我、古の盟約に従い、汝の召喚に応えん――。
年ふるし人の子よ、我に何を求める。
ふむふむ、なんと死にたくないと申すか!
何時の世も人の求めるものは変わらないな。
宜しい。では汝の願いを叶えるべく、そなたに永遠の命を得る魔法を授けよう。
何?永久の命は要らない?解脱して輪廻の輪から外れる事が出来なくなるから?
ははあ、それは仏の教えというものであろう。コキュートスの奥深くへと放逐された我には関係のない事よ。
しかし、汝の立場を考慮せぬでもない。
死ぬ事が出来ぬ体になる事が法度ならば、代わりに、身体能力を向上させ、若さを維持できる魔法を教えようではないか。
若いまま気の済むまで生きれば良い。
だが、忘れてはならぬ。
これは人外の法。
人ならざるもの達と同じ空気を吸い、常に体に魔力を溜めておかねばならぬ。
そうでなければ若さは維持できぬのだ。
さぁ決心はできたか。今から、そなたに永遠の若さを授けてやる――が、その前に交渉と行こうではないか。
ん?何を意外そうな顔をしている?
私が対価を求めるのは当然の事だ。万物全て、何事にも代価は要る。
ふふっ、そう怯えるな。御話に出てくる悪魔の様にお前の命をよこせなどとは言わぬ。
ただ少し珍しい物、面白い物をくれればそれで良い。
だが、私を喜ばせるものなどそうそうこの世の中にはあるまい。
何せ、私は大概のものは手に入れられる事のできる立場にある故な。
山の様な財宝も黄金も、私の前では塵芥同然。
天蓋を照らす星々も、空焦がす太陽も、私の前では子供の玩具同然よ。
つまらぬ物を用意すれば私はすぐに帰る。それが私のやり方だ。
少し時間が欲しい?
勿論良いぞ。時間など幾らでもくれてやる。それで私を納得させられるのならば――。
ふむ、意外に早かったではないか。
何だそれは。
う――うわっ、これは凄い。こんなものがこの世にあるとは。
それも人の手によってこれほどのものが創造出来るとは――!
ふふっ、宜しい、約束通りにお前に人智を超えた魔法を授けようぞ。
何、礼など要らん。
その代わり――お願いがあるんだけど。
ソレの作り方こっそり教えてくれない?
私、帰ったら同じものを夢子ちゃんに作って貰うんだ。えへへ。
あなたのそばに命蓮寺
ずるずるずる。
命蓮寺の境内にそんな音が木霊する。
ずるずるずる、と。
それは蕎麦を啜る音で。
しかもそれは一人のものではなく、もっと沢山の、大勢の人間達が発するもので。
おまけにそこへ、ふぅふぅ、だとか、はふっはふっ、だとかいう人いきれが入り混じっている。
静寂を重んじられる寺の境内にあっては、本来あり得ないその光景。
鰹ダシがぷぅんと香り、すいませんお茶くださーいなんて声が響き渡るこの有様は、一言で言うならば、昼の混雑時の蕎麦屋の姿。
しかも大人気御礼で、店の外までずらりと行列が出来るレベルの。
「おかわりーッ!!」
黄色い怒号がわいわいがやがやの喧噪の中で一際響き、はいはいただいまーなんて声と共にメイド姿の封獣ぬえが片手に丼を持って走ってきた。
何故に彼女はメイド姿なのか。
恐らくは、彼女の『正体不明の妖怪でありたい』というモットーに従ってのチョイスなのだろう。
蕎麦屋にメイドというのは、確かに不自然だし胡散臭く正体不明この上ない。
しかし、悲しいかな。誰もが蕎麦に夢中になり、そんな彼女の拘りには気付く者はいなかった。
「おいおい霊夢、まだ食べるのか。もう四杯目だろ?」
ぬえが運んで来た丼に、顔を沈めそうな勢いで蕎麦を啜る霊夢を見て、隣に座った魔理沙は苦笑いをした。
「食べられる時に食べておく、これが生活の知恵ってものよ。というか、この日の為に昨日からご飯抜きだし」
答える霊夢はえらくご機嫌で、澄ました顔で蕎麦を啜り続ける。
はふっ、はふっ、ズビズバー。
「それにしても、この喉ごし!鼻に抜ける香り!そして絶妙な茹で加減!最高じゃないの。ホント何杯でもいけそう」
「まぁな。シンプルで飽きの来ない鰹ダシと、葱だけという潔いトッピング。これぞ日本人のソウルフードだな」
「何よ二人とも――お蕎麦くらい大袈裟な」
魔理沙の隣で、器用に箸を使い、上品に蕎麦を啜っている呆れ気味のアリス。
魔理沙はその素気無い同輩の科白に、やれやれとわざとらしく溜息を吐いた。
「やはり所詮はガイジンだな、アリスは。この蕎麦の良さが分らないなんてな。ああ、嘆かわしいぜ」
魔理沙はきひひと笑い、蕎麦をずるずると啜る。
アリスがムッとして言った。
「魔界にだってお蕎麦くらいあるんだから!私だって子供の頃から食べてるし、味の良し悪しくらい分かるんだからね」
「嘘吐け。魔界にあるのは素敵なマジックアイテムと相場は決まっている。大体、あんな陽の光も射さない瘴気ムンムンな場所に蕎麦なんてできないだろ。なぁ霊夢?」
「二人ともうるさい――よし、五杯目行くわよッ!!」
「星さん大変ですッ」
ムラサの叫びに星の眉がぴくりと動いた。
「鰹ダシが残り少ない――ッ」
ムラサはこのクソ忙しい時に肝心要の蕎麦ダシが消え去ろうとしている事にテンパって、顔面は蒼白、手に持った柄杓はワナワナと震えていた。
二人は調理を担当していた。
境内内に立てられた仮設テントの下で、蕎麦を茹で、ダシを作り、ネギを添えて参拝者に振舞うという陰の主役である。
「一人で何杯もおかわりしている奴がいる所為だ。あ、あの巫女め。周りに気遣って遠慮するという事を知らないのか――ッ」
くわっと目を見開き、人混みの中でも目立つ霊夢の姿を捉えると、呪い殺さんばかりの眼力を込めて睨みつけるムラサ。
対して、ド派手な虎柄模様のエプロンを付けた星は、慌てず騒がず、有名料亭の料理長よろしくどっしりと構えて言った。
「仕方ないですよ、ムラサさん。おかわり自由を標榜している以上はね。きっと食べざかりでお腹が空くのでしょう。それより、残り少ないのはダシだけじゃない。ほら、蕎麦の方だってもう何人前あるかどうか――」
早朝には何百人分も用意されていた蕎麦が、今はもう見る影もない。
「あ、ああ、ネギも――ネギも足りない。ネギ切らなきゃ――ああ、でももうストックが――」
柄杓で鍋から次々とダシを装い、ネギをトッピングしながらムラサが絶望の呻きを漏らした。
「猫の手も借りたいって所ですね。ふむ、うちの寺、ネズミならいるんだが――そういやあの子は何処へ行ったのでしょうか」
喋りながらも星は手を休めず、両の手にざるかごを持ち、ぐらぐらと煮える鍋の湯から引き上げると、ジャッジャと手際良く水を切り、蕎麦を丼へと移した。
「ナズーリンだけじゃない。一輪さんも雲山の旦那も、白蓮様まで姿が見えない」
「白蓮様まで?一体どうして?」
「お蕎麦十杯追加入ったよーッ!!皆どこなの!?一人じゃ手がまわんないよ!」
二人の間に、ぬえの怒号。
「十杯!?もう無理だ!ダシもネギも無いんだ。こんなんじゃ――」
あわわわと頭を抱えるムラサ。
「私達の見込みが甘かったんだ。人がここまで来るとは予想外でした」
無念といった表情でエプロンを外しにかかる星。
ムラサはぎょっとしてそんな彼女を見つめる。
「星さん、どうする気ですか?」
「これだけ大々的にやっておいて、もう蕎麦が出せない以上、参拝者たちに謝って来るしかこの場を収める方法はないでしょう」
「無茶だ!ほら、見て下さい。あの蕎麦を待つ巫女のギラギラとした眼を。今行ったら殺される」
「幾らなんでも大袈裟です。話せば分かってくれますよ」
星はテントを出て、境内へと足を踏み出した。
先程までの蕎麦の美味さを称える人の熱気は、そのまま蕎麦が出てこないというフラストレーションへと転化されていた。
うおー腹減った、蕎麦を食わせろー、という人の呻きは見慣れた寺の境内を、餓鬼地獄へと変化させていた。
特にその中心。
一際目立つ紅白が、空になった丼のフチを一心不乱にチンチンチンと箸で叩いている。
彼女の背後にゆらゆらと見える陽炎は、食に対する執念そのものか、それとも蕎麦が出てこない事に対する怨嗟の声か。
――今行ったら殺されますよ。
ムラサの言葉が胸中に蘇り、星は本能の告げるままそっとテントの中へと後退した。
「――あれは無理だ」
「でしょう!?行ったら死にますって!」
「しかし、どうすれば」
むむっと二人揃って頭を抱えた所に、ナズーリンが飛び込んで来た。
「ご主人様ーッ!!里へ行ってネギ買ってきたぞ!」
「ああ、ナズーリン!どこへ姿を消したかと思えば。てっきりサボってるのかと思ったよ。でもね、ネギだけあっても――」
嬉しいような悲しいような複雑な表情のムラサ。
「ダシならここにあるわよっ!」
背後から突然の大音声
振り返ると、腕組みで仁王立ちする雲居一輪と雲山。
雲山の手にはたっぷりと炊き出された鰹ダシがなみなみと注がれた大釜が握られていた。
「こんな事になるんじゃないかと思ってこっそり用意してあったのよ」
「ほぉ、流石は一輪さん。相変わらず要領が良い。お見事――と言いたい所だが生憎と肝心の蕎麦が」
顎に手を当てて難しい顔の星。
蕎麦が無い、と聞いてナズーリンも一輪は肩を落とした。
「――お蕎麦、もう無いの?」
蕎麦が上がって来ない事を不思議に思ったぬえもまた、テント下の状況を見て、事態を悟るのだった。
雲山もまたすぐには諦めきれず、どげんかせんといかん、と顔を強張らせるのだが、妙案も浮かばず溜息を吐いた。
「やはり素直に皆で謝りに行くか」
「出て行った瞬間、全力で攻撃されそうですが。約一名、飢えた狼みたいな奴がいます」
「でも、このまま待ってもジリ貧では」
「むしろここは徹底抗戦という手もあるわよ」
「流石、一輪さんは過激だ」
「ムラサ船長、あの寺を船に変形させてそのまま魔界まで高飛びというのは出来ないんですか?」
「無理ですよ」
「困ったな。万事休すだ。神頼みでもしようか」
「頼むなら蕎麦の神様にでしょうね。でもここお寺ですよ。御利益あるんでしょうか?」
「蕎麦の仏様というのはいませんでしたか?いや、いなくてもいい。いるという事にして一心不乱に念じればその願い、御仏に通じるかもしれません」
「ご主人様のそんな科白、毘沙門天様が聞いたら泣いちゃいますよ?」
もはや、この世には神も仏も本当はいないのだろうか。
仏と言えば――そういや大切な人を忘れているような、あれれ?と、皆の胸にそんな思いが去来した瞬間、彼女がやって来た。
「諦めてはいけません!お蕎麦ならあります!」
凛とした声がテント内に響き、皆が一斉に声の主を振り向き見た。
「白蓮様ッ!一体今まで何処に?」
「裏庭でお蕎麦を打っていました。たくさん作りましたから安心して下さい」
言葉通り、彼女が運んで来た盆の上には打ちたての蕎麦がたっぷり乗っていた。
よほど急いで打ってきたに違いない。
白蓮の黒のフリフリリボン付きの可愛らしいエプロンは蕎麦粉だらけになっている。
自らの身を投げ打っての献身。聖者としての正しい素質。慈愛のカリスマ。
彼女の背後に見えた後光は、果たして夢か幻か。
「き、奇跡だ。これで皆に蕎麦が出せる」
今にも泣き出しそうなムラサに、白蓮は優しく、しかしきっぱりと言った。
「奇跡などではありません。参拝者達に蕎麦を振舞うという私達の崇高な一念が御仏に通じ、こうして我々を導いて下さったのです」
蕎麦の神様はいないのかもしれないが、蕎麦の仏様は居たようだ。
神々のおわします幻想郷に、ついに御仏も降臨。
しかも蕎麦屋と化した命蓮寺に今まさに降臨。
「さぁ皆さん。待っている参拝者の方々に存分に蕎麦を振舞って差し上げましょう――いざッ!」
オーッ!と気勢を上げる命蓮寺一味。
「ねぇ、おかわりまだなのーッ!!??」
水を差すようにテントの外からは霊夢の悲痛な声が聞こえてきた。
「食べた。食べた。蕎麦一カ月分くらい食べたなぁ。満腹だ。げふっ」
ポコンと膨らんだお腹を摩りながら、至極ご満悦という風の魔理沙。
「ああ、次が楽しみだわ。げふっ」
ダシ臭い息を吐きながら霊夢。
「ああ、二人ともやめて。とってもだらしないから――」
ブツブツとアリス。
「それにしてもどうして蕎麦なんだろうな。ピザとかじゃダメなのか?」
魔理沙の疑問。
「そりゃお寺がピザを振る舞ったら変でしょうが」
と、霊夢はいいながら、それはそれでさぞ食べがいがあってよさそうだわ、とうっとり。
「――それは古来より、蕎麦は貴重な栄養源だったからです」
ひょっこりと星がやって来て、三人の対面の空いた席に座って言った。
「蛋白質が豊富で、各種栄養分も多い。痩せた土地でも作れるし、保存も利く。だから飢饉対策に多くの寺社では蕎麦を栽培していたのです。また五穀に入っていないから、断食修行の僧侶にも蕎麦だけは食する事が許された――と、こんな風に蕎麦と寺は切っても切れない関係にあります」
星は肩をほぐす様にぐるぐる回しながら言った。
仕事の後の一服、といった感じだ。
魔理沙が聞いた。
「この寺でこうやって蕎麦を振舞うのもその所為か。でもどうして毎月同じ日なんだ?」
命蓮寺では先月、先々月と既に二回、同じ日に蕎麦を振舞っている。
「――それは今日があの子の月命日だからです」
白蓮も急須片手にやって来て、会話に加わった。
「これ蕎麦湯なの。飲む?栄養たっぷりでお肌にとっても良いわよ」
「へぇ、高僧白蓮様の若さの秘訣は実は蕎麦湯だった、なんてオチかな、これは」
湯呑みに注がれた蕎麦湯に、残ったそばつゆを混ぜて飲む魔理沙。
それを見て、アリスがふふんと鼻で笑った。
「それ、何処の田舎の飲み方よ。私は、ほら、こうやって――」
と残ったネギだけを散らしてアリスは蕎麦湯を飲む。
「うん、美味しい。これが都会のトレンドなの。魔理沙、貴方に理解出来るかしら?」
「――渋い。渋すぎるぞ、アリス」
「あの子ってのはあんたの弟?」
馬鹿二人を無視して話を進める霊夢。
「ええ。昔、弟は決まった日に信者さん達に蕎麦を振舞っていたのよ。どうしてかそんな事をするのか分かる?どんなに有難い仏の教えも、お腹がペコペコの人に説いても無駄なの。『人はパンのみに生くるにあらず』なんて言葉もあるけど、貴方だってお腹が空いた時は、説法なんていいから早く食べ物をくれって、そう思うでしょ?」
「とっても分かるわ。信仰は食べられないもの」
「だから、弟は寺で蕎麦を振る舞う事にしたの。それにね、あの子ったら元々蕎麦が好きで好きで大好きで――。特に私の打った蕎麦がね。こんなに美味しいものを一人で食べるのは忍びない。よしそれなら皆にも分けてやればいいって。私の打った蕎麦を、自分で茹でて、鉢に入れて法力でぴゅーっと飛ばして配るの」
白蓮は顔を綻ばせ、懐かしそうに笑った。
さもありなん、と星が相槌を打つ。
「白蓮様の蕎麦は天下一品だ。あれだけ修業を積んだ弟様をして、遂に白蓮様の蕎麦の誘惑から抜ける事は生涯果たせなかった」
「魔性の蕎麦ね。私もすっかり虜にされたわよ。でも、弟さんがやった事も、アンタが今この寺でやってる事も、早い話、信仰獲得の為の一つの作戦って事でしょう?」
と、霊夢。
「実際、成功してるわよね。里から沢山人が来てるし。早苗のとこの神社があちこちに賽銭箱置くのと変わらないわよね」
「私は賽銭箱より蕎麦の方がいいな。賽銭箱は食べられないからな。霊夢の神社も何かやればいいんだ。きっと信仰が集まるぜ」
「うちは定期的に宴会を催してるじゃないの」
「妖怪だらけのな。成程、いつまで経っても博霊神社に参拝客が現れない訳だ。妖怪の信者ばかり集めてもなぁ」
「所で気になってたんだけど――」
と、アリスが挙手。
「蕎麦の代金は幾ら払ったらいいのかしら?」
「幾らでもいい」
星が力強く答えた。
「入り口にも書いてあった通りです。『御代は自由』『お代わり自由』と。好きな金額を、山門にある賽銭箱に入れるといい。何なら入れなくても構いません」
「アリス、悩む必要なんて無いわよ。タダ食いオーケーって言ってるんだから、入れなきゃいいのよ」
「――おいおい、一番食べた奴がタダ食いする気満々かよ」
魔理沙、小声でボソボソ。
ムスッとしてアリス。
「お金を入れない訳にはいかないでしょう。私でも三杯は食べたわよ。魔理沙は五杯。霊夢なんて十杯は食べてる。それで、お金を払わずに帰るなんて非常識じゃない」
「なぁに甘い事言ってんのよッ!人の好意には素直に甘えるのが人間関係を円滑に進めるコツってもんでしょうがぁ!」
「タダより高いものは無いって言葉もあるでしょう。お蕎麦もダシもタダじゃないし、光熱費だって掛かってる。私達がお金を払わなかったら、このイベントを続けられなくなるかもしれない。そうしたら霊夢、貴方もここのお蕎麦を食べられなくなるわよ」
「我々の事なら、気にしなくてもいい」
と、星。
「元々採算は度外視でやっています。利益の事なんて考えていたら、こんなイベントは出来ませんから。我々はあくまでも仏徒であり、商売人ではないのだから」
「ほら、見なさい!主催側がタダで良いって言ってるわよ!」
「そんなの建前に決まってるでしょ!?蕎麦もダシ汁も何も無いとこからひょっこり出てくるとでも思ってるの?そんなの出来るの神様だけよ!」
「そんなに払いたいならアリスだけ払えばいいでしょ。私は絶対払わないんだからッ」
「ええ、払いますとも。自分の分も霊夢の分も魔理沙の分も全部払うわよッ!」
「奢りだなんて、まぁお金持ってる人は羨ましいわね。どうせ田舎の母親から仕送りでもして貰ったんでしょう?」
「貴方には関係ないでしょッ!!」
「オーライ、二人とも落ち着け。お茶でも飲んでまったりしろ」
二人の間に止めに入る魔理沙。
「あー、二人が騒いで悪かった。友人代表として私が謝っとく」
苦笑いを浮かべながら白蓮に向かって魔理沙。
「――で、実際の話。この蕎麦イベントで幾ら儲けてるんだ?」
そして唐突に、ひょい、と投げ込まれる爆弾。
唖然となる霊夢とアリス。
シンと辺りが一瞬で静かになる。
「――何の事でしょうか」
不思議な間の後、重々しく答える星。
その顔には妙な汗が浮き、指の先はそわそわとあちらこちら行ったり来たり。
魔理沙はにやり。
「分かりやすく動揺しまくってるな。嘘吐くなんて慣れない事して無理するからさ。嘘を吐くなら私の様に普段から練習しないとな。さぁどうなんだい、高僧白蓮様?」
「さて、何のことやらさっぱりね」
こちらは泰然としたまま、極々自然にさらりと交わした。
「言えないならいいさ。魔理沙さんには全部分かってるんだ」
魔理沙はコホンとわざとらしい空咳をすると、テーブルをコツコツと指先で叩いた。
「『御代は自由』なんて謳ってるが、入り口の賽銭箱、来る時にちょっと中を覗いたらかなり入ってたぜ。それに、出て行く里の人間を観察していたが、大抵はきちんとお金を入れていた。つまりタダで食べている奴は殆どいないのさ。皆、ちゃんとお金は払ってる」
「そんなの当たり前じゃないの」
「うん。アリスの言うように当たり前なんだけどな。その、どうして当たり前かってのを突き詰めて考えていくと中々面白いぜ。いいか?まず、ここの蕎麦は美味い。美味いから思わずお金を払いそうになる。さらに『御代り自由』で何杯も食べると、ますます払わなきゃいけない気がしてくる。なんだかんだでタダ食いってのは気が引けるものさ」
「私は一向に気にならないけど」
「霊夢みたいな奴は少数派だ。皆、人並みに人目は気になるから、十杯も食べといて一銭も払わないで居られるほどは神経が太くないのさ。それで出口に賽銭箱なんて置かれてみろ。これ幸いとばかりに懐に小銭があったら投げ込むだろう?しかも、普通の蕎麦屋みたいに店員に払うんじゃない。賽銭箱に投げ込むのなら、仏様への喜捨と同じだ。何か見返りがあるかもしれない。蕎麦代くらい払ってやろうかと、どんなに吝い人間でも思わず財布の紐が緩んじゃうのさ」
「屁理屈っぽいけど、一応分からないでもないわね」
ふむん、と考え込んでアリス。
「へぇ、うちの神社でも似たような企画をすれば当たるかも」
感心して霊夢。
「下手に真似しても無理だろうさ。里に近いという立地があればこそだ。人が来ないんじゃ意味がない」
「ぎゃふん」
「そもそも蕎麦屋なんてのは水商売の代表っていうくらいボロい商いだ。元手も安いし、余程下手打たなきゃ黒字になる。これだけ人が来てるのなら尚更。兎に角、利益は出てる筈さ。儲けが無いなんて言わせないぜ」
パチパチパチと白蓮が拍手をする。
「うんうん、賢い賢い」
「一応、道具屋の娘なんでね。頭の中で算盤弾くのなんて朝飯前ですわ」
「お金は――そうね。ふふふ、結構貯まってるわ。魔理沙の想像通りに」
「白蓮様ッ!」
「いいじゃないの、星。私達にはお金を稼がなくてはならない全うな理由があるのですもの」
「理由ってのは何だ?」
三人を代表して魔理沙。
白蓮は悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「笑わないでよ。実は私には借金があるのよ。何せ千年分の――」
時は遡り、二ヶ月前。
「皆、よく集まってくれました」
白蓮は寺の境内に集まった仲間達を見た。
星、ナズーリン、一輪と雲山、ムラサ――そして、新入りのぬえ。
白蓮を囲むようにして、仲間達は立っていた。
白蓮の復活から程無くして後、ぬえを新たな仲間として加え、里の近くに命蓮寺を構えて間もない頃である。
陽はとっくの昔に暮れ、夜の帳も落ち、寒々しい風が吹き始めている時刻だった。
白蓮が口を開く。
「ここは良い土地です。我々の新たな住処――そして、終の住処にはぴったりでしょう。時間を掛け、ここに根を下ろし、この幻想郷の一員と成れるように日々精進してゆきましょう。しかし、祝うべき新たな門出に当たって、私には一つだけ清算しておかなくてはならない過去があります」
ごくり、と誰かが喉を鳴らした。
「それが――これです」
白蓮が地面を指差した。
それは、赤い砂を使って地面に描かれた魔方陣。
円と円が交差し、線と線が混じり合い、その隙間々々には異国の言葉が書き込まれている。
一見して、高度な魔法陣と知れるが、それが何の為に描かれ、存在しているかを知る者は白蓮以外にいなかった。
「面妖ですね、白蓮様。それは邪教の魔術ではありませんか」
一輪の呟きに、白蓮は鷹揚に頷き返した。
「邪教ですか。成程、そう考える人もいるでしょう。なら、一輪、我々の信仰も敵対する者から見た場合、邪教という事にはなりませんか?」
「――いえ、そうは思いません。御仏の教えは皆を導き、救うものです。信仰者は無論の事、御仏は、その教えを敵視するものですら救うでしょう。ありとあらゆる人種を――いえ、人だけではなく我々妖怪ですら一切合切の取り零し無く救う。それが仏の教えです。そのような教えの前に邪教のレッテルなど無意味です」
ふふふ、と白蓮が静かに笑う。
「そうですね。御仏は全てを救済する。何故なら、本来あらゆるものに差など無いから。全ては平等。色即是空。空即是色。『ない』というのがこの世の本質。人や妖怪などというのは後から線引きされた区別に過ぎません。ならばこそ『邪教』等というものは存在しません。そのような区別は確かに無意味です。しかし――」
白蓮は足元に描かれた魔法陣を見詰め、過去に思いを馳せながら言った。
「あえて断言しましょう。この魔法陣と、そこから呼び出される力は人間にとっては邪悪です」
「何故ですか」
誰かが聞いた。
白蓮は微笑む。
「この魔法陣から呼び出される『神様』は代価を要求します。それは一見、理に叶っているように思えますが、違うのです。本来イコールで結ばれるはずの無い、此岸と彼岸を両天秤に掛けるような力を人が望んではならないのです。私はかつて、老いない体が欲しいと願いました。その願いは、とてつもなく高慢で我儘で人が望んで良いものではありませんでした。だから当然、御仏が聞き届けてくれる筈など無かったのです。だから私はこの異教の術を使って『神様』を呼び出し、お願いをしました。現れた『神様』は私の差し出した『あるもの』と交換に、私の願いを呆気無く聞き届けてくれました」
白蓮の告白。
それは一応、皆も了解している事柄ではあった。
若い体と魔法の力を手に入れて彼女がした事も、そしてその顛末も――。
「だから罰が当たったのですね」
白蓮が言った。
「ズルして得た力は当然の報いを私にもたらしました。人智を超えた奇跡の力は、容易に人を堕落させます。だから邪悪なのです。しかし『神様』が悪いのではありません。そういうズルを望む人間と、それを叶えてしまう力が邪悪なのです。けど、当時の私はどうしても死にたくは無かった。弟の様に静かに往生できる程悟り切れていなかったのです。絶対的な修行の不足。高僧白蓮などとおこがましいにも程があります。死にたくない、死にたくない、と一心不乱に仏に念じ、現し世にしがみ付く生き汚さ――それが私の本性なのでしょう」
「生きたいと思うのは悪い事じゃないと思いますが――窮鼠、猫を咬む、とか」
ぽつりとナズーリン。
いやそれ少し違うから、と全方向からの小声の突っ込み。
「――それで白蓮様はどうお考えになっておられるのですか。真逆、取引で得たその力を今更『神様』に返すだなんて言い出しませんよね?」
皆を代表して星の遠慮がちな質問。
どうか頼みますから我々の前から消えるような事はしないで欲しいという切実な想いを込めて。
白蓮はそんな彼女の心情を大いに勘定して、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。ズルして得た力ですが、仏の教えを広める為に使うのもまた私に課された宿命ではないかと思います」
自分の力を手放す気は無いと言外に主張する白蓮。
ホッとする命蓮寺の仲間達。
「ならば、今夜は一体何を?」
「私が『神様』に貰ったのは力だけではないでしょう?私が封印されていた土地――法界。あそこは魔界の一部であり、『神様』の持ち物なのですよ?」
百聞は一見に如かずとばかりに白蓮はくるりと背を向けると、魔法陣と対峙し、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
その光景をつぶさに見守る弟子達。
「――我、古の契約に従い、汝を召喚せん。いやはての氷の世界に放逐されし旧き神よ――」
魔法陣が赤く光り、しゅーっと怪しい白い煙が噴き出て来た。
「これは――魔界の瘴気か?」
「ご主人様、なんか地面が揺れてるんですけど」
「ふむ。むしろ『場』自体が揺れているという感じかな、これは」
「もしかして今、魔界と繋がってるんじゃないですかー!?」
白い煙が視界を覆う。
白蓮の詠唱は既に止まっている。
一同は何事が起きたのかと、魔法陣を注視する。
少しずつ、晴れてゆく霧。
魔法陣の中心で何かがゴソリと動くのが見えた。
召喚された神らしいが――意外と小さい。
異界の神だというから、雲山のような大男を想像していた一同、拍子抜け。
――っていうか何あれ?尻尾?触角?
ゴソゴソと『何か』が動いている。
いや、キョロキョロと辺りを窺っているらしいと触角らしきものの動きで知れる。
程無くして『神様』が口を開いた。
「ちょ――夢子ちゃん!ここどこッ?というか、私の晩御飯、どこいったのーッ!?」
悲痛な叫び。
白蓮以外の一同ずっこけ。
『神様』――赤いローブ。色素の薄い肌、髪。特徴的なサイドテール。
怪しげな魔法陣から出てこなければ、『神様』だとは思えない。
威厳無し。カリスマ無し。
どうやら『神様』は食事中だったらしい。手にナイフとフォークを持っていた。
それがさらに『神様』の威厳の無さに拍車を掛けている。
「アナタタチハダレデスカ?」
片言。
あ、ガイジンっぽいと皆が納得。
白蓮がこほんと咳払いをして、一歩前に進み出た。
「お久しぶりです、『神様』。お食事中に呼び出したみたいで申し訳御座いません」
「――あ、あ、あ――えっと――え?」
『神様』は、貴方の事なんて知りません、ごめんなさいという顔をする。
白蓮はめげずに星に耳打ちをして『あるもの』を持って来させる。
「お食事の邪魔をしてしまいましたお詫びです。『神様』、代りにこちらを召し上がってはどうでしょうか?」
『あるもの』――丼に盛られた一杯のかけ蕎麦。
いや真逆、こんなものを――と皆が思う中、真剣に蕎麦を見詰める『神様』。
パン、と『神様』が手を叩いた。
消えるナイフとフォーク。
代りに現れるテーブル、椅子、ナプキン、お茶――箸。
まるで奇術。しかし種も仕掛けも無さそう。
恭しく丼をテーブルに置く、白蓮。
『神様』は箸を不器用に持ちながらも何とか蕎麦を口に運ぶと、啜った。
ずるずるずる――。
「――んー、この味は以前何処かで――。ふむふむ、蕎麦は蕎麦でもこの味は私の記憶で一番古い。初めて食べた時を思い出す」
ずるずるずる――ずずずずずず。
「そうかそうか、私を呼び出したのはお前か――ふむふむ」
汁まで飲み干し、『神様』は立ち上がった。
胸を張り、腕を組み、何処に隠していたのか六枚の翼を広げる。
「我、古の盟約に従い、汝の召喚に応えん――。思い出したぞ、聖白蓮。美味しい蕎麦と引き換えに、千年前に私が力を与えた人間か。ふふ、すっかり様変わりしたから思い出せなんだわ。お前の伝えた蕎麦の味。我が魔界の民達も大いに気に入っておるぞ!ワハハハッ!!」
「――とか言ってますけど、ご主人様?」
「うむ、今何気に、白蓮様の力は『一杯のかけ蕎麦』と交換で手に入れた事が暴露されたような」
「安い力ですよねぇ」
「逆に考えれば、かけ蕎麦一杯で相手を籠絡したとも言えます。真に恐るべきは白蓮様の蕎麦の魔力――ッ」
「というか、あれ絶対無理して演技してますよ。あの神様、普段はああいう喋り方してないでしょうに」
「しーッ!静かに!聞こえるでしょ」
ぼそぼそと取り巻き達。
それをちゃっかり聞いてた『神様』。恨めしそうな顔をしながら、エクスキューズ。
「――だってこうしないとカンロクでないじゃないの?」
御尤もです。
場所を移して寺の中。
本堂から離れた庫裏の一部屋で『神様』を接待していた。
ぬくぬくの炬燵とお茶。
気が解れたのかやたらとフレンドリーな『神様』。
お茶受けの煎餅を食べながらずっと一人で喋ってる。
「煎餅って言えば、魔界の西の方にある煎餅屋さんのがとっても美味しいのよー。主人の若旦那がめちゃくちゃイケメンでねー。私大ファンなの!娘もそこの煎餅が大好きでね。あっ、そうそう、娘っていうのは――」
「少し宜しいですか」
放っておくと延々と喋りそうな気配を察知し、白蓮が強引に本題に入る。
「『神様』を呼び出したのは他でもない、法界の事についてなのですが」
「はいはい。貴方が封印されていた場所ね」
「ええ、ずっとあの場所を間借りしていました。千年も――それで――賃貸料を」
ちんたいりょう?――何言ってんだこの人は、と皆がぽかんとなる。
「他にも恩返しをする方法を色々と考えたのですが、やはりここはお金というのが一番分かりやすくて良いかな、と」
唖然とする一同。
真逆、清算しておかなくてはならない過去と言うのはそれなのか――皆が心の中で全力のツッコミ。
「馬鹿な!白蓮様は封印されたのですよ!言わば、不可抗力!払う義務など――」
思わず立ち上がる星。
「まぁ置いておかなくちゃいけない義務もなかったけど」
『神様』、あくまでも陽気に。
封印されたままだろうが、その後どうなるかだとか、そんなの関係無しに、元の世界に放り出してやろうと思えば出来たという静かな主張。
「星、気持は分かりますが抑えて下さい。『神様』の言う通りです。法界という人から離れた土地は、私に危害を加えようとする者達からも守ってくれていました。『神様』に縁のあった私が、あそこに封印された事は僥倖だったのです。何らかの形でのお礼は必要です」
「それでお金?」
『神様』の困った顔。
「シンプルな方法であるのは認めるわ。経済というのは人間が生み出した幻想の中でも飛びきり強力なやつだもの。アレとコレの価値を通貨でイコールにする。硬貨なんてただの金属片。紙幣なんてただの紙切れ。でもそれが機能する。そういうシステムを創造した人間は実にあっ晴れだと思うわ。それでも、お金なんて貰っても仕方ないわ。幻想郷で流通している貨幣は、魔界じゃ使えないでしょう?」
「魔界では使えなくとも、幻想郷では使えます。私の封印が解けて以来、魔界と幻想郷の交流が図られているとも聞いています。魔界の人達が幻想郷を訪れる際に使えば良いのではありませんか?」
「ふむふむ。私は使えなくとも、幻想郷に来た魔界人には使えるか――成程、悪くないわね」
白蓮は苦い顔をした星を見遣り、軽く小首を傾げた。
ねぇ星、神様も賛成してくれているし良いわよね?という風に。
「――結果だけ見れば、法界に封印されたお陰で、千年ぶりに無事再会出来た訳ですし、白蓮様がそれで納得するというのでしたら私としても構いませんが」
渋々と星が呟く。
追随するように後ろから一輪とムラサとぬえの掛け声、そうだそうだ。
「――でも幾ら払えば良いんでしょうか?」
「里の借家の相場の千年分とか」
「敷金とか礼金は?」
「支払いが遅れているから延滞料も込みなんじゃ?」
ムラサがパチパチと算盤を弾き、出てきた金額を見て目を剥いた。
「――『神様』、もう少しまけてもらえませんかね?」
「敷金、礼金無料。延滞料は無しでいいわ」
再計算。
しかし、それでも千年分の賃貸料は途方も無い金額に。
「今の寺の主な収入源は供養代やお布施。それに賽銭箱が殆ど。この金額を返そうと思ったら何百年掛かる事か――」
「いいじゃない。やりましょう」
白蓮の鶴の一声。
「どうせ私達、歳取らないんだからいいじゃないの。ね?」
元人間と妖怪達の一味。
確かに時間だけは唸るほどある。
「それに私に良い考えがあるのよ」
と、白蓮の嬉しそうな笑み。
「お金を返しつつ、もっと里の皆様と交流を深められそうな素敵な方法が」
「白蓮様がそう仰られるのなら――」
妖怪達は苦笑しながら互いの顔を見合わす。
「――付いて行きましょう。我ら何処までも、貴方の導く場所に」
「だあぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「あ、アリスぅぅぅぅぅっ!?」
アリスは突然、気でも違ったみたいにテーブルに突っ伏し、奇声を上げた。
友人の突然の発狂に魔理沙は慌てふためき、おいしっかりしろと彼女の肩を掴んで激しく揺さぶった。
しかし、アリスはそれこそ糸の切れた人形みたいにガクガクと頭を前後に揺らすだけだった。
ぶつぶつぶつとアリスが念仏でも唱えるように囁く。
「その者黒き衣をまといて蕎麦の野に降り立つべし――外の世界の聖人が魔界に蕎麦を伝えた。蕎麦は悪条件でも出来る貴重な作物。魔界の風土にも馴染み私達のソウルフードになった。伝説は本当だったんだわ――ああ、それにしても、お母さん――やめて、外に出る時にはもっと威厳を――でないと皆にバカにされちゃうっていつもいつも――」
最早、アリスの眼は何も見ていなかった。
あらゆる現実を拒否した虚無だけがそこに広がっていた。
「彼女、どうしたの?」
白蓮が本気で心配する。
「持病よ、持病」
霊夢が投げ遣りに答える。
「それにしても賃貸料とは想像の斜め上よ。それを返す為の蕎麦イベントなんて――」
「それプラス里の人達との交流です」
星の言葉。
「白蓮様は実に慧眼であられる。借金を返済ながら、我々に人々に奉仕する方法を指し示してくれた。尤も、今思うと巧く白蓮様に乗せられたという気がしないでもないですが――ううむ、実は借金の返済などというのは建前で、里の人々と交流させるのが真の目的なのか――」
「ふふ、星。皆が喜んでくれているから、今更理由など良いではありませんか」
「そうですね。私も皆も大いに楽しませてもらっています。感謝こそすれ文句を言う筋合いではありませんね」
「近年稀にみる偉業だと思うわ。ホント幻想郷の連中と来たら騒ぎを起こす事にかけては天才ばかりなんだから」
霊夢の嘘偽りない溜息。あーあ、やってらんないわって感じで。
「腹ごなしも済んだ感じだし、そろそろ帰りましょうか」
「おう」
霊夢の提案。魔理沙の快諾。
「――ちょっと待って」
いつの間にか復活したアリスの拒否。
「皆に見て欲しいものがあるの。いいかしら?上海、あれ持って来て」
自身の人形に命令。
死ぬほど憂鬱な顔のアリス。
やがて上海がやたら大きくて重そうなボストンバッグを持って来た。
「霊夢、貴方さっき私が奢るって言った時に、田舎からの仕送りだと言ったわよね。あれ、大正解よ」
上海がバッグをテーブルの上に置いた。
ドンッ。
ミシっと安物のテーブルが悲鳴を上げた。
「――何それ?」
「入りきらないからこれに詰めて来たの」
アリスがボストンバッグを開ける。
霊夢は歓喜の声を、魔理沙は驚愕の声を上げた。
バッグの口を開けた途端、中から毀れ出て来たのは、お金お金お金お金お金お金――ぎっしりと詰まったお金の小山!
殆どが小銭だが、中には高額紙幣らしきものも混じっている。
あんぐりと口を開けたまま動けない星。
流石の白蓮も、余りのお金の量にゲシュタルト崩壊を起こし、あらお金ってなんだったかしら、と眼をぱちくりしばたかせている。
「アリス、これが全部仕送りなの?」
「私の『田舎』から『お母さん』が送って来た仕送り。さっきの話を聞いて出所がやっと分かったわ」
ポン、と魔理沙は掌を叩く。
「そうか!先月と先々月のこの蕎麦イベントで得た売上金か」
「そうよ、魔理沙。あの人、貰ったはいいけど、結局、魔界に置いておいても使い道がないから、幻想郷にいる私に送って来たのよ」
「――で、アリス。そのお金どうするの?」
もし犬だったら尻尾をぴょこぴょこ振ってそうな期待に満ちた顔の霊夢。
「――霊夢にはあげないわよ。さっき言ったように蕎麦代として払う」
「全部?」
「全部よ」
「ちぇー」
驚きで外れかけた顎をなんとか直して星が言った。
「御代は自由だが、これはちょっと――多すぎやしないかな」
ちょっとどころではない額に完全に気遅れ気味。
「こんな大金、私が持ってても使い道ないわ。それに出所が出所だけに気軽に使えるものでもないし――だってズルいじゃないの」
何でもいいから貰って頂戴、という感じのアリス。
「いいじゃない、星。貰っておきましょう」
白蓮は気軽に引き受けた。
「これも御仏のお導きです」
それ便利な言葉だよな、と思いつつ魔理沙が質問する。
「えーっとだ。またもし、アリスの『田舎』から『お母さん』がそのお金を丸ごと送って来たらどうなる?」
「またそれで蕎麦代を払うわよ」
ツンと澄ましてアリス。
「そりゃ返済額が、雪だるま式に増えそうだな。というかそんなので返済した事になるのか?」
ついていけない、と肩を竦める魔理沙。
「アリスについてれば来月も蕎麦食べ放題ね。うふふ」
命蓮寺に大量のお賽銭が集まるのは気に食わないが、それより蕎麦な霊夢は、頭の幸せ回路をフル稼働させる。
お蕎麦いっぱい、お腹いっぱい、なんて――幸せ。
自分の住処へと戻る彼女達を見送りながら、星は白蓮の耳元でそっと囁いた。
「――白蓮様。これは思ったより早くお金が返せそうですね」
ええ、と白蓮は頷く。
「驚きませんか?」
いいえ、と今度は首を横に振った。
「何故です?」
「それは勿論――」
白蓮はぴっと星の顔を指差した。
「貴方がいるから」
「ああ、成程。私がいると財宝が集まる――ですか」
うふふ、と白蓮は可笑しそうに笑った。
全部が全部計算づく。遅かれ早かれこうなっていたのだと言わんばかりに。
「そうだ。今度、皆でお寺の裏に畑を作りましょうか。蕎麦畑を――ねぇ、それにしても星、ちゃんと根を張れると思う?」
「確かにこの辺りの土地は痩せていますが、蕎麦なら大丈夫でしょう」
「いえ、蕎麦では無くて、私達の話。私達はちゃんとこの土地に根を下ろせるのかしら?」
「さてさて、我々に出来る事など所詮は種を蒔く所まで。土を被せ、水をやっても果たして芽が出るかどうかは御仏の心次第」
「そして、芽が出るまでは時間が掛かる――ですか。ならば、その間は祈って待つ事にしましょう」
夕暮れの境内。
元人間と妖怪達の一味は、互いの疲れを労いながら、いそいそと片付けに精を出す。
これはきっと新参者なら誰でも一度は通る道なのだ。
自分達の居場所を作るという静かな戦い。
それは日々続いて行く。
新たな土地に根を下ろし、花が開くその日まで。
しかし。神綺さまなにしてはるんですかw
無性にお蕎麦が食べたい…。
幻想郷には第一次永久機関が完成してたんですねぇ。
さすが神綺様www
さすが白蓮様www
いい話でした。
蕎麦はざる派の自分だが、聖様の手打ちならかけでも何倍もいける気がするぜ!
そして相変わらずカリスマ(笑)の神綺様w こういった二人のなりそめも、ありですね。
神綺様とか命蓮寺組みの会話など面白いお話でした。
ああ、蕎麦食べたい
白蓮様の慧眼に感服。神様の可愛らしさに完敗。蕎麦もう一杯。
面白いお話でした。
してみるとこれは良いお金の使い方の見本みたいなものでしょうね。
巫女の腹が膨れ、命蓮寺に信仰が集まり、魔界に蕎麦が伝わり。
楽しい経済小説でございました。あと蕎麦食べたい。
蕎麦食べたくなったけど食べるとガチでやばくなるし……orz
アリスを通じたお金の循環設定もお見事、綺麗にまとまっていますね。
しかし、蕎麦って手軽だけど本当においしいですよね。
>魔界の西の方にある煎餅屋さん
本業人探し屋の煎餅屋かな?
しかし近所に蕎麦屋が無い……スーパーで乾麺買ってきて茹でるか。
寒い冬には温かい蕎麦こそ至高だけど、たまにはコタツでぬくぬくしつつざる蕎麦もいいよね。
ところで霊夢さんマジ外道w
と考えて死ぬほど悶えた。
脱字?最後のほう聖の台詞。
いいじゃい→いいじゃない
でも霊夢さんのDQNっぷりにちょっと引いたわ
観光ツアーが運行されてたら(無認可だけどw)、観光客が多い!きにくわん!とかな理由で攻め込まれたの忘れたんか?(まあ、アリスへの仕送りからすると余り来てないみたいですが、訪れる人が増えると怪綺談が再発しそう・・・
ところで、少なくとも千年位前から箸を使う事があったにしては、箸の使用が拙過ぎません?
神綺様、カリスマ形成遅いです。
金は世界のまわりのもの、ってかww
そういえば、今朝、立ち食い蕎麦屋が大繁盛してたな。やっぱ、寒かったからか…
マックにいった俺は、ダメだなw
蕎麦も食べよう。
黒いひじりんも悪くないですねw
そして神綺様モエスw
素晴らしい流石神綺様素晴らしい
夢子さんの蕎麦……、妬ましい。
蕎麦食いてぇwww
そして霊夢、お前さんはそんなんだから信仰集まらないんだw
ネタそのものは、命蓮聖の生まれである長野が蕎麦の産地であることからきてます。なんかのドキュメンタリーで蕎麦畑見てこれはいいな、と。
アリスはたしかにブチ切れていいと思います。主に私に向かって。
好きな子をいじめたくなるって感じで、悪意はないんですががが(汗
ただ、星組の喋り方と呼び方にどうも違和感を感じてしまいました
ちょっとカップ蕎麦買って来る
今度こそゼロ誤字だと思ったのに…私の肉しみは消えないんだ…まそっぷ!!
>星組の喋り方と呼び方
今回最も苦労した部分でした。
各種二次とか他のSS拝見したら、結構皆バラバラで。
星組参戦からそんなに時間経ってないし、煮詰められてないのかなと思い、割と適当にやってます。
明らかにおかしい喋り方があったら、それは作者の勉強不足か、誤字脱字の可能性大でs
また、科白が連続してるところなんかは、読む側が脳内補完してくれると思い、特に誰が喋ってるとか想定してません。
完全に力技に走ってます。SSはパワーなのです。
それはそうとお蕎麦たべたくなりましたはふはふ
お題は自由の日本ハムの試合で香港ドル入れたのは私ですごめんなさい
案外自由と言われるとせこくなるもんです
下は10円から上は数万円まで、払っていく代金は幅広く、平均8000円くらいだったように記憶しています。
こういうシステムはなかなかに面白いものです。
こういうお話ってとっても好みです。
それに、星さんの能力の使われ方も素敵。というか能力が発揮されているお話自体が珍しいような気も……。
この作品のように星さんの能力が効果的に使われているSSには未だにほとんどお目にかかっていません。
うっかり星ちゃんだけではなく、こういう星さんももっと増えてほしいですね。
白蓮の打った命蓮蕎麦…食べてみたいですねえ。
信仰をもたらすイベントで稼いだお金は魔界からアリスを経由して返ってくる、
そんな絡繰りも神綺様の考えどおりなのかも知れませんね。
神綺様やっぱりカリスマです。アリスも良い子だなあ。
霊夢もお札とか何か労力を提供したらもっと良かったですが、このままでも霊夢「らしく」はありますね。
白蓮が魔界に蕎麦を伝えた功績は長く残っていくのでしょうね。
魔界の青木昆陽ですね、わかります。
良いお話を読ませていただきました。ありがとうございました。