どうしようもない、輪環のお話。
/1 慟哭の少女
今日もまた、神社の裏庭を使って宴会。萃香が小細工していたあの時ほどじゃないけれど、最近は週に一度かそのくらいはやってる。よくもまあ飽きないもんだ、と幹事は呆れ半分で笑われたりしてる。
その幹事はもちろん魔理沙であって、幹事であるからして、宴会には欠けることなくやって来る。今までと同じ。けれど、いつの間にか少し変わってる。一番乗りじゃなくなった。それなりに人数が集まってきたところで、悪いな、遅れた、なんて言いながらここに来るようになった。まったく悪びれないで、それどころか嬉しそうにして。嬉しそうにしてるのに気づいてるのは、私だけかもしれない。遅い遅いと萃香とかレミリアとかが不満を言って、だけど酒を飲んですぐに忘れる。萃香やレミリアに限らない、みんなたぶんそんなもんだ。
とにかく、魔理沙はいつからか、宴会に遅れて来るようになった。
アリスと一緒に。
アリスはたぶん、こういう賑やかな集まりが嫌いってわけじゃない。でもそれに縋らなきゃいけないくらいに寂しさを感じたりもしてないんだと思う。魔理沙や私みたいに欠席無しの皆勤賞というわけじゃなくて、ちょこちょこ宴会に来ないこともあった。そういう時はたいがい人形作りや魔法の研究に新たな視界が開けたとかで、家に篭って作業をしていたらしい。宴会をすっぽかしたことを残念がるふうでもなくて、むしろ新たな発見に目を輝かせて、そういった話を聞いても何がわかるわけでもない私にいろいろと語ってきたりしていた。
そんなアリスが、最近は欠席なし。魔理沙に付いて、欠かさずここにやって来ている。宴会の最中でもこころなしか二人は一緒にいる時が多い。それはいちおう魔法使い同士で趣味が合うからだろうか、あるいは私が変に意識してしまってそう感じているだけだろうか。それがどちらかはわからないけれど、アリスに何らかの変化があったのは確かなんだと思う。
訊いてみたのはいつだっただろうか。そう、なんて意地が悪いんだろうと思いながら、でも止められなくて、訊いてみたことがあった。最近ずいぶん出席率が高いわね。前は研究やら何やらで休んでたこともあったけど、最近は進展とか無いのかしら?
本当に、嫌な女だ。こんな嫌味ったらしいことを言う自分に罪悪感を感じて、罪悪感で自分を正当化しようとしていることに気づいて、本当、嫌になって。魔理沙への気持ちがそう言わせてるんじゃないかって、そんな思考が本の一瞬脳裏をよぎって、自分を殴りたくなった。私が汚くてどうしようもないなら、私の気持ちもおんなじように汚くなっちゃってるのかもしれない。でも、そこだけは侵されたくない。意地みたいなものだと思う。魔理沙のせいにはしたくない。
アリスは、仕方ないなあって顔で答えた。誰が仕方ないんだろう。魔理沙? それとも私? でも、仕方ないなあって思いながら受け入れてもいるみたいで、慈しみとか、親愛とか、そんなのもひっくるめた緩んだ笑みで、仕方ないなあって感じだったから、たぶん、魔理沙だ。私のことだったら、きっとあんな顔はしない。私のことをわかってるんだったら、虫けらみたいな、救いのないくだらないものを見るみたいな感じで、近寄らないでとでも言いたげに、嫌々しく答えたに違いない。
アリスの答えは、たったの一言だった。宴会に来て、お酒を飲みたいなあと思って。それだけ。アリスはそれだけ言った。するとタイミングを見計らったみたいに魔理沙が赤い顔でやって来て、おおいアリス何やってるんだ紫がいい酒持って来たみたいだ早く飲もうぜ、なんて言ってアリスの腕を引っ張っていって、私は一人その場に残された。
顔を熱くして、口の中でぎりっと音を鳴らして、爪が食い込むくらいに拳を握り締めた、そんな私の様子に、アリスも魔理沙も気づかなかっただろう。ああ、嘘は言ってない。嘘は言ってないけど、抜けてるよね。魔理沙と、ってのが抜けてる。ああ、くそ。アリスアリスアリス。その隙だらけの背にありったけの霊力を込めた針を投げつけてやりたい。あの洋服をぼろぼろにしてあの白い肌をめちゃめちゃにしてやりたい。あの綺麗な顔を見る影も無くしてやったら、魔理沙はもうアリスのことなんて。だめだ。違う。そんなことしたら魔理沙が悲しむ。なんで。なんでアリスなの。
ぽろぽろ涙が零れてきて、外からは魔理沙が何か強い酒を一気飲みしてるみたいで歓声が聞こえてきて、耳に入ってくる声を咀嚼すると、紫の美味い酒を飲みたいならその前にこれを飲みななんて萃香が立ちはだかったみたいで、魔理沙はそれを飲んで、飲み干して、紫の酒を勝ち取って、ちょっとばかりそれを飲んだけど、もうだめだーなんてそれで倒れちゃって、残した酒はアリスにあげたみたいだ。バカみたいだ。違う。バカは私だ。こんなふうに一人で残されて、何もしないで子供みたいに泣いて。魔理沙は、アリスに好かれたいと思って、一生懸命に頑張ってるのに。
でも、だめだよ。無理だよ。頑張れない。
だって魔理沙は、アリスが好きなのに。
幼馴染やってて、普段から暇とあれば、何もすることが無いってわかってるのにうちに来て、だらだらだらだらして、そんな時間をずっと過ごしてきて、これからもきっとそうなるって思ってたのに。異変解決で協力したりはしなくても、何故だかいっつも隣にいて。他の誰とも違う特別で、魔理沙だってそう感じてくれてるって思ってたのに。いつからずれたんだろう。魔理沙がここに来ることはほんのちょっとずつ少なくなって、ここに来た時には不意にアリスの話を始めることが多くなって、ここに来るのにもアリスと一緒のことが増えてきて、そうしていつのまにか、もう完全に魔理沙はアリスを追いかけてた。
他の連中は魔理沙の気持ちに気づいてないみたいだけど、私からしたら一目瞭然だ。誰よりも魔理沙を見てる。そんな自信がある。
自信があった、かもしれない。この先はどうなるんだろう。だって、たぶん、アリスもほんの少しずつ魔理沙のことを見始めてる。仕方ないなあなんて、姉が妹に向けるみたいに、ばたばた走って自分のことを追いかけてきてる奴に、振り向きかけてるんだと思う。そのうち二人の時間が増えたら、私よりも、アリスのほうが魔理沙のことを知るようになるのかもしれない。だって、何より、私は人間だ。
魔理沙はきっと、魔法使いになるんだろうと思う。アリスを追いかけて。私は残される。博麗の巫女は人間のまま生きて、人間のまま死ぬ。いずれお邪魔虫は消えて、二人はハッピーエンド。お邪魔虫、か。そんなことないのかもしれない。たぶん私は、二人にとってお邪魔ですらない。
たとえば。私が魔理沙に、思っていることを、全部伝えたら。
アリスばかり見てたら嫌だ。私を。私のことを見て。ここにいて。ずっと、昔みたいに、私達だけの時間を、また。
そんな想像を、したりもする。想像するだけだ。怖くて、恐ろしくてできやしない。だって私は、たぶんまだ、魔理沙のことを誰よりわかってる。こんなふうに伝えたところで、魔理沙は振り返らない。ごめん、できない、じゃあなって別れの言葉を投げつけられて、それで終わりだ。私の想像、夢の中で、もう何度も、そうなってる。その夢の続きでは、もう、たまにすら魔理沙はここに来ない。私との関係に罅が入って、話しづらくなって、適当に二代目を見繕って、宴会の幹事も降りる。神社ばかりってのもなんだから、とか言って、他の場所での宴会が増えるようにする。そうして神社での宴会には来なくなる。
きっと、そうなるから。私は誰より、魔理沙をわかってるから。
私は魔理沙に何も言わない。自分から壊すことはしない。このままの、罅が入りそうな危うい、だけど終わることが無い関係を続けることにする。
もしも。
もしも私の願いが叶うことがあるなら、それは、アリスが。
アリスが、魔理沙のことを拒絶した時だけだ。
◆ ◆ ◆
/2 顧みぬ少女
いつから、と言われても、いつのまにかとしか言いようがない。
霊夢は私にとって友達だった。長いことつるんだ、それなりに気心の知れてる、友達。咲夜だとか早苗だとかパチュリーだとか仲の良い連中はいろいろいるけど、そいつらとは一線を画した、大切な大切な。間違いなく、どうしようもないくらいに、友情だった。
でもどうしてか、アリスはそれとは違った。それだけのことだ。
結局、どうしようもないことなんだよ。私が霊夢を友達としてしか見れない、見たくないなんてことも、アリスとそれ以上を望んでるってことも。恋の魔法使いが言うけどな、そういうのって、自分のことなんだけど、自分ではどうしようもないところでどうしようもないことになっちゃうんだよ。まあな、私だってお前のことはよくわかってる。お前はきっと、それが恋だなんて言われたら否定するんだろうな。まあ、どうだっていいさ。正直なところ、お前のそれが恋なのかは、わからない。私のアリスへのこれが恋なのかってこともわからない。言ったろ、そういうのって私達にはどうしようもないところにあるからさ、その正体が何なのかって、そんなことはわからないのさ。恋って名前をつけてやってもいいけど、女の子同士で恋ってのもおかしいといえばおかしいしな。まあ、何だっていいんだよ、そのへんは。ともかく、私はアリスに、他の奴等には無い気持ちがあって、たぶん似たようなものを、お前は私に持ってるってだけの話だ。
だからさ、これは予行演習だ。
いつかお前が、私に、それを伝えてきた時のための。私が、アリスと同じものになろうとした時のための。
なあ霊夢、私はそのうち魔法使いになろうと思うんだ。必要な魔法を習得したら、人間をやめる気なんだ。もっと長生きして魔法を研究したいだとかそういう気持ちもあるけど、やっぱりアリスのことが大きいのかもしれない。あいつが今のまんまの風体で、私だけしわくちゃになって、いつかは魔法の力も衰えて、空も飛べなくなって、そして若いまんまのあいつに見下ろされるのが嫌なんだ。そんな姿をあいつに見せたくない。見て欲しくない。このまま人間をやってると、私はそういうふうにあいつと違ってしまう。それが我慢ならないんだ。
今はまだ、お前とそういう話をしたことが無いから有耶無耶にしてるけど、お前がいつか私に、お前が思っていることを言葉にして伝えてきたら、私もそれに応えるしかなくなる。お前のことは暇があればからかったり、たまに喧嘩もしたりしたけど、そういう時に本気で相手をするくらいには真摯に付き合ってきたつもりだから。お前の気持ちを完膚なきまでに拒絶して、そしてもう、お前に会うことはたぶん無くなる。だってお前が、そんなふうに思いつめて、それでも我慢しきれなくて言葉にするなんて、冗談事じゃあない。ごめん、なんて言いながら宴会の日が来たらまた神社に行くなんて、そんなことはできやしない。たとえ私がそうしてもお前はいつもと同じように迎えてくれるんだろうけど、それは表面だけだってわかってる。心の中では自分を傷つけて、泣き叫んで、だけどなんとか私の前では平静を装ってるんだろ? いや、私の前だけじゃない、誰の前でもお前はそんな姿を見せないはずだ。たぶん、きっと、私も同じだ。同じようにどうしようもないものを持ってて、同じようにどうしようもないことになってる。そんなお前の肩を叩いて、これまで通りに親友をやっていこうだなんて、言えるはず無い。
本当、わかるんだよ、お前のことは。私がこの気持ちに囚われるようになるまでは、私達はずっと一緒にいたから。私がこの気持ちに囚われてからは、お前も似たようなものに囚われたから。
お前の恐怖も。自分を汚いと思ってるところも。醜いと思ってるところも。それでもどうしようもないところも。お前のすごいところも知ってる。だってお前は、アリスに対して何もしてない。殺すだとかそこまではいかなくても、私から離れるように脅しつけるとか、遠回しにそういうことを言うとか。私はわからない。もしもアリスが、私たちの中にあるこれと似たような気持ちを誰かに向けてたなら、そいつに対して、何もせずにいられるかって。たぶんそいつをぐちゃぐちゃにしたくてたまらなくなると思う。我慢できないかもしれない。わからない。
それに、お前は。
私の気持ちが、お前に向いてないことも知ってる。
私のことをアリスがどう思っているのか、私は知らない。もしかしたら、ほんの少しくらいは、私たちと似たような気持ちを私に向けてくれてるんじゃないかって、そういうことをいつもいつも考えてるけど、結局、わからない。私があいつの家に行ったら普通に入れてくれるし、宴会に行こうって誘ったら付いてきてくれるけど、でも、それって私を特別扱いしてる証拠にはならない。霊夢でも、パチュリーでも、あいつの家には普通に入れる。宴会に行くのだって、わざわざ家にまで誘いに来られたから一応来てるだけで、咲夜とか萃香とかでも家まで律儀に誘いに行けば付いてくるのかもしれない。私はこういうことがよくわからなくて、ほとんどがむしゃらで、アリスにもっと近づこうとして思いつくようなことをいろいろ試してるけど、私達の距離が近くなったのかはさっぱりわからないんだ。
でも、それってつまり、遠くなったのかどうかってのもわからないんだ。
もしかしたら、アリスの気持ちはずっと変わらないまま、私のほうに傾いてなんていないのかもしれない。でも、もしかしたら、傾いているのかもしれない。そんなふうに思ってるから、もうくじけそうになったり、なんだか意味もわからないけど泣きたくなったりしても、まだ先に進めてるんだ。お前への、友情だとか迷いだとか罪悪感だとか、もうごっちゃになって何がなんだかわからなくなった気持ちも全部振り払って、後ろを見ないで歩いてられるんだ。
それなのに、お前は違う。
だって、お前が私のことを想ってくれても私はほとんど無視するみたいにして、お前には何一つ返さないでいて、その分を私は全部アリスに向けてる。まったく傾いてないって、そのことをお前も気づいてる。気づいてて、その気持ちに、きっと私とは比べ物にならないくらいに心を焼かれて、それでもその気持ちを放さない。私にそんなことできるんだろうかって思うと、できるかできないかって不安より先に、お前を尊敬する気持ちが湧いて来るんだ。本当にお前って奴は昔からすごくて、私はお前のことを追いかけてて、今はお前が私のことを追いかけてるなんて思ってるのかもしれないけど、そんなことない、今でも私はお前を追い続けてるんだ。
ああ、いつのまにか、違う。もう予行演習になんてなっちゃいない。だって私はこんなこと、絶対に言わない。言い訳みたいだ。敗者への心ない励ましじゃないか。お前は頑張った、立派だと思う、お前のことは本当にすごいと思う、やっぱりお前は私がずっと追いかけるべき相手だ、でもお前の気持ちには応えられない。最低だ。重要なのは、霊夢が求めてるのは、最後のところだ。そこで気持ちを受け入れてもらうことだけだ。そこが違ってるんなら、それ以外をどれだけくっつけても何の価値も無い。あいつを、あいつが傷だらけになりながら放さないでいる気持ちを、侮辱するだけだ。
霊夢。私の最高の、誰よりも強い親友。こんなふうに呼ぶことに、痛みが無いわけじゃあない。でも紛れも無く、お前は私の親友だった。そして今も。いつか来る、その時まで。
霊夢。私は、私の気持ちを押し通す。お前の気持ちには応えられない。
その時が来たら。私はそれ以外、何も言わない。
◆ ◆ ◆
/3 閉ざす少女
たとえば人形達に自意識があったとしても、主の命令に従うことしかできないなら、それは結局意味が無い。
どうしようもないものにどうしようもないように絡めとられてる私達は、つまるところ、人形と大差ないのかもしれない。簡単な話なんだけどね。霊夢が魔理沙を想って、魔理沙が私を想って、そして私が霊夢を想ってる。
こんな単純なことなのに、なんでこんなにぐちゃぐちゃになっちゃうんだろう。種族の違い? 私だけが魔法使いで、だから魔理沙が人間をやめようとしてて、霊夢が一人残されて、なんて。変なふうに波を作っちゃってる。
魔法使いをやめようか、人間になってみようかって思うこともある。そうすること自体は簡単だ。捨虫だとか捨食だとか、私を魔法使いたらしめてる魔法を解除すればいい。それだけならできる。だけど、その先がわからない。体を動かす源になる力を、魔力から、普通の人間と同じものへと瞬時に変換。そんなことをして、身体にどのくらいの負担がかかるかわからない。負担がかかる、ってくらいならまだいい。すぐに死んでしまうって可能性もある。魔法を解除した途端に今まで身体に積み重なってきた時間が一気に流れて、なんてありがちな話は、だけど無いとは限らない。魔法使いから人間になった前例を、私は知らないのだから。少なくとも今はまだ、そんな危険を冒す気にはなれない。今はまだ。
でも、たぶん、そういうことじゃないんだと思う。
諦めきれないから。
霊夢も魔理沙も、おそらくは私も筋金入りの頑固者で、この気持ちのせいでどれだけ泣いてきたかもわからないのに、絶対に諦めようとしないから。譲ろうとしないから。
たとえば私は。こうしたほうが霊夢は幸せになるから、なんて思って。魔理沙のことを拒絶して、意地でも私のことを諦めさせてやって、あいつの気持ちを粉々にしてやって、そうしてあいつの中の私を失くしてやって、霊夢だけが残るようにしてやれば。もしかしたら、霊夢の気持ちが叶うことがあるのかもしれない。
だけど私は、そうしない。だって私は、私達の気持ちは、もっと自分勝手なものだ。綺麗なものじゃない。霊夢が幸せだから私も幸せなんて、そんな聖者みたいなことは思えない。私からしたら、そんなのは言い訳だ。自分への慰めでしかない。私が幸福を感じるとしたら、私が、霊夢に振り向いてもらえた時だけだ。私が霊夢を振り向かせて、二人で幸せになった方がいいに決まっている。魔理沙には悪いけど、そもそもこんなふうになってしまった時点で、全員がどうにかなる道は無い。三人で? そんなことなら何もしないほうがマシだ。だって、結局、変わらない。それぞれが見つめる相手が、それぞれ違う相手を見つめているなんて。そのうち誰かが狂って誰かを殺して、殺した誰かはもう一人に殺されて、残った誰かが自害してはい終わり。たぶん最悪の結末だ。笑い話みたいだけど、そうなっちゃうくらいに私達は切羽詰っていて、危ういバランスを保ってる。奇跡的なくらいに。
何もしないことが、最良の選択なのかもしれない。すべてに気づいてしまってからは、そんなふうに思ってる。だって、二人ともわかりやすいくらいにわかりやすい。やっぱりお互いを意識してるから、なんとなく、いろいろ想像がつく。
霊夢の気持ち。霊夢は魔理沙を想ってる。だけど魔理沙の気持ちが私に向いていることも知っている。霊夢と魔理沙は友人としていろいろ通じ合っている。分かり合いすぎている。霊夢は、自分が魔理沙に気持ちを伝えたら完全に関係が切れてしまうであろうことに、感づいている。だから、押し殺してる。胸の内に、じっと、必死に隠してる。たまに、それが見えてしまうことがある。それは魔理沙の前でじゃない。私と向かい合った時。魔理沙が想いを向ける相手と、二人きりになった時。表に出さないようにしてたものが殺意の形を取って、ほんの少しだけ姿を見せる。そんな時、私は決まって泣きそうになってしまって、だけどすべてに気づかない振りをする。霊夢がそうしているように。霊夢が実際に私を傷つけることは無い。それは私のことをどうこう思ってじゃない。ただ、魔理沙が悲しむだろうから。魔理沙が霊夢にそうしようとしているように、私が魔理沙にそうしているように、霊夢は私のことを、欠片も見ちゃいない。ただ魔理沙だけを見て、心の中で慟哭している。
魔理沙の気持ち。魔理沙は私を想ってる。だけど霊夢の気持ちが自分に向いてることも知っている。知っていて、霊夢との亀裂が決定的にならないように有耶無耶のままにしていて、そして霊夢も、そのことに気づいてる。もうとっくに壊れていて、指一本触れるだけでばらばらになる。形だけでも残してることに意味があるのかは、私にはわからない。きっと二人にしかわからない。少なくとも霊夢は、その形だけのもの、抜け殻のために、必死に痛みに耐えている。魔理沙がどうなのかはわからない。霊夢と同じように何かに耐えているのかもしれない。ただ、張りぼての関係は、時間によっても壊される。いつか魔理沙が魔法使いになると霊夢の前で口に出したなら、それがタイムリミットだ。魔理沙は魔法使いになる。このままだと、きっとそうなる。魔理沙が捨虫と捨食の魔法を習得したなら、私への想いに素直に従って、きっと霊夢のことなんか何一つ顧みずに、迷うことなく、魔法使いになる。
私は。
私は、霊夢を想ってる。ただそれだけだ。でも、どうしたらいいのかわからない。霊夢も魔理沙も、いくつかわからないところがあって、たとえばそのうち私が魔理沙を拒絶するんじゃないかとか、魔理沙を受け入れたりするんじゃないかとか、そんなもしもを想像して、その小さな希望を抱いて頑張ってるんだと思う。でも私は知ってる。そのどちらも無い。だって、私が魔理沙を拒絶したら、まかり間違って魔理沙がそれで私のことを諦めたりしたら、霊夢の元に行ってしまうかもしれない。魔理沙を受け入れたら、私と魔理沙が私と魔理沙で完結してると霊夢が思ってしまったら、霊夢はどうにかなってしまうかもしれない。私が魔理沙にできることは、何も無い。かと言って、霊夢にできることも無い。私が何をしようと、霊夢は気にも留めないだろうから。
気がついたら、私達は閉じてしまっていた。私はたぶん、他の二人よりも、どうにもならないってことを知ってしまっていて、だから何もしないでいる。何かしてくれるとしたら、時間だ。いずれ魔理沙は魔法使いになろうとする。それが近づいた時、おそらく私の前には避けられない選択肢が浮かんでいる。人間になるか、ならないか。命を賭けた選択肢だ。
私が人間にならずにいたら。魔理沙が魔法使いになったなら、おそらくこの閉じた関係は、私達の輪環は崩れる。霊夢を苦しめる方向に。あるいは、もうすべては終わったと諦めて、壊れてしまうかもしれない方向に。魔理沙が自分と違うものになったことで、霊夢が限界を迎えてしまう可能性はある。
けれど、もし、私が人間になったなら。それに成功したならば、私達は変わらない。霊夢は魔理沙を見て、魔理沙は私を見て、私は霊夢を見る。少なくとも、私が人間にならない場合に比べて、霊夢が壊れてしまう可能性は低いと思う。
そうすることで、何か変化が訪れるわけじゃない。何も変わらない。変わらないまま、時間が緩やかに私たちを殺していく。それで終わりだ。何か霊夢に間違いがあって、私のことを見てくれるようになるというのを期待しないわけじゃない。でもそれは、たぶん本当に何かの間違いなのだ。魔理沙ほどに付き合いが長いわけじゃないけど、私だって私なりに霊夢を見てる。閉じた関係は、おそらく閉じたままで終る。何も無いその未来がけれど最良なのだと、すべてに気づいた私は、導き出してしまっている。それでいて、その道を選ぼうとしている。
失敗する気は無い。私が人間になろうとする時に何か手違いがあって、私が死んで、魔理沙が一人になって、霊夢の想いが叶う、そんな未来にするつもりはまったく無い。私は私を、私達三人を閉ざす。それが私の気持ちの素直な在り方。私の心に、私達の心に宿ってくれたどうしようもないものへの、誠意なのだから。
でも3人の心情だけがつらつらと書かれてるだけで、あとがき通りお話になってなかったというか、話がなかったですね。
わざとこういう書き方をしたっぽいですが、面白いかどうかときかれると……。
この三人のこの循環は割とよく見かけますが、大抵は何らかの解決をします。
それは救いようのないものから幸せなもの、またはプチの某氏作品のようなギャグオチ
と形は様々ですがいずれも一本の物語となっていて終わりがあります。
しかしそれぞれの心情の描写に集中して一寸先の未来がどうなるのかも分からない
ただ漠然と不安の渦巻く現状だけを描写する、なかなか良いものでした。
今後彼女等がどうなるかはそれぞれの行動次第ですが、
なんとなく最も決定的な辛い決断を迫られるのはアリスのような気がします。
一つ気付いたのはアリスと霊夢は立場を入れ替えても違和感がないほどよく似ていることですね。
上手く言えませんが、バッドになるにしろハッピーになるにしろオチ付けるのは容易ではない話だと思います
堂々巡りを続け解決の糸口が見えない、そんな終わり方もありかな、と
次の作品も期待しています
ここまで互いに気持ちが強いとすぐにどこかで関係が壊れそうですね、
そこまで見てみたかったかも・・・お見事。
現在進行系の気持ちのループとか無理にオチを付けるより良い
こういうのも偶にはいい。
アリス→霊夢が成立してさえいれば何でもいいなんて言えないけど
その上で話としては霊夢は希望的観測で待ってるだけ、魔理沙は心構えはしてるけど自分からは言わない、アリスは現状維持の為に力を尽くすっと。この手の展開はけっこう好きな部類に入るけどやっぱり終わらせ方が中途半端なのが残念。三者三様の考え方を読者に知ってもらった上で話しを展開していけばよかったのではという感想です。四コマで三話分位の内容かな。