研究室で一人、永琳がある研究に没頭していた。
永琳は時々思いついたように研究をする。
なぜなら永琳は天才ゆえ、ちょっとしたきっかけで八百万もの発想が頭の中を巡るからである。
まさに、りんごの落下から重力を発見したニュートンのようにだ。
ちなみに今回、この研究を始めたきっかけは、うどんげがてゐの落とし穴に落ちたのを見てから生まれた発想である。
永琳は研究の事となると周りの時間を忘れ没頭するタイプだ。
今回の研究はある新薬を作ることである。
その新薬の開発を始めてから経過した時間は、驚くなかれ、なんと30分だ。
「やっと完成したわ。私が失敗なんてありえるわけないけれど、試しに実験してみようかしら」
その薬は丸薬状の飲み薬で、小瓶に入っていた。色は妖々しい鮮やかなピンク色である。
「さて、あとはあの子を呼ぶだけね。うどんげー! ちょっと新薬の実験をしたいから来て頂戴―!」
永琳が大声で呼ぶと、うどんげがいかにも嫌そうな顔で研究室に入る。
「また変な薬を作ったんですか師匠? この前も「花粉症になる薬」とか意味不明なの飲まされて一週間いろんな体液がダラダラと溢れ出たんですけど……」
「安心しなさいうどんげ、今回は前よりも面白いものよ」
永琳は自信満々な顔でうどんげに宣言した。
「面白いって……、余計不安なんですけどそれ。まぁどうせ断っても無理やり飲まされるでしょうから素直に飲みますよ」
散々実験に付きあわされてるうどんげはもう何を言っても無駄な事はわかっていた。
それに永琳のお仕置きよりはましだろう、そう思っていた。
「ああ、あなたは薬を飲まなくていいわ。自分で飲まなきゃ効果が出ない薬だからね、今回のは」
そう言うと、永琳は机の上にある小瓶から、ピンク色の丸薬を一つ取り出し、水で一気に飲みこんだ。
「それで? 私は何をすればいいんですか?」
「とりあえず、そこで立ってるだけでいいわ」
「はぁ、わかりました」
始めは不安そうにただ見ているうどんげであったが、だんだんと薬の効果が現れてきたのか、永琳を見るうどんげの息が荒くなって来た。
「はぁはぁ、なんだか凄い興奮してきたんですけど師匠……」
「今どんな気持ちかしらうどんげ?」
「なんか……、凄く師匠に飛びつきたいような気分ですよ」
うどんげはさらに顔を真っ赤にし息を荒げながら言った。それを見た永琳は、
「どうやら、成功のようね」と笑みを浮かべる。
そして、うどんげの興奮も最高潮になり、とうとう
「あぁもう我慢できません! うおおおおぉぉ! 師匠おおおおおぉぉぉぉぉ!」
と叫びながら思いっきり永琳に抱きつくように飛び掛った。
しかし、そこは天才永琳、当然のごとく予想はしている。
うどんげの突進を軽く交わし、首すじに正確に手刀を入れ気絶させる。まさにプロの技だ。
手刀を入れられたうどんげはそのまま倒れ、地面と熱いキスをする事となった。
「はぁ、やっぱり私は天才ね。こんなに簡単に新薬が作れるなんて、自分の才能が憎いわ……」
永琳は薬の効果がしっかり発揮されたのを見ると一安心し、お気に入りのティーカップにコーヒを入れ一息付いた。
「実験が成功した後のコーヒーは格別な味ね。しかし、あの薬は売り物にするわけにはいかないわね。人の心を動かすなんてとても危ない薬。あんな薬を世の中に出したら、幻想郷は大変な事になるわ」
というわけで、せっかく完成した薬だが、危ないので戸棚にしまうかと思ったところで、ある異変に気が付いた。
「あら? 新薬がどこにも見当たらないわね、何処行ったのかしら」
さっきまで机に置いてあった新薬が忽然と姿を消したのである。
辺りを見回してもどこにもない。
しかし、天才永琳はこれくらいの事で慌てるわけがない。
「まぁ冷静に考えてみれば、私に害があるわけじゃないし。問題はないわね。それにあんな薬、盗んだ人も使い道がないでしょうね。そんな特殊な性癖の人、この幻想郷にはいないだろうし」
そして永琳はゆったりと、二杯目のコーヒーを堪能したのであった―――。
「うふふ、いいもの見つけちゃったぁ♪」
永遠亭の上空で、こいしが飛び回る。
さっきまでこいしは無意識に永遠亭を訪れて、無意識に永琳の研究室に入って、無意識に永琳の実験をずっと眺めていた。
こいしにとっては永琳の研究所だろうがさとりの入浴シーンだろうが覗き見なんて朝飯前である。
しかし、初めてうちはただ実験を見ていても何をしているのかがよくわからず 「本当に暇だなー」 と頬杖を付いていたこいしだが、薬を飲んだ永琳とうどんげのやり取りを見てその考えを改めた、
「まさかあんないいお薬だと思わなかったわぁ。媚薬を開発するなんて凄い発明家さんなのねあの人は」
こいしはさらに嬉しそうに飛び回る。
手には先ほどまで永琳の実験室にあったピンク色の丸薬が入った小瓶が握りしめられていた。
永琳がのんきにコーヒーを飲んでいる隙を見計らって奪って来たのだ。
「これを使えば、私の野望の幻想郷ラブラブペット計画の達成するに違いないわ!」
こいしは珍しく燃えていた。小瓶を強く握り締め、グッとガッツポーズをする。
「はぁー、心が躍るわぁ。これを使えば恋い焦がれるような恋愛が出来るんだもん♪」
こいしは、みんなが自分のペットになる所を想像してさらにうっとりした。
無意識に顔がニヤけてくる。
ペットにするのは恋愛とは言わない、という話は置いておく。
「まずはぬえとフランちゃんで試してみようかしら。そしてここでは言えないようなネチョイ事をたくさんしてあげるわ! うふふ、久々にイドを開放するわよ~♪」
こいしは三人でネチョネチョしている所を想像して悶えた。
無意識にハートの弾幕がこいしの体から発射される
「あっ、ぬえ駄目よそんな所舐めちゃ! フランちゃんもそんな所触っちゃらめぇぇ」
と危ない独り言も呟くが、無意識なんで許してください。
「確か今日は、香霖堂から貰った(奪った)ゲームを紅魔館でやる予定だったわね」
という事でこいしは、小瓶をギュッと握り締め、みんなが居る紅魔館へと飛んで行った―――。
「ピーコン ピーコン ピーコン ピーコン ピーコン ピーコン」
「ぬえはヘタねぇ、それでもエイリアンなのあなたは?」
「ちょっとフランは黙ってて! それにエイリアンじゃないっての私は」
「エイリアンじゃなかったらなんなのよ?」
「正体不明…かな?」
「うわぁ……」
紅魔館、フランの部屋で二人、ぬえとフランは香霖堂から奪って来た昔懐かしいインベーダーゲームで遊んでいた。
そのゲームはテーブル式でとても大きく、黙って持って行くにはとても大変そうに見える。
しかし、この三人娘にとってはそれくらいどうという事は無い。
まずフランが香霖堂の玄関ドアを破壊し奇襲をかけ、霖之助が驚いている所にこいしがこっそりと近づき腹パンを入れて気絶させ、ぬえが持ち前のUFOでインベーダーゲームを吸い取って目的は達成である。
「ピュンピュンピュンピュンピュンピュン」
「あっ! UFOが来たわよぬえ! ほら早く撃って! 撃って!」
フランが興奮のあまり、ぬえの背中をバシバシと叩く。
「ちょ、痛いってフラン。上手く操作できないじゃない」
「ほら逃げるれちゃわよぬえ! 早く! 早く!」
「だから痛いって! 羽ひっぱんな!」
そして、UFOを気にするあまりあっけなくエイリアンに撃墜されるのであった。
星蓮船でもよく見る光景である。
「あーあ、まったく何やってるのよぬえは」
「どう考えてもフランが邪魔したからだろー」
「まぁいいわ、次は私の番だからね。ほらほら、退いて退いて。もうあなたはコンティニュー出来ないのよ」
「ちぇ、仕方ないなぁもう」
不貞腐れながらも、ぬえはフランに順番を譲ってあげることにした。
それは当然やさしさからではなく、自分もお返しにフランの頭をバシバシ叩いて邪魔してやる、という邪な思いから生まれたものである。
「さぁて、エイリアンもUFOもぬえも全部破壊してあげるわよ!」
「おい、一人破壊しちゃ駄目なのが混ざってんぞ」
とぬえがフランに突っ込みを入れたそのときだった。
バァン! と思いっきり扉が開く音がした。ぬえとフランがビックリして扉のほうを見る。
すると、そこには嬉しそうな顔をしたこいしの姿があった。
「なんだ、こいしちゃんじゃないの。遅かったわね来るの。それに随分と嬉しそうな顔してるけど、何か良いことでもあったの?」
こいしの顔があまりに嬉しそうな顔なので、気になったフランは尋ねた。
「うん♪ とっても良いことがあるのよ、これから」
「これから? また何か変な事考えてるんでしょこいし~」
ぬえが飽きれた顔でこいしに聞く。
しかし、こいしはお構いなしに、手に持ったあのピンクの丸薬を飲み込んだ。
「これでよしと♪」
「今飲んだ薬はなにこいしちゃん?」
「うふふ、今にわかるわよフランちゃん♪」
フランとぬえは疑問と不安に溢れた顔でこいしの方を見る。
怪しい笑みを浮かべるこいしを、始めはただ不思議に見ている二人だった。
しかし、だんだんと薬の効果が表れ始め、二人もうどんげ同様、顔が赤くなり息が荒くなり始めた。
「はぁはぁ、本当に何の薬飲んだのこいしちゃん?」
「とってもいいお薬だよフランちゃん。さぁそのまま私の所へ飛び込んで来なさい、そろそろ我慢できなくなるに違いないわ」
こいしが両手を前に広げて受け入れ態勢に入る。
「はぁはぁ。確かに……、この感情は抑えられそうにないわね。悪いけど行くわよこいしちゃん」
「うん♪ さぁさぁ可愛がってあげるから早く来なさい」
こいしも二人の興奮を見て我慢が出来なくなって来る。「早く早くぅ」と地団太を踏み、二人を急かす。
「行くわよこいしちゃん! うおおおおおぉぉおおおおおお」
フランは叫びながらこいしに抱きつき、そしてそのまま押し倒した。
こいしもまさか押し倒されるくらい効果が強いと思わなかったので驚いたが、顔はさらにニヤニヤとした、いやらしい笑みになっていた。
さらにこいしは、良い子良い子♪、とフランの頭を撫で始める。
「うふふ、もうフランちゃんたら強引なんだから。媚薬の効果はバッチリね。いいわよそんなに焦らなくても、これからタップリ可愛がってあげるから……、ってちょっとフランちゃん苦しいぃ! 抱きつき方さすがに強すぎるんだけど……」
フランが予想以上に強く抱きついてきたので、こいしが文句を言う。
しかし、フランのそれは抱きつきというより、どっちかと言うと、
「えーとフランちゃん? なんで首を絞めてくるのかな? 凄い苦しいだけど私……」
「なんかこいしちゃんを見てると凄い戦いたくなってくるのよ! 特に首とか絞めたくなるの!」
「はぁ? なにそれ? そんなの私求めてないんだけど? ちょ本当に苦しい! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬぅ!」
ビックリしたこいしが聞き返す。
あまりの苦しさにジタバタと手足を動かして抜け出そうとするが、フランのそれはガッチリと決まってどうにも抜け出せない。
「ってことはもしかしてぬえも……」
とこいしは当たりを見回すと、予想外な事にぬえはインベーダーゲームの上に乗って高笑いをしていた。オマケに変なトラのマスクをしながら。
「こんな事もあろうと用意しておいてよかったよ! 今日の私は正体不明のヒーロー、タイガーぬえだ!」
「正体バラしてるじゃん! あーもうフランちゃん苦しいよぅ」
一応こいしは突っ込んだが頭の中はパニック状態だった。
相変わらずフランは首絞めをやめる気配はない。こいしの顔もだんだんとレッドUFOのように真っ赤になって来る。
「いくぞこいし! とうっ!」
そしてぬえは飛び降り、動けないこいしの腹に思いっきりパンチをしだした。
「ぐっふぅえ! 来なくていいわよもうぉ、痛い痛い! なんで私のお腹殴るのよぅぬえ!」
「なんかこいしを見てると凄いお腹を殴りたくなってくるのよ!」
「うっく、そんなの私要求してないよぅ! もうお願いだからやめてよ二人とも!」
「ふふっ、こいしちゃんが失神するまでやめないわよ」
「いくぞこいし! 正体不明のパンチで死ね!」
こいしは涙ながらに訴えるが、相変わらず二人は興奮しまくって止める気配はない。
「ぐぇっふ! ぬえ痛いよぉ! ゲッホゥ! フランちゃん苦しいぃ! もうぉ! なんなのよこの薬―!」
フランには首を絞められ、ぬえにはお腹の殴られ、だんだんとこいしの意識が遠ざかっていく―――。
「痛てててて。もぉひどいじゃないですか師匠」
場所は戻って永遠亭。
永琳に手刀を入れられたうどんげがやっと目を覚ます。
「あら、おはよううどんげ」
「おはようじゃないですよまったく、なんだったんですかあの薬?」
「よくぞ聞いてくれたわうどんげ。あの薬を服用した相手を見るとね、まず体が興奮して戦闘本能を呼び起こし、次に薬を飲んだ相手をとにかく失神させたくなる薬なのよ」
「なんでそんなくっだらない薬作ったんですか師匠……」
「あなたが落ちるところを見て、私も落とす薬を作りたくなったのよ」
「それでなんで失神なんですか?」
「意識が落ちるって言うじゃない」
上手いこと言ったでしょ、と言いたげな顔で永琳はうどんげの方を見た。
「全然上手くないですよまったく。どうせだったら相手を恋に落とす薬でも作ってくださいよー」
ため息を付きながらうどんげは言う。すると永琳は自信満々な顔で、
「面白いからに決まってるじゃないの。それに、そんな普通な薬、もう数千年前に作ったわよ。欲しけりゃあなたにあげるけど、いる?」
「はい」
うどんげは気持ち良いくらい即答した。
永琳から、妖々しいピンク色の粉状の薬を貰ったうどんげは、嬉しそうに研究室を後にしていった―――。
それを見送った永琳は、またお気に入りのマグカップにコーヒーを入れる。
「それにしても、やっぱりあの子はマゾなのねぇ。相手を故意に落とす薬を要求するなんて。そんなに落とし穴に落とされたかったのかしらあの子」
永琳はくすりと笑う。そしてゆったりと、108杯目のコーヒーを堪能した。
よくふらんちゃんに首絞められて胴体とさようならしなかったな……
まあ、今までこいしちゃんちょっと調子に乗ってた感じがあるからいい薬になったでしょう。
ところで「パニッく状態だった。」←変換ミス?
とりあえずうどんげが誰に落とされに行ったかが気になります
こいしスキーの俺にはこの展開はつらすぎた
読んでる自分も殴られたみたいに痛かったよ
次回からはまた仲良しほのぼのな三人娘を期待しますね