Coolier - 新生・東方創想話

別つ目・下

2009/03/04 23:28:08
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※「別つ目・上」からの続きとなっております。
先にそちらに目を通していただけるよう、お願いいたします!じゅわっち!












「咲夜。」

この呼びかけは、もう何度目になるだろうか。
太陽は先ほどから大あくびをして、今にも地平線という布団の中に、頭の先まで隠れてしまいそうだ。
空はもう、赤というには濃すぎる色をしている。
せっかちな月が黒衣のマントを翻し、陽と陰の境目をかき混ぜているせい。

普段ならそろそろ風呂に入る時間なのだが、今は風呂場に咲夜が立て篭もっていて、湯を沸かすことができない。
今夜は長期戦になりそうだな、と一人考えながら、美鈴は風呂場の戸を叩き続けるのだ。

咲夜、咲夜。

何度呼びかけても返事は無く、代わりにすすり泣くような声が、時々聞こえた。
必死に押し殺した嗚咽が、美鈴の耳に届く。
それがたまらなく切なくて、だからこそ美鈴はこの扉の前を離れないのだ。

「咲夜。」

今はきっと、何を言っても言い訳にしかならない。
それでも、どうしても言っておきたい言葉があった。
目を見て、しっかりと。
その体を抱きしめて、伝えておきたいことがあった。

「咲夜。」

出てきて、とは言えない。
ごめんね、とは・・・言わない。

謝って終わりにはしたくない。
自分が何を思って、どんな決意でいたのか。
そしてこれからどんな想いで咲夜を送り出すのか。
それを伝えぬまま、謝って終わりにしたくはなかった。

「咲夜。」

呼びかけるばかりで能がない。
けれど、今の自分にできるのはこればかり。
目を見て伝えたいと我侭を通し、謝って終わりたくないと頑なにいる。
かといって出てきてくれとは、言えない。
臆病で自分勝手な自分が唯一できる事、それは、ただその名前を呼ぶことだけだ。

彼女が来た日に、初めて自分から望んでくれた。
咲夜と呼ぶことを、願ってくれた。

だからこそせめて、想いをこめながら、その名を呼び続けよう。
たとえばそれが夜通しであっても、たくさんの日をまたぎ、驚くほどの時間が経ってしまったとしても。
咲夜があきらめて出てきてくれるまで、呼び続けよう。
仕方ないなぁと、やけに大人びた顔で笑ってくれるまで。

それからでも遅くはない。
そう思う。

「咲夜。」

何度目かの囁きは、もう吐息に近かった。
この想いが届けばいい。
願いながら、目を閉じる。
冷たい扉の前に跪き、祈るように額を押し当てた。

無機質なそれに触れても、咲夜の温もりを感じられるわけではなかったが。
それでも、この板一枚挟んだ向こう側に彼女がいるのだと思うと、なんだか無性に愛おしかった。

「寒くないですか。」

その愛おしさを抱きながら口を開いたら、不思議と、今までとは違う言葉が漏れる。
これだけ冷たい扉の向こう。
こちらの部屋とは違って暖かくないそこにいて、体が冷えてしまわないかと。
そう思っては、言えなかった「出てきて」を、言えるような気になった。

「・・・。」

扉の向こう側からの応答はなし。
苦笑して、美鈴はもう一度口を開く。

「寒かったらタオルケット、まいててくださいね。」

言ってから、我ながら気の利かない言葉だと思った。
言えるかと思った「出てきて」は、結局思うばかりで形にはならなくて。
それに少しだけ悲しくなったら、扉の向こうの気配が動く。

「・・・寒い。」

それは、小さな小さな呟きだった。
けれどまるで、美鈴には、その言葉が自分の背中を押してくれているような気がしたのだ。

「・・・じゃあ、出てきませんか?冷えますよ。」

我ながら滑稽なほど、声が震える。
跪いていた膝を立ち上げて、一歩下がった。

「咲夜。」

そうして促すように呼びかけると、目の前の扉がゆっくりと開く。
その影から、泣き腫らした顔の咲夜が出てきて、美鈴は胸が苦しくなった。
巨像に踏まれたとて、これほどに苦しいことなど無いだろう。
そう思う。

咲夜は俯き顔を上げなかったが、逃げようともしなかった。
だから美鈴はその肩にそっと手を置いて、いつかのように言ったのだ。

「お茶を淹れましょうね。コーヒーやココアもありますよ。」

言ってから、あぁ、気の利かない台詞だなぁと、苦く・・・笑った。





■  ■  ■  ■





「咲夜。」

呼びかけは一度きり。
後につづく言葉は無かった。

暖かいミルクティーを飲んだ咲夜は、まだ目が赤く充血していたけれど、それでも泣いて美鈴を拒絶する事はしない。
むしろその瞳は穏やかで、湖面のような静けさに、思わず美鈴が息を呑んだくらいだ。

「私は・・・。」

何を、何から。
どう話せばいいのか迷う美鈴を見つめながら、咲夜が先に口を開く。

「私は、美鈴と一緒にいたい。」

そしてぽろりとそんなことを言うから、鼻の奥がつんと痛んだ。
なんて、素直な一言だろう。
目を細める美鈴から、咲夜はゆっくりと視線を外す。
空になったカップを手で玩びながら、ぽつりぽつりと、小さな声で話し続けた。

「美鈴と一緒に門番をやって、美鈴と一緒に寝て、美鈴と一緒に食事をして。」

指折り数えるように。
まるで歌うように、咲夜は言う。

「そんな風に、すごしていたい。」
「咲夜・・・。」
「でもね。」

何かいいかけた美鈴を遮って、咲夜は口元だけで微笑んだ。
少し伸びた前髪が少女の顔を隠し、その全貌は窺えない。

「でもね。美鈴が嫌になったって言うなら、仕方ないなって。」

呟く言葉は、所々かすれて、震えていた。

「この半年間、ずっと一緒にいてくれたものね。私につきっきりで・・・、疲れたよね。」

泣いているのだろうか。
カップを掴む手が白くなって、時々ひくりと、小さな肩が揺れる。
何か言わなければ。
そう思うのに、喉が熱くて、美鈴は言葉を搾り出すことができなかった。

重い沈黙が、部屋に響く。
何かを言おうと苦しみながら、それでも美鈴は何も言えない。
思い浮かぶのは陳腐な言葉ばかりで、これでは咲夜の不安や悲しみを煽るだけだ。
それでも何か、何か一言言わなければ。

生まれてからこれまで、誰かのためにこれほど苦しんだことがあっただろうか。
場違いな感慨を抱きながら、咲夜の肩に手を伸ばす。
触れても、いいのだろうか。
この瞬間に。

ためらう自分の手のひらが、その細くて小さな肩に触れる直前。
空っぽのティーカップに、透明な雫がぽたりと落ちた。

ぽつぽつと、いくつも落ちては、はじけていく雫。
透明なそれが涙だと気付くまでに、少しかかった。

「ごめ・・・っ!」

慌てたように、咲夜が口元を覆う。
尻切れトンボな謝罪が、思いのほか大きく部屋に響いた。

「ごめ、ごめんなさい・・・っ。ごめん・・・っ!」

何度も謝罪を繰り返しながら、乱暴にティーカップを置いて立ち上がる。
がたりと大きな音がして、椅子が倒れた。

「咲夜!!」
「離して!!」

走り去ろうとする背中を、寸でのところで捕まえる。
それに彼女は抵抗したが、美鈴はそれを、ただ抱きしめることで押さえ込んだ。

「離してよ・・・!!」
「嫌です。」
「はなして・・・っ。」
「・・・いやだ。」

小さな体は、力を入れすぎたら折れてしまいそうで。
壊してしまったらどうしようと震えながら、美鈴は咲夜を抱きしめる腕に力をこめる。

「優しくしないで・・・。」
「咲夜・・・。」
「邪魔になったんでしょ?!だったら優しくしないでよ・・・っ!!」

もがく体が腕の中で軋むが、それでも美鈴は、腕の力を緩める事はしなかった。

離して、と。
咲夜が懇願する。

どうして離せるというのだろう。
自分を好きだといってくれる少女を。
離れることを悲しんでくれる、この子を。

「・・・離しません。」

ねぇ。
ゆっくりと、自分自身に問いかける。
私は、この子が邪魔だった?
答えはすぐさま返ってくる。

そんなことは無い。そんなことありえない。
傍にいてくれるだけで暖かくて、微笑んでくれれば嬉しくなる。
彼女の一喜一憂がそのまま自分自身の一喜一憂だったというのに、邪魔になんて思うものか。

いつもこの子を知ろうと心がけて、笑顔になってくれる方法を模索していた。
それは確かに疲労を伴う時期もあったけれど、決して嫌などではなかった。
思い返せば暖かくて、まだほんの半年間のことなのに、まるで宝石のようだ。
長い長い自分の一生のうち、瞬きにも満たない期間だというのに。
これほど大切に抱いて、微笑んでいる。

その想いをくれたのは咲夜なのに、そんな少女を邪魔に思うはずも無かった。

「・・・邪魔なんかじゃない。」
「うそ。」
「邪魔なんかじゃないんです。違う。」
「・・・うそ。」

抱きしめた少女の髪に、頬を寄せる。
全身で包み込むように抱きしめながら、美鈴はもう一度、違うと言った。

「邪魔になったわけでも、疲れたわけでもありません。」
「・・・・・。」
「あぁ、こんなことになるなら、もっと早くから話をしておけばよかった。」

腕の中の咲夜は、もう抵抗はしない。
ただ体を固くしていて、その様子がまるでこの邸に初めて来たときのようで、少しだけ悲しかった。

「私はね、咲夜。貴女をだましたつもりも、体よく追い出そうとしたつもりもありません。」

言葉を選びながら、ゆっくりと話していく。
息を吸い込んだら、子供特有の甘い匂いがした。

「貴女は磨けば光る、まだまだ、無限の世界が広がっています。だからこそ、私は選ばなければならなかった。」

半年。
お遊びは、そこまでが限度だったのだ。
咲夜に、紅魔館で生きていく術を掴ませるには、行動を始めなければならなかった。

「咲夜、貴女は、空を直視できませんね。」
「・・・っ!」

次いで美鈴が言った言葉に、咲夜はびくりと肩を揺らす。
体は口よりも饒舌に、その言葉を肯定した。

「以前から、貴女を見ているときに感じる違和感が何なのか、考えていました。」

それは、外に出るときほど顕著で、懸念は推測に変わり、その推測が確証に変わるまで、大した時間はかからなかった。

「人は外に出たとき、無意識に空を扇ぐ。隣にいる連れがそうしたなら、なおさらです。」

けれど咲夜は、美鈴が空を見上げても、つられて顔を上げる事はしない。
はじめは興味が無いのかと思ったが、それは彼女が寝込んだ時に否定された。
むしろ興味はあり気なのに、それでも見ないのは、何故か。

「強すぎる光を、直視できないんですね。」

咲夜は夜目が利く。
夜の闇の中でも、正確に相手の位置を把握し、迷い無く足を踏み出せた。
人間としてはあり得ないほど、夜に慣れているのだ。

けれど、鍛えられた目は、同時に弱点にもなっていて。
常に開いている瞳孔は、過多に光を吸収し、眩暈にも似た感覚を、咲夜に与え続けていた。

「妖怪と対峙する様子を見ていて思ったんです。相手が大きければ大きいほど、攻撃の回数が増えていると。」

いくら体躯が大きかろうと、急所を心得ている咲夜ならば一撃で倒すことなど造作も無い。
だというのに、相手の上背があればあるほど、立ち止まり悩む場面が多かった。

「空を背にされると、光が溢れて前が見えなくなるのでしょう。」

それはこの間の戦いで、改めて確信へと変わった。
反射神経が鋭すぎて、ゆっくりな動きに対応できないのかとも考えたが、流水の動きにはきっちりと常人並みの反応を示した。
動体視力には、ずば抜けたものは見られなくて。
ならばと空を背につけ攻撃したら、まさしく予想通りの反応。

あぁ、この子は空を直視できないんだ。
すばやく急所をとりに行きながら、そう思ったのだ。

「ねぇ咲夜。人には、分相応、というものがあります。」

抱きしめる小さな体は、もう抵抗はしない。
今では、体に入っていた力も抜け、その体重は美鈴の腕に預けられていた。

「門番を続ける限り、空には向き合い続けなければいけません。」

もしかしたらその能力のせいで、不覚を取る事だってあるかもしれないのだ。
そうなってしまう前に、手を打っておきたかった。
どうしても。

「私は貴女を追い出したかったわけじゃないんです。ただ、その力を存分に発揮できる場所を作ってもらいたかった。それだけなんです。」

抱きしめる腕を、ようやく解いた。
振り向いた咲夜は、精一杯腕を伸ばして、中腰の美鈴の首に腕を回す。

「どうしてそういうことを、今になって言うの・・・っ!」
「すみません。」

門番としての生活習慣が完全についてしまったら、屋敷内メイドとして働き出すのは難しくなる。
だからと急いた結果がこれでは、目も当てられなかった。

「咲夜、私はね、思うんです。」
「うん。」
「貴女がここに来たのは、運命だったんじゃないかなって。」

それがたとえば、元来あったものか、能力者によって手繰り寄せられたものか。
そんなの、この際どちらでもかまわない。

「私は敵を切り裂く一振りの剣であり、貴女は身を守る懐刀であった。そう思ったら、綺麗に当てはまって、なんだか嬉しいでしょう?」

膝をついて、同じ高さで咲夜を抱きしめたら、美鈴の言葉に頷くように、先ほどよりも強く、その腕が首に絡んだ。
あぁ、愛おしい。

「お互いに在るべき場所があって、それを全うすることで一緒にいられるなら、それに勝る幸いもありません。」

頬を摺り寄せると、さらさらとした銀灰の髪があたってくすぐったかった。
泣いているのだろうか。
時々震える背中を撫でさすって、美鈴は目を閉じる。

事前にこのことを言わなかったのは、咲夜本人からこの事実を聞きたくなかったからかもしれない。
できれば、自分の見間違いでありますように、と。
そう知らず知らず願っていたのかもしれなかった。

あぁ、一緒にいたかったんだ。
今更再認識しながら、美鈴は咲夜の背に回す腕の力を強くする。
その力に押されるように吐き出された息が、ただ熱く美鈴の首元を撫でていった。

「すき、めいりん。」

囁きは、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さくて。
けれども、しっかりとそれを聞き取った美鈴は、嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む。
抱きしめた体は相変わらず軽く、小さくて。

あぁ、どうか、と。
この体温と共に在れる未来を、強く願った。

「私も好きですよ、咲夜。」

返す囁きもまた、部屋に溶けていく。



今日で二人の道は別れるけれど、これは悲しいものではない。
お互いが笑い続け、未来で共に在る為の、大切な布石なのだ。

それをしっかりと理解しながらも、この温もりを離すことが名残惜しくて。
今生の別れというわけでもないのに、この日二人は、いつまでもお互いの心を抱きしめていた。
こんばんは狗月です。

別つ目・下。ということで。いかがでしたでしょうか。
なんだか今回は感情が先行して、なかなか文章がついてきてくれませんでした。
何度も漢字の間違いをしたのですが・・・自分では中々気付かぬものですねぇ。
美鈴がめりんになっているのに気付かず、読み流した回数が片手で足りないほどに。それにしても、めりんて・・・。
まだまだ修正点がありそうで怖いなぁ・・・。

相変わらずの妄想がどかどか詰め込まれております拙作ですが、目を通してくださり、ありがとうございました。
誤字脱字等がありましたら、ご一報お願いいたします。
ではまた、次回があればノシ
狗月
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コメント



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1.100煉獄削除
良いですねぇ……美鈴の咲夜さんに対する愛情が溢れててとても素敵ですね。
これから館の内部で咲夜は活躍していくのでしょうか。
次回がどうなるのか、とても楽しみですね。
期待してます。
8.100名前が無い程度の能力削除
好きな人と一緒に空を見たい、そんなささやかな願いさえ奪われた咲夜に
道を指し示す美鈴の優しさ。感涙ものです。
咲夜が最初からメイド長候補として育てられるというSSが多いなか、
今回のような話はすごく新鮮でした!次回を楽しみにしています!
14.100名前が無い程度の能力削除
ああ、このめーさくはいいわ

もうなんか泣けてきた…
17.100名前が無い程度の能力削除
お姉さん美鈴と小さい咲夜さんが愛おしすぎる
21.100名前が無い程度の能力削除
めーさくはいいね…ありがとう!
31.100名前が無い程度の能力削除
おかしいなぁ・・・・・目から汗が・・・・・・
素晴らしいめーさくをありがとう・・・・・!!!
33.100名前が無い程度の能力削除
ああ、だから別つ目だったのか……!
34.100名前が無い程度の能力削除
せつないな…
空が見れないという設定も中々いいですね。
次回作楽しみにしてます!
39.100名前が無い程度の能力削除
美鈴の言葉ひとつひとつに、なんかもう涙が出てきました。
そして心が温まる…感動を有難う!
43.100名前が無い程度の能力削除
言葉がでてこない……
素晴らしい
46.100名前が無い程度の能力削除
ああっもう
めーさく最高っ