博麗神社の縁側には二人の少女が座り込み、のんびりとお茶を嗜んでいた。
ぽかぽかとした温かな陽気が降り注ぎ、それを一身に受けながら寛ぐのも悪くない。
「ドッジボールぅ?」
そんな平和な日差しの中素っ頓狂な声を上げたのは、鮮やかな蒼い長髪をした少女、比那名居天子であった。
彼女の疑問の声にも平静を保ったまま、この博麗神社の主、博麗霊夢はずーっとお茶を一口。
お茶特有の渋い旨味を堪能した後、霊夢は遠くを見るような瞳であらためて言葉を紡ぎだした。
「そう、ドッジボール。人里で10年前ぐらいから流行ってるらしいんだけどね、近々大会があるのよ。アンタもどう?」
「何、霊夢も参加するの? 珍しいわね」
「まぁ、成り行きってやつよ」
意外そうな天子の言葉に、霊夢は一つため息をついてそんな返答をする。
天子の言うとおり、霊夢はこういったことに参加するのは非常に稀だ。
元々陽気でめんどくさがりな性格もあってか、ほとんど神社でお茶を飲んで日がな一日を過ごすのが常なのである。
珍しいこともあるもんねぇなどと思いながら、天子はゆったりとした様子でお茶を飲む。
うん、美味しい。
「おー、さすがは霊夢。もう残りのメンバーを確保していたか」
そんな平和な空気を満喫していると上空から聞こえてくる声と、降り立つ影が三つ。
霧雨魔理沙、十六夜咲夜、東風谷早苗の三名が、ゆっくりと境内に降り立った。
言葉を発したのは魔理沙。彼女の発言にムッとした様子で眉を顰め、天子は湯飲みをお茶請けの上に置く。
「勝手にメンバーにしないでよ。ていうか、あんた達も参加するわけ?」
「えぇ。子供に返ったみたいでなんだか楽しそうですし」
「私は別にどうでもいいのだけれど、魔理沙がパチュリー様の本をいくつか返すことを条件に、大会参加に貸し出されたわけよ」
「魔理沙が、あの魔女の本を?」
ありえない、とそう思う天子だったが、咲夜の疲れたようなため息をみるとどうやら間違いないらしい。
一体これはどういうことか。
あの興味のないことには腰の重い霊夢が大会に参加することといい、魔理沙がパチュリーに一部とはいえ本を返すことを条件に咲夜を借りたことといい。
スッと目を細め、天子は魔理沙を見据える。どうやら立案者は魔理沙のようだし、どう控えめに見ても怪しいことこの上ない。
「怪しいわね。その大会、優勝賞品でも出るの?」
「もちろん。そうでなきゃ大会なんて出ないぜ」
「そりゃそうだけどさ」
あっさりと返答した魔理沙に、天子は納得のいかない様子でごちる。
どうも魔理沙は賞品がなんなのか言うつもりはなさそうだし、これ以上問い詰めたところで話すことはないだろう。
この黒白、人を煙に巻くことに異様に長けているのだからたちが悪い。
しかし、そうなるとそこまでして魔理沙が欲しがる賞品と言うのが気になってきた。
年中暇なのだ。よくよく考えてみれば、これは渡りに船なのかもしれない。退屈を紛らわせるいいチャンスだ。
「ま、いいわ。どうせ人数足りてないんでしょ? 暇だし、付き合ってあげ―――」
「馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「るたわぶっ!!?」
言いかけた言葉が魔理沙の拳によって遮られる。
いったい、人の体のどこにそんな爆発力があったというのか。天子の顎を正確に捉えた魔理沙のアッパーカットは、JETの効果音付で天子を空高く打ち上げた。
空中を舞い上がり、最高度に達した瞬間に陥る無重力、その僅かな静止時間の直後、天子の体は重力の法則にしたがって地面に叩きつけられたのである。
霊夢と咲夜がぽかーんと呆けている中、早苗だけが「まさか車田ぶっ飛びが生で見られるなんて!!」と大興奮。
果てしなく大ダメージを受けそうな一撃ではあったがそこは頑丈さに定評のある天人、すぐさま起き上がって魔理沙に食って掛かった。
「何すんのよ!!?」
「やかましいっ!! お前はドッジボールを舐めてんのかぁ!!」
「はぁ!!?」
理不尽にも逆切れされ本格的に怒り心頭の天子だったが、魔理沙はそんな彼女にかまうことなく、細い指をビット天子に突きつける。
「ドッジボールっていうのはな、時には命の取り合いになるんだよ!!
ジグザグに走る高度な変化球、時には爆弾すらもボール代わりにし、怪獣やロボット、はては怪人に正義の味方が戦うものなんだ!!
必殺技に火球はもちろん、ビームやバルカン、はては巨人の召喚すらもやってのける、そういう地獄のゲームなんだよ、ドッジボールってのはなぁ!!
いいか、人里の大会で十年間無敗のまま優勝し続けている謎のチームがいるんだ。そんな調子でそいつらに勝てるわけないだろうが!!」
一気にまくし立てた魔理沙の表情は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには聞こえなかったが、どう考えたってそれは違うと天子は思う。
それはもはやドッジボールじゃない。仮にドッジボールだとしたら、それはただのドッジボール(笑)である。
なんだよ、ビームにバルカンに巨人って。ていうか、必殺技の時点で既におかしい。
まぁ、その十年間無敗の謎のチームにはちょっと興味を引かれたが、それよりも先にやることがある。
「ねぇ、あなた元々外の人間なんでしょ? 間違いを正してあげなさいよ」
もはや今もなお熱弁する魔理沙についていけないのか、天子は半ば救いを求めるように早苗に言葉を投げかける。
天子の記憶が確かなら、ドッジボールは外来人が人里に伝えた遊びのはずだ。
それなら、元々外の人間だった早苗なら間違いを正せるのではないかと、そういう判断だった。
すると、彼女は満面の笑顔を浮かべ、そして一言。
「常識は投げ捨てるものですよ、天子さん」
まったくもって風祝はアテにならなかった。
それは絶対に捨てちゃいけない常識だと思うんだ、私。などと思ってみたが、言ったところで無駄っぽいので黙っておく。
「よろしい、ならば特訓だ貴様等!! その軟弱な根性を叩きなおしてくれるわ!!」
「えぇ!!?」
「なんでですか!!?」
「ちょ、魔理沙!!? まさか私も!?」
「完全にキャラ変わってますわね」
そして高まったボルテージって言うのは大抵碌な方向に向かわないらしい。
魔理沙の宣告に全員が様々な返答を零すものの、魔理沙は愛用の箒を竹刀に見立てて床に叩きつけた。
かくして、非常に不本意ながら、このメンバーによる強制強化合宿が始まってしまったのである。南無三。
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―――特訓の模様は以下、ダイジェストで送りいたします―――
「早苗ー!! そんなんで優勝できると思っているのか!!?」
「くぅっ! 風祝は引かぬ、媚びぬ、顧みぬ!! さぁ、次をお願いします魔理沙さん!!」
「咲夜、もっと腰を入れろぉ!! お前に足りないのはボールを取る度胸だっ!!」
「言ってくれるわね、魔理沙ッ!!」
「霊夢、お茶を飲んでないで練習に参加しろぉ!!」
「だるい」
「天子、テメェはパスをすることを考えろ!! 内野だけじゃドッジは勝てねぇ!!」
「五月蝿いわね、わかってるわよ!!」
「フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンッ!!」
「そうだ早苗、その調子でもっと早く、もっと威圧するようにフンフンディフェンスを維持し続けるんだ!!!」
「カバディカバディカバディカバディ」
「カバディ?」
「カバディ」
『カバディカバディカバディカバディ!!』
「霊夢ぅ!!」
「うるさい黙れ」
「スンマセェェェェン!!」
「ほらほら、もっと縛ってやろうか、アァン!!?」
「ちょ、魔理沙!!? これ、ドッジボール関係ないわよね!!? でも何かに目覚めそうっ!!」
▼
大会当日。辺りには多くの参加者が集まっており、中にはいつも宴会に参加するメンバーも見受けられた。
そんな中、天子達五人は霊夢を除いて不屈のオーラを纏いこの場に佇んでいた。
「……とうとう来たわね、この日が」
「そうですね、辛く長い特訓でした」
「ふふ、そうですわね。こうなれば意地でも優勝しなければ、お嬢様に顔向けが出来ませんわ」
「そうね、私なんて服の上からとはいえ縄で縛られもしたもの」
「あぁ、お前達はよく耐えた。だが霊夢、お前は何もしてない」
各々感想は様々で、皆感慨深げに呟いている。
参加者は一体どれほどの数に上るのか、少々判断がつかなかったが、かなりのチームと戦わなければならないだろう。
そんな中、司会者が現われて「皆さーん!!」と大声を上げる。
その声に聞き覚えがあって、ふと其方に視線を向ければ、そこに居たのは顔見知りの鴉天狗と白狼天狗であった。
「さぁ、始まりました人里ドッジボール大会!! 司会は私、射命丸文が勤めさせていただきます!! 解説はこの子、犬走椛が担当しますよ!!」
「文さん。だるいんで帰ってイイですか?」
「シャラップ!! さぁ、抽選を行いますので、代表者、前に来てくじを引いてください!!」
ノリノリで司会を務める射命丸文。ところが彼女の後輩である椛はというと、元々やる気がないのか気だるそうな顔で本に目を落として煎餅を頬張っていたりする。
実に対照的な二人であった。
そんな彼女達を一瞥し、天子は深いため息を一つ零す。
「何やってんのよ、あの天狗」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。なんだか楽しくなってきましたし」
「というより、いつものことですわ」
天子の呟きに早苗がどこか楽しそうに言うと、つられて咲夜もさらっと返答する。
いやまぁ、確かにいつものことではある。えらく白狼天狗がやさぐれているが、概ね鴉天狗のテンションはいつもどおりハイであった。
パンパンと、どこか乾いた音が聞こえて其方に振り向けば、魔理沙がニヤッと不敵な笑みを浮かべて天子達を見回した。
「私達は出来ることはやった。後はこの大会を勝ち抜き、伝説の無敗チームを破り、そして優勝する。
いいな、これは遊びじゃねぇ、戦争だと思えよ!!」
『応っ!!』
魔理沙の言葉にぴったりと応える三人と、我関せずの霊夢。
すっかり魔理沙に毒されてしまった三人を、霊夢はどこか他人事のように一歩引いて眺めていた。
ぶっちゃけ、めんどくさい。というのが霊夢の心境である。
そんな彼女の心境など露知らず、四人は既に円陣を組む体制に入っていた。
どこのスポコンだと率直な感想を思い浮かべて、疲れたようにため息をつく。
「霊夢、お前も入れよ」
「はいはい、わかったわよ」
魔理沙がこうなったらテコでも聞かないことを、付き合いの長い霊夢は知っている。
仕方ないとまたため息を一つついて、霊夢は魔理沙の隣に並んで肩を組んだ。
「目指すは優勝っ!! チームキリサメッ!!」
『ファイッ!!』
「だる」
約一名がポロッと本音を零したものの、円陣を終えたチームキリサメは一致団結して大会に臨むのであった。
……あれ、団結?
▼
かくして、こんな調子で始まったドッジボール大会は混迷を極めた。
最初に当たったチーム命蓮寺とは超人「聖白蓮」を使用した白蓮や、ペンデュラムを投擲するナズーリン、錨をぶん投げる村紗、幻術を使うぬえ等に苦戦を強いられ。
次に当たったチームアリスには爆弾特攻戦法に手を焼いて。
三回戦のチーム地霊殿には核融合を遠慮なくぶっ放す霊烏路空と、怨霊を操る火焔猫燐、心を読む古明地さとりと無意識を操るこいしに苦戦し。
四回戦目のチーム夢幻館には、幽香のマスタースパークと夢幻姉妹の発狂弾幕に苦しめられ。
五回戦目には爆肉鋼体を駆使する人里十歳児達の強靭な筋肉と力に攻めあぐねた。
それ以降も試合は続き、そのたびに彼女達は勝ち残っていく。
傷つき、何度倒れながらも幾度となく立ち上がり、彼女達は駒を進めた。
魔理沙はマスタースパークを放ち、天子は全人類の緋想天で薙ぎ払い、咲夜は時間を止めてカバディカバディと呟き、早苗はフンフンディフェンスで味方を守り、霊夢は外野でお茶を飲んだ。
そうして、彼女達はとうとう至ったのだ。
最強の敵。十年間無敗の帝王が待つ、決勝戦へと。
「ふふふ、彼女たちが勝ち残るとは、これは予想外でした。椛、あなたはこの状況をどう思いますか!!?」
「ドッジしろよ」
そんなハイな司会とやさぐれた解説のやり取りも耳に入らない。
なぜなら、天子達はふっふっふっと不敵な笑みを浮かべながら、お互いをたたえあい、そして絆を強めていた最中だったのだから。
「ようやく、ここまで来たな。なんだよ、早苗、天子、満身創痍じゃないか」
「ふふ、これは名誉の負傷ですよ、魔理沙さん」
「は、やっぱり地雷を踏んだのは痛かったわね。でも、そんなこと言ったら魔理沙も同じじゃない」
「ふ、なんてことはないさ。ただ、杉田玄白に解剖されかかったぐらいだぜ」
「そうですわね、私が助けなかったら危うかったわ」
「ドッジしろよ」
霊夢が何か言っていたが聞こえない。聞こえないッたら聞こえない。
そんな彼女達の様子を見ていた文はマイクを手に取り、高らかに声を張り上げる。
「さぁ、いよいよ決勝戦、はたして勝つのはチームキリサメか!!? それとも、十年間無敗を誇る伝説のあのチームなのか!!
さぁ、十年間無敗の王者に、今こそ入場してもらいましょう!!」
文の高らかな宣言と共に、傍で控えていたプリズムリバー三姉妹が音楽をかき鳴らす。
長かった。傷つき、倒れそうになりながらも勝ち抜いてきたのは、全てこの時のためであった。
辛かった特訓も、苦しかった勝負も、全てはこの一戦のためのもの。
さぁ、見ようじゃないか。かの伝説となった十年間無敗の強豪たちの姿を。
煙が上がり、辺りの司会が一瞬ゼロになる。
音楽だけが耳に届き、天子達はかの人物達の登場を待ち望んだ。
そして、その瞬間は訪れる。
煙が晴れていき、視界が明瞭になった彼女達の前に立っていたのは―――
「さぁ決勝戦は、霧雨魔理沙が率いるチームキリサメ対魂魄妖忌が率いるチーム骨粗鬆症です!!」
よぼよぼでプルプル震えているご老人達だったのである。
▼
後に、敗北チームのメンバー、比那名居天子氏は語る。
「ねぇ、あのメンバーとチーム名、絶対に脅しよね?」
そしてディフェンスはスラダンですね
熱血ドッジだと思って読んだら、バン〇レストのバトルドッジだったとは…
ドッジしろよw
あれ、霊夢の妖怪退治の仕事要らなくね?wwwww
そしてドッジしろよwwww
吹いたwww
テンポもいいし、笑わせてもらった。
ドッジしろよ
>チーム骨粗鬆症
この人たちは定時制高校に行ってるに違いない
オチは確かに重要。だけど途中を見なさいよ。低い得点つけるための粗探しは見苦しいです。
第三者コメ失礼
ドッジしろよwwww
おもしろかった。
あっちは爺ちゃんフルボッコだったけど
フンフンディフェンス…懐かしい、桜木の―早苗さん、ドッジしろよ。
カバディ…あぁ忘れ去られし山z―咲夜ァ!!!!!ドッジしろよ!!!
お茶…ぷよ〇よで一番弱―霊夢ゥ!せめて動いて!!!
普通に面白かったです、爺スゲェ…。
幻想郷式ってだけで。