前略
私、霧雨魔理沙は太った。
後略。
「……じゃない!」
前略は構わないが、後まで省いてしまってはずっとこのままじゃないか!
自宅のバスルームにて、私は襲いかかる絶望と闘っていた。
絶望の具現化である体重計の矢印は、今まで通過した事もない領域を示そうとしている。
待て、待ってくれ、其処はお前が傾いていい所じゃない……!
しかし、無機物は無常だった。当たり前だが。
曖昧な位置であれば、私もまだ闘えただろうと言うのに。
奴は、
焦らすようにゆらゆらと動いた後、
ぴたりと確固たる数値を突き付けてくる――「マスタースパァァァァァク!」
向ける手から、ぽとんとやる気のない魔弾が放たれ落ちた。コンディションも最悪だ。
そこまでやって自身の頭が回っていなかった事に気づく。
八卦炉を持っていない、つまり、私は風呂に入った後だったのだ。
水分を吸収して、その分重くなっているに違いない、うん、その筈だ、もう魔理沙ったらお茶目さん。うふふ。
……頬に流れる汗を拭い、私は冷える体を摩りながら風呂へと向かった。
――出てから気付く。やっぱり入ってなかったんじゃん……!
ならば、先ほどの数値は夢か幻、もしくは見間違えだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
私は再び、祈りにも似た心境で断頭台へと向かった。
針はあっさり先ほどよりも右へと動き、イメージの刃は私の首を「ファイナルスパァァァァク!!」
最後の魔砲は出なかった。アレか、奴にも乗れと言うのか。奴も撃墜されそうになれと。サモン、アリス!
……今来られても困るからいいや。
原因は水分ではないようだ。
風呂の前後とはつまり、服でもない。
と言う事は――私は、一つの結論に辿り着いた。
「…………毛、か……?」
もうそれしか考えられない。
ザルの中にある脱ぎ散らかした上着から護身用のナイフを取り出す。
使った事のないソレは、カバーを外すと鈍い光を放った。
切れ味のよさそうな刀身を眺めた後、私は恐る恐る毛の元にナイフを――「そこまでよ!」
――当てようとしたら、突然の声に驚いて首を切りつける所だった。あっぶな!?
「って、パチュリー? なんでお前が?」
「あんたが呼んでも出てこないからよ」
「アリスまで……?」
何時の間に召喚士にクラスチェンジしていたんだろう。……違うか。
「今日の茶会は此処でやるって言っていたじゃない」
提案したのも私だった気がする。
思い出した。
そもそも昼間だと言うのに風呂に入ろうとしたのも、本やら道具やらを引っ張りだした汚れをフタリが来る前に落としたかった
からだ。
事前にやっとけ? できるもんならやってらぃ。
「で、家に入ってもあんたがいない。何処かに行ってるのかと思って居間で待ってたら――」
「――あー、私の絶叫が聞こえた、と」
そら驚くわな。
アリスの非難めいた視線は、私から私の手へと移る。
「駆け込んだ私達が見たのはナイフを首の後ろにあてるあんただった。……何やってるのよ」
「や、髪の毛が重くなってきて」
「重く? 長くじゃないの?」
鋭い指摘にぎくりとなるも、なんとか踏みとどまった。
「あ、そうだ、長くなった。うん、だから切ろうと思ってな。やー、重そうなのは霊夢や輝夜ぐらいだもんなぁ、あっはっは!」
捲し立てた言葉で自らの説を否定してしまう。
水分じゃなくて服でもない、髪も違うとすれば……ちくしょう、認めなくてはいけないのか!?
私、霧雨魔理沙が太ってしまった事を……!!
心象風景にズガーンと雷雲が現れる。
雷鳴が遠い何処かで鳴り響き、雨粒が降り注ぐ。
イメージ上だと言うのに、私は震え、くしゅんと一つくしゃみをした。
そんな私に差し出されるのは、バスタオルの形をした傘。
「……戻ってるわよ。ほら、貴女も。行きましょう」
口調と手は冷たかったが、心遣いと渡された物は暖かった。
アリスは振り向き、やってきた時以来口を閉じているパチュリーの手を引く。
けれど、魔女は足が床にひっついているのか、中々動こうとしなかった。
「パチュリー……?」
恐る恐る声をかける。まさか、太ったのがばれた!?
魔女は、何故か頬を朱に染め、口を開いた。
「魔理沙、貴女……意外と薄いのね……」
は? と呆けた表情で思わず返す。
「や、全体的に厚くなってるぜ?」
…………。
しまったぁぁぁ!
わざわざ自分からバラしてどうする!?
ほら見ろ、パチュリーの視線が腹から――「へ?」
「薄い……」
そっちか。あぁうん。私、素っ裸だもんな。
「見るなぁぁぁ!?」
「何を今更。あぁ、でも、魔理沙」
「うるさい! ってか気付いてたならもっと早くタオル渡せよ!?」
善意の行動に悪意の言葉を返す。でも、私は悪くない。
反射的に屈み、タオルにすっぽりと納まりながら、眦を吊り上げアリスを睨む。
――返ってきたのは、お礼の言葉だった。
「御馳走様。私も薄いと思う」
「ファイナルマスタースパァァァァク!」
言葉と共に全力で八卦炉を投げつける。
ぱしりと奴の手に納まりやがった。
くそ、ナイフを投げるべきだったか!
――八卦炉を手に持ってたんなら、ほんとに魔砲を打てばよかったんじゃないか。
そう気付いたのは、うじうじとしながら着替え終わった後の事。
ちくしょう、太った所為で思考まで鈍くなってやがる!?
「謝ってるんだからいい加減、機嫌直しなさいよ」
席に着いても対面のフタリを見ない私に、止めを刺した奴が言ってくる。
確かに謝罪の言葉はあったが、片方はくすくす笑いながら、片方は顔を赤くしながらだ。
そんな様に誠意を感じろと言う方が無理な話。特に前者。
と言うか、後者はそう言うキャラだったろうか。
「――魔理沙。改めて謝るわ。突然の事態に驚いて変な事を言ってしまって、ごめんなさい」
バスルームなんだから裸はデフォだと思う。
だが、言葉の通りなら冷静さを取り戻したのだろう、後者――パチュリーからは誠意が読み取れた。
私はちらりと視線を単色魔女にだけ向ける。
我ながら器用だ。
「あ、でも、思った事は本当なのよ?」
視線を感じ先程を思い出しでもしたのか、また頬を赤くして念を押してくる。やかましい。
「女同士なんだから、そんなに赤面しなくても」
「う……しょうがないでしょう、私は知識はあれど、他者の裸なんか見た事なかったんだし」
「そっか、貴女の親友はお風呂に浸かれないものね。……今度、一緒に入ってみる?」
何でもない事の様に誘う人形遣いに、魔女は顔を真っ赤にして頷いた。どやかましい。
もー、あったまきた!
腹に据えかねるとは正にこの事!
乙女の裸を覗いて、しかも、今現在放置する始末!
ふん、と鼻息荒く再び顔を背けると、視界に入ったのは肩を竦めるアリスとパチュリー。
……そーゆー態度をとってくるか、この女郎共。
腹立ってきた。さっきよりも断然に腹が立ってきた。
こうなったらフタリが土下座でもしない限り、私の鋼鉄の意志は曲がらない!
腕を組み、体も背け、つんとした態度で目を閉じると、がさがさと音がして、ぷんと甘い匂いが鼻を覆う。
「ぬ?」
「はい、ストロベリータルト」
「むぐ、まうまう」
振り向くと放り込まれた。
苺と、その上に乗せられたクリーム、土台のカスタードが口全体を支配する。
洋菓子独特のこの手の味に慣れていない者であれば堪えられないであろう半端ない甘さはしかし、苺の絶妙な酸っぱさで緩和さ
れ、舌が蕩けそうになった。
「ひょこ――んぅ、チョコレートも入ってるか?」
「よく気付いたわね。砕いたのをパラパラと」
「甘さの質が他とちょいと違うからな」
両手を小さく叩き合わせるアリスに、にへへと笑う。
がさがさと、また音がした。
「む?」
「ストロベリーパイよ」
「あむ、まうまう」
小さく切り取られた物を伸ばされ、ぱくりと啄ばむ。
苺とパイ生地の異なる触感が舌を楽しませてくれた。
タルトと違い、甘さは控えめ。
「んー、これ、洋酒も入れているのか」
「ええ。貰ったレシピにはなかったけど、小悪魔が提案してきて」
「砂糖の甘さも良いが、こういうのも悪くないな。旨いぞ」
返事に対する反応は素っ気ないが、静かに微笑む態度には密かな満足感が見て取れた。
そう言う表情を浮かべているのは、パチュリーだけじゃない。
フタリに向かう私も同じようになっているんだろう。
その証拠に、アリスが笑み、パチュリーも目を細めている。
してやられた、と言う訳だ。
「……ちぇ」
ポーズだけの舌打ちをし、私は体も元に戻す。
「あ、こら、がっつかないで、味わって食べなさいよ!」
「体に入れば皆同じ――だけど、私もアリスと同意見」
「言ってるだけだと、全部食っちまうぞ!」
――その勢いを利用して両手を伸ばし、送り込まれた甘い刺客をばったばったと倒していく。
遅れてなるものかと呼んでもいない救援が駆けつける。
魔を従わせる三名は、顔を見合わせ笑い合った。
めでたしめでたし。
――ではない事に気付いたのは、大よそ半分ほど平らげた後だった。
「おぉぉぉおおぉっぉぉぉぉおお……!」
テーブルに肘をつき、両手で顔を覆い、呻く。
苺はまだいい。
クリーム、カスタード、チョコレート、パイ生地。
どうだ。もう、見ただけでヘビーじゃないか。
隠し味の洋酒も侮れない、気がする。
『……知っていますか、パチュリー様。遭難者を助ける救助犬の首にはブランデー入りの樽が付けられているんですよ』
『一時しのぎもいい所ね。で、小悪魔。それが仕事中にお酒を飲んでいる言い訳?』
『本の山に遭難しちゃってうっきゃー!?』
記憶の片隅で折檻を受ける小悪魔が思い出される。……いや、是はどうでもいいか。
私の様子に不穏な空気を感じたのだろう、対面のフタリから視線が注がれた。
焦らず騒がず、平静を装い、私は顔をあげる。
「すまんすまん。余りの甘さが歯に沁みた――」
「にとりも呼んだ方が良かったかしら」
「――気がしたんだぜ」
快活に笑い、白い歯をアピール。と言うか、にとりを呼んで何をさせる気だ。ドリルか。
聴き覚えのない名前を、パチュリーがアリスに確認する。
その間に私はこっそりと心を落ち着かせた。
よし、もう大丈夫。
「レィデー達。ところで、このタルトとパイの熱量は如何程なんですの?」
「その呼び方、止めて欲しいんだけど。確か、私のは400Kcal位だったかしら」
「そっちよりも語尾が気になるわ……。タルトも同じ位ね」
合計800kcal。
全部食べた訳じゃない。
うん、ざっと、100kcalが妥当かな。
「あら、でも、アリスのはチョコも入れていたわよね? 増えるんじゃない?」
「言われてみればそうね。って、パイはブランデー計算してる?」
「……してないわ。100kcal程アップして頂戴」
…………。
Jesus、もう駄目だ……!
両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
――耳に入ってきたのは、戸惑いと落胆の声。
「どうしたのよ。歯に沁みた? もうやめておく?」
「それとも、ほんとは口に合わなかったのかしら?」
各々の声に、私はゆっくりと顔を上げる。
折角作ってきてくれたと言うのに、無碍になんてできる訳がない!
「はっ、油断させる為だぜ! 早く食べないと、私が全部食っちまうぞ!」
口にタルトとパイをほうばりつつ、一つの誓いを立てる。――明日から間食抜きだ……!
頭の片隅で魅魔様が首と手を振った。『それ無理フラグ』。
そ、そんな事はないですわよ……?
《幕間》
「んー……妖夢はもう少しお肉を付けるべきだと思うのよねぇ」
「はぁ。非常食の心配ですか?」
「…………ちょっと痩せぎすのきらいがあるような」
「半人半霊はお腹を壊すと思うわよー?」
「……脂質と糖分、ビタミンを多めに摂るようにしなさい」
「旨味と甘味と臭み抜き……ですか。流石ですね、幽々子様」
「違うわよ!? 私は純粋に貴女を思って! 酷いわ、妖夢!」
「日頃の行いって大切よねぇ」
「紫まで! もう怒ったわよ、罰としてフタリはおやつ抜き!」
「そして、おやつは幽々子様に流れると」
「だから、妖夢はそういう体型になるんじゃないかしら」
「違う違う違う、酷い酷い酷い、あーんもぉ!」
《幕間》
概ねの予想を覆し、半月前の茶会からこっち、私は間食なしで日々を過ごした。
突然にライフスタイルを変えるのは容易ではない。
正月中は作り置きの節料理を暇なくぱくついていた。
ソレ以前にも、茶会の土産物――クッキーとか――を気の赴くままに食べていたのだ。
正直きついのだが、これも自業自得と涙を拭い、私は日々戸棚を開けては閉めた。
菓子を捨てる訳にはいかない。手作りだし。
悪魔の手先、改め体重計にもあの日以来乗っていない。
グラム単位程度の減少は期待できるが、私が望んでいるのはその一つ上の単位なのだ。
数値を見ていちいちダメージを受けるのは勘弁願いたいし、そうそう体重が落ちる訳でもない。
「はふ……」
今日何度目かの開閉を行い、口から溜息が洩れる。
……一個くらいならいいかな。
…………晩御飯のおかずを一品減らせばいいだけだもんな。
………………さる貴人も言っていた。『クッキーが駄目ならチョコを食べればいいんじゃない』。
よし。
「れっつ、いーっ」
「魔理沙、いるー?」
「バスルームからでも返事くらいしなさい」
ばたんっと棚を閉め、どたどたと玄関に向かう。あっぶな……!
向かう先に居たのは何時もの茶会の面子。
要するに、アリスとパチュリーだった。
手に持っているバスケットが目に入り、口元が引きつる。
荒い息を整えてから、私は挨拶を返した。
「息なんて切らして。運動不足なんじゃない?」
「ぜは……私がか? 冗談だろう?」
「……そうね。貴女は何時でも動き回っていそう」
会話をしつつ、フタリの来訪理由を考える。
今日はそもそも、来る予定なんてなかった筈だ。
勿論、連絡なしで遊びに来る事なんてこれまでも何度もあったし、それ自体はおかしくない。
おかしくないのだが……。
「バスケットの中身、クッキーか? 作ってきてくれるなら、連絡くらい入れろよ」
大きさから量を考えて、小食なフタリが食べきれそうには思えなかった。
つまり、端から私の分を考慮に入れていたんだろう。
「最近、よく家にいるじゃない。それに、連絡を入れたら断られると思ったのよ」
「寒いから特別用事がない限り外に出たくないぜ。……なんで?」
「私達が来る、イコール、お菓子を持ってくる――そう思っていない?」
わりかしそう思っている。
……いや、ちょっと待て。
何故、フタリは『私がお菓子を持ってくる彼女達の来訪を断る』と思ったのか。
震える指を向け、恐る恐る尋ねようとした私より先に。
人形遣いが冷めた視線で、言ってきた。
「魔理沙。あんた、太ったでしょう?」
魔女が追随する。その声色は、悪魔もかくや。
「だから、私達はこのクッキーを作ってきたのよ」
ばれてた。
のみならず。
おいうちまでかけやがってきましたですよ?
「うわぁぁぁん、アリスの馬鹿! パチュリーのあほー!」
私は立てかけていた箒を掴み、寒空の下、久しぶりに飛びだした。
背にうふふおほほと人ならざる者の笑い声が届く。
や、さっきの視線も声色も含めて私の被害妄想なんだけど――。
「うわぁぁぁぁぁん、助けて、こりえもーん! ジャイアリスとスネリーが虐めるよぅ!」
「誰が狸か」
家を飛び出した私がやってきたのは、胡散臭い道具で賑わう香霖堂。
賑わっているのが道具だけというのは何時も通りでいと悲し。
いや、別に可愛くはないんだけど。
此処に来たのには理由があった。
できれば独力のみでダイエットを敢行したかったが、フタリにばれてしまってはさっさと何とかするべきだ。
となれば、外の世界の有象無象が集まる此処ならば、役立つ道具があるかもしれないと考えた。
私ったら天才ね!
……自身の心の声に物凄く不安になってしまった。
挨拶もそこそこに、勝手知ったる何とやら、私はずんずんと店の奥に進む。
倉庫……と言うよりもガラクタ置き場と呼んだ方が合いそうな場所。
此処に私が望む物はある筈だ!
我武者羅に弄りだす――寸前。
肩に手が置かれる。
振り向くと、香霖が少し驚いた顔をしていた。
「魔理沙」
「な、なんだぜ?」
「……肥えたかい?」
一般に、男は女よりも体重の増減に察しが悪い。
普通の男ですらそうなのだから、この朴念仁は滅多な事でもない限り気がつかないだろう。
と言う事は……私、ほんっとに太ったんだなぁ……ははは、はぁ~……。
それはまぁともかく。
「もう少し言葉を選べ、このとんちき!」
「僕は今の方がいいと思うけどね。やせ過ぎは宜しくない」
「誰もお前の好みなんて聞いてないやぃ! 恋符‘マスター――って、おい?」
涙目で魔力を貯める私の横を通り抜け、奴は倉庫の中に入って行った。
「外の世界の痩身器具がお望みだろう? 珍奇な物が多くてね。君じゃわからないと思うよ」
香霖にもばれていた。
私は解り易いんだろうか。
帽子のつばをくいと引き、表情を隠しながらそんな事を考えた。
「腹周りを引き締める『アレトロニック』」
「ごついなぁ。巻けばいいのか?」
「多分ね。しかし、動かない」
「持ってくるなぁ!」
「全身体操はこれ一本で。『ジュエルバンド』」
「ただの長いゴム紐に見えるんだが」
「本体がないからな」
「使えねぇ!?」
「乗っているだけでOK、『ポニーガール』」
「でか!? ってか、えらく綺麗だな!?」
「はは、やっぱり動かないけどね」
「マスタースパァァァク!」
――と言う名のジャンピングエルボーを喰らわせる。仔馬は悲鳴一つ上げず、逆に私が泣きを見た。
「痛いぜ……」
「そりゃまぁそうだろう」
呆れたように言ってくる香霖。お前に喰らわせるぞ、こんちくしょう。
頬を膨らませて見上げる私に、奴はすっと腕を伸ばしてきた。
手にあるのは妙にカラフルな色彩の輪っか。
「『パワーアンクレット』と言う。名前からして簡単だな。足に付ける道具だ」
「つけたら、全身が揺れてダイエット効果があるとか?」
「だったらまた動かないと思うが。是は単純に重りだよ」
両足分を受け取ると、確かにずしりとした重みが感じられた。
「足首に巻き、負荷をかける。普段から動き回っている君なら、少しとは言え効果があるだろう」
「むぅ……手軽にぱっと効果があるのはないか……」
「最後のは比較的最近、手に入れたものでね。つまり、外の世界でも未だにそう言った器具はないんだろう」
そうなのかもしれない。足輪を巻きながら、ぼんやりと相槌を打つ。
「……重いぜ」
「そう言う道具だからな。――僕が提供できるのはそれ位なんだが、どうするね?」
「んー……まだあんまり経ってないし、家にゃ帰れないなぁ。どうしようかなぁ……」
ならば、と香霖が再度奥に引っ込む。
待っている間、座りながら足をバタバタ振る。
うむ、やっぱり重い。
出てきた奴が持っていたのは、ほどほどの大きさの風呂敷。
結ばれた口から覗くのは、真新しいお祓い棒と多少の食糧。
受け取った私は足輪の礼を軽く告げ、博麗神社へと飛び立った――。
「あら、魔理沙。ふとましくなった?」
「ブレイジングスタァァァァァ!」
挨拶よりも先に悪態をつきやがった紅白巫女に、全力で風呂敷を投げつける。
重量もほどほどあるだろうに、けれど霊夢はしっかりキャッチ。
……こいつ相手なら、弾幕張った方が良かったかな。
あー、でも、やっぱり当たらないか。元から細いし。
ぴきぴき。
「や、私は羨ましいんだけど」
「よしわかった、二つの魔砲か最後の魔砲、どっちがいい?」
「わかってないじゃない!?」
お前が悪い。
私がそう返すよりも早く、霊夢は後ろから伸びる手に両肩を抑えられ、地に伏した。
「霊夢さんが悪いですよ」
「ぐぇ!?」
手の主は青白風祝――東風谷早苗。
「早苗……! そういうお前は解ってくれるのか!?」
悲痛な叫びをあげる私に、早苗は右手をあげ、中指と人差し指を立てる。
「……なんでピース?」
霊夢、煩い。私達はそれで通じ合えるんだ。
首を振る。
薬指が上がる。
首を横に振る。
親指に抑えられていた小指が上がる。
首を、横に振る。
ゆっくりと、親指の封印がとかれる――微かに震えていたのは、見間違いではなかろう。
私は、その指と同じように震えながら、首を縦に、振った。
「魔理沙さぁん!」
「早苗ぇ!」
腕を広げ駆け寄ってくる早苗に、私は飛び込んだ。
放り出された霊夢が呆れた視線を投げかけてくる。
お前にはわかるまい。私達のこの感情が。
「辛かったでしょう、辛かったでしょう……!」
「うぅ、解ってくれるのはお前だけだぜ……!」
押しつけられる胸が私にはない柔らかさで、少し複雑。
なんて思っていると、早苗はそっと私の両肩を掴み、真っ直ぐに見詰めてきた。
「魔理沙さん、ご安心ください。このミラクルダイエッター・早苗が、貴女のダイエットをお助けします!」
力強い瞳。今の早苗ならば、信仰を得るのはいとも容易いであろう。主に少女の。
「早苗、微妙な方向に弾けてきたわよねぇ」
「……私はもう何度も死地を乗り越えてきました」
「『何度も』って事は繰り返してるのよね。反省しなさいよ」
「…………その方法を伝授します。私もつい先日、一ヶ月で2kgの効果が!」
「あんた、前に3kg痩せたって喜んでなかったっけ? あー、また増えたのね」
…………。
「魔理沙さん」
「なんだぜ?」
「少し、縁側の方でお待ちください」
「笑顔が気になるが、わかったぜ」
言われた通り早苗から離れ、部屋を出て襖を閉め、縁側に腰をおろした。
見上げると、庭には梅の花がぽつぽつと咲き始めている。綺麗だなぁ。
「ちょ、ちょっと早苗何よ、その手は!?」
「ダイエットの基本は運動なんですよ、霊夢さん」
「私には必要な――と油断させて! キィック!」
「は、足を掴ませるとはまだまだ! さぁ一緒に‘海が割れる日‘!」
「や、ちょ、こら! そんな所触るな‘二重大結界‘!」
「温い! ふふ、暗いのはいけません‘白昼の客星‘!」
「く、せめて暗くして――じゃない! ‘二重弾幕結界‘!」
「遅いっ! そう、そのまま崇め祀って。私の‘タケミナカタ‘……」
「あぁ、もぉ、……‘夢想天生‘……っ」
花びらがひらひらと舞い落ち、私の鼻を擽った。はーるよ、こい、なんて似合わない事を考え、くすりと笑う。
「はぁ、ふぅ。お待たせしました」
「なんで息が荒いんだぜ?」
「気にしないでください」
ついでに髪や服も乱れていたが、気にしない事にした。
笑顔の早苗の後ろで、霊夢が顔を伏せすんすん泣いているようにも見えたが、やっぱり気にしない。
「ダイエットには四原則があります」
着衣を正してから、早苗。ほつれ髪が少し色っぽい。
「この四原則を満たさないと、全てのダイエットは成功しません。もしくは、不健康に痩せてしまいます」
ふむふむと頷く。
「ですので、そのうちのどれが欠けているか考えながら、聞いてください。
一つ、食事量の改善。
一つ、食事内容の改善。
一つ、便通の改善。
一つ、運動量の改善。
――以上です。どうです、魔理沙さん?」
一日三食は問題ないだろう。
間食もこの半月我慢している。
便通はまぁ普通に滞りなし。
運動は言わずもがな。私は日々ちょこまか動いている。
「全部問題ないぜ」
四本の指を折り曲げ、答える。
早苗は笑顔で返してきた。
「私から伝えられるのは是で全てです」
基本が全て。単純にして真理。ちょっと待て。
「全てって、おい、じゃあ、それをクリアしている私は何故痩せない!?」
「し、知りませんよ! 寝ている間にお菓子を食べてるとかでは!?」
「幽々子じゃあるまいし!」
身を後退させる早苗に、私は迫った。
「なぁ、ほんとに他にないのか!? 何でもいいからさ!」
「何でも……と言われましても――ぁ……」
「あるのか!?」
「思いだしはしたんですが……此方にあるかどうか」
いいから! と強く言う私に、早苗も根負けして、口を開く。
語られるその品々は、確かに初耳なものばかりだった。
「サプリメントなんですけどね。
コエンザイムQ10やカルニチン、αリポ酸なんかは、ダイエットに凄くよく効くらしいんです」
試した事はないんだろう、自信なさげに言ってくる。
けれど、早苗の不安の通り、試す以前の問題だ。
魔法使いの私をして、そんな名前は聞いた事がなかった。
或いは、パチュリーの図書館で調べれば分かるかもしれないが、作りだすとなると途方もない時間がかかるだろう。
足に付けたアンクレットの所為もあってか、疲労感が全身を襲い、私はへなへなと膝をついた。
「魔理沙さん……」
「いいんだ、早苗。地道に、お菓子を止めて頑張るぜ……」
「そんな……そんな苦行を続けては、魔理沙さんがもちません!」
包み込まれる。
頬に、ぽつりと水滴が伝わってきた。
早苗の体と涙――より暖かいのは、どちらだろう。
自身が流す液体と相まって、後者の方が暖かい気がした。
「いや、それ、そんな大事?」
霊夢がやかましい。
「にしても、変な名前ね、そのサプリメントとか言うの。薬みたい」
「確かに元はお薬だったそうです。え、此方では生薬や漢方が主ではないのですか?」
「主は主ね。でも、ほら、前にもらった薬。これ、西洋薬なんじゃないの?」
棚から引っ張り出して、霊夢は該当箇所に指を差した。
早苗が目をぱちくりとさせ、読み上げる。
「アセトアミノフェン……確か、解熱剤です。子供用の」
「あんの姫コン、今度会ったら懲らしめてやる……!」
息まく霊夢を宥める早苗。
ソレを横目に、私は、ゆらりと立ち上がった。
今にも浮かび上がりそうな体に、アンクレットの重さが丁度よい。
「……魔理沙さん?」
「行ってくるぜ」
「……はい!」
「だから、なんでいちいちそんな大げさにむぐぅ!?」
神社を後にする直前、霊夢の口が何らかの方法で塞がれたが、既に全速力で空を駆けていた私には知る術もなかった――。
「――うどんげさま、なにかがすごいはやさでやってきますー!」
「う、うろたえない! 永遠亭の兎はうろたえきゃー!?」
「屈まないと危ないってば、鈴仙。にしても、天狗より早くない……?」
障害らしい障害もなく、私は永遠亭の深部へと辿り着いた。
正確に言うと、障害をそれと認識する前に、だ。
出鱈目な速さだったと自分でも思う。
肩を上下させ、目前の扉を、開く。
「八意永琳――コエンザイムフェン、カルQ10、リポニチンを貰っていくぜ」
都合良く其処に居た月の薬師、永琳にぎらつく視線を投げかける。
都合悪くではないのか、と?
違うね。だって、私にはそれがどういうものかよくわかっていないし。
「……貰っていく? 貴女の物では、ないでしょうに」
突然の来訪にも動揺を見せない。化け物め。
「ならば――私らしく、借りていくぅぅぅ!!」
言葉を放つと同時。
箒を利き手に掴み。
永琳に迫る!
「霧雨ぶら――」
「是と是と、是。ついでに、名前間違えているわよ」
「……え?」
言葉通りにとんとんとんと手際よく並べられていく三つの瓶。
やり場のなくなったい勢いを持て余し、私は床に突っ伏す。
べちんと打った額と鼻が痛かった。
涙目になりながら、打ちつけた部位を摩り、永琳を見上げる。
奴の前に視界に入ったのは、『コエンザイムQ10』『カルニチン』『αリポ酸』とラベリングされた三つの瓶。
「え、あれ、えーと……?」
「欲しかったんじゃないの?」
「いや、そうなんだが。拍子抜けと言うかなんというか」
私としては此処で一戦かましてでも頂いていく算段だったんだが、はいどーぞと並べられるとそれはそれで気味が悪い。
物凄く自分勝手だなぁと思いつつ、私は疑惑の目を永琳に向けた。
奴はあっさり口を割る。
「貴女にはソレ、効果ないけどね」
予想外の方向に。
……なんだと?
「こ、効果がないってどういう事だよ!? あぁいや、と言うか、お前は私の目的が!」
「ダイエットでしょ? 貴女と、品目を見ればすぐにわかるわ」
「にゃー!?」
頭が混乱し、悲鳴を上げる。
「だ、だって、早苗が……!」
永琳はうろたえる私の手を引き、椅子に座らせ、向かい合ってから溜息を吐いた。
「……外の世界は不親切なのね。それとも商魂逞しいのかしら。
機能は長くなるから説明しないけど、これ等はまぁほどほどに効果があるでしょう。
でも、それは成人、早くても二十代後半以降の話で、貴女や早苗は是を摂取しても意味がないわよ?」
淡々と説明される。
その口調が最近のはっちゃけている永琳と違いすぎて、私は悟ってしまった。
今語っている事は、真実なのだ、と。
「はぁ……そっか……そか……へふぅ……やっぱ地道に頑張るしかないか」
こてんと机に突っ伏し、気の抜け落ちた返事をする。
もうなんやかんやと反論を並べるのも億劫だった。
ごめんなさいと謝って帰ろう。
――こつんと頭を叩かれる。
「あー……?」
気だるげに顔を上げると、永琳が右手を突きだし、指を四本立てていた。
「四原則、と言うモノがあってね」
それもうやった――私は再び机に顔を寝そべらせる。
「……構わないけど、答えはしなさい」
「あーぃ」
「一つ、食事量の改善」
「一日三食だぜ。二食に減らそうかなぁ」
「止めておきなさい。
一つ、食事内容の改善」
「お菓子も止めた。でも痩せない」
「ふむ……凄いわね。
一つ、便通の改善」
「少女は手洗いなんか行かないんだぜー」
「そうね」
「……ごめんなさい。普通だぜ」
「一つ、運動量の改善」
「いっつもちょこまか動き回ってるぞ」
答え終わり、盛大に溜息を吐く。
回答は変わらない、だから、結果だって変わらないだろう。
是からの長く辛い日々を想像し、私はもう一度、溜息を吐いた。
立ち上がろうと顔を上げる、と。
永琳が微苦笑を浮かべて、私を見ていた。
なんだよ――突っかかる前に、奴は、諭すように優しい口調で言ってくる。
「地道に頑張る事に変わりはないけれど、期間は短くしてあげる」
「…………え?」
「魔理沙、貴女、お菓子を減らしていた間、いいえ、冬に入ってから、運動した?」
「や、だから、運動量多い筈だぞ。香霖もそう言ってたし」
「言い方を変えるわ。長時間、有酸素運動……歩いたり走ったりはしていた?」
思いだす。
私は、冬に入ってから、余り外に出ていない。
出たとしても、当然の様に箒に跨り、飛んでいた。
つまり、つまり!
「お前の言った運動をしたら、私はもっと早くダイエットできるのか!?」
「そう言う事。尤も、普通はそれが辛いんだけど……貴女なら大丈夫ね」
「なんかこそばゆいんだが……どうしてだ?」
「あら、貴女が――女の子が、お菓子を止めるなんて苦行、半月も実践したんでしょう?」
――だったら、そんなの耐えられるわよ。
微笑みと共に太鼓判を押してくれる永琳に、私は満面の笑みを浮かべ、力強く返す。
――サンキュー、永琳!
「とはいえ、いきなり無茶な運動はしない事。それと、お菓子も少し位なら構わないわよ」
「ん、わかったぜ。――なぁ、一つ疑問に思ったんだが」
「何かしら?」
「何でそんなに親身になって教えてくれたんだ?」
「失礼ね。私は是でも薬師兼医者よ。適切な診断と助言はして当然なの」
永琳は、言葉とは裏腹に別段怒った風でもなく言ってくる。
私はもう一度礼を言い、永遠亭を後にした――。
魔法の森近く、香霖堂付近に降り立った私は、腕や足を曲げ、準備体操を行なった。
至る部位から骨の鳴る小気味いい音がして、苦笑を浮かべる。
主人の前に泣きだしてんじゃないや。
たっぷり二三分程体をならし、最後にパンと両足のアンクレットを叩いて、私は走りだした――。
走り出してすぐに悲鳴を上げる脇腹に悪態をつきつつ、十五分ほどしただろうか、気がつけば家に到着。
クールダウンに速度を落とし、玄関を開けるとアリスとパチュリーがお出迎え。
…………。
「お、お前ら、まだ帰ってなかったのかよ!?」
驚き呆れる私に肩を竦め、フタリは横を通り過ぎる。
「今まさに帰ろうとしていた所」
「バスケットはテーブルに置いているから」
「――それじゃあ、またね」
去り際の言葉に、放ったらかしにした事に対する怒りは感じられなかった。
なんだかなと同じような動作を取り、私は奥に進む。
私の、家を飛び出した時にフタリに向けていた感情も薄れていた。
タオルで汗を拭き、置いていったバスケットを覗き込む。
パチュリーが言っていたようにクッキーが其処にあった。
「あん?」
不可思議な事に、わざわざ五六個でラッピングされている。
その一つを手に取ってみると、かさりと音がして、便箋が覗く。
事細かに何か書かれているソレは、持ちあげなくては文字が見えなかった。
「……は、はは、あはは!」
読んで――そして、私はフタリの真意に辿り着く。
彼女達は、端から私を笑う気などなかったのだ。
それどころか、手助けをしてくれようとしていた。
事前に説明がなかったのは、照れ隠しなんだろう。
残されたクッキーは、カロリーを考慮して作られている。
残された便箋には、手軽に作れるダイエット食品が並べられていた。
「……たく。素直じゃないぜ、フタリとも」
憎まれ口を叩きつつ、クッキーを摘む。
甘くて硬い筈の焼き菓子は、少ししょっぱくて柔らかくなっていた――。
《幕間》
「ねぇ、咲夜。貴女はダイエットとかしないの?」
「また……唐突ですね、パチュリー様」
「半月ほどの研究がお一人様の為だけに……ってのが気にくわないんですよねー」
「うるさい、小悪魔」
「はぁ……申し訳ありませんが、私には必要ないですね。体調管理は万全ですし」
「私と運動もしてますもんね、咲夜さん」
「ぶっ、め、美鈴!?」
「夜の運動ですね、わかりまうっきゃー!?」
「日符‘ロイヤルフレア‘! もぅ……ごめんなさいね、フタリとも。小悪魔ってば、そう言う風にしか……フタリとも?」
「やー、小悪魔さんの言葉、間違いではありませんし」
「むきゅ!?」
「め、めーりん、ちょっと!?」
「――と言いますか、朝も夜も運動は運動ですよ? おフタリとも、何を考えておられるんですか」
「む、むきゅー……」
「あぅぅ……」
「ねぇ、お姉様。夜の運動って何かしら?」
「さぁ……プロレスごっことか?」
「そっかー」
《幕間》
また、半月が過ぎた。
「へぇ……戻ったんじゃない?」
「にゃ、まだベストじゃないぜ」
「……見ただけでわかるものなのかしら」
私とアリス、パチュリーは今、紅魔館の大浴場前、脱衣所に居る。
アリスの言の通り、私のダイエットは上々の成果をあげていた。
やっぱり、運動が足りていなかったようだ。サンキュー、永琳。
むしろ、様々な助言はあったものの、半月程度でこんなに減っていいのかと軽く怖くなるほど。
や、嬉しくない事はないんだけど。
そろそろ生クリームやチョコレートが恋しい。
「……私が食べ過ぎってのはわかるけどさ。お前らも少し位は増えないのかよ」
「余程食べない限りは増えないわ。逆に、減りもしない」
「貴女達が変わり過ぎるのよ。……咲夜みたいなのもいるけど」
「霊夢もな」
理由は別だが。
……パチュリーの『貴女達』と言う総称は、私を含めた『人間』をひっくるめたものだろう。
その言葉の前提は、『私達』、つまり、「『妖怪』と違って――」。
自然には絶対に交わらない速度が、少しだけ、もどかしい。
「……魔理沙?」
アリスが振り向き、私を訝しげに見る。
視線がぶつかった。夏には、見上げていた筈なのに。
「ん……」
一瞬、俯き――駆けだす。
「なんでもないぜ! ぼやぼやしていると、一番風呂、頂くぞ!」
「言いながら、先に入っているように思うんだけど」
「あ、こら、走るから滑るな!」
悩むのは後でいいや。
そう思って、ずっと未来の私に丸投げしている気もするが。
まぁ少なくとも、少女サンニン姦しく浸かる湯で考える事じゃない。
「はは、私の言葉がうつってるぜ、アリっのわぁ!?」
はい、お約束ー。
続く筈の鈍い音は、しかし、響き渡らなかった。
「落ち付きなさいってのよ」
「鼠にゃ無理な話だ」
「あのね」
――フタリがそれぞれ、肩を支えてくれたから。
「や、でも、そうだろ? はは」
「開き直るな、もう! ふふ」
「全く……。何を笑っているのよ、魔理沙も、アリスも」
「そう言う貴女も――」
「――笑ってるぜ、パチュリー」
一拍の後、広い広い大浴場に、私達三人の笑い声が響き渡った――。
「かぁー、極楽極楽」
「あんたね……」
意外と早く来た春を謳歌する。
と、パチュリーの視線が注がれている事に気付く。
「どうかしたか?」
「魔理沙。貴女、その、薄くなった?」
「うむ、全体的に薄くなったぜ」
「や、そっちじゃなくて……」
「……お前な。そういう発言を止めるのは、お前の――」
呆れながら、違和感を覚える。
パチュリーの視線は、一月前とは真逆の方向にあった。
つまり、腹から上。
「薄い……」
……えーと。
「あぁ、気付いてなかったの? あんた、胸、薄くなってるわよ」
前略。
私、霧雨魔理沙は太った。
で、痩せた。
主に胸が。
こうりゃくぅ、……うぅ、えぐ。
「アリスの馬鹿、パチュリーのあほー! み、見るなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
<了>
私、霧雨魔理沙は太った。
後略。
「……じゃない!」
前略は構わないが、後まで省いてしまってはずっとこのままじゃないか!
自宅のバスルームにて、私は襲いかかる絶望と闘っていた。
絶望の具現化である体重計の矢印は、今まで通過した事もない領域を示そうとしている。
待て、待ってくれ、其処はお前が傾いていい所じゃない……!
しかし、無機物は無常だった。当たり前だが。
曖昧な位置であれば、私もまだ闘えただろうと言うのに。
奴は、
焦らすようにゆらゆらと動いた後、
ぴたりと確固たる数値を突き付けてくる――「マスタースパァァァァァク!」
向ける手から、ぽとんとやる気のない魔弾が放たれ落ちた。コンディションも最悪だ。
そこまでやって自身の頭が回っていなかった事に気づく。
八卦炉を持っていない、つまり、私は風呂に入った後だったのだ。
水分を吸収して、その分重くなっているに違いない、うん、その筈だ、もう魔理沙ったらお茶目さん。うふふ。
……頬に流れる汗を拭い、私は冷える体を摩りながら風呂へと向かった。
――出てから気付く。やっぱり入ってなかったんじゃん……!
ならば、先ほどの数値は夢か幻、もしくは見間違えだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
私は再び、祈りにも似た心境で断頭台へと向かった。
針はあっさり先ほどよりも右へと動き、イメージの刃は私の首を「ファイナルスパァァァァク!!」
最後の魔砲は出なかった。アレか、奴にも乗れと言うのか。奴も撃墜されそうになれと。サモン、アリス!
……今来られても困るからいいや。
原因は水分ではないようだ。
風呂の前後とはつまり、服でもない。
と言う事は――私は、一つの結論に辿り着いた。
「…………毛、か……?」
もうそれしか考えられない。
ザルの中にある脱ぎ散らかした上着から護身用のナイフを取り出す。
使った事のないソレは、カバーを外すと鈍い光を放った。
切れ味のよさそうな刀身を眺めた後、私は恐る恐る毛の元にナイフを――「そこまでよ!」
――当てようとしたら、突然の声に驚いて首を切りつける所だった。あっぶな!?
「って、パチュリー? なんでお前が?」
「あんたが呼んでも出てこないからよ」
「アリスまで……?」
何時の間に召喚士にクラスチェンジしていたんだろう。……違うか。
「今日の茶会は此処でやるって言っていたじゃない」
提案したのも私だった気がする。
思い出した。
そもそも昼間だと言うのに風呂に入ろうとしたのも、本やら道具やらを引っ張りだした汚れをフタリが来る前に落としたかった
からだ。
事前にやっとけ? できるもんならやってらぃ。
「で、家に入ってもあんたがいない。何処かに行ってるのかと思って居間で待ってたら――」
「――あー、私の絶叫が聞こえた、と」
そら驚くわな。
アリスの非難めいた視線は、私から私の手へと移る。
「駆け込んだ私達が見たのはナイフを首の後ろにあてるあんただった。……何やってるのよ」
「や、髪の毛が重くなってきて」
「重く? 長くじゃないの?」
鋭い指摘にぎくりとなるも、なんとか踏みとどまった。
「あ、そうだ、長くなった。うん、だから切ろうと思ってな。やー、重そうなのは霊夢や輝夜ぐらいだもんなぁ、あっはっは!」
捲し立てた言葉で自らの説を否定してしまう。
水分じゃなくて服でもない、髪も違うとすれば……ちくしょう、認めなくてはいけないのか!?
私、霧雨魔理沙が太ってしまった事を……!!
心象風景にズガーンと雷雲が現れる。
雷鳴が遠い何処かで鳴り響き、雨粒が降り注ぐ。
イメージ上だと言うのに、私は震え、くしゅんと一つくしゃみをした。
そんな私に差し出されるのは、バスタオルの形をした傘。
「……戻ってるわよ。ほら、貴女も。行きましょう」
口調と手は冷たかったが、心遣いと渡された物は暖かった。
アリスは振り向き、やってきた時以来口を閉じているパチュリーの手を引く。
けれど、魔女は足が床にひっついているのか、中々動こうとしなかった。
「パチュリー……?」
恐る恐る声をかける。まさか、太ったのがばれた!?
魔女は、何故か頬を朱に染め、口を開いた。
「魔理沙、貴女……意外と薄いのね……」
は? と呆けた表情で思わず返す。
「や、全体的に厚くなってるぜ?」
…………。
しまったぁぁぁ!
わざわざ自分からバラしてどうする!?
ほら見ろ、パチュリーの視線が腹から――「へ?」
「薄い……」
そっちか。あぁうん。私、素っ裸だもんな。
「見るなぁぁぁ!?」
「何を今更。あぁ、でも、魔理沙」
「うるさい! ってか気付いてたならもっと早くタオル渡せよ!?」
善意の行動に悪意の言葉を返す。でも、私は悪くない。
反射的に屈み、タオルにすっぽりと納まりながら、眦を吊り上げアリスを睨む。
――返ってきたのは、お礼の言葉だった。
「御馳走様。私も薄いと思う」
「ファイナルマスタースパァァァァク!」
言葉と共に全力で八卦炉を投げつける。
ぱしりと奴の手に納まりやがった。
くそ、ナイフを投げるべきだったか!
――八卦炉を手に持ってたんなら、ほんとに魔砲を打てばよかったんじゃないか。
そう気付いたのは、うじうじとしながら着替え終わった後の事。
ちくしょう、太った所為で思考まで鈍くなってやがる!?
「謝ってるんだからいい加減、機嫌直しなさいよ」
席に着いても対面のフタリを見ない私に、止めを刺した奴が言ってくる。
確かに謝罪の言葉はあったが、片方はくすくす笑いながら、片方は顔を赤くしながらだ。
そんな様に誠意を感じろと言う方が無理な話。特に前者。
と言うか、後者はそう言うキャラだったろうか。
「――魔理沙。改めて謝るわ。突然の事態に驚いて変な事を言ってしまって、ごめんなさい」
バスルームなんだから裸はデフォだと思う。
だが、言葉の通りなら冷静さを取り戻したのだろう、後者――パチュリーからは誠意が読み取れた。
私はちらりと視線を単色魔女にだけ向ける。
我ながら器用だ。
「あ、でも、思った事は本当なのよ?」
視線を感じ先程を思い出しでもしたのか、また頬を赤くして念を押してくる。やかましい。
「女同士なんだから、そんなに赤面しなくても」
「う……しょうがないでしょう、私は知識はあれど、他者の裸なんか見た事なかったんだし」
「そっか、貴女の親友はお風呂に浸かれないものね。……今度、一緒に入ってみる?」
何でもない事の様に誘う人形遣いに、魔女は顔を真っ赤にして頷いた。どやかましい。
もー、あったまきた!
腹に据えかねるとは正にこの事!
乙女の裸を覗いて、しかも、今現在放置する始末!
ふん、と鼻息荒く再び顔を背けると、視界に入ったのは肩を竦めるアリスとパチュリー。
……そーゆー態度をとってくるか、この女郎共。
腹立ってきた。さっきよりも断然に腹が立ってきた。
こうなったらフタリが土下座でもしない限り、私の鋼鉄の意志は曲がらない!
腕を組み、体も背け、つんとした態度で目を閉じると、がさがさと音がして、ぷんと甘い匂いが鼻を覆う。
「ぬ?」
「はい、ストロベリータルト」
「むぐ、まうまう」
振り向くと放り込まれた。
苺と、その上に乗せられたクリーム、土台のカスタードが口全体を支配する。
洋菓子独特のこの手の味に慣れていない者であれば堪えられないであろう半端ない甘さはしかし、苺の絶妙な酸っぱさで緩和さ
れ、舌が蕩けそうになった。
「ひょこ――んぅ、チョコレートも入ってるか?」
「よく気付いたわね。砕いたのをパラパラと」
「甘さの質が他とちょいと違うからな」
両手を小さく叩き合わせるアリスに、にへへと笑う。
がさがさと、また音がした。
「む?」
「ストロベリーパイよ」
「あむ、まうまう」
小さく切り取られた物を伸ばされ、ぱくりと啄ばむ。
苺とパイ生地の異なる触感が舌を楽しませてくれた。
タルトと違い、甘さは控えめ。
「んー、これ、洋酒も入れているのか」
「ええ。貰ったレシピにはなかったけど、小悪魔が提案してきて」
「砂糖の甘さも良いが、こういうのも悪くないな。旨いぞ」
返事に対する反応は素っ気ないが、静かに微笑む態度には密かな満足感が見て取れた。
そう言う表情を浮かべているのは、パチュリーだけじゃない。
フタリに向かう私も同じようになっているんだろう。
その証拠に、アリスが笑み、パチュリーも目を細めている。
してやられた、と言う訳だ。
「……ちぇ」
ポーズだけの舌打ちをし、私は体も元に戻す。
「あ、こら、がっつかないで、味わって食べなさいよ!」
「体に入れば皆同じ――だけど、私もアリスと同意見」
「言ってるだけだと、全部食っちまうぞ!」
――その勢いを利用して両手を伸ばし、送り込まれた甘い刺客をばったばったと倒していく。
遅れてなるものかと呼んでもいない救援が駆けつける。
魔を従わせる三名は、顔を見合わせ笑い合った。
めでたしめでたし。
――ではない事に気付いたのは、大よそ半分ほど平らげた後だった。
「おぉぉぉおおぉっぉぉぉぉおお……!」
テーブルに肘をつき、両手で顔を覆い、呻く。
苺はまだいい。
クリーム、カスタード、チョコレート、パイ生地。
どうだ。もう、見ただけでヘビーじゃないか。
隠し味の洋酒も侮れない、気がする。
『……知っていますか、パチュリー様。遭難者を助ける救助犬の首にはブランデー入りの樽が付けられているんですよ』
『一時しのぎもいい所ね。で、小悪魔。それが仕事中にお酒を飲んでいる言い訳?』
『本の山に遭難しちゃってうっきゃー!?』
記憶の片隅で折檻を受ける小悪魔が思い出される。……いや、是はどうでもいいか。
私の様子に不穏な空気を感じたのだろう、対面のフタリから視線が注がれた。
焦らず騒がず、平静を装い、私は顔をあげる。
「すまんすまん。余りの甘さが歯に沁みた――」
「にとりも呼んだ方が良かったかしら」
「――気がしたんだぜ」
快活に笑い、白い歯をアピール。と言うか、にとりを呼んで何をさせる気だ。ドリルか。
聴き覚えのない名前を、パチュリーがアリスに確認する。
その間に私はこっそりと心を落ち着かせた。
よし、もう大丈夫。
「レィデー達。ところで、このタルトとパイの熱量は如何程なんですの?」
「その呼び方、止めて欲しいんだけど。確か、私のは400Kcal位だったかしら」
「そっちよりも語尾が気になるわ……。タルトも同じ位ね」
合計800kcal。
全部食べた訳じゃない。
うん、ざっと、100kcalが妥当かな。
「あら、でも、アリスのはチョコも入れていたわよね? 増えるんじゃない?」
「言われてみればそうね。って、パイはブランデー計算してる?」
「……してないわ。100kcal程アップして頂戴」
…………。
Jesus、もう駄目だ……!
両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
――耳に入ってきたのは、戸惑いと落胆の声。
「どうしたのよ。歯に沁みた? もうやめておく?」
「それとも、ほんとは口に合わなかったのかしら?」
各々の声に、私はゆっくりと顔を上げる。
折角作ってきてくれたと言うのに、無碍になんてできる訳がない!
「はっ、油断させる為だぜ! 早く食べないと、私が全部食っちまうぞ!」
口にタルトとパイをほうばりつつ、一つの誓いを立てる。――明日から間食抜きだ……!
頭の片隅で魅魔様が首と手を振った。『それ無理フラグ』。
そ、そんな事はないですわよ……?
《幕間》
「んー……妖夢はもう少しお肉を付けるべきだと思うのよねぇ」
「はぁ。非常食の心配ですか?」
「…………ちょっと痩せぎすのきらいがあるような」
「半人半霊はお腹を壊すと思うわよー?」
「……脂質と糖分、ビタミンを多めに摂るようにしなさい」
「旨味と甘味と臭み抜き……ですか。流石ですね、幽々子様」
「違うわよ!? 私は純粋に貴女を思って! 酷いわ、妖夢!」
「日頃の行いって大切よねぇ」
「紫まで! もう怒ったわよ、罰としてフタリはおやつ抜き!」
「そして、おやつは幽々子様に流れると」
「だから、妖夢はそういう体型になるんじゃないかしら」
「違う違う違う、酷い酷い酷い、あーんもぉ!」
《幕間》
概ねの予想を覆し、半月前の茶会からこっち、私は間食なしで日々を過ごした。
突然にライフスタイルを変えるのは容易ではない。
正月中は作り置きの節料理を暇なくぱくついていた。
ソレ以前にも、茶会の土産物――クッキーとか――を気の赴くままに食べていたのだ。
正直きついのだが、これも自業自得と涙を拭い、私は日々戸棚を開けては閉めた。
菓子を捨てる訳にはいかない。手作りだし。
悪魔の手先、改め体重計にもあの日以来乗っていない。
グラム単位程度の減少は期待できるが、私が望んでいるのはその一つ上の単位なのだ。
数値を見ていちいちダメージを受けるのは勘弁願いたいし、そうそう体重が落ちる訳でもない。
「はふ……」
今日何度目かの開閉を行い、口から溜息が洩れる。
……一個くらいならいいかな。
…………晩御飯のおかずを一品減らせばいいだけだもんな。
………………さる貴人も言っていた。『クッキーが駄目ならチョコを食べればいいんじゃない』。
よし。
「れっつ、いーっ」
「魔理沙、いるー?」
「バスルームからでも返事くらいしなさい」
ばたんっと棚を閉め、どたどたと玄関に向かう。あっぶな……!
向かう先に居たのは何時もの茶会の面子。
要するに、アリスとパチュリーだった。
手に持っているバスケットが目に入り、口元が引きつる。
荒い息を整えてから、私は挨拶を返した。
「息なんて切らして。運動不足なんじゃない?」
「ぜは……私がか? 冗談だろう?」
「……そうね。貴女は何時でも動き回っていそう」
会話をしつつ、フタリの来訪理由を考える。
今日はそもそも、来る予定なんてなかった筈だ。
勿論、連絡なしで遊びに来る事なんてこれまでも何度もあったし、それ自体はおかしくない。
おかしくないのだが……。
「バスケットの中身、クッキーか? 作ってきてくれるなら、連絡くらい入れろよ」
大きさから量を考えて、小食なフタリが食べきれそうには思えなかった。
つまり、端から私の分を考慮に入れていたんだろう。
「最近、よく家にいるじゃない。それに、連絡を入れたら断られると思ったのよ」
「寒いから特別用事がない限り外に出たくないぜ。……なんで?」
「私達が来る、イコール、お菓子を持ってくる――そう思っていない?」
わりかしそう思っている。
……いや、ちょっと待て。
何故、フタリは『私がお菓子を持ってくる彼女達の来訪を断る』と思ったのか。
震える指を向け、恐る恐る尋ねようとした私より先に。
人形遣いが冷めた視線で、言ってきた。
「魔理沙。あんた、太ったでしょう?」
魔女が追随する。その声色は、悪魔もかくや。
「だから、私達はこのクッキーを作ってきたのよ」
ばれてた。
のみならず。
おいうちまでかけやがってきましたですよ?
「うわぁぁぁん、アリスの馬鹿! パチュリーのあほー!」
私は立てかけていた箒を掴み、寒空の下、久しぶりに飛びだした。
背にうふふおほほと人ならざる者の笑い声が届く。
や、さっきの視線も声色も含めて私の被害妄想なんだけど――。
「うわぁぁぁぁぁん、助けて、こりえもーん! ジャイアリスとスネリーが虐めるよぅ!」
「誰が狸か」
家を飛び出した私がやってきたのは、胡散臭い道具で賑わう香霖堂。
賑わっているのが道具だけというのは何時も通りでいと悲し。
いや、別に可愛くはないんだけど。
此処に来たのには理由があった。
できれば独力のみでダイエットを敢行したかったが、フタリにばれてしまってはさっさと何とかするべきだ。
となれば、外の世界の有象無象が集まる此処ならば、役立つ道具があるかもしれないと考えた。
私ったら天才ね!
……自身の心の声に物凄く不安になってしまった。
挨拶もそこそこに、勝手知ったる何とやら、私はずんずんと店の奥に進む。
倉庫……と言うよりもガラクタ置き場と呼んだ方が合いそうな場所。
此処に私が望む物はある筈だ!
我武者羅に弄りだす――寸前。
肩に手が置かれる。
振り向くと、香霖が少し驚いた顔をしていた。
「魔理沙」
「な、なんだぜ?」
「……肥えたかい?」
一般に、男は女よりも体重の増減に察しが悪い。
普通の男ですらそうなのだから、この朴念仁は滅多な事でもない限り気がつかないだろう。
と言う事は……私、ほんっとに太ったんだなぁ……ははは、はぁ~……。
それはまぁともかく。
「もう少し言葉を選べ、このとんちき!」
「僕は今の方がいいと思うけどね。やせ過ぎは宜しくない」
「誰もお前の好みなんて聞いてないやぃ! 恋符‘マスター――って、おい?」
涙目で魔力を貯める私の横を通り抜け、奴は倉庫の中に入って行った。
「外の世界の痩身器具がお望みだろう? 珍奇な物が多くてね。君じゃわからないと思うよ」
香霖にもばれていた。
私は解り易いんだろうか。
帽子のつばをくいと引き、表情を隠しながらそんな事を考えた。
「腹周りを引き締める『アレトロニック』」
「ごついなぁ。巻けばいいのか?」
「多分ね。しかし、動かない」
「持ってくるなぁ!」
「全身体操はこれ一本で。『ジュエルバンド』」
「ただの長いゴム紐に見えるんだが」
「本体がないからな」
「使えねぇ!?」
「乗っているだけでOK、『ポニーガール』」
「でか!? ってか、えらく綺麗だな!?」
「はは、やっぱり動かないけどね」
「マスタースパァァァク!」
――と言う名のジャンピングエルボーを喰らわせる。仔馬は悲鳴一つ上げず、逆に私が泣きを見た。
「痛いぜ……」
「そりゃまぁそうだろう」
呆れたように言ってくる香霖。お前に喰らわせるぞ、こんちくしょう。
頬を膨らませて見上げる私に、奴はすっと腕を伸ばしてきた。
手にあるのは妙にカラフルな色彩の輪っか。
「『パワーアンクレット』と言う。名前からして簡単だな。足に付ける道具だ」
「つけたら、全身が揺れてダイエット効果があるとか?」
「だったらまた動かないと思うが。是は単純に重りだよ」
両足分を受け取ると、確かにずしりとした重みが感じられた。
「足首に巻き、負荷をかける。普段から動き回っている君なら、少しとは言え効果があるだろう」
「むぅ……手軽にぱっと効果があるのはないか……」
「最後のは比較的最近、手に入れたものでね。つまり、外の世界でも未だにそう言った器具はないんだろう」
そうなのかもしれない。足輪を巻きながら、ぼんやりと相槌を打つ。
「……重いぜ」
「そう言う道具だからな。――僕が提供できるのはそれ位なんだが、どうするね?」
「んー……まだあんまり経ってないし、家にゃ帰れないなぁ。どうしようかなぁ……」
ならば、と香霖が再度奥に引っ込む。
待っている間、座りながら足をバタバタ振る。
うむ、やっぱり重い。
出てきた奴が持っていたのは、ほどほどの大きさの風呂敷。
結ばれた口から覗くのは、真新しいお祓い棒と多少の食糧。
受け取った私は足輪の礼を軽く告げ、博麗神社へと飛び立った――。
「あら、魔理沙。ふとましくなった?」
「ブレイジングスタァァァァァ!」
挨拶よりも先に悪態をつきやがった紅白巫女に、全力で風呂敷を投げつける。
重量もほどほどあるだろうに、けれど霊夢はしっかりキャッチ。
……こいつ相手なら、弾幕張った方が良かったかな。
あー、でも、やっぱり当たらないか。元から細いし。
ぴきぴき。
「や、私は羨ましいんだけど」
「よしわかった、二つの魔砲か最後の魔砲、どっちがいい?」
「わかってないじゃない!?」
お前が悪い。
私がそう返すよりも早く、霊夢は後ろから伸びる手に両肩を抑えられ、地に伏した。
「霊夢さんが悪いですよ」
「ぐぇ!?」
手の主は青白風祝――東風谷早苗。
「早苗……! そういうお前は解ってくれるのか!?」
悲痛な叫びをあげる私に、早苗は右手をあげ、中指と人差し指を立てる。
「……なんでピース?」
霊夢、煩い。私達はそれで通じ合えるんだ。
首を振る。
薬指が上がる。
首を横に振る。
親指に抑えられていた小指が上がる。
首を、横に振る。
ゆっくりと、親指の封印がとかれる――微かに震えていたのは、見間違いではなかろう。
私は、その指と同じように震えながら、首を縦に、振った。
「魔理沙さぁん!」
「早苗ぇ!」
腕を広げ駆け寄ってくる早苗に、私は飛び込んだ。
放り出された霊夢が呆れた視線を投げかけてくる。
お前にはわかるまい。私達のこの感情が。
「辛かったでしょう、辛かったでしょう……!」
「うぅ、解ってくれるのはお前だけだぜ……!」
押しつけられる胸が私にはない柔らかさで、少し複雑。
なんて思っていると、早苗はそっと私の両肩を掴み、真っ直ぐに見詰めてきた。
「魔理沙さん、ご安心ください。このミラクルダイエッター・早苗が、貴女のダイエットをお助けします!」
力強い瞳。今の早苗ならば、信仰を得るのはいとも容易いであろう。主に少女の。
「早苗、微妙な方向に弾けてきたわよねぇ」
「……私はもう何度も死地を乗り越えてきました」
「『何度も』って事は繰り返してるのよね。反省しなさいよ」
「…………その方法を伝授します。私もつい先日、一ヶ月で2kgの効果が!」
「あんた、前に3kg痩せたって喜んでなかったっけ? あー、また増えたのね」
…………。
「魔理沙さん」
「なんだぜ?」
「少し、縁側の方でお待ちください」
「笑顔が気になるが、わかったぜ」
言われた通り早苗から離れ、部屋を出て襖を閉め、縁側に腰をおろした。
見上げると、庭には梅の花がぽつぽつと咲き始めている。綺麗だなぁ。
「ちょ、ちょっと早苗何よ、その手は!?」
「ダイエットの基本は運動なんですよ、霊夢さん」
「私には必要な――と油断させて! キィック!」
「は、足を掴ませるとはまだまだ! さぁ一緒に‘海が割れる日‘!」
「や、ちょ、こら! そんな所触るな‘二重大結界‘!」
「温い! ふふ、暗いのはいけません‘白昼の客星‘!」
「く、せめて暗くして――じゃない! ‘二重弾幕結界‘!」
「遅いっ! そう、そのまま崇め祀って。私の‘タケミナカタ‘……」
「あぁ、もぉ、……‘夢想天生‘……っ」
花びらがひらひらと舞い落ち、私の鼻を擽った。はーるよ、こい、なんて似合わない事を考え、くすりと笑う。
「はぁ、ふぅ。お待たせしました」
「なんで息が荒いんだぜ?」
「気にしないでください」
ついでに髪や服も乱れていたが、気にしない事にした。
笑顔の早苗の後ろで、霊夢が顔を伏せすんすん泣いているようにも見えたが、やっぱり気にしない。
「ダイエットには四原則があります」
着衣を正してから、早苗。ほつれ髪が少し色っぽい。
「この四原則を満たさないと、全てのダイエットは成功しません。もしくは、不健康に痩せてしまいます」
ふむふむと頷く。
「ですので、そのうちのどれが欠けているか考えながら、聞いてください。
一つ、食事量の改善。
一つ、食事内容の改善。
一つ、便通の改善。
一つ、運動量の改善。
――以上です。どうです、魔理沙さん?」
一日三食は問題ないだろう。
間食もこの半月我慢している。
便通はまぁ普通に滞りなし。
運動は言わずもがな。私は日々ちょこまか動いている。
「全部問題ないぜ」
四本の指を折り曲げ、答える。
早苗は笑顔で返してきた。
「私から伝えられるのは是で全てです」
基本が全て。単純にして真理。ちょっと待て。
「全てって、おい、じゃあ、それをクリアしている私は何故痩せない!?」
「し、知りませんよ! 寝ている間にお菓子を食べてるとかでは!?」
「幽々子じゃあるまいし!」
身を後退させる早苗に、私は迫った。
「なぁ、ほんとに他にないのか!? 何でもいいからさ!」
「何でも……と言われましても――ぁ……」
「あるのか!?」
「思いだしはしたんですが……此方にあるかどうか」
いいから! と強く言う私に、早苗も根負けして、口を開く。
語られるその品々は、確かに初耳なものばかりだった。
「サプリメントなんですけどね。
コエンザイムQ10やカルニチン、αリポ酸なんかは、ダイエットに凄くよく効くらしいんです」
試した事はないんだろう、自信なさげに言ってくる。
けれど、早苗の不安の通り、試す以前の問題だ。
魔法使いの私をして、そんな名前は聞いた事がなかった。
或いは、パチュリーの図書館で調べれば分かるかもしれないが、作りだすとなると途方もない時間がかかるだろう。
足に付けたアンクレットの所為もあってか、疲労感が全身を襲い、私はへなへなと膝をついた。
「魔理沙さん……」
「いいんだ、早苗。地道に、お菓子を止めて頑張るぜ……」
「そんな……そんな苦行を続けては、魔理沙さんがもちません!」
包み込まれる。
頬に、ぽつりと水滴が伝わってきた。
早苗の体と涙――より暖かいのは、どちらだろう。
自身が流す液体と相まって、後者の方が暖かい気がした。
「いや、それ、そんな大事?」
霊夢がやかましい。
「にしても、変な名前ね、そのサプリメントとか言うの。薬みたい」
「確かに元はお薬だったそうです。え、此方では生薬や漢方が主ではないのですか?」
「主は主ね。でも、ほら、前にもらった薬。これ、西洋薬なんじゃないの?」
棚から引っ張り出して、霊夢は該当箇所に指を差した。
早苗が目をぱちくりとさせ、読み上げる。
「アセトアミノフェン……確か、解熱剤です。子供用の」
「あんの姫コン、今度会ったら懲らしめてやる……!」
息まく霊夢を宥める早苗。
ソレを横目に、私は、ゆらりと立ち上がった。
今にも浮かび上がりそうな体に、アンクレットの重さが丁度よい。
「……魔理沙さん?」
「行ってくるぜ」
「……はい!」
「だから、なんでいちいちそんな大げさにむぐぅ!?」
神社を後にする直前、霊夢の口が何らかの方法で塞がれたが、既に全速力で空を駆けていた私には知る術もなかった――。
「――うどんげさま、なにかがすごいはやさでやってきますー!」
「う、うろたえない! 永遠亭の兎はうろたえきゃー!?」
「屈まないと危ないってば、鈴仙。にしても、天狗より早くない……?」
障害らしい障害もなく、私は永遠亭の深部へと辿り着いた。
正確に言うと、障害をそれと認識する前に、だ。
出鱈目な速さだったと自分でも思う。
肩を上下させ、目前の扉を、開く。
「八意永琳――コエンザイムフェン、カルQ10、リポニチンを貰っていくぜ」
都合良く其処に居た月の薬師、永琳にぎらつく視線を投げかける。
都合悪くではないのか、と?
違うね。だって、私にはそれがどういうものかよくわかっていないし。
「……貰っていく? 貴女の物では、ないでしょうに」
突然の来訪にも動揺を見せない。化け物め。
「ならば――私らしく、借りていくぅぅぅ!!」
言葉を放つと同時。
箒を利き手に掴み。
永琳に迫る!
「霧雨ぶら――」
「是と是と、是。ついでに、名前間違えているわよ」
「……え?」
言葉通りにとんとんとんと手際よく並べられていく三つの瓶。
やり場のなくなったい勢いを持て余し、私は床に突っ伏す。
べちんと打った額と鼻が痛かった。
涙目になりながら、打ちつけた部位を摩り、永琳を見上げる。
奴の前に視界に入ったのは、『コエンザイムQ10』『カルニチン』『αリポ酸』とラベリングされた三つの瓶。
「え、あれ、えーと……?」
「欲しかったんじゃないの?」
「いや、そうなんだが。拍子抜けと言うかなんというか」
私としては此処で一戦かましてでも頂いていく算段だったんだが、はいどーぞと並べられるとそれはそれで気味が悪い。
物凄く自分勝手だなぁと思いつつ、私は疑惑の目を永琳に向けた。
奴はあっさり口を割る。
「貴女にはソレ、効果ないけどね」
予想外の方向に。
……なんだと?
「こ、効果がないってどういう事だよ!? あぁいや、と言うか、お前は私の目的が!」
「ダイエットでしょ? 貴女と、品目を見ればすぐにわかるわ」
「にゃー!?」
頭が混乱し、悲鳴を上げる。
「だ、だって、早苗が……!」
永琳はうろたえる私の手を引き、椅子に座らせ、向かい合ってから溜息を吐いた。
「……外の世界は不親切なのね。それとも商魂逞しいのかしら。
機能は長くなるから説明しないけど、これ等はまぁほどほどに効果があるでしょう。
でも、それは成人、早くても二十代後半以降の話で、貴女や早苗は是を摂取しても意味がないわよ?」
淡々と説明される。
その口調が最近のはっちゃけている永琳と違いすぎて、私は悟ってしまった。
今語っている事は、真実なのだ、と。
「はぁ……そっか……そか……へふぅ……やっぱ地道に頑張るしかないか」
こてんと机に突っ伏し、気の抜け落ちた返事をする。
もうなんやかんやと反論を並べるのも億劫だった。
ごめんなさいと謝って帰ろう。
――こつんと頭を叩かれる。
「あー……?」
気だるげに顔を上げると、永琳が右手を突きだし、指を四本立てていた。
「四原則、と言うモノがあってね」
それもうやった――私は再び机に顔を寝そべらせる。
「……構わないけど、答えはしなさい」
「あーぃ」
「一つ、食事量の改善」
「一日三食だぜ。二食に減らそうかなぁ」
「止めておきなさい。
一つ、食事内容の改善」
「お菓子も止めた。でも痩せない」
「ふむ……凄いわね。
一つ、便通の改善」
「少女は手洗いなんか行かないんだぜー」
「そうね」
「……ごめんなさい。普通だぜ」
「一つ、運動量の改善」
「いっつもちょこまか動き回ってるぞ」
答え終わり、盛大に溜息を吐く。
回答は変わらない、だから、結果だって変わらないだろう。
是からの長く辛い日々を想像し、私はもう一度、溜息を吐いた。
立ち上がろうと顔を上げる、と。
永琳が微苦笑を浮かべて、私を見ていた。
なんだよ――突っかかる前に、奴は、諭すように優しい口調で言ってくる。
「地道に頑張る事に変わりはないけれど、期間は短くしてあげる」
「…………え?」
「魔理沙、貴女、お菓子を減らしていた間、いいえ、冬に入ってから、運動した?」
「や、だから、運動量多い筈だぞ。香霖もそう言ってたし」
「言い方を変えるわ。長時間、有酸素運動……歩いたり走ったりはしていた?」
思いだす。
私は、冬に入ってから、余り外に出ていない。
出たとしても、当然の様に箒に跨り、飛んでいた。
つまり、つまり!
「お前の言った運動をしたら、私はもっと早くダイエットできるのか!?」
「そう言う事。尤も、普通はそれが辛いんだけど……貴女なら大丈夫ね」
「なんかこそばゆいんだが……どうしてだ?」
「あら、貴女が――女の子が、お菓子を止めるなんて苦行、半月も実践したんでしょう?」
――だったら、そんなの耐えられるわよ。
微笑みと共に太鼓判を押してくれる永琳に、私は満面の笑みを浮かべ、力強く返す。
――サンキュー、永琳!
「とはいえ、いきなり無茶な運動はしない事。それと、お菓子も少し位なら構わないわよ」
「ん、わかったぜ。――なぁ、一つ疑問に思ったんだが」
「何かしら?」
「何でそんなに親身になって教えてくれたんだ?」
「失礼ね。私は是でも薬師兼医者よ。適切な診断と助言はして当然なの」
永琳は、言葉とは裏腹に別段怒った風でもなく言ってくる。
私はもう一度礼を言い、永遠亭を後にした――。
魔法の森近く、香霖堂付近に降り立った私は、腕や足を曲げ、準備体操を行なった。
至る部位から骨の鳴る小気味いい音がして、苦笑を浮かべる。
主人の前に泣きだしてんじゃないや。
たっぷり二三分程体をならし、最後にパンと両足のアンクレットを叩いて、私は走りだした――。
走り出してすぐに悲鳴を上げる脇腹に悪態をつきつつ、十五分ほどしただろうか、気がつけば家に到着。
クールダウンに速度を落とし、玄関を開けるとアリスとパチュリーがお出迎え。
…………。
「お、お前ら、まだ帰ってなかったのかよ!?」
驚き呆れる私に肩を竦め、フタリは横を通り過ぎる。
「今まさに帰ろうとしていた所」
「バスケットはテーブルに置いているから」
「――それじゃあ、またね」
去り際の言葉に、放ったらかしにした事に対する怒りは感じられなかった。
なんだかなと同じような動作を取り、私は奥に進む。
私の、家を飛び出した時にフタリに向けていた感情も薄れていた。
タオルで汗を拭き、置いていったバスケットを覗き込む。
パチュリーが言っていたようにクッキーが其処にあった。
「あん?」
不可思議な事に、わざわざ五六個でラッピングされている。
その一つを手に取ってみると、かさりと音がして、便箋が覗く。
事細かに何か書かれているソレは、持ちあげなくては文字が見えなかった。
「……は、はは、あはは!」
読んで――そして、私はフタリの真意に辿り着く。
彼女達は、端から私を笑う気などなかったのだ。
それどころか、手助けをしてくれようとしていた。
事前に説明がなかったのは、照れ隠しなんだろう。
残されたクッキーは、カロリーを考慮して作られている。
残された便箋には、手軽に作れるダイエット食品が並べられていた。
「……たく。素直じゃないぜ、フタリとも」
憎まれ口を叩きつつ、クッキーを摘む。
甘くて硬い筈の焼き菓子は、少ししょっぱくて柔らかくなっていた――。
《幕間》
「ねぇ、咲夜。貴女はダイエットとかしないの?」
「また……唐突ですね、パチュリー様」
「半月ほどの研究がお一人様の為だけに……ってのが気にくわないんですよねー」
「うるさい、小悪魔」
「はぁ……申し訳ありませんが、私には必要ないですね。体調管理は万全ですし」
「私と運動もしてますもんね、咲夜さん」
「ぶっ、め、美鈴!?」
「夜の運動ですね、わかりまうっきゃー!?」
「日符‘ロイヤルフレア‘! もぅ……ごめんなさいね、フタリとも。小悪魔ってば、そう言う風にしか……フタリとも?」
「やー、小悪魔さんの言葉、間違いではありませんし」
「むきゅ!?」
「め、めーりん、ちょっと!?」
「――と言いますか、朝も夜も運動は運動ですよ? おフタリとも、何を考えておられるんですか」
「む、むきゅー……」
「あぅぅ……」
「ねぇ、お姉様。夜の運動って何かしら?」
「さぁ……プロレスごっことか?」
「そっかー」
《幕間》
また、半月が過ぎた。
「へぇ……戻ったんじゃない?」
「にゃ、まだベストじゃないぜ」
「……見ただけでわかるものなのかしら」
私とアリス、パチュリーは今、紅魔館の大浴場前、脱衣所に居る。
アリスの言の通り、私のダイエットは上々の成果をあげていた。
やっぱり、運動が足りていなかったようだ。サンキュー、永琳。
むしろ、様々な助言はあったものの、半月程度でこんなに減っていいのかと軽く怖くなるほど。
や、嬉しくない事はないんだけど。
そろそろ生クリームやチョコレートが恋しい。
「……私が食べ過ぎってのはわかるけどさ。お前らも少し位は増えないのかよ」
「余程食べない限りは増えないわ。逆に、減りもしない」
「貴女達が変わり過ぎるのよ。……咲夜みたいなのもいるけど」
「霊夢もな」
理由は別だが。
……パチュリーの『貴女達』と言う総称は、私を含めた『人間』をひっくるめたものだろう。
その言葉の前提は、『私達』、つまり、「『妖怪』と違って――」。
自然には絶対に交わらない速度が、少しだけ、もどかしい。
「……魔理沙?」
アリスが振り向き、私を訝しげに見る。
視線がぶつかった。夏には、見上げていた筈なのに。
「ん……」
一瞬、俯き――駆けだす。
「なんでもないぜ! ぼやぼやしていると、一番風呂、頂くぞ!」
「言いながら、先に入っているように思うんだけど」
「あ、こら、走るから滑るな!」
悩むのは後でいいや。
そう思って、ずっと未来の私に丸投げしている気もするが。
まぁ少なくとも、少女サンニン姦しく浸かる湯で考える事じゃない。
「はは、私の言葉がうつってるぜ、アリっのわぁ!?」
はい、お約束ー。
続く筈の鈍い音は、しかし、響き渡らなかった。
「落ち付きなさいってのよ」
「鼠にゃ無理な話だ」
「あのね」
――フタリがそれぞれ、肩を支えてくれたから。
「や、でも、そうだろ? はは」
「開き直るな、もう! ふふ」
「全く……。何を笑っているのよ、魔理沙も、アリスも」
「そう言う貴女も――」
「――笑ってるぜ、パチュリー」
一拍の後、広い広い大浴場に、私達三人の笑い声が響き渡った――。
「かぁー、極楽極楽」
「あんたね……」
意外と早く来た春を謳歌する。
と、パチュリーの視線が注がれている事に気付く。
「どうかしたか?」
「魔理沙。貴女、その、薄くなった?」
「うむ、全体的に薄くなったぜ」
「や、そっちじゃなくて……」
「……お前な。そういう発言を止めるのは、お前の――」
呆れながら、違和感を覚える。
パチュリーの視線は、一月前とは真逆の方向にあった。
つまり、腹から上。
「薄い……」
……えーと。
「あぁ、気付いてなかったの? あんた、胸、薄くなってるわよ」
前略。
私、霧雨魔理沙は太った。
で、痩せた。
主に胸が。
こうりゃくぅ、……うぅ、えぐ。
「アリスの馬鹿、パチュリーのあほー! み、見るなぁぁぁぁぁぁぁ!?」
<了>
何故ならあの台詞がインパクトォ!
あと早苗すゎんがどんどこ常識を超える風祝になって行く……あぁ楽しひ。
冬はどうしても動くのがおっくうになるので魔理沙への感情移入がハンパないです
さりげなく薬師としてカリスマにあふれてる永琳に胸きゅん。ごちそうさまでした
>「旨味と甘味と臭み抜き……ですか。流石ですね、幽々子様」
妖夢さん、ネガティブ思考らめぇ!
体重・体重計などが上げられると私は思います。
頑張った結果、確かに痩せた魔理沙を褒めてあげたいですね。
というか霊夢と早苗……あのとき何をやっていた?
笑いありちょっとほのぼのありで面白かったです。
いやはや、賑やかで楽しかったですよ。
魔理沙での一人称視点はミスチーとはまた一味違ったユーモアを感じました。
読んでいて思わずクスリと笑ってしまう箇所が沢山あって
また読みたくなるから不思議というか流石というか。
次の作品も楽しみにしてます。
太るときは腹回りから太っていくのでお腹の肉を減らすには他の部位全てが痩せていないと無理なわけですね
胸を大きいまま痩せるには脂肪吸引とかの整形手術が必要ですね
それにしても早苗さん・・・現代社会に居た頃ならともかく、食糧事情が圧倒的に悪い幻想郷でも太りますか・・・
魔理沙と皆の爽やかな関係とやりとりが素敵
もうこの物語の甘さで太りそうだわ、運動しないと。
しかし太らない霊夢は羨ましいな…陰陽玉の3大効果の1つでしたっけ、「甘い物を食べても太らない」ってのは。あれ?
あとお茶会といえばお菓子はつきものだしなぁ。
面白かった。
お前は死んでなきゃあぁぁ! とジャイアリスが最大ヒット。
しかし箒で飛び回るのってあんま運動にならなそうですよね。
車運転するようなもんで、自転車こぐよりカロリー消費しなさそう。
>視線がぶつかった。夏には、見上げていた筈なのに。
あれ?太ったんじゃなくて背が伸びただけだったのか
もはやニヤニヤ幻想郷っぷりがストップ高。
しかし、早苗さんがもう積極的過ぎるでしょう?いいぞもっとやれ!
みすちーみたいな、いじらしい変態さんなのもたまりませんが。うふふ
それはさておき、今回も非常に面白かったです。
個人的に、体重計の「そこはお前が傾いていい場所じゃry」とスネリーで腹筋を持ってかれました。
でも、パチェに隠れて色々やろうとする小悪魔が一番面白いと思ったのは俺だけではないはず。
いい味を醸し出してました。
……さり気なくレイサナが……いやサナレイなのか!!
そしてこりえもんwww
レイサナ、いいよねb
はい、腹筋いかれましたwwww
しかし半月で痩せられる新陳代謝ってのはうらやましい…やはり若さか。これが若さか…!
行間がいい感じで読みやすかったです。
私も正月に薬指くらい太ったので早苗さんに抱きつかれたい。
ダイエットは女の永遠の命題なのです、後あと胸な!
>「さぁ……プロレスごっことか?」
その質問にこの回答! おぜうさまってばしっかり会話の内容を理解していらっしゃる!?
早苗さんの博麗神社乗っ取り計画はちゃくちゃくと進行している模様で…イカロ的な意味で
って言うか、魔理沙のスペカ宣言はなんか微笑ましいのに早苗さんのは如何わし過ぎるw
儚月抄の会話とか見てても。
・・・新しい何かが見えた。
>走るから滑るな
ここに違和感を感じたのは私だけすか?
どっちですかねー
>走るから滑るな
動くと撃つ、いいや撃つと動くか。のオマージュです?
ダイエットする気になったぜ……。
さなれい分も補給できましたしwいや、本当に面白かったです。はい。
たしかに魔理沙の変化は面白いですね 見てて微笑ましく思います
お菓子禁止とは女の子の天敵ですねぇ
それにしても寝る前にニヤニヤして妄想がレボリューション・・・
・・・ってアリスのことですかね?
アリスは七色の人形遣いですが。パチュリーは言わずもがな、魔理沙も白黒の二色(妖アリスセリフ「2割8分6厘以下」)なので当てはまる人物が居ないと思いますが。
「今までタメにためたモノが一カ月やそこらで簡単に落ちる訳がない」
「食うな。動け」
間違っちゃいないと思います。
では、以下コメントレスー。
>>謳魚様
一瞬、魅魔様が何処に出てきたっけ? と考えました。酷いな、私……。
>>12様
外は寒いし、中には美味しいものが多いし、と冬は太り易いのです。肌も出しませんしね。
妖夢もいつかちゃんと書きたいなぁ……。
>>煉獄様
「日常に潜む脅威」らしいです。中には霊夢の様な方もいますが。
一応、痩せたのが展開的なご褒美でしたが、ちょいと弱かったなと反省です。
>>15様
私は割と一人称で書いているのですが、中でも魔理沙はかなり書き易かったです。掛かった時間も短かった。
ネタに関しては、展開を崩さない物はがんがんいれています。楽しんで頂けて何より。
>>16様
脂肪吸引・成形技術は初耳です。勉強になりました。
食糧事情等の世界観については、私が持っている幻想郷像として何れかのお話で触れる予定です。こんなんばっかりで申し訳ないorz
>>26様
加えて、孤独な戦いなのです。アリスもパチェさんも太らなそうですし(笑。
>>白徒様
霊夢は「体質上太らない」という設定でした。話に組み込めなかったのが悔やまれる。
>>29様
だからと言って早苗さんにブルマは履かせませんが(笑。実際、味はともかく、含まれる栄養は過去の方が良い物も多いです。
>>30様
魅魔様……もし本当におられるのでしたら、どうか手をお貸にならないで……(酷ぇ。わかる方がいて良かったー(笑。
自分の中で魔力の源がまだ曖昧だったので、魔理沙には余り外に出ていない事にしてもらいました。
>>34/☆月柳☆様(で宜しいでしょうか)
お話の流れとしては唐突に出してしまった物なので、混乱させてしまったようで。精進致します。
>>43様
感情の起伏が激しそうなので、弄る側でも弄られる側でも大活躍できる逸材かと。
あと、一切出てこないのに褒められてるのかけなされているのかわからないミスティア、ごめん(いえ、嬉しいんですが。
>>47様
パロ以外で笑って頂けたのは本当に嬉しい。いえ、パロばっかりなので(笑。
小悪魔にはまたちょいちょい出てもらいます。
>>55様
サナレイです。×ではなく&な関係ですが。
>>てるる様
タイトルの元は有名なSF小説です。内容、全く関係ないと思いますがががが。
>>60様
癒しですか。コメディでそのお言葉は複雑なのですが(笑。
>>68様
若さと、徹底的な間食抜き+適度な運動です。さらっと流しましたが、一番効率がいいと思っております。
>>70様
視覚効果狙いもありますが、なんだかんだ言って、自分が一番読みやすい形で書いています。
>>73様
イメージをして頂けたなら、してやったり。書いている時にゃ、震える早苗さんの表情まで幻視できました(笑。
>>74様
お嬢様はお嬢様なのです。純粋なのです。
スペカの言葉遊びは楽しかったので、いつかまたやると思います。如何わしいかどうかはわかりませんが(笑。
>>75様
フタリとも社交的な性格なので、絡ませやすかったですねー。もう少し会話を増やしても良かったかも。
>>76様
77様がコメントされている通り、原典のをもじったつもりだったのですが、妙な文章になっちゃってますね……。けふ。
>>77様
浮かんでいたのは狐狸エモンでしたが、古狸エモンの方がしっかりきますね。霖之助も魔理沙に比べたら古いし(笑。
>>80様
過剰な無理はなされず。とりあえず、急激に増えたモノなら本文中ので何とかなると思いますです。
>>喉飴様
サナレイって、レイサナの六分の一位しか蔓延ってないみたいです。由々しき事態だ。
>>94様
身体の変化に一喜一憂して騒げるのは、たぶん、人間の特権だと思います。少なくとも、私のお話では。
妄想はネタの元。何かの糧になれば幸いです。
>>96様
パチュリーの色のイメージが紫だけだったので、斯様な表現になりました。一週間魔の方は頭から抜け落ちていました。かふ。
以上
妖夢w上手いw……いや、美味い、か?
一々挟まれた小ネタに私の腹筋がスターボゥブレイクしました。
本編だけでも楽しいのに、更にちょくちょく挟まれる幕間に腹筋が辛いw
あと、タイトルはたった一つの冴えたやり方、がもとですか?