「れぇいむさぁん」
突然名前を呼ばれた霊夢は、ビクリと身を起こした。
ここは神社。併せて云うなら真っ昼間。云うまでもなく玄関に鍵などなく、侵入し放題の憩いの場。
そこに、今日もまた無断で誰かが忍び込んできた。
「ん……誰?」
頭を掻きつつ身を起こす。昼寝をしていたので、頭の中がぼうっとしていた。
「私です私。こっち見てください」
振り返ってみれば、ぼやけた視界はすぐに定まり、けれど霊夢はなかなかその相手を認識できないでいた。
似つかわしくなかった。この場所に。
「……小悪魔?」
「正解です」
陽光の通った部屋の中、穏やかな風の満ちる場所。かつ神聖な神社の中、小悪魔は両手を組んで嬉しそうにはしゃいでいる。
「正解の報酬として、貸し出していた本の返却を求めます。はい、ほら、お渡しなさい」
にこにこ笑いながら手を伸ばす。
「……え、あぁ……え、期限とかあったの?」
そういえば、菓子作りの本なんて借りていたなぁなどと思い出した。けれど同時に、確かパチュリーが
「どうせ咲夜ぐらいしか見ないし、似た本も山とあるから好きなだけ借りていきなさい。あなたは一度に二冊くらいしか持って行かないしね」などと云っていたのを思い出す。
「あります。週一で来てください。返さなくてもいいんですが、適度に借りに来てください。さもないと私が寂しいです。先週は用意しておいたクッキーが雨でしとしとです」
「はぁ」
胸を張る小悪魔と、寝惚け顔を一層きょとんと歪める霊夢。対照的に映った。
「どゆこと?」
「おや、頭悪めですか? いけませんよ、寝惚け頭で客を迎えるなんて」
「押しかけてきたのあんたでしょうに」
霊夢は軽い頭痛に顔をしかめた。
「そんなつれないこと云いっこなしですよ、霊夢さん。初めて来たんですから、少しくらい歓迎してください。あ、西洋風な私ですが、和菓子も煎茶も好きですよ」
「どこまでも図々しいわね」
「何せ悪魔ですから」
ころころとした笑顔は太陽と同じ香りがした。
「で、なんでこんなところまで?」
「もう建前は云ったはずですが?」
「いや、本音の部分を……建前って云い切った」
嘘を嘘と云うことに躊躇のない娘である。
「嫌ですね。本音も云ったじゃないですか。寂しいからですよ」
「何が?」
さすがにこう何度も云わされると腹が立つのか、少しばかりムッとした顔をする。
「霊夢さんに会えないことがですよ。この鈍感巫女」
「何を怒ってるのよ」
先程までと一転して、頬を膨らませた小悪魔。それを見て、この急激な機嫌の変化に霊夢は戸惑っていた。
本気で霊夢は判ってない。そう思うと、ジト目で霊夢を睨みつつ、はぁと盛大な溜め息を吐く。
「私のラブコールに対してあまりに酷な反応しか返さないからです」
「あぁ、はいはい」
「あしらわれたー」
叫びながら、たたたと駆け出すと、縁側で縮こまって泣き真似をした。時折チラリと霊夢を見やり、「ほれ、泣いてるぞ。優しく慰めなさい」と云わんばかりに視線を送る。そんな幼い行動に、霊夢はどうすべきかまた頭を痛めた。
小悪魔の言動は、どこまでが本気なのか掴みづらい。その態度の所為で、霊夢は欠片も小悪魔の云ったことを信じてはいなかった。実際の所はどうなのか、それは小悪魔しか知らない。
「判った判った。悪かったわね。ありがとう、来てくれて」
「判れば好いんですよ。お詫びと云ってはなんですが、お八つと夕餉を私の分もご用意下さい」
「ぐっ、どこまでも調子の良い……」
先程の泣き真似やムッとした顔はどこへやら、したり顔で笑う。
「客はもてなすものです」
「それは招かれた相手だけよ」
「あなた本借りた。私受け取りに来た。これ一種の招き」
「何を馬鹿な……あぁ、もう。悪魔め。今度悪魔払いの方法でも習おうかしら」
「……え、誰に?」
「パチュリー」
「駄目。あの人たぶん本気で教えるから駄目。物教えるの大好きだから駄目」
胸の前で腕を交差させ、大きな×を描く。結構必死である。
そんな幼さ全開の小悪魔に対して、霊夢はハァと大きな溜め息を吐いて見せた。
「なんで、あんた私にそんなに懐くわけ?」
「決まってるじゃないですか。というかさっきから、もとい前からずっと云ってるじゃないですか。私負けませんよ。何度だって云いますよ。霊夢さんが好きだからです」
「そう。でも、じゃあ何で好きなのよ」
霊夢の返事は淡泊であった。
知り合ってから今に至るまで、そんな長くはないが、短くもない時間は経っている。ただ、こう激しいアプローチをされるまでに掛かった時間は短かった。図書館で多少会話などを交わしたこともあったが、好かれるような話題を振った憶えはない。
「霊夢さんの顔が好み」
霊夢は結構大袈裟に転んだ。
「……そんだけ?」
「でもないですが、まぁそれが一番大きいですかね」
あっけらかんと云って笑う。からかっているわけでなく、本気のようであった。
その後、小悪魔は興味のない話題をさっさと切り替えて、根掘り葉掘り霊夢の私生活を言及しようとした。だが、今度は霊夢が話に興味を示してくれない。このままでは会話にならないと、色々と訊きたい気持ちで最後まで悪あがきを続けた後、最終的には拗ねてそっぽを向いた状態になりながら、図書館にある蔵書についての話題へと変えて霊夢の興味を惹く作戦に出たりしていた。相手にされないのが一番応える様であった。
そのまま時間は過ぎていき、気がつけばそろそろ夕餉の支度をする時間。
「夕飯何が好い?」
「霊夢さんの手作りで心がこもっててかつ美味しければなんでも」
最初から遠慮の言葉が少しも出ない辺り流石である。
そもそも「夕飯ですか? 嫌ですねぇ、さっきのは冗談ですよ」というような言葉を期待していなかった霊夢にしても、ここまで食べることを躊躇しない小悪魔に対してやや疲労を憶えた。
「そう、じゃあ小悪魔の嫌いな食材教えて」
「その心は?」
「それ使うから」
飾らない巫女である。
「饅頭とお茶です」
「落語か」
即ツッコミが入る。
したり顔の小悪魔だが、それに対して浮かべる霊夢の顔色には呆れが濃い。
「本当にそれでご飯作るわよ。あなたのだけ」
「申し訳ございませんでした。調子に乗ってました」
詫びる時はやたら俊敏だった。
というのも、今詫びねば本当に霊夢は小悪魔の分だけ作るのがなんとなく判ったからである。
「まぁいいわ。じゃあ、パスタでも作るわね」
「わぁ、神社らしくない」
洋食は想像外であったらしい。が、霊夢がちょくちょく借りていく本のことを思い出してみれば、それは想像を絶しているものでもなかった。
今回借りていった菓子の本も、洋菓子の作り方である。
「手軽なのよ」
「そういう理由だとちょっとショックな小悪魔なのでした」
「味は保証するから」
「そういうことなら期待してます」
小悪魔の表情は、ころりころりと色が移ろう。不安定というか、色鮮やかというか、実に自分に素直な存在であった。
それから二人は食事を終え、しばらく無為な雑談を繰り広げた。その途中、突如小悪魔が宿泊するということを言い出したので、二人は順番に風呂に入ることとなった。けれど、順番に入ろうと云っておいたにも関わらず、小悪魔は霊夢の想定通りに侵入を試みて、札にて動きをしっかりと封じられたりしていた。それでも結局二人で浴槽に入ったので、この侵入作戦に勝敗があるとすれば小悪魔の勝ちであった。
そんな諸々ありまして、現在二人は布団の内。二枚敷いたというのに、何故か二人で一つの布団。
「小悪魔。暑い」
「いいじゃないですか。お風呂で抱きつけなくてフラストレーション高いんです。寝る時くらいいいじゃないですかぁ」
ひしっと抱きつく小悪魔。放すまいぞと、腕も足も霊夢に密着している。
「本当に暑い……汗かきそう」
「それなら、その汗を舐め取って差し上げましょうか?」
「舌這わせたら封じる」
「了解です、自重します。でも現状は維持します」
霊夢の手に退魔針と符が見えたので、小悪魔は冗談でも実行することを抑えた。この近距離では避けられる自信がない。
「寝苦しい……」
「ごろにゃー」
行火でも抱えている気持ちの霊夢の懐で、小さく丸まっている小悪魔。見た目的には、霊夢より小悪魔の方が身長が高い為、妹に甘える姉といった感じである。
抱きつく小悪魔があまりに心地好さげなので、霊夢にしても蹴っ飛ばすのは少々気が引けていた。
「霊夢さんが少しでも長く起きていてくれると、それもそれで幸せだったりします」
「ええい、鬱陶しい」
寝苦しい夜。寝たい少女と寝させたくない少女。二人合わさりもぞもぞと、布団は揺れては波を打つ。
それでも眠気は二人を包み、やがていつしか静かな寝息。お互いやんわり身を離し、再び優しく肩を抱き合うと、心地好い体温を確かめ合う。
穏やかな夜は、澄んだ寝息と同じ程、静かに二人を撫でていた。
清々しい朝。
穏やかな眠りを遮る強すぎる光に満ちた朝。
そんな朝に、霊夢は眠気を払われて、のそのそと身を起こした。すると、視界の片隅にに小悪魔の姿が映る。振り向いてみれば、小悪魔は何故か屈み込んで霊夢を覗き込んでいた。
「おはよう」
「おはようございます霊夢さん。朝ご飯なにがいいですか? トーストとコーヒーの準備は出来ていますよ。ジャムは苺しかないんですね。品揃え悪いです」
「選択肢を残した状態で質問して欲しいわ。あといきなり文句云うな」
口にしながら霊夢は起きる。それに合わせて小悪魔も立ち上がる。
「あぁ、寝顔を覗いてました」
「あなた、私の横で何をして……先に云うな」
「かわいかったですよ。ムスってしたり訝しそうな顔してたり」
「それ、かわいい?」
「たまには笑いなさい。不完全燃焼です」
「どうこうできないことに文句を云うな!」
夢見の問題で自分の努力がどうにかなるかと霊夢は怒る。たぶんどうにかなるだろうとは思いながら口にしない小悪魔。
しかし、と小悪魔は考える。笑顔も見たいが、夢でさえ笑顔にならない霊夢もまた可愛い。そう思い直すと、問題ないなとしみじみと頷いた。
そのまま二人は朝食を食べ終える。小悪魔の入れたコーヒーは、甘い癖に随分と苦いものであった。
「さて。名残は惜しいのですが、私はそろそろ紅魔館に帰りますね」
「結局一泊してったわね。図々しくも」
改めて思ってみると、流され過ぎたなぁと霊夢は反省した。
「そこまで褒められると恐縮です」
「ツッコミ入れないからね。あ、そうそう。はい、本」
返却を求められた本を突き出す。
「あれ、この本もういいんですか?」
本を受け取った第一声がそれであった。
「……あんた何しに来たんだっけ?」
「霊夢さんの顔見れたから満足です。手料理も食べられましたし」
満足そうに、そして無邪気ににこにこと笑う。
「……ほんと何しに来たのよ」
「会いに来たんですよ」
「建前は何処往った」
「知ったこっちゃありません。真の目的を果たしたので、些末な装いなど脱ぎ捨てです」
「あんた自分に素直すぎる」
「嘘は相手に吐いてこそですから」
けらけら笑いながらそうキッパリと述べる。云われた霊夢は、少し納得してしまった自分がなんか悔しかった。
そこまで云うと、小悪魔は縁側を蹴って浮くと、翼を羽ばたかせて空を泳いだ。
「それじゃ、霊夢さん。お待ちしてますから、また近々来てくださいね。お土産はクッキーを所望します」
「……はいはい」
「ではっ」
ビシリと敬礼の真似事などをしてから、素早く紅魔館目掛けて飛んでいった。途中何度か振り返って手を振っていたが、じきにその姿も見えなくなっていく。
「まったく」
飛んでいく小悪魔の背を見送りながら、なんで朝日に悪魔が似合うのかと首を傾げていた。
「……あ。そういえば、借りたい本が……」
小悪魔の背が完全に見えなくなった頃に、霊夢はふと思い出す。この菓子作りの本の中に書かれていた別の菓子の作り方が判らなかったので、すぐにでも借りに往こうと思っていたのであった。
頭を掻いた。無駄に小悪魔を喜ばせるのが、なんか癪に障る気がしたのだ。けれど、興味があるのに行動を止めることが苦手な自分としては、恐らくは往かざるを得ないのだろう。そう思うと、溜め息も口から溢れる。
「……面倒くさいなぁ。まったく」
霊夢はとりあえず、菓子作りの本を持って居間へと向かうのであった。
余談になるが、その日の紅魔館の茶請けはクッキーだったそうな。
珍しい組み合わせですけどなんか妙にしっくりきます
神の下僕たる巫女と悪魔の眷属ってギャップが良いのかも
二人ともそんな堅苦しい肩書き柄に合わないですけどw
素敵なお話有難うございました。次も期待しています
霊夢も流されちゃう程度には小悪魔を受け入れてるのがまたいい
だがしかし随分と背徳的な組み合わせ。
アリス×小悪魔……誰かに無茶ぶりですか?w
なし崩しに同居して、常に同伴出勤ですねわかります
こんな飄々とした感じの小悪魔さんはとっても楽しいですね
鬼とか祟り神とかポルターガイストとかww
流石小悪魔。名前に偽りなし。
某トーナメントの頃から相性は何気によさそうだと思うこのコンビ。
面白いしテンポ良いし可愛いし……うん、最高です!
自分の中でも小悪魔らしい小悪魔でした(・∀・)
嘘っぽいけど、本当かもと少しでも思っちゃうあたり困る
>云ったじゃないですから
云ったじゃないですか
愛がこもったSSが多いから影響受けまくりです。
御馳走様でした。
さすがですねー。
>パスタが手軽
出来合いのパスタが幻想入りしてるのか、それとも霊夢がパスタを打つのが得意なのかで霊夢に対する評価が分かれるとこだわ…!