Coolier - 新生・東方創想話

かぜかおる

2009/08/14 05:54:55
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 風が薫る、という言葉を聞いたことがある。

 もちろんそれは喩えの話であって、本当に風にがにおいをもつことなんてないと思うし、実際にそんなものを感じたこともない。森の中を歩いている時の草木の青臭さや、小川の傍で休んでいる時に感じるにおいはあるけれど、それと風のにおいとは全くの別物だろう。

 では、風のにおいとはどんなものだろう。考えてみたけれど、実際に鼻腔に吸い込んだことのない私には、想像だに出来なかった。

 どうしてこんなことを気にしているのだろうか。人形たちに着せる服を裁縫していた時に、ふと窓辺に視線を送って木々の枝葉が風に揺れていたからだろうか。裁縫の手を止めて、窓に近づく。押す手で窓を開いても、室内に流れ込んでくる風の中には、やはり瑞々しさの満ちた青臭さだけしかなかった。それでも、少しでも風のにおいを感じることを出来ないかと、幾度か同じ動作を繰り返してみたけれど、訪れるものはため息を引き連れた諦念だけだった。

 上海、と愛すべき人形を呼んで、外に出た。別に、こだわる理由はない。焦燥も義務も、興味だって本当のところ、微塵も感じられない。

 だから、そう。きっとこれは、ただの気まぐれ。

 割り切ってしまえば、足取りは軽いものだった。魔法使いとしてか、普段ならば決してこんな不明瞭な気持ちで行動なんてしなかった筈だ。でも、それがただの気まぐれなのだから、誰に何の気兼ねをする必要もない。私は私の思うまま、自由な風となって行く当てのない散歩をしに行くだけだ。

 とはいえ、文字通り放浪をしていては時間を無為に過ごすに尽きてしまう。取り敢えずの目的地として、私は人里に行ってみることにした。




 人里は活気に満ちている。今が田畑の大切な時期だからか、せっせと汗を流し実りある季節に備えている。よく働く、と思う。それが彼らにとって、生きる糧を得るための行いなのだから、貶すつもりもなければ特に思うこともない。自分だって、魔法の研究や人形作りに没頭している時は、きっと彼らと同じ表情をしているだろうから。でも、彼らと自分とでは、何かが決定的に違っているように感じて、この時期に人里に来ると、私はいつも違和を感じてしまう。

「おや、珍しい、というほどでもないか」

 振り向くと、店先に置いてある木椅子の上に座った人里の守人の姿があった。脇に茶のみ、手には団子を持っているのを見るに、彼女も自分と同様、ひとときの休息に身をゆだねているようだ。

「まだ祭日までは余りあるが、何か入用かな?」

「いえ、ただの気晴らしよ」

「ほう」

「あなただって、小屋に篭もってばかり居ると外に出たくなるでしょう?」

「ふむ」そう言いながら、彼女は顎に手をやる。「いや、確かにそうだ。要らぬ詮索をしてすまなかった」

「いいわ」

 言って、ついと視線を動かす。小路の向こういっぱいに広がった田畑では、やはりせっせと苗を植えている里人の姿がある。

「何をあんなに頑張っているのかしらね」

 それは独り言だったかもしれない。すぐ傍にいる守人に尋ねたつもりではあったけれど、返答を期待したつもりはなかった。本当に、ぽろりとこぼれ出た心の呟きでしかないそれに、しかし守人は普段と変わらぬ誠実な態度でもって答えてくれる。

「生きるためだろう」

「そうね。でも、そうじゃないの」

 そう、聞きたいのはそんなことではないのだ。

「どうして、あんなに頑張っているのかしら」

 繰り返す私の言葉に、今度は何も返ってこなかった。言いたいことが違うと気づいたのか、はたまた痴呆でも見るような瞳を向けているのか、守人は口を噤んで語らない。それもいい。いや、それがいい。興味あることは極限まで探求するが、それ以外にはそう熱心になろうとも思わない。だから、もうしばらく守人が口ごもったままならば、このまま辞去しようと、里人の働く姿を見ながら漫然と思っていた。

「そうだな」

 だから、守人が口を開いた時も、私は人形のようにただ首を向けただけだった。

 それが癖なのか、顎に手を置いて考え込んだまま、守人は言葉を紡ぐ。

「きっと、それが人のあるべき姿の一つだと、無意識の内に理解しているのかもな。無論、これは私の憶測でしかない。だが、どうだろうか、あの姿を見て、何か思うところはないか?」顔を上げて、先ほどまで私が見ていた景色に目を向ける。その目線を追うように、私もまた、彼らに顔を向けた。「何てことはない。ただの平板なだけの、人という種族の営みだ。だが、少なくとも私は彼らの姿に、そうだな、情緒とでも言えばいいだろうか。そう言った、見ていて心が落ち着く何かを感じることができる」

 あなたはどうだ、と私に視線が移ったのを感じる。けれど、私はそのまま里人の姿を見つめた。

「分からないわ」一人一人の仕草、表情、感情を自分なりに真剣な眼をもってして分析してみたが、やはり彼らに感じるものは守人が感じているような感嘆を覚えるようなものではなく、どちらかといえば不明確で漠然とし過ぎて、不快ささえ覚えてしまう。「私も里に住んでみれば、あなたの心の一端だけでも得ることができるかしら」

 心にもないことを言った、と自分の発言に若干の苦笑を覚えるが、あながちそれは嘘だけでもない気がした。

「そうだな。もし気が向いたならそれもいいだろう。お前さんならば、きっと里の人間も快く迎え入れてくれるだろう」

「そう、ありがとう。もしそうなったら是非お願いするわ」

「ああ、いつでも来るといい」

 私は彼女に暇を告げて、また小路を歩き出した。社交辞令のつもりで言ったのだが、もしかしたら彼女は本気で言っていたのかもしれない。確かに悪くはない提案ではあったが、雑踏に満ちたこの場所では、落ち着いて研究が出来るかどうかと考えたら、やはり中々に難しいという結論に至ってしまう。まあ、奇跡的に起こる未来の一つとして覚えておくのくらいは悪くはないだろう。

 里を出て、さて次はどこへ行こうかと思案に暮れる。この場に佇んだままでは時間ばかりが過ぎて、何も得ずに一日が終わってしまう。

 ふと、今来た路を振り返ってみた。この先では、守人の言葉を借りるならば、今もなお人としての一つのありかたが輝かんばかりに繰り広げられているのだろう。

 それはきっと、とても愚かで、とても尊い。

「――」

 その時、さぁと肌を撫でるような風が吹いた。穏やかな風は髪やスカートを優しく靡かせながら過ぎ去っていく。この風はきっと里人の元へも届いて、彼らに心地よい涼しさを与えるだろう。ああ有り難い、そう口々に言いながら、日々続く営みを続けていくのだろう。

「――ぁ」

 唐突に、私は風が薫る瞬間に足を踏み入れた気がした。

「――何だ、こんなに簡単なことだったのね」

 気づいてしまえば何てことはない。それは、あまりにも単純にして明快なものだった。ついつい笑いがこぼれてしまうくらいに、風が薫る世界はそこにあった。

「――馬鹿みたいね」

 ねぇ、上海、と肩に乗せていた人形に問いかけると、彼女は可愛らしく首をかしげた。分からないのだろう。彼女は人形で、人や妖怪ほど複雑な感情の起伏や思考の渦を持っているわけではないから、それは仕方がない。

「いいの。いいのよ上海。いつか教えてあげる」

 私の言葉に、彼女は両手を上げて自分の名前を口にする。了承の返事を受けたところで、頭の片隅に浮かんだ次の目的地に向うことを、疾く疾くと急かす自身の欲求からは目を逸らし、私は努めて冷静に、漫然に、余裕を持って中空へと浮かんだ。




 霧雨魔法店と銘打たれた家屋の周囲は魔法の森に囲まれていて、相も変わることなく不気味な雰囲気を持って私を出迎えてくれた。その不気味さを自然と受け入れている自分自身も、もしかしたら普通の人間から見たら不気味なのかもしれない。思えば自宅のある場所も、こことそうさした変わりはないのだから。

 出来るだけ静かに、二度扉を打つ。五月蝿く音を立てたからといって誰に迷惑がかかるわけでもないが、そこはマナーというものだ。最も、この家の持ち主にそれを求めたところでどうしようもないのだが、他人は他人、自分は自分だ。

 しばらく待ってみても足音一つ聞こえてこない。目を眇めて、再度二回のノックをする。けれど、やはり家の中から家主が出てくる気配はしてこない。試しにと取っ手を握り扉を引いてみると、恐ろしく軽く、それは開かれた。無用心、そう思うも、この場所では盗人を働こうとする輩もいないことに気がつく。だが、それを踏まえても無頓着が過ぎる。家主に対して湧き上がる諦めにも似た気持ちを抱きながら、私は扉の中へと足を踏み入れた。

 玄関をくぐり、廊下を通り、彼女の室内に入ると、案の定家主は寝ていた。大方、研究に熱中し過ぎて蓄積した肉体の疲労に耐え切れず、普段着のままでベッドに倒れこんだのだろう。彼女の特徴ともいえる白黒の服が皺だらけになっているのが、何よりも彼女の行動を物語っている。

 呆れよりも、温かなものが胸の中に生まれる。それを言葉にするなら、母性愛というものが一番近いだろうか。

「仕方ないわねぇ」そう口にしつつも、以前これと同じ光景を反対の立場で体験していたことを思い出し、苦笑をこぼした。「って、あんまり魔理沙のことを言ってもいられないわね」

 魔理沙の背中に腕を通し上体を起こす。完全に夢の世界に浸りきっているのか、瞼を振るわせることすらしない。苦笑する。それは彼女に対してではなく、そんな些細なことにすら可愛らしさを覚えてしまう自分自身にだ。

 服とスカートを脱がして、体をベッドに寝かせる。これだけ皺になっているのだから意味はないだろうけれど、丁寧に畳んで枕元に置いておく。肌着とドロワーズだけのあられもない姿は誰に見せられたものではない。でも、今この場に居るのは自分だけなのだから、何も問題ないだろう。

「――あふ」

 あまりに気持ちよさそうに眠っているものだから、睡魔も飽きてこちらの頭上に移ってきたのだろうか。落ちるような眠気ではないが、少しばかり横になってしまいたくなるまどろみが、誘惑となって全身にまとわりつく。

「ま、いいか」

 今日の目的はもう終わったのだ。無為ではなく、意味のある時間を過ごすことができた。このまま寝てしまおう。思えば、こんなまどろみはここ最近では記憶にない。これもきっと、価値のある時間の過ごし方だ。

 自分自身、誰にいい訳をしているのか分からないけれど、もうそんなことすら考えるのが億劫なほどに眠気が意識を底へ底へと落とそうとする。寝よう。わずかに空いた空間に身を傾けようとして、

「……」

 その前に、もう一度だけ、薫る瞬間を味わっておこうと思った。あどけない寝顔を晒してくれる魔理沙を、じっと見つめる。開け放たれていた窓から、風が吹く。でも、風が薫るのに、そよ風は必要ない。

 本当の答えは分からない。もしかしたら間違っているかも知れない。けれど、今日見つけた薫る瞬間というものは、きっと今ここにあるものが真実だろうから。きっと、風は空気で、薫るものは――

「――おやすみ、魔理沙」

 最後に、彼女の髪を掻き揚げ、そこに唇を当てる。

 風が、薫った。
 僕は風が薫る瞬間というものに立ち会ったことがないのですが、きっと薫るというのはこういうものをいうのかなぁ、と思ってます。



 どうでもいい余談。
 友人に何かテーマをお願いしたら第一声に来たのが「おっぱい」でした。
 それは無理と断ったら次に来たのが「ご○ぶり」でした。
 それも無理も言って最後にもらったのが「色」というものでしたが、果たしてこのSSの中のどこに色があるのか、きっと自分にとって生涯の謎になると思います。

 さておき、お読みいただきありがとうございました。



 ……しかし、おっぱいとごーきーか……巨乳なりぐ(以下略
誉人
[email protected]
http://sousakuba.blog.shinobi.jp/
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コメント



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7.100名前が無い程度の能力削除
三番目だけ別の友達に答えさせただろw
16.90名前が無い程度の能力削除
ナチュラルに添い寝しだすアリスさんが素敵
23.90思わず削除
坂道振り返れば、遠回りの足跡影法師
忘れられない全ての景色は、夏がくれた贈り物
26.70名前が無い程度の能力削除
雰囲気SSという感じですなーこれはこれで