流星からの物質X
1
その日、買い出しがてらに人間の里をぶらぶらしていた霧雨魔理沙は、里の者が口々に「博麗神社に流星が落ちたらしい」と噂しあっているのを耳にするや、慌てて箒にまたがり全速力で幻想郷の空を翔んだ。
幻想郷最速の烏天狗・射命丸文も真っ青になる勢いで博麗神社へ急行した彼女は境内へ一気に降下し、轟音を伴って着地しながら、大声で叫んだ。
「霊夢! 霊夢ぅぅぅ!」
境内に響いたものすごい音に驚いてか、すぐさま神社の主、博麗霊夢が社務所の方から姿を見せ、魔理沙の姿を認めると呆れたようにため息をついた。
「何事かと思ったら、あんただったの。驚いて損した。なによ、そんな血相かえて」
「え、あ、いや、神社に流星が落ちたって耳にしたから、その……」
思っていたよりも元気そうで平然としている霊夢に、魔理沙はしどろもどろになりつつ答える。すると、霊夢はにぃ、と口元に意地悪な笑みを浮かべ、
「ふぅん、心配して、来てくれたんだ?」
「なっ!? ば、ばばば、ばか言うな! からかいに来ただけだ!」
「はいはい、ありがと。さっさと上がったら? どうせお茶飲んでいくんでしょ」
と言いおいて、霊夢は先に社務所の方へ戻っていった。
――どうも、想像していたほど大事ではなかったらしい。この空回った気持ち、どうしてくれようか……魔理沙は腑に落ちない様子で顔をしかめつつも、霊夢の後に続いた。
2
出されたお茶をひとすすりして、一呼吸置いてから、
「それで……」
と魔理沙は話題をきりだした。
「神社に流星が落ちたってのは、本当なのか?」
「ええ。落ちたあと見なかったの? 真夜中にいきなり、ずどん。びっくりよ、まったく。夜襲でも仕掛けられたのかと思ったわ」
「ははっ、そりゃとんだ命知らずもいたもんだ。で、その落ちた流星、どうしたんだ?」
「あれなら本殿に飾ってるわよ。丁重にね。参拝客が見物に来るかも知れないし」
「いや、それはどうかな……」
里の人間たちの様子は、完全に気味悪がっているそれだった。もともと里で妖怪神社と揶揄される高い悪名に、箔が付いたようにしか魔理沙には思えない。
だが、霊夢のためを思ってあえてみなまでは言わずに、
「とにかく、その、落ちた流星ってのを私にも見せてもらいたいな」
「本堂にあるから、ご自由にどうぞ」
「なんだ、ついてきてくれないのか」
「一人でいきなさいよ、それくらい。子供が夜に小用を足しに行くんじゃないんだから」
「もし流星から変なものが出てきて、私が食べられでもしたらどうするんだよ」
「その時は、その変なものを退治してから、ねんごろに弔ってあげるわ」
「大切なものは失ってから気づいても遅いんだぜ?」
「……はぁ、わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
「そうこなくっちゃ」
へっへっへ、と笑って、さっそく霊夢の手を取り、ひっぱるようにして本堂へ向かう。
何の神様を祀っているのか、どんなご利益があるのかすら定かでない博麗神社の本堂には、霊夢が異変解決の際に用いる陰陽玉がおさめられているのだが、今日はそれに隣り合うようにして、握りこぶし二つ分ほどの大きさをした石の塊が飾られていた。
「これが例の流星か?」
「いかにも」
「なんというか、石だな」
「石ね。どこからどうみても」
素直に返す霊夢。自分で飾っておきながら、この言い草である。
「それじゃあ、星じゃないじゃないか。星ってのはもっとこう、とげとげして、きらきらしてるものだろ」
「私に言われてもねぇ。そこはかとなく、きらきらしている気はするけれど」
「うん、まぁ、言われてみれば確かに……」
煌めいている気はしないでもないが、それでも目の前にある物体は、魔理沙の思い描く星の姿形から外れているものに違いなかった。こんな石の塊を星だと言われてもおいそれと信じることはできない。
胡乱げな眼差しで霊夢の言う“流星”を眺めているうち、ふと、魔理沙はどこかから妙な水音が聞こえてくるのに気がついた。
「なぁ、霊夢。何か聞こえないか」
「何かって何よ」
「水が滴るような音」
「するかしら、そんなの」
言われて、霊夢も耳をすませてみた。すると、聞こえた。ぴちゃん、ぴちゃんという音だ。
「やだ、雨漏りかしら」
「雨も降ってないのに?」
「降るかもしれないじゃない。最強の雨女が私の隣にいるんだから」
「だから人を妖怪みたいに言わないでくれ……」
軽口を叩き合いつつも、二人は音の出処を探している。そして、ついに気づいた。申し合わせたように、二人の視線がある一つの物体に注がれる。
霊夢の飾った、流星であった。よくよく見てみると、亀裂のようなものが流星にはしっており、その亀裂から水がこぼれ、飾り台から滴っている。音の原因はまさしくこれだった。おまけに床にできあがった水たまりは、なんとも形容のしがたい、不気味で冒涜的な色彩を放っているではないか。
魔理沙と霊夢は無言で顔を見合わせ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
3
「――なるほど、それでそいつを僕のところにかつぎ込んだというわけか」
読みかけていた本をいささか不機嫌そうに閉じ、森近霖之助は深々とため息をついた。魔法の森に建つ古道具屋「香霖堂」でのことである。
霖之助の前には並んで正座をしている魔理沙と霊夢がいて、さらに両者の間に、木綿で厳重に包装された例の流星が置かれている。
店のはしっこの方へ置いておけばきっとバレないはず、と意見を一致させた二人が香霖堂に忍び込もうとするもあっさり見つかってしまい、霊夢が手にしていた木綿の塊を目ざとく見つけた霖之助が、店の品物を盗まれたのかと思って二人をそこに正座させ、ことの顛末を説明させたところであった。
「まったく、得体のしれないものを勝手に持ち込まないでほしいね」
「得体のしれないものばかり扱ってるくせに」
「うるさいよ、魔理沙。確かに君らにとっては得体がしれないものかもしれないけれど、うちの品物の安全性は、この僕が保証済みなんだ」
「なんだか説得力がないわね」
「……ふたりとも、それをもっていますぐ店から出て行くかい?」
途端に霊夢と魔理沙が「ごめんなさい」と声を合わせる。
「やれやれ、それにしても星だって? そんなもの、どこから拾ってきたんだ」
「拾ったわけじゃないわ。落ちてきたの。神社に」
「へぇ、それはすごいな。星が落ちるなんてそうそうあることじゃない」
「こんなこと、そうそうあってたまりますか」
「ちょっと前に神社が潰れたばっかだしな」
「まったくよ。これはきっと妖怪の陰謀に違いないわ」
つい先刻までその流星で参拝客を稼ごうとしていた巫女はどこの誰だろうな、という言葉を魔理沙はぐっと飲み込んだ。
「妖怪の陰謀かどうかはさておくとして……香霖、こいつはほんとにその、流星なのか? どこからどうみてもただの石の塊なんだが」
「どれどれ?」
霖之助はあっさりと木綿の包みを解いて、件の流星の全貌を眼に収めた。
「な? 石っころだろ? 絶対星じゃないよな、これ」
「ああ……なるほど」
霖之助はどこか納得したようにため息をついて、
「たしかに流星じゃないね。かといって、ただの石ころというわけでもない。君には残念なことかもしれないが、これは星だよ。広い意味で言えば、だけれど」
「……流星じゃないのに星ってどういう意味だ? わけがわかんないぜ」
「まぁ、待ちなさい。一つ一つ説明していくから」
これは長くなりそうだと悟った二人がこっそりと正座を崩し、楽な姿勢を取りはじめるのをよそに、居住まいを正した霖之助が咳払いをして、一席ぶつ準備を終えた。
「まず、君たちの持ち込んできたものは流星ではなく、隕石と呼ばれるものだ。そもそも流星は地上に落下することがない。流星というのはね、箒星――外の世界では彗星と呼ぶらしいが、ともかく、その箒星から放出された小さな天体がこちらへ降り注ぐことで発生するんだ。でもその天体は塵みたいなものでね、地上に到達するまえに燃え尽きてしまう。一方、隕石というのは小さな天体には違いないけれど、発生元が違うし成分も異なる。おまけにそれが地上に飛来するときは、流星とは比べ物にならないくらい輝くし、落ちた時に発せられる音や衝撃は凄まじいものがある。というわけで、隕石と流星は幅広い意味では同じ“星”であるけれど、厳密には違うものなのさ」
「つまり、どういうこと?」
「分かった。ようは言い方の問題ってことだろ?」
「ざっくり言うと、そういうことになるかな」
「なんだ、だったらはじめからざっくり言ってよ。ただでさえ霖之助さんは話が長いんだから」
「悪かったね。これが性分だよ」
「ところで、いんせき……だったか? これから妙な色をした水が溢れてたんだけど、どっちも危険はない、よな……?」
「さて、それはなんとも言えないな。隕石のおおもとである天体が存在する“宇宙”というのは幻想郷はおろか、外の世界の資料をもってしてもすべてを解明することのできない未知の空間であるらしい。だから、僕達の想像もつかないような、それこそ妖怪なんか比べものにならないくらい恐ろしい生き物が存在している可能性もある。真偽はさておくとして、一説によると、目の当たりにするだけで正気を失ってしまうようなとんでもない化物もいるそうだし……」
「妖怪よりも……」
「恐ろしい……」
息を呑んだ魔理沙と霊夢は視線を交え、ひとつ頷きあい、
「い、いやぁ、用事思い出しちまった。ためになる話をありがとな、香霖」
「私もやることがあったんだった。今日はありがとう、霖之助さん」
「なんだ、もう帰るのか。そういえば、これはどうするんだい」
隕石を指して言う霖之助へ、霊夢が、
「あげるわ。ツケの足しにでもして」
「いや、しかし……」
「それじゃあ!」
逃げ出すようにして店を出た二人をなすすべなく目で追い、霖之助は再び隕石へ視線を向けて、肩をすくめた。
隕石は資料としては貴重なものだが、たまりにたまったツケの足しになるような金銭的価値があるようには思えない。ともあれ、めったに手に入るものではないから、ありがたく頂戴することにしておこうと彼は決めた。
隕石が地上へ落ちるのは、外の世界では珍しいことではないらしい。だが幻想郷へ隕石が落ちたという話はあまり聞かない。
幻想郷は博麗大結界によって外の世界から隔離された空間に存在するのだが、この幻想郷から見える空の遥か彼方、星の輝く宇宙も外の世界とこちら側では同じものなのか違うものなのかは、非常に興味深い謎だ。
霖之助が語った妖怪よりも恐ろしい化物の話は、外の世界の創作物に出てくる架空の存在だが、宇宙という未知なる空間には想像もつかないような生物が息づいている可能性は十分にある。
そういったものが実際に存在し、外の世界で忘れ去られ不要となり、幻想郷へ現れようものなら、どんな異変の元凶となるか……。
霖之助は隕石のことを考えた。
二人に押し付けられたこの隕石には亀裂が走っていて、その亀裂から中身を見ることができる。魔理沙は妙な色をした水が中からこぼれていたと言っていたが、見たところ、そのような水は隕石の中にもう残っていない。空っぽなのだ。
危険があるとすれば、その妙な色をした水である可能性が高いが、それを指摘する前に二人は帰ってしまった。妙な色の水、その正体は、果たして……。
そういえば、外の世界では未知の存在、物質をXという言葉であらわすらしい。隕石からこぼれた未知の水、X。二人の言い方を借りるなら、さしずめ流星からの物質Xといったところか。
あれに危険性があるのなら、多少、二人のことが心配にならないこともないが、
――まぁ、あの二人ならきっとなんとかするだろう。
そう思って、霖之助は読みかけの書物を再び開くのであった。
4
一目散に香霖堂を逃げ出した魔理沙と霊夢は、とぼとぼと帰途についていた。霖之助の話を聞いて、ふたりともどこか疲れきった様子である。
「あれがそんな危険そうなものだったなんて、思いもしなかったわ」
「私もだぜ。いくら落ちてきたからといって、変なものは拾うもんじゃないな……」
はぁ、と深く息をつき、
「さて、私はおとなしく家に帰るかな」
呟く魔理沙に、霊夢がびっくりして、
「え、今日は寄ってかないの」
「いや、あんな話きいたあとだしな……」
「待ってよ、私を一人にするの?」
「一人にするって……あの水はうまいこと片付けたじゃないか。もう危険はないだろ、たぶん。わからんが」
「そんなこといって、片付けた水が化物に変わって私が食べられちゃったらどうするのよ」
「そのときはほら、あれだよ。どうにかして化物を退治して、ねんごろに弔ってやるから」
「魔理沙」
ぐっと袖を引かれ、霊夢を見た魔理沙は彼女の、顔を真赤にした何か言いたげな潤んだ表情に、思わず胸を高鳴らせた。
「な、なんだよ。怖いなら怖いって、そう言えよ」
「怖くない! ……怖くないけど、なんか嫌なのよ。神社に一人でいるの」
いつも一人でいるくせに――そう言おうとして、けれどめったに見ることのできない霊夢のしおらしい姿があまりにも可愛かったので、言いかけた言葉を腹の中へ戻し、霊夢の頭へぽんと手をおいて、
「ったく、仕方ないな。今夜は魔理沙さんがたっぷり甘えさせてやるよ。怖がり霊夢」
「だから、怖くないってば――」
などとかしましく言いあいをしながら、二人は博麗神社へ向かうのだった。
翌日、博麗神社の周りに生い茂る植物がのきなみ奇形化するという異変が起こった。
瘴気立ち込める神社の中を涙目になりながら駆けずり回った魔理沙と霊夢は、例の隕石からこぼれた水が原因であることを突き止めた。
霊夢が氏神様の力を借り、土地の浄化を行うと、神社の地面から名状しがたい色彩をした一筋の光が立ち上り、雲を引き裂いて空の彼方へと消え去っていった。
流星が落ち、次には神社から奇妙な光が天へ奔っていった――その話は人間の里でたちどころに広まってしまい、こうしてまた、博麗神社から参拝客の足が遠のくのであった。
流星からの物質X 了
1
その日、買い出しがてらに人間の里をぶらぶらしていた霧雨魔理沙は、里の者が口々に「博麗神社に流星が落ちたらしい」と噂しあっているのを耳にするや、慌てて箒にまたがり全速力で幻想郷の空を翔んだ。
幻想郷最速の烏天狗・射命丸文も真っ青になる勢いで博麗神社へ急行した彼女は境内へ一気に降下し、轟音を伴って着地しながら、大声で叫んだ。
「霊夢! 霊夢ぅぅぅ!」
境内に響いたものすごい音に驚いてか、すぐさま神社の主、博麗霊夢が社務所の方から姿を見せ、魔理沙の姿を認めると呆れたようにため息をついた。
「何事かと思ったら、あんただったの。驚いて損した。なによ、そんな血相かえて」
「え、あ、いや、神社に流星が落ちたって耳にしたから、その……」
思っていたよりも元気そうで平然としている霊夢に、魔理沙はしどろもどろになりつつ答える。すると、霊夢はにぃ、と口元に意地悪な笑みを浮かべ、
「ふぅん、心配して、来てくれたんだ?」
「なっ!? ば、ばばば、ばか言うな! からかいに来ただけだ!」
「はいはい、ありがと。さっさと上がったら? どうせお茶飲んでいくんでしょ」
と言いおいて、霊夢は先に社務所の方へ戻っていった。
――どうも、想像していたほど大事ではなかったらしい。この空回った気持ち、どうしてくれようか……魔理沙は腑に落ちない様子で顔をしかめつつも、霊夢の後に続いた。
2
出されたお茶をひとすすりして、一呼吸置いてから、
「それで……」
と魔理沙は話題をきりだした。
「神社に流星が落ちたってのは、本当なのか?」
「ええ。落ちたあと見なかったの? 真夜中にいきなり、ずどん。びっくりよ、まったく。夜襲でも仕掛けられたのかと思ったわ」
「ははっ、そりゃとんだ命知らずもいたもんだ。で、その落ちた流星、どうしたんだ?」
「あれなら本殿に飾ってるわよ。丁重にね。参拝客が見物に来るかも知れないし」
「いや、それはどうかな……」
里の人間たちの様子は、完全に気味悪がっているそれだった。もともと里で妖怪神社と揶揄される高い悪名に、箔が付いたようにしか魔理沙には思えない。
だが、霊夢のためを思ってあえてみなまでは言わずに、
「とにかく、その、落ちた流星ってのを私にも見せてもらいたいな」
「本堂にあるから、ご自由にどうぞ」
「なんだ、ついてきてくれないのか」
「一人でいきなさいよ、それくらい。子供が夜に小用を足しに行くんじゃないんだから」
「もし流星から変なものが出てきて、私が食べられでもしたらどうするんだよ」
「その時は、その変なものを退治してから、ねんごろに弔ってあげるわ」
「大切なものは失ってから気づいても遅いんだぜ?」
「……はぁ、わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
「そうこなくっちゃ」
へっへっへ、と笑って、さっそく霊夢の手を取り、ひっぱるようにして本堂へ向かう。
何の神様を祀っているのか、どんなご利益があるのかすら定かでない博麗神社の本堂には、霊夢が異変解決の際に用いる陰陽玉がおさめられているのだが、今日はそれに隣り合うようにして、握りこぶし二つ分ほどの大きさをした石の塊が飾られていた。
「これが例の流星か?」
「いかにも」
「なんというか、石だな」
「石ね。どこからどうみても」
素直に返す霊夢。自分で飾っておきながら、この言い草である。
「それじゃあ、星じゃないじゃないか。星ってのはもっとこう、とげとげして、きらきらしてるものだろ」
「私に言われてもねぇ。そこはかとなく、きらきらしている気はするけれど」
「うん、まぁ、言われてみれば確かに……」
煌めいている気はしないでもないが、それでも目の前にある物体は、魔理沙の思い描く星の姿形から外れているものに違いなかった。こんな石の塊を星だと言われてもおいそれと信じることはできない。
胡乱げな眼差しで霊夢の言う“流星”を眺めているうち、ふと、魔理沙はどこかから妙な水音が聞こえてくるのに気がついた。
「なぁ、霊夢。何か聞こえないか」
「何かって何よ」
「水が滴るような音」
「するかしら、そんなの」
言われて、霊夢も耳をすませてみた。すると、聞こえた。ぴちゃん、ぴちゃんという音だ。
「やだ、雨漏りかしら」
「雨も降ってないのに?」
「降るかもしれないじゃない。最強の雨女が私の隣にいるんだから」
「だから人を妖怪みたいに言わないでくれ……」
軽口を叩き合いつつも、二人は音の出処を探している。そして、ついに気づいた。申し合わせたように、二人の視線がある一つの物体に注がれる。
霊夢の飾った、流星であった。よくよく見てみると、亀裂のようなものが流星にはしっており、その亀裂から水がこぼれ、飾り台から滴っている。音の原因はまさしくこれだった。おまけに床にできあがった水たまりは、なんとも形容のしがたい、不気味で冒涜的な色彩を放っているではないか。
魔理沙と霊夢は無言で顔を見合わせ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
3
「――なるほど、それでそいつを僕のところにかつぎ込んだというわけか」
読みかけていた本をいささか不機嫌そうに閉じ、森近霖之助は深々とため息をついた。魔法の森に建つ古道具屋「香霖堂」でのことである。
霖之助の前には並んで正座をしている魔理沙と霊夢がいて、さらに両者の間に、木綿で厳重に包装された例の流星が置かれている。
店のはしっこの方へ置いておけばきっとバレないはず、と意見を一致させた二人が香霖堂に忍び込もうとするもあっさり見つかってしまい、霊夢が手にしていた木綿の塊を目ざとく見つけた霖之助が、店の品物を盗まれたのかと思って二人をそこに正座させ、ことの顛末を説明させたところであった。
「まったく、得体のしれないものを勝手に持ち込まないでほしいね」
「得体のしれないものばかり扱ってるくせに」
「うるさいよ、魔理沙。確かに君らにとっては得体がしれないものかもしれないけれど、うちの品物の安全性は、この僕が保証済みなんだ」
「なんだか説得力がないわね」
「……ふたりとも、それをもっていますぐ店から出て行くかい?」
途端に霊夢と魔理沙が「ごめんなさい」と声を合わせる。
「やれやれ、それにしても星だって? そんなもの、どこから拾ってきたんだ」
「拾ったわけじゃないわ。落ちてきたの。神社に」
「へぇ、それはすごいな。星が落ちるなんてそうそうあることじゃない」
「こんなこと、そうそうあってたまりますか」
「ちょっと前に神社が潰れたばっかだしな」
「まったくよ。これはきっと妖怪の陰謀に違いないわ」
つい先刻までその流星で参拝客を稼ごうとしていた巫女はどこの誰だろうな、という言葉を魔理沙はぐっと飲み込んだ。
「妖怪の陰謀かどうかはさておくとして……香霖、こいつはほんとにその、流星なのか? どこからどうみてもただの石の塊なんだが」
「どれどれ?」
霖之助はあっさりと木綿の包みを解いて、件の流星の全貌を眼に収めた。
「な? 石っころだろ? 絶対星じゃないよな、これ」
「ああ……なるほど」
霖之助はどこか納得したようにため息をついて、
「たしかに流星じゃないね。かといって、ただの石ころというわけでもない。君には残念なことかもしれないが、これは星だよ。広い意味で言えば、だけれど」
「……流星じゃないのに星ってどういう意味だ? わけがわかんないぜ」
「まぁ、待ちなさい。一つ一つ説明していくから」
これは長くなりそうだと悟った二人がこっそりと正座を崩し、楽な姿勢を取りはじめるのをよそに、居住まいを正した霖之助が咳払いをして、一席ぶつ準備を終えた。
「まず、君たちの持ち込んできたものは流星ではなく、隕石と呼ばれるものだ。そもそも流星は地上に落下することがない。流星というのはね、箒星――外の世界では彗星と呼ぶらしいが、ともかく、その箒星から放出された小さな天体がこちらへ降り注ぐことで発生するんだ。でもその天体は塵みたいなものでね、地上に到達するまえに燃え尽きてしまう。一方、隕石というのは小さな天体には違いないけれど、発生元が違うし成分も異なる。おまけにそれが地上に飛来するときは、流星とは比べ物にならないくらい輝くし、落ちた時に発せられる音や衝撃は凄まじいものがある。というわけで、隕石と流星は幅広い意味では同じ“星”であるけれど、厳密には違うものなのさ」
「つまり、どういうこと?」
「分かった。ようは言い方の問題ってことだろ?」
「ざっくり言うと、そういうことになるかな」
「なんだ、だったらはじめからざっくり言ってよ。ただでさえ霖之助さんは話が長いんだから」
「悪かったね。これが性分だよ」
「ところで、いんせき……だったか? これから妙な色をした水が溢れてたんだけど、どっちも危険はない、よな……?」
「さて、それはなんとも言えないな。隕石のおおもとである天体が存在する“宇宙”というのは幻想郷はおろか、外の世界の資料をもってしてもすべてを解明することのできない未知の空間であるらしい。だから、僕達の想像もつかないような、それこそ妖怪なんか比べものにならないくらい恐ろしい生き物が存在している可能性もある。真偽はさておくとして、一説によると、目の当たりにするだけで正気を失ってしまうようなとんでもない化物もいるそうだし……」
「妖怪よりも……」
「恐ろしい……」
息を呑んだ魔理沙と霊夢は視線を交え、ひとつ頷きあい、
「い、いやぁ、用事思い出しちまった。ためになる話をありがとな、香霖」
「私もやることがあったんだった。今日はありがとう、霖之助さん」
「なんだ、もう帰るのか。そういえば、これはどうするんだい」
隕石を指して言う霖之助へ、霊夢が、
「あげるわ。ツケの足しにでもして」
「いや、しかし……」
「それじゃあ!」
逃げ出すようにして店を出た二人をなすすべなく目で追い、霖之助は再び隕石へ視線を向けて、肩をすくめた。
隕石は資料としては貴重なものだが、たまりにたまったツケの足しになるような金銭的価値があるようには思えない。ともあれ、めったに手に入るものではないから、ありがたく頂戴することにしておこうと彼は決めた。
隕石が地上へ落ちるのは、外の世界では珍しいことではないらしい。だが幻想郷へ隕石が落ちたという話はあまり聞かない。
幻想郷は博麗大結界によって外の世界から隔離された空間に存在するのだが、この幻想郷から見える空の遥か彼方、星の輝く宇宙も外の世界とこちら側では同じものなのか違うものなのかは、非常に興味深い謎だ。
霖之助が語った妖怪よりも恐ろしい化物の話は、外の世界の創作物に出てくる架空の存在だが、宇宙という未知なる空間には想像もつかないような生物が息づいている可能性は十分にある。
そういったものが実際に存在し、外の世界で忘れ去られ不要となり、幻想郷へ現れようものなら、どんな異変の元凶となるか……。
霖之助は隕石のことを考えた。
二人に押し付けられたこの隕石には亀裂が走っていて、その亀裂から中身を見ることができる。魔理沙は妙な色をした水が中からこぼれていたと言っていたが、見たところ、そのような水は隕石の中にもう残っていない。空っぽなのだ。
危険があるとすれば、その妙な色をした水である可能性が高いが、それを指摘する前に二人は帰ってしまった。妙な色の水、その正体は、果たして……。
そういえば、外の世界では未知の存在、物質をXという言葉であらわすらしい。隕石からこぼれた未知の水、X。二人の言い方を借りるなら、さしずめ流星からの物質Xといったところか。
あれに危険性があるのなら、多少、二人のことが心配にならないこともないが、
――まぁ、あの二人ならきっとなんとかするだろう。
そう思って、霖之助は読みかけの書物を再び開くのであった。
4
一目散に香霖堂を逃げ出した魔理沙と霊夢は、とぼとぼと帰途についていた。霖之助の話を聞いて、ふたりともどこか疲れきった様子である。
「あれがそんな危険そうなものだったなんて、思いもしなかったわ」
「私もだぜ。いくら落ちてきたからといって、変なものは拾うもんじゃないな……」
はぁ、と深く息をつき、
「さて、私はおとなしく家に帰るかな」
呟く魔理沙に、霊夢がびっくりして、
「え、今日は寄ってかないの」
「いや、あんな話きいたあとだしな……」
「待ってよ、私を一人にするの?」
「一人にするって……あの水はうまいこと片付けたじゃないか。もう危険はないだろ、たぶん。わからんが」
「そんなこといって、片付けた水が化物に変わって私が食べられちゃったらどうするのよ」
「そのときはほら、あれだよ。どうにかして化物を退治して、ねんごろに弔ってやるから」
「魔理沙」
ぐっと袖を引かれ、霊夢を見た魔理沙は彼女の、顔を真赤にした何か言いたげな潤んだ表情に、思わず胸を高鳴らせた。
「な、なんだよ。怖いなら怖いって、そう言えよ」
「怖くない! ……怖くないけど、なんか嫌なのよ。神社に一人でいるの」
いつも一人でいるくせに――そう言おうとして、けれどめったに見ることのできない霊夢のしおらしい姿があまりにも可愛かったので、言いかけた言葉を腹の中へ戻し、霊夢の頭へぽんと手をおいて、
「ったく、仕方ないな。今夜は魔理沙さんがたっぷり甘えさせてやるよ。怖がり霊夢」
「だから、怖くないってば――」
などとかしましく言いあいをしながら、二人は博麗神社へ向かうのだった。
翌日、博麗神社の周りに生い茂る植物がのきなみ奇形化するという異変が起こった。
瘴気立ち込める神社の中を涙目になりながら駆けずり回った魔理沙と霊夢は、例の隕石からこぼれた水が原因であることを突き止めた。
霊夢が氏神様の力を借り、土地の浄化を行うと、神社の地面から名状しがたい色彩をした一筋の光が立ち上り、雲を引き裂いて空の彼方へと消え去っていった。
流星が落ち、次には神社から奇妙な光が天へ奔っていった――その話は人間の里でたちどころに広まってしまい、こうしてまた、博麗神社から参拝客の足が遠のくのであった。
流星からの物質X 了
しかし単純に子供っぽさ過ぎるような...。
にしても今回はきゅっとしてドカーンはやらなかったんだね。
中盤くらいにもレイマリがあれば良かったかと思います。(ニヤッ