同作品集「幻想郷は本当にすべてを受け入れるのか?」から続いています。
「なあ、忘れられた妖怪って、どこに行くと思う?」
「何の話?」
魔法の森のアリス宅。
魔理沙は、珍しく意気消沈した様子でここを訪れていた。
「こないだ私が思いついた実験なんだけどな、幻想郷に悪影響があるからって
紫に止められたんだよ。そんときに紫が言ってたんだけどさ」
ふぅーと紅茶に息を吹きかける。
アリスは、それが紅茶を冷やしたかったのか、ため息がそうなったのかわからなかった。
「幻想郷にすら入ることができずに、外の人間から忘れられた妖怪がたくさんいたんだと。
それが気になってさ。もし、幻想郷がなかったら、私たちの魔法もそうだったのかもしれないと思うとな」
魔理沙はそういって紅茶をすすった。
アリスは人形を作る手を休めずに言う。
「無駄なこと考えるのね」
「無駄ってゆーな。
……アリスは、気にならないのか?」
魔理沙が表情を伺っているのに気づいたのか、仕方ない、という顔でアリスは人形を置いた。
自分のカップを手にとって魔理沙の方に向き直る。
「結論から言うと、私は何も変わらないと思うわ」
「何もって、忘れられた幻想は消えてしまうんだろう?」
「うん、それが定説ね。実際外の世界では、次々と妖怪が消えていってしまったみたいだし。
だいたい山の神様も消えそうになったからこっちに来たんでしょう?
だから、存在を忘れられると、妖怪の姿が消えてしまう、というのには同意するわ」
「だったら、やっぱり死ぬのに等しいんじゃないか?」
魔理沙は不満そうに言う。
アリスはその様子を見て、少し考え込んだ。
「うーん、私の考えはちょっと違うの。魔理沙は、火はどうして起こると思う?」
「そりゃ火の精霊が元気になるからだろう?パチュリーお得意の精霊の話じゃないか」
「外の人達は、ちっちゃい粒が激しく運動することで起こるって考えるらしいわ。
燃えているところを一生懸命見たらそう見えるんですって」
「ふーん。で、それが妖怪が消えるのとどうつながるんだ?」
「外の世界の人間はね、科学的に物事を観察することで、結果として幻想を消してしまったわ。
神や妖怪が入り込む隙間はもう微塵も残されてはいない。私も最初はそう思っていたんだけど」
アリスは一冊の本を取り出した。
「この本によるとね、結局さっきのちっちゃい粒がどうなっているのかってことはまだわかってないらしいのよ。
外の世界の、私たちと同じ研究者はいったいそれがなんなのか、日夜研究しているらしいわ」
その本を手に、アリスはいたずらっぽく笑う。
「謎の存在と、一生懸命知恵比べをする人間、何かに似ていないかしら?」
「……ああ、確かに。妖怪たちと似ている」
「私はね、外で消えてしまった妖怪は、まだ人間たちが解明していない世界に潜んでいると思うの。
どうして時間は非対称性を持つのか、どうやったら流体の挙動を完全に記述できるのか、
この本によると、まだまだ世の中に謎はあふれているらしいわよ?」
アリスはそう言って残った紅茶を飲み干した。
「だから、私は消えてしまった妖怪たちについてそんなに心配はしていないわ。
きっと、まだまだしつこく世の中の人間を惑わせてるんじゃないかしら」
魔理沙はまだ考え込んでいるので、アリスは付け足す。
「魔理沙は、私が消えてしまっても、きっと見つけてくれるんでしょう?」
この世の謎と人間の想像力はきっと無限大
例えば俺に彼女が一向にできない事とか;;
儚月抄、三月精、星蓮船と神主は繰り返し「東方における妖怪」について近年語っておられます。
妖怪は人間にとって正体不明でありそこから恐怖を呼び起こす存在。
人間に恐怖を与えずして妖怪は妖怪足りえず。
人間の信仰なくして神は神とは成りえず。
確かに未だ世の中には人間に「未知」なるものはたくさんあります。
しかし東方の根幹は、その「未知なるもの・理解出来ないもの」に対して、人間が「恐れ・怖れ・畏れを忘れた」という感情がセットになって語られています。
こういった作品を描くのに、一次でセットで語られる二つを切り離して語ってしまっては意味が無いのではないでしょうか。
アリスの(作者の)優しさが染みました。
自分はこの作品の妖怪は「妖怪」と呼ぶに足る、と考えております。
たとえば、流体の挙動を完全に記述できるかどうか、というのはつまり、ナビエストークス方程式の一般的な厳密解が存在するか、といった問題に帰着するわけですが、これはミレニアム懸賞問題に挙がるほど有名であるにもかかわらず、いまだ解かれるに至っておりません。近年では、おそらく厳密解は存在しないであろう、と言われているわけですが、それはつまり、人間の知の結晶のひとつである数学でも、自然を完全に掌握することができない、という間接的な証明になり得ます。
自分はこのことに、非常なる恐怖と、また畏敬の念を感じるわけです。
単なる「未知であり、理解できないもの」
ではなく、
「人間が知力を振り絞ったにもかかわらず、それを超えて未知であり、理解できないもの」
というのは、実は妖怪として認めるのに足るのではないか、と考えているわけです。
以上の考えはまったく自分の中のもので、コメント9番様の考えを否定するわけではありません。ssから読みとっていただいたものが全てだ、とお考えになって下さってかまいません。ただ、作中でアリスにこのようなことを語らせるには……、と思っていた時にコメント9番様がよい問題提起をしてくださったので、それに乗らせてもらった次第です。
米9さんと作者さんは、定義的な問題で「妖怪」と「東方における妖怪」の差異のせいで微妙にすれ違ってるように思える。妖怪を定義するってのもなんか変な話だけども。
作者さんの定義ってまさに「人知を超えた存在」ってことなんだな。文字通りの意味で。
俺はそこに「よくわからんのは~のせいだ!」ていうある種の決め付けが色んな人の中で形作られることによって「妖怪」が生まれるんだと考えてる。
だからナビエなんちゃらに妖怪性を求めるには、その決め付けが足りないから俺にとってはまだ「妖怪」にならなかったりする。妖怪のタマゴくらいかな。
なんかこういう個々人で定義が違うものって
他の人の意見で自分の考えが肉付けされたり、新しい方向が見えたりするから面白いよね。
理系らしい視点が非常に独特ですね。イイヨー。
とりあえず最後の強烈な糖分はいいぞ!もっとくれ!
二つに分けた理由は、
自分が設定した命題に対する立場が異なるからです。
「科学と妖怪は相反する」
という命題に対して
命題を偽として「妖怪は逆に科学の最先端に存在する」というアプローチが今作
命題を真として「科学≒進歩としたときに、幻想郷内部で発生する進歩への欲求はどうするべきか」というアプローチが前作となります。
ssの中でこれを表現できなかったようなので、
次回以降に生かしたいと思います。
次回にも期待しています。
妖怪の定義についてはこっちのが好きだな。