨てているつもりだったそれがこんな身近な人物によって与えられるとわかったら、
努力することの苦しみから逃げだして、それに溺れてしまうようになってしまうかもしれないのが、たまらなく怖かった。
それを無意識の内に感じていたからこそ、時間を止めて自分が何を感じる間もなく終わらせてくれるだろうと期待して了承したのに、
咲夜は自分のそんな感情に気遣うことなくあっさりと期待を裏切り、あまつさえ自分に優しい言葉をかけてくる。
今でさえ、早く終わってくれという魔理沙の思いとは裏腹に、髪を撫でたりしているだけだった。
その行為と過ぎゆく時間が魔理沙をさらにざわめかせる。
「貴女の髪、フワフワね」
「それが、どうした」
「いえ? ただ気持ちいいなぁ、と」
「っ。そうかよ」
「うん。じゃあ、入れるわよ。特に痒いところとかはない?」
「…特にはないかな」
「そう。ということは全体的にじっくりやっていいのね」
しまった、と魔理沙は思う。痒いところを嘘でも教えて、そこだけやって終わらせてもらえばよかったのに。
訂正の嘘を考える間もなく、いよいよ耳に耳かきが入ってきた。
産毛がこすられる感触に鳥肌が立ち、緊張が走る。
「っ! っ~~っ!」
「動かないでね」
「わ、わかってる」
それから魔理沙は、快感という名の拷問に耐え続けた。
耳垢という邪魔者を少しずつ掬い去っていく匙が壁をひっかく刺激と、邪魔者が減っていく感触に快感を得、
だがそれを決して声に出さないように抑えつけるという拷問。
それは、耳かきが耳を出入りするたびに続いた。
人にやってもらう耳掃除なんて、自分でやるより不完全であるはずなのに、
咲夜は狙い澄ましたかのように、あるいは覚り妖怪のように自分が次に掻いてほしいところを的確に刺激する。
それがたまらなく快感で、それを素直に表せない自分が恨めしかった。
時折「暗くて見にくいわね」とか「あ、大きいのが取れた」とか呟く声が耳に入らないほど、魔理沙はこの時間が早く終わることを望んでいた。
「……うん。こっちはこんな感じかしらね。終わりっ」
ようやく待ち望んだ一声。時間にして数分しかかかってないが、魔理沙にはひどく長く感じられた。
「そうか、ありがとよ! じゃあ反対は自分でやるから、もう終わりにしてくれ」
平静を装って告げ、起き上がろうとした。
それでも咲夜は魔理沙を解放してくれない。
「ダメよ、今あんたを逃がしたら私が落ち着かない。やると決めたことは完全にやりきるのがポリシーなのよ」
「完璧主義者は疲れるぜ?」
「そう、疲れるのよ。というわけでもう反対もやらせなさい。そうしたら私も疲れないから万々歳だわ」
「この仕事中毒者め……いつか倒れるぞ」
「あら、心配してくれるのかしら?」
「っ! 誰が!」
「そりゃ残念。はい、いいからこっち向きなさい」
そう言われ、今すぐ止めてもらうことを望んでいるくせに、ゆっくりとだが素直に体の向きを変える自分に言いようのない嫌悪感を覚えた。
振り返った際、一瞬だけ合った咲夜の視線がひどく印象的だった。
――頼むから、そんな優しそうな目で見つめてくるな――
霊夢のように、気の置けない友人として接してくるのなら、何の気兼ねもなく絡んでいくことができる。
アリスのように、ライバルとして接してくるのなら、こちらも負けないよう自分を高めるいい起爆剤になる。
フランドールのように遊び相手として接してくるのなら、同じように全力で遊んでやれる。
厄介者として自分をみなす者達には、文句を言わせないだけの努力をしてやろうと思える。
だが、今の咲夜や白蓮のように姉、あるいは母のように接してくる者達は、どうしても苦手だった。
魔理沙としては、その優しさを単なる友人付き合いの一環の1つとして片づけたいのに、
その優しさを体よく利用しようと考える卑怯者のような自分と、
その優しさを素直に喜ぶ幼いままの自分の両方が現れるような気がして、心がざわつく。
そんな彼女達の優しさに何も返せない自分の小ささが、何より苦しかった。
「……よし、こっちもこれくらいでいいかしらね。魔理沙、終わったわよ」
「…………」
待ち望んだ声に、しかし今度は反応しない。そんな魔理沙に不安になる。
「魔理沙? ……気持ちよくなかった?」
「……そんなこたない。気持ちよかったさ…」
「じゃあ、どうしてそんな顔してるのよ」
咲夜の知る限り、今の魔理沙の表情は快感を感じていた者のそれではなかった。
膝枕のまま咲夜を見上げ、しかし目を見られないように腕で覆いながら、自分の心情を吐露し始める。
「……悔しいんだよ…」
「……?」
「だって、私は咲夜と年だってほんの何歳しか変わらないのに、咲夜に勝てるとこなんか、ほとんどないんだ」
その声は抑揚がないのに、今にも泣き出しそうな悲痛さを秘めていた。
「そんなことないわよ」
「あるよ。例えばさ、料理1つにしたって、咲夜は私なんかよりたくさんのメニューを作れるじゃないか。私なんて自分1人が満足できればいい程度のものしか作れないのに、咲夜はみんなが満足できるものを作れる。同じ材料同じ条件で同じ料理を作ったって、きっと十人中十人咲夜のものが美味しいって言うに決まってるもん」
「…………」
「今だって、レミリアやフランに仕えて馬鹿みたいな多さの仕事をこなしてるのに、それでも私みたいなコソ泥にこんな風にしてくれる余裕とか、優しさをちゃんと持ってるじゃないか。1人で生活して、誰より努力をする時間があるのに、私なんかじゃ追い付けない場所にいるじゃないか。なのに、どうしてだ、どうしてこんな私なんかに、暴れるしか能のない私なんかに優しくしてくれるんだ」
質問としてでなく吐き出されたその言葉に、咲夜は自分の想いで応える。
「友人だから、じゃダメかしら?」
「嘘だ。普通の人はただの友達に、それも迷惑なことばっかりするような奴に優しくなんてしないよ」
それでも魔理沙は満足しない。そんな彼女に少し困ったように答える。
「うーん……じゃあ言葉を変えるわね。『とても大事な』友人だからよ。ただの知り合いと大事に思ってる友人と、普通はどっちに優しくする?」
「そりゃ大事な方だ。でも、咲夜の大事な人の中に、私が、入ってるわけないじゃないか。ものを壊したりおやつをせびったりして、咲夜の仕事をいつも増やしてるのに」
「さっき貴女、言ったじゃない? 私のこと仕事中毒者って。私はお仕事するのが好きなの。でもね? やっぱり毎日毎日おんなじお仕事ばっかりじゃ、暇じゃないけど退屈になるの。だからたまに来る貴女の起こす騒動とか、お茶会とか、結構楽しみにしてるのよ?」
「だけど、でも!」
信じられなかった。少なくとも自分に気に入られる要素がないと魔理沙は思い込んでいた。
そんな魔理沙に咲夜はなおも信じられないことを告げる。
「それに、そもそも私、友人自体が少ないの。吸血鬼に心酔して、時間と空間を操れてナイフを振り回すような女を、気に入る人なんていないじゃない? だから魔理沙みたいに、私のそういう所を全然気にしないで友達として付き合ってくれる人がいるのが嬉しかったわ」
「そんなの、咲夜と少し付き合ったら、誰だって咲夜のよさがわかるよ。1人で何だってできるすごい奴だって」
「私は1人で何でもできたなんてことはないわよ」
「嘘だ!」
そんなはずはない。霧雨魔理沙にとって十六夜咲夜とは、誰よりも『完全』『完璧』という言葉が当てはまる人だったから。
「嘘じゃないわ。ナイフ投げだってお嬢様から教わったし、掃除とか料理とかも前のメイド長から教えてもらって、何回も何回も失敗して、その度に時間を止めて1人きりで泣いたり、お嬢様や美鈴に慰めてもらったりしてたんだから」
「そうかも、そうかもしれないけど、でも結果として今の咲夜があるじゃないか。私が何年かかっても追い付けないような咲夜が!」
努力は必ず実るもの、魔理沙はそれを信条にして生きている。咲夜が今の位置にどれだけの努力を払って存在しているかも想像に難くない。
だからこそ、『完全で瀟洒』という肩書きを手に入れた彼女に追い付けるはずがないと分かっていた。
自分を慰めようとする彼女に、ますます心を揺さぶられ口調も激しくなる。
そんな魔理沙に咲夜は、
「もう。落ち着け」
「あたっ」
目を覆っていた腕をのかし、諌めるように額にデコピンを放つ。
魔理沙の目尻はうっすらと滲んでいた。それを指で拭い、金髪を梳くように撫でていく。
そして、話し始めた。
「私はね、紅魔館に、お嬢様に仕えていられれば他には何にも要らないって思ってたの。戦闘とか家事全般のスキルさえあれば、それでいいって。でもそんな私にお嬢様、何て言ったと思う?」
「……知らないよ」
苦笑しながら正解を告げる。
「『それじゃ咲夜のためにならない。館のためじゃなく自分のための友人を1人でもいいからつくれ、じゃなきゃクビ』ですって」
「……ええー……?」
俄に信じられなかった。死ぬまで自分に仕え続けろとか素で言いそうな彼女の主がそんなことを言うなど。
困ったような、悲しそうな表情で、咲夜は続ける。
「友人が1人もいない人間なんて、身近に置いててもつまらない存在になると思ってたんだと思う。でも困ったのよ、友達の作り方なんて知らなかったし、友達になろうと近づいてくれる人もいなかったの。でもね、」
いったん言葉を切り、
「貴女が来てくれた」
表情を優しい笑顔に変えて告げた。
絶句する魔理沙を見つめながら、続ける。
「理由はどうあれ、お嬢様が異変を起こして、私達は貴女達に出会った。しかも貴女、その後宴会しようと私達を誘った時、言ったわよね?『友達を誘うのは当然だろ?』って。嬉しかったわ、私達を友達だと思ってくれてたってね」
咲夜の声色は、本当に嬉しそうなものだった。
だからこそ、申し訳ない気持ちになる。
「違うんだ、咲夜のためじゃなかった。私は、自分が、独りぼっちじゃ辛いから、私をライバルだとか邪魔者だとか何でもいいから認めてほしくて、だから色んなやつに突っかかって。全部自分のためだったんだ」
初めて聞けた魔理沙の本心に、自分勝手なものだと魔理沙が思い込むそれに、しかし咲夜は笑みを湛えながら応える。
「なら、何も問題ないじゃない。貴女は自分を認めて欲しくて、私は友人が欲しい。だから私は貴女を友人として認めて、何も問題なんてないじゃない。ただ、私は人付き合いが苦手だから、友達相手に何をどうやればいいかなんて知らなかった。だからとりあえずできることをしてあげたんだけど、気に入らなかったのなら謝るわ」
咲夜は魔理沙が感じるように姉のように接そうとしていたわけではなかった(妹みたいだと思ってはいたが)
咲夜は周りが今まで自分にしてくれたように、魔理沙に世話を焼こうとしていただけなのだ。
「咲夜が謝る必要なんかないよ。咲夜が私にしてくれたこと、ホントは全部嬉しかったんだよ、でも、私じゃ何も咲夜にお返ししてやれないんだ。それが1番悔しいんだよぉ」
自分の中の色々な感情に、とうとう魔理沙の目から粒になるほどの大きさで涙がこぼれる。
「お返しなんて、そんなもの要らないわよ。友達付き合いにそんなもの、無粋じゃない? 今まで通り、紅魔館に喧嘩売ったり、宴会に誘ったり、お嬢様方の遊び相手になってくれれば、それでいいわ」
「それじゃ、私が納得いかないんだよ…そんなことじゃ…」
「じゃあこれならどう? 1つだけ私のお願いを聞いてくれる?」
「え…?」
ポケットから取り出したハンカチで魔理沙の涙を拭う。
そして、お願いを、希望を告げる。
「私と、親友になって。貴女が霊夢に接するのと同じ感じで、特に何の用事もなくてもここへ遊びに来てお話したり、今日みたいなことを何の気兼ねもなくできるようになってほしいの。願わくば、ずっと。それじゃ、ダメかしら?」
「ダメなんだよ、それじゃあ、私が……甘えさせてくれる咲夜に、優しさに甘えて、それに溺れちゃったら、私じゃなくなっちゃうから…」
自分自身を保つために、自分を撥ね退けようとする魔理沙。彼女をいったん膝から起き上がらせてベッドに腰掛ける体勢にする。
そして後ろから優しく抱きしめ、心からの言葉を告げる。
「貴女はもっと人に甘えてもいいと思うわ。もっと愛を知るべきよ。私は今までに、ううん、今だってお嬢様や皆にたくさん愛を貰ってる。だから今の私があるの。貴女が私を何でもできる人って思っててくれたんなら、それはもちろん嬉しい。その私が言うから間違いないわ。人間をどこまでも高めてくれるのは、人に甘えない自分1人だけの努力じゃない。努力して努力して、それでも挫けそうな時に、手を差し伸べてくれる、愛を向けてくれる誰かの存在なの。それがあるから人はもっと頑張れるのよ」
誰かにできないことを自分がやって、自分にできないことを誰かにやってもらったり、自分でもできるように教えてもらう。
人はそうやって生きていくものでしょう?
ポロポロと涙を流し続ける魔理沙にそう告げる。
咲夜の言葉は魔理沙の心に痛いほど沁みていた。自分で否定し続けて、それでも欲していたものだったから。
「それに、貴女は人の優しさに甘え続けて、堕落するのが怖いって言ったわよね?」
「……うん」
「大丈夫よ。『親友』は、ただ相手に甘いだけじゃ務まらないの。相手が間違った道へ進みそうになったら、誰より心を鬼にして、引っ叩いてでも目を醒まさせる役目も持ってるんだから」
自分が最も恐れていたことすら、咲夜は笑顔で大丈夫だと言い切ってみせた。
「……いいのか…? 本当に、私は誰かに甘えても、いいのか?」
とうとう、張り続けたメッキが剥がれていく。
「当り前よ。貴女が愛が欲しいなら愛を、弾幕が欲しいなら弾幕をプレゼントするわ。紅魔館のメイドはね、サービス満点がウリなのよ」
冗談混じりの口調で咲夜が告げた瞬間、魔理沙が振り返り咲夜を抱き返し、ベッドに押し倒した。
胸に顔をうずめながら泣き続ける魔理沙を、咲夜は笑顔のまま背中や髪を撫でながら抱きしめ続けた。
しばらくの後、魔理沙が咲夜から離れる。顔は赤く腫れてはいたが、その表情はいつものそれに戻っていた。
「……咲夜だけに、しとくぜ。私のこんな弱い所がいろんなやつに知られちまったら、それこそ生きていけないもん」
「それはそれは、光栄ですわ」
そう返し、魔理沙を寝かしたまま立ち上がる。
「じゃあ、私はもう仕事に戻るけど、しばらくこの部屋にいなさい。涙の痕、見られたくないでしょう?」
「……うん…そーする」
「何かあったら、呼んでちょうだい。すぐに来てあげるから。じゃあね」
「わかった。……ありがとう」
微笑みを返し、咲夜は魔理沙の前から姿を消した。
手持無沙汰になった魔理沙は、とりあえず近くにあった咲夜の枕を手に取り、抱きしめてみる。
「……いい匂いだ……」
さっきまでの咲夜と同じような匂いがし、心がまたも穏やかになっていく。
もしかしたらそんな効能の何かを使っているのかもしれない。
「……ホントに、ありがとう……」
そして、穏やかな心持ちのまま眠りに落ちた。
「……ん、寝ちまってたか…、お?」
目を覚まし、顔を上げてみると、テーブルの上には一杯の紅茶と一切れのケーキ。
『食べときなさい』と書かれたメモも付いていた。思わず苦笑する。
「……ホント、敵わないなぁ……」
椅子に腰かけ、味わう。甘く、どこまでも優しい味がした。
「さて、図書館に戻るか」
もう読書する時間はないかなと思いつつ、箒を取りに図書室に歩を進める。階段の位置は通りすがりのメイドに聞いた。
図書室のドアを開いてテーブルの元へ向かうと、意外そうな表情でパチュリーが出迎えた。
「あら、早かったわね」
「あ?」
「急に目の前から消えたから咲夜に捕まったのだろうけど、案外早く戻ってきたわね。もっとゆっくりしてくると思ってたのに」
何を言っているのだろうか、耳掃除の時間と咲夜に慰められた時間、寝入っていた時間と結構経ってたはずなのに。
最近取り付けられた傍にある柱時計を見てみると、自分が連れ去られてから10分ほどしか経っていなかった。
「……あれ?……ああ、まあな」
よくわからないが、問答に時間をかけることもないだろうと適当に話を終える。
「本は動かしてないから、好きに読みなさい。もってくのはダメよ」
「わーってるって……あ?」
「どうしたの?」
「い、いや。何でも」
「? そう……」
積み重ねられた本の間に、さっきと同じようなメッセージカードが挟まれていた。
(……やっぱり、敵わねーなぁ……)
『あの部屋だけ時間の流れを早くしといたから、部屋の外ではあんまり時間は経ってないわ。存分に読書なさい Dear Marisa』
自分が魔導書を読む時間を無駄にしないようにしてくれていた。そんな彼女の優しさに改めて感謝すると同時に、
新しい魔法を開発したら、いの一番に咲夜に見せてやろう、
そんなことを思いながら、魔理沙は中断させられた読書を再開した。
おまけ・翌日
「よーす霊夢ー……って、耳掃除してるのか?」
「あ、魔理沙。ちょうどよかった。ついでにあんたにもしてあげるわよ?」
「え!? い、いやいいぜ。昨日やったし」
「そうなの? 耳かき見つかったの? それとも新しく買った?」
「いやぁ、そんな余裕ないさ」
「……誰 か に し て も ら っ た とか?」
「(地雷踏んだ!!)い、いや? そんなわk」
「正直に言え!」
「咲夜ですごめんなさい!」
「あいつか……で?」
「で?って…何が?」
「こないだやった私と咲夜、どっちが気持ちよかったって聞いてんのよ」
「な、何でそんなこと」
「いいから答える!!」
「はいぃ! ど、どちらかと言うとー」
「どちらかと言うと!?」
「えーとぉー……さ」
バキィッ!!(←片手で耳かきを折った)
「ひい!」
「どっちが気持ち良かったってェ?」
「も、もちろんそりゃ、れ」
ベキィッ!!(←何かがへし折れた音)
「うわあ!?」
「わ、私の日傘が根元から折られた!?」
「こんにちは、霊夢、魔理沙」
「「咲夜!?」」
「で、魔理沙?」
「はいなんですか咲夜さん!」
「私と霊夢の…どっちが気持ちよかった?」
「え、ええー……?」
「そこなメイドより親友の私でしょ?」
「御奉仕能力に長けた私よね?」
「え、ええーとぉ…」
「さあ…」
「答えて頂戴…」
「う、うう~……」
「「さあ、どっち!?」」
「う……
う、うー☆」
「わ、私のしゃがみガード!!」
霊夢と咲夜が悶えて倒れた。ちゃんちゃん♪
紅魔館耳かきをこっちの世界に輸出してください
咲マリはもっと流行れ
次は聖マリをよろしくお願いします!
ところで紅魔館耳かきが欲しいのですが、いくら出せばいいですか?
すばらしかったです!
咲マリはもっと流行るべき
咲マリいいよね。フラマリもいいよね。レイマリもいいよね。