「はぁ…」
私、レミリア・スカーレットは最近疲れを感じていた。
原因ははっきりしている。
友人である蓬莱山輝夜だ。
「輝夜は一体どうしたんだろうねえ…」
一ヶ月ほど前に紅魔館に突然現れ突然泣きついた輝夜。
それからというものの、毎日この紅魔館を訪れるようになっていった。
それだけならいい。
最初の頃はまだ普通だったのだから。
「なんだかあいつが年上だと思えなくなってきたねえ…」
最近の輝夜は紅魔館に来ては一日中私にベッタリくっついたままだった。
私に抱きついているだけ。
勿論、私は動けないので輝夜にされるがままでいるだけ。
さすがにそのままの状態でいては私もストレスが溜まる。
しかし、それを言っても輝夜はいやいやと首を振って拒否するだけだった。
輝夜を無理矢理引き剥がすのも悪い気がしたので、私は時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった。
「そして咲夜もパチェも美鈴も輝夜の事をよく思っていないんだよねえ」
何故なのかは何となくわかる。
最近の輝夜が異常だからだろう。
それだけではないようにも思えたが、それは個人の領域なので敢えて聞く気にはなれなかった。
「あいつらの機嫌取るのも疲れるんだよねえ…」
輝夜が帰宅した後、三人が揃って私に話すのだ。
輝夜は異常だ、さっさと帰した方が良い、私もお嬢様に一日中抱きついていたい、というように。
とにかく私が休まる時間は無かった。
「はあ…」
最近、溜息が増える一方だ。
永遠亭に行って胃薬でももらって来た方が良いのだろうか、なんて馬鹿な事を考える余裕はまだあった。
しかし、この日々がいつまで続くのか。
別に輝夜のことが嫌いな訳ではないのだが、さすがにこのような毎日が続けばどうしても疲れが出る。
先の見えないことほど苦痛な事もなかった。
「レミィ!」
「…うわっ!」
輝夜が突然目の前に笑顔で現れ、私に抱きついてきた。
目の前の少女、蓬莱山輝夜は咲夜同様に空間の時間を操る事が出来る。
空間の時間を操る事で私の目の前まで一瞬で移動してきたように見えたのだろう。
それはわかっているのだが…あまり私の心臓に良くは無かった。
「輝夜、いつもいつもなんだけど突然現れるのはやめてくれないかい?」
「え~、でも我慢できなかったんだもの」
そう言って輝夜は嬉しそうに笑う。
私に会えて嬉しそうにしてくれることは悪い気分ではないのだけれど。
「ねえねえレミィ。私良い事を考えたのよ」
「…良い事?」
嫌な予感がする。
私の直感は当たるのだ。
当たってほしくなかったのだが。
「レミィは時間が経てば帰れって言うでしょう?」
「…まあそうだね」
猛烈に嫌な予感がする。
目の前にいる輝夜は時間を操る事が出来るのだから。
「だからねぇ…」
輝夜は妖絶に笑う。
私は背中に冷や汗が流れるのを感じていた。
「この空間を永遠にしたのよ」
嫌な予感は当たった。
この空間は時間の流れから切り離された。
蓬莱山輝夜の手によって。
「輝夜。術を解除してくれないかい」
「え~…でも私レミィと離れたくなかったのよ」
輝夜は不満そうに口を尖らせる。
しかし、こればかりは輝夜に譲る訳には行かなかった。
「輝夜!」
「どうして?貴女のメイドだって時間を止めてるじゃない」
それとこれとは話が違う。
咲夜は要件が済めば時間の停止を解除する。
恐らく、輝夜は永遠に時間を止めたままでいるつもりだろう。
「それとも、ある程度の時間が経てば解除するのかい?」
「ある程度の時間が経てば…ね」
駄目だ、これでは言葉遊びだ。
永遠の術がこの空間に施されている以上、時間が経過することは無いのだから。
「輝夜。一度離して」
「きゃっ!」
私は抱きついている輝夜を無理矢理引き剥がす。
引き剥がされた輝夜の悲鳴は気になったが、今は優先すべき事がある。
「はぁっ!」
私は力いっぱい扉を殴りつける。
しかし扉はびくともしない。
ある程度予想は出来ていたことではあったが、改めて現実を痛感させられた。
永遠の前では単純な力は通用しないのだ、と。
「無駄よ、永遠は変化を嫌うもの。この空間は永遠に変化がないわ」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、そこにはこの空間を作った犯人が嬉しそうに笑っていた。
「さあ、レミィ。一緒にいましょう。永遠にね」
私はこれ程恐ろしい笑顔を見たことは無かった。
「…輝夜、一体どうしたの」
「どうもこうもないわよ。私はレミィと一緒にいたいだけよ」
輝夜は再び私に抱きつく。
この格好が当たり前となっていること自体が異常だった。
以前は正しい友人関係が出来ていたはずだった。
輝夜が私に会う頻度が増えて行ったのは間違いなく一ヶ月前から。
輝夜が私に泣きついたあの時以来だった。
ちなみに、私は今のところ暴力で解決はしたくないと思っている。
何故なら、輝夜は大切な友人なのだから。
勿論最終手段として必要かもしれないが。
「ねえ輝夜」
「どうしたの、レミィ」
「一ヶ月前、私に泣きついてきたよね。何かあったのかい?」
私の言葉に輝夜がビクリと大きな反応を示す。
当たり、私はそう確信した。
出来る事なら聞かないままでいた方が良いと思っていた。
しかし、この状況ではそういう訳にも行かなかった。
「…何でもないわ」
「嘘。あんなに私に泣きついてきたのに」
「何でもないったら何でもないの!レミィはそんなこと気にしなくて良いのよ!」
輝夜が感情的に叫ぶ。
さすがに耳元で叫ぶのは勘弁してほしかった。
鼓膜に響く。
「レミィはいつだって私の味方でいてくれるって言ったじゃない!あれは嘘だったの!?」
「…いや」
確かに言った。
私はいつだって輝夜の味方だ、と。
今でもそう思っている。
そうありたいと思っている。
「…輝夜。私はいつだってお前の味方だよ」
「…レミィ。うん、そうよね」
輝夜が嬉しそうに声を震わせる。
輝夜には私と一緒にいたい以外の他意は無い。
それはわかっているのだけれど。
「でも私は今の状態には賛成できないよ、輝夜。私はいつだってお前の味方さ。それだけじゃダメなのかい?時を止めなきゃダメだったのかい?」
何故輝夜が時を止めてまで私と一緒にいたいのか。
それがイマイチ見えてこなかった。
「…私…私は…」
輝夜はぽつりぽつりと話し始めた。
泣きそうな声で。
「もうレミィと一緒じゃなきゃ心が渇くのよ。耐えられないの」
「…心が渇く?」
「永琳じゃもうダメなの。レミィじゃなきゃダメなの」
相変わらず話の流れが見えてこない。
何故私じゃなければダメなのか。
「私が一体…」
「…えっ!?」
私の声は輝夜の驚きの声に中断される。
輝夜は私から身体を離し、先程私が殴った扉の方角を見つめる。
そこには鋭利な刃物で斬られた扉の残骸があった。
そして、扉の残骸の奥には。
「お嬢様!御無事ですか!?」
紅魔館のメイド長である十六夜咲夜がそこにいた。
「…貴女なら私の永遠の世界に干渉出来る、か。盲点だったわね」
咲夜も時を操る能力の使い手。
ならば輝夜の永遠の術を干渉出来てもおかしくなかったのか。
「お嬢様!」
「咲夜、私は無事だからナイフを仕舞っていいよ」
「そういう訳には行きませんわ。賊は目の前にいるんですもの」
咲夜にとっては輝夜は敵か。
確かに状況的にはそう見るのが自然…というか全くその通りなんだけど。
咲夜が輝夜と戦うのは避けなければいけない。
輝夜は人間が敵う相手ではないのだから。
どうしたら良いものか。
「全く、貴女が干渉したお陰で永遠の術が解けちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」
そう。
輝夜の言う通り咲夜が干渉したお陰で永遠の術が解けた。
今回の輝夜が使った永遠の術は時間が流れない空間を作ることが出来るという能力。
言わば、時間が流れる空間と流れない空間の間に壁と作るといったものだった。
その壁が壊された以上、必然的に永遠の術は解かれたのだった。
「お嬢様の紅魔館でこれ以上好き勝手しないでほしいわね」
「…地上人が随分偉そうに言うのね。それとも、貴女は私の出す難題に答えられるのかしらね?」
まずい!
輝夜が戦闘態勢に入ってしまった。
止めなければ。
「かぐ…!」
その刹那。
咲夜は部屋の隅で横たわっていた。
輝夜の手によって。
輝夜は私の方を見てにっこりと笑う。
「さすがレミィの従者ね。私に傷を付けるなんて」
よく見ると、輝夜の手の甲には一本のナイフが刺さっていた。
輝夜はそれを躊躇なく引き抜くと、再び私の方へ歩み寄ってくる。
「フフ…私の勝ちよ」
「咲夜!?」
「あら…まだ意識があったのね」
咲夜はゆっくりと起き上がる。
体が痛むのだろう、痛々しげに笑う。
「咲夜、大丈夫なの!?」
「お嬢様。私はお嬢様の為ならば何度でも起き上がって見せますわ」
咲夜の言葉は頼もしい。
でも、咲夜の勝ちとは一体どういう事なのだろうか。
ただの虚勢なのだろうか。
「貴方の勝ちというのは一体どういう事なのかしら?」
輝夜も咲夜の言葉が気に入らなかったらしい。
先程よりも少々不機嫌なようだ。
「貴方に刺さったナイフの先端を見てみなさい」
「…何よこれ。私の血の色じゃない。変な…いろ…ね…」
「輝夜!?」
「…あれ…なに…かし……ら…」
輝夜の言葉が徐々に途切れ途切れになる。
これは一体どういう事なのか。
「れ…みぃ…」
「輝夜…」
「れ…み…」
輝夜は呟くとその場に倒れた。
まさか地上人でしかない咲夜が輝夜を倒したのかというのか。
私は目の前の光景が信じられなかった。
「…咲夜。これは一体どういう事なのさ」
私は妙なイラつきを感じていた。
友人である輝夜が倒れてしまったからなのか。
地上人に過ぎない咲夜が輝夜を倒してしまったからなのだろうか。
私にもよくわからなかった。
「特製の神経毒をいただいたのですわ、お嬢様」
「毒…?」
「…そこからの説明は私からさせてもらうわ、レミリア・スカーレット」
そう言って廊下から部屋の中にゆっくりと侵入してきた人物。
「どうしてお前が…」
「…姫は私が運ぶわ。申し訳ないけれど、話もしたいので部屋の一つを貸してもらえるかしら」
蓬莱山輝夜の従者である八意永琳だった。
永琳が輝夜を空き部屋のベッドへそっと寝かせる。
とても愛おしそうに。
その動作だけでも永琳にとって輝夜のことが本当に大切なのだろうという事が読み取れた。
「それで一体どういう事なのさ」
私は早速永琳に質問をする。
さっきから自分が何に苛立っているのかがわからない。
わからないが、その答えは永琳が持っているであろうことだけはわかった。
「どうしてお前が咲夜に毒なんかを?いや、その前に輝夜にも効く毒ってなんなのさ」
「落ち着いて、レミリア。質問を一度にされても答えようがないわ」
「むう…」
私は自分の想像以上に興奮していたらしい。
自分を抑えきれない自分に腹が立つ。
一つ大きく深い深呼吸をした。
「…落ち着いたかしら」
「ああ、すまないね」
私は素直に非礼を詫びる。
一勢力の主は他所の勢力の前では落ち着いて行動しなければいけないことは分かっていたはずなのに。
いや、今はそれは良いか。
「まずは輝夜にも効く毒ってのはどういうことなのさ」
「貴方はメディスン・メランコリーという妖怪を知っているかしら?」
「メディスン…」
聞いたことが無い言葉だった。
いや、聞いたことはもしかしたらあるかもしれないが、覚えてなかった。
「ああ、あの猛毒の妖怪ね」
「咲夜、知っているのかい」
「ええ、以前の花が咲き乱れた異変の時に」
あの時の異変か。
あの異変には全く興味が沸かなかったので、外に出ずに図書館でパチェと一緒に本を読んでいた事を思い出す。
「そのメディスンの毒をちょっと借りて私なりに改良をしたのよ」
「…お前は」
ちょっと借りて改良?
そんなことで月人である輝夜にも効く速効性の毒を作ったと?
足が震える。
私が目の前の天才に恐怖を感じているというのか?
いや、あるいはそれも仕方ないのかもしれない。
目の前の天才の底の知れ無さは想像をはるかに超えたものだったからだ。
「大丈夫?」
「…何でもないよ」
これ以上醜態を晒す訳にはいかない。
私はこほんと一つ咳払いをして、気分を取り戻す。
「…お前が咲夜にその毒を与えた理由は?」
「姫がいつかこうなるだろうことは予想していたのよね…」
「じゃあ!」
私は途中で言葉を止める。
どうして止められなかったのか、それは言えなかった。
永琳を責めても仕方ないことなのだから。
「輝夜はどうなったんだい?」
「…それは」
「私がいないと心が渇くって。私じゃなきゃダメだって、輝夜は言ってた。一体突然どうしたのさ」
私の質問に永琳は一つ深い溜息を吐く。
どこか諦めたような。
そんなことを感じさせるような溜息だった。
「姫は…心の病なのよ」
「心の…?」
「ええ、強いて名前をつけるなら…依存症と言うのかしらね」
「依存症…」
依存症。
聞き慣れない病名だった。
いや、そもそも心の病気と言う物がよくわからなかった。
病は身体のみに起きるのではないのか。
「それはどんな症状なんだい?」
「貴方が一番よくわかると思うけれど。まあ、何かに依存しきってしまうってことよ」
「何かって…!」
私か。
輝夜は私に依存しているというのか。
永琳は私が察知した事を察知したのか、また一つ深い溜息を吐く。
「姫は長い間逃亡生活を送っていたのよ。それは確実に姫の精神を削り取っていたわ。姫は顔に出さなかったけれど、私にはわかった」
「逃亡生活…」
輝夜は以前語っていた。
満月は好きではないと。
やはりその逃亡生活が原因なのだろうか。
「その心の病の治療法は分からないのかしら」
そう、それが一番肝心な事だった。
目の前にいる八意永琳は間違いなく天才だ。
その治療法も知っているのだろうと私は期待していた。
しかし、永琳はどこか諦めた顔をするばかり。
永琳にもわからないことなのだろうか。
「治療法は…わかっているのだけれど…ね」
「じゃあその方法を使えば良いじゃないか」
治療法が分かっているのなら治療できる筈だ。
何故こんな顔をするのだろうか。
「心の病の治療をするには姫自身が治そうという強い意思を持つことが必要なのよ」
「強い意思…ね」
ならば何も問題ないじゃないか。
輝夜は華奢な見た目に反して強い意思を持っている。
輝夜ならばすぐに治せるだろう。
「なら大丈夫だろう。輝夜ならすぐに治るよ」
「…そうね。治してもらわないと困るものね」
そう言った永琳の表情は浮かないままだ。
何故なんだろうか。
「レミリア。姫の病を治す上で貴方に言っておかなければならない事があるわ」
「何さ」
私に何かできる事があるのなら何でもしてやろう。
輝夜の為に。
そう思っていた。
永琳の言葉を聞くまでは。
「もう金輪際姫には近づかないで頂戴」
永琳が輝夜を連れて紅魔館を立ち去って数時間が経過した頃。
スキマと呼ばれる空間を割く穴が突然現れた。
気配は感じていたのでそれに対して驚きを感じることは無かったが。
「浮かない顔をしているわね」
「…紫か」
スキマの中から現れたのは当たり前だが八雲紫だった。
いつもの薄ら笑いを貼り付けている顔はそこにはなかった。
「…聞いていたんだろう、永琳の話を」
「ええ」
永琳の話を聞いている最中も紫の気配はずっと感じていたのだ。
恐らく永琳も気付いていただろう。
「私が輝夜に近づくなってさ。邪魔者扱いだ」
私は自嘲気味に笑う。
私には何も出来ないのか。
私は輝夜の友人ではなかったのか。
そんなことを考えてしまう。
「レミリア、貴方に一つ忠告をしてあげるわ」
「…何よ」
碌でもない事だろうとは思いつつも、紫の言葉に耳を傾ける。
そしてその予感は当たった。
「もう永遠亭の連中からは手を引きなさい。貴方の手に負える相手じゃないわ」
「な…!」
私は拳をぎゅっと握りしめる。
輝夜と会うかどうかは私が決めることの筈だ。
永琳や紫に言われることではない筈なのに。
こいつらは人の気も知らないで…!
「レミリア、貴方はすでに幻想郷に欠かせない存在なのよ。あの連中と関わっていては…」
「お前に何がわかるんだ!輝夜が私を殺すとでも言うのか!」
私は怒りに任せて言葉を吐く。
友人である輝夜を侮辱するのは許せないことだった。
しかし、紫は私の言葉には冷静な顔のままだった。
そこがまた腹が立つのだが。
「殺すわ」
「…え?」
私の脳裏にいつか見たヴィジョンがフラッシュバックされる。
紫の言葉と共に。
「輝夜は貴方を殺すわ。近いうちに必ず…ね」
「何を…」
紫は輝夜の何を知っているのか。
そう問い質すつもりだった。
しかし、私は紫の冷静さに気圧されていた。
そのあまりの冷静さに。
紫が嘘を吐いている訳ではないことが分かった。
「依存症と言う物はそういう物なのよ」
「…お前は知っているのか?」
「外の世界にもある病気なのよ」
紫は境界を弄って自由に外の世界と行き来出来る。
その情報も外の世界から仕入れてきた物なのだろう。
「レミリア、落ち着きなさい。そして、幻想郷全体を考えなさい。私は幻想郷を愛する者として貴方を失う訳にはいかないのよ」
私が幻想郷のパワーバランスの一角だからか。
だったらそっちにも心当たりがある。
「紫、ちょっと待ってくれ」
私はスキマに戻ろうとした紫を引き留める。
「会わせたい奴がいる」
「ここは…」
「紅魔館の地下室さ。ここにも吸血鬼がいるんだ」
「それって…」
私と紫は紅魔館の階段を下りていた。
私は紅魔館の主として、紫とあいつを会わせなければいけないと思ったのだ。
長い階段を下りていくと、一つの部屋に辿り着いた。
扉は非常に厳重で重苦しい雰囲気ではあったが、鍵はかかっていなかった。
「フラン、入るよ」
「お姉様!?」
中から嬉しそうな幼い少女の声が聞こえる。
その言葉の直後、扉が開く。
「お姉様!最近いらっしゃらないからどうしたのかと思ったわ!」
「ごめんよフラン」
私はフランの頭を撫でる。
そうすると、フランがとびっきりの笑顔を見せてくれた。
「その子は…」
「紫、紹介しよう」
私はフランの横に立ち、そして紫の方へ振り返った。
フランを紫に見せつけるかのように。
「私の妹であるフランドール・スカーレットさ」
「…どういう意味よ」
「何がさ」
「とぼけないで」
紫が怒気を孕んだ顔で私を睨む。
紫に怒られるような事をしたつもりはないんだけどね。
「まさかこの妹がいるから自分はいなくなっても大丈夫とでも言うんじゃないでしょうね」
「私はいなくならないさ」
私は負けるつもりはない。
例え相手が輝夜であっても。
いつだってそのつもりだった。
「レミリア、落ち着いて考えなさい。貴方の従者達と月人。どちらが大事なのか」
紫はそう言って空間にスキマを作る。
「今回はこれで帰るわ。レミリア、一勢力の主として冷静に考えてみることね」
そう言って紫の姿はスキマの中へと消えていった。
後には私とフランだけが残された。
「お姉様、あいつは誰でしたの?」
「…フラン、そろそろお前にも働いてもらいたいことがあるんだよ」
「働く?」
フランの子供の時間はもう終わり。
そろそろフランには一人前の吸血鬼として幻想郷で活動してもらいたい。
そう、仮に私が紅魔館からいなくなってもね。
あくまで仮に、だ。
「上へ行こう、フラン」
「…はい、わかりましたわお姉様」
「どういうことよ」
長い階段を上がってきた私達姉妹を出迎えたのは親友であるパチュリー・ノーレッジ。
普段の無表情とは違い、眉間に皺を寄せている。
彼女は明らかに怒っていた。
「パチェ、何を怒っているのさ」
「何を始めるつもりよレミィ。今更妹様を引っ張りだすなんて」
どうも今日の私は誰かに怒られることが多い気がする。
やれやれ、何か悪い事をした覚えはないんだけどねえ。
「あのまま部屋に閉じこもらせるのも本来フランにも良くないだろう?フランだってもう子供じゃない。そろそろ幻想郷で活動しても良い頃だろう」
「妹様は貴方と違って力の制御が出来ていないんでしょう?紅魔館の中の物ならともかく、幻想郷中の物を壊したら退治じゃ済まないわよ。最悪封印もあり得るかもしれないわ」
フランの力とは『ありとあらゆる物を破壊する能力』だ。
物質しか破壊できないし、一度に一つしか破壊は出来ないが、フランに壊せない物体は無いだろう。
しかし、パチェの言うように破壊の能力は制御できていない。
つまり、フラン自身にもいつ何が壊れてしまうか予想出来ないのだ。
話し合った結果、力が制御できるまでフランには地下で過ごしてもらう事となった。
彼女の本当に大切な物を壊してしまう前に。
しかし、その制御は改善された兆しはない。
「パチェ、地下で閉じこもらせても改善される兆しが見えなかったんだ。だったら外でも過ごしてみたらもしかしたら何か変化があるかもしれないだろう?」
自分で言ってて無茶がある論理だということはわかる。
何も根拠がないのだから。
勿論、目の前の親友には見抜かれていたようだった。
「レミィ」
パチェの紫の視線が私の身体を貫く。
それは背筋が凍るかのような視線だった。
「何が目的なのよ。私には当然話してくれるんでしょうね」
「…ああ、そのつもりだよ」
元よりそのつもりだった。
私がこれから成そうとする事はパチェや咲夜、美鈴達の助けが必須だった。
「咲夜」
私は信頼しているメイドの名前を呟く。
「ここに」
一秒と経たずに返事が聞こえる。
先程までこの少女は何処にいたなどと言ってはいけない。
彼女は時間と空間を操る事が出来るのだから。
「美鈴とメイド全員を広間に集めて」
「御意」
咲夜の姿がふっと消える。
時間を止めて移動したのだろうことはここにいる誰もが分かったが。
「行こう、パチェ、フラン。広間で話すよ」
「はい!お姉様!」
「…ええ」
説明さえすれば皆分かってくれる筈だ。
私の友人や従者はみんな優秀なんだから。
「お嬢様、皆を集めました」
「ああ。助かったよ咲夜」
私が育てた人間である十六夜咲夜。
これからも紅魔館の為に働いてくれることだろう。
咲夜にならばこれからの紅魔館を任せられる。
「お嬢様、何かあったのですか?」
「大したことじゃないよ、美鈴」
美鈴、お前とはこの紅魔館の中でも一番付き合いが長かったね。
お前ならばこれからもこの紅魔館を守ってくれるだろう。
「じゃあ早速聞かせてくれるわね。どういう訳か」
「急かさないでよ、パチェ」
パチェは私の初めての対等な関係と言える関係の存在だった。
お前がいてくれた事で色々と助かったよ。
どうかこれからもこの紅魔館で余生を過ごしてほしい。
「お姉様…」
「心配することは無いよフラン。ここにいるのはお前の家族なんだから」
フランドール。
私の最愛の妹。
戦闘の才能は私を凌ぐかもしれない。
どうか立派な吸血鬼になってくれ。
「じゃあ早速皆を集めた訳を話す」
心配そうな顔をしている私の従者達。
そんな顔をしなくても良いのに。
「私はしばしの間この紅魔館を離れることになるかもしれない」
ざわめく私の従者達。
しかし、私の口は言葉を止めることは無い。
「その間、私の妹であるフランドールが紅魔館の主となる。どうかそのつもりでフランドールを支えてやってほしい」
私がこのような事をするのは訳があった。
私はかつて輝夜にこう言ったのだ。
「私はいつだってお前の味方だから」
悪魔は約束を破らない。
それは私にとって契約にも等しかった。
いや、それだけではない。
私は心から輝夜を助けたい。
だから私は輝夜の元へ向かうのだ。
これから私達の関係はどうすればいいか、輝夜と話し合うのだ。
心の病が治るまで会わないのならばそれでも良い。
しかし、それは永琳や紫が決めるのではない。
私達が決めるべきことなのだ。
ただ、それだけならばここまで大仰な事をする必要もない。
私が心配しているのはいつか見たヴィジョン。
先程の紫の言葉で私の脳裏にフラッシュバックされたヴィジョン。
それは私の身体を輝夜の手によって貫かれるヴィジョン。
私が永遠亭に永遠に閉じ込められてしまうヴィジョン。
肉片となった私の身体を永遠に輝夜が抱きしめるヴィジョン。
それは私の運命を操る能力が見せたヴィジョンなのか。
それともただの幻か。
私にもそれは分からない。
情けない話だが、妹のフラン同様私も能力を完全に制御できている訳ではないのだから。
しかし、それをどこか受け入れている自分もいる。
そのヴィジョンを見た上で輝夜の想いを受け止めてやろうとも思っている。
私は誰よりも強く誇り高い吸血鬼でありたいから。
私は輝夜にも負けるつもりはないから。
私は輝夜の助けになりたいから。
そして、輝夜の事が好きだから。
「パチェ」
パチェは憮然とした表情を浮かべている。
彼女になら分かってくれると思っているが。
この紅魔館の誰よりも聡いのだから。
「お前にしばしの間主の仕事を代理してもらいたい。どうかフランの代理人としてどうか支えてやってほしい」
私は頭を下げる。
パチェは私の従者ではない。
だからこれは主としてのレミリア・スカーレットからの命令ではなく、彼女の友人であるレミリア・スカーレットからの頼みであった。
「レミィ」
「何だい、パチェ」
「私はもう今のこの瞬間から貴方の権限を代理できるのよね?」
「ああ」
パチェは微かに笑う。
何か違和感があった。
何だろうか。
「咲夜」
「何でしょう、パチュリー様」
「レミィを地下牢に一時的に封印するわ。決して外に出さないようにね。手伝ってくれるかしら」
私は驚きを隠せない。
パチェは聡い。
彼女になら理解してもらえると思っていたのに。
「かしこまりましたパチュリー様」
「…咲夜!?」
「申し訳ありませんお嬢様」
咲夜が私の両腕を掴む。
抵抗しようとすればその拘束はすぐに振り解ける。
しかし、私は抵抗をしようとしなかった。
そんなことをすれば咲夜も無事では済まないからだ。
「レミィ、少し地下で頭を冷やしてきなさい」
ああ、そうか…。
「私は貴方を死なせるつもりもないし」
本当に理解できていなかったのは…。
「あんな宇宙人なんかに貴方を渡すつもりもないわ」
私の方だったらしい…。
春はみんな忙しくなりますね。花見でもしながらゆったりと続編を待ちます。
思っていた以上に皆さん依存しまくっているようで。
カバンから取り出したイヤホンみたい。
続きモノなので、評価は期待値をつけておきます。
とても理解できるな。
>紫は教会を弄って自由に外の世界と行き来出来る。
紫様、そんなもの弄ってもどこへも行けませんぞw
レミリアの口調で「◯◯さ」
というのが多用されてるのが少し気になりました。
続きがとっても気になるので、楽しみにしてます。