うららかな午後。
陽光が地面まで届かないほどに鬱蒼とした森の中、少し開けた場所に建つ一軒家。
お隣のツタが絡まったいかにもな感じ──雰囲気作りかただの放置かは知らないが──の家とは違い、こざっぱりとした洋風建築。
言うまでもなく我が家、マーガトロイド邸である。
優雅だ。
お気に入りの葉でお茶を淹れ。ソファに深く腰掛けて。
恋愛小説など読みつつ、自家製クッキーをつまみながらのティータイム。
実に優雅なひとときである。
幻想郷広しと言えど、ここまで紅茶が似合う者はそうはいない。あまり広くはないが。
このままオープンカフェにでも座らせれば一枚の絵になるだろう。オー・シャンゼリゼ。
……やっぱ今の無しで。
幻想郷はとかく美女に困らない──どころか総人口に対しての美女密度が極めて高く、過剰供給の気配すらある世界。
生半可な自賛は痛々しくて見ていられない。
もしもここに心を読む妖怪がいようものなら、万難を排して口封じにかかってくれる。
そんなわけでテイク2。
実に優雅なひとときである。
いつもなら研究室に籠もるか針仕事をしているところだが、今日は朝からずっとリビングにいる。
正直なところ、研究がちょっと煮詰まってにっちもさっちもどうにも上手く行かず。
ならばいっそ、今日は研究も人形制作もお休みして気分転換でもしようと言うわけだ。
永い命の妖怪の身。たまにはこんな有閑貴族のような過ごし方もありだろう。
引き籠もりと言うなかれ。幻想郷はひとたび外に出ればトラブルやToLoveるに満ち溢れて休息にならないのだ。
それにしても優雅だ。本当に優雅。
この時間を無為に浪費しているような感覚が、一人で過ごすティータイムの醍醐味と言えよう。
惜しむらくは読んでる本がやたらとドロドロしてたりエロティックだったり背徳的だったりすることか。
さすが小悪魔推薦。先が気になるから読むけど。……うわ、そんなことまで。
ちらりと時計を見たら午後三時直前。長針は真上を向きかけていた。
──5、4、3、2、1
ゼロ、とつぶやくのとドアのノックは同時に。
誰なのかはほぼ九割九分わかっているし、放っておけば勝手に入ってくるだろうが、それでも来客を迎えるのは家主の務めである。
冷めかけた紅茶を飲み干し、本に栞を挟んで玄関へ。
きぃ、ときしむ扉を開ければ黒っぽい姿が顔を見せた。
わぁい。一人でのくつろぎと二人で過ごすティータイムを一度に味わえるなんて私ったら幸せ者ねこいつぅ。
……半分くらいは本音だ。多分。
「……あんた、ルーズに生きてるようでこういう時は時間ぴったりよね」
「ふふん、腹時計の正確さには自信があるぜ」
「怪しげなキノコ魔法よりは人様の役に立ちそうだこと。女の子の特技としてはどうかと思うけど」
にやりと笑う表情だけはカラフルなモノクロ──魔理沙を中へ通し、私はキッチンへ。
ティーポットに湯を注ぎ、魔理沙用のカップと一緒にトレイに載せてリビングへと向かう。
リビングでは、ソファに小さいお尻をでんと載せた魔理沙が早くもクッキーをぱくついていた。
私も隣に腰を下ろし、ティーセットをテーブルの上へ。
蒸らしも十分。注いだ紅茶を出してやり、自分のカップにももう一杯。
魔理沙はそれをふーふーと冷まし、一口すすってにぱっと笑う。
美味しそうに飲んでくれるなら出した甲斐もある。二人で過ごすティータイムも悪くない。今度は全部本音だ。
「やっぱ美味い紅茶飲むならここだな」
「それはどうも。喫茶マーガトロイドの紅茶は良心的価格でございますわ」
「うむ、ツケといてくれたまえ」
鷹揚にうなずいて踏み倒しますよと宣言する魔理沙。
別にお金取る気など毛頭無いが、ここまで堂々とされるといっそ清々しい。
「残念ながらぬか床が無いわね、都会派なもので」
「そりゃいかんな。うちのを床分けしてやろうか」
「結構よ。お新香自体は嫌いじゃないから、出来上がったのだけ持ってきてくれればいいわ」
「横着者め。そんなんじゃ良いお嫁さんになれないぞ」
「ふん、じゃあ代わりにリキュールにでもしてあげましょうか。
サクランボと一緒に一年くらい漬け込んでおけば、あんたも少しは丸くなるでしょ」
「酒浸りだと丸くなるどころか角が生えてくるぜ。頭に立派なのがな。
それに酒は好きだが溺れるのは趣味じゃない」
宴会になったら浴びるほど飲んでぐでんぐでんの軟体生物になるくせに、どの口がそんなことを言うのやら。
脱力した人間の体ってのは重いのだ。
「それはさておき、だ。代金代わりってわけじゃないが、香霖とこでちょいと目に付いてな」
香霖堂さんから……、また無断拝借か。
ごそごそとスカート収納から取り出した物をテーブルの上に置く魔理沙。
「何、この……何?」
一応ぬいぐるみ、だろう。
外見的に一番近いのは……フクロウだろうか。
ただし、大きな耳が付いていて、フックのような鋭いくちばしは丸くデフォルメされている。
持ってみると大きさのわりにやや重い。手には固さも感じるし、綿が詰まっているのではないようだ。
両手で持ったまま、作りを確認しながら回して全身をくまなく観察する。
『アッオー』
「きゃわっ!?」
背中のあたりに手が触れたところで、フクロウもどきがいきなりしゃべった。
突然のことに素っ頓狂な声が私の口から飛び出した。
落としそうになったぬいぐるみをわたわたとお手玉しながら、何とか腕の中に抱え直す。
ちらりと魔理沙の方を見ると、めっちゃにやにやしていた。
怒りと羞恥でかぁっと顔が赤くなる。
ちくしょう。アリス・マーガトロイド、不覚を取った。
「ははは、いきなりだから結構驚くだろ」
この言い様からして、魔理沙自身も似たような醜態を晒したのだろう。
これがあった場所、つまりは店主の前で。そしてこのぬいぐるみは怒れる魔理沙の手によって没収されました、と。
何となく経緯が読み取れる。と言うか事の子細が目に浮かぶ。
自分だけじゃ悔しいから私も引っかけてやろうと持ってきたってところか。
『ナデナデシテー』
「ふむ」
気を取り直し、言われたように背中のあたりをなでてやる。後頭部だか背中だか不明だが。
すると、ぬいぐるみから発音しづらいうなり声のようなものが漏れてくる。……満足したのだろうか、これは。
「香霖の話じゃ、コンピュータって式神みたいなのの小さいヤツが入ってるんだろうって」
なるほど。詳しくはわからないが機械の産物か。
今の反応からして、加えられた刺激に対応する行動を返すような命令がいくつもセットされているのだろう。
私の人形も、命令に沿って行動する以外にも状況に応じて特定の行動を取るようなプログラムが入っているものがある。
行ったことを学習し、フィードバックすることで対応する行動を増やすようにもした。
例えば、しばらく前に魔理沙がうちを訪れた際、上海に帽子を掛けておくように渡したことがあった。
今では魔理沙が来ると言われる前に帽子を受け取りに行く始末。あんたはベルガールではないのだが。
ともかく、程度や精度の差こそあれ、今の私の人形と考え方は近いもののようだ。
外の世界では魔法使いでもない人間がこんな物を作っているのか。
魔法が幻想になるわけだ。こうして外の世界では魔法のような業が人間の技術に取って代わられていくのだろう。
「その様子じゃ、あまり参考にはならなかったみたいだな」
私の様子を見て魔理沙が小さくため息を吐く。
「……って、私のために?」
「半分は。もう半分は見せびらかしとアリスのあわて姿の拝見に」
半分かよ。
ちょっとどっきんこ、とかしてあげなくもなかったのに。期待しちゃったじゃないの。
とは言え、魔理沙の性格からすれば半分もあったら大盤振る舞いか。
ならば少しだけきゅんとしてあげよう。きゅん。
「気持ちはありがたく受け取っておくわ。
正直、ちょっと煮詰まってモチベーション下がってたところだけど」
魔法使いにして人形師の私が、人間が作る物に後塵を拝するわけにはいかないのだ。
こんなのを見せられると負けん気が刺激されて、意欲も湧いてくると言うもの。
「良い励みになるわ。ありがとね」
「ああ、うん……そりゃ、良かった」
珍しくも会心の微笑みで素直にお礼を言ってあげたのに、ぷいと顔を背ける魔理沙。
どうしたのかと魔理沙の顔を追うように動くと、ひょいひょいと私の視界から巧みに逃げる。
なんだこいつめ、と何となくムキになって追いかける私。
そんなまぬけな顔だけ追いかけっこの最中に、髪の隙間からちらりと見えた魔理沙の耳が赤くなっていた。
ガラにもなく照れているのだろうか。
……ははぁ。普段の行動が行動だけにお礼を言われ慣れていないんだ、こいつは。
これは期せずして対魔理沙のオイシい手札を手に入れた。
問題はこの先、素直に感謝をするようなケースがあるかだが。
まあ滅多に無いからこそ効果は大きいとも言える。まさに切り札。使うことあるのかこれ。
ってジョーカー が最後まで残ったら私の負けじゃない。どこまで分の悪い賭けなのよ。
「んで、煮詰まってたってことは研究はあんまり進んでないのか」
落ち着いて顔の赤みが引いた魔理沙が尋ねてくる。
っと、思考が横道に逸れまくってた。
「まあ、ね。それに、そう簡単に達成できるなら人間やめてないわ」
「そっか。私もお前の成果ってのを見てみたいもんだが、なかなかそうもいかなさそうだな」
魔理沙の言う通り、今のままではそれは叶わないことだろう。
愛着だの怨恨だので魂を持つに至った九十九神のようなものや、考え得る限りの命令を内包した人形や。
そんなものならばまだ話は別かもしれない。
しかし、こと完全な自立人形ともなれば、問題は生命の創造、魂の錬成に帰結する。
それはまさしく神の業だ。私が到達できる場所なのかは、今の私にはわからない。
当然、百年かそこらで達成できる目標でもなかろう。
『今のまま』では。
それは、わずか数十年で私に天啓とも言うべき何かが閃くか。
……それとも。
「ねぇ、魔理沙。私からも尋ねていい?」
「おう」
「──あんたは魔法使いになる気、あるの?」
仮に、私の研究が千年以上の後に完成するとしても。
魔理沙が永い命を手にしていれば、その頃にも私と同じように変わらぬ姿で生きていることだろう。
私の問いに、魔理沙はカップに口を付けつつ、まだわかんないとつぶやいた。
「私も魔法に魅せられてこんなことしてる身だからな。
いつか、誰にも真似できない自分だけの魔法ってのを手にしたい気持ちだってあるさ」
でも、とカップを置く。
少しだけうつむいた魔理沙の顔が真剣みを帯びる。
「魔法使いになったときに、私が私のままでいられるのかなって考えることもある」
命が短い人間の中でも、特に魔理沙は日々を全速力で飛ばしているような生き方だ。
それが停止しているかのようにゆったりと流れる妖怪の生へと変わったならば。
そのメンタリティ、心のあり方にまで変化を及ぼすことも無いとは言えない。
だが、ぶっちゃけた話、たいていの魔法使いはそんなこと気にしない。
人間をやめて魔法使いになる道を選ぶのは己の夢、目標、研究を完成させるためだ。
研究のことが頭のほとんどを占めているだけに、生と死がどうだとか人間と妖怪って何なのかとか余分なことに気を払ったりはしない。
仮に自身の人格に多少の変化があろうが、研究に不都合が無ければ些細なことだと切り捨てる。
魔法に生きると決めたなら、そんなことで悩みはしない者がほとんどなのだ。
この先どうするかをまだ明確に決めてない魔理沙だからこそ抱えている悩みなのだろう。
しかし、だ。
「あんたはあんたよ。どうなろうと変わりゃしないから」
「そう……か?」
「ええ、保証してもいいわ」
保証しよう。何ならグリモワール賭けてやってもかまわない。
その程度で心に影響受けるほど素直で繊細なら、閻魔の説教どころか私の小言で今頃は真人間になっている。
「怪しげな宗教にコロッとだまされるような主体性の無い人間ならまだしも。
確固とした自分を持ってるあんたが悩むことじゃないわね。時間の無駄よ」
「なーんか、暗に図太いヒネクレ者って言われてる気がするぜ」
「まさか。面と向かって言ってるもの」
ちっと軽く舌打ちし、魔理沙の顔付きがいつもの気楽さを取り戻す。
それでいい。こいつが神妙な顔してたらこっちのペースまで狂ってしまう。
「まあそれはそれとして。
本気で考えてるなら、まず一から理論を学び直さなきゃ話にならないわね。
人間のままならそれだけでお婆ちゃんになっちゃうんじゃない?」
「そんなにかよ。お前だってたいていの魔法が使えるんじゃなかったっけか」
私とたいして歳違わないだろ、と聞いてくる魔理沙。
女性に歳を聞くなばかもの。そりゃそんなに違わないわよ。
「あのね……魔法のメッカ・魔界で生まれたときから魔法に触れてた私だって、まだまだ駆け出しもいいとこなのよ?
自分だけの魔法なんて大きなこと言うんなら、少なくとも私を知識で負かすくらいになってようやくスタート地点ね」
「先は長そうだな」
「だからみんな魔法使いになる道を選ぶのよ」
確かに、魔理沙の発想は時折群を抜いていることがある。努力家であることも知っている。
そして目にした魔法を模倣して自分の物にするような器用さや飲み込みの良さも持ち合わせている。
しかし、魔法のキノコを煮詰めて反応させるのを繰り返したり、図書館から魔導書を持ち出してみたり。
そんな偶発性に頼ったやり方に付け焼き刃の知識では不安定にもほどがある。
土台を作らず、適当に柱を立ててお城を造ろうと言っているようなものだ。
基礎も無しに応用問題に取り掛かろうなんて、ヘソで茶を沸かしつつお腹のラッパがぷーである。
図書館の主くらいになれとまでは言わないが、それくらいの時間は必要だと思ってもらいたい。
「魔法を使う人間」なら今のままでもいいかも知れないが、魔法に生きる「魔法使い」はやってはいけないのだ。
『ナデナデシテー』
「ああ、はいはい」
抱えたままのぬいぐるみがまた声を上げる。
ちょうど話が途切れた頃とはなかなか空気の読める子だ。
隣に座ってるヤツにもこの謙虚さを見習ってもらいたい。
良い子良い子と撫でてやれば、満足げ(?)な声を漏らす。
ううむ。最初はデザインセンスを疑ったものだが、こうして撫でているとなかなかに愛着が湧いてくるものがある。
「気に入ったんならやるよ、それ」
「いいの? ……って、許可出すのはあんたじゃなくて香霖堂さんじゃないの?」
「あそこのガラクタには私が拾ったもんもある。なら私にも所有権があるってことだぜ」
それはツケを完済してからの話じゃないの。
魔理沙の中では、あの店は倉庫と住み込みの管理人とでも思われているのではないか。
私以外にもまともなお客がいることを願うばかりだ。
かく言う私も、気持ち片付いてる方の魔理沙の家 程度の認識だけど。
香霖堂が潰れるとあそこで糸や布を調達してる私も困るのだが、まあ食べなくても死なない趣味人の産物なのだし収入が無くても平気か。
今後も客は増えずに物ばかり増えて店内を圧迫していくことだろう。
「そいつも香霖とこで売れないまま埃かぶってるよりゃ嬉しいだろ」
「……あんたにしては珍しいわね。何か企んでる?」
「おっ、さすがだな。良い読みだぜ、まがとろう」
「誰よ」
「話が早いのはアリスの美点ってことだ。ツーと言えばカー、スリーと言えばブルーってな」
どこぞのアクション俳優が青くて三番目の謎の人物にクラスチェンジ。
カステラ一番、電話は二番、三時のおやつはマーガトロイ堂。
一番霊夢で二番が魔理沙なら、三番目は早苗あたりか。あら、青い。
「で、ブラック・ツーは何をご所望かしら」
「今晩泊めてくれ」
「……はぁ?」
魔理沙の回答はまったく想定してなかったものだった。
別に魔理沙が泊まりに来ることが想定外なのではない。
共同研究でもすれば一、二週間の泊まり込みなど珍しくもないし、そこそこ長い付き合いだけに普通に寝食を共にすることだってある。
つまり、普段からずけずけ乗り込んでくるんだから、今さら対価として要求するようなことでもない。
何を考えているのかといぶかしむような目で魔理沙をにらんでやる。
「何だその目。特にやらしい期待はしなくていいぞ」
「これが期待の目に見えるなら、うちより永遠亭に泊まることをお勧めするわね。それだけとも思えないから怪しんでるの」
「たいしたことじゃないぜ。度重なる侵略の魔の手がとうとう最終防衛ラインを突破してしまってな」
意訳すると「拾った物があふれてベッドまで埋まってしまった」である。
「はぁ……、片付けろっていつも言ってるじゃない。自宅で生き埋めになったら笑えないわよ」
「だから避難してきたわけだ。
とりあえず明日我が軍が攻勢に出るので、ついてはアリス隊員にも参戦していただきたいぜ」
意訳すると「片付けしようと思うから手伝ってね」
正直、私一人の方が早そうな気もするが、こいつ自身に苦労させないといつまで経っても繰り返しだ。
それに魔理沙の家には何が眠っているかわからない。
私と取り合った物も少なからずあるし、貴重なマジックアイテムが死蔵されていることは想像に難くない。
魔理沙は「集めること」自体を第一とするタイプで、持ち帰った物を積みっぱなしにしていることが多いのだ。
宝探しのつもりで行ってみるのも悪くないかもしれない。
そんな考えはおくびにも出さず、ポーカーフェイスで適当に思案している感じを見せる。
「そんな大仕事だと等価交換とは言い難いわね」
「そっちは何をご所望だ? やらしい期待はした方がいいか?」
「しなくていいわ。それじゃ、夕食のメニューの追加でもお願いしようかしら」
ぱちんとウィンクを一つ送る。
お安い御用だぜとウィンクを返し、今日の料理長は袖を捲りながらキッチンへ向かっていった。
「ふぁ……、きもひいい……」
「変な声出さないでよ」
うぅん、と大きく体を伸ばす魔理沙。
私も同じように体をほぐす。伸ばした手足からじわりと熱が体に染み込んでくる。
夕食は洋風にと頼んだ私の注文を、料理長は和食以外作る腕を持たないぜと頑なに拒否。
協議の末、和風アレンジの洋食と言う折衷案に相成った。これがまた美味しかったりするからこいつの腕前も侮れない。
その後、片付けは上海達に任せて私……達はお風呂である。
我が家の浴槽は貯水槽も兼ねているので、二人並んで足を伸ばしても余裕があるくらいには広い。
だからって別に一緒に入る必要は無いんじゃないの、と言ってみたところ。
「風呂は熱いうちに入れ、広いならなおさらだ。ツァラトゥストラはかく語ったらしいぜ」などと。
寝言を代弁させられるニーチェ氏には涙を禁じ得ない。
ふと見れば、魔理沙が私の方をじーっと見つめていた。
「……何?」
「……いや、また育ってる気がする」
「気のせいよ。あんまりじろじろ見るな」
鷹の目みたいな魔理沙の視線を遮ってやるように腕で隠す。
今さらな気もするが、やはり注視されると恥ずかしさが先に立ってくる。
一緒に入ると、たいてい魔理沙は私の一点(二点か)を恨めしそうに見つめながら不公平だと愚痴をこぼすのだ。
しかし鋭い。こいつの目には目盛りでも付いてるのか。
魔法使いになって以来身長は伸びてないが、なぜかこっちは微妙に増量していたりする。人体の不思議。
「ちょっと前までは同じくらいぺたんこだったのに、今はこれだぜ」
神様は不公平だぜ。神は死んだと肩をすくめながらぶちぶち文句を言う。またニーチェか。
勝手に殺すな。私を創った神様は魔界で元気にやっとるわ。文句なら私じゃなくて直接魔界へ言ってちょうだい。
不穏にわきわきさせ始めた魔理沙の手から逃れるように、ざばりと湯船から立ち上がる。
またぞろ直に測られてはかなわないし。
「バカ言ってないでこっち来なさい。髪洗ったげるから」
「へーい」
私の前に座った魔理沙の頭をシャワーで流し、シャンプーを丁寧に泡立てていく。
うらやましいと言うなら、私の方こそ魔理沙のふわふわの髪がうらやましい。
霊夢の絹のような黒髪も綺麗だが、魔理沙の金糸のような髪も魅力的だ。
なのでこうして洗ってやるのは私の密かな楽しみでもあったりする。
む。髪の間を通る私の指が、いつもより少し荒れてることを訴える。
「あんた、また不規則な生活を送ってるみたいね。
せっかく綺麗な髪してるんだからもっといたわりなさいよ」
「生活習慣のダメ出しはともかく、洗うのは上手い人がやった方が髪にやさしいぜ」
「自分で覚えろ。後々困るのはあんた自身でしょ」
また今度、髪の扱い方について徹底的にその身に叩き込んでくれる。
それでも一朝一夕で上達することでもないし、しばらくはうちに来たときくらい私にやらせてもらおうかな。
お風呂から上がっても、私のお楽しみタイムはもう少し続く。
ぶおー、と借りた八卦炉から温風が流れ出る。
タオルで水気を取った後、手櫛で整えながら温風で乾かしてやる。
しっとりとしていた髪が乾くにつれてさらさらのふわふわになっていく感触がなかなかに楽しい。
髪の扱いについては私の腕に信頼を置いているのか、魔理沙は特に文句も言わずに大人しくしている。
黙って座ってれば本当に人形みたいだ。
そのお人形さんは、膝の上に載せたぬいぐるみの耳を引っ張ったりぐるぐる回してみたりと遊んでいる。
そんな様子も相まってか、ただでさえ小柄な魔理沙が何だか数年くらい幼く見えてしまう。
「どうかしたか?」
「へ!? ああ、ううん。何でもない何でもない」
手が止まっていたことを気に留めた魔理沙の顔がこちらを向く。
ぶんぶんと頭を振ると、目に映っていた魔理沙(7歳)の姿が元に戻る。
いかんいかん。私、ロリ的なシュミは無かったはずだ。
髪も乾かし終えたし、八卦炉の温風を止める。
「ほんと便利よねー、これ。くれない?」
「考えてやらなくもないが、ちっとばかりお値段は張るぜ。
でも今ならサービスでもれなく霧雨魔理沙が付いてきます。ローンも応相談、ご連絡は霧雨魔法店まで」
「それは……悩むわね」
「悩むのかよ」
わりと本気で惜しいが魔理沙に返すことにする。
はて。何か物足りないような気が。
ああ、そうだ。さっきからどうも静かだと思ったら、夕食の頃くらいからあのぬいぐるみがしゃべってないのだ。
魔理沙が背中と言わず全身に触れているのにまるで反応していない。
「その子、全然動かなくなっちゃったね」
「あー、機械を動かす電気が無くなったんじゃないのか? にとりの所なら何とかなるかもな」
以前の持ち主の手から幻想郷に流れ着き、香霖堂から私の家へ。
その間エネルギーの補充が無かったなら動かなくなっても仕方ないか。
折を見て妖怪の山を訪ねてみようかな。
それまではしばらく他の人形達と一緒に過ごしてもらうとしよう。
ぬいぐるみをガラスケースの一角に座らせてやり、仲良くしてあげてねと周りの人形達に念を押す。
また一人、家族が増えました。
「さってと。今日は休養日のつもりだし、私はもう寝るわ」
一日ゆったり静かに過ごしても、やはり習慣なのか体は眠くなる。
むしろ集中しているより気が緩みっぱなしだった方が眠気の訪れが早いような。
不意にやってくるあくびの気配。
生理現象には逆らえないので、せめてだらしない顔を見られないようにそっぽを向いて。
涙がにじんだ目をこすりながら、あんたはどうするのと魔理沙に尋ねる。
「んー。せっかくアリスの家なんだから、もう少し起きて何か本でも──」
「やっぱ一緒に寝ましょ。急に魔理沙と一緒に寝たくなってしょうがないの」
「やれやれ、そうまで熱烈に言われると私も断りづらいじゃないか。
独り寝がさみしいなんてアリスもまだまだ子供だな」
おのれ、ちょっとばかし普段子供扱いしてるからってここぞとばかりに言いたい放題だ。
だいたい独り寝がさみしいのは子供に限った話じゃないでしょうに。私は特にさみしくないけど。
強引に魔理沙の手を引っ張って寝室へ。抵抗する素振りも無く素直に付いてきたので、やっぱり眠かったのだろう。
それでも一人放っておいたら知らない内に何か無くなってそうだし、やはり手の届く所に置いておくのが望ましい。
私よりひとまわり小さい体をベッドに押し込んで、その隣に横になる。
逃げないように、連れてくるときに握った手はそのままに。それ以上の意味はない。
「……ねぇ」
ベッドに入ってどれくらい経ったろうか。一時間は経っていまい。
眠っていたら起こさないくらいの小声で呼びかけた。
別に一刻を争うわけでもない、今すぐしなくてはいけない話ではないが、何となくだ。
昼間あんな話をしたからそのついで。
魔理沙が眠っていたなら、今のは寝言にしてそれまでのこと。
「何だ?」
律儀に顔をこっちに向けて応える魔理沙。
本でも読もうかってのをベッドに押し込めたんだから、まだ起きてても不思議は無いか。
まあ眠りを誘うお話程度に思ってもらえばいい。
「昼間の話だけど。もし魔法使いになるなら、決断は早い方がいいわよ」
「何で」
「お婆ちゃんになってから不老になっても意味ないでしょ。
外見は魔法でごまかせても、体力や身体機能は衰えたままなんだし」
ずっと研究一辺倒、我が生涯は研究室の中にありって言うなら老体でもやっていけるかも知れないが。
実践派の魔理沙に一所に留まっておけと言うのは無理があるし、何より似合わない。
暗い研究室に引き籠もっているより、陽の下でも星の下でも空を背景に飛んでいるのが魔理沙らしいと思う。
一応捨虫の法の習得にもそれなりに時間が必要なことを考えれば、早いに越したことはない。
今の魔理沙の年齢からすれば、十年内くらいには。
私としても同じ時間を過ごす友人が増えるのは喜ばしいことだと思うし、必要なら協力だってする。
魔法のことで魔理沙が私を頼るかと聞かれれば……意地張りそうな気もするなぁ。
「ああ、別にすぐ決断しろってわけじゃないし、魔法使いになれって勧めてるわけでもないから。
あんたの人生なんだから、それだけは──」
言いかけたところで、魔理沙の指が私の口を抑える。
「わかってるよ。自分のことだ、自分で決めるさ。
気にしてくれてるのは礼を言っとくぜ。ありがとな」
意外なことにちょっと戸惑ってしまう。
魔理沙にお礼を言うことも滅多に無いが、これほど素直に言われることもそうそう無い。
本人は意識してないだろうが、昼間の意趣返しをされてしまったような。
「でも、魔法使いになると決めて、もし今すぐなれるとしても──そうするのはもう少し後だな」
今度は私がなぜと尋ねる。
もしもそう決めたなら早い方が良いに決まってる。
人間の体なんて二十歳を過ぎれば衰えることの方が多いんだし。
「せっかくまだ伸びる機会があるってのに、わざわざ胸も背もアリスより小さいまま止めるわけないだろ」
魔理沙はいつものように口の端をゆがめてにやりと笑い、
「そうなったら背伸びするのはお前の方だぜ」
それだけ言って、魔理沙は目を閉じる。
別に私は身長なんぞで張り合ったりするつもりはないんだけど。
この先魔理沙が人間のままでいるか、魔法使いになるか。
どちらにしても、私より小さい魔理沙は今だけってことか。胸はともかく背だけは伸びそうな気がするし。
はて、「期間限定」と言われるとにわかに蒐集家の血が騒ぐような。
すよすよと穏やかな寝息を立て始めた魔理沙に少しだけ体を近づけ、腕を回す。
服越しにでも感じる、人形やぬいぐるみには無い温かさ。私より少しだけ高い温度。
起こさないように気を付けて魔理沙の頭を抱き寄せると、髪からほのかに香るシャンプーの匂い。
何だか体の内側から温かくなっていくような感覚。お気に入りの紅茶で過ごすティータイムよりほっとするような。
人の温もりで安らぐなんて魔法使いにあるまじきなどと言われるかもしれないが。
かまうものか。アリス・マーガトロイドは魔法使いだが、人形師であり女の子である。人形、ぬいぐるみ、可愛い物大好きで何が悪い。
眠ってる魔理沙は普段のワガママぶりとのギャップも相まって犯罪的に可愛いかったりするのだ。
思わず理性的でない大人の対応をしてしまいかねないほどに。だから不意に抱き枕にしてしまっても無理からぬことなのだ。
それに今日は休養日。無駄なほどにあり余ってるこいつの活力をわけてもらおう。
「ナデナデシテー」
「ああ、はいはい」
ふわふわの髪をわしゃわしゃとやさしくかき混ぜるように撫でてやる。
……ん?
少し視線を下げれば、笑いをこらえてぷるぷると震える金色の頭。
ちょっとむかっと来たので首の後ろをひっぱたいたら、私の胸の間で「もぎゅあ」と鳴いた。
陽光が地面まで届かないほどに鬱蒼とした森の中、少し開けた場所に建つ一軒家。
お隣のツタが絡まったいかにもな感じ──雰囲気作りかただの放置かは知らないが──の家とは違い、こざっぱりとした洋風建築。
言うまでもなく我が家、マーガトロイド邸である。
優雅だ。
お気に入りの葉でお茶を淹れ。ソファに深く腰掛けて。
恋愛小説など読みつつ、自家製クッキーをつまみながらのティータイム。
実に優雅なひとときである。
幻想郷広しと言えど、ここまで紅茶が似合う者はそうはいない。あまり広くはないが。
このままオープンカフェにでも座らせれば一枚の絵になるだろう。オー・シャンゼリゼ。
……やっぱ今の無しで。
幻想郷はとかく美女に困らない──どころか総人口に対しての美女密度が極めて高く、過剰供給の気配すらある世界。
生半可な自賛は痛々しくて見ていられない。
もしもここに心を読む妖怪がいようものなら、万難を排して口封じにかかってくれる。
そんなわけでテイク2。
実に優雅なひとときである。
いつもなら研究室に籠もるか針仕事をしているところだが、今日は朝からずっとリビングにいる。
正直なところ、研究がちょっと煮詰まってにっちもさっちもどうにも上手く行かず。
ならばいっそ、今日は研究も人形制作もお休みして気分転換でもしようと言うわけだ。
永い命の妖怪の身。たまにはこんな有閑貴族のような過ごし方もありだろう。
引き籠もりと言うなかれ。幻想郷はひとたび外に出ればトラブルやToLoveるに満ち溢れて休息にならないのだ。
それにしても優雅だ。本当に優雅。
この時間を無為に浪費しているような感覚が、一人で過ごすティータイムの醍醐味と言えよう。
惜しむらくは読んでる本がやたらとドロドロしてたりエロティックだったり背徳的だったりすることか。
さすが小悪魔推薦。先が気になるから読むけど。……うわ、そんなことまで。
ちらりと時計を見たら午後三時直前。長針は真上を向きかけていた。
──5、4、3、2、1
ゼロ、とつぶやくのとドアのノックは同時に。
誰なのかはほぼ九割九分わかっているし、放っておけば勝手に入ってくるだろうが、それでも来客を迎えるのは家主の務めである。
冷めかけた紅茶を飲み干し、本に栞を挟んで玄関へ。
きぃ、ときしむ扉を開ければ黒っぽい姿が顔を見せた。
わぁい。一人でのくつろぎと二人で過ごすティータイムを一度に味わえるなんて私ったら幸せ者ねこいつぅ。
……半分くらいは本音だ。多分。
「……あんた、ルーズに生きてるようでこういう時は時間ぴったりよね」
「ふふん、腹時計の正確さには自信があるぜ」
「怪しげなキノコ魔法よりは人様の役に立ちそうだこと。女の子の特技としてはどうかと思うけど」
にやりと笑う表情だけはカラフルなモノクロ──魔理沙を中へ通し、私はキッチンへ。
ティーポットに湯を注ぎ、魔理沙用のカップと一緒にトレイに載せてリビングへと向かう。
リビングでは、ソファに小さいお尻をでんと載せた魔理沙が早くもクッキーをぱくついていた。
私も隣に腰を下ろし、ティーセットをテーブルの上へ。
蒸らしも十分。注いだ紅茶を出してやり、自分のカップにももう一杯。
魔理沙はそれをふーふーと冷まし、一口すすってにぱっと笑う。
美味しそうに飲んでくれるなら出した甲斐もある。二人で過ごすティータイムも悪くない。今度は全部本音だ。
「やっぱ美味い紅茶飲むならここだな」
「それはどうも。喫茶マーガトロイドの紅茶は良心的価格でございますわ」
「うむ、ツケといてくれたまえ」
鷹揚にうなずいて踏み倒しますよと宣言する魔理沙。
別にお金取る気など毛頭無いが、ここまで堂々とされるといっそ清々しい。
「残念ながらぬか床が無いわね、都会派なもので」
「そりゃいかんな。うちのを床分けしてやろうか」
「結構よ。お新香自体は嫌いじゃないから、出来上がったのだけ持ってきてくれればいいわ」
「横着者め。そんなんじゃ良いお嫁さんになれないぞ」
「ふん、じゃあ代わりにリキュールにでもしてあげましょうか。
サクランボと一緒に一年くらい漬け込んでおけば、あんたも少しは丸くなるでしょ」
「酒浸りだと丸くなるどころか角が生えてくるぜ。頭に立派なのがな。
それに酒は好きだが溺れるのは趣味じゃない」
宴会になったら浴びるほど飲んでぐでんぐでんの軟体生物になるくせに、どの口がそんなことを言うのやら。
脱力した人間の体ってのは重いのだ。
「それはさておき、だ。代金代わりってわけじゃないが、香霖とこでちょいと目に付いてな」
香霖堂さんから……、また無断拝借か。
ごそごそとスカート収納から取り出した物をテーブルの上に置く魔理沙。
「何、この……何?」
一応ぬいぐるみ、だろう。
外見的に一番近いのは……フクロウだろうか。
ただし、大きな耳が付いていて、フックのような鋭いくちばしは丸くデフォルメされている。
持ってみると大きさのわりにやや重い。手には固さも感じるし、綿が詰まっているのではないようだ。
両手で持ったまま、作りを確認しながら回して全身をくまなく観察する。
『アッオー』
「きゃわっ!?」
背中のあたりに手が触れたところで、フクロウもどきがいきなりしゃべった。
突然のことに素っ頓狂な声が私の口から飛び出した。
落としそうになったぬいぐるみをわたわたとお手玉しながら、何とか腕の中に抱え直す。
ちらりと魔理沙の方を見ると、めっちゃにやにやしていた。
怒りと羞恥でかぁっと顔が赤くなる。
ちくしょう。アリス・マーガトロイド、不覚を取った。
「ははは、いきなりだから結構驚くだろ」
この言い様からして、魔理沙自身も似たような醜態を晒したのだろう。
これがあった場所、つまりは店主の前で。そしてこのぬいぐるみは怒れる魔理沙の手によって没収されました、と。
何となく経緯が読み取れる。と言うか事の子細が目に浮かぶ。
自分だけじゃ悔しいから私も引っかけてやろうと持ってきたってところか。
『ナデナデシテー』
「ふむ」
気を取り直し、言われたように背中のあたりをなでてやる。後頭部だか背中だか不明だが。
すると、ぬいぐるみから発音しづらいうなり声のようなものが漏れてくる。……満足したのだろうか、これは。
「香霖の話じゃ、コンピュータって式神みたいなのの小さいヤツが入ってるんだろうって」
なるほど。詳しくはわからないが機械の産物か。
今の反応からして、加えられた刺激に対応する行動を返すような命令がいくつもセットされているのだろう。
私の人形も、命令に沿って行動する以外にも状況に応じて特定の行動を取るようなプログラムが入っているものがある。
行ったことを学習し、フィードバックすることで対応する行動を増やすようにもした。
例えば、しばらく前に魔理沙がうちを訪れた際、上海に帽子を掛けておくように渡したことがあった。
今では魔理沙が来ると言われる前に帽子を受け取りに行く始末。あんたはベルガールではないのだが。
ともかく、程度や精度の差こそあれ、今の私の人形と考え方は近いもののようだ。
外の世界では魔法使いでもない人間がこんな物を作っているのか。
魔法が幻想になるわけだ。こうして外の世界では魔法のような業が人間の技術に取って代わられていくのだろう。
「その様子じゃ、あまり参考にはならなかったみたいだな」
私の様子を見て魔理沙が小さくため息を吐く。
「……って、私のために?」
「半分は。もう半分は見せびらかしとアリスのあわて姿の拝見に」
半分かよ。
ちょっとどっきんこ、とかしてあげなくもなかったのに。期待しちゃったじゃないの。
とは言え、魔理沙の性格からすれば半分もあったら大盤振る舞いか。
ならば少しだけきゅんとしてあげよう。きゅん。
「気持ちはありがたく受け取っておくわ。
正直、ちょっと煮詰まってモチベーション下がってたところだけど」
魔法使いにして人形師の私が、人間が作る物に後塵を拝するわけにはいかないのだ。
こんなのを見せられると負けん気が刺激されて、意欲も湧いてくると言うもの。
「良い励みになるわ。ありがとね」
「ああ、うん……そりゃ、良かった」
珍しくも会心の微笑みで素直にお礼を言ってあげたのに、ぷいと顔を背ける魔理沙。
どうしたのかと魔理沙の顔を追うように動くと、ひょいひょいと私の視界から巧みに逃げる。
なんだこいつめ、と何となくムキになって追いかける私。
そんなまぬけな顔だけ追いかけっこの最中に、髪の隙間からちらりと見えた魔理沙の耳が赤くなっていた。
ガラにもなく照れているのだろうか。
……ははぁ。普段の行動が行動だけにお礼を言われ慣れていないんだ、こいつは。
これは期せずして対魔理沙のオイシい手札を手に入れた。
問題はこの先、素直に感謝をするようなケースがあるかだが。
まあ滅多に無いからこそ効果は大きいとも言える。まさに切り札。使うことあるのかこれ。
って
「んで、煮詰まってたってことは研究はあんまり進んでないのか」
落ち着いて顔の赤みが引いた魔理沙が尋ねてくる。
っと、思考が横道に逸れまくってた。
「まあ、ね。それに、そう簡単に達成できるなら人間やめてないわ」
「そっか。私もお前の成果ってのを見てみたいもんだが、なかなかそうもいかなさそうだな」
魔理沙の言う通り、今のままではそれは叶わないことだろう。
愛着だの怨恨だので魂を持つに至った九十九神のようなものや、考え得る限りの命令を内包した人形や。
そんなものならばまだ話は別かもしれない。
しかし、こと完全な自立人形ともなれば、問題は生命の創造、魂の錬成に帰結する。
それはまさしく神の業だ。私が到達できる場所なのかは、今の私にはわからない。
当然、百年かそこらで達成できる目標でもなかろう。
『今のまま』では。
それは、わずか数十年で私に天啓とも言うべき何かが閃くか。
……それとも。
「ねぇ、魔理沙。私からも尋ねていい?」
「おう」
「──あんたは魔法使いになる気、あるの?」
仮に、私の研究が千年以上の後に完成するとしても。
魔理沙が永い命を手にしていれば、その頃にも私と同じように変わらぬ姿で生きていることだろう。
私の問いに、魔理沙はカップに口を付けつつ、まだわかんないとつぶやいた。
「私も魔法に魅せられてこんなことしてる身だからな。
いつか、誰にも真似できない自分だけの魔法ってのを手にしたい気持ちだってあるさ」
でも、とカップを置く。
少しだけうつむいた魔理沙の顔が真剣みを帯びる。
「魔法使いになったときに、私が私のままでいられるのかなって考えることもある」
命が短い人間の中でも、特に魔理沙は日々を全速力で飛ばしているような生き方だ。
それが停止しているかのようにゆったりと流れる妖怪の生へと変わったならば。
そのメンタリティ、心のあり方にまで変化を及ぼすことも無いとは言えない。
だが、ぶっちゃけた話、たいていの魔法使いはそんなこと気にしない。
人間をやめて魔法使いになる道を選ぶのは己の夢、目標、研究を完成させるためだ。
研究のことが頭のほとんどを占めているだけに、生と死がどうだとか人間と妖怪って何なのかとか余分なことに気を払ったりはしない。
仮に自身の人格に多少の変化があろうが、研究に不都合が無ければ些細なことだと切り捨てる。
魔法に生きると決めたなら、そんなことで悩みはしない者がほとんどなのだ。
この先どうするかをまだ明確に決めてない魔理沙だからこそ抱えている悩みなのだろう。
しかし、だ。
「あんたはあんたよ。どうなろうと変わりゃしないから」
「そう……か?」
「ええ、保証してもいいわ」
保証しよう。何ならグリモワール賭けてやってもかまわない。
その程度で心に影響受けるほど素直で繊細なら、閻魔の説教どころか私の小言で今頃は真人間になっている。
「怪しげな宗教にコロッとだまされるような主体性の無い人間ならまだしも。
確固とした自分を持ってるあんたが悩むことじゃないわね。時間の無駄よ」
「なーんか、暗に図太いヒネクレ者って言われてる気がするぜ」
「まさか。面と向かって言ってるもの」
ちっと軽く舌打ちし、魔理沙の顔付きがいつもの気楽さを取り戻す。
それでいい。こいつが神妙な顔してたらこっちのペースまで狂ってしまう。
「まあそれはそれとして。
本気で考えてるなら、まず一から理論を学び直さなきゃ話にならないわね。
人間のままならそれだけでお婆ちゃんになっちゃうんじゃない?」
「そんなにかよ。お前だってたいていの魔法が使えるんじゃなかったっけか」
私とたいして歳違わないだろ、と聞いてくる魔理沙。
女性に歳を聞くなばかもの。そりゃそんなに違わないわよ。
「あのね……魔法のメッカ・魔界で生まれたときから魔法に触れてた私だって、まだまだ駆け出しもいいとこなのよ?
自分だけの魔法なんて大きなこと言うんなら、少なくとも私を知識で負かすくらいになってようやくスタート地点ね」
「先は長そうだな」
「だからみんな魔法使いになる道を選ぶのよ」
確かに、魔理沙の発想は時折群を抜いていることがある。努力家であることも知っている。
そして目にした魔法を模倣して自分の物にするような器用さや飲み込みの良さも持ち合わせている。
しかし、魔法のキノコを煮詰めて反応させるのを繰り返したり、図書館から魔導書を持ち出してみたり。
そんな偶発性に頼ったやり方に付け焼き刃の知識では不安定にもほどがある。
土台を作らず、適当に柱を立ててお城を造ろうと言っているようなものだ。
基礎も無しに応用問題に取り掛かろうなんて、ヘソで茶を沸かしつつお腹のラッパがぷーである。
図書館の主くらいになれとまでは言わないが、それくらいの時間は必要だと思ってもらいたい。
「魔法を使う人間」なら今のままでもいいかも知れないが、魔法に生きる「魔法使い」はやってはいけないのだ。
『ナデナデシテー』
「ああ、はいはい」
抱えたままのぬいぐるみがまた声を上げる。
ちょうど話が途切れた頃とはなかなか空気の読める子だ。
隣に座ってるヤツにもこの謙虚さを見習ってもらいたい。
良い子良い子と撫でてやれば、満足げ(?)な声を漏らす。
ううむ。最初はデザインセンスを疑ったものだが、こうして撫でているとなかなかに愛着が湧いてくるものがある。
「気に入ったんならやるよ、それ」
「いいの? ……って、許可出すのはあんたじゃなくて香霖堂さんじゃないの?」
「あそこのガラクタには私が拾ったもんもある。なら私にも所有権があるってことだぜ」
それはツケを完済してからの話じゃないの。
魔理沙の中では、あの店は倉庫と住み込みの管理人とでも思われているのではないか。
私以外にもまともなお客がいることを願うばかりだ。
かく言う私も、気持ち片付いてる方の
香霖堂が潰れるとあそこで糸や布を調達してる私も困るのだが、まあ食べなくても死なない趣味人の産物なのだし収入が無くても平気か。
今後も客は増えずに物ばかり増えて店内を圧迫していくことだろう。
「そいつも香霖とこで売れないまま埃かぶってるよりゃ嬉しいだろ」
「……あんたにしては珍しいわね。何か企んでる?」
「おっ、さすがだな。良い読みだぜ、まがとろう」
「誰よ」
「話が早いのはアリスの美点ってことだ。ツーと言えばカー、スリーと言えばブルーってな」
どこぞのアクション俳優が青くて三番目の謎の人物にクラスチェンジ。
カステラ一番、電話は二番、三時のおやつはマーガトロイ堂。
一番霊夢で二番が魔理沙なら、三番目は早苗あたりか。あら、青い。
「で、ブラック・ツーは何をご所望かしら」
「今晩泊めてくれ」
「……はぁ?」
魔理沙の回答はまったく想定してなかったものだった。
別に魔理沙が泊まりに来ることが想定外なのではない。
共同研究でもすれば一、二週間の泊まり込みなど珍しくもないし、そこそこ長い付き合いだけに普通に寝食を共にすることだってある。
つまり、普段からずけずけ乗り込んでくるんだから、今さら対価として要求するようなことでもない。
何を考えているのかといぶかしむような目で魔理沙をにらんでやる。
「何だその目。特にやらしい期待はしなくていいぞ」
「これが期待の目に見えるなら、うちより永遠亭に泊まることをお勧めするわね。それだけとも思えないから怪しんでるの」
「たいしたことじゃないぜ。度重なる侵略の魔の手がとうとう最終防衛ラインを突破してしまってな」
意訳すると「拾った物があふれてベッドまで埋まってしまった」である。
「はぁ……、片付けろっていつも言ってるじゃない。自宅で生き埋めになったら笑えないわよ」
「だから避難してきたわけだ。
とりあえず明日我が軍が攻勢に出るので、ついてはアリス隊員にも参戦していただきたいぜ」
意訳すると「片付けしようと思うから手伝ってね」
正直、私一人の方が早そうな気もするが、こいつ自身に苦労させないといつまで経っても繰り返しだ。
それに魔理沙の家には何が眠っているかわからない。
私と取り合った物も少なからずあるし、貴重なマジックアイテムが死蔵されていることは想像に難くない。
魔理沙は「集めること」自体を第一とするタイプで、持ち帰った物を積みっぱなしにしていることが多いのだ。
宝探しのつもりで行ってみるのも悪くないかもしれない。
そんな考えはおくびにも出さず、ポーカーフェイスで適当に思案している感じを見せる。
「そんな大仕事だと等価交換とは言い難いわね」
「そっちは何をご所望だ? やらしい期待はした方がいいか?」
「しなくていいわ。それじゃ、夕食のメニューの追加でもお願いしようかしら」
ぱちんとウィンクを一つ送る。
お安い御用だぜとウィンクを返し、今日の料理長は袖を捲りながらキッチンへ向かっていった。
「ふぁ……、きもひいい……」
「変な声出さないでよ」
うぅん、と大きく体を伸ばす魔理沙。
私も同じように体をほぐす。伸ばした手足からじわりと熱が体に染み込んでくる。
夕食は洋風にと頼んだ私の注文を、料理長は和食以外作る腕を持たないぜと頑なに拒否。
協議の末、和風アレンジの洋食と言う折衷案に相成った。これがまた美味しかったりするからこいつの腕前も侮れない。
その後、片付けは上海達に任せて私……達はお風呂である。
我が家の浴槽は貯水槽も兼ねているので、二人並んで足を伸ばしても余裕があるくらいには広い。
だからって別に一緒に入る必要は無いんじゃないの、と言ってみたところ。
「風呂は熱いうちに入れ、広いならなおさらだ。ツァラトゥストラはかく語ったらしいぜ」などと。
寝言を代弁させられるニーチェ氏には涙を禁じ得ない。
ふと見れば、魔理沙が私の方をじーっと見つめていた。
「……何?」
「……いや、また育ってる気がする」
「気のせいよ。あんまりじろじろ見るな」
鷹の目みたいな魔理沙の視線を遮ってやるように腕で隠す。
今さらな気もするが、やはり注視されると恥ずかしさが先に立ってくる。
一緒に入ると、たいてい魔理沙は私の一点(二点か)を恨めしそうに見つめながら不公平だと愚痴をこぼすのだ。
しかし鋭い。こいつの目には目盛りでも付いてるのか。
魔法使いになって以来身長は伸びてないが、なぜかこっちは微妙に増量していたりする。人体の不思議。
「ちょっと前までは同じくらいぺたんこだったのに、今はこれだぜ」
神様は不公平だぜ。神は死んだと肩をすくめながらぶちぶち文句を言う。またニーチェか。
勝手に殺すな。私を創った神様は魔界で元気にやっとるわ。文句なら私じゃなくて直接魔界へ言ってちょうだい。
不穏にわきわきさせ始めた魔理沙の手から逃れるように、ざばりと湯船から立ち上がる。
またぞろ直に測られてはかなわないし。
「バカ言ってないでこっち来なさい。髪洗ったげるから」
「へーい」
私の前に座った魔理沙の頭をシャワーで流し、シャンプーを丁寧に泡立てていく。
うらやましいと言うなら、私の方こそ魔理沙のふわふわの髪がうらやましい。
霊夢の絹のような黒髪も綺麗だが、魔理沙の金糸のような髪も魅力的だ。
なのでこうして洗ってやるのは私の密かな楽しみでもあったりする。
む。髪の間を通る私の指が、いつもより少し荒れてることを訴える。
「あんた、また不規則な生活を送ってるみたいね。
せっかく綺麗な髪してるんだからもっといたわりなさいよ」
「生活習慣のダメ出しはともかく、洗うのは上手い人がやった方が髪にやさしいぜ」
「自分で覚えろ。後々困るのはあんた自身でしょ」
また今度、髪の扱い方について徹底的にその身に叩き込んでくれる。
それでも一朝一夕で上達することでもないし、しばらくはうちに来たときくらい私にやらせてもらおうかな。
お風呂から上がっても、私のお楽しみタイムはもう少し続く。
ぶおー、と借りた八卦炉から温風が流れ出る。
タオルで水気を取った後、手櫛で整えながら温風で乾かしてやる。
しっとりとしていた髪が乾くにつれてさらさらのふわふわになっていく感触がなかなかに楽しい。
髪の扱いについては私の腕に信頼を置いているのか、魔理沙は特に文句も言わずに大人しくしている。
黙って座ってれば本当に人形みたいだ。
そのお人形さんは、膝の上に載せたぬいぐるみの耳を引っ張ったりぐるぐる回してみたりと遊んでいる。
そんな様子も相まってか、ただでさえ小柄な魔理沙が何だか数年くらい幼く見えてしまう。
「どうかしたか?」
「へ!? ああ、ううん。何でもない何でもない」
手が止まっていたことを気に留めた魔理沙の顔がこちらを向く。
ぶんぶんと頭を振ると、目に映っていた魔理沙(7歳)の姿が元に戻る。
いかんいかん。私、ロリ的なシュミは無かったはずだ。
髪も乾かし終えたし、八卦炉の温風を止める。
「ほんと便利よねー、これ。くれない?」
「考えてやらなくもないが、ちっとばかりお値段は張るぜ。
でも今ならサービスでもれなく霧雨魔理沙が付いてきます。ローンも応相談、ご連絡は霧雨魔法店まで」
「それは……悩むわね」
「悩むのかよ」
わりと本気で惜しいが魔理沙に返すことにする。
はて。何か物足りないような気が。
ああ、そうだ。さっきからどうも静かだと思ったら、夕食の頃くらいからあのぬいぐるみがしゃべってないのだ。
魔理沙が背中と言わず全身に触れているのにまるで反応していない。
「その子、全然動かなくなっちゃったね」
「あー、機械を動かす電気が無くなったんじゃないのか? にとりの所なら何とかなるかもな」
以前の持ち主の手から幻想郷に流れ着き、香霖堂から私の家へ。
その間エネルギーの補充が無かったなら動かなくなっても仕方ないか。
折を見て妖怪の山を訪ねてみようかな。
それまではしばらく他の人形達と一緒に過ごしてもらうとしよう。
ぬいぐるみをガラスケースの一角に座らせてやり、仲良くしてあげてねと周りの人形達に念を押す。
また一人、家族が増えました。
「さってと。今日は休養日のつもりだし、私はもう寝るわ」
一日ゆったり静かに過ごしても、やはり習慣なのか体は眠くなる。
むしろ集中しているより気が緩みっぱなしだった方が眠気の訪れが早いような。
不意にやってくるあくびの気配。
生理現象には逆らえないので、せめてだらしない顔を見られないようにそっぽを向いて。
涙がにじんだ目をこすりながら、あんたはどうするのと魔理沙に尋ねる。
「んー。せっかくアリスの家なんだから、もう少し起きて何か本でも──」
「やっぱ一緒に寝ましょ。急に魔理沙と一緒に寝たくなってしょうがないの」
「やれやれ、そうまで熱烈に言われると私も断りづらいじゃないか。
独り寝がさみしいなんてアリスもまだまだ子供だな」
おのれ、ちょっとばかし普段子供扱いしてるからってここぞとばかりに言いたい放題だ。
だいたい独り寝がさみしいのは子供に限った話じゃないでしょうに。私は特にさみしくないけど。
強引に魔理沙の手を引っ張って寝室へ。抵抗する素振りも無く素直に付いてきたので、やっぱり眠かったのだろう。
それでも一人放っておいたら知らない内に何か無くなってそうだし、やはり手の届く所に置いておくのが望ましい。
私よりひとまわり小さい体をベッドに押し込んで、その隣に横になる。
逃げないように、連れてくるときに握った手はそのままに。それ以上の意味はない。
「……ねぇ」
ベッドに入ってどれくらい経ったろうか。一時間は経っていまい。
眠っていたら起こさないくらいの小声で呼びかけた。
別に一刻を争うわけでもない、今すぐしなくてはいけない話ではないが、何となくだ。
昼間あんな話をしたからそのついで。
魔理沙が眠っていたなら、今のは寝言にしてそれまでのこと。
「何だ?」
律儀に顔をこっちに向けて応える魔理沙。
本でも読もうかってのをベッドに押し込めたんだから、まだ起きてても不思議は無いか。
まあ眠りを誘うお話程度に思ってもらえばいい。
「昼間の話だけど。もし魔法使いになるなら、決断は早い方がいいわよ」
「何で」
「お婆ちゃんになってから不老になっても意味ないでしょ。
外見は魔法でごまかせても、体力や身体機能は衰えたままなんだし」
ずっと研究一辺倒、我が生涯は研究室の中にありって言うなら老体でもやっていけるかも知れないが。
実践派の魔理沙に一所に留まっておけと言うのは無理があるし、何より似合わない。
暗い研究室に引き籠もっているより、陽の下でも星の下でも空を背景に飛んでいるのが魔理沙らしいと思う。
一応捨虫の法の習得にもそれなりに時間が必要なことを考えれば、早いに越したことはない。
今の魔理沙の年齢からすれば、十年内くらいには。
私としても同じ時間を過ごす友人が増えるのは喜ばしいことだと思うし、必要なら協力だってする。
魔法のことで魔理沙が私を頼るかと聞かれれば……意地張りそうな気もするなぁ。
「ああ、別にすぐ決断しろってわけじゃないし、魔法使いになれって勧めてるわけでもないから。
あんたの人生なんだから、それだけは──」
言いかけたところで、魔理沙の指が私の口を抑える。
「わかってるよ。自分のことだ、自分で決めるさ。
気にしてくれてるのは礼を言っとくぜ。ありがとな」
意外なことにちょっと戸惑ってしまう。
魔理沙にお礼を言うことも滅多に無いが、これほど素直に言われることもそうそう無い。
本人は意識してないだろうが、昼間の意趣返しをされてしまったような。
「でも、魔法使いになると決めて、もし今すぐなれるとしても──そうするのはもう少し後だな」
今度は私がなぜと尋ねる。
もしもそう決めたなら早い方が良いに決まってる。
人間の体なんて二十歳を過ぎれば衰えることの方が多いんだし。
「せっかくまだ伸びる機会があるってのに、わざわざ胸も背もアリスより小さいまま止めるわけないだろ」
魔理沙はいつものように口の端をゆがめてにやりと笑い、
「そうなったら背伸びするのはお前の方だぜ」
それだけ言って、魔理沙は目を閉じる。
別に私は身長なんぞで張り合ったりするつもりはないんだけど。
この先魔理沙が人間のままでいるか、魔法使いになるか。
どちらにしても、私より小さい魔理沙は今だけってことか。胸はともかく背だけは伸びそうな気がするし。
はて、「期間限定」と言われるとにわかに蒐集家の血が騒ぐような。
すよすよと穏やかな寝息を立て始めた魔理沙に少しだけ体を近づけ、腕を回す。
服越しにでも感じる、人形やぬいぐるみには無い温かさ。私より少しだけ高い温度。
起こさないように気を付けて魔理沙の頭を抱き寄せると、髪からほのかに香るシャンプーの匂い。
何だか体の内側から温かくなっていくような感覚。お気に入りの紅茶で過ごすティータイムよりほっとするような。
人の温もりで安らぐなんて魔法使いにあるまじきなどと言われるかもしれないが。
かまうものか。アリス・マーガトロイドは魔法使いだが、人形師であり女の子である。人形、ぬいぐるみ、可愛い物大好きで何が悪い。
眠ってる魔理沙は普段のワガママぶりとのギャップも相まって犯罪的に可愛いかったりするのだ。
思わず理性的でない大人の対応をしてしまいかねないほどに。だから不意に抱き枕にしてしまっても無理からぬことなのだ。
それに今日は休養日。無駄なほどにあり余ってるこいつの活力をわけてもらおう。
「ナデナデシテー」
「ああ、はいはい」
ふわふわの髪をわしゃわしゃとやさしくかき混ぜるように撫でてやる。
……ん?
少し視線を下げれば、笑いをこらえてぷるぷると震える金色の頭。
ちょっとむかっと来たので首の後ろをひっぱたいたら、私の胸の間で「もぎゅあ」と鳴いた。
読んでる間良い時間が過ごせました。
全くあなたのマリアリは良いものだな
ありがとう。ほんとうにありがとう。
ところでファービーとは懐かしいw
これはいいマリアリw
二人の関係にとても心が和みます。
面白かったですよ。
貴方のマリアリが私のバイブルです
二人が軽口を叩きながら戯れてるのがいいなあ。
可愛い魔理沙とおねーさんなアリスが非常にツボでございました。
完全に撃破されました
そういえば、家にもありますね、アレ。
そしてファービーwww
まったりとしたアリマリ、いいですね。
理想の関係に出会ったような、そんな気分です。
そういえばファービィって変な歌、歌いますよねww
展開から最後の落ちへの流れがなかなか。
というか、懐かしいwwwwwww
アリスの設定は同じのを想像してますわ
うらやましすぎる……。
とても癒されました。
というあほな話は置いといて、いい話でした。
とうとう幻想入りしちゃったんですね・・・…。
お姉さんなアリスかわいいよ
なんか魔理沙もファービィーもかわいい
ちゅっちゅする時のことですね、わかります