幻想郷にある人間の里には、多くの人々が住んでいる。
一見平和な里だが、人間たちは一つの存在に怯えながら暮らしていた。
それは、妖怪という存在。
妖怪は元々人間を食す本能があり、人間とは生態系が違う長寿生物。
幻想郷の規律に『妖怪は里の中で人を殺してはいけない』というものが存在する。
これは生態バランスを維持し、極端な偏りを未然に防ぐ為だ。
それでも、本能に身を任せた愚かな妖怪が里で人を食い殺す、という事件が時折発生する。
当然、事件を起こした妖怪は例外なく始末される。妖怪の賢者、もしくは巫女等により追い詰められ、罪を犯した妖怪が逃げ切れる事は無い。
こうする事で、里はそれなりの平和が維持されていた。
私が里に買出しに来ていた時、その事件は起こった。
「巫女さん、こっちです! 私の子供が危ないんです!」
突然呼ばれ、大慌てでその女性について行く。案内された場所は、表通りから少し離れた死角の広場。
そこには少女のような妖怪が座り込んでいた。その足元には無残な姿になった若い男性。妖怪は血塗れになりながら、それを貪っている。
少し離れた場所に三人の子供が怯えた表情でそれを見ているが、無傷のようだ。
「妖怪に近寄らないで」
そう言って、私をここまで案内した女性をその場に止まらせた。
ポケットから結界札を取り出した私は、音を出さないようにその近くまで飛んでいく。妖怪は私に気付く様子もなく、本能のまま死肉を貪っている。
ある程度近付き、その妖怪の周囲目掛けて札を三枚投げつける。それが地面に張り付くと、妖怪を閉じ込めるように青白い三角錐の膜が形成された。
妖怪は突然の出来事に何が何だか分からないのか、しきりに辺りを見回している。
それに構わず、私は妖怪退治に普段から使っている霊力弾を十数発、妖怪目掛けて放った。
霊力弾を受けた妖怪は原型を留めない形になり、絶命していた。見た目相応、幼少の妖怪だったのだろう。
妖怪の死骸を始末しようと近付いた時、近くに居た子供達が私の横に駆け寄って来た。
私はその子供達に言った。
「片付けるから、離れてなさい」
子供達は、涙を流していた。
あんな状況を見たら普通は怯えるだろう。子供には辛い惨状だ。
「怖かったのよね? もう大丈……」
私はその子供達の顔を横目で見た時、鏡を見たような錯覚に陥り愕然とした。
子供達の一人、少女の顔が私にそっくりだったからだ。
「怖くなんてない! なんで僕達の友達をこんな風に……」
「いつも、私達と遊んでたのに、どうして!?」
子供達の言葉に、私は耳を疑う。
「それ、私に言ってるの?」
「そうだよ!」
「何でこんな事を……酷すぎるわ!」
「人でなし!」
この妖怪はこの子供達と仲が良かった、そういうことだろうか。
それなら、襲い易い子供を選ばずに、この男性を選んだのも分かる。
勿論、いかなる理由でも里の中で人を襲う事は許されない。
「こういう妖怪を始末するのが私の仕事なの」
その一言で子供達の心を煽ってしまったのか、泣き喚き始めた。
「巫女の癖に、酷いよ」
「この子、いい子だったのに、ぐすっ、えくっ」
私は子供達を正視することが出来なかった。
先程ここまで案内してくれた女性が子供達に駆け寄り、申し訳無さそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、子供達には後できつく言っておきますから! ほら、あんた達帰るわよ!」
「あんたなんかただの人殺しよ! ばかあ! 死んじゃえ!」
私に酷似した少女にそう言われ、何も言い返せなかった。女性が泣き喚く子供達を叱りながら引っ張り、無理矢理立ち去る。
私はその子供達の声が聞こえなくなるまで……その後も、暫く立ち尽くしていた。
◆
それは正に、人間の体そのものだった。
研究室の台には、今にも動きそうな人形が横たわっている。
声をかけたら目を開きそうなその姿は、私を微笑ませる程だった。
「出来た。……駄目、完璧過ぎる。自分の才能が怖いわ。ふふ……」
完全な自立人形の開発を始めた頃は『指示やサポートがなくても自我で動けるもの』だった。
しかし、魂とリンクさせる事を中心に研究をしていくにつれ、『宿らせた魂が満足する体』を作るように進路を変えた。私自身も、宿る魂も幸せになれる事を目指して。
私は人間と全く変わらない感触の人形を愛でながら、陶酔していた。
全てが完璧に作られたその人形は、新たなる生命が吹き込まれるのを待っている。
いつもの水色のワンピースに白いケープを掛け、赤色のリボンで腰と襟を巻いた私、アリス・マーガトロイドは博麗神社に訪れた。その神社の巫女、博麗霊夢は丁度、障子を開いている所だった。私は境内に降り、手を上げて声をかける。
「おはよう。随分眠そうね、元気?」
「おはよ。寝不足なのよ……ふぁ~あ」
霊夢は眠そうな表情で欠伸をした。私と霊夢が会う事は別に珍しくないのだが、私が研究で引き篭もっていた為、ここ最近は会っていなかった。
「私はこの一ヶ月、ずっと家で研究してたわ」
霊夢は顔だけを私に向け、
「気分転換しに来たのかしら。お茶飲む?」
そう言った。
訪れると緑茶を出してくれるのはいつもの事。
久々のやり取りに少し嬉しくなり、私は微笑んだ。
「頂くわ。ありがとう」
「じゃ、持ってくるわね」
霊夢は眠たそうな表情のまま、台所に向かった。
肌寒く、空は良く晴れており、雲一つ無い青空が広がっている。博麗神社から景色を見ると、不思議と心が安らぐ。久々に訪れるとそういう感覚に陥る気がした。
私はそんなことを思いながら靴を脱いで部屋に上がり、中央にある炬燵に入る。火を入れたばかりなのか、まだあまり温まってない冷えた掛け布団。
「お待たせ」
霊夢は二つの緑茶の入った湯呑を炬燵机に置き、私の右肩を押す。私が少し左に避けると、無理矢理私の右隣に座った。
「研究熱心なのはいいけど……あまり無理し過ぎても良くないわよ?」
「ふふ、寝不足も良くないわよ?」
私は両手を暖めるように緑茶が入った湯飲みを持ち、霊夢に顔を向けた。
「で、研究は進んだの?」
霊夢も私に視線を向けた。
「ええ、ほぼ完成ね」
「ん?」
「自立人形の体が出来たのよ」
その言葉に、霊夢は眠そうな表情のまま言う。
「今日はそれを見せに来たの?」
霊夢に人形の事は殆ど分からないが、こうして話を聞いてもらうのは珍しくない。私には他にも知人がそれなりにいるが、霊夢にしかこういう事は話さない。
「ううん、まだ動くわけじゃないのよ」
「でも、すぐに動かせるんでしょ?」
その人形は動かせるには動かせるが、それは私が操れば、の話。私の意図通りに動かすには、まだ工程が残っていた。
「後少しでね。説明してもいいかしら」
「分かる範囲しか分からないけど、それでも良ければ」
私は霊夢に自立人形の説明を始めた。
研究に研究を重ね、理想の人形は完成した。それは、魂を封じ込める事で、魂の思考能力をそのまま反映させることが出来る。記憶能力まで搭載した魔力回路を経由することで、脳と同じ役目を果たす。魔力回路は厳重な防護でどんな力でも破壊する事は出来ない。更に、私の生命とリンクして動力を永遠に生み続ける回路も開発した。
五感が魔力回路と同化しており、食べ物を食べ、娯楽を楽しみ、人間と変わらない生活が出来る。食べた物は全てエネルギーとして蓄積され、私の魔法や魂が持つ術を行使出来る。私の生命の限り、ずっと一緒に動き続ける完全な存在。
という理論と概念を長ったらしくマシンガンのように話し、一通り話し終えた時、霊夢は目を丸くして何が何だかと言いたげな表情をしていた。
「えーっと……夢物語のような話?」
「ええ、でもそれはもう実現間近なのよ。ずっと苦労した甲斐があったわ」
私は作成の苦労を思い返し、笑みを零す。
「動くようになったら見せて欲しいわね」
霊夢は私の様子を見て、それなりに興味を持ったようだった。
「勿論、見せるわよ。あともう一つ話があるの」
「ん?」
「ちょっと、他に聞かれたくない話なのよね」
聞かれたくない話という言葉に、霊夢は考えるような表情で自身の髪を掻き揚げながら、
「奇遇ね。私もあんたに話したい事があるのよ」
「それなら、障子閉めていいかしら」
「そうねぇ」
私は炬燵から一度立ち上がった。開かれた障子を丁寧に閉めていく。そして全ての障子を閉めた後、元の場所に座り、話す。
「霊夢が私に話す事があるなんて……珍しいわね」
「そうかもね」
霊夢は苦笑いしながら緑茶を一口啜り、
「何もかも面倒臭くなった事って無い?」
目を細めながら、言った。
何もかも面倒臭くなる。確かに、私にもそういう事はあった。自立人形の作成で何度そんな気分になったか、もう数え切れない。しかし、何故こんな事を訊くのだろうか。
「どうしたの、急に」
「あんたがずっと来なかった間、考えてたのよ、自分の存在価値。客観的に聞いてくれる人って、紫とあんたくらいしか思いつかないし……人じゃないけど」
霊夢は普段見られないような、やるせない表情をしていた。
「私は今まで、博麗の巫女として生きてきた。幻想郷の秩序と大結界を守るのが私の役目」
そう、霊夢は幻想郷の統制者に近い存在で、今の幻想郷を維持する為に必要な人物。幻想郷に住む大抵の者は知っている事だ。勿論それは、私も分かっている。
「ええ、分かってるわよ」
「もう大分前なんだけど……頭の固い閻魔に、妖怪殺しだの人殺しだの言われてね。天国にも地獄にも行かせないって言われた事があるの」
「閻魔? ……映姫かしら」
映姫は魂を裁く、幻想郷での閻魔の役目を担っている存在。私は直接的に関わった事は殆ど無く、存在のみを知っている程度だった。
「そうよ。それでも、仕事だと思ってずっとやってきたわ」
霊夢は今まで異変調査、妖怪や悪人の始末を生業にしており、私も何件か関わった事はある。
「一体、どうしたの?」
私の問いに、霊夢は表情を曇らせて話す。
「私の仕事は異変調査と、妖怪退治に悪人退治。善行を積まないといけないとかアイツは言ったけど、妖怪退治と悪人退治は善行じゃないそうよ。まぁ……他にも、神に歯向かってるのは致命的に不味かったみたいだけど」
緑茶を一口啜った後、静かに言葉を続ける。
「アイツにふざけた事言われたからって、やらなきゃ周りが五月蝿いし。でも、やったらやっただけ業が深いとか、他に善行を積めとか、私の苦労は何なのやら」
霊夢の声は明らかに不機嫌だった。
周りに感謝されているにも関わらず、倒すべき存在を始末する事で罪が増える。役目を負い続ける限り死後が暗いままとなれば、私にもその気持ちは分かる。
「ま、そういうことがあった、程度の認識でいいわよ。本題はこれから」
霊夢はそう言いつつ湯呑を置き、炬燵机に両肘を付いて、
「何か、仕事をやる気になれないの。仕事に関する事、何をやっても苦痛なの」
「どうしたのよ」
何をやっても苦痛となると、精神的に相当重症だろうと私は思った。
霊夢は目を細め、
「少し前に……里で人間を襲う妖怪を始末したわ。それが終わった後、子供に囲まれたの。何かと思って訊いてみたら、巫女の癖にだの人殺しだの、色々言って来た。どうやら、その妖怪と仲が良かったみたいで……」
そう言った後、大きな溜息をついて続ける。
「ただの子供なら良かったんだけど、私に似た子が混ざっててね。何か自分に言われたみたいで」
自分と同じ顔に責められたら辛いとは容易に想像がつく。
「辛いところね」
私の家には大勢の人形が居る。その人形に、仲間を殺しているだの、粗末に扱っているだの言われたらどんな気分になるだろう。勿論、粗末に扱っている気なんて微塵も無い。壊れて修復すら出来なくなってしまった人形は全て小さな棺桶に入れ、供養している。それでも、考えただけでぞっとする。
霊夢は自身のポケットを漁りながら、
「で、その時から憂鬱になった。色々とどうでも良くなって」
そう言いつつ札を取り出し、私に見せた。
「そしたら、博麗の力がうまく使えなくなっちゃったのよ。アミュレット使えないし、結界札はまだ使えるけど、封鎖力が弱まった」
そう言って、再び大きな溜息をついた。
幻想郷では信仰力も力の大小に関係すると言う。神の力は信仰心が低くなると行使出来なくなる。私はその事を知ってはいたが、本に記載されている程度の知識しか持ち合わせていなかった。
「寝不足なのはもしかして、結界が弱いせい?」
「そうよ、安心して寝れないし。いっそあんたの家で寝たいぐらい。森なら平和でしょ」
私の問いを霊夢は否定しなかった。
私の家は魔法の森にあり、普通の妖怪は滅多に近付かない。霊夢がこんな状態なら泊めてあげたいと思ったが、それでは根本的解決にはならないだろうとも考えた。
「泊めるのは構わないけど、そんな状態で妖怪退治と異変調査なんて出来るのかしら」
私の問いに、霊夢は俯いたまま答える。
「最近は妖怪退治も異変調査も、頼まれない限りやって無いわ。結界がこれじゃ……冗談抜きに殺されかねないし、何より面倒」
「そんな、人事のように言う事じゃないでしょ。それに貴女を殺すなんて出来ないじゃない」
「私は博麗の巫女という立場に守られてるだけ。私が巫女じゃなくなったら、襲ってくる妖怪なんて幾らでもいるわよ」
霊夢はそう言うと再び溜息をついた。
「殺されたら私はどうなるんだろ。憂鬱ね」
しかし、私はその様子を見て安心した。
「霊夢が死後を考えてると聞いて安心したわ」
「何よそれ」
「普段、そういうこと考えて無さそうに見えたから」
その言葉に、霊夢は怪訝そうな表情になった。
ただ、霊夢が死ぬ、となると、それに伴って色々と幻想郷に弊害がある。
「大結界は、どうするの?」
私がそう言うと、霊夢は表情を変えないまま私に顔を向け、
「私が死んだり巫女辞めたりすれば後継者が就くわよ。私が消えて大結界が一瞬で消えるわけでもなし。紫も私の話は聞いてくれたし、もう動いてる。覚悟してる筈だから気にしなくても」
と、投げやりに答えた。
「気にするわよ」
いずれにしても霊夢がここまで投げやりなら、相応に信仰心も無いだろうなと私は思っていた。
「はぁ。平穏な日々を送りたいわね」
霊夢はそう言うと再び俯いた。
霊夢が巫女を続けるのか辞めるのか、まだ確証は掴めない。しかし紫が動いているのであれば、巫女を辞める可能性は少なからずあった。
「で、あんたの話って何かしら」
霊夢は私に向きなおし、話を切り替えた。
私は上の空だった。霊夢がそこらの妖怪に負けるという場面は今ひとつ想像がつかない。勿論、油断は即死に繋がる……そんな事を考えていた。
「アリス?」
「え? ああ……ごめんなさい」
覚悟している筈だから、の後を全く聞いていなかった私は焦って謝った。
「上の空だったわよ。まぁ、あんな話した後だから仕方ないか。悪いわね」
霊夢の言葉に対して私は首を左右に振り、湯呑を置いて話し始めた。
「人形の話なのよ」
「あれだけ話したのにまだ続きがあるの?」
「ええ、ちょっとね」
私は自分が作った自立人形を頭に描きながら、霊夢に話していく。
「完全な自立人形。それは、一つの人格を持ち、私の補助がなくても活動が出来る人形のことで」
「うん」
「その人形には、魂が必要な所まで話したわね」
「ええ、さっきそう言ってたわね」
「魂によって扱い易さ、って言うのがあるのよ。霊夢も分かるわよね?」
霊夢に質問を振ると、首を少し傾げながら答えた。
「まぁ、分かるわよ」
「今回の人形は記憶が出来るから、私と魂で思い出も共有していける。私はそこで、思ったの。そこまで出来るなら」
「死んだ人を、あたかも生きているかのようにする事が出来る、かしらね」
霊夢は湯呑を口元に寄せながら、私の言葉に割り込んだ。
私はそれに頷き、続ける。
「それに気付いてから、本当にやっていい事なのか、そう思う事もあったわね」
「ふむ」
「言うなれば、それは」
「人の魂を放り込んで、自分の傍に留める事を本当にしても良いのかって事よね?」
再び、霊夢が遮った。
「出来たものは、それはそれで良いんじゃない?」
私の目的は、『指示やサポートがなくても自我で動けるもの』を作ること、だった。今もその目的からは外れていない。ただ、新たに出来る事が増え、完璧な方向を目指して形にしたものが今の自立人形。
「やるかやらないかは、あんた次第だと思うわよ?」
霊夢は残り少ない湯呑の中身を一気に飲み、空になったそれを置いて私を見る。
「中には人生全う出来ずに命を落とす人も居るし。そういう魂を救ったりとかするの?」
「そういうわけじゃないわ。やっぱり、反映させるなら私が慣れてる魂のほうがいいし」
「慣れてる魂? そこらに彷徨ってるのを飼い慣らすとか?」
「それだと時間がかかりすぎるわよ」
その言葉に霊夢は首を傾げ目線を反らしたが、私が霊夢に肩を寄せて見つめると、霊夢もきょとんとした目で、私を見返した。
「何?」
霊夢の髪を手に乗せ、肩や首、顔と見つめる。僅かに香る石鹸の匂いが私の心をくすぐっていた。段々と自分の頬が綻んでいくのが分かる。
その様子を見ていた霊夢は、髪を持っている私の手を持ち、
「あんた、まさか」
「ええ。今日は貴女の魂が欲しくて、来たの」
私がそう言うと、霊夢は溜息をついて呆れたような表情をした。
「あのねぇー、はいどうぞとあげる訳無いでしょ? 今そんな話持って来るとは思わなかった」
「ええ、私の一方的な都合なのは分かってるわよ」
私もそれが押し付けなのは分かっていた。それでも人形の為に、霊夢の魂が欲しいのだ。
霊夢は困ったような表情を浮かべる。
「そういう事を言ってる訳じゃないんだけど」
「だけど?」
その返事に霊夢は言葉を詰まらせた。
「うん、何でもない」
何を言おうとしたかは私には分からなかったが、笑顔で訊く。
「いつ逆恨みで殺されるか、分からないんでしょ?」
「そうね、おちおち寝られないわ」
「私の家で寝たいって言ってたじゃない。私の傍に居ればいいのよ」
「それは是非……じゃなくて、ダメよ」
若干、悩んだような表情の霊夢。
「巫女辞めて私の人形になれば、殺される事もないし彷徨う事もなくて安心よ」
どうにかして霊夢の魂を手に入れたい私は、更に食い下がった。
「簡単に言うわね。私だってこんな状況なら……」
途中で言葉を切った霊夢は私から目を逸らし、下を向いた。
つまり巫女を辞めたいけれど、辞められない理由があるという事だろう、と私は考えた。恐らくは紫が後継者を見つけるまで。
「そもそも、私が死ぬの前提でしょ?」
霊夢は力ない声で言った。その言葉に、
「ええ、勿論よ。でも、人形の体でも人間の生活が出来る事は保障するわ」
私は満面の笑顔で返した。
「人間の生活ねぇ。あんたが言うぐらいだから間違いは無いんでしょうけど」
そう言って、再び溜息をついた霊夢は私の手を放し、立ち上がった。
人形の体に魂を宿すという事は、当然の如く魂の持ち主は亡骸になるという事。
「はぁ。どうしたものかしら」
「あら、悩むぐらいなら、私の元に居てくれれば良いのよ。絶対に悪いようにはしないし、命を捨てる以外は全て魅力的な話の筈よ?」
「命を捨てるってねぇ……あんたは妖怪の中で一番の常識人だと思ってたんだけど」
「常識は持ってるわよ。話してもダメなら、勝負で勝ち取ろうと思ってるもの」
私がそう言うと、気乗りしない表情で霊夢は答えた。
「魂くれって常識も何も。決闘したいなら境内に出てくれない? 神社壊したくないし」
「いいわよ」
「さて、私を殺す気で挑んでくるって事よね」
霊夢はお払い棒と札を持ち、構えもせずに私に体を向けている。
「魂を私のものにする、だけど」
私は上海と蓬莱の二体を呼び出し身構えた。
霊夢は私の言葉に表情を険しくし、
「死ななきゃ魂抜けないでしょうが。手加減しないわよ」
「ええ、邪魔者が来る前に始めましょう」
私の指示で上海と蓬莱が魔法弾をばら撒く。霊夢はそれを避け、私に向かって走り出した。
「弾幕ごっこでもする気?」
それを上海と蓬莱で迎撃しようと指示を出すが、霊夢は即座に地面を蹴り後方に跳躍し、それを避ける。
「ただの挨拶よ。霊夢に小細工が効かない事位分かってるわ」
私は六、七、八、九…………そして、二十体。槍や剣を持った人形を呼び出し、広げて身構えた。
「随分と多いわね。飽くまで私の魂目当てってわけ?」
「勿論よ」
霊夢は大量の札を両手に持ち、それを霊力の刃にして私に投げつける。私はそれを全て魔力シールドで弾き、人形に弾幕を撃たせ、更に火薬人形を霊夢目掛けて投げつけた。
人形が地面に付くと大きな爆発を起こしたが、霊夢はそれを右側に避けていた。爆発箇所を一瞥した霊夢が呆れた表情で言う。
「カードも出さずにスペルとか、決闘ルール無視って事かしら」
「貴女を手に入れるには、それぐらいしないと無理だと思ってるから」
本気に近い力で戦わなければ霊夢には勝てない、私はそう考えていた。お互い手も割れているし、小細工も通用しない。今まで何度も戦っているし、それは充分に分かっている。
「面白そう。私もそうするわね」
霊夢の周りに大きな霊力弾が数個現れ、私目掛けて飛んで来る。それを左に跳躍して避け、霊夢の立つ側を伺った。
それを見た霊夢は手の平に橙色の巨大な霊力弾を生成し、凄まじい速度で私目掛けて飛び込んで来る。それに対して人形で進路を阻むが、霊夢は容易く人形の合間を潜り抜け、霊力弾を叩き付けて来た。
その衝撃で私は何メートルか吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられて呻く。
私はすぐに起き上がり、霊夢の様子を伺った。霊夢の動きがいつもよりも速い……そう感じる。今の速さが本気か否かは分からないが、普段以上に力を出しているという事は充分に分かる攻撃だった。
その時、白黒の服を着た少女が箒に乗って境内に訪れていた。今の様子を見ていたのか、いきなり怒鳴る。
「おい、二人とも何やってんだよ!」
その声に霊夢は舌打ちした。こんなタイミングで境内に来られたら、邪魔でしかなかったからだろう。声の主は霊夢の友人、霧雨魔理沙だった。霊夢は魔理沙を一瞥し、
「邪魔されたら鬱陶しいわね。どうにか出来ない?」
「同感ね……少し待ってくれる?」
私は霊夢が首で返事したのを確認した後、蓬莱を魔理沙の元へ向かわせた。
「上海……じゃなくて蓬莱か。蓬莱、これどういう事だよ!」
「ホラーイ!」
「うぐっ!?」
蓬莱は油断している魔理沙を木に殴り飛ばし、手に顰めていたチェーンを投げつけた。チェーンはまるで意思があるかのように、魔理沙と木を巻き付けていく。
「いってええ! お前何すんだよ! 鎖を外せ!」
魔理沙が必死にチェーンを外そうとするが、それは私の意志でしか外せない特殊な物。上位妖怪には物足りない拘束力だが、魔理沙程度なら充分な拘束力を持つ。
「邪魔者はこれで大人しくなるわね。行くわよ」
霊夢はそう言うと、橙色に輝く巨大な霊力弾を再び生成し、私に飛び掛かって来る。私はそれを横に避け人形をけしかけるが、霊夢は難なくそれを避けた。
霊夢は境内の端に跳躍し、霊力弾を生成していく。一方、私は思い切り地面を蹴って霊夢とは正反対の位置まで移動し、霊夢を多方向から囲うように、人形へ指示を出して行く。
霊夢は先程よりも更に大量の霊力弾を作り、私目掛けて発射していた。それを避けきれないと判断した私は、多少の被弾を覚悟しながら真横に跳躍し、火薬人形を手に取って霊夢にぶん投げる。
予想通り、私に飛来して来た霊力弾を避け切れなかったが、受けた数は二発でダメージは大した事無かった。その直後、霊夢の立っていた位置に青い爆炎が立ち、砂埃が舞い上がる。上空には爆発で高く打ち上げられ、体勢を崩している霊夢。その霊夢目掛けて、上海達にレーザーを撃たせた。
しかし、霊夢はレーザーを一瞬で避け、私目掛けて突っ込みながら巨大な霊力弾を大量に放つ。私はそれを避けられず、全ての霊力弾を食らって吹き飛ばされた。
辺りに砂埃が舞う。強く地面に叩き付けられた衝撃で、私の体には嘔吐感が走っていた。
「アリス、一応言っとくけど……ここまでスペルをぶっ放すのは初めてよ」
霊夢は砂埃の中でそう言い放つと共に、再び巨大な霊力弾を生成していく。
しかし砂埃は私にとってチャンスだ。砂埃の中に人形が十数体散っていたからだ。全ての人形に指示を出すと、すぐに散らばっていた大量の人形が回り始め、霊夢を切りつける。
霊夢は呻き声を上げ、溜まらずその場を離れた。
「普段以上の力を出してくれるなんて、嬉しいわ」
体力的に余裕があまり無いが、霊夢が普段以上の力を見せてくれる事を、純粋に喜んでいた。まだ見た事が無い霊夢の全力。勿論、全力で戦われたら恐らく勝てない……そんな予感はする。
でも先程の話を信じるなら、今の霊夢は博麗の力をうまく使えない。勝機はある筈。
「おい! アリスも霊夢も何やってんだ! なんだよこの戦いは!」
魔理沙の喚く声が聞こえていたが、私にも霊夢にもそんなものを気にしている暇は無い。
私は砂埃の中にある人形を介して、霊夢の位置を確認出来ていた。最早、交戦中に砂埃が収まる事はまず無いだろう……そう考え、火薬人形を再び取り出し、砂埃の向こうに居る霊夢目掛けて投げつける。
霊夢にはそれが見えなかったのか、青い爆炎と共に上空に吹っ飛んだ。しかしそれと同時に、爆炎の中から飛んでくる巨大な霊力弾。
私は魔力シールドを展開しつつ地面を蹴り、避けようとして霊力弾の軌道を見たが、どうしようもない数の霊力弾を見て愕然とした。夢想封印の霊力弾が普段の数倍、飛び出てきたのだから。私は避け切れず魔力シールドも破壊され、貫通してきた霊力弾に吹っ飛ばされた。
私は霊夢との力の差がここまであるとは思っていなかった。元々耳障りな魔理沙の声が、余計に耳障りに聞こえる。
霊夢は人形から見える視界に立っていた。既に霊力弾を作り出している。それはおよそ私から二十メートル程の位置。まともに数十発の霊力弾を受けた私の体はボロボロ、立ち上がるのも厳しかった。
砂埃の向こう側から再び、霊力弾の光が漏れる。
私がこの状態から勝つとしたら、霊夢の攻撃を止めるしか無い。目的は飽くまで、霊夢の魂を手中に収める事。避けられず、逃げられずでもまだ手はある。私は立ち上がり、今出せる最高の魔力を込めて、魔法の糸を伸ばした。
すぐに、砂埃から霊力弾がぶっ飛んで来た。それは呆れるような大きさ、私の背丈の倍はあるような巨大な霊力弾。
巨大な霊力弾を避けきれず半身に当たり、吹き飛びそうになる。それでも、今吹き飛ぶわけには行かない。吹き飛んでしまえば全てが水の泡。
霊力弾の軌道から無理矢理逃れ、なんとか耐えた私はふらつきながらも砂埃の中を一歩ずつ歩いていく。人形からレーザーを撃っても良かったが、霊夢の顔を見たいという思いに憚られた。
砂埃を抜けた先には、思い描いた通りの光景が広がっている筈。私の指輪からは普段よりも強力な魔法の糸が手応えと共に伸びているのだから。
砂埃を抜けた先、そこに居る霊夢は困惑の表情をしていた。爆発と切り傷でぼろぼろになった霊夢には、魔法の糸が私の指輪と繋がっている。
普段なら絶対に使わない、対象そのものを縛り付ける魔法の糸。誰にも見せた事が無い手段の一つ。
その様子を見ていた魔理沙が怒鳴る。
「霊夢! どうしたってんだよ!」
「五月蝿い! あんたは黙ってなさい!」
その問いに、霊夢は怒鳴り返した。
私はふらつきながら霊夢に歩み寄った。霊夢は私に気付き、こちらに顔を向けて穏やかな表情で話す。
「さっきの話覚えてる?」
そう言われ、私は霊夢の悩みを思い出す。
「覚えてるわよ」
「今のあんたのような、暴走した妖怪を始末するのも私の役目」
何もかも面倒臭い、と言っていたあの話。
「そうね」
「こんな魔法の糸、抜けようと思えば抜けれたんだけどね」
言うや否や、霊夢は全身から霊力を強く放出して、魔法の糸をあっさりと切った。奥の手段があっさりと破られるのも衝撃だが、何故逃げなかったのかも分からない。
「何で……抜けなかったの?」
私がそう言うと、霊夢はお払い棒を地面に落とし、戦闘意思が無いことを示した。
「朝、愚痴ったでしょ。妖怪退治するのが馬鹿らしいって。それに」
「お前何言ってるんだよ! 逃げろ!」
魔理沙の怒鳴る声が聞こえてくる。霊夢はそれを無視し、
「あんたを今ここで始末したら……会えなくなるし」
視線を地面に向けながら、言葉を続ける。
「こういう余計な感情抱くと仕事に差し支えるから、誰にでも距離を置いてた。でも、無理だった。こんな時に情が移っちゃうとはね。話さないほうが良かった」
思わず、自分の顔が綻んだ。
「私は貴女のそういうところ好きよ? だから貴女を選んだの」
私の言葉に、霊夢は鼻で笑った。
「私を殺すって人が、そんな台詞を嬉しそうに言わないの。あぁ、私の魂が欲しいんだったわね」
「ふざけんな! お前が死んだらどんだけ悲しむ奴がいると思ってんだ!」
「黙れって言ったでしょ!」
「黙れってお前……いい加減にしやがれ!」
魔理沙の悲痛な怒鳴り声が辺りに響く。そして、霊夢はその言葉を蹴った。
私は霊夢の魂が欲しい、その思いに偽りは無い。
「そうよ。私は貴女の魂が欲しくて戦ったのだから」
私がそう言うと、霊夢は頷いた後に静かに話す。
「あんたにここまでされて、危機感も見えてきた。結界張っても意味無かったし」
「結界、張ってたの?」
「そうよ。一瞬で破れたけどね」
博麗の力を使わなくても純粋に凄まじい霊力を保有している霊夢。普段の結界を使われていたら、私のスペルは弾かれていただろう。二発目のリターンイナニメトネスが難なく当たったのも疑問ではあった。
「アリス、あんたがさっき言った話は、信じて良いのよね?」
「さっきの話?」
「人形の話よ」
「本当よ。貴女は私の家族になって、私と同じ生活を送れる」
あの人形に魂を入れれば、人間と全く変わらない生活が出来る。魂が満足するという事に関しては、絶対の自信が私にはあった。
「ふふ……どこまで本当か知らないけど、全部信じちゃうわよ?」
霊夢は少し期待しているような、不安なような表情を浮かべた。
「さっきから随分と勝手な事言いやがって! お前本当に考えてんのか!?」
霊夢は怒鳴る魔理沙を一瞥した後、小声で言う。
「どこを彷徨うか分からないし、いつ殺されるかも分からない。それなら分かるうちに……アリスの傍に行った方がいいかしらね」
その言葉に、私の心は嬉しさで満たされていった。
「随分、嬉しい事言ってくれるのね」
私がそう言うと霊夢は首を横に軽く振り、
「ここに居る理由も無くなったからね」
「え?」
「もう、完全に巫女じゃなくなったのよ」
「巫女じゃなくなった、って?」
私の言葉に、霊夢は目を細めて頷いた。右手に結界札を持ち、霊力を込める。
「そうよ。ほら、さっきまで使ってた気休めの結界すら出せない」
いつものような青い結界が展開されず、結界札は全く反応を示さない。
博麗の神に見捨てられた、もしくは自分から信仰心を捨てた……そういう事だろう。
霊夢は持っていた札を地面に落とし、左手で私を指差しながら、穏やかな表情で私を見た。
「人間と同じ生活出来るって言うし……いいわ。私の魂好きに使って頂戴」
「おい!? まさかアリスの人形になる気か!?」
魔理沙が泣きそうな大声を上げたが、霊夢は特に表情を変えずに魔理沙の方を見て答えた。
「そうよ」
「お前自分が何言ってるのか分かってんのか!? 死んでどうすんだよ!」
その言葉には返事を返さず、私に向きなおし、
「アリス。ここまで私に言わせるんだから、後悔させないでよ?」
霊夢は涙を浮かべながら微笑んでいた。
私は、再度自分の気持ちを確認していた。今の話を聞いても自身の意思は変わっていない。寧ろ、嬉しくて堪らない。念願の愛しい魂が手に入るのだから。
「後悔なんてさせない、人形使いの名にかけて誓うわよ」
私は嬉しさのあまり、霊夢を抱きしめた。それに驚いた霊夢は頬を赤らめ、私の耳元に囁く。
「魔理沙が見てるわよ?」
「少しぐらい、いいじゃない」
私は神経麻痺の魔法をかけた後、霊夢をそっと、放した。
「眠くなるだけだから、痛みは無いわよ」
私の言葉を聞いて魔理沙は状況を把握したのか、再び怒鳴る。
「早く魔法を解いてくれ! お願いだ! 早く!!」
魔理沙は凄まじい形相で私を睨みつけていた。勿論、私には魔法を解く気が無い。このまま進行すれば霊夢は昏睡状態に入り、死に至る。
霊夢は流れる涙を手で拭いながら、視線を私に向ける。
「まだ少し怖いけどね。ありがと」
その涙の意味は、悲しみなのか嬉しさなのか、私には分からない。でも、嬉しさに違いない、今の私はそうとしか思えない。
「何やってんだよ! 早く解いてくれ! アリス!」
私は魔理沙の懇願してくるような大声を無視し、
「お礼を言うのは私のほうよ。少しの間、おやすみなさい」
そう言いながら、もう一度霊夢を抱きしめた。
「私の魂、しっかり……持って、ね」
霊夢は目を閉じたまま、微笑んだ。
「大丈夫、目覚めた時は隣にいるわよ」
「霊夢! 霊夢!? うわあああああああああああああ!」
「また、後……で……」
魔理沙の悲痛な叫び声が聞こえる中、霊夢は一言残して私の胸の中で動かなくなった。
「れい……む、あ……あ」
涙で酷い表情をしている魔理沙を一瞥した後、私は霊夢の魂を自分の体に封じ込めた。そして、霊夢の体を背負う。先程の戦闘でかなり疲弊しており辛いのだが、霊夢を背負う位ならさほど問題は無かった。
辺りを見回したが、空間の歪み等異常は特に見られない。
それにしても、これだけ長く博麗神社境内にいて、魔理沙以外来ないのは運が良い……といった所か。
「さて。後は、飛んで火にいる夏の虫ね」
問題は魔理沙。今はチェーンで束縛してあるが、解けば私を殺しに来るだろう。自分の身を危険に晒してまで生かしておく必要なんて無い。それに、魔理沙の魂も確保して人形に放り込むのも悪くない。
私は霊夢を背負ったまま、魔理沙に少しずつ歩み寄った。
「わ、私を……殺すって、いうのか」
「生憎、すぐに魂を入れられる人形は一つしかないのよね」
「お前……正気じゃねえよ」
今まで一度も見た事の無い、魔理沙の凄まじい憎悪の表情。
私は表情を変えずに、魔理沙に言った。
「私は至って正気よ、霊夢の事を愛してるもの。さっきの会話聞いていたでしょ? 魔法の糸も外れていたのに、逃げなかった。それどころか、自分から魂をくれると言ったのよ?」
「許せねえ。絶対に許さねえぞ! ぶっ殺してやる!」
「別に物扱いするわけでもなし。霊夢は私の家族になるのよ」
「散々人形爆破してる癖に……笑わせんなよ」
魔理沙が何を言っても遠吠えにしか聞こえなかった。今は動けやしないのだから怖くも何とも無い。
「動けない癖に良く吼えるわね」
そう言いながら睨みつけると、魔理沙は急に怯えた表情になった。普段から私に散々迷惑をかけた罰だ。ここでいたぶるのも悪くない。
「そういえば借りた物は死んだら返すとか言ってたわよねぇ。返却日は今日?」
魔理沙は怯えた表情のまま、言葉にならない声しか出さなかった。
「折角だから、あんたを実験台にするのも悪く無いわねぇ。どうしようかしら」
(アリス、聞こえる?)
その時、霊夢の魂から脳に響くように、声が聞こえてきた。
(ええ……聞こえてるわよ)
普通、魂は肉体と切り離した後一時間は気付かない。霊夢の魂が十分程度で目覚めた事に私は驚いた。
(私死んだのよね?)
(そうよ。……手荒な真似をした事は謝るわ)
(気にしないで。今は不思議と気分良いのよ。って、私の体重くない?)
(大丈夫よ)
(そっか。あー、それどころじゃないわね、この状態で魔理沙と話すにはどうすれば?)
(私が魔理沙に触れて交信術を使えば出来るわよ)
(お願い出来るかしら。それと……魔理沙を殺さないで)
霊夢の頼みなら断れない。
霊夢と魔理沙の対話で私が殺されなくなるなら問題は無い、か。そんな虫がいい話になるとは考え難いが。
(分かったわ)
私は魔理沙の肩に手を当て、魔力を込めていく。すると、魔理沙の小柄な体が大きく震え、心底怯えた目で私を凝視した。
「霊夢が話したいそうよ」
(魔理沙? 聞こえてる?)
「なっ……なんだよ、それ」
魔理沙が驚愕の表情に変わる。私も神経を研ぎ澄まし、霊夢の言葉を聞く。
「これは魂と交信する一種の霊術よ」
「魂と交信?」
(魔理沙?)
魔理沙は俯き、霊夢の魂と対話し始めた。
「ああ、霊夢だよな? 聞こえてるよ」
(これは、私が望んだ事だからね)
「は……何?」
(さっきの会話聞いてたでしょ)
「聞きたく、ない」
(聞いてくれないと困るわ)
その言葉を聞いた魔理沙の表情が、険しくなった。
「……ふざけるな」
(あんたには分からないでしょ、私がどれだけ辛い思いしてきたか)
「分かりたくも無い!」
(あのねぇ、さっきの話聞こえてたでしょ? 聞こえるように話してたんだから)
「これアリスの演技だろ!? 聞きたくない、手を離せ!」
魔理沙は霊夢の魂の言葉を拒んだ。勿論、私の演技ではない。魂の言葉は全て霊夢自身のもの。
もっとも、今の魔理沙では私の言う事なんて何一つ信じないだろう。それでも、今は聞かせなければならない。
私は声を大にして、
「霊夢の言葉だって言ったでしょ! 最後まで聞きなさい!」
「んなの信用出来る訳ないだろうが! 目の前で殺されてんだぞ!」
「あんたがここで拒否したら霊夢の気持ち全て無下にすることになるわよ!? それでも良いの!?」
私の怒鳴り声を聞いた魔理沙は俯いた。
「聞けばいいんだろ聞けば」
(理解するのが遅いわね)
「死んでも憎まれ口だけは一緒か」
(あんた程でも無いわ。手短に話すわよ)
「なんだよ」
(まぁ、私の気持ちが分からないのは仕方無い。あんたに話した事は無かったし)
「親友の私よりも妖怪を信用すんのかよ」
(あれだけ素行しておいて弁解の余地があるの?)
「ほんとお前口悪いな」
(否定出来ないのね)
その言葉に、魔理沙はばつが悪そうな表情になった。
「……で?」
(これからは人形の体になるけど、普通の女になるだけよ)
「人形のどこが普通の女だ!」
(落ち着いてよ。きちんと聞いて)
霊夢に言われ、魔理沙はなんとか冷静さを保とうと堪えた。
それにしても、これで説得出来るのだろうか。普段からこの二人はこんな感じだから、違和感は無いが。
「ああ」
(アリスの言葉を鵜呑みにすればだけど、私は今までと同じように過ごせるのよ)
「分かりもしない事を信じるとか、馬鹿げてるな」
(少なくともあんたよりは信用出来るわよ)
「目の前で霊夢を殺されて信用出来る訳無いだろ」
(言ったでしょ、巫女じゃなくなったって)
「関係ないだろ」
(いつ殺されてもおかしくない状況だったのよ。さっきの決闘見てたでしょ?)
「もう死んだじゃないか。訳の分からない事を言うな」
(あんたが納得出来なくても、私は平穏に暮らしたいのよ)
「ふざけんなよ! 私の事を無視して死ぬのか!? ずっと友達だったじゃないか!」
再び大きい声を上げる魔理沙。
もし、私が魔理沙の立場になったらどうしただろう?
勿論、今の私がその答えを見つける事など、出来る訳も無いが。
(どうでも良くないわよ。私だってあんたと別れたい訳じゃないわ)
「なら、なんで死を選んだんだよ!」
(得体の知れない妖怪に殺されて彷徨うぐらいなら、知った人の傍に居たいからよ)
「だからそれが納得出来ないって言ってるだろ!?」
(現にこうやって話せてるじゃない)
「お前がアリスに殺された事実は変わらないだろうが!」
霊夢は少し沈黙し、再び切り出す。
(まぁ、すぐに言っても理解してくれる訳無いわよね。いずれにしても、お願いがあるの)
「ふざけるな! 私の気持ちを無視すんなよ!」
(アリスのこと、恨まないで。私が望んだ事だから)
その言葉に、魔理沙の表情が険しくなる。
「何?」
(言葉通りよ)
「何言ってんだよ!」
(アリスのことを恨まないでって言ったの。あんた、アリスを殺しそうだから)
「待てよ!」
(私の事が本当に大事なら、アリスを殺さないで。今こうして話せるのもアリスのお陰)
魔理沙は歯軋りをしながら、私を睨む。
「アリスアリスアリスって……二人して馬鹿にしやがって」
(後、これからはアリスの命と私の命、一緒だから)
「え?」
(意味分かるでしょ?)
魔理沙はすぐに理解したのか、絶望の表情に変わった。
今、私を殺せば霊夢の魂は何処かへ彷徨う。魂を自立人形に移した後も、私が死ねば自立人形も連動して止まる。それは、私の生命とリンクして動くように作ってあるから。
(分かったかしら?)
「どこまでも計算し尽くされてるって事かよ」
「そうでもないわよ」
私が言っても何一つ信じないだろうが、霊夢からの言葉なら信じるだろう。
魔理沙は諦めきったような、笑いも怒りもしない表情で、涙を流し続けていた。
「もういい。結局全部お前に任せるしか無いって事だろ? 失敗した時はぶっ殺してやる」
「抜かりは無いわ。魂の扱いと人形においては完璧よ」
(あともう一つ、二人にお願いがあるわ)
「何かしら」
(人形で初めて目覚める時は、貴女達二人が居る方がいいわね)
私が魔理沙を見ると、魔理沙は私を睨み返した。
「魔理沙、私の家に来れるかしら」
私がそう言うと、魔理沙は目を逸らして吐き捨てるように言った。
「ああ、行けばいいんだろ、行けば」
「決まりね。早速行くわよ」
取り合えず、私が死ぬまで霊夢の魂が彷徨う事は無い。ボロボロの体で霊夢を背負いながら飛ぶのは正直しんどいが、それも仕方ない。早くこの場を去らないと、いつ他の妖怪が来るかも分からない。
私は魔理沙を縛り付けているチェーンを外し、全ての人形を引っ込めた。
「長々と縛り付けて悪かったわね」
「思ってもいない癖に……よく言うよ」
私達は博麗神社を発った。
◆
霊夢を背負っている私はまともに飛ぶことすら厳しかったが、事なきを得て自分の家に辿り着く。
玄関扉の結界を解除し、魔理沙を中に招いた。
「取り敢えず、研究室に入って頂戴。すぐそこの部屋よ」
「……ああ」
一時間ぶりの言葉のやり取り。
神社を発ってから今に至るまで、ずっと険悪な雰囲気が続いている。
玄関を上がった私達はそのまま研究室に入った。
「さて、と。これが自立人形よ」
作業台に掛けられていた布を捲ると、不気味過ぎるぐらいに霊夢と変わらない顔の人形が姿を現した。
違う点は私の青い服を着せてある事だけ。
私は捲った布を床に敷き、その上に霊夢を下ろした。
「初めっから霊夢狙いかよ」
魔理沙は人形を見た後、呆れた表情で私を睨んだ。
「ええ、二度作れるか怪しい位、最高の出来よ」
髪、肌、弾力、容姿も質感も人間のそれと全く変わらない。継ぎ目も一切なく、霊夢が台の上に横たわっているようにしか見えない。霊夢が不自由しないように、今出来る全ての技術を詰め込んだ過去最高の傑作だ。
(ねえ、人形に入った後って体どう動かすの?)
(普段通りに動こうとすれば動かせるわよ)
私は霊夢の質問に答えながら、魂を封じ込める準備を見直した。
(分かったわ)
特に不足している道具等は無い。直ぐに始められる事を確認した私は、
「始めるわ」
自分の体から霊夢の魂を切り離し、それを魔力回路の中に封じ込めた。
「よし。後は始動するだけ」
無事に魂が封印出来た事を確認し、魔力回路に魔力を送り込み、始動させる。いよいよ、完全な自立人形が霊夢の魂で動き出す。
人形の手が微動すると同時に、目が開いていく。
「霊夢、どうかしら?」
霊夢の人形はゆっくりと体を起こし、自身の体がきちんと動くかどうか確かめるように、手足それぞれを動かす。その様子は、生前の霊夢の体と何も変わらない自然な動きだった。
その人形は、感動した様子で口を開く。
「普段と変わらないわね」
普段と同じ声域を聞いた私は、安堵の息が漏れた。人形自体は完璧だが、霊夢の魂が人形に馴染むかどうかまでは分からなかったからだ。
霊夢は私の顔から足元まで一通り見ると、目を細めた。
「アリス、服……酷い事になってるわよ」
「大丈夫よ。服ぐらいまた作れるわ」
そう答えると、霊夢は自分の亡骸に視線を移した。
「私の体なんて無理して持ってこなくても良かったのに。重かったでしょ」
「重くなんて無いわよ。それに、あのまま放っとく訳にもいかないわ」
私がそう言うと、霊夢は髪を掻き揚げながら微笑む。
「変なところで気遣うのね……ありがと」
魔理沙が怪訝な表情で霊夢を見る。
「なぁ……本当に変わってないのか?」
「うん。不思議なぐらい何も変わらない」
霊夢は手足を入念に動かし、手で自身の肌を確認しながら答えた。
私としては、まずは本当に魂が馴染んでいるかを確認したい。
「霊夢。試しに少し、歩いてみてくれるかしら」
私はそう言いながら、部屋の両端を指差した。
霊夢は台から降り、一歩一歩確かめるように、上半身を準備運動のように動かしながら、部屋の端から端までゆっくりと往復した。
そして、私に顔を向け、
「この体、本当に人形よね?」
「そうよ」
「感触から何から何まで、変わってないわ」
「体が重いとか、軽いとか、動かしにくいとか無いかしら」
「大丈夫ね」
そう言いながら、腰を軽く回したり、腕を伸ばしたりしている。動作に関しては問題無しと言ったところだろう。
「どんだけ、精巧に……作ったんだよ」
怪訝な表情で訊いてきた魔理沙に、私は説明した。
「限りなく人間に近い体を作ったのよ。五感と神経、そして体温まで、殆どを再現したの。武器も装備してないわよ」
「えぇ、そうなの?」
武器が装備されていない事が意外だったのか、霊夢は素っ頓狂な声を出す。
「上海みたいに武器出せるか少し期待したのに……」
霊夢の魂であれば、そこまでしなくても充分過ぎるほど自衛出来る筈だ。最初から霊夢を宿らせるつもりだった為、戦闘用の武器は装備させていない。
「私の魔法と霊夢の霊術は使える筈よ。そこまで調整してあるわ」
「そうなの?」
「何だそれ……随分と無茶苦茶な人形だな」
魔理沙は表情を変えずに霊夢を見ていた。
自分でも良くここまで作れたと思う位、素晴らしい出来の人形。そして、自分の愛する魂が人形に入った。これ以上嬉しい事は無い。想定外の形だったとは言え、本人の了承も得られている。戦闘目的に作った人形ではないのだから、これでいいのだ。
「ねえアリス、一つ……お願いあるんだけど」
「ん?」
霊夢は少し微笑みながら、ばつが悪そうに私を見ていた。
「えーっと、お茶飲みたい。あと饅頭も」
霊夢は、既にいつものマイペースに戻っていた。魔理沙は霊夢の言葉に呆れ、
「お前他に考える事無いのかよ」
「別に良いでしょ、食べ物の味が分かるか知りたいの」
私は嬉しくて、平常心が保てそうにない。
「お菓子の作り置きは無いわね。とりあえず緑茶でいいかしら」
「構わないわよ」
「上海、三人分お願いね」
「シャンハーイ」
上海はすぐに研究室を出ていった。
暫し沈黙した後、魔理沙が腫れ物に触るように霊夢の手を握り、話しかける。
「なあ」
「ん?」
「本当に、霊夢なんだよな?」
「そうよ?」
「アリスの演技じゃないんだよな?」
「自分で動かしてるわよ。死んだ実感が全然無いわね」
霊夢は手を握り返しながら、魔理沙を見ている。
私は魔理沙に向けて、右手の甲を見せるように指輪を見せた。
「信じられないなら、後で指輪外すわよ」
私を一瞥した魔理沙は目を細め、
「そうか、霊夢なんだな……間違いなく」
「そうよ」
「ああ……納得いかねえ。でも、認めるしか無いのか……」
霊夢の手を放し、帽子で涙を拭きながら俯いた。目の前で私が殺したのだから、幾ら霊夢が良いと言っても受け入れられる訳が無いだろう。
霊夢は魔理沙の手を握り、穏やかに微笑む。
「いつまで意地張ってるのよ」
「意地張ってるって……お前私の目の前で一度死んでるんだぜ? その体だって本当は」
「いいの。こうして魔理沙と普通に話せるんだし」
それは、生前と全く同じで、作り笑顔にはとても思えない表情。
「これからも宜しくね、魔理沙」
その表情を見て魔理沙は、
「分かった」
「ん?」
「宜しくな……霊夢」
霊夢は今、間違いなくここに居る。魔理沙が望まない形ではあるが、霊夢は存在している。
私が何を言っても白々しいし、何も言わない。それに、余計な事を言って霊夢を悲しませるような真似は避けておきたい。
そんな事を考えている時、上海が緑茶の入ったティーカップを三つ、トレイに載せて戻ってきた。
「シャンハーイ」
「ありがとう。はい、緑茶」
霊夢はティーカップを受け取ると、早速一口啜り、
「熱くて、味も緑茶ね」
味が分かる事を喜んでいた。
その表情を見た魔理沙は、悲しげな表情で微笑んだ。
◆
あれから、私は出された緑茶も飲まず、自宅に戻った。
一日の間に色々とあり過ぎて、もう何から考えればいいか分からない。憎悪、殺意、疑問、友情が頭の中で渦巻く。
自分を落ち着かせる為、湯呑に緑茶を淹れるだけ淹れて一口飲んだ後、布団の上に座っていた。
カードルール無視の酷い戦いをしていた霊夢とアリス。
霊夢は辛い事を私に相談してくれなかった。
その霊夢はアリスに殺されている。霊夢は自分からアリスの人形になりたいと言っていた。
アリスは霊夢を抱きしめていた。歪んだ愛情だ。
私はアリスを殺せなかった。そして、霊夢は人形になってしまった。
人形なのに生前と全く同じ顔で笑う霊夢。
何もかも、アリスに奪われた気分だ。
アリスの事は良く出来た姉のように感じていた。
霊夢は何年もの付き合いがある親友。
死ぬ事で死の恐怖から開放されるとか、あまりにも極端過ぎる。
巫女を辞めるだけで良かったじゃないか。
その二人の間で起こった事件。
今までの霊夢はもう居ない。あそこに居るのは人形だ。
全て信じたくない。信じたくない。嘘だと言って欲しい。寝て起きたら全て夢だった、それがいい。
自分の頬を叩くと、痛みが走った。
殺意に任せてアリスを殺せば霊夢も居なくなる。
勿論、霊夢とは別れたくない。
今まで霊夢として来た事、アリスとして来た事を思い出すと涙腺が緩む。
その時、覚えのある妖気が流れてきた。私はその正体の名前を呼んだ。
「なあ、紫。いるんだろ?」
返事は無い。
「紫、妖気で分かるから出てきてくれよ」
「ばれてるのね。仕方ないわねぇ」
空間が裂け、通称隙間妖怪 ── 八雲紫はそこから顔を覗かせた。
落ち着いている時であれば、隠れていても漏れている妖気で存在が分かる。
紫は私を見て、普段と変わらない声で話した。
「私があの状況を見てなかった訳が無いでしょう?」
「なら、なんで止めなかった」
紫ならアリスを止めるぐらい容易かった筈。あの時動けなかった自分の無力さに手が震える。
「簡単な理由よ」
「人が死ぬのに簡単も何もないだろうが!」
紫は普段と同じ表情で、怒りも悲しみもしていないように見える。
分からない。何故こんなに平常心でいられる?
「半月前から後継者を探していたわ。二日前に漸く後継者が選別された」
紫には博麗大結界を監視する役目がある。その為に動いているのだろう。それは分かる。
「お前……」
「大分前から霊夢は博麗を冒涜していた」
「博麗を冒涜? 分かってたならなんで止めないんだよ」
「説得したわよ。でも、霊夢を抑止出来なかった」
「霊夢の命はそんなに軽いものなのか!?」
「重要なのは霊夢が殺された事ではなく、博麗の信仰を放棄した事」
あの時、既に巫女としての力を失っていた事は分かる。
だからと言って納得出来る訳が無い。怒りの矛先をどこに向ければいいんだよ。
「どいつもこいつも、自分の都合で動きやがって」
「分からないの?」
「分かりたくねえよ!」
「アリスが手を止めたとしても、他の妖怪が手を出すわよ」
「霊夢なら妖怪なんかに負けないだろ!?」
「少しは落ち着け。朝の決闘見てたでしょう? 只の人間が、欲望や遺恨に身を任せて襲い掛かってくる妖怪に必ずしも敵う? 霊夢がどれだけ下賎に恨まれているか分かる?」
その言葉に、私は言い返せなかった。
人間の手に負えない妖怪なんて、幻想郷には幾らでもいるのだから。
霊夢もあの時、紫と同じ事を言っていた。
「もう……どうにもならなかったのかよ」
涙が、止まらない。
「遅かれ早かれ、今の状況は成り得た事よ」
紫は現れてから表情を変えず、時々扇子で口元を隠すだけ。
「もう霊夢は、戻ってこないんだな」
「アリスの家にいるわよ」
「あれは霊夢じゃないだろ」
「体という意味ならね。でも、あの人形は霊夢よ。若輩妖怪がよくあそこまで成し得たものだわ」
確かに、人形と思わなければ霊夢そのものだが、アリスの都合で生かされてると思うとやりきれない。
「なあ、お前は霊夢が殺されてもなんとも思わなかったのか?」
「私個人の都合で考えれば……そうね、好都合ね。幻想郷的には迷惑だけれど」
「殺されて好都合なのか?」
「友と過ごせる時間が伸びた。素晴らしいわね」
人間より遥かに長い寿命を誇る妖怪の感情なんて分からない。
ただ、長寿の分、妖怪は多くの者と死別しているだろう。そう考えると否定も出来なかった。
「お前は、どうしたいんだ?」
その言葉に、紫は目を逸らす。
「構うのは暫く無理になるわね。貴女は複雑だろうけど、霊夢とは今まで通り触れてやって頂戴」
「そう言われても……まだ気持ちの整理がつかない」
「私の分もやるのよ。さもなくばミニ八卦炉を没収」
「やめてくれ」
紫は少し微笑んだ。
「そろそろ戻るわよ」
「あぁ。忙しい中すまんな」
「忙しいのは儀式の後。頼んだわね」
終始顔しか見せなかった紫は私を一瞥した後、空間の隙間を閉じて部屋から消えた。
今まで通り、か。出来るか? 私に。
程よく冷めた緑茶を一気に飲み干し、再び、考える。
霊夢は逃げる事が出来たのに、アリスから逃げなかった。あの時、間違いなく魔法の糸は外れていた。
── 私は平穏に暮らしたいのよ
── 普通の女になるだけよ
── 私が望んだ事だから
── これからも宜しくね、魔理沙
霊夢の言葉が頭の中で回る。私に何が出来るだろうか。今まで通りに霊夢に接する事?
アリスを殺したら、霊夢は悲しむ。それどころか、話せなくなるかもしれない。
嫌だ。
考えるのが嫌だ。
別れるのも嫌だ。
どうすればいい?
色々と考えても、行き着く先は二つの言葉。
そして、アリスが死んでも私が死んでも、結果は変わらない。
「答えなんか、一つしか無いじゃないか」
無意識に呟いた私は、空になった湯呑を放り投げた。無機質な音が部屋に響いた後、私は布団に突っ伏した。
◆
「ねえ」
「ん?」
「私のこの体、作るのにどれぐらいかかったのかしら」
「そうね……半年はかかってるわ」
「そうなのね」
私達は居間のソファに寄り添って座り、暢気に過ごしていた。
霊夢は今の体にも慣れ、クッキーを食べながら緑茶を飲み、普段通りに振舞っている。
「正直、食べ物の味とか香りとか暖かさとかは、分からないんだろうなって思ってた」
人間が認識出来る事を、殆ど認識出来るようにした人形の体。ここまで巧く行くものなんだなと思うと、嬉しくなる。
「肌とかもこんなに、全然違和感無いし……ん?」
「どうしたの?」
「ちょっとだけ違うところがあるわね」
「え?」
その言葉に不安が過ぎる。何かミスをしたのだろうか? 何から何まで何度も何度も全て見直して、完璧に作った筈。
私は恐る恐る、訊いた。
「何か違うところ、あったかしら」
「スタイルが良くなった」
「え?」
予想外の答えに、私は何を言われたか一瞬分からなかった。悪くなったと言われるよりは数倍良いが。
「自分を参考に作ったから」
「羨ましい体してるのねー」
その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。
「何か……恥ずかしいわ」
「顔赤くなってる」
霊夢は意地悪そうに笑い、私の肩を突付いた。
「ま、今日が私の命日になるとは思ってなかったけどね」
霊夢の口調からして、体が入れ替わった事はさほど気にしていないようだ。それだけ、『博麗の巫女』という束縛は辛かったということだろうか?
今更訊くべき事ではないし、訊かないが。
「アリス、そんなに心配そうな顔しないで。私は今、幸せな気分よ」
「えっ、あ……ご、ごめん」
霊夢は私を一瞥した後目を細め、ティーカップを口元に寄せて言う。
「感謝してるわよ。魔理沙は納得しないだろうけどね」
「私が何を言っても、白々しいわよね」
霊夢は再び私に視線を移し、緑茶を啜った後、
「時間を置くしかないかもしれない。今回ばかりは数日すれば元に戻ってるなんて、言えないわね」
そう言って、溜息をついた。
魔理沙は、今後どうするだろうか。考えても私に出来る事は何一つ無い。私が何をしても、霊夢の魂を人形に宿しているという現実は変わらないのだから。
「ところで、私を操る事って出来るの?」
その言葉に、まだ説明していなかった事を思い出した。色々と事態が想定出来る為、説明するのが憚られたというのもあるが。
「勿論、出来るわよ」
「へえ、そうなの……少し怖いかな」
「大丈夫よ、霊夢の意思を無視したりしないわ」
「それならいいけど、怪しいわねー」
「変な事はしないわよ。それともして欲しいの?」
「やめてよ」
そう言って、また意地悪そうに微笑む霊夢。人形だということを忘れてしまいそうだった。
◆◆◆
件の日から、二週間が過ぎた。
霊夢が私の家族になってからも、平穏な日々を送っている。
霊夢が行方不明になった事は、件の翌日に『文々。』一面で取り上げられていた。境内の酷い有様、霊夢は誘拐もしくは殺害されたと書かれており、その後に色々と憶測が記載されていた。
霊夢もその記事を読んだが、新聞なんて所詮こんなもんよ、と気にも留めなかった。
それから数日後、紫が一度様子を見に来たが、私や霊夢を咎める様子は無く、後継者は決まったから安心なさいと言うだけ言って、帰ってしまった。
その言葉に対し霊夢は、その程度でしょ、代わりなんて幾らでもいる、と怒りもせず言っていた。幾らでもいるかどうかは分からないが、大結界に関しては特に問題は無いということだろう。
「そろそろお昼ね。ご飯作ろうか」
霊夢がソファから立ち上がり、キッチンへ向かう。
あれからというもの、他の人形に料理を作らせなくても霊夢が料理を作る事がある。本人曰く、「感謝の気持ち」らしい。
心底楽しそうに料理をしているので、有難くそのまま頼んでいる。勿論、作られるのは殆どが和食。
私がテーブルの上を片付けようとした時、
「おーい、アリスー」
暫く聞かなかった聞き慣れた声と、扉を叩く音。あの声を最後に聞いたのはもう二週間前。
「ちょっと出てくるわね」
「私も行くわよ」
私の後に霊夢も続いて玄関に向かう。
あれから魔理沙はどうなっただろうか。考えなくても、散々悩んでいるのは分かりきっている。
私は深呼吸をして、玄関扉を慎重に開けた。
「よう、久しぶり。やっぱり霊夢もいるか」
紛れも無く、目の前にいるのは魔理沙。殺気等は感じない。いつもの魔理沙が、そこに居た。
「久しぶり」
「久しぶりね」
それ以上、言葉が続かない。私も霊夢も魔理沙の言葉を待った。
「まず、最初に言わせてくれ、アリスを殺す気は無い」
魔理沙の言葉を聞き、霊夢が私の肩を叩いて「場所変わって」と小声で言う。
私は下がり、霊夢と場所を変わった。
魔理沙は霊夢と向き合い、言葉を一つ一つ、選ぶように話していく。
「色々、考えた。まぁ、あれだ。霊夢がどれだけ辛かったのかは、私には分からなかった。霊夢がそんな風に考えてるなんて、思った事も、無かったからな。それに私が幾ら悩んだ所で、何かを変えられる訳でも無かった」
霊夢はその言葉を聞き、訊き返す。
「あれからもう二週間よ? ずっと考えてたの?」
「いや、考えるのはもうやめた。私は私なりにいつも通りにやるのが、霊夢にとって一番良いかなって思ったんだ。それに、霊夢は霊夢だもんな」
魔理沙は申し訳無さそうに、目を細めていた。
「そうね、私は私よ」
「今は……魔法使いになる為に勉強してる。若いうちに魔法使いにならないと老けたままになっちまうんだろ? あんまり悠長にしてられないからな」
借り物は死んだら返すが代名詞の魔理沙が、魔法使いになる、か。魔理沙の才能なら早いうちに魔法使いになるだろう。
それは、私と同じ寿命を歩む霊夢と合わせる為、か。
霊夢は左手で魔理沙の右手を取り、
「魔理沙」
「ん?」
「これからお昼作るところよ。良かったらご飯食べていかない? アリス、いいわよね?」
霊夢の意図を把握するのに若干時間を要したが、
「勿論、構わないわよ」
私は承諾した。霊夢なりの気遣いなのだろう。
魔理沙は私と霊夢の間で視線を泳がせながら、困ったような表情をしていたが、
「そうか……まだ食ってないし貰おうかな」
その言葉の後、ぎこちない表情で微笑んだ。
「それじゃ、上がって」
「ちょっと待ってくれ」
魔理沙が帽子を脱ぎ、俯く。
「何?」
霊夢は魔理沙を見つめている。魔理沙は霊夢に視線を戻し、恐る恐る口を開く。
「霊夢さ……今、幸せか?」
「楽しく過ごせてるし、幸せよ」
「そう、か」
霊夢の言葉に、返事だけを返した。
暫しの沈黙の後、再び魔理沙が口を開き、
「謝らせてくれ。ごめんな」
そう言って、玄関内に入った。
魔理沙がこの短い期間、どれだけ悩んだかは私には分からない。悩んだのは間違いなく私が原因なのは分かっているし、それを訊く気も無い。
魔理沙を居間に招き、ソファに座るように案内した。私はその向かいのソファに座り、霊夢はキッチンに戻った。
今まで通り、上海が魔理沙の紅茶を用意し、もてなしている。
魔理沙は無表情で紅茶を受け取り、口を開いた。
「なぁ」
何から話せば、いいのやら。
「はい」
「はい、って。まぁ、話し難いのは分かるけど」
「そうね、私は貴女から霊夢を奪ったから」
「別に霊夢は私のものだった訳じゃないし。霊夢には霊夢の生き方がある。それよりも訊きたい事があるんだよ」
あれから、話したくない話すべき事、は幾つもある。
「初めて霊夢の人形を見た時、戦いの意味は分かった。私が偶然居合わせなかったら、どうなってた?」
「結果は同じよ」
「あの時霊夢の魂が話せなかったら……私をどうした?」
「間違いなく殺してるわよ」
その言葉に、魔理沙は表情を曇らせた。
「そうか」
どんな手を使ってでも霊夢の魂を手に入れようと必死だった。
あの時に魔理沙を殺さなかったのは、霊夢に止められたから、ただそれだけ。今になって思うと、殺す前で良かった、そう思う。
「あと、霊夢を殺した事を後悔したか?」
「してないわ。霊夢も私が作った体を快く受け入れてくれた。これ以上の幸せは無いわね」
殺した事は後悔していない。自分の研究を実らせるために、最初から霊夢の魂を使う気だったのだから。
そして、経緯がどうあれその体を喜んでもらえている。人形使いとしてこれ程嬉しい事は無い。
「そうか。分かった」
魔理沙はそう言うと、怒りも笑いもせずに、ティーカップを口元に運んだ。
「お前等二人が満足してるんなら、それでいい。私はもう言及しない。お前を苦しめるならもっといい方法があるからな」
その時、霊夢と蓬莱が料理を載せたお盆を持ってきて、テーブルに並べていった。ご飯に味噌汁、煮物の和食。
「ちょっとあんた、あんまり迷惑かけないでよ? ここ神社じゃないんだから」
「お、霊夢良いタイミングだな、丁度決まったとこだぜ」
「何が?」
霊夢は普段と変わらない表情で魔理沙を見る。
「これからは神社じゃなくてここに通うぜ」
「え?」
その言葉に、霊夢は私を見る。
「アリス、何言ったの?」
魔理沙は普段通りの悪気満々の笑顔を浮かべていた。それを見た私は少し苛立ったが、なんとか普段の口調で話した。
「これ以上の幸せは無いって言っただけよ」
「あぁ、だからお前等だけが幸せとかずるいから少し私にも分けろ、そういうことだ」
霊夢は魔理沙を睨み付け、
「何訳の分かんない事言ってんのよ。ここで暴れないでよ?」
「私が悲しんだ分しっかりと返してもらうからな、覚悟しとけよ」
「人の話を聞け!」
魔理沙はそう言いながら、霊夢が作った料理を食べ始めた。霊夢も魔理沙の右側に座り、食べ始める。
その様子を横目で見た魔理沙は、
「なんだ、人形でも飯食うの?」
霊夢も魔理沙を横目で見ながら答える。
「食えるわよ。……これでもあんたの事心配してたんだから。ま、減らず口叩く元気があれば大丈夫か」
「ああ、引き篭ってたから体力は有り余ってる」
私は箸を持ったまま二人のやり取りを見ていた。こういうやり取りを見るのも、酷く久々な気がする。
「あれ? 口に合わなかった?」
それに気付いた霊夢が、きょとんとした目で私を見ていた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
そう言って、私も料理を口に運ぶ。
「ん、それならいいけど」
「お前等二人の身勝手な行動は許してやるが、私の気はまだ済んでないからな」
もぐもぐと口の中に物が入っている状態で話す魔理沙。
霊夢は魔理沙を睨んだ。
「じゃあ私が結界張ればあんたは詰むわけね」
その言葉に、魔理沙は露骨に嫌そうな顔をする。
「博麗の力使えなくなったんだろ? 結界使えんの?」
「あら、知ってたのね。お生憎様、魔法の結界張れるわよ」
「ああそうかよ、私の邪魔をするってなら容赦しないぜ」
霊夢の左踵が、魔理沙の右つま先を踏んだ。
「いってえな! 何すんだよ!」
「五月蝿いわね、ご飯ぐらい大人しく食え!」
「少しぐらいウサ晴らししたって良いだろうが!」
その言葉に、霊夢は魔理沙の胸倉を掴んだ。
「わかったわかった、大人しく食えばいいんだろ!」
「わかってるなら口答えしない!」
私は以前のような付き合いを魔理沙としたいとも思っていない。思っていないが……二人のやり取りを見ていると、無意識に笑いがこぼれそうになる。
魔理沙が茶碗と箸をテーブルに置いて、私を指差しながら睨んだ。
「おい、アリス」
「何かしら」
「覚悟しとけよ。弄り倒してやるからな」
その言葉の直後、霊夢が箸をテーブルに叩き付けるように置いて、魔理沙の脇腹をくすぐり始めた。
「うぁっ、れ、霊夢やめっ、ろ、やめうはっははは」
「大人しく食えって言ってんのよ!」
弄り倒す、か。それぐらいで済むなら安い、と考えながらも、以前と同じ空気を感じてしまう。
良くもなかった仲が、悪化した ── それだけの事。険悪な方が気を遣わなくて済むし、丁度良い。家を壊されるのは困るが。
「やっ、やめっ! もっう、やめってくれええええうぇっふぇっあぇっ」
「弄り倒すってこういう事をいうのかしら! どうなのよ!」
勿論、他の人間や妖怪がこの現状をどう思うかはまた別の話。いずれ、この件は里の人間や妖怪にも知れ渡る。時間は戻らないし、現実は変わらない。
今後の対策を考えると頭が痛くなりそうだが、それも一つの代償。危ない研究には代償が付くのが常なのだ。
次の研究題材は結界魔法と決まっている。食事が終わったら早速取り掛かろう。
一見平和な里だが、人間たちは一つの存在に怯えながら暮らしていた。
それは、妖怪という存在。
妖怪は元々人間を食す本能があり、人間とは生態系が違う長寿生物。
幻想郷の規律に『妖怪は里の中で人を殺してはいけない』というものが存在する。
これは生態バランスを維持し、極端な偏りを未然に防ぐ為だ。
それでも、本能に身を任せた愚かな妖怪が里で人を食い殺す、という事件が時折発生する。
当然、事件を起こした妖怪は例外なく始末される。妖怪の賢者、もしくは巫女等により追い詰められ、罪を犯した妖怪が逃げ切れる事は無い。
こうする事で、里はそれなりの平和が維持されていた。
私が里に買出しに来ていた時、その事件は起こった。
「巫女さん、こっちです! 私の子供が危ないんです!」
突然呼ばれ、大慌てでその女性について行く。案内された場所は、表通りから少し離れた死角の広場。
そこには少女のような妖怪が座り込んでいた。その足元には無残な姿になった若い男性。妖怪は血塗れになりながら、それを貪っている。
少し離れた場所に三人の子供が怯えた表情でそれを見ているが、無傷のようだ。
「妖怪に近寄らないで」
そう言って、私をここまで案内した女性をその場に止まらせた。
ポケットから結界札を取り出した私は、音を出さないようにその近くまで飛んでいく。妖怪は私に気付く様子もなく、本能のまま死肉を貪っている。
ある程度近付き、その妖怪の周囲目掛けて札を三枚投げつける。それが地面に張り付くと、妖怪を閉じ込めるように青白い三角錐の膜が形成された。
妖怪は突然の出来事に何が何だか分からないのか、しきりに辺りを見回している。
それに構わず、私は妖怪退治に普段から使っている霊力弾を十数発、妖怪目掛けて放った。
霊力弾を受けた妖怪は原型を留めない形になり、絶命していた。見た目相応、幼少の妖怪だったのだろう。
妖怪の死骸を始末しようと近付いた時、近くに居た子供達が私の横に駆け寄って来た。
私はその子供達に言った。
「片付けるから、離れてなさい」
子供達は、涙を流していた。
あんな状況を見たら普通は怯えるだろう。子供には辛い惨状だ。
「怖かったのよね? もう大丈……」
私はその子供達の顔を横目で見た時、鏡を見たような錯覚に陥り愕然とした。
子供達の一人、少女の顔が私にそっくりだったからだ。
「怖くなんてない! なんで僕達の友達をこんな風に……」
「いつも、私達と遊んでたのに、どうして!?」
子供達の言葉に、私は耳を疑う。
「それ、私に言ってるの?」
「そうだよ!」
「何でこんな事を……酷すぎるわ!」
「人でなし!」
この妖怪はこの子供達と仲が良かった、そういうことだろうか。
それなら、襲い易い子供を選ばずに、この男性を選んだのも分かる。
勿論、いかなる理由でも里の中で人を襲う事は許されない。
「こういう妖怪を始末するのが私の仕事なの」
その一言で子供達の心を煽ってしまったのか、泣き喚き始めた。
「巫女の癖に、酷いよ」
「この子、いい子だったのに、ぐすっ、えくっ」
私は子供達を正視することが出来なかった。
先程ここまで案内してくれた女性が子供達に駆け寄り、申し訳無さそうに頭を下げる。
「ごめんなさい、子供達には後できつく言っておきますから! ほら、あんた達帰るわよ!」
「あんたなんかただの人殺しよ! ばかあ! 死んじゃえ!」
私に酷似した少女にそう言われ、何も言い返せなかった。女性が泣き喚く子供達を叱りながら引っ張り、無理矢理立ち去る。
私はその子供達の声が聞こえなくなるまで……その後も、暫く立ち尽くしていた。
◆
それは正に、人間の体そのものだった。
研究室の台には、今にも動きそうな人形が横たわっている。
声をかけたら目を開きそうなその姿は、私を微笑ませる程だった。
「出来た。……駄目、完璧過ぎる。自分の才能が怖いわ。ふふ……」
完全な自立人形の開発を始めた頃は『指示やサポートがなくても自我で動けるもの』だった。
しかし、魂とリンクさせる事を中心に研究をしていくにつれ、『宿らせた魂が満足する体』を作るように進路を変えた。私自身も、宿る魂も幸せになれる事を目指して。
私は人間と全く変わらない感触の人形を愛でながら、陶酔していた。
全てが完璧に作られたその人形は、新たなる生命が吹き込まれるのを待っている。
いつもの水色のワンピースに白いケープを掛け、赤色のリボンで腰と襟を巻いた私、アリス・マーガトロイドは博麗神社に訪れた。その神社の巫女、博麗霊夢は丁度、障子を開いている所だった。私は境内に降り、手を上げて声をかける。
「おはよう。随分眠そうね、元気?」
「おはよ。寝不足なのよ……ふぁ~あ」
霊夢は眠そうな表情で欠伸をした。私と霊夢が会う事は別に珍しくないのだが、私が研究で引き篭もっていた為、ここ最近は会っていなかった。
「私はこの一ヶ月、ずっと家で研究してたわ」
霊夢は顔だけを私に向け、
「気分転換しに来たのかしら。お茶飲む?」
そう言った。
訪れると緑茶を出してくれるのはいつもの事。
久々のやり取りに少し嬉しくなり、私は微笑んだ。
「頂くわ。ありがとう」
「じゃ、持ってくるわね」
霊夢は眠たそうな表情のまま、台所に向かった。
肌寒く、空は良く晴れており、雲一つ無い青空が広がっている。博麗神社から景色を見ると、不思議と心が安らぐ。久々に訪れるとそういう感覚に陥る気がした。
私はそんなことを思いながら靴を脱いで部屋に上がり、中央にある炬燵に入る。火を入れたばかりなのか、まだあまり温まってない冷えた掛け布団。
「お待たせ」
霊夢は二つの緑茶の入った湯呑を炬燵机に置き、私の右肩を押す。私が少し左に避けると、無理矢理私の右隣に座った。
「研究熱心なのはいいけど……あまり無理し過ぎても良くないわよ?」
「ふふ、寝不足も良くないわよ?」
私は両手を暖めるように緑茶が入った湯飲みを持ち、霊夢に顔を向けた。
「で、研究は進んだの?」
霊夢も私に視線を向けた。
「ええ、ほぼ完成ね」
「ん?」
「自立人形の体が出来たのよ」
その言葉に、霊夢は眠そうな表情のまま言う。
「今日はそれを見せに来たの?」
霊夢に人形の事は殆ど分からないが、こうして話を聞いてもらうのは珍しくない。私には他にも知人がそれなりにいるが、霊夢にしかこういう事は話さない。
「ううん、まだ動くわけじゃないのよ」
「でも、すぐに動かせるんでしょ?」
その人形は動かせるには動かせるが、それは私が操れば、の話。私の意図通りに動かすには、まだ工程が残っていた。
「後少しでね。説明してもいいかしら」
「分かる範囲しか分からないけど、それでも良ければ」
私は霊夢に自立人形の説明を始めた。
研究に研究を重ね、理想の人形は完成した。それは、魂を封じ込める事で、魂の思考能力をそのまま反映させることが出来る。記憶能力まで搭載した魔力回路を経由することで、脳と同じ役目を果たす。魔力回路は厳重な防護でどんな力でも破壊する事は出来ない。更に、私の生命とリンクして動力を永遠に生み続ける回路も開発した。
五感が魔力回路と同化しており、食べ物を食べ、娯楽を楽しみ、人間と変わらない生活が出来る。食べた物は全てエネルギーとして蓄積され、私の魔法や魂が持つ術を行使出来る。私の生命の限り、ずっと一緒に動き続ける完全な存在。
という理論と概念を長ったらしくマシンガンのように話し、一通り話し終えた時、霊夢は目を丸くして何が何だかと言いたげな表情をしていた。
「えーっと……夢物語のような話?」
「ええ、でもそれはもう実現間近なのよ。ずっと苦労した甲斐があったわ」
私は作成の苦労を思い返し、笑みを零す。
「動くようになったら見せて欲しいわね」
霊夢は私の様子を見て、それなりに興味を持ったようだった。
「勿論、見せるわよ。あともう一つ話があるの」
「ん?」
「ちょっと、他に聞かれたくない話なのよね」
聞かれたくない話という言葉に、霊夢は考えるような表情で自身の髪を掻き揚げながら、
「奇遇ね。私もあんたに話したい事があるのよ」
「それなら、障子閉めていいかしら」
「そうねぇ」
私は炬燵から一度立ち上がった。開かれた障子を丁寧に閉めていく。そして全ての障子を閉めた後、元の場所に座り、話す。
「霊夢が私に話す事があるなんて……珍しいわね」
「そうかもね」
霊夢は苦笑いしながら緑茶を一口啜り、
「何もかも面倒臭くなった事って無い?」
目を細めながら、言った。
何もかも面倒臭くなる。確かに、私にもそういう事はあった。自立人形の作成で何度そんな気分になったか、もう数え切れない。しかし、何故こんな事を訊くのだろうか。
「どうしたの、急に」
「あんたがずっと来なかった間、考えてたのよ、自分の存在価値。客観的に聞いてくれる人って、紫とあんたくらいしか思いつかないし……人じゃないけど」
霊夢は普段見られないような、やるせない表情をしていた。
「私は今まで、博麗の巫女として生きてきた。幻想郷の秩序と大結界を守るのが私の役目」
そう、霊夢は幻想郷の統制者に近い存在で、今の幻想郷を維持する為に必要な人物。幻想郷に住む大抵の者は知っている事だ。勿論それは、私も分かっている。
「ええ、分かってるわよ」
「もう大分前なんだけど……頭の固い閻魔に、妖怪殺しだの人殺しだの言われてね。天国にも地獄にも行かせないって言われた事があるの」
「閻魔? ……映姫かしら」
映姫は魂を裁く、幻想郷での閻魔の役目を担っている存在。私は直接的に関わった事は殆ど無く、存在のみを知っている程度だった。
「そうよ。それでも、仕事だと思ってずっとやってきたわ」
霊夢は今まで異変調査、妖怪や悪人の始末を生業にしており、私も何件か関わった事はある。
「一体、どうしたの?」
私の問いに、霊夢は表情を曇らせて話す。
「私の仕事は異変調査と、妖怪退治に悪人退治。善行を積まないといけないとかアイツは言ったけど、妖怪退治と悪人退治は善行じゃないそうよ。まぁ……他にも、神に歯向かってるのは致命的に不味かったみたいだけど」
緑茶を一口啜った後、静かに言葉を続ける。
「アイツにふざけた事言われたからって、やらなきゃ周りが五月蝿いし。でも、やったらやっただけ業が深いとか、他に善行を積めとか、私の苦労は何なのやら」
霊夢の声は明らかに不機嫌だった。
周りに感謝されているにも関わらず、倒すべき存在を始末する事で罪が増える。役目を負い続ける限り死後が暗いままとなれば、私にもその気持ちは分かる。
「ま、そういうことがあった、程度の認識でいいわよ。本題はこれから」
霊夢はそう言いつつ湯呑を置き、炬燵机に両肘を付いて、
「何か、仕事をやる気になれないの。仕事に関する事、何をやっても苦痛なの」
「どうしたのよ」
何をやっても苦痛となると、精神的に相当重症だろうと私は思った。
霊夢は目を細め、
「少し前に……里で人間を襲う妖怪を始末したわ。それが終わった後、子供に囲まれたの。何かと思って訊いてみたら、巫女の癖にだの人殺しだの、色々言って来た。どうやら、その妖怪と仲が良かったみたいで……」
そう言った後、大きな溜息をついて続ける。
「ただの子供なら良かったんだけど、私に似た子が混ざっててね。何か自分に言われたみたいで」
自分と同じ顔に責められたら辛いとは容易に想像がつく。
「辛いところね」
私の家には大勢の人形が居る。その人形に、仲間を殺しているだの、粗末に扱っているだの言われたらどんな気分になるだろう。勿論、粗末に扱っている気なんて微塵も無い。壊れて修復すら出来なくなってしまった人形は全て小さな棺桶に入れ、供養している。それでも、考えただけでぞっとする。
霊夢は自身のポケットを漁りながら、
「で、その時から憂鬱になった。色々とどうでも良くなって」
そう言いつつ札を取り出し、私に見せた。
「そしたら、博麗の力がうまく使えなくなっちゃったのよ。アミュレット使えないし、結界札はまだ使えるけど、封鎖力が弱まった」
そう言って、再び大きな溜息をついた。
幻想郷では信仰力も力の大小に関係すると言う。神の力は信仰心が低くなると行使出来なくなる。私はその事を知ってはいたが、本に記載されている程度の知識しか持ち合わせていなかった。
「寝不足なのはもしかして、結界が弱いせい?」
「そうよ、安心して寝れないし。いっそあんたの家で寝たいぐらい。森なら平和でしょ」
私の問いを霊夢は否定しなかった。
私の家は魔法の森にあり、普通の妖怪は滅多に近付かない。霊夢がこんな状態なら泊めてあげたいと思ったが、それでは根本的解決にはならないだろうとも考えた。
「泊めるのは構わないけど、そんな状態で妖怪退治と異変調査なんて出来るのかしら」
私の問いに、霊夢は俯いたまま答える。
「最近は妖怪退治も異変調査も、頼まれない限りやって無いわ。結界がこれじゃ……冗談抜きに殺されかねないし、何より面倒」
「そんな、人事のように言う事じゃないでしょ。それに貴女を殺すなんて出来ないじゃない」
「私は博麗の巫女という立場に守られてるだけ。私が巫女じゃなくなったら、襲ってくる妖怪なんて幾らでもいるわよ」
霊夢はそう言うと再び溜息をついた。
「殺されたら私はどうなるんだろ。憂鬱ね」
しかし、私はその様子を見て安心した。
「霊夢が死後を考えてると聞いて安心したわ」
「何よそれ」
「普段、そういうこと考えて無さそうに見えたから」
その言葉に、霊夢は怪訝そうな表情になった。
ただ、霊夢が死ぬ、となると、それに伴って色々と幻想郷に弊害がある。
「大結界は、どうするの?」
私がそう言うと、霊夢は表情を変えないまま私に顔を向け、
「私が死んだり巫女辞めたりすれば後継者が就くわよ。私が消えて大結界が一瞬で消えるわけでもなし。紫も私の話は聞いてくれたし、もう動いてる。覚悟してる筈だから気にしなくても」
と、投げやりに答えた。
「気にするわよ」
いずれにしても霊夢がここまで投げやりなら、相応に信仰心も無いだろうなと私は思っていた。
「はぁ。平穏な日々を送りたいわね」
霊夢はそう言うと再び俯いた。
霊夢が巫女を続けるのか辞めるのか、まだ確証は掴めない。しかし紫が動いているのであれば、巫女を辞める可能性は少なからずあった。
「で、あんたの話って何かしら」
霊夢は私に向きなおし、話を切り替えた。
私は上の空だった。霊夢がそこらの妖怪に負けるという場面は今ひとつ想像がつかない。勿論、油断は即死に繋がる……そんな事を考えていた。
「アリス?」
「え? ああ……ごめんなさい」
覚悟している筈だから、の後を全く聞いていなかった私は焦って謝った。
「上の空だったわよ。まぁ、あんな話した後だから仕方ないか。悪いわね」
霊夢の言葉に対して私は首を左右に振り、湯呑を置いて話し始めた。
「人形の話なのよ」
「あれだけ話したのにまだ続きがあるの?」
「ええ、ちょっとね」
私は自分が作った自立人形を頭に描きながら、霊夢に話していく。
「完全な自立人形。それは、一つの人格を持ち、私の補助がなくても活動が出来る人形のことで」
「うん」
「その人形には、魂が必要な所まで話したわね」
「ええ、さっきそう言ってたわね」
「魂によって扱い易さ、って言うのがあるのよ。霊夢も分かるわよね?」
霊夢に質問を振ると、首を少し傾げながら答えた。
「まぁ、分かるわよ」
「今回の人形は記憶が出来るから、私と魂で思い出も共有していける。私はそこで、思ったの。そこまで出来るなら」
「死んだ人を、あたかも生きているかのようにする事が出来る、かしらね」
霊夢は湯呑を口元に寄せながら、私の言葉に割り込んだ。
私はそれに頷き、続ける。
「それに気付いてから、本当にやっていい事なのか、そう思う事もあったわね」
「ふむ」
「言うなれば、それは」
「人の魂を放り込んで、自分の傍に留める事を本当にしても良いのかって事よね?」
再び、霊夢が遮った。
「出来たものは、それはそれで良いんじゃない?」
私の目的は、『指示やサポートがなくても自我で動けるもの』を作ること、だった。今もその目的からは外れていない。ただ、新たに出来る事が増え、完璧な方向を目指して形にしたものが今の自立人形。
「やるかやらないかは、あんた次第だと思うわよ?」
霊夢は残り少ない湯呑の中身を一気に飲み、空になったそれを置いて私を見る。
「中には人生全う出来ずに命を落とす人も居るし。そういう魂を救ったりとかするの?」
「そういうわけじゃないわ。やっぱり、反映させるなら私が慣れてる魂のほうがいいし」
「慣れてる魂? そこらに彷徨ってるのを飼い慣らすとか?」
「それだと時間がかかりすぎるわよ」
その言葉に霊夢は首を傾げ目線を反らしたが、私が霊夢に肩を寄せて見つめると、霊夢もきょとんとした目で、私を見返した。
「何?」
霊夢の髪を手に乗せ、肩や首、顔と見つめる。僅かに香る石鹸の匂いが私の心をくすぐっていた。段々と自分の頬が綻んでいくのが分かる。
その様子を見ていた霊夢は、髪を持っている私の手を持ち、
「あんた、まさか」
「ええ。今日は貴女の魂が欲しくて、来たの」
私がそう言うと、霊夢は溜息をついて呆れたような表情をした。
「あのねぇー、はいどうぞとあげる訳無いでしょ? 今そんな話持って来るとは思わなかった」
「ええ、私の一方的な都合なのは分かってるわよ」
私もそれが押し付けなのは分かっていた。それでも人形の為に、霊夢の魂が欲しいのだ。
霊夢は困ったような表情を浮かべる。
「そういう事を言ってる訳じゃないんだけど」
「だけど?」
その返事に霊夢は言葉を詰まらせた。
「うん、何でもない」
何を言おうとしたかは私には分からなかったが、笑顔で訊く。
「いつ逆恨みで殺されるか、分からないんでしょ?」
「そうね、おちおち寝られないわ」
「私の家で寝たいって言ってたじゃない。私の傍に居ればいいのよ」
「それは是非……じゃなくて、ダメよ」
若干、悩んだような表情の霊夢。
「巫女辞めて私の人形になれば、殺される事もないし彷徨う事もなくて安心よ」
どうにかして霊夢の魂を手に入れたい私は、更に食い下がった。
「簡単に言うわね。私だってこんな状況なら……」
途中で言葉を切った霊夢は私から目を逸らし、下を向いた。
つまり巫女を辞めたいけれど、辞められない理由があるという事だろう、と私は考えた。恐らくは紫が後継者を見つけるまで。
「そもそも、私が死ぬの前提でしょ?」
霊夢は力ない声で言った。その言葉に、
「ええ、勿論よ。でも、人形の体でも人間の生活が出来る事は保障するわ」
私は満面の笑顔で返した。
「人間の生活ねぇ。あんたが言うぐらいだから間違いは無いんでしょうけど」
そう言って、再び溜息をついた霊夢は私の手を放し、立ち上がった。
人形の体に魂を宿すという事は、当然の如く魂の持ち主は亡骸になるという事。
「はぁ。どうしたものかしら」
「あら、悩むぐらいなら、私の元に居てくれれば良いのよ。絶対に悪いようにはしないし、命を捨てる以外は全て魅力的な話の筈よ?」
「命を捨てるってねぇ……あんたは妖怪の中で一番の常識人だと思ってたんだけど」
「常識は持ってるわよ。話してもダメなら、勝負で勝ち取ろうと思ってるもの」
私がそう言うと、気乗りしない表情で霊夢は答えた。
「魂くれって常識も何も。決闘したいなら境内に出てくれない? 神社壊したくないし」
「いいわよ」
「さて、私を殺す気で挑んでくるって事よね」
霊夢はお払い棒と札を持ち、構えもせずに私に体を向けている。
「魂を私のものにする、だけど」
私は上海と蓬莱の二体を呼び出し身構えた。
霊夢は私の言葉に表情を険しくし、
「死ななきゃ魂抜けないでしょうが。手加減しないわよ」
「ええ、邪魔者が来る前に始めましょう」
私の指示で上海と蓬莱が魔法弾をばら撒く。霊夢はそれを避け、私に向かって走り出した。
「弾幕ごっこでもする気?」
それを上海と蓬莱で迎撃しようと指示を出すが、霊夢は即座に地面を蹴り後方に跳躍し、それを避ける。
「ただの挨拶よ。霊夢に小細工が効かない事位分かってるわ」
私は六、七、八、九…………そして、二十体。槍や剣を持った人形を呼び出し、広げて身構えた。
「随分と多いわね。飽くまで私の魂目当てってわけ?」
「勿論よ」
霊夢は大量の札を両手に持ち、それを霊力の刃にして私に投げつける。私はそれを全て魔力シールドで弾き、人形に弾幕を撃たせ、更に火薬人形を霊夢目掛けて投げつけた。
人形が地面に付くと大きな爆発を起こしたが、霊夢はそれを右側に避けていた。爆発箇所を一瞥した霊夢が呆れた表情で言う。
「カードも出さずにスペルとか、決闘ルール無視って事かしら」
「貴女を手に入れるには、それぐらいしないと無理だと思ってるから」
本気に近い力で戦わなければ霊夢には勝てない、私はそう考えていた。お互い手も割れているし、小細工も通用しない。今まで何度も戦っているし、それは充分に分かっている。
「面白そう。私もそうするわね」
霊夢の周りに大きな霊力弾が数個現れ、私目掛けて飛んで来る。それを左に跳躍して避け、霊夢の立つ側を伺った。
それを見た霊夢は手の平に橙色の巨大な霊力弾を生成し、凄まじい速度で私目掛けて飛び込んで来る。それに対して人形で進路を阻むが、霊夢は容易く人形の合間を潜り抜け、霊力弾を叩き付けて来た。
その衝撃で私は何メートルか吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられて呻く。
私はすぐに起き上がり、霊夢の様子を伺った。霊夢の動きがいつもよりも速い……そう感じる。今の速さが本気か否かは分からないが、普段以上に力を出しているという事は充分に分かる攻撃だった。
その時、白黒の服を着た少女が箒に乗って境内に訪れていた。今の様子を見ていたのか、いきなり怒鳴る。
「おい、二人とも何やってんだよ!」
その声に霊夢は舌打ちした。こんなタイミングで境内に来られたら、邪魔でしかなかったからだろう。声の主は霊夢の友人、霧雨魔理沙だった。霊夢は魔理沙を一瞥し、
「邪魔されたら鬱陶しいわね。どうにか出来ない?」
「同感ね……少し待ってくれる?」
私は霊夢が首で返事したのを確認した後、蓬莱を魔理沙の元へ向かわせた。
「上海……じゃなくて蓬莱か。蓬莱、これどういう事だよ!」
「ホラーイ!」
「うぐっ!?」
蓬莱は油断している魔理沙を木に殴り飛ばし、手に顰めていたチェーンを投げつけた。チェーンはまるで意思があるかのように、魔理沙と木を巻き付けていく。
「いってええ! お前何すんだよ! 鎖を外せ!」
魔理沙が必死にチェーンを外そうとするが、それは私の意志でしか外せない特殊な物。上位妖怪には物足りない拘束力だが、魔理沙程度なら充分な拘束力を持つ。
「邪魔者はこれで大人しくなるわね。行くわよ」
霊夢はそう言うと、橙色に輝く巨大な霊力弾を再び生成し、私に飛び掛かって来る。私はそれを横に避け人形をけしかけるが、霊夢は難なくそれを避けた。
霊夢は境内の端に跳躍し、霊力弾を生成していく。一方、私は思い切り地面を蹴って霊夢とは正反対の位置まで移動し、霊夢を多方向から囲うように、人形へ指示を出して行く。
霊夢は先程よりも更に大量の霊力弾を作り、私目掛けて発射していた。それを避けきれないと判断した私は、多少の被弾を覚悟しながら真横に跳躍し、火薬人形を手に取って霊夢にぶん投げる。
予想通り、私に飛来して来た霊力弾を避け切れなかったが、受けた数は二発でダメージは大した事無かった。その直後、霊夢の立っていた位置に青い爆炎が立ち、砂埃が舞い上がる。上空には爆発で高く打ち上げられ、体勢を崩している霊夢。その霊夢目掛けて、上海達にレーザーを撃たせた。
しかし、霊夢はレーザーを一瞬で避け、私目掛けて突っ込みながら巨大な霊力弾を大量に放つ。私はそれを避けられず、全ての霊力弾を食らって吹き飛ばされた。
辺りに砂埃が舞う。強く地面に叩き付けられた衝撃で、私の体には嘔吐感が走っていた。
「アリス、一応言っとくけど……ここまでスペルをぶっ放すのは初めてよ」
霊夢は砂埃の中でそう言い放つと共に、再び巨大な霊力弾を生成していく。
しかし砂埃は私にとってチャンスだ。砂埃の中に人形が十数体散っていたからだ。全ての人形に指示を出すと、すぐに散らばっていた大量の人形が回り始め、霊夢を切りつける。
霊夢は呻き声を上げ、溜まらずその場を離れた。
「普段以上の力を出してくれるなんて、嬉しいわ」
体力的に余裕があまり無いが、霊夢が普段以上の力を見せてくれる事を、純粋に喜んでいた。まだ見た事が無い霊夢の全力。勿論、全力で戦われたら恐らく勝てない……そんな予感はする。
でも先程の話を信じるなら、今の霊夢は博麗の力をうまく使えない。勝機はある筈。
「おい! アリスも霊夢も何やってんだ! なんだよこの戦いは!」
魔理沙の喚く声が聞こえていたが、私にも霊夢にもそんなものを気にしている暇は無い。
私は砂埃の中にある人形を介して、霊夢の位置を確認出来ていた。最早、交戦中に砂埃が収まる事はまず無いだろう……そう考え、火薬人形を再び取り出し、砂埃の向こうに居る霊夢目掛けて投げつける。
霊夢にはそれが見えなかったのか、青い爆炎と共に上空に吹っ飛んだ。しかしそれと同時に、爆炎の中から飛んでくる巨大な霊力弾。
私は魔力シールドを展開しつつ地面を蹴り、避けようとして霊力弾の軌道を見たが、どうしようもない数の霊力弾を見て愕然とした。夢想封印の霊力弾が普段の数倍、飛び出てきたのだから。私は避け切れず魔力シールドも破壊され、貫通してきた霊力弾に吹っ飛ばされた。
私は霊夢との力の差がここまであるとは思っていなかった。元々耳障りな魔理沙の声が、余計に耳障りに聞こえる。
霊夢は人形から見える視界に立っていた。既に霊力弾を作り出している。それはおよそ私から二十メートル程の位置。まともに数十発の霊力弾を受けた私の体はボロボロ、立ち上がるのも厳しかった。
砂埃の向こう側から再び、霊力弾の光が漏れる。
私がこの状態から勝つとしたら、霊夢の攻撃を止めるしか無い。目的は飽くまで、霊夢の魂を手中に収める事。避けられず、逃げられずでもまだ手はある。私は立ち上がり、今出せる最高の魔力を込めて、魔法の糸を伸ばした。
すぐに、砂埃から霊力弾がぶっ飛んで来た。それは呆れるような大きさ、私の背丈の倍はあるような巨大な霊力弾。
巨大な霊力弾を避けきれず半身に当たり、吹き飛びそうになる。それでも、今吹き飛ぶわけには行かない。吹き飛んでしまえば全てが水の泡。
霊力弾の軌道から無理矢理逃れ、なんとか耐えた私はふらつきながらも砂埃の中を一歩ずつ歩いていく。人形からレーザーを撃っても良かったが、霊夢の顔を見たいという思いに憚られた。
砂埃を抜けた先には、思い描いた通りの光景が広がっている筈。私の指輪からは普段よりも強力な魔法の糸が手応えと共に伸びているのだから。
砂埃を抜けた先、そこに居る霊夢は困惑の表情をしていた。爆発と切り傷でぼろぼろになった霊夢には、魔法の糸が私の指輪と繋がっている。
普段なら絶対に使わない、対象そのものを縛り付ける魔法の糸。誰にも見せた事が無い手段の一つ。
その様子を見ていた魔理沙が怒鳴る。
「霊夢! どうしたってんだよ!」
「五月蝿い! あんたは黙ってなさい!」
その問いに、霊夢は怒鳴り返した。
私はふらつきながら霊夢に歩み寄った。霊夢は私に気付き、こちらに顔を向けて穏やかな表情で話す。
「さっきの話覚えてる?」
そう言われ、私は霊夢の悩みを思い出す。
「覚えてるわよ」
「今のあんたのような、暴走した妖怪を始末するのも私の役目」
何もかも面倒臭い、と言っていたあの話。
「そうね」
「こんな魔法の糸、抜けようと思えば抜けれたんだけどね」
言うや否や、霊夢は全身から霊力を強く放出して、魔法の糸をあっさりと切った。奥の手段があっさりと破られるのも衝撃だが、何故逃げなかったのかも分からない。
「何で……抜けなかったの?」
私がそう言うと、霊夢はお払い棒を地面に落とし、戦闘意思が無いことを示した。
「朝、愚痴ったでしょ。妖怪退治するのが馬鹿らしいって。それに」
「お前何言ってるんだよ! 逃げろ!」
魔理沙の怒鳴る声が聞こえてくる。霊夢はそれを無視し、
「あんたを今ここで始末したら……会えなくなるし」
視線を地面に向けながら、言葉を続ける。
「こういう余計な感情抱くと仕事に差し支えるから、誰にでも距離を置いてた。でも、無理だった。こんな時に情が移っちゃうとはね。話さないほうが良かった」
思わず、自分の顔が綻んだ。
「私は貴女のそういうところ好きよ? だから貴女を選んだの」
私の言葉に、霊夢は鼻で笑った。
「私を殺すって人が、そんな台詞を嬉しそうに言わないの。あぁ、私の魂が欲しいんだったわね」
「ふざけんな! お前が死んだらどんだけ悲しむ奴がいると思ってんだ!」
「黙れって言ったでしょ!」
「黙れってお前……いい加減にしやがれ!」
魔理沙の悲痛な怒鳴り声が辺りに響く。そして、霊夢はその言葉を蹴った。
私は霊夢の魂が欲しい、その思いに偽りは無い。
「そうよ。私は貴女の魂が欲しくて戦ったのだから」
私がそう言うと、霊夢は頷いた後に静かに話す。
「あんたにここまでされて、危機感も見えてきた。結界張っても意味無かったし」
「結界、張ってたの?」
「そうよ。一瞬で破れたけどね」
博麗の力を使わなくても純粋に凄まじい霊力を保有している霊夢。普段の結界を使われていたら、私のスペルは弾かれていただろう。二発目のリターンイナニメトネスが難なく当たったのも疑問ではあった。
「アリス、あんたがさっき言った話は、信じて良いのよね?」
「さっきの話?」
「人形の話よ」
「本当よ。貴女は私の家族になって、私と同じ生活を送れる」
あの人形に魂を入れれば、人間と全く変わらない生活が出来る。魂が満足するという事に関しては、絶対の自信が私にはあった。
「ふふ……どこまで本当か知らないけど、全部信じちゃうわよ?」
霊夢は少し期待しているような、不安なような表情を浮かべた。
「さっきから随分と勝手な事言いやがって! お前本当に考えてんのか!?」
霊夢は怒鳴る魔理沙を一瞥した後、小声で言う。
「どこを彷徨うか分からないし、いつ殺されるかも分からない。それなら分かるうちに……アリスの傍に行った方がいいかしらね」
その言葉に、私の心は嬉しさで満たされていった。
「随分、嬉しい事言ってくれるのね」
私がそう言うと霊夢は首を横に軽く振り、
「ここに居る理由も無くなったからね」
「え?」
「もう、完全に巫女じゃなくなったのよ」
「巫女じゃなくなった、って?」
私の言葉に、霊夢は目を細めて頷いた。右手に結界札を持ち、霊力を込める。
「そうよ。ほら、さっきまで使ってた気休めの結界すら出せない」
いつものような青い結界が展開されず、結界札は全く反応を示さない。
博麗の神に見捨てられた、もしくは自分から信仰心を捨てた……そういう事だろう。
霊夢は持っていた札を地面に落とし、左手で私を指差しながら、穏やかな表情で私を見た。
「人間と同じ生活出来るって言うし……いいわ。私の魂好きに使って頂戴」
「おい!? まさかアリスの人形になる気か!?」
魔理沙が泣きそうな大声を上げたが、霊夢は特に表情を変えずに魔理沙の方を見て答えた。
「そうよ」
「お前自分が何言ってるのか分かってんのか!? 死んでどうすんだよ!」
その言葉には返事を返さず、私に向きなおし、
「アリス。ここまで私に言わせるんだから、後悔させないでよ?」
霊夢は涙を浮かべながら微笑んでいた。
私は、再度自分の気持ちを確認していた。今の話を聞いても自身の意思は変わっていない。寧ろ、嬉しくて堪らない。念願の愛しい魂が手に入るのだから。
「後悔なんてさせない、人形使いの名にかけて誓うわよ」
私は嬉しさのあまり、霊夢を抱きしめた。それに驚いた霊夢は頬を赤らめ、私の耳元に囁く。
「魔理沙が見てるわよ?」
「少しぐらい、いいじゃない」
私は神経麻痺の魔法をかけた後、霊夢をそっと、放した。
「眠くなるだけだから、痛みは無いわよ」
私の言葉を聞いて魔理沙は状況を把握したのか、再び怒鳴る。
「早く魔法を解いてくれ! お願いだ! 早く!!」
魔理沙は凄まじい形相で私を睨みつけていた。勿論、私には魔法を解く気が無い。このまま進行すれば霊夢は昏睡状態に入り、死に至る。
霊夢は流れる涙を手で拭いながら、視線を私に向ける。
「まだ少し怖いけどね。ありがと」
その涙の意味は、悲しみなのか嬉しさなのか、私には分からない。でも、嬉しさに違いない、今の私はそうとしか思えない。
「何やってんだよ! 早く解いてくれ! アリス!」
私は魔理沙の懇願してくるような大声を無視し、
「お礼を言うのは私のほうよ。少しの間、おやすみなさい」
そう言いながら、もう一度霊夢を抱きしめた。
「私の魂、しっかり……持って、ね」
霊夢は目を閉じたまま、微笑んだ。
「大丈夫、目覚めた時は隣にいるわよ」
「霊夢! 霊夢!? うわあああああああああああああ!」
「また、後……で……」
魔理沙の悲痛な叫び声が聞こえる中、霊夢は一言残して私の胸の中で動かなくなった。
「れい……む、あ……あ」
涙で酷い表情をしている魔理沙を一瞥した後、私は霊夢の魂を自分の体に封じ込めた。そして、霊夢の体を背負う。先程の戦闘でかなり疲弊しており辛いのだが、霊夢を背負う位ならさほど問題は無かった。
辺りを見回したが、空間の歪み等異常は特に見られない。
それにしても、これだけ長く博麗神社境内にいて、魔理沙以外来ないのは運が良い……といった所か。
「さて。後は、飛んで火にいる夏の虫ね」
問題は魔理沙。今はチェーンで束縛してあるが、解けば私を殺しに来るだろう。自分の身を危険に晒してまで生かしておく必要なんて無い。それに、魔理沙の魂も確保して人形に放り込むのも悪くない。
私は霊夢を背負ったまま、魔理沙に少しずつ歩み寄った。
「わ、私を……殺すって、いうのか」
「生憎、すぐに魂を入れられる人形は一つしかないのよね」
「お前……正気じゃねえよ」
今まで一度も見た事の無い、魔理沙の凄まじい憎悪の表情。
私は表情を変えずに、魔理沙に言った。
「私は至って正気よ、霊夢の事を愛してるもの。さっきの会話聞いていたでしょ? 魔法の糸も外れていたのに、逃げなかった。それどころか、自分から魂をくれると言ったのよ?」
「許せねえ。絶対に許さねえぞ! ぶっ殺してやる!」
「別に物扱いするわけでもなし。霊夢は私の家族になるのよ」
「散々人形爆破してる癖に……笑わせんなよ」
魔理沙が何を言っても遠吠えにしか聞こえなかった。今は動けやしないのだから怖くも何とも無い。
「動けない癖に良く吼えるわね」
そう言いながら睨みつけると、魔理沙は急に怯えた表情になった。普段から私に散々迷惑をかけた罰だ。ここでいたぶるのも悪くない。
「そういえば借りた物は死んだら返すとか言ってたわよねぇ。返却日は今日?」
魔理沙は怯えた表情のまま、言葉にならない声しか出さなかった。
「折角だから、あんたを実験台にするのも悪く無いわねぇ。どうしようかしら」
(アリス、聞こえる?)
その時、霊夢の魂から脳に響くように、声が聞こえてきた。
(ええ……聞こえてるわよ)
普通、魂は肉体と切り離した後一時間は気付かない。霊夢の魂が十分程度で目覚めた事に私は驚いた。
(私死んだのよね?)
(そうよ。……手荒な真似をした事は謝るわ)
(気にしないで。今は不思議と気分良いのよ。って、私の体重くない?)
(大丈夫よ)
(そっか。あー、それどころじゃないわね、この状態で魔理沙と話すにはどうすれば?)
(私が魔理沙に触れて交信術を使えば出来るわよ)
(お願い出来るかしら。それと……魔理沙を殺さないで)
霊夢の頼みなら断れない。
霊夢と魔理沙の対話で私が殺されなくなるなら問題は無い、か。そんな虫がいい話になるとは考え難いが。
(分かったわ)
私は魔理沙の肩に手を当て、魔力を込めていく。すると、魔理沙の小柄な体が大きく震え、心底怯えた目で私を凝視した。
「霊夢が話したいそうよ」
(魔理沙? 聞こえてる?)
「なっ……なんだよ、それ」
魔理沙が驚愕の表情に変わる。私も神経を研ぎ澄まし、霊夢の言葉を聞く。
「これは魂と交信する一種の霊術よ」
「魂と交信?」
(魔理沙?)
魔理沙は俯き、霊夢の魂と対話し始めた。
「ああ、霊夢だよな? 聞こえてるよ」
(これは、私が望んだ事だからね)
「は……何?」
(さっきの会話聞いてたでしょ)
「聞きたく、ない」
(聞いてくれないと困るわ)
その言葉を聞いた魔理沙の表情が、険しくなった。
「……ふざけるな」
(あんたには分からないでしょ、私がどれだけ辛い思いしてきたか)
「分かりたくも無い!」
(あのねぇ、さっきの話聞こえてたでしょ? 聞こえるように話してたんだから)
「これアリスの演技だろ!? 聞きたくない、手を離せ!」
魔理沙は霊夢の魂の言葉を拒んだ。勿論、私の演技ではない。魂の言葉は全て霊夢自身のもの。
もっとも、今の魔理沙では私の言う事なんて何一つ信じないだろう。それでも、今は聞かせなければならない。
私は声を大にして、
「霊夢の言葉だって言ったでしょ! 最後まで聞きなさい!」
「んなの信用出来る訳ないだろうが! 目の前で殺されてんだぞ!」
「あんたがここで拒否したら霊夢の気持ち全て無下にすることになるわよ!? それでも良いの!?」
私の怒鳴り声を聞いた魔理沙は俯いた。
「聞けばいいんだろ聞けば」
(理解するのが遅いわね)
「死んでも憎まれ口だけは一緒か」
(あんた程でも無いわ。手短に話すわよ)
「なんだよ」
(まぁ、私の気持ちが分からないのは仕方無い。あんたに話した事は無かったし)
「親友の私よりも妖怪を信用すんのかよ」
(あれだけ素行しておいて弁解の余地があるの?)
「ほんとお前口悪いな」
(否定出来ないのね)
その言葉に、魔理沙はばつが悪そうな表情になった。
「……で?」
(これからは人形の体になるけど、普通の女になるだけよ)
「人形のどこが普通の女だ!」
(落ち着いてよ。きちんと聞いて)
霊夢に言われ、魔理沙はなんとか冷静さを保とうと堪えた。
それにしても、これで説得出来るのだろうか。普段からこの二人はこんな感じだから、違和感は無いが。
「ああ」
(アリスの言葉を鵜呑みにすればだけど、私は今までと同じように過ごせるのよ)
「分かりもしない事を信じるとか、馬鹿げてるな」
(少なくともあんたよりは信用出来るわよ)
「目の前で霊夢を殺されて信用出来る訳無いだろ」
(言ったでしょ、巫女じゃなくなったって)
「関係ないだろ」
(いつ殺されてもおかしくない状況だったのよ。さっきの決闘見てたでしょ?)
「もう死んだじゃないか。訳の分からない事を言うな」
(あんたが納得出来なくても、私は平穏に暮らしたいのよ)
「ふざけんなよ! 私の事を無視して死ぬのか!? ずっと友達だったじゃないか!」
再び大きい声を上げる魔理沙。
もし、私が魔理沙の立場になったらどうしただろう?
勿論、今の私がその答えを見つける事など、出来る訳も無いが。
(どうでも良くないわよ。私だってあんたと別れたい訳じゃないわ)
「なら、なんで死を選んだんだよ!」
(得体の知れない妖怪に殺されて彷徨うぐらいなら、知った人の傍に居たいからよ)
「だからそれが納得出来ないって言ってるだろ!?」
(現にこうやって話せてるじゃない)
「お前がアリスに殺された事実は変わらないだろうが!」
霊夢は少し沈黙し、再び切り出す。
(まぁ、すぐに言っても理解してくれる訳無いわよね。いずれにしても、お願いがあるの)
「ふざけるな! 私の気持ちを無視すんなよ!」
(アリスのこと、恨まないで。私が望んだ事だから)
その言葉に、魔理沙の表情が険しくなる。
「何?」
(言葉通りよ)
「何言ってんだよ!」
(アリスのことを恨まないでって言ったの。あんた、アリスを殺しそうだから)
「待てよ!」
(私の事が本当に大事なら、アリスを殺さないで。今こうして話せるのもアリスのお陰)
魔理沙は歯軋りをしながら、私を睨む。
「アリスアリスアリスって……二人して馬鹿にしやがって」
(後、これからはアリスの命と私の命、一緒だから)
「え?」
(意味分かるでしょ?)
魔理沙はすぐに理解したのか、絶望の表情に変わった。
今、私を殺せば霊夢の魂は何処かへ彷徨う。魂を自立人形に移した後も、私が死ねば自立人形も連動して止まる。それは、私の生命とリンクして動くように作ってあるから。
(分かったかしら?)
「どこまでも計算し尽くされてるって事かよ」
「そうでもないわよ」
私が言っても何一つ信じないだろうが、霊夢からの言葉なら信じるだろう。
魔理沙は諦めきったような、笑いも怒りもしない表情で、涙を流し続けていた。
「もういい。結局全部お前に任せるしか無いって事だろ? 失敗した時はぶっ殺してやる」
「抜かりは無いわ。魂の扱いと人形においては完璧よ」
(あともう一つ、二人にお願いがあるわ)
「何かしら」
(人形で初めて目覚める時は、貴女達二人が居る方がいいわね)
私が魔理沙を見ると、魔理沙は私を睨み返した。
「魔理沙、私の家に来れるかしら」
私がそう言うと、魔理沙は目を逸らして吐き捨てるように言った。
「ああ、行けばいいんだろ、行けば」
「決まりね。早速行くわよ」
取り合えず、私が死ぬまで霊夢の魂が彷徨う事は無い。ボロボロの体で霊夢を背負いながら飛ぶのは正直しんどいが、それも仕方ない。早くこの場を去らないと、いつ他の妖怪が来るかも分からない。
私は魔理沙を縛り付けているチェーンを外し、全ての人形を引っ込めた。
「長々と縛り付けて悪かったわね」
「思ってもいない癖に……よく言うよ」
私達は博麗神社を発った。
◆
霊夢を背負っている私はまともに飛ぶことすら厳しかったが、事なきを得て自分の家に辿り着く。
玄関扉の結界を解除し、魔理沙を中に招いた。
「取り敢えず、研究室に入って頂戴。すぐそこの部屋よ」
「……ああ」
一時間ぶりの言葉のやり取り。
神社を発ってから今に至るまで、ずっと険悪な雰囲気が続いている。
玄関を上がった私達はそのまま研究室に入った。
「さて、と。これが自立人形よ」
作業台に掛けられていた布を捲ると、不気味過ぎるぐらいに霊夢と変わらない顔の人形が姿を現した。
違う点は私の青い服を着せてある事だけ。
私は捲った布を床に敷き、その上に霊夢を下ろした。
「初めっから霊夢狙いかよ」
魔理沙は人形を見た後、呆れた表情で私を睨んだ。
「ええ、二度作れるか怪しい位、最高の出来よ」
髪、肌、弾力、容姿も質感も人間のそれと全く変わらない。継ぎ目も一切なく、霊夢が台の上に横たわっているようにしか見えない。霊夢が不自由しないように、今出来る全ての技術を詰め込んだ過去最高の傑作だ。
(ねえ、人形に入った後って体どう動かすの?)
(普段通りに動こうとすれば動かせるわよ)
私は霊夢の質問に答えながら、魂を封じ込める準備を見直した。
(分かったわ)
特に不足している道具等は無い。直ぐに始められる事を確認した私は、
「始めるわ」
自分の体から霊夢の魂を切り離し、それを魔力回路の中に封じ込めた。
「よし。後は始動するだけ」
無事に魂が封印出来た事を確認し、魔力回路に魔力を送り込み、始動させる。いよいよ、完全な自立人形が霊夢の魂で動き出す。
人形の手が微動すると同時に、目が開いていく。
「霊夢、どうかしら?」
霊夢の人形はゆっくりと体を起こし、自身の体がきちんと動くかどうか確かめるように、手足それぞれを動かす。その様子は、生前の霊夢の体と何も変わらない自然な動きだった。
その人形は、感動した様子で口を開く。
「普段と変わらないわね」
普段と同じ声域を聞いた私は、安堵の息が漏れた。人形自体は完璧だが、霊夢の魂が人形に馴染むかどうかまでは分からなかったからだ。
霊夢は私の顔から足元まで一通り見ると、目を細めた。
「アリス、服……酷い事になってるわよ」
「大丈夫よ。服ぐらいまた作れるわ」
そう答えると、霊夢は自分の亡骸に視線を移した。
「私の体なんて無理して持ってこなくても良かったのに。重かったでしょ」
「重くなんて無いわよ。それに、あのまま放っとく訳にもいかないわ」
私がそう言うと、霊夢は髪を掻き揚げながら微笑む。
「変なところで気遣うのね……ありがと」
魔理沙が怪訝な表情で霊夢を見る。
「なぁ……本当に変わってないのか?」
「うん。不思議なぐらい何も変わらない」
霊夢は手足を入念に動かし、手で自身の肌を確認しながら答えた。
私としては、まずは本当に魂が馴染んでいるかを確認したい。
「霊夢。試しに少し、歩いてみてくれるかしら」
私はそう言いながら、部屋の両端を指差した。
霊夢は台から降り、一歩一歩確かめるように、上半身を準備運動のように動かしながら、部屋の端から端までゆっくりと往復した。
そして、私に顔を向け、
「この体、本当に人形よね?」
「そうよ」
「感触から何から何まで、変わってないわ」
「体が重いとか、軽いとか、動かしにくいとか無いかしら」
「大丈夫ね」
そう言いながら、腰を軽く回したり、腕を伸ばしたりしている。動作に関しては問題無しと言ったところだろう。
「どんだけ、精巧に……作ったんだよ」
怪訝な表情で訊いてきた魔理沙に、私は説明した。
「限りなく人間に近い体を作ったのよ。五感と神経、そして体温まで、殆どを再現したの。武器も装備してないわよ」
「えぇ、そうなの?」
武器が装備されていない事が意外だったのか、霊夢は素っ頓狂な声を出す。
「上海みたいに武器出せるか少し期待したのに……」
霊夢の魂であれば、そこまでしなくても充分過ぎるほど自衛出来る筈だ。最初から霊夢を宿らせるつもりだった為、戦闘用の武器は装備させていない。
「私の魔法と霊夢の霊術は使える筈よ。そこまで調整してあるわ」
「そうなの?」
「何だそれ……随分と無茶苦茶な人形だな」
魔理沙は表情を変えずに霊夢を見ていた。
自分でも良くここまで作れたと思う位、素晴らしい出来の人形。そして、自分の愛する魂が人形に入った。これ以上嬉しい事は無い。想定外の形だったとは言え、本人の了承も得られている。戦闘目的に作った人形ではないのだから、これでいいのだ。
「ねえアリス、一つ……お願いあるんだけど」
「ん?」
霊夢は少し微笑みながら、ばつが悪そうに私を見ていた。
「えーっと、お茶飲みたい。あと饅頭も」
霊夢は、既にいつものマイペースに戻っていた。魔理沙は霊夢の言葉に呆れ、
「お前他に考える事無いのかよ」
「別に良いでしょ、食べ物の味が分かるか知りたいの」
私は嬉しくて、平常心が保てそうにない。
「お菓子の作り置きは無いわね。とりあえず緑茶でいいかしら」
「構わないわよ」
「上海、三人分お願いね」
「シャンハーイ」
上海はすぐに研究室を出ていった。
暫し沈黙した後、魔理沙が腫れ物に触るように霊夢の手を握り、話しかける。
「なあ」
「ん?」
「本当に、霊夢なんだよな?」
「そうよ?」
「アリスの演技じゃないんだよな?」
「自分で動かしてるわよ。死んだ実感が全然無いわね」
霊夢は手を握り返しながら、魔理沙を見ている。
私は魔理沙に向けて、右手の甲を見せるように指輪を見せた。
「信じられないなら、後で指輪外すわよ」
私を一瞥した魔理沙は目を細め、
「そうか、霊夢なんだな……間違いなく」
「そうよ」
「ああ……納得いかねえ。でも、認めるしか無いのか……」
霊夢の手を放し、帽子で涙を拭きながら俯いた。目の前で私が殺したのだから、幾ら霊夢が良いと言っても受け入れられる訳が無いだろう。
霊夢は魔理沙の手を握り、穏やかに微笑む。
「いつまで意地張ってるのよ」
「意地張ってるって……お前私の目の前で一度死んでるんだぜ? その体だって本当は」
「いいの。こうして魔理沙と普通に話せるんだし」
それは、生前と全く同じで、作り笑顔にはとても思えない表情。
「これからも宜しくね、魔理沙」
その表情を見て魔理沙は、
「分かった」
「ん?」
「宜しくな……霊夢」
霊夢は今、間違いなくここに居る。魔理沙が望まない形ではあるが、霊夢は存在している。
私が何を言っても白々しいし、何も言わない。それに、余計な事を言って霊夢を悲しませるような真似は避けておきたい。
そんな事を考えている時、上海が緑茶の入ったティーカップを三つ、トレイに載せて戻ってきた。
「シャンハーイ」
「ありがとう。はい、緑茶」
霊夢はティーカップを受け取ると、早速一口啜り、
「熱くて、味も緑茶ね」
味が分かる事を喜んでいた。
その表情を見た魔理沙は、悲しげな表情で微笑んだ。
◆
あれから、私は出された緑茶も飲まず、自宅に戻った。
一日の間に色々とあり過ぎて、もう何から考えればいいか分からない。憎悪、殺意、疑問、友情が頭の中で渦巻く。
自分を落ち着かせる為、湯呑に緑茶を淹れるだけ淹れて一口飲んだ後、布団の上に座っていた。
カードルール無視の酷い戦いをしていた霊夢とアリス。
霊夢は辛い事を私に相談してくれなかった。
その霊夢はアリスに殺されている。霊夢は自分からアリスの人形になりたいと言っていた。
アリスは霊夢を抱きしめていた。歪んだ愛情だ。
私はアリスを殺せなかった。そして、霊夢は人形になってしまった。
人形なのに生前と全く同じ顔で笑う霊夢。
何もかも、アリスに奪われた気分だ。
アリスの事は良く出来た姉のように感じていた。
霊夢は何年もの付き合いがある親友。
死ぬ事で死の恐怖から開放されるとか、あまりにも極端過ぎる。
巫女を辞めるだけで良かったじゃないか。
その二人の間で起こった事件。
今までの霊夢はもう居ない。あそこに居るのは人形だ。
全て信じたくない。信じたくない。嘘だと言って欲しい。寝て起きたら全て夢だった、それがいい。
自分の頬を叩くと、痛みが走った。
殺意に任せてアリスを殺せば霊夢も居なくなる。
勿論、霊夢とは別れたくない。
今まで霊夢として来た事、アリスとして来た事を思い出すと涙腺が緩む。
その時、覚えのある妖気が流れてきた。私はその正体の名前を呼んだ。
「なあ、紫。いるんだろ?」
返事は無い。
「紫、妖気で分かるから出てきてくれよ」
「ばれてるのね。仕方ないわねぇ」
空間が裂け、通称隙間妖怪 ── 八雲紫はそこから顔を覗かせた。
落ち着いている時であれば、隠れていても漏れている妖気で存在が分かる。
紫は私を見て、普段と変わらない声で話した。
「私があの状況を見てなかった訳が無いでしょう?」
「なら、なんで止めなかった」
紫ならアリスを止めるぐらい容易かった筈。あの時動けなかった自分の無力さに手が震える。
「簡単な理由よ」
「人が死ぬのに簡単も何もないだろうが!」
紫は普段と同じ表情で、怒りも悲しみもしていないように見える。
分からない。何故こんなに平常心でいられる?
「半月前から後継者を探していたわ。二日前に漸く後継者が選別された」
紫には博麗大結界を監視する役目がある。その為に動いているのだろう。それは分かる。
「お前……」
「大分前から霊夢は博麗を冒涜していた」
「博麗を冒涜? 分かってたならなんで止めないんだよ」
「説得したわよ。でも、霊夢を抑止出来なかった」
「霊夢の命はそんなに軽いものなのか!?」
「重要なのは霊夢が殺された事ではなく、博麗の信仰を放棄した事」
あの時、既に巫女としての力を失っていた事は分かる。
だからと言って納得出来る訳が無い。怒りの矛先をどこに向ければいいんだよ。
「どいつもこいつも、自分の都合で動きやがって」
「分からないの?」
「分かりたくねえよ!」
「アリスが手を止めたとしても、他の妖怪が手を出すわよ」
「霊夢なら妖怪なんかに負けないだろ!?」
「少しは落ち着け。朝の決闘見てたでしょう? 只の人間が、欲望や遺恨に身を任せて襲い掛かってくる妖怪に必ずしも敵う? 霊夢がどれだけ下賎に恨まれているか分かる?」
その言葉に、私は言い返せなかった。
人間の手に負えない妖怪なんて、幻想郷には幾らでもいるのだから。
霊夢もあの時、紫と同じ事を言っていた。
「もう……どうにもならなかったのかよ」
涙が、止まらない。
「遅かれ早かれ、今の状況は成り得た事よ」
紫は現れてから表情を変えず、時々扇子で口元を隠すだけ。
「もう霊夢は、戻ってこないんだな」
「アリスの家にいるわよ」
「あれは霊夢じゃないだろ」
「体という意味ならね。でも、あの人形は霊夢よ。若輩妖怪がよくあそこまで成し得たものだわ」
確かに、人形と思わなければ霊夢そのものだが、アリスの都合で生かされてると思うとやりきれない。
「なあ、お前は霊夢が殺されてもなんとも思わなかったのか?」
「私個人の都合で考えれば……そうね、好都合ね。幻想郷的には迷惑だけれど」
「殺されて好都合なのか?」
「友と過ごせる時間が伸びた。素晴らしいわね」
人間より遥かに長い寿命を誇る妖怪の感情なんて分からない。
ただ、長寿の分、妖怪は多くの者と死別しているだろう。そう考えると否定も出来なかった。
「お前は、どうしたいんだ?」
その言葉に、紫は目を逸らす。
「構うのは暫く無理になるわね。貴女は複雑だろうけど、霊夢とは今まで通り触れてやって頂戴」
「そう言われても……まだ気持ちの整理がつかない」
「私の分もやるのよ。さもなくばミニ八卦炉を没収」
「やめてくれ」
紫は少し微笑んだ。
「そろそろ戻るわよ」
「あぁ。忙しい中すまんな」
「忙しいのは儀式の後。頼んだわね」
終始顔しか見せなかった紫は私を一瞥した後、空間の隙間を閉じて部屋から消えた。
今まで通り、か。出来るか? 私に。
程よく冷めた緑茶を一気に飲み干し、再び、考える。
霊夢は逃げる事が出来たのに、アリスから逃げなかった。あの時、間違いなく魔法の糸は外れていた。
── 私は平穏に暮らしたいのよ
── 普通の女になるだけよ
── 私が望んだ事だから
── これからも宜しくね、魔理沙
霊夢の言葉が頭の中で回る。私に何が出来るだろうか。今まで通りに霊夢に接する事?
アリスを殺したら、霊夢は悲しむ。それどころか、話せなくなるかもしれない。
嫌だ。
考えるのが嫌だ。
別れるのも嫌だ。
どうすればいい?
色々と考えても、行き着く先は二つの言葉。
そして、アリスが死んでも私が死んでも、結果は変わらない。
「答えなんか、一つしか無いじゃないか」
無意識に呟いた私は、空になった湯呑を放り投げた。無機質な音が部屋に響いた後、私は布団に突っ伏した。
◆
「ねえ」
「ん?」
「私のこの体、作るのにどれぐらいかかったのかしら」
「そうね……半年はかかってるわ」
「そうなのね」
私達は居間のソファに寄り添って座り、暢気に過ごしていた。
霊夢は今の体にも慣れ、クッキーを食べながら緑茶を飲み、普段通りに振舞っている。
「正直、食べ物の味とか香りとか暖かさとかは、分からないんだろうなって思ってた」
人間が認識出来る事を、殆ど認識出来るようにした人形の体。ここまで巧く行くものなんだなと思うと、嬉しくなる。
「肌とかもこんなに、全然違和感無いし……ん?」
「どうしたの?」
「ちょっとだけ違うところがあるわね」
「え?」
その言葉に不安が過ぎる。何かミスをしたのだろうか? 何から何まで何度も何度も全て見直して、完璧に作った筈。
私は恐る恐る、訊いた。
「何か違うところ、あったかしら」
「スタイルが良くなった」
「え?」
予想外の答えに、私は何を言われたか一瞬分からなかった。悪くなったと言われるよりは数倍良いが。
「自分を参考に作ったから」
「羨ましい体してるのねー」
その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。
「何か……恥ずかしいわ」
「顔赤くなってる」
霊夢は意地悪そうに笑い、私の肩を突付いた。
「ま、今日が私の命日になるとは思ってなかったけどね」
霊夢の口調からして、体が入れ替わった事はさほど気にしていないようだ。それだけ、『博麗の巫女』という束縛は辛かったということだろうか?
今更訊くべき事ではないし、訊かないが。
「アリス、そんなに心配そうな顔しないで。私は今、幸せな気分よ」
「えっ、あ……ご、ごめん」
霊夢は私を一瞥した後目を細め、ティーカップを口元に寄せて言う。
「感謝してるわよ。魔理沙は納得しないだろうけどね」
「私が何を言っても、白々しいわよね」
霊夢は再び私に視線を移し、緑茶を啜った後、
「時間を置くしかないかもしれない。今回ばかりは数日すれば元に戻ってるなんて、言えないわね」
そう言って、溜息をついた。
魔理沙は、今後どうするだろうか。考えても私に出来る事は何一つ無い。私が何をしても、霊夢の魂を人形に宿しているという現実は変わらないのだから。
「ところで、私を操る事って出来るの?」
その言葉に、まだ説明していなかった事を思い出した。色々と事態が想定出来る為、説明するのが憚られたというのもあるが。
「勿論、出来るわよ」
「へえ、そうなの……少し怖いかな」
「大丈夫よ、霊夢の意思を無視したりしないわ」
「それならいいけど、怪しいわねー」
「変な事はしないわよ。それともして欲しいの?」
「やめてよ」
そう言って、また意地悪そうに微笑む霊夢。人形だということを忘れてしまいそうだった。
◆◆◆
件の日から、二週間が過ぎた。
霊夢が私の家族になってからも、平穏な日々を送っている。
霊夢が行方不明になった事は、件の翌日に『文々。』一面で取り上げられていた。境内の酷い有様、霊夢は誘拐もしくは殺害されたと書かれており、その後に色々と憶測が記載されていた。
霊夢もその記事を読んだが、新聞なんて所詮こんなもんよ、と気にも留めなかった。
それから数日後、紫が一度様子を見に来たが、私や霊夢を咎める様子は無く、後継者は決まったから安心なさいと言うだけ言って、帰ってしまった。
その言葉に対し霊夢は、その程度でしょ、代わりなんて幾らでもいる、と怒りもせず言っていた。幾らでもいるかどうかは分からないが、大結界に関しては特に問題は無いということだろう。
「そろそろお昼ね。ご飯作ろうか」
霊夢がソファから立ち上がり、キッチンへ向かう。
あれからというもの、他の人形に料理を作らせなくても霊夢が料理を作る事がある。本人曰く、「感謝の気持ち」らしい。
心底楽しそうに料理をしているので、有難くそのまま頼んでいる。勿論、作られるのは殆どが和食。
私がテーブルの上を片付けようとした時、
「おーい、アリスー」
暫く聞かなかった聞き慣れた声と、扉を叩く音。あの声を最後に聞いたのはもう二週間前。
「ちょっと出てくるわね」
「私も行くわよ」
私の後に霊夢も続いて玄関に向かう。
あれから魔理沙はどうなっただろうか。考えなくても、散々悩んでいるのは分かりきっている。
私は深呼吸をして、玄関扉を慎重に開けた。
「よう、久しぶり。やっぱり霊夢もいるか」
紛れも無く、目の前にいるのは魔理沙。殺気等は感じない。いつもの魔理沙が、そこに居た。
「久しぶり」
「久しぶりね」
それ以上、言葉が続かない。私も霊夢も魔理沙の言葉を待った。
「まず、最初に言わせてくれ、アリスを殺す気は無い」
魔理沙の言葉を聞き、霊夢が私の肩を叩いて「場所変わって」と小声で言う。
私は下がり、霊夢と場所を変わった。
魔理沙は霊夢と向き合い、言葉を一つ一つ、選ぶように話していく。
「色々、考えた。まぁ、あれだ。霊夢がどれだけ辛かったのかは、私には分からなかった。霊夢がそんな風に考えてるなんて、思った事も、無かったからな。それに私が幾ら悩んだ所で、何かを変えられる訳でも無かった」
霊夢はその言葉を聞き、訊き返す。
「あれからもう二週間よ? ずっと考えてたの?」
「いや、考えるのはもうやめた。私は私なりにいつも通りにやるのが、霊夢にとって一番良いかなって思ったんだ。それに、霊夢は霊夢だもんな」
魔理沙は申し訳無さそうに、目を細めていた。
「そうね、私は私よ」
「今は……魔法使いになる為に勉強してる。若いうちに魔法使いにならないと老けたままになっちまうんだろ? あんまり悠長にしてられないからな」
借り物は死んだら返すが代名詞の魔理沙が、魔法使いになる、か。魔理沙の才能なら早いうちに魔法使いになるだろう。
それは、私と同じ寿命を歩む霊夢と合わせる為、か。
霊夢は左手で魔理沙の右手を取り、
「魔理沙」
「ん?」
「これからお昼作るところよ。良かったらご飯食べていかない? アリス、いいわよね?」
霊夢の意図を把握するのに若干時間を要したが、
「勿論、構わないわよ」
私は承諾した。霊夢なりの気遣いなのだろう。
魔理沙は私と霊夢の間で視線を泳がせながら、困ったような表情をしていたが、
「そうか……まだ食ってないし貰おうかな」
その言葉の後、ぎこちない表情で微笑んだ。
「それじゃ、上がって」
「ちょっと待ってくれ」
魔理沙が帽子を脱ぎ、俯く。
「何?」
霊夢は魔理沙を見つめている。魔理沙は霊夢に視線を戻し、恐る恐る口を開く。
「霊夢さ……今、幸せか?」
「楽しく過ごせてるし、幸せよ」
「そう、か」
霊夢の言葉に、返事だけを返した。
暫しの沈黙の後、再び魔理沙が口を開き、
「謝らせてくれ。ごめんな」
そう言って、玄関内に入った。
魔理沙がこの短い期間、どれだけ悩んだかは私には分からない。悩んだのは間違いなく私が原因なのは分かっているし、それを訊く気も無い。
魔理沙を居間に招き、ソファに座るように案内した。私はその向かいのソファに座り、霊夢はキッチンに戻った。
今まで通り、上海が魔理沙の紅茶を用意し、もてなしている。
魔理沙は無表情で紅茶を受け取り、口を開いた。
「なぁ」
何から話せば、いいのやら。
「はい」
「はい、って。まぁ、話し難いのは分かるけど」
「そうね、私は貴女から霊夢を奪ったから」
「別に霊夢は私のものだった訳じゃないし。霊夢には霊夢の生き方がある。それよりも訊きたい事があるんだよ」
あれから、話したくない話すべき事、は幾つもある。
「初めて霊夢の人形を見た時、戦いの意味は分かった。私が偶然居合わせなかったら、どうなってた?」
「結果は同じよ」
「あの時霊夢の魂が話せなかったら……私をどうした?」
「間違いなく殺してるわよ」
その言葉に、魔理沙は表情を曇らせた。
「そうか」
どんな手を使ってでも霊夢の魂を手に入れようと必死だった。
あの時に魔理沙を殺さなかったのは、霊夢に止められたから、ただそれだけ。今になって思うと、殺す前で良かった、そう思う。
「あと、霊夢を殺した事を後悔したか?」
「してないわ。霊夢も私が作った体を快く受け入れてくれた。これ以上の幸せは無いわね」
殺した事は後悔していない。自分の研究を実らせるために、最初から霊夢の魂を使う気だったのだから。
そして、経緯がどうあれその体を喜んでもらえている。人形使いとしてこれ程嬉しい事は無い。
「そうか。分かった」
魔理沙はそう言うと、怒りも笑いもせずに、ティーカップを口元に運んだ。
「お前等二人が満足してるんなら、それでいい。私はもう言及しない。お前を苦しめるならもっといい方法があるからな」
その時、霊夢と蓬莱が料理を載せたお盆を持ってきて、テーブルに並べていった。ご飯に味噌汁、煮物の和食。
「ちょっとあんた、あんまり迷惑かけないでよ? ここ神社じゃないんだから」
「お、霊夢良いタイミングだな、丁度決まったとこだぜ」
「何が?」
霊夢は普段と変わらない表情で魔理沙を見る。
「これからは神社じゃなくてここに通うぜ」
「え?」
その言葉に、霊夢は私を見る。
「アリス、何言ったの?」
魔理沙は普段通りの悪気満々の笑顔を浮かべていた。それを見た私は少し苛立ったが、なんとか普段の口調で話した。
「これ以上の幸せは無いって言っただけよ」
「あぁ、だからお前等だけが幸せとかずるいから少し私にも分けろ、そういうことだ」
霊夢は魔理沙を睨み付け、
「何訳の分かんない事言ってんのよ。ここで暴れないでよ?」
「私が悲しんだ分しっかりと返してもらうからな、覚悟しとけよ」
「人の話を聞け!」
魔理沙はそう言いながら、霊夢が作った料理を食べ始めた。霊夢も魔理沙の右側に座り、食べ始める。
その様子を横目で見た魔理沙は、
「なんだ、人形でも飯食うの?」
霊夢も魔理沙を横目で見ながら答える。
「食えるわよ。……これでもあんたの事心配してたんだから。ま、減らず口叩く元気があれば大丈夫か」
「ああ、引き篭ってたから体力は有り余ってる」
私は箸を持ったまま二人のやり取りを見ていた。こういうやり取りを見るのも、酷く久々な気がする。
「あれ? 口に合わなかった?」
それに気付いた霊夢が、きょとんとした目で私を見ていた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
そう言って、私も料理を口に運ぶ。
「ん、それならいいけど」
「お前等二人の身勝手な行動は許してやるが、私の気はまだ済んでないからな」
もぐもぐと口の中に物が入っている状態で話す魔理沙。
霊夢は魔理沙を睨んだ。
「じゃあ私が結界張ればあんたは詰むわけね」
その言葉に、魔理沙は露骨に嫌そうな顔をする。
「博麗の力使えなくなったんだろ? 結界使えんの?」
「あら、知ってたのね。お生憎様、魔法の結界張れるわよ」
「ああそうかよ、私の邪魔をするってなら容赦しないぜ」
霊夢の左踵が、魔理沙の右つま先を踏んだ。
「いってえな! 何すんだよ!」
「五月蝿いわね、ご飯ぐらい大人しく食え!」
「少しぐらいウサ晴らししたって良いだろうが!」
その言葉に、霊夢は魔理沙の胸倉を掴んだ。
「わかったわかった、大人しく食えばいいんだろ!」
「わかってるなら口答えしない!」
私は以前のような付き合いを魔理沙としたいとも思っていない。思っていないが……二人のやり取りを見ていると、無意識に笑いがこぼれそうになる。
魔理沙が茶碗と箸をテーブルに置いて、私を指差しながら睨んだ。
「おい、アリス」
「何かしら」
「覚悟しとけよ。弄り倒してやるからな」
その言葉の直後、霊夢が箸をテーブルに叩き付けるように置いて、魔理沙の脇腹をくすぐり始めた。
「うぁっ、れ、霊夢やめっ、ろ、やめうはっははは」
「大人しく食えって言ってんのよ!」
弄り倒す、か。それぐらいで済むなら安い、と考えながらも、以前と同じ空気を感じてしまう。
良くもなかった仲が、悪化した ── それだけの事。険悪な方が気を遣わなくて済むし、丁度良い。家を壊されるのは困るが。
「やっ、やめっ! もっう、やめってくれええええうぇっふぇっあぇっ」
「弄り倒すってこういう事をいうのかしら! どうなのよ!」
勿論、他の人間や妖怪がこの現状をどう思うかはまた別の話。いずれ、この件は里の人間や妖怪にも知れ渡る。時間は戻らないし、現実は変わらない。
今後の対策を考えると頭が痛くなりそうだが、それも一つの代償。危ない研究には代償が付くのが常なのだ。
次の研究題材は結界魔法と決まっている。食事が終わったら早速取り掛かろう。
楽しめましたが戦闘の描写は物足りなかったかな、と思いました。
同じ単語の多用や、文章から躍動感があまり伝わって来なかったので。
しかしそれ以上に話の展開が気になってあっという間に読み終えてしまいました。
今後とも、貴方の作品を楽しみにしています。
なんか最後霊夢の体にエラーが発生してトラブル起こすのかなって思ったけどあっさりハッピーエンドでびっくり。
こんな話も悪くないですね
とにかく、色々と考えさせられる作品だと思います。
また、紫は認めていましたが、レミリア、萃香といった他の妖怪の反応が気になるところです。
でもお互いの事しか考えて無い狭い世界での幸福です。それを永く保つ事は難しいでしょう
種族魔法使いとなり同じく永い時を生きる事に決めた魔理沙の存在も波乱を呼びそうです
先は苦難満ちているでしょうが禁忌と分っていても覚悟を持って自ら選んだ運命です。
二人ならそれを乗り越えて生きていけると信じます
素敵なお話有難うございました。
楽しませて頂きました。ありがとう
どこか達観していて、純粋にひたすらお互いの幸せを求める霊夢とアリス。
素直でまっすぐで直情的、しかし最後は友二人の行為を認めてくれる魔理沙。
自分の持つ義務や立場を冷静に理解し、その上で友の寿命の延長を密かに喜ぶ紫。
とにかく登場人物の立ち振る舞いや性格が素晴らしく、らしいなぁと思いました。
こういう幸せの形は我々人間の勝手が作り出した倫理や常識からは非難されやすいものでしょうが、
たとえ誰がどう思おうと、今二人が幸せであればそれは良かったのだと思います。
今後の彼女らに幸あれ。
幻想郷における殺人、特に霊夢という存在に対してちとアリスの認識というか覚悟がえらく浅い気がしました
ワリと安易に魔理沙を殺そうとしたのもそうですけど、幻想郷全体をまず考える紫はともかく他の霊夢を気に入ってる大物連中が
アリスの行為や思想をはたして受け入れてくれるのか、レミリアあたりとは真っ向美学が対立しそうな気もしますしね
個人的にはドロドロの欝展開しか予想できませんが、どういう話になるのか期待を込めてこの点数をいれさせていただきます。
他の妖怪、人間がこの事実を許すか
合意があっても体面のために殺されるような気がする
魔法や能力で魅了や支配を行える世界だからこそ、個人的な好意でこんな所業を許すとはとても思えない
この話の後、そうとうもめるでしょうね
これならどこからも文句はでないでしょうけど、魂を奪って人形に押し込める
ある意味殺人より酷い行為なんだが大丈夫???
会話シーンが著者に都合の良い予定調和へ持って行こうとしてるのが見えてしまっている。
展開もよく見ると安易で、最初に投げた問題提起の粗方が回収されずに、
都合の良いところだけ引っ張っている。
あまりキャラの会話に頼り過ぎず、展開で話を進めてみては。
霊夢の魂を奪うことへのアリスの葛藤が欲しかった。
死んでも良いと思うに至る霊夢の苦悩がもっと欲しかった。
アリスへの怒りとやるせなさにもがく魔理沙が欲しかった。
もう一回くらい話がひっくり返る展開が欲しかった。
ですが夢中で読みました。なのでこれはただの100点なのです。
アリスは新しい博麗の巫女に殺されるんじゃないか?
後、自立人形というのはアリスの関与が一切無い状態でも動ける人形のことを言う
なので、アリスの命と繋いでしまっている状態では自立人形とは言えませんし
自立人形の最大の特徴は製作者の意思に反して行動できるというものがあります
つまり術者に操られることが無いということですね
この定義でいくとこの博麗霊夢人形は、自立人形に近いだけの人形という形にしかなりません
最後まで何かあるんじゃないかドキドキでした。
種族としての魔法使いは研究に狂ってるくらいが良いですね!
今後の作品も楽しみにしています。
ですが一つだけ。どのような形であれ、霊夢がただ逃げただけだという事を彼女の周りで誰も指摘しない事が気になりました。
偉そうなことを言って申し訳ありません。
ただレミリアとか萃香など魔理沙以外の親しいものの反応を見たかった。
特に戦闘シーンはどうにも緊迫感に欠けていますし(霊夢の意図を含めたとしても)、
アリスと霊夢の行いに対する魔理沙と紫以外の幻想郷の人妖の受け止め方をばっさり
カットしているのもいただけません。
また、霊夢の魂を使い、術者の生命とリンクしているのでは「アリスが作った」「自立
している人形」とはいえないのでは?
それと、霊夢の魂が人形の身体に融合する場面はこの作品の要だと思うのですが、
それをあっさりと済ませているのは勿体無いです。
「もしかしたら失敗するのかも」と読者に危惧させるくらい、ねっとりと描写するべき
だったのではないでしょうか。
反面、良かったと感じたのは人物描写。
アリスと霊夢の間にある、お互いに押し付けがましくない程度の思いやりと信頼関係が
心地良かったです。
魔理沙は弱いのに威勢がよく、その癖ちょっと脅されると大人しくなるヘタレなところが
彼女らしいと思いました。
トータルとしての評価は、今後に期待という意味も込めてこの点数で。
結局のところ、3人元の鞘に戻って良かった。
今後がハッピーになるかどうかは別として…なんだかんだでハッピーエンドが良いのですよ。
コメントにもあるけど、他の妖怪や人たちの反応がすごく知りたい…
まず起承転結の起承で終わった感があります。
現状の「人形になって大役から逃げることができてハッピー!」という結末は
後ろ向きすぎて読者がハッピーではないから「結」ではないです。
この後霊夢が人形になったことを後悔し、行動を起こす「転」があればよかったかも。
魔理沙が最後には受け入れてしまうのがご都合展開と感じるのもあるかな。
紫が容認しているのも微妙。こんな精神状態の霊夢は紫にとってどれだけの魅力があるのやら。
結論として、次回作に期待。近いうちに傑作を産む予感。
里の子たちが、ね……恐ろしいです。
そもそも里が妖怪を、恐れているのではなく上位生物として怯えている時点で、
妖怪と一緒に居ても共存できていない。
妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する……という原則が子供たちに理解されていない。
妖怪の友達がいるのなら、人を襲うかもしれないという覚悟を持って付き合うべきだったな、と。
それに悩む霊夢も霊夢です。彼女は彼女なりに、永夜抄で答えを出したと思ったんですが。
更に言うならば、本当に霊夢は怨みを持たれているんでしょうか?
博麗の巫女としてではなく、一個人として。
個人的な解釈ばかりで申し訳ありませんが、私はこの作品に点数を付けられません。
長文失礼しました。
欲を言えば、続編が読みたい。他のキャラの反応がもんすごい気になる。
アリスGJ
しかし少し物足りない感もあるので、続編があったら読んでみたいです
行動が唐突に感じます。この二人ならもっと頭良くやれたのでは?
曰く、説得力が無い。動機が文章に述べられているだけでは薄く、読んでいて首を傾げてしまう。
だからこういう物語が好きな人はそういう粗から目をそらせても良い評価を下すし、逆にこの手の展開が苦手な人は粗が目立って厳しい評価を下してしまう。
私は修羅場とか人死にとかヤンデレとか見るのが大好きな変人なのでこの点数。
あっさりとはしていますが読みやすく、率直に面白いと感じました
反面、戦闘描写、特に体の動かし方について不足があるように思われました
総評としては良い作品だと言えるのではないでしょうか
実力不足を痛感しております。
この時、出来る限りの力を出して書きました。
言い訳にしかなりませんが国語力が低い為、拙い文章になってしまっていると思います。
それでも最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
尚、この後他の妖怪達がどうするか……ですが、敢えて書きません。
一部読者は人間的な倫理観をアリスに押し付けてますが
アリスはあくまで人外ですからね、そのような物求められる必要ないですし
そのかわりに人間側の主張を魔理沙が全面的にしてくれてますしね
『博靈の巫女』として心がぽっきり折れてしまった霊夢が救われるには
こんな形もあるんだなと感慨深く読ませて頂きました
とても面白かった。
ぜひラブラブ3P路線で。
そこを細かく描写しないと理解されにくいんだろうなあ
いつでも人間を自分の意思でやめられる世界だし、物事に頓着しない霊夢のこと、割とあっさり、こんなもんで済むものかも
付き合いのあった妖怪からは喜ばれるのもいれば、なーんだ、つまんないのなんてのもいるだろうし
それでいて、なんだかんだで受け入れられる幻想郷
きっとこのテーマのまま続きを書いたとして起承承結となるであろう淡々さが好きです
霊夢があそこで介入しなければ魔理沙はどうなったかわかりません。
その状況になって果たして霊夢が言ったからと言って魔理沙がアリスを許せるかと言えば、普通の感覚ではとても無理でしょう。
そこで魔理沙がアリスを許す理由や心情の変化の過程が必要だと思いますが、読んでいる限り明らかにご都合主義ばかりでとても私には理解し難いものでした。
「ホラーイ!」
「うぐっ!?」
これにはフイタww
緋想天/地霊殿まででわかる描写でも、アリスさん割と親切で面倒見の良い(安定感のある)存在なので、個人的に違和感のほうが強かったです