※オリキャラが出ます。苦手な方はごめんなさい。
「鐘がおかしいって、どういうことなのよ?」
「まぁ、来れば判る」
慧音に手を引かれ、霊夢は久しぶりに里に訪れていた。なんでも、よく判らない異変が起きているので、手を貸して欲しいのだという。
「あんたでどうこうできないなんて珍しいわね。妖怪絡みなんでしょ」
「いや、それがよく判らないんだ」
慧音が言うには、最近になって鐘櫓に人が上れなくなったのだという。それも、物理的な妨害ではなく、霊障の類による妨害によって。
具体的には、腹を壊すらしい。
しかし、異変はそれだけではない。鐘を叩かねばならない時間になると、突然よく声が響き渡るのだ。
「ごーん、ごーん、とな」
「えっと」
霊夢は話を聞いて、眉間に皺を寄せた。
「何その悪戯」
「私もそう思って調べてみたんだが、傍から櫓を見張っていて誰かが出入りをしている様子はない。登って調べたいんだが、満月の晩でないと、私も腹を下してしまうからな」
慧音は半獣ではあるが、満月でない場合は、妖術や霊障に対する耐性はそれほど強力ではないのだ。そこで、異変解決のエキスパートに頼むことにしたのである。ちなみに、異変発生後に里に訪れた妹紅に頼んでみたところ、害はなさそうだから気にするなと既に断られていた。
霊夢は難しい顔をする。何のために声を聞かせるのか。そこを考えると、やや不安になる。耳を塞いでも、声を完全には止められない。強引に力を流し込まれ続けているのかもしれない。
意図の判らない事態に対して考え込んでいると、そんな表情を見て、慧音も少し心配そうな顔になる。
ただこの異変、里の者はほとんどがろくに気にしてはいなかった。大半の認識は、叩かなくても鳴る鐘といった、実に緩いものだったのである。妖怪慣れしてる人の恐ろしさ。
「その鐘は、今日も鳴るのよね」
「あぁ、毎日鳴るぞ。ふむ。そういえばもう少しだな」
そう言いながら、慧音は鐘櫓の方角を見た。
涼しい風が吹いて二人の身を締めさせる。異変解決の為に、霊夢も興味深そうに耳を傾けていた。
そして、鐘の鳴る時刻となり、声が響きだす。
「ごぉぉん、ごぉぉん」
霊夢は盛大にずっこけた。
慧音は腕を組み平然としている、ように見せかけて、見れば膝がぷるぷると震えていた。
それは不思議と里中に広がる、良く響き良く通った、気の抜ける少女の言葉。重さも鋭さもない、頑張って鐘を真似た、普通の少女の声。
それがしばらく続く中、霊夢は地面に突っ伏してぴくぴくと足を震わせる。打ちのめされたらしい。
「ごぉぉぉぉん」
最後は特に良く響いた。
「ははは、どうだ、力が抜けるだろ」
現在、霊夢は反応する元気さえ残っていなかった。
ちなみにこれを聞いた妹紅は大笑いしたらしい。そして、平和だからこれでいいんじゃないかと、解決の手伝いはしてくれなかったそうな。
横になっていた霊夢は、のそりと身を起こす。そして、顔についた砂を払う。
「……慧音。安心していいわよ」
「なに?」
想像と外れていた第一声に、慧音がきょとんとする。
「な、なんだ、原因が判ったのか?」
「いや、そっちはまだだけど。とりあえずこの声に、気が抜ける以上の力はない。妹紅の言う通り害はないわ」
気が抜ける以外には、特別何か力を感じることはなかった。
いや、気が抜けるというのも声の持つ力とかではなく、ただその間の抜けた声に脱力するだけの話ではある。
額を押さえ、自分が心配しすぎたことを軽く悔いた。空回りし過ぎた気がして、なんか恥ずかしかったのである。
「本当か?」
対して、安全と聞いた慧音の顔は晴れやかになる。
「そうか、良かった。危害が加えられないというのなら、それほど急いて解決しなくても良いんだな」
ほっと一息。
「そうだけど、放っておくわけにもいかないし、とりあえず私は見てくるわね」
「あ、無茶はするなよ。あと、鐘は壊さないでくれよ」
「判ってるわよ」
そう答えると、ふわりと浮き上がって霊夢は鐘櫓へと向かった。
しばらく飛んで、霊夢は目的の鐘櫓の前に着いた。あまりまじまじと見たことはなかったが、外観は相当立派で傷みも見あたらない。じっと見つめてみれば、多少は錆と埃が見えたりはする程度のものである。
霊夢は軽く地面を蹴り、そのまま宙を飛んで櫓に降りる。すると、何か下腹部がむずむずとしてきた。
「ん……確かに、少しお腹に来るわね」
と、霊夢は袖から札を取り出し、お腹にぺたり。
あっという間に腹痛が治った。
「よし」
腹痛便秘、諸々の体の不都合に効くお札。
お求めの際は博麗神社まで。
「さてと、元凶はここにいると思うんだけど。どこかしらね」
鐘の周りをグルグルと回ってみる。気配は近い。あの声の主かは判らないが、間違いなく何者かがここにいる。
ふと、霊夢は鐘を見た。大きな鐘だ。まるで、中に人が一人入れそうなほど。
「えい」
お札貼ってみた。
「きゃぁ!」
悲鳴。と同時に、鐘の中から少女が落下してきて櫓を僅かに揺らす。お札に破魔の効果があったらしい。お札が万能過ぎる。
「いたたた。な、何事ですかっ!」
尻餅をついて少し痛めた腰をさすりながら、少女は涙目で辺りをきょろきょろと見回した。見た目、霊夢より一つ二つ幼く見える。
腰をさすりながら霊夢を見つけ、少女は霊夢の目をジッとみつめた。霊夢はその視線を外すことなく近づくと、すぐ傍に屈み込んで顔の高さを合わせる。
「あ、あれ? 初めまして?」
「えぇ、初めまして」
間の抜けた挨拶がおこなわれた。
「あぁ、えっと……あれ、なんでここに人が来れたの? お腹大丈夫?」
「やっぱりあんたが霊障の犯人か」
訊く前に自白されてしまう。
そのあっけらかんとした態度に、霊夢は肩の力が抜けていった。どうも、声以外にも脱力させる力に満ちた子のようだ。
同時に、鐘櫓に登る人を下痢にする霊障を、この少女が何故起こしているのかが気になってきた。
「ねぇ。あなたは何者なの?」
霊夢の問いに、少女は目を丸くする。それからハッとしてすくりと立ち上がると、少女は手を合わせてにこりと笑った。
「私は、月見亭くじらと申します?」
「知らない」
即答。
「そうですか」
すげない否定にどこかしょんぼり。
まさか自己紹介で問われると思っていなかった霊夢は、次に掛けようと思っていた言葉を完全に見失ってしまった。
「でも、たぶんそう。うん、そうなんです。たぶん」
「えらく曖昧ね」
「だって、鐘櫓と呼ばれるのはなんかちょっと」
少女的に気乗りしないらしい。
「いや、そうじゃなくて……」
そこまで口にして、霊夢はようやくこの少女の正体に気づいた。
「あぁ。あんた、鐘櫓の九十九神か」
「きっとその通りです」
断言できない子のようである。
「ところで、なんで月見亭くじらなんて名前なのよ」
「そんな風に呼ばれたことが、あるようなないような」
「随分と曖昧ね」
「ですねぇ」
他人事のようであった。
小さく溜め息。
と、そこで霊夢は本来の目的を果たそうと、話を進めることにする。
「それで。なんであんたは登る人を腹痛にしてたのよ。踏まれるのや、叩かれるのが嫌になったの?」
「え、いえ、そんなことはないですよ」
ぱたぱたと手を振って否定。
「だって、登られるのは櫓の、叩かれるのは鐘の役割じゃないですか。その役割をしっかりと果たさせてもらうことは、とっても幸せなことなんですよ」
頬を少し赤らめて、ほぅと空を見上げる。生きてる実感に浸っているらしい。
幸福そうにしているくじらを見て、霊夢には理由が思い浮かばなくなっていた。
「それなら、なんで?」
言われると、ビクリとくじらは震えた。
「あー、そのー。えっとですねぇ」
視線が宇宙を大遊泳。
「何? 言えない理由でもあるの?」
挙動不審の娘を見る巫女はジト目。
視線に気づき、あはははと乾いた笑いが響く。
「えと、そのですねぇ……な、内緒にしていただけるのならお話ししますが」
「内容による」
「ですよねー」
くじらは肩を落として俯いた。しかし、はぁと盛大に溜め息を吐くと、すぐに先程同様の笑いを浮かべる。
そして相変わらずの挙動不審を少し繰り出してから、覚悟を決めて真剣な顔を作る。
「あ、あのですね……わたくし、老朽化が進んでおりまして、その」
「はい?」
老朽化と言われて見回してみるが、どこにも痛んだ様子はない。
「大勢の方に踏まれたり、鐘を何度も叩かれますとですね。その、いずれは崩れてしまう危険性があると……思うんですよ?」
「はぁ?」
「それでですね! 今までは力を使って傷や老朽化した部分は見えないように誤魔化していたのですが、最近どうも本格的に危なくなってしまいまして……乗ると危険だったり」
もじもじと指を絡めながら、消え入りそうな声で言葉を繋げる。
ビクビクとしているくじらに対して、霊夢は精一杯の疑問符を顔に貼り付けていた。
「なんで傷とか誤魔化してるの?」
「え、だって、古くなってぼろぼろになったら私、捨てられるじゃないですか!」
―――……どうやって?―――
霊夢は足下の櫓を見て、屋根を見て、鐘を見た。
これを誰が、どうやって、そしてどこに捨てるのか。よしんばできたとして、それにどんな得があるのか。霊夢の顔に映る疑問符はその数を倍に増やしていた。
「修理とかしてもらえばいいんじゃないの?」
「えっ!」
何気ない一言に、くじらは強い衝撃を受ける。
「どうしたの?」
「で、でも、私お金ないし」
「そりゃそうだろうけど、鐘櫓はみんなが使うでしょ。それなら、直すわよ」
「そんなっ!」
霊夢はなんとなく判ってきた。このくじらに、古くなったら捨てられるという認識が強いこと。そして、修理されるという認識がなかったこと。
「なんでそう思うのよ。壊れたら直すでしょ」
「だって、お箸さんとか、紙飛行機さんとか、壊れたらすぐ捨てられてるし」
「あ、あんたねぇ。一緒じゃないでしょ」
呆れながら霊夢が言うと、くじらはきょとんとする。
「えっ? 何が違うんですか?」
そう返されて、思わず霊夢が黙ってしまう。
霊夢にしてみれば、何が同じなのかが判らなかった。けれど、くじらは真剣な目で霊夢を見ている。嘘を吐いている雰囲気も、からかおうという気配もない。
そこで霊夢は、大きく息を吐いて考えた。そこで、初めて判る。
―――そうか。人が使うものっていうのは、一緒なのか。―――
溜め息を吐く。
「そっか。あんたも、物なんだよね」
「はぁ、そうなんです」
良く判ってない表情。
―――人の都合で使われて、人の都合で破棄される。それが、自分も同じだと思っちゃったんだ。―――
何か、それが霊夢には悲しく思えた。
「安心しなさい。直してもらえるわ」
「ど、どうして?」
安心させて騙す気ではなかろうか、という視線を真っ向から向けてくる。
「ほら、あなたって作るの大変なのよ。大きいし。だから修理するの」
「お、大きいと捨てられないんですか?」
驚きの表情。そうよ、と霊夢は頷いてみせる。
しかし、まだ納得できていないのか、くじらはむむと考え込んでしまった。
「それにほら、あんたって随分と立派じゃない。だから」
そこまで言うと、くじらの耳がピクリと動いた。
「立派? やっぱりそう思います?」
突然爛々と光る目。
すると、突然やや体を傾けながら片手で胸を押さえ、自身に満ちたポーズを取る。
「ふふ、私はですねぇ。何を隠そう石山……はっ!」
そこまで言ってから、突然しおしおと萎んだ。理由が判らず、霊夢は怪訝な顔を浮かべる。
「えっと、あの、少し自慢をしても良いですか?」
「へっ? あ、あぁ。別に構わないわよ」
霊夢からの承諾を得ると、小さくこほんと咳払いをしてから、再度同じポーズを取った。
「こほん。では改めて。私はですねぇ。何を隠そう、日本でも有数らしい美しさを誇る、石山寺に置かれた歴史有る鐘楼」
「へぇ」
「の模造品らしいです」
「おい!」
即ツッコミ。
手の甲で胸をピシリと叩かれて、くじらはあはははと笑った。
「いやぁ、私も実際には石山寺の鐘楼は知らないのですが、私を作った人がそんなことを言っていた気がするんですよ」
曖昧さに拍車が掛かった。
ちなみに、これは霊夢もくじらも知らないことであるが、実際には石山寺の鐘楼の模造品ではない。石山寺の鐘楼に惚れ込んだ男が、独自の個性を込めて作ったものなのである。つまり、影響は確かに受けているが、そのまま真似て建てられたものでは決してない。のだが、二人は石山寺の鐘楼を知らないので、その辺りの事実は確認のしようがなかった。
「そうかー、私は直してもらえるのかぁ」
言いながら、背伸びをする。
嬉しいような、でも何か申し訳ないような。そんな思いが、表情から簡単に読み取れた。
「人間が好き勝手に、物の扱い方を変えて悪いわね」
思わず、言う気のなかった言葉を霊夢は漏らしてしまった。
「何言ってるんですか。使ってもらうために、私たちは生まれてるんです。いいんですよ。気にしてません。そういうもんなんだって、私たちみんな知ってますから」
「でも」
「それに、私は大切にされてたんだと思いますよ。こうして顕現できたわけですし」
言ってから、ハッとする。
「もしや私、盛大に嫌われていたとか?」
「落書き一つないから安心しなさい」
人に思われていれば顕現できる。つまり、好かれていても嫌われていても神は現れ魂は宿る。神が死に魂が現世に留まれなくなるのは、他者が無関心になった時なのである。
「ほっ」
安堵の息。吐き出して、にこり。
「まぁ、そんなわけだから、誤魔化しはやめなさい。直す場所が判らないでしょ」
「はーい」
そう言うと、すぐに術を解く。すると、傷みが所々に現れた。
「これはまた……結構盛大に修理作業がおこなわれそうね」
「あははは、ごめんなさい」
「気にしないの。あなたは役に立ってくれてるわ」
「えへ、良かった」
くじらは、本当に嬉しそうに笑っていた。
「そうか。九十九神か」
鐘櫓の工事を眺めながら、慧音はしみじみと呟いた。
あれからすぐ、鐘櫓は全面工事となった。
こうなれば鐘は鳴らせないはずであったが、時間になると、どこからともなく、あの気の抜ける声が響いていた。
「鐘櫓の九十九神なんて、初めて聞いたな」
くすくすと慧音は笑っている。そういうかわいらしい事態だったとは思っていなかっただけに、霊夢に事の真相を聞いて、慧音は自分がその場にいなかったことを残念に思っていた。
「あの子は、えっと何だったっけ。どっかの寺の鐘楼の模造品って聞いたんだけど」
「どっかの寺か。ん? 確か名前が、月見亭だったか?」
「えぇ、そうよ」
ふむ、と小さく声を出し。今度は満足げに笑った。
「となると、恐らく石山寺だな」
「あぁ、そうそう。そんな感じ。なんで判るの?」
「石山寺にはな、月見亭と呼ばれる月見の名所があるんだ。そこで見る月は近江八景の一つに数えられ、石山の秋月と呼ばれている。多くの天皇がそこから月を見たそうだぞ」
天皇と聞いて霊夢の頭に浮かんだのは、王冠をかぶって酒を飲みつつふんぞり返ったお殿様であった。
「へぇ。随分詳しいのね」
「歴史と一緒に地理も教えているからな。自然と憶えた」
教えられるよりも、教える方が憶えが良いのだとか。
「なるほど。作り手が心を込めたから、魂が宿りやすかったのかもな」
「そうかもしれないわね」
二人して、修理の進む鐘櫓を見上げる。
「修理が終わったら、会えるかな」
「えぇ、会えるでしょう。でもどうするの?」
「決まってる」
そう言って、慧音は胸を張った。
「石山寺の歴史を説く」
「うわぁ、迷惑」
霊夢は心の中でくわばらと唱える。そして、くじらも迷惑な奴に絡まれたなぁと同情した。が、慧音の言葉に喜んでいる姿が脳裏に浮かび、すぐに同情はやめる。
「と。霊夢、そろそろ鳴るぞ」
「鳴る、って言うのかなぁ、あれは」
そんなことを言いながら、二人は鐘櫓を眺める。
今日も空に、鐘の声が響きました。
鐘ごと部屋に置いておきたいところ。
ご馳走様でした。
ましてや、このくじらちゃんみたいに可愛い子なら言う事なし!
民話を思わせるきれいに纏まったよいお話をありがとうございます。
まったくもってナイスなキャラしてるぜ
ほのぼのした良い話だった~~
「ごぉぉぉぉん」は良かったな。
こんな異変が起こる幻想郷は本当にいいところですね。
「ごぉぉぉぉん」は、ホントよかった。
幻想郷はこれ以降、大晦日になるとこんなイイ声を百八つも聞かされる事になるんでしょうね(笑)。
なんだか気が抜けたついでに、今年一年の未練なんかも残らず抜けてそうで羨ましいです。
タグどおりとてもほのぼのさせてもらいました。
ごぉーん♪
機嫌が悪いと
ごん
とかなるのを妄想してました
可愛いw
大崎さんのほのぼのはほんとにほのぼのしてて、体の力が抜けてきますよごぉーんw
日本ならではのキャラクターだけになんというか愛着が湧きますな。
人里中に声を響かせるために大声を出そうと必死になるくじらを想像してお腹一杯になりました。
しかしZUN的キャラだな、これは。
これは和まざるをえない
ほのぼの良かったです。
しかしくじらっと言う名前のせいで、らき☆すたのくじらの声で脳内再生された俺は死んだ方が良い…orz