※この作品は作品集89にある「鈍感にだってほどがある」の続きになりますが、読んでなくても特に支障はないと思います。
※視点変更有。◆で早苗視点、☆で魔理沙視点になります。
◆
「ケンカするならさっさと帰れ!」
がーっと烈火の如く怒る霊夢さん。
その視線の先には、困ったような笑い顔の魔理沙さんと
いつ来たのか、不機嫌そうなアリスさんがいた。
……私がちょっと台所に行っている隙に、一体何があったんだろう。
「アリスが神社に来たのよ」
「はあ……?」
魔理沙さん達が何をしたのかと訊ねてみると、そんな一言で済まされた。
いや、それは見れば分かります。その先が知りたいのに。
続きは? と目で問うけれど、そのあとは語るまでもないとしかめっつらで返された。
「早苗はひねくれてなくていいわよね」
「え? それって褒めてるんですか?」
褒められた気が全くしない。
足をぷらぷらとさせる霊夢さんは何だか呆れているような表情だった。
二人して無言になる。
遊びに来たという魔理沙さんがいなくなっただけで、神社はかなり静かになって。
何だか気まずかったけれど、それでも私から話をすることはなかった。
なんとなく、霊夢さんがどう話を切り出そうかと悩んでいるように見えたから。
「……私、魔理沙との付き合いは結構長いのよね」
「それは、知ってますが」
ぽつりと吐き出された言葉に脊髄反射で答える。じろりと睨まれた。
出鼻をくじかれたのか、うーん、と言葉に詰まる霊夢さん。
それを差し引いてもこうやって言葉を選びながら話すのは珍しくて。
これはきっと、大切な話なのだと思った。
「あいつの態度で、大体のことは分かるのよ。
例えば、大事な壷を壊したとか、妙な悪戯をしそうな時とか」
「はあ……」
ちょっぴり羨ましいなあ。
そういった以心伝心に近いものには、憧れがあった。
神奈子様と諏訪子様とかも、微妙にそんな感じだし。
そんなことを考えていると、霊夢さんは、ん、と声を漏らして少し言いづらそうにつぶやいた。
「だから、あいつがアリスのことが好きっていうのも、分かってるつもり。
あいつ自身は、気付いてないけどね」
「…………へ?」
「え、何。そこまで変な顔するところなの?」
変な顔してた、のかなあ私。
いやしかし大切な話っぽく言うものだから、身構えていた部分もあってのことだと思う。
だって、霊夢さんの口から好きという言葉が出ること自体おかしいのだ。
「あんた今、失礼なこと考えてない?」
「いえいえ、……話の続きをどうぞ」
「そのあとは特にないわよ? 私でも気くらい遣うって話」
「ええ……?」
「何だその顔は」
だって、霊夢さんが気を遣えるってことがおかしいのだから仕方ない。
☆
「ったく、あいつめ。あそこまで怒ることないのに」
霊夢から追い出された私はぐちぐちと文句を言っていた。
横暴だーとか、そんなの。あいつは怒ると怖いのだ。少しは手加減をしてほしい。
「私もあれくらい怒れたら幸せかもね」
こいつはこいつで機嫌悪いし。なんだよー。怒るなよー。
「すぐに何らかの理由を付けて神社に来られたしって言うから、何かと思えば……」
「う、それは悪いと思ってるんだ。すまん。マジでごめん」
私が霊夢とアリスに怒られているのは一重に、神社でケンカを吹っ掛けたからだった。
私の呼び出しで神社に来たアリスに有無を言わさず弾幕ごっこを仕掛けて、そこで霊夢に怒られた。
でも、私だって考え無しにそんなことするほど外道じゃない。
ちゃんと理由があったのだから、そこまで怒られなくてもいいと思うのだ。
「で、どういうことなのよ」
「前に、霊夢が早苗のこと好きだって話、しただろ?」
「あー、してたような、してないような」
「……で、今日はちょうど早苗がいたんだよ。見ただろ?」
そこまで言うとアリスにも分かったらしく、ああ、と得心したような顔をする。
けれど、すぐにまた怒ったようなじとり顔をした。
「……何で私なのよ」
「連絡取るものがこれしかなかったから」
懐から取り出したのはアリス作の人形。地底に行くときに使った特別製だ。
アリスがそれを手に取ると人形の手足を動かして何かを鑑定するように見る。
そうして一通りチェックしてからはあ、とめんどうくさそうにため息をついた。
「まだこんなもの持ってたなんてね」
「こんなものでも、蒐集家には貴重なんだ」
「こんなものですって?」
怒るなよ。そっちが言い出したくせに。
そこまで人形が大事なら、はじめからそんな言い方しなきゃいいのだ。
「……まあ、これは預かっておくわ」
「お前、私のものを盗ったら後が酷いんだぜ」
「預かるだけよ。糸の縺れとかを直したら返してあげる」
どうせまた同じことで使うんでしょ?
アリスは心底めんどうくさそうにそう言って。
「お、おお? そうだが」
なんとなくどもりながら、それに返す。行くなと言われても、聞く気はない。
それを承知してか、アリスはもう一回ため息を吐いてから人形を見つめ直した。
「これくらい綺麗ならすぐに直るから」
「そっか。なら、アリスの家にお邪魔しよっかな」
「直す邪魔はしないでよ?」
「私の気分次第だな」
めんどうくさそうにしていても、結局アリスだってあの二人が気になるのだ。
それがなんでか面白くて、楽しくて、どうしようもなく邪魔をしてやりたくなった。
アリスの腕なら、邪魔されてもそう時間は掛からないんだろうし。
「恋の魔法使いさんは早く自分の恋を見つければいいのにね」
……うるさいよ。
そうやって盛り上がった気分に水を差すからアリスは嫌いなのだ。
◆
「霊夢さんでも、色恋沙汰は分かるんですね」
「でもって何よ。でもって」
ぎゅうっと頬を引っ張られる。痛いけれど、まあ、なれたもので。
霊夢さんは私の頬が大層お気に入りらしく、何かあればすぐに引っ張られてしまう。
最近は、その回数がとみに増えた。
それだけやられていれば耐性もついてしまうもので。
「……余裕あるわね」
「一日に何回引っ張られてると思ってるんですか」
「数えてないなあ。何回?」
「数えなきゃいけない時点でおかしいんです」
なるほど。霊夢さんが大発見したかのように手をぽんと打った。
そこで納得するのもおかしいと思うのだけれど。本当に何回やられているんだろう。
恨めしげに見つめてみる。霊夢さんが少し困ったような表情をした。
「だってあんた、よく伸びるんだもん」
「そんなに伸びるかなあ……」
自分でぐい、と引っ張ってみる。
霊夢さんはうーん、と首を傾げて、どう言ったものかを考えているようで。
「伸びるっていうか、楽しいっていうか……? 実は私にもよく分かんない」
「私にはもっと分かりませんよ。引っ張られるのもつらいんですが」
「悪いとは思ってるけど。でも、やめないわよ」
もはや私の日課だし。
そう言って、霊夢さんは嬉しそうに笑った。
霊夢さんの笑顔は、本当に綺麗で清々しい。
でも、私はそんなこと日課にしないでほしいと思いながら霊夢さんの頬を引っ張り返すのだった。
☆
アリスの家で私ができることは、アリスの邪魔をしてやるくらいだった。
いや、邪魔というか話しかけているだけなのだけれど。
静かにしなさいと言われてもしないあたり、邪魔にしかなっていないのだろう。
「はい、できた」
「すごいな。一時間とかからず直っちまった」
渡された人形を受け取って、ひょいとその腕を動かしてみる。
直す過程を見ていても、私にはどこがどうおかしかったのかは分からなかった。
元々そこまで汚してもなかったしな。
「通信機能に関しては私も知らないから……そこだけは壊さないように気をつけてね」
人形だけで出来る方法を考えるべきかなあ、なんて言って考え込むアリス。
むう。私のためになるとはいえ、目の前で自分の世界に行かれると気に入らないなあ。
もやもやした気分になったので、ほっぺたを引っ張ってみる。
「痛い」
「そうか。よかったな」
「何なのよ」
「霊夢が早苗によくやってるから、どれくらい楽しいのかと思って」
実際、ちょっと楽しいかもしれない。
アリスのほっぺた、柔らかいし。余計な肉、付いてないくせに。
「そういえば、宴会の時とかやってるの見るわね」
「うむうむ。霊夢いわく、面白い」
「これのどこがよ」
引っ張られてる方はたまったもんじゃない、と不機嫌そうに言う。
やられて嫌ならやり返せばいいだろうに。二倍で。私はそのあと四倍返し。
「まあ、霊夢のやりたいことはなんとなく分かるけど」
なんなのよ、とアリスが不満そうな目で訊ねてくる。
鈍いアリスには分からないだろうし、理解できないだろうけど一応教えておいてやるべきか。
「好きな子ほど虐めたいってやつ」
「…………はあ」
一瞬、きょとんとしたアリスはすぐに素に戻ってため息をついた。
その気持ちは分からんでもないが。
好きなやつだから虐めたいだなんて、霊夢はお子様だよなあ。
それに付き合わされる早苗も可哀相に。
「で、いつになったら私は解放されるのかしら」
「ん? ああ、ずっと引っ張ったまんまだったか。すまん」
しかし、人のほっぺたは柔らかいのがいいと思う。
自分のほっぺたを引っ張ってみてもそう柔らかくは感じないし。
今度また引っ張ってみようっと。
霊夢みたいな補正は付いてないにしても――嫌がる反応は中々に面白い。
◆
「それにしても。魔理沙さんってアリスさんが好きだったんですね」
へぇー、と言いながら頷いてみる。
私はそういったことに鈍いので、言われてもいまいちよく分からないのだけれど。
「あいつはひねくれてるからね。分かりやすいったらありゃしない」
ひねくれてるのに分かりやすいとは。
霊夢さんの言うことは変なことが多い。
「宴会とかに来たら観察してみるといいかもね。面白いわよ」
「人を見て面白いっていうのはひどくありませんか」
「つまんないよりいいでしょ」
そう言って霊夢さんはからからと笑った。
そういう問題なのかなあ。思うところはあるのだけれど、言えば私の方にツケがくるに違いない。
触らぬ神に祟り無し。諏訪子様はどうするか知らないけれど。
「ちなみに、あんたも結構面白いわよ」
「それは付け足さなくてもいいですよ」
「言いたかったから、いいの」
よくないですよ、と返して、そっぽ向いてみる。
言わなくてもツケがくるのはよろしくないのではないか。
まあ、私も霊夢さんの反応を見て楽しんでいるところがあるから、お互い様なのだろうけれど。
「拗ねないでよ」
「拗ねてません」
むう、と眉をしかめる霊夢さん。
霊夢さんは言葉に詰まるといつもこんな顔をして、私を睨むのだ。
睨んでると言っても、その視線は少し泳いでいて怖くはない。むしろ可愛い方だ。
普段の態度が態度だから、こうして困っている様を見るのは、ちょっぴり面白い。
「何、笑ってるのよ」
「あ、顔に出ちゃいました?」
「出てた。あんたってすぐ顔に出るわよね」
出るかなあ。今も一応自制してたつもりなのだけれど。
そこら辺は霊夢さんの勘のよさもあるんじゃないか。
「で、何を考えてたのよ?」
「霊夢さん可愛いなあって」
あ、霊夢さんがぽかんとした。
「何を考えてるのよ」
「下手にごまかすのも悪いと思ったんですが」
「それは悪いけど……」
霊夢さんは霊夢さんでひねくれてるなあ。
言った私も私だけれど。でも、霊夢さんのことだから、ぼかして言うと余計に怒る。
「……魔理沙の話に戻すわよ」
「戻しましょうか」
これ以上やったら、また頬を引っ張られてしまう。
もうちょっと反応を見ていたい気もするけれど、痛いのは話が別だ。
どこまで話したっけ、と霊夢さんがつぶやきながら頭をかいた。
「ああ。そうそう。あいつ、やたらアリスのとこに行くのよね」
「アリスさんのところに……?」
霊夢さんのところに来る方が多いと思うのだけど。
そういうことを言っているのではないのだろう。
「何でもアリスに絡めるというか。話もそればっかだし」
「はあ。のろけ話みたいなものですかね」
「みたいなじゃなくて、そのものね」
うざいったらありゃしない、と霊夢さんが毒づいた。
はあ、とため息を吐いて心底呆れたような顔をしている。
嫌なら止めればいいのに。にやけそうな頬を押さえ付けていると、霊夢さんに睨まれてしまった。
そのままの表情で、霊夢さんは私に問いかけてくる。
「早苗はあいつにのろけられたことない?」
「うーん、あんまり話さないんですよね。私が来るとすぐに帰っちゃいますし」
あまりにもそれが多いから、嫌われてるんだろうかと悩んだこともある。
それとなく霊夢さんに相談してみたら笑われてしまったけれど。
「あいつ、物理的にもアリスのところに行ってるらしいからね」
「へぇ。そうだったんですか」
「最近は特に行ってるみたいよ」
ふうん、と頷いてみる。霊夢さんがはあ、とため息を吐いた。
そんな霊夢さんの態度に呆れ以外のものが見えた気がして、地雷と思いながらも訊ねてみる。
「魔理沙さんが来なくて、寂しかったりはしないんですか?」
「へ? 何でよ?」
む、予想外の反応。てっきり顔を赤くして怒るかと思ったのに。
霊夢さんは本当に不思議そうに目を丸くして、私の顔を見つめていた。
ちょっとして、質問の意図に気付いたのか、じっとりした目線になっていく。
「あんたね」
「あはは、ごめんなさい」
「時々突拍子もないこと言うわよね、早苗は」
そこまで変なことを言ったつもりはないのだけれど。
渋すぎるお茶を飲みながら、霊夢さんはばつが悪そうに上を向く。
「……考えてもなかったなあ。最近はあんたもよく来るし」
「そうですか」
「まあ、あいつがそうしたいならいいんじゃないの」
そんなものなのかなあ。
つぶやく顔は少し楽しそうだから、間違ってはいないのだろうけれど。
その表情のまま、霊夢さんは言葉を続ける。
「だって――」
☆
目の前をちまちま動く人形にちょっかいを出しながらアリスと話をする。
話の内容は皮肉とか、冗談とか。つまるところ、いつもと変わらなかった。
まあ、その中には霊夢達のことをだしにした話題もあったりしたわけだが。
「で、実際のところ、霊夢と早苗ってどうなのよ」
「んあ? どうって?」
真面目な話だとばかりに、アリスは目を細くしてつぶやいた。
何でこんな真剣な表情をしているんだろうと内心で首を傾げる。
ちょっぴりだけ眉を寄せるアリス。何だか怒っているみたいだけれど、本気でもないような。
「いつ頃から気を遣わなくてもよくなるのって話」
私の自由な時間を削るんだから、なんて文句を口にする。
ううん、やっぱりこいつはお人よしのにぶちんだな。ついでにごまかすのが下手だ。
そんなこと言うなら、最初から協力するとか言わなきゃいいのだ。
アリスは単に二人の関係が気になるだけなんだろう。こいつ、お節介でもあるからなあ。
「でも、それは私には分からん。あいつらも鈍いし」
「…………」
「まあ、どっちかが気付けばあっという間だと思うけど」
「…………はあ」
これ見よがしなため息をつかれてしまった。
私の解答に向けてか、あいつらの関係に呆れてか、はたまたその両方か。
どうとも取れそうで、どれでもなさそうで。曖昧すぎるため息だった。
「魔理沙から言っちゃえばいいのに」
「それじゃあ、面白くないだろう」
ああいうのは、適度に距離を保って眺めるもんだ。
そんなことで悩む霊夢なんて、私が死後、天国に行っちゃうくらいレアな出来事なんだぞ。
今楽しまずに、いつ楽しめと言うんだ、それを。
私が未だに神社通いを続ける理由の一つには、そういう野次馬根性もあるのだ。
その辺は怒られるから、言わないけどさ。
「…………」
アリスは微妙な顔をして黙り込む。
いや、でも何て言いたいか、分かる。次のセリフが見える気さえする。
さっきからよく分からない表情ばかりしていたけれど、今回は清々しいくらいにはっきりだ。
「あんた、霊夢達を応援する気、ないわよね……」
「失礼な。いつでもあいつらの味方だぞ。私は」
絶対嘘だ、なんて戯言を聞き逃しながら、私を睨むようなアリスの目を覗き返す。
少しの疑問に揺れる瞳。その青い目から視線を逸らすことなく、私は言った。
「まあ、なんというか。霊夢は言っても聞きそうにないしな」
私が言ってもくだらないこと言うなー、で一蹴されてしまうだろうし。
それに何より、あいつは鈍いとかそういうのより、決定的にあれなのだ。
「言いたいことがあるなら、勿体振らずに言いなさい」
「うむ。率直に言うとだな」
◆ ☆
「あいつ、素直じゃないから」
☆
「はあ……?」
ぽかん、と細くなっていた目を見開くアリス。
そうなるとは思ったけどさ。だから、あえて勿体振ったのだ。
「そんな理由?」
「損な理由だ」
私だって、もどかしいとか言っちゃいたいとか考えたことはあるんだぜ?
でも霊夢だし、素直に認めやしないだろうな、とも考えたのだ。
あいつ、絶対損してる。素直になっちゃえば悩むこともないのに。
「あー、まあ、確かに、霊夢っぽいと言えなくもないけど」
勝手に納得してくれたらしいアリスは額に手を当てながら、うんと縦に頷いた。
それは頷くというか、ため息を吐くような感じに近かったけれど。
「あっきれた」
「まったくだ」
肯定したのに、アリスはジト目で私を見る。あんたもよ、とか言いたそう。
むう、と眉をしかめてみた。素直じゃない自覚はあるが、しかし。
「私は霊夢ほどひねくれものじゃないぜ」
「どうだか」
アリスはわざとらしく、嫌みっぽい笑みを作ってみせる。
なんだか嫌な予感がして咄嗟に口を挟もうとするけれど、それは間に合わなくて。
「恋もしたことないくせに、恋がどうたらって言う娘がひねくれてないと言うのかしら」
「む、むぐぐ……!」
ああ、すっごく痛いとこ突かれた。
それは流石に酷すぎるというか、改めて遠慮がないなちくしょう。
「魔理沙ー」
「何だよ」
わざとらしく語尾を伸ばしながら名前を呼ぶ声に、ぶっきらぼうに返してやる。
楽しそうに笑う顔は、さっきのよりはマシだけれど、今はものすごく腹が立つ。
次の言葉に文句言ってやろうと目を見据えて、待ち構えた。
「だいすきー」
けど、こいつから漏れたのは予想外にもほどがある言葉で。
少しだけ、ぽかんとする。
唐突で、棒読みだけれど、まあ、その辺は気にしないことにしよう。
「そうか。私はアリスが大嫌いだ」
そう、とアリスはちょっぴり不機嫌そうな声を漏らす。
その仕種はふて腐れた子供のようで、面白くて、可愛いかった。
……結局のところ、こいつが嫌いになりきれないからこそ、私はあんな言葉しか返せないのだ。
いつかしたようなやり取り。あの時のアリスの胸中を聞いてみたいと思った。
いや、聞かないけどさ。だってそんなこと聞いたらアリスが気になるみたいで癪じゃないか。
膨れっ面のアリスの頬を引っ張ってやる。
じとりと睨まれるけれど、不思議と抵抗はされなかった。
◆
「素直じゃないって……それ、楽しそうに言うことじゃないですよ」
「あー? 私は楽しいからいいのよ。ぶっちゃけあんまり関係ないし」
それはぶっちゃけすぎだと思う。何気にひどい台詞だし。
目の前の素直じゃない人を見つめてみた。不思議そうな表情を返される。
「何よ?」
「いえ、何もないですよ?」
むう、と唇を尖らせる霊夢さん。
答えをごまかされたことが気に入らないのか、探るように、じっと私の目を見ている。
視線を逸らしてみると、それがまた気に入らなかったらしく、不機嫌そうな声を出した。
「……何を考えてたのよ」
「いやー、これは言えませんね」
目がさらに細くなる。霊夢さんの手が頬に伸びてきて、思わず身構えた。
ぐいーっと引っ張られて、大した抵抗もせず、むしろそれに合わせて体ごと動いてみせた。
……条件反射と慣れって、怖いなあ。呼吸をするように自然な動きだった。
「拗ねないでくださいよ」
「拗ねてないわよ」
思いっきり納得していない表情のくせに、霊夢さんはそんなことを言う。
「やっぱ、あんたは訳分かんない」
「私には霊夢さんが分かりません」
霊夢さんはむー、と不機嫌さを隠しもしない表情をして私を睨む。
お互いに黙り込んでみるけれど、その沈黙は不思議と気まずくなかった。
それでもごまかすような笑みを浮かべて、一応は場を和まそうとしてみる。
「……妙に図々しくなったわよね」
「霊夢さんと一緒にいれば、それは仕方ないかと」
「私と一緒にいれば何よ」
ぎりぎりぎり。いたたたたたた。
頬を思いきり引っ張られて涙目になりながら、霊夢さんの手をぺちぺち叩いてみる。
引っ張るというより抓るに近くなってきた手。いや、本気で痛いですってこれ!
「今までで一番痛かったんですが」
「痛くしたから。昔の、借りてきた猫みたいな早苗はどこに行ったんだか」
「こんなに来れば、猫だって自分の家と勘違いしますよ」
最近来た回数を頭の中で数えてみる。……あー、本当に来すぎかもしれない。
気付けば自分の用事が済んだらここに来るのが習慣になっていた。
魔理沙さんも顔負けの頻度なのは、流石に考えものだ。霊夢さんの都合もあることだし。
「別に、それでもいいけどね」
「はい? 何か言いました?」
ぽつりとつぶやく霊夢さんに問い掛けると、拗ねたように何でもない、とそっぽを向く。
……やっぱり霊夢さんの考えることは分からないなあ。何がいいのやら。
無言のまま、落ち着きなくちらちらとこちらを見る霊夢さん。
その目は私が何か行動を起こすのを待っているようで。
さて、私は霊夢さんにどうしてあげればいいのだろう。
「えい」
悩んだ末にぎゅうっと、霊夢さんの頬を引っ張ってみた。
呆気に取られたような顔がなぜだか可愛くて、頬が緩んでしまう。
答えを間違えた気がしなくもないけれど、今の私にはこれが精一杯だ。
「――やっぱり、あんたは訳分かんない」
手を離してごめんなさいと謝ってみた。
霊夢さんは納得いかない、と表情だけではなく、態度で示していて。
「ねえ、早苗」
「はい?」
力が入っているような、いないような不思議な声色で霊夢さんは私を呼ぶ。
何だろうと思った瞬間、霊夢さんの顔が迫って来て、その唇は私の頬に触れていた。
何を、と口に出す前に、霊夢さんが照れたように目をあちらこちらにさ迷わせながらつぶやいた。
「さっきのと、いつだかの、お返し」
私はきっと、ぽかんとして間抜けな表情をしていただろう。
はあ、と大きなため息が出る。そんな、お返しと、言われても。
「他意はないわよ」
「そうですか」
私の返答が気に入らないのか、霊夢さんは唸りながら私を見る。
言われても、頭の処理が追い付かなくてうまいこと返す余裕がないのだ。
困ったように言葉を探している霊夢さん。
ぼうっとその姿を眺めているけれど、答えは思い付かなかったらしく。
「……あー、今夜、飲んでく?」
杯を煽る動作をしながら、そんなことを聞いてきた。
今聞くようなことではないと思うのだけれど。
「こんなていたらくで、よければ」
まあ、私が霊夢さんからの誘いを断ることはないわけで。
ちょっぴりほっとしたような霊夢さんの顔。
いくら私が鈍くても、その表情の言わんとするところは分かっていて。
「全ては解決しそうですか?」
「ん……。するかもね」
霊夢さんはそう言って、へにゃりと笑った。
少し赤くなっている顔に、なぜだか頬が緩んで。
諏訪子様の言いたいことが、ようやく分かった気がした。
これでは霊夢さんを笑えない。私だって、結局はひねくれものなのだ。
私は、きっと。
私はきっと、霊夢さんのことが好きなのだろう。
※視点変更有。◆で早苗視点、☆で魔理沙視点になります。
◆
「ケンカするならさっさと帰れ!」
がーっと烈火の如く怒る霊夢さん。
その視線の先には、困ったような笑い顔の魔理沙さんと
いつ来たのか、不機嫌そうなアリスさんがいた。
……私がちょっと台所に行っている隙に、一体何があったんだろう。
「アリスが神社に来たのよ」
「はあ……?」
魔理沙さん達が何をしたのかと訊ねてみると、そんな一言で済まされた。
いや、それは見れば分かります。その先が知りたいのに。
続きは? と目で問うけれど、そのあとは語るまでもないとしかめっつらで返された。
「早苗はひねくれてなくていいわよね」
「え? それって褒めてるんですか?」
褒められた気が全くしない。
足をぷらぷらとさせる霊夢さんは何だか呆れているような表情だった。
二人して無言になる。
遊びに来たという魔理沙さんがいなくなっただけで、神社はかなり静かになって。
何だか気まずかったけれど、それでも私から話をすることはなかった。
なんとなく、霊夢さんがどう話を切り出そうかと悩んでいるように見えたから。
「……私、魔理沙との付き合いは結構長いのよね」
「それは、知ってますが」
ぽつりと吐き出された言葉に脊髄反射で答える。じろりと睨まれた。
出鼻をくじかれたのか、うーん、と言葉に詰まる霊夢さん。
それを差し引いてもこうやって言葉を選びながら話すのは珍しくて。
これはきっと、大切な話なのだと思った。
「あいつの態度で、大体のことは分かるのよ。
例えば、大事な壷を壊したとか、妙な悪戯をしそうな時とか」
「はあ……」
ちょっぴり羨ましいなあ。
そういった以心伝心に近いものには、憧れがあった。
神奈子様と諏訪子様とかも、微妙にそんな感じだし。
そんなことを考えていると、霊夢さんは、ん、と声を漏らして少し言いづらそうにつぶやいた。
「だから、あいつがアリスのことが好きっていうのも、分かってるつもり。
あいつ自身は、気付いてないけどね」
「…………へ?」
「え、何。そこまで変な顔するところなの?」
変な顔してた、のかなあ私。
いやしかし大切な話っぽく言うものだから、身構えていた部分もあってのことだと思う。
だって、霊夢さんの口から好きという言葉が出ること自体おかしいのだ。
「あんた今、失礼なこと考えてない?」
「いえいえ、……話の続きをどうぞ」
「そのあとは特にないわよ? 私でも気くらい遣うって話」
「ええ……?」
「何だその顔は」
だって、霊夢さんが気を遣えるってことがおかしいのだから仕方ない。
☆
「ったく、あいつめ。あそこまで怒ることないのに」
霊夢から追い出された私はぐちぐちと文句を言っていた。
横暴だーとか、そんなの。あいつは怒ると怖いのだ。少しは手加減をしてほしい。
「私もあれくらい怒れたら幸せかもね」
こいつはこいつで機嫌悪いし。なんだよー。怒るなよー。
「すぐに何らかの理由を付けて神社に来られたしって言うから、何かと思えば……」
「う、それは悪いと思ってるんだ。すまん。マジでごめん」
私が霊夢とアリスに怒られているのは一重に、神社でケンカを吹っ掛けたからだった。
私の呼び出しで神社に来たアリスに有無を言わさず弾幕ごっこを仕掛けて、そこで霊夢に怒られた。
でも、私だって考え無しにそんなことするほど外道じゃない。
ちゃんと理由があったのだから、そこまで怒られなくてもいいと思うのだ。
「で、どういうことなのよ」
「前に、霊夢が早苗のこと好きだって話、しただろ?」
「あー、してたような、してないような」
「……で、今日はちょうど早苗がいたんだよ。見ただろ?」
そこまで言うとアリスにも分かったらしく、ああ、と得心したような顔をする。
けれど、すぐにまた怒ったようなじとり顔をした。
「……何で私なのよ」
「連絡取るものがこれしかなかったから」
懐から取り出したのはアリス作の人形。地底に行くときに使った特別製だ。
アリスがそれを手に取ると人形の手足を動かして何かを鑑定するように見る。
そうして一通りチェックしてからはあ、とめんどうくさそうにため息をついた。
「まだこんなもの持ってたなんてね」
「こんなものでも、蒐集家には貴重なんだ」
「こんなものですって?」
怒るなよ。そっちが言い出したくせに。
そこまで人形が大事なら、はじめからそんな言い方しなきゃいいのだ。
「……まあ、これは預かっておくわ」
「お前、私のものを盗ったら後が酷いんだぜ」
「預かるだけよ。糸の縺れとかを直したら返してあげる」
どうせまた同じことで使うんでしょ?
アリスは心底めんどうくさそうにそう言って。
「お、おお? そうだが」
なんとなくどもりながら、それに返す。行くなと言われても、聞く気はない。
それを承知してか、アリスはもう一回ため息を吐いてから人形を見つめ直した。
「これくらい綺麗ならすぐに直るから」
「そっか。なら、アリスの家にお邪魔しよっかな」
「直す邪魔はしないでよ?」
「私の気分次第だな」
めんどうくさそうにしていても、結局アリスだってあの二人が気になるのだ。
それがなんでか面白くて、楽しくて、どうしようもなく邪魔をしてやりたくなった。
アリスの腕なら、邪魔されてもそう時間は掛からないんだろうし。
「恋の魔法使いさんは早く自分の恋を見つければいいのにね」
……うるさいよ。
そうやって盛り上がった気分に水を差すからアリスは嫌いなのだ。
◆
「霊夢さんでも、色恋沙汰は分かるんですね」
「でもって何よ。でもって」
ぎゅうっと頬を引っ張られる。痛いけれど、まあ、なれたもので。
霊夢さんは私の頬が大層お気に入りらしく、何かあればすぐに引っ張られてしまう。
最近は、その回数がとみに増えた。
それだけやられていれば耐性もついてしまうもので。
「……余裕あるわね」
「一日に何回引っ張られてると思ってるんですか」
「数えてないなあ。何回?」
「数えなきゃいけない時点でおかしいんです」
なるほど。霊夢さんが大発見したかのように手をぽんと打った。
そこで納得するのもおかしいと思うのだけれど。本当に何回やられているんだろう。
恨めしげに見つめてみる。霊夢さんが少し困ったような表情をした。
「だってあんた、よく伸びるんだもん」
「そんなに伸びるかなあ……」
自分でぐい、と引っ張ってみる。
霊夢さんはうーん、と首を傾げて、どう言ったものかを考えているようで。
「伸びるっていうか、楽しいっていうか……? 実は私にもよく分かんない」
「私にはもっと分かりませんよ。引っ張られるのもつらいんですが」
「悪いとは思ってるけど。でも、やめないわよ」
もはや私の日課だし。
そう言って、霊夢さんは嬉しそうに笑った。
霊夢さんの笑顔は、本当に綺麗で清々しい。
でも、私はそんなこと日課にしないでほしいと思いながら霊夢さんの頬を引っ張り返すのだった。
☆
アリスの家で私ができることは、アリスの邪魔をしてやるくらいだった。
いや、邪魔というか話しかけているだけなのだけれど。
静かにしなさいと言われてもしないあたり、邪魔にしかなっていないのだろう。
「はい、できた」
「すごいな。一時間とかからず直っちまった」
渡された人形を受け取って、ひょいとその腕を動かしてみる。
直す過程を見ていても、私にはどこがどうおかしかったのかは分からなかった。
元々そこまで汚してもなかったしな。
「通信機能に関しては私も知らないから……そこだけは壊さないように気をつけてね」
人形だけで出来る方法を考えるべきかなあ、なんて言って考え込むアリス。
むう。私のためになるとはいえ、目の前で自分の世界に行かれると気に入らないなあ。
もやもやした気分になったので、ほっぺたを引っ張ってみる。
「痛い」
「そうか。よかったな」
「何なのよ」
「霊夢が早苗によくやってるから、どれくらい楽しいのかと思って」
実際、ちょっと楽しいかもしれない。
アリスのほっぺた、柔らかいし。余計な肉、付いてないくせに。
「そういえば、宴会の時とかやってるの見るわね」
「うむうむ。霊夢いわく、面白い」
「これのどこがよ」
引っ張られてる方はたまったもんじゃない、と不機嫌そうに言う。
やられて嫌ならやり返せばいいだろうに。二倍で。私はそのあと四倍返し。
「まあ、霊夢のやりたいことはなんとなく分かるけど」
なんなのよ、とアリスが不満そうな目で訊ねてくる。
鈍いアリスには分からないだろうし、理解できないだろうけど一応教えておいてやるべきか。
「好きな子ほど虐めたいってやつ」
「…………はあ」
一瞬、きょとんとしたアリスはすぐに素に戻ってため息をついた。
その気持ちは分からんでもないが。
好きなやつだから虐めたいだなんて、霊夢はお子様だよなあ。
それに付き合わされる早苗も可哀相に。
「で、いつになったら私は解放されるのかしら」
「ん? ああ、ずっと引っ張ったまんまだったか。すまん」
しかし、人のほっぺたは柔らかいのがいいと思う。
自分のほっぺたを引っ張ってみてもそう柔らかくは感じないし。
今度また引っ張ってみようっと。
霊夢みたいな補正は付いてないにしても――嫌がる反応は中々に面白い。
◆
「それにしても。魔理沙さんってアリスさんが好きだったんですね」
へぇー、と言いながら頷いてみる。
私はそういったことに鈍いので、言われてもいまいちよく分からないのだけれど。
「あいつはひねくれてるからね。分かりやすいったらありゃしない」
ひねくれてるのに分かりやすいとは。
霊夢さんの言うことは変なことが多い。
「宴会とかに来たら観察してみるといいかもね。面白いわよ」
「人を見て面白いっていうのはひどくありませんか」
「つまんないよりいいでしょ」
そう言って霊夢さんはからからと笑った。
そういう問題なのかなあ。思うところはあるのだけれど、言えば私の方にツケがくるに違いない。
触らぬ神に祟り無し。諏訪子様はどうするか知らないけれど。
「ちなみに、あんたも結構面白いわよ」
「それは付け足さなくてもいいですよ」
「言いたかったから、いいの」
よくないですよ、と返して、そっぽ向いてみる。
言わなくてもツケがくるのはよろしくないのではないか。
まあ、私も霊夢さんの反応を見て楽しんでいるところがあるから、お互い様なのだろうけれど。
「拗ねないでよ」
「拗ねてません」
むう、と眉をしかめる霊夢さん。
霊夢さんは言葉に詰まるといつもこんな顔をして、私を睨むのだ。
睨んでると言っても、その視線は少し泳いでいて怖くはない。むしろ可愛い方だ。
普段の態度が態度だから、こうして困っている様を見るのは、ちょっぴり面白い。
「何、笑ってるのよ」
「あ、顔に出ちゃいました?」
「出てた。あんたってすぐ顔に出るわよね」
出るかなあ。今も一応自制してたつもりなのだけれど。
そこら辺は霊夢さんの勘のよさもあるんじゃないか。
「で、何を考えてたのよ?」
「霊夢さん可愛いなあって」
あ、霊夢さんがぽかんとした。
「何を考えてるのよ」
「下手にごまかすのも悪いと思ったんですが」
「それは悪いけど……」
霊夢さんは霊夢さんでひねくれてるなあ。
言った私も私だけれど。でも、霊夢さんのことだから、ぼかして言うと余計に怒る。
「……魔理沙の話に戻すわよ」
「戻しましょうか」
これ以上やったら、また頬を引っ張られてしまう。
もうちょっと反応を見ていたい気もするけれど、痛いのは話が別だ。
どこまで話したっけ、と霊夢さんがつぶやきながら頭をかいた。
「ああ。そうそう。あいつ、やたらアリスのとこに行くのよね」
「アリスさんのところに……?」
霊夢さんのところに来る方が多いと思うのだけど。
そういうことを言っているのではないのだろう。
「何でもアリスに絡めるというか。話もそればっかだし」
「はあ。のろけ話みたいなものですかね」
「みたいなじゃなくて、そのものね」
うざいったらありゃしない、と霊夢さんが毒づいた。
はあ、とため息を吐いて心底呆れたような顔をしている。
嫌なら止めればいいのに。にやけそうな頬を押さえ付けていると、霊夢さんに睨まれてしまった。
そのままの表情で、霊夢さんは私に問いかけてくる。
「早苗はあいつにのろけられたことない?」
「うーん、あんまり話さないんですよね。私が来るとすぐに帰っちゃいますし」
あまりにもそれが多いから、嫌われてるんだろうかと悩んだこともある。
それとなく霊夢さんに相談してみたら笑われてしまったけれど。
「あいつ、物理的にもアリスのところに行ってるらしいからね」
「へぇ。そうだったんですか」
「最近は特に行ってるみたいよ」
ふうん、と頷いてみる。霊夢さんがはあ、とため息を吐いた。
そんな霊夢さんの態度に呆れ以外のものが見えた気がして、地雷と思いながらも訊ねてみる。
「魔理沙さんが来なくて、寂しかったりはしないんですか?」
「へ? 何でよ?」
む、予想外の反応。てっきり顔を赤くして怒るかと思ったのに。
霊夢さんは本当に不思議そうに目を丸くして、私の顔を見つめていた。
ちょっとして、質問の意図に気付いたのか、じっとりした目線になっていく。
「あんたね」
「あはは、ごめんなさい」
「時々突拍子もないこと言うわよね、早苗は」
そこまで変なことを言ったつもりはないのだけれど。
渋すぎるお茶を飲みながら、霊夢さんはばつが悪そうに上を向く。
「……考えてもなかったなあ。最近はあんたもよく来るし」
「そうですか」
「まあ、あいつがそうしたいならいいんじゃないの」
そんなものなのかなあ。
つぶやく顔は少し楽しそうだから、間違ってはいないのだろうけれど。
その表情のまま、霊夢さんは言葉を続ける。
「だって――」
☆
目の前をちまちま動く人形にちょっかいを出しながらアリスと話をする。
話の内容は皮肉とか、冗談とか。つまるところ、いつもと変わらなかった。
まあ、その中には霊夢達のことをだしにした話題もあったりしたわけだが。
「で、実際のところ、霊夢と早苗ってどうなのよ」
「んあ? どうって?」
真面目な話だとばかりに、アリスは目を細くしてつぶやいた。
何でこんな真剣な表情をしているんだろうと内心で首を傾げる。
ちょっぴりだけ眉を寄せるアリス。何だか怒っているみたいだけれど、本気でもないような。
「いつ頃から気を遣わなくてもよくなるのって話」
私の自由な時間を削るんだから、なんて文句を口にする。
ううん、やっぱりこいつはお人よしのにぶちんだな。ついでにごまかすのが下手だ。
そんなこと言うなら、最初から協力するとか言わなきゃいいのだ。
アリスは単に二人の関係が気になるだけなんだろう。こいつ、お節介でもあるからなあ。
「でも、それは私には分からん。あいつらも鈍いし」
「…………」
「まあ、どっちかが気付けばあっという間だと思うけど」
「…………はあ」
これ見よがしなため息をつかれてしまった。
私の解答に向けてか、あいつらの関係に呆れてか、はたまたその両方か。
どうとも取れそうで、どれでもなさそうで。曖昧すぎるため息だった。
「魔理沙から言っちゃえばいいのに」
「それじゃあ、面白くないだろう」
ああいうのは、適度に距離を保って眺めるもんだ。
そんなことで悩む霊夢なんて、私が死後、天国に行っちゃうくらいレアな出来事なんだぞ。
今楽しまずに、いつ楽しめと言うんだ、それを。
私が未だに神社通いを続ける理由の一つには、そういう野次馬根性もあるのだ。
その辺は怒られるから、言わないけどさ。
「…………」
アリスは微妙な顔をして黙り込む。
いや、でも何て言いたいか、分かる。次のセリフが見える気さえする。
さっきからよく分からない表情ばかりしていたけれど、今回は清々しいくらいにはっきりだ。
「あんた、霊夢達を応援する気、ないわよね……」
「失礼な。いつでもあいつらの味方だぞ。私は」
絶対嘘だ、なんて戯言を聞き逃しながら、私を睨むようなアリスの目を覗き返す。
少しの疑問に揺れる瞳。その青い目から視線を逸らすことなく、私は言った。
「まあ、なんというか。霊夢は言っても聞きそうにないしな」
私が言ってもくだらないこと言うなー、で一蹴されてしまうだろうし。
それに何より、あいつは鈍いとかそういうのより、決定的にあれなのだ。
「言いたいことがあるなら、勿体振らずに言いなさい」
「うむ。率直に言うとだな」
◆ ☆
「あいつ、素直じゃないから」
☆
「はあ……?」
ぽかん、と細くなっていた目を見開くアリス。
そうなるとは思ったけどさ。だから、あえて勿体振ったのだ。
「そんな理由?」
「損な理由だ」
私だって、もどかしいとか言っちゃいたいとか考えたことはあるんだぜ?
でも霊夢だし、素直に認めやしないだろうな、とも考えたのだ。
あいつ、絶対損してる。素直になっちゃえば悩むこともないのに。
「あー、まあ、確かに、霊夢っぽいと言えなくもないけど」
勝手に納得してくれたらしいアリスは額に手を当てながら、うんと縦に頷いた。
それは頷くというか、ため息を吐くような感じに近かったけれど。
「あっきれた」
「まったくだ」
肯定したのに、アリスはジト目で私を見る。あんたもよ、とか言いたそう。
むう、と眉をしかめてみた。素直じゃない自覚はあるが、しかし。
「私は霊夢ほどひねくれものじゃないぜ」
「どうだか」
アリスはわざとらしく、嫌みっぽい笑みを作ってみせる。
なんだか嫌な予感がして咄嗟に口を挟もうとするけれど、それは間に合わなくて。
「恋もしたことないくせに、恋がどうたらって言う娘がひねくれてないと言うのかしら」
「む、むぐぐ……!」
ああ、すっごく痛いとこ突かれた。
それは流石に酷すぎるというか、改めて遠慮がないなちくしょう。
「魔理沙ー」
「何だよ」
わざとらしく語尾を伸ばしながら名前を呼ぶ声に、ぶっきらぼうに返してやる。
楽しそうに笑う顔は、さっきのよりはマシだけれど、今はものすごく腹が立つ。
次の言葉に文句言ってやろうと目を見据えて、待ち構えた。
「だいすきー」
けど、こいつから漏れたのは予想外にもほどがある言葉で。
少しだけ、ぽかんとする。
唐突で、棒読みだけれど、まあ、その辺は気にしないことにしよう。
「そうか。私はアリスが大嫌いだ」
そう、とアリスはちょっぴり不機嫌そうな声を漏らす。
その仕種はふて腐れた子供のようで、面白くて、可愛いかった。
……結局のところ、こいつが嫌いになりきれないからこそ、私はあんな言葉しか返せないのだ。
いつかしたようなやり取り。あの時のアリスの胸中を聞いてみたいと思った。
いや、聞かないけどさ。だってそんなこと聞いたらアリスが気になるみたいで癪じゃないか。
膨れっ面のアリスの頬を引っ張ってやる。
じとりと睨まれるけれど、不思議と抵抗はされなかった。
◆
「素直じゃないって……それ、楽しそうに言うことじゃないですよ」
「あー? 私は楽しいからいいのよ。ぶっちゃけあんまり関係ないし」
それはぶっちゃけすぎだと思う。何気にひどい台詞だし。
目の前の素直じゃない人を見つめてみた。不思議そうな表情を返される。
「何よ?」
「いえ、何もないですよ?」
むう、と唇を尖らせる霊夢さん。
答えをごまかされたことが気に入らないのか、探るように、じっと私の目を見ている。
視線を逸らしてみると、それがまた気に入らなかったらしく、不機嫌そうな声を出した。
「……何を考えてたのよ」
「いやー、これは言えませんね」
目がさらに細くなる。霊夢さんの手が頬に伸びてきて、思わず身構えた。
ぐいーっと引っ張られて、大した抵抗もせず、むしろそれに合わせて体ごと動いてみせた。
……条件反射と慣れって、怖いなあ。呼吸をするように自然な動きだった。
「拗ねないでくださいよ」
「拗ねてないわよ」
思いっきり納得していない表情のくせに、霊夢さんはそんなことを言う。
「やっぱ、あんたは訳分かんない」
「私には霊夢さんが分かりません」
霊夢さんはむー、と不機嫌さを隠しもしない表情をして私を睨む。
お互いに黙り込んでみるけれど、その沈黙は不思議と気まずくなかった。
それでもごまかすような笑みを浮かべて、一応は場を和まそうとしてみる。
「……妙に図々しくなったわよね」
「霊夢さんと一緒にいれば、それは仕方ないかと」
「私と一緒にいれば何よ」
ぎりぎりぎり。いたたたたたた。
頬を思いきり引っ張られて涙目になりながら、霊夢さんの手をぺちぺち叩いてみる。
引っ張るというより抓るに近くなってきた手。いや、本気で痛いですってこれ!
「今までで一番痛かったんですが」
「痛くしたから。昔の、借りてきた猫みたいな早苗はどこに行ったんだか」
「こんなに来れば、猫だって自分の家と勘違いしますよ」
最近来た回数を頭の中で数えてみる。……あー、本当に来すぎかもしれない。
気付けば自分の用事が済んだらここに来るのが習慣になっていた。
魔理沙さんも顔負けの頻度なのは、流石に考えものだ。霊夢さんの都合もあることだし。
「別に、それでもいいけどね」
「はい? 何か言いました?」
ぽつりとつぶやく霊夢さんに問い掛けると、拗ねたように何でもない、とそっぽを向く。
……やっぱり霊夢さんの考えることは分からないなあ。何がいいのやら。
無言のまま、落ち着きなくちらちらとこちらを見る霊夢さん。
その目は私が何か行動を起こすのを待っているようで。
さて、私は霊夢さんにどうしてあげればいいのだろう。
「えい」
悩んだ末にぎゅうっと、霊夢さんの頬を引っ張ってみた。
呆気に取られたような顔がなぜだか可愛くて、頬が緩んでしまう。
答えを間違えた気がしなくもないけれど、今の私にはこれが精一杯だ。
「――やっぱり、あんたは訳分かんない」
手を離してごめんなさいと謝ってみた。
霊夢さんは納得いかない、と表情だけではなく、態度で示していて。
「ねえ、早苗」
「はい?」
力が入っているような、いないような不思議な声色で霊夢さんは私を呼ぶ。
何だろうと思った瞬間、霊夢さんの顔が迫って来て、その唇は私の頬に触れていた。
何を、と口に出す前に、霊夢さんが照れたように目をあちらこちらにさ迷わせながらつぶやいた。
「さっきのと、いつだかの、お返し」
私はきっと、ぽかんとして間抜けな表情をしていただろう。
はあ、と大きなため息が出る。そんな、お返しと、言われても。
「他意はないわよ」
「そうですか」
私の返答が気に入らないのか、霊夢さんは唸りながら私を見る。
言われても、頭の処理が追い付かなくてうまいこと返す余裕がないのだ。
困ったように言葉を探している霊夢さん。
ぼうっとその姿を眺めているけれど、答えは思い付かなかったらしく。
「……あー、今夜、飲んでく?」
杯を煽る動作をしながら、そんなことを聞いてきた。
今聞くようなことではないと思うのだけれど。
「こんなていたらくで、よければ」
まあ、私が霊夢さんからの誘いを断ることはないわけで。
ちょっぴりほっとしたような霊夢さんの顔。
いくら私が鈍くても、その表情の言わんとするところは分かっていて。
「全ては解決しそうですか?」
「ん……。するかもね」
霊夢さんはそう言って、へにゃりと笑った。
少し赤くなっている顔に、なぜだか頬が緩んで。
諏訪子様の言いたいことが、ようやく分かった気がした。
これでは霊夢さんを笑えない。私だって、結局はひねくれものなのだ。
私は、きっと。
私はきっと、霊夢さんのことが好きなのだろう。
続きも期待してまう。
素直じゃないですが。
ま、鈍くて、素直じゃない娘は遠くから眺めるにかぎりますね。
ありがてえありがてえ
田北sこれからも頑張ってくれたまへ~