燃えている。
燃えている。
燃えている。
霧雨魔理沙の目の前で、パチパチと炎がはぜていた。
「なんとも、景気良く燃えているなぁ」
つい、そんな暢気な事を言ってしまうほどの見事な火事が目の前で起きている。
燃えているのは霧雨邸、つまりは暢気にしている白黒の魔法使い、霧雨魔理沙の家であった。
「何しているのよ! 早く消さないと!」
切羽詰まった声が後ろから聞こえる。
声の聞こえてきた方向を見ると、そこには七色の人形遣いマリス・マーガトロイドが青ざめた顔で立っていた。
「ああ、そういやそうだな」
家が燃えたら、火を消さなくてはならない。
その当然の事に、魔理沙は思い至らなかった。このままでは家は全焼し、今まで集めたお宝やら、本やら、研究の成果やらがすべて水の泡だ。
「……ヤバイ! 早く消さないと!」
ようやく魔理沙は我に返った。
周囲を見回すと、そこには一つの井戸。魔理沙はそこに走ると必死に水をくみ出し、燃え盛る家にかける。
「駄目だぁぁぁッ! 全然間に合わん!」
火の勢いは強く、このままでは家は全焼しかねない。
井戸から水をくみ出して、燃え上がる家にぶちまけるが、その程度で火が消える道理はなく、消火は遅々として進まない。
「魔理沙! こんな程度じゃ埒があかないわ!」
人形たちを使ってバケツリレーで、消火に協力しているアリスが叫ぶ。
「……大火に如雨露で水をかけても埒があかないってわけか。だったら、火消しはパワーだぜ!」
そう叫ぶと魔理沙は井戸の桶を放り出し、マジックミサイルの雨を霧雨邸に降らせた。
霧雨邸は大爆発を起こし、マジックミサイルの爆風によって炎と家の半分は吹き飛ばされた。おかげで鎮火したものの、半分になった家に住む事ができるはずもなく、白黒の魔法使いは見事に住む家を失ってしまったのであった。
● 一日目 アリス・マーガトロイド邸の大葉入り餃子と混ぜご飯にたまごスープ
「そんな訳で世話になるぜ」
最低限の着替えやハブラシなどが入ったズタ袋を背負い、白黒の魔法使いはマーガトロイド邸の玄関で妙に明るく挨拶した。
「……家が焼かれてた割には楽しそうね」
そんな魔理沙を、アリスは呆れたような、感心するような、何とも言えない顔で見つめている。
「まあ、燃えてしまったのは仕方ないからな。それになんだか家の建て直しは萃香がやってくれるそうだ」
少し前の異変で博麗神社が倒壊した時は、最終的に鬼が天狗達を連れて建て直した。
太古の昔から、鬼というものは建築などに高い親和性を見せる。霧雨邸のような簡素な家を立て直すぐらいは朝飯前だろう。
「信用できるの?」
「まあ、大丈夫じゃないか。どのみちなるようにしかならないさ」
どこかなげやりのような、達観したような魔理沙の適当な返答に、アリスは再びため息をついた。
「……まあ、良いわ。とりあえず上がりなさい」
「おう、お邪魔するぜ」
着の身着のままの魔法使いは、人形遣いの家に上がり込んだ。
「いつまでかかるの?」
「さあ、そんなにはかからないと萃香は言っていたな」
「また、適当ね……それまでうちに泊るつもり? ここは旅館やモーテルじゃないのよ」
「ああ、それは適当に泊まり歩くつもりだ。だからアリスに迷惑をかけるのは一日だけだぜ」
「それは、潔いというか開き直っているというか……とりあえず、終わったわね」
二人はサヤエンドウのスジを取っていた。
どうやらサヤエンドウは、本日の夕餉に使うらしい。その作業が終わると、アリスはそれを持って台所へと向かった。
「他になんか手伝う事はあるか?」
腰を浮かせて魔理沙が尋ねると、
「問題ないわ。適当に本でも読んで待ってなさい」
と、素っ気なく適当にあしらわれる。
腰を浮かせたまま魔理沙は、視線をアリスから応接間の書架に移動させた。
「……ふぅむ」
並んだ本を見て魔理沙は顔を曇らせ、腕組みをする。どうにも趣味に合う本が見当たらないからだ。
やはり、キノコを使う魔法使いとキノコを使わない魔法使いとでは、意見の相違だけではなくこうした趣味趣向まで違うのだろうか。
適当に部屋の中をうろついていると、部屋の端に型紙用の厚紙が置いてあり、魔理沙はそれを何気なしに手に取った。
手慰みに何か紙細工でも作ってやろうか。
「シャンハーイ」
そんな事を魔理沙が思案していると、応接間のドアが開いて大葉を持った人形が入って来た。どうやらアリスは人形に、庭に生えている大葉を摘んで来るように命じていたらしい。
「ほほぅ……」
両手に大葉を抱えた人形と厚紙を見比べると、魔理沙は何を思いついたのか人の悪い笑みを浮かべた。
「遅いわね……」
大葉を取りに行かせた上海が来ないので、アリスは顔をしかめた。
大葉は様々な薬草と一緒に家の庭に生えている。いくらなんでも、とっくに来ていなければおかしい。
「シャンハーイ」
遅いわよ、上海。
そう文句を言おうとした瞬間、アリス・マーガトロイドは凍りつく。
鎧兜である。
紙で作られた鎧と兜を上海人形は着させられていた。
しかも、なぜか上海の顔は得意げだった。
子供の日の五月人形のような日本的な鎧兜を身にまとった上海人形は、非常に凛々しく力強い動作で、アリスに大葉を渡してくる。
その時、上海のかぶっている紙で出来た兜が、全体的に黒く鹿の角のようなモノが生えている事にアリスは気が付く。
「……ッ! か、鹿角脇立兜(かづのわきだてかぶと)!」
どうやら、上海の被っている兜は、徳川の名将『本多平八郎忠勝』の愛用した兜がモチーフになっているらしい。
かの兜をかぶっていた本多忠勝は、戦国最強の一人に挙げられる猛将である。道理で上海にやる気がみなぎっているはずだ。
「どうだアリス! なかなか良い感じに仕上がっているだろ!」
台所に魔理沙が乱入してきた。
どうやら、上海人形の鎧兜は、霧雨魔理沙の仕業のようだ。シンデレラに登場した魔女は灰かぶりにドレスを着せてお姫様に仕立てたが、幻想郷の魔法使いはドレスの代わり鎧兜を着せて本多忠勝に仕立てるらしい。
「……そうね。とってもユニークでいいと思うわ」
上海から受け取った大葉を刻みながら、アリスは乾いた笑いを浮かべる。
その受けの悪さに、魔理沙は少しばつが悪そうな顔をし、
「あー、もしかして、なんか怒ってるのか?」
と、聞く。
「怒ってはいないわよ……ただ、心底呆れているだけ」
刻んだ大葉を餃子の具に混ぜ、アリスは具を皮に包む。
「……あー、もしかして」
「なによ」
「真田信繁とか、伊達正宗の方が良かったか?」
「そういう問題じゃない!」
見当違いな魔理沙の謝罪にアリスは、声を上げた。
その後、アリスは、魔理沙と鹿角脇立兜のようなものを被り、黒糸威胴丸具足(くろいとおどしどうまるぐそく)のようなものを着た上海人形と一緒に餃子の皮を包んだのであった。
食卓に並んだアリス・マーガトロイド邸の夕食は、大葉入り餃子に五目ごはん、それにたまごスープだ。
五目ごはんは、ほかほかご飯に魔法の森でとれたキノコと幻想郷では貴重な鶏肉、それに見た目に綺麗なサヤエンドウを混ぜ込んだもので、良い匂いとカラフルな見た目で食欲をそそる。
「いっただきまーす!」
パンッ、と手を合わせると魔理沙は五目ごはんから手を付けた。
口に含むと鶏肉のうま味とキノコの滋味が合わさり、なんとも食が進む。
サヤエンドウも良いアクセントになり、これならいくら食べても食い飽きる事は無い。
「あんまりがっつくと喉に詰まるわよ」
アリスが、勢いよく五目ごはんをかきこむ魔理沙を注意する。
「いやー、実は家の修繕の相談とかがあって、昼飯を食べてなかったからな」
そう言って魔理沙はたまごスープを一口飲んだ。
割ほぐした卵とネギだけのシンプルなたまごのスープだが、スープに浮くふわっとしたたまごの感触が、何とも良い感じに口の中に広がり、実にいい。
「言ってくれれば、クッキーぐらい用意したのに」
そう言ってアリスは、大葉餃子をタレに付けて口に運んだ。その餃子は小麦粉の羽が付いており、アリスが口に入れると、パリッという食欲をそそる音がする。
その音につられて魔理沙は、大葉入り餃子に箸を伸ばした。
「わ、パリパリだな」
水溶き小麦粉で形成された餃子の羽、その小麦粉の量は意外と多かったようで餃子と餃子がくっ付いてしまっている。
魔理沙は箸で餃子を引っぺがすと、醤油と酢とたっぷりのラー油で作った餃子のタレを付けて、大葉入り餃子を口に入れた。
パリッ
餃子を噛む音と共に口の中で肉汁が溢れる。
「あふッ、あふい!」
餃子から溢れた熱い肉汁に魔理沙は声を上げた。
「でも、美味しいでしょ?」
「ふまい!」
肉の粗野な旨味が口の中にじわりと広がり、それでいて白菜やニラなどの野菜が味を引きしめ、最後に大葉の香りが締める。
ハフハフ言っている魔理沙にアリスがにやにや笑って見ている。どうやら、その人形遣いの様子を見ていると、この餃子は相当な自信作らしい。
「中にラードを入れてるのよ。だから、齧ると肉汁が溢れだすわけ」
「ふん、ふん」
餃子を口に含んだまま、魔理沙は熱さと美味さの狭間を漂いながら首を振る、
「あと、餃子を蒸らす時の水もただの水は使わないで……」
アリスの料理談義が続く中、霧雨魔理沙は食卓を順調に平らげていき、
「ご馳走様でした」
アリス・マーガトロイドの作った、五目ごはん、大葉餃子、たまごスープを完食した。
●二日目 紅魔館の肉汁うどん
「邪魔するぜ」
紅魔館の玄関で掃除をしているメイド長に白黒の魔法使いは挨拶をした。
「パチュリー様なら……」
「いやいやいや、今日は紅魔館自体に用があるんだ」
「はい?」
いつもと違う流れに、メイド長は少し驚いた顔をする。
「一食一晩の世話になりに来たんだ。そうなると食事を作ってくれる奴に挨拶するのは筋だろう?」
そう言うとズタ袋を箒にひっかけた魔法使い、霧雨魔理沙は帽子をはね上げてニヤリと笑った。
「……なるほど、魔法の実験が失敗して家が焼けたと」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは豪奢な椅子に座り、重々しく頷いた。
レミリアの後ろには十六夜咲夜にパチュリー・ノーレッジ、それにレミリアの妹であるフランドール・スカーレットも控えている。
「ああ、そんな訳で一日泊めてくれ」
暗い、日の光が届かぬ紅魔館の一室で魔理沙は屈託なく笑う。そんな魔理沙レミリアは面白そうに見ていた。
「ねぇ、魔理沙。あんた、まさか紅魔館を旅館かモーテルと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」
ちらりと牙をちらつかせて、レミリアは魔理沙を威圧する。
「そういや、アリスもそんな事言ってたな。まあ、大丈夫だ。適当に友達の間を泊まり歩いているから、一日しか面倒をかけないぜ」 そんなレミリアの威圧を魔理沙は涼しげな顔で流す。
「……ふん。なるほど、友人ね……友と頼られたとあれば、誇り高きスカーレットの名にかけて助けないわけにはいかないじゃない」
「それじゃあ、泊めてくれるのか?」
「ええ、紅魔館が全力を上げて歓迎するわ」
そういうとレミリア・スカーレットは優雅に微笑んだ。
「やったー!」
後ろで控えていたフランが、お気に入りの人間である魔理沙が泊まるという事で、嬉しさからもろ手を上げて抱きつこうとする。
しかし、
「駄目よ、フラン」
と、寸でのところでレミリアに首根っこを掴まれて止められてしまった。
子猫のようにレミリアに首根っこを掴まれたフランは、不満げに姉を見上げるが、
「フラン。今日の魔理沙は紅魔館の主である私の客。だから、いきなり抱きつくのは礼を失する行為よ」
と、叱られてしまう。
「……はーい」
いつもと違う姉に、フランはふて腐れながらも素直に頷く。
単なる姉であるレミリアであれば、遠慮なく抵抗するところだが、どうやら今ここにいるのは紅魔館の主たるレミリア・スカーレットらしい。当主に逆らうほどフランも子供ではない。
「咲夜! 魔理沙を貴賓室に案内しなさい、くれぐれも粗相のないように」
「かしこまりましたお嬢様。……では、魔理沙様、貴賓室に御案内します」
レミリアの客という事で、咲夜は対応を一転させた。
あくまで礼儀正しく、失礼のないように、レミリア・スカーレットの客人である霧雨魔理沙に最敬礼を持って接する。
「うわッ、ちょっとこそばゆいんだが……」
突然、人が変わったように毅然とした態度で命令を下すレミリアとそれに従う咲夜に、魔理沙は少し面喰っていた。
しかし、礼には礼を持って答えるが礼儀。
「分かった。それじゃ案内を頼む」
魔理沙も居住まいを正して、咲夜の案内を受けて部屋を退出する。
「うー、魔理沙……」
レミリアにぶら下げられたフランが切なげにつぶやく。
「……それでは、私は歓迎の準備をしなくてはならないわね」
「手伝おうか、レミィ」
「ええ、助かるわ」
パチュリーの提案を受けてレミリアが礼を言う。
「……うー」
フランはまだ唸っている。
そんなフランを見て、レミリアはため息をひとつ吐くと、
「フランは貴賓室に行き、咲夜や美鈴と一緒に私のお客のお相手をしなさい。くれぐれも失礼が無いように」
と、妹にスカーレット家の客の相手を命じる。
「!」
その命を受けてフランは驚いたようにレミリアを見上げると、紅魔館の主は顔を赤くしてそっぽを向いていた。
「随分と、今日は魔理沙に入れ込んでいるじゃない」
紅魔館の台所に立ったレミリアにパチュリーは茶化すように言った。
「……当たり前のように友人として我々を頼った魔法使いの、その気持ちに敬意を払っただけよ」
紅魔館の主の顔は、館の名を現すかのように紅かった。
呪われし吸血鬼の一族であるスカーレット家、そして恐怖の代名詞である紅魔館、そうした忌わしい存在をまるで気にせず頼った魔法使い、その忌まわしきものを当たり前のように友人と呼んだ事に、レミリアは何やら感じ入ったらしい。
「なるほどね」
そんなレミリアをパチュリーは楽しげに、そして懐かしげに見つめている。
もしかしたら図書館の魔法使いは、吸血鬼と出会った当時を、友人となったばかりの頃を思い出しているのかも知れない。
「で、まあ、たまにはこういうのも良いかもしれないわね。で、恐ろしい悪魔は、無邪気な魔法使いに何を御馳走するの?」
紅魔館の台所のテーブルの上に広げられているのは、大きなタライとその中入っている白い粉、それに布巾や麺棒だった。
「友人を歓待するのであれば、紅魔館として出せる食事はただ一つ。それは私が自ら打つ、真心をこめた手打ちうどんだけよ」
果たして真紅の悪魔の作る手打ちうどんとはどういうものなのだろうか。レミリアは綺麗なドレスの上に割烹着を着て、帽子を取ると頭に三角巾を巻き、うどん打ちに挑んだ。
その妙に所帯じみた姿は、さながら小さなお母さんと言ったところか。
そんな割烹着姿のレミリアは、小麦粉の入ったタライに水を注ぎこむと、小麦粉をこね始めた。
こねこねこねこね。
小麦粉に水をなじませ、小麦粉をまとめてひらすら、こねこねこねこねとこねる。
割烹着を着た吸血鬼は、飽きることなく小麦粉の固まりをこねこねする。
「それじゃ、私はつゆの用意をするわね」
パチュリーも、いつもの服の上に白い服――いわゆる外の世界における給食着を着てレミリアの隣に立つと、めんつゆを作り始めた。
今日のうどんは肉汁うどん。うどんをザルに盛って、肉をたっぷりと入れた温かいめんつゆにつけて食べるうどんだ。
ゆえに、肉汁うどんの肉はうどんに並ぶほど重要となる。
使うのは、旨味を考慮して脂がのった豚肉。これを惜しげもなく使うのが良いめんつゆを作るコツなのだ。
こねこねこね。
パチュリーがめんつゆを作る隣りで、レミリアはうどんをこねていた。
普通であれば、そろそろ足を使って……つまり、踏んでうどんをこねるところだ。しかし、レミリアはその段階に達しても、あくまで手でこねる。
それは吸血鬼の圧倒的な力があってこそ、普通の人間であれば足を使うところでも、レミリアの力も持ってすれば、手でこねる事が出来るのだ。
幻想郷で最高のうどんを食べたければ、鬼に頼め。
そんな幻想郷の格言は吸血鬼にも適応される、それは格言の本質は鬼ほどの力があれば、最高のうどんを打てるという意味であり、レミリア・スカーレットの力は格言に登場する鬼に引けを取るものではない、つまり現在のレミリア・スカーレットの打つうどんは、幻想郷でも、並ぶものは無いほど美味いうどんなのだろう。
こねこねこね。
パチュリーがめんつゆの下準備が終わった頃、レミリアこねる小麦のかたまりはいい感じになっていた。
「後は、一時間ほど寝かせて……それで完成ね」
そう言うと満足げにレミリアは固まりを袋に入れ、おおよその準備は終了した。
そうして紅魔館の主と友人がうどんを作っている間、その妹と従者たちは白黒の接待を行っていた。
「それじゃあ、次は私の番だね」
サイコロを二つ、手のひらで転がしながらフランはにこやかに笑った。
「さあ、私のブルーグループにカモン!」
魔理沙は手をクイクイと動かしながら、フランを挑発する
「妹様は現状、トップですからね」
バンカーを兼任する咲夜は、ゲーム用の紙幣を整理しながら呟いた。
「……カラーグループが揃いませんよ~」
泣きながら、土地の権利書を見ているのは紅美鈴だ。しかし、そんな事を呟きながらも、鉄道会社の権利書を全部そろえ、できる限り他のプレイヤーの独占を妨害しているあたり、まったくもって侮れない。
「行くよー、そりゃ!」
勢いよくサイコロを転がし、出た目は……
「チャンスカードのマス! へいへい、一枚カードを引くよ! うん、銀行から150$もらう~」
「ぬわっ、なんて良いカードを……」
魔理沙はフランの出目の良さ、カードの引きの良さに唸った。
四人が興じているゲームは、モノポリーというテーブルゲームだ。
1935年に外の世界で発売され、以来ボードゲームの皇帝として君臨し続けるこのゲームは、『資本主義の縮図』と呼ばれるだけあって、単純ながら実に奥が深い。
単純に説明すれば、ゴールの無い短い双六を何度も回りながら、とまった土地(マス)を買い占めて、家を立ててホテルを作り、そのマスに止まった他のプレイヤーから宿泊料を巻きあげるという、情け無用の資本主義がさく裂するゲームだ。
「あ、チャンスカード、って『刑務所に入る』ですか!?」
また、ただ盤を回って資産を買うだけではなく、同じ色に属する土地の独占によるボーナス、プレイヤー同士の交渉などの要素が絡み合う。
「なあ、フラン。そのペンシルバニア通りと私のバルティク通りと交換しないか?」
「死ぬがよい」
単純に総括すれば、良い土地をモノポリー(独占)する交渉力、ダイス運、そして判断力が試されるゲームなのである。
「いやあああぁ! ムショ帰りにテネシー通りのホテルで身ぐるみ剥がされたぁぁッ、咲夜さんの鬼!」
「定石でしょう」
魔理沙は、安い土地を買い漁った結果、収入が得られずトップ争いから転落し、美鈴もこっそりと順位を上げていたが十六夜咲夜の『刑務所帰りを狙い打つオレンジグループの豪華ホテル群』の前に散った(刑務所から出たプレイヤーがオレンジグループに止まる確率は41.67%と大変高く。モノポリーの定石の一つ)。
つまり、トップ争いは強運を味方につけたフランドール・スカーレット対定石で勝ち上がった十六夜咲夜の一騎打ちだ。
「ふふふ、さぁくやぁー 私のホテルにおいでよー」
「いえいえ、妹様こそ。最高の接客でお待ちしていますよ?」
フランと咲夜は、互いに突出し、一騎打ちと相成った。
そんな中、
「うわああ、またオレンジに止まった!」
美鈴が再びオレンジに止まり、オレンジを支配している咲夜に大金が流れ込む。
「ああっ! 美鈴のまぬけー」
フランが声を上げるが、美鈴の運の悪さは自身の強運ではどうにもならない。
その美鈴の援護射撃を受けて十六夜咲夜はトップが確定するかという頃、
「はーい、ご飯できたわよ~」
タイミングよく、レミリアとうどんを作っていたパチュリーが呼びに来て、ゲームセットとなった。
「も、申し訳ありませんパチュリー様!」
「いいのよー」
メイドとしての役目も、接客すらも忘れてモノポリーに興じていた咲夜は、顔を赤くして立ち上がるが、パチュリーは気にせずに手を振った。
そして、部屋の中をきょろきょろと見渡して、
「魔理沙」
と、かろうじて最下位を免れて突っ伏している魔理沙に声をかける。
「なんだ~」
のろのろと、魔理沙は顔を上げた。
オレンジグループのホテルに絞り取られ、イエローの高級住宅街の直撃を受け、イベントでなけなしの現金から出産費を支払った白黒は憔悴した顔でパチュリーを見上げる。
その姿を見て、フラン、咲夜、美鈴は「しまった」と顔を青ざめた。
つい、いつもの調子で、魔理沙という初心者が居るにも関わらず『ガチ』でモノポリーをしてしまったからだ。
と、いうか完全に接待を忘れていた。
「さ、咲夜。手加減した方が良かったのかな?」
「しかし、それはスカーレット家の家訓『ゲームになさけむよう』に反しますし……」
フランと咲夜が心配そうに魔理沙とパチュリーのやりとりを見つめている。
そんな接待役の二人を尻目にパチュリーは続けた。
「楽しかった?」
その問いに、咲夜とフランの二人は唾を飲み込む。
魔理沙は、
「ああ、すげー面白かったぜ! なんて言うか『ああ、こう言う手もあるんだな』って、感じでな! 色々と定石はラーニングしたし、次はもっとうまくやってやるぜ!」
と、勢いよく答える。
その答えを聞いて、咲夜とフランはホッと胸を撫で下ろした。
真っ白いうどんがザルに山盛りにされて、その脇には脂がたっぷりと浮いて具がたくさん入ったつけ汁がドンブリに入って、ドンと置かれている。
これが、紅魔館の主レミリア・スカーレットが手ずから打った肉汁うどんだ。
「いっただっきます!」
手をパンと打つと魔理沙は箸を手に取とって、うどんをたぐるとつけ汁の中に放り込む。
「つけ汁の味は濃いから、適度にうどんと一緒に飲まないと、つけ汁だけ残って後で苦労するわよ」
うどんを啜りながら、レミリアが魔理沙に注意する。
魔理沙はコクコクと頷いて、うどんにつゆを目いっぱい絡ませると、口に入れた。
何とも言えない肉の滋味が口内に広がる。
うどんもコシが抜群に強く、のどごしも最高に良い。魔理沙は最初、大量に盛られたうどんを見て『こんなに食べられるのか』と少し心配になったが、何の事は無い。
この程度の量は、ツルツル行けるだろう。
少しつけ汁に残ったうどんを、豚肉やネギに油揚げと一緒にレンゲに盛って食べた。
濃い味のつゆとコシの強いうどんのコンビネーションは単純であるがゆえに、妙に後を引く。
「……くぅ、なんか染みるな、この味は」
ツルツルとうどんを啜りながら魔理沙は呟いた。
濃厚な肉の旨みが溶け込んだつけ汁は、まさに五臓六腑に染みわたる。
ついでに汁に入っている肉が、また味が染み込んでいて美味いし、油揚げも良い感じに味が染みていて堪らない。
なによりも、目に見えて汁に浮かんでいる脂が、またこゆくて実においしい。
「どうかしら?」
一心不乱にかきこむ魔理沙に、レミリアは澄ました顔で尋ねる。
それに対して、魔理沙は、
「最高だ!」
と、ひと声吠えると再びうどんに戻った。
その声を聞いてレミリアはこっそりと息を吐く。自身のうどんに自信はあるものの、なんだかんだと口に合うか心配だったらしい。
ツルツルツルツル。
調子よく魔理沙は肉汁うどんを食べきり、汁もうどんも残り少ない。
味の濃い汁だけを残しては、やっかいだ。魔理沙は残ったうどんを全て肉汁に入れると、一気にかきこんだ。
「ご馳走様でした」
気が付けば、まさにあっという間。
肉汁うどんを完食すると魔理沙は、大きく息を吐いて手を合わせた。
●三日目 河城にとりのかっぱ巻きときゅうりの胡麻和えにイワナの塩焼き
「おーい、にとりー」
妖怪の山に程近い川辺に魔理沙の声がこだまする。
にとりー、にとりー、にとりー……
「…………ふーむ」
小さくなっていくこだまを前に霧雨魔理沙はただ川辺で佇むのみ。
どうしたもんか、と川辺を歩いていると、何やら筒状の物体が幾つか落ちている。
拾ってみると、それは『プリングルス』という外の世界のお菓子が入っていた缶だった。
「……うーん」
中にポテトチップスが入っているかと期待したが、中身は空だ。
流れついた時点で空だったのか、それとも誰かが拾って食べてまた捨てたのか判別は付かないが、この缶を拾った以上することは一つ。
魔理沙は迷うことなく、その缶に手を突っ込んだ。
「いえーい」
両手にプリングルスの缶をはめた魔法使いは奇声を上げると、幻想郷の静かな川辺で踊り狂う。ひとしきり踊った白黒は、踊りだけでは物足りなくなり、川辺の岩を太鼓に見立てて叩きはじめた。
彼女は、発狂したのであろうか。
否、それはきっと本能なのだ。
きっと人は、手にすっぽり入る筒を見ると、それを手にはめずにはいられない生き物なのだろう。その上、それで音楽を奏でてみたり、しちゃったりなんかするのだ。
それが人のサガか。
もし、今の魔法使いの姿を知恵ある人外が見たら、愚かと断じるかも知れない。だが、形而上学的観点から見た場合には、霧雨魔理沙はあまりにも人間的過ぎ、それはきっと非難されるものでは断じてない。きっとない。
ポコポコポコポコ。
岩を太鼓に見立てて、魔理沙は16ビートを川辺で刻む。
「ふるえるぜハート! 燃え尽きるほどヒート! 刻むぜ血液のビート!!」
プリングルスで奏でられる原始のリズムに霧雨魔理沙はヒートアップし、周囲は奇妙な熱気に包まれた。
「なにやっているんだね、お前は」
そんな魔理沙に、後ろから果てしなくクールに声をかける人影が一つ。
魔理沙の背後に見える森の方からやって来た、河城にとりであった。
「おお、にとり! お前もセッションに混じるか?」
「なに言ってるんだ、お前は」
河童は、未だにポコポコと岩を叩いている奇妙な人間に冷たい視線を送った。
「そんな訳で、一食一晩の世話になるぜ」
「いきなりだな、うちは旅館やモーテルじゃないんだぞ」
霧雨魔理沙の説明に、にとりは呆れていた。
「なーなー、頼むぜ」
「……と言ってもなー、私の家は妖怪の山にあるんだぞ。さすがに妖怪の山に人間を招く事は出来ないし……」
「私は気にしないぜ!」
「こっちが気にするんだよ!」
そんなやりとりをした結果、妖怪の山にある本宅ではなく、魔理沙は山の外にある河童の隠れ家に招かれることになった。
「いいのかい、人間をホイホイ招待して。私は人間だろうが、河童だろうが、構わず食っちまうんだぜ(食事的な意味で)」
「ま、好き嫌いがないのはこっちも助かるね」
川辺をテクテクと歩きながら、両手にプリングスの筒をはめた魔理沙と蒲の穂を持ったにとりは益体もないことを話しながら、隠れ家に向かっている。
二人の話す内容は、食べ物の話だったり、にとりの作った機械の話だったり、誰と誰がスペルカード戦をして、勝っただの負けただのといった、そんなどうでも良い話だ。
「ん、着いた」
「うん?」
魔理沙は辺りを見回してみるが、特に建物らしきものは見られない。
「ええと、どこにあるんだ?」
しかし、にとりは魔理沙の疑問に答えず、
「魔理沙の肺活量は、どんなもんだ?」
と、聞いてくる。
「えーと、それなりにはあると思うぜ。たぶん三分は息を止めていられるだろ」
「なら、大丈夫だな」
ひとり合点するとにとりは、魔理沙をひっつかむと有無を言わせず川に引きずり込んだ。
ぶくぶくぶく。
二人が消えた川辺には、あぶくが立ち上るだけだった。
「参ったな、こんなに濡れ濡れになっちまった」
「とりあえず、その妙に淫猥な表現をどうにかしてくれないか」
河童の隠れ家は伊達に隠れ家と銘打っていない。なんと、その隠れ家は川の中からしか行けない洞窟の空気だまりにあるのである。意外と隠れ家は広く、明かりも奇妙な光を放つランプが天井に取り付けられているので不自由はしない。
「なんか湿っぽいな」
「そりゃ、河童の隠れ家なんだからな。そればっかりは我慢してくれ」
そう言いながらにとりは魔理沙にタオルと着替えらしき簡素な白い貫頭衣を投げつける。それに着替えて身体を拭けという事らしい。
両手にはめたプリングルスの缶を外すと魔理沙は、濡れた服を脱いで適当な岩に引っ掛け、タオルで身体を拭き貫頭衣に着替えた。なんとなくスースーするが、それは仕方無いだろう。
多少落ち着いたのか、魔理沙は隠れ家の中を見渡す。
湿った岩の洞窟、外と繋がっている水たまりにどこかに通じているらしい空気穴、壁に巡らされた伝声管、さらに岩の戸棚には河童の珍妙な機械が並んでいる。
「さて……人間が食べれそうな食事は」
にとりが隠れ家の暗がりに向かう。どうやらそこに隠れ家の台所があるらしい。
一方、キョロキョロと魔理沙が周囲を見回す。どうやら、河童の隠れ家というものが好奇心をいたく刺激するらしい。
「…………おやー、こんなところに河童の機械が転がっているぞ? うん、壊れたらいけないから私が元に戻しておこう」
誰に対していいわけをしているのか分からないが、魔理沙はそのような事をのたまって、岩の棚からこぼれおちていた機械を拾う。
それは、ピンク色をした楕円の機械だった。
その楕円は、手のひらにすっぽりと収まるくらいに小さく、その楕円からは一本のコードが伸びてなにかダイヤルの付いたリモコンらしきものと繋がっている。
「えーと、これはどういう機械なんだ?」
とりあえず、ダイヤルを回してみるとピンクの楕円がブゥゥンと振動した。
前に魔理沙は霖之助から、マッサージ器というものを見せてもらったことがある。それはスイッチを入れるとこの機械のように振動し、その振動を使って肩や腰のコリを解すのだ。
これも、そう言ったマッサージ器の類だろうか。
「その割には、少し小さいな」
振動するピンク色の楕円をいじくりまわしていると、にとりが大きな皿をもってやって来た。
「なにをしているんだね、お前は」
「い、いや。何でもないぜ」
慌ててピンクの振動する機械を岩の戸に放り込むと魔理沙はにとりに向きなおった。
「……そこは、外の世界の道具を入れているんだ。あまり散らかさないでくれよ」
「別に散らかしてないぜ」
あさっての方向を見て魔理沙は嘯きがら、にとりに答える。その仕草は少々白々しい。
「ま、別に良いんだがな。……しかし、人間の口に合えばいいんだが」
そんな魔理沙を見て、にとりは小さく溜息を吐きながら、大皿を差し出した。
にとりの差し出した大皿に乗っておるのは、きゅうりを巻いた巻き寿司であるかっぱ巻き、それにきゅうりの胡麻和えにイワナの塩焼きだ。
「おお、うまそうじゃないか!」
魔理沙は声を上げる。
きゅうりが料理の大勢を占めているのは予想の範疇内だが、ここで焼き魚はなかなか嬉しい。考えてみれば、このところ肉ばかり食べていた。ここでさっぱりした川魚とは、なかなか気が利いている。
「巻物は、梅肉ソースを付けて食べてくれ。それが一番美味しい。あと、味に飽きれば言ってくれ、その時は醤油を持ってくる」
そう言って、河童は梅肉ソースが入った小皿を魔理沙の前に差し出す。そんな彼女が、かすかに笑っているのは、それほどかっぱ巻きに自信があるのだろうか。
奇妙な緊張感が隠れ家を包んだ。
「……じゃ、いただくぜ」
魔理沙はかっぱ巻きを取って、梅肉ソースをチョイとつけて、口に入れた。
梅のさわやかな香りときゅうりの癖の無いしなやかな食感が組み合わさり、魔理沙の口内を直撃する。
「こ、これはッ!」
魔理沙は叫ぶ。驚愕するほど美味いというわけではない、美味さのランクで言えば、中の上、あるいは上の下ぐらいだ。それよりも美味い料理なら今まで幾らでも食べてきた。
だが、このにとりが出したかっぱ巻きには、それらの料理が束になっても叶わない要素が一つある。
後を引くのだ。
なんとなく落花生を食べていたら止まらなくなる、そんな経験は誰にでもあるだろう。
この、河童のかっぱ巻きは、そんな落花生のように食べても食べてもやめられない、とまらない。
パクパクと、魔理沙は一心不乱にかっぱ巻きを平らげていく。
「粗茶ですが、どーぞ」
にとりがそっとお茶を出す。
その間も、魔理沙の手が止まる様子は無い。
たまに胡麻和えをつつき、イワナをつつき、そしてかっぱ巻きが止まらない。
魔理沙は心中で「ちくしょう何なんだこれは」と、心の中で毒づきながら、かっぱ巻きを食べ続けた。
「うーん。御馳走様でした」
気が付けば皿の上にかっぱ巻きは一個として残っておらず、他のおかずも綺麗に平らげ、魔理沙は河童の飯をすべて完食していた。
「いえいえ、お粗末さまでした」
腹はすでに満タンなのに、まだあのかっぱ巻きを食べたいと思う自分に、魔理沙は少し自分に呆れる。いや、真に呆れるべきは、あのかっぱ巻きか。
そんな満腹なのに物足りなそうにしている白黒を、河童はニヤニヤして見ているのだった。
●四日目 博麗神社の天麩羅尽くし
「よお、霊夢。飯を食わせてくれ」
「帰れ」
四日目、完。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。これにはちゃんとした理由があるんだ」
鎧袖一触で断られた白黒は、慌てて紅白に事情を説明した。
「あんたねー、うちは旅館やモーテルじゃないのよ?」
霊夢は、境内の掃き掃除を続けながらぶつくさと文句を言った。
「いや、良いだろ? いつもは泊めてくれてるじゃないか」
「それは、酔って帰れなくなるから成り行きで泊めているだけでしょう? そうやって晩御飯を前提にされると、博麗神社として、巫女として、幻想郷に生きる一人の人間として、全力でお断りしたいところだわ」
魔理沙が抗議の声を上げるが、巫女は醒めた目で魔法使いに反論する。
「……そうなると、霊夢は私に帰れと言うのか?」
まるで雨に打たれた子猫のような顔で、魔理沙は霊夢を見上げた。おそらく今の魔法使いを見た人間であれば、誰もが「なんて可哀そうな魔法使いなんだ。さあ、うちに来なさい」と言ってお持ち帰りをしたくなるような、そんな保護欲をそそる表情である。
「まあ、おおむねその方向で」
しかし、霊夢は揺らぎ無く魔理沙を切って捨てる。
可愛いは正義。しかし、その正義すら博麗の巫女の前には通用しない。
正義無き力は、単なる暴力であり、力なき正義は無力である。さしずめ、今の魔理沙は無力のそれであり、鉄血の如き博麗霊夢の前にただ崩れ落ちるだけだった。
「な、なんて友達甲斐の無い奴なんだ……」
崩れ落ちる魔理沙は、ただ呻くのみで身ひとつ動かす事も出来ない。
「そこまで衝撃を受ける事は無いでしょ」
「つってもさー、そうなると今夜どこに泊まるかって問題が出てくるわけで……くそー、永遠亭か早苗のとこにでも行けば良かったか」
神社の境内に倒れ込む魔理沙を見て、霊夢はうーんと唸った。
邪魔なので箒で掃き出そうとしてみたが、流石に箒では人間を掃き出すことはできない。
「……とりあえず、泊る場所なら提供しようか?」
「マジで!?」
「その代り、ご飯は出せないけど」
「マジで?」
「そもそも、食べるものが切れてるからねー」
何気にそれは生命の危機ではないだろうか。
「だったら、お前はなにを食っているんだ?」
至極、当然の疑問を魔理沙は投げかける。
人は、食べなければ生きていけない。というか生命というものは喰う事で生命活動を維持しているのだ。一部、食わなくても平気な生き物は幻想郷に居るのでそういった例外は別であるが、人は食わなくては生きていけないのだ。
だが、もしかして目の前に入る融通無碍な博麗の巫女は、そういった『霞を食う』境地に達しているのだろうか。
「酒は米から出来てるから、ちゃんと栄養は摂れるしね。後は野菜を漬け込んだ味噌を舐めてるわ」
魔理沙の頬を涙が伝った。
なんという貧弱極まりない食生活だろうか。
ゆらり、と白黒の魔法使いは立ち上がる。
「あら、帰るの?」
「いや、お前の食生活が流石に不憫でな。今夜のおかずくらいは私が用意するさ」
帽子で目元を隠した魔理沙は、そう一言告げるとズタ袋を残して空へと舞い上がる。
そうして飛んでいった魔法使いは、日も暮れ始めた頃、帽子に山菜を山盛りにして帰って来た。
採れたての山菜の食べ方で、最も良いものは何だろうか。
例えば、茹でていただきます?
それとも、水で洗ってパクリ?
あるいは、刻んでご飯と一緒に炊き込んで、おいしい山菜おこわにするのがベスト?
違うね、違う。そうじゃない。
眼の前で揚がる『それ』を見て霧雨魔理沙は心中で首を振る。
「山菜は天麩羅に決まってるだろ常識的に考えて」
「まったくね」
天麩羅を次々とザルに盛りながら、霊夢も魔理沙に同調する。
「ふっふっふ、これに塩を振って食えば、さぞかし美味かろうて」
サクサクアツアツの天麩羅を眺めて、魔理沙は「ほぅ」っとため息を吐く。
「あら、大根おろしをたっぷり入れた天つゆでも良いじゃない」
「……いや、大根は無いぞ。流石にあれは山に生えていない……って、まさか大根を畑から盗めとか言わないよな」
暗に大根を要求する巫女の言葉に魔理沙が声を上げると、霊夢は一本取ったとばかりにニヤリと笑う。
「まさか、魔理沙じゃないんだから、そんな事を提案しないわ。あるじゃないの、誰のものでもない、野に生えている大根が」
その言葉を聞いて、魔理沙は何かに気が付いたらしくポンと手を打った。
「……なるほど、ちょいと取ってくるぜ!」
再び魔理沙は外に飛び出した。
本殿の裏にそれは群生していた。
少しピンクがかった小さな花が可憐な野草、それを見て魔理沙は「おし、見つけた」と一声叫んでガッツポーズをする。
「さーて、さっさと掘らないとな」
ハマダイコン。
一説には野生化した大根とも言われるこの野草は、アブラナ科ダイコン属に属する植物だ。
あおくび大根に比べれば、やや繊維が強く、しかも根が細くて食べるには少々難があるが、味は辛く、すりおろせば一応大根おろしになる。
「ま、量は少ないけど、これだけあれば二人分なら上等だろ」
ハマダイコンを何本か抜いた魔理沙は、意気揚々と台所に帰っていった。
てんこもりとなった山菜の天麩羅。
小皿に盛られた塩。
そして天つゆに入ったハマダイコンのおろし。
「いっただきまーす}
「いただきます」
元気の良い魔理沙のいただきますと手を叩く音、静かな霊夢のいただきますが、博麗神社に響く。
魔理沙は、山独活(やまうど)の天麩羅を取ると、それを天つゆにつけて口に運ぶ。
サク。
「くううううぅ……相変わらず、美味いぜ!」
極上に揚がっていた。
まさに外はサクサクしていて、それでいて中は柔らかな食感、さらに辛い大根おろしでピリッと来て、天麩羅活最高! と、言いたくなる良い出来だ。
「良い感じに揚がったわね」
久しぶりの食事にも関わらず、霊夢は大した感動も見せずにタラの芽の天麩羅に塩を馴染ませると口に入れる。
そして、まだ食べきらないうちから、次の天麩羅を箸でつかんだ。
腹が減ってたんじゃん。
澄まし顔で、さりげなくがっつく霊夢を見て、魔理沙は笑いをかみ殺す。
それはそうだ。人間というものは飯を食べなくては生きていけないのだから。いくら霊夢が超然としていても、飯を食べなければ腹は減るはずなのだ。
「っと、私もタラの芽いただき!」
「あら、タラの芽は私も好物なのよね」
そごみ、山独活、こしあぶらに、運良く手に入った自然薯。
山で採れた山の幸の天麩羅は、白黒と紅白の口にどんどんと消えていく。
サクサクと口の中で音がして、その度に広がるは春の息吹き。
沢山盛られた天麩羅は、もう自然薯の天麩羅一つしか残っていなかった。
「ラスか。じゃあ、私が食べてやる」
「あら、最後ぐらいは家主に譲らないの?」
白黒と紅白、二人の視線は激突し、和やかな食卓は転じて戦場と化した。
「ふん!」
魔理沙の箸が、天麩羅を狙い食卓の上を走る。
「させないわ!」
霊夢の箸も、天麩羅に向かって走った。
二人の箸で天麩羅は打ち上がり、宙を舞うそれに向かい白黒と紅白の箸が激突する。
「夢想封印・箸!」
適当な事を言いながら、追尾するかのような霊夢の箸さばきは、自然薯の天麩羅を捉えた。
「ならば、スターダストチョップスティック!」
霊夢がつかもうとしている所に、魔理沙も適当な事を叫びながら、箸を割り込ませる。
二人の箸の間で、天麩羅は宙を舞い、それを掴むべく箸と箸がぶつかり合う。
どうでもいいが、かなり行儀の悪い光景だった。
「くうううッ! 燃え上がれ、私の箸!」
「最後の一つ、渡すものかああッ!」
巫女と魔法使いの箸は激突し、その衝撃で天麩羅はあさっての方向に飛んでいく。
その天麩羅の飛んでいった場所に紫色のスキマが開く。
「魔理沙。貴方の家の建て直しが終わったみたいよ」
そんなスキマから「ぴょこん」と出てきたのは幻想郷のスキマ妖怪、八雲紫。
「ああー!」
「なんと!」
魔理沙と霊夢が、ストップモーションで悲鳴を上げる。
そんな二人の見ている中で、八雲紫の開けた大口に、天麩羅が飛び込んだ。
んがぐぐ。
妙に気の抜けた声と共に、八雲紫は自分の口に飛び込んだ自然薯の天麩羅を食べてしまった。
霊夢と魔理沙は力なく崩れ落ち、天麩羅を食べてしまった紫は「あらやだ」などと、恥ずかしげに顔を赤らめる。
「ええと、ご馳走様でした」
赤い顔のまま紫は、倒れ込んでいる魔理沙と霊夢に「御馳走様」を言う。
かくして、博麗神社の天麩羅の盛り合わせは完食された。
●五日目 霧雨魔理沙のお茶漬け
紫は、萃香に家が完成したという伝言を頼まれたらしい。
「最後に美味しいところを持っていかれたなぁ」
荷物を入れたズタ袋を床に置いて、魔理沙はため息をついた。
魔理沙は修繕された部屋を見る。
どこか古臭く、良い感じに使い込まれた実験器具、幻想郷から集めたガラクタ、雑多な書架……それらはすべて失われ、新しい部屋にはどこからか調達された小奇麗な家具が鎮座されている。
魔理沙の趣味とは僅かにずれているが、それでもなかなか趣味が良い。一部はそれなりに使い込まれた形跡があるという事は、紫辺りが揃えてくれたのだろうか。
「ま、ありがたいが、慣れんとなんか落ち着かないな。しかし、腹減った……」
そんな事を呟きながら、魔理沙は台所に入る。食材はほとんど残って無いが、かろうじて米とお茶と梅干しに漬物は残っていた。台所には色々と食べ物が残っていたはずだが、どうやら大工仕事をしてくれた連中に食べたらしい。
「ま、家を直してくれたから安いもんなんだが……ううむ。酒はあらかたやられているな」
天狗に鬼と飲兵衛揃いなのだ。むしろ無事で済むわけがない。
自分に高級酒を蒐集する癖がなくて、良かったというところだろうか。仮にとっておきのワインが鬼に呑まれたら泣くに泣けまい。「さて、となると……茶漬けでも作るか」
魔法使いは、飯を炊く準備をする。
ここのところ、据え膳上げ膳だったので、少しだけ食事を作るのが面倒くさい。
「……ったく、あいつらの家は旅館やモーテルじゃないっての」
どうにもだらけている自分に魔理沙は活を入れる。
さて、この数日で世話になった連中には何をお返しするべきか。
里で菓子折りでも買っていこうか。それとも、何か手作りの菓子でも作って持って行こうか。
そんな事を考えていると飯が炊けた。
「……とりあえず、食うか」
炊けたごはんを茶碗に盛り、梅干しと刻んだ漬物を乗せてお茶をかける。
「いただきます」
サラサラと魔理沙はお茶漬けを流しこみ、箸を置いた。
「ご馳走様でした」
ギャグをちりばめつつもステキな幻想郷巡り、楽しませていただきました。
なんで手打ちうどんやねん!……とか思いつつも、こねこねするお嬢様が可愛かったのでKOされました。
プリングルスのくだりは特に笑えました。あと洋風の紅魔館でなぜうどんw
文句なしで100点をご進呈させて戴きます
いやもぅ、持ってけ100天。
さて、お茶漬け食ってきます。
餃子にラードをちょっと試してみようかなぁ・・・・
あと、誤字です
モノポリー後の魔理沙のセリフですが、
ラーンング→ラーニングでしょうか?
肉うどんたべてぇ。
そこで遊んだりというのが面白かったですね。
紅魔館で遊んだモノポリーというゲームは興味深かったですし
それぞれの反応も面白いものでした。
あと家々で出される食事とか美味しそうでしたねぇ……レミリアとパチュリー合作の
肉うどん食べたいなぁ…。
困ったときに助けてくれる友人に囲まれての
ほのぼのとした,こういうお話は大好物です。
おぜうさまお手製のこねこねこねこねうどんが食いたい...
イイ!!(・∀・)b
とか突っ込んだりしたら負けですね、そうですね
レミリアがボケて妖怪の山に某怪獣を狩に行かないかと心配しましたわ
え?なんでって?
手打ちラドン・・・どっとはらい
なんでピンク○ーターwwwwwwwwwwwwwww
一緒に食べるからなお美味しい
心当たりが有りすぎて困るw
とまれ、実にお腹の減る良いお話でございました
ご馳走様です
にとりの難解なセクハラとか得意そうな上海の可愛さにニヤニヤしながら読ませて頂きましたが、特に紅魔館が秀逸です。
とにかく最初のお嬢様がかっこいい。
料理描写も舌を巻きました。パルパルです!
ご馳走様でした
あ、それと誤字脱字らしきもの
>そんな魔理沙レミリアは面白そうに見ていた。
『を』が抜けてる?
>「いっただきまーす}
」が}になってます
あと
>けまい。「さて、となると……茶漬けでも作るか」
魔法使いは、飯を炊く準備をする。
ここの改行は使用でしょうか?
いやむしろそのうどん粉になりたい・・・。