広大な竹林の中にぽつんとある大きな屋敷。
その風貌には、まるで何千年、何万年もの月日を見て来たかのような威厳がある。
その屋敷の中は物々しい空気が張り詰めていた。
「さあ、皆。いよいよ始まるわよ。」
何匹居るかもわからないほど大勢の兎達の前で、得意げに腕を組んで眺めている女性がいる。
腰まである銀髪。青と赤に中間で分かれた特徴的な服。
その名は八意 永琳。
「こういうのも・・・悪くないわね。」
第二章 「勃発」
「祭り・・・だと・・・?」
咲夜を睨みつけつつ、聞き返した。
「ええ・・・とっても大きな、ね。」
咲夜は嗤いながら答える。
「祭りに私達が必要無いというのはどういう事だ?祭りは誰でも楽しむ権利はあるはずだぜ?」
恐怖を隠しつつ、あくまで気丈に言葉をぶつける魔理沙の顔に冷や汗が一筋、流れた。
「それもそうね・・・祭りは『ヒト』が多いほど楽しいもの―――
―――いいわ、行きなさい。」
「え・・・?」
アリスはあっけに取られたような顔で咲夜を見ている。咲夜の顔には、先ほどの尋常ではない殺気など欠片も感じ取ることができなかった。
「どうしたの?貴女達も『祭り』に参加するんでしょう?帰って準備でもしたら?」
「・・・祭りって、そもそもなん――」
咲夜に聞き返そうとした魔理沙の口を、アリスが突然ふさぐ。
「そうね、そうするわ。邪魔したわね。」
「ええ、では、御機嫌よう。」
そう言うと咲夜は、始めと同じようにまるで最初から居なかったかのように、忽然と姿を消した。
「―――どうして止めたんだよ。」
魔理沙は不貞腐れた顔でアリスに問うた。
「とりあえず、まずは神社に戻りましょう。ここは危険だわ。」
その意見には非常に同意できる。ここでまごまごしていてまた咲夜に襲われたらもう逃げ場など無い。
魔理沙とアリスは紅魔館を後にした。
神社に戻ってきてから、二人は暫く何も言葉を口にすることは無かった。
状況がうまく飲み込めない。今起こったことを頭の中で整理するだけでいっぱいいっぱいだった。
「・・・」
「・・・・・」
「―――何が、起こってるんだ・・・?」
「―――そうね、本当にただの『祭り』なら、あんな事をする必要はない。」
「雰囲気的には紅霧異変の時と近い物があったぜ。あれをもっと険悪にしたら今日みたいな感じになるかもな。」
「紅霧異変・・・『異変』・・・?」
異変という言葉を聞いて、アリスの頭に一つの考えが浮かんだ。
(異変・・・『祭り』・・・魔理沙が・・・邪魔・・・っ!?)
「まさか―――」
「どうしたんだ?」
突然顔を上げたアリスに、魔理沙が驚きながら尋ねる。
「・・・魔理沙。これは仮説よ。かなり信憑性の低い、だけどこれしか思いつかない。」
「何だよ?もったいぶらないで言ってみろって。」
「・・・咲夜の言う『祭り』。それを行うのに貴女がどうして邪魔になると思う?」
「さぁなぁ・・・私は善良な人間だから邪魔になんかならないと思うんだが。」
「そんな事はどうでもいいのよ。」
「・・・」
アリスにバッサリと切られ、魔理沙がしょんぼりとした表情で黙りこむ。
「じゃあ質問を変えるわ。貴女が必要になるのはどんな時?貴女が何かしら行動に移すのはどんな時かしら?」
「私が動く・・・というと・・・まさか。」
「そう、そのまさかよ。恐らく、彼女達はまた何らかの異変を起こそうとしている。しかも館内に妖精メイド達が一匹も居なかったってことは、全て、戦闘要員として借りだされてる、というようにも取れる。前よりよほど大きな規模の異変になるでしょうね。」
「そういえば・・・咲夜が『準備中』って言ってたな。」
「そうね、妖精メイド達の召集と訓練でもしてるんじゃないかしら?」
「で、でも!あいつら前の異変の時に散々霊夢にやられて懲りたはずじゃ・・・」
「その霊夢は今―――
―――『どこにいるの?』」
暫くの静寂。魔理沙は言葉が出なかった。
「私が最後に神社に来たのは四日前。その時にも霊夢はいなかった。それより前に、魔理沙が最後に神社に来たのは―――霊夢に合ったのは、いつ?」
魔理沙も毎日毎日神社に入り浸っているわけではない。特に、最近は魔法薬の調合実験もあって、2週間ほど神社には顔を出していなかった。
「そんな!そんなことがあるわけ・・・」
「だから『仮定の話』よ。でも、もしこの仮定が合っているとすれば、
霊夢は既に捕まった、あるいは―――」
「そんな・・・そんな事が・・・」
仮定の話。そう分かっていても他に考えようがない分、その話は酷く真実味を帯びて聞こえた。
いや、もし真実だとしたら―――
「ともかく、情報があまりにも少なすぎるわけだし、これ以上の議論は無意味ね。」
「ああ・・・」
「もう、しっかりしなさいよ!霊夢が居ない以上、異変を解決できるのはあんただけなんだからね!」
霊夢が―――いない。
いつもなら、自分は自分のやりたいようにやって、
「失敗しても霊夢がなんとかするだろう。」ぐらいに思っていた。
だが、今回は違う。幻想郷の、『異変を解決する』という義務と責任が、全て自分に圧し掛かってくるのだ。
自分が失敗したら、その後に続いてくれる人は、居ない。
そう考えると、今まで軽い気持ちで考えて来た『異変』というものがとても重大で、危険で、辛く苦しいものに感じられた。
霊夢はこんな重圧を、ずっと一人で―――
「とりあえず、明日からは情報収集ね。今日はもう帰って寝た方がいいわ。色んな事があったし。」
「明日からって・・・手伝ってくれるのか?お前の嫌いな面倒事なのに。」
「仕方ないでしょ、あんたが迷惑かけるのはいつもの事だし。それに―――
さっきも言ったでしょ。乗りかかった船、よ。」
ああ、そうか。
後ろに続いてくれる人は居なくても、隣に並んでくれる人なら、ここに居た。
それだけで、魔理沙は自分の緊張が緩んでいくのを、僅かだが、確かに、感じた。
「・・・へへっ、なんだかんだアリスは優しいな。そういう所は大好きだぜ。」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。あんた一人に任せておいたらどうなることやらわかったもんじゃないわ。」
「そうかもな。さて、じゃあ今日は帰って寝ると―――」
「ごめん下さーい!」
突然、空から聞きなれた喧しい声。
「あや、魔理沙さんにアリスさんでしたか。どうも、毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。」
射命丸 文。妖怪の山に住む烏天狗で、日夜新聞のネタを探して郷中を飛び回っている厄介な奴だ。
「今日はお二人でデートですか?アツアツですねぇ。さっそく記事にしてもいいですか?」
「やめなさい。・・・ところで、貴女は何をしに来たのかしら?」
「あややや、すっかり忘れる所でした。いえですね、今回の出来事について、博麗の巫女はどう行動するのか、密着取材しようかと思いまして。」
「今回の・・・出来事?」
「何の事だ?」
「お二人はまだ知りませんでしたか。うーん、本当はネタを教えてしまうのは勿体ない事なんですが、お二人には特別にお教えしましょう。」
その時、射命丸の言った言葉によって、魔理沙とアリスはさらに強い衝撃を受けることになる。
「幻想郷の四つの勢力が、それぞれ他勢力に対して一斉に宣戦布告したんですよ。」
「妖怪大戦争勃発、みたいな見出しはどうかと考えているんですが。」
第二章 終
その風貌には、まるで何千年、何万年もの月日を見て来たかのような威厳がある。
その屋敷の中は物々しい空気が張り詰めていた。
「さあ、皆。いよいよ始まるわよ。」
何匹居るかもわからないほど大勢の兎達の前で、得意げに腕を組んで眺めている女性がいる。
腰まである銀髪。青と赤に中間で分かれた特徴的な服。
その名は八意 永琳。
「こういうのも・・・悪くないわね。」
第二章 「勃発」
「祭り・・・だと・・・?」
咲夜を睨みつけつつ、聞き返した。
「ええ・・・とっても大きな、ね。」
咲夜は嗤いながら答える。
「祭りに私達が必要無いというのはどういう事だ?祭りは誰でも楽しむ権利はあるはずだぜ?」
恐怖を隠しつつ、あくまで気丈に言葉をぶつける魔理沙の顔に冷や汗が一筋、流れた。
「それもそうね・・・祭りは『ヒト』が多いほど楽しいもの―――
―――いいわ、行きなさい。」
「え・・・?」
アリスはあっけに取られたような顔で咲夜を見ている。咲夜の顔には、先ほどの尋常ではない殺気など欠片も感じ取ることができなかった。
「どうしたの?貴女達も『祭り』に参加するんでしょう?帰って準備でもしたら?」
「・・・祭りって、そもそもなん――」
咲夜に聞き返そうとした魔理沙の口を、アリスが突然ふさぐ。
「そうね、そうするわ。邪魔したわね。」
「ええ、では、御機嫌よう。」
そう言うと咲夜は、始めと同じようにまるで最初から居なかったかのように、忽然と姿を消した。
「―――どうして止めたんだよ。」
魔理沙は不貞腐れた顔でアリスに問うた。
「とりあえず、まずは神社に戻りましょう。ここは危険だわ。」
その意見には非常に同意できる。ここでまごまごしていてまた咲夜に襲われたらもう逃げ場など無い。
魔理沙とアリスは紅魔館を後にした。
神社に戻ってきてから、二人は暫く何も言葉を口にすることは無かった。
状況がうまく飲み込めない。今起こったことを頭の中で整理するだけでいっぱいいっぱいだった。
「・・・」
「・・・・・」
「―――何が、起こってるんだ・・・?」
「―――そうね、本当にただの『祭り』なら、あんな事をする必要はない。」
「雰囲気的には紅霧異変の時と近い物があったぜ。あれをもっと険悪にしたら今日みたいな感じになるかもな。」
「紅霧異変・・・『異変』・・・?」
異変という言葉を聞いて、アリスの頭に一つの考えが浮かんだ。
(異変・・・『祭り』・・・魔理沙が・・・邪魔・・・っ!?)
「まさか―――」
「どうしたんだ?」
突然顔を上げたアリスに、魔理沙が驚きながら尋ねる。
「・・・魔理沙。これは仮説よ。かなり信憑性の低い、だけどこれしか思いつかない。」
「何だよ?もったいぶらないで言ってみろって。」
「・・・咲夜の言う『祭り』。それを行うのに貴女がどうして邪魔になると思う?」
「さぁなぁ・・・私は善良な人間だから邪魔になんかならないと思うんだが。」
「そんな事はどうでもいいのよ。」
「・・・」
アリスにバッサリと切られ、魔理沙がしょんぼりとした表情で黙りこむ。
「じゃあ質問を変えるわ。貴女が必要になるのはどんな時?貴女が何かしら行動に移すのはどんな時かしら?」
「私が動く・・・というと・・・まさか。」
「そう、そのまさかよ。恐らく、彼女達はまた何らかの異変を起こそうとしている。しかも館内に妖精メイド達が一匹も居なかったってことは、全て、戦闘要員として借りだされてる、というようにも取れる。前よりよほど大きな規模の異変になるでしょうね。」
「そういえば・・・咲夜が『準備中』って言ってたな。」
「そうね、妖精メイド達の召集と訓練でもしてるんじゃないかしら?」
「で、でも!あいつら前の異変の時に散々霊夢にやられて懲りたはずじゃ・・・」
「その霊夢は今―――
―――『どこにいるの?』」
暫くの静寂。魔理沙は言葉が出なかった。
「私が最後に神社に来たのは四日前。その時にも霊夢はいなかった。それより前に、魔理沙が最後に神社に来たのは―――霊夢に合ったのは、いつ?」
魔理沙も毎日毎日神社に入り浸っているわけではない。特に、最近は魔法薬の調合実験もあって、2週間ほど神社には顔を出していなかった。
「そんな!そんなことがあるわけ・・・」
「だから『仮定の話』よ。でも、もしこの仮定が合っているとすれば、
霊夢は既に捕まった、あるいは―――」
「そんな・・・そんな事が・・・」
仮定の話。そう分かっていても他に考えようがない分、その話は酷く真実味を帯びて聞こえた。
いや、もし真実だとしたら―――
「ともかく、情報があまりにも少なすぎるわけだし、これ以上の議論は無意味ね。」
「ああ・・・」
「もう、しっかりしなさいよ!霊夢が居ない以上、異変を解決できるのはあんただけなんだからね!」
霊夢が―――いない。
いつもなら、自分は自分のやりたいようにやって、
「失敗しても霊夢がなんとかするだろう。」ぐらいに思っていた。
だが、今回は違う。幻想郷の、『異変を解決する』という義務と責任が、全て自分に圧し掛かってくるのだ。
自分が失敗したら、その後に続いてくれる人は、居ない。
そう考えると、今まで軽い気持ちで考えて来た『異変』というものがとても重大で、危険で、辛く苦しいものに感じられた。
霊夢はこんな重圧を、ずっと一人で―――
「とりあえず、明日からは情報収集ね。今日はもう帰って寝た方がいいわ。色んな事があったし。」
「明日からって・・・手伝ってくれるのか?お前の嫌いな面倒事なのに。」
「仕方ないでしょ、あんたが迷惑かけるのはいつもの事だし。それに―――
さっきも言ったでしょ。乗りかかった船、よ。」
ああ、そうか。
後ろに続いてくれる人は居なくても、隣に並んでくれる人なら、ここに居た。
それだけで、魔理沙は自分の緊張が緩んでいくのを、僅かだが、確かに、感じた。
「・・・へへっ、なんだかんだアリスは優しいな。そういう所は大好きだぜ。」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。あんた一人に任せておいたらどうなることやらわかったもんじゃないわ。」
「そうかもな。さて、じゃあ今日は帰って寝ると―――」
「ごめん下さーい!」
突然、空から聞きなれた喧しい声。
「あや、魔理沙さんにアリスさんでしたか。どうも、毎度お馴染み、清く正しい射命丸です。」
射命丸 文。妖怪の山に住む烏天狗で、日夜新聞のネタを探して郷中を飛び回っている厄介な奴だ。
「今日はお二人でデートですか?アツアツですねぇ。さっそく記事にしてもいいですか?」
「やめなさい。・・・ところで、貴女は何をしに来たのかしら?」
「あややや、すっかり忘れる所でした。いえですね、今回の出来事について、博麗の巫女はどう行動するのか、密着取材しようかと思いまして。」
「今回の・・・出来事?」
「何の事だ?」
「お二人はまだ知りませんでしたか。うーん、本当はネタを教えてしまうのは勿体ない事なんですが、お二人には特別にお教えしましょう。」
その時、射命丸の言った言葉によって、魔理沙とアリスはさらに強い衝撃を受けることになる。
「幻想郷の四つの勢力が、それぞれ他勢力に対して一斉に宣戦布告したんですよ。」
「妖怪大戦争勃発、みたいな見出しはどうかと考えているんですが。」
第二章 終