それは桜の花弁さえ、騙されては恥じ赤らむ日。
如何に騙そか騙されまいか、人妖問わず知恵絞り、挑み遊ぶは言葉の祭り。
とはいえまぁ、限度節度道徳大事。抜ければ閻魔の雷落ちる。それも囃子と皆は笑うが、閻魔にしてみりゃ迷惑千万。受けた役は閻魔といえど、祭りに酔うを好むは同じ。酔えぬ祭りの喧噪は、机仕事の筆の音。
酔い潰れるほど躍ってみたい。とはいえ今日も仕事であって、閻魔はふらりと現世を巡る。善し嘘悪し嘘見分けに歩む。
さぁさ恐れず口になさい。後々嘘など吐かぬよう、今日この日の内にお吐きなさい。
春風に泳ぐ、リリー以外は。
「……嘘吐いて良い日なんて、あんたあたいを騙してるんだろ?」
「あなたほど力を持った妖精でも、暦に興味を示すには至らないようですね」
今日の道中真っ先に出会った妖精が、嘘も吐かずに飛んでいくものだから、思わず映姫は声を掛けてしまった。そして話をしてみると、四月馬鹿を知らぬのだという。
少々拍子抜けしてしまった映姫は、ついでだったので今日は嘘を吐いて良い日なのだと説明した。だが、チルノはなかなか信じない。疑わしげな顔で、先程から否定を繰り返している。
長い説得の果て、チルノはようやく映姫の言葉を信じ始めた。
「本当に、本当なの?」
「えぇ、本当です。けれど、今日だけですからね。明日は駄目ですよ」
あえて念を押してみるが無反応。
「………」
見ればどうにも思案顔。
「あ、良い嘘考えた」
指をパチリと鳴らす正直者。
「神社の巫女って、妖精なんだよ」
「そうですね」
「えっ!? 嘘っ!?」
「冗談です」
「え? え、あっ、騙したな!」
この妖精、結構かわいい。
思わず映姫は柔らかに破顔した。
「やっぱり嘘吐いて良いって言うのも!」
「それは本当です」
言い切る前に返事をされ、チルノは言葉に詰まってしまう。
「なんなら人里で試しに嘘でもついてご覧なさい。誰も怒りませんよ。悪質な嘘でなければ」
「よぉし、見てろ、今確認してきてやる!」
「あ、チルノ」
言うが早いか、一目散にチルノは人里へと飛んでいってしまった。
「どうせなら話し相手にでもしようと思ったのですが。残念」
あれがそれほど悪いことはするまい。そう思うと、別に追う気も起きなかった。
「さて。仕方ありませんね、気まぐれに回りましょう」
人の里か紅魔の館か、足の向くまま気の向くままに、閻魔は嘘吐き探して歩んでいましたとさ。
「……それで、そんなあなたが、どうしてここでお茶を飲んでるかしら?」
博麗神社の縁側で、映姫は霊夢の淹れた茶を啜っていた。
「それが困ったことに、あまり嘘を吐いてくれる人がいないもので」
「もので?」
「飽きました」
「いいのかそれで」
映姫はお茶のパワーにほんわかしながら、空をぼうっと見つめていた。
「私が閻魔だからでしょうか、皆さんろくに嘘を吐いてくれません」
「そりゃね」
嘘吐いたら舌引っこ抜く相手に、誰が嘘など吐こうか。
「慧音や阿求など、頼んでも嘘を吐いてくれない。レミリアは面倒だと言うし、その従者は従者から正直を取るわけにはいかぬと頑固」
はぁと溜め息を吐いて、息を吐いた分お茶を飲む。
「天狗は逃げるし鬼はいない。紫なら嘘くらいついてくれるかと探して見るも、どこに行ったか雲隠れ」
「逃げたんじゃないかしら」
「あれが逃げるようなたまですか」
茶を啜り、ほうと一息。
「判りませんよ。天下の閻魔の前とあっちゃ」
「そんな繊細な妖怪なら、私はあれに説教などする必要もなくなるのですが」
呆れ顔。
「ところで、なんでそんなに騙されたがっているの?」
同じく横で茶を啜る霊夢が、不思議そうな顔で訊ねる。
「今日は嘘吐きの日。それなら、嘘を吐いたり吐かれたりしないと、今日に参加していないみたいじゃないですか」
「なるほど」
それもそうねと言わんばかりに、霊夢はうんうんと頷いてみせた。
「そういえば、最近モンブランを作ってみたのよ。食べていく?」
「へぇ、面白いですね。いただきます」
何気なく返答しつつ、映姫は霊夢の方を見た。すると、霊夢はきょとんと、やや困った顔で固まっていた。
「どうしました?」
「あ、いや、えと」
途端に霊夢の視線が泳ぐ。
「嘘吐いてみたんだけど、駄目だったかしら?」
そして白状。
映姫は、霊夢の何が嘘だったのかがしばらく判らなかった。
やがてモンブランを作ったのが嘘だったのだと判ると、思わず噴き出してしまう。
「ははは。なるほど。騙されたのですね、私は」
くすくすと笑う。そんな映姫に、少し霊夢は戸惑っていた。
「おかしかったかしら」
「えぇ、面白い嘘かというと、点は低いですよ」
くすりくすりと、楽しげに笑う。
と、霊夢がにやりと笑った。
「それなら、こういう嘘は如何かしら、映姫様」
突然雰囲気が変わり、映姫がきょとんとした顔を作る。
「……はい?」
映姫が間の抜けた声を返したと思うと、霊夢は周囲に札を撒いた。するとそれは霊夢の体のすぐ近くを回り、霊夢の姿をぼやけさせていく。と、途端に霊夢の姿が歪み、気配が変わる。
「なっ!?」
映姫は驚きに目を丸くした。
そこに居たのは、霊夢と似ても似つかない妖怪……
「改めましてこんにちは。あなたご所望の、八雲紫ちゃんにございますよ」
……であった。
「なっ、なんで! 気配は確かに霊夢のものだったのに……そうか、スキマを使いましたね」
「ご明察」
要するに、霊夢の気配と自分の気配をスキマを使い入れ替えていたのである。
「器用なことを……」
「汎用性が高くて重宝しております」
にこにこと笑う紫に、してやられたことを悔しがっている映姫。そして、その二人の背後の襖が少しだけ開く。
「さて、嘘も明かしたんでしょ。早く入ってきなさいよ。結構肌寒いって言うのに、良く縁側で会話なんて出来るわね」
霊夢は半纏を羽織り、少しだけ開いた襖から二人を見ている。
「まさか妖怪とグルになって私を騙すなんて思ってもみませんでした」
どこか拗ねた顔。
「騙されたがってた閻魔様がそんなこと言うとはね。いいから、早く入ってきなさい。温かいお茶があるわよ」
そういうと、霊夢は襖を更に細め、内側へと戻っていく。
紫はさっさと襖を開いて中へと進む。仕方ないかと、映姫も上がって内へと入っていく。
「モンブランはないけど、桜餅ならあるわよ。ほら、早く入って襖閉めなさい」
何はともあれ、嘘吐かれたい閻魔は、嘘吐かれて拗ねたのであった。
~嘘吐忌~
「のう、妖夢」
「はい。なんですか師匠!」
「さきほどな」
「はい」
「お前の大事にとって置いた大福を食った」
「ええええええ!」
「嘘じゃ」
「……四月馬鹿でしたか」
数分後。
「し、師匠! ないじゃないですか! 本当に食べたんじゃないですか!」
「四月馬鹿じゃろう」
「だって、嘘だって!」
「それが嘘じゃ」
「なっ……!」
幼き弟子、師に勝てる日は遠い。
~嘘吐鬼~
「えっと、その……あのね。向こうの方で、向日葵が咲いてたよ?」
「そ、そうなんだ。そりゃぁ……でっかい……向日葵が」
ぷるぷると肩を震わせながら、どうにか嘘を絞り出す鬼二人。
今日は四月馬鹿。嘘を言わないことがかえって無粋だと思った鬼二人は、協力して嘘などを吐いてみることにした。だが、どちらも言葉に詰まりまくる上に、目線は宇宙を大遊泳。
こんな二人に嘘を吐かれた妖怪は、呆れと和やかさを同時に覚え、陽光に当たっている気分になっていた。
「あなたたち、意外にかわいいのね」
少し困った表情も浮かべながら、風見幽香は微笑んでいる。
今日も幻想郷は平和であった。
嘘
そして前回よろしく相変わらずチルノが可愛い。さて、どんな嘘を吐きにいったのやら。
最後に、陽気な妖忌に一気に持っていかれた。もうね、あれだよ、完敗だよ。
紫様が霊夢に姿を変えているとは思っていませんでしたよ。
彼女の拗ねた顔というのもまた想像できて良かったです。
そして鬼二人の精一杯嘘をつこうとしている状況が微笑ましいです。
面白いお話でしたよ。
ここで判ったwww
だけど妖夢の大福が既に食われているとは思わなかったな。
ひどい師匠だwwww
後嘘をがんばる鬼も可愛いww
性格が真反対でいつもお互い警戒してるけど、芯の所では理解し合ってそうですね。
冒頭チルノの、「え? え、あっ、騙したな!」も大変可愛ゆうございました。
長くてまじめなのをどんとよんだあとに、良い食休みになりとてもなごみました
嘘をつくことで微笑ましい気分になるのは良い嘘ですね。