「その……生えてるんだ」
霧雨魔理沙は神妙面持ちで告白した。打ち明ける、といった表現も正しい。
それを静かに聞き届けたのは博麗霊夢である。
門前雀羅の博麗神社。和室の居間に、ふたりはいた。
魔理沙は静かに続ける。
「でも、覆い被さってるのが取れないんだ。それで……抜くに、抜けなくて」
尻すぼみな言葉は、魔理沙の怯えの表れだ。緊張からか、湯呑みに口を付け喉を濡らした。
少しの沈黙。
そんな彼女を見かねた霊夢は、ぐいと身体を乗り出して、いう。
「だったら私が抜いてあげようか?」
その言葉を聞いた魔理沙の顔は、晴れやかではなかった。
「でも……怖い」
「そんなこといってたら、いつまで経っても気持ち悪いままでしょ」
霊夢の言葉通りだった。魔理沙は抜けないことに対する不快感を持っている。抜いてしまうのが本来正しいことだ。
けれども同時に、抜くことに対する恐怖感を持っていた。
魔理沙はそのふたつの間に板挟みになっていた。だから霊夢に相談した。
相談された霊夢のするべき正しい対処とは、強制的に抜いてあげることだった。
「ほら、痛くしないから――」
「や、やめろ……!」
暴れるのをものともせず、霊夢は魔理沙を畳の上へ押し倒した。
そして、手を突っ込む。
「は、ひゃ……」
緩やかな拒絶はただの強がりである。魔理沙はぎゅっと目を閉じて、霊夢の手を受け入れていた。
目尻に涙を溜め、身を竦めている。
霊夢はそれの頭を撫でて、硬いけれどもされるがままになるその感触を楽しんでいた。そして、対照的に縮こまっている魔理沙の反応を見て楽しんでいた。
けれどもしばらくして、いつまでも生殺しのままでは悪いと思ったのか、霊夢はそれを掴む力を強くした。
もう、それを抜いてあげようというのだ。
「ちゃんとしてないと、失神しても知らないわよ」
その言葉を聞いて、魔理沙は霊夢の服を掴んで頼りにした。それが彼女にとってちゃんとすることだった。
霊夢は苦笑。
そして、改めて気を引き締める。
「いくわよ――」
そのとき、音が響いた。部屋の外と内を隔てる障子が開かれた音だ。
障子を開いた主は仁王立ちで、柔和な笑みを携えている。背から光を受け、悠然とそこに佇んでいる。
彼女の名は、幽香だ。
「貴方達、楽しそうなことしてるわね」
挨拶代わりの言葉。霊夢は鬱陶しそうに幽香を見た。
そして、ゆっくりと――魔理沙の口から手を引き抜いた。
魔理沙のそれは抜けていない。下顎の骨に沿って並ぶ歯のうち、たったひとつが、浮ついたままになっていた。
□
「幽香のせいで、歯が抜けなかったじゃないか!」
魔理沙は怒っていたが、出た言葉は少し呂律が回っていなかった。
抜けかかっている歯がどうしても気になるようだった。
責任を押し付けられた幽香は涼しい顔をしながら緩やかに反論する。
「魔理沙の往生際が悪いからよ」
そういって、笑う。つられて霊夢も顔に笑みを浮かべる。ふたりにとっては笑い話に過ぎなかった。
それでも魔理沙は真剣だったのだが、その真剣みがさらにふたりをおかしくさせるのだった。
「もう自分でちゃっちゃと抜いちゃえばいいわ」
「それが出来たら誰も苦労してない」
「別に虫歯じゃなくて自然に生え変わる歯なんだから、気にしなければいいだけのことよ」
「それも出来れば苦労してない。それに、私は一刻も早くこの歯を抜いてしまいたいんだ」
魔理沙は困り顔だ。
ならば、と幽香は立ち上がった。
「だったら、私が抜いてあげるわよ」
そういって魔理沙に歩み寄る。その笑みは先よりも深くなっていた。口元が大きく歪んで、目を大きく開いていた。
好奇心の対象を見つめる眼だ。
そんな幽香の様子を見て、魔理沙は引いた。
「い、嫌だ。幽香になんて任せたくない」
魔理沙は腰を滑らせるように、畳の上を逃げる。それに追いすがる幽香。
けれども部屋はそれほど広くはない。加えて中央には卓袱台が立ちはだかっている。魔理沙に逃げる先など無かった。
だから魔理沙は、霊夢のところまでやってきて、泣きついた。
「れいむ~、助けてくれ……」
けれど霊夢は、あまり興味を示さず、正座のままただ茶を啜っていた。
「別に歯が抜けるなら助けなくてもいいんじゃないかしら」
「そ、そんなあ……」
話している間に、じりじりと追い詰めるように近づいてきた幽香もすぐそこまで来ていた。
魔理沙は自分の口を見せないように、霊夢の胸に顔を埋めた。霊夢の身体にしがみつき、徹底抗戦の構えを見せた。
対する幽香は考えた。
頭は霊夢に預けている魔理沙。けれどもその脚は幽香の方に投げ出されている。それはとても無防備だった。
黒のスカートの下には白のレースの生地。その下には、これまた白のドロワーズの裾が波打っていた。
幽香はおもむろにそれを掴んだ。
「こっちを向かないと大変なことになるわよー」
いって、幽香はそれをじわじわと脚の方へ引いた。スカートの中から、ドロワーズが徐々に姿を現していく。
同時にスカートの中で、魔理沙の素肌が露になっているのだろう。
魔理沙は幽香に直接抵抗せず、霊夢にしがみついたまま頭を振った。それでも幽香は止めなかった。
「ん~、ん~っ!」
必死に唸る。が、幽香の前には糠に釘、豆腐に鎹もいいところだ。それでは彼女を止めることはできまい。
「ほら、さっさとこっちを向きなさい」
「いーやーだっ!」
魔理沙は叫んだ。
その声に、幽香は眉をぴくりと動かした。何か感じるところがあるらしかった。
幽香は、一旦ドロワーズを引くのを止め、
「もう、仕方ないわねぇ……」
言葉が終わると同時、一気に魔理沙のドロワーズを抜き取った。
見せびらかすように宙を舞うドロワーズ。
魔理沙は反射的にスカートを押さえる。同時に、霊夢による防御を解いてしまった。
幽香を睨む。
「うう……卑怯だ……」
魔理沙の顔は紅かった。その瞳は潤んで、揺れていた。
「さっさと口を開けて見せれば、私もこんな風にはしなかったわよ」
言葉の後、幽香は鼻で笑った。この状況を心底楽しんでいる様子だった。
それでも、ここまで来ても、魔理沙は口を噤み、幽香が手を入れようとするのを拒んだ。彼女にそれをさせているのは、歯を抜くことに対する恐怖よりも単なる意地のようだった。
「もう。そのままだんまりだったら、両脚掴んでそこらをジャイアントスイングしながら駆けずり回るわよ」
「……うーうー」
脅しの前にも魔理沙は口を開かなかった。魔理沙は譲らなかった。
やがて幽香は、半ば諦めた風に――半ば嬉しそうに、魔理沙の両脚を手を伸ばした。
しかし、その手が触れる前に、霊夢が口を開いた。
「しょうがないわね、魔理沙は」
「れ、霊夢……!」
魔理沙は顔を綻ばせ、霊夢に抱きついた。自分を守ってもらえるのだと、安心した表情で霊夢に身を任せた。
霊夢はひとつ溜め息を吐く。
続いて2、3度、魔理沙の頭を撫でる。
そして――魔理沙の口に強引に指を突っ込むと、そのまま引っ張って幽香の方へと向けた。
抱きついている魔理沙を引き剥がすような動きでもあった。
「――ほら、幽香。さっさと抜いてやりなさい」
霊夢のバカヤロウ、裏切り者、そんな風に魔理沙は叫んでいたかもしれないが、そんなものは聞こえなかった。
幽香は魔理沙の口に手を入れ、その歯を掴む。
そして、その腕を勢いよく引き抜いたのだった。
□
口元を押さえ、言葉にならない声を叫ぶ魔理沙。
けれども、すぐに目をぱちくりとさせた。
「……あんまり痛くなかった」
「そりゃあ、そうでしょうに」
霊夢は呆れていた。幽香はというと、抜き取った魔理沙の歯をいろいろな角度からためつすがめつ眺めていた。
そんな幽香の様子に魔理沙は気付いた。
「なあ、それ、私にも見せてくれないか」
自分の身体の一部でありながら、自分ではほとんど見ることのないもの。それが自分の身体を離れ、手に取ってみることが出来る。
それは魔理沙にとって――いや、恐らく誰にとってもとても珍しく、興味のあることだった。
魔理沙は自身の歯を受け取るために、幽香に向かって手を出した。
それを見た幽香は――にへら、と笑った。
「イヤよっ」
満面の笑みでそう告げたかと思うと、身体を捻り、戸に向かって走り出した。
「ま……待てよ!」
一体何をしようとしているのか、その答えに魔理沙は見当がついた。
少し遅れて魔理沙は追いかける。
ふたりはすぐに外へ出た。
幽香は、神社の正面まで回った。抜けた歯を指先でつまみ、見せ付けている。そうやって魔理沙が来るのを待っている。
「やめろ!」
制止の言葉を掛ける。その表情は、必死、だ。
そして、魔理沙があと少し手を伸ばせば届くような距離に至ったところで――。
幽香は歯を持っていた手を、大きく振りかぶった。
上空、社の上へ向かっての投擲体勢。
魔理沙の手が幽香を掴む、その寸でのところで――腕を振り上げた。
「あー!! あー!!」
魔理沙は叫ぶ。何も掴める訳ではないが、空へ向かって手を伸ばしていた。
「あー……」
魔理沙にとって抜けた歯は彼女を苦しめてきたものだが、抜けたときからそれは彼女の喜びに変わっていた。
魔理沙にしてみれば、その歯は一時的にでも大事に持っておきたいものだった。
そして、気持ちが済んだ頃に、まじないとして、歯を屋根の上に放り投げる。魔理沙はそうやって歯が抜けるという一大イベントを過ごしたかったのだ。
それが叶わなかったのだ、と魔理沙は絶望に打ちひしがれていた。
「何で……」
肩が震えている。
「何で勝手なことするんだよぉ……。私が投げたかったのに……」
魔理沙は項垂れていた。歯を噛み締めた。
幽香に喜びを取られたことが悔しくて溜まらなかった。
「――ひっ」
ひとつ声を上げた。そして、魔理沙は声を上げて泣き始めた。
泣きじゃくる。
溢れ出る涙を手で拭うが、後からどんどん流れてきて切りが無かった。
それを隠すように、無念をぶつけるように、魔理沙は腕を振り上げて幽香の胸を叩いた。
何度も何度も叩いた。
「ばかー! ばがー……っ!」
響く声はくぐもっていた。
魔理沙は周りも気にせず、大声で泣いた。そうしなければ気が済まなかった。
すると、頭の上に手が置かれた。それは幽香の手だった。魔理沙はそれを払いのける。
魔理沙にとって事の主犯である幽香に慰められるのは屈辱でしかなかった。
けれど今度は、幽香は魔理沙に見えるように手の平を広げて見せた。
そこには――、
「うう……?」
幽香が投げたと思っていた魔理沙の歯が転がっていた。
魔理沙は疑問に思った。一瞬何が何だか判らなくなって、泣くことを止めてしまうほどに。
そんな魔理沙に幽香は笑いかける。
「――まさか、本当に投げるわけないでしょう?」
魔理沙は歯を手に取った。
それを凝然と眺めて、だんだんと幽香が歯を投げたわけじゃないことが、歯が自分の手元に戻ってきたことが理解できて、思わず笑った。
まだ声は濁っていたが、安心で笑顔を浮かべずにはいられないのだ。
「……幽香のばか」
「ふふ、悪かったわ」
「ばかー! ばかばかばかばかっ……!」
「もう、魔理沙ったら可愛いわね」
幽香は魔理沙を抱きしめた。魔理沙は鬱陶しがったが、幽香の腕の中にすっぽりと収まってしまって動けなかった。
「ほら、歯。投げてもいいのよ」
「う……うん!」
幽香の腕から解き放たれた魔理沙は大きく頷いた。
神社に向き直る。そして、腕を振りかぶり、力一杯放り投げた。
魔理沙の手を離れた白い点は、大きな放物線を描いて屋根の上に消えていった。
そのあとに、余韻を味わうような無音。
そして、魔理沙は嬉しそうに幽香を見た。
「歯、落ちてこなかった! 一発で屋根の上に乗った!」
「やったじゃない」
「うん!」
魔理沙は嬉しさの余り、そこらを跳び回っていた。幽香はその様子を眺めていた。
そんな状態が続いた。
しばらくすると、面が騒がしいことに我慢できなくなった霊夢がふたりの元へ歩いてきた。
魔理沙はそんな霊夢を見つけると、叫んだ。
「霊夢、見た!? 一回も失敗しないで歯を屋根の上に乗せることが出来たんだぜ!」
「へえ、見てないけど、良かったじゃない」
「なんだよー。霊夢にもちゃんと見せればよかったな」
魔理沙は誇らしげに胸を張っていた。
そんな魔理沙を見て、幽香は頭を撫でた。
「な、何だよ……」
「魔理沙があんまりにも可愛いものだから」
だって、と幽香は笑う。
「――歯を取り戻すのに夢中で、ここまでノーパンで追っかけてくるのだもの」
そういって、幽香は魔理沙のスカートの裾を持ち上げた。
……何が起こったのか判らない魔理沙。その向こうでぽかん、とする霊夢。
しかし、やけに下半身が涼しいことに気付いた魔理沙。
「わー! わーわー!!」
咄嗟にスカートを前後で押さえる魔理沙。耳まで真っ赤になる魔理沙。
もちろん面白がって止めない幽香。
「もう、魔理沙ったら可愛いんだから!」
「やめろーばかー!!」
じゃれあうふたり。
そんな状況を見つめている霊夢は少し考えた。
……多分自分は、魔理沙に助けを求められているのだろう、と。
だったら、霊夢はどうすればいいのか。
考えた末に出した答えは――魔理沙に抱きつくことだった。
「霊夢のばか――!」
「何いってるの……魔理沙がそんなに可愛いからいけないのよ」
「そうよねぇ」
「そんな、可愛いとか……やっ、スカートがぁ……」
そうやって3人は魔理沙のスカートを持ってじゃれあっていた。
もつれるような、まるでおしくらまんじゅうでもしているかのような光景だった。
霧雨魔理沙は神妙面持ちで告白した。打ち明ける、といった表現も正しい。
それを静かに聞き届けたのは博麗霊夢である。
門前雀羅の博麗神社。和室の居間に、ふたりはいた。
魔理沙は静かに続ける。
「でも、覆い被さってるのが取れないんだ。それで……抜くに、抜けなくて」
尻すぼみな言葉は、魔理沙の怯えの表れだ。緊張からか、湯呑みに口を付け喉を濡らした。
少しの沈黙。
そんな彼女を見かねた霊夢は、ぐいと身体を乗り出して、いう。
「だったら私が抜いてあげようか?」
その言葉を聞いた魔理沙の顔は、晴れやかではなかった。
「でも……怖い」
「そんなこといってたら、いつまで経っても気持ち悪いままでしょ」
霊夢の言葉通りだった。魔理沙は抜けないことに対する不快感を持っている。抜いてしまうのが本来正しいことだ。
けれども同時に、抜くことに対する恐怖感を持っていた。
魔理沙はそのふたつの間に板挟みになっていた。だから霊夢に相談した。
相談された霊夢のするべき正しい対処とは、強制的に抜いてあげることだった。
「ほら、痛くしないから――」
「や、やめろ……!」
暴れるのをものともせず、霊夢は魔理沙を畳の上へ押し倒した。
そして、手を突っ込む。
「は、ひゃ……」
緩やかな拒絶はただの強がりである。魔理沙はぎゅっと目を閉じて、霊夢の手を受け入れていた。
目尻に涙を溜め、身を竦めている。
霊夢はそれの頭を撫でて、硬いけれどもされるがままになるその感触を楽しんでいた。そして、対照的に縮こまっている魔理沙の反応を見て楽しんでいた。
けれどもしばらくして、いつまでも生殺しのままでは悪いと思ったのか、霊夢はそれを掴む力を強くした。
もう、それを抜いてあげようというのだ。
「ちゃんとしてないと、失神しても知らないわよ」
その言葉を聞いて、魔理沙は霊夢の服を掴んで頼りにした。それが彼女にとってちゃんとすることだった。
霊夢は苦笑。
そして、改めて気を引き締める。
「いくわよ――」
そのとき、音が響いた。部屋の外と内を隔てる障子が開かれた音だ。
障子を開いた主は仁王立ちで、柔和な笑みを携えている。背から光を受け、悠然とそこに佇んでいる。
彼女の名は、幽香だ。
「貴方達、楽しそうなことしてるわね」
挨拶代わりの言葉。霊夢は鬱陶しそうに幽香を見た。
そして、ゆっくりと――魔理沙の口から手を引き抜いた。
魔理沙のそれは抜けていない。下顎の骨に沿って並ぶ歯のうち、たったひとつが、浮ついたままになっていた。
□
「幽香のせいで、歯が抜けなかったじゃないか!」
魔理沙は怒っていたが、出た言葉は少し呂律が回っていなかった。
抜けかかっている歯がどうしても気になるようだった。
責任を押し付けられた幽香は涼しい顔をしながら緩やかに反論する。
「魔理沙の往生際が悪いからよ」
そういって、笑う。つられて霊夢も顔に笑みを浮かべる。ふたりにとっては笑い話に過ぎなかった。
それでも魔理沙は真剣だったのだが、その真剣みがさらにふたりをおかしくさせるのだった。
「もう自分でちゃっちゃと抜いちゃえばいいわ」
「それが出来たら誰も苦労してない」
「別に虫歯じゃなくて自然に生え変わる歯なんだから、気にしなければいいだけのことよ」
「それも出来れば苦労してない。それに、私は一刻も早くこの歯を抜いてしまいたいんだ」
魔理沙は困り顔だ。
ならば、と幽香は立ち上がった。
「だったら、私が抜いてあげるわよ」
そういって魔理沙に歩み寄る。その笑みは先よりも深くなっていた。口元が大きく歪んで、目を大きく開いていた。
好奇心の対象を見つめる眼だ。
そんな幽香の様子を見て、魔理沙は引いた。
「い、嫌だ。幽香になんて任せたくない」
魔理沙は腰を滑らせるように、畳の上を逃げる。それに追いすがる幽香。
けれども部屋はそれほど広くはない。加えて中央には卓袱台が立ちはだかっている。魔理沙に逃げる先など無かった。
だから魔理沙は、霊夢のところまでやってきて、泣きついた。
「れいむ~、助けてくれ……」
けれど霊夢は、あまり興味を示さず、正座のままただ茶を啜っていた。
「別に歯が抜けるなら助けなくてもいいんじゃないかしら」
「そ、そんなあ……」
話している間に、じりじりと追い詰めるように近づいてきた幽香もすぐそこまで来ていた。
魔理沙は自分の口を見せないように、霊夢の胸に顔を埋めた。霊夢の身体にしがみつき、徹底抗戦の構えを見せた。
対する幽香は考えた。
頭は霊夢に預けている魔理沙。けれどもその脚は幽香の方に投げ出されている。それはとても無防備だった。
黒のスカートの下には白のレースの生地。その下には、これまた白のドロワーズの裾が波打っていた。
幽香はおもむろにそれを掴んだ。
「こっちを向かないと大変なことになるわよー」
いって、幽香はそれをじわじわと脚の方へ引いた。スカートの中から、ドロワーズが徐々に姿を現していく。
同時にスカートの中で、魔理沙の素肌が露になっているのだろう。
魔理沙は幽香に直接抵抗せず、霊夢にしがみついたまま頭を振った。それでも幽香は止めなかった。
「ん~、ん~っ!」
必死に唸る。が、幽香の前には糠に釘、豆腐に鎹もいいところだ。それでは彼女を止めることはできまい。
「ほら、さっさとこっちを向きなさい」
「いーやーだっ!」
魔理沙は叫んだ。
その声に、幽香は眉をぴくりと動かした。何か感じるところがあるらしかった。
幽香は、一旦ドロワーズを引くのを止め、
「もう、仕方ないわねぇ……」
言葉が終わると同時、一気に魔理沙のドロワーズを抜き取った。
見せびらかすように宙を舞うドロワーズ。
魔理沙は反射的にスカートを押さえる。同時に、霊夢による防御を解いてしまった。
幽香を睨む。
「うう……卑怯だ……」
魔理沙の顔は紅かった。その瞳は潤んで、揺れていた。
「さっさと口を開けて見せれば、私もこんな風にはしなかったわよ」
言葉の後、幽香は鼻で笑った。この状況を心底楽しんでいる様子だった。
それでも、ここまで来ても、魔理沙は口を噤み、幽香が手を入れようとするのを拒んだ。彼女にそれをさせているのは、歯を抜くことに対する恐怖よりも単なる意地のようだった。
「もう。そのままだんまりだったら、両脚掴んでそこらをジャイアントスイングしながら駆けずり回るわよ」
「……うーうー」
脅しの前にも魔理沙は口を開かなかった。魔理沙は譲らなかった。
やがて幽香は、半ば諦めた風に――半ば嬉しそうに、魔理沙の両脚を手を伸ばした。
しかし、その手が触れる前に、霊夢が口を開いた。
「しょうがないわね、魔理沙は」
「れ、霊夢……!」
魔理沙は顔を綻ばせ、霊夢に抱きついた。自分を守ってもらえるのだと、安心した表情で霊夢に身を任せた。
霊夢はひとつ溜め息を吐く。
続いて2、3度、魔理沙の頭を撫でる。
そして――魔理沙の口に強引に指を突っ込むと、そのまま引っ張って幽香の方へと向けた。
抱きついている魔理沙を引き剥がすような動きでもあった。
「――ほら、幽香。さっさと抜いてやりなさい」
霊夢のバカヤロウ、裏切り者、そんな風に魔理沙は叫んでいたかもしれないが、そんなものは聞こえなかった。
幽香は魔理沙の口に手を入れ、その歯を掴む。
そして、その腕を勢いよく引き抜いたのだった。
□
口元を押さえ、言葉にならない声を叫ぶ魔理沙。
けれども、すぐに目をぱちくりとさせた。
「……あんまり痛くなかった」
「そりゃあ、そうでしょうに」
霊夢は呆れていた。幽香はというと、抜き取った魔理沙の歯をいろいろな角度からためつすがめつ眺めていた。
そんな幽香の様子に魔理沙は気付いた。
「なあ、それ、私にも見せてくれないか」
自分の身体の一部でありながら、自分ではほとんど見ることのないもの。それが自分の身体を離れ、手に取ってみることが出来る。
それは魔理沙にとって――いや、恐らく誰にとってもとても珍しく、興味のあることだった。
魔理沙は自身の歯を受け取るために、幽香に向かって手を出した。
それを見た幽香は――にへら、と笑った。
「イヤよっ」
満面の笑みでそう告げたかと思うと、身体を捻り、戸に向かって走り出した。
「ま……待てよ!」
一体何をしようとしているのか、その答えに魔理沙は見当がついた。
少し遅れて魔理沙は追いかける。
ふたりはすぐに外へ出た。
幽香は、神社の正面まで回った。抜けた歯を指先でつまみ、見せ付けている。そうやって魔理沙が来るのを待っている。
「やめろ!」
制止の言葉を掛ける。その表情は、必死、だ。
そして、魔理沙があと少し手を伸ばせば届くような距離に至ったところで――。
幽香は歯を持っていた手を、大きく振りかぶった。
上空、社の上へ向かっての投擲体勢。
魔理沙の手が幽香を掴む、その寸でのところで――腕を振り上げた。
「あー!! あー!!」
魔理沙は叫ぶ。何も掴める訳ではないが、空へ向かって手を伸ばしていた。
「あー……」
魔理沙にとって抜けた歯は彼女を苦しめてきたものだが、抜けたときからそれは彼女の喜びに変わっていた。
魔理沙にしてみれば、その歯は一時的にでも大事に持っておきたいものだった。
そして、気持ちが済んだ頃に、まじないとして、歯を屋根の上に放り投げる。魔理沙はそうやって歯が抜けるという一大イベントを過ごしたかったのだ。
それが叶わなかったのだ、と魔理沙は絶望に打ちひしがれていた。
「何で……」
肩が震えている。
「何で勝手なことするんだよぉ……。私が投げたかったのに……」
魔理沙は項垂れていた。歯を噛み締めた。
幽香に喜びを取られたことが悔しくて溜まらなかった。
「――ひっ」
ひとつ声を上げた。そして、魔理沙は声を上げて泣き始めた。
泣きじゃくる。
溢れ出る涙を手で拭うが、後からどんどん流れてきて切りが無かった。
それを隠すように、無念をぶつけるように、魔理沙は腕を振り上げて幽香の胸を叩いた。
何度も何度も叩いた。
「ばかー! ばがー……っ!」
響く声はくぐもっていた。
魔理沙は周りも気にせず、大声で泣いた。そうしなければ気が済まなかった。
すると、頭の上に手が置かれた。それは幽香の手だった。魔理沙はそれを払いのける。
魔理沙にとって事の主犯である幽香に慰められるのは屈辱でしかなかった。
けれど今度は、幽香は魔理沙に見えるように手の平を広げて見せた。
そこには――、
「うう……?」
幽香が投げたと思っていた魔理沙の歯が転がっていた。
魔理沙は疑問に思った。一瞬何が何だか判らなくなって、泣くことを止めてしまうほどに。
そんな魔理沙に幽香は笑いかける。
「――まさか、本当に投げるわけないでしょう?」
魔理沙は歯を手に取った。
それを凝然と眺めて、だんだんと幽香が歯を投げたわけじゃないことが、歯が自分の手元に戻ってきたことが理解できて、思わず笑った。
まだ声は濁っていたが、安心で笑顔を浮かべずにはいられないのだ。
「……幽香のばか」
「ふふ、悪かったわ」
「ばかー! ばかばかばかばかっ……!」
「もう、魔理沙ったら可愛いわね」
幽香は魔理沙を抱きしめた。魔理沙は鬱陶しがったが、幽香の腕の中にすっぽりと収まってしまって動けなかった。
「ほら、歯。投げてもいいのよ」
「う……うん!」
幽香の腕から解き放たれた魔理沙は大きく頷いた。
神社に向き直る。そして、腕を振りかぶり、力一杯放り投げた。
魔理沙の手を離れた白い点は、大きな放物線を描いて屋根の上に消えていった。
そのあとに、余韻を味わうような無音。
そして、魔理沙は嬉しそうに幽香を見た。
「歯、落ちてこなかった! 一発で屋根の上に乗った!」
「やったじゃない」
「うん!」
魔理沙は嬉しさの余り、そこらを跳び回っていた。幽香はその様子を眺めていた。
そんな状態が続いた。
しばらくすると、面が騒がしいことに我慢できなくなった霊夢がふたりの元へ歩いてきた。
魔理沙はそんな霊夢を見つけると、叫んだ。
「霊夢、見た!? 一回も失敗しないで歯を屋根の上に乗せることが出来たんだぜ!」
「へえ、見てないけど、良かったじゃない」
「なんだよー。霊夢にもちゃんと見せればよかったな」
魔理沙は誇らしげに胸を張っていた。
そんな魔理沙を見て、幽香は頭を撫でた。
「な、何だよ……」
「魔理沙があんまりにも可愛いものだから」
だって、と幽香は笑う。
「――歯を取り戻すのに夢中で、ここまでノーパンで追っかけてくるのだもの」
そういって、幽香は魔理沙のスカートの裾を持ち上げた。
……何が起こったのか判らない魔理沙。その向こうでぽかん、とする霊夢。
しかし、やけに下半身が涼しいことに気付いた魔理沙。
「わー! わーわー!!」
咄嗟にスカートを前後で押さえる魔理沙。耳まで真っ赤になる魔理沙。
もちろん面白がって止めない幽香。
「もう、魔理沙ったら可愛いんだから!」
「やめろーばかー!!」
じゃれあうふたり。
そんな状況を見つめている霊夢は少し考えた。
……多分自分は、魔理沙に助けを求められているのだろう、と。
だったら、霊夢はどうすればいいのか。
考えた末に出した答えは――魔理沙に抱きつくことだった。
「霊夢のばか――!」
「何いってるの……魔理沙がそんなに可愛いからいけないのよ」
「そうよねぇ」
「そんな、可愛いとか……やっ、スカートがぁ……」
そうやって3人は魔理沙のスカートを持ってじゃれあっていた。
もつれるような、まるでおしくらまんじゅうでもしているかのような光景だった。
なんという幼分
魔理沙が可愛すぎて…
子供の頃ってこんな感じだったよなぁ。とにかく上手い。
ああでも冥土の土産にこんな話をまた読みたい…
博麗霊夢さんじゅうよんさい
風見幽香さんじゅうろくさい
将来親御さんになる方がいらっしゃることを見越して一応。
グラグラした歯に紐をつけてぐいぐい乱暴に引っ張っちゃダメよ。
すでに大人の歯の芽が乳歯の下にあるから歯の根をいじりすぎると
変な方向に歯が生えて悪い歯並びの原因になっちゃうぞ、ちゃんと歯医者に行こう。
同じ理由で乳歯の虫歯もちゃんと治しておこうね。
親知らずが全て悲惨な状態になった頃、ネットで知った私との約束だ。
この魔理沙が何歳であろうとゆうかりんのおねえさん臭は正義
結果としておぜう様みたいな乱杭な犬歯が生えました
あとルール違反ですが、35氏
三十何歳じゃないですよね?ね?
何はともあれ、魔理沙可愛い。