白い世界が広がっている。
ついでに言えば黒い世界も広がっている。
相反しながら、相克しながら世界はその二つの色で構成されていた。
色が無い世界と言うべきか、色がハッキリしている世界と言うべきか。どちらだったところで構いはしない。どうせこれは夢なのだから。
「あら、もう気づいちゃったの。面白く無いわね、興ざめよ、アリス」
私の夢に何用か、と問うまでも無い。何の用事も無いのだろう。強いて言うならただの気まぐれ。そういう妖怪だ。
「別にアンタを楽しませるために生きてるわけじゃないからね」
八雲紫。幻想郷に住む妖怪の中でも最上位に位置する化け物。理解し難いが境界とやらを操ることが出来るらしい。
「だったら私を楽しませるために死んでくれるの?」
けらけらと笑う紫はまるで私が作り出した夢とは思えないほどに本物に似ている。自らが幻想郷の妖怪たちが殺し合わないためのルールを作っておきながら何を言っているのだろうか、いや、言っているのはあくまで私の心か。これは私の夢なのだから。
「違うわよ」
まるで私の心を読んだかのように紫が言ってくる。無論、それもまた私が作り出した夢に違いはないのだろうけど。
「だから違うって言ってるでしょ。私は、私。貴女の夢の一部なんかじゃないわ。ほら、この世界で私だけが色を持ってるでしょ?」
確かに目の前の紫だけはいつも通り派手な色合いの服を着ている。それ以外は、白と、黒だ。私も含めて。
「夢と現の境界を弄くれば夢の中くらいは入れるわよ。にしても陰気な夢ねえ、霊夢みたいにノー天気な夢は見られないものかしら」
最近の妖怪は夢にまで出てくるのか、と頭を抱える。気が休まる暇も無い。にしても、こんなにもはっきりとした夢というのも久しぶりだ。現実として睡眠が意味を失った日から夢というもの自体あまり見なくなったからかもしれない。
「夢だって認識して夢を見るのも変な気分ね」
「そう?現実を現実だって認識していつも生活しているのではないの?」
「それはしているんじゃない?」
「だったら似たようなものでしょ」
そりゃ夢と現実を行き来できる妖怪ならそうかもしれないけど。私はそんなことは出来ないし、ならばやはり夢と現実には確固として差異があるべきだろうと思う。
まぁ良い。
目の前の紫が私の作り出した夢なのか、本当に本人が私の夢に乗り込んできたのだか分からないが、どちらにせよ無意味な質問をしよう。無意味でもしなければ先に進みそうに無い。
「それで、紫、私の夢まで押しかけて一体何の用なの?」
気まぐれだろうと最初に結論を出した問い。しかし意外なことにその結論と紫が口にした言葉は別のものだった。
「夢を見に来たのよ」
理解し難いという意味ではどちらも同じことだったが。
「今見てるじゃない」
そう言うと紫は妖艶な笑みを見せる。
「そっちの夢じゃないわよ。見る夢じゃなくて、叶える夢よ、つまりは、目的?目標?人生のゴール?みたいなもののこと」
目的も目標もあるとは思えず、死というゴールすら見当たらなさそうな人物からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「人生なんてもう捨てたわよ」
「ふふふふふ、言葉って不便よね、人間が作ったから人間をベースにしか単語が考えられていない。では妖怪の生をなんと呼べば良いのかしら?妖生、あらあら、なんだか妖精みたいでやっぱり不便」
遠まわしで婉曲で、言いたいことがこれっぽっちも伝わってこない。惑わすだけ惑わして、迷わすだけ迷わせて、よくまぁ霊夢はこいつと上手くやっていけるものだと思う。きっと彼女のノー天気さが必要なのだろう。
「私が人形を作ってるのは知ってるでしょう?」
アリス・マーガトロイドと人形。それは当然のように並び立つ言葉であり、自然と同時に語られる言葉だ。
博麗霊夢が巫女であるように。
霧雨魔理沙が魔女であるように。
アリス・マーガトロイドは人形遣いなのだ。
しかし、その答えでは紫は納得しないらしい。
「なにも傘張り職人の夢は傘を作ることってわけじゃないでしょ?」
きっちり言葉にしろと、そういうことらしい。
「突き詰めるならば、完璧な人形を作ること、それが私の夢よ」
「完璧な人形?」
「完璧な人形」
「つまり」
つまり――――――
「誰の命令にも寄らず」
誰の命令にも寄らず――――――
「自らの意思を持って」
自らの意思を持って――――――
「動く人形」
動く人形――――――
紫は笑う。
また、笑う。
この夢の黒よりも尚深い闇の色を讃えて。
「それはつまり。――――――人間、と言うことかしら」
その言葉で、私の夢の世界にヒビが入った気がした。
チガウ。ニンゲンデハナイ。
「人なんて、いくらでも人が生み出しているじゃない」
ヤメロ。ワタシノユメヲ。
「そんなものを作ることに、何の意味があるの?まるで滑稽だわ。あなたがしていることは、そう。釣り糸を垂らせば済む話なのに、素手で魚を捕まえようと頑張ってるようなものね」
コワサナイデ。
「人間が、人間を産み出すなんて当たり前のこと、そんなものは夢じゃない。夢だとすれば――――――こんなのはどうかしら?」
――――――キリ、キリ。
右腕の肘から異音がした。
ちょうど曲げようとしていた場所から。
それを見ようとして、首を曲げると。
――――――キリキリキリ。
自分の首からもその音がする。
右の肘が目に入る。そこには、
ワタシノウデガアッタ。
糸と歯車で彩られた私の腕が。
曲げようと思うと歯車が回り、糸が引っ張られ、腕が曲がる。
キリキリと。
「人形が、人間を作る。それは凄いことではないかしら?式神が妖怪を作るようなものよね。藍なら似たようなことまでなら出来るでしょうけど」
「――――――ユカリ」
まるで自分の声とは思えない、木材同士が擦れ合ったかのような音が喉からする。
私に何をした!!
――――――――――――――――――!!!!!
「―――っは!!!」
布団から跳ね起き、紫の姿を探す。
背中から臀部にかけて汗が溢れ、くっついてくるシャツが気持ち悪い。そのことを自覚した瞬間今のが夢だったことに思い至る。
当然のことながら紫の姿はどこにも見えない。
だってあれは、夢なのだから。
悪夢という奴だ。
気にしたところで意味の無い不毛な夢。
そのくせ、私の心に刻まれた言葉は私を苛む。
完璧な人形。
そんなものはただの人間?
そんなものを目指していたわけじゃない。
人間なんて創ろうとはしていない。
そんなもの、こんな苦労を重ねなくたって、体を重ねれば創れてしまう。
「くだらない」
昔、目にした自らの意志で動く人形。
あれを目指していた。
目指していた――――――はずだ。
「下らない!!」
自分の夢の中で自分の夢を否定されるなんて中々ジョークが効いていて面白い。
そんな風に思えば良いだけの話だ。
そんなものに影響されるほど。
私の夢は――――――儚くない。
心の中でもう一度下らないと呟き、ようやく落ち着いた。
「紅茶でも飲もうかしら?」
そう言ってベッドから立ち上がる時に、体のどこからか、キリキリと音がした気がした。
完
だからこそ自律人形と人間、夢と現実などの境界が危うく語られ得るのでしょう。
またそれ故に、物語の最後に境界の破綻がほのめかされる。
そういった点では面白い作品だと思いました。
ただ一点、初歩的にして致命的なミス、博『霊』霊夢があったと報告させていただきます。
こう言う思考は大好きだ