「俺はジャックバウアー♪ 常に大ピンチ~♪」
…!?
「俺はジャックバウアー♪ なんだかんだで死なない~♪」
まず最初に、来る家を間違えたかな? と思った。しかしこんなキノコまみれの森に喜んで住むのは自分とアリスぐらいだ。
だから次に頬をつねってみたが、痛みを感じる前に次の歌詞が聞こえてきた。
「俺はジャックバウアー♪ 切れやすい男さ~♪」
今度は笑いをこらえられなかった。窓から家の中を覗いてみると、人形たちが小さなギターを演奏し、ある者はドラムを叩いている。あのアリスが『俺はジャックバウアー』を演歌歌手のような動作で。
「えっ、演歌歌手みたいなフリでビブラートかけて熱唱してる!!! ひぃいいい!!!!」
魔理沙は腹がよじれるぐらい笑って、呼吸困難に陥った頃には腹筋がねじ切れそうになり、バンバンと家の壁を叩きまくった。
「俺はジャックバウアー♪ 吐かねえ野郎は~♪」
…ん? なんだかアリスの声が近くなった気がする。
窓の下で腹を抱えて爆笑している魔理沙をアリスが窓から見下ろしていたことに魔理沙が気づくのは、アリスが次の歌詞を歌ってからだった。
「俺はジャックバウアー♪ 怒鳴るぜ~近距離で~♪」
ものを言わずに首根っこを捕まれ、窓から家の中に引きずり込まれた。新手のスタンド攻撃か。
「俺はジャックバウアー♪ 24日は24の日~♪」
「「俺はジャックバウアー♪ レンタル店へいこうぜ~♪」」
ハモってみた。
「はは、どうだ? 私も結構歌上手いだろ? まあ、アリスほど自分に酔って熱唱する技術はちと、普通の魔法使いにはキツ…」
「忘れろォおおおおオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」
ちょ、アリス痛い。待て待て、こっちはスペルを宣言してすら…うぐえッ、口から血ィ出た。
レーザーはやばい。レーザーはやばいって。考え直せアリス、レーザーは…。
「はぁ…はぁ…!」
几帳面と唄われたアリスの家は、主が暴れまわった痕跡でぐちゃぐちゃだった。ちなみにその原因の一割ぐらいは全ての弾幕攻撃を避け続けた魔理沙にある。
アリスは弾幕を撃つのをやめた。疲れたのかと思ったら、のっしのっしと魔理沙に歩み寄り、ホセ=メンドーサみたいな握力で肩を掴んだ。
「私が家で『俺はジャックバウアー』を熱唱してることをバラしたら、コロス!!!」
「ば、バラさないぜ。誓うぜ」
「新聞に載ってもコロス!!!」
「き、近距離で怒鳴るな」
「俺はジャックバウアー♪ 吐かねえ野郎は~♪」
「歌うな」
とりあえずその日は、取り乱したことをアリスが謝り、破れた服を縫っている間、二人でクッキーを食べながら『24』のDVDを視ることで仲直りした。
…そのはずだった。
◇
霧雨魔理沙宅を中心とする、魔法の森は眠っている。ただ一人、大量のDVDを抱えて飛翔するアリスを除いては。
「まりさー!」
ドンドンドンッ。一度の応答も許されず、ドアが三回ノックされた。
「まりさー!!」
ドンドンドンッ。魔理沙はようやく目を覚ます。時計の針は朝の五時を刺していた。
「まーりー」
「さぁあああ!!!!」
今度のノックは霊力をこめて行われた。手作りの扉が蹴り倒される。
「ほら、魔理沙! 見て? DVDをいっぱい持ってきたの! 一緒に視ましょうよ!」
「死ね」
魔理沙は安眠を妨害されるのを何よりも嫌う。三大欲求のうち最も強いのが睡眠であるからだ。
よってアリスを持っているDVDごとマスタースパークで吹き飛ばす覚悟をするのに要した時間はコンマ1秒未満だった。
「…なッ!?」
しかしアリスは死なない。もくもくと煙が晴れ、そこに居たのは、笑顔のアリスと大量のDVDだった。
そう、このアリスは三大欲求すらもゴミに見えるような情熱をジャックバウアーに費やしていた。東にキーファー=サザーランドの握手会あれば、行って握ってもらった手を一生涯洗わず、西にキーファー=サザーランドのレアDVDあれば、『それは売り物じゃないんだ』とほざく眼鏡の男店主をつるし上げる。ちなみに今持っているDVDがそうして手に入れた物だ。
「ね? 魔理沙。一緒にDVD視よ! ほら、魔理沙の大好きなキーファー=サザーランドの出演している作品ばかりよ! あ、キーファー=サザーランドっていうのは『24』でジャックバウアーを演じている俳優さんのことで…」
「うわああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」
魔理沙は半狂乱になりながらほうきにまたがり、スピード違反など恐れず全速力で魔法の森を突き抜けた。
昨日アリスと一緒に『24』を視た時、あいつの異常さはもう理解している。同じシーンを何度も何度も指をしゃぶりながら巻き戻し、このシーンはあれがこうだそれがどうだと魔理沙にgdgdgdgd解説する。
もうあんな地獄はごめんだ。普通の魔法使いはクールに去るぜ。
「待ってよ魔理沙ァアアアアアア!!!!!!!」
「ぅ恐ッそろしく速ええええええ!!!!!!」
魔理沙は全力で飛ばしているはずだった。しかしアリスのジャックバウアー好きは魔理沙ごときの魔法の努力など、簡単に否定してしまう。
魔理沙が魔法の練習をしている時間より、アリスがジャックバウアーで××××をしている時間の方が遥かに長いのだ。
「俺はジャックバウアー♪ 常に大ピンチ~♪」
後ろからあの歌が聞こえてくる。
「俺はジャックバウアー♪ なんだかんだで死なない~♪」
近づいてくる。
「俺はジャックバウアー♪ 切れやすい男さ~♪」
気のせいでなければ、歌は吐息が耳にかかる距離で歌われている。
「俺はジャックバウアー♪ 意外と泣き虫~♪」
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
背後より迫り来るジャックバウアーの恐怖で、魔理沙の意識は切断された。
◇
「…ぁああああああああああ!!!!!!」
自分の叫び声で目が覚めた。
「だ、大丈夫? どうしたのよ、一体?」
辺りを見渡すと、そこは白い壁の建物だった。…病院だ。
ベッドの横で、霊夢がリンゴの皮をむいてくれていた。
「れ、霊夢…お前が私を介抱してくれたのか?」
「いいえ、アリスよ」
『できれば一生聞きたくない名前ランキング』の二位の名前を聞かされた。
「た、頼む。霊夢」
「なに?」
魔理沙は霊夢に抱きついた。悪夢にうなされ、汗まみれになった体が霊夢の鼻を突いた。
「お願いだ霊夢。帰らないでくれ。ずっと一緒にいてくれ」
魔理沙の体は小刻みに震えていた。霊夢は、悪夢にうなされているような苦しそうな魔理沙をずっと視ていた。
…怖い夢でも見たのかもしれない。顔を赤らめながら、それでも精一杯大人っぽい表情を浮かべて、霊夢は魔理沙の頭を撫でた。
「…わかったわ。今日は消灯時間まで、ずっと一緒にいてあげる」
それから二人は、笑いながら世間話をした。
萃香が泥酔して境内から転がり落ちたこと、幽香が畑で新種を作りTVに出たこと。…そこには一度たりとも、ジャックバウアーの話は出てこなかった。
「博麗霊夢さん、面会時間は終了していますよ」
「あ、はい。……じゃあね、魔理沙。また明日来るから」
「…うん。絶対来てくれよな」
ぎぃ…。扉がしまり、霊夢の後姿を少しだけ寂しそうに見送る魔理沙。
……のベッドの下から、手が生えた。
「ひッ…!!?」
「魔理沙ぁ…邪魔者は消えたわね…?」
そこから、にょきっと。カチューシャ付きの金髪が。そして、あのシャブ中みたいに斜め45度傾いた顔と、大量のDVD。それと病院でTVを見るためのカードが五十枚以上あった。
「さ、ジャックバウアー視よ?」
「ひィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
翌日霊夢が来た時、そこには目をグルグル回しながら『俺はジャックバウアー』を熱唱する魔理沙がいた。病院のTVで『24』を視ながら。
「あら、これ『24』じゃない。私も大好きなのよね。一緒に視ましょうよ」
「おれは~じゃっくばうあ~♪ つねにだいぴんち~♪」
魔理沙は頭をぐらぐら左右に揺らしながらろれつの回っていない舌で歌っている。
ベッドの下から、ニヤリと笑う気配があった。
もしそうだったらと思うと流石アリスは魔女だな、と思います。
「俺はジャックバウアー♪ 常に大ピンチ~♪」
こういうノリ重視で全力で突っ走る感じの話は好きです。
こんど「24」視て見ようかな?
ってか最後のはひぐらしじゃまいか