未だに自立回路の制作は停滞。進行ならず。
アリスは眼前の人形を睨みながら、本来の目的と外れた努力の粋を見上げていた。
「……これは大きすぎたわ」
それは、人間の大きさを超えた人形。制作したアリスの身長の倍以上の巨大を誇り、人体を模した精密な骨格と特殊な流体間接を用いて滑らかな全身可動を実現した究極の理想への第一歩へとなるべき完成度を表した、試作型超巨大少女人形ゴリアテ。
名前の無骨さとその巨大さを除けば、実にパーフェクトな美しさと可動美を持つ人形であった。
アリスはその追求し過ぎた愛らしさと込め過ぎた人形愛との結晶を下から見上げ、少々恍惚とした笑顔を浮かべていた。唾でも垂らしそうである。
その横には、そんなアリスと人形の巨大さとに呆れながら、交互にそれらを見やる霊夢がいた。
「で、このえっと……愛玩用近接戦闘兵器はなんなの?」
「ナイフとフォーク持ってるけど戦闘兵器じゃないわ」
見れば手に、くすんだ光を反射している鋼の武器。その人形のサイズからしても余るほど大きなフォークとナイフ。
「なんでスプーンないのよ」
「あの凹みって作るの凄く難しいのよ」
「……あれも手製か」
凝りようが異常であった。
というか、刀剣じみた輝きを放つ短刀じみた長さを持つナイフは恐すぎる。もはや凶器でしかない。
そんな大きなゴリアテの手に握られた馴染みのある武器をジッと見て、ふと霊夢は気がついた。
「もしかして、これも、食うの?」
「食べるわよ」
食事可能であった。
食事。それは生き物が生きる為におこなう行為。
それを人形にさせたら自立思考をしたりはしないものかと、アリスは考えた。
このゴリアテはその結果ともいえるものであった。
アリスは、自分の肩にちょこんと座るハラペコ上海人形を見る。
クイッと指を動かして操作。
「こんにちは」
上海人形は片手をぱたぱたと上げて霊夢へと挨拶をする。
「こんにちは」
上海人形に手をひらひらと振ってこちらも挨拶を返す。ノリの良い巫女。
見ていて微笑ましかった。
この上海人形こそ、食べる人形の第一作目。
食物を消化して、その栄養を魔力に変換し取り込むという、人形を生命体に似せる試作品。
アリスの目指す高い目標への大いなる第一歩。
……のはずが、その高度な機能は、もはやただのギミック程度のものに成り下がっていた。
というのも、この食事により魔力を得るのは、実に効率が悪かったのである。
消化に使う魔力と変換して得る魔力。それがほぼプラスマイナスゼロなので、食事するだけマイナスだったのである。
というわけで、たまにアリスが自分のケーキを一口二口食べさせたり、気まぐれに紅茶を飲ませたりと、そんなかわいい行動の一種としてしか機能していなかったのである。
そんな現状に気付き、それを打開しようとアリスは新たな挑戦を開始した。
そしてその挑戦こそ、言うまでもないが、このゴリアテなのである。
大きさの割に少しの魔力で細かく正確に動くする身体。可動部分の構想を練るのと術式考えるのだけで二ヶ月を費やした努力は無駄ではない。
そして何よりの目的、食事機能の向上。少しの力での咀嚼を可能として、更に細微に緻密に念入りに施された魔術の式は、肩に乗るハラペコ上海人形とは比べものにならない効率での魔力吸収を成した。
完成時の無邪気なアリスのしたり顔といったらない。偶然見た霊夢がにんまりと笑ったほどである。
見られてることに気付いたアリスの慌てっぷり見物であったが、まぁそれはそれ。
「でかいわよねぇ」
「術と構造に夢中になりすぎて……色々見失ったわ」
まず、家に入らなかったのである。
持ち運ぶなんて論外。むしろ肩に乗って移動する感じ。
少しの動きで森の中では枝をへし折る。
そう、この完璧な美少女人形は、外で暴れればあっと言う間に柔らかい肌ときめ細かい衣服が傷だらけになってしまうのである。
「……無念」
「次があるわよ」
巫女の慰めはとてもクールだった。
「うぅ、動かし易いし力も強い。でも動かせない……勿体ない」
はらはらと涙をこぼす。
それほどまでにかと、霊夢は少しギョッとした。
「はぁ。仕方ないでしょうが。それより屋敷に入りましょ。ここの空気、私には少しキツいわ」
「判ったわ……紅茶でケーキでも食べましょう」
言うと、二人は中へ入っていった。
霊夢は椅子に腰を下ろし、窓の外を見る。
ゴリアテが佇んでいた。
「……まるで魔除けね」
「失礼ね。あんなにかわいいのに」
「かわいいのが巨大だから恐いのよ」
それで力も強いとくれば尚更である。
そんな窓の外の陽光と胞子と木々とゴリアテを眺めながら、二人は穏やかなティータイムを開始しようとする。
と、突然アリスの肩に乗っていた人形が机に腰を下ろした。
「ん?」
霊夢がそれを目で追うと、良く見ればティーセット一式とケーキが、上海の前にも用意されていた。
「……なんで上海の前にもケーキが?」
「余っちゃったのよ。そろそろ古くなるし、どうせなら食べちゃおうと思って」
「……勿体ないような、便利なような」
というわけで、二人のティータイムは急遽二人と一体のティータイムとなったのである。
「上海、美味しい?」
霊夢が問えば。
「うまうま」
にこにこ上海。
「緩むわねぇ、これ」
「でしょう」
そしてにこにこアリス。
作り手として満足しているらしい。
穏やかな陽光に負けず劣らず、二人もぽかぽかした雰囲気を纏ってお茶を啜っていた。
ズズン。ズズン。
と、その時、地鳴りが響く。
「……なんの音?」
「近いわね」
揃って窓の外を見る。
すると、ゴリアテが暴れていた。
「……はっ?」
霊夢はこれぞ怪訝!というあからさまな表情で窓の外を睨んだ。
その横に座っていたアリスは、眉を寄せて外を眺めている。
そして上海はティーカップの縁を両手で持って紅茶を啜っていた。
「アリス、動かしてるの?」
「いいえ、動かしてないけど……」
勝手に動き出したらしい。
「……自立可動に目覚めたってこと?」
「違うわ、あれは多分……魔力を求めて、勝手に動き出しただけ」
「それ自立と何が違うの?」
「死体が痙攣しても自立的に動いたわけじゃないでしょ。あれはそういう状態よ」
「判ったような、判らないような」
とりあえず、痙攣と同レベルの状態らしかった。
へぇ、と思いながら外を見ると、ゴリアテは手にした鋼の武器を振り回し、木やら土やら食っていた。
「あぁ……私の服が……」
「マジ泣きは止しなさい」
アリスは完全に半泣きだった。案外涙もろい。
「そうね。というか、あれ止めないとまずいわよね」
「まずいの?」
「あれ、たぶん人や妖怪がいればそれ食べるわよ」
「……そんなもん作るな」
清純そうな人形が悪質な殺戮兵器になっていた。
どうするかは別にして、二人は家を出る。
すぐそこでもぞもぞとゴリアテは暴れていた。
「どうする?」
「壊したくないなぁ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが」
「うぅ」
アリスは大江戸爆薬からくり人形を取り出した。懐に入っていたらしい。
しかし、人形をマジマジ見ると、溜め息を吐きながらしまってしまった。
「しまうな」
「憂鬱だわ」
「……あんたねぇ」
アリスはやる気が皆無だった。
「仕方ない。私がぶちこわしてあげるわよ」
「しくしく」
自信作だったからか、アリスがいやに幼女じみていた。
服を掴みながら見上げてくるアリスが、振り払いたいほど鬱陶しかったが、それができないほど哀れに見えた。
なにせ、構想から完成まで一年近い。愛の結晶なのである。
「じゃあどうしろっていうのよ」
「穏便に」
「……無理難題を」
そんな会話をしている間にも、しっかりとゴリアテは地面を抉っていた。
「ごりあてー」
ふと、そんな声が響く。
霊夢とアリスは、何事かと音の方角を向く。
すると、上海が飛んでいた。食べかけのケーキを持って。
「しゃ、上海?」
その自立っぷりに、アリスは愕然とした。
操っていないのである。
「ごりあてー」
「しゃんはい?」
動きを止めて、ゴリアテも上海に向き直った。
「……喋った」
「喋ってるわね」
よく判らないからあまり驚いていない霊夢と、操ってもいないのに動いて喋る上海に驚きの隠せないアリス。
「けーき。あげる」
スッと、皿ごと上海はケーキを差し出した。
それを見て、ゴリアテは上海とケーキを交互に見てから、にこりと笑ってケーキを受け取る。
「ありがとう。しゃんはい」
「おともだちだもの」
普通に会話をする二体を見て、アリスは自分の頭の中がぐらぐらと揺れていくのを感じた。
そして、その内に頭が激しく揺れて、意識が落ちてしまう錯覚を覚えると、そのまま視界が消えてしまった。
「……夢か」
夢だった。
寝間着姿のアリスは、幸せそうな二体の笑顔だけを瞼に焼き付けながら、いつも通りの朝を迎えた。
「……理想的……そうか、そうね」
未だ構想段階だった、巨大人形の夢。
完成して、勝手に動き出す夢。
その夢が、アリスの中で温かな体温を持っていき、アリスの顔が笑顔に変わる。
「上海。あなたの食事仲間、どうにか作れそうよ」
ベッドから、横の机に置いてある上海に話し掛ける。
いつもにこにこしている上海人形は、相変わらずにこにことしたままそこにあった。
「さて。夢で見たことも参考になりそうだし、さっさと起きないと」
飛び起きて寝間着から普段着に着替えると、すぐにアリスは研究室へ向かう。
「ごりあてー」
その背中に、小さなかわいらしい声がぶつかる。
「えっ?」
振り返ってみるが、何も変わった様子はない。
上海人形は相変わらず笑っている。
なんだか面白くて、アリスは口の端を綻ばして笑った。
そして上海の目をジッと見る。
「大人しく待ってなさいよ。そんなに時間は掛けないわ」
夢見がちな少女はそう宣言すると、研究室へと踵を返して部屋から出て行った。
上海人形の笑顔が、普段よりほんの少し嬉しそうに見えた。
上海はともかく、ゴリアテもかわいいなぁ
ほのぼのとする話ありがとうございました
シータが電話使った時の「……すげぇ」も好き
あとあんたの書くれーむとアリスが大好き
霊夢とアリスの会話や、ほのぼのとした雰囲気など面白いお話でした。
君も男なら聞き分けたまえ
ゴリアテ可愛い…と思ったけどあのサイズを考えるとシュールなwww
さらっと読めて暖かい気分になれました~
「40秒で仕度しな!」で滾らない奴は男じゃないと思います(マテ
そしてラピュタは端から端まで大体全部好きだが作者殿とは良い酒が飲めそうだ
そしてあとがきwそっちかよww
かわいらしいお話でした。