※注意書き
このSSは作品集86にある前作『ふらんふらんでもっこもこ』の設定を使っていますが、そちらを読んでいなくても問題はないと思います。
簡単に前作の粗筋を書きますと『もこふら』でした。
それでは本作品をお楽しみください。
最近、妹紅の奴が来なくなった。
少し前まではひと月に五、六回程の割合で襲撃しに来ていたというのに、三月前は二度、先々月は一度、そして先月はとうとう姿を見せる事はなかった。
時刻は酉の刻。
私は今、窓から大きく顔を出す満月を、特に意味もなく眺めている。
そう、特に意味はない。そんな意味のない事をしなければならない程、する事がないのだ。
「はぁ……」
この限りなく退屈な生活が始まって早五十日。
これからもこんなのが続くと考えると、自然と溜息が洩れてくる。
妹紅の襲撃――たった一つ、それが無くなっただけで、ここ永遠亭での生活は凄まじく退屈なものに成り下がる。
ただでさえ来訪者の少ない(というより、いない)竹林の奥地、興味を惹かれる事柄が皆無の日々で、あれ程までに心を奮い立たせてくれる物はないのだ。
武術、剣術、槍術、棒術、呪術、弾幕、取っ組み合い、百人一首、あっち向いてホイ等々……
これらのありとあらゆる『真剣勝負』は、何物にも代え難い至福の時間。遥か昔に感じていたうざったさなど、思う余地はない。
はっきり言って、これ以外の時間は『繋ぎ』だ。
……しかし、その繋ぎも最近は限界を感じ始めていた。
まず長年の趣味である詩だが、こうも変わらない景色では限界がある。例えば竹を題したものだけでも既に千首を超える有様で、ここ数年では数えるほどしか詠んでいない。
同じく趣味の百人一首も、私があまりに強くなり過ぎたためか誰も相手をしてくれなくなった。対戦時に能力が出てしまう癖が治らないのも原因の一つだろうか。
新たな趣味を、と思って始めた料理も駄目だった。味噌汁は爆発するわ、卵焼きを試食してもらった因幡は原因不明のウイルスに感染するわで、今は台所にすら入れてもらえない有様だ。
誰かを捕まえて暇を潰そうにも、因幡たち相手ではこれと言った話題もなく、永琳は薬の精製がどうたらこうたらで一向に構ってくれない。
外出しようにも私が外界で目立つ動きをすることに永琳がいい顔をしない(月の事が関係しているため、仕方のない事ではあるが)ので、私自身も乗り気がしない。
「………」
……こうして日々を思い返すと涙が出そうになる。
こんな日常に刺激の「S」の字もありはしない事がよくおわかり頂けた筈だ。
然るに、やはり襲撃に来てもらわなければ困るのだが、最近は実に静かな日々が続いている。
そう……こうして意味のない月見を延々と続けなければならない程に。
……ああ、暇だ。
暇で暇で肥満になってしまいそうだ。
何かこう、ないものだろうか? 暇という言葉が懐かしく感じられるような『刺激』は。
「………」
ふふ、ある筈もない……か。
そんな物があるのであれば、今私はこんな暇そうな顔で月見などしていない。
窓に浮かぶ、満天の月……
気のせいか知らないが、今日の月は一段と妖しく見える。
「………」
髪の毛のような細い線を垂らして……
更に立派な二本の角らしきものがそびえ立って……
目の形に似たくぼみがまるで私を見ているかのようで……
「やあ、今晩は」
終いには、まるで私に語り掛けているかのよう……
「お邪魔してもいいかな?」
ああ、何という事だろう……! 月が窓から入ってきた……!
家族賛歌 in 永遠亭
「ぷはー……胃に染み渡るわねえ」
「おお、流石は妹紅の宿敵。酒の方も中々いけるじゃないか」
「別に宿敵とかじゃないわよ。あいつがどう思ってるかは知らないけど」
時刻は戌の刻。
今私は不法侵入者である慧音(ハクタク状態)と、その慧音が持ってきた酒を共に酌み交わしている。
因みに何故ここに来たのかと聞いたら「最近妹紅が構ってくれなくて退屈だから」との事。
ここに来た理由にはなっていない気もしたが、どことなくそれに共感が湧いた為、誘われた際は二つ返事で一緒に飲む事に決めた。
今のこの如何ともし難い退屈を凌げるのであれば、襲撃だろうが不法侵入だろうが私は構わないのだ。
「んー、こうやって酔うのも久しぶりだわ。いいお酒ねえ」
「だろう? 妖怪の山で造られた蒸留酒で、銘柄は『鬼強し』という。伊吹萃香のお墨付きだ」
「噂に聞く酒好きの鬼ね。成る程流石にいい目利き、いえ、舌利きと言うべきかしら」
「おっ、うまいこと言うなあ。座布団一枚」
「お粗末様でしたわ」
お互い普段では絶対にしそうもない馬鹿な話を交しつつ、私と慧音はけらけら笑う。
と言うのも、原因は慧音の持ってきたこの『鬼強し』とかいう酒にある。
その名前に恥じず、やたらと強いのだ。
「さ、もう一杯」
「おっ、悪いわねえ。じゃあ頂こうかしら」
しかし、退屈しのぎが出来たという嬉しさと、この酒が私の好きな甘口の清酒だったというせいもあり、私は飲むペースを落とさなかった。
「ねえ慧音。……! 偶然にも回文が出来たわ! ねえけえね。ほら!」
「いやいや、私の名前は『けいね』だ。『けえね』じゃない」
「何よノリ悪いわねえ……。あっ、なら伸ばせばいいのよ! ねーけーね。ほらいいじゃない!」
「私の名前はけいねだと言うに! け・い・ね!」
その結果、取り敢えず思いついた事を片っ端から口に出す、掛け値なしの酔っ払いに。
酒でこんなになったのも、長らく記憶に無い。
そんなこんなで相変わらず中身のない話を投げ合いながら、三十分程経った頃だった。
「………」
見るからに慧音の様子がおかしい。
口数は減り表情もどこか堅く、私の言葉にも反応しなくなった。
限界か? と最初は思ったけれど、それにしては顔色もいいし、何より杯を空けるペースが上がっている。
となると、思い当たるものは一つしかない。
「何よ何よ暗いわね。あんたが勧めてきた酒をあんたが不味くしてどうすんのよ。悩みがあるなら打ち明けてみなさいな」
「ああ……すまん。もしかすると、妹紅は私の事なんて忘れてしまったのではなかろうか、などと考えてしまってな……」
やっぱり。
素面ではそこまで極端には考えていなかったのだろうけど、酒が入った事で思考のどつぼに填まってしまったのだろう。
考えだしたら止まらない――全く、これだから知識人は始末が悪い。
「なーに言ってんのあんたは。あいつがあんたの事忘れるわけ無いでしょ」
「そうだろうか……?」
「当ったり前でしょ。ていうか、逆よ。真逆もいいとこ」
「逆?」
「しばらく前の話だけど、あいつ、言ってたのよ。慧音がいてくれなかったら私は今も一人だった、ってね」
「妹紅が、そんな事を……?」
「そ。これで分かったでしょ? 感謝感謝の満員御礼。死んでも忘れる訳が無いわ。あいつ蓬莱人だから死なないけど」
「………」
実は、嘘。全部私の創作だ。
第一私とあいつは真剣勝負をしている訳で、ほのぼのお話をしている暇などある筈もない。
それに、話す機会があったところでまともな話になる訳が無い。何せ私は、あいつにとって敵でしかないのだから。
「分かったんなら飲め飲め。無駄に暗くしてくれた分はしっかり補ってもらうわよ!」
「うむ、済まなかったな……。よし、とくと見さらせ! 上白沢慧音、一世一代の大酒食らいを!」
「樽ごと!?」
ただ、この話が強ち間違っているとは思わない。
あいつとは長いこと矛を交えているけれど、初期の頃にあった獰猛さ、とでも言えばいいのか、抑えようない殺気のようなものが、最近になって感じられなくなった。絶対に殺してやる、と言わんばかりの意気が伝わってこないのだ。
荒んでいた心が平穏を取り戻した、私が抱いたのはそんな印象だった。
「ぷっはああぁぁ~~……」
「御見事! 獅子欺かざる飲みっぷりだわ」
そして、そんな妹紅の変化に慧音が一役買っていたという事――私の憶測でしかないが、間違いないだろうと思う。
長い停滞。それを解くのには疑う事なく背中を預けられる誰かが必要だ。理解してくれる、いや、理解しようとしてくれる。異端である自分を、対等に見てくれる、そんな誰かが。
今の慧音を見ていれば、妹紅にとって慧音がそんな存在になっている事は想像に難くない。
そう、私にとっての永琳である様に……
「輝夜、お邪魔す……」
そうそう、永琳。
………。
「………」
「「………」」
噂をすればなんとやら。まあ、喋ってはいないけれど。
◆
「――成る程、事情は分かったわ。ただし……」
「?」
「どうあれ貴女が侵入者である事に変わりはないわ。次があったら例え姫様が許しても私が許さない。よく憶えておきなさい」
「ああ。本当に、済まなかった……」
永琳に向かって深く頭を垂れる慧音。横顔から見て取れるのは、いかにも『恥じている』という表情だ。
しかし私にとって、慧音が一方的に悪者になりつつある今の状況は納得がいかない。
何故なら慧音を帰さなかったのは、私の意志によるものだからだ。
対応次第で幾らでも遠ざけることが出来たにも拘らずそうしなかった。
何のことはない、私は単純に慧音との時間を楽しんでいたのだ。
「輝夜、申し訳ない事をした。……この通りだ」
そして、そんな事実を知っているであろうにも拘らず、一人罪を被ろうとしている慧音。
随分……舐められたものだ。
「許さないわ」
「……ああ、分かっているつもりだ。私のした事は……」
「何的外れな事言ってんのよ。私は、一人で背負い込もうとするのは許さない、って言ったのよ」
「……?」
「悲劇のヒロイン演じようったってそうは問屋が卸さないわよ。それとも何か? あんたは私が自分の事を棚に上げて反省面のあんたを見てほくそ笑んでる様な奴だとでも思ったの?」
「いや、そんな事は……」
「なら私にも謝らせなさいな。悪い事をしたと思ったら素直に謝る。どこの世界のどこの国のどこの老若男女でも当たり前の事よ」
「輝夜……ありがとう……!」
「お礼言うとこじゃないわ」
私と慧音は頷き合い、先程から沈黙を保っている永琳と正対した。
こうしてみると、まるっきり悪戯をした子供が母親に許しを請わんとする構図だ。
母親……か。確かに永琳は従者と言うより家族に近い存在だと思っているから、強ち間違った表現という訳でもない。
永遠亭を一つの家庭と考えたら、間違いなくお母さんポジションだろう。
「いくわよ? せーの……」
お母さんごめんなさいもうしません、ってね。
「「ごもめうんしなわさけいない」」
………。
「………」
「ちょ、ちょっと! 何で『申し訳ない』なのよ! 普通こういう時は『ごめんなさい』でしょ!?」
「いやいや、真摯に謝罪するのなら、丁寧語に限るだろう。『ごめんなさい』では餓鬼のそれと変わらんぞ?」
「何ですって!? そもそも丁寧語云々の前に、そういう言い方なら『申し訳ありません』でしょうが! あんたどこまで偉そうなのよ! ……ん?」
俯いてぷるぷる震えている永琳。 ……怒らせてしまったのだろうか――
「あははははははははははは!」
「「……!」」
何とも珍しい永琳の大爆笑。私が酔っ払った事以上に、長らく記憶にない。
「え、永琳……?」
「や、ごめんなさい……。で、でも何だか、凄く可笑しくて……あははははは!」
完全にツボに入ったらしく、息継ぎもままならない様子。
最初は戸惑っていた私も、そんな笑い転げる永琳を見て何だか可笑しくなってきた。横目で見ると、どうやら慧音も同じらしい。
「……ふふっ」
「ふふふ……」
お母さんが笑うと子供も笑う――これもどこの世界でも一緒だ。
「「「あははははははははははは「オラ輝夜ぁぁぁ! 久々の討ち入りだァ!!」「お、お邪魔しますっ! ……ホントにいいのかな……?」
………。
「「………」」
「「「………」」」
空気読め馬鹿妹紅……!
◆
「……うーん……」
頭の痛みに訴えられてうっすら瞼を開くと、辺りはまだ薄暗かった。
ぐるりと見回すと、そこにはベッドの羅列。どうやらここは永遠亭の診療所のようだ。
ということは、私は酔い潰れて倒れた、ということになるのだろうか。
「………」
痛む頭を軽く押さえ、途切れ途切れの記憶を紡いでいく。
まず、慧音が私の部屋に侵入してきて、それで鬼強しとかいう酒を一緒に飲んだ。
その後永琳が来て、慧音と二人で謝ったら突然永琳が笑いだして、その直後に妹紅が見たことのない子を連れて襲撃に来た。
……と、ここまでははっきり憶えているのだけど、そこから先はぷつりと記憶が途切れたかのように全く思い出せない。
「あら、おはようございます。具合はどうですか?」
私が悪あがきにも似た思案を繰り返していると、普段と変わらない永琳が姿を見せた。
御盆を持っていて、そこには湯呑みが一つ乗っている。
「おはよう永琳。具合は最悪よ」
「ふふ、あれだけ飲んだら仕方の無いことですね。これをどうぞ」
「ありがと……うわ、なによこの色……」
「私が調合した薬湯です。最悪の気分もすぐに良くなりますよ」
渡された湯呑みには焦茶色の液体が入っている。
因みに無臭だが、逆にそれが怪しく思えてしまう。
「……苦い?」
「飲んでからのお楽しみです」
「意地悪」
永琳の薬が如何に効果が高いかは私が一番よく知っている。鼻を摘んで、一気に喉へ流し込んだ。
「………」
無臭に加えて、無味。
まるっきり色付きのお湯だった。
「ねえ、これほんとに効果あるの? ……おっ、頭痛が……」
「ふふ、気分はどうですか?」
「うーん、流石は永琳。天晴れ天晴れ」
気分も良くなり、一息付いて隣のベッドを一瞥すると、薄水色の髪がちらりと映る。
髪の長さなどから察するに、通常状態の慧音のようだ。
「あらら、やっぱり慧音も潰れちゃったのねえ」
「ええ。と言うより、昨夜の馬鹿騒ぎに参加した全員が潰れましたよ。私を除いて」
「あらら。……? 馬鹿騒ぎ? 参加した全員?」
私はもう一度昨日の出来事を思い出そうと試みるも、やはり妹紅が来た辺りから途切れてしまう。
「あら? 憶えていないのですか?」
「妹紅の奴が襲撃に来た辺りからさっぱりよ。……ん?」
一列に八台並べられたベッド、それには私と慧音を含めた六つの膨らみがあった。
慧音越しのベッド、白くてやたらと長い髪が見える。間違いない、妹紅だ。
その向こうは妹紅が連れてきた子だ。木の枝に宝石をぶら下げたような羽で一目で分かる。
「あの子、名前なんだっけ?」
「フランちゃんですよ」
「フランちゃん?」
「本名はフランドール・スカーレット。あの異変で永遠亭に来たレミリア・スカーレットの妹さんです。昨日はあの子の一言で馬鹿騒ぎに発展したんですよ」
「そうなの?」
「ええ。『私、お酒が飲んでみたい!』という一言で、殺伐としかけた空気が一転宴会です。ふふ、大したものですよ」
「成る程……」
言われてみると、確かにそんな事があったような気がする。
それにしても……あの吸血鬼の妹だとは予想外。そもそも妹がいた事自体初耳だ。
「でも、なんで妹紅と一緒にいたのかしらね?」
「三月程前に助けられて以来、妹紅の所によく遊びに行っていたそうです。今回は妹紅が強引に誘ったから来た、と言っていましたよ」
「三月……ああ、そういう事」
三月前――丁度妹紅が来なくなり始めた時期だ。
「? 何がですか?」
「ううん、こっちの話」
首を傾げる永琳に笑い掛けつつ、再びベッドの列に目を遣る。
カラフルな羽の向こう、へにょりと垂れ下がった兎の耳が二台続けて見えた。
「あら、因幡達も呼んだのね」
「ええ。呼んだというより、来ていたと言ったほうが適当ですけどね」
「自分達から入ってきたの?」
「いえ。襖の間から二人してこそこそ覗いていたので、私が引き入れました」
「そして潰された、と」
「潰したのは姫様と妹紅ですよ。……ふふっ、それにしてもお酒というのは面白いものです。普段は気の弱いウドンゲが狂戦士のように豹変するんですもの」
「あははは、それは是非見たかったわねえ。って、見てたのか」
益々憶えていないのが悔やまれるが、因幡達に酒を飲ませる楽しみが出来たという事でよしとしよう。
「でも、こんな事初めてねえ。私の部屋に七人も集まるなんて。しかも永遠亭の住人以外で三人も」
「三人じゃなくて四人ですよ。ほら、奥のベッド……って、あらあら」
「……?」
奥のベッド……の下の床。
二本の立派な角を携えた少女が、実に幸せそうな顔で転がっていた。
「ええと、誰?」
「萃香ちゃんですよ。伊吹萃香。『宴の匂いがしたから』とかで突然部屋に現れたから、流石の私も驚きました」
「ああ、その子が例の酒好きの鬼ね」
「そのようですね。……よいしょ、っと」
永琳に抱えられてベッドに復帰する萃香。
しかし永琳が戻ろうとした矢先、またしても床へと転落した。
それにしても、あんなに派手に転落して目を覚まさないとは恐れ入る。流石は鬼、と言ったところか。
「あらあら、困った子ねえ」
困り顔で微笑みながら、再び永琳は萃香を抱き上げた。
なんというか、その姿はまさしく『お母さん』だ。
お母さん――そういえば昨日も永琳の事をそんな風に例えたっけ。
そうそう、確か慧音と一緒に謝ろうとした時だ。……あの時はぐだぐだで、結局ちゃんと謝れなかった。
「ねえ、永琳」
「はい?」
私の事をいつも考えてくれている永琳――私の目に付かない所でも、私はきっと何度も何度も助けられてきた。今だって、そう。
「あのね……」
「何ですか?」
「そ、その……」
ん、どうしよう……
ただ『ありがとう』って言おうとしてるだけなのに、凄く照れ臭い……
だって永琳、真っ直ぐに私を見てるんだもの……!
「えっと……」
そうだ、永琳はいつだってこうして真っすぐに私を見てくれた……
だったら私も、それに真っ直ぐ答えるだけ……!
よし! 気合い入れろ輝夜!
「あ……ありが――」
「み、味噌汁が爆発したッ!!?」
「………」
「な、なんだ、ただの夢か……」
「あら、お早よう妹紅」
「お、おう。お早ようさん。……ん? 何ジロジロ見てんだよ馬鹿輝夜」
「ば……馬鹿はお前だ馬鹿妹紅!」
◆
時刻は夕刻。
早朝の口喧嘩から始まった今日は、蹴鞠合戦(慧音曰く、さっかー)、百人一首(私は例の件もあり、専ら読み手だったが)、妹紅主導の竹細工教室と、色々な事が詰まった一日だった。
楽しい時間というのは本当にあっという間で、こんなに一日が短く感じたのは初めてだ。
ただ、それも必然的に終わりがくる。
明日の寺子屋の準備がある、と言って、まず慧音が帰っていった。
迷惑を掛けて済まなかったな、と、最後まで謙虚だっけれど、その顔は実に清々しかった。
次に、特に理由は無かったようだけど萃香が帰っていった。
最高の宴会だったよ! と楽しそうに言いった後、永琳に向かって、次は負けないからね! と握手を交わして霧散した。
そして――
「輝夜、永琳、どうもありがとう! すっごく楽しかったよ!」
「いいよフラン、輝夜に礼なんか言わなくても。……世話んなったよ。あ、ありがとな永琳」
満面の笑顔で特大の三度笠を被ったフランちゃん、照れ臭そうにしながらも相変わらず不届きな妹紅が、手を振りながら(フランちゃんのみ)帰っていった。
小さくなっていく二つの影。こんな風に誰かを見送ったのは、初めての経験だった。
「………」
季節はもう冬。
この時間はめっきり寒くなり、吹き抜ける冷たい風が私の髪を揺らす。
不思議な感覚だ。二度と会えなくなるわけじゃない――それなのに、淋しい。
「行っちゃったわねえ……」
「ええ」
「ねえ、永琳」
「ん?」
「色々心配掛けて、ごめんね」
あ、つい謝っちゃった……
しかも、淋しさを紛らわすための中途半端な一言……何だか私、凄い我儘だなあ……
「輝夜」
永琳は私を真っ直ぐに見つめる。
ああ、きっと怒られるんだろうな――と思った次の一瞬、私の視界が真っ暗になった。
「わ……!」
次の瞬間、私の顔に柔らかい胸の感触が覆いかぶさってきた。
「昨日は楽しかった?」
「う、うん……」
「なら、いいわ」
「え? でも……」
「いいのよ。というより、私としては嬉しい誤算だったの」
「誤算……?」
「ええ。貴女が最近窮々としていた事は知っていた。だから、何か出来ないか? とずっと考えていたのよ」
「………」
「でも中々いい案が思い付かず、思案に暮れていた。それで、せめて話でも、と貴女の部屋を訪れたら、慧音と二人で既に盛り上がっていた。侵入者に気付けなかった事と、先を越された事、思わず慧音に当たってしまったわ……。次に会ったら謝らないといけないわね」
「ん……」
「私こそ、輝夜に謝らないといけない。頼りない従者で、ごめんなさい」
ああ、やっぱりそうだ。
永琳はいつだって、私の事を考えてくれていた。
でも……永琳は一つだけ分かってない。
私は永琳から離れて、真っ直ぐに永琳を見た。
「許さないわ」
「………」
「そんな風に自虐的になる永琳を私は見たくない。許さないと言ったのはそういう意味よ」
「輝夜……」
「私ね、永琳の事を従者だなんて思ったこと、一度だってないよ」
「………」
「私は永琳を『家族』だと思ってるもの。永琳だけじゃない、永遠亭に住む皆を『家族』だと思ってる。それで永琳はね、そんな家族を纏める『お母さん』」
「お母さん……私が?」
「そうよ。貴女は私達のお母さん。……そうでしょ? みんな!」
「……!」
玄関から、塀の脇から、屋根から、竹林から――
永遠亭に住む因幡達が、私と永琳の周りに一斉に集まった。
「あ、貴女たち……!」
抱きつく因幡、頬擦りする因幡、私の口に人参をねじ込もうとする因幡――
そんな子達に囲まれて、永琳は凄く驚いた顔をしていた。
ふふ、昨日と今日で永琳の珍しい顔が二回も見れたわ。
私としてはそれが一番嬉しい、かもしれないわね。
「ねえ永琳。子供達はね、お母さんの辛そうな顔を見るのが一番嫌なのよ。いつでも微笑んでいて貰いたい、笑っていてもらいたい――私達はみんなそう願ってるわ」
「………」
「私達も頑張る。永琳がいつでもそうしていられるように、ね。……さ、みんな!」
いつの間にか、私と永琳に群がっていた因幡達はびしっと整列している。
ふふ、決めるところはしっかり決める辺り、永琳そっくりだわ。
「今までの感謝を、一言に纏めてお母さんに伝えるわよ! 準備はいい?」
あ、永琳、ちょっと涙ぐんでる?
そうだ、この際ビシッと決めて、永琳感動の涙ってのも悪くないわね!
「いくわよ? せーの……」
「ありがとう!」「Thank you!」「謝々!」「おおきに!」「乙!」「えーりん!えーりん!」
………。
「………」
あははは……私って統率力ないのかも。
「ぷぷ……」
「……ふふっ」
一同「あはははははははははははははは!」
でも、まあいいか。
こうやって家族一同、笑うことが出来たんだからね。
髪を揺らす風――今はもう寒くはないわ。
だって、皆がいるから。
家族の皆が、ね!
「さーて、じゃあそろそろ皆で夕ご飯の支度でも始めましょうか。今日は私も手伝うわよ!」
一同「結構です」
「ん?」
おしまい
あまりにも良すぎて涙が…。
それはそうと、萃香に負けを認めさせるとか永琳どんだけザルなんだw
同じ心を持つことは、難しく、それゆえに、美しい。そう思いました。
あと、えーりんえーりん言ったやつ誰だww
あ、もちろん話全体も凄く良かったです!
紅魔ファミリーを楽しみにしています!
でも少しベタ過ぎたような感じがしましたが、良かったです。
どさくさにまぎれてにんじんw