窓の方へと目をやると、厚手のカーテンの向こう側を黒い影が通り過ぎる。
いつも同じような時間にやってくるような気もするし、そうでないような気もするけれど。
まぁ、きっと彼女なりのルールがあるのだ。私にはわからないし、聞いてみたところで答えてくれるかどうかも微妙なところだろう。
手元の本に視線を落とす。
ほどなく、目の前の扉が乱暴に開かれるはずだ。
扉に貼り付けた注意書きが守られたためしはなかった。
活字を指でなぞりながらもその内容を追うことをあきらめる。
いったい私の問いかけに彼女はどう答えるだろう。
なんとなく、理由なんてないさ、とはぐらかされてしまいそうな気がした。
きっとあの魔女は、真実など告げてはくれないだろう。
たとえ私のなにかと引き替えにしてさえも。
もっとも彼女がなにかを欲しがることなんてこと――
と、そこまで思い至ったころになり、ようやく扉が開かれた。
「――今日も来たぜ」
「……昨日は来なかったわね」
「一昨日は来ただろう」
黒と白の魔女は箒を片手にそう告げる。
当然のことだが掃除をしよう、だなんて殊勝なこころがけでいるはずもない。
「持って行った本はどうしたの」
「ああ、面白かったんで最初から普通に読んだ後、最後からまた読み直してみたらつまらなくはなかった」
「……わけがわからなくなるだけでしょう」
「そうでもないぜ。一度、読んでるからな」
私の側を素通りし、壁面を埋め尽くす背表紙に手をかける。取り出した本の厚さを確かめるように目のあたりまで持ち上げて、じぃっと見つめたあとでまた元にもどすということをいくどか繰り返した。
「それで、借りた本は返すってこと、知らないわけじゃないわよね」
「それくらい常識だろ。そんなことも知らないように見えるのか?」
「……だったら実行しなさいよ」
「それは無理ってもんだぜ。だって、ほら」
とん、と彼女は手にした箒で床を鳴らした。
「バランス取るのは、これで意外と難しい」
そうして腰のあたりに掲げるようにして箒から手を離す。
箒は糸で吊られているように中空に止まっていた。
彼女がまたがるようにしても微動だにしなかった。
柄の部分を両手で掴みながら、わかるだろ? というふうに微笑んでみせる。
「持って行くときはどうしてるのよ」
「それはほら、なんせこれでもまほうつかいだから」
「同じようにして持ってくればいいじゃない」
「それはそれで、これはこれってことだ」
彼女が軽く床を蹴る。
すい星のように尾を引きながら、脚立を飛び越え本棚のてっぺんまで飛んでゆく。
これで会話はおしまい、とばかりに。
いつものように興味をひかれる本を求めてあちらこちらを飛び回るのだろう。
そうして私はそれを気にしてしまい、手元のページを何度も読み返すことになるのだ。
繰り返し、繰り返される日常。
長い一日のほんのわずかな時間。
短くて、だからこそいつまでも続くように思えてしまうけれど。
「今日は、これを借りてくぜ」
「……そこに置いて」
いつの間に目を閉じてしまっていたのだろう。
不意に彼女の声がとなりで聞こえる。
少し遅れて返事をした私に彼女は気付いただろうか?
とすん、とすんと彼女のまわりに漂っている本が机の上に重ねられた。
一冊一冊表紙をなぞるようにしながら手元のメモへとタイトルを書き写す。
本来貸し出しのチェックなどする必要はなく、彼女がなんの本を手にしたか、なんてことは残っている本からすればすぐにわかることだった。
それでも、いつもそうしてしまうのは。
「――ん? なんだよ、顔になにかついてるか」
「べつに、なんでもないわ」
「そうか? なにか言いたげなように見えるけど」
「気のせいよ――、ああ、違うわね。言いたいことはたくさんあるけど」
「はいはい、また今度、歩いてくる気になったら持ってきてやるよ」
そんな気なんてないくせに――、そう投げかけられた言葉に、わかってるじゃん、と彼女は笑う。そうして後ろ手に扉を閉めた。
隙間から吹き込んでくる外気は冷たかった。
薄暗い空は最近めっきりと寒くなっている。
今夜は、雪になるかも知れない。
いつものように彼女を見送ろうとカーテンの方へと目をやった。
――こつん、と外から音がする。
私はあわてて曇り始めた窓ガラスへと手を伸ばす。
「……なぁ、アリス」
開け放たれた窓の向こう側。
目深に被った帽子の下で。
林檎のように頬を赤くする魔理沙がいた。
「今度は、あったかい紅茶でも飲みたくないか?」
「……気が向いたら、ね」
なんだか急に部屋を片付けたくなったぜ、と言い残し魔女は空を駆けてゆく。
私はそれを見送りながら、とっておきの紅茶レシピ本の棚へと向かう。
次に来るのはいつだろう。
そう思いながら過ぎてゆく時間は、とても素敵なものに思えた。
いつも同じような時間にやってくるような気もするし、そうでないような気もするけれど。
まぁ、きっと彼女なりのルールがあるのだ。私にはわからないし、聞いてみたところで答えてくれるかどうかも微妙なところだろう。
手元の本に視線を落とす。
ほどなく、目の前の扉が乱暴に開かれるはずだ。
扉に貼り付けた注意書きが守られたためしはなかった。
活字を指でなぞりながらもその内容を追うことをあきらめる。
いったい私の問いかけに彼女はどう答えるだろう。
なんとなく、理由なんてないさ、とはぐらかされてしまいそうな気がした。
きっとあの魔女は、真実など告げてはくれないだろう。
たとえ私のなにかと引き替えにしてさえも。
もっとも彼女がなにかを欲しがることなんてこと――
と、そこまで思い至ったころになり、ようやく扉が開かれた。
「――今日も来たぜ」
「……昨日は来なかったわね」
「一昨日は来ただろう」
黒と白の魔女は箒を片手にそう告げる。
当然のことだが掃除をしよう、だなんて殊勝なこころがけでいるはずもない。
「持って行った本はどうしたの」
「ああ、面白かったんで最初から普通に読んだ後、最後からまた読み直してみたらつまらなくはなかった」
「……わけがわからなくなるだけでしょう」
「そうでもないぜ。一度、読んでるからな」
私の側を素通りし、壁面を埋め尽くす背表紙に手をかける。取り出した本の厚さを確かめるように目のあたりまで持ち上げて、じぃっと見つめたあとでまた元にもどすということをいくどか繰り返した。
「それで、借りた本は返すってこと、知らないわけじゃないわよね」
「それくらい常識だろ。そんなことも知らないように見えるのか?」
「……だったら実行しなさいよ」
「それは無理ってもんだぜ。だって、ほら」
とん、と彼女は手にした箒で床を鳴らした。
「バランス取るのは、これで意外と難しい」
そうして腰のあたりに掲げるようにして箒から手を離す。
箒は糸で吊られているように中空に止まっていた。
彼女がまたがるようにしても微動だにしなかった。
柄の部分を両手で掴みながら、わかるだろ? というふうに微笑んでみせる。
「持って行くときはどうしてるのよ」
「それはほら、なんせこれでもまほうつかいだから」
「同じようにして持ってくればいいじゃない」
「それはそれで、これはこれってことだ」
彼女が軽く床を蹴る。
すい星のように尾を引きながら、脚立を飛び越え本棚のてっぺんまで飛んでゆく。
これで会話はおしまい、とばかりに。
いつものように興味をひかれる本を求めてあちらこちらを飛び回るのだろう。
そうして私はそれを気にしてしまい、手元のページを何度も読み返すことになるのだ。
繰り返し、繰り返される日常。
長い一日のほんのわずかな時間。
短くて、だからこそいつまでも続くように思えてしまうけれど。
「今日は、これを借りてくぜ」
「……そこに置いて」
いつの間に目を閉じてしまっていたのだろう。
不意に彼女の声がとなりで聞こえる。
少し遅れて返事をした私に彼女は気付いただろうか?
とすん、とすんと彼女のまわりに漂っている本が机の上に重ねられた。
一冊一冊表紙をなぞるようにしながら手元のメモへとタイトルを書き写す。
本来貸し出しのチェックなどする必要はなく、彼女がなんの本を手にしたか、なんてことは残っている本からすればすぐにわかることだった。
それでも、いつもそうしてしまうのは。
「――ん? なんだよ、顔になにかついてるか」
「べつに、なんでもないわ」
「そうか? なにか言いたげなように見えるけど」
「気のせいよ――、ああ、違うわね。言いたいことはたくさんあるけど」
「はいはい、また今度、歩いてくる気になったら持ってきてやるよ」
そんな気なんてないくせに――、そう投げかけられた言葉に、わかってるじゃん、と彼女は笑う。そうして後ろ手に扉を閉めた。
隙間から吹き込んでくる外気は冷たかった。
薄暗い空は最近めっきりと寒くなっている。
今夜は、雪になるかも知れない。
いつものように彼女を見送ろうとカーテンの方へと目をやった。
――こつん、と外から音がする。
私はあわてて曇り始めた窓ガラスへと手を伸ばす。
「……なぁ、アリス」
開け放たれた窓の向こう側。
目深に被った帽子の下で。
林檎のように頬を赤くする魔理沙がいた。
「今度は、あったかい紅茶でも飲みたくないか?」
「……気が向いたら、ね」
なんだか急に部屋を片付けたくなったぜ、と言い残し魔女は空を駆けてゆく。
私はそれを見送りながら、とっておきの紅茶レシピ本の棚へと向かう。
次に来るのはいつだろう。
そう思いながら過ぎてゆく時間は、とても素敵なものに思えた。
短いのは構いませんが、やはり何かしらの盛り上がりは欲しかったですね
お読みの方、コメントを残していただいた方、どうもありがとうございます。
今回は魔理沙とアリスのお話でした。アリスと本が似合うなー、ということで。
舞台は図書館のような図書室のような、きっちりした性格のアリスと適度に手を抜く魔理沙、でした。
盛り上がり……は、がんばりたいです。また短いのがいくつかあるので、
ほんと、4コマ漫画の1話くらいの感覚でもよろしければ投稿してみたいと思います。
それでは、重ねてお読みくださり、ありがとうございました。