「よう。」
当たり前のように、にかっと笑う彼女を招き入れる。
こんな自分は、いつから恋をしたのだろうか。
「なんだか久しぶりね。」
「たった三日来なかっただけじゃないか。」
「毎日来ている人が三日も来なかったら長く感じるわよ。」
軽口に笑って返す。
こんな自分は、いつからこんなに穏やかになったのだろう。
「お、なんだなんだ。魔理沙様が来なくて寂しかったのか?」
「・・・そうね。物足りなくは、あったわ。」
からかいにのる。
こんな自分は、いつからこの人間にここまで心を許したのだろう。
「そうか。」
「えぇ。」
少しだけ悲しそうに、彼女は笑う。
あぁ、そんな彼女は。
いつからあんな笑い方を覚えたのだろう。
「紅茶でいい?」
「それ以外置いてないくせによく言うぜ。」
「文句言うなら何も出さないわよ。」
怒るなよ、なんて言いながら、彼女は笑う。
今日はやけに穏やかね。
その理由を知りながら、アリスはそっと、口元だけに笑みを浮かべた。
「はい。」
「あぁ。」
出した紅茶を飲む姿は、ずっと昔から変わらない。
もう、何十年経っただろうか。
変わらぬ姿のままこの家に遊びに来る彼女は、魔法使いになったのかと思えば、そうでもないようだった。
「さて、今日は返すものがあってきたんだ。」
「・・・。」
「なんだその顔は。私だって人生に一度くらいはちゃんと物を返すぞ。」
相当驚いた顔をしてしまったのだろう。
魔理沙が憤慨したように鼻を鳴らした。
「パチュリーのところにも山とある本を返してきたんだぜ。」
ほめろ!と言わんばかりの笑顔に、知らず口元が緩む。
そして同じように、心のどこかがじわりと緩んだ。
「・・・なんて顔するんだよ。」
そんな自分に微笑んだ彼女は、今まで一度も見たことがない、綺麗な綺麗な笑顔を浮かべた。
「そんな顔するな。何も気付かなかったふりして、いつもみたいにお姉さん風吹かせろよ。」
パチュリーもそうしたぜ。
そう言って、魔理沙は笑う。
アリスはその言葉に頷いて、けれど口元がぴくりと歪んでしまった。
そっと片手で口元を覆う。
「アリス。」
微笑む魔理沙は、自分の帽子から、綺麗に手入れされた上海人形を取り出した。
一体借りてくぜ、と言ってこちらの返事も待たずに持って行ってしまったのは、もうどれだけ昔のことになるだろうか。
「あとさ、これは・・・もらったままでいいか?」
上海人形をアリスの手に握らせた魔理沙は、次いで自分の形をした人形を取り出した。
いつだか気まぐれで作って、他の人形と一緒にしまってあった。
本人そっくりの笑顔を浮かべた、魔理沙人形。
「ないと思ったら。やっぱりあんたが持っていたのね。」
「こんなものを見つけたら、もう奪うしかないだろ。」
一応奪った自覚はあるのか。
そう思って笑ったら、魔理沙は少し満足そうな顔をした。
「笑ってろよ、アリス。」
そうして嬉しそうに、言う。
穏やかな、笑顔だった。
その笑顔に、また目頭が熱くなる。
馬鹿、と小さく呟いた。
「・・・さて、もう行くかな。」
「もう?」
「このあとは乳のでかい死神と、弾幕ごっこの予定があるんだ。」
紅茶は一杯だけ。
クッキーは手付かず。
腰をおろして半時も経っていないと言うのに、魔理沙はよっこらせ、と立ち上がった。
その姿を座ったまま見上げながら、アリスは目を細める。
そんなアリスを見下ろす魔理沙は、ただ微笑んで帽子を被りなおした。
右手には自分の人形を、大事そうに抱えている。
「見送りはいらないぜ。」
「いいえ、行くわ。」
玄関に向かって歩き出した彼女を、アリスはそっと追いかけた。
・・・いい、天気だ。
「じゃあな。」
玄関を出たところで、魔理沙が振り返る。
青空に白黒の服が映えて、アリスはその眩しさに瞼を閉じた。
それと同時に、唇に温もりが触れる。
それは本当に触れるだけで、穏やかな愛おしさを残していった。
「・・・気をつけて。」
目を開いて、いつものように声をかける。
その言葉にただただ嬉しそうに笑った魔理沙は、帽子をぐっと目深に被る。
鼻の頭が赤かったが、口元は笑っていた。
「アリス。」
「うん。」
「・・・また、来るぜ。」
それだけ言って、魔理沙は空へと飛んだ。
小さくなっていく白黒の後姿を見送って、アリスは泣きながら微笑む。
「待ってるわ。」
あぁ、いい天気だ。
あまりにもいい天気で、直視できない。
目の奥がつんと痛んで、アリスは瞼をおろした。
目が痛いのは天気のせい。
そう言い訳をしながら、ドアを閉めた。
机の上の上海人形が、じっとアリスを・・・見つめていた。
■ ■ ■ ■
またくるぜ
そう言った彼女は、もう大分姿を見せていない。
何百年に、なるだろうか。
今日もアリスは、紅茶を淹れて、クッキーを焼く。
突然の来訪者が元気に扉を叩く日を、ただ心待ちにしながら。
そしてその作業の途中、ふと窓の外を見た。
そうしたら。
まるであの時と同じ。
目が痛くなるほどの青空が広がっていた。
・・・あぁ、いい天気だ。
面白かったです。
死んでしまうからと悲しみに暮れるのではなく、新たな旅立ちを見送るという立場をとったアリスが非常に良かったです。
内容がこれでもかと凝縮されているみたいでした。
「いつものように作業している」というアリスが好きです。
良いですね……とても面白いお話でした。
二人のやり取りが自然で、私も気付けば泣いてました。
とてもいいお話でした。
でも決してその辛さに耽溺せず、
凛と姿勢を正して別れゆく二人が素敵に描かれている‥このお話が大好きです。
転生でも何でも、どんな形でもいいから、遥かな旅路のどこかで、
もう一度、アリスと魔理沙が逢えますように‥狗月様にお願いします。