―――――生まれては、消え。消えては、また生まれる。―――――――
―――――その発生に際限は無く、きっかけに限りはない。――――――
―――あらゆる場所、時間に存在し、人々の記憶と会話に住まう。―――
――文明が発展しても、いや、発展したからこそ生まれしものたち。――
―――――文明という光に照らされた社会に残る、新しき闇。―――――
――――光の洪水の中で生きている人々は、それらをこう呼ぶ。――――
―――――――――――――『都市伝説』と―――――――――――――
Modern legend of Alice ~消された村~
「・・・どういうことか説明してもらいましょうか?」
アリスは腰に手を当てて目の前の二人を睨みつける。
「いやいや、迷子だからって言うからほっとけなくて」
アリスに睨まれた魔理沙は苦笑を浮かべながら頭をかく。
その横では小さな男の子が心細そうに二人を眺めていた。
(はぁ、やっぱり厄介ごとに巻き込まれたか・・・)
話は昨日に遡る。
その日アリスはいつも通り自分の家で人形作りをしていた。
「ん~、そろそろ新しい物語用の人形でも作ろうかしら?」
人魚姫なんかいいかもねと、最近仕入れたお話を思いながら針を動かす。
うららかな午後の昼下がり、紅茶の香りが室内に漂い優雅な時間が流れていた。
「よう、邪魔するぜ!」
この黒白魔法使いが扉を開けるまでは。
「邪魔よ」
「だから邪魔するぜ」
突然の魔理沙の登場に、アリスは頭痛をこらえるように額に手をやる。
「今日はどんな面倒ごとを持ってきたのかしら?」
「なんだ?まるで私が来るといつも面倒が起きるみたいじゃないか」
「そうでしょう」
魔理沙に関わると大抵碌でもない目に遭わされてきた過去は、アリスに魔理沙をあんまり関わりたくない相手と認識させるのに十分だった。
それでも、魔理沙と関わり続けているのは・・・。
「おいおい、毎回ちゃんとそっちにも利益があったろう?」
「まぁね・・・」
アリスとしては非常に歯がゆい事ながら、魔理沙の持ってきた面倒ごとは確かに面倒なのだが、大抵それに見合ったものが手に入るためである。
だから何だかんだいいながらも結局は魔理沙の誘いに乗ることが多く、後でやっぱりやめておけばよかったと思うのが常である。
「で、今日は何?」
「おう、ちょっとある森に行ったんだけどさ」
「ある森」
「ああ、外れの方にあってあんまり人が寄り付かなさそうな所があってな。そこに茸を探しに・・・」
「また茸?」
「おぅ、なんせ私の魔力の元だからな。で、だ。そこをちょっと探索してみたらだ、ほら!」
そういって、後ろに持っていた籠を前に出した。
「・・・へぇ」
そこには多種多様な薬草が盛られていた。
「どうも今日行った森は魔力の流れが独特らしくてな、珍しい薬草なんかが沢山生えていたんだ」
「なるほどね。で、どうしてそれを私に言うのかしら?」
「ん?親愛なる我がパートナーアリスにも、この恩恵を与らせようと思ってな」
「嘘おっしゃい」
「私の親切が信じられないのか?」
「信じられないわ」
アリスは魔理沙の言葉をすぐに切り捨てる。
「そ・れ・で・?」
「・・・はいはい、本当の事を言うよ」
アリスの鋭い視線に魔理沙は両手を挙げて降参した。
「そこ、魔力の流れが独特って言っただろう?そのせいか、上手く魔力を扱えないんだ」
「どういうことかしら」
「つまりだ。空を飛ぼうとすると地面に向かって錐揉みしながら突き進んでいくみたいに、魔力制御が出来なくなるんだよ」
「それって、魔法が使えないってこと?」
「いや、そうでもない」
アリスの言葉に魔理沙は首を振る。
「魔力の動きがおかしくなるのは確かなんだが、私のマスタースパークみたいに高い火力だと影響を受けないし、この箒の強化みたいに物を通す魔力も影響を受けないのさ。どうも空気中の魔力に微妙に影響を与えるみたいなんだ」
「・・・なんとなく何が言いたいのかわかってきたけど、あえて聞くわ。それで私に何を頼みたいのかしら」
「その森でのボディーガードを・・・」
「嫌」
「・・・即答かよ」
魔理沙が顔をしかめて言うと、アリスは魔理沙よりもさらに顔をしかめて、
「あのね、何で私があなたのボディーガードをしなくちゃいけないのよ?」
「ほら、そこは私とアリスの仲ということで・・・」
「すくなくとも私とあなたの仲はそこまでいいとは思ってないけど?」
「そんなぁ~、歪な月を戻すため終えぬ夜を共に越え、地獄へと続く地下を一緒に降りてった仲じゃないか」
「少なくとも後者は私自身は降りてないわよ」
「そんな細かいことは気にせずにな!アリスだけが頼りなんだよ!!」
「私だけって・・・霊夢や紅魔館は・・・無理ね」
霊夢がそんな面倒そうな事をするとは思えないし、紅魔館において魔理沙は基本的にブラックリストトップの人間だ。
どちらも頼みを聞いてくれそうな感じではない。
だからといって、永遠亭や山の神社はそこまで仲が良くはないだろうし、白玉楼は人手不足だ。
いや、それ以前に彼らからも要注意人物として見られているかもしれない。
(とはいっても、他に頼みを聞いてくれそうな人物はいそうな気はするけどね・・・)
「とにかく、なんで私なわけ?どうせ、私の人形なら魔力の影響は受けないとか思ったんでしょうけど、人形を操っている糸は魔力の糸なのよ?」
「だけど、その糸を本物の糸にしてもいいんだろう?」
「・・・まぁね」
確かに魔法の糸の変わりに実際の糸をケーブルにして人形を動かすことは可能である。
しかし、それは物理的な制限―――糸同士の絡みや長さの問題があり、下手をすると魔法の糸よりも面倒なのである。
さらにその物理的な制限の為でせいぜい十体程度しか人形を操れない。
どちらかといえば質より量といったタイプのアリスにとって、実際の糸を使って戦うのは避けたいのであった。
そんなアリスの心中を知らずに、魔理沙はさらに言葉を続ける。
「それにさっきも言った通り、あそこでは空気中で魔力で何かを構成、制御するタイプの魔法は使えないんだ。特にパチュリーとか霊夢なんかは苦手だろうな。となると、肉弾系の相手が欲しいんだが、紅魔館は頼りづらいし、妖夢は忙しそうだし」
「あのね、私も暇じゃないの」
「その点アリスなら人形という媒体を使えば戦えるし、何より薬草の類を知っているから間違えたものをとったりすることもないしな」
「人の話を聞きなさい」
「なぁ、いいだろう?お前だってこれらの薬草に興味はあるんだろう?」
「む・・・」
確かに薬草には興味がある。
各魔法薬の組み合わせによる新しい反応を探す魔理沙と違い、アリスは術式を人形に組み込んでそれを改良・制御する事を目的としているが、それでも魔法薬は使うし、術式を構成するのにもよりよい薬草は重要である。
「・・・もし受けるとしてもまさか、タダでって訳じゃないでしょう?」
「おいおい、こんなにいい場所を教えてやるんだ。それが報酬だろう?」
「く・・・」
ちゃっかりしているが、確かに魔理沙の言うことは一理ある。
これが彼女からの依頼でなければすぐさま引き受けたであろう。
逆に言えば、それだけ魔理沙のことを信用していないことになる。
「・・・それ全部」
「ん?」
「いまあなたが持っている薬草を全部前払いでくれたら引き受けてあげる」
「はぁ!?流石にそれは・・・」
「嫌なら他を当たって」
「くっ、人の足元見やがって・・・」
魔理沙はしばらく考えた後、憮然とした顔で持っていた籠を突き出した。
「ほらっ!約束はしっかりと守ってもらうぞ!?」
「わかっているわ」
その籠を受け取り次の日に魔理沙とその森に出かけたのが二刻ほど前・・・そして現在、薬草一杯の籠を片手に魔理沙と少年の前で頭を抱えている。
「はぁ~、まぁいいわ。こんなところで置いておくのもなんだし、付き合ってあげるわよ」
「おっ、流石アリス!!てっきり人形のように心も無機質かと思ってたぜ」
――ガスッ!――
「蹴るわよ?」
「・・・既に殴っているじゃないか」
「さらに蹴るって言う意味よ」
「・・・」
「ああ気にしなくていいぜ。これがアリスの愛情表現ってやつだ」
「・・・」
「あぁ!無言でドールズウォーのスペルの準備をするのはやめてくれ!!」
「じゃあ、リターンイナニメトネスの方が良いかしら?」
「さ、さあ、先に行こうぜ!この先で親とはぐれたらしいからな!!」
心配そうな少年を連れて魔理沙が、冷や汗をかきながら森の奥へと進んでいく後をアリスはため息をつきながら付いて行った。
「こんなところに集落?」
少年に導かれてたどりついたのは人間のものと思しき一つの集落だった。
「みたいだな。とはいっても、廃棄されてかなり経っているみたいだが・・・」
そこは確かに集落だったが、障子も戸も破れ、屋根が落ちていたりと完全な廃村の様子を示していた。
「しかし、こんなところに集落なんて・・・危険そうな気もするけど」
「いや、むしろ周りの変な空間で妖怪の力が弱まっていいかもしれない」
「でも、こっちも魔力は使えないわよ?」
「いや、妖怪と違って人間はマジックアイテムを多用するからな。それならあまり影響を受けないだろうぜ」
「そんなものかしらね」
「そんなもんさ。ま、とりあえずこの子の親を探さないとな」
「そうそう、早くおいで」
「はいはい、わかってるわよ・・・ん?」
歩きながら魔理沙と話していたアリスは、ふと違和感を覚えて周りを見渡した。
「ん?どうしたアリス」
「いえ、ちょっとね・・・」
しばらくそのまま立ち止まっていたが、すぐに頭を振って魔理沙の横に並んだ。
「何でもないわ。いきましょう」
「?変なアリス・・・」
魔理沙は肩をすくめて歩き出した。
「しっかし、どうしてこんなところに人が来てるのかね?」
「さてね、案外私達と同じように薬草でも探しに来たんじゃないの?」
「ふむ、確かにそれはあるかもな・・・ってアリス、何やってんだ?」
「ちょっとね、入れそうな家屋がないか見てるの。中にいるかもしれないし」
「おお、それもそうだな。よし、私も探しながら行くとしよう」
そうやって二人が集落を進んでいくと、しばらくして比較的損傷の少ない家屋が見つかった。
「ここはまだしっかりしてるわね」
アリスが外側の壁を撫でながらそう言うと、魔理沙はその周りの家を見て少し頷いた。
「他のと比べても屋敷が大きめだから、造りがしっかりしてたんだろうな」
「ま、とりあえず入ってみましょう」
アリスが触っていた壁から手を離して家の中に一歩足を踏み入れた。
――グニャ――
「っ!?」
一瞬足の裏に何か柔らかい・・・そう例えるなら腐りかけの動物の死骸を踏んだような感触がした。
あわてて足元を見たがそこにはただの地面しかなく、少し柔らかい土の感触しかなかった。
(・・・気のせいね)
アリスが小さく息を吐くと、後ろから服の袖を引っ張られた。
「ん、別になんでもないわよ」
アリスは掴んだ手を叩いて顔を上げた。
「何してんだアリス?」
「えっ?」
顔を上げると少し奥で魔理沙が怪訝な顔をしてアリスを見ていた。
「!?」
アリスは素早く振り向く。
しかしすでに服を引っ張られている感触はなく、後ろには誰もいなかった。
(どういうこと?妖精の気配もないし・・・第一さっき触った手は??)
「どうしたんだアリス?」
「さっき服の袖を誰かに引っ張られてたのよ」
「は?私達以外誰もいなかったぜ?」
魔理沙は怪訝な顔をするが、アリスは未だに警戒を解かずに周りを見渡す。
「気をつけて、私達以外にも誰かいるかもしれない」
「ふ~ん、ま、アリスが言うなら気をつけておくか」
魔理沙は適当に答えて奥へと進む。
アリスは魔理沙に続きながらゆっくりと進んでいく。
――ギシッ――
一歩踏み出すたびに床板が軋んだ悲鳴を上げる。
――ギシッ――
ゆっくり右足を前に出す。
――ギシッ――
今度は左足を出す。
――ギシッ――
今度はまた右足。
――ギシッ――
再び左足。
――ギシッ――
そして右足を出す。
――ギシッ――
「!」
今、確かに足音が二つ聞こえた。
アリスは顔を上げ、振り返るが誰も居ない。それどころか前を向くといつの間にか魔理沙の姿も消えていた。
アリスは一人警戒しながらゆっくりと周りを見渡す。
そして今更気付く。屋敷の中は昼間だというのに異常に薄暗い・・・まるで屋敷が光を嫌っているようである。
アリスはそのまま静かに佇む。
――ギシッ――
再び足音が聞こえた。
――ギシッ――
床板が軋む。
――ギシッ――
いない筈の『何か』の重さに床が微かな悲鳴を上げる。
――ギシッ――
『何か』はアリスの側を通って横にある部屋へと入っていく。
――ギシッ――
足音は押入れらしき襖へと歩いていく。
――ギシッ――
足音は襖の前で止まり、聞こえなくなった。
でも『何かがいる』のはわかる。
「・・・」
アリスはゆっくりと襖のほうへと歩いていく。
――ギシッ――
床板がまるでそちらにいくなと警告しているように軋みをあげる。
――ギシッ――
アリスの中の本能的な部分も、近づく事を拒もうと足を竦ませる。
――ギシッ――
アリスの理性も近づく事を防ごうと歩みを遅くさせる。
――ギシッ――
だが、それ以外の『何か』がアリスの歩みを止めさせない。
――ギシッ――
とうとう襖の前にたどりついた。
「っ・・・」
鼓動が早くなる。
今も確かに『何かがここにいる』のを感じる。
「っは・・・」
息を吐き出し、恐る恐る襖に手を伸ばす。手が震えながら徐々に先へと進んでいく。
指先が襖の取っ手にかかり、手に力が入る。
――ポンッ――
「っ~~~~~!!!」
その時急に肩を叩かれて、アリスは声にならない悲鳴を上げた。
「おいおい、どうしたんだそんなに驚いて?」
「ま、魔理沙・・・」
その後すぐに聞こえてきた声がなかったならば、アリスの腰は確実に砕けていただろう。
「気付いたらなんか居なくなっていたし、声をかけたらやたら驚いていたし・・・今日のお前、何か変じゃないか?」
「・・・そうね」
魔理沙の言葉にアリスは頷く。
(確かに今日の私は何か変だわ。それもこの空気の所為かしら?)
「まぁいい、先に行ってるぜ」
「ええ」
魔理沙がすたすたと進んで行く。
私は振り返りさっきとは違いすんなり襖に手をかけ、横に引いた。
襖は予想通り押入れで、覗き込んでみてもつもりに積もった埃以外何も入っていなかった。
(うん、別に何も無いわね。さっきの足音みたいなのもきっと屋鳴りかなんかでしょう。古いし)
アリスはそう納得して魔理沙を追いかけようと踵を返した。
――パシッ――
「!?」
振り向いた直後、左手を『人の手のような何か』に掴まれた。
「―――っ」
全身に鳥肌が立ち、息を呑みこむ。今回は魔理沙の訳がない。彼女はもうこの部屋にはいないのだから。
何より『こんなゴムみたいな感触の手』が人の手であるわけがない!
「・・・」
ギギギと軋みを上げそうな感じで首を後ろに向ける。
青白い手が左手を掴んでいるのが見える、そしてその腕の先を伝っていくと―――――
青白い顔に穿たれた『真っ黒に塗りつぶされた目』と目があった
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!?」
喉が裂けそうなほどの絶叫が口から迸る。
押入れの上段の暗がり中に全身が青白い男が四つんばいになってこちらに手を伸ばしてきていた。
その頭は左半分が崩れておりおぼろげな中身をさらけ出し、本来目があるはずの箇所はぽっかりと穴が開いて、眼球の代わりの真っ黒な闇がぎょろりとアリスを睨んでいる。
そしてアリスと目が合うと、目と同じように真っ暗で歯のない口をニィッっと歪ませた。
―――ツ カ マ エ タ―――
「いやぁぁぁぁぁ~~!!」
アリスは無意識に人形を操作してその『何か』に体当たりさせる。弾幕が『何か』にあたりその肉が飛散し、手が一瞬緩む。その隙にアリスは全力でその場から駆け出した。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・何・・・あれ?」
ようやく息をついたアリスは、さっき見たものについて考える。
(亡霊のようだけど、なんかもっと違う禍々しいものを感じたわ)
ついでに掴まれた腕をさすり、その時の感触を思い出して再び鳥肌が立つ。
(とにかく、さっさとここから出ましょう)
「その為には魔理沙を探さないと・・・」
そうして息を整えて前を向いた時、アリスは違和感に気付いた。
(そういえば、魔理沙は私から離れてそれほど時間はたっていなかったはず。なのになんであいつがあんな大声をだして気付かないのかしら?それに、そんなに分かれ道なんてなかったのに何で魔理沙とすれ違わなかった?)
そもそも、どうして『二人でこの屋敷に入った』?
(何かが抜けている?もしかして思・・・)
――ピタンッ――
「っっ!!?」
首筋を再び『ゴムみたいな感触の何か』に掴まれる。
「・・・・・・」
視線だけを下にずらす。目の端に青白い手が横から伸びているのが見える。
そのまま視線を腕に伝わせる。
再び『真っ黒な空洞』と目があった。
「・・・!」
―――ミ ツ ケ タ―――
「っぁ!!」
アリスが叫び声を上げる前に『何か』はそのままアリスの首を絞めてきた。
ギギギギギッ
「くっ!!」
アリスはすぐさま人形を使って『何か』に攻撃を仕掛けるが、少しよろめくだけで全く手の力が緩められない。それどころかさらにぎりぎりと締める力が強くなっていく。
(このままじゃあ、窒息の前に首の骨が折られる!?)
人間ではないとはいっても、もともと魔法使いはそれほど肉体的には強くない。彼らはあくまで魔法に特化しているだけである。吸血鬼等とは違い首の骨が折れれば最悪死にかねない。
「がっ―――!」
空気が取り込めず、意識に霞がかかってくる。頚椎の軋みが頭の中に響く。
(・・・自分もダメージを受けるけど仕方ない)
アリスは感覚が薄れてくる手を必死に動かし、人形を手にして『何か』の顔に押し付ける。
――魔操『リータンイナニメトネス』――
その瞬間、押し付けられた人形が爆発し『何か』とアリスを吹っ飛ばした。
「くっ、かはっ!」
壁に叩きつけられたアリスはその衝撃で残り少ない肺の空気を吐き出し、一瞬視界が暗くなる。
「っ、はぁ、はぁ、はぁ」
落ちそうになる意識を無理やり気力で覚醒させ、息を整えながら体の様子を見る。
(やっぱり至近距離で使うとダメージは免れないわね)
痛む体を無理やり立ち上がらせて構える。
『何か』が吹き飛んだほうに目を向けるが何も、それこそ奴の『体の一部の欠片』すら見当たらなかった。
(撤退したみたいね)
アリスは警戒を少しだけ緩めて壁に背を預ける。
(とにかく魔理沙を探さないと)
もしもの場合魔理沙のマスタースパークで吹き飛ばすことも考えなくてはいけない。
アリスは警戒を解かないままゆっくりと魔理沙を探し始めた。
しばらく屋敷内をうろつくが一向に魔理沙と遭遇しない。
(おかしい。いくらなんで魔理沙の気配すらないって言うのは変だわ・・・)
いくらこの屋敷が大きいからといっても流石にこうも会わないとなると異常である。
(何か空間に作用しているのかしら?だとしたら厄介ね。ここじゃ探査魔法も使えないし・・・)
あれからあの『何か』の襲撃も起きていないがいつ襲ってくるかもわからない。早めに合流しておいたほうがいいのは明らかであった。
(にしても、一階も上も調べたのにどこにもいないなんて・・・あと探していないところは・・・?)
そんな事を考えながら二階の廊下を歩いていく。廊下は随分傷んでおり、アリスが足を出すたびに軋んだ音を上げる。
(もし、今崩れたら下まで真っ逆さまね・・・下?)
アリスは床板が壊れて飛べずに下に落ちる自分を想像して、あることに気付いた。
(もしかしてここ、地下もあるのかしら?)
空間を弄るというのもあるがそれは何かしらの違和感を伴う。最初に走り出したときとは違い今は十分気をつけている。そういったことがあれ気付くはずである。だがそういった違和感は今のところ覚えない。なのに魔理沙と会えないということは、彼女はアリスのいる範囲と別の場所にいると考えられる。地下なら魔理沙と会えないのも納得できる。
(恐らく、最初に私が走り出す前に魔理沙を地下へと導いたんだわ)
そう考えて、アリスはすぐさま一階へと向かった。
一階に降りたアリスは最初の場所に戻り、注意深く足元を見る。
足元にはアリスと魔理沙の足跡が残されており、アリスはゆっくりとそれを辿っていった。
(・・・あった)
しばらく辿ると、魔理沙の足跡が壁に向かって途切れた箇所が見つかった。
注意深くその壁を調べると、下のほうが扉になっていることがわかった。
(こっから降りていったのね)
アリスは静かに扉を開き、警戒を強めながら中に入っていった。
中は何故か薄っすらと明るく明かり無しでも進めるようであった。
――カツンッ――
石で作られた階段を慎重に下りていく。
――カツンッ――
階段はかなり長いようで、この薄っすらとした明かりでは奥の方は見えない。
――カツンッ――
石の階段と靴底がぶつかる高めの音が通路に響く。
――カツンッ――
アリスの横を湿った風が通りすぎ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「――――――ッ!」
突然誰かの絶叫、いや断末魔がアリスの鼓膜を襲った。
それは既に音という枠を超えて呪いとなってアリスの精神に揺さぶりをかける。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
声が遠ざかった後、アリスは壁に手をついて荒い息を吐く。
(今のはここで死んだ者たちの声・・・?)
アリスには先ほどの声が死者達の残留思念であることに気がついた、しかも大量の。恐らく、この集落が廃墟になったことと関係があるのだろう。
未だ耳に残る音を頭を振って追い出しながら、再び慎重に階段を下りていく。
ようやく下まで下りきると再び扉があり、そこを開けると格子状の木の枠でくくられた部屋が並ぶ廊下に着いた。
「これは・・・牢屋?」
それはどうみても出したくないものを閉じ込めるための部屋に違いなかった。
「なんだってこんなものが・・・」
しばらく歩くと視界の端に見慣れた黒い服が見えた。
「魔理沙!?」
「おおアリス、助けてくれ!」
魔理沙は牢屋のうち比較的しっかりしているところに中に閉じ込められていた。
「なんだって牢屋の中に・・・」
「いや~、中になんかないかなと入ってみたら閉じ込められてな。それより早く出してくれ」
「わかったわ」
アリスは人形を操作して牢屋の鍵を壊した。
魔理沙は鍵が壊れるとすぐに出てきて「やれやれだぜ」と呟きながら大きく伸びをした。
「いや~、本当に助かったぜ。木製とはいえ流石に人間の力であの格子を壊すのは無理だし、だからといってマスタースパークでも撃とうものなら生き埋めになるだろうしで困ってたんだ」
「ほんとね。さ、早くここから出ましょう」
「おっとその前に目的だけ果たして行こうぜ」
そう言って魔理沙は通路の奥を指す。
「あ、そうね」
「そうそう」
そうして二人で奥に歩いていこうとしたが不意にアリスが立ち止まる。
「ん、どうしたアリス?」
「ねぇ、魔理沙どうして私達ってここに入ったのかしら?」
「それはこの館の中に探し物がありそうだからだろう?」
魔理沙の言葉にアリスは眉間を寄せる。
「じゃあ、その探し物って何?」
「おいおい、何言ってんだ忘れちまったのか?」
「答えて!」
「!?」
アリスの剣幕に魔理沙は少したじろぐ。
「わかったよ。ほら、あれだよあれ」
「あれって?」
「だから、・・・え~っと?」
魔理沙の様子を見てアリスはため息をつく。
「なんだよ?」
「いえ、まさかこうも簡単に思考制御にかかるなんてねって思っただけ」
「どういうことだよ?」
「ねぇ、そもそも私達『二人だけでこの場所に来たっけ?』」
詰め寄った魔理沙に、アリスがそう返した。
「は、何のことだ?」
「あなたはすっかりわからなくなっているみたいだけど、私はなんとか思い出せたみたいね。やっぱり人間とそれ以外で変るのかしら?」
「いいから説明してくれ」
じれったそうにしている魔理沙にアリスは順序だてて説明していく。
「いい、私達は薬草を採りにきた。それは覚えているわね」
「ああ」
「そしてそこで魔理沙は一人の少年を見つけた」
「そうだっけ?」
「黙って聞く。そしてその少年に導かれてその子の親がいるというこの集落に着いた」
「・・・ああ!?思い出したぜ!!」
「そう、私達の探し物っていうのはその少年の親よ」
「そうだったな!」
魔理沙が納得といった表情で頷くが、アリスはその前に一本の指を立てた。
「そこで問題。『いったいその少年は今どこにいる?』」
「あ」
「そう、気付いたら私達は二人だけでこの集落を探索してた。で、その少年はというと・・・」
アリスが通路の奥に視線を向ける。
「そこにいるっていうわけね」
アリスの言葉に魔理沙も振り返ると、そこには青白い男ががらんどうの眼窩をこちらに向けて静かに立っていた。
よくみると、森であった少年の面影がある。
「な、なんだありゃあ!?」
「おそらく、今回私達をここに呼んだ犯人よ」
「いったいなぜ?」
「さあね、それよりも多分あいつをどうにかしないとここから出れないわよ」
「ちっ、めんどくさいな」
魔理沙は帽子を被りなおし、アリスは人形を待機させる、
「いくわよ。私が攻撃して足止めするから魔理沙はその横を抜けて奥にいって」
「ああ」
そして二人して奥に向かって走り出す。
――戦符『リトルレギオン』――
アリスの人形達が目標に向かって突撃を開始する。相手はそれをモロに食らい動きが鈍くなる。
その横を魔理沙が駆け抜けていった。
「いい、多分こいつの核になる物が奥にあるはずよ、それを破壊して!!」
「おーけい!」
魔理沙はそう返事して全く振り返ることもなく奥へと走っていった。
そのまま走りながら魔理沙は周りを見る。
(アリスが奥に核があるっていった理由は、恐らく何かそういったものの存在を感じたんだろう。となると、ぱっと見で私の感性に引っかかるようなものが核だな)
魔理沙は走る速度を維持しながらも注意深く周りを見る。すると、一つの牢屋で明らかに異彩を放つものを見つけた。
(これは、猟銃か・・・?)
その猟銃は他のものと違い全く朽ちた様子がない。そしてなにより、その銃身に血らしきものが付着していた。しかも、今さっきついたかのようにぬめりがある。
(とりあえずこれを破壊しよう)
魔理沙はスカートの中から一本の瓶を取り出す。
(さっきは狭くて使えなかったが、これだけ離れていれば大丈夫だろう)
魔理沙は手にした瓶=グラウンドスターダストを猟銃に向かって放り投げた。
――ドゴォォォッン――
猟銃にあたった瓶は割れた途端爆発を起こし、猟銃を吹っ飛ばした。
「よし、これでどうにかなるかな?さて次は・・・って、おおおお!?」
猟銃を破壊した途端、地面が揺れ天井の一部がボロボロと崩れてきた。
「おいおい、これはこの屋敷の核でもあったのかよ?ヤバイなさっさと戻らないと!!」
魔理沙はすぐさま踵を返し、アリスの元へと走った。
「魔理沙!」
走っていた魔理沙の前から同じようにアリスが走って近づいてきた。
「おお、アリス無事だったか!?」
「ええ、何とかね。それよりも早く外に出ないと」
アリスはすぐさま戻ろうとするが、魔理沙がその肩をつかんで止めた。
「いや、ここから走って出るんじゃ間に合わない!」
「じゃあ、どうするのよ?」
「飛んで脱出する」
魔理沙の言葉にアリスは顔をしかめる。
「あのね、まだこの辺は魔力が上手く使えないのよ!?飛ぶだなんて・・・」
「いいから、箒にまたがって私に捕まれ!!」
少しだけ二人はにらみ合うが、その時間も惜しいと感じたのかアリスが黙って箒にまたがり魔理沙につかまった。
「いいか、私がマスタースパークで天井に穴を開ける。そしたら飛んで出るからそれまでの一瞬の間でいい、人形で崩落を止めてくれ」
「・・・わかったわ」
魔理沙の言葉にアリスは頷き、人形を用意する。
魔理沙は八卦炉を天井に向けて魔力を込める。
「さぁいくぜ!!」
――魔砲『ファイナルスパーク』――
大量の魔力が上空に向かって放たれる。
その衝撃で崩落が早まり、崩れた瓦礫が二人に降り注ぐ。
――注力『トリップワイヤー』――
それをアリスの人形とそれを繋ぐ糸が絡めとり破壊する。
その間に魔力を練り直した魔理沙はアリスに叫ぶ。
「いくぜ、しっかりつかまれ!!」
――彗星『ブレイジングスター』――
その瞬間、魔理沙とアリスは一筋の流星となって大量の魔力を放出しながら空へと飛び上がった。
そして、屋敷から流星が飛び出した瞬間屋敷はまるで積み木倒しのように崩れ去った。
「ふぅ、あぶない危ない」
「本当、間一髪ってところね」
魔理沙とアリスは空中で下に見える集落を見下ろしながら息をついた。
既に魔法が普通に使えるようになっているので、アリスは魔理沙の箒から離れ自分で飛び始めた。
「さて、ようやく抜け出したところで早速薬草採取の再開といこうか?」
「そうね・・・って、あら?」
「どうした?」
「ほら、見て」
アリスが集落を指し示したので魔理沙がそちらを見ると、集落全体が薄っすらと霞んできた。
「んん、どうなってんだ?」
「どうやら、あの集落全体が一つの存在だったみたいね。あなたが核を壊したから徐々に消えてくみたい」
アリスそう言っているうちに集落の存在はどんどん朧になり、とうとう消えてしまった。
「ほんとだ」
「そして、非常に残念なことにあの独特な魔力の流れの森もあの集落の一部だったみたいね。一緒に消えちゃったわ」
「へっ?」
魔理沙が間抜けな声を出してアリスを見つめ、そして顔を引きつらせた。
「嘘だろ?」
「だったら降りてみれば?もうあの魔力の流れはないはずだから普通に飛べるはずよ」
その言葉を聞いて魔理沙はすぐさま下に降りていった。アリスはその姿を見ながら今日何度目かになるため息をついた。
(全く、本当に魔理沙と関わると碌なことがないわね)
涙目の魔理沙がアリスに先日渡した薬草を返してくれないかと頼むのは、もうしばらく後のことであった。
―――――その発生に際限は無く、きっかけに限りはない。――――――
―――あらゆる場所、時間に存在し、人々の記憶と会話に住まう。―――
――文明が発展しても、いや、発展したからこそ生まれしものたち。――
―――――文明という光に照らされた社会に残る、新しき闇。―――――
――――光の洪水の中で生きている人々は、それらをこう呼ぶ。――――
―――――――――――――『都市伝説』と―――――――――――――
Modern legend of Alice ~消された村~
「・・・どういうことか説明してもらいましょうか?」
アリスは腰に手を当てて目の前の二人を睨みつける。
「いやいや、迷子だからって言うからほっとけなくて」
アリスに睨まれた魔理沙は苦笑を浮かべながら頭をかく。
その横では小さな男の子が心細そうに二人を眺めていた。
(はぁ、やっぱり厄介ごとに巻き込まれたか・・・)
話は昨日に遡る。
その日アリスはいつも通り自分の家で人形作りをしていた。
「ん~、そろそろ新しい物語用の人形でも作ろうかしら?」
人魚姫なんかいいかもねと、最近仕入れたお話を思いながら針を動かす。
うららかな午後の昼下がり、紅茶の香りが室内に漂い優雅な時間が流れていた。
「よう、邪魔するぜ!」
この黒白魔法使いが扉を開けるまでは。
「邪魔よ」
「だから邪魔するぜ」
突然の魔理沙の登場に、アリスは頭痛をこらえるように額に手をやる。
「今日はどんな面倒ごとを持ってきたのかしら?」
「なんだ?まるで私が来るといつも面倒が起きるみたいじゃないか」
「そうでしょう」
魔理沙に関わると大抵碌でもない目に遭わされてきた過去は、アリスに魔理沙をあんまり関わりたくない相手と認識させるのに十分だった。
それでも、魔理沙と関わり続けているのは・・・。
「おいおい、毎回ちゃんとそっちにも利益があったろう?」
「まぁね・・・」
アリスとしては非常に歯がゆい事ながら、魔理沙の持ってきた面倒ごとは確かに面倒なのだが、大抵それに見合ったものが手に入るためである。
だから何だかんだいいながらも結局は魔理沙の誘いに乗ることが多く、後でやっぱりやめておけばよかったと思うのが常である。
「で、今日は何?」
「おう、ちょっとある森に行ったんだけどさ」
「ある森」
「ああ、外れの方にあってあんまり人が寄り付かなさそうな所があってな。そこに茸を探しに・・・」
「また茸?」
「おぅ、なんせ私の魔力の元だからな。で、だ。そこをちょっと探索してみたらだ、ほら!」
そういって、後ろに持っていた籠を前に出した。
「・・・へぇ」
そこには多種多様な薬草が盛られていた。
「どうも今日行った森は魔力の流れが独特らしくてな、珍しい薬草なんかが沢山生えていたんだ」
「なるほどね。で、どうしてそれを私に言うのかしら?」
「ん?親愛なる我がパートナーアリスにも、この恩恵を与らせようと思ってな」
「嘘おっしゃい」
「私の親切が信じられないのか?」
「信じられないわ」
アリスは魔理沙の言葉をすぐに切り捨てる。
「そ・れ・で・?」
「・・・はいはい、本当の事を言うよ」
アリスの鋭い視線に魔理沙は両手を挙げて降参した。
「そこ、魔力の流れが独特って言っただろう?そのせいか、上手く魔力を扱えないんだ」
「どういうことかしら」
「つまりだ。空を飛ぼうとすると地面に向かって錐揉みしながら突き進んでいくみたいに、魔力制御が出来なくなるんだよ」
「それって、魔法が使えないってこと?」
「いや、そうでもない」
アリスの言葉に魔理沙は首を振る。
「魔力の動きがおかしくなるのは確かなんだが、私のマスタースパークみたいに高い火力だと影響を受けないし、この箒の強化みたいに物を通す魔力も影響を受けないのさ。どうも空気中の魔力に微妙に影響を与えるみたいなんだ」
「・・・なんとなく何が言いたいのかわかってきたけど、あえて聞くわ。それで私に何を頼みたいのかしら」
「その森でのボディーガードを・・・」
「嫌」
「・・・即答かよ」
魔理沙が顔をしかめて言うと、アリスは魔理沙よりもさらに顔をしかめて、
「あのね、何で私があなたのボディーガードをしなくちゃいけないのよ?」
「ほら、そこは私とアリスの仲ということで・・・」
「すくなくとも私とあなたの仲はそこまでいいとは思ってないけど?」
「そんなぁ~、歪な月を戻すため終えぬ夜を共に越え、地獄へと続く地下を一緒に降りてった仲じゃないか」
「少なくとも後者は私自身は降りてないわよ」
「そんな細かいことは気にせずにな!アリスだけが頼りなんだよ!!」
「私だけって・・・霊夢や紅魔館は・・・無理ね」
霊夢がそんな面倒そうな事をするとは思えないし、紅魔館において魔理沙は基本的にブラックリストトップの人間だ。
どちらも頼みを聞いてくれそうな感じではない。
だからといって、永遠亭や山の神社はそこまで仲が良くはないだろうし、白玉楼は人手不足だ。
いや、それ以前に彼らからも要注意人物として見られているかもしれない。
(とはいっても、他に頼みを聞いてくれそうな人物はいそうな気はするけどね・・・)
「とにかく、なんで私なわけ?どうせ、私の人形なら魔力の影響は受けないとか思ったんでしょうけど、人形を操っている糸は魔力の糸なのよ?」
「だけど、その糸を本物の糸にしてもいいんだろう?」
「・・・まぁね」
確かに魔法の糸の変わりに実際の糸をケーブルにして人形を動かすことは可能である。
しかし、それは物理的な制限―――糸同士の絡みや長さの問題があり、下手をすると魔法の糸よりも面倒なのである。
さらにその物理的な制限の為でせいぜい十体程度しか人形を操れない。
どちらかといえば質より量といったタイプのアリスにとって、実際の糸を使って戦うのは避けたいのであった。
そんなアリスの心中を知らずに、魔理沙はさらに言葉を続ける。
「それにさっきも言った通り、あそこでは空気中で魔力で何かを構成、制御するタイプの魔法は使えないんだ。特にパチュリーとか霊夢なんかは苦手だろうな。となると、肉弾系の相手が欲しいんだが、紅魔館は頼りづらいし、妖夢は忙しそうだし」
「あのね、私も暇じゃないの」
「その点アリスなら人形という媒体を使えば戦えるし、何より薬草の類を知っているから間違えたものをとったりすることもないしな」
「人の話を聞きなさい」
「なぁ、いいだろう?お前だってこれらの薬草に興味はあるんだろう?」
「む・・・」
確かに薬草には興味がある。
各魔法薬の組み合わせによる新しい反応を探す魔理沙と違い、アリスは術式を人形に組み込んでそれを改良・制御する事を目的としているが、それでも魔法薬は使うし、術式を構成するのにもよりよい薬草は重要である。
「・・・もし受けるとしてもまさか、タダでって訳じゃないでしょう?」
「おいおい、こんなにいい場所を教えてやるんだ。それが報酬だろう?」
「く・・・」
ちゃっかりしているが、確かに魔理沙の言うことは一理ある。
これが彼女からの依頼でなければすぐさま引き受けたであろう。
逆に言えば、それだけ魔理沙のことを信用していないことになる。
「・・・それ全部」
「ん?」
「いまあなたが持っている薬草を全部前払いでくれたら引き受けてあげる」
「はぁ!?流石にそれは・・・」
「嫌なら他を当たって」
「くっ、人の足元見やがって・・・」
魔理沙はしばらく考えた後、憮然とした顔で持っていた籠を突き出した。
「ほらっ!約束はしっかりと守ってもらうぞ!?」
「わかっているわ」
その籠を受け取り次の日に魔理沙とその森に出かけたのが二刻ほど前・・・そして現在、薬草一杯の籠を片手に魔理沙と少年の前で頭を抱えている。
「はぁ~、まぁいいわ。こんなところで置いておくのもなんだし、付き合ってあげるわよ」
「おっ、流石アリス!!てっきり人形のように心も無機質かと思ってたぜ」
――ガスッ!――
「蹴るわよ?」
「・・・既に殴っているじゃないか」
「さらに蹴るって言う意味よ」
「・・・」
「ああ気にしなくていいぜ。これがアリスの愛情表現ってやつだ」
「・・・」
「あぁ!無言でドールズウォーのスペルの準備をするのはやめてくれ!!」
「じゃあ、リターンイナニメトネスの方が良いかしら?」
「さ、さあ、先に行こうぜ!この先で親とはぐれたらしいからな!!」
心配そうな少年を連れて魔理沙が、冷や汗をかきながら森の奥へと進んでいく後をアリスはため息をつきながら付いて行った。
「こんなところに集落?」
少年に導かれてたどりついたのは人間のものと思しき一つの集落だった。
「みたいだな。とはいっても、廃棄されてかなり経っているみたいだが・・・」
そこは確かに集落だったが、障子も戸も破れ、屋根が落ちていたりと完全な廃村の様子を示していた。
「しかし、こんなところに集落なんて・・・危険そうな気もするけど」
「いや、むしろ周りの変な空間で妖怪の力が弱まっていいかもしれない」
「でも、こっちも魔力は使えないわよ?」
「いや、妖怪と違って人間はマジックアイテムを多用するからな。それならあまり影響を受けないだろうぜ」
「そんなものかしらね」
「そんなもんさ。ま、とりあえずこの子の親を探さないとな」
「そうそう、早くおいで」
「はいはい、わかってるわよ・・・ん?」
歩きながら魔理沙と話していたアリスは、ふと違和感を覚えて周りを見渡した。
「ん?どうしたアリス」
「いえ、ちょっとね・・・」
しばらくそのまま立ち止まっていたが、すぐに頭を振って魔理沙の横に並んだ。
「何でもないわ。いきましょう」
「?変なアリス・・・」
魔理沙は肩をすくめて歩き出した。
「しっかし、どうしてこんなところに人が来てるのかね?」
「さてね、案外私達と同じように薬草でも探しに来たんじゃないの?」
「ふむ、確かにそれはあるかもな・・・ってアリス、何やってんだ?」
「ちょっとね、入れそうな家屋がないか見てるの。中にいるかもしれないし」
「おお、それもそうだな。よし、私も探しながら行くとしよう」
そうやって二人が集落を進んでいくと、しばらくして比較的損傷の少ない家屋が見つかった。
「ここはまだしっかりしてるわね」
アリスが外側の壁を撫でながらそう言うと、魔理沙はその周りの家を見て少し頷いた。
「他のと比べても屋敷が大きめだから、造りがしっかりしてたんだろうな」
「ま、とりあえず入ってみましょう」
アリスが触っていた壁から手を離して家の中に一歩足を踏み入れた。
――グニャ――
「っ!?」
一瞬足の裏に何か柔らかい・・・そう例えるなら腐りかけの動物の死骸を踏んだような感触がした。
あわてて足元を見たがそこにはただの地面しかなく、少し柔らかい土の感触しかなかった。
(・・・気のせいね)
アリスが小さく息を吐くと、後ろから服の袖を引っ張られた。
「ん、別になんでもないわよ」
アリスは掴んだ手を叩いて顔を上げた。
「何してんだアリス?」
「えっ?」
顔を上げると少し奥で魔理沙が怪訝な顔をしてアリスを見ていた。
「!?」
アリスは素早く振り向く。
しかしすでに服を引っ張られている感触はなく、後ろには誰もいなかった。
(どういうこと?妖精の気配もないし・・・第一さっき触った手は??)
「どうしたんだアリス?」
「さっき服の袖を誰かに引っ張られてたのよ」
「は?私達以外誰もいなかったぜ?」
魔理沙は怪訝な顔をするが、アリスは未だに警戒を解かずに周りを見渡す。
「気をつけて、私達以外にも誰かいるかもしれない」
「ふ~ん、ま、アリスが言うなら気をつけておくか」
魔理沙は適当に答えて奥へと進む。
アリスは魔理沙に続きながらゆっくりと進んでいく。
――ギシッ――
一歩踏み出すたびに床板が軋んだ悲鳴を上げる。
――ギシッ――
ゆっくり右足を前に出す。
――ギシッ――
今度は左足を出す。
――ギシッ――
今度はまた右足。
――ギシッ――
再び左足。
――ギシッ――
そして右足を出す。
――ギシッ――
「!」
今、確かに足音が二つ聞こえた。
アリスは顔を上げ、振り返るが誰も居ない。それどころか前を向くといつの間にか魔理沙の姿も消えていた。
アリスは一人警戒しながらゆっくりと周りを見渡す。
そして今更気付く。屋敷の中は昼間だというのに異常に薄暗い・・・まるで屋敷が光を嫌っているようである。
アリスはそのまま静かに佇む。
――ギシッ――
再び足音が聞こえた。
――ギシッ――
床板が軋む。
――ギシッ――
いない筈の『何か』の重さに床が微かな悲鳴を上げる。
――ギシッ――
『何か』はアリスの側を通って横にある部屋へと入っていく。
――ギシッ――
足音は押入れらしき襖へと歩いていく。
――ギシッ――
足音は襖の前で止まり、聞こえなくなった。
でも『何かがいる』のはわかる。
「・・・」
アリスはゆっくりと襖のほうへと歩いていく。
――ギシッ――
床板がまるでそちらにいくなと警告しているように軋みをあげる。
――ギシッ――
アリスの中の本能的な部分も、近づく事を拒もうと足を竦ませる。
――ギシッ――
アリスの理性も近づく事を防ごうと歩みを遅くさせる。
――ギシッ――
だが、それ以外の『何か』がアリスの歩みを止めさせない。
――ギシッ――
とうとう襖の前にたどりついた。
「っ・・・」
鼓動が早くなる。
今も確かに『何かがここにいる』のを感じる。
「っは・・・」
息を吐き出し、恐る恐る襖に手を伸ばす。手が震えながら徐々に先へと進んでいく。
指先が襖の取っ手にかかり、手に力が入る。
――ポンッ――
「っ~~~~~!!!」
その時急に肩を叩かれて、アリスは声にならない悲鳴を上げた。
「おいおい、どうしたんだそんなに驚いて?」
「ま、魔理沙・・・」
その後すぐに聞こえてきた声がなかったならば、アリスの腰は確実に砕けていただろう。
「気付いたらなんか居なくなっていたし、声をかけたらやたら驚いていたし・・・今日のお前、何か変じゃないか?」
「・・・そうね」
魔理沙の言葉にアリスは頷く。
(確かに今日の私は何か変だわ。それもこの空気の所為かしら?)
「まぁいい、先に行ってるぜ」
「ええ」
魔理沙がすたすたと進んで行く。
私は振り返りさっきとは違いすんなり襖に手をかけ、横に引いた。
襖は予想通り押入れで、覗き込んでみてもつもりに積もった埃以外何も入っていなかった。
(うん、別に何も無いわね。さっきの足音みたいなのもきっと屋鳴りかなんかでしょう。古いし)
アリスはそう納得して魔理沙を追いかけようと踵を返した。
――パシッ――
「!?」
振り向いた直後、左手を『人の手のような何か』に掴まれた。
「―――っ」
全身に鳥肌が立ち、息を呑みこむ。今回は魔理沙の訳がない。彼女はもうこの部屋にはいないのだから。
何より『こんなゴムみたいな感触の手』が人の手であるわけがない!
「・・・」
ギギギと軋みを上げそうな感じで首を後ろに向ける。
青白い手が左手を掴んでいるのが見える、そしてその腕の先を伝っていくと―――――
青白い顔に穿たれた『真っ黒に塗りつぶされた目』と目があった
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!?」
喉が裂けそうなほどの絶叫が口から迸る。
押入れの上段の暗がり中に全身が青白い男が四つんばいになってこちらに手を伸ばしてきていた。
その頭は左半分が崩れておりおぼろげな中身をさらけ出し、本来目があるはずの箇所はぽっかりと穴が開いて、眼球の代わりの真っ黒な闇がぎょろりとアリスを睨んでいる。
そしてアリスと目が合うと、目と同じように真っ暗で歯のない口をニィッっと歪ませた。
―――ツ カ マ エ タ―――
「いやぁぁぁぁぁ~~!!」
アリスは無意識に人形を操作してその『何か』に体当たりさせる。弾幕が『何か』にあたりその肉が飛散し、手が一瞬緩む。その隙にアリスは全力でその場から駆け出した。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・何・・・あれ?」
ようやく息をついたアリスは、さっき見たものについて考える。
(亡霊のようだけど、なんかもっと違う禍々しいものを感じたわ)
ついでに掴まれた腕をさすり、その時の感触を思い出して再び鳥肌が立つ。
(とにかく、さっさとここから出ましょう)
「その為には魔理沙を探さないと・・・」
そうして息を整えて前を向いた時、アリスは違和感に気付いた。
(そういえば、魔理沙は私から離れてそれほど時間はたっていなかったはず。なのになんであいつがあんな大声をだして気付かないのかしら?それに、そんなに分かれ道なんてなかったのに何で魔理沙とすれ違わなかった?)
そもそも、どうして『二人でこの屋敷に入った』?
(何かが抜けている?もしかして思・・・)
――ピタンッ――
「っっ!!?」
首筋を再び『ゴムみたいな感触の何か』に掴まれる。
「・・・・・・」
視線だけを下にずらす。目の端に青白い手が横から伸びているのが見える。
そのまま視線を腕に伝わせる。
再び『真っ黒な空洞』と目があった。
「・・・!」
―――ミ ツ ケ タ―――
「っぁ!!」
アリスが叫び声を上げる前に『何か』はそのままアリスの首を絞めてきた。
ギギギギギッ
「くっ!!」
アリスはすぐさま人形を使って『何か』に攻撃を仕掛けるが、少しよろめくだけで全く手の力が緩められない。それどころかさらにぎりぎりと締める力が強くなっていく。
(このままじゃあ、窒息の前に首の骨が折られる!?)
人間ではないとはいっても、もともと魔法使いはそれほど肉体的には強くない。彼らはあくまで魔法に特化しているだけである。吸血鬼等とは違い首の骨が折れれば最悪死にかねない。
「がっ―――!」
空気が取り込めず、意識に霞がかかってくる。頚椎の軋みが頭の中に響く。
(・・・自分もダメージを受けるけど仕方ない)
アリスは感覚が薄れてくる手を必死に動かし、人形を手にして『何か』の顔に押し付ける。
――魔操『リータンイナニメトネス』――
その瞬間、押し付けられた人形が爆発し『何か』とアリスを吹っ飛ばした。
「くっ、かはっ!」
壁に叩きつけられたアリスはその衝撃で残り少ない肺の空気を吐き出し、一瞬視界が暗くなる。
「っ、はぁ、はぁ、はぁ」
落ちそうになる意識を無理やり気力で覚醒させ、息を整えながら体の様子を見る。
(やっぱり至近距離で使うとダメージは免れないわね)
痛む体を無理やり立ち上がらせて構える。
『何か』が吹き飛んだほうに目を向けるが何も、それこそ奴の『体の一部の欠片』すら見当たらなかった。
(撤退したみたいね)
アリスは警戒を少しだけ緩めて壁に背を預ける。
(とにかく魔理沙を探さないと)
もしもの場合魔理沙のマスタースパークで吹き飛ばすことも考えなくてはいけない。
アリスは警戒を解かないままゆっくりと魔理沙を探し始めた。
しばらく屋敷内をうろつくが一向に魔理沙と遭遇しない。
(おかしい。いくらなんで魔理沙の気配すらないって言うのは変だわ・・・)
いくらこの屋敷が大きいからといっても流石にこうも会わないとなると異常である。
(何か空間に作用しているのかしら?だとしたら厄介ね。ここじゃ探査魔法も使えないし・・・)
あれからあの『何か』の襲撃も起きていないがいつ襲ってくるかもわからない。早めに合流しておいたほうがいいのは明らかであった。
(にしても、一階も上も調べたのにどこにもいないなんて・・・あと探していないところは・・・?)
そんな事を考えながら二階の廊下を歩いていく。廊下は随分傷んでおり、アリスが足を出すたびに軋んだ音を上げる。
(もし、今崩れたら下まで真っ逆さまね・・・下?)
アリスは床板が壊れて飛べずに下に落ちる自分を想像して、あることに気付いた。
(もしかしてここ、地下もあるのかしら?)
空間を弄るというのもあるがそれは何かしらの違和感を伴う。最初に走り出したときとは違い今は十分気をつけている。そういったことがあれ気付くはずである。だがそういった違和感は今のところ覚えない。なのに魔理沙と会えないということは、彼女はアリスのいる範囲と別の場所にいると考えられる。地下なら魔理沙と会えないのも納得できる。
(恐らく、最初に私が走り出す前に魔理沙を地下へと導いたんだわ)
そう考えて、アリスはすぐさま一階へと向かった。
一階に降りたアリスは最初の場所に戻り、注意深く足元を見る。
足元にはアリスと魔理沙の足跡が残されており、アリスはゆっくりとそれを辿っていった。
(・・・あった)
しばらく辿ると、魔理沙の足跡が壁に向かって途切れた箇所が見つかった。
注意深くその壁を調べると、下のほうが扉になっていることがわかった。
(こっから降りていったのね)
アリスは静かに扉を開き、警戒を強めながら中に入っていった。
中は何故か薄っすらと明るく明かり無しでも進めるようであった。
――カツンッ――
石で作られた階段を慎重に下りていく。
――カツンッ――
階段はかなり長いようで、この薄っすらとした明かりでは奥の方は見えない。
――カツンッ――
石の階段と靴底がぶつかる高めの音が通路に響く。
――カツンッ――
アリスの横を湿った風が通りすぎ「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「――――――ッ!」
突然誰かの絶叫、いや断末魔がアリスの鼓膜を襲った。
それは既に音という枠を超えて呪いとなってアリスの精神に揺さぶりをかける。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
声が遠ざかった後、アリスは壁に手をついて荒い息を吐く。
(今のはここで死んだ者たちの声・・・?)
アリスには先ほどの声が死者達の残留思念であることに気がついた、しかも大量の。恐らく、この集落が廃墟になったことと関係があるのだろう。
未だ耳に残る音を頭を振って追い出しながら、再び慎重に階段を下りていく。
ようやく下まで下りきると再び扉があり、そこを開けると格子状の木の枠でくくられた部屋が並ぶ廊下に着いた。
「これは・・・牢屋?」
それはどうみても出したくないものを閉じ込めるための部屋に違いなかった。
「なんだってこんなものが・・・」
しばらく歩くと視界の端に見慣れた黒い服が見えた。
「魔理沙!?」
「おおアリス、助けてくれ!」
魔理沙は牢屋のうち比較的しっかりしているところに中に閉じ込められていた。
「なんだって牢屋の中に・・・」
「いや~、中になんかないかなと入ってみたら閉じ込められてな。それより早く出してくれ」
「わかったわ」
アリスは人形を操作して牢屋の鍵を壊した。
魔理沙は鍵が壊れるとすぐに出てきて「やれやれだぜ」と呟きながら大きく伸びをした。
「いや~、本当に助かったぜ。木製とはいえ流石に人間の力であの格子を壊すのは無理だし、だからといってマスタースパークでも撃とうものなら生き埋めになるだろうしで困ってたんだ」
「ほんとね。さ、早くここから出ましょう」
「おっとその前に目的だけ果たして行こうぜ」
そう言って魔理沙は通路の奥を指す。
「あ、そうね」
「そうそう」
そうして二人で奥に歩いていこうとしたが不意にアリスが立ち止まる。
「ん、どうしたアリス?」
「ねぇ、魔理沙どうして私達ってここに入ったのかしら?」
「それはこの館の中に探し物がありそうだからだろう?」
魔理沙の言葉にアリスは眉間を寄せる。
「じゃあ、その探し物って何?」
「おいおい、何言ってんだ忘れちまったのか?」
「答えて!」
「!?」
アリスの剣幕に魔理沙は少したじろぐ。
「わかったよ。ほら、あれだよあれ」
「あれって?」
「だから、・・・え~っと?」
魔理沙の様子を見てアリスはため息をつく。
「なんだよ?」
「いえ、まさかこうも簡単に思考制御にかかるなんてねって思っただけ」
「どういうことだよ?」
「ねぇ、そもそも私達『二人だけでこの場所に来たっけ?』」
詰め寄った魔理沙に、アリスがそう返した。
「は、何のことだ?」
「あなたはすっかりわからなくなっているみたいだけど、私はなんとか思い出せたみたいね。やっぱり人間とそれ以外で変るのかしら?」
「いいから説明してくれ」
じれったそうにしている魔理沙にアリスは順序だてて説明していく。
「いい、私達は薬草を採りにきた。それは覚えているわね」
「ああ」
「そしてそこで魔理沙は一人の少年を見つけた」
「そうだっけ?」
「黙って聞く。そしてその少年に導かれてその子の親がいるというこの集落に着いた」
「・・・ああ!?思い出したぜ!!」
「そう、私達の探し物っていうのはその少年の親よ」
「そうだったな!」
魔理沙が納得といった表情で頷くが、アリスはその前に一本の指を立てた。
「そこで問題。『いったいその少年は今どこにいる?』」
「あ」
「そう、気付いたら私達は二人だけでこの集落を探索してた。で、その少年はというと・・・」
アリスが通路の奥に視線を向ける。
「そこにいるっていうわけね」
アリスの言葉に魔理沙も振り返ると、そこには青白い男ががらんどうの眼窩をこちらに向けて静かに立っていた。
よくみると、森であった少年の面影がある。
「な、なんだありゃあ!?」
「おそらく、今回私達をここに呼んだ犯人よ」
「いったいなぜ?」
「さあね、それよりも多分あいつをどうにかしないとここから出れないわよ」
「ちっ、めんどくさいな」
魔理沙は帽子を被りなおし、アリスは人形を待機させる、
「いくわよ。私が攻撃して足止めするから魔理沙はその横を抜けて奥にいって」
「ああ」
そして二人して奥に向かって走り出す。
――戦符『リトルレギオン』――
アリスの人形達が目標に向かって突撃を開始する。相手はそれをモロに食らい動きが鈍くなる。
その横を魔理沙が駆け抜けていった。
「いい、多分こいつの核になる物が奥にあるはずよ、それを破壊して!!」
「おーけい!」
魔理沙はそう返事して全く振り返ることもなく奥へと走っていった。
そのまま走りながら魔理沙は周りを見る。
(アリスが奥に核があるっていった理由は、恐らく何かそういったものの存在を感じたんだろう。となると、ぱっと見で私の感性に引っかかるようなものが核だな)
魔理沙は走る速度を維持しながらも注意深く周りを見る。すると、一つの牢屋で明らかに異彩を放つものを見つけた。
(これは、猟銃か・・・?)
その猟銃は他のものと違い全く朽ちた様子がない。そしてなにより、その銃身に血らしきものが付着していた。しかも、今さっきついたかのようにぬめりがある。
(とりあえずこれを破壊しよう)
魔理沙はスカートの中から一本の瓶を取り出す。
(さっきは狭くて使えなかったが、これだけ離れていれば大丈夫だろう)
魔理沙は手にした瓶=グラウンドスターダストを猟銃に向かって放り投げた。
――ドゴォォォッン――
猟銃にあたった瓶は割れた途端爆発を起こし、猟銃を吹っ飛ばした。
「よし、これでどうにかなるかな?さて次は・・・って、おおおお!?」
猟銃を破壊した途端、地面が揺れ天井の一部がボロボロと崩れてきた。
「おいおい、これはこの屋敷の核でもあったのかよ?ヤバイなさっさと戻らないと!!」
魔理沙はすぐさま踵を返し、アリスの元へと走った。
「魔理沙!」
走っていた魔理沙の前から同じようにアリスが走って近づいてきた。
「おお、アリス無事だったか!?」
「ええ、何とかね。それよりも早く外に出ないと」
アリスはすぐさま戻ろうとするが、魔理沙がその肩をつかんで止めた。
「いや、ここから走って出るんじゃ間に合わない!」
「じゃあ、どうするのよ?」
「飛んで脱出する」
魔理沙の言葉にアリスは顔をしかめる。
「あのね、まだこの辺は魔力が上手く使えないのよ!?飛ぶだなんて・・・」
「いいから、箒にまたがって私に捕まれ!!」
少しだけ二人はにらみ合うが、その時間も惜しいと感じたのかアリスが黙って箒にまたがり魔理沙につかまった。
「いいか、私がマスタースパークで天井に穴を開ける。そしたら飛んで出るからそれまでの一瞬の間でいい、人形で崩落を止めてくれ」
「・・・わかったわ」
魔理沙の言葉にアリスは頷き、人形を用意する。
魔理沙は八卦炉を天井に向けて魔力を込める。
「さぁいくぜ!!」
――魔砲『ファイナルスパーク』――
大量の魔力が上空に向かって放たれる。
その衝撃で崩落が早まり、崩れた瓦礫が二人に降り注ぐ。
――注力『トリップワイヤー』――
それをアリスの人形とそれを繋ぐ糸が絡めとり破壊する。
その間に魔力を練り直した魔理沙はアリスに叫ぶ。
「いくぜ、しっかりつかまれ!!」
――彗星『ブレイジングスター』――
その瞬間、魔理沙とアリスは一筋の流星となって大量の魔力を放出しながら空へと飛び上がった。
そして、屋敷から流星が飛び出した瞬間屋敷はまるで積み木倒しのように崩れ去った。
「ふぅ、あぶない危ない」
「本当、間一髪ってところね」
魔理沙とアリスは空中で下に見える集落を見下ろしながら息をついた。
既に魔法が普通に使えるようになっているので、アリスは魔理沙の箒から離れ自分で飛び始めた。
「さて、ようやく抜け出したところで早速薬草採取の再開といこうか?」
「そうね・・・って、あら?」
「どうした?」
「ほら、見て」
アリスが集落を指し示したので魔理沙がそちらを見ると、集落全体が薄っすらと霞んできた。
「んん、どうなってんだ?」
「どうやら、あの集落全体が一つの存在だったみたいね。あなたが核を壊したから徐々に消えてくみたい」
アリスそう言っているうちに集落の存在はどんどん朧になり、とうとう消えてしまった。
「ほんとだ」
「そして、非常に残念なことにあの独特な魔力の流れの森もあの集落の一部だったみたいね。一緒に消えちゃったわ」
「へっ?」
魔理沙が間抜けな声を出してアリスを見つめ、そして顔を引きつらせた。
「嘘だろ?」
「だったら降りてみれば?もうあの魔力の流れはないはずだから普通に飛べるはずよ」
その言葉を聞いて魔理沙はすぐさま下に降りていった。アリスはその姿を見ながら今日何度目かになるため息をついた。
(全く、本当に魔理沙と関わると碌なことがないわね)
涙目の魔理沙がアリスに先日渡した薬草を返してくれないかと頼むのは、もうしばらく後のことであった。
忽然と現れ、忽然と消え、理が成り立っていないのに、当たり前に感じてしまう。
まるで夢を文章にしたような作品です。それもとびっきりの悪夢を。
ナイトメアをありがとう。今日は眠れません
これを読んでる最中に横を何かが通り過ぎていったのは
はたして気のせいなのか、それとも…。
今回は他の出演者が魔理沙だけなのでより心細く感じましたね。
幻視力と霊魂に対するスキルが高いアリスだからこそどうにか抜け出ることができましたが、
もしこれがそちらの方面に疎いキャラだったら……と思うとゾッとします。
もちろん都市伝説につけ込まれやすいのもその体質故(って紫が言ってましたっけ?)なのでしょうが。
ていうか色々マジびびった。
今まではどっちかというと弾幕など力技が通用しない相手でしたが、
今回はなんとかやりあえる相手で個人的には楽しめたです。
物語としてちゃんとオチもあり、かなり完成度が高くおもしろかった。
何でしょうね……おぞましいというか、身の毛も凍るというか。
いずれ此のアリスとママンの絡みが見てみたいです!
あれのパロかなぁ~
とは思うのですがいまいち自信がないですね
すっきりしないのでそのうち教えてくださいな
前作が去年の十二月中ごろだったので、そんな長期間覚えていてくださった方々がいらっしゃったのは大変嬉しく思います。
コメントを拝見させていただく限り、なんか今回はちゃんとホラーになっていたようなので一安心です。
今回のネタは津山事件が元になった都市伝説系(杉沢村など)と隠れ里系を元にしています。核が猟銃なのは津山事件での凶器がそれだったからです。
まぁそんな訳で、今回ホラーゲーム零2の影響が強く、半分そのパロディみたいになっているかもしれません。因みに亡霊イメージは呪怨からですね。
そういえば今回はHTMLタグを使ってみたのですがどうなんでしょうかね? 見た限りは受け入れてもらえているようですが・・・。
まぁそれはともかく、次もいつになるかは全くわかりませんが(もしかしたら今回以上に空くかもしれませんが)、よろしければ次回も待っていてくださると大変嬉しいです。
文字色やフォントを変えているのがうまかったと思います。
てっきり青鬼かとw