「はぁ、やっぱりないわね……」
昼間の明るい時間にも関わらず、研究室に篭っていた私はため息をつく。貴重な魔術書が一冊見つからないのだ。
泥棒魔法使いの部屋と違って、私の部屋は整理されているし、喘息魔女の大図書館ほど所有している書物は多くない。これだけ探して見つからないとなると、家にはないのだろう。
心当たりはある。数日前、泥棒魔法使いこと霧雨魔理沙がやって来たとき、何冊かの本を持っていかれたのだ。
さして重要な書物でなかったので、貸すことに問題はなかったのだが、まさかあの本が紛れ込んでしまうとは。
あの本は、非常に危険な力を秘めている。安易にその魔力を開放してしまえば何が起こるかわからない。まだ何も起こっていないことから考えても、あの本は開かれていないのだろう。
とにかく早く返してもらわなければならない。私は手早く身支度を済ませ、家を後にした。
私は幻想郷の最東端、外界との境界に位置している博麗神社に向かっていた。先に魔理沙の家に向かったのだが、不在だったのだ。
魔理沙の行き先として思い当たる場所はいくつかあるが、真っ先に確認すべきは、今向かっている博麗神社だ。
人里離れた山奥に位置しているだけあって、神社に人間が訪れることは滅多にないが、数少ない例外が霧雨魔理沙だ。
博麗神社の巫女、博麗霊夢の無二の親友であるとともに、異変解決のライバルでもある。異変解決は巫女の仕事とされているにも関わらず、必ず首を突っ込む魔理沙の性格は、正直理解に苦しむ。魔理沙が霊夢に勝てることも少ないのである。
それでも魔理沙は何事にも全力で取り組み、本人は素振りを全く見せないが、影で相当の努力をしている。
私にはとても真似できないことだ。
全力で挑んで、もし負けたら本当に後がない――。
そんな事を考えているうちに、博麗神社が見えてきた。私は一瞬心に浮かんだ感情を振り払い、静かに着地し縁側へ向かった。
どうやら霊夢と魔理沙は将棋を指しているようだ。
「っしゃあ! 私の勝ちだな」
「どうにも今日は調子が悪いわね。それとアリス、いらっしゃい」
「お邪魔するわよ。もっとも用事があるのは魔理沙の方なのだけど」
「お、アリスも一局指していかないか?」
そう言って魔理沙は、将棋盤を指差した。
幻想郷では、弾幕遊びが広く一般に普及しているが、もちろん他の遊びがないわけではない。こうしたボードゲームが行われることもある。
私は対局の申し出を無視して話を切り出した。
「何日か前にあなたに本を貸したわよね? 大事な本が一冊紛れ込んでしまったみたいなの。返してもらえないかしら」
「ああ、あの赤い本か。でもまだ開き方もわかってないんだよな。そうだな……アリスが将棋で勝ったら返してやるよ」
大事な本、と言ったのは聞こえなかったらしい。しかも私の本なのに条件付き。
しかし、誤って危険な本を渡してしまったのは私の落ち度である。それに勝てばいいだけのことだ。
「弾幕はパワー」などと言っている魔法使いに、複雑な思考を必要とする将棋で負ける気は全くしない。
「いいわよ、先手はあなたにあげるわ」
魔理沙は先手を好む、特に先手が有利というわけではないが。逆に、相手の出方を伺える後手は私の好みだったりもする。
「へへっ悪いな。じゃあいくぜ!」
そう言って、魔理沙は飛車先の歩を突いた。
「うーん……」
魔理沙は先ほどから頭を抱えて長考している。状況は私が優勢――というかここまで局面が進めば、もはや魔理沙に勝機はないだろう。
それにも関わらず、しつこく食い下がってきている。
私にとっては時間の無駄にしか感じられなかった。負けが決まっている勝負で、なぜここまで一生懸命になれるのか理解に苦しむ。
「これでどうだ!」
魔理沙が苦し紛れに攻撃の一手を指す。だがそれは完全に自滅の一手だ。
私は引導を渡すべく盤上に駒を打った。これで完全に詰み。魔理沙のせいで意外に時間がかかってしまった。
「私の勝ちね。本は返してもら――」
「もう一局!もう一局勝負だ!」
盤上に身を乗り出しながら、必死の形相で魔理沙が叫ぶ。
全く往生際が悪い。付き合う義理はないのだが、魔理沙の真剣な眼差しに私は断ることができなかった。
パチッ。駒が盤を叩く音が境内に響く。霊夢は人間の里に用事があるようで、しばらく前に出かけてしまった。
既に五局目の中盤だった。無論それまでの四局は全て私の勝ち。ぎりぎりの勝負になるようにしているため時間がかかり、既に日が沈みかけていた。
魔理沙の駒は、私の布陣に果敢に攻め込んでくる。しかし攻めあぐねて、先程からうんうん唸っている。
当然だ、私の囲いに隙はない。
幻想郷に来るまで将棋を指したことはなかったが、すぐに覚えてしまった。こういった知的ゲームは私の得意とするところだ。
おもむろに、陣形を組んでいる駒のひとつを動かし隙を作る。
誘いの手ではない。純粋に陣を崩しただけ。このままでは私の一方的な勝利――それでは面白くない。
「……?」
魔理沙の手が動かない。わざと隙を作ったのだ。いつもなら嬉々として攻めて来るはずである。
怪訝に思い顔を上げると、魔理沙と目が合った。魔理沙の性格を現すかのような、真っ直ぐな視線、透き通った青い瞳。
私は耐え切れず、思わず目を逸らしてしまった。
パチン、と魔理沙の迷いのない駒音が響く。
私は全力を出さない。しかし昔からそうだったわけではない。
◇ ◇ ◇
私が幻想郷に来る前に住んでいた魔界。魔界の神、神綺によって創造された魔界人が暮らす平和な世界だった。そこで私は創造主である神綺様、メイドの夢子さんと共に暮らしていた。
私は何事にも一生懸命だった。
「アリスちゃん頑張ったね」と神綺様が褒めてくれる。それだけで次も頑張ろう、という気になれた。
正直なところ、この頃の私は相当甘やかされていたように思う。神綺様は、あらゆるものに優しさを持って接する人だが、特に私には甘かった。
夢子さんとの弾幕勝負でも、私は負けたことがない。今ならわかるが、かなり手加減されていた。
思い返すと本当に恥ずかしくなってくるが、当時の私は大切にされていることが本当に嬉しかった。
そんな自信に満ち溢れた私の前に、ある日外界からの侵入者が現われた。
その一人が魔理沙だった。
魔界の平穏を脅かす存在が許せず、私は侵入者の撃退を試みた。そう、このときの私は全身全霊をかけて戦った。
しかし、私はあっさりと倒され神綺様も侵入者の前に敗北した。
初めての敗北が認められず、究極の魔術書を持ち出し、幻想郷に向かった。
勝ち負けなど考えていなかった。ただ全力で相手を打ち倒す、それしか考えていなかった。
そして――。
究極の魔術を持ってしても魔理沙に勝つことはできなかった。
私は悟った。勝てる相手と勝てない相手、それは初めから決まっている。
ならば全力で戦うことには、一体何の意味があるのか。
そして私は全力を出すことをやめた。
◇ ◇ ◇
パチッ。私は無意識に一手を指した。
「あ……っ」
昔のことを思い出し、完全に集中力を欠いていた。
予定にない、致命的な悪手。陣を崩されたうえに、守りの要の駒を取られる。
魔理沙の手が駒に伸びる――。
それより早く私は言い放った。
「投了よ」
「なっ! まだ勝負は終わってないぜ!」
「私が負けを認めたのだから終わりよ。これ以上は無駄だわ」
「ふざけんなよ! 無駄かどうかやってみないとわからないだろ!」
魔理沙の真っ直ぐな視線が痛い。
私はおもむろに立ち上がり、魔理沙を見下ろす格好で更に追い討ちをかける。
「大分暗くなってきたし、もういいでしょう。四勝一敗だから本は返してもらうわよ」
「ああ、わかったよ。お前はそういう奴だよな」
魔理沙はそう言って乱暴に箒をつかむと、すぐに飛び立ってしまった。私もすぐにその後を追う。
険悪な雰囲気――。
普段ならうるさいくらいに話しかけてくる魔理沙が、さきほどからずっと無言だ。
クールが信条の私だが、こういった態度を取られると胸が苦しくなる。
とうとう一言も喋らないうちに、魔法の森にある魔理沙の家についてしまった。
「すぐ取ってくる」
それだけ言って魔理沙は、乱暴にドアを開閉し家の中に入っていった。
ドアの前で、私は一人取り残された。
私は魔理沙ほど強くない。負けても負けても、努力を重ねて挑戦し続ける。そしてまた負けるのだ。そんなことには耐えられない。
それでも諦めない魔理沙と友人関係を築いているのは、全力を出して負ける魔理沙を見て安心したいだけだ。
自分は間違っていないのだと――。
ガチャッ、とドアの開く音がして、赤い本を抱えた魔理沙が出てきた。
「ほらよ、ありがとな」
「ええ、これで安心できるわ」
魔理沙から目を逸らしたまま、差し出された本を手に取る。
その瞬間、辺りがまばゆい光に包まれた。
「な、なんだ!」
「っ!?」
こうした書物はそれ自体が強力な魔力を持っていることがある。そして所有者の精神状態に応じて様々な反応を見せる。
この本には悪魔――、それもとてつもなく高位の悪魔が封印されていた。
そんなものに不安定な精神状態で触れてしまった。
迂闊――。
光が収まり森に薄暗闇と静寂が戻る。
「な、なんだあいつは……?」
魔理沙の視線の先には、辺りを見回している異形の怪物がいた。頭部はどうみても牛だが、二本足で立っているうえに、大きな黒い翼を持っている。
悪魔――。
外の世界で忘れ去られた存在が集まる幻想郷には、当然悪魔もいる。しかし、書物に記されているような、いかにもな悪魔は見たことがなかった。
「この本の本来の持ち主だとしたら非常に厄介よ……」
怪物がこちらを向いた。殺される――。
平穏な幻想郷には似合わない言葉。それが今現実のものとして感じられる。
「こいつには勝てないわ。逃げるわよ」
「勝てないかどうか……。やってみないとわからないぜ!」
言葉と同時に、素早く八卦炉を構えた。青白い閃光が怪物に向かって奔る。怪物は、その巨体に似合わぬ俊敏性で魔砲を回避した。それと同時にこちらに向かって突進を仕掛けてくる。
「くっ!」
魔理沙が咄嗟に左後方に飛ぶ。さきほどまで魔理沙がいた地面には怪物の腕が振り下ろされ、森の柔らかい地面には拳が深々と突き刺さっていた。
動きが止まった。その隙を見逃さず敵の頭上に四体の人形を展開。人形達の一糸乱れぬ四連突き。このタイミングでは絶対に避けられない。正確無比な小剣が怪物に向かう。
甲高い金属音――確かに避けられない突きだった。そして結果として相手は避けなかった、避ける必要がなかった。
「弾かれた!?」
怪物はおもむろに地面から腕を引き抜き、接近した人形を一振りで叩き落とした。そしてこちらに向けて手を突き出す。
来る! そう判断し、反射的に横に飛ぶ。
その直後に強力な魔力のレーザーが奔った。直線状の木々が次々に薙ぎ倒される。
普段の弾幕勝負とは比較にならない威力。当たったらただではすまない――間違いなく三途の川の船頭に船賃を払っているところだろう。
想像以上に危険な相手だ。勝てない相手――そう相手にするだけ無駄だ。
「逃げるわよ。やっぱり危険だわ」
「諦めるには早いぜ。私の十八番をまだ試してないだろう?」
そう言って魔理沙は再び八卦炉を構えた。魔理沙の十八番、『マスタースパーク』。
私が使う魔法に比べ、威力が大きく速度も速い。範囲自体は広いが軌道がわかりやすく、回避されやすいことが欠点だろう。
私の攻撃では決定打にならない。魔理沙の攻撃は当てることが難しい。
しかし今は二対一だ。マスタースパークの欠点は私が補える。試してみる価値はあるかもしれない。
私は残った全て人形を投入する。
「いつでも撃てるように準備して!」
左右に二体ずつ包囲するように配置した人形は次々に魔法弾を放つ。レーザーより威力はないが回避は難しい。
弾幕を受け止めることはせずに、跳躍し上方に回避した。予測通り。上方では爆発する人形が二体待機中。空中で急激に移動方向を変えることは難しい。
慣性を保ったまま怪物は二体の人形に直撃する。
爆音――。
爆発の衝撃が怪物を襲い、強烈に地面に叩きつける。爆発の威力と、怪物の質量が相まって地面は大きく抉れていた。
かなりの速度で衝突したはずだが、安心はできない。
「魔理沙!」
「さっきのとは一味違うぜ!」
魔理沙は怪物に向かって再び八卦炉を構えた。
「マスタースパーク!」
八卦炉から強力な閃光が放たれる。しかしその規模は魔理沙が最初に放った魔砲とは大違いだ。普段の弾幕勝負では見せない、相手を圧倒する暴力的な力――。
放たれた魔砲の衝撃で、森全体が大きく振動しているかのようだ。
そして怪物は光の奔流に飲み込まれていった。
「はぁ……はぁ……どうだ!」
周囲には土煙が舞い上がっている。わずかな月明かりも木々に遮られ様子がわからない。
いや――。
パキッ。木の枝が折れる音。土煙の中にうっすらと影が現われる。
「ッ!?」
気づいたときには既に遅かった。
化け物は一気にこちらとの距離をつめ、私の胸倉を掴んだ。そのままの勢いで、近くにあった木に叩きつけられる。
「!!!!!!」
今までに感じたことのない感覚が全身を駆け巡る。肺の中の空気が一瞬で搾り出される。
化け物は、私の体をなおも木に押し付け続ける。
私は手足をジタバタさせるだけで、大した抵抗もできていない。
死――。
その瞬間が現実のものとなって迫ってくる。死ぬ間際には走馬灯が見えるというが、そんなことはない。苦しい、怖い、助けて! それしか考えられない。
「そこをどけぇっ!」
箒にまたがった魔理沙が叫ぶ。ブレイジングスター。魔理沙の持つスペルの中でも最も突進力に優れるもの。
しかしそれは箒に乗り、自ら体当たりするという荒業だ。
これは相手に当たれば勝ちの弾幕勝負ではない。魔理沙がいくら「弾幕はパワーだ」と言おうが、自身は華奢な少女に過ぎない。
あんな異形の怪物と衝突したらどうなるか――。
猛烈な勢いで迫る魔理沙に気がついた怪物は、手を離し今度は魔理沙に向かって突進する。
開放された私はずるずると地面にむかって滑り落ちた。
「はぁっ……はぁっ……魔理沙だめよ!」
もう遅い。そうわかっていても叫ばずにはいられなかった。
激しい衝突音が響く。衝撃は森の木々を揺らし大地を震わせた。
ようやく衝撃が収まり私はゆっくりと目を開いた。
側で魔理沙がうつ伏せになって倒れている。その傍らでは無残に折れた箒――それは魔理沙のことを暗示している気がして――。
急いで魔理沙の元に駆け寄る。
「魔理沙!」
反応がない。倒れこんだ魔理沙を近くの木にもたれかける。怪我の状態を観察すると血の気が引いた。
口から血が流れていた。唇を切ったわけではない。内蔵の損傷による吐血――それほどの打撃を受けたので当然ではあるが、肋骨も何本か折れているようだった。
「ア……リス」
「大丈夫!?」
「あと一回、あと一回だけマスタースパークが撃てる……」
「無理よ! そんな怪我で……。それにマスタースパークは効かなかったじゃない……」「そんなことは関係ない……。私は自分にできることをするだけだ」
「負けるとわかってるのに! 死にたいの!」
「アリス、私は知ってるぜ。本当のお前は誰よりも負けず嫌いだってことを」
負け――。その言葉に私は反応する。
最初の『敗北』。私が本当に負けたと思っているのは、かつて魔理沙に負けた二回だけだ。
全力を出さないのは、自分は本当は負けていない。全力を出せば勝てていた。そう思うためなのではないか。
そう、魔界で過保護に育てられていたころから、私は何も変わっていない。
いくらクールで知的に振舞っても、心は全く成長していない。
「だがなアリス、できることがあるのにやらない……そんな奴は自分に負けているのさ。自分を信じられない自分に。私はそんな奴にはなりたくない。だから最後まで諦めない」
自分にできること、それを考える。既に手持ちの人形は尽きた。残された攻撃方法は魔法の糸か他の――。
「魔理沙――」
私の糸と魔理沙のあの技。組み合わせればいけるかもしれない。
「最高のマスタースパークを頼むわね!」
「誰に言ってるんだ? 私は妖怪退治の専門家だぜ!」
魔理沙は満身創痍にも関わらず、自信に満ち溢れた表情だ。一体どこにそんな余裕があるのだろう。私にも少しお裾分けしてほしいくらいだ。
しかしその必要はないだろう。きっと今の私も同じ表情なのだから。
私は敵に向き直り、魔法の糸に、人形操作時とは違う魔力を込める。普段は見えない魔法の糸が、かすかな光を放つ。
魔法と人形以外に私が持つ攻撃手段。腕を振りかぶり、化け物に向かって糸を投げつける。
鋭い風切り音と共に、一直線に光が奔る。化け物は妙な攻撃を警戒したのか横っ飛びに回避し、同時に複数のレーザーを放った。
先程よりは低威力のレーザー、こちらの様子を窺っているといったところか。森の奥の方へ走り回避しながら再び糸を飛ばす。
既にいくつかの樹木に糸を絡めた。後はタイミングを合わせて、糸を手繰り寄せれば相手の動きを封じられる。
しかしここに来て相手はこちらを警戒している。こちらの切り札に気づいたか?
いずれにしろ迷っている時間は無い。すぐに覚悟を決める。
敵を封じる場所。そこに向かって走る。相変わらず遠距離からの弾幕が飛び交うが、
必死に回避する。ここでやられては元も子もない。
必死――。自分には似合わない言葉。そんな私が必死に戦っている。
「はあっ……はぁっ……」
着いた。ここで終わらせる。私は辺りを見回す。化け物の姿が見えない。さきほどまで飛び交っていた弾幕も止んでいる。
少し離れた場所に魔理沙の姿が見える。集中して八卦炉に魔力を凝縮しているようだ。その魔理沙の目が見開かれる。
「アリス後ろだ!」
「ッ!?」
急いで背後を振り向く。どこかの木の上に隠れていたのか。化け物は私の背後に下降してきた。この糸で陣が完成する!
しかし相手が降り立つほうが早かった。化け物は凶悪な腕を横薙ぎに払う。
華奢な私には余りに非情な一撃。とっさに魔法の盾で受け止めたがその衝撃は盾を通り越した。腕の骨が軋む嫌な音がする。身体が宙を浮き、後方に向かって弾き飛ばされる。 ここで、こんなところで諦められない。あと少しで私は勝てる。昨日までの自分に勝つことが――。
「うぅぁぁぁああああ!」
痛みに耐える。いや、痛みに自分から向かっていき最後の糸を投擲する。放たれた糸は化け物の体にしっかりと絡みついた。
その刹那――。
化け物の周囲を光の円柱が包み込み、陣が完成した。陣の完成を見届けた直後、地面に強く叩きつけられる。全身を鋭い痛みが駆け巡った。
「魔理沙! 使って!」
化け物に絡みついた糸の一端を、魔理沙に向かって投げる。化け物と魔理沙の持つ八卦炉が、糸によって一直線に結ばれた。
魔理沙は、私の意図を汲み取ったようだ。
「なるほどな……。やっぱり魔法はパワーだぜ!」
魔力を込めた糸にマスタースパークの光が収束される。糸の上を細いが力強い閃光が駆け抜ける。
範囲が狭まった分、その威力は通常の何倍にも跳ね上がっていた。
糸上を走る魔力の奔流が化け物に迫る――。
「がぁああああ!!!!!!」
化け物はこの世のものとは思えない奇声を発した。その体をマスタースパークは確実に貫いていた。
怪物を貫通したマスタースパークは後方の木々をも次々に貫き、やがて何かにぶつかったのか森の端辺りで爆音が響いた。
今度こそ、本当に魔法の森に静寂が戻った。倒れている私の側に魔理沙が歩み寄って来る。
「久しぶりだな。アリスの全力を見たのは」
清々しい笑顔で、魔理沙はこちらを見つめていた。
まったく笑ってしまう、二人とも笑っているが、身体の状態はまさに満身創痍。さしずめ禁呪の重症チームといったところか。
全力――。
確かに今の私は全力だっただろう。しかし素直に認めるのは悔しい。やはり私はこういう性格のようだ。だから魔理沙に向かって言い返す。
「全力? あの程度、私の全ての力ではないわ」
そう私は昨日までの自分に打ち勝った。この程度が自分の全ての力ではない。
私はようやく前に進む道を見つけた。
~アリスの戦いはまだ始まったばかり~
アリスの性格と、旧作での出来事を絡めた話は、素直に面白いと思います。
個人的な意見ですが、かの『アッピンの赤い本』を出すのならば、作中でその名前を出した方が、判る人には判る小ネタとして作用したのでは、と思います。
また本から悪魔が現れた理由付けにもなるので、一石二鳥なのでは無いかなと思いました。
これからも、楽しみにさせて頂きます。