日の光が射さないほどの鬱蒼とした森の中を魔理沙と二人歩く、一応目的は森の中に生息する貴重な植物の採集ではあるのだが、そういったものはなかなか見つからず、ほとんど散歩と変わらない、それでも森の中を歩き続けていると歩く先に光が見えてくる。それに引かれるようにして進むと暖かな春の日射しに満ちた空間にでる。そこは、この日の射さない森に開いた穴のような空間。
私はこの場所が嫌いではなかった。
(どうせなら――)
「なあ、アリス」
何かが思い浮かんできそうだったところに唐突に後ろから呼びかけられて私は振り向く。
「これ、何の花だ?」
そう言って魔理沙が指差した先にある花は、森の中のことはたいてい調べつくしたつもりの私も見たことがない花だった。
それは魔理沙も同じらしく、見たこともない花を見て不思議に思っている私の顔を見てどこか納得したような顔をしていた。
「その様子だと魔理沙もこの花が何なのか分からないのね」
「でなけりゃ、わざわざ呼び止めて聞くかよ」
「それもそうね」
「しっかし……本当に見たことのない花だな。パチュリーのところででも調べさせてもらうか」
そう言って花を摘もうとする魔理沙の手を私は思わず掴み止めた。
「うん、どうしたんだ?」
「その花、森のことに詳しい私たちが知らない花よ、もしかしたらこの場所にしか咲けない花かもしれないし、花について何か分かるまではそのままにしておいたほうがいい気がするのよ」
「なるほど、確かにお前さんの言うとおりだ。しかし意外だな」
「何がよ?」
「何て言うか、普段のお前さんなら、さくっと持ち帰って調べたりしそうなのにな」
失礼な、そう思いながらも確かに魔理沙の言う様に、普段の私ならそうしただろうというのも事実だった。
しかし、この花に関しては何故か「大事にするべきだ」という思いがどこからともなく浮かび上がってくる。
「まあ、ここにしか咲いてないみたいだからってだけよ、とりあえず調べるために花の特徴を書き出してから行きましょう、貴方は絵をお願い」
「あいよ」
魔理沙はカバンから鉛筆とスケッチブックを取り出すと手早く花を写生していく、そしてその横で私は花の特徴を出来るだけ多く書き出していく、そしてその作業が終わると私たちはそれを持ってパチュリーの所へと向かった。
「で、貴方たちは何の用なのかしら?」
図書館の主は訝しげな顔で私たちのことを見ながら、そう訪ねてきた。
「ちょいと珍しい花を見つけたんでな調べものに来ただけだぜ」
「なら、その手に持ってる花とは無関係な本たちを元に戻しなさい」
「いや、これはまた別のことに使うんだぜ」
そう言いながら戻すように言われた本たちをカバンにしまいこもうとする魔理沙、どう見ても持って帰る気としか思えない、パチュリーもそう思ったのだろう、魔導書を開くと呪文を唱え始める。
「弾幕ごっこか、良いぜ、のってやる」
よしきたとばかりに魔理沙は不敵に笑いながらスペルカードを取り出す。
私は巻き込まれてはかなわないと、そそくさとその場から離れた。
「……むう、今日は調子が悪かったんだぜ……」
しばしの弾幕ごっこの後、調べ物をする許可だけは貰えた私たちは、早速手当たり次第に本のページをめくり、あの花について調べる。魔理沙は本当に悔しそうな顔で負け惜しみを言ったりしてはいたが、それでも花について調べる手を休めるようなことはなかった。しかし、それでも一向にあの花に関することは見つからない。
時がたつのも忘れ、ひたすらに何かないかと探し続ける私たちのところに小悪魔がやってきて、もうすぐ日が暮れると教えてくれた。
「日の差さないここにいると時間の感覚がおかしくなるわね」
「まったくだな」
「今日はここまでにして帰りましょう」
私が帰るために出した本たちを元に戻しているところにパチュリーがやってくる。
「あら、もう帰るの?」
「ええ、もうすぐ日が暮れるそうだし、長居しても悪いでしょ」
「そうね。だからといって本を持ち出されるほうがもっと迷惑なのだけど」
その台詞に、はっとなって魔理沙の居るほうを向くと、また魔理沙が懲りもせずにここの本を持ち出そうとしているところだった。
「ん? ちょっと調べものの続きをするために借りていくだけだぜ」
悪びれる様子もなく平然とそんなことを言ってのける魔理沙に私は少しだけ頭を痛めつつも魔理沙を諌めようとしたところにパチュリーが割って入り。
「そうやって本を持ち出されても困るから、レミィに貴方たちを泊める許可を貰ってきたわ」
「うん? つまり――」
「ここで夜通し調べ物をしても良いって事?」
「そういう事よ、――だから勝手に、本を、持ち出そうと、しないで!!」
話をしてる間にもカバンの中に本を詰め込み持ち出そうとしている魔理沙に、私はパチュリーに協力する形で軽くお仕置きをした。
「……ふ、二人がかりはずるいと思うんだ……」
さすがに一方的な展開が堪えたのか、少しだけ涙目の魔理沙、
「これに懲りたら少しは自重しなさい」
逃げ出す間も与えずにお仕置きしたものの、多分魔理沙はまったく懲りていないだろう事は容易に想像できた。しかし良くも悪くもそれが魔理沙なのだということを私とパチュリーは知っている。だから私たちは魔理沙のことはお仕置きを以って終わりとして、そのままパチュリーの好意に甘えさせてもらうことにし、調べものの続きを始めた。
簡単な食事を取ったりしつつ調べものを続け、最終的には半ば意地になってしまっていたのか寝る間も惜しんで調べ続けたが何の手がかりも得られないまま朝を迎えてしまった。
「……貴方たちよくやるわね」
「いや、もうなんていうか意地ってやつだ」
「そんなつまらない意地はどこかに置いて、あの花の妖怪にでも聞きに行けば早いでしょうに」
「「あ」」
パチュリーの言葉に私と魔理沙は同時に間抜けな声をだした。
パチュリーに言われるまで私も魔理沙もその手があるということにまったく気づいていなかったのだ。パチュリーはそんな間抜けな私たちを見て。
「貴方たち、馬鹿?」
その言葉を私も魔理沙も否定することが出来なかった。
何ともいえない敗北感を味わいながら私と魔理沙はパチュリーとレミリアに礼を言い紅魔館を後にし、花の妖怪が居ると思う「太陽の畑」と呼ばれる場所へと向かった。その途中。
「しかし、幽香のやつもあの花について何も知らなかったらどうする?」
その可能性は十分にあった。私たちはあの花の妖怪について詳しいわけでもない、ただ彼女が無類の花好きであるということと、彼女の能力が「花を操る程度の能力」だということから、花について詳しいという勝手な予想をしているに過ぎない、しかし――。
「その時は、もう少しあの花について調べて、それでも何もわからなかったときは私たちが世界で最初にあの花を見つけたってことにでもしてしまえば良いんじゃない」
「ああ、それもそうだな、うん、ってことは命名権なんてのもあるわけか!? 花に名前をつけるとしたらどんなのが良いんだろうな?」
まだ誰も知らないものを見つけたかも知れないということが嬉しいのか、はたまた名もない花に自分が名づけることが出来るかもしれないというのが楽しいのか、魔理沙は妙に浮かれ始めているようだった。とはいえ、そんな魔理沙の気持ちが理解できる程度には私も浮かれつつあるようだった。
太陽の畑と呼ばれる場所は、夏にひまわりが見事に咲き乱れることからついた名で、春の今では少しさびしいことになっているのだろうと思っていたら、夏にひまわりが咲く場所から少し離れた場所に、春に咲く花たちが思い思いの場所で咲き誇っていた。
そんな花たちの中に、まるで自らも花の一部であるかのように日傘を差して佇む少女の後姿が一つ、それこそが私たちが用のある妖怪、風見幽香だった。
花の妖怪は自分に近づいてくる足音に気づいたのか、くるりと私たちのほうを向いた。
「あら、珍しいわね貴方たちがここに来るなんて」
「私自身そうは思うんだが、今日はちょいとおまえさんに用があってな」
「何の用かしら?」
そう言って薄く笑う幽香、ただそれだけの仕草にもかかわらず。私の背筋に何か冷たいものが走った。
(自称最強だったかしら……人にプレッシャーかけてからかってるのね)
そういった行為をさりげなく自然にやってのける辺りに、私は多少の怖さを感じたが、魔理沙は幽香のプレッシャーに気づいていないのか、はたまた気にもしていないのか平然とした顔で。
「用ってのは、森で珍しい花を見つけてな、いくら調べてもわからないんで、お前さんなら何か知ってるんじゃないかと思ってきてみたんだが、どうだろう?」
「ふうん、その珍しい花というのを見てみないことには答えようがないわね」
「一応、花のスケッチはあるが」
「その花を直接見たいから、その花が咲いてる場所まで案内してもらえるかしら?」
「ああ、分かったぜ」
魔理沙と幽香の二人は話は決まったとばかりに森のほうへ向かって歩き出す。
そんな流れに少し乗り遅れた私は、後を追うようにして二人のあとに続いた。
特に会話もないままに歩き続け、森の中のあの花の咲いている場所へと辿り着く、
花は昨日と変わらずにそこに咲いていて、その花を見た幽香は何故かそのまま黙り込んでしまった。しばらくして幽香がゆっくりと口を開く。
「……私はこの花を知っているといえば知っている。けど、知らないといえば知らない」
「何よそれ?」
幽香の言葉はまるで謎かけで、花に関しての言葉とは思えなかった。だけど幽香の顔はいたって真面目で。
「分からないならこの言葉を上げるわ、『花は咲くべき場所に咲く』、あとは自分たちで考えなさい、本当ならこの花に関しては私なんかじゃなくて、貴方たちのほうが詳しい筈よ」
幽香はそれだけ言うと、一人でさっさと帰ってしまった。
残った私たちは仕方がないので、幽香の言葉の意味を考える。
「この花に関しては私たちのほうが詳しいってのはどういうことだ?」
魔理沙の疑問ももっともだった。
確かに私たちはこの花について散々調べた。が、何一つ分かったことなどないのだ。その事は幽香だって理解しているはず。しかし――。
(私はこの花を以前どこかで見たことがある?)
幽香の言葉について考えているうちに、私はこの花を一度どこかで見たことがあるような気がし始めていた。
「ねえ魔理沙、私はこの花に見覚えがあるような気がしてきたのだけど、貴方はそんなことない?」
「うん? …………言われてみればそんな気も……いや、本で似たようなのをいくつか見たから、そのせいじゃないか?」
「かも知れない、かも知れないけど……それ以前にどこかで……」
そうやって考え込んでいる私を見ているうちに魔理沙も何か思うことがあったのか「そういえば」と何事かを考え始めたようだった。そして、しばらくすると。
「あーっ! あれだ。そうだあれだ。アリス、お前さんの言う通り、確かに見覚えがあるかも知れない、けど……あれは……」
魔理沙は何かを思い出したようだったが、何かが引っかかっているのか釈然としない。
「ともかく確認したいことがある。私の家に向かうぜ」
私は魔理沙がいったい何を確認したいのか分からなかったが、そんな私を置いてさっさと先に行ってしまう魔理沙の後を慌てて追った。
魔理沙の家の中は相変わらず物があふれかえっており、どうしようもなく汚い、というか、どこに何があるのかまったく分からない、しかしこの家の主である魔理沙には、どこに何があるのかきちんと分かっているらしく、「確かこの辺に」といいながら十何冊のノートを取り出し、その半分くらいを私に渡してきた。
「多分このノートの中のどこかにあの花について書いてある筈だ」
(何で魔理沙のノートにあの花のことが?)
そう思ったとき、ようやく私はあの花をどこで見たのか思い出した。
「まさかあの花って」
「アリスも思い出したか、そうだ。私とアリスが冗談混じりに〝見たこともない花〟を考えて描いたあれだ」
とりあえず。それが妙な記憶違いとか出ないことを証明するべく私と魔理沙はノートをめくりあの花について描いたページを探す。しばらくすると、目当てのページが見つかり、そこには確かにあの花そのものの絵が描かれ、特徴なども書き込まれていた。
「なあアリス、なんでこの花は、あんな場所に咲いていたんだと思う?」
魔理沙の問いに私は幽香の言葉を思い出す。
『花は咲くべき場所に咲く』
ノートにはまだどんな場所に咲くかという記述がなかった。
花を見つける直前、私は何かが思い浮かびそうになって、魔理沙の声ですぐに消えてしまい、忘れてしまっていたが、あのとき浮かび上がってきたのは。
(どうせなら、ここに花が咲いていれば良いのに)
そんな想い、なんでそれが魔理沙に声をかけられたくらいで消えてしまったのかは不思議だったが、なんとなく、花自身が私たちを驚かせたかったからなのではないかと思えて、そんな滑稽な考えが普通に浮かんでしまった自分に苦笑しつつも、私は魔理沙の問いに答える。
「さあ、あの場所に咲きたかったんでしょ、それできっと……」
「きっと、なんだ?」
「きっと私たちに見つけてもらいたかったんじゃないかしらね」
「はぁ?」
私の答えに魔理沙はよく分かっていないような顔をしていたが、ともあれ、「あの花については一段落着いた」と気が抜けたのか、「寝る」と言ってベッドに倒れこみ、あっという間に眠ってしまった。
後日、私は改めて一人で幽香の元へと向かった。
「結局、あの花は何だったのかしらね?」
「あら、貴方なら理解してると思ったのだけど、私の買いかぶりすぎだったかしら」
無表情とも違う何を考えているのか分からない顔で幽香は私を見つめる。それは暗に、「とぼけてみてるけど本当は分かってるんでしょ」と言っていた。
私は観念して口を開く。
「……あれは、たまたま〝私たちが望む形で咲いた花〟」
私の答えに幽香は「そうよ」と頷いて笑った。
「あれはたまたま花という形をとっただけ、形あるものが形をなくし幻想となるのとは違い、あれは最初から形のない幻想、それがこの地で形を得た……さて、形を得た幻想は、今でも幻想と言えるのかしら?」
「言えるわよ」
自分の問いをあっさりと答えられたことが意外だったのか、幽香の顔から笑みが消え、驚きの表情を浮かべた。
「何故そう言い切れるのかしら?」
「それこそ、『貴方なら理解してると思ったのだけど』ね」
「まさか返されるとはね……」
自分がしたことをそのまま返されたのが悔しいのか、幽香の顔が今度は少しだけむっとした表情に変わる。
(よく変わる顔ね)
そんな風にころころと表情を変える様子を見ていると魔理沙を思い出す。なんだかんだで二人は近い存在なのかもしれない。
「まあ、その方が貴方らしいかしら? そうね。一度〝向こう側〟で幻想となった私たちが再び形を得て生きている以上――」
「「あれは形を得たとしても幻想のまま」」
「そして、花は咲くべき場所に」
「私たちは在るべき場所に在る。それだけのことよ」
数日後、花はその生を全うし種を残した。その種も私たちが見ている前で吹いた。少し強い風に運ばれてどこかへと飛んで行った。
「またこの辺に咲くかな?」
「どうかしらね。風に乗って結構高く舞い上がってたし、予想以上に遠くに行ってるかもしれないわよ」
「そうかもな……」
魔理沙はしばらくの間、花の種が飛んでいった方を見ていたが、やがてそれをやめると「帰ろう」と言ってもと来た道を戻り始める。私もその後に続き、一緒に歩く。
二人で歩いていると不意に魔理沙が私の名を呼んだ。
「アリス」
「何よ?」
「あの花がまた咲く時期になったら二人であの花が咲いている場所でも探して見ないか?」
「そうね。あの花については、まだ調べたいこともあるし、あの花が咲くころになったらね」
「絶対だぜ」
魔理沙は見ていてまぶしいくらいの笑顔で嬉しそうに笑うと、ずんずんと先に行ってしまう、そんな魔理沙の後姿は、嬉しくてはしゃぎたい気持ちを抑えているのが分かるほどだった。
(こんな些細な約束が嬉しいのかしらね?)
その問いに対する答えを私は知っている。
(花が咲くべき場所に咲き、私も在るべき場所に在り続けられるなら……)
それはきっと、とても幸せなことだと思いながら、私は魔理沙を早足で追いかけ追いつくと、その横に並んで歩いた。
コメントありがとうございます。
すみませんが、もしよろしければ、どこに誤字があったかお教えいただけませんでしょうか?
一箇所「ズレ」は見つけられたのですが、何度見直しても他が分かりません……。
もしかしたら、思い込みの誤変換や用法の間違いなのかもしれませんが、
そうなると見つけ出すのは至難……とりあえずもう少し見直しを繰り返してみますが、よろしければ書き込みお願いいたします。
(ミスを自分で見つけられない時点で駄目駄目ですね……本当にすみません)
『私もその後に続き、一緒に歩く、』
などの箇所は、読点ではなくて句点を打つべきなのではないかな、と思います。
これがところどころに見られて、読みづらい……長い文はかまわないのですが、意味の区切りがありそうなところで文が終わっていないのは違和感を感じます。
いや、これを意図してやったならば、それは私が読みきれてない、ということです。そうでしたら、申し訳ない。
あと、これは普通のミスだと思うので、ついでにこれも。魔理沙の台詞。
『弾幕ごっこか、良いぜのってやる』→『弾幕ごっこか、良いぜ、のってやる』
だと思います。
また同じことを言うようですが、テーマは深いと思います。私が言うのもなんですが……表現の問題だと思います。
長くなってしまったので、名前を出しました。また、なにかあれば、コメントではなくてメールのほうでいただけるとありがたいです。
さながら白ワイン?w