宵闇に蠢く影。
夜空は無数の物体で覆い隠されている。
無音の世界に響く幾多の金属音。
夜には付き物の虫の声や梟の唸りなど微塵もせず、唯一聞こえるのは鉄を打ちつけているかのような軽い音。
その中心に2人のヒトが居た。
かたや銀色に煌く無数のナイフを操り、
かたや長短二振りの刀を自在に扱い、それを弾く。
その二つの輝きは、天高く輝く月の光によりさらに強く、強く―――
序章 『日常』
「しっかし、最近平和だなー。」
頭上高くには太陽がさんさんと輝き、爽やかな風が僅かに吹いている。
ここは博霊神社。幻想郷の結界を守護する役目を持つ、幻想郷の中心と言ってもよい場所。
その縁側で佇むのはエプロンドレスに黒いとんがり帽子、そして豊かな金髪を持つ少女だった。
「こう平和だと体が鈍るな。いや無駄に忙しいよりはいいと思うんだが。」
彼女の名は霧雨 魔理沙。
魔法の森に住居を構える『自称』普通の魔法使いだ。
「しっかし、霊夢はどこに行っちまったんだろうな。飯でもたかろうと思ったのに。」
彼女が霊夢と呼ぶのは博霊 霊夢。この神社の主である。
魔理沙はよく暇つぶしに神社に遊びに来る。霊夢とはそこそこ長い付き合いなので仲も良いほうだ。
普段は神社に来るたびにいつも
(また来たの、あんたも暇ねぇ。)
とつれない言葉で歓迎(?)されるが、この日に至ってはどうも神社に居ない様子だった。
「しかたないな、帰ってキノコでも採りにいくか。」
彼女が傍らにある箒に手を伸ばした時―
「あら、魔理沙じゃない。」
声をかけられた。よく見知った顔だった。
「なんだ、アリスも来たのか。」
アリス・マーガトロイド。彼女もまた、魔法の森に住む魔法使いだ。
魔理沙と違って、人形を操る魔法を使う、ちょっときつい感じの少女だ。
「ええ、ちょっと霊夢に用があってね。一緒じゃないの?」
「知らないぜ。私も霊夢に用があったんだがな。」
「どうせご飯でもたかりに来たんでしょうに。」
「HAHAHA、そんな事はないぜ!」
アリスは妙なところで鋭い。勘がいい、とも言うのだろうか。そういう所で、アリスは霊夢と似たようなところがある。
その点、霊夢と魔理沙はいろいろな所でまるっきり正反対だ。似ている点も多々あるが。
「まぁ霊夢が居ないんじゃ仕方ないわね、また出直しましょ。」
そう言って振り返ったアリスの肩を魔理沙が掴む。
「まぁ待て。」
アリスはゆっくり振り返る。そこには魔理沙の満面の笑みがあった。
「・・・なによ。」
嫌な予感がした。こいつがこんな顔をするときはろくな事を考えていない。
「お前も暇になったんだろ?パチュリーのとこに本でも借りに行こうぜ!」
これだ。こいつの『借りる』は『無断』で、かつ『死ぬまで』借りていくのだ。
簡単に言うと『盗む』とも言う。
「あんた・・・つい最近図書館に忍び込んで咲夜にボコボコにされそうになりながら帰ってきたのは何処の誰よ?」
「ははは、さて、誰だろうな?」
こいつの頭には学習という言葉が無いのだろうか? あと、遠慮、という言葉も。
「小人閑居して不善を為す。紫の言うとおりね・・・」
「何か言ったか?」
「いいえ、空耳よ。」
「空耳なら仕方ないな。とりあえず、さっさと行こうぜ。」
言いつつ、さっさと箒に跨って飛んでいく。
「まったく・・・」
魔理沙の後を追いつつ、アリスは考えていた。
これはいつも在る日常。だが、何かがおかしい。
はっきりした根拠は無い。だが、確実に何かがおかしい。
その日常の中の『異変』に気づくのは、それから少し経ってからだった。
序章 終