桜の木が青々と茂っている。昼寝をするには日の光が強い。徐々に害虫が増えている気がする。氷室の氷は飛ぶように売れ、冷気を操る妖怪に会いに行く無謀な若者が増えている。野に咲く花々は表情を変え、太陽に向けて栄養を請う。
幻想郷の人々は皆、梅雨の終わりを感じ取っていた。刻一刻と変わる気候に一喜一憂しながらも、殆どはいつも通り日々の生活を営んでいる。大きな異変も無く安穏とした日々が続いていることに、誰もが安心しているに違いない。
しかし、物事に例外があるのは必然で、一人の少女は『安心』とは程遠い心情を抱えていた。
竹箒を手にのろのろと歩く。いつもの時間、いつもの仕事。繰り返しの日常にあるひとときのやすらぎ。鳥のさえずりを聞き、虫達の足音を感じ、木陰の元へと身を寄せる。そこに座れば風が自分を出迎えてくれるのだ。とても、とても生暖かいじめっとした温風が…。
「ふぅぅ。」
あまりの暑苦しさに境内の裏へ逃げ込んで来た、という事だ。どうにも今日は朝からだるく、蓄積された疲れが残されたままでいた。身体中の熱が外に出ない物かと、僅かな期待を込めて息を吐く。もれなく希望は空へと霧散し、箱の中には絶望だけが残ったのであった。
苦手な物はそれほど無いと自分では思うが、目下上昇中の気温と日光には不意を突かれている。つい先日まで雨降りが続いていたと言うのに、あれよあれよという間に日差しの熱は上がって行った。気が付けば、手ぬぐい無しには外を出歩けないような日が殆ど。今年の夏はいつものそれより一層暑くなりそうで、今も太陽はギラリとした眼差しを幻想郷に向けている。
だからと言って日々の業務を怠る訳にもいかず、掃除用具を片手に神社中を歩き回っていた。この時期は特に虫達の動きが活発になるのでその駆除に多くの時間を取られる。いつもであれば昼過ぎには全ての行程を済ませられるのだが、今日に限っては正午の刻を迎えても残り半分が終わっていなかった。
いや、果たしてそれを暑さと害虫だけのせいにしても良いのだろうか。
「…いいや、良くないわ。」
木の幹に背中を預け、箒を脇に立て掛けてひとりごちた。睡眠時間は足りており、食事は毎日三回食べてはいる。夏バテという事はおそらく無いだろうし、夏風邪を患っている事も無い。単純に疲れているだけだ。ただそれだけ。
思い当たる明確な原因があった。それは。
「霊夢ー。だから悪かったって。」
枝葉が踊る音と共に頭上に現れたのは白黒ツートンカラーの影だった。現在、私が少々まいっている要因の一つである。
「…何よ。あんたエスパー?」
寄りかかる木の上の方に目をやると、ぽっかりと丸く青空が見える。誰かさんの暴発した魔法のせいで一部分が吹き飛んでしまっているのだ。
「そりゃぁ、そんな機嫌の悪そうな顔をしてたら何を考えてるのかぐらい分かるって。」
よろめく事なく着地した魔理沙がからからと笑いながら話す。特に不快感を外に向けたつもりは無いのではあるが…。
「アリスも反省してた。今は家でクッキーを焼いてるみたいだ。多分、今回の埋め合わせに作ってるんだろ。」
先日の彼女の表情を思い出す。どちらかと言えば瀟洒で落ち着いているアリスが、閃光の瞬間だけ驚きと焦りが混ざり合った非常に珍妙な顔をし、その後一瞬で取り繕っていたのは少し面白かった。直接の原因では無いのにそんなに気を使わなくても、と思いつつ返す。
「あら、じゃあ魔理沙は何をしてくれるの?」
「良い質問だ。きりきりと霊夢の仕事を手伝うぜ。」
どこからか取り出した魔法の箒の藁部分をボンッと膨らませて力む魔理沙の表情は、いつものそれと同じようでいて、少し申し訳なさが見え隠れしていた。彼女も彼女で分かりやすくて面白い。
「うそうそ。この木についてなら全然いいわよ。そんなに気にしないでよ。」
はらはらと手を振って応える。魔理沙に責任を追及したりするほど、怒ったり落ち込んだりしている事は無い。なるようになってしまっただけで、それならそれで仕方ない。幹自体が死んでしまった訳でもないので、年月をかけて回復させてやればいい。
魔理沙が気に掛けてくれるのは嬉しい。ただ、いつも通りに明るくしてくれていればいいのだ。勿論、ネガティブな意味合いではなく。
「そうは言ってもなぁ。…ん?何、さっきのはハズレてたか?」
「機嫌が悪そうってやつ?そうね。じゃあ半分正解。」
ふぅ、と溜息を一つ。
痴話喧嘩から始まった魔理沙とアリスの弾幕勝負により、樹齢百年近いと思われる神社でも中堅どころの大木が部分的に破壊されてしまったのが二日前。私にとってのトラブルがこの件だけと魔理沙は思っているだろうし、そうならばどれだけ良かった事か。
香霖堂から贈られた秘蔵の茶葉とやらを淹れようとしていた所、どこから聞きつけたのか紅魔館の主メイドの妖精達数十名を引き連れ、この神社で壮大なお茶会を楽しんでいったのが三日前。
月の兎に懇願され迷いの竹林の入り口まで出向き、火事の消化活動に加わった。小規模であったため怪我人は出なかったが、人里にやや近かった事もあり、その原因への説教も含め非常に労力のいる一日だった。これが四日前。
里の寺子屋の主が発案した子供向けの催し物を神社で行い、その準備を手伝ったのは五日前だ。この日は監視も兼ね、明朝から博麗神社の分社まで出向いた日でもあった。二神とその巫女の小言を聞かされるのもお約束である。
式に掛けるかどうかの口論をきっかけに散り散りになってしまったという野良猫を一匹一匹探し出すのを手伝った。これが六日前。
気絶したカエルを下半身に着込んで神社まで這ってきた妖精を助けてあげたのは七日前だったか。ちなみに、それを引き剥がすだけでなく、親玉をなだめる役割まで課せられた。
そして昨日は大木とお茶会の片付けだけで一日を潰し、夜にはふらりとやって来た小鬼の酒盛りに付き合わされた。二日酔い等は無いものの、今日はだるさの残った体で二日分の雑務をこなさなくてはいけない。
何のことは無い、神社に妖怪ばかりが訪問してくるいつもの日常…と誤魔化してしまう事もできようが。一週間で妖怪と出会わなかった日が一日も無いという事は珍しい。こうも人外絡みの用事が続くと、何らかの異変の前触れだろうかと勘ぐってしまう。
私は妖怪専門の便利屋ではないのに、というのが率直な感想である。ズルズルと何でも引き受けてしまった自分にも落ち度があるだろうけれども。
機嫌が悪いとまでは行かないものの、この程度でまいってしまうとは幻想郷を守る巫女として情けない。その自己嫌悪もまた、淀んだ疲労とストレスにのしかかっているのだ。
「ちぇ。教えてくれてもいいじゃないか。」
裏庭の掃き掃除を始めてからも魔理沙は少しばかり拗ねていた。ぶーたれた顔でがむしゃらに箒を振り回しながら、木の葉や小枝で綺麗な山を作るという彼女らしい妙技を披露してくれている。
半分ってなんだよという問いに対し、答える事無く適当にはぐらかした自分の行動は正しかったのかどうか。
「まぁまぁ。」
更に誤魔化し。そのまま額の汗を拭い、テキパキと箒を動かした。
魔理沙とは気の知れた仲である。付き合いが短い訳でもなく、お互い、相手の事はそれなりに分かっていよう。だが、独りの力では難しい本当に困ったトラブルの時にこそ彼女には助けを求めたい。我ながら素直じゃないなぁとは思うが、何となく弱味を見せたくない、そんな親友なのである。
(あ、五月病?)
むーと唸る。五月はとっくのとうに過ぎ去っているが、言うなればそういう症状か。暑さと疲れが精神と身体に歪みを起こし、隠しているつもりでも外部へ滲み出ているのだろうか。全くもって自分らしくない。本当ならこんな姿は布でも被って覆い隠してしまいたいぐらい。
…自己分析もそこそこにしておこう。考えすぎても毒にも薬にもなるまい。とにかく、心配してくれている魔理沙には感謝をしなければならない。後で茶菓子の一つや二つ準備しようと決めた。
一段落した所で二人同時に背伸びをする。背中や腰がバキバキと音を立てるのが気持ち良いやら悪いやら。
気が付けば、日差しは少し傾き始めていた。休憩をするには丁度良い時間だろう。少しお茶にしよう、と呼びかけて、棚の中を思い出す。お気に入りの菓子屋からおまけでもらった醤油煎餅があったはずだ。
「そういえばな。」
右肩をぐりぐりと回しながら魔理沙が突然つぶやいた。
「手紙を預かってたんだ。霊夢宛の。」
帽子の中からいそいそと取り出したそれは可愛らしい花柄の封書だった。花びらの一枚一枚まで細かく描かれており、どのように染められたのか、はたまた、こう見えて刺繍なのか、不思議に思えてならない。
「誰からだと思う?」
ニヤリと不適に微笑む白黒金髪魔女。恐らくこれは、魔理沙が優位に立てる手札を所持している時の微笑だ。人形使いは事あるごとにこの表情を向けられ、彼女に振り回されている。
「…ノーヒント?」
先ほどの自分を棚に上げて質問すると、今度は口元を更に吊り上げ白い歯を輝かせた。今の状況は魔理沙にとってよほど楽しいらしく見える。少し考え、きっと彼女はこれから私をからかうつもりなのだろう、と結論付けた。
他人の不幸は蜜の味とは良く言った物だ。とりあえず、仮に手紙が私にとって厄介な物だったとしても、魔理沙が微笑んでいられる程度の規模の物、という事は間違いないか。
頭の中で状況を整理する。出所の分からない手紙。乙女趣味な包み。ニヤニヤしている魔理沙。深刻では無さそうな。
ふと、目の前の少女のそれとはまた違う、長い綺麗な金色の髪が思い浮かんだ。あぁ、嫌な予感がして来た。
「あんたのその態度で大体予想がついてきたわ…。」
ひらひらと動かす魔理沙の手から封書を取り上げ、ため息をつく。どうやら今日も平穏な一日では終わらないらしい。八日目。いつになったらゆっくりしていられる日が来るだろうか。
「お、分かっちゃったか。多分それで正解だ。さすがは霊夢だぜ。」
「褒められても嬉しくないわよ。」
悪態も突きたくなるというものである。中身を破かないように、慎重に封書を開ける作業に取り掛かる。
「魔法の森を出て少しした所で遭ってさ。いやぁ、やる事よくわかんないよなアイツ。」
その通りだ。魔理沙を経由するなど、どうしてこんな迂回するかの様な面倒くさい方法を取るのだろう。郵便配達など魔理沙のする事ではないし、そもそも直接話せばいいではないか。その方がお互いの考えも分かりやすくて話が弾むと言うのに。
ぴりぴりと端側を破り終わった。さぁ中身を取り出さなくては。
「何を企んでるんだかねぇ。ちょこっと気を付けとけよ。」
そんな事は分かっている。あの人を食った様な笑顔は何をされるか分かった物ではない。実害に至った事はあまり無いが。たしか。多分。
それにしても回りくどい。いつものように境界をいじって直接神社に来ればそれが一番だった。宴会の片付けの際に食器棚の整理整頓をしておいたので、今日ならお気に入りの湯のみもすぐ出せたのだ。どうしてこういつも気まぐれなのだろう。それとも狙ってやってるのか。嫌がらせか。
「霊夢。霊夢。」
「何よ。」
「どうした?顔が真っ赤っかだぞ。」
「んなッ!」
何がどうした事か。自分は今まったく冷静で居るようにしか思えない。初めてあいつから手紙をもらって、なんだか、まるでラブレターみたいじゃないかとか、うろたえているなんて事あるわけないわけないあるわけ。
ここは激昂していい所だろう。テンションをそのままに叫ぶ。
「私がそんな事思う訳が無いでしょっ!」
「いや、特に何も言ってないぜ?」
墓穴。魔女の笑みは本日一番の輝きを放っているのであった。
「っ…。だから、なんでも無いんだったら!やめてよもう!」
魔理沙に背を向けて手紙の内側を覗く。どうせ笑いをこらえてつつ腹を抱えているんだろう。そんなの見たくないし、今の自分の表情を見られたら恥以外の何でもない。その要因を考えると、頬と腸が煮えくり返ってくる気さえしてくる。何とも格好悪い。素直でないのも含めて。
「ははは。やっぱ怒ってた方がいつもの霊夢らしいな。」
「何よそれ、もう…。」
今回は完全に敗北したと言える。しかし腹の底から叫んだ分、少々気が楽になった。感謝を込めて美味しそうな煎餅を選定してあげなければならないか。
さて、手紙には簡潔にこう書かれていた。
『本日申の上刻、人間の里のいつもの茶屋で待っています。 八雲紫』
正直のところ。
「いつもの茶屋って何処よ…。」
と、魔理沙の目の前で呆けた言葉を発し、正にそれが本音だった。普段一緒に行く所じゃないのか?と問われても、一方的に訪問される事はあっても一緒に人間の里へ出向く事などなく、ましてお決まりの待ち合わせの場所が決まっているという事も無い。
詰まる所、呼び出されながらも何処に行けば良いのか分からない状態という事だ。あのスキマ、魔理沙に便乗して私をからかいたいだけなんじゃなかろうか。
とは言え、時間は指定されており、おおまかな場所も提示されている(おおまかすぎるが)。とりあえず向かうだけ向かってみる方が良いだろう。すっぽかして後々嫌味を垂らされるのも癪という物だ。
茶化してくる魔理沙に茶葉、茶菓子、茶器一式の場所を教えた上で神社の留守番を頼み、五日ぶりに人間の里へ降りてきた。手紙に書かれていた時間までにはまだ余裕がある。
大通りには仕事に出ている男性よりも買出しに来ている女性や、寺子屋帰りの少年少女が多い様に思えた。昼と夕方の間頃という普段あまり訪れない時間帯なので、雰囲気の違いにちょっとした新鮮さが感じられた。
慣れた景色ではあるが目的地が分からないのでは迷子も同然だ。すれ違う村人に挨拶を返しながらどうすべきかを考える。
とりあえず、茶屋と呼ばれる建物を一通り見て行くしかないだろう。ここ一帯に何十軒とあるという訳でもない。その内『いつもの茶屋』とやらに辿り着くはずだ。普段は神出鬼没の癖に…と愚痴りたくなる。
そもそもしっくり来ない事があった。彼女は普段、用事の殆どを式神に任せている。一日の大半を寝て過ごしていると聞くし、本人もそれを否定していない。私や他の知り合いに用があって各々の住処へ現れる事はしばしばあろう。が、大きな理由無くわざわざ人里へ降りてくるなどほぼありえない、と私は認識している。そこで今回のこの手紙である。何か裏が、もしくはその大きな理由があるのではないだろうか。つまり、問題は紫に遭遇した後にある。
(今日は一体どんな厄介ごとに巻き込まれるのかしらね…。)
色々と心構えをしておかないといけないだろう。幻想郷の長老とされる彼女からの召集だ。もしかしたら既に何か異変が起きているのかもしれない。
頬に手を当てて溜息を一つ。無理をしなくて良いのであれば早く休みたい、が、休まないのも博麗の巫女の仕事なのだろう。キリキリ鳴る体と心に鞭打ちながら、のたのたと歩き始めた。
走り回る子供たちにぶつかりそうになりながら、あてもなく進む。そんなこんなで大通りの主要な茶屋を何軒か回ってみたが、紫の姿は無かった。
「あつ…。」
夕方ももうすぐ近いというのに日の光が容赦なく照りつける。薄手の外套を持ってきていて良かった。これが無かったら、肩から二の腕にかけて完全に日に焼けてしまっていたかもしれない。
そういえば、結局魔理沙とお茶をする事無く出てきてしまったのだった。昼頃からロクに水分を取っていない事になる。また、先ほどから噴き出るように汗が出ているためか、喉がカラカラだ。口の奥のほうがへばり付く感じが気持ち悪い。
お茶でも飲もう。本末転倒かもしれないが待ち合わせまではまだまだ時間があった。丁度、すぐ近くの路地裏に贔屓にしている茶葉専門店がある。ここは茶葉を選ぶ際にある程度試飲させてくれる、サービス精神旺盛のな初老の店主が経営しているのである。荷物にならない程度に購入し、少し休憩させてもらう事にしよう。長居する訳でも無し、事情を簡単に伝えれば許してもらえるはずだ。常連である事の強みである。
大通りから外れ、少し歩いた所にその店が見えた。老舗っぷりを感じさせる玄関には気合の篭った盆栽が数多く並べられている。何とも珍しい光景であるがこれは店主の趣味で、その日の気分で組み合わせを変えているらしい。事実、今日も初めて見る寄せ植えが幾つか見られた。これまた年季の入ったあずき色の暖簾を手で持ち上げ、いつものように声をかける。
「こんにちはー。お茶、頂きに来ました。」
「おぉ、いらっしゃい博麗さん。」
「あら。意外に早かったじゃない、霊夢。」
何も言わずに腕を下ろして自らの視界を防ぐ。今、金色の見てはいけないナニカを見てしまったような。いや、気のせいだろう。幻覚に違いない。そういう事にしておこう。息を整え、もう一度暖簾をくぐる。
「こ、こんにちはぁ…。」
「何をしているのよ。早く入って来なさい。」
頭がクラクラした。決して暑さのせいではない。
そう広くはない室内に響いたその凛とした声持ち主―長椅子に座り、桜の花の描かれた湯のみを持ってこちらを見つめているのは幻でも何でもない、八雲紫その人だった。
いけない。不意を突かれたせいか身体が強張ってきた。私としたことが一発でうろたえてしまったようだ。何か、言い返さないと。
「ぁ、あんた、こんな所で何やってんのよ。」
「まぁ、ご挨拶ね。」
見ての通りよ、と優雅な手つきで御茶を飲む紫の姿は、どちらかと言えば古びた店内には似つかわしくなかった。一部分のみ色づけされている絵画のような、早い話が浮いてしまっている。異色とまで言う必要は無いとは思うが。
「ん…はぁ。とても美味しいですわ、旦那さん。やっぱり緑茶の味は淹れる人の技術で全てが決まるわね。」
「へへぇ、ありがとうございます。お嬢さん。こんな美人さんにそんな事を言って貰えるとは、店主冥利につきるってものですよ!」
妖しげな色気を含む紫の笑みと、人の良さそうな店主の笑顔が向かい合う。彼のその後ろで、経営を手伝っている奥さんが面白く無さそうな顔をしている事については、知らん振りしておこう。
「うふふ。お上手。緑茶が必要な時は、式にここに来させるようにしようかしらね。」
「ぜひぜひ!勉強させて頂きますよ。…あ、すみませんな。博麗さんもどうぞどうぞ。冷茶用にブレンドしてありますので、味は保証しますよ。」
ササっと素早い手つきで渡された湯のみは底がとても冷たかった。こういう心遣いはとても嬉しい。迷う事なく口をつけ、味と、香りと、喉が少しずつ潤って行く感覚を楽しんだ。
出所は知らないが、博麗の巫女の機嫌が悪けりゃお茶の一つも出せばいい、などと言っている輩が極一部にいる、という噂が流れていると聞いた事がある。その話の真偽はともかく、誰が言い始めたのか分かれば懲らしめてやりたいと思ってはいたのだが、今こうしてお茶を一杯飲むだけでみるみる内に気分が良くなっていくのを感じると、反論出来ない自分が居た。
息が整った所で、談笑している紫と店主の会話に割り込む。私は、紫が何故ここにいるのかを改めて問うた。その返答についてはなんとなく想像がついてしまうのだが。
「きちんと手紙を読んでくれなかったの?」
「読んだわよ!でもあんな風に書かれても、どこに行けばいいのか良く分からないじゃない。」
「でも、貴女は来たでしょう?まだ申の刻までは間があるけれど。」
手紙の書き方に含みを探っていたのがそもそもの間違いだったという事だ。いつもの茶屋、というのは『二人で来るいつもの』とかそんな甘美な物ではなく、単にお茶の買出しに来る店を指していたというだけだ。そしてこの幻想郷でも最古参の妖怪であれば、私が何処の常連であるのかぐらいはすぐに調べられるだろう。
「…ふぅ。そうよね。まぁいいけどさ。」
今日何度目かのため息と共に独りごちた。早い内に話を本筋に切り替えよう。
「それで、今日はどんな用なの?」
ごちそうさま、と湯のみを店主へ返却してから親指で外を差す。その意味を察したのか紫は微笑を浮かべ、しなやかな動きで立ち上がった。その手には私が来る前に購入したらしい茶葉の入っていると思われる紙袋、逆の手には花柄の日傘が握られていた。ついぞ忘れてしまっていたが外に出ればまた太陽の光を浴びなくてはいけないのだ。考えただけで滅入ってしまう。
「ごめんなさい。今度はちゃんと買いますから。」
紫はともかく、私は冷やかしのために来店した様な形になってしまった。次に来る時はまとめて購入するようにしよう。
「いえいえ、博麗さんには贔屓にして頂いてますし。次もまた是非ご一緒にいらっしゃって下さい。」
気持ちの良い営業スマイルで見送ってくれた店主を背に、私達は店を出た。それと同時に湿気をふんだんに含んだ熱気が前進にまとわりつく。外套を羽織らなければ若干は涼しく感じるかもしれないが、そうすると今度は肌を焼かれてしまう。まさしく板ばさみである。私は丹田に力を込めて暑さを我慢し、暑さも意に介さずという出で立ちで静かに歩く紫の後に続いた。
暑いわねぇ、と何故だか楽しそうにつぶやく紫はいつの間にか日傘を広げていた。彼女の全身だけその白地の影に隠れて守られている。私も一つぐらい持っておいてもいいかもしれない。そうすれば少しは日光を気にせずに外出できるだろう。
さて、茶屋からも離れて人通りも少なくなった。そろそろ話してくれてもいいのではないか。
「呼び出した理由?」
紫は紙袋を何処かへと消してから、優しくつぶやいた。
「んー…、あるようで、無いかしら。」
「あのね。私は謎かけで遊ぶ気は無いんだけど。」
「そうね。私もそう思う。」
「はい?」
「今日は私に着いて来て欲しいのよ。」
ほぼ一言二言のやりとりで放たれたその曖昧な言葉の真意が掴めなかった。異変があるのならすぐにでも解決しなくてはいけないため、このような曖昧な話し方はしないだろう。しかし、それなりの要素があるからこそぼかして伝えられたのかもしれない。どこへ行くか、それにより事の程度が分かるだろうか。
思考を逡巡させて次の言葉を待とうと意気込んだ所で、紫の瞳と視界の中心が一致した。その眼差しは妖艶でありながら、千の年を生きた妖怪としての凄みは無く、泣きそうな、年の離れた妹を慰めるかの様な優しさが感じられた。吸い込まれそうになる。心を覗かれているのかと勘違いしてしまう。あの金色の海に身を委ねたら全身が溶け込んで、心地よく、深い睡眠に陥る事ができるのではないだろうか。
夢想してしまったのは僅かな一瞬だった。いつの間にか目の前まで近づいていた紫の息遣いで覚醒する。目を合わせていると自分がどこかへ行ってしまうような気がして、顔をそらした。
少しばかり呆けてしまった気はするが、そんな事はない。ないからニヤニヤした顔でこっちを見るな。
「どうしたのかしら?」
「あんたの言ってる事が訳がワカラナイだけよ!」
ムキーと叫んで腕を振り回した。あぁとりあえずもう今日は暑すぎるので何とかして欲しい。
テンションを上げたついでに一気にまくし立てる。どんな事件が起きているのか、私は何をすればいいのか、紫が一体何を求めているのか。
「何も起こってなんかいないわ。今日も幻想郷は平和よ。貴女のおかげでね。」
静かに語る紫。私を見据える視線は安らぎに満ちていた。その声、その感情からは嘘も偽りも感じられない。だが、だからこそ意味が分からない。相手は八雲紫という妖怪名
である。狐につままれているような気分というか、猫に化かされているような気分というか。信用できないと迄は言わないが…担がれているのでは、などと考えてしまう。
私が訝しんだ事に気付いたか、紫は眉を八の字にして微笑んでいる。賢者とさえ呼ばれるこの妖怪から、私はどのように見られているのだろう。
「単刀直入に言うとね。今日を私とデートをする日にして欲しいの。いいかしら?」
その二言だけこちらへ投げかけて、彼女はゆったりと歩き始めた。
これだけは断言できる。今日に限らず、今まで聞いた紫の言葉の中で、最も理解の範疇を超えたモノだ。しかしそれは、悶々としていた私の思考を完全に吹き飛ばしたのだった。
日差しは相変わらず強い。視界の端には陽炎が見えた。じわり、じわりと皮膚の熱が上昇している。立っているだけで疲労感と鼓動の数が増して行くのはこの季節特有の現象だろう。今はもう間違う事無く夏だ。それも当然と言えば当然か。再度頭がクラクラして来たのもその気候のせいに違いない。
こうしていても仕方がない。私は下ろしていた髪を紐で結い上げ、早歩きで紫を追いかける事にした。
「あら、霊夢は?」
焼きたてのお菓子を持って人形使いがやって来たというのに、神社の主はここには居なかった。タイミングが良いのか悪いのか、よく分からないな。アリスも霊夢も。私もか。
「逢引だよ逢引。」
間違いではない…と思う。あの手紙の内容からして、二人でどこかに行くのは確かだろう。そして記載されていた時刻を回っても、特に幻想郷で何かが起こったような違和感は無い。
「はぁ。一体誰とよ。」
呆けているアリスは丁寧な刺繍の施された布袋を抱きかかえている。その中にクッキーが入っているのだ。きっと。どれどれ。ふむ。スコーンか。ジャムにクロテッドクリームも透明な包みで覆われ添えられている。中でこぼれないようにしているのか。丁寧な彼女らしい。どれどれ。うむ。美味い。行儀が悪いと怒られた。もっともだけれど辞められない止まらない。
「やけ食い?」
「違う。まだ四個しか食べてないぜ。」
穴の空いた巨木に寄り掛かって食べながら話すが、口に物を含みながら喋るようなはしたない真似は勿論していない。
「あ、妬いてるんだ?」
「…ふん。」
ちょっとぐらい頼ってくれてもいいじゃないかと思わなくはない。一昨日も疲れが溜まっている様子だったが、今日の霊夢も『倦怠』という言葉がぴったりな状態だった。目の下にクマまで付けて、きっちり睡眠を取っているのかと問い詰めたい。
傍から彼女を見る限りでは、異変中と異変前後よりも、平和な時期の方が鬱屈としている事が多いような気がする。博麗の巫女としての義務を果たせる事が少ないからだろうか。それとも単純に暴れ足りないのかもしれない。通りがかりの妖怪を蹴散らすだけでは霊夢には物足りないのだ。…と、これではただの乱暴者になってしまう。三割ぐらい合ってるかもしれないが。
アリスの話によるとここ一週間で、普段の倍以上のペースで妖怪が博麗神社を訪れているらしい。花見のシーズンほどか、それ以上の頻度である。
「妖怪も淋しがりやだからね。あんまり暇だとココに遊びに来ちゃうんでしょ。」
そして霊夢は妖怪が満足するまで相手をする訳だ。それが毎日続くとなれば、なるほど、疲労が溜まるのもうなずける。
「そういう時こそ私の出番だってのにな。」
妖怪の出す無理難題も、二人で取り掛かれば楽に済ませられるという物だ。
「やっぱり妬いてるんじゃない。」
否定する気にもならなかった。くすくすと笑っている人形使いから更にクッキーを取り上げる。
とにかく、霊夢が今回必要としたのは私ではなくあのスキマ妖怪だったという事だ。私としてはあの後アリスと三人でゆっくり愚痴でも聞いてやろうかと思っていたのだが、飛んで行かれてしまっては適わない。悔しいが今日の所は八雲紫めに任せる事にしよう。霊夢が元気にさえなってくればそれでいい。何だかんだ言いながら、肉体的疲労も精神的疲労も隠せていなかった。そんな霊夢を見ているのは辛いのだ。
「ちょ、ちょっと。私と霊夢の分が無くなっちゃうじゃない…て、あら?」
アリスの疑問符に輪唱するかのように、淡い力が体を打ったような気がした。
「どこかで派手にやってるのかしら。」
「みたいだな。なんだ、楽しそうじゃないか。」
箒にまたがって中空に浮いた所、かなり遠くの方で楔と札が捻じれ舞っている様子が伺えた。見慣れた形の結界が歪む次元にぶつかるのと同時に、幾度かの閃光が走る。かなりの距離があるが、その光はまるでダンスでも踊っているかのように見えた。
あれは恐らく、調子が良い時の霊夢の弾幕の輝きである。少しばかり安心した。とりあえずしばし見守っている事にしよう。
私はアリスの手を引き、これからしばらく世話のかかるであろうの大木のてっぺんに陣取って、幻想郷でも最も強いと思われる二人の弾幕勝負に視線を集中させた。
警戒の気持ちも何処へやら。思い起こせば何のことはない、「ごく普通な休日な過ごし方」とでも言うべき時間を満喫してしまった。
最初に訪れたのは小さな劇場。私は聞いた事が無かったが、どうやら有名な演目だったようだ。とある地方に犬猿の仲と言える貴族がおり、そのそれぞれの娘と息子が恋に落ちる。二人はどうにかしてその愛を成就させようと試みるが、一つ一つの小さな出来事がその道筋を妨げ、ほんの僅かなすれ違いで悲しい最期を迎えてしまう。
役者の演技力も素人目に見ても大変高く、安心して見ていられる物だった。たまにはこういうのもいい。しかし何故このような物語を見せたのか紫に聞いた所、適当な言葉しか返って来なかった。どうやら舞台なら何でも良かったようだ。
ずっと座っていて若干固くなっていた脚を少し歩かせた所、その途中に的屋があった。小さい頃にやったことがあったかどうだったかはよく覚えていない。一つ言えるのは私の吹き矢技術は素人としか言いようが無いという事だ。次々と的に命中させる紫とは対照的に、私の成績は散々だった。的に当たったとしても所謂ハズレの箇所ばかり。矢も尽き、札の一発でも投げてやろうかと考えた所で店主の老婆からお情けで賞品を貰った。その時の紫の楽しそうな笑顔を忘れられない。たまに一人ででもここに来て練習し、いつか見返してやろう。
さて、射的屋があるという事は、例外はあるだろうが、そこは温泉街でもあるという事だ。山の麓の、幻想郷で数少ない温泉のある宿が並ぶ場所である。片手で数えられる程度の旅館の中の一つを既に抑えてあったようで、建物に入ってからすぐに中に通された。檜の香りのする廊下をしばらく歩いた所に脱衣所と、露天風呂があり、私も紫も大きく足を伸ばして湯浴みを楽しんだ。熱いお湯に浸かると自然と口から空気が漏れ出る。疲労から出るそれとは違い、身体中に溜め込まれていた悪い何かが抜け出てゆくような感覚だった。これが温泉効果という物か。
そういえば、湯気の中で見た紫の肌はまさに絹のように決め細やかで、スタイルもよく、その滑らかな曲線にしばらく見惚れてしまっていた。妖怪はズルい。
次に連れて行かれたのはマッサージ屋だった。なんでも外の世界の技術を取り入れている事がモットーらしい(その情報源はおそらく香霖堂か、どうせ紫だろう)。確かにこれまでに受けた事の無い方法で、ありとあらゆる関節が引き伸ばされた。首が折れていないか、膝が変な方向に曲がっていないか心配になってしまった程だ。紫曰く、痛気持ちいいのが良いのよ、との事。全身は完全にほぐれきって烏賊のようになってしまった。
その後、川の畔にあった茶屋で身体を休ませていた所、空に幾つもの花火が上がった。どこかで職人が技を競い合っているのだろうか。二、三箇所から色とりどりの爆発が尽きる事無く打ちあがる。しばらく二人でそれを見つめていた。私の弾幕とどっちが美しいかなぁ、などと考えながら。
ここまで過ごして、紫と私の間の会話は総じて他愛の無い物だった。あの定食屋の味はどうだの、式神の調子がどうだの、神社の階段の脇に咲いていた花がどうだの、明日の天気予測はどうだったかだの、深い内容の無い話ばかり。愚痴の一つでもこぼすかと一瞬思ったが、その必要も無い事に気がついたのだ。ここ一週間の事が殆どどうでもよくなってしまっている。恥ずかしながら、今日という一日を堪能し、すっかり気分が良くなってしまったらしい。
淡い恋の物語を観たからだろうか。そうかもしれない。私とは無縁な悲恋の一生を垣間見て、人生の視野が広まった気もする。
ろくすっぽ構えた事も吹き矢を撃ったからだろうか。そうかもしれない。経験の無い遊びをするというのは久しぶりだった。子供の頃のような、新鮮な気持ちで楽しめたと思う。
温泉で身体の芯まで温まったからだろうか。そうかもしれない。ネガティブな思考や、淀んでいた感情を汗と一緒に流す事ができた。
全身に施術を受けたからだろうか。そうかもしれない。ここ数日の雑務で変に固く、重くなっていた体が、今は重りでも外したかのように軽い。
夜空に輝く炎を見ることができたからだろうか。そうかもしれない。カラフルな夜空が目に焼きついて離れない。幻想郷熟練の花火師の作品をゆっくり目にする事が出来、心底嬉しかった。
紫と色々な話をしたからだろうか。きっとそうだろう。どうも私は、紫の瞳を見ながら、無意味な会話をするのがとても楽しいらしい。いつ話術でやり込められるか分からないので油断はできないが。しかしまぁ、そういった口答でのせめぎ合いというのもまた面白い。
辺りは気付けば闇と静寂につつまれていた。何の虫とも分からない鳴き声が一帯をこだましている。私はというとすっかり軽くなった身体を河川敷に預けて大の字になっていた。
そういえば、反省すべき点もある。魔理沙とアリスを神社に置いてけぼりにしてしまった事だ。いくら急な呼び出しを食らったとは言え、先日の事を謝罪しに来てくれた二人に対しては失敬な事をしてしまった。色々と倍にして返さないと…。
ふと気付く。物思いに更けている間に紫の姿が消えていた。いつもの事ではあるが、こんな日に急に居なくなられたのでは、その、何とも言えない感情が押し寄せて来てしまう。
周りを見渡すために若草の香りのする地面から体を起こした瞬間、私の脇を閃光が通り抜けた。
「…どういうつもりよ?」
それは間違いなく紫の発したクナイ型の光であり、そして明らかに私の右肩十数センチ斜め上を狙っていた。弾幕勝負ではよく使われる手ではあるが、対象に当てない弾を幾つ連ねても本来は意味は無い。被弾させるつもりならば、もう一つ同じ弾と真っ直ぐ対象を狙う弾を撃ち、かつその裏をかく本命の弾をかぶせるはずだ。しかし、更にその裏をかく弾幕も存在し、そこからまた更に裏をかく事すらもある。弾幕勝負とはパワーを競う事よりも、心理戦で上を行く事が勝利に繋がる。しかし、何よりもその美しさを最重要優先課題とする故、やり方如何によっては相手を打ち倒す必要が無い事も稀にある。
「Shall we dance?」
よく聞き取れない話し方で発せられたその言葉の意味は分からない。が、目の前の妖怪が何をしようとしているのかだけは分かった。
乾いたばかりの髪を巻き上げ跳躍する。川沿いの建物の灯りが小さくなり、幻想郷全体が見渡せようかという高さになった頃に紫と対峙する事となった。互いに一杯の距離。先に浮かび上がったのは私のはずなのに、上で待たれているという事実に紫の規格外っぷりを痛感させられる。
彼女は私に目で訴えかけてきた。今からその方向に数本、そちらにまた更に弾を撃つからあちらへ避けなさいと。
望むところ。体調も精神も万全となり、身体を思い切り動かしたかったのだ。しかる後、博麗の技でその狙いに応じよう。
満点の星空の下、生ぬるい風が吹き荒れる。湿り気が頬に当たっても殆ど不快では無かった。むしろ、この季節特有の香りがして楽しくなってくる。
忌々しい気分は全て振り切った。捧げるは昨日までの私へ。他の誰にも真似できない弾幕の舞を二人で踊り切ってやる。
深夜となって気温も随分下がって来た。時たま肌を撫でるそよ風も不快な物ではない。人間や他の妖怪は寝苦しい夜を警戒していたかもしれないが、どうやらその心配は無いらしい。私の膝の上でも霊夢が寝息を立てている。
こうして霊夢を間近でゆっくり見られるのは珍しい。普段は軽いスキンシップのつもりで抱き付いたりしても、顔を真っ赤にしてすぐに剥がされてしまう。嫌がられている訳ではないという確信はあるのだが、やはり拒まれるというのは少し寂しい。それが今日は何とも素直だった。
「そんなに疲れが溜まっていたのね…。」
博麗神社に妖怪が数多く訪問していたのは約一週間の事。何か要因でもあるのかと思い各所を探ってみたが特に何も出ない。異変やその兆しも全く無く、幻想郷はいたって平和であった。たまたま、この一週間に限り、妖怪が各々の目的で博麗の巫女の下へ殺到した、という事になる。間が悪い日々が続く、というのは長い人生を過ごしていればままある物だ。霊夢にとっては今回がそれだったという事だろう。
各妖怪にそれとなく根回しはしてある。これから何日かは神社も平和になるはずだ。今後は妖怪の行動が霊夢の負担になりすぎないようある程度監視するのも良いだろうか。
そっとその小さな額を撫でる。星空の下での弾幕勝負は、これまでになく長時間に及んだ。趣向を変えて『相手に弾を当てない』耐久戦を持ちかけてみたが、手持ちのスペルカードを使い切ってからどのように弾幕を終わらせるかが、互いに分からなくなってしまった。結局、私が根負けする形で手を休めた所で、緊張の糸が切れたのか霊夢は睡魔に誘われてしまったようだ。落下し始める直前で受け止められたので大事には至らなかったものの、一瞬冷や汗をかく結果となってしまった。霊夢を癒す目的で向こうの雑誌を参考にデートに誘ったというのに、疲れ果てさせてしまっては本末転倒である。反省。それにしても空中で寝る、というのも器用なものだ。
この睡眠が霊夢を快調へ向かわせる事を願うばかりだ。ここ数日深い眠りについていないであろう事は、誰の目にも明らかだった。異変と呼べない程度の出来事を一人で抱え込む癖については諭さなくてはいけないかもしれない。
しかし、なんとも無防備である。妖怪を見ればすぐに退治せんと暴れ始める博麗の巫女も、こうなってしまっては赤子も同然だ。今ならキスの一つや二つ、してみても気付かれないのではなかろうか。
起伏の少ない胸の動きは穏やかだ。軽く頭を撫ででみたがやはり反応は無い。意を決してゆっくりと顔を近づけようと…。
「何のつもりよぉ…。」
残念ながら、片側の頬を右手で覆った所で気付かれてしまった。紅潮した顔で抗議の視線を投げかけられている。
「あら、起きちゃった?」
「当たり前じゃない…身の危険が険しく危ないわよ。」
むにゃむにゃと出てくる言葉は要領は得られるが、日本語としては怪しかった。目も半開きで、寝惚けているのは間違い無い。
「悪かったわね。最後に無理をさせてしまって。」
人通りの無い静かな河川敷で、霊夢にだけ聞こえる様静かにつぶやく。
「これで妖怪からの無茶な注文は終わりよ。少ししたら、また始まるかもしれないけれど。」
「無責任な事言うのね。」
「そんなものよ。」
そんなものなの、と続いた言葉に相槌を返した所で静寂が帰って来た。また寝てしまったのか、と思ったが霊夢の目は星空の半分を映したままである。
「今日はありがとう。本当に。」
川のせせらぎに合わせたかのようなゆっくりとした速度で、感謝の言葉を贈られた。
ほっと胸を撫で下ろす。ありがとう、というほんの一言を貰えるだけで嬉しさもひとしおである。何年生きていたとしても、人間でも妖怪でもその感情だけは変わらない。
「…変な事をして、って怒られたらどうしようかと思ったわ。」
「そんな訳…ない。」
否定はしてくれたが、声はどんどん小さくなってしまった。今度こそ睡眠に戻るのだろう。
とにかく、今日のデートは成功と言える。私も勿論楽しかったが、霊夢がリフレッシュできた事が何よりの報酬だ。もう何日かゆっくり療養してもらい、早く万全な霊夢の姿を見せて貰いたい所である。
ふぁ、という欠伸は私が出した物だ。昼の間これだけ出歩いていたのは久しぶりなせいか、急に眠気が押し寄せて来た。そろそろ霊夢を神社へ送り、私も帰路に着くべきか…。
少しうめくような声を聞いたのはその時だった。既に熟睡したと思っていたが、実はそうでも無かったらしい。霊夢は右手のひとさし指を一本立てていた。焦りと恥ずかしさと眠さが色々と混ざっているのか、その顔には珍妙な表情が浮かんでいる。
「なんの、いち?」
意地悪な質問をしてみるが、返答は無い。寝たふりをして誤魔化しているのか、はたまた。
…これでは、私が好色家みたいではないか。と逡巡はしたものの、これ以上恥をかかせるのも申し訳ない。私は一息ついてから、霊夢のその右手に自分の指を絡めた。
触れ合ったのはほんの一瞬だった。夢と現実の境に居たものだから、その感触は殆ど記憶に残っていない。残念ながら。あぁ、こんなに柔らかいものなんだ、という感想を得たのは覚えているのだが。
紫の計らいの甲斐もあって、私は平時の体力と集中力を取り戻す事ができ、翌日からはいつも通りの生活を送る事が出来た。が、しばらくの間、彼女の顔を直視できなかったのは言うまでもない。
終。
その上ほのかなマリアリまであるとは!
初投稿とは信じられないぐらい素晴らしかった!!
またなんか書いて下さい!
話としては分り易く面白かったので、次回も楽しみにしてます
改行が少ないのと、回りくどい表現が多いせいかと思います。
もちろん敢えて遠まわしな言い方をするのはアリですが
あまり多用すると読み辛いだけでなく間延びした印象にもなってしまうので。
基本的には1行が画面の横幅を越えないようにすると良いかと思います。
誤字が多すぎます。
・博霊→博麗
・セリフ末、「……~。」の。はつけてはならない。
文章を読む限りかなりいい物を持っていると思うだけに、(本来は)物を書く上でやってはいけない事を犯しているのは大きなマイナス要因です。
あと三点リーダ(…)ですが、余程の演出上の意図でもない限り基本的には「……」と二組セットで使います。
気になったのはこのくらい。
それでも面白かったですけどね。
なのでストーリー、キャラクター、文章力、個人嗜好、ほか色々まとめると私的にはこのぐらいです。
色々なところを回って他愛も無い話をして、
でもそれが二人の間に良い雰囲気があって良いですね。
二人のこんな関係はとても好きです。
面白いお話でした。
気になる点としては、もう少し地の文の改行をしたほうが
良いかと思います。
そして理想に近い二人の掛け合いには終始ニヤニヤしっぱなし。
次回作も期待してます。
ゆかれいむ最高(゚∀゚∩
ただ、9の方(かな?)が指摘しているように
誤字や文章作法のミスが気になったのも事実です。
基本的な文章作法などを教えてくれるサイトなんかもあるので
探してみるのもいいかと。
レイアウトも上に書かれている方の通りですね。
次回作の予定もありました是非読ませて頂きたいと思います。
鉤括弧末の句点は別に禁止されてるわけじゃありません。
原稿用紙作法ではむしろ付ける方が正解で、出版業界では付けないのが主流というだけです。
害虫や業務って言葉は雰囲気を損なっていたような印象。
ストーリーやキャラは魅力的。
(ノ∀`)
ここばっかりは修正しました。いやはや何てこった。
>>1の方
そこまで言って頂けるとは、感涙モノです!
手を引っ張られた時のアリスはきっと良い表情をしていたのでしょう。
ありがとうございます。次も頑張って執筆します。
>>6の方
やってしまいました。猛省です。
自分で読み返しても内容を把握してる上に読み慣れてしまっているので(そりゃそうか)、
物語がきちんと伝わっているか心配でした。ほっと一安心。
励みになります。ありがとうございます。
>>7の方
確かに、遠回しな物言いや比喩的表現のやりとりが好きで好きでたまらない自分がここに。自重しよう……。
レイアウトについても今後は気をつけます。どうもありがとうございました。
>>9の方
いろいろやってしまっております。勉強になります。
これまで独学というか自分勝手に文章を書いてた感が否めないので、今後はきちんと勉強しようと思います。
それでも面白い、と言って頂けてとても嬉しいです。次回は文章面でも評価して貰えるよう精進します。
レスどうもありがとうございました。
>>煉獄さん
まったりした空気を描写する事を重視して書いていた覚えがあります。気に入って頂けて何よりです。
文章に区切りを付けてからでないと改行しちゃいかん、という思い込みがあったので、
今度書く時は読みやすくなるよう意識します。どうもありがとうございました。
>>16の方
守る者と守る者を守る者的な関係が大好きでござる。
書いて良かったです。どうもありがとうございました。
>>23の方
ゆかれいむと聞いて飛んで来ましたな俺です。
読んで頂いて感想も頂いて、ありがとうございました。
>>24の方
自分なりの解釈で、幻想郷を描きました。
皆さんから色々と指摘を頂いてますが、ほのかにでも感じてもらえたなら良かった。
感想どうもありがとうございます。
>>28の方
季節の雰囲気を感じ取って貰えたみたいで、とても嬉しいです。夏の描写は難産でした。引き出しが足りない。
自分の理想を出来うる限り放出したつもりだったので、近いという感想がすごい嬉しいです。
次回もご期待に添える様ふんばります。どうもありがとうございます。
>>29の方
ゆかれいむ最高(゚∀゚)ノ
9さんと29さんのレスを読み、初めて文章作法についてのサイトを覗きました。
いかに適当(悪い方の意味で)に文を書いていたかがよく分かりました……とほほ。
誤植、自分も気をつけます。今後は文法についてよく考えながら執筆しようと思います。どうもありがとうございました。
>>32の方
ありがとうございます。次もとてもよいと言って貰える作品が出来るよう良く勉強しときます。
>>33の方
調べてみたのですが、その辺りにも何やら歴史があるのですね。
とりあえず、現在オンライン上でも後者の意見が多め気味のようなので、付けないでおく事にしようと思います。
ご意見ありがとうございます。
>>34の方
そわそわしている感じが自分も好きです。しつこくならないように書いたつもりでしたが……どうだったでしょう。
読了、感想ともにありがとうございました。
>>35の方
い、言われてみれば確かに。物語に合う単語を適切に使うよう意識する事にします。
魅力的、という感想に感激です。もったいないです。文章のレベルを上げられる様、経験を積んできます。
どうもありがとうございました。
想定のぶっちぎり範囲外の評価を頂いて、驚いています。
指摘して頂いた部分をよーく咀嚼し、今後の作品の糧にしようと思います。
感想、レス、評価、読了して頂いた皆さん、本当にありがとうございました。
俺は悟った。なんてことない日常の中にこそ癒やしは存在しているのだと・・・
ゆかれいむは俺のロード
内容が良いだけに、>>9氏のおっしゃるような鉤括弧の用途間違いが残念でなりません。
あと、誤字報告を。
決め細やかで→木目(肌理)細やか