「弾幕を改良しようと思うんだよ」
博麗神社の一室でそう魔理沙が言ったのを、霊夢は煎餅をかじりながらに聞いていた。
ポリポリ、と煎餅を噛み砕く音と魔理沙の力説とが室内にむなしく響く。
両手を振り乱しながら熱心に話す魔理沙に対して霊夢が返した言葉と言えば。
「はいはい、そうね」
その一言だけだった。それも畳の上に寝そべったまま、片手で開いた文庫本を読みながらだ。
この親友が唐突にわけのわからないことを言い出すのは霊夢にとっていつも通りのことだった。そんな年中行事に毎度ご丁寧に対応していてはお茶をゆっくり楽しむ時間すらも無くなってしまうのは明白。
故に霊夢は常に生返事しかしない。あーそう、ふーん、いいんじゃない?そうなんだー、へー、ほー、うんうん。そんなどうとでも取れるような相槌をタイミングを見繕って返すだけだ。
だが今日に限っては勝手が違った。妖怪退治で得たお金で懐の暖かかった先週、なんとなく買った文庫本が意外なほど面白かったがために霊夢は致命的なミスを犯した。
「……というわけでさ、お前もやろうぜ!」
何やら色々と一息に捲くし立てた後、魔理沙が最後に発した誘い。
そんな魔理沙の誘いに対し、普段であれば『お前も』と聞こえた時点で霊夢は遠慮の言葉を紡いでいただろう。
だが、今日の霊夢が返した言葉は、というと。
「うん、いいんじゃない?」
そんな肯定の言葉だった。両手に持った文庫の中では柳生一門が大御所の罠にかかり、風魔忍者によってばったばったと薙ぎ倒されている。霊夢は自身がそれ以上のピンチに陥っていることに気付いていなかった。
「……へ?あ、うん。いいならいいんだが。珍しいじゃないか。ダメ元でも誘ってみるもんだな」
「んー、そうねー。ふーん」
霊夢が生返事しかしないことを知っている魔理沙はもちろんこれに驚いた。
今までどれだけ話を聞いていないように見えても、自分からの誘いだけはとにかく断ってきた霊夢。である以上、態度は悪くとも話は聞いているのだろうと魔理沙は勘違いしていた。
実際には霊夢は話を聞いていたりはしない。とは言ってももちろん耳に入ってきてはいるし、返事をするためにある程度魔理沙の言葉を吟味してもいる。
だが、一旦返事をしてしまえば魔理沙の言葉はすぐに霊夢の記憶から抜け落ちてしまうのだ。腕白息子に対する父親の説教のように。
そうとも知らない魔理沙は、霊夢がちゃんと自分の話を聞いて返事をしたのか確認してみることにした。
「んじゃ明日の昼ここに集まるってことでいいか?」
「悪く無いんじゃない」
「飯は用意してくれるか?」
「うーん、きついわねー」
「ところでその煎餅もらっても?」
「無理無理」
「最近密かに気になってる奴は?」
「バンジーガムはガムとゴム両方の性質を持つ……!」
「そのヒソカじゃねぇから」
魔理沙はしばし考える。連載再開おめでとう。違う。今の会話の流れなどは普段通りの霊夢と全く変わりが無かった。
あの様子であれば、先程の返答はやはり霊夢自身の意思によるものだろう。魔理沙はそう確信した。
「おっし、問題ないな!それじゃ私は準備してくるから、また明日な」
「んー、またー」
箒に跨って出て行く魔理沙を霊夢は気にも留めていない。毎日のように神社へやってくる親友との別れなど惜しむに値しないからだ。
そのまま読みふけること十分程。ようやく読書に切りがついた時、初めて霊夢は魔理沙がいなくなったことに気付いた。
栞を挟んで机に置いた文庫の中では六十人の柳生忍びが壊滅していた。それはまさしく霊夢の明日を象徴するものに他ならないのだった。
翌日の昼下がり、最初に神社を訪れたのはアリスだった。普段より少し多めに人形を引きつれ、そして何やら鞄を手にして飛んでくる彼女に対して霊夢は何故だか嫌な予感を感じた。
アリスが神社を訪れるのはそれほど珍しいことではない。毎度神社へ来る度にきちんと参拝し、さらに少なからず賽銭を入れることもあるアリスの来訪を普段の霊夢は歓迎している。
賽銭を歓迎する、とは言っても霊夢はそれほど貧乏だというわけではない。妖怪退治で金品を貰うことは多々あるし、いざとなれば里の援助を受けることもできるだろう。
だが、やはり賽銭が無いと霊夢は少しばかり寂しくなるのだった。妖怪退治を評価されての金品ではなく、博麗神社の巫女としてこの神社を評価して貰っての賽銭が欲しかった。
霊夢が妖怪退治や異変解決をしているのは一年の内ほんのわずかばかりの時間だ。だというのに、毎日の巫女の仕事よりそちらを評価されるのはなんだか釈然としないのだった。
だからこそ霊夢は賽銭という形で自分を評価してくれるアリスの来訪を歓迎していた。
しかし、今しがた霊夢が感じた予感は今や悪寒となり、彼女に居留守を使えと囁きたてている。今なら相手からは見えていない、と。
数秒の逡巡の後、結局霊夢はこの悪寒を無視することにした。
境内に降り立ったアリスに対し、霊夢はその悪寒をひた隠すようにして挨拶を交わした。
「お邪魔するわね」
「はいはい、お邪魔されるわね」
アリスは人形達を石畳脇に整列させると、清水で両手を清めて本殿へと向かった。
アリスは物事の形、形式を大切にする。それは人の形をした人形達を大切に扱うことからもわかる通りだ。
永く生きた物品に宿る付喪神のように、魂は形あるところに宿る。それがアリスの持論であり、そしてそれを実証しようというのがアリスの研究、人形の自律稼動だった。
それこそがアリスの第一ステップであり、アリスという魂を生み出した母親、神綺へ追いつこうという意志の表れだった。
境内に入ったらまずは手を清め、本殿で手を合わせて賽銭を入れる。
そんな神社の形式に従い、アリスは賽銭箱へ数枚の小銭を投げ入れ、パンパン、と大きく手を叩いた。
そのままアリスが小さく頭を下げるとともに、境内にはしばらくの沈黙が訪れた。
「……なんだったのかしらね、あれは」
その沈黙の間、霊夢は先程の悪寒の正体について考えていた。
勘がいい、と自分がよく言われることは霊夢とて把握している。自身ではあまりそう感じないのだが、周囲の人妖が口を揃えて言うからにはそうなのだろうとくらいには思っている。
そんな勘がいいらしい自分があの一瞬で感じた悪寒。それが霊夢には一体何なのかがさっぱり掴めないのだった。
いくら霊夢とはいえ、先日の魔理沙への生返事の中にその答えがあるのだとは気付くはずもなかった。
「霊夢、魔理沙達はまだなの?」
ジャリ、と玉砂利を踏みしめながら、アリスが霊夢の元へと寄る。
霊夢は魔理沙の名前がアリスから出てくることは想像していた。何かあるにしても絡んでいるはず、と。
だがしかし魔理沙達、とアリスは言った。達、と付くからには他の何某かが現れるのだろうが、霊夢にはその人物が全く思い当たらない。
結局霊夢は素直に聞くことにした。
「えーと、こっちが忘れてるんなら申し訳ないんだけど、今日何かするんだったっけ?」
アリスは怪訝な顔をしながらも、その問いにすぐ答えた。
「魔理沙から聞いてないの?」
「何を?」
「今日はここで弾幕研究会やるって。霊夢も一緒だ、って話してたけど」
弾幕研究会、と聞いて霊夢は記憶を呼び起こした。魔理沙が月に一度アリスと一緒にやっていることは知っていた。毎月に一度、自分も誘われるのだから記憶にも残る。
だが、霊夢はこれまでその誘いは全て断ってきていた。もし今日ここでやることになったとしたら。
「昨日の会話の中ね……」
「何かあったの?」
「あぁ、なんでもないわよ」
自分がドジを踏んだに違いない。霊夢はそう悟った。そして大きくため息をついた。面倒なことになったな、と。
そもそも弾幕研究会などと言われても、霊夢にとって弾幕とは考えたり研究したりする類のものではなかった。
魔理沙の言うような『弾幕はパワー』だとか、アリスの言うような『弾幕はブレイン』だとかの、弾幕に対する明確なスタンスも持っていない。
霊夢にとって弾幕とは、適当に相手に向かって弾を撃ち出して、飛んでくる弾を避ける。ただそれだけのことだった。
あえて言うなら『弾幕は無心』、『弾幕は思いつき』、『弾幕は適当』、そんなところになるのだろうが、そんなことを明言するほど霊夢の頭は幸せではない。
「まぁ、研究会って言っても別にお堅い学術的なものじゃないわよ。お互いの弾幕スタイルを交換して新しい発見を探そう、って感じね」
そんな霊夢の気分を見通したか、アリスは今日の会合の目的を語った。
今日は魔理沙とアリスが毎月行っている弾幕研究会の日。お互いの弾幕スタイル、弾幕に対するスタンスを交換しあう日である。
「魔理沙は長らく私の人形操術を試してるんだけど、最近じゃ割りと堂に入ったものよ。簡単な人形劇くらいならできるようになってきたわね」
「ふぅん。遊びみたいなものってこと?」
「言ってしまえばそうね。元々魔理沙が気分転換に触らせてほしい、ってことで始まったものだし」
「完全に遊びじゃないの」
「けれど効果は中々あるみたいね。荒っぽかった魔理沙の魔力出力とか、かなり丁寧になってきたもの」
大出力のマスタースパークのように、魔理沙の魔法は主に自分の全力を出し切るような形のものが多い。それ故に、魔力の加減をすることが魔理沙は苦手だった。
そんな魔理沙もこれまでの会合の中、魔力を入れすぎれば壊れてしまう人形を遣うことで出力の微細な調整に少しずつ慣れてきていた。
「なるほどねぇ……」
霊夢はしばし考える。それくらいの遊び程度ならば問題ない、むしろ暇つぶしにはいいかもしれない。
アリスの人形を魔理沙が使うということは、アリスが自分の護符、或いは退魔針を使い、霊夢が魔理沙の箒や星屑弾を使うことになる。
そこまで至ったところで霊夢はふと思い出した。
「魔理沙達、って言ってたわよね。他に誰が来るの?」
「あぁ、小町が来るそうよ」
「小町?珍しいじゃない、宴会でもないのにこっちに来るなんて」
小野塚小町は必ず宴会に参加する。それは宴会の十分前にようやく仕事が終わった日だろうが、翌日朝から仕事の日だろうがお構い無しに、である。
そして参加する度にひたすらに飲む。とにかく飲む。へべれけになって仕事に出ては閻魔に叱られる。仕事をなんだと思っているのですか、と。
しかし、へべれけで真っ赤になった船頭の陽気な姿が霊に人気があるのも確かであり、そのために彼女の上司である四季映姫はそれほど強く出られないのだった。
だが、その分宴会の無い日に小町が幻想郷へやってくることは少なかった。皆無と言ってもいいだろう。そんな小町が来ると聞き、霊夢は少しばかり不思議に思った。
「お使いの帰りだって」
「サボリの口実?」
「ホントみたいよ。今朝から昼まで地底だって」
ふぅん、と気の無い返事を一つして霊夢は再び思考の底に潜った。
最後の一人は小野塚小町。霊夢の想像とはかなりかけ離れたところだったが、霊夢にとってはそんなことはどうでもよかった。
霊夢はかつて戦った時の小町の弾幕を思い起こしていた。
小町の弾幕は主に投げ銭によるものだ。とにかく惜しげもなく小銭を投げまくる。一度の弾幕で一体どれくらいの額になるのか、知ったことかとひたすらに投げつける。
霊夢は考える。今日アリスは人形を連れてきた。魔理沙はマジックアイテムを持ってくるだろう。ならば、小町は小銭、あるいはそれに類する物を持ってくるに違いない。
普段のあの銭の使い様からして、あれは小町自身の金を使っているのでないだろう、そう霊夢はさらに考える。上司の懐、あるいは組織から経費として出ているか、はたまた無限に金を生み出す弾幕なのか。
どちらにしても霊夢にとってはよかった。
「ま、いいわよ。暇つぶしにはなりそうだし」
「なら良かったわ。せっかくここまで来たのに徒労に終わるかと思ったわよ」
霊夢は参加することを決めた。
今日霊夢がするべきことはただ一つ。投げ銭があまりに楽しいから、少しばかり遠くの方へ投げまくってしまうだけだ。具体的には神社の外の茂みだとか、神社の軒下だとかに。
回収は夜、彼女達が帰ってからだ。霊夢は既に周囲の茂みを観察し始めている。飛んで行った小銭が見つかりにくく、そして回収が楽な場所を探して。
少しばかりあくどい気もするが、小町の懐が痛むわけでもなければアリスや魔理沙に迷惑をかけるでもない。むしろ皆には後でご飯でも奢ってやっていい。
これは皆が幸せになるためなのだと、霊夢はそう自分を納得させた。
「魔理沙は人形遣うんでしょ?なら私は小町のをやってみるわ」
そうして無心を装って言った霊夢を誰が責められるだろうか。
貧乏ではない、とは言ってもそれは生きていく分には、という枕詞が着くくらいであり、決して余裕があるわけではない。。
巫女服以外にこれといった私服もなく、趣味と呼べるようなものもない。たまたま買った文庫本は彼女が初めて手にした娯楽書だった。
そんな中、目の前に誰も悲しむことなく金を手に入れるチャンスを得た彼女に対して止めろと言える者がいるはずもなかった。
霊夢のそんな心境を露知らぬアリスは何一つ疑うことなく返事をした。
「そうね、私はじゃあ巫女やってみようかしら。魔理沙は同じ魔法使いだし、あんまり気分転換にもならなかったのよね」
「いいんじゃない?アリスなら私の服のサイズもなんとか合うくらいだし、服も着てみる?」
「あ、いいわねそれ。ちょっと借りても?」
「タンスの一番上に入ってるわ」
「ちょっと着替えてくるわね」
アリスは機嫌よさそうに霊夢の私室へと向かった。
形から入るアリスである。せっかく霊夢の弾幕を試すのなら巫女服を着てやりたいと思っていたところだった。
しかして、彼女の機嫌を良くしているのにはもう一つの要因があった。
勝手にタンスを開いていい、というのは信頼の証である。アリスは霊夢からそういった信頼を受けていることを存外に嬉しく感じたのだった。
「タンスの一番上、と」
ガラリ、と音を立てて開いたタンスの中には何枚もの巫女服。
「うわ、よくもまぁ同じデザインでこんなに」
少しばかり驚いたアリスはその中から一着を掴み、タンスを押し閉めた。
これらの巫女服の殆どは霖之助の手製であるため、実際にはどれも少しずつデザインが違っているのだが、畳まれた状態では流石のアリスも気付かなかった。
バサリ、と音を立ててアリスの着衣が畳へと落下する。
上下に下着のみを残して巫女服に袖を通そうとした瞬間、アリスは気付いた。
「霊夢は下着ってどうしてるんだろう……」
初めて幻想郷へやって来た時、魔界人アリス・マーガトロイドは大いに戸惑った。何故ならほとんどの者がドロワーズを穿いていたからである。
魔界では一部の者が弾幕戦のような激しい動きをする際に穿いた程度で、日常生活においてドロワーズの役割はそれほど多くはなかったのだ。
アリスはこの際だからと、幻想郷の下着も形から入ることにした。
タンスの二段目、三段目と順々に開けていく。そう、下着ドロである。いや、下着レンタルであった。
しかし。
「無い、だと……!?」
下から上まで漁っても肝心の下着が見つからない。合計四段のタンスの内訳は巫女服の段、サラシの段、リボンの段、寝巻きの段。それだけであった。
アリスは周囲を注意深く見渡した。他に小さなタンスがあるのではないかと。だがそれすらも見当たらない。
長らく眉唾ものだとばかり思っていた言葉がこの時初めて現実味を帯びてアリスの頭に飛来した。
「東洋の巫女は下着を穿かない……!」
東洋の神秘。オリエンタル・エニグマ。そんな言葉がアリスの脳内を支配する。
小さく息を吐くと、アリスは二段目に入っていたサラシだけを手にしてタンスの戸を閉めた。
先程の着替え途中のまま、最後まで残っていた上下二つの布を体から剥ぎ取ると、アリスはサラシを巻き始めた。
アリスは巫女の形から入ることにしたのである。
いつしか霊夢のような、穿かずにも超然としていられる内面を手に入れられることを祈って。
巫女服を着終え、アリスはやたらと風通しのいい一歩を踏みしめた。その一歩が悲劇へ向かっているとも知らずに。
そしてそれを知る者は、風呂場のタンスにタオルと一緒に収納されている霊夢のパンツだけだった。
一方その頃、地底からの帰り道を疾走する小野塚小町は非常に焦っていた。
「二十分オーバー、か……やばいねこいつぁ」
地底へのお使い自体はすぐ終わるものだった。一ヶ月ほど前にあった事件、地底から霊が溢れたというそれに関する説教を伝えただけだ。
しかし、流石に地底は遠かった。しかも霊の管理という業務のせいもあって、顔見知りも多い。道行く人に呼び止められることも一桁程度ではなかった。
ひたすら待ち続けた機会を無為に失ってしまうかもしれない、小町がそんな焦りを抱くのも仕方が無かった。
彼女の言うこの機会、というのはもちろん魔理沙達との弾幕研究会のことだ。
小町がこの奇妙な会合について聞き及んだのは三ヶ月ほど前のことだった。
最初は珍しいことを考えるものだ、くらいに思っていた小町だったが、ふとしたきっかけが彼女に大きな閃きを与えた。
『人形に船頭をさせれば悠々自適にサボってられる』、それが小町の思いつきだった。
これは考えれば考えるほど素敵な考えであるように小町には思えた。自分の能力によって距離を操れば、本家人形遣いであるアリスよりもさらに遠くからの人形操作が可能になる。
必要なものと言えば遠目から、と言うより上司である映姫の目から小町に見える程度に似せた人形、人形操作の技術、そして操作に必要な魔力。
その三つの内、人形は既に製作済みだった。毎晩のような針仕事の賜物だ。
徹夜で机に向かって針仕事をし、翌日早朝から眠そうに仕事に出かける彼女の姿は、仕事に目覚め勉強を始めた勤勉な死神の姿に見えた。少なくとも映姫からは。
映姫はその間毎晩、踏み台の上でさらに背伸びしながら作ったチャーハンを小町の部屋の前に差し入れた。
『ありがとう』と書かれた書置きと綺麗に洗われた皿を毎朝目にするたび、両目の端に塩辛い液体が溜まっていくのを感じる映姫だったが、彼女が小町の部屋でその夜なべの成果を見かけて愕然とするのはもう少し先のことになる。
「……ふぁ……っく、眠い」
そんな小町の人形作りが終わったのはつい二日前の晩のことだ。そして昨日は幻想郷までひたすら飛び続け、今日は朝から地底へ行ってきたばかり。
当然眠い。だが、重い眼を擦り、欠伸を噛み殺しながらも彼女は飛び続ける。
小町が待っていたのは魔理沙達の研究会が自分の非番の日、あるいは幻想郷へお使いに行く日と重なる時。
ようやく訪れたその機会を逃しては、次はいつ人形の研究ができるかわからない。
小町は自分が楽をするための努力を惜しむことは無い。自身の能力、距離を操るそれを行使し、小町はさらに地上との距離を縮めた。
小町は思い出す。かつて風邪を引いて死神小学校を休んだあの日、家で食べたご飯は最高に美味しかった。皆が勉強している最中だと思うと余計に美味しく感じられた。
働くことなく食べる飯はきっと美味いだろう。いや、絶対美味い。
間近に迫った将来の幸せのため、小町は限りなく加速した。あの日のご飯を目指して。
準備に手間取った魔理沙が神社へと到着したのは、小町と全くの同時だった。
魔理沙自慢の箒を境内へとランディングさせたその瞬間、やたらに急いだ様子で周囲の玉石を蹴散らしながら小町が駆けつけた。
「お、ちょうどいいじゃないか小町」
「魔理沙!どうやら間に合ったみたいだね」
小町の表情に安堵の色が混じる。
彼女にしてみれば重要なのは魔理沙かアリスの弾幕を使わせてもらうことであり、もし遅刻して巫女の弾幕を割り振られたら、何のために今日まで頑張ってきたのかわからない。
「ま、とにかく入ろうぜ」
「あぁ、今日は勉強させてもらうよ!」
そんなハイテンションな小町を不思議に思うことも無く、魔理沙は靴を脱ぎ散らかして本殿へと上がった。小町もそれに続く。
魔理沙にとってはこの弾幕研究会はかれこれ七回目にもなる。
これまで何度かアリスの人形を操っていたが、アリスの人形は魔力を使って命令すれば簡単に言うことを聞くようになっており、動かすこと自体は簡単だった。
糸で直接操っているようにも見える人形だが、実際には糸はただの導線に過ぎない。魔力を伝えるための伝導体の役割をしているだけだ。
元々魔力に長けている魔理沙である。今では自由自在に人形達を操ることができるようになっていた。
とは言ってももちろんアリスのように十体もの人形を同時に操るような大技はできない。魔理沙にできるのはせいぜい二体同時が限度だった。
だが、魔理沙にとってはその二体だけで十分だった。
盗撮用と陽動用。それが二体の役割である。
「なんとか今日で完成させたいがなぁ……」
「何か言ったかい?」
「いーや何でも。なーんでもないぜ」
軽口を叩きながら魔理沙は廊下を歩く。
魔理沙にとってアリス・マーガトロイドは不思議な少女だった。
なんせ、数年前に魔界で出会った時は十にも満たない幼女だったはずが、しばらくして再会した時には社交界のレディのような気品を備えていたのだから。しかも程よく実ったボディラインを伴って。
これを不思議に思わないほうがおかしかった。
魔理沙は知らない。アリスの体がマジックテープ式であることを。バリバリバリ、と剥いた先、見せ掛けの体の中には魔界で出会ったままの幼女がいることを。
もし知ってしまえば、『私魔理沙だけど、アリスの体がマジックテープ式だった……死にたい……』とでも言うはめになるだろう。
だが、もちろんアリスとてこんな秘密を知られるわけにはいかないと万全の注意を払っている。
アリスの館の周囲にはドーム状の対魔結界が張られており、彼女が許した時以外は魔力を帯びたものは全て進入することができない。それは魔力を帯びた物も、者もである。
結界の周囲には人形が配置されており、遠目での覗き見すらもできはしない。例え人形を蹴散らしたとしても窓のカーテンは絶えず閉められており、覗き見はやはり不可能だ。
かと言ってその結界の内側は警備が緩いかと言うとそうでもない。家の壁には魔力障壁が流されており、触れた者には死あるのみ。
家の中はアリスが最も信頼する二体、上海人形と蓬莱人形が守る。それはまさに要塞だった。
アリスにこの厳重すぎる警備について尋ねると、彼女は
「魔法使いたる者、自分の成果を隠すのは当たり前じゃないの」
などと言うだけだ。
しかしそれはおそらくブラフであろうと魔理沙は予想している。アリスの言う彼女の成果、とは人形に関することだからだ。
研究の成果そのものを結界の外に配置しておいて、家の中を見られないようにするのでは本末転倒だ。
つまり、屋内には何らかの秘密がある。そしてそれはアリス自身に関わることだと、魔理沙の想像は真相の一歩手前までやってきていた。
だが、魔理沙は中々その最後の一歩を踏みしめることができない。
もしこの警備の中でアリスの元へ辿り付けるとしたら、魔力を宿さぬ者であり、かつ人形達に気配を気取られぬ者。
あるいはアリス自身が招いた者だけだ。招かれぬ魔理沙は決して入ることはできないだろう。
だが、諦めの悪い魔理沙がここで倒れるはずはなかった。人形達が邪魔をするというのなら、その人形達を操ってしまえばいい。それが魔理沙の閃きだった。
そしてどうせ操るなら家の外を警備する一山いくらの者達でなく、家の内を守る重要な人形達であるべきだ。
そこで目をつけたのがアリスの脇を固める二体の人形、上海人形と蓬莱人形だった。
「さって、それじゃ小町。私は今日もアリスの人形操作を続けるから、お前には私の魔力操作を教えるぜ」
「よろしく頼むよ」
「アリスが魔力操作をやったってしょうがないからな。弾幕はパワーってことで人形スパーク、みたいなのはやったりしてるが」
「パワーとブレイン、スタンスは違えど魔法を使うスタイルは一緒ってわけか」
「と、言うわけだな」
小町は小さくガッツポーズを取った。単純な動きに限れば、人形操作は簡単なものだと魔理沙から既に聞き出している。
もちろん最初は一体をぎこちなくしかできないだろう。だが慣れていく内に、きっと何艘もの船を同時に運行できるはず。小町はそう確信している。
そのために重要なのが魔力操作の習得だった。小町は魔力というものを使ったことが無い。死神である以上素質はあるだろうが、チャレンジしたことがなかったのだ。
今日は魔力操作の練習法を覚え、あとはそれを毎日繰り返す。そしていつかもう一度この会合に出て、人形操作の方法を教えてもらえば作戦成功というわけだった。
「んじゃこいつに着替えな」
ポイ、と魔理沙が無造作に投げ渡したのは用意しておいた服。
綺麗に畳まれたそれを広げて、小町は素朴な疑問を声にした。
「なぁ、これ、あたいの体が入るのかい?」
「……ボタンをいくつか緩めるといい、かなり緩くなるようになってる」
「ん、あぁこれかい。それじゃ着替えてくるよ」
そう言って小町は神社の裏手へ消えていった。
魔女のローブの主な役割は自分の正体の隠蔽である。
ある時はボタンをきつめに締め、またある時は緩くすることで自身の体格を悟られないようにする。さらにつばの大きな帽子で目元を隠せば、パッと見には正体がバレる恐れは無い。
魔女狩り時代に必要とされたその機能は、今の魔理沙のエプロンドレスのような服にもしっかりと受け継がれていた。
そのため、小町のサイズでもおそらく入るはずだった。おそらく、とそれでも付けねばならないところに小町のボディの恐ろしさがある。
一人になった魔理沙はポツンと毒づいた。
「どうやったらあんなに大きくなるんだ畜生……」
それはもちろん小町のたわわに実ったおっぱいのことである。
おっぱいには夢や希望が詰まっていると言う者もいるが、実際の主成分は嫉妬と羨望、それに欲望だ。
『おっぱいなんて飾りですよ、偉い人にはそれがわからんのです』などと言う者や、それに同調する大佐のように小さいおっぱいを愛する者も確かにいる。
だがそんな者は明らかに少数派で、かつその派閥は男にしか存在しない。
そして魔理沙はもちろんありきたりな多数派だった。少女にとって大は小を兼ねるのだ。
しかし、こんな魔理沙の嫉妬も今日が過ぎ去り、そして何ヶ月か経てば無くなるはずだった。魔理沙の今日の計画によって。
上海人形と蓬莱人形には、自身の五感を術者へ転送する陣が組み込まれている。
両人形が今何をしているのか、何を見て何を聞いているのか。それをリアルタイムで受け取ることで、アリスはさらに人形達の動きを微細に操ることが出来る。
その陣に細工をする。アリスへと至る映像を魔理沙も受け取れるようにし、アリス邸の内部を伺う。
そして最終目標、アリスの体が数年で女らしくなった秘訣を探る。
それこそが魔理沙の計画であり、これまでの七ヶ月に及ぶ弾幕研究会の真の目的だった。
とは言ってもそうそう細工をするような隙などアリスには無い。これまでの会合では一分、無いし二分程度しかそんなタイミングを見つけることが出来なかった。
「なんとか大詰めまでは来てる。あと少し、あと少しだ……!」
そんな一分二分で、ようやく魔理沙は最後の詰めまでやってきていた。しかし、その最後の詰めにはまとまった時間が必要となる。
その間なんとかアリスの目から逃れる必要があるが、二人きりではそうもいかない。そのためにずっと魔理沙は霊夢を誘ってきたのである。
今日はさらに小町も入ってきたことで、アリスの目を逃れる可能性はさらに上がった。
魔理沙は想像する。この計画が成功した時は晴れて大人のセクシーレディ、マリサ霧雨が生まれるのだと。社交界のトップレディーとしてエレガントなニューライフがやって来るのだと。
もちろんそんな魔理沙の夢は、この日儚くも砕け散るのであったが。
それから間もなく全員が着替え終わり、四人はお互いの服装についてあれこれ言いながら境内へと躍り出た。
「全員準備いいわね?」
そう言う霊夢は小町の持ってきた死神装束姿だ。とは言っても、やはり霊夢の体躯では小町の服に合うはずがなかった。
肩部はずり下がって二の腕の辺りまで来ており、服の袖からは指先がようやく顔を見せるか見せないか程度。胸に至ってはぶかぶかすぎて肩口からサラシが見えてしまっている。
それでも、死神特有のあの大きな鎌を構えればそれなりに決まって見えるものだ。新米の死神、そんな表現が良く似合う格好だった。
「オッケーだぜ」
親指を突き立てたのは魔理沙。こちらはアリスのいつもの服装、青を基調としたワンピース姿に変身している。
魔理沙の服装には霊夢ほどの違和感は無い。アリスと魔理沙の身長はさほど変わらないこともあるが、元々アリスが魔理沙同様のブロンドの髪でこの服を着ているため、金髪に青のワンピースという姿がイメージされやすいからだ。
だが全体の違和感が無い故に、唯一アリスとは異なることを強調している胸部の空洞が魔理沙には憤懣やるかたない思いだった。
今少しの我慢だと、魔理沙は自分に言い聞かせながら霊夢に続いた。
「こっちもいいよ」
振り向いた小町の姿は打って変わって違和感の塊だった。
頭上を飾る黒の魔女帽子の隙間からは短く縛った二本の尻尾がぴょこぴょこと先端を覗かせている。
そして手には箒。普段からギラリと光る大鎌を持っている姿を見慣れている分だけ、その頼りなさが目立ってしまっている。
しかして、それを打ち消して余りあるのが体幹部だった。いくらボタンを緩めても隠しようの無い兵器が胸部に収納されているのが一目でわかってしまう。
留めているボタンもはちきれんばかりである。同時に、それを見た魔理沙の怒りもはち切れそうになったことは言うまでも無い。
「わ、私もいいわ」
四人の最後尾でか細い声を上げたのはアリス。普段の青いワンピース姿とは打って変わって、紅白の巫女服だ。
古来より巫女は黒髪の女性が勤めるものとされているが、こと見た目においては金髪もよく映えるということがよくわかる。
しかし、そんなよく似合った外見とは裏腹に、アリスの内心はヒヤヒヤものであった。
その心の内を一言で表すとしたら、スースーする。この一言に限る。
とは言っても、もちろん外殻アリスの中の幼女アリスは服を着ている。外殻ボディに収まりやすい簡単な全身スーツのような形状の物である。
それ故に、いくら外殻ボディが穿いてないとは言っても中身のアリスがスースーするはずなど無い。
だと言うのに、一歩を踏みしめる度に心のどこかに風が吹いているような、全身が冷えていくような感覚を覚えるのだった。
アリスは改めて戦慄した。今もなおノーパンで平然と立ち続けている霊夢に。その勘違いを正すものはどこにもいない。
「アリス、どうかしたのか?何か様子が変だが」
「な、なんでもない!なんでもないったら!」
必死に否定するその様子を見て、魔理沙はアリスに何かあったのだと勘付いた。
しかし魔理沙がそれを口に出すことは無い。アリスの体調が悪いとしたら今回の研究会は中止になってしまう。
霊夢と小町、二人も囮が参加する日は今日を除いて無いだろうことは明らかだった。
魔理沙には今日しかない。中止もやむなし、と言うわけにはいかないのだった。
「まぁ、アリスも大丈夫って言ってるし、いいんじゃない?」
そう言う霊夢もアリスの様子をスルーすることにした。今日を逃せば小町はいない。銭投げの機会は次回は無いのである。
同様に今日しかチャンスの無い小町も沈黙を保った。
晴れ晴れとした青空の下で、少女達の世界は欲望に塗れていた。
「そ、そう!大丈夫!さ、まずはどうするの?」
「んー。じゃ、最初は私と小町。アリスに魔理沙。いい?」
「あたいは文句ないよ」
「こっちもいいぜ。適当に時間が経ったら交代しよう」
二人ずつの組に分かれた霊夢達はそれぞれ五メートルほど離れた場所に座り込んだ。
霊夢の前にどっかりと腰を下ろした小町。彼女が魔力操作を習得するためには魔理沙とアリス両方が一緒に居る時がベストとなる。そして今はまさにその時だった。
霊夢への手ほどきをなるべく手早く終わらせようと小町は思った。
小町はしばらく沈黙し、今まで考えたことも無かった自分の弾幕スタンスについてしばし熟慮した。なんとか一言で霊夢を納得させられるような言葉を探して。
すると、一つばかり思い浮かんでくるものがあった。
「まずはそうだね。弾幕はパワーだとかブレインだとか言うけど、そんなのは弾幕の一部に過ぎやしないさ」
「じゃあ何だって言うの?」
「弾幕はマネーだ」
小町が適当に紡いだ言葉は霊夢にクリティカルヒットした。
霊夢は小町に一生着いていこうと思った。
「誰も言わないからあたいが言ってやる。金は命よりも重い……!命を失っても渡し賃だけは握り締めてるのが何よりの証左さ。そんな金を投げつけるんだから弱いわけがない」
「ならその投げ銭弾幕の秘儀とは何?さぁ早く教えなさい小町!」
「本当ならこれは見せちゃだめなんだが、ちょっと待っててくれ」
ゴソゴソ、と小町は自分のポケットを漁り始める。この伝授を一瞬で終わらせるために。
あったあった、と彼女が取り出したのは小さな紙切れだった。
「ん……?符の一種、かしら?」
「そうさ。わざわざ投げ銭用に小銭を持ち運ぶのは面倒だろう?死神になった時からの年代物でね、金庫と繋がってる。ここから金が出てくるのさ」
あっさりと吐く小町に、霊夢は生唾を飲み込んだ。
金庫。それはつまり閻魔庁から経費として出ているということだと霊夢は察した。
つまり打出の小槌である。霊夢は恐る恐る手を伸ばし、小町の符を受け取った。
「ちょ、ちょっと使ってみても……」
「あぁ構わないよ。思い切り使うといい」
この時の霊夢の心中を端的に表すとしたら、それはさながら一人きりのシャンパンファイトだった。
ひたすらに振り続けたシャンパンをあたり構わずぶち撒いていく。そしてそれを止める者は誰もいない。
「いぃぃぃやっほおおおおおおう!」
霊夢は歓喜した。手を振るたびに金が生まれるのだから、それもそのはずだ。
生まれた金は音を立てて転がり、そこら中へ散らばっていく。
目の前に小銭の山ができていくのは霊夢にとって感激としか言いようのない光景だったが、このままでは全て回収される運命だ。
霊夢はとにかく遠くへ、けれども辺りの地理を知る自分なら容易に回収できるような場所へ小銭を投げ散らかしていく。
チャリン、チャリンと言う音が周囲に響く。人生の絶頂に霊夢はいた。
「弾幕は金よ!黄金の匂いは鼻で嗅ぐんじゃない、魂で嗅ぐのよ!」
「……霊夢の奴、ノリノリだな」
それをはたから見ていた魔理沙はゆっくりと人形を動かし始めている。
今は目の前にアリスがおり、その場で細工を始めるわけにはいかなかったためだ。
「あんたも上手くなったわねぇ」
そう言ってぼんやりと見るアリスに、今はただ霊夢の方へ行ってくれとばかり願う魔理沙だった。
霊夢が銭撒きを終われば、アリスが霊夢に教わる段になる。その隙を突く。
そのために重要なのはそれまでに小町への伝授を終えてしまうことだった。
魔理沙がそんな未来を描く中、銭投げを教え終えた小町が人形を囲む二人の元へと歩いてきていた。そんな小町をアリスは立ち上がって迎える。
それは魔理沙にとって絶好の展開だった。
「小町、もう終わったのか?」
「あたいの弾幕は単純だからね。そっちはいいのかい?」
「私はアリスのサポートが無くても割りとできるようにはなったからな。まだまだ練習時間は必要だが」
「そうなのかい?」
「魔力さえ扱えれば結構簡単なのよ。複数同時にとなると一気に難度が増すけれど、一体なら楽なものよ」
しめた、と小町は思った。聞いていた通り操作はさほど難しくないらしい。
自分の目的が果たされようとしているのを小町は悟った。
「基本的には魔力を通して強く念じるだけで動くわよ。最初はピクピクとしか動かないけれど」
「そうそう、最初の頃は私も酷かったもんだぜ」
「あれはやばかったわね……」
二人して微妙な表情になる魔法使い達を見て、小町は練習の必要性がやはり大きいことを確認した。
だが逆に言えばそれは反復練習さえすればいつかは物にできるということだ。それは小町にとってプラスの材料になりこそすれ、マイナスにはなりえなかった。
「さて、それじゃあたいは人形を動かそうにも魔力が使えないから、魔理沙頼めるかい?」
「望むところだぜ。アリスもせっかくだから補足とかしてもらっていいか?どうせ霊夢はあっちに夢中だし」
「ま、そうね。あんたは実践は十分だけど理論が不足してるもの、私がいないととんでもないこと言いそうで不安だわ」
この会話の流れに、三者はそれぞれ小さく拳を握りこんだ。己の理想の展開だ、と。
小町にとっては二人に同時に教われる。人形関連のことも聞けるかもしれない。
魔理沙にとってはアリスが霊夢の元へ行くまでの時間稼ぎができるし、二人で教えればそれだけ手早く小町への指導が終わる。
「さ、さて。それじゃちょっと座るわね」
「……なぁ、なんで玉石の上に正座なんだ?どっかりとあぐらでいいじゃないか」
「あ、あれよ。都会派はあぐらなんてかかないのよ」
そしてアリスにとっては、魔理沙が抱える人形のうち片方を一旦返してもらうことが必要だった。先程思いついた計画のために。
今は小町の服に着替えているとはいえ、小町もパンツまでは持ってこなかっただろう。つまり、パンツを持っていない霊夢は今も穿いていないはず。
目の前にはそんな巫女がいる。ここには視界を共有する人形がいる。巫女は人形が視界を共有できることを知らない。
そこでするべきことは一つしかなかった。
そう、ピーピングである。
果たして巫女は本当に穿いていないのか。今にも真っ赤になって倒れそうな自分に対し、平然としているあの巫女は本当に穿いていないのか。
それを早急に確認する必要があった。
「魔理沙、蓬莱だけこっちに寄こしてもらっていい?ちょっと調子悪いのよね最近」
魔理沙が熱心に動かしている上海の方はここに残し、蓬莱を携えて霊夢のところへ行く。そして人形を霊夢の足元へ滑り込ませ、視界を共有する。
これは純粋な少女が持つ好奇心故の計画だった。
しかし、魔理沙にしてみればこれは死刑宣告にも等しかった。
魔理沙は上海と蓬莱、どちらにも細工を施している。状況に応じてどちらが盗撮用、陽動用にもなれるようにだ。
調子が悪いという蓬莱の点検を今されてしまえば間違いなくバレる。そしてそれは自分の死を意味する。自分の顔からスッと血の気が引いていくのを魔理沙は感じた。
「……ちょ、調子悪い、のか?こっちはそう感じないんだがな」
「そ、そうなのよ。点検や修理は家に帰ってからでないとできないけど、今のうちに悪い箇所だけ見つけておきたいのよ」
緊張に震えながらの質問だったが、その答えに魔理沙はそっと胸を撫で下ろした。
人形内部の陣に対する細工は通常の方法では見破ることができない。人形の背を切り開いて点検してみなければ露見する恐れはなかった。
「おう、それじゃ蓬莱を渡しとくぜ。それじゃ小町!早速魔力の基本だが」
「ついに来たね!あたいは完全に素人だからよろしく頼むよ」
魔理沙はポケットをゴソゴソと漁った。そこから出てきたのは、小さな宝石だった。
「これはある程度魔力を内包した宝石でだな、所有者にちょっとした魔力を分け与えてくれる。これを使うんだ」
「ちょっと待った。それじゃあまり意味がないなぁ。あたいは自分で魔法を使えるようになりたいんだよ。石が無いとダメなんじゃなぁ」
小町が当然のように抗議する。
小町にしてみれば今日、魔理沙に石を貸してもらっている間だけの魔力では駄目なのだ。それでは全く意味が無い。
「あぁ、その心配ならいらないぜ。これは要するに体を魔力に慣れさせるためのものだからな」
「慣れさせる?」
「魔力は寂しがり屋でな、最初から魔力のあるところにしか集まらないんだ。だから一般人はどれだけ待っても魔力が宿ることはない」
「そこでこういうのを使って、魔力の通りを良くすることが必要なのよ。それで大気中の魔力、マナを集めれるようになるってわけね」
「金のあるところに金は集まる、ってのと一緒かい」
「その通りだな」
いわばこれは初心者用のスターターキットだった。
これが無いと魔力が使えないのでなく、あくまで本人が魔力を使えるようになるきっかけを与える物。
「そういうことなら納得したよ。つまり、これを使って弾幕を撃ってれば魔力が宿りやすくなる、と」
「だな。そうそう、弾幕を撃つ時重要なのはとにかく力むことだ。それによって魔力の出力量や最大値が変わってくる。力み無くして開放のカタルシスは無いぜ」
「弾幕はパワーって言うんでしょ。小町、大切なのは魔力の流れを掴むことよ。それを掴むことでより繊細な魔力調節が可能になるわ。理合を知って初めて人は強くなるのよ」
「弾幕はブレインだってか。へっ、お上品なこったぜ」
小町にとってはこれはどちらも重要なアドバイスだった。
人形操作を長時間行うには魔力量も必要であり、遠目から映姫に人形が船頭をしているとバレないようにするには細やかな人形の操作が必要だからだ。
「二人とも恩に着るよ。それじゃちょいと練習してみるさ」
「おう、頑張れ。あと、せっかくだからコイツはくれてやるぜ。私にはもう必要ないからな」
そう言って宝石を手渡す魔理沙。
「いいのかい?あたいとしては嬉しいけれど」
「構わんさ。もし使いすぎて魔力が枯渇しても、ちょっとずつ吸収して元に戻るはずだからな。長らく使ってくれ」
「どれだけ使っても大丈夫ということかい。そいつはありがたいね」
「とは言っても、随分長いこと使ってなかったらかなり貯まってるはずだし、そうそう枯渇することは無いと思うがな」
その一言に小町は安堵した。
今日だけで使い切ってしまったらどうしようかと思っていたところだった。
ここまでの魔理沙の過剰なサービスは、もちろん会話をさっさと打ち切るためだ。
これで小町への指導が終わった以上、後はアリスが霊夢のところへ行くのを見計らって上海に細工を施すだけ。
そしてアリスにしても、霊夢が本当に穿いていないのか確認するためにも他者の邪魔が無いほうが良かった。
そのためには魔理沙だけでなく、小町も釘付けにしておく必要がある。
「小町、これは私からプレゼント。使ってみるといいわ」
「人形かい?単体なら楽とはいっても、今のあたいにはまだ早いと思うけど」
アリスが小町に渡したのは間の里で子供達にせがまれた、わずかな魔力でも動かせる人形。
単純な動きしか出来ない代わりに、従来の数十分の一の魔力で操ることが出来る。
「これで魔力の流れを意識しなさい。目を瞑って、己の内側に耳を傾けるの」
「何から何まで悪いね。ありがたく使わせてもらうよ」
小町は内心狂喜乱舞している。今日は魔力のコントロールだけ覚えて、人形については次回なんとか参加して覚えようと思っていたのに、今回だけで両方が達成されそうだからだ。
「弾幕はパワーアンドブレイン、と……」
小町は二人から少しばかり離れたところに座り込むと、ゆっくりと集中を始めた。
初心者用の道具を二つも貰ったとはいえ、やはりずぶの素人である以上成果が挙がるのには時間がかかる。
やきもきとする気持ちを抑えつつ、小町は静かに己の内側へと向かっていった。
「あの様子なら大丈夫そうだな」
離れた場所からそれを見る魔理沙は、それを見て感嘆した。
自分が初心者だった頃と比べて、小町の様子は明らかに落ち着いていた。
「彼女だって長く生きてるんだもの。物事の習得がそう簡単にいかない事くらいわかってるんでしょう」
「なるほどね。さて、そんじゃ私の方もちょっくら気張ってみるぜ」
「頑張りなさいな。私も霊夢のところへ行ってくるわ」
「ゆったり頑張んな」
パタパタ、と巫女服の袖を揺らしながらアリスが背中を向けて手を振る。
霊夢の元へと向かうアリスの後ろ姿を確認するなり、魔理沙は早くも準備を開始している。
地面に敷いたマットの上に上海をうつ伏せに倒し、魔理沙はその服に手をかけた。
内部の陣は魔理沙の魔力に反応すると上海の背中に浮き上がるようにできている。
服を手際良く脱がせると、その背中に現れた陣に魔理沙は両手をかざした。
アリスはその様子に気付くことなく霊夢と話している。
今までの会合で少しずつ地道に細工をしてきたのが功を奏した。今日魔理沙がやるべきことは前回の続きであり、これまでの細工部分を繋げるのみだった。
それはいわば電子回路の配線を繋ぐことに等しい。抵抗や電源、コイルの類は既に配置済みなのである。
「気付いてくれるなよ……っと」
そこまでお膳立てが出来ている以上、簡単そうにも思えるこの企みだが、実際のところは一瞬にしてバレてしまう危険性を孕んでいる。
アリスがほんの気まぐれで上海と視界を共有したりすれば、それだけでアウトだからだ。
だからこそ魔理沙は急いでいた。幻想郷一と自負するそのスピードを両腕だけに傾けている。
熟練のハンダ職人のように手早く、かつ慎重に回路を生成していく。
そんな中、魔理沙はこれまでの計画を思い出しながら確信した。なるほどアリスのスタンスにも一理ある。弾幕はブレインだ、と。
上海の魔方陣への細工はものの五分で処理を完了した。これまでアリスの人形を使ってきて、その魔力の流れから内部構造を探ってきた結果だった。
魔理沙は早速己と人形との視界共有の回路を繋げた。
「うおっ……っと。こりゃ凄いな」
途端に自分の目の前の風景と、背の低い上海の視界とが混じり合い、魔理沙は一瞬の立ちくらみを覚えた。
慌てて右目を瞑った魔理沙は残った左目で上海の視界を確認した。代わりに左目を瞑れば、右目に見えるのは通常通りの視界である。
「大成功、ってわけだ」
アリスに気が付いた様子は無い。依然楽しげに霊夢と会話をしている。
魔理沙は最後の仕上げとして、上海を二人のもとへと歩かせた。視覚チェックの次、聴覚チェックのために。
隠れることも無くアリスの元へと走った上海は、二人の会話を完璧に中継していた。
楽しげに会話する二人は、足元の上海に気付いてはいなかった。
「巫女の基本はそうね、とにかくあるがままに生きることよ。その場その場で適当にやってればいいのよ」
「それが簡単にできたら苦労しないわよ……」
「今のままの自分を受け入れる、とでも言うのかしらねぇ」
「ま、いいわ。とりあえず巫女の弾幕に人形はいらないわね。蓬莱、霊夢のところへ居なさい」
パタパタ、と走り出した蓬莱が霊夢の足元へと辿り着く。
アリスは成功を確信した。やるべきことはたった一つ。蓬莱に霊夢のスカートの中を見上げさせる。ただそれだけなのだ。
そんなアリスも、撒き散らかした銭を思って至福の中にいる霊夢も、これから先のことを考えて妄想する小町も、アリスの秘密は目前と笑う魔理沙も、まさに人生の頂点にいた。
しかして、山の頂点へ登った者がすることなど一つしかない。
そう、下り降りるだけだ。
欲望のままに駆け登った山頂、そこから最初に滑り落ちたのはアリスと魔理沙、二人の魔女だった。
「それじゃ霊夢、いい?」
「そうね、んじゃまずはこの針弾幕なんだけど、これは……」
喋りながらの霊夢が一歩を踏み出した瞬間、アリスはパチン、と頭の中で電灯のスイッチを付けるようにして回路を繋いだ。
アリスの回路は上海と蓬莱、それが同時に着くようになっている。長年の操作の末、アリス両目で上海と蓬莱両方の視界を同時に認識できるようになっていた。
それは上海だけと繋いだ魔理沙にとっての誤算であり、アリスにとっての悲劇の始まりだった。
スイッチを付けたアリスの両目に飛び込んで来たのはスカートの中身である。
右目にはドロワーズ。服装からして小町のものだろう。なかなかの壮観だった。
だがしかし、それ以上に左目に見えるそれは圧巻だった。それはまさに桃源郷であった。自分の予測通り穿いていない。アリスは東洋の神秘を再確認した。
「ブラボー!おおブラボー!!」
「……な、何?どうしたのよいきなり」
「無重力を体現したかっただけよ、気にしないで!」
左目の前のパライソにアリスは確信した。弾幕は無重力である、と。パンツの引力に魂を惹かれない者こそが弾幕の勝利者なのだと。
しかして、現実は無常だった。
「……左目?」
アリスはようやく気付いた。左目に見るのは上海、右目に見るのは蓬莱のはず。
一旦回路を落とすと、アリスは霊夢の足元に蓬莱がいるのを確かめてから再起動させた。
右目に映るのは死神装束、そしてその中の霊夢のドロワーズだった。
「パンツ穿いてる」
「いや、そりゃ穿いてるでしょ」
「どうして」
「はぁ?」
アリス・マーガトロイドは激怒した。
「どうして『パンツ穿いてる』のよォオオオ~ッ!」
必ず、この邪智暴虐のパンツを除かなければならぬ。
そんな怒りを吹き飛ばしたのは、足元でふと触れた何かの感触だった。
足元に倒れていたのは上海人形。
アリスは一瞬で全てを理解した。なるほど。右目で見ていたのが霊夢のドロワーズなら、左目で見ていたモノは自分のモノに決まっている。
そしてこんなところに上海がいる理由も、魔理沙が見てはいけない物を見てしまったかのような顔で硬直している理由も、どう考えても一つしかなかった。
「魔理沙」
「はい」
「何か言うことは」
「霊夢のパンツなら風呂場の前です」
アリスは涙した。涙ながらにアリスは呟いた。
「ありがとう。じゃあ死ね」
二人は全く同時に神社を飛び出した。
文字通り生きるか死ぬかのデッドヒートは、アリスにとっては非常に不運なことにこの後射命丸文によって激写されることになる。
それもアリスの斜め下、絶好のポジションからの一枚を。
その写真を掲載した日の文々。新聞が発禁になったのは、アリスにとって不幸中の幸いだった。
それを握りつぶした大天狗だけは家宝として保存していたが。
「なんだったのよアイツら……」
残された霊夢からすればさっぱり事情が飲み込めないのは当たり前の話だった。
パンツがどうのと叫びだしたアリス。それと共に飛び出していった魔理沙。それは霊夢の理解の範疇を超えていた。
だがしかし、今の霊夢にとってはそんなことはどうでもよかった。
「さって、続き続き!」
ポケットに入れておいた符を取り出すと、霊夢は再び銭を撒き始めた。
もはやこれは現代に蘇った錬金術であった。
霊夢はとにかく小銭をばら撒いていく。
チャリンチャリン、などという生易しい音は既に無く、ただひたすらに小銭を撒き散らす音が瀑布のように続いていた。
「……霊夢のヤツ、随分気に入ったんだな」
それほどの音を近くで出されては小町が集中できるわけがなかった。
幸いにして魔力の練習法と練習用の人形は貰っている。撤収時だと小町は判断した。
「霊夢!」
「……ちょ、ちょっと待って!あと五分!あと五分だけだから!」
立ち上がった小町を霊夢は慌てて制止した。
「あぁなんだ、そんなに気に入ったならあげようか?あたいは映姫様に言えばもう一回貰えるし」
「……ワンモアターイム」
「いや、その符あげようか?と……」
「タッチダーーーーーウン!」
霊夢は両手を地面に投げ出して平伏した。
博麗神社は新たな神を迎えたのだった。
「ちょっ、霊夢!?」
「ありがとう、ありがとう小町!私今最高にハビナグッターイ、アイドンワナストッパァトーールだから!ボーントゥラブユー!」
「ま、まぁそこまで喜んでくれるならいいけど……」
流石の小町もこれには少し引いた。
「ま、あんまり使いすぎないようにな」
「計画的なご利用を心がけます!」
それがわかっているならいいか、と小町はそれ以上の念押しを止めた。
小町にしてみればさっさと帰って自分の人形を動かしてみたかったのである。
「服だけど、今度洗って返すって魔理沙に言っておいてくれるかい?その時に死神装束も取りに来るよ」
「また来る時は声かけなさいよ!精一杯歓待するから!」
「そいつはありがたいね。それじゃまた!」
大きく手を振って小町は帰っていった。
そうして神社にいた四人のうち三人が既に消え、残ったのは霊夢一人。
回収の時は今だった。
「なるべくおっきな袋がいるわねー」
天にも昇るような上機嫌のまま、霊夢は自室へと戻った。
探していた袋はすぐに見つかった。元々は米が入っていたそれを数枚抱えると、霊夢は部屋を飛び出した。
「あ!」
その刹那、霊夢はある閃きを覚えて部屋へ駆け戻った。
貯金箱の中身を覗きに行ったのである。
「さて、現時点でのお金はいっくらかなーっと」
無事にお金を全て回収し終わったら、何倍になったのかを計算して悦に浸ろう。
そんな思いつきから叩き割った豚さんの貯金箱は、パキーンといい音を立てて破片へと散った。
「いち!に!さん……びゃく……にじゅうえん?」
先週の妖怪退治の謝礼、数千円が丸々入っているはずのそこから出てきたのは、数枚の小銭だけだった。
「……いや、まさかね。うん。まさか、まさかまさかまさかまさかまさかぁぁぁぁぁッ!」
霊夢は一瞬で賽銭箱へと到達した。
少なくともアリスが今日入れた小銭が入っているはずのそこには、紛れ込んだ枯葉しか存在していなかった。
死神の投げ銭符、それは己の貯蓄を自動的に小銭へと切り崩して飛んでいく弾幕である。
つまり、彼女の言っていた金庫とは。
「自宅に金庫、だと……」
そう、死神は高給取りなのである。
「あの、あの公務員めぇぇぇぇぇえ!畜生……」
霊夢はさめざめと泣きながら、夕暮れの中小銭を拾い集め始めた。
チクチクと肌を刺す茂みの中に手を伸ばしては、元は紙幣だったはずの一円玉を探り出していく。
あまりに寂しそうなその背中に、見るに見かねて小銭を萃めた伊吹萃香は小町に続く新たな神として崇められることになるのだった。
一方、小町はホクホク顔で自宅へと到達していた。
魔力操作だけでなく人形操作の練習法を手に入れた今、後は毎晩の練習を重ねることで目標は達成されるだろう。
そんな薔薇色の妄想が小町に気付かせなかった。最近勉強や仕事ばかりで忙しいだろうと、小町の部屋の掃除をしに来てくれていた四季映姫に。
「ただいまーっとくらぁ!あたいの時代がついに来る!弾幕は魔力!弾幕はぱぅあー!」
小さな電灯をつけると、部屋の隅々まで光が零れる。
だというのに部屋の角のただ一角、その光が届かぬ場所があった。映姫である。
「え、映姫様!?あ、あたい今日はさぼってませんよ!ちゃんと地霊殿へ行って……」
どんよりと真っ暗なオーラを放ちながら、膝を抱えて体操座りのままピクリとも動くこと無い映姫。
そんな映姫に対ししどろもどろの弁明を始めた小町だが、考えてみれば今日の自分には非は無い。きちんと役目を果たした上で会合に参加してきたのだ。
そう思い直した小町だったが、もちろんそんな考えは長くは持たなかった。
「……小町、これはなんですか……?」
すっ、と映姫のその背中から現れたのは、小町が作っていた等身大人形だった。
一気に小町の血の気が引く。
「げ、それは、そのですね、決してサボったりするためじゃないというかですね!」
「こんな……こんな人形のために私は毎日……夜食を作って……」
まずい。小町はそう直感した。
長年の付き合いによって、映姫が爆発する瞬間は見極めている。今はそんな爆発のほんの数センチ手前だった。
「え、映姫様!実はですね、私人形劇を覚えてきまして!」
「……人形劇……ですか?この人形で?」
「そうなんですよ!映姫様は執務室で一人で寂しそうなので、これで気を紛らわせてもらえれば、と思ってですね」
見ててくださいね、と小町が糸を握る。
ぐっ、と宝石を握りこみ、夜なべで作った人形へ魔力を送り込むと、人形はゆっくりと動き出した。
布でできた体に髪の毛を生やしただけの体幹、手書きの目鼻にナイフで穴を開けただけの口元。
そんな人形が、くねくねと体をよじらせ、大股開きのまま口元をパクパクと開閉させる。
それは、まさしくダッチワイフであった。
「……こんな……こんなダッチワイフのために私は毎日……毎日……毎日!小町ーーーーッ!」
「ヒィィィ、すみません!」
平伏した小町の手の中で宝石がプスン、と煙を吐いた。魔力切れである。
人形は没収され、小町はそれから一週間ほど映姫に口を聞いてもらえないのだった。
こうして第七回弾幕研究会は終幕を迎え、そして以降二度と開催されることはなかった。
女三人寄れば姦しい。ならば四人寄ったらどうか?
答えは女四人寄れば欲望まみれ、である。
過ぎたる欲望は身を滅ぼす。そしてそれを忘れた者には天罰が下るのだ。
ただ一つ問題があるとすれば、この幻想郷には天罰ごときで怯む者はどこにもいないということだった。
「弾幕はブレインだ!次はもっと上手いやり方を考えてアリス邸に……!」
「弾幕は魔力だ!あたいの代わりに映姫様に怒られてくれるような分身を作れるくらいの……地下室の吸血鬼!」
「弾幕はパワー。弾幕はパワー。魔理沙と天狗が今日のことをバラす前に即死させるだけのパワー!」
「弾幕は金よ、萃香!自販機のお釣り口から取り忘れを萃めなさい!スーパーカメユーのポイントシールもよ!」
少女達の欲望は尽きることを知らない。
その欲望がさらなる大渦となて幻想郷を覆う日は、きっとそう遠くない日だろう。
全てを見ていた伊吹萃香には、そう思えてならないのだった。
映姫様不憫
仕事だけじゃなくサボる努力もサボるのかw
まあサボるために努力というのも変な話であり、徹夜しても実作業時間はご察しをというわけですね
映姫さまが不憫すぎると思ったらアリスも割と被害者側だった件について。あと、
>>連載再開おめでとう
ハンター×ハンターまた休載してたのかよww
そして萃香のやさしさが胸にしみましたw
しかしどーしよーもねぇクズばっかだなぁ、こいつらはwwwww
魔理沙「やめて!」
笑いっぱなしでした、GJ
関係無いのにこの作品を一言で表せてて上手い。
歴史シリーズも面白かったけど、
歴史ネタが(ほとんど)ない今回も良かったです。
なかなか思い出せなかったけどあれか、エステシンデレラでの山岸由香子の台詞か!そして萃香はハーヴェストと。
てことはこれから500万の当たりクジを拾ってくるのか
四人のキャラにそれぞれ目的を持たせて全て綺麗に書ききる技量に嫉妬。
随所に仕込まれているネタが一々ツボに入りました。
小ネタもさることながら、賈クキャラの目的をうまく交錯させてる構成はほんと上手いと思います。
「山に登る~」の下りで、過去作の「登るなよ!絶対に(ry」が浮かんできましたが…やはり山頂布陣は罠かw