Coolier - 新生・東方創想話

風邪引き

2009/11/12 00:43:22
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真夏の暑い太陽が照りつける幻想郷。人間はおろか妖怪妖精までもが憂鬱になる。
この季節は、とある妖精にとって「さいあくさいてー」の季節だと言うが、何だかんだで彼女は夏を楽しんでいる。
霧の湖の一角に木で覆われた隠れスポットがあって、霧と木で覆われているので湖に詳しい者しか知らない所。影が多くて風も通るのでこの季節にはもってこいの場所だ。そこから聞こえるきゃぁきゃぁという楽しそうな声。

「キャッホー!」
掛け声と共に岩の高台から飛び降りる妖精。彼女が飛び込んだので周りに水飛沫が飛ぶ。
しばらくして水から顔を出したその妖精は、気持ちよさそうに頭をぶんぶんと振って水を落とす。
「やっぱり夏はこれに限るー!」
水色の髪から雫を落としながら、満足そうな笑顔。
「楽しそうだねーチルノちゃん」
緑の髪を風になびかせながら足を水につける妖精。
「大ちゃんもやりなよー気持ちいいよ」
「私はいいよ、ここで十分涼しいし」
と、言うのも涼しいのは生い茂った木のおかげだけでは無い。
「そう?じゃぁあたしもう一回行ってくる!」
「あぁ…気をつけてねチルノちゃん」
また掛け声と共に飛び込むチルノを見ていると、大妖精は後ろの茂みから誰か来るのを音で知った。
「あー暑い…あれ?ここは涼しい…」
「あ、ルーミアちゃん」
「大ちゃん…てことはチルノちゃんも?」
「えぇ、そうよ」
「どうりで涼しいわけね…私も一緒にいていい?」
「もちろん」
ルーミアは大妖精と同じように足を水につける。
「ひゃぁ、冷たい」
「今チルノちゃんが入ってるからね」
最初はあまりの冷たさに顔をしかめたルーミアだったが、次第に心地よくなって顔が綻ぶ。
「あ、ルーミアちゃん」
水面から顔を上げたチルノがルーミアに気付く。
「楽しそうだね、チルノちゃん」
「暑いときはこれに限るわー」
そう何度も繰り返し言いながら、氷精の遊びは続いた。



「あっついわ~溶けちゃう~」
博麗神社の境内の縁側に寝転がる紅白の巫女。
「人間が溶けるって言うのは見ものだな」
そう言いながら、白黒の魔法使いは服の胸元を振って体に風を送る。
「魔理沙涼しくなる魔法とか無いの!?」
「何だそれ?氷精じゃあるまいし、そんなしょぼくれた魔法を使うわけないだろう?霊夢が一番わかってると思ってたが」
「こういう時のために用意するっていうのもありなんじゃないの?」
「魔法はパワー、火力だぜ」
「あぁ…暑苦しいわ」
霊夢は廊下をごろごろと転がって少しでも床から冷気を得ようとする。
「そんなに言うなら、チルノのとこでも行ってきたらどうだ?」
「行くのがめんどくさいわよー」
しばらく沈黙が続いたが、霊夢が小さく。
「こんなんだったら異変が続いてたほうがマシだったかも」
と言ったのは魔理沙には聞こえていなかった。




「はくちゅん」
大きな屋敷に響く小さなくしゃみ。
「幽々子様、風邪ですか?夏風邪は厄介ですよ」
庭先で掃除をしていた少女は顔を上げて言う。
「噂よ噂。亡霊が風邪を引くわけないじゃ…はくちゅん」
「今薬を…」
そう言って薬を取りに行こうとするのを幽々子は止める。
「大丈夫よ。まったく、妖夢は心配性…いぇ神経質かしら」
「主の心配をするのは使いとして当然です」
「確かにね…でも今はこの暑さをどうにかして欲しいわ~」
そう言って扇子を開いて仰ぐ。
「冷たいお茶を入れて来ます」
冥界でも四季はあり夏は暑い。
「例年より暑いわね~まさか勝手に幻想郷の暑さを集めたりなんか…」
「してるのですか?」
独り言のつもりだったが、妖夢がお茶を持ってきてくれたので予想外に反応される。
「そんなわけないでしょ~ただでさえ暑いのは嫌いなのに、それをわざわざ集めたりなんかしないわよ」
ありがとう、と言って喉にお茶を流し込む。冷たいお茶が喉を通る感覚は何とも爽快だが、すぐに元に戻る。
「もう一杯頂戴」
妖夢は小さく、はぃと返事して湯のみにお茶を注ぐ。
しばらくはそのやりとりだけで無言が続いた。
「幻想郷の暑さをココに集めたら少しは良い噂が流れるかしら?」
突然幽々子が口を開く。
「本気ですか?」
「冗談よ、冗談。さっき言ったのもあるし、また異変だって言われて人間たちにぎったぎたにされるのはゴメンよ」
そう言うと妖夢の顔が少し曇る、妖夢も人間に負けたのはショックだったらしく、今でも気にしている。
「もう…気にすることは無いわよ。あれ以来あなたも修行を重ねてるのだから、今負けることはないわ」
「……はぃ」
幽々子はお茶を下げるように促したが、お盆を持って立ち去る妖夢はやっぱり落ち込んでいた。
「ホント…神経質なんだから…」
大きな屋敷に誰にも聞こえない小さな溜め息。




「あー涼しい。やっぱり外の世界の人間は偉大だわ」
「にゃーん」
ごうごうと音を立てて動く機械の前に長い金髪の少女と赤い服を着た猫耳の少女。
部屋の中はまるで外と違う世界。
「それにしても紫さま、これはいったいなんですか?」
風に髪をなびかせながら、猫耳の少女は言う。
「これはエアコンと言う物よ。外の世界の人間が作った物」
「外の世界の人間は利口なんですね」
「生きるために必死なのよ」
しばらく2人は気持ちよさそうな顔をしてエアコンから送られる風を浴びていた。
だが、不意に開く障子。
「ゆかりさ…おぉ、涼しい」
金色の九尾を持った少女はしばらくその涼しさに感動していたが、開かれた空間から外の熱気が部屋に入る。
「あっつぅ…バカ!藍!早く閉めなさい!」
「あぁ…はいはい」
障子を閉めて部屋の中に入る藍。
「見回り終わりましたよ」
「ご苦労様~」
「暑かった~」
「あら、誰も休んで良いとは言ってなくてよ」
にやける紫。
「えぇ~」
うなだれる藍。
「紫さま!藍さまにいじわるしないでください!」
「あら、橙は外に遊びに行きたいの?」
「にゃーん」
力無く引っ込む橙。
「冗談よ冗談。2人ともそんな怖い顔しないの。それにしても」
クーラーに向き直る紫。それに続いて藍と橙もエアコンの正面に座る。
「涼しいわ~」
「涼しい~」
「にゃーん」
八雲邸は今日も平和であった。




「また霧で覆ってやろうかしら?」
そう言いながら、蒼髪の少女はティーカップを置く。
「お嬢様、他に手段はあるかと…」
少し笑いながらも、やれやれと言ったような表情でメイド長はなだめる。
「じゃぁこの暑さをどうにかしなさーい!」
「レミィ、叫ぶと余計暑くなるわよ。それより図書館はここより大分涼しいわよ」
「ホント?咲夜!移動するわよ」
「かしこまりました」
ティーセットを乗せたカートを押しながら、咲夜はレミリアの後を追う。
「それで、美鈴はどうなの?」
パチュリーが近づいてきて小さく声をかける。
「彼女の部屋で寝かせてますが…」
と言うのは、この紅魔館最初の防衛線でもある門番が昼間に倒れたのだった。原因は熱中症で、この暑い中でもシエスタを忘れなかった結果だろう。
幸い、たまたま通りかかった人里の人間が発見し、わざわざ抱えて館まで運んでくれたので大事には至らなかった。もし彼が発見しなければ、いつも館の中の者に気に留められない門番は、今でも外でシエスタを楽しんでいただろう。
恐れることもなくこの館の中まで彼女を運び、終始笑顔だった彼に紅魔館の者たちは少なからずとも好感を持てた。
今度改めて礼を言いに行くべきだ。と咲夜は考えてから、妖精メイドたちに美鈴を図書館まで運ぶように指示し、自分も図書館へ向かった。

「やっぱり窓が無いから日光がこなくて涼しいのね」
満足そうなレミリア。
「夏はここに籠る?」
パチュリーは本の整理を始める。
「そうしようかしら」
「館の窓をすべて無くしましょうか?」
紅茶を注ぎながら冗談めかしく言う咲夜。
「それって空気循環的にどうなのよ、余計暑くなりそうだわ。それに見栄えも悪いじゃない」
もっともらしい発言をするレミリアを見て、涼しい所に移動して少しは落ち着いたことを咲夜は理解した。
「パチェ、この暑いの魔法でどうにかならないの?」
「同じ質問をされてる人のことを思うわ」
パチュリーは白黒を頭に思い浮かべる。
「どう言うことよ?」
「別に、とにかくもう夕方なんだから気温は下がるわ。でも夕食はここでする?」
「そうしましょう。咲夜、準備をお願い」
「かしこまりました」
ふと、ソファーで動く影。
「あれ…?ここは…どうして図書館に…」
「お目覚めのようね」
「あ、咲夜さん…えーっと門番してて、いつのまにか…あ…」
急に小さくなる美鈴。
「ちょっと話があるわ」
顔は笑っているが、目が笑っていない。
「許して下さい~」

その後しばらく館には風を切る音と金属のぶつかる音が響いた。
「暑いのに元気ね…」
本の整理をしながらパチュリーは小さく呟いた。




日は西に傾き、暑さも少しは和らいだ。
「んーよく寝た」
湖の木陰に来ていた三人の妖精妖怪は心地よさのあまり知らず知らずのうちに寝てしまっていた。
「あ、二人とも寝ちゃってる。ルーミアちゃん、チルノちゃん、もう夕方だよ~」
大妖精は体を揺すって二人を起こす。
「あ、寝ちゃってたんだ…」
「ぅあ?」
ルーミア、チルノの順に目を覚ます。
「うー…じゃぁ私はそろそろ帰るね」
大きく伸びをしながら、ルーミアは言う。
「うん、わかった。じゃぁ」
「明日も来ていい?」
「えぇ、もちろん」
まだ半分夢の世界のチルノを起こしながら大妖精は返事をした。
「じゃあねー」
暗闇の塊が真っ赤な空に消えていった。
「チルノちゃん、もう帰るよー」
「あ…大ちゃんおはよう」
「うん、おはよう」
寝起きのチルノとの成立しない言葉のキャチボールも大妖精には慣れっこだ。
「もう夕方だから涼しいね」
大きな伸びをするチルノの横で言う。
「何言ってるの、夜になったら、えーっとなんだっけ…そう、ねったいや!で暑くなるんだよ。紅白が言ってた」
「えー!ずっとここにいるの?」
「そうよ!大ちゃんはどうするの?」
「私は帰る~」
「えー…」
残念そうに見るチルノ。
「だって外で寝たら風邪引いちゃうよ」
「大丈夫だよ!バカは風邪引かないんだから」
「それ今使うところじゃないよ…」
やれやれとチルノを見る大妖精。
「とにかく私は帰るわ」
「わかった…また明日ね」
「うん、ルーミアちゃんも来るって言ってた」
「へへーやっぱりここが気持ち良いからだね」
「そうだね、じゃあまた明日」
「ばいばーい」
大妖精は飛ぶ間際にチルノのまだ濡れている髪を見つける。
「あ、ちゃんと体拭かないと本当に風邪引いちゃうよ」
「わかったわかった、じゃぁね」
お互いに手を振り合いながら二人は別れた。




「あー、大分涼しくなったぜ」
魔理沙はうちわで体を扇ぐのを止める。
西日も沈みかけると日光による暑さはなくなってくる。さっきまで敵視していた夕日を魔理沙は初めて綺麗だと感じた。
「結局何で一日中いたのよ、森のほうが涼しいんじゃないの?」
「ん?まぁ細かいことは気にするなって」
霊夢は小さな溜め息。
「さ、お風呂入って、ご飯食べて寝ようかしら」
「今日も熱帯夜だろうな」
「あんた…人の気が重くなることを…」
霊夢は大きな溜め息。
「悪い悪い。さて、私もそろそろ帰るか」
「明日は来なくていいわよ」
「またまた、そんなこと言ったって私は来るぜ。霊夢が一番知ってるだろ」
霊夢は今日何度目かわからない溜め息。
「はいはい、じゃぁ結界でも張っとくわ」
「そんな物、簡単に破ってやるぜ」
箒に乗りながら、自身たっぷりに言う魔理沙。
「じゃ、また明日な」
「明日顔を見ることはないわ」
「どうだか」
飛び立つ魔理沙。それを特に見送るわけでもなく霊夢は本堂のほうへ歩き出す。
「あーもう、退屈はしないけどこう暑苦しいとね…」
そう言いながらチラリと魔理沙の消えた方向を伺う。
そこに白黒の魔法使いの姿はもう無く、星が一つ輝いていた。
「ま、楽しいからいいんだけど…」
霊夢はまた歩き出して、あることを思い出す。
「あ、結界本当に張ろうかしら…でも体を動かすとまた暑くなるか…」

「ふー…夏の霊夢はホント扱い辛いぜ…」
夕方の心地よい風を体に感じながら魔理沙は明日どういった言いわけで博麗神社に行くかを考えていた。
「弾幕ごっこなんて暑いから嫌って言うに決まってるし…かと言って家に籠っておくのはあまりにも退屈だぜ」

少し離れた場所で聞こえた同じ儚い呟き。
「「明日になれば冬になってたりしないかな…」」




霧の湖の誰にも見つからないような木の生茂った所で、氷精がすやすやと眠っている。
満足感が顔に溢れていて、とても気持ちよさそう。
木の葉の間から差し込む月明かりに照らされて眠る彼女の髪は、水滴こそたれていないものの、すこししっとりしている。
大方「水に浸かってから寝れば涼しいはず!」といった考えを持ったのだろう。
近くに建つ紅い館はいつもは夜のほうが賑やかなのだが、今宵は珍しく静まり返っていた。
と、言うよりも今宵は幻想郷がとても静かだった。




「ふわぁ…ん…?」
朝日に起こされた魔理沙は自分の体の異変に気付く。
この時期になると朝はいつも憂鬱になる、寝間着が汗で体にまとわりつき、朝のすがすがしい空気とは正反対に自分の体はベタベタする。
しかし、今日の朝はそれが全くないそれどころか
「うぉ…さむ…」
自分の肩を抱いて身を縮める。夏用の薄い掛け布団に潜りこんで状況を整理する。
「いやぁ…そんな魔法開発した覚えないぜ…」
まずは昨日の霊夢の言葉を思い出して、否定する。そう、自分は暑さを軽減する魔法など開発していない。
「誰かのいたずらか…」
頭に二人の魔法使いが浮かんだが、一人はこんな所まで来るはずないし、もう一人はこんなくだらない事をしない。
布団から顔を出した魔理沙は、ふと窓の外を見て驚く。
「雪…?嘘だろ…」
外は一面の銀世界。朝日に反射してキラキラと綺麗だが、魔理沙は今はそんなことを考えている暇はなかった。
「とにかく霊夢のところに…」
魔理沙はいつもの白黒の服を着て、さらに防寒具を着る。
「もうしばらくは使わないと思ってたのにな」
家を出た魔理沙はすぐに飛び立って博麗神社へ向かった。
顔にあたる風がぴりぴりと沁みる。正真正銘の冬景色で、昨日の風景とはまったく違っていた。
自分はタイムスリップしたのだろうか?と一瞬考えたが、森のどの木も葉をつけたまま雪を乗せているのを見る限り、そんなことは無いと思った。

「到着~!」
本堂の前に降り立った魔理沙は積もった雪を踏む音を心地よく感じる。
「霊夢~!起きてるか?」
声を上げるが反応は無い。まさか面倒くさがりの霊夢は布団から出るのがおっくうで、暖をとらずにすでに凍死してしまったのだろうか。
まさかそんなこと…と思いつつ急ぎ足で霊夢の寝ている所へ向かうと、やっぱり布団にくるまっていた。
「生きてるか~?」
「簡単に殺さないで頂戴。それよりあんた火力には自信があるんでしょ、さっさとどうにかしてよ~」
布団の中から聞こえる声。
「はいはい、ただ今」
魔理沙は八卦炉を取り出して暖炉の火程度の火力にする。部屋が暖かくなったところでようやく霊夢も布団から出て来た。
「いったいどういうことよ!」
「私にもさっぱりだぜ」
「もしかしてまた幽々子のやつ…」
「今回ばかりは有難い気もするがな」
「いくらなんでもやり過ぎでしょうに、また異変解決に行かないといけないの~」
着替えた霊夢は扉を開けて外の様子を伺う。
「これは本物ね…」
「冬に偽物も本物も無いぜ。と言っても、まだ夏のはずだからこの冬は偽物だぜ」
「じゃぁよくできた偽物ね」
「どっちにしろ異常気象では済まされないぜ」
「異常気象よ、異常に限度なんてないわ」
「わかったわかった、とにかく。このまま異変が続けばいいのに。とか思ってないで、さっさと解決に行くぜ」
そう言って魔理沙は勢いよく部屋から飛び出す。
「あら、よくわかったわね」
霊夢もやれやれと後を追う。
「私も思ってたところだ」





「ほんっと、外の世界の人間は偉大だわ」
紫はエアコンから出る温風に当たり、目を細める。
「私たちには考え付かない技術を持ってますね」
そう相槌を打つ藍の尻尾はやけにもふもふと動く。
「橙、くすぐったいぞ…」
「だって、もふもふで温かくって気持ちいいんですよ」
「むぅ…悪い気はしないが…」
藍は窓の外に目を向ける。
「それにしても紫様、これはいったい…」
話題を向ける相手はごろごろと部屋の中を転がる。
「んーまぁいいんじゃないの?こうして快適な訳だし」
「しかし少し気になるものはあります…」
「確かにねーでも今回ばかりは私にも謎よ、幽々子にも何も聞いてないし」
さっきまでもふもふと動いていた藍の尻尾は、いつの間にか動かなくなっていた。
「おや、寝てしまったか」
「これじゃ藍も動けないわね、まぁ霊夢が何とかするでしょう」
紫が橙の頭を指先でこちょこちょとすると、橙は何とも気持ちよさそうな顔をする。
「果報は寝て待て、私も寝るわ」
紫は出しっぱなしの布団に入ると、すぐに眠りに落ちた。
藍もそれを見ると、目を閉じてうつらうつらと夢の世界に入っていった。
ともあれ、八雲邸は今日も平和であった。




「やっぱり向かうは…」
「冥界よ、一番怪しいのは幽々子なんだから」
「だよなぁ…」
イライラしているのか、魔理沙の呟きにも間髪いれず突っ込む霊夢。
「でもよ、どこの誰が好き好んで暑い夏を集めるのさ」
「そんなこと本人に聞かないとわかんないわよ!」
気の荒れている時の霊夢は怖いもので、冥界へ繋がる結界にいとも簡単に穴を開けた。
しばらく飛んでいると、二人の目の前に大きな階段が現れた。
二人は迷わず階段の上を飛び始めたが、あることに気付く。
「おかしくないか?暑くなるどころか、温かくもならない」
「そうね…むしろ登って気温が下がった気がするわ」
階段を登るにつれて、口には出さなかったが思っていたことが本当になっている気がして、二人は徐々に速度を緩める。
すると、階段の上から人影が近づいてくる。それは二つあって、一つは体は小さいがその背中に棒をさしている影が見えた。それを見れば大方もう一つの影の正体は予測できる。
だんだんと近づくとお互いに誰かを確認した。
「あら、久しぶりじゃない。どうかしたの?」
最初に口を開いたのは幽々子のほうだった。
霊夢たちは、この時点で自分たちは空回りしたことを確信した。
「やっぱりアンタたちじゃなかったのね…」
「この寒いの?もちろんよ、誰も暑いのを好んで集めたりなんかしないわ。昨日までは少し暑すぎたけど、今日は寒すぎるから、下に降りればマシだと思ってね」
「あぁ…ここまでの苦労が…」
特に苦労もしていないようだが、がっくりとうなだれる霊夢を見て、魔理沙も同じ思いだった。だがこうしていても何も変わらないし、まだ怪しい所はあった。
「と、とにかく霊夢…もう一つあたるところはあるぜ」
「そうね…」
素っ気なく返事を返し、力無く飛び立つ霊夢。
「じゃ、じゃぁまた今度な」
魔理沙はその霊夢の後を追いつつ、幽々子たちに別れを告げた。
「えぇ…また会いましょう」
幽々子はひらひらと手を振って見送った。
「異変ですぐ幽々子様を疑うなんて、遺憾です」
「仕方ないわよ、私は過去に同じようなことをしたんだし」
幽々子はまた下に目指して飛び始めるが、妖夢がやけにゆっくりなので、幽々子が先に出てしまう。
「おーぃ、よっうむー。置いていっちゃうわよー!」
はっと我に帰って幽々子のあとを追う。
「あ、待って下さい~」
「もぅ…」





二人の向かう場所は既に決まっていた。
少し前に、ある我が儘なお嬢様のお陰で幻想郷が霧に覆われたことがあった。
今回もこの暑さに我が儘を言ったお嬢様がよからぬことを考えだしたのではないだろうか。
二人はそう睨んだのだった。
その予想が的中するかのごとく、紅い館に進むにつれて寒さは増した。
そしてこの異変でありながら、以前は出て来たメイド長も今回は出て来ていない。だとすれば彼女も何らかの加勢をしているに違いない。
霊夢は紅い館に向かいながら、懲りない我が儘お嬢様を今度はどうやって懲らしめようかとあの手この手を考えていた。
最近の鬱憤が溜まっている霊夢はよほどよからぬ事を考えているのか、口にはわずかな笑みがかかっていて、それを見た魔理沙はただでさえ寒いのにこれ以上ないくらいの鳥肌が立った。
「あ…あの…霊夢…」
「着いたわよ…」
「あ…」
気付けば二人は紅魔館の門の前まで来ていた。
「フフ…門番を下げて完全に防御態勢ってところかしら…」
「いや…この寒さなら門番も館に入るかと…」
「行くわよ!」
魔理沙の話などまったく聞かない暴走状態の霊夢は、さっさと館の入り口を通りぬけた。

「寒い…外とあんまり変わらないじゃない」
二人はてっきり館の中は温かいものだと思いこんでいたので、実際の温度にはかなり驚いた。
「それにしてもやけに静かだ…誰もいないぜ」
館に入るとわらわらと集まって攻撃してくる妖精メイドは鬱陶しいものだが、逆に無いとそれも不気味だった。
静かすぎる廊下を進みながら魔理沙はあることを思い始める。
「あの…霊夢、あんまり言いたく無いことなんだが…」
「じゃぁ言わないで」
霊夢も薄々思い始めているようだ。
そのまま進み続けると、大きな扉が現れた。
扉の上には大図書館の文字。近づくと、中が何やら騒がしい。
「やっぱりここかしら」
「みんないるのか?」
「とにかく入らないとわからないでしょうに」
そう言って霊夢は両手で勢い良く扉を開けた。
だが、二人は扉を開けた瞬間に。ここに来た理由も忘れて部屋の温かさに感動した。
「あ…あら霊夢、遅かったわね」
ティーカップを片手に少々驚き気味のレミリア。
一瞬ふわふわ状態だった霊夢は掛けられた声で我に帰る。
そして、実感したのだった。また空振りだと。
「もぅヤダ~」
長い移動に疲れたうえに、部屋の温かさを覚えてしまっては、もう別世界の外には出ることが出来ない。
そんな霊夢を見て少しにやけながらレミリアは言う。
「あなたが来るのはわかってたわ、それは運命でも何でもない。この異変は私の仕業と考えたんでしょう?でも生憎ながら私は何もしていないわ」
「そんなに自信満々に言うけど、アンタはこの異変の原因はわかってるの?」
「何にも」
拍子抜けた返し言葉に霊夢は溜め息をついてその場にへたりこんだ。
「な…なぁ霊夢」
魔理沙が何かを思いついたようで、恐る恐る声を掛ける。
「何よ?」
「あの、一つ気付いたんだが。冷気を操れる妖精がこの近くにいたかと…」
暑さに弱く、暑さを一番敵対しているのはアイツしかいない。と魔理沙自身は少し良い所に目を付けたつもりだったが
「あんなのに幻想郷を真冬にする力があるわけ無いでしょう」
と、もっともらしい意見で一蹴されてしまった。
行くあてが無くなった二人は、次の考えが思いつくまでとりあえずこの場に留まらせてもらうことにした。
「残念だったわね」
そう言いながら、咲夜は二人分の紅茶を持ってきてくれた。
「で、今日は何で引きこもりなの?」
「私はあなたたちみたいに、いつも暇ってわけじゃ無いの」
「悪かったな暇人で」
どこから取り出してきたのか、魔理沙は何かの本を読みながら言った。
「まぁ…ゆっくりしていけば…」
朝から幻想郷を動き回った霊夢と魔理沙は、部屋の温かさによって次第に夢の世界に入っていった。
レミリアもいつの間にか眠っていて、特にすることの無い咲夜も、うとうととし始めた時だった。
「あの…メイド長」
横からかかる小さな声に、咲夜は重たくなった瞼を少し開いて声のした方向に眼だけを動かす。
そこにはさっき館の見回りに行かせた妖精メイドが少し申し訳無さそうな表情をしながら立っていた。
慌てて咲夜は椅子から立ち上がり、妖精メイドと向き合う。いくら自分がメイド長で、日々の仕事をたくさんこなしているからと言って、目の前で堂々と眠られていたら彼女たちもいい思いはしないだろう。
「ごめんなさい…それで?何かあったの?」
「いえ、大きな異常ではないのですが、湖の大妖精が館の前まで来ていまして、何やら助けて欲しいと…」
「どうせ下らないことじゃないの?」
実際いたずら好きの妖精のお願いなど、本当にくだらない事ばかりである。
「それが…今回のこの異変の原因だとか…」
咲夜の眉がぴくりと動く。
「わかったわ、通してやりなさい」
「はぃ」
小さく礼をして妖精メイドは部屋から出ていく。
「さて、簡単に起きるかしら?」
そう言いながら咲夜はさっきから気持ちよさげに眠っている二人に向き直る。
「ちょっと…」
霊夢の体を少し揺らすが、まったくもって反応が無い。
だが、魔理沙はと言うと素直に起きてくれた。
「んーっ…どうしたんだ咲夜?」
大きく伸びをしながら言う魔理沙。
「異変の原因を知る者が現れたんですって」
「そうかそうか、これでこの寒いのとはお別れだな」
「まだ解決も何もしてないでしょ、とにかく霊夢を起こすのを手伝って」
眠っているときの霊夢はかなり手強く、揺すってみても頬をぺちぺちと叩いてみても、起きる気配が無い。
「寝たフリをしてるんじゃないのか?」
魔理沙は霊夢の脇腹をくすぐるが、反応は無い。
「死んでるんじゃ…」
咲夜が霊夢の鼻をつまむ、しばらくして霊夢は酸欠状態になりながら起きた。
「ぶはぁ!」
何度か深呼吸して息を整える霊夢。
「あら?悪い夢でも見たかしら?」
「えぇ…溺れる夢よ」
「それはそれは…」
咲夜は怖い奴だと魔理沙は心の中で思う。
「それより、異変の原因を知ってるって奴が現れたらしいけど…」
「え?本当に?」
「えぇ、今メイドに連れてこさせてるから、もうすぐ来るわ」
しばらくすると図書館の扉が開いて、メイドに連れられて完全防寒だが見覚えのある妖精が入って来た。
図書館に入るなり全員の視線が向かうので、少し怯えている。
「あれ?アンタどっかで…」
「あ…だ、大妖精です」
「あぁ、湖の」
「あの時は本当に…」
大妖精は申し訳無いといった感じの顔になる。あの時…とは霧の異変の時の話である。
「いいのよ、あの氷精にやれって言われたからでしょう?アンタは悪くないわ。それより…」
「あ、そのチルノちゃんがちょっと…」
「また何か変な悪戯したの?それでこんな大きな事にはならないと思うけど…」
「いぇ…そうじゃなくて…」
少し言い辛そうな大妖精。
「そ…その…チルノちゃんが…風邪を引いて」
ぼそぼそと話す大妖精の言葉を聞きとるのに数秒、その言葉の意味を理解するのに更に数秒。
「風邪…」
霊夢が小さく呟く。しばらくの間図書館全体が固まる。
「あら?私は何もしていないわよ?」
不思議そうに咲夜を見る大妖精に対して、咲夜は懐中時計を見せながら言った。
「風邪がこの異変を呼んでるってこと…?」
再び動き出した時間。霊夢の独り言かわからない言葉からは、ひしひしと怒りが伝わってくる。
「…バカは風邪を引かないんじゃないのか?」
ぽつりと呟く魔理沙。そんな魔理沙の手を霊夢の手が引く。
「バカな事言ってないで、さっさと行くわよ!」
もの凄い勢いで扉を開けて、図書館を飛び出す霊夢。と魔理沙。
「あぁ…待って下さい」
その後に大妖精もつづく。
「あ、失礼します!」
大妖精は最後に礼をして扉を閉める。
「静かになったわね…」
「あ、パチュリー様。今代えのお茶を…」
「えぇ。それより咲夜は行かないの?」
いつも通りだが、いつの間にかティーポットを持っている咲夜は、紅茶を注ぎながら言う。
「私が行かなくても彼女たち二人で解決するでしょうし、寒いのは嫌です。それにお嬢様も行って来いとはおっしゃってないので」
「レミィが行けって言ったら行ったの?」
「はぃ」
「あんな『お嬢様』でも?」
そう言うパチュリーの視線の先には、ずっと椅子で寝ているレミリア。その顔は心地よさが現れていて、何とも幼い。
「お嬢様はお嬢様です。どこの誰であろうとお嬢様の代わりはいません」
「そ…」
「それでは」
礼をして立ち去る咲夜。
「あれが夜の王ね…咲夜の期待を裏切ることはしないでよ…」
そう言ってパチュリーは視線を本に戻した。





「寒いよう~頭が痛いよう~」
昨日歓喜の声が聞こえていた所から聞こえる苦痛の声。
「チルノちゃん」
遠くから聞こえる声。その声はどうやら彼女には届いていない。近づいて来て初めて誰が来たのかを理解する。
「あー…大ちゃん」
「霊夢さんと魔理沙さん連れて来たよ」
「んー?あ、紅白と白黒…」
そんな二人はと言うと、魔理沙の八卦炉から出る火に当たり、寒さを凌ぐので必死だった。
「うー…寒すぎる。何で風邪なんてひいたのよ!」
「わからないわよ~」
「ほんとバカでも風邪を引くんだな…」
顔を紅潮させるチルノを不思議そうに見る魔理沙。
「でも風邪を治すって言われても、私たち医者じゃないわよ」
「言われてみれば確かにそうだぜ」
風邪なんて数日放っておけば治るが、この異変を数日放っておくわけにもいかない。
「魔理沙、アンタの茸で薬は無いの?」
「おぉ!そう言えばこの間本で読んだぜ」
「じゃぁ、早速」
「待ってろチルノ、すぐに薬を持って来てやる」
そう言って二人は飛び立つ。
少し不安げな顔で二人を見送った大妖精はチルノに向き直る。
「ほんとうに…どうして風邪をひいたの?」
「んー…わかんないよ…」
「昨日体を拭いて寝た?」
黙りこむチルノ。
「……もしかして濡れたまま寝たの?」
「ち…違うよ。ねったいやになったら嫌だったから、湖に一度入ってから寝たの。そしたら涼しくって」
「はぁ…それが原因だよ、チルノちゃん」
「えぇ!?」
チルノは驚いて、さっきよりももっと頬が紅くなる。
「あ…あの…大ちゃん」
「わかってるよ、霊夢さんと魔理沙さんには秘密にしておくから」
「ありが…と」
そう言って目を閉じるチルノ。大妖精は何枚も着こんでいる自分の上着を一枚脱いで、チルノに被せた。
「霊夢さんたち…早く来ないかな…」




幻想郷を覆う雲のお陰で、夕方になると随分暗い。明かりの灯る霧雨邸は、重い空気が流れていた。
「あー!また失敗だ…」
「ちょっと…何度目よ?」
「うーん…しばらく調合なんてして無かったからな…」
家に着いてから事がスムーズに進んだのは、魔理沙が以前見た言っていた本が珍しくすんなりと見つかったまでで、そこからは失敗ばかりである。
その本に何度目を通したかわからないが、魔理沙はもう一度見直す。
すると、突然ドアの前に人の気配がしたかと思えば、小さなノックと共に開く玄関の扉。
「苦戦しているようね…博麗の巫女でも調合となるとお手上げかしら?」
「うっさいわね」
霊夢は言われていることは合っているので、否定はできない。
「何だ?冷やかしに来たのか?」
本から目をそらさずに魔理沙は言う。突然それまでに無かった気配が現れ、かつ礼儀正しく扉から入る者といえば瀟洒なメイドくらいだ。
「逆ね。外は冷えてるから、温まりに」
「それを冷やかしって言うんだよ」
「どうかしら?」
そう言って、咲夜は魔理沙の呼んでいるページの上に一枚の紙をひらひらと落とす。
魔理沙はその文面を見てハッと顔を上げる。
「パチュリー様からの伝言よ、本を借りるならもっと丁寧に扱いなさい。ですって」
咲夜は「じゃぁ」と言ってその場から消えた。
「何よその紙切れ?」
「どうやらページが破れていたみたいだ」
本の文字だけを見ていたせいか、ページ数の飛びにも、本の間の破れ痕にも気付かなかった。
「で、パチュリーの伝言からしてアンタが乱暴に本を盗っていったせで破れて落ちたのね」
「盗ったんじゃない、借りたんだ」
いつもの決まり文句。
「一緒でしょ」
「とにかく、これで完成するはずだ」
魔理沙の目に輝きが戻り始めた。




「あの…大ちゃん…」
三角座りをして、膝を抱えていた大妖精は顔を上げる。
「あ、チルノちゃん起きたの?」
「うん…服…ありがと」
チルノは大妖精が被せてくれた服を顔の辺りまで持ってくる。
「寒く無いの?私から離れとかないと、大ちゃんが風邪をひくよ」
「寒いけど…私がいなくなったらチルノちゃん一人になっちゃうでしょ。そんなの私がチルノちゃんだったら寂しいもん」
チルノは紅くなった顔を更に紅くして、小さく「ありがと」と言った。
とは言うものの、チルノの横につきはじめてかれこれ数時間。さすがに限界を感じ始めていた。
両肩を自分で抱きながら、少しでも自分の体温を逃がさないように、それでもチルノにはその行動がバレないように、大妖精は必死に寒さに堪える。
このまま私が倒れちゃったら本当に格好悪いなぁ、などと考えながら遠くを見ていると、もう暗くなった灰色の空から一つ光が近づいてくる。
「ぁ…」
大妖精はその光が誰の物かすぐに理解した。
「チルノちゃん!霊夢さんたち戻って来たよ!」
「んー…?」
みるみるうちに光は近くなって、大妖精たちの元に着いた。
「待たせたな、チルノ」
小さな瓶を見せながら言う魔理沙。
「あら、アンタ…ずっとここにいたの?」
小さく震える大妖精を見て、霊夢が驚く。
「はぃ…」
「呆れた…今度はアンタが風邪を引いても面倒見れないわよ」
そう言いながらも、霊夢は大妖精の優しさに少し感心する。
「アンタも良い友達を持ったものね…」
チルノを見ながら小さく言う霊夢。
「とにかく、この薬を飲めば風邪なんてすぐに治るぜ!」
自身満々に小瓶をチルノの前に突きだす。
「うー…薬?苦いのヤダよ。おいしいの?」
「とびきりウマイに決まってるだろ!」
親指を突きたてる魔理沙。
少々怪しがりながらもチルノは小瓶の薬を一気に飲む。
「にっがーい!白黒!ダマしたね」
ゴホゴホとむせながらチルノは魔理沙に文句を言う。
「あら、早速効果が出たのかしら?」
霊夢はチルノがぎゃぁぎゃぁわめくのを見て言う。
「よし、もう大丈夫だ。多分…あとはおとなしく寝とけ」
「この恨みいつか晴らしてやるー!」
「おぃおぃ、なんで恨まれるんだよ」
「チルノちゃん、おとなしくしとかないとまた…」
「うるさーい!」
妖精のわめき声はしばらく続いた。

「じゃ、もう帰るぜ」
チルノがようやくおとなしくなったので、魔理沙たちは帰路に付くことにした。
散々騒いだ本人は、大妖精の服にくるまってすやすやと寝息を立てていた。
「アンタも帰らないの?」
霊夢はずっとチルノの横で座っている大妖精に声を掛ける。
「はぃ、魔理沙さんの薬を信じていないわけじゃないんですが。また何かあったらって思うと…」
「律儀なもんだな」
「ホント風邪引かないようにね、さっきも言ったけどアンタまで面倒見れないわよ」
やれやれと飛び立つ霊夢たち。
「じゃ」
「あの!」
それまでもじもじとしていた大妖精が大きな声をあげる。
「なに?」
「あの…その…今回チルノちゃんが風邪を引いたのは…寝る前に水浴びしたからだと思うんです!」
大妖精はそれまで本当のことを言うか否か悩んでいたが、自分の親友を助けてくれた人に対して真実を教えないのは失礼だと思った。
だが、実際口にするとなると、逆にチルノの身が危ない。巫女が怒り狂えば、自分にはどうしようもない。
「で…でも!それは私の注意不足というか…チルノちゃんにしっかり言ってなかったのは私だから…その…だから」
下を向く大妖精に霊夢の表情は伺えない、鬼のような表情をしていたら、正面から見ることができない、逃げてしまう。
だから下を向いていた、自分の足がガタガタと震えているのは、この寒さのせいだけではない。
魔理沙の八卦炉の光でできた霊夢の影が近づく。ゆっくりと上がる腕に大妖精は身を固くする。
だが、次の瞬間大妖精には怒りの声も聞こえず、弾幕も飛ばず、げんこつも来なかった。
その代わりに大妖精の頭の上にのせられた温かい掌。
「ぁ…」
驚いて顔を上げた大妖精は更に驚く。霊夢の表情はとても優しくて、怒りの気配など少しも感じない。
「誰もアンタを責めたりなんかしないわよ。この馬鹿のために一番苦しい思いをして、頑張って、我慢したのはアンタ。寒かったでしょ?よく頑張ったわ」
大妖精はそれまでの緊張が全部解けて、体の力が抜ける。同時に今まで堪えていたものが溢れて来た。
「ふえぇぇ~」
泣きながら霊夢に抱きつく大妖精。
「まだ泣くのは早いわよ、最後までちゃんと見といてくれる?」
霊夢の体に押しつけた顔を大妖精は大きく上下に振った。
そんな大妖精の頭を霊夢は優しく、何度も撫でた。



少し寒さが和らいだ空で、霊夢と魔理沙は帰路についていた。
「これで本当に元に戻るのかねぇ」
不安そうに言う魔理沙。
「自分の作った薬が信じられないの?」
「いや、そういうわけじゃ無い…あれは完璧なハズだぜ」
「じゃもう心配することはないでしょ」
「でもなぁ…」
しばらくの間、沈黙が流れる。
寒さが少し和らいだとは言っても、本来の季節には程遠く、受ける風は冷たい。
「また明日から暑くなるのか…」
「ん?まぁ、うまくいけばな」
さっきまで雪をしんしんと降らせていた厚い雲はいつしか消えていて、そこには満点の星空があった。
そんな空を目を細めながら見る霊夢。
「そう寂しそうにするなよ、夏が終われば冬なんてあっという間に来るぜ」
「えぇ…そうね。またアイツらがうるさくなるわ」
そう言う霊夢の表情は少し嬉しそうだった。
「それじゃ、私はこれで」
「あぁ、もう神社か」
「ま、風邪引かないようにね」
「お前もな」
高度を下げる霊夢の見送りもほどほどに、魔理沙はすぐに帰路に着いた。

「あぁ、疲れた…」
神社に戻った霊夢は、自室に戻るなりすぐに横になる。
「もーあの馬鹿…ホントに人騒がせなんだから…今度会ったら……」
どうしようかと考えていると強烈な睡魔に襲われる。
「まぁ…親友愛に免じて勘弁してやるか…」
そこまで考えると眠りの世界へ入ろうとする。
霊夢は風呂に入らなければと考えるが、体を動かす気にもならない。特に汗もかいていないから明日の朝に入ればいいだろうと考えそのまま眠ることにした。



朝日が降り注ぐ魔法の森。木の葉からは水滴がぽたぽたと落ちていて、地面はいつも以上にぬかるんでいる。
森の中にある小さな家が揺れる。
「あっつー!」
布団の中から飛び出た魔理沙は、机の脚で自分の足を打ち。しばし布団の上をのたうちまわる。
身体に纏わりつく衣服。目尻に少し涙を浮かべながら、魔理沙はその不快感に気付く。
「戻った…」
すぐにシャワーを浴び、魔理沙は家を飛び出した。
少し汗ばんだ体に当たる風が心地よい。神社に向かいながら魔理沙は本当に異変が終わったことを実感した。

「霊夢!異変が終わったぜ!」
神社に降りるなり、魔理沙は叫んだ。
「うっさいわね!それくらいわかってるわよ!」
出て来た霊夢は、あからさまに不機嫌。
「あ~叫んだらもっと暑い…」
うちわをぱたぱたを仰ぎながら、霊夢はその場に座り込む。
「とりあえずチルノたちの様子を見に行こうぜ」
箒にまたがりながら、霊夢を急かす。
霊夢は暑いから嫌よ、と一蹴してやりたかったが、実際本当にチルノの風邪が今回の異変の原因だったのかも気になるので仕方なく飛び立つ。
高く飛ぶと日光を直接受けるので、二人はなるべく低く木の影の下を飛ぶ。
湖に着くとチルノたちを探すのにそう時間はかからなかった。人気の無い湖に響く声が、二人を導いたのだった。
木陰に座る大妖精。
湖に飛び込むチルノ。
「あ、霊夢さん、魔理沙さん」
立ち上がって、二人に寄ってくる大妖精。
「昨日はホントにありがとうございました」
頭を下げて礼を言う大妖精。
「かまわないぜ、アイツも病み上がりなのに元気みたいだな」
「へぇ…ここ涼しいのね」
「来てみて正解だったな」
大妖精は湖に浸かるチルノに声をかける。
「チルノちゃん、霊夢さんと魔理沙さん来てくれたよ」
「んー?」
湖から上がるチルノ。
「元気そうだなチルノ」
「アンタのにっがーい薬のおかげでね」
「そいつは結構」
「もう二度と風邪なんて引くんじゃないわよ。今度引いたらただじゃおかないからね」
霊夢はいつの間にか木陰に寝転び、涼しさから心地よさそうに目を閉じていた。
「お、気持ち良さそうだな」
そう言って魔理沙も霊夢の横に寝転ぶ。
「私も少し休憩」
チルノも寝転ぶ。
「じゃぁ私も」
大妖精もチルノの横に寝転ぶ。

真夏の昼間、暑さによって夏の主役も鳴き止む時間。
湖には静けさが漂う。時折吹く風は心地よく、葉の擦れ合う音は心を落ち着かせ眠気を誘う。
紅魔館には、今日もお嬢様の我が儘が響き。
白玉楼には、今日もお嬢様の溜め息が響き。
八雲邸では、今日も空調機の音が響く。

特に事件も無くただただ平和な日々が過ぎる。
これが幻想郷の普段の日々。幻想郷の真の姿。



竹藪を超えた所にある大きな屋敷。屋敷の廊下でブレザーを着た兎は外の様子を見て首を傾げる。
「変だなぁ…昨日寒くなったと思ったら、もう暑くなった」
「せっかくの雪だったのにね…」
相槌をうつのはピンクのワンピースを着た兎。
「あら…もう冬が始まったと思ったの?」
後ろから声がかかる。
「あ、師匠…いえ、まだ夏本番なのでそれは無いとは思ったんですが…」
師匠と呼ばれる少女は、銀の髪を後ろで三つ編みにしていて、その長さは腰のあたりまである。
「確かに変よねぇ…」
「あら、みんな揃ってどうかしたの?」
「あ、姫様。いえ、昨日突然寒くなったのに、今日はまた暑くなったので、皆でおかしいなと思っていたんですよ」
奥の部屋から出て来た黒髪の少女もまた、廊下に立って外の様子を伺う。
しばらく無言のまま、皆で空を眺めていたが銀髪の少女が視点を元に戻して言う。
「考えてても仕方ないわ。とにかく夏はまだ続くってこと。それよりウドンゲ…」
声を掛けられて、ブレザーを着た兎も視点を戻す。話の内容は理解しているようなので続きを聞かずに返答する。
「はぃ、大丈夫です。準備できてます」
「そう。よかったわ」
「進んでるようね、永琳」
先の銀髪の少女は永琳と呼ぶらしい。
「えぇ…ご安心下さい。姫様は絶対に渡しませんから」
永琳は自信に満ちた笑顔を見せる。
風の通った竹藪は、葉が擦れ合う音がざわざわと一際大きかった。
紫を少女と書くのに抵抗のある僕はスキマ送りにされました

時系列は妖々夢直後のつもりです
感想、批評、誤字脱字報告お待ちしております
nao
http://qkikqn.web.fc2.com/index.html
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コメント



0.740簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
チルノと大ちゃんの友愛がよかった

八雲邸がすごくほのぼのしてたなww 
7.100名前が無い程度の能力削除
これは面白い。
しかし自室に寝かされたはずの美鈴がなぜ図書館に
8.100名前が無い程度の能力削除
めーりんを運んだ彼は俺
10.80名前が無い程度の能力削除
↑てめぇ……w

チルノの風邪って、あんまり想像付きませんね。暑すぎても風邪ひいたりしそうだけど。
15.100名前が無い程度の能力削除
チルノなら夏風邪をひくだろうと(⑨だから)納得してしまったw
16.80名前が無い程度の能力削除
くそう、豆腐屋め羨ましい!