見渡す限り、青々と高く澄み切った空を、風をきって飛ぶのは気持ち良い。
思わず箒を掴んでぐるりと一回転したい気分だが、バッグの中身が零れるのはマズいので今日のところはやめておいた。
眼下には、鬱蒼と茂る木々をくり貫いたように湖が広がり、日の光を浴びて、きらきらと輝いている。辺りを見渡すも、何かに付けてちょっかいを出してくる氷精の姿は見えない。辺りは適度な気温を保ち、初秋の涼しさに満ちている。
良かった。どうやら、無駄な時間と体力を使わずに澄みそうだ。好戦的な相手だから、新しく開発したスペルカードを試すにはちょうど良いが、今日はそのために来たんじゃない。
広々とした湖を抜けると、目的の屋敷は目の前だ。屋敷へ通じる道めがけて急降下し、ひらりと地面に着地した。
乱れた帽子とスカートの裾を直して前を向くと、間近にそびえる門の前に立っていた美鈴が、茫然と見つめていた。
「よっ、美鈴。今日もご機嫌麗しゅう……」
「今日は門を突破しないんだ……」
「何だよ、せっかく箒から降りたのに。突破して欲しかったのか?」
「な、そんなわけないでしょ。今日は何の用で来たの?」
「今日は図書館の本を見せてもらいに参りましたわ」
「今日も、でしょ? ……その口調、気持ち悪い。でも、まぁ、盗みに来たわけじゃないのよね?」
「あぁ、今日は図書館で見ようと思ってる。魔術書じゃなくて一般書だから、少し見れれば良いんだ」
「ふぅん、珍しい。でも、それならまぁ、害はないから良いかな。どうぞ」
納得したように頷くと、美鈴は私に背を向けて門の鍵を開け始めた。
……これだけの言葉で信じるなんて、こいつ門番として大丈夫なのか? 背中も隙だらけだぞ。
詮索されなくて私としてはありがたいんだけど、他人事ながら、少し心配してしまう。
でもまぁ、この門の中には吸血鬼やら魔法使いやら危険な奴らがいるから、このくらい緩くても大丈夫ってことかな。
こいつのこういう単純なところ、私は嫌いじゃないし、紅魔館のやつらもそうなんだろう。
愛されてるというのか、親しまれてるというのか……こういうとき、大勢で住むのも良いもんだな、って思う。
鍵を開けて門を押し開ける美鈴を眺めながら、ぼんやりと物思いに耽っていると、ふいに甘い香りが鼻をくすぐった。
「……ん?」
くん……っと鼻を動かし、においを確かめると、花のような甘く華やかな香りだった。
「何? どうかした」
「いや、何か、匂いが……。なぁ、私が来る前に、誰かと戦ったのか?」
「え? 誰とも戦ってないけど、どうして?」
「いや、お前が使うスペルカードみたいな、花の良い匂いがするからさ」
「あぁ、気付いたんだ。これ、スペルカードじゃなくて、香水なんだ」
「香水?」
美鈴がくるりと回ると、よりはっきりと花の香りが漂った。
「どうしたんだ。買ったのか?」
「ううん。咲夜さんがくれたの」
「咲夜が? ……へぇ、なるほどな」
香水とは、あいわらず独占欲強いな、咲夜は。
しかも華やかな花の香りを贈るとは……。美鈴は私の花であり、いつも美しく咲き誇っていて欲しいってところか。
まぁ、こいつは紅魔館で花を育ててるから、そのへんを汲んだのかもしれないが。愛着があるのか、扱うスペルカードにも花をモチーフにしたものがあるし。こいつの鮮やかな外見同様、宙を舞う赤や黄色の花びらが華やかで瑞々しい香りがする、花畑にいるような気分になるカードだ。
そう考えれば確かに、こいつのイメージと言ったら、花かもしれないな。それも生命力に溢れた、瑞々しい花。
でも、そんな自然の花に囲まれた相手に、人工的に調合された花の香りを贈るのは、いかがなものなんだろう。
香水を贈りたい気持ちなら、分からなくもないが……。言うなれば、一種のマーキングだ。
相手に香水をつけてもらうことで、こいつは私のものだ! と強く感じられる。再確認出来る。
まったく、そんなに美鈴を独占したいのか? 咲夜。
この香り……まさか悪い虫がつかない効果とかあるんじゃないだろうな。
咲夜なら冗談抜きに贈りそうだ。永琳とかに頼んで作ってもらって。
それに美鈴も美鈴だ。この香水の意味するところにまったく気づかずにつけている。
まぁ、咲夜も気づかないと踏んで贈ったんだろうけども。……あーあ、私が気づいてどうすんだよ。
自分に関係のないことまで深く考えるのは、魔法使いの悪い癖だな……。
「……まったく、焼けると言うか、何と言うか……やれやれだぜ」
「え、何が?」
「何でもない。良かったな。咲夜に愛されてるみたいで」
「あ、愛されてるって、そんな……いや、良くしてもらってるけど……」
「それって結局、愛されてるってことじゃないか」
「それは、まぁ、うん……」
否定はしないんだな。あーあ、恥らっちゃって。まったく、惚気るのはやめて欲しいぜ。
話を振ったのは私だけどさ。くそ、振らなきゃ良かった。愛されオーラ出しやがって。
「ご馳走様でした」
「な! もう、いいから早く入りなよ」
「あぁ、そうさせてもらうぜ。……と、その前に」
肩から下げたバッグに手を突っ込んで、オレンジ色の柔らかな包みを取り出した。
淡いグリーンのリボンで丁寧に包装されている。まじまじと見つめてから、美鈴の手元に突き出した。
「これ、アリスから」
「え……? ありがとう。何だろ……」
美鈴が首を傾げながらリボンをほどく様を、じっと見つめた。中には、花のかたちをしたクッキーが入っていた。
五枚の花びらが綺麗にかたち作られている。さすがアリス。器用なやつだ。
「わ、可愛い」
「お前をイメージして作ったのかもな。一個くれよ」
目をきらきら輝かせて喜んでいる美鈴の手元からひょいとつまみ、口に放り込んだ。
バターの風味がきいていて、さくっと軽い食感。ほど良い甘みがあって美味しい。
これは紅茶と一緒に食べたら、もっと美味しいだろうな……。
「あ、ちょっと。先に食べないでよ。魔理沙もアリスからもらってるんでしょ?」
「それは美鈴のために作ったものだから、私はもらってないぜ」
「そうなの?」
美鈴の声のトーンが上がった。目を丸くして、意外そうな表情をしている。
まったく、分かりやすいやつだな。逆に分かりづらい咲夜と足して二で割ったら、ちょうど良いかもしれない。
こんなにも性格が違うのに、気が合うというから不思議だ。逆に反対だからこそ噛み合うのか。
……あ、しまった。また関係ないことを考え込んでる。今はそんな場合じゃないだろう。
「……じゃ、渡すものも渡したし、そろそろ行くよ」
「え? あぁ、うん。後でアリスに、ありがとう。美味しくいただくね、って伝えてね」
「分かった」
軽く頷いて、門を通り抜けた。用事も済んだし、さっさと図書館に向かおう。
と、言いたいところだけど、その前にもう一仕事しないといけない。
あーあ、まったく、きつい仕事だぜ。アリスに「良く出来ました」って褒めてもらいたいくらいだ。
……いや、それもそれで、ちょっと微妙かもしれないな。馬鹿にされてるような気がするし……。
とにかく! 私は早く図書館に行かなければならないし、と言うか行きたいし、面倒なことは早く終わらせるに限る。
弱気になるのは私らしくないし、まずは行動あるのみ。それが鉄則だよな! うん。
*
目的の人物は、長い廊下の中ほどにいた。
前かがみになりながら、無駄のない動きでモップを動かし、せっせと廊下を磨いている。
こうして見ると、真面目で仕事熱心な、ごく普通のメイドに見える。
まぁ、ごく普通のメイドでないのは、周知の事実だが。無駄のない動きに加えて、隙がない。
今だって、あのスカートの中にはナイフをばっちり仕込んでるんだろう。
正直、正攻法では勝てる気がしない。人間離れした能力に加えて、人並み以上の戦闘力もあるんだもんな。
こっちは日々、魔法の研究に明け暮れて、試行錯誤して何とか力をつけてるってのに、嫌になるぜ。
はぁ……と、ため息が零れてしまうのは仕方ない。でも、努力するしかないのも、きちんと分かっている。
そういえば、ここは他の場所より、幾分呼吸が楽な気がする。
きっと、換気のために、普段窓を覆っている分厚いカーテンが開けられて、窓が開いているせいだろう。
どうもこの屋敷は、全体的に空気が重たいんだよな……。吸血鬼の屋敷だから仕方ないのかもしれないが。
日陰を好みそうな奴らばかり集まっている気がするし。美鈴あたりは違うだろうけど。
それにしても、こうして歩きながら細長い窓の数を数えていると、改めて広い屋敷だと感じる。
屋敷全体を掃除するのに、一体どれくらいかかるのやら。
いくら妖精メイドがいるとはいえ、考えるだけで気が遠くなりそうだ。
まぁ、これもメイド長の『時を操る能力』があれば解決出来るんだろうけど。
前に「時を止めながら、一日の時間と、一日の労働時間の帳尻を合わせてる」って言ってたし。
空間も操れるのだから、廊下を短くして掃除をすれば楽だと思うのだが、それは咲夜の美学に反するらしい。
咲夜の、と言うより、メイドの美学ってやつだろうか? 身体を動かして何ぼの職業なのだそうだ。
まぁ、私だったら、そんな効率の悪いやり方はしないけどな。
勝手気ままに仕事をしてる身としては、主に仕えるメイドの気持ちは良く分からん。
「おーい、咲夜」
「さっき、美鈴と何話してたの?」
「お、見てたのか」
「さっき移動してたときに見えたから」
開口一番にそれか。……美鈴ね。まぁ、良いけどさ。何となく予想はついてたし。
「……香水」
「え?」
「香水の話だよ」
「ふぅん」
何だ……。少しは表情を変えるかと思ったのに、まったく変わらないか。
取り澄ました表情のまま。さすが咲夜。でも、それじゃ、ちょっとつまらないな。
「あれ、咲夜がプレゼントしたんだろ?」
「そうよ。美鈴に聞いたの?」
「いや、美鈴が自分で香水買うとは思わなかったからさ。しかも、わざわざ花の香りのやつは」
「何でそう思うの?」
「いつも花に囲まれてるやつが、わざわざ花の香りの香水なんて選ぶかなー、と思ってさ」
「なるほどね」
言いながら、咲夜は小さく頷いた。少しだけ感心したような口ぶりだった。
どうやら、多少なりともその落ち着き払った心を揺るがすことに成功したらしい。
良し。今日のところは、これで満足だ。
「って言うか、香水つけてるのか? って聞いたら、咲夜さんが! ……って自分から話し始めたんだけど」
「何だ。そうなの」
種明かしをするように、少し得意げにありのままを話すと、呆れたような声が返ってきた。
でも、素っ気ない言葉を吐きつつも、少し、ほんの少し咲夜の表情が和らいだのを、見逃がさない。
それだけで咲夜が十分喜んでいるのが分かった。美鈴に喜んでもらえて、すごく嬉しいんだろう。
何だか、少し羨ましい。私もアリスに喜んでもらいたい。喜ばせるような何かをしたい。
でも、それもすべて、やるべきことを済ませてからだ。すべてを終わらせた後じゃないといけない。
そのために、今日はここへ来たんだから……。
「……ところで、私に何か用なの? その話だけなら、仕事に戻るけど」
「あ、ちょっと待て。渡したいものがあるんだよ」
「何? また何か面白そうな野草でも持って来たの?」
「いや、今日は違う」
手提げバッグの中から、二つ目の包みを取り出した。柔らかな水色の包みに、淡いグリーンのリボンが結ばれている。
中身のクッキーは、今度はどんなかたちをしているんだろう?
「どうしたのこれ?」
「アリスが焼いたクッキー。咲夜に渡してくれってさ。さっき美鈴にも渡したけど」
「ふぅん。何でまた?」
「さぁ。それより、開けてみろよ」
「開けてみろって……私、掃除中」
「開けるだけなら良いだろ。クッキーのかたちが気になるんだよ」
「はぁ?」
眉根を寄せて、首を傾げながらも、私の顔をまじまじと見た咲夜は渋々開けてくれた。
手元の包みを覗き込むと、月と星のかたちをした可愛らしいクッキーが入っていた。
「あら、綺麗な作りじゃない」
「咲夜のは月と、星か……」
「美鈴のかたちは何だったの?」
「花」
「なら、これは私をイメージしてくれたのかしらね」
「多分」
何で、どうして咲夜に星なんだよ。『十六夜』だからなのか? 星と言ったら私だろうが!
内心悪態をつきながら、素早い動きで星型のクッキーをつまみ、口に運んだ。
「あ! 何勝手に食べてるのよ」
「良いじゃないか。一つくらい」
悪びれずに、もぐもぐ噛み砕くと、今度は口の中いっぱいにチョコの香りが広がった。
美鈴から取ったのがバタークッキーだったから、今回はチョコのを選んだのだが、正解だった。
甘すぎず、ほろ苦いチョコと、バターの風味が効いていてすごく美味しい。もちろんさっきのも十分美味しかったけど。
「あぁ、やっぱ美味いな……」
「どうせ貴女ももらったんでしょ」
「いや、美鈴にも言われたけど、私はもらってないぜ。それは咲夜のために作ったものだ。友人だからって」
「ふぅん……そうなの。友人だから、ね」
「あぁ。じゃ、用はこれだけだから」
探るような、心の奥まで見透かすような深いアイスブルーの瞳から逃れるように、踵を返した。
これでアリスから頼まれていた用は全部済んだ。紅魔館へ行く途中にばったり会って、よく分からないうちに頼まれた、日頃親しくしている友人にクッキーを渡して欲しいという頼み事。それくらい自分で渡せよと言ったら、「忙しいの」と突っぱねられ、押しつけられたので、仕方なく配ることにしたのだ。
霊夢にはここへ来る前に届けた。まったく、クッキーを渡すだけなのにすごく疲れたぜ。
早く、あの本の古くさいにおいが充満した、薄暗い図書館で落ち着きたい。
何だ。私もたいがい日陰属性だな。でも、あそこは何か落ち着くんだ。
図書館に着いたら、とりあえず熱いお茶でも淹れてもらおう。小悪魔にでも。
「魔理沙、ちょっと待ちなさい」
「何だよ。仕事があるんだろ? 私も忙しいんだ」
「貴女、喧嘩してるでしょ。アリスと」
「はぁ……?」
足を止めてしまったことを、振り向いてしまったことを、即座に後悔した。
何言ってんだ、お前……って呆れた顔に、ちゃんとなっているだろうか。動揺を隠せているだろうか。
あぁ、でも、何と返せば良いんだ? この後。とりあえず、目を逸らしたら負けな気がする。
「何、図星?」
「いや、別に」
「図書館に何しに行くの?」
「図書館に行くと言ったら、本を読むためだろうが」
「何の本?」
「いや、何の本って……魔術書とか?」
「普段は門を突破して図書館から盗って行ったりするくせに?」
「図書館で読むことだってあるさ。それに盗るんじゃなくて、生きてる間に借りてるだけだ。そこんとこは――」
「話を逸らさないで。何を読みに来たのよ」
「……んなの、咲夜に関係ないじゃんか」
まずい。完璧に咲夜のペースにはまっている。くそ、どう考えてもこっちのほうが不利な状況だ。
と言うか、本当に咲夜には関係ないんだから、放っといてくれないだろうか。
何でこんな詰問まがいのことをされなきゃいけないんだよ。
「関係……? まぁ、一応あるんじゃないかしら。私、アリスの“友人”みたいだし」
「だから、喧嘩なんてしてないから、関係ないって」
「ふぅん。おおかた図書館に、仲直りの仕方の本でも探しに行くんじゃないかと思ってたんだけど」
「あのさぁー……」
「図書館について行っても良い?」
「……物好きなやつ」
はぁ……と盛大にため息をついた。しつこい。しつこすぎる。放っておいてくれれば良いのに。
けど、これ以上の押し問答も無意味な気がする。いい加減疲れたし、こんなところで時間くってたくないし。
「そうだよ……。喧嘩してるんだよ。だったらどうした」
「あ、認めるのね」
「認めさせてどうするつもりだよ」
「そう苛立たないでよ。少し協力してあげるから」
「……え?」
おおかた何かムカつくことを言われると身構えていたから、拍子抜けした。協力って、どういう風の吹き回しだろう。
「美鈴のことで少し良い気分にさせてもらったし」
「そんな理由かよ……」
「あら、私にとっては大事なことよ」
意味深に笑いながら、咲夜はクッキーの包みをリボンで結び直し、そっとエプロンのポケットに入れた。
「私たちのことを分かってくれる人たちがいるのは、大事なことなのよ」
「そんなものかねぇ」
「そんなものなのよ。……さて、それじゃあ、これから美鈴のところへ行って、花をもらってきなさい」
「花? 花って、それをアリスにあげるのか?」
「そうよ。花を見くびっちゃ駄目よ。花をもらって喜ばない女はそんなにいないわ」
「少しはいるんじゃないか……」
「でも、アリスは喜ぶと思うわよ」
「そうだなぁ。まぁ、確かに、行くと何かしら花を飾ってあるしな」
「でしょ? 何が良いかは美鈴に聞きなさい。花言葉にも詳しいから。で、もらったら私のところへ来て。包装してあげる」
「ありがとう。でも、そこまでしてもらって良いのか?」
「良いわよ。別に。それに、仲直りの本を探そうとする知人をそのままにしとくほうが微妙だわ」
「はは……図書館へ行く目的は、それで決定なわけね」
……まぁ、当たってるけどさ。でも、しょうがないじゃないか。魔法使いという職業柄、本に頼ることが多いんだよ。
だから、何かあったらまずは本を読もう、って思っちゃうんだよな。先人の知恵も馬鹿にならないしさ。
でも、今回ばかりは、目の前の瀟洒なメイド長の言うことを聞いたほうが上手くいく気がする。
この少し意地悪な性格で(人のことは言えないが)、それでも美鈴と上手くやっているんだから、見習うべき点はある。
まぁ、アリスと美鈴の性格は全然違うから、一概には言えないかもしれないけど、参考ぐらいにはなるだろう。
「じゃあ、そういうことで良いや。私、美鈴のとこに行ってくるよ」
「えぇ、そうして。じゃ、私は仕事に戻るから」
「あぁ、この借りは必ず返すから。また魔法の森から珍しい野草でも摘んできてやるよ」
「本当に? ありがとう。私、結構楽しみにしてるのよ」
楽しみにしてる、という咲夜の声は熱がこもっていて、この日一番、生き生きとしていた。
咲夜も本当に好きだよな……よく分からない野草。毒草なのか薬草なのか検証するのが好きだって言ってたけど。
しかも、検証の仕方が料理に混入だもんな。まぁ、私に害はないし、効能を教えてもらえるから良いんだけどさ。
メイド長の特権乱用な気もするが、紅魔館は妖怪だらけだから、問題ないんだろう。……多分。
「何? 変な顔して」
「いや、別に。じゃ、行ってくる!」
再び眉根を寄せた咲夜から逃れるように、今度こそ踵を返して駆け出した。
変なことを言って、気が変わられても困るし。さっさと美鈴のところへ行こう。
徐々に好転し始めた状況を逃さぬように、咲夜の「廊下は走らない!」という制止を無視して走った。
すぐ傍の窓から飛び立たなかっただけ、ましだと思ってもらいたい。
「――あ! そうだ。忘れないうちに一つだけ言っとくわ」
「何だよ?」
立ち止まった勢いのまま振り向くと、咲夜は私の目をじっと見つめて言った。
「アリスの言ってた“友人”って言葉、良く考えてみたら」
「はぁ?」
友人……? そんなの当てつけに決まってるだろう。
クッキーがもらえなかった私は、今やアリスの友人ですらないってことだ。
何を今更、と思いつつも、とりあえず頷いて、門までの道を急いだ。
*
見渡す景色が、普段よりもゆったりと……いや、歩いてるみたいに、のろのろと移り変わっていく。
空を飛ぶなら、天狗までは行かないまでも、速く、爽快に飛びたい私にしてみれば、遅すぎる速度だ。
頬を撫ぜる風が緩やかで優しい。こんな速度で空を飛ぶのは、思えば久しぶりかもしれない。
最近は魔法の研究のために家にこもりがちだったしな……。一度こもり始めると長いんだ私は。
何か成果を出さなければ、止められないと言うか、止め時が難しいと言うか……。
空を飛ぶときと言えば、何か用事があるときくらいだったし。そのときも思い切り飛ばしてたし。
こうして散歩するみたいに、のんびり飛ぶことなんてなかった。
初めて空を飛べたときは、馬鹿みたいに飛びまくって、こうして幻想郷を眺めていたものなのにな。
あの頃は、何もかもが真新しくて、新鮮で……、今はどうかと言われれば、それなりに楽しい思いはしてるけど。
何か、急ぎすぎている気がする、色々と。ひょっとして私は、余裕をなくしていたのかもしれない。
いや、今だって、気付かないだけで余裕をなくしたままなのかもしれない。そう思うと少しぞっとした。
家を離れて、一人で自由を謳歌しているつもりでいて、見えない何かに急き立てられているような……。
見えない何かとは、きっと私の負の部分……劣等感とか、妬みとか、そういうもので。
そういった感情は、上手く働けばやる気や向上心に繋がるけど、コントロール出来なくなると途端に駄目になってしまう。
あぁ……どうりで研究がはかどらないわけだよ。
肺の中いっぱいまで息を吸い込んで、はぁ……と大きく吐き出した。
それから、左手に持った大きな花束を見つめた。まさかこんなに包んでもらえるとは思ってなかった。
美鈴に花を選んでもらったとき、咲夜に花束にしてもらったとき、私はきちんとお礼を言えていただろうか……。
今になってそんなことが気になった。アリスに気を取られて、言えてなかったかもしれない。
後で、改めて言いに行かないとな。そのときは、良い報告が出来れば良いんだけど……。
眼下に広がる森の中に見慣れた一軒家を見つけて、少し戸惑ってからゆっくりと着地した。まずは行動。行動あるのみだ。
とりあえず、花束を後ろ手に持って……あぁ、くそ、箒が邪魔だな。立てかけとけば良いか。
箒を外壁に立てかけ、左手で花束を隠し持ち、扉の前に立った。後は、ノックするだけだ。
アリスはきっと中にいるだろう。忙しいとか言ってたけど、あんなのは嘘に決まってる。
あいつのことだから、気を紛らわそうと、無心になって人形や人形の服を作ってるに違いない。
万一出かけてたら、そのときは、ここで待とう。いつも待たせてばかりだし……たまには、待たされるのも良いだろう。
緊張をほぐすように一つ深呼吸してから、扉をノックした。コンコン、と軽めに二回。
「アリス、いるかー?」
上擦った声にならないように、出来るだけ普段通りに声をかけた。
あぁ、いなかったらどうしよう。いや、いなかったほうが緊張しないし、良いのか?
いやでも、どうせ待って、今日中に会うつもりだし、なら早いにこしたことはないし。
と言うか、私はアリスに会いたくてここまで来たんだから、緊張感なんかに負けてたまるか!
頭の中で必死に自分を奮い立たせていると、扉の奥で物音がした。――っと! やっぱりいたか!
「アリスー?」
花束をしっかり掴み直して、再び声をかける。ほどなくしてドアノブが回る音がした。
少しだけ開いた扉の隙間から、アリスが顔を出した。不機嫌そうな、困り果てたような、心許ない表情をしている。
反射的に扉の隙間に片足を入れると、明らかに嫌な顔をされた。ずきりと胸が痛むけど、今はそんなのに構っていられない。
「帰って」
「嫌だ」
「今日は帰って」
「駄目だ。今日じゃないと、駄目なんだ」
「……何でよ」
憎しみのこもった眼差し。だけどそれは演技なんだって、分かってる。そんな表情をさせる私が悪いのも、分かってる。
……あぁ、本当に私は最悪だ。自分本位で、そんな弱い自分が嫌になる。でも今は、罪悪感に浸ってる場合じゃない。
「一言、謝りたいんだ。……ごめん。私が悪かった」
「……何よ。魔理沙はずるい。そうやってすぐ謝って。許さなかったら、私が悪者になるじゃない」
「悪者になんかなるわけないだろ。ずるいのかもしれないけど、私はこうやって面と向かって謝ることしか出来ないんだ」
アリスを宥めるような気のきいた台詞や、自分の非を誤魔化すような言葉が、見つからないわけじゃない。
斜に構えた態度で、のらりくらりはぐらかしたり、問題をすり替えたりするのは、私の得意分野だ。
だけど、そんな方法アリスには使いたくない。だから本に頼ろうとしたんだ。
結局、読まなかったけど、でも、花束がある。不器用なやり方なのかもしれないけど、真正面から謝って、渡したい。
「……帰って」
「アリス……」
「本当に、今は話したくないのよ」
「……分かった。じゃあ、せめてこれを」
真正面からぶつかって、見事玉砕か……。骨を拾うのは誰だろう。……誰もいないか。
足を突っ込んでかろうじて作った扉の隙間に、花束を押しこんだ。案の定入らない。
しかも、花の影にアリスの顔が隠れてしまった。おい! どんな状況だよ、これは。
くそー……せっかく背中に隠して、扉を開けてもらったときに渡そうと思ってたのに、格好悪いことこの上ない。
こんな立派な花束を贈るなんて生まれて初めてのことなのに、大きいから余計に入らない。
皮肉だな。慣れないことはするなってことなのか? せっかくの好意が仇になるなんて、シャレになってないぞ。
「あの、アリス……後もうちょっとだけ開けてくれないか? 花が潰れちゃうからさ」
「……何で、花なんて持ってるのよ?」
「え? もちろんアリスに贈るために決まってるだろ」
扉は開かない。アリスからの返答もない。表情も見えない。……こうなりゃ何とか押し込むしかないか。
美鈴が見たら「花が可哀想!」とか言って嘆きそうだな。私だってそう思うけど、仕方ない。
「これだけは、今日中に渡させてくれ」
「待って! 花が傷つくでしょ」
花をぐいぐい押し込み始めると、アリスは焦ったような声を出して、花を押し返しながら扉を開いた。
キィ、と音を立てて扉はゆっくりと開き、止める者もないまま、全開になる。
開けてくれた……と思って見上げたアリスは、泣きそうな表情をしていた。
「何て顔してんだよ」
「あんたこそ、どういうつもりよ」
「どういうつもりも何も、これ、アリスに……ちょっと折れちゃったけど」
「……馬鹿じゃないの?」
うん。そうだ。私は馬鹿だ。アリスにそんなこと言わせてしまう私は、本当に馬鹿だ。
差し出した花束は、茎が折れ曲がったり、花や葉っぱが少ししなびてしまったりしている。あんなに綺麗だったのに……。
「これ渡したら、帰るから。約束すっぽかして悪かったな」
傷ついてしまった花を見つめるアリスは、それと同じくらい痛々しそうな表情をしている。
待て。私は、そんな表情をさせたかったわけじゃない。喜んで欲しかっただけなんだ。
動揺していると、アリスの腕が伸びてきて、そっと花束を受け取ってくれた。
「アリス……」
「……ねぇ、魔理沙、私が何でこんなに怒ってるのか、分かる?」
「それは、私が、久しぶりに出かける約束をしたのに、寝坊してすっぽかしたから……」
数日前まで、私は昼も夜もおかまいなしに魔法の研究に没頭していた。家を出るときは実験のときか、森にきのこを探しに行くときか、時々アリスの家にご飯を食べさせてもらいに行くときくらいだった。
だけど研究が思うように進まなくて、その状況を何とか打開したくて、そのうち食事も睡眠も満足に取らなくなっていった。
そんなふうに行き詰っていたとき、アリスに「今度、一緒に出かけましょ」と言われて、気分転換になるだろうと頷いた。
だけど、約束の日の前日に、集中力が切れたのか突然睡魔が襲ってきて、気がついたら、次の日の昼過ぎだった。
驚いて、慌ててアリスの家に言ったけど、許してもらえなくて、だからこんな喧嘩まがいの状態になってしまったんだ。
「違うわよ。そんなんじゃないわよ」
「え?」
「あんた、自分で自分がぼろぼろになってくのが分からなかったの?」
「どういうことだよ」
「どういうことって……あんた、ずっと研究に明け暮れて、不規則な生活続けて、私の家に来るときは、いつも目の下に隈作って眠たそうな顔して来てたのよ? しかもおなかすかせて……。私ずっと心配してた。だけどあんたが研究熱心なのは知ってたから何も言わなかった。そんな私の気持ち、あんたに分かる?」
「アリス……」
「出かける約束したのだってね、そういう理由でもつけなきゃあんたは休みもしないって思ったからよ。なのに、あんたは来なくて、また研究に没頭して時間を忘れてるんだ、と思って、心配してあんたの家に行こうと思ったら、寝坊した、とかぼろぼろの格好で来て……。休んでくれたのは嬉しかったけど、何でそこまで無理するのよ! とか、思ったら、もう我慢出来なかった。どうして妖怪の私が健康管理出来て、人間のあんたが出来ないの? 普通、逆でしょ!」
「わ、悪い……」
抑えていた言葉を出し切って、感情が高ぶっているのか、アリスは顔を赤くして涙目になっている。
まさかそんなふうに心配されていたとは思わなかった。だって、たまに会うときは「ほどほどにしなさいよ」と呆れた顔で言われるくらいで、特に責められもしなかったし……。
あぁ、だけど、今にして思えば、ご馳走してもらう食事はいつも、野菜と肉がたっぷり入ったスープとか、体に優しそうなものばかりだったかもしれない。
「悪いじゃないわよ。いまさら」
「ごめん。アリスがそんなふうに思ってくれてるなんて思わなかったんだ。私、自分のことしか考えられなかったんだ」
「……分かってたわよ。研究が行きづまって、滅入ってたんでしょ?」
「それもあるけどさ、お前とか、霊夢とか、咲夜とか、色んなやつに負けたくないと思ったら、焦っちゃったんだ。私はさ、人一倍努力しなきゃいけないのは分かってるんだよ。だから研究も止められなかった。成果が出る前に休んだら、負けだと思った。自分を甘やかすことだと思ったんだ」
「……馬鹿じゃないの? それで体調崩したら、意味ないじゃないの」
「そうだな。……私も今はそう思う」
ため息をついて、俯いた。あーあ……本当に格好悪い。アリスには、こんな弱くて卑屈な自分は見せたくなかったのにな。いつも、強い私を見ていて欲しかった。大胆不敵な私を見ていて欲しかった。その裏にある、人間臭い努力や妬みや葛藤は見せたくなかった。華やかな弾幕の裏に隠されているモノなんて、誰も知らなくて良いんだ。
「こんな弱い自分が嫌になるぜ」
「……本当に馬鹿ね。全然弱くなんてないわよ。あんたは本当に客観的視点に欠けてるわね。私は弱いなんて一度も思ったことはないし、一緒に戦ってみて心強いと思ったし、……か、格好良く思ってなくもないわよ」
「え……?」
最後の一言に、思い切り反応してしまった。今、何て? アリスは今何て言った?
「アリス、今のって……」
「二度は言わないわよ」
「え、あ、そっか。そうだよな……。でも、何て言うかその、嬉しいよ」
「あぁそう。それは良かったわね」
そう言うと、アリスはふいと目を逸らした。でも、今度は馬鹿とは言われなかった。
単純だ。こんなことで喜ぶ私は単純だ。こんなことで許された気分になる私は最低だ。美鈴の単純さを呆れる資格はない。
と言うかむしろ、捻くれてて単純なんて、私のほうがずっと性質が悪い。何て面倒臭いやつなんだ、私は。
……だけど、少しだけ、今回だけ、その言葉に甘えさせてもらいたい。甘えても、良いだろうか?
「アリス、その、ちょっと助かった。ありがとな」
「何よ。あんたがお礼を言うなんて、気持ち悪い」
「そういうこと言うなよ」
何か異様なモノでも見るような目で見てくるアリスに、肩をすくめて見せた。
この感じ、そう、このやり取り……いつもの調子に戻ってきた。今なら、きちんと話せるかもしれない。
「……なぁ、アリス、その花のことなんだけどさ」
「何? どうせ紅魔館からもらってきたんでしょ?」
「うっ……まぁ、どうせそれはバレるだろうと思ってたから、スルーするけどさ、その花を選んだ理由は分からないだろ」
本当は、代金を払おうとしたら、咲夜から「金なんていらないわよ」とぴしゃりと断られただけなんだけど、そんな野暮なことは言わなくても良いだろう。結局、払ってないんだし……。
「え? コスモス……でしょ? 私が好きな花だからじゃないの?」
「そうなのか?」
「何よそれ」
何よそれって、こっちが聞きたい。どういうことだよ、それ。そんな話聞いてない。
くそ……美鈴のやつ。わざと黙ってたな。と言うか、この私が美鈴にしてやられただと? あり得ない。
咲夜にならまだしも……あぁ、くそ。何てことだ。完璧に油断してた。
「……いや、それはさ、花言葉で選んだって言うか」
「花言葉?」
「そう、花言葉」
「何て言うの?」
神妙な面持ちになって、アリスが、じっと見つめてくる。
う……何か、動揺したら言いづらくなってきた。いや、言わなきゃいけないんだけど。でも、何て言うかもっとさらりと、余裕がある感じで言おうと思ってたのに……。美鈴め、今度会ったらタダじゃおかない。
私の言葉を待つアリスの胸元で、濃い桃色のコスモスが揺れている。
濃い桃色。そう、わざわざこの色だけを選んでもらったんだ。この色が、私の想いに一番ふさわしかったから。
言ってしまおう。どうなっても良い。とりあえず言ってしまおう。まずは行動! それが私の鉄則なんだから。
「……愛情だよ」
「え?」
「だから、愛情。濃い桃色のコスモスの花言葉は、愛情なんだってさ」
あぁ……なんだってさ、とか茶化してしまう自分が情けない。目をそらしてしまう自分が情けない。
でも、ちゃんと言えた。言ってしまった。気恥かしくて堪らないけど、何か、一仕事終えた気分だ。
しばし充足感に浸ってから、おずおずとアリスに視線を移すと、その顔は真っ赤に染まっていた。
――ちょっ! それは駄目だろう! アリスの真っ赤になった顔を見て驚いた私も、顔が熱くなってきた。
まずいまずい! 伝染した! これじゃ本当に格好悪い。私が顔赤くするのは格好悪過ぎるだろう!
花を渡して、愛情とかくさいこと言って、自分で顔赤くしてるなんて痛すぎる! まずいまずいこれはまずい!
「……っ、あんたねぇ! いきなり何なのよ」
「お、お前こそ、赤くなるなよな!」
「うるっさい。あんたのほうが赤いわよ!」
「あーあー! 聞こえないなー」
両耳に手を当ててそう誤魔化すと「もう!」とか何とか怒鳴られた。
そう怒らなくったって良いだろ。私だって恥ずかしいんだから、痛み分けだ。
アリスは悔しそうに私を睨みつけると、耳から手を離せとばかりにちょいちょい指し示してきたので、おとなしく従った。
「あんたがそういうこと言うなら、私も一つ言ってあげるわ」
「そういうことって、私の一世一代の告白に対してあんまりじゃないか? まぁ、聞いてやるけど」
「あんたが渡しに行ってくれたクッキーのことだけど……」
「……あぁ、あれはとんだ罰ゲームだったぜ。私の分だけないんだもんな」
ちなみに霊夢のクッキーは陰陽玉のかたちをしていた。
「……他のかたちじゃ駄目だったのかしら? リボンとか可愛いやつ」と言われたので、そんなこと言うなら、といくつか鷲掴みにしてむしゃむしゃ食べたら、久々に本気で怒られた。
「そりゃ、そういう効果、狙ってたし……。でもね、それだけじゃないのよ。あんたに渡さなかったのは」
「どういう意味だ? 友人以下になり下がったのかと思ったんだけど……」
「そういう受け取り方じゃなくて、例えば、上に考えることは出来ない?」
「上?」
「友人より、上」
「……え?」
友人より、上? いわゆる……友達以上ってやつか? あの状況で、そんな拡大解釈出来るわけないだろ!
あ! そういえば咲夜が言ってたことって、このことなのか? 友人って意味を良く考えてみろってやつ。
何で咲夜が気付いてるんだよ、私じゃなくて……。まぁ、当事者ってのは、そういうものなのかもしれないけど。
「何か、考えもつきませんでした、って顔してるわね」
「私もそこまで自惚れてないんで」
「殊勝で結構ね」
「……はぁ、何か気が抜けた」
ため息をついて、しゃがみこんだ。何かすごく疲れた。精神的に。
嬉しいことを言われたはずなのに、実感がわかない。頭がついていってない。少し整理する時間が欲しい。
「ちょっと、他人の家の前に座りこまないでくれる?」
「んー……中に入れてくれるなら立ってやっても良いけど」
「何よそれ。……まぁ、良いわよ。入っても」
「え? 本当か」
「そうやられてるほうが迷惑よ。ちょうどケーキ作ったところだったから、お茶にでもしましょう」
「今日は忙しかったんじゃないのか?」
「何? 蒸し返すつもり?」
「いや、やめとくよ。お邪魔します」
よっ、と弾みをつけて立ち上がり、にっこり笑うと、アリスは「最初からそういえば良いのよ」と呆れた声を出した。
素っ気ない言葉だけど、あぁ、許されてるな、って感じる。そうやってアリスは、いつも私を許してくれる。
そんなアリスに、私は何をしてあげられるんだろう。何を返しても、足りない気がする。
でも、ずるい私は、足りないと思いながらも、またアリスに甘えてしまうんだ。
いつか呆れて見放されてしまうんじゃないかって冷や冷やしながら、でも、そんなことは絶対ないと信じている。
本当に自分勝手なやつだ、私は。だけど、何かをしてあげたいという気持ちは本当で、だから私は、歩み寄る。
いつかアリスにも甘えてもらいたいから。私自身、成長しなきゃいけないのは分かってるけど。でも、まずは歩み寄る。
「……あのさ、少しゆっくりしたら、出かけようぜ。その、この間の埋め合わせ件、デート……みたいな」
「で、デートって、あんた……。身体の具合はどうなのよ?」
「もう前みたいな無茶はしてないから、大丈夫だよ。私の箒に乗せてってやる。乗り心地は保障しないけどな」
「……別に、乗り心地なんて気にしないけど。安全運転しなさいよ」
「あぁ、もちろん。どこにでも連れてってやるよ。私の後ろはアリスの特等席だからな!」
「何言ってるの。……本当、馬鹿ね」
わざと胸を張って、力強く宣言すると、アリスは、そう言って可笑しそうに笑った。……うん、やっぱり笑顔が一番良い。
濃い桃色の、愛情のコスモスを抱えて笑うアリスが堪らなく愛しくて、衝動的に抱き寄せた。
「わ! ……魔理沙?」
「ごめ、ちょっとだけ……」
「え? う、うん……」
お菓子の甘いにおいがする。ほっとするにおい。家庭的な、私が捨て去ったものの、懐かしいにおいが。
何でだろ。私は和食ばっか食べてたのに、何でこんなに懐かしさを感じるんだろう。
アリスの包みこむような優しさが、家庭的なにおいが、私をどうしようもなく安心させる。
これだけは守らなきゃいけない。私の傍にいて欲しい。私の帰れる場所なんだ、アリスは。いつだって。
潰してしまわないように、コスモスを挟み込みながら、私の愛はこれじゃ足りないな、と思った。
ほんとど直球でいっそすがすがしい。
いいですね、この世界、愛に満ちてる。
さくめーもいいよ!
後悔はしていない
愛っていいね。
そんな彼女が自分の恋には不器用な感じが堪りませんでした。
魔理沙の考えていることが、素敵というか面白いというか、うまく言葉に表せませんがとにかく良かったです