<1>
館の扉を開いた私を、拒むように風が吹いた。寝巻きの上からカーディガンを羽織っただけの体が、凍ってしまいそうなほど冷たい風だった。
だけど、私を部屋に戻すほどの冷たさはなかった。
私の心臓は風邪を引いたようにあつくなって、私の足を動かす。開かれた手の平が、じわ、と濡れて、乾いた空気は、その上をただ流れた。
湖も正門も、灯の落ちた館の、綺麗に磨かれたガラス窓も、しんと静かに冷えていて、私の腕の中で、くるくると巻かれた羊皮紙だけが、私の温度にひきずられて、ひっそりと熱を持っている。
私を暖かい部屋から連れ出したのも、この羊皮紙だった。黄ばんだ紙の上に、真っ黒のインクで紡がれた文字。その羅列が、私の体を動かした。
駆けめぐる熱を、散らしたかった。
手首に巻いた時計の針は、四時を回っている。
彼女が起きるまで、あと三時間は待たなくてはいけないだろう、きっとその三時間は、私から色んなものを奪ってしまう。あたまの中を走り回るあたたかい興奮もなくなって、十二月の朝に、すっかり冷えて縮んだはだかの私だけが残される。凍えて、耐えられなくて、私の足は、部屋に戻ろうとするだろう。
だから、この紙束はどこにもいかず、誰の手にも渡らず、誰の目にも触れることなく、私の腕の中で、すっかりと冷たくなるかもしれない。部屋に帰った私は、それを抱きしめたまま、眠るのかも。
だけどその予感も、私の足を止めなかった。辺りには、音のしない建物のかわりに、暗い緑が増えて、道の角度は、ゆっくりときつくなっていく。
深く呼吸をするたびに、砂のように白い息が漏れて、頬に流れて、でも、苦しいなんて、私はちっとも思わない。
<2>
誰とも目を合わさずに世界を見回して、金魚鉢に似ているな、といつも考えていた。
四角い暖色に囲われた部屋の、後ろの方にぽかんと、丸いガラス玉が浮いている。その、綺麗で透明なガラスの内側から、私はじっと他の人を見ている。
大きな目で、じっと。
空気がたくさん入った虹色の泡を、こぽ、と吐き出しながら、見ている。だけ。
たったそれだけで、氷を叩き割るように春告精の声が響き、冷たく寒い冬の季節も、いつの間にか終わっていた。花が一輪声を上げ、押し込められていた喧騒が帰ってくる。
私は机の中から本を取り出した。
親指と同じぐらいの幅しかない、小さな文庫本のなか。細くぺたんとしていた栞が、身の置き場をなくして、すっとページを滑って、おなかの所に落ちても、私はずっと文字を追った。
こぽ。
本を読む間、私はときどき、誰にもばれないように深呼吸をする。息苦しくなんか無いよって伝える。そうやって、誰か来て、って。
「あ、魔理沙さん。こんにちは」
私に答えるように、誰かが言った。本を離れた私の目は、遠くのテーブルで話をしている女の子達を見た。
きりさめまりさ。
彼女は器用だ。とても上手に呼吸をする。誰とだって。こんな私を前にしても。
「お?」
そう言って、霧雨魔理沙は私を見つけた。
ひろがる唇の角度と、それに吊られた細い鼻の先が、やわく丸くなっていくのを、私は黙って見ていた。肌の奥で、熱っぽいものがきゅっと締まった。
「よおパチュリー、こっちにいたのか。会おうと思ってたんだ、この前聞きそびれたからな。」
ちょうど一月ほど前の夜半、陽と月が完全に入れ替わってしまった時間。冷たいこの図書館で、私は彼女と初めて会った。なんとなく、私も彼女も、同じなような気がした。またくるぜ、と声をかけられて、私は何も言えなかった。彼女はすぐに、背中を見せて飛んでいってしまった。
あの日、私と弾幕勝負をしたときのと同じ笑顔を浮かべて、はっきりとした足音を落としながら、座っている私の目の前に、今日の彼女はやってくる。
それまで彼女とおしゃべりをしていて、足音まで拾っていた女の子たちの視線は、私の、深く被った帽子の辺りを撫でただけで、すぐに離れた。
ああ、と思って、でも少し安心して、それが私は嫌いだった。
「この図書館の本、借りていいか?こんなにたくさんの奇妙な本、魔法使いとして少なからず興味があるんだが、だめか?ま、だめと言っても多分知らないうちに借りてるがな、今日のように」
ほんのすぐ傍で、彼女はきっと、私の下向きの眉を探るようにして、そんな言葉を投げた。
熱っぽいものが、どんどんぎゅっとなって、ずっとずっと縮んで、冷えていくのがわかった。
そんなの、私に聞かないで。そんなの、他の子みたいに長くは持っていられない。やけどする前に、黒く焦げた跡が残る前に捨てないと。
私はいつも、それにばっかり必死だ。
「……好きに、しなさい」
長い時間を置いて、私が言えたのはそれだけだった。
私とは何の関係もない、ちがう色の大きな笑い声が、遠くのテーブルで鳴った。
「そっか。じゃあ、まぁとりあえずこれだけ借りるぜ。わたしは毎日暇つぶしで忙しいからな、行くとこがなくなったら返しにくるぜ。」
ちらりと顔を上げた。
本当に無邪気な笑いを浮かべて、彼女は一冊の本と手の平を私に向けていた。柔糸で編まれたような指の腹の先っぽで、伸びすぎていない爪が白く光っていた。その向こうには窓があって、多分彼女はあそこから飛び立つのだろう。
また目を俯けて、思う。
何も言わないの?こんなに無愛想なのに。文句を言ってくれれば、上手く答えられるかもしれないのに。
本についてだって、綺麗にしてね、とか破ったりしないで、だとか、言いたいことも色々あるのに。でも、本は魔法で守られてるから、本当は大丈夫だけど。
本当は、寂しいんだ。
「またな、パチュリー」
私は、手を振り返すこともできなかった。
息苦しくて、すごくすごく。
自分の性格を、一度だけこの力のせいにしたことがある。あれは、まだこの館にきたばかりのとき。
魔法のせいだと思ったのだ。魔法のせいで、見えてないんだ。眼鏡を掛けた時みたいに、平べったいガラスの膜ができるんだ。
だから私は、その日一日はだかんぼの体で、世界に喧嘩を売るようにして、高いところにある本を、自分の足で、梯子をのぼって運んでみた。
ひょっとしたら、何かが変わるかもしれないと、期待していた。魔法の力に邪魔されてしまうようなもの。私の足りない部分が、足りないのではなく、隠してしまっていただけなのだと、思わせてくれるように。
そのとき、私の後ろから声をかけたのは、誰もが大切に磨きたくなる、華やかな模様が描きこまれた絵皿のような女の子だった。その子は、普段とは様子の違う私を見て、理由を知りたがった。私が、そんな気分だと、いつもの調子で答えると、その子は少し、おかしそうにした。私も、頬が緩んだ。それが嬉しくて、でも、それだけだった。
声の大きな巫女のわるくち。昨日たべたケーキの甘さ。今読んでいる小説の風景。レミィと飲んだ紅茶の色。あなたの長いまつげを、とても羨ましく思える私。
伝えるべきだったそのどれもが、私の喉をのぼりきれずに、いやな音を立てながら剥がれて、からだの奥の方に落ちていった。声を出そうとして、でもできずに、ただ息を求めて喘ぐように口を開くことしかできない私のせいで、その子の優しかった顔は、困ったような怯えるような、そんな色に落ちて、やがて、ほどけるように私から離れた。
ひるがえったスカートからは、泡立ったハーブの石鹸と同じ、甘い匂いがして、少し暗く表情を変えた彼女のまつげは、私の方を向かなくても綺麗なままだった。
次の日の私は宙に浮かんで、いつもみたいに本を手元に引き寄せていた。
<4>
五月の夕暮れは、四月に比べて過ごしやすかった。
焼き始めたパンみたいにふつふつと形を変えていく図書館に来訪者達の声が、すっかり落ち着いてしまっていたのと、窓のあいだから入ってくる、肌寒かったすきま風が、心地よく思える気温になったからだ。
私もまたここでは新品で、古びた大きな図書館とはやはりどこかちぐはぐだと思っていたけど、それももう、すっかり馴染んでいるのかもしれない。お互いの新しい部分と古い部分をすり合わせていて、だから、こんなに過ごしやすいのかも。
繋ぎ終えたパズルみたいに本が並んでいる棚から、図書館の中央に置かれた長机までの数歩で、床は二回みしっと鳴った。私が踏んだらそのたびにきしむ、まだらに汚れた床も、今ではすっかり気に入っていた。この大きすぎる図書館は、ほこりっぽくて、うす暗くて、何もなくて、息苦しくもなかった。その数歩だけは、自分の足で歩かなくてはと思った。
でも、たまに考えることがあった。
この部屋にも、前はもっと多くの人たちがいて、その時の火花のような賑やかさを覚えている、黒ずんだ床の木目や、さびた窓の錠や、棚と壁の隙間につもった灰色のほこりは、私をどう思ってるんだろう。
そう考えると、いつも途端に、居心地が悪くなる。いつの間にか、ガラスの向こうの、私の嫌いな場所になる。肩と膝を畳んで、縮こまることしかできない場所になる。
だから私は、朝起きてから、夜眠るまで、できるだけここにいることにした。部屋が、私のことをすっかり覚えて、私のことを、いつだって好きでいてくれるようにするために。
年代ものの木の椅子に腰掛けて、ページをめくるあいだ、私は一度も深呼吸をしなかった。
ここでは、それでいい。たまに扉の向こうで誰かの声や足音が聞こえても、この部屋が開くことは滅多に無いんだから。
でも、その日は違った。部屋の前で、誰かのモザイク柄の影が足を止めたのを感じて、私は、読んでいた本を自分の膝に下ろした。
こんこん、と、二度ノックの音が響いた。
「どうぞ」
ぎい、と、ゆるんだ金具がゆっくりと内側にまわって、すっかり扉が開くと、舞っていたほこりが廊下に吸い込まれていくのがわかった。
「よう、また来たぜ」
入って来たのは、霧雨魔理沙だった。測ったような大きさの黒目が、私を正面から捉えていた。本に添えていた指が、こわばった。
「いつもここにいるんだな、まぁ、そう聞いたから来たんだが……本を読んでたのか?
当たり前か。ここは図書館だもんなぁ。ひょっとして、邪魔か?」
私は辛うじて首を横に振った。霧雨魔理沙は、ほっと聞こえてきそうなほどの、分かりやすい安堵の息を吐くと、また、私の傍に歩み寄った。みし、と床が音を鳴らす。
「真面目なんだなぁ、お前。こんな広い部屋で本を読むだけかぁ。最初はいいかもしれないが、我慢できなくなる自身があるな、わたしは」
私は、彼女がここにいることよりも、部屋の床が鳴ったことに、ずっと気を取られていた。私じゃなくったって、誰だっていいんだって突き放されたような気がして、しばらく身動きが取れなかった。
「な、な、本を読むだけってことはないだろ? そうだなぁ、何か書いたりとかはしないのか?」
「……読むだけ」
話半分で頷きかけたのを悟らせないように、慌てて答える。いつの間にか霧雨魔理沙は、椅子を一つ運んできて、私のすぐとなりに腰掛けていた。
「ふーん。書く予定は無いのか? 今日ここに来たのには、パチュリーが書いたものを読んでみたいっていうのもあったんだが」
「ない」
「ホントか? ペンも紙もあるじゃないか、あれを使って書いたりとかは?」
「本当に、ない」
霧雨魔理沙の話を聞いて、私はおどろいていた。何か書こうなんて、考えたこともなかった。
初めて触れた動物の毛並みのように、それはすごく新鮮な言葉だった。
「なぁーんだ、そうなのか。けっこう楽しみにしてたんだが」
霧雨魔理沙は、両手をぽんと上にあげて、大きく伸びをしながら、私に微笑んでいた。
「ま、いいや。その代わり、また本を貸してくれ・・・いや、ここで読んでいってもいいか?。霊夢達とじゃ、薬の配合の話をしてもバカにされるだけなんだ。悪いおばあさんみたいってな」
彼女は喋るたびに、髪をまとめるリボンを揺らし、私の肌の奥では、骨の間が、冷えきっていく。同時に、撫で回されているような気もした。透明なガラスの鉢に脂の乗った指紋がべったりと付いて、それは、いつまでも残っていそうだった。
「一人でひたすらってのも寂しいし。せっかく二人とも魔法使いなんだ。色々と教えてくれよ。代わりにおいしいキノコ料理の作り方を教えてやるからさ」
耐えられなくなって、私は逃げようとした。
「それは、」
「ああいや、読書の時間を邪魔するつもりはないんだ。 わたしも本を読むだけだし、気になるんだったら、どっか違う場所にもいくぜ?」
でも、諭すような声で霧雨魔理沙は言った。それを私と、私の部屋は、聞いているしかなかった。叱られると悟った子供みたいにじゃなく、控え目に物を欲しがる子供のように、口をつぐんで。
「な? いいだろ?」
ためらいの無い顔だ。笑った桃色の頬には、自信が表れていた。
この魔法使いは平気なんだ。私の傍にいても、息苦しくない。息苦しくても、気にしない。優しい。いい人。無神経。自分勝手。
なら、途中で放り出されたって、それでも、私は悪くない。そっちが強引に誘ったんだから、私は、何もならない。失望させたって、私に傷はつかない。やけどだってしない。誰が窒息したって、知るもんか。だって、そっちが。そっちから、無理に。私じゃ、無いんだから。
私はただ、黙って頷いた。
私を見ていた霧雨魔理沙は、嬉しそうに頷いた。
からだの奥の冷えたものを、私は忘れて、彼女が床を鳴らしたことだって、もう、すっかり忘れた振りをした。
<5>
「そっくりだな」
魔理沙はたまにそう言うと、照れたように笑った。
私がはじめて彼女の「そっくり」を聞いたのも、やはり、はじめて一緒に本を読んだ日のことだ。
「はじめてパチュリーに会った時も思ったんだが、私達は結構似たもの同時だな」
野菜やらキノコやらが入った袋を床に置いて、私を見て、彼女は言った。
私は読んでいた本を閉じながら、彼女の言葉に首を傾げた。彼女と似ているところなんて、私には無かったからだ。
「ほら」
彼女の空いた手が、私の手を捕まえた。そのまま指を伸ばし、なすがままになった私の手の平を開かせて、そこに彼女の手の平を合わせた。それは、私が思っていたよりずっと、ぴったりと合った。指と指の高さの間に、少しの差もないぐらいに、ぴったりと合っていた。少し熱っぽくなった体温も、同じようにぴったりと。
「探せば、多分もっとあるぜ。似ているところ」
手を離して、彼女は目を細めて、前を向いた。彼女が本を探しにいっても、私は何もいえなかった。
それからたまに、彼女と一緒にしゃべるようになった。
私と魔理沙と、似ているところは確かにあった。たとえば爪を長く伸ばせないところや、甘すぎるものが嫌いなところや、何かで失敗したときに口の裏を軽く噛むのが、そうだ。
でも、どれだけそれがあっても、たくさんと言うのかどうか、私にはわからなかったし、どうして彼女がそんなに私と似ていたいのか、大事なものを探し出そうとするように私を手探りするのかも、しばらくはわからなかった。
彼女がそうする理由に気付いたのは、もう、すっかり夏になってしまったころだ。
夕方になっても外は明るくて、影のようにしつこく、水っぽい熱気が付きまとっていた。私達は、いつも通りだった。
「そろそろ髪を切ろうかなと思うんだが、どうだろうか?」
ひとさし指で前髪を払うと、彼女は言った。浅めに被った真っ黒な帽子が、少し、揺れた。
「レミリアぐらいなら涼しそうだし。だがやっぱり髪が短いと、だいぶ変わるよなぁ」
「あそこまで短くしたことないから、よくわからないわ」
「やはりそうだよなぁ。昔から魔女は髪が長いと決まってるしな。ただ今みたいに暑いと鬱陶しいぜ。それにあれぐらい短い方が、似合うかもしれない」
どう思う、と、彼女は首を傾げた。
「魔理沙なら、何でも似合うわ」
だってあなたは、もともとがかわいいもの。もちろん、私よりずっと。
うらやましさを混じらせた私の答えを聞いて、彼女は一瞬、ヘンな表情になった。引いた頬のうらで、口の裏を噛んでいるようだった。
言葉が、知らないうちに、卑屈な調子になってしまっていたのかも。
あせって言い訳を探す私を、つつむように、彼女は笑う。さっき浮かんだ表情は、もう、なくなっていた。
「そうかもな」
彼女は、笑いながら呟いた。さっきまでと、少し違う笑い方。
私はそれを見て、足を止めた。
同じだ、と気付いたからだ。
バターを撫でるナイフみたいに、人の輪に自分を溶かす時の彼女の笑顔と、それは、まったくおんなじだった。うっすらと上がった眉根も、下がる目尻も、崩れない鼻の線も、ぜんぶ。
呆然とした私は、自分のはだかを思い出した。触れても震えない、やわい皮のうらの、固い骨のかたちと、それを鏡に写した自分の、濡れた髪が古いツタのようにはりついた顔を、思い出した。
魔理沙も、夜、はだかの自分を覗き見るのかもしれない。
バスルームから、はだしの足から水をこぼしたまま出てきた彼女も、ふくよかで綺麗な体を透かす、とがった骨のことが、嫌いなのかもしれない。
誰とも似ていない、どの他人とも違う自分が、嫌いなのかも。そういう当たり前のことを、不安に思って眠れないような暗い夜が。
私の少し横で、椅子に深く座った魔理沙の姿が、それまでとは違って見えた。細かく揺れて、いつか消えるような。
その日から、私は彼女の「そっくり」を聞くたびに、頷くようになった。
声も出さずただ首を傾けるだけで、私と、それにきっと彼女も、ほんの少しだけ安心できるのなら、そうしてもいいと思ったのだ。
でも、今、私のとなりに魔理沙はいない。 私は林道をひとり、歩いている。
私は、やはり自分を選んだのだろうか。魔理沙じゃなくて、何度か話しただけの小悪魔でもなくて、いつか一人っきりになってしまいそうな、かわいい自分を。
つんと、鼻の奥に痛みが走る。胸から湧いた嫌な気持ちが、血管のなかをぐるりと一周する。あせって体を縮こめ、羊皮紙の存在を確認して、私は、安心した。
また、ずるく、安心した。そんなことのために書いたわけじゃないのに、私は、また。
たかぶっていた気持ちが、じっとりと冷めていく。思っていたより、ずっと早く。ほんの数分で。病んだように動いていた心臓が、大きな氷のようになって、沈んだ。
紙を纏めている紐を、人差し指でなぞる。
どうして、私は歩いているの。直接渡せばいいって、わかってるくせに。部屋に戻って、使い魔を送ってみれば、彼女は目を覚ましてくれるかもしれないのに。ポストにだって、本当は入れる気もないくせに。寒いから、待てなかったって言い訳を、部屋を出たときからずっと、大切に用意してたくせに。日が昇って、彼女が来る前に、渡さなきゃって思う気持ちが灰色に枯れる時間を、じっと窺っているくせに。
今までの自分の興奮が、ひどく卑しいものに思えた。たまらなく恥ずかしくて、そのままきびすを返してしまいそうな足を、私は必死で止めた。
立ち止まって、深い息を、した。
道は続く。こんなに自分の足で歩くのはいつぶりだろうか。手を空気にさらしてみると、温度はまたたく間に連れ去られ、私は疲れきったキャラバンのように、空を仰ぎ見た。
低い雲が、のっぺりと黒い空を覆っている。
<6>
彼女と会ったのも、やはり五月だ。
「もう一人魔法使いがいる」
そう魔理沙から聞いていて、少しばかり興味があったのだが、彼女の方から訪ねてきてくれたのだ。名前はアリスというらしい。
綺麗で手垢のついていない、背の高い扉が開かれると、まるで六月のような、緩やかな温度の膜に包まれるような気がしたのを覚えている。私の手の中で本を閉じる音が、パタン、と 鳴っていた。
彼女は人形を作るらしく、それに関する本を探しにきたようだった。魔理沙より魔法使いっぽさが私に近く、雰囲気が似ていたからだろうか、多く会話をしたわけではないが、私は勝手に打ち解けたような気になっていた。
適当に本を持ってきて、空いていた木造の椅子に腰掛け、彼女は本を読んだ。もちろん、わたしも。静かで、誰の声も聞こえなくて、聞こえてもそれは私を息苦しくさせたりはしない、ただの音だった。ただの。
だから、居心地が良すぎた。気付いたら、窓の外は夕日の色も遠い、夜に近い時間になってしまっていた。
読みかけの本と、重ねていたうもう二冊の本を棚に戻そうと立ち上がると、彼女もちょうどのびをしたところだった。
彼女と、目があった。何か言おうと口を開くが、なぜだろう、何を言ったらいいのかわからない。
私は、どうしたらいいのか、すっかりわからなくなってしまった。小さくて弱い私は、いつだってすぐに竦んだ。ただ、一言、お疲れ様だとか、何を読んでいたのかとか、そんなことも言えないくらいに。
胸に抱いた本の重みが、秒針と共に増していく。こんなのは棚に返して、本を探すふりでもしようかと思って本棚に向かおうとする。
ふと、彼女の声が聞こえた。
「あなたって、人形はつくらないの?」
急に声をかけられて、振り向いた私の崩れた顔は、どんなふうに見えたのだろうか。後ろに立っていた彼女の口調は、戸惑うように変わっていった。ころころ、と。
でも、そんな彼女の顔や、姿よりも、その手に小さな本が一冊たずさえられているのを、私はまず、見つけた。タイトルは、わからない。
「魔力の供給だけで、自立した動きのできる人形とか、あなた作れたりしない?」
問いかけられたことすらわからなかった私に、もう一回、彼女は聞いた。さっきとは違って、小さな子供に話しかけるような、鼻にぬける低い声だった。息を詰まらせたまま、私は何とか首を横に振った。
「それって人形の本よね?」
彼女の指の深い部分に、うっすらと青い血管があって、その先に、私が抱えた本があった。しまった、と思った。
私は何も答えず、首をいっそう下に向けた。それは苦しいからじゃなくて、ただ、誰にも声をかけられない私を知られるのが、恥ずかしかったからだ。知らない人の前では、せめて、弱い私を取り繕っていたかった。
床に敷かれたカーペットの模様と、彼女の茶色いブーツが目に映った。
「よかったらさ、少し聞きたいんだけど」
そのまま、まつげの綺麗なあの子みたいに、彼女もどこかにいなくなってしまうと思っていたから、そんな風に尋ねられて、私は意外に思った。
「さっきも言ったけど、私は人形遣いで、完全自立する人形を作るのが目標なの。でも
現状は頭打ち。あなたの方が先輩みたいだし、なにか方法を知ってたりしないかしら?」
私は、俯いたまま首を振った。聞き返されないように、できるかぎり、大きく。
「知らない、か」
今度は、頷いた。そうしたら、今度こそスブーツは私の横を通り過ぎ、扉のほうへ向かおうとしていた。カーペットの、網目に沿って別けられた青と紺の模様だけが、私には残された。
本を、戻しにいかなくちゃ。
でも、歩き出そうとした私の肩は、軽く叩かれていた。振り返ると、もう帰って、こちらを向かないはずの彼女が立っていて、何かを見せていた。
「ここの本って、貸し出しは大丈夫よね?」
白い紙が一枚、彼女の手の中にあった。それは、机の上に落ちていた、羊皮紙の切れ端だった。
羊皮紙の横に本を置いて、彼女はどこからか羽ペンを取り出した。それで、名前と、日付と、本のタイトルをさらさらと記入していく。そんなの別にいらないけれど、それを言葉にはしなかった。
「じゃあ、なるべく早く返すようにするわ」
羊皮紙に書かれた日付を見ていた私に、彼女は、早口でこたえた。咎められたようで、何とか謝ろうと口を開きかけた私に、今度はゆっくりと、彼女は言った。
「お礼というわけでもないけど、今度紅茶をごちそうするわ。趣味なのよ」
私は、また愛想もなく頷いた。それだけでいいと、言われているような声の調子に甘えた。
「人形に関して何かわかったら教えてくれるとありがたいわ。人形関連の本とかも、教えてもらいたいかな。この本どうかしら?役に立ちそう?」
数センチ、私の方にずらされた本を、少しだけめくった。
そして、今度は首を振ろうとして、伝わらないかもしれないと思って、それより私の声を聞かせてみたくて、私は言った。
「いい本……だと、思う」
ぱらぱらとページをめくる私を見て、そう、と彼女は言った。そのあと、ありがとう、とも。
それからも、羊皮紙を書くほんの数分の間、彼女は、いくつか話をしてくれた。
耳を傾けるだけの私に、いつもの苦しさは無かった。彼女の話は、私に何も求めず、目を合わせることもなく、それでも自然な、退屈させないためだけの話だったからだ。
彼女は、真綿が敷き詰められた、何か大切な物のように、私を扱った。ただただ、居心地がよかった。
ただ眠気のような、ぼんやりとたゆたうものだけがあって、私は横目で、彼女の文字を必死で覚えようとしていた。一人きりの私の部屋に、この文字と、この声があったら、どんなにいいだろうと思った。小さな本を掴んだ彼女の手の形が、私の薄っぺらな体にぴったりだと、ひどく当たり前のように、私は考えていた。
私が羊皮紙に目を通すのを見届けると、短く別れの言葉を残して、彼女は扉の方に歩いていった。少し待ってから、私はそのあとを追った。外に出ると、もう、彼女はどこにもいなかった。
一人残されて、大きなものを飲み込んでしまったように、しばらく進むことも戻ることもできなかった私は、暗い廊下の先を見つめた。妖精達の声がどこかで、少しうるさくしていた。
呼吸が、はやい。
違う日に図書館で、彼女と出会うのは簡単だった。本を返しに、巫女達と一緒にやってきたのだ。
私はそれで満足して、声をかけることはしなかった。話しかけられそうなときも、本に集中しているふりをした。
たくさんの中で会ってしまえば、二人きりだった図書館でのことが、重い色に塗りつぶされるような確信が、私にはあったからだ。たまに彼女を目にする一瞬、体の中をいい匂いのするものが通って、それだけで、私は満足だった。
本当に。
だけど、まいた覚えのない種が開くように、何もかもが嘘になってしまう瞬間があって、それは夏を過ぎ、道の端や革靴の隙間に破けた葉がつもる、乾いた秋にやってきた。
日ごとに肌寒くなっていく朝の図書館の窓から、箒に乗った魔理沙の隣に、アリスの笑顔を見つけても、私は何とも思わなかった。
魔理沙が彼女と知り合いだということぐらい、とうに知っていたし、たまに二人で喋っているのを見かけることだってある。魔理沙は誰とだって仲が良いし、アリスだって普通の魔法使いだ。
だから、それは全然おかしな光景じゃなくて、二人が、私を見つけないことだって、当たり前だ。
そんな、何とも思わないことが、けれど以前より頻繁になって、私はまるで日の光にじりじりと炙られるように、焦れていった。本を借りに来た魔理沙に、とうとう、アリスのことを聞かずにはいられないぐらいに。
「珍しいな。パチュリーがそんなこと聞いてくるなんて」
「私も最近彼女のことを知ったから、ちょっと気になっただけよ」
魔理沙は、わかってるぜ、と頷くと、立ったままで言った。
「ん~、神社でよく会うようになって前より喋るようになったからかなぁ。それに二人して魔法の森に住んでる、それも魔法使いときたら、話しやすいってのもまぁ当然だな」
感慨もなく、軽い声で魔理沙は言った。実際、それは大したことじゃなくて、何とも思わないのが、やはり自然なことだったのだ。
でも、それからの私は、どうしようもなく不自然で、どこもおかしかった。
以前は気にならなかった、魔理沙の仕草や、話し方や、歩き方までもが、どこかしら尖って、私の目に映るようになった。ちくり、と刺さって、もぐって、ずっと抜けないような、たちの悪いものだった。
図書館で会うたびに、それは確実に増えていって、私はゆっくりと苛まれ、耐えられなくなったのは、すぐだ。
「最近、元気ないんじゃないか?」
図書館に来て私を見るなり、魔理沙は私の顔を、はっきりとした目でのぞきこむ。私は、そこに自分が映っているのが、何だかとても嫌で、同じぐらい恐ろしくて、顔を逸らした。
わかっていたのだ。今にも切れてしまいそうな、頼りない糸が。
「そんなことはないわ」
「本当か? 心配だぜ。パチュリーは、いっつも最低限のことしか喋らないからなぁ」
ちくり、とした。困ったような眉根が、私を馬鹿にしているような、幻覚だった。
「大丈夫」
口だけで、答える。
お願いだから、これ以上は何も言わないで欲しかった。張り詰めていく自分が、怖い。
でも、彼女は腕を組んで、怒るような演技をした。
「わたしは付き合い長いから、それでもいいけどな。でも、ダメだぜ、そんなんじゃ。他の人はわかってくれないんぜ?絶対。誤解されてばっかりは嫌じゃないか。伝える努力ってのは、しないとだめだ。」
魔理沙は、たまにこういう風な物言いをした。教え諭すように、彼女以外の、他の人と、と。他愛もなく、たぶん、私のためを思って。
「おい、パチュリー、ちゃんと聞いてるのか?」
でも、耳障りだ。
思ってしまって、もう、私は止まらなかった。
言われなくてもわかっている。ずっとずっと、あなたに会う前から、私にはわかっている。
あなたこそ、ちゃんと知ってる? わかってくれないはずの、他の人が、わかってくれたの。彼女は、わかってくれたの。そんなことすら、あなたは知らないくせに。どうして偉そうなことが言えるの? どうして、私の前で、アリスの隣で、楽しそうに笑ってたの? 私より綺麗な顔で、私より楽しそうな輪の中から、手を差し伸べるの? 本当はね、私とそっくりなその手が、たまらなく嫌なの。爪をつきたてて、破きたいぐらい。
私は、ゆっくりと、彼女を見つめた。
尖ったものは、すっかりと抜けてしまって、かわりに、傷つけるために鋭くなった私だけが、あった。
どうした、と口を開きかけた彼女に、私は微笑みかける。
「あなたにそんなこと、言われたくない」
それは、初めての感覚だった。
口が勝手に動くときみたいに、からだと心がはがされていくようで、でも、それは全部わざとだ。
私じゃなくなったふりをした私は、頭の中で、どうやったら彼女を強く深く、血がでるぐらい傷つけることができるか、どうすれば、私にとって快い、苦しそうな顔を見ることができるのか、ひどく冷静に考えていた。
「どうせあなたには、他の人のことなんてわからない。わかるふりをしようとしても、結局どうでもいいと思って、見下すことしか、あなたにはできない。自分しか大切なものがないんでしょう?」
わかってるから、自分が嫌いなくせに。自分を隠して、皆から好かれようと必死なくせに。あなたは、そのくせ他の誰とも、私とだって、ぜんぜん違うんだから。よくわかるの。上手く取り繕ってたって、どうせ。
「かわいそうに」
穏やかに言って、私は彼女に背を向けた。魔理沙が何も言ってこないことがわかると、わざと、できるだけゆっくり歩いた。一人の私と、一人の彼女を、見せ付けるように。
口が渇いていて、ねちゃ、と耳障りな音がした。
彼女が、扉から出て行く音が聞こえた。顔をいびつに引きつらせたまま、椅子に座った私は、本を開いた瞬間、膝がふるえて、目の奥が熱くなって、涙が出てきた。
白く、何もなかった頭の中に、後悔が流し込まれた。小さなカップのように、それはすぐにあふれて、こめかみがじんじんしていた。
どうして魔理沙でなく自分が泣いているのか、ぜんぜんわからなかった。わからなくて、嫌で、汚かった。汚いまま、本を読んだふりをしたままで、ずっと眠ってしまおうかとも、思った。
数日後、図書館にきた魔理沙は、顔を上げることすらできなかった私に、いつものように接した。震える私の、あの日のみにくい顔も、行為すらなかったかのように、そのあとも、ずっと。
彼女は何も言わず、私は、言わなくてはならないことを、何一つ言えなかったのだ。
日が過ぎていくにつれ、私たちは普通になっていった。前と同じように、私たちは一緒に歩いた。喋りもした。笑顔も見た。そのかわり、私が本当に言うべきだった言葉は、遠ざかっていった。機会は、いくらでもあったのに。本を読み終えたときや、本を返しにきたとき、たまに一緒にする夕食の時間に、いくらでもありふれていたのに。
結局、私は、あの日からずっと本を読んだふりをしたまま、動けなかったのかもしれない。
せっかく手に入れた、他人の優しさや思いやりすら、価値のない硬貨のように安っぽく利用して、このままでいいんだよって言われて、ずるくずるく、安心し続けるのだ。
だから、なりたかった自分ですら、いつしか遠く、見えなくなっていく。窮屈で息苦しい場所に逃げ込んだままの私を、置き去りにして。
そうして、完全に遠ざかって消えてしまいそうになっていたものと、それを見ようともしなかった私との間に、再びくさびを打ち込んだのは、それもまた、朝の窓辺で目にした光景だった。
鉄柵にふち取られた、頑丈な門の前でアリスが門番と話をしていた。その向こうから、魔理沙が飛んできていた。それを見た私の胸に、何かがさわった。さわりたくなかったものが、さわった。
目を逸らそうか、一瞬悩んで、でもそのときはなぜか、逸らさなかった。たき火のあとみたいに、ちろちろと残った何かが、私にそれをさせなかったのかもしれない。
そのうち、魔理沙に気づいたアリスが、上空に向かって声をかけた。私はてっきり、そこから二人でまた飛んでいくのだと、そう思っていた。
でも、魔理沙は、彼女に笑いかけて、そして、顔をあげて、私を見たのだ。私の目を、いたわるように笑いながら。そして、アリスに何か言って、そのまま方向を変え、森の方へと飛んでいってしまった。アリスが一人、片方脱げた靴のように、門の前に残された。
背筋を伸ばして、どんどん遠くなっていく魔理沙が、夏の日の、彼女の姿に重なった。髪を切ろうかと言って、切らなかったあの日、私の先にあった、消えてしまいそうなほど、はかない影と。
白い壁に、私は手をついた。怖くて、立っていられなかった。息が、たまらなく苦しかった。
私が奪ったのだ。
優しくて、綺麗で、怖がりで、他人のことによく気が付く彼女が、友達と言葉をかわす時間を、私がいやらしく、いきものの皮膚を剥ぐようにして、引き裂いた。ばりり、と、音を聞かせながら。
それがどれだけ大切で、切実な時間なのか、きっと、私は誰より知っていたのに。
忘れていた震えが戻ってきた。周りから音が消えた。誰かに、肩を震わせる私が見られているかもしれない、そんな勘ぐりも、消えた。
言わないと。謝らないと。すぐに。できない。ずっと。謝れない。何て言えばいいの。でも何かしないと。友達なのに、私と似ているところを探してくれたのに、こんなんじゃ、いつか全部。
心の内と、体の外が、ごちゃごちゃしていた。誰かが肩にのせた手に、私は大丈夫だと返した気がする。何もかもが、夢の中のようだった。朝の空気が、もやのように漂った。
誰かに何かを伝える術も、勇気も、持っていない。私は。
『楽しみにしてたんだが』
だから、五月に聞いた彼女の声が、耳鳴りのように浮かんで、私はそれに寄りかかってようやく、足を動かすことができた。
本を読み終わってから、暗くなって、図書館に誰もいなくなってから、眠るまでずっと、私は羊皮紙に向かって、ペンを走らせ続けた。
私が寄りかかっているものから、振り落とされないように、つよく、つよく書いた。
書き終わった頃には、もう冬の真ん中の、早朝四時を回ろうとしていた。
<7>
私の足は、冷たい朝のなかで、再び動いて、林道を歩き始めた。
冷えて固まった興奮や、図書館で読んだたくさんの本や、数少ない、誰かと一緒にいた時間が、ゆっくりとした力を持って、私の足を引きずっていくようだった。
遠くで鳴き声が聞こえた。悲鳴のようにこだまする。みんながみんな、朝になろうとしている。凍えながら歩いているのは、動こうとしているのは、きっと、私だけじゃなかった。
魔理沙の家まで、歩けるのか。どんなに寒くったって、私がすっかり、冷え切ってしまっても。
たどり着いたとしても、彼女のポストに、羊皮紙を届けることができるのか。
受け取って、中身を読んで、笑ったり泣いたり、してくれるのか。
そのあと魔理沙に、私は、自分の口で、喉で、何か伝えられるのか。
私のことを、許してくれるのか。
ぜんぜん、わからない。自信だってない。何もできないまま、やっぱり私は、何も変わらないままなのかもしれない。三十分さきの私は、弱い自分を慰めながら、あたたかいベッドの中で眠っているのかもしれない。
けれど、道の途中で引き返すことだけは、どうやら私はしなかった。
カーディガンをすき通る風は、だんだんと刺すようになって、私の足は、まだ、動いている。霜の降りた暗い道を、歩いている。一人でも、寒くても、白い息を吐きながらでも。
だから、もし。
もし、と、私は考える。
もし口に出して謝ることができたら、私も魔理沙とそっくりなところを探して、教えてあげよう。今まで隠れて見えなかったものを、見つける努力を、またしよう。
私が気にかけている彼女のことも、ちゃんと話してみよう。魔理沙は気付いているのかもしれないけど、私の口から、ちゃんと。図書館でのことから、ぜんぶ。
どうせなら、アリスにも、私を見てもらいたい。自分だけ金魚鉢の中に隠れて、溺れないように必死な人たちから逃げるだけの私が、みっともなく縮こまって、生きている姿を。
それでも、もし、彼女がまた、私とあんな風に話をしてくれるなら。
アリスと、魔理沙と、いつか三人で、もっとたくさんで、一緒に笑ったりすることができれば。
ぜんぶぜんぶ、本当に夢のようなことだけど。
狭くて小さくて、日が昇れば、きっとまた息苦しい冬の中で、もし、と、虹色の泡を吐くように、私は考える。
やがて、家の前に立った私に、強い、強い風が吹いた。
今までの私をまるごと剥ぎ取ってしまいそうなほど、冷たい風が。
終
いやー、いいもん読ませてもらった。パチェの心情感が素敵でした。
そして実に続きが気になる終わり方なのがもうね…!
パチュリーの心情など面白かったです。
三人だっていいじゃない。幻想だもの。
複雑な気分です。
続きが気になる……でもきっと読んじゃだめなんだなぁ
切ない気分になっちゃったよ
パチュリーがんばれ超がんばれ
いいですね。