※この話は「だから今日も、紅茶をいれよう」の続きとなっております。
そちらを読みませんとおそらく話が繋がらないと思いますので、そちらからどうぞ。
美しい夢が過ぎた。
そんな風に、私は喩える。
本当に、美しい夢だった。
星のように瞬いて、星のように歌い続けた。
大きな声で、よく通る声で。
ずっとずっと、歌い続けた。
それはあまりにも激しく苛烈で、けれど見るものに穏やかな暖かさを落としていく。
ぽつりと灯る光の粒は、甘いようで酸いようで、それはまるで恋のよう。
そう、流れ星が見せてくれる、一秒にも満たない・・・淡い温もり。
■ ■ ■ ■
「よ。」
その少女は、お日様が元気に辺りを照らし出した頃、ふらりとこの場に訪れた。
いつも変わらぬ笑顔を浮かべながら、片手を振り振り近づいてくる。
「珍しい時間に来たものね。」
日差しが届かぬ暗い室内。
その中に在って、それでも底抜けの明るさが消えることは無い。
きっと日の下ならば美しく映えるであろう血色のいい笑顔を見ながら、パチュリーは読んでいた本を閉じた。
「今日は忙しくてな。行かなきゃ行けないところがあるんだよ。」
自分とは正反対の白い面差しを見下ろしながら、魔理沙は首をこきりと鳴らす。
「それで、今日は何の用?」
閉じた本の上に、外した眼鏡を置く。
ついでに冷めた紅茶を流し込んで、こちらもぐるりと首を回した。
少し捻るだけで、関節と言う関節がばきぼきと音を立てる。異常だ。
「お前も少しは外に出て体を動かしたらどうだ?」
「大きなお世話よ。さっさと用件を言いなさい。」
魔理沙の言う事はもっともだが、自覚していてもできないことなんてざらにある。
自分が外に出る事は異常。
レミリアがお日様の出ている時間にパラソルなしでピクニックするのも異常。
魔理沙が借りたものを返すことも異常だ。
異常だとわかっていても、できないことなんてざらにある。
「借りてた本を返しにきた。」
そう、異常だとわかっていても、できないことなんてざらにある。
「...Please talk slowly again. 」
「なんで英語?」
「あまりにも驚いたものだから。」
あれ、自分の耳がおかしくなったのかな。
半ばそう祈りながら、パチュリーは聞き返す。
「だから、借りてた本を返しに。」
「・・・・・。」
なんということだろう。
自分も明日から庭を二時間散歩しなければいけなくなるのだろうか。
「天変地異の前触れだわ。」
「むしろ自然の摂理だぜ。」
異常だ。
異常な行動をとる魔理沙。
ブン屋にでも売ってやろうか。
巫女が代替わりしてから少し大人しくなったが、このネタを放ってやれば、少しは昔の騒がしさを、とりもど・・・。
(あぁ・・・)
そこまで考えて、唐突に理解した。
そうだ、異常なのだ。
死なない、人間なんて。
「・・・それで?」
「あ?」
「本はどこにあるのよ。」
気付いた瞬間、体が震えた。
喉の奥がからからに乾いて、心臓がばくばくと音を立てている。
無意識に紅茶のカップに手を伸ばしてから、先ほど自分が空にしたことに気がついた。
「あぁ、空間圧縮の魔法をかけて・・・あった、これだ。」
顔には出さないパチュリーの動揺には気付かずに、魔理沙はポケットを漁り小さな小箱を差し出してくる。
手を出してそれを受け取りながら、パチュリーは自分の震えが彼女に伝わらないことを祈った。
「多分全部あると思う。もしなかったら、悪いんだが私の家から勝手に持って行ってくれ。」
「・・・あとで小悪魔に調べさせるわ。」
「頼む。」
私はもう取りにいけないからさ。
小さくそう続けた魔理沙に、パチュリーはぐっと眉根を寄せる。
「・・・早いものね。」
「そうだな。」
「何年経ったかしら。」
「七十年近いかな。」
「光陰だわ。」
「流れ星の如くってな。」
矢よ。
いつもならするだろう野暮なつっこみを、今日は喉の奥にしまいこんだ。
魔理沙は座ることもせずにパチュリーを見つめていて、パチュリーも魔理沙を見つめていた。
あぁ、早いものだ。
いつの間にか追い抜かれていた身長と、大人びた顔。
髪と同じような色をした瞳が、優しい光を湛えて微笑んでいる。
ぱちぱちと爆ぜる光の内から、微かな微かな歌が聞こえた。
とてもとても懐かしい、幻想に満ちた歌だった。
燃えさかり走り抜ける流れ星の、一番苛烈な最後の歌が。
パチュリーの耳には確かに・・・聞こえた。
■ ■ ■ ■
「還るのね。」
魔理沙が図書館を出ていくと、本棚の影に居たレミリアが静かに声をかけて来た。
閉まるときの余韻を残した大扉を見つめながら、囁くようにぽつりと呟く。
「流星のよう。」
それはいつか、パチュリーが喩えた少女の称だ。
買いかぶり過ぎだと笑ったが、なるほど的確な例えでは無いか。
燃え始めは小さくて、段々と熱も勢いも強くなる。
焔の軌跡を引きながら、しゃらしゃらと音を立てて真暗い空間を走り抜けた。
そのおかげで、様々なものが照らし出されたね。
暴かれたくないものも暴かれて、けれどそれだからこそ正しく廻り、光の下に在って輝けるようになった。
稀にみる光を放ち、宙の星と同じように、幸せな気持ちをこの館いっぱいに落として行ってくれたのだ。
「・・・流星群だわ。」
そしてそう思い至っては、レミリアは目を細める。
大扉を見つめたまま、右手をそっと、自分の心臓の上に置いた。
「多大なる、感謝を。」
幼い手のひらで、動き続ける心臓を感じる。
確かに脈打つ己の体に、今初めて感動した。
だから、そのまま深く深く腰を折る。
大扉は沈黙し、もう訪れない少女の背のように、まんじりとも動く事はしない。
それでも。
レミリアは今、頭を垂れずにはいられなかった。
ありがとう。
小さく呟きながら、一度だけ強く目を瞑る。
熱い何かを、静かにやり過ごした。
「寂しくなるわね・・・。パチェ?」
「・・・・・。」
やがてゆっくりと顔を上げて、レミリアは振り返る。
愛しい親友のそばまで歩いていって、その肩を優しく抱いた。
「・・・雨ね、レミィ。」
その腕の中で、パチュリーが小さく呟く。
震えるその声を聞きながら、レミリアはその細い肩を何度も撫でた。
「そうね、図書館の天井を破るなんて。この分じゃ屋敷は半壊かしら。」
ぱたぱたと薄紫を濃い色に変えていく雫。
あぁ、この流水に触れたら、自分は朽ちてしまうのだろうか。
そう思いながら、レミリアはパチュリーの頭を抱きしめて、濡れる目元を回した腕でそっと隠した。
「・・・本当に、酷い・・・雨ね。」
■ ■ ■ ■
流れ星のようになりたかった。
これは小さい頃の、私の願い。
流れ星のように華やかに、流れ星のように苛烈に。
輝きて、歌い、焔の瞬きを全身で感じたかった。
そして駆け抜けるかのように、この生を全うしたかった。
だからずっと、星に憧れた。
輝き続け、点滅をくりかえし、数多いものの中で、必死に自分を主張する。
そして消えていく頃になると、逆に強く光を放ち、自らが歩んできた軌跡を真っ黒い空に引いていく。
光が闇に勝てる、たった一瞬の喜び。
それをこの全身で感じたかったのだ。
「・・・あんたかい。」
「よう、死神。久しぶりだな。」
大空を駆け抜けて、この地に降り立つ。
どこか寒くて冷える場所。
薄く靄がかかるこの場所が、魔理沙はわりと好きだった。
「今日は起きてるんだな。」
「四六時中サボってるわけじゃあないよ。」
「どっかの門番もよく同じこと言ってたぜ。」
大きな鎌を担いだ船頭は、力なく笑う。
その笑顔に笑い返しながら、魔理沙は腕の中の人形を強く抱きしめた。
「時間が無い。やるぜ。」
「あたいの仕事を増やさないでおくれよ。」
苦笑しながら、それでも小町は鎌を構えてくれる。
魔理沙も箒に飛び乗って、ひらりと小町から距離をとった。
じっと見つめあったのは、ほんの一瞬。
突如視界いっぱいに見えた小町の鎌に、魔理沙は冷静に息を吐いた。
「ありゃ。」
「大振りは、あたらないぜ!!」
何度も見てきた攻撃パターン。
この挨拶代わりの一発から、弾幕ごっこは始まるのだ。
「飛ばしてきなぁ!!受けきって、返してやろうじゃあないの!!」
「後悔すんなよ巨乳野郎!!」
お互いが光の粒を撒き散らす。
先ほどまで薄暗かった場所が、美しい星たちに彩られた。
散って、散って、舞って、舞って。
きらきらと、ただきらきらと。
星が花開き、はじめ穏やかあと激し。
弾をやり過ごした背後で、最後の瞬き。
星が強く燃え上がって、ちりちりとした熱を小町に伝えた。
必死なんだ。
散っていく星は、必死なんだ。
覚えていて欲しくて、まだ輝いていたくて。
必死なんだなぁ。
そう思いながら、小町も手加減なんてしなかった。
禁じられている物理攻撃まで仕掛けて、魔理沙を潰しにかかる。
そうでもしなければ、強すぎる光に目がくらみそうだった。
必死だ。
綺麗。
しゃらしゃら。
舞って。
「・・・っく!!」
距離を操り、鎌を振るう。
弾幕の影に隠れて。
スペルカードを展開したばかりの魔理沙は、一瞬反応が遅れて、箒の上で体勢を崩した。
その隙を見逃したりしない。
再び鎌を返して、鋭くその身に振り下ろした。
まだ幼さが見え隠れする魔理沙の顔。
眉間に鎌の切っ先を合わせて、渾身の一撃を叩き込んだ。
「なっ!!」
けれど、それは微かに当たらず、にやりと笑った魔理沙の髪を、数本切り落としただけだった。
「しまっ・・・!」
今度は小町が体勢を崩す番だ。
だが、魔理沙と違って、これは演技ではない。
傾ぎ慌てる小町の眼前に、小さな炉がぐっと突き出された。
「マスター・・・・っ!!」
■ ■ ■ ■
「・・・あんまりじゃないか。」
「悪い悪い。」
所々焦げ破れた服を見下ろして、小町が呟く。
咄嗟に距離を取ったから零距離マスパなんて洒落にもならないものを食らわずにすんだが、それでもほぼ直撃だ。
「花も大分吹っ飛んじまった。」
「だから悪かったって。」
今までで一番火力があったように感じるそれ。
よく死ななかったもんだ、と思いながら、小町はどこか清々しい気持ちで魔理沙を見つめた。
「満足したかい?」
「あぁ、一番光ってただろ?」
「あぁ。」
しっかりと頷く小町に、魔理沙は嬉しそうに笑った。
「流れ星になれたかな。」
「流れ星より綺麗だったよ。」
「そうかな。」
「あぁ。」
「そっか。」
本当に嬉しそうに。
幼い笑顔で、わらった。
「・・・行くかい。」
「あぁ、逝こう。」
そうしてトレードマークとも言える大きな帽子を小町に渡す。
「なに。」
「これ、預かっといてくれ。」
「・・・・・。」
「いつか必ず取りにくる。」
「・・・わかった。」
その帽子の中には、魔理沙によく似た人形と、彼女の宝物の炉が入っていた。
あぁ、いい天気だ。
帽子を外した魔理沙は、そう言って・・・・・穏やかに微笑んだ。
■ ■ ■ ■
駆ける。
駆ける。
空を翔る。
空を切り、空を翔る。
体中が空を切る。
美しい青の中を、ひた走る。
綺麗だ。
綺麗だ。
目に映る景色を、一人の魔法使いが飛ぶ。
変わらない景色に、知らず口元が緩んだ。
綺麗だ。
またくるぜ
そう言って私は、どれだけ惰眠を貪っていたのだろう。
何百年、経ったのだろう。
今日も彼女は、紅茶を淹れて、クッキーを焼いているのだろうか。
突然の来訪者が扉を叩く日を、待ってくれているだろうか。
そして変わらぬ日常の最中、自分と同じように、この空を見てくれているだろうか。
そうしたら。
まるで「あの時」と同じ。
目が痛くなるほどの青空が広がっているよ。
魔法使いは、腕の中の人形を抱きしめる。
箒を握る手が、知らず知らず強くなった。
会いたい。
会いたい。
触れたい抱きしめたい口付けたい。
あの時の、しょっぱくて苦い口付けを。
今度こそ甘い味で上書きして。
またくるぜ
そう言った彼女は、もう大分姿を見せていない。
何百年に、なるだろうか。
今日も私は、紅茶を淹れて、クッキーを焼く。
突然の来訪者が元気に扉を叩く日を、ただ心待ちにしながら。
そしてその作業の途中、ふと窓の外を見た。
そうしたら。
まるであの時と同じ。
目が痛くなるほどの青空が広がっていて。
その中に、段々と近くなる白黒の姿を見つけた。
「・・・うそ・・・っ!!」
口元を手で覆う。
大きな帽子、白黒の服。
古ぼけた箒。
「うそ・・・っ!!」
あの時と同じ、目が痛くなるほどの青空を背景に。
かつて遠ざかっていた姿が、今度は近づいてくる。
「・・・ ・・・っ!!」
自然と潤む目を強く瞑って、彼女の名前を呼んだ。
あぁ。
窓の外の魔法使いが、懐を探る。
見慣れた仕草に、アリスは笑った。
わかるわよ、何回も見てきたんだから。
ほら、きっとすぐに声が聞こえるわ。
「マスター・・・・・」
「アーティフルサクリファイス!!」
予想通りに聞こえてきた言葉を遮り叫びながら、アリスは笑った。
・・・あぁ、いい天気だ。
・
そちらを読みませんとおそらく話が繋がらないと思いますので、そちらからどうぞ。
美しい夢が過ぎた。
そんな風に、私は喩える。
本当に、美しい夢だった。
星のように瞬いて、星のように歌い続けた。
大きな声で、よく通る声で。
ずっとずっと、歌い続けた。
それはあまりにも激しく苛烈で、けれど見るものに穏やかな暖かさを落としていく。
ぽつりと灯る光の粒は、甘いようで酸いようで、それはまるで恋のよう。
そう、流れ星が見せてくれる、一秒にも満たない・・・淡い温もり。
■ ■ ■ ■
「よ。」
その少女は、お日様が元気に辺りを照らし出した頃、ふらりとこの場に訪れた。
いつも変わらぬ笑顔を浮かべながら、片手を振り振り近づいてくる。
「珍しい時間に来たものね。」
日差しが届かぬ暗い室内。
その中に在って、それでも底抜けの明るさが消えることは無い。
きっと日の下ならば美しく映えるであろう血色のいい笑顔を見ながら、パチュリーは読んでいた本を閉じた。
「今日は忙しくてな。行かなきゃ行けないところがあるんだよ。」
自分とは正反対の白い面差しを見下ろしながら、魔理沙は首をこきりと鳴らす。
「それで、今日は何の用?」
閉じた本の上に、外した眼鏡を置く。
ついでに冷めた紅茶を流し込んで、こちらもぐるりと首を回した。
少し捻るだけで、関節と言う関節がばきぼきと音を立てる。異常だ。
「お前も少しは外に出て体を動かしたらどうだ?」
「大きなお世話よ。さっさと用件を言いなさい。」
魔理沙の言う事はもっともだが、自覚していてもできないことなんてざらにある。
自分が外に出る事は異常。
レミリアがお日様の出ている時間にパラソルなしでピクニックするのも異常。
魔理沙が借りたものを返すことも異常だ。
異常だとわかっていても、できないことなんてざらにある。
「借りてた本を返しにきた。」
そう、異常だとわかっていても、できないことなんてざらにある。
「...Please talk slowly again. 」
「なんで英語?」
「あまりにも驚いたものだから。」
あれ、自分の耳がおかしくなったのかな。
半ばそう祈りながら、パチュリーは聞き返す。
「だから、借りてた本を返しに。」
「・・・・・。」
なんということだろう。
自分も明日から庭を二時間散歩しなければいけなくなるのだろうか。
「天変地異の前触れだわ。」
「むしろ自然の摂理だぜ。」
異常だ。
異常な行動をとる魔理沙。
ブン屋にでも売ってやろうか。
巫女が代替わりしてから少し大人しくなったが、このネタを放ってやれば、少しは昔の騒がしさを、とりもど・・・。
(あぁ・・・)
そこまで考えて、唐突に理解した。
そうだ、異常なのだ。
死なない、人間なんて。
「・・・それで?」
「あ?」
「本はどこにあるのよ。」
気付いた瞬間、体が震えた。
喉の奥がからからに乾いて、心臓がばくばくと音を立てている。
無意識に紅茶のカップに手を伸ばしてから、先ほど自分が空にしたことに気がついた。
「あぁ、空間圧縮の魔法をかけて・・・あった、これだ。」
顔には出さないパチュリーの動揺には気付かずに、魔理沙はポケットを漁り小さな小箱を差し出してくる。
手を出してそれを受け取りながら、パチュリーは自分の震えが彼女に伝わらないことを祈った。
「多分全部あると思う。もしなかったら、悪いんだが私の家から勝手に持って行ってくれ。」
「・・・あとで小悪魔に調べさせるわ。」
「頼む。」
私はもう取りにいけないからさ。
小さくそう続けた魔理沙に、パチュリーはぐっと眉根を寄せる。
「・・・早いものね。」
「そうだな。」
「何年経ったかしら。」
「七十年近いかな。」
「光陰だわ。」
「流れ星の如くってな。」
矢よ。
いつもならするだろう野暮なつっこみを、今日は喉の奥にしまいこんだ。
魔理沙は座ることもせずにパチュリーを見つめていて、パチュリーも魔理沙を見つめていた。
あぁ、早いものだ。
いつの間にか追い抜かれていた身長と、大人びた顔。
髪と同じような色をした瞳が、優しい光を湛えて微笑んでいる。
ぱちぱちと爆ぜる光の内から、微かな微かな歌が聞こえた。
とてもとても懐かしい、幻想に満ちた歌だった。
燃えさかり走り抜ける流れ星の、一番苛烈な最後の歌が。
パチュリーの耳には確かに・・・聞こえた。
■ ■ ■ ■
「還るのね。」
魔理沙が図書館を出ていくと、本棚の影に居たレミリアが静かに声をかけて来た。
閉まるときの余韻を残した大扉を見つめながら、囁くようにぽつりと呟く。
「流星のよう。」
それはいつか、パチュリーが喩えた少女の称だ。
買いかぶり過ぎだと笑ったが、なるほど的確な例えでは無いか。
燃え始めは小さくて、段々と熱も勢いも強くなる。
焔の軌跡を引きながら、しゃらしゃらと音を立てて真暗い空間を走り抜けた。
そのおかげで、様々なものが照らし出されたね。
暴かれたくないものも暴かれて、けれどそれだからこそ正しく廻り、光の下に在って輝けるようになった。
稀にみる光を放ち、宙の星と同じように、幸せな気持ちをこの館いっぱいに落として行ってくれたのだ。
「・・・流星群だわ。」
そしてそう思い至っては、レミリアは目を細める。
大扉を見つめたまま、右手をそっと、自分の心臓の上に置いた。
「多大なる、感謝を。」
幼い手のひらで、動き続ける心臓を感じる。
確かに脈打つ己の体に、今初めて感動した。
だから、そのまま深く深く腰を折る。
大扉は沈黙し、もう訪れない少女の背のように、まんじりとも動く事はしない。
それでも。
レミリアは今、頭を垂れずにはいられなかった。
ありがとう。
小さく呟きながら、一度だけ強く目を瞑る。
熱い何かを、静かにやり過ごした。
「寂しくなるわね・・・。パチェ?」
「・・・・・。」
やがてゆっくりと顔を上げて、レミリアは振り返る。
愛しい親友のそばまで歩いていって、その肩を優しく抱いた。
「・・・雨ね、レミィ。」
その腕の中で、パチュリーが小さく呟く。
震えるその声を聞きながら、レミリアはその細い肩を何度も撫でた。
「そうね、図書館の天井を破るなんて。この分じゃ屋敷は半壊かしら。」
ぱたぱたと薄紫を濃い色に変えていく雫。
あぁ、この流水に触れたら、自分は朽ちてしまうのだろうか。
そう思いながら、レミリアはパチュリーの頭を抱きしめて、濡れる目元を回した腕でそっと隠した。
「・・・本当に、酷い・・・雨ね。」
■ ■ ■ ■
流れ星のようになりたかった。
これは小さい頃の、私の願い。
流れ星のように華やかに、流れ星のように苛烈に。
輝きて、歌い、焔の瞬きを全身で感じたかった。
そして駆け抜けるかのように、この生を全うしたかった。
だからずっと、星に憧れた。
輝き続け、点滅をくりかえし、数多いものの中で、必死に自分を主張する。
そして消えていく頃になると、逆に強く光を放ち、自らが歩んできた軌跡を真っ黒い空に引いていく。
光が闇に勝てる、たった一瞬の喜び。
それをこの全身で感じたかったのだ。
「・・・あんたかい。」
「よう、死神。久しぶりだな。」
大空を駆け抜けて、この地に降り立つ。
どこか寒くて冷える場所。
薄く靄がかかるこの場所が、魔理沙はわりと好きだった。
「今日は起きてるんだな。」
「四六時中サボってるわけじゃあないよ。」
「どっかの門番もよく同じこと言ってたぜ。」
大きな鎌を担いだ船頭は、力なく笑う。
その笑顔に笑い返しながら、魔理沙は腕の中の人形を強く抱きしめた。
「時間が無い。やるぜ。」
「あたいの仕事を増やさないでおくれよ。」
苦笑しながら、それでも小町は鎌を構えてくれる。
魔理沙も箒に飛び乗って、ひらりと小町から距離をとった。
じっと見つめあったのは、ほんの一瞬。
突如視界いっぱいに見えた小町の鎌に、魔理沙は冷静に息を吐いた。
「ありゃ。」
「大振りは、あたらないぜ!!」
何度も見てきた攻撃パターン。
この挨拶代わりの一発から、弾幕ごっこは始まるのだ。
「飛ばしてきなぁ!!受けきって、返してやろうじゃあないの!!」
「後悔すんなよ巨乳野郎!!」
お互いが光の粒を撒き散らす。
先ほどまで薄暗かった場所が、美しい星たちに彩られた。
散って、散って、舞って、舞って。
きらきらと、ただきらきらと。
星が花開き、はじめ穏やかあと激し。
弾をやり過ごした背後で、最後の瞬き。
星が強く燃え上がって、ちりちりとした熱を小町に伝えた。
必死なんだ。
散っていく星は、必死なんだ。
覚えていて欲しくて、まだ輝いていたくて。
必死なんだなぁ。
そう思いながら、小町も手加減なんてしなかった。
禁じられている物理攻撃まで仕掛けて、魔理沙を潰しにかかる。
そうでもしなければ、強すぎる光に目がくらみそうだった。
必死だ。
綺麗。
しゃらしゃら。
舞って。
「・・・っく!!」
距離を操り、鎌を振るう。
弾幕の影に隠れて。
スペルカードを展開したばかりの魔理沙は、一瞬反応が遅れて、箒の上で体勢を崩した。
その隙を見逃したりしない。
再び鎌を返して、鋭くその身に振り下ろした。
まだ幼さが見え隠れする魔理沙の顔。
眉間に鎌の切っ先を合わせて、渾身の一撃を叩き込んだ。
「なっ!!」
けれど、それは微かに当たらず、にやりと笑った魔理沙の髪を、数本切り落としただけだった。
「しまっ・・・!」
今度は小町が体勢を崩す番だ。
だが、魔理沙と違って、これは演技ではない。
傾ぎ慌てる小町の眼前に、小さな炉がぐっと突き出された。
「マスター・・・・っ!!」
■ ■ ■ ■
「・・・あんまりじゃないか。」
「悪い悪い。」
所々焦げ破れた服を見下ろして、小町が呟く。
咄嗟に距離を取ったから零距離マスパなんて洒落にもならないものを食らわずにすんだが、それでもほぼ直撃だ。
「花も大分吹っ飛んじまった。」
「だから悪かったって。」
今までで一番火力があったように感じるそれ。
よく死ななかったもんだ、と思いながら、小町はどこか清々しい気持ちで魔理沙を見つめた。
「満足したかい?」
「あぁ、一番光ってただろ?」
「あぁ。」
しっかりと頷く小町に、魔理沙は嬉しそうに笑った。
「流れ星になれたかな。」
「流れ星より綺麗だったよ。」
「そうかな。」
「あぁ。」
「そっか。」
本当に嬉しそうに。
幼い笑顔で、わらった。
「・・・行くかい。」
「あぁ、逝こう。」
そうしてトレードマークとも言える大きな帽子を小町に渡す。
「なに。」
「これ、預かっといてくれ。」
「・・・・・。」
「いつか必ず取りにくる。」
「・・・わかった。」
その帽子の中には、魔理沙によく似た人形と、彼女の宝物の炉が入っていた。
あぁ、いい天気だ。
帽子を外した魔理沙は、そう言って・・・・・穏やかに微笑んだ。
■ ■ ■ ■
駆ける。
駆ける。
空を翔る。
空を切り、空を翔る。
体中が空を切る。
美しい青の中を、ひた走る。
綺麗だ。
綺麗だ。
目に映る景色を、一人の魔法使いが飛ぶ。
変わらない景色に、知らず口元が緩んだ。
綺麗だ。
またくるぜ
そう言って私は、どれだけ惰眠を貪っていたのだろう。
何百年、経ったのだろう。
今日も彼女は、紅茶を淹れて、クッキーを焼いているのだろうか。
突然の来訪者が扉を叩く日を、待ってくれているだろうか。
そして変わらぬ日常の最中、自分と同じように、この空を見てくれているだろうか。
そうしたら。
まるで「あの時」と同じ。
目が痛くなるほどの青空が広がっているよ。
魔法使いは、腕の中の人形を抱きしめる。
箒を握る手が、知らず知らず強くなった。
会いたい。
会いたい。
触れたい抱きしめたい口付けたい。
あの時の、しょっぱくて苦い口付けを。
今度こそ甘い味で上書きして。
またくるぜ
そう言った彼女は、もう大分姿を見せていない。
何百年に、なるだろうか。
今日も私は、紅茶を淹れて、クッキーを焼く。
突然の来訪者が元気に扉を叩く日を、ただ心待ちにしながら。
そしてその作業の途中、ふと窓の外を見た。
そうしたら。
まるであの時と同じ。
目が痛くなるほどの青空が広がっていて。
その中に、段々と近くなる白黒の姿を見つけた。
「・・・うそ・・・っ!!」
口元を手で覆う。
大きな帽子、白黒の服。
古ぼけた箒。
「うそ・・・っ!!」
あの時と同じ、目が痛くなるほどの青空を背景に。
かつて遠ざかっていた姿が、今度は近づいてくる。
「・・・ ・・・っ!!」
自然と潤む目を強く瞑って、彼女の名前を呼んだ。
あぁ。
窓の外の魔法使いが、懐を探る。
見慣れた仕草に、アリスは笑った。
わかるわよ、何回も見てきたんだから。
ほら、きっとすぐに声が聞こえるわ。
「マスター・・・・・」
「アーティフルサクリファイス!!」
予想通りに聞こえてきた言葉を遮り叫びながら、アリスは笑った。
・・・あぁ、いい天気だ。
・
狗月さんのお話は泣けますね……。
寿命って切ない。
そして狗月さま、ありがとうございました。
でも、やはり美しい。
まっすぐに輝いていて
何気なく格好良いお嬢様が素敵。