目の前に少女が倒れていた場合、あなたならどうする。
しかもただの少女じゃなくて、妖精だったら。
あえて見て見ぬふりをする? いや、そんな酷いことは出来ない。
でも助ける義理はある? 特には無い。
というわけで、
「ちょっと、貴女大丈夫?」
とりあえずは声を掛けてみよう。それで大丈夫、と返ってきたら放っておけばいい。
返事が無ければ、助けよう。
「う……ぅぅ」
呻くだけでしっかりした返事は無い。
仕方無い、助けよう。
「よいしょっ、と」
目の前の少女を背負う。
地面に倒れていたからだろう、少女の真っ白い服装は土に汚れていた。
もしかしたら私の服にも付いてしまうかもしれないが、別にどうでも良かった。汚れたら洗えばいい、それだけだ。
「上海、私両手が塞がってるから扉を開けて」
上海が開けてくれたお陰で無事に入れた。
とりあえずは、この背負っている少女をベッドに寝かすことにする。
「ふぅ、大きな怪我は無いようね」
少女の症状を見てみたが、特に目立った外傷は見られなかったし、恐らくそろそろ目覚めるだろう。ただ気絶しているだけのようだし。
「う、ぁ」
「目が覚めた?」
少女はぼーっとした表情で、部屋をキョロキョロ見渡している。まだ完全には覚めて無いのかもしれない。
「え、と……」
「私はアリス・マーガトロイド。貴女が家の前に倒れてたからとりあえず救助したわ。気分は悪くない?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
少女は慌てて頭を下げた。
そういえば、
「貴女、名前は?」
名前をまだ訊いていなかった。
「あ、リリーホワイトです」
リリーホワイト、春が訪れたことを知らせる妖精。
噂には聞いたことがあったけれど、生で見るのは初めてだ。なるほど、こんな小さい少女なのね。
「貴女があのリリーホワイトさんね」
「あ、リリーでいいですよ。みなさんそう呼びますから」
「そう。じゃあリリーで」
リリーは緊張してるのか、私と目を合わせようとしない。第一印象で速攻嫌われたのだとしたら、ちょっとショックだ。そんなにヤバイ顔はしていないと……思う。
「で、リリーは何で倒れていたの?」
「多分撃ち落とされたんだと思います」
「え?」
「私、春を伝える間は興奮しすぎて見境なく弾幕を放ってしまうんです。それで毎回魔理沙さんや霊夢さんに迷惑だ、と撃ち落とされてます」
私の家の前で倒れてたということは、距離的に魔理沙が撃ち落としたのだろう。
「突然撃ち落とされて怒ったりはしないのね」
「私が悪いのですから、仕方無いです。みなさんに迷惑をかけてると分かっているのに、自制がきかない私が全て悪いんです」
少し落ち込んだ様子で、リリーは言った。
あぁ、こんな良い子を問答無用で撃ち落とした挙句、放っておく魔理沙が信じられない。私にはリリーみたいな子を撃ち落とすなんて出来ない。
「とりあえず、紅茶でいいかしら?」
「ふぇ? い、いえ! 私もう出発しますから!」
「なーに言ってるのよ。その汚れた服も洗わなきゃ駄目よ」
「い、いえ! 本当にいいですから!」
「あのねぇ……」
わたわたとしているリリーの額を、グーで軽く小突く。
「あうっ」
「私は貴女を助けちゃったの。その時点でもう無関係じゃないから、私は中途半端に貴女をここで帰したりしないわ。全て世話し終えたら解放してあげる」
それまで大人しく世話されなさい、とリリーに言う。
リリーはあぅあぅと戸惑っていたが、しばらくして申し訳無さそうに私を見る。
「えと、あ、その……ありがとうございます」
ベッドから降りて礼儀正しくお辞儀をするリリーを見て、少しキョトンとしてしまった。
あぁ、良い子だなぁ。私の知り合いじゃあ、こんな礼儀のしっかりした良い子なんてほとんどいない。
なんというか、撫でてあげたくなるようなタイプね。
「じゃあとりあえず、服を脱いで」
「ふぇっ!?」
「いつまでも汚いままじゃあ駄目でしょう。ほら」
「わわ、自分で脱げますよぉ」
リリーは、んしょんしょと言いながら服を脱ぐ。その服を私が受け取り、洗いに持って行く。
おっと、忘れてた。
「貴女に合うサイズの服、あるか分からないのだけれど、とりあえずはワイシャツだけでも着ておいて」
ワイシャツならば、大きくてもぶかっとだが、着ることは出来るだろう。
私がワイシャツを投げると、リリーは慌てて受け取る。珍しそうに、見つめていた。ただのワイシャツなのに。
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
そう言ったが、リリーは私の声が聞こえていないのか、ただワイシャツを興味津津に見つめていた。
◇◇◇
私が部屋へと戻ると、リリーはワイシャツを着てベッドに座っていた。
「はい、紅茶よ。それとリリー、貴女に合うか微妙だけど私の昔のスカート持って来たわ」
「あ、私このままで大丈夫ですよ」
「いや、下着とワイシャツだけじゃあ、寒いでしょう」
「暖かいです」
「でも風邪引いちゃうわよ」
「暖かいです」
意外に頑固だ。このギャップはちょっと面白い。
リリーは凄く嬉しそうにぶかぶかのワイシャツを着ている。袖は手が出ていないし、裾は太腿をギリギリ隠すくらいの大きさだった。
「実は、ワイシャツって着たこと無くて、少し嬉しいんです」
「あぁ、なるほどね」
私もワイシャツを着ることは滅多に無い。予備の服として持っていたくらいだ。
なるほど。だからリリーはワイシャツでこんなにも嬉しそうなのか。
風邪を引いてしまうかもしれないけれど、本人がかたくなに拒むから仕方無い。スカートはしまっておこう。
「あ……美味しいです」
「そう、ありがとう」
ティーカップを両手で持ち、小さな口にそっと運ぶリリーは、どこか小動物のように見えた。
私がそれを言うと、
「私、そんなに小さく無いです!」
不貞腐れたように、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
子どもっぽいとこもあるわね。何か和む。
「リリー」
「……」
「そんな不貞腐れないの」
「不貞腐れてません……」
どうやら意外に根に持つタイプのようで。
さて、こんな時はどうしようか。子どもの機嫌を回復させる物って言ったら、やっぱりアレかしらね。
「ちょっと待ってて」
「……?」
何だろう、と首を傾げるリリーを後にして、私は別の部屋へと向かう。
棚を開く。確かこの辺に……うん、あった。
すぐに戻って来た私と目が合って、ワイシャツでまた喜んでいたリリーは、慌ててまた不貞腐れたように頬を膨らませる。
そんな様子に、クスッと笑ってしまう。
「はい、リリー」
「何ですか? これ」
「今朝焼いたクッキーよ。お口に合うかは分からないけれど、良かったらいかが?」
リリーはお皿に盛られてあるクッキーを、恐る恐る手に取った。
そして、クッキーを口に運ぶ。様子を見るに、これもワイシャツ同様に初めてなのだろう。
リリーのドキドキが私にも伝わってくる。けれども、私も内心ドキドキだ。妖精の口に合うのだろうか、不安。
「うわぁ……!」
表情を綻ばせて、そう呟くリリーに私はホッとした。
「アリスさん! 美味しいですよ! こんな物を食べたのは初めてです!」
「お口に合って良かったわ。全部食べて良いからね」
「えと、その……」
「ん?」
リリーは俯いて、どこか視線も落ち着きが無い。
どうしたのだろうか。
「さ、さっき本当は、少し不貞腐れてました。す、すみません……」
申し訳無さそうにそんなことを言うリリー。
私は思わずきょとんとしてしまった。
リリーはそんな無言の私が、怒っていると思ったのか、涙目で私の様子をちらちらとうかがう。
「リリー」
「っ!?」
私が手を伸ばすと、リリーは目を強く瞑ってしまった。
そんな様子に苦笑いを浮かべながら、私はリリーの頭に手を置いた。
そしてわしゃわしゃと綺麗な髪を撫でてやる。
「ぁう~!?」
「馬鹿ね。そんなこと気にしなくて良いのに」
笑いながらそう言ってやった。本当、いちいちそんなことを気にしなくて良いのに。面白い子だ。
私がわしゃわしゃと撫で続けたせいで、リリーは、ぅーと目を回していた。
「大丈夫リリー?」
「あ、アリスさんがやったんじゃないですかぁ!」
「あはは、そうね」
リリーがクッキーを食べながら、そう訴える。
私もクッキーを一つ、ひょいとつまんで、口に運ぶ。
うん、我ながら良い出来だ。
◇◇◇
窓から差し込む陽が、赤に染まる頃、リリーは立ち上がった。
「アリスさん、私もう行きます」
「泊まっていっても良いのに」
「いえ、そこまで迷惑はかけられませんから」
別に迷惑では無いのだけれど。リリーにはリリーの生活もあるだろう。私が強く引き止めても、それはリリーに迷惑をかけてしまう。
だから、素直に見送ってあげることにした。
もう服も乾いた頃だろう。人形たちに取りに行かせると、予想通り、服は乾いていた。泥も落ちて綺麗になっている。帽子も同様だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
リリーにそれらを手渡す。するとリリーは名残惜しそうにワイシャツを脱ぐ。
そこで、ふと思った。
「ねぇ、リリー。そんなに好きならワイシャツいる?」
「良いんですか!?」
「えぇ、何着もあるし」
「でも、迷惑じゃあ……」
「別に高い物でも無いから持って行きなさい」
「……ありがとうございます」
リリーは笑顔でそう言った。
着替え終えたリリーは、ワイシャツを懐にしまった。何処にしまってるんだか、と少し笑ってしまう。
「それではアリスさん。本当にありがとうございました」
「えぇ、またいらっしゃい」
「えぇ!?」
いきなりリリーが大声を上げたから、ちょっとびっくりしてしまった。
「ま、また来ても良いんですか!?」
そんなことに驚いていたのか。
本当に愉快な子だ。
「もちろん。私、今日は楽しかったわ。またいつでもいらっしゃい。クッキーを焼いて待ってるわ」
「クッキー……」
ほわぁっ、と幸せそうな表情を浮かべてぼーっとするリリー。そんなにクッキーを気に入ってくれたのだろうか。純粋に嬉しい。
しばらくして、ハッと我に帰り、私を見つめる。
「では、また会いましょう。本当にありがとうございました」
「えぇ、またね」
リリーは空へと飛び上がり、いつまでも私の方向へ手を振っていた。
私も小さく、手を振ってあげる。
本当にありがとうございましたー、とリリーがいつまでも大声で言っていた。やっぱり、そんなリリーに笑ってしまう。
姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「さて、と」
家へと戻ろうとした瞬間、柔らかな風が私の頬を撫でる。
それは、どこまでも温かくて、どこか優しい、春の風だった。
今回もほのぼのさせてもらいましたwww
( ゚∀゚)彡 肌ワイ!肌ワイ!肌ワイ!肌ワイ!肌ワイ!
⊂彡
ふぅ…
とてもいいお姉さんアリスですね
こういう何気ない一コマが大好きです。
拒みもせず踏み込みもせず無関心で天然お節介なこの妖怪が大好きです。
これで、明日のテストも頑張れる!!!
アリスのお姉さんキャラ最高!!!!!
幻想郷の心優しい妖怪であるアリスの日常がすっと心に落ちる素敵な一編でした。
‥にしても、リリーホワイトの、
> 私、春を伝える間は興奮しすぎて見境なく弾幕を放ってしまうんです。
は確かに、はた迷惑だけど霊夢と魔理沙は問答無用で撃ち落とすんかいっ!
まあ、それも幻想郷の風物詩なんでしょうかねぇ‥。
それとも春の残り香かな?
春の訪れを強く感じさせる最後の段がよかった
もう春は過ぎてしまいましたね。
ほのぼのして下さって幸いです。
>>6様
肌ワイ!肌ワイ!
アリスはお姉さん気質だと信じてます。
>>11様
ありがとうございます。気に入ってもらえて嬉しいです。
>>16様
なんだかんだで、優しいというか、そんなアリスが私も大好き。
>>17様
やっぱり良いですよね。アリスのお姉さんらしさ。
>>奇声を発する程度の能力様
なんと!そんな気力に繋がるとはw
>>20様
ありがとうございます。少しでも楽しんでもらえて、嬉しい限りです。
もはや春には恒例になっているのでしょうね。
>>24様
どちらでしょうね。ただ、どちらも温かいです。
>>33様
ありがとうございます。
気に入って下さって良かったです。
>>34様
妹が居たなら、きっと優しく接することでしょう。
>>38様
肌ワイのリリーが見たいですね。
>>40様
それは危険ですw
誰か絵にしてくれい
その文を読んだ時既に、私は心の中でクラウチングスタートの姿勢をとっていた・・・
リリーの仕草のこまかさがすっごくかわいいです。
リリーのかわいいよ。
大満足。