風は穏やか、空は快晴。幻想郷は今日も平和です。
平和の象徴である博霊神社からも、明るい笑い声が響いてきます。
参拝客は皆無ですが、妖怪の冷やかしは日常茶飯事。この様子だと、本日も賑わっているようですね。
さて母屋の方へ回ってみますと、まずは神社の住人である博麗の巫女の姿が。
他にも常連の、白黒の魔法使いも来ています。さらに七色の人形遣い。
そして、妖怪の山の神社からも、風祝が遊びに来ていました。
おしゃべりしている四人は、実に楽しそうです。
一人は妖怪とはいえ、花も恥らう美少女が四人も集まっているのですから、当然話題は恋の話でしょう。
まだ見ぬ殿方を思いながら、頬を染めつつ理想を語り合っているとみえます。
果たして、どんな会話が咲き乱れているのでしょうか。
それでは、聞いてみましょう。
「くそう。私の愛した馬が……霊夢に金で奪われたのが……悔しいぜ」
なんと、魔理沙の恋人は馬だった。
しかも、霊夢は金でそれを奪ったのだった。
うら若き少女達に似合わぬ、マニアックかつドロドロの愛憎劇。
幻想郷では常識に囚われてはいけない、という見本のような会話でしたな。
……えーと、そんなわけでは、もちろんなく、
「あんたはうっかりが多いわね。あの『金』打ちだって、普通は出てこない手よ」
馬は『龍馬』のこと、金は『金将』のこと。
四人の話題は日本固有の頭脳スポーツ。
すなわち、『将棋』だったのでした。
つまり魔理沙さんは、自分の『龍馬』の逃げ場所を間違えたために、霊夢の『金将』と交換されてしまったのですな。
局面の状況にはよるものの、『龍馬』の価値は非常に高く、『金将』とではとても等価交換とはいえません。
「お前の将棋は、何かつかみ所が無くて苦手だな」
「あんたがストレートで分かりやすすぎるのよ」
「お茶ばかり飲んでると、将棋も抹茶色になるようだぜ」
「キノコばっかり食べてると、将棋もあんぽんたんになるようね」
減らず口の応酬が続きます。
しかし、横で聞いている二人、アリスさんと早苗さんは興味津々でした。
いやいや、このように、幻想郷の少女達が将棋に興味を覚えるのは、別に不思議な話ではありません。
第一に、彼女らは皆、勝負事が好きな性格です。
そして、競技者が動いたり傷ついたりすることはなくとも、手番を入れ替えながら互いの『玉』を狙うという将棋は、幻想郷で最も人気な遊びであり決闘法でもある『弾幕ごっこ』に通じるものがあるのです。
指す人間の個性が、戦い方に出るというのも、弾幕と似ています。
直線的な魔理沙さんの性格は、将棋にも表れているようでした。
「誰か霊夢以外と指して鍛えたいな。アリスは全然できないだろうし」
「失礼ね。チェスやリバーシなら得意よ」
「あら、そうなの」
「ええ。冷静な思考と状況判断、そして精神力。リバーシは『自分』との戦いよ」
自信満々に、勝負哲学を語るアリスさん。
聞いてる三人はその意味に気がついて、揃って複雑な表情になりましたが、頭に思い浮かべたことは口にしませんでした。
かわりに早苗さんは、
「あの……アリスさん。今度、オセロ……というか、リバーシやりませんか?」
「いいわよ。暇ができたら、そのうちね」
お高くとまった返事ではありますが、アリスさんの人形はバンザイしてました。
魔理沙さんは、そんな優しい早苗さんに話題を振りました。
「早苗はどうなんだ。外の世界では、将棋をやったりしたのか?」
「いえ。私が将棋のルールを覚えたのはここに来てからです」
「そうなのか。外界の戦法を教えてもらおうかと思ったんだが」
「でしたら、八坂様に教えてもらえばいいと思います。とっても強いですから」
「へえ。神様も将棋をやるのね。山の天狗と、どっちが強いのかしら」
「八坂様は打ったことは無いみたいですけど……」
歯切れの悪い台詞でした。
言った早苗さんの表情も、曇り顔になっています。
三人は続きを促しました。
「ですけど?」
「実は今、将棋のせいで、神社が困ったことになっているんです」
「将棋で困るなんて、変な神社だぜ」
「……ですよね。もう一柱が今、将棋に夢中でして」
「もう一柱って……ああ、諏訪子ね。でもなんで?」
お茶を飲みつつ問う霊夢さん。早苗さんはため息をつきました。
「簡単に言うなら、守矢神社は今、布教活動ができない状態なんですよ」
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「おかえり早苗」
「むがーっ!!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『無我』というわけではない。
それは単なる神様のうめき声だった。
「何で勝てないんじゃああ!」
と、奥の和室でじたばたしているのは、子供の体型に二つ目がついた大きな帽子、守矢神社の一柱、洩矢諏訪子である。
その傍には駒の並びがぐちゃぐちゃになった将棋盤が。
そして、片膝をついて対面にどっかと座る、しめ縄を背負った八坂神奈子の姿もある。
うつ伏せになっていた諏訪子は、顔だけ上げてそちらを睨んだ。
「神奈子! 今度はどこが悪かったの!」
「さっきと一緒」
「具体的には!」
「序盤が雑すぎる。悪くなってから大長考する前に、最初から考えて指すこと」
「もうそれは聞き飽きたわよ! 他には無いの!?」
「すぐに角交換するのは止めなさい。あんたにゃ向いてない」
「他には!?」
「……もう諦めて駒落ちにしたらどう?」
「いいや! 平手でもう一局!」
寝転がった体勢から一瞬で跳ね起き、諏訪子は盤に散らばった駒を高速で並べていく。
その手さばきだけは、一級品であった。対する神奈子は、さも面倒くさそうに、よそ見しつつ駒を並べていく。
その目が、早苗と合った。
「早苗、麓の神社は楽しかった?」
「あ、はい。私がいない間、お変わりはありませんでしたか」
「んー、まあ珍しいお客さんが二人ほど来たくらいかね。私が応対したよ」
「えっ、そんな! やっぱり明日からは、私が残っていた方が……」
「いいって、いいって。大した用事ではなかったし。気にせず休暇を楽しみなさい」
「……はい。ありがとうございます」
微笑する神奈子に向かって、早苗は一礼した。
早苗は今日から三日間、風祝の仕事のお休みをいただいていた。
ここに来てから毎日頑張っている早苗へのご褒美、といえば聞こえがいいが、それはあくまで表向きの理由。
実際のところ、問題は諏訪子の将棋熱にあった。
普段、神奈子と早苗が、信仰を集めるために幻想郷を回っている間、諏訪子は家で留守番しているか、自由気ままに遊びまわっている。
先日諏訪子は、この神社の建つ『妖怪の山』にある、河童と天狗の遊び場に顔を出した。
そこで将棋を指したのが、事件の発端であった。
神奈子と早苗が、その日に家に帰ってくると、分厚い将棋盤を前にして、炎の目をした蛙の神様がいた。
(神奈子! 今日から三日間、将棋の特訓して!)
聞けば、遊びで指してみた将棋で、天狗や河童にボロ負けしたという。
神様ってあんまし将棋が強くないんですね、と言われて、諏訪子の闘争心に火がついたそうな。
三日後の再戦のために、神奈子は嫌々諏訪子の特訓に付き合わされることとなった。
その間、早苗に構うことができないので、どうせならこの機会を生かして、遊びがてら幻想郷の見聞を広めてきてはどうか。
そんな神奈子の提案を聞きいれ、とりあえず早苗は、分社もある博麗神社へと遊びに行っていたということである。
「でも、博麗神社でも、将棋の話題が出たんですよ。霊夢と魔理沙も、たまに将棋を『打って』いるみたいです」
「早苗」
諏訪子が盤面から目を離さずに、早苗に向かって、ちっちっと指を振った。
「将棋は『打つ』じゃなくて、『指す』というの。基本だから覚えておきなさい」
「え、そうなんですか。勉強になりました、諏訪子様」
「うむ」
と諏訪子は大仰にうなずいた。
……偉そうに、と神奈子は呟きながら、一手指す。
その手が引っ込む前に、諏訪子も勢いよく、びしっと一手指す。
先ほどの忠告もむなしく、恐るべき早指しのままだった。
早苗は横に座り、邪魔にならないよう盤面を見る。
将棋のルールは知っているものの、どちらが優勢だとかはまるで分からない。
ただ、駒台に乗った駒の数は、神奈子の方が多かった。
『将棋』。
九×九のマス目の上で、八種の駒を使用して競う、盤上の格闘技。
西洋の『チェス』や、中国の『象棋』と同じく、古くはインドの『チャトランガ』が発祥とされ、古代の戦争を模した遊戯である。
それらに共通するルールは、互いの『王様』を奪うという目的のもとに、駒を動かすというもの。
ただし、将棋だけはその中でも、東西の『兄弟』にはない、独特なルールが存在する。
それこそが、将棋の可能性、10の220乗という、他を圧倒する膨大な変化を生み出したともいえよう。
そのルールとは、
諏訪子は駒台に乗っていた『持ち駒』を、神奈子の陣に打った。
「ここだあ!」
「叫ばなくても、見えてるよ」
諏訪子が打った『角』の筋を、神奈子の『玉』が避ける。
その一手で、神奈子の陣形は引き締まった。
対して、諏訪子の打った『角』は目標を失ってしまったうえに、駒損が酷く、それ以上の攻めが続かなかった。
劣勢状態に陥り、唸る諏訪子の長考がはじまる。
暇そうな顔をしていた神奈子に、早苗は聞いてみた。
「あのー、『王手』って言わなくてもいいんですか?」
「ん? 言わないわよ。剣道じゃないんだから」
「言わなきゃ、ずるくないですか?」
「わざわざ拳を振りかぶって『私は今からお前を殴るぞおお!』何て言うボクサーはいないでしょ。見りゃわかるし、気付かない方が悪い」
「ああ、そういうものなんですね」
「そう。スポーツマンシップも、過ぎればままごとにしかならないってことね。勝負は駆け引きがあってこそ……」
神奈子の台詞の途中で、諏訪子が一手指す。神奈子は言葉を切って、『歩』を進めて裏返した。
これで敵陣に『と金』が二つ。駒得しているうえに、諏訪子の無謀な攻めは全て封じている。
いわゆる、必勝というやつである。
「……ま、その駆け引きも、実力が近ければこそよね」
「うぬぬぬぬぬ」
「これ以上やってもしょうがないでしょ。いさぎよく投了しなさい」
「もう一局!」
「……………………」
うへぇ、という顔をして、神奈子は再び初形に並べ直していく。
そしてまた、感想戦も抜きにして、対局がはじまった。
やはり分からなければ、見ていてもつまらないし、二人の邪魔になってもいけない。
早苗は立ち上がって、ご飯の支度に取り掛かることにした。
日が沈んだ頃に、早苗は和室に向かって声をかけた。
「ご飯ができましたよー」
あれからまだ、二柱の将棋は続いていた。
神奈子は、大穴の開いた風船よりも、やる気が無さそうであった。
だらしない姿勢は、座っているようにも、寝そべっているようにも見える。
対する諏訪子は顔を真っ赤にし、頬をふくらませて考えている。
将棋を指しているというより、サウナ風呂で我慢大会をしているようだった。
諏訪子は早苗の方を見ずに、腕を組んだまま返答した。
「早苗! ご飯はこっちに用意して! 私と神奈子は指しながら食べるから!」
「やだよ私は。あんた一人でやってな。もう今日はやめだ」
「な!」
「早苗。気にしないで食卓に用意しなさい」
「はい。わかりました」
指しかけの盤を残して、神奈子がよっこいせと立ち上がる。
諏訪子が抗議した。
「ちょっと神奈子! 逃げる気!?」
「逃げたくもなるよ、こんだけ指せば」
「まだまだ! あと二日しかないんだから!」
「明日にしましょ。もう今日はいい加減指しすぎだし、あんたも熱くなりすぎ。これ以上やっても意味は無い。一晩頭を冷やしなさい」
神奈子は、うーん、と伸びをしてから、ふくれる諏訪子を見下ろした。
「それに、飯は行儀よく食べるもんだ。作った早苗に失礼でしょ」
「……むぅ、わかったわよ」
早苗に失礼と言われて、諏訪子は渋々承知した。
そして、盤面を見ながら、ふんふんと頷き、
「そうだ。封じ手にするか。一度やってみたかったんだよね」
「意味ないでしょ別に」
「こういうのは雰囲気が大切なの。早苗ー、半紙と筆と墨、持ってきて」
「え? は、はい。わかりました」
頼まれた早苗は、外界で使っていた習字道具を持ってきた。
「ほら、出てった出てった」
諏訪子は和室から神奈子を追い出し、筆を手にして半紙の前で唸りだした。
やがて、食卓に夕飯の皿が並んだ頃になって、諏訪子は早苗に、小さくたたまれた半紙を差し出した。
「はい早苗」
「え、何ですかこれは」
「封じ手。開けちゃだめよ。あと、神奈子に絶対見せないように。大切に保管してね、明日の朝まで」
「は、はい?」
「あんたが立会人ってこと。いいから黙ってしまっておきなさい」
草色の紐で封をされたそれを、早苗は素直に受け取った。
それに満足したようで、諏訪子は食卓の椅子に座る。
早苗は託された『封じ手』を、とりあえず自室の机にでも仕舞おうと、部屋へ向かった。
そこで、かさりと何かが落ちた。
一瞬、封じ手を落としてしまったのかと思ったが、落ちた紙は半紙ではなく、小さなメモ用紙だった。
拾い上げて読んでみると、
「え? なんで……」
いつの間に渡されていたのだろうか。
そこには意外な名前が書いてあった。
アリス・マーガトロイドより
◆◇◆
次の日の昼下がり、早苗は風呂敷を抱えて、魔法の森の中を飛んでいた。
じめじめした暗い森は、幹の太い木が立ち並び、垂れ下がった蔓の下に、おかしな色をしたキノコがたくさん生えている。
子供の頃読んだ、童話の世界に迷い込んだようだった。
早苗の前では、小さな手紙がふよふよと飛んでいた。
昨日発見したこの手紙は、博麗神社で別れたときに、いつの間にか巫女服の裏に差し込まれていたのだ。
そこにはアリスの名前と、用件が記されていた。ある物を持って、魔法の森の自宅に来てほしいということだ。
手紙が先導する先には、アリスの家が待っているということらしい。
こんな招待のされ方も、おとぎ話のようであった。
――ひょっとして、アリスさんの家も、お菓子でできてたりして
幻想郷ならではの体験に、早苗は少しワクワクしつつ、手紙と並んで飛んだ。
やがて森の中に、一軒家が現れた。
想像していたお菓子の家では無かったが、それでも素敵な家だった。
白い壁に紺色の屋根。嫌味を感じさせない上品な外装が、アリスの潔癖そうな性格を思いださせた。
正装とはいえ、何となく、自分の巫女服が場に合ってないように感じて、早苗は少し気後れした。
だが、招待されているのだから、ここで立ち去るわけにはいかない。
勇気を出して、早苗は家の呼び鈴を鳴らした。
「ごめんくださーい」
すぐに玄関のドアが、かちゃりと開く。
顔を出したのはアリスではなく、彼女の人形だった。手に小さなカードを持って、差し出している。
それは、早苗が渡されたメモ用紙と似たものだった。
怪訝に思いつつ、そのカードを手にとって見てみた。
誰かに付けられていない?
「?」
早苗は後ろを振り返った。
誰もいない。魔法の森の中からも、人の気配はしない。
大木の陰は、誰かが隠れるには十分のスペースがあったが、早苗の勘に反応はなかった。
問題が無ければ中へどうぞ
カードの裏には、そう書いてある。
アリスが何を警戒しているのか分からないが、早苗も少し緊張してきた。
念のため、もう一度辺りを確認してみる。
やはり、誰もいないようだった。
「……おじゃましまーす」
小声で呟きながら、早苗はドアを開けて、中へと入った。
「ごめんなさいね。驚いたでしょ」
奥の居間にはアリスが待っていた。
丸テーブルの上には、カップが二人分用意されている。
早苗は、すすめられた椅子に座りながら、
「少しびっくりしました。でも、どうして……」
「絶対に知られたくない奴がいるからよ。それで、例のものは持ってきてくれたかしら」
「あ、はい」
早苗は抱えていた風呂敷を解いた。
現れたのは、二つ折りになった薄い将棋盤と、輪ゴムで止められた駒のケースだった。
そう。なぜか手紙にあったアリスの目的は、リバーシではなく、将棋だった。
将棋を教えてほしいので、道具一式を持ってきてほしい。その文面を読んだとき、早苗は面食らった。
しかし、断るわけにもいかないので、神奈子達が特訓に使用しているものとは違う、古い盤と安っぽい駒を持って、ここに来たということである。
早苗は駒箱を開いた。
四十駒と、予備の『歩』が一つ、事前にちゃんと数は確認してある。
アリスは箱の中の駒を摘んで取り出し、顔の近くに持っていった。
「……漢字ね」
「はい。読めますか?」
「まあ簡単なものなら。これは『あるへい』?」
「『ふひょう』です」
早苗の訂正にも気を悪くすることなく、アリスは『歩』を指で挟み、「ふひょう……」と呟いた。
「ふうん。チェスと違って、ずいぶんひらべったいのね。裏に字が書いてあることと関係があるのかしら」
「はい。いくつかの駒は、敵陣に入ったら『成る』ことができるんです」
「まずは、ルールから教わった方が良さそうね」
「あ、駒の動かし方とルールを紙に書いてきました」
「あら、気がきくわね」
アリスは早苗から紙を受け取り、じっと読みはじめた。
ビショップとルークが一つ……、などと、ぶつぶつ呟いている。
早苗はその間、出された紅茶を飲みつつ、部屋の中を観察した。
彼女が人形遣いとは聞いているが、具体的にどういったものかは知らなかった。
ただ、家に入ってからすぐに気がついたのは、小さいものから大きいものまで、家の中の至る所に人形が並べられているということである。
どれもきちんと整頓されているが、これだけの人形を一度に見た経験もないので、少し圧倒されてしまう。
とはいえ、人形があるだけだ。それだけでアリスがいかにも人形遣いだと、ましてや魔法使いだとイメージできるわけではない。
魔理沙から、見た目より大分生きていると聞いていたが、自分らと同年代の少女にしか見えなかった。
ただ落ち着いた雰囲気と整った顔立ち、そして育ちの良さそうな空気は、違う意味で別世界の存在であるようにも思わされたが。
「あの……」
「なに?」
「どうして私を呼んだんですか?」
「手紙の通りよ。将棋を教えてもらおうと思って」
「でも、私じゃなくても……例えば魔理沙とかに」
「嫌」
あまりにあっさりとした返答だったので、聞き違いかと思った。
しかし、紙を読む顔は無表情のまま、アリスは短い言葉ではっきりと拒絶していた。
少しのけぞりながらも、早苗は再度聞いた。
「なんでですか?」
「貴方、弾幕ごっこの経験はあるのよね」
「あ、はい。ここに来てから覚えました」
「弾幕で大事なことは何だと思う?」
「えーと……」
早苗は過去の自分の失敗を思い返した。
「……『冷静さ』、とかでしょうか」
「答えとしては悪くないわね。正解は『ブレイン』よ」
「ぶれいん?」
「そう。英語は苦手かしら」
「それくらいはわかります。つまり、大事なのは『知能』と言いたいんですか?」
「そうよ」
アリスはそこで紙を脇に置いて、早苗の顔を見た。
「じゃあやりましょうか、将棋を」
「え、もうルールを覚えちゃったんですか!?」
「『ブレイン』よ」
アリスは得意げに微笑んで、駒を初形の位置にスラスラと並べ始めた。
早苗も慌てて自分の方に取り掛かる。二人は同時に並べ終えた。
「じゃあ、私の先手でいいかしら」
「あ、はい。……でも、その前にもう一回聞いていいですか」
「どうぞ」
言いながら、アリスはすっと左端の『歩』を突いた。
早苗も少し考えてから、神奈子達がよくやっていたように、『角』の右上の『歩』をパチリと動かす。
「なんで、魔理沙や霊夢じゃなくて、私なんですか?」
「教わりたくないからよ。特に魔理沙には」
「どうして」
「弾幕は『パワー』だとかほざいている奴に、頭脳ゲームを教わるなんて滑稽でしょ」
盤上の『角』を斜めに上げつつ、アリスは平坦な声音で言った。
「そして、そんな奴に頭脳ゲームで負けたくないってこと。つまり私の目的は、あの二人より将棋で強くなるってことなのよ」
「はあ」
「というわけで、よろしくね」
「え………………ええっ!?」
その意味に気がついて、早苗は悲鳴をあげた。
「それって私に、魔理沙や霊夢よりも強くなるように、アリスさんを鍛えろってことですか!?」
「そういうことよ」
「無茶ですよ! 私がルールを覚えたのは最近なんです。あの二人は前から結構指しているみたいだし」
「あら。でも、貴方の家の神様はすごく強い、って言っていたじゃない。だから、貴方が神様に教わって強くなって、そして私を強くすればいいってこと」
「そそそ、そんな! アリスさんのために、私に将棋が強くなれと!?」
「そうよ」
悪びれる様子も無く、アリスは肯定する。
早苗は呆れ返るしかなかった。幻想郷では白黒泥棒を筆頭として、自分勝手なものが多いという印象があったが、まさか知的で友好的に思えた彼女もその一人だったとは。
実のところ、早苗は将棋に対して、それほどいいイメージを持っていない。
よく知らないということもあるが、そのゲームのせいで神奈子も諏訪子も自分に構ってくれないのだ。
むしろこの世から消えてもらった方が幸せかもしれないと、今では将棋に逆恨みまでしている。
しかし、見方を変えれば、この機会に将棋を真面目に覚えることで、二柱と話題を共有することができるかもしれない。
それに、自身の弾幕ごっこのスキルアップにつながるかも。
うーん、と悩む早苗に、アリスはお茶を一口飲んで、
「もちろん、無料で教えてもらおうとは思ってないわ。こちらからも報酬を提供する」
「報酬……ですか?」
「ええ。今、『上海』が持ってくるわ」
上海が彼女の人形の名前だというのは、この前に教えてもらった。
その上海人形が連れてきたものを見た途端、早苗の心臓が高鳴った。
「えっ……これって」
「そうよ。どうぞ手にとって見てごらんなさい」
「わあ……!」
早苗は現れたそれ、上海と同じくらい大きな人形を手に抱いた。
それは白い巫女装束に身を包み、緑がかった黒髪をした、可愛らしい人形だった。
「これ、『私』ですよね!」
「もちろん」
「アリスさんが作ったんですか!? この服も!」
「ええ、全て手作りよ」
「すごーい!」
早苗の口から、感嘆のため息がもれた。
今や現人神とはいえ、元は彼女も年頃の女の子である。こんな人形に憧れを抱いたことは少なくない。
しかもこの人形は、今まで見たことのあるどの人形よりも素晴らしいものだった。
あまりに自分に似すぎていると怖いものがあるが、その顔は特徴が表れているものの、適度に表現が抑えられている。そのかわり、服の一つ一つの細かい部分が忠実に再現されていた。頭についた蛙と蛇の小さな髪飾りも、自分が今頭につけているものと同じであった。
「こんな細かいところまで……」
「人形遣いは、観察力も必須なの」
「これを私にくれるんですか?」
「ええ。でもそれは前報酬」
「え、ということは……」
「実はね。残念ながら、貴方の神様のデザインはしてないの。材料は揃っているけどね」
アリスはビジネススマイルを浮かべながら、
「だから、貴方が作ってみたらどう? 私が教えるから」
「……………………」
「私は貴方から将棋を教わり、貴方は私から人形の作り方を教わる。ギヴ&テイクとしては、ちょうどいいでしょ。この条件でどうかし……」
その台詞が終わる前に、早苗はがしっと、アリスの手を握った。
アリスはびくりと表情を強張らせたが、早苗は気にしていなかった。
「アリスさん! まかせてください! 東風谷の名にかけて、貴方をきっと魔理沙や霊夢より強くしてみせます! ついでに守矢神社をよろしく!」
「そ、そう。ありがとう。話が早くて助かったわ」
「私は神奈子様から全身全霊で将棋を学びます! それはもう奇跡的に強くなってみせます! さあ、まずは指しましょう! ひたすら指しまくって、紅白も白黒もこてんぱんにするくらい強くなりましょう! 燃えてきましたよ私は!」
「…………(人選を誤ったかしら)」
ヒートアップする早苗を見つつ、アリスは胸中でちょっぴり後悔していた。
が、もうこの風祝の勢いは止まりそうになかった。
もし神奈子がこの光景を見たら、ため息をついていたことだろう。
……カエルの子孫はカエルか、と。
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りました!」
「……おかえり早苗」
「あーうー!!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『阿吽』というわけではない。
やっぱり神様のうめき声だった。
「どうして勝てないのよおお!!」
昨日と似たようなことを叫びながら、畳をどんどんと叩いている諏訪子。
神奈子はといえば、古新聞を読みながら指していた。
早苗は昨日と同じく、二人の近くに歩み寄った。
「どうですか、特訓の進み具合は」
「見ての通りよ。三歩進んで四歩下がるという感じね」
「そうなの!?」
諏訪子が叫びながら、畳から顔を上げる。
早苗は息を呑んだ。
「す、諏訪子様! どうなされたんですか、そのお顔は!」
なんと、諏訪子の顔は、墨を塗ったかのように真っ黒だった。
いや、昨日早苗が貸した習字道具が開かれた状態で置かれているということは、間違いなく墨を塗ったのだろう。
「ど、どうしてお顔に墨を」
「負けたら罰ゲームで、顔に悪戯書きする、っていうルールにしたのよ。こいつが自分で」
下がった新聞紙の向こうから、神奈子の呆れ顔が現れた。
その顔は全く汚れていない。つまり、いまだ無敗だということらしい。
「早苗のいない間、二十局以上やったんで、もうこいつの顔に塗るところがなくてね。最初は楽しかったんだけど」
「このオンバシラが!」
毒づく諏訪子の黒い顔で、瞳だけが爛々と輝いている。
「と、とにかくお顔を拭いてください。今おしぼりを持ってきます」
「だめよ!」
拒否したのは神奈子ではなく、諏訪子自身だった。
「まだ追い込み方が足りなかったんだ。もっと自分を追い込まなくちゃ……」
「す、諏訪子様」
「早苗! 絵の具を片っ端から持ってきて!」
「無茶です、やめてください!」
「ええいじれったい! 自分で持ってくる!」
「だめです! 早苗はそんなこと許しません! レインボー諏訪子様なんて見たくないです!」
「負けると決まったわけじゃないよ! レインボー神奈子が見れるかもしれないでしょ!」
「いずれにせよ、食卓で見たらご飯吹きます!」
「そんな理由かアホ巫女!」
二人はしばらく取っ組み合っていたが、やがて神奈子が三日前の新聞に飽きた頃になって、ようやく落ち着いた。
結局、諏訪子は大人しく、早苗から渡されたおしぼりで顔を拭く。
汚れはなかなか取れなかった。
「これは、一度お風呂に入らなきゃだめですね」
「お風呂か…………神奈子!」
「嫌だよ私は」
「言う前から否定された!?」
「どうせ風呂でも将棋指そうってことでしょ。馬鹿馬鹿しい。一人で水風呂に浸かって頭冷やしてきなさい」
「………………!」
諏訪子はわざわざ足で床を踏み鳴らして、風呂場へと向かった。
そこで神奈子は新聞をたたんで、腰をぐっと伸ばす。
「あー、私も後で入ろうかね」
「お疲れ様です」
「本当にお疲れだよ。この特訓が終わったら、しばらく将棋なんて見たくもないわね」
「………………」
「あれ? どうしたの早苗」
「えっ、いえ……何でもないです」
「何か頼みたそうな顔してたけど」
「それは……その……あっ、神奈子様」
「何?」
「ちょっと後ろ向いてもらえますか」
神奈子は黙って後ろを向く。
早苗はその後ろ姿を見て、うーんと唸った。
「どうしたのさ、一体」
「あ、すみません。えーとそのー、お二方の姿が知りたくて」
「はい?」
「いえ、何でもありません! あっ、そうだ。この前天狗の方に撮ってもらった、写真がありますよね。三人で写っているの。あれってどこに仕舞いましたっけ」
「どこって……早苗が大事にしようとかいって、自分で仕舞ったんじゃないの」
「そ、そうでした」
ぎくしゃくとした動きで早苗は自室へと向かう。
神奈子は頭に疑問符を浮かべたが、結局気にしないことにした。
◆◇◆
次の日、午後のアリス邸では、昨日に引き続き、早苗がアリスに将棋を教えていた。
だが……、
「…………………………」
「これで、チェックメイトかしら」
「……詰みですね。負けました」
敗北宣言とともに、早苗は暗澹たる気分になった。
教えるどころか、もうアリスが自分より強くなってしまったのだ。
「だいぶコツがわかってきたわ。駒の交換という概念があるから、勝ち負けの局面にしやすいのね」
「……………………」
「後は、オープニングをどうするか、分かればいいんだけど」
「……………………」
「どうしたの?」
「…………もう、私の教えることはありませんね」
「そのようね」
涼しい顔で肯定されて、早苗の気分はさらに落ち込んでいく。
「じゃあ、お人形の作り方を教えてもらうという約束も……」
「そうね。じゃあ今から始めましょうか」
「……え、いいんですか」
「そういう契約だったはずよ。今日教わった将棋の分くらいは、貴方に教えるつもり」
つまり、次は無いということか。
早苗は、ホッとした半分、ガッカリもした。
アリスの態度はあくまでドライな関係を目指しているように見える。
もっと打ち解けてくれるかと思ったが、そうもいかないらしい。魔法使いというのはそういう種族なのだろうか。
アリスは顔の書かれていない人形の体を、何種類か持ってきた。
「人形の本体はサイズとバランスを変える程度で、それほどこだわる必要がないわ。 いくつかあるタイプから選んでくれるだけでOK。大事なのは顔の造形と服装ね」
「八坂様と洩矢様と三人で撮った写真を持ってきました。……お二方の姿は見慣れているはずなんですけど、やっぱりちょっと不安で」
「見せてくれるかしら」
「はい」
早苗はアリスに二枚の写真を渡した。
アリスはそれを手にとって見て、
「……………………」
黙り込んでしまった。
クールな表情に、わずかながら動揺が見える。
「あの、聞いていいかしら」
「はい。何でも聞いてください」
「……これって、神様なのよね」
アリスが一枚の写真をこちらに見せてくる。
中央の早苗に対し、左に立つ神奈子が肩を組んで二カーッと歯を見せて笑っている。
右の諏訪子は、早苗の腰に抱きついて、こちらに向かってVサインしていた。
真ん中の早苗も、少し照れながらも、はじけるような笑顔を見せている。
天狗からもらった、一番大事な写真の一つだった。
「はい。守矢神社の二柱です」
「なんか……想像していたのとは全然違うわね。もっと威厳たっぷりなものかと」
「洩矢様はともかく、信仰を集める時の八坂様は、威厳に満ちあふれていますよ。でも、普段はこんな感じです」
「貴方もずいぶん馴染んでいるというか……」
もう一枚の写真を見て、アリスはさらに顔を引きつらせた。
三人がコタツに入って、蜜柑を食べている写真だった。
それだけじゃなく、それぞれの口に蜜柑の一切れを差し入れている。
「……仲がよろしいことで。家族みたいね」
「家族のつもりです、私は」
「貴方は外界からこっちに来たのよね。ご両親はどうしたの?」
「物心つく前から二人とも……」
そこでいったん、早苗は口ごもる。
「……私は守矢神社の巫女だった、お婆ちゃんの家で育てられたんです。
その神社で、小学校に入る前に、八坂様と出会ったんです。」
「……………………」
「だから、本当の親とかは正直わからないんですけど。でも、しいていうなら、八坂様が私の親代わりでした。
小さい時から色々と教えてくださって。でも……」
懐かしい思い出を頭に描きながら、早苗は少し舌を出した。
「……神様が親とか家族だなんて、変だし罰当たりですよね」
「変じゃないわよ」
「え?」
早苗は思わず、アリスの顔をうかがった。
いつもの無表情にわずかに苛立ちが混じっている。それまで聞いていたアリスの声、落ち着いたトーンの声とも違った。
続く台詞も、感情的で、人間臭かった。
「貴方が神様のために人形を作るのは、単に巫女としてご機嫌をとろうと、気に入られようとしただけかと思ってたんだけど」
「違いますよ」
思わずムッとして、早苗は言い返した
「……それは、少しはそういう気持ちがあるかもしれませんけど、それよりも喜んでもらいたいんです。
小さい頃に学校で、やさ……神奈子様の絵を描いたことがあって、今も大切に飾ってくださっているんです。
諏訪子様はそれを見て『私も描いてよ早苗!』って騒いで、この前描いてみたんですよ。
あまり進歩していなくて、お二柱に大笑いされましたけど……」
その時の屈辱を思い出して、早苗の声は少し低くなった。
しかし気を取り直して、
「でも、諏訪子様は嬉しそうでした。そして、私もとっても嬉しかった。
その時、神奈子様と同じように、諏訪子様とも家族になれたんじゃないかな、って思ったんです。
罰当たりな考えかもしれませんけど。お二柱がいるから、こっちに来ても寂しくありません。
そのことに対しての感謝の気持ちとしても、何かプレゼントしたいな、って思ったんですよ」
「…………そう」
アリスは細くため息をついた。
「どうしましたか」
「いいえ。なんでもないわ」
でも、アリスの目は、どこと無く羨ましそうだった。
「事情は分かったわ。じゃあ今日は服の型と、生地選び。あとは細かいアクセサリーのデザインでもしましょう」
「はい。アリスさん、ありがとうございます」
「…………私も人形をプレゼントしてみようかな。今まで考えたこと無かったけど」
「え?」
「明日は来れるのかしら、貴方」
「あ、はい。でも……将棋については」
「いいわよ別に。もうそんなこと気にしなくても。無償で人形作りを教えてあげる」
「えっ、本当ですか!?」
「気が変わったのよ。『契約』とは違うけど……」
「あ、でもそんな訳にはいきませんよ。私も将棋が強くなって、アリスさんを強くしてみせます。『約束』ですからね」
最後の言葉に力を込める。
アリスはきょとんとしたが、ふふっと顔をほころばせた。
「そうね。よろしく頼むわ。早苗」
「はい、アリスさん!」
それから二人は、さっきまでの、どこか遠慮した空気が嘘のように思えるほど、親しげな空気になった。
服の生地の色を選びながら、アリスと早苗は、互いの境遇について質問しあった。
「貴方と神様の関係はわかったけど、もう一つ聞きたいことができたわね」
「何でしょう」
「神様がどうして二人いるの?」
「実は……私もよく知らないんです。諏訪子様に会ったのはこっちに来てからですし。
神奈子様も、色々あったのよ、というだけで」
「ふうん。まあ、写真を見る限りは、仲が悪そうな感じはしないわね」
「ええ。よく喧嘩していますけど、喧嘩するほど仲が良いって言いますし」
「じゃあきっと、いい出会いだったんでしょうね」
「きっとそうですよ」
早苗はうなずきながら、今ごろ神社で特訓してる二柱を思い浮かべた。
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りましたよ~!」
「…………お帰り早苗」
「すわーん!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『諏訪』と(略)。
日が経つにつれて早苗の声は溌剌としたものなり、対照的に神奈子の声には覇気がなくなっている。
テンションが変わっていないのは諏訪子だけだった。
「なんで勝てないんですかー!!」
諏訪子はゴロゴロと畳を転がって、早苗の所までやってきた。
「諏訪子様、調子はどうですか」
「全然だめよ! 地獄のオンバシラディフェンスが固すぎて!」
「……人の将棋に、勝手に変な名前つけてるんじゃないわよ」
神奈子の声がして、早苗は和室を向いた。
相当くたびれているようだった。蛇の神からナメクジの神に変わったようだ。
「でも、強くはなっているんじゃないですか」
「ほんの少し進歩はしてるようだけど、まだ全然よ。まあ対決は明日と聞いているから、今夜が勝負かね」
「そうですか……」
「早苗は何か嬉しいことでもあった?」
「はい、楽しかったです。あ、今から夕飯の支度をします」
「今日は唐揚げがいいわね。コロッケでも構わないわ」
「わかりまし……」
「なんだってー!?」
早苗が唖然とする前で、諏訪子は床から2メートル近く跳ね起きて、天井に頭をぶつけそうになった。
「卑怯よ神奈子! 今日に限ってそのメニューを注文するなんて!」
「何言ってるのよ。あんたが決めたルールでしょ」
「くぅううううう!」
諏訪子が悔しげにうめく。血の涙を流しかねない勢いだった。
早苗は話の流れが分からなかったので、神奈子に尋ねることにした。
「えーと、どういうことですか?」
「今度の罰ゲームは、早苗の夕飯だったっていうことよ。こいつのおかずは納豆だけでいいから。私にたんと唐揚げを作っておくれ」
「神奈子おおおおお! 表に出ろ!」
「いいわね。ちょうど将棋ばっかりで飽きていたことだし」
早苗を置いて、二人は外に出て行った。
どうやら弾幕ごっこを始めるようだ。
いつもの喧嘩だった。
でも、何だかんだいって、神奈子はいつも諏訪子に付き合ってあげている。
早苗の目には、やっぱり仲の良い二柱にしか見えなかった。
――二人はどんな風にして出会ったのかな
外の喧騒を聞きつつ、その出会いを想像しながら、夕飯を作る。
神奈子の罰ゲームを間に受けるほど、早苗は意地が悪くない。
唐揚げはいつもより多めだった。
◆◇◆
壁時計の針が、頂点で重なっている。
神奈子と諏訪子は、和室で静かに将棋を指していた。
「…………(ボソボソ)」
「聞こえないわよ」
「まーけーまーしーたー」
「本当にあんたの戦い方は進歩しないね」
呆れた目つきで、神奈子は諏訪子の将棋を端的に批評した。
神奈子は金銀の『厚み』を生かした、じっくりとした戦い方を好む。
対する諏訪子は、飛角桂香などの飛び道具を使った乱戦を好んだ。
それ自体は悪くないのだが、薄い囲いでガムシャラに突っ込んでくるために、神奈子に強烈なカウンターを食らったり、攻めを切らされたり、じり貧に追い込まれたりと、散々返り討ちに合うのだった。
特にその傾向は、序中盤に顕著だった。終盤のここぞという所は、神奈子も舌を巻くほどの鋭さを見せるのだが、そこに至るまでの過程で大損しているので、後の祭りであった。
「とにかく、あんたは無茶が多すぎる。しかも指せば指すほど将棋が雑になるんだから、相手にする私も嫌になってくるよ」
「ぬぬぬ」
「一手一手を重くして、もっと駒の働きを大事にしなさい。『銀』が泣いてるわよ」
「……私も泣きたいやい」
帽子を深くかぶり直して、ぼそぼそと諏訪子は呟いた。
が、神奈子は同情するつもりはなかった。あくまで、乱暴な攻めの将棋を改めようとしない、当事者に問題があるのだ。
これまで頑固な諏訪子に好きなようにさせていたが、神奈子は方針を変えることにした。
「……一国の主がそれじゃ、勝てる勝負も勝てないさ」
盤を挟んで無効に座る諏訪子は、帽子の陰に表情を隠したままだった。
神奈子は駒を、初形の位置に並べ直す。駒台に積まれた分も、諏訪子の陣に戻した。
戻しながら、わざと冷たい口調で続けた。
「私の知る諏訪子は、そんな将棋は指さない。この私を散々てこずらせた諏訪の王は、無謀で浅はかで野蛮な攻めとは無縁の戦い方だった。ま、昔の話だけど」
神奈子は最後の『歩』を並べ終えて、ちらっと諏訪子の方に視線をやった。
諏訪子は帽子の端を、強く握っていた。やはり顔は隠れたままだった。
ふふ、怒ったかな。
これで少しは反省して、ちゃんとした将棋を指してくれるとありがたいんだけど。
神奈子はやはり突き放したような声で、
「どうするの、まだ指す?」
諏訪子は返事をせずに、だが顔をそむけるようにして頷いた。
それを確認して神奈子は、
「どうぞ先手で。お願いします」
「……お願いします」
その暗い声で、二人の対局が始まった。
諏訪子は左手を持ち上げた。その手が『歩』に伸び、角道を静かに開ける。
いつもの、やかましい駒音をたてるやり方ではなく、ほとんど音がしなかった。
神奈子もそれに合わせて、少し駒音を抑えて角道を開ける。
ここで、いつもならすぐに『角』を交換しにくるのだが、諏訪子はそこで小考に入った。
今度は何か別の手を考えているらしい。
諏訪子の手が、一瞬宙をさまよった。
が、神奈子の『角』は取られなかった。
それどころか、諏訪子は角道を、自分から止めていた。
……?
神奈子は怪訝に思ったが、時間をかけずに飛車先の歩を突く。
それに合わせて、諏訪子の『飛車』が、『角』の隣に移動した。
――へえ、振り飛車。しかも角道を止めての三間飛車か
冷静に飛車先の歩をさらに伸ばしながら、神奈子は内心、意外な序盤に驚いていた。
先手三間飛車という戦法自体は問題ではない。
メジャーな戦法とは言わないが、それなりに使い手が存在する。
ただし、いつもの諏訪子なら角道を開けたままの三間飛車を選択していただろう。
そちらは数ある三間飛車の中でも、序盤からよく動く積極的な戦法であり、諏訪子にも何度か指されたことがある。
対して今指されているのは、序盤は比較的穏やかな展開になりがちであり、いつもがむしゃらに序盤を荒らそうとしてくる諏訪子の好む戦い方とは言い難かった。
――つまりこれが、諏訪子の工夫ってことかね。面白いじゃないの
こうして低姿勢で待たれるとなると、居飛車側も急戦策は使えない。もっとも神奈子の方も、持久戦は望むところである。
諏訪子が『美濃』に組むのに合わせて、『左美濃』に組む。
いつもとは違った将棋になりそうだった。退屈だった神奈子の手つきも、軽くなっていく。
互いに陣形を整備していく中で、神奈子はふと奇妙な事態に気がついた。
それは諏訪子の指し手である。なぜか彼女は、『玉』の周囲を固めるだけで、まるで攻めてこようとしないのだ。
先手にも関わらず、仕掛けるチャンスを全て見逃し、『飛車』までも守備に使って、あくまで低姿勢を貫いている。
逆に、神奈子の方が攻める展開になりそうだった。
――ずいぶんと弱気な将棋ね。薬が効きすぎたかな
もう一つ気になっているのは、諏訪子の気配だった。
俯いたまま、一言も発さずに、黙々と駒を動かし続けている。
しかし、ふて腐れているようにも見えない。むしろ、何かに必死で耐えているように見える。
ぎゃーぎゃー喚かれるのも嫌いだが、こうも異様な雰囲気の友人も、ぞっとしなかった。
神奈子はついに、攻めに転じた。
互いの『歩』と『歩』がぶつかり合う。
ぎりっ、と音がして、神奈子は顔を上げた。
帽子の影で、諏訪子が歯を食いしばる音だった。
――怒ってる……ような感じでもないわね。何を考えているんだろ
諏訪子が無言で、神奈子の『歩』を取る。
それを神奈子は『桂』で取り返し、戦いがはじまった。
予想通り、いつもとは逆で、神奈子が攻めて諏訪子が受ける展開となった。
諏訪子の『角』は後ろに引っ込む。それに合わせて、神奈子の『飛車』が、敵陣へと狙いを定める。
数手進んで、局面は神奈子の有利な展開になっていた。
――このまま終わってしまうと、あっけないわね
神奈子の攻め駒は、諏訪子の陣に手をつけている。対して諏訪子の攻め駒は、まるでこちらに届いてない。
そして今のところ、神奈子の攻めは途切れる心配はないので、無理せずじっくり攻めていけば、このまま優勢が拡大していく。
私としては楽な展開ね、と神奈子はのんびりと局面を静観していた。
その視界を、白い小さな手が過ぎ、神奈子の攻めから逃れるように、『飛車』を動かした。
盤上に、血の染みが。
神奈子はハッとした。
将棋盤に異常はない。諏訪子の手も汚れていなかった。
錯覚か……。
気を取り直して、神奈子は顎に手をやって考えた。
局面は明らかに居飛車側が優勢である。このままじっくり攻めていけば問題はない。
問題があるとすれば、ここまでの諏訪子の戦い方だった。
何だか、将棋を指している気がしないのだ。攻め駒が一つも無く、こちらに向かって来ようとする意志が感じられない。
それどころか、戦いを避けに避けて、自玉の周辺に駒が収束していく。
嫌な感じがした。
神奈子はその感覚を振り払って、駒を進めた。
何か聞こえた。
人の声、悲鳴のような……。
神奈子は顔を上げて、部屋を見渡した。
外からは何も聞こえない。また錯覚か。
いや、気のせいではない。
何だか焦げ臭い。何かの焼けるような……この臭いは。
戦だ。
神奈子は青ざめた。
諏訪子が俯いたまま、じっとしている。
その諏訪子から、イメージが流れている。
色が、音が、臭いが、部屋の中を埋めていく。
神奈子は思い出していた。
心の底にしまわれていた、太古の記憶。
神奈子が持つ、もっとも触れてほしくない、忌まわしき記憶。
ああ、そうだ。これは……
諏訪の風だ。
◆◇◆
朝霧が晴れていく。
森が眠りから覚めていく。
薄い日差しに混じって、山犬の遠吠えが聞こえる。
人の身では届かぬ高所から、諏訪の大地を見下ろす二つの姿があった。
一つは身の丈七尺はある大男。太い眉の荒々しい顔つきをしており、抜き身の長剣を携えた武人だった。
もう一つは、青みがかった長い髪を束ねた若い女性。美しい顔立ちだったが、蛇のような冷たさを宿している。
両者とも、姿形は人であった。しかし、正体は人の身にあらず、この世の国津神であった。
女神、八坂刀売神は微笑しながら言った。
「いい眺めですね。特にあの湖などは澄んでいて」
「……………………」
「そう怖いお顔をなされても、戦はうまくいきませんよ」
「……お前はどう見る」
男神、建御名方神は顰めた顔のまま、八坂刀売神に聞いた。
出雲では雷鳴のごとく響く声は、この地では風に紛れて霞んでいた。
「何が可笑しい」
「いえ、だいぶお困りなようで」
「相変わらずだな、お前は」
建御名方神の顔は、さらに苦いものになった。
たとえ名に聞こえた戦神である夫であろうと、遠慮の無い物言い。
決して認めたりはしないが、彼はこの妃神が苦手なのだ。
「どうでしたか、昨日までの仕事の進み具合は」
「……………………」
「私は貴方の味方ですよ。お忘れなきよう」
「戦は男の、戦神の役目だ」
「ええ。大変でしたわ。大国主さまや兄さま方に納得していただくのは。いまだ便りの無い夫が心配でたまりませぬ、どうかお許しくださいよよよ……と泣き真似までいたしました」
「それは見たかったな」
「そうまでして、諏訪にやってきたのです。今さら隠し事など無用でございましょう」
あくまで自分の弱みをつこうとする妃神に、建御名方神は長大なため息をついた。
「八坂。俺にはこの地が必要だ。わかるな」
「承知しております」
「すでに出雲の空気は俺のものではないのだ。大見得をきった手前、手ぶらで戻れば、天の怪物共も納得すまい」
「私たちも怪物ですよ。人の目から見れば」
それには建御名方神は取り合わなかった。
彼をはじめとして、神々は人間の立場に立っての話など相手にしない。妖しげに笑うこの八坂刀売神が変わり者なのである。
女神は夫の顔から視線を外して、再び下界を見下ろす。
「……この諏訪にも怪物がいるようですわね。それも飛びっきりの」
「この地に俺が来た日、七日前からいまだ姿を見せん。だが、こちらが攻めんとすれば、すかさず反応して機先を制しようとしてくる。粘り強く、手堅い戦い方だ。しかも、力は天津神どもにも劣らん」
「そのようですわね」
「恐るべき神だ。ミジャグジを束ねる豪傑と噂に聞くが、見た目はおそらく目玉の大きい不気味な化け物と踏んでいる」
「可愛いおなごかもしれませんよ」
「笑えんな」
「いいえ。戯言ではございません。この戦はあまりにも甘すぎます」
建御名方神は横に立つ女神を、それこそ化け物でも見るような目つきで凝視した。
八坂刀売神の顔には、冷たい微笑が浮かんだままだった。
「お気づきになりませんか? 彼らの鉄は、決して田仕事の道具ではございません。
その気になって討って出てこられれば、貴方は私が出向くよりも早く、とうに出雲へと帰ってきたことでしょう」
「何が言いたい」
「恐らく諏訪の王は、戦が嫌いなのではないかと」
「馬鹿な」
その推測を、建御名方神は一蹴した。
しかし、妃神は気にせずに続けた。
「そうでなければ、あの布陣の説明がつきませぬ。あれほどの兵力と神徳がありながら、やっていることは、ただ固まり待つだけの愚策。この戦を早めに終わらそうとするなら、むしろ攻めた方が得なはず。なのに、血気盛んな戦男が、社の周りに立て篭もるばかり。彼らが守るのは、民の心を掌握しつつ、国を統べることのできる優れた王。そして……血を見るのが嫌いな王なのではないかと」
八坂刀売神の解釈に、建御名方神はしばし沈黙した。
やがてうなずき、問いかける。
「だとすれば、どうする」
「そうですね」
八坂刀売神は顎に手を当てて何やら考えていたが、
「建御名方神。この戦、私に任せてくれませぬか」
「それは……」
「無論、手柄は貴方のものです。私は夫の身を案じて戦場に出向いた、愚かな女神にすぎませんからね」
「これ以上借りを作ると、いよいよ恐ろしいな」
「お戯れを」
「そうだな、本音を言おう。この度も、お前の戦が見たかった、というのもある。
俺は力と戦意の神だ。お前のような、知恵や謀略に向くような頭は持っていない」
「買いかぶりでございますよ」
「さらにいうなら、女は男よりも残酷になれると知っている」
「ふふふ。あの鉄については、私が何とかしましょう。貴方は軍を進めて、存分に暴れまわってくださいませ」
「果たしてどう攻める」
「それはまた後ほど……」
八坂刀売神はその質問を軽くいなした。
一瞬顔に浮かんだ表情は、獲物を渡そうとしない捕食者のものだった。
「早ければ、明日の夜には、出雲に良い報せをもって帰ることができましょう。それでは建御名方神、ご武運を」
八坂刀売神はそこで姿を消してゆく。
女神の気配が遠ざかったことを確認して、建御名方神はほっと息をついた。
頭に手をやって、諏訪の社に目を向ける。
敵は手強い。それは間違いない。
しかし真の怪物は……自分のもっとも身近な場所にいるのだ。
◆◇◆
神奈子の心に、嫌なものがあふれてきた。
いつもと変わらぬ将棋盤が、ねじれて見える。
見れば見るほど、『あの時』が再現されているようだった。
神奈子は諏訪子の堅陣に対し、一方向からの攻めを避けた。
周囲の空気穴を徐々に塞いでいき、確実に息の根を止めようとするやり方。
暴れれば、その身に、より深く牙が突き刺さる。諏訪子は黙して耐えるしかない。
その間に、守り駒の一つ一つが剥がされていく。その誰もが……王の愛した、大切な家族たちだった。
神奈子の攻めは続く。
向こうの兵士はいずれも、王を守ることしか考えていない。
そして、王は敵も含めて誰にも傷ついてほしくない
その二つの『甘さ』が、悲劇を生むこととなる。諏訪の地に、消えることの無い傷をつけていく。
一手が指される。
『飛車』が走る。その周囲の草木を焼き払って進む。
一手が指される。
『桂馬』が飛び掛る。矢を射掛けられて、子供を失う親の悲鳴が聞こえる。
一手が指される。
『銀』の剣に、串刺しになる兵士たち。
皆が王を守るため、王の愛した国を守るために、命を犠牲にしている。
一手が指される。
『金』の護衛者達が失われていく。
その中心で、『玉』は、諏訪の王は泣き叫んでいた。
一手が指される。
もうやめてくれ、と王は赤子のように泣きじゃくっていた。
一手が指される。
しかし、戦火は収まらない。侵略者の毒牙は、確実に諏訪を蝕んでいく。
一手が指される。
仲間の血に濡れた刃が、王に向けられる。
一手が指される。
そしてついに、この国の歴史が終わろうとして……。
「諏訪子!」
神奈子は叫んで、対面に座る土着神の両肩を掴んだ。
部屋を覆っていたイメージが霧散した。
「諏訪子、落ち着いて!」
「……………………?」
諏訪子は焦点の定まらない目を、神奈子に向けていた。
「ごめん。本当に悪かった。さっき言ったことは忘れてちょうだい」
「でも……」
「いいんだ。ほら……」
神奈子は『歩』をつまんで、駒台にのせてみせた。
「こいつは死んじゃいないわ。『持ち駒』になって、ちょっと休憩しているだけ。血も流してないし、餓えてもいない」
神奈子は、何とか気楽に話そうと、頑張った。
「将棋は戦じゃない。奥が深くて、真剣になれる……お遊戯だ。だから、そんなに思いつめた顔でやることはないんだよ。
諏訪子が指したいようにすればいいんだから、ね?」
「……………………」
「ごめんね。私が意地悪だったんだ。私が悪かったんだ。私が……ごめんね。ごめんね諏訪子」
声が弱々しく震える。
神奈子は目に涙を浮かべながら、ぐっと唇をかみ締めた。
「もう……戦なんてないんだよ。だから、そんな顔をしないでおくれ」
「……………………」
許して、とはいえない。でも許してほしい。
若くて、愚かで、何もわかっちゃいなかった自分を。
諏訪子の目の色が戻っていく。
太古の土着神の表情から、見慣れた友人の顔へと。
その口が、ぷっ、と吹きだした。
「……あはは。どうしたの神奈子」
「……………………」
「ほら、涙なんか流して、マジになっちゃって。らしくないわよ」
「あ、あはは。そうね……ってマジになってたのはあんたもでしょ」
「何のことかな~。ふふふ」
「まったく……」
ケロケロと笑う諏訪子に、神奈子は目元をぬぐって、安堵のため息をつく。
そしていつもの和やかな雰囲気に戻り、将棋は再開された。
諏訪子の攻めは無謀なものに戻り、神奈子はそれに軽口を挟みながらも付き合った。
だがしかし、くつろいだ表情で指す神奈子の心の内は、渦を巻いていた。
諏訪子の変化が、神奈子が過去に犯した『罪』を思い出させた。
本当に……私は何てことを。
「神奈子の番だよ。どうしたの黙っちゃって」
「ん、ああごめん。何でもないよ」
「さっきから変ね」
諏訪子は愉快そうに笑っていた。
神奈子が好きな、嘘の無い純真な笑顔。
その笑顔が、神奈子の心を締めつける。
かつて諏訪の地で、大粒の涙で濡らしていた顔を思い出させて。
ごめんね諏訪子。
自分はちっぽけな野心と好奇心のために、貴方のその笑顔を奪ってしまったんだ。
貴方が何より愛した、その笑顔の源を奪ってしまったんだ。
それはいまだに傷となって、貴方の中に残っている。
なのに、貴方は一度も私を本気で責めなかった。
それどころか、敵のはずの私を受け入れ、今もこうして一緒に暮らしてくれている。
どうしてそんなに優しくなれるんだ。私には耐えられない。
その優しさに甘えられるほど、私は図太くなんてなれないよ。
神奈子は諏訪子に見せぬ左手を、血がにじむほど握りしめていた。
だから、もう二度と、あんなことは起こさない。
何としても、諏訪子に幸せになって、幸せで居続けてもらう。
そのために、私と早苗で、この地で信仰を取りもどす。
諏訪子の手を借りるつもりはない。彼女は笑ってくれているだけでいい。
その笑顔のためなら、私は何だってしてやる。何にだって付き合ってやる。
それが諏訪子のための、私の、八坂刀売神の贖罪だ。
その障害となるものは、すべて叩き潰してやる。
「……諏訪子」
「なに、神奈子?」
「今日の決着には、私もついていくよ」
◆◇◆
妖怪の山の中腹に、その遊び場はあった。
天然の洞窟を住みよいものに改装したものであり、中は明かるくて、空気の流れも良い。
妖怪の人生の半分は遊びでできており、遊び場は山にいくつもある。その中でも、人気な場所の一つが、この洞窟の遊び場であった。
その日も遊び場は、河童と天狗で賑わっていた。
が、神奈子と諏訪子が姿を見せると、室内の声は途絶えた。
誰もが入り口に目を向けている。
その視線を受けながら、二柱の神は仁王立ちしていた。
神奈子は室内をざっと見渡した。
将棋や碁の盤が、至る所に置かれている。
中には他と比べて明らかにサイズの違う物もあった。
――へえ。大将棋か。まだ指す奴がいたとは……。流石は幻想郷ね
座っている妖怪達は、いずれも将棋が強そうな顔つきであった。
しかし、睥睨する二柱の神に、萎縮してもいる。
さて、諏訪子を負かした奴はどいつかね、と神奈子は適当に見定めていると、その諏訪子は、うむ、と気合を入れて、奥の部屋へと大股で向かった。
神奈子もその後をついていく。
途中で天狗の一人が訝しげに見てくるのを、じろりと見返す。
若い天狗は慌てて顔を下げた。
すだれがかかった一室に、諏訪子は乗り込んだ。
神奈子もそれに続く。
「あー! 諏訪子姉ちゃんだ!」
突如、甲高い歓声に包まれた。
「また来てくれたんだ! 今日も将棋指す!?」
「あったりまえよ! 今すぐはじめるわよ!」
「……え?」
神奈子は、ぽかんとしていた。
「えーでも、諏訪子姉ちゃんすっごく弱いじゃん。考えると長いし、つまんないよ」
「ふっふっふ。この日に備えて特訓してきたのよ。もう退屈させないよ」
「本当に!?」
「うん! 今日は絶対に勝つからね。覚えておきなさい!」
「…………ええ?」
部屋の中にいたのは、天狗や河童の……『子供達』だった。
「ねえねえ! かんちゃんが終わったら、次は私と指そう!」
「ずるいよ! 次は僕だもんね!」
「諏訪子姉ちゃん。お手玉は後でやる?」
「おうおう、何でもやってやろうじゃないの」
子供たちにじゃれ付かれながら、諏訪子は快活に笑いながら将棋を指している。
立ち尽くしていた神奈子に、後ろから声がかけられた。
「あのー」
「……………………」
「あのー、八坂様ですよね」
「…………ん、ああ、何?」
振り向くと、若い河童が怯えつつ、ぺこぺこと頭を下げていた。
「その……この遊び場は、天狗と河童にとって大切な場所なんです。そして、諏訪子様も子供たちに懐かれています。
ですから、ここを潰したりするのは、どうかご簡便願いたいというか」
「…………んが」
神奈子は大口を開けた。
なにやら物凄い勘違いをしていた上に、物凄い勘違いをされているようだった。
真相を知って、神奈子のプレッシャーは、山崩れを起こしていく。
というか、ここに来てからの自分は、かなり恥ずかしい態度を取っていたということに……。
「八坂様?」
「いやいや、別に私はちょっと覗きにきただけよ。山の妖怪にとやかく言うつもりはないし、諏訪子も好きにさせたらいいさ」
「あ……ありがとうございます」
河童は笑顔で戻っていった。
そこで、大人部屋も再び、和気あいあいとした感じに戻る。
――なんだ。空気が張り詰めていたのは、私だけが原因だったのね
これがこの遊び場の、いつもの雰囲気なのだ。
そして、三日前も諏訪子は、この雰囲気の中で歓迎されていたのだろう。
再び子供部屋に目を向ける。
妖怪の子達に混じって、友人は心から遊んでいる。
その姿が、かつての諏訪の王と重なって見えた。
あの国でも、諏訪子はこうやって信仰を集めていたんだろうか。
民と同じ高さの目線で、同じように怒ったり笑ったりして、遊びながら仲良くなっていく。
そしてこの地でも、早苗や自分とは別のやり方で、信仰を集めてくれていたのだ。
天狗の子に帽子にたかられている諏訪子の顔が、こちらを向いた。
――参ったわね
その笑顔のなんと眩しいことか。
昨日まで重ねてきた、くだらない勝利が消えていく。同時に、心が洗われていく。
おかげで、諏訪子がこの地で摑んだ繋がりの中で見せるあの笑顔のおかげで、自分も罪の意識から救われていく気がする。
この年になっても、まだ学ぶべきことは多くある。
ほら、気楽にやろうよ神奈子、と友人が、偉大な土着神が言ってくれている。
その通りだった。私達は、戦をしにこの地に来たわけではないのだから……。
「……あの、八坂様」
「ん?」
後ろから、白髪の若い天狗に声をかけられた。
「良かったら、指しませんか? 諏訪子様から、将棋がお強いと聞いています」
「私と?」
「はい」
犬の耳をしたその天狗は、自信あり、という表情だった。
気の強そうな目つきを、神奈子は受け止めつつ、不敵な笑みをみせる。
「ああ。こっちじゃなかなか、いい相手が見つからなかったんでね。一局指そうか。天狗も将棋が得意と聞いている」
「お手柔らかに」
盤を挟んで、天狗と対峙する。
神と妖怪が仲良く将棋を指す。そんな愉快な光景も、ここに来れたからだ。
――早苗も今ごろ楽しんでるかしらね
小さな奇跡に感謝しつつ、
「お願いします」
合図と共に、神奈子は初手を指した。
◆◇◆
「ただいま戻りました」
「お帰り早苗」
日が沈んだ頃になって、守矢神社に風祝が帰ってきた。
迎えの声は一つだけ。将棋盤もすでに無い。
「すみません、遅くなりました。今からすぐにご飯の支度を……」
「ああ、心配いらないわよ。今日は色々とお土産をもらったから」
「お土産?」
「そ。お土産」
神奈子が食卓の上を指さす。
そこには、河童や天狗からもらった、きゅうりの漬け物や干し魚、山菜などのおかずが載っていた。
「どうしたんですか、これ」
「妖怪の山の遊び場に、諏訪子と二人で行ってきたの。そしたら将棋を指すたびに、気に入られちゃってね。信仰もそれなりに集まったよ」
「諏訪子様は?」
「疲れて奥で寝てる。妖怪の子供と散々遊んでやったようで。夕飯になったら起こせだとさ」
「将棋はどうなったんですか?」
「五分五分だったようね。まあこれで、私も面倒な将棋の特訓から解放されたわけよ」
「そうですか……」
なぜか早苗の声は寂しそうだった。
神奈子は苦笑する。
「早苗。私に頼みたいことがあるなら言ってごらんなさい」
「えっ、いや、何でもないですよ。大丈夫です」
「そう。じゃあ将棋盤を持ってきなさい。そこにあるやつ」
「…………?」
「将棋を教えてほしいんじゃないの? この前からそんな顔していたけど」
そんな早苗の顔は、驚き顔に変わった。
「神に隠し事は無駄。そして、私に遠慮は無用」
「い、いいんですか? この前は、もう将棋は見たくないって……」
「そりゃあ、諏訪子とはもう千年は指したくないわね。でも、早苗に教えるなんて苦労でもなんでもないわ。
むしろ望むところよ。ほら、さっさと持ってきなさい」
「あ、ありがとうございます!」
早苗は嬉しそうに、将棋盤を手にして小走りにやってきた。
「それじゃあ指そうか」
「あの……神奈子様。私、強くなりたいんです」
「おや、諏訪子みたいなこと言うわね」
「すみません。ある理由があって、将棋が強くならなきゃいけないんです」
「ある理由?」
「ここ数日私は、アリスさんっていう魔法使いの方に将棋を教えていたんです。彼女が将棋が強くなりたいというので」
「なんと、早苗が将棋を教えていたの?」
「は、はい。分かっています、身のほど知らずだということは。実際、アリスさんはチェスが強くて覚えが早くて……私なんてもう相手にならないんです。でも、どうしてもアリスさんに教えなきゃいけないんです」
「それはまたどうして」
「実は、私もアリスさんから、人形作りを教わっているんです。今日もそれで遅くなってしまって……でも、私が教わりっぱなしなのも悪いから」
『それなら神社に連れてくればいいじゃないの』と、神奈子は言わなかった。
早苗は一生懸命である。そして、何か話せない理由があるようだ。
それについて触れるつもりはないし、何より、早苗が幻想郷の友人を増やしているのは喜ばしいことである。
「カエルの子はカエルか」
「え?」
「いや、そうか。それじゃあ、強くならなきゃね」
「……はい。お願いできますか、神奈子様」
「いいわよ。諏訪子と違って早苗は素直だから、すぐに強くなれると思うけどね」
言いながら、神奈子は自分の駒を、次々と駒箱の中に放り込んでいく。
やがて盤上の神奈子の駒は、『歩』と『玉』のみになっていた。
早苗の方の揃った駒と比べて、ずいぶんと見劣りしている。
「まずはこのくらいかな?」
「こ、これ何ですか?」
「『十枚落ち』よ。初心者がコツを覚えるにはこれが手っ取り早い。じゃ、お願いします」
「あ、お願いします」
頭を下げあって、神奈子は初手を指す。
『玉』が斜めに上がったのを見て、早苗は角道を開ける。
神奈子は微笑して、『玉』から遠く離れた『歩』を一つ伸ばした。
「そういえば、早苗と将棋をちゃんと指すのは初めてね」
「そうですね。ルールは諏訪子様に教わりましたから」
指し手は進んでいく。
神奈子は『玉』を低く構えたまま、『歩』を適当に進める。
早苗は居玉のまま、大駒を中心に適当に動かしていたが、やがて困った顔になって、
「神奈子様。何をどう指していいのか分かりません」
「別に、どんな手を指しても笑わないわよ。好きにやりなさい」
「ええと。じゃあここで」
「うん。面白いわ」
こちらの『玉』めがけて進もうとする『銀』に、神奈子はうなずいた。
「神奈子様は……負けたことがありますか?」
「将棋でかい? 昔は何度も負けたよ。向こうには、強い相手がごろごろいたから。今日も一局負けたわ」
「将棋の神様って、いるんでしょうか」
「いるかもね。会ったことはないけど」
神奈子の『玉』は、進んだ『歩』の下で中央までやってきていた。
ただし、早苗は『銀』でその進入を食い止め、『角』も敵陣に成りこんでいる。
後はちゃんと神奈子の『玉』を寄せて、詰ますことができるかどうかだった。
「将棋の神様同士が将棋を指したら、どうなるんでしょう」
「……先手が勝つか、後手が勝つか、あるいは千日手か。私もそこまでは見たことがないね
よく出来た遊戯だよ。人も機械も神も妖怪も、強くはなれど、将棋の真理をいまだ極めることが適わない。
誰も将棋の神様には追いつけない」
「不思議ですね。人が考えたゲームなのに」
「そうだね」
一手指すごとに、言葉が交わされる。時間がゆっくりと進んでいく。
外界では、こんな風に早苗と、よく二人だけで会話した。
何か学校で嬉しいことがあった時や、友達と喧嘩した時、あるいは夏休みの宿題に切羽詰った時なんかでも、早苗はよく神奈子に相談しにきた。
それはここに来てからも変わらない。
――でもそう言えば、ここ数日、早苗に構ってあげられなかったわね
ひょっとしたら、それでこの子に寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
次の休暇は、三人で一緒に取ることにしよう、と神奈子は決めた。
「将棋の神様は、ずっと将棋がゲームになるのを待っていたんでしょうか」
思わぬ一言が、早苗の口から聞かされた。
神奈子は目で、その意を問うた。
「私は思ったんですが……将棋だけじゃなくて、この世のゲームは、人が考えだす前からあったんじゃないですか?」
「……………………」
「将棋の一手一手もそうですけど、あらかじめ全ての遊戯は……この世の裏にちゃんと存在していて。
それこそ、将棋よりもっと難しいゲームの神様がいっぱいいらっしゃって……」
話すにつれて、早苗の目が輝いていく。
「彼らは、この世の人に見つけてもらえるのを、待っているんじゃないでしょうか……!?」
早苗のイメージが、神奈子に伝わってくる。
有限の世界の向こう側に広がる無限の世界。
そこでは、まだ見ぬ一手や、まだ見ぬゲームが、可能性を秘めた神々が、人に見つけてもらうのを待っている。
神奈子はその雄大な世界を、じっくりと味わった。
そして、くすりと笑った。
「現人神らしい顔をしているじゃないの、早苗」
「えっ、そうですか?」
「いやいや。面白い解釈を聞かせてもらった。本当にそうかもしれないね」
「そう思いますか、神奈子様も」
「いや、私は違うと思うね。やっぱりそこには何もいないよ」
「どうしてですか?」
「なぜなら、将棋は人が生み出したゲームだから」
「………………」
「不満そうね。じゃあ、こういい直すわ。『人が神を生み出した』の」
「………………」
「つまり、『神』より先に、『人』がいたのよ」
「…………えっ、ええーっ!?」
早苗が叫び声を上げて、立ち上がった。
前に置かれた将棋盤がひっくり返り、駒が飛んでいく。
奥の寝室から、諏訪子の声が聞こえてくる。
「こらー! 早苗! 神様が寝ている時にうるさいぞー!」
「すすすすすっ! すみません諏訪子様!」
「すすすすすすみません、なんて珍妙な謝罪の声もうるさい! 静かにしてなさい!」
「はっ、はい! えっと、この駒は……あれ? どこだっけ」
早苗がうろたえる前で、神奈子は落ち着いた表情で、盤を元に戻し、ひょいひょいと駒を配置していく。
「ご、ごめんなさい神奈子様。落ち着きがなくって」
「あの馬鹿の言う事なんて放っておきなさい。自分が一番うるさかったんだから。じゃ、続きを指そうじゃない早苗」
「それよりも神奈子様。今の話は本当ですか?」
「本当も何も、気がついてなかったの? あんたは、現人神である前に、普通の女の子だったでしょう。
私や諏訪子も、人の信仰によって生まれた神よ。人無しで存在できるものでは無いわ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
早苗はまだ泡を食っている。
「まあ、本当に創造神というのがいるかもしれないが、それはまた別物。将棋の神様は、間違いなく人によって生まれた。
でも、いまだ指されていない新手も、互いに最善を尽くせば生まれるだろう局面も、ましてやまだ無き他の遊戯も、それらが広がる無限の世界も、人の想像の中にしかない。数字で可能性を示せるだけで、この世にもあの世にも、存在なんてしてないのよ。人が考えて生み出してやらない限りね。すべては人から生まれたんだ」
そこから神奈子は、自嘲めいた口調で
「それだけじゃないよ。すでに人によって生まれた存在も、人無しでは生きていけない。人に忘れられれば、それは幻想になって消えてしまう。
神々が争った戦の記憶も、調子に乗った女神が犯した愚かな罪も、遠い昔の話さ。
そして、人から忘れ去られた神は……滅びるのみ。それがこの世の理」
「神奈子様……」
諦観のこもった独白が進むにつれて、早苗が泣きそうになる。
神奈子はそこで、優しい風祝を安心させるように、ふっと笑った。
将棋盤に右手をかざす。
『歩』の下で息を潜めていた、『玉』を指に挟む。
「だから、私は感謝しているんだ。私を忘れてくれなかった、ここに来ることを決断する勇気をくれた、ちょっと変わった人間の女の子にね」
「え……」
早苗が呆けた表情で、自分を指差す。
神奈子はしっかりとうなずいてやった。
「早苗がいるから、私たちは消えずにすんだんだ。幻想になったとはいえ、今もここで確かに生きている。
こうして将棋も指せる……!」
ぴしっ、と活きのいい音を鳴らして、神奈子は『玉』を斜めに進めた。
盤の駒に指を伸ばしたまま、早苗に向かってウィンクする。
「ってわけよ。ありがとう早苗」
「神奈子様……!」
早苗の目から、涙が一滴こぼれた。
その顔は、喜びに満ちていた。
「ほら。あなたの番よ。好きな一手を指しなさい。あなたの望むままに、この世に生み出してあげなさい。
それが現人神であり、風祝の人間でもある、あなたにしかできない役目なんだから」
「はい! お二人を忘れたりなんてしません! お二人は、ずっとこの世のもので、ずっと一緒ですからね!」
「静かにしろってーの!」
再び奥の寝室から、諏訪子の怒鳴り声が聞こえる。
空気を読まないんかねあいつは、と神奈子は苦笑いするしかなかった。
どこまでも自由で正直な神だ。だからこそ、この地に一番早く馴染んだのかもしれないが。
さて。
盤の向こうで真剣な顔になる現人神に、古き神は向き直った。
早苗は手を伸ばし、『飛車』を横にずらす。
神奈子にとっては、ぬるい疑問手だ。
しかし、それも早苗と神奈子がこの場にいなければ、この世には無かった一手。
今この一手は、はじめてこの世に生まれた、あるいは見つけてもらうのを待っていたということになる。
――ようこそ一手君、幻想郷は守矢神社へ……ってか
神奈子は、早苗の攻めを迎え入れるように、歩を一つ進めた。
(おしまい)
平和の象徴である博霊神社からも、明るい笑い声が響いてきます。
参拝客は皆無ですが、妖怪の冷やかしは日常茶飯事。この様子だと、本日も賑わっているようですね。
さて母屋の方へ回ってみますと、まずは神社の住人である博麗の巫女の姿が。
他にも常連の、白黒の魔法使いも来ています。さらに七色の人形遣い。
そして、妖怪の山の神社からも、風祝が遊びに来ていました。
おしゃべりしている四人は、実に楽しそうです。
一人は妖怪とはいえ、花も恥らう美少女が四人も集まっているのですから、当然話題は恋の話でしょう。
まだ見ぬ殿方を思いながら、頬を染めつつ理想を語り合っているとみえます。
果たして、どんな会話が咲き乱れているのでしょうか。
それでは、聞いてみましょう。
「くそう。私の愛した馬が……霊夢に金で奪われたのが……悔しいぜ」
なんと、魔理沙の恋人は馬だった。
しかも、霊夢は金でそれを奪ったのだった。
うら若き少女達に似合わぬ、マニアックかつドロドロの愛憎劇。
幻想郷では常識に囚われてはいけない、という見本のような会話でしたな。
……えーと、そんなわけでは、もちろんなく、
「あんたはうっかりが多いわね。あの『金』打ちだって、普通は出てこない手よ」
馬は『龍馬』のこと、金は『金将』のこと。
四人の話題は日本固有の頭脳スポーツ。
すなわち、『将棋』だったのでした。
つまり魔理沙さんは、自分の『龍馬』の逃げ場所を間違えたために、霊夢の『金将』と交換されてしまったのですな。
局面の状況にはよるものの、『龍馬』の価値は非常に高く、『金将』とではとても等価交換とはいえません。
「お前の将棋は、何かつかみ所が無くて苦手だな」
「あんたがストレートで分かりやすすぎるのよ」
「お茶ばかり飲んでると、将棋も抹茶色になるようだぜ」
「キノコばっかり食べてると、将棋もあんぽんたんになるようね」
減らず口の応酬が続きます。
しかし、横で聞いている二人、アリスさんと早苗さんは興味津々でした。
いやいや、このように、幻想郷の少女達が将棋に興味を覚えるのは、別に不思議な話ではありません。
第一に、彼女らは皆、勝負事が好きな性格です。
そして、競技者が動いたり傷ついたりすることはなくとも、手番を入れ替えながら互いの『玉』を狙うという将棋は、幻想郷で最も人気な遊びであり決闘法でもある『弾幕ごっこ』に通じるものがあるのです。
指す人間の個性が、戦い方に出るというのも、弾幕と似ています。
直線的な魔理沙さんの性格は、将棋にも表れているようでした。
「誰か霊夢以外と指して鍛えたいな。アリスは全然できないだろうし」
「失礼ね。チェスやリバーシなら得意よ」
「あら、そうなの」
「ええ。冷静な思考と状況判断、そして精神力。リバーシは『自分』との戦いよ」
自信満々に、勝負哲学を語るアリスさん。
聞いてる三人はその意味に気がついて、揃って複雑な表情になりましたが、頭に思い浮かべたことは口にしませんでした。
かわりに早苗さんは、
「あの……アリスさん。今度、オセロ……というか、リバーシやりませんか?」
「いいわよ。暇ができたら、そのうちね」
お高くとまった返事ではありますが、アリスさんの人形はバンザイしてました。
魔理沙さんは、そんな優しい早苗さんに話題を振りました。
「早苗はどうなんだ。外の世界では、将棋をやったりしたのか?」
「いえ。私が将棋のルールを覚えたのはここに来てからです」
「そうなのか。外界の戦法を教えてもらおうかと思ったんだが」
「でしたら、八坂様に教えてもらえばいいと思います。とっても強いですから」
「へえ。神様も将棋をやるのね。山の天狗と、どっちが強いのかしら」
「八坂様は打ったことは無いみたいですけど……」
歯切れの悪い台詞でした。
言った早苗さんの表情も、曇り顔になっています。
三人は続きを促しました。
「ですけど?」
「実は今、将棋のせいで、神社が困ったことになっているんです」
「将棋で困るなんて、変な神社だぜ」
「……ですよね。もう一柱が今、将棋に夢中でして」
「もう一柱って……ああ、諏訪子ね。でもなんで?」
お茶を飲みつつ問う霊夢さん。早苗さんはため息をつきました。
「簡単に言うなら、守矢神社は今、布教活動ができない状態なんですよ」
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りました」
「おかえり早苗」
「むがーっ!!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『無我』というわけではない。
それは単なる神様のうめき声だった。
「何で勝てないんじゃああ!」
と、奥の和室でじたばたしているのは、子供の体型に二つ目がついた大きな帽子、守矢神社の一柱、洩矢諏訪子である。
その傍には駒の並びがぐちゃぐちゃになった将棋盤が。
そして、片膝をついて対面にどっかと座る、しめ縄を背負った八坂神奈子の姿もある。
うつ伏せになっていた諏訪子は、顔だけ上げてそちらを睨んだ。
「神奈子! 今度はどこが悪かったの!」
「さっきと一緒」
「具体的には!」
「序盤が雑すぎる。悪くなってから大長考する前に、最初から考えて指すこと」
「もうそれは聞き飽きたわよ! 他には無いの!?」
「すぐに角交換するのは止めなさい。あんたにゃ向いてない」
「他には!?」
「……もう諦めて駒落ちにしたらどう?」
「いいや! 平手でもう一局!」
寝転がった体勢から一瞬で跳ね起き、諏訪子は盤に散らばった駒を高速で並べていく。
その手さばきだけは、一級品であった。対する神奈子は、さも面倒くさそうに、よそ見しつつ駒を並べていく。
その目が、早苗と合った。
「早苗、麓の神社は楽しかった?」
「あ、はい。私がいない間、お変わりはありませんでしたか」
「んー、まあ珍しいお客さんが二人ほど来たくらいかね。私が応対したよ」
「えっ、そんな! やっぱり明日からは、私が残っていた方が……」
「いいって、いいって。大した用事ではなかったし。気にせず休暇を楽しみなさい」
「……はい。ありがとうございます」
微笑する神奈子に向かって、早苗は一礼した。
早苗は今日から三日間、風祝の仕事のお休みをいただいていた。
ここに来てから毎日頑張っている早苗へのご褒美、といえば聞こえがいいが、それはあくまで表向きの理由。
実際のところ、問題は諏訪子の将棋熱にあった。
普段、神奈子と早苗が、信仰を集めるために幻想郷を回っている間、諏訪子は家で留守番しているか、自由気ままに遊びまわっている。
先日諏訪子は、この神社の建つ『妖怪の山』にある、河童と天狗の遊び場に顔を出した。
そこで将棋を指したのが、事件の発端であった。
神奈子と早苗が、その日に家に帰ってくると、分厚い将棋盤を前にして、炎の目をした蛙の神様がいた。
(神奈子! 今日から三日間、将棋の特訓して!)
聞けば、遊びで指してみた将棋で、天狗や河童にボロ負けしたという。
神様ってあんまし将棋が強くないんですね、と言われて、諏訪子の闘争心に火がついたそうな。
三日後の再戦のために、神奈子は嫌々諏訪子の特訓に付き合わされることとなった。
その間、早苗に構うことができないので、どうせならこの機会を生かして、遊びがてら幻想郷の見聞を広めてきてはどうか。
そんな神奈子の提案を聞きいれ、とりあえず早苗は、分社もある博麗神社へと遊びに行っていたということである。
「でも、博麗神社でも、将棋の話題が出たんですよ。霊夢と魔理沙も、たまに将棋を『打って』いるみたいです」
「早苗」
諏訪子が盤面から目を離さずに、早苗に向かって、ちっちっと指を振った。
「将棋は『打つ』じゃなくて、『指す』というの。基本だから覚えておきなさい」
「え、そうなんですか。勉強になりました、諏訪子様」
「うむ」
と諏訪子は大仰にうなずいた。
……偉そうに、と神奈子は呟きながら、一手指す。
その手が引っ込む前に、諏訪子も勢いよく、びしっと一手指す。
先ほどの忠告もむなしく、恐るべき早指しのままだった。
早苗は横に座り、邪魔にならないよう盤面を見る。
将棋のルールは知っているものの、どちらが優勢だとかはまるで分からない。
ただ、駒台に乗った駒の数は、神奈子の方が多かった。
『将棋』。
九×九のマス目の上で、八種の駒を使用して競う、盤上の格闘技。
西洋の『チェス』や、中国の『象棋』と同じく、古くはインドの『チャトランガ』が発祥とされ、古代の戦争を模した遊戯である。
それらに共通するルールは、互いの『王様』を奪うという目的のもとに、駒を動かすというもの。
ただし、将棋だけはその中でも、東西の『兄弟』にはない、独特なルールが存在する。
それこそが、将棋の可能性、10の220乗という、他を圧倒する膨大な変化を生み出したともいえよう。
そのルールとは、
諏訪子は駒台に乗っていた『持ち駒』を、神奈子の陣に打った。
「ここだあ!」
「叫ばなくても、見えてるよ」
諏訪子が打った『角』の筋を、神奈子の『玉』が避ける。
その一手で、神奈子の陣形は引き締まった。
対して、諏訪子の打った『角』は目標を失ってしまったうえに、駒損が酷く、それ以上の攻めが続かなかった。
劣勢状態に陥り、唸る諏訪子の長考がはじまる。
暇そうな顔をしていた神奈子に、早苗は聞いてみた。
「あのー、『王手』って言わなくてもいいんですか?」
「ん? 言わないわよ。剣道じゃないんだから」
「言わなきゃ、ずるくないですか?」
「わざわざ拳を振りかぶって『私は今からお前を殴るぞおお!』何て言うボクサーはいないでしょ。見りゃわかるし、気付かない方が悪い」
「ああ、そういうものなんですね」
「そう。スポーツマンシップも、過ぎればままごとにしかならないってことね。勝負は駆け引きがあってこそ……」
神奈子の台詞の途中で、諏訪子が一手指す。神奈子は言葉を切って、『歩』を進めて裏返した。
これで敵陣に『と金』が二つ。駒得しているうえに、諏訪子の無謀な攻めは全て封じている。
いわゆる、必勝というやつである。
「……ま、その駆け引きも、実力が近ければこそよね」
「うぬぬぬぬぬ」
「これ以上やってもしょうがないでしょ。いさぎよく投了しなさい」
「もう一局!」
「……………………」
うへぇ、という顔をして、神奈子は再び初形に並べ直していく。
そしてまた、感想戦も抜きにして、対局がはじまった。
やはり分からなければ、見ていてもつまらないし、二人の邪魔になってもいけない。
早苗は立ち上がって、ご飯の支度に取り掛かることにした。
日が沈んだ頃に、早苗は和室に向かって声をかけた。
「ご飯ができましたよー」
あれからまだ、二柱の将棋は続いていた。
神奈子は、大穴の開いた風船よりも、やる気が無さそうであった。
だらしない姿勢は、座っているようにも、寝そべっているようにも見える。
対する諏訪子は顔を真っ赤にし、頬をふくらませて考えている。
将棋を指しているというより、サウナ風呂で我慢大会をしているようだった。
諏訪子は早苗の方を見ずに、腕を組んだまま返答した。
「早苗! ご飯はこっちに用意して! 私と神奈子は指しながら食べるから!」
「やだよ私は。あんた一人でやってな。もう今日はやめだ」
「な!」
「早苗。気にしないで食卓に用意しなさい」
「はい。わかりました」
指しかけの盤を残して、神奈子がよっこいせと立ち上がる。
諏訪子が抗議した。
「ちょっと神奈子! 逃げる気!?」
「逃げたくもなるよ、こんだけ指せば」
「まだまだ! あと二日しかないんだから!」
「明日にしましょ。もう今日はいい加減指しすぎだし、あんたも熱くなりすぎ。これ以上やっても意味は無い。一晩頭を冷やしなさい」
神奈子は、うーん、と伸びをしてから、ふくれる諏訪子を見下ろした。
「それに、飯は行儀よく食べるもんだ。作った早苗に失礼でしょ」
「……むぅ、わかったわよ」
早苗に失礼と言われて、諏訪子は渋々承知した。
そして、盤面を見ながら、ふんふんと頷き、
「そうだ。封じ手にするか。一度やってみたかったんだよね」
「意味ないでしょ別に」
「こういうのは雰囲気が大切なの。早苗ー、半紙と筆と墨、持ってきて」
「え? は、はい。わかりました」
頼まれた早苗は、外界で使っていた習字道具を持ってきた。
「ほら、出てった出てった」
諏訪子は和室から神奈子を追い出し、筆を手にして半紙の前で唸りだした。
やがて、食卓に夕飯の皿が並んだ頃になって、諏訪子は早苗に、小さくたたまれた半紙を差し出した。
「はい早苗」
「え、何ですかこれは」
「封じ手。開けちゃだめよ。あと、神奈子に絶対見せないように。大切に保管してね、明日の朝まで」
「は、はい?」
「あんたが立会人ってこと。いいから黙ってしまっておきなさい」
草色の紐で封をされたそれを、早苗は素直に受け取った。
それに満足したようで、諏訪子は食卓の椅子に座る。
早苗は託された『封じ手』を、とりあえず自室の机にでも仕舞おうと、部屋へ向かった。
そこで、かさりと何かが落ちた。
一瞬、封じ手を落としてしまったのかと思ったが、落ちた紙は半紙ではなく、小さなメモ用紙だった。
拾い上げて読んでみると、
「え? なんで……」
いつの間に渡されていたのだろうか。
そこには意外な名前が書いてあった。
アリス・マーガトロイドより
◆◇◆
次の日の昼下がり、早苗は風呂敷を抱えて、魔法の森の中を飛んでいた。
じめじめした暗い森は、幹の太い木が立ち並び、垂れ下がった蔓の下に、おかしな色をしたキノコがたくさん生えている。
子供の頃読んだ、童話の世界に迷い込んだようだった。
早苗の前では、小さな手紙がふよふよと飛んでいた。
昨日発見したこの手紙は、博麗神社で別れたときに、いつの間にか巫女服の裏に差し込まれていたのだ。
そこにはアリスの名前と、用件が記されていた。ある物を持って、魔法の森の自宅に来てほしいということだ。
手紙が先導する先には、アリスの家が待っているということらしい。
こんな招待のされ方も、おとぎ話のようであった。
――ひょっとして、アリスさんの家も、お菓子でできてたりして
幻想郷ならではの体験に、早苗は少しワクワクしつつ、手紙と並んで飛んだ。
やがて森の中に、一軒家が現れた。
想像していたお菓子の家では無かったが、それでも素敵な家だった。
白い壁に紺色の屋根。嫌味を感じさせない上品な外装が、アリスの潔癖そうな性格を思いださせた。
正装とはいえ、何となく、自分の巫女服が場に合ってないように感じて、早苗は少し気後れした。
だが、招待されているのだから、ここで立ち去るわけにはいかない。
勇気を出して、早苗は家の呼び鈴を鳴らした。
「ごめんくださーい」
すぐに玄関のドアが、かちゃりと開く。
顔を出したのはアリスではなく、彼女の人形だった。手に小さなカードを持って、差し出している。
それは、早苗が渡されたメモ用紙と似たものだった。
怪訝に思いつつ、そのカードを手にとって見てみた。
誰かに付けられていない?
「?」
早苗は後ろを振り返った。
誰もいない。魔法の森の中からも、人の気配はしない。
大木の陰は、誰かが隠れるには十分のスペースがあったが、早苗の勘に反応はなかった。
問題が無ければ中へどうぞ
カードの裏には、そう書いてある。
アリスが何を警戒しているのか分からないが、早苗も少し緊張してきた。
念のため、もう一度辺りを確認してみる。
やはり、誰もいないようだった。
「……おじゃましまーす」
小声で呟きながら、早苗はドアを開けて、中へと入った。
「ごめんなさいね。驚いたでしょ」
奥の居間にはアリスが待っていた。
丸テーブルの上には、カップが二人分用意されている。
早苗は、すすめられた椅子に座りながら、
「少しびっくりしました。でも、どうして……」
「絶対に知られたくない奴がいるからよ。それで、例のものは持ってきてくれたかしら」
「あ、はい」
早苗は抱えていた風呂敷を解いた。
現れたのは、二つ折りになった薄い将棋盤と、輪ゴムで止められた駒のケースだった。
そう。なぜか手紙にあったアリスの目的は、リバーシではなく、将棋だった。
将棋を教えてほしいので、道具一式を持ってきてほしい。その文面を読んだとき、早苗は面食らった。
しかし、断るわけにもいかないので、神奈子達が特訓に使用しているものとは違う、古い盤と安っぽい駒を持って、ここに来たということである。
早苗は駒箱を開いた。
四十駒と、予備の『歩』が一つ、事前にちゃんと数は確認してある。
アリスは箱の中の駒を摘んで取り出し、顔の近くに持っていった。
「……漢字ね」
「はい。読めますか?」
「まあ簡単なものなら。これは『あるへい』?」
「『ふひょう』です」
早苗の訂正にも気を悪くすることなく、アリスは『歩』を指で挟み、「ふひょう……」と呟いた。
「ふうん。チェスと違って、ずいぶんひらべったいのね。裏に字が書いてあることと関係があるのかしら」
「はい。いくつかの駒は、敵陣に入ったら『成る』ことができるんです」
「まずは、ルールから教わった方が良さそうね」
「あ、駒の動かし方とルールを紙に書いてきました」
「あら、気がきくわね」
アリスは早苗から紙を受け取り、じっと読みはじめた。
ビショップとルークが一つ……、などと、ぶつぶつ呟いている。
早苗はその間、出された紅茶を飲みつつ、部屋の中を観察した。
彼女が人形遣いとは聞いているが、具体的にどういったものかは知らなかった。
ただ、家に入ってからすぐに気がついたのは、小さいものから大きいものまで、家の中の至る所に人形が並べられているということである。
どれもきちんと整頓されているが、これだけの人形を一度に見た経験もないので、少し圧倒されてしまう。
とはいえ、人形があるだけだ。それだけでアリスがいかにも人形遣いだと、ましてや魔法使いだとイメージできるわけではない。
魔理沙から、見た目より大分生きていると聞いていたが、自分らと同年代の少女にしか見えなかった。
ただ落ち着いた雰囲気と整った顔立ち、そして育ちの良さそうな空気は、違う意味で別世界の存在であるようにも思わされたが。
「あの……」
「なに?」
「どうして私を呼んだんですか?」
「手紙の通りよ。将棋を教えてもらおうと思って」
「でも、私じゃなくても……例えば魔理沙とかに」
「嫌」
あまりにあっさりとした返答だったので、聞き違いかと思った。
しかし、紙を読む顔は無表情のまま、アリスは短い言葉ではっきりと拒絶していた。
少しのけぞりながらも、早苗は再度聞いた。
「なんでですか?」
「貴方、弾幕ごっこの経験はあるのよね」
「あ、はい。ここに来てから覚えました」
「弾幕で大事なことは何だと思う?」
「えーと……」
早苗は過去の自分の失敗を思い返した。
「……『冷静さ』、とかでしょうか」
「答えとしては悪くないわね。正解は『ブレイン』よ」
「ぶれいん?」
「そう。英語は苦手かしら」
「それくらいはわかります。つまり、大事なのは『知能』と言いたいんですか?」
「そうよ」
アリスはそこで紙を脇に置いて、早苗の顔を見た。
「じゃあやりましょうか、将棋を」
「え、もうルールを覚えちゃったんですか!?」
「『ブレイン』よ」
アリスは得意げに微笑んで、駒を初形の位置にスラスラと並べ始めた。
早苗も慌てて自分の方に取り掛かる。二人は同時に並べ終えた。
「じゃあ、私の先手でいいかしら」
「あ、はい。……でも、その前にもう一回聞いていいですか」
「どうぞ」
言いながら、アリスはすっと左端の『歩』を突いた。
早苗も少し考えてから、神奈子達がよくやっていたように、『角』の右上の『歩』をパチリと動かす。
「なんで、魔理沙や霊夢じゃなくて、私なんですか?」
「教わりたくないからよ。特に魔理沙には」
「どうして」
「弾幕は『パワー』だとかほざいている奴に、頭脳ゲームを教わるなんて滑稽でしょ」
盤上の『角』を斜めに上げつつ、アリスは平坦な声音で言った。
「そして、そんな奴に頭脳ゲームで負けたくないってこと。つまり私の目的は、あの二人より将棋で強くなるってことなのよ」
「はあ」
「というわけで、よろしくね」
「え………………ええっ!?」
その意味に気がついて、早苗は悲鳴をあげた。
「それって私に、魔理沙や霊夢よりも強くなるように、アリスさんを鍛えろってことですか!?」
「そういうことよ」
「無茶ですよ! 私がルールを覚えたのは最近なんです。あの二人は前から結構指しているみたいだし」
「あら。でも、貴方の家の神様はすごく強い、って言っていたじゃない。だから、貴方が神様に教わって強くなって、そして私を強くすればいいってこと」
「そそそ、そんな! アリスさんのために、私に将棋が強くなれと!?」
「そうよ」
悪びれる様子も無く、アリスは肯定する。
早苗は呆れ返るしかなかった。幻想郷では白黒泥棒を筆頭として、自分勝手なものが多いという印象があったが、まさか知的で友好的に思えた彼女もその一人だったとは。
実のところ、早苗は将棋に対して、それほどいいイメージを持っていない。
よく知らないということもあるが、そのゲームのせいで神奈子も諏訪子も自分に構ってくれないのだ。
むしろこの世から消えてもらった方が幸せかもしれないと、今では将棋に逆恨みまでしている。
しかし、見方を変えれば、この機会に将棋を真面目に覚えることで、二柱と話題を共有することができるかもしれない。
それに、自身の弾幕ごっこのスキルアップにつながるかも。
うーん、と悩む早苗に、アリスはお茶を一口飲んで、
「もちろん、無料で教えてもらおうとは思ってないわ。こちらからも報酬を提供する」
「報酬……ですか?」
「ええ。今、『上海』が持ってくるわ」
上海が彼女の人形の名前だというのは、この前に教えてもらった。
その上海人形が連れてきたものを見た途端、早苗の心臓が高鳴った。
「えっ……これって」
「そうよ。どうぞ手にとって見てごらんなさい」
「わあ……!」
早苗は現れたそれ、上海と同じくらい大きな人形を手に抱いた。
それは白い巫女装束に身を包み、緑がかった黒髪をした、可愛らしい人形だった。
「これ、『私』ですよね!」
「もちろん」
「アリスさんが作ったんですか!? この服も!」
「ええ、全て手作りよ」
「すごーい!」
早苗の口から、感嘆のため息がもれた。
今や現人神とはいえ、元は彼女も年頃の女の子である。こんな人形に憧れを抱いたことは少なくない。
しかもこの人形は、今まで見たことのあるどの人形よりも素晴らしいものだった。
あまりに自分に似すぎていると怖いものがあるが、その顔は特徴が表れているものの、適度に表現が抑えられている。そのかわり、服の一つ一つの細かい部分が忠実に再現されていた。頭についた蛙と蛇の小さな髪飾りも、自分が今頭につけているものと同じであった。
「こんな細かいところまで……」
「人形遣いは、観察力も必須なの」
「これを私にくれるんですか?」
「ええ。でもそれは前報酬」
「え、ということは……」
「実はね。残念ながら、貴方の神様のデザインはしてないの。材料は揃っているけどね」
アリスはビジネススマイルを浮かべながら、
「だから、貴方が作ってみたらどう? 私が教えるから」
「……………………」
「私は貴方から将棋を教わり、貴方は私から人形の作り方を教わる。ギヴ&テイクとしては、ちょうどいいでしょ。この条件でどうかし……」
その台詞が終わる前に、早苗はがしっと、アリスの手を握った。
アリスはびくりと表情を強張らせたが、早苗は気にしていなかった。
「アリスさん! まかせてください! 東風谷の名にかけて、貴方をきっと魔理沙や霊夢より強くしてみせます! ついでに守矢神社をよろしく!」
「そ、そう。ありがとう。話が早くて助かったわ」
「私は神奈子様から全身全霊で将棋を学びます! それはもう奇跡的に強くなってみせます! さあ、まずは指しましょう! ひたすら指しまくって、紅白も白黒もこてんぱんにするくらい強くなりましょう! 燃えてきましたよ私は!」
「…………(人選を誤ったかしら)」
ヒートアップする早苗を見つつ、アリスは胸中でちょっぴり後悔していた。
が、もうこの風祝の勢いは止まりそうになかった。
もし神奈子がこの光景を見たら、ため息をついていたことだろう。
……カエルの子孫はカエルか、と。
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りました!」
「……おかえり早苗」
「あーうー!!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『阿吽』というわけではない。
やっぱり神様のうめき声だった。
「どうして勝てないのよおお!!」
昨日と似たようなことを叫びながら、畳をどんどんと叩いている諏訪子。
神奈子はといえば、古新聞を読みながら指していた。
早苗は昨日と同じく、二人の近くに歩み寄った。
「どうですか、特訓の進み具合は」
「見ての通りよ。三歩進んで四歩下がるという感じね」
「そうなの!?」
諏訪子が叫びながら、畳から顔を上げる。
早苗は息を呑んだ。
「す、諏訪子様! どうなされたんですか、そのお顔は!」
なんと、諏訪子の顔は、墨を塗ったかのように真っ黒だった。
いや、昨日早苗が貸した習字道具が開かれた状態で置かれているということは、間違いなく墨を塗ったのだろう。
「ど、どうしてお顔に墨を」
「負けたら罰ゲームで、顔に悪戯書きする、っていうルールにしたのよ。こいつが自分で」
下がった新聞紙の向こうから、神奈子の呆れ顔が現れた。
その顔は全く汚れていない。つまり、いまだ無敗だということらしい。
「早苗のいない間、二十局以上やったんで、もうこいつの顔に塗るところがなくてね。最初は楽しかったんだけど」
「このオンバシラが!」
毒づく諏訪子の黒い顔で、瞳だけが爛々と輝いている。
「と、とにかくお顔を拭いてください。今おしぼりを持ってきます」
「だめよ!」
拒否したのは神奈子ではなく、諏訪子自身だった。
「まだ追い込み方が足りなかったんだ。もっと自分を追い込まなくちゃ……」
「す、諏訪子様」
「早苗! 絵の具を片っ端から持ってきて!」
「無茶です、やめてください!」
「ええいじれったい! 自分で持ってくる!」
「だめです! 早苗はそんなこと許しません! レインボー諏訪子様なんて見たくないです!」
「負けると決まったわけじゃないよ! レインボー神奈子が見れるかもしれないでしょ!」
「いずれにせよ、食卓で見たらご飯吹きます!」
「そんな理由かアホ巫女!」
二人はしばらく取っ組み合っていたが、やがて神奈子が三日前の新聞に飽きた頃になって、ようやく落ち着いた。
結局、諏訪子は大人しく、早苗から渡されたおしぼりで顔を拭く。
汚れはなかなか取れなかった。
「これは、一度お風呂に入らなきゃだめですね」
「お風呂か…………神奈子!」
「嫌だよ私は」
「言う前から否定された!?」
「どうせ風呂でも将棋指そうってことでしょ。馬鹿馬鹿しい。一人で水風呂に浸かって頭冷やしてきなさい」
「………………!」
諏訪子はわざわざ足で床を踏み鳴らして、風呂場へと向かった。
そこで神奈子は新聞をたたんで、腰をぐっと伸ばす。
「あー、私も後で入ろうかね」
「お疲れ様です」
「本当にお疲れだよ。この特訓が終わったら、しばらく将棋なんて見たくもないわね」
「………………」
「あれ? どうしたの早苗」
「えっ、いえ……何でもないです」
「何か頼みたそうな顔してたけど」
「それは……その……あっ、神奈子様」
「何?」
「ちょっと後ろ向いてもらえますか」
神奈子は黙って後ろを向く。
早苗はその後ろ姿を見て、うーんと唸った。
「どうしたのさ、一体」
「あ、すみません。えーとそのー、お二方の姿が知りたくて」
「はい?」
「いえ、何でもありません! あっ、そうだ。この前天狗の方に撮ってもらった、写真がありますよね。三人で写っているの。あれってどこに仕舞いましたっけ」
「どこって……早苗が大事にしようとかいって、自分で仕舞ったんじゃないの」
「そ、そうでした」
ぎくしゃくとした動きで早苗は自室へと向かう。
神奈子は頭に疑問符を浮かべたが、結局気にしないことにした。
◆◇◆
次の日、午後のアリス邸では、昨日に引き続き、早苗がアリスに将棋を教えていた。
だが……、
「…………………………」
「これで、チェックメイトかしら」
「……詰みですね。負けました」
敗北宣言とともに、早苗は暗澹たる気分になった。
教えるどころか、もうアリスが自分より強くなってしまったのだ。
「だいぶコツがわかってきたわ。駒の交換という概念があるから、勝ち負けの局面にしやすいのね」
「……………………」
「後は、オープニングをどうするか、分かればいいんだけど」
「……………………」
「どうしたの?」
「…………もう、私の教えることはありませんね」
「そのようね」
涼しい顔で肯定されて、早苗の気分はさらに落ち込んでいく。
「じゃあ、お人形の作り方を教えてもらうという約束も……」
「そうね。じゃあ今から始めましょうか」
「……え、いいんですか」
「そういう契約だったはずよ。今日教わった将棋の分くらいは、貴方に教えるつもり」
つまり、次は無いということか。
早苗は、ホッとした半分、ガッカリもした。
アリスの態度はあくまでドライな関係を目指しているように見える。
もっと打ち解けてくれるかと思ったが、そうもいかないらしい。魔法使いというのはそういう種族なのだろうか。
アリスは顔の書かれていない人形の体を、何種類か持ってきた。
「人形の本体はサイズとバランスを変える程度で、それほどこだわる必要がないわ。 いくつかあるタイプから選んでくれるだけでOK。大事なのは顔の造形と服装ね」
「八坂様と洩矢様と三人で撮った写真を持ってきました。……お二方の姿は見慣れているはずなんですけど、やっぱりちょっと不安で」
「見せてくれるかしら」
「はい」
早苗はアリスに二枚の写真を渡した。
アリスはそれを手にとって見て、
「……………………」
黙り込んでしまった。
クールな表情に、わずかながら動揺が見える。
「あの、聞いていいかしら」
「はい。何でも聞いてください」
「……これって、神様なのよね」
アリスが一枚の写真をこちらに見せてくる。
中央の早苗に対し、左に立つ神奈子が肩を組んで二カーッと歯を見せて笑っている。
右の諏訪子は、早苗の腰に抱きついて、こちらに向かってVサインしていた。
真ん中の早苗も、少し照れながらも、はじけるような笑顔を見せている。
天狗からもらった、一番大事な写真の一つだった。
「はい。守矢神社の二柱です」
「なんか……想像していたのとは全然違うわね。もっと威厳たっぷりなものかと」
「洩矢様はともかく、信仰を集める時の八坂様は、威厳に満ちあふれていますよ。でも、普段はこんな感じです」
「貴方もずいぶん馴染んでいるというか……」
もう一枚の写真を見て、アリスはさらに顔を引きつらせた。
三人がコタツに入って、蜜柑を食べている写真だった。
それだけじゃなく、それぞれの口に蜜柑の一切れを差し入れている。
「……仲がよろしいことで。家族みたいね」
「家族のつもりです、私は」
「貴方は外界からこっちに来たのよね。ご両親はどうしたの?」
「物心つく前から二人とも……」
そこでいったん、早苗は口ごもる。
「……私は守矢神社の巫女だった、お婆ちゃんの家で育てられたんです。
その神社で、小学校に入る前に、八坂様と出会ったんです。」
「……………………」
「だから、本当の親とかは正直わからないんですけど。でも、しいていうなら、八坂様が私の親代わりでした。
小さい時から色々と教えてくださって。でも……」
懐かしい思い出を頭に描きながら、早苗は少し舌を出した。
「……神様が親とか家族だなんて、変だし罰当たりですよね」
「変じゃないわよ」
「え?」
早苗は思わず、アリスの顔をうかがった。
いつもの無表情にわずかに苛立ちが混じっている。それまで聞いていたアリスの声、落ち着いたトーンの声とも違った。
続く台詞も、感情的で、人間臭かった。
「貴方が神様のために人形を作るのは、単に巫女としてご機嫌をとろうと、気に入られようとしただけかと思ってたんだけど」
「違いますよ」
思わずムッとして、早苗は言い返した
「……それは、少しはそういう気持ちがあるかもしれませんけど、それよりも喜んでもらいたいんです。
小さい頃に学校で、やさ……神奈子様の絵を描いたことがあって、今も大切に飾ってくださっているんです。
諏訪子様はそれを見て『私も描いてよ早苗!』って騒いで、この前描いてみたんですよ。
あまり進歩していなくて、お二柱に大笑いされましたけど……」
その時の屈辱を思い出して、早苗の声は少し低くなった。
しかし気を取り直して、
「でも、諏訪子様は嬉しそうでした。そして、私もとっても嬉しかった。
その時、神奈子様と同じように、諏訪子様とも家族になれたんじゃないかな、って思ったんです。
罰当たりな考えかもしれませんけど。お二柱がいるから、こっちに来ても寂しくありません。
そのことに対しての感謝の気持ちとしても、何かプレゼントしたいな、って思ったんですよ」
「…………そう」
アリスは細くため息をついた。
「どうしましたか」
「いいえ。なんでもないわ」
でも、アリスの目は、どこと無く羨ましそうだった。
「事情は分かったわ。じゃあ今日は服の型と、生地選び。あとは細かいアクセサリーのデザインでもしましょう」
「はい。アリスさん、ありがとうございます」
「…………私も人形をプレゼントしてみようかな。今まで考えたこと無かったけど」
「え?」
「明日は来れるのかしら、貴方」
「あ、はい。でも……将棋については」
「いいわよ別に。もうそんなこと気にしなくても。無償で人形作りを教えてあげる」
「えっ、本当ですか!?」
「気が変わったのよ。『契約』とは違うけど……」
「あ、でもそんな訳にはいきませんよ。私も将棋が強くなって、アリスさんを強くしてみせます。『約束』ですからね」
最後の言葉に力を込める。
アリスはきょとんとしたが、ふふっと顔をほころばせた。
「そうね。よろしく頼むわ。早苗」
「はい、アリスさん!」
それから二人は、さっきまでの、どこか遠慮した空気が嘘のように思えるほど、親しげな空気になった。
服の生地の色を選びながら、アリスと早苗は、互いの境遇について質問しあった。
「貴方と神様の関係はわかったけど、もう一つ聞きたいことができたわね」
「何でしょう」
「神様がどうして二人いるの?」
「実は……私もよく知らないんです。諏訪子様に会ったのはこっちに来てからですし。
神奈子様も、色々あったのよ、というだけで」
「ふうん。まあ、写真を見る限りは、仲が悪そうな感じはしないわね」
「ええ。よく喧嘩していますけど、喧嘩するほど仲が良いって言いますし」
「じゃあきっと、いい出会いだったんでしょうね」
「きっとそうですよ」
早苗はうなずきながら、今ごろ神社で特訓してる二柱を思い浮かべた。
◆◇◆
夕方になって、早苗は守矢神社に帰ってきた。
「ただいま帰りましたよ~!」
「…………お帰り早苗」
「すわーん!」
別に、守矢家では、『おかえり』の事を『諏訪』と(略)。
日が経つにつれて早苗の声は溌剌としたものなり、対照的に神奈子の声には覇気がなくなっている。
テンションが変わっていないのは諏訪子だけだった。
「なんで勝てないんですかー!!」
諏訪子はゴロゴロと畳を転がって、早苗の所までやってきた。
「諏訪子様、調子はどうですか」
「全然だめよ! 地獄のオンバシラディフェンスが固すぎて!」
「……人の将棋に、勝手に変な名前つけてるんじゃないわよ」
神奈子の声がして、早苗は和室を向いた。
相当くたびれているようだった。蛇の神からナメクジの神に変わったようだ。
「でも、強くはなっているんじゃないですか」
「ほんの少し進歩はしてるようだけど、まだ全然よ。まあ対決は明日と聞いているから、今夜が勝負かね」
「そうですか……」
「早苗は何か嬉しいことでもあった?」
「はい、楽しかったです。あ、今から夕飯の支度をします」
「今日は唐揚げがいいわね。コロッケでも構わないわ」
「わかりまし……」
「なんだってー!?」
早苗が唖然とする前で、諏訪子は床から2メートル近く跳ね起きて、天井に頭をぶつけそうになった。
「卑怯よ神奈子! 今日に限ってそのメニューを注文するなんて!」
「何言ってるのよ。あんたが決めたルールでしょ」
「くぅううううう!」
諏訪子が悔しげにうめく。血の涙を流しかねない勢いだった。
早苗は話の流れが分からなかったので、神奈子に尋ねることにした。
「えーと、どういうことですか?」
「今度の罰ゲームは、早苗の夕飯だったっていうことよ。こいつのおかずは納豆だけでいいから。私にたんと唐揚げを作っておくれ」
「神奈子おおおおお! 表に出ろ!」
「いいわね。ちょうど将棋ばっかりで飽きていたことだし」
早苗を置いて、二人は外に出て行った。
どうやら弾幕ごっこを始めるようだ。
いつもの喧嘩だった。
でも、何だかんだいって、神奈子はいつも諏訪子に付き合ってあげている。
早苗の目には、やっぱり仲の良い二柱にしか見えなかった。
――二人はどんな風にして出会ったのかな
外の喧騒を聞きつつ、その出会いを想像しながら、夕飯を作る。
神奈子の罰ゲームを間に受けるほど、早苗は意地が悪くない。
唐揚げはいつもより多めだった。
◆◇◆
壁時計の針が、頂点で重なっている。
神奈子と諏訪子は、和室で静かに将棋を指していた。
「…………(ボソボソ)」
「聞こえないわよ」
「まーけーまーしーたー」
「本当にあんたの戦い方は進歩しないね」
呆れた目つきで、神奈子は諏訪子の将棋を端的に批評した。
神奈子は金銀の『厚み』を生かした、じっくりとした戦い方を好む。
対する諏訪子は、飛角桂香などの飛び道具を使った乱戦を好んだ。
それ自体は悪くないのだが、薄い囲いでガムシャラに突っ込んでくるために、神奈子に強烈なカウンターを食らったり、攻めを切らされたり、じり貧に追い込まれたりと、散々返り討ちに合うのだった。
特にその傾向は、序中盤に顕著だった。終盤のここぞという所は、神奈子も舌を巻くほどの鋭さを見せるのだが、そこに至るまでの過程で大損しているので、後の祭りであった。
「とにかく、あんたは無茶が多すぎる。しかも指せば指すほど将棋が雑になるんだから、相手にする私も嫌になってくるよ」
「ぬぬぬ」
「一手一手を重くして、もっと駒の働きを大事にしなさい。『銀』が泣いてるわよ」
「……私も泣きたいやい」
帽子を深くかぶり直して、ぼそぼそと諏訪子は呟いた。
が、神奈子は同情するつもりはなかった。あくまで、乱暴な攻めの将棋を改めようとしない、当事者に問題があるのだ。
これまで頑固な諏訪子に好きなようにさせていたが、神奈子は方針を変えることにした。
「……一国の主がそれじゃ、勝てる勝負も勝てないさ」
盤を挟んで無効に座る諏訪子は、帽子の陰に表情を隠したままだった。
神奈子は駒を、初形の位置に並べ直す。駒台に積まれた分も、諏訪子の陣に戻した。
戻しながら、わざと冷たい口調で続けた。
「私の知る諏訪子は、そんな将棋は指さない。この私を散々てこずらせた諏訪の王は、無謀で浅はかで野蛮な攻めとは無縁の戦い方だった。ま、昔の話だけど」
神奈子は最後の『歩』を並べ終えて、ちらっと諏訪子の方に視線をやった。
諏訪子は帽子の端を、強く握っていた。やはり顔は隠れたままだった。
ふふ、怒ったかな。
これで少しは反省して、ちゃんとした将棋を指してくれるとありがたいんだけど。
神奈子はやはり突き放したような声で、
「どうするの、まだ指す?」
諏訪子は返事をせずに、だが顔をそむけるようにして頷いた。
それを確認して神奈子は、
「どうぞ先手で。お願いします」
「……お願いします」
その暗い声で、二人の対局が始まった。
諏訪子は左手を持ち上げた。その手が『歩』に伸び、角道を静かに開ける。
いつもの、やかましい駒音をたてるやり方ではなく、ほとんど音がしなかった。
神奈子もそれに合わせて、少し駒音を抑えて角道を開ける。
ここで、いつもならすぐに『角』を交換しにくるのだが、諏訪子はそこで小考に入った。
今度は何か別の手を考えているらしい。
諏訪子の手が、一瞬宙をさまよった。
が、神奈子の『角』は取られなかった。
それどころか、諏訪子は角道を、自分から止めていた。
……?
神奈子は怪訝に思ったが、時間をかけずに飛車先の歩を突く。
それに合わせて、諏訪子の『飛車』が、『角』の隣に移動した。
――へえ、振り飛車。しかも角道を止めての三間飛車か
冷静に飛車先の歩をさらに伸ばしながら、神奈子は内心、意外な序盤に驚いていた。
先手三間飛車という戦法自体は問題ではない。
メジャーな戦法とは言わないが、それなりに使い手が存在する。
ただし、いつもの諏訪子なら角道を開けたままの三間飛車を選択していただろう。
そちらは数ある三間飛車の中でも、序盤からよく動く積極的な戦法であり、諏訪子にも何度か指されたことがある。
対して今指されているのは、序盤は比較的穏やかな展開になりがちであり、いつもがむしゃらに序盤を荒らそうとしてくる諏訪子の好む戦い方とは言い難かった。
――つまりこれが、諏訪子の工夫ってことかね。面白いじゃないの
こうして低姿勢で待たれるとなると、居飛車側も急戦策は使えない。もっとも神奈子の方も、持久戦は望むところである。
諏訪子が『美濃』に組むのに合わせて、『左美濃』に組む。
いつもとは違った将棋になりそうだった。退屈だった神奈子の手つきも、軽くなっていく。
互いに陣形を整備していく中で、神奈子はふと奇妙な事態に気がついた。
それは諏訪子の指し手である。なぜか彼女は、『玉』の周囲を固めるだけで、まるで攻めてこようとしないのだ。
先手にも関わらず、仕掛けるチャンスを全て見逃し、『飛車』までも守備に使って、あくまで低姿勢を貫いている。
逆に、神奈子の方が攻める展開になりそうだった。
――ずいぶんと弱気な将棋ね。薬が効きすぎたかな
もう一つ気になっているのは、諏訪子の気配だった。
俯いたまま、一言も発さずに、黙々と駒を動かし続けている。
しかし、ふて腐れているようにも見えない。むしろ、何かに必死で耐えているように見える。
ぎゃーぎゃー喚かれるのも嫌いだが、こうも異様な雰囲気の友人も、ぞっとしなかった。
神奈子はついに、攻めに転じた。
互いの『歩』と『歩』がぶつかり合う。
ぎりっ、と音がして、神奈子は顔を上げた。
帽子の影で、諏訪子が歯を食いしばる音だった。
――怒ってる……ような感じでもないわね。何を考えているんだろ
諏訪子が無言で、神奈子の『歩』を取る。
それを神奈子は『桂』で取り返し、戦いがはじまった。
予想通り、いつもとは逆で、神奈子が攻めて諏訪子が受ける展開となった。
諏訪子の『角』は後ろに引っ込む。それに合わせて、神奈子の『飛車』が、敵陣へと狙いを定める。
数手進んで、局面は神奈子の有利な展開になっていた。
――このまま終わってしまうと、あっけないわね
神奈子の攻め駒は、諏訪子の陣に手をつけている。対して諏訪子の攻め駒は、まるでこちらに届いてない。
そして今のところ、神奈子の攻めは途切れる心配はないので、無理せずじっくり攻めていけば、このまま優勢が拡大していく。
私としては楽な展開ね、と神奈子はのんびりと局面を静観していた。
その視界を、白い小さな手が過ぎ、神奈子の攻めから逃れるように、『飛車』を動かした。
盤上に、血の染みが。
神奈子はハッとした。
将棋盤に異常はない。諏訪子の手も汚れていなかった。
錯覚か……。
気を取り直して、神奈子は顎に手をやって考えた。
局面は明らかに居飛車側が優勢である。このままじっくり攻めていけば問題はない。
問題があるとすれば、ここまでの諏訪子の戦い方だった。
何だか、将棋を指している気がしないのだ。攻め駒が一つも無く、こちらに向かって来ようとする意志が感じられない。
それどころか、戦いを避けに避けて、自玉の周辺に駒が収束していく。
嫌な感じがした。
神奈子はその感覚を振り払って、駒を進めた。
何か聞こえた。
人の声、悲鳴のような……。
神奈子は顔を上げて、部屋を見渡した。
外からは何も聞こえない。また錯覚か。
いや、気のせいではない。
何だか焦げ臭い。何かの焼けるような……この臭いは。
戦だ。
神奈子は青ざめた。
諏訪子が俯いたまま、じっとしている。
その諏訪子から、イメージが流れている。
色が、音が、臭いが、部屋の中を埋めていく。
神奈子は思い出していた。
心の底にしまわれていた、太古の記憶。
神奈子が持つ、もっとも触れてほしくない、忌まわしき記憶。
ああ、そうだ。これは……
諏訪の風だ。
◆◇◆
朝霧が晴れていく。
森が眠りから覚めていく。
薄い日差しに混じって、山犬の遠吠えが聞こえる。
人の身では届かぬ高所から、諏訪の大地を見下ろす二つの姿があった。
一つは身の丈七尺はある大男。太い眉の荒々しい顔つきをしており、抜き身の長剣を携えた武人だった。
もう一つは、青みがかった長い髪を束ねた若い女性。美しい顔立ちだったが、蛇のような冷たさを宿している。
両者とも、姿形は人であった。しかし、正体は人の身にあらず、この世の国津神であった。
女神、八坂刀売神は微笑しながら言った。
「いい眺めですね。特にあの湖などは澄んでいて」
「……………………」
「そう怖いお顔をなされても、戦はうまくいきませんよ」
「……お前はどう見る」
男神、建御名方神は顰めた顔のまま、八坂刀売神に聞いた。
出雲では雷鳴のごとく響く声は、この地では風に紛れて霞んでいた。
「何が可笑しい」
「いえ、だいぶお困りなようで」
「相変わらずだな、お前は」
建御名方神の顔は、さらに苦いものになった。
たとえ名に聞こえた戦神である夫であろうと、遠慮の無い物言い。
決して認めたりはしないが、彼はこの妃神が苦手なのだ。
「どうでしたか、昨日までの仕事の進み具合は」
「……………………」
「私は貴方の味方ですよ。お忘れなきよう」
「戦は男の、戦神の役目だ」
「ええ。大変でしたわ。大国主さまや兄さま方に納得していただくのは。いまだ便りの無い夫が心配でたまりませぬ、どうかお許しくださいよよよ……と泣き真似までいたしました」
「それは見たかったな」
「そうまでして、諏訪にやってきたのです。今さら隠し事など無用でございましょう」
あくまで自分の弱みをつこうとする妃神に、建御名方神は長大なため息をついた。
「八坂。俺にはこの地が必要だ。わかるな」
「承知しております」
「すでに出雲の空気は俺のものではないのだ。大見得をきった手前、手ぶらで戻れば、天の怪物共も納得すまい」
「私たちも怪物ですよ。人の目から見れば」
それには建御名方神は取り合わなかった。
彼をはじめとして、神々は人間の立場に立っての話など相手にしない。妖しげに笑うこの八坂刀売神が変わり者なのである。
女神は夫の顔から視線を外して、再び下界を見下ろす。
「……この諏訪にも怪物がいるようですわね。それも飛びっきりの」
「この地に俺が来た日、七日前からいまだ姿を見せん。だが、こちらが攻めんとすれば、すかさず反応して機先を制しようとしてくる。粘り強く、手堅い戦い方だ。しかも、力は天津神どもにも劣らん」
「そのようですわね」
「恐るべき神だ。ミジャグジを束ねる豪傑と噂に聞くが、見た目はおそらく目玉の大きい不気味な化け物と踏んでいる」
「可愛いおなごかもしれませんよ」
「笑えんな」
「いいえ。戯言ではございません。この戦はあまりにも甘すぎます」
建御名方神は横に立つ女神を、それこそ化け物でも見るような目つきで凝視した。
八坂刀売神の顔には、冷たい微笑が浮かんだままだった。
「お気づきになりませんか? 彼らの鉄は、決して田仕事の道具ではございません。
その気になって討って出てこられれば、貴方は私が出向くよりも早く、とうに出雲へと帰ってきたことでしょう」
「何が言いたい」
「恐らく諏訪の王は、戦が嫌いなのではないかと」
「馬鹿な」
その推測を、建御名方神は一蹴した。
しかし、妃神は気にせずに続けた。
「そうでなければ、あの布陣の説明がつきませぬ。あれほどの兵力と神徳がありながら、やっていることは、ただ固まり待つだけの愚策。この戦を早めに終わらそうとするなら、むしろ攻めた方が得なはず。なのに、血気盛んな戦男が、社の周りに立て篭もるばかり。彼らが守るのは、民の心を掌握しつつ、国を統べることのできる優れた王。そして……血を見るのが嫌いな王なのではないかと」
八坂刀売神の解釈に、建御名方神はしばし沈黙した。
やがてうなずき、問いかける。
「だとすれば、どうする」
「そうですね」
八坂刀売神は顎に手を当てて何やら考えていたが、
「建御名方神。この戦、私に任せてくれませぬか」
「それは……」
「無論、手柄は貴方のものです。私は夫の身を案じて戦場に出向いた、愚かな女神にすぎませんからね」
「これ以上借りを作ると、いよいよ恐ろしいな」
「お戯れを」
「そうだな、本音を言おう。この度も、お前の戦が見たかった、というのもある。
俺は力と戦意の神だ。お前のような、知恵や謀略に向くような頭は持っていない」
「買いかぶりでございますよ」
「さらにいうなら、女は男よりも残酷になれると知っている」
「ふふふ。あの鉄については、私が何とかしましょう。貴方は軍を進めて、存分に暴れまわってくださいませ」
「果たしてどう攻める」
「それはまた後ほど……」
八坂刀売神はその質問を軽くいなした。
一瞬顔に浮かんだ表情は、獲物を渡そうとしない捕食者のものだった。
「早ければ、明日の夜には、出雲に良い報せをもって帰ることができましょう。それでは建御名方神、ご武運を」
八坂刀売神はそこで姿を消してゆく。
女神の気配が遠ざかったことを確認して、建御名方神はほっと息をついた。
頭に手をやって、諏訪の社に目を向ける。
敵は手強い。それは間違いない。
しかし真の怪物は……自分のもっとも身近な場所にいるのだ。
◆◇◆
神奈子の心に、嫌なものがあふれてきた。
いつもと変わらぬ将棋盤が、ねじれて見える。
見れば見るほど、『あの時』が再現されているようだった。
神奈子は諏訪子の堅陣に対し、一方向からの攻めを避けた。
周囲の空気穴を徐々に塞いでいき、確実に息の根を止めようとするやり方。
暴れれば、その身に、より深く牙が突き刺さる。諏訪子は黙して耐えるしかない。
その間に、守り駒の一つ一つが剥がされていく。その誰もが……王の愛した、大切な家族たちだった。
神奈子の攻めは続く。
向こうの兵士はいずれも、王を守ることしか考えていない。
そして、王は敵も含めて誰にも傷ついてほしくない
その二つの『甘さ』が、悲劇を生むこととなる。諏訪の地に、消えることの無い傷をつけていく。
一手が指される。
『飛車』が走る。その周囲の草木を焼き払って進む。
一手が指される。
『桂馬』が飛び掛る。矢を射掛けられて、子供を失う親の悲鳴が聞こえる。
一手が指される。
『銀』の剣に、串刺しになる兵士たち。
皆が王を守るため、王の愛した国を守るために、命を犠牲にしている。
一手が指される。
『金』の護衛者達が失われていく。
その中心で、『玉』は、諏訪の王は泣き叫んでいた。
一手が指される。
もうやめてくれ、と王は赤子のように泣きじゃくっていた。
一手が指される。
しかし、戦火は収まらない。侵略者の毒牙は、確実に諏訪を蝕んでいく。
一手が指される。
仲間の血に濡れた刃が、王に向けられる。
一手が指される。
そしてついに、この国の歴史が終わろうとして……。
「諏訪子!」
神奈子は叫んで、対面に座る土着神の両肩を掴んだ。
部屋を覆っていたイメージが霧散した。
「諏訪子、落ち着いて!」
「……………………?」
諏訪子は焦点の定まらない目を、神奈子に向けていた。
「ごめん。本当に悪かった。さっき言ったことは忘れてちょうだい」
「でも……」
「いいんだ。ほら……」
神奈子は『歩』をつまんで、駒台にのせてみせた。
「こいつは死んじゃいないわ。『持ち駒』になって、ちょっと休憩しているだけ。血も流してないし、餓えてもいない」
神奈子は、何とか気楽に話そうと、頑張った。
「将棋は戦じゃない。奥が深くて、真剣になれる……お遊戯だ。だから、そんなに思いつめた顔でやることはないんだよ。
諏訪子が指したいようにすればいいんだから、ね?」
「……………………」
「ごめんね。私が意地悪だったんだ。私が悪かったんだ。私が……ごめんね。ごめんね諏訪子」
声が弱々しく震える。
神奈子は目に涙を浮かべながら、ぐっと唇をかみ締めた。
「もう……戦なんてないんだよ。だから、そんな顔をしないでおくれ」
「……………………」
許して、とはいえない。でも許してほしい。
若くて、愚かで、何もわかっちゃいなかった自分を。
諏訪子の目の色が戻っていく。
太古の土着神の表情から、見慣れた友人の顔へと。
その口が、ぷっ、と吹きだした。
「……あはは。どうしたの神奈子」
「……………………」
「ほら、涙なんか流して、マジになっちゃって。らしくないわよ」
「あ、あはは。そうね……ってマジになってたのはあんたもでしょ」
「何のことかな~。ふふふ」
「まったく……」
ケロケロと笑う諏訪子に、神奈子は目元をぬぐって、安堵のため息をつく。
そしていつもの和やかな雰囲気に戻り、将棋は再開された。
諏訪子の攻めは無謀なものに戻り、神奈子はそれに軽口を挟みながらも付き合った。
だがしかし、くつろいだ表情で指す神奈子の心の内は、渦を巻いていた。
諏訪子の変化が、神奈子が過去に犯した『罪』を思い出させた。
本当に……私は何てことを。
「神奈子の番だよ。どうしたの黙っちゃって」
「ん、ああごめん。何でもないよ」
「さっきから変ね」
諏訪子は愉快そうに笑っていた。
神奈子が好きな、嘘の無い純真な笑顔。
その笑顔が、神奈子の心を締めつける。
かつて諏訪の地で、大粒の涙で濡らしていた顔を思い出させて。
ごめんね諏訪子。
自分はちっぽけな野心と好奇心のために、貴方のその笑顔を奪ってしまったんだ。
貴方が何より愛した、その笑顔の源を奪ってしまったんだ。
それはいまだに傷となって、貴方の中に残っている。
なのに、貴方は一度も私を本気で責めなかった。
それどころか、敵のはずの私を受け入れ、今もこうして一緒に暮らしてくれている。
どうしてそんなに優しくなれるんだ。私には耐えられない。
その優しさに甘えられるほど、私は図太くなんてなれないよ。
神奈子は諏訪子に見せぬ左手を、血がにじむほど握りしめていた。
だから、もう二度と、あんなことは起こさない。
何としても、諏訪子に幸せになって、幸せで居続けてもらう。
そのために、私と早苗で、この地で信仰を取りもどす。
諏訪子の手を借りるつもりはない。彼女は笑ってくれているだけでいい。
その笑顔のためなら、私は何だってしてやる。何にだって付き合ってやる。
それが諏訪子のための、私の、八坂刀売神の贖罪だ。
その障害となるものは、すべて叩き潰してやる。
「……諏訪子」
「なに、神奈子?」
「今日の決着には、私もついていくよ」
◆◇◆
妖怪の山の中腹に、その遊び場はあった。
天然の洞窟を住みよいものに改装したものであり、中は明かるくて、空気の流れも良い。
妖怪の人生の半分は遊びでできており、遊び場は山にいくつもある。その中でも、人気な場所の一つが、この洞窟の遊び場であった。
その日も遊び場は、河童と天狗で賑わっていた。
が、神奈子と諏訪子が姿を見せると、室内の声は途絶えた。
誰もが入り口に目を向けている。
その視線を受けながら、二柱の神は仁王立ちしていた。
神奈子は室内をざっと見渡した。
将棋や碁の盤が、至る所に置かれている。
中には他と比べて明らかにサイズの違う物もあった。
――へえ。大将棋か。まだ指す奴がいたとは……。流石は幻想郷ね
座っている妖怪達は、いずれも将棋が強そうな顔つきであった。
しかし、睥睨する二柱の神に、萎縮してもいる。
さて、諏訪子を負かした奴はどいつかね、と神奈子は適当に見定めていると、その諏訪子は、うむ、と気合を入れて、奥の部屋へと大股で向かった。
神奈子もその後をついていく。
途中で天狗の一人が訝しげに見てくるのを、じろりと見返す。
若い天狗は慌てて顔を下げた。
すだれがかかった一室に、諏訪子は乗り込んだ。
神奈子もそれに続く。
「あー! 諏訪子姉ちゃんだ!」
突如、甲高い歓声に包まれた。
「また来てくれたんだ! 今日も将棋指す!?」
「あったりまえよ! 今すぐはじめるわよ!」
「……え?」
神奈子は、ぽかんとしていた。
「えーでも、諏訪子姉ちゃんすっごく弱いじゃん。考えると長いし、つまんないよ」
「ふっふっふ。この日に備えて特訓してきたのよ。もう退屈させないよ」
「本当に!?」
「うん! 今日は絶対に勝つからね。覚えておきなさい!」
「…………ええ?」
部屋の中にいたのは、天狗や河童の……『子供達』だった。
「ねえねえ! かんちゃんが終わったら、次は私と指そう!」
「ずるいよ! 次は僕だもんね!」
「諏訪子姉ちゃん。お手玉は後でやる?」
「おうおう、何でもやってやろうじゃないの」
子供たちにじゃれ付かれながら、諏訪子は快活に笑いながら将棋を指している。
立ち尽くしていた神奈子に、後ろから声がかけられた。
「あのー」
「……………………」
「あのー、八坂様ですよね」
「…………ん、ああ、何?」
振り向くと、若い河童が怯えつつ、ぺこぺこと頭を下げていた。
「その……この遊び場は、天狗と河童にとって大切な場所なんです。そして、諏訪子様も子供たちに懐かれています。
ですから、ここを潰したりするのは、どうかご簡便願いたいというか」
「…………んが」
神奈子は大口を開けた。
なにやら物凄い勘違いをしていた上に、物凄い勘違いをされているようだった。
真相を知って、神奈子のプレッシャーは、山崩れを起こしていく。
というか、ここに来てからの自分は、かなり恥ずかしい態度を取っていたということに……。
「八坂様?」
「いやいや、別に私はちょっと覗きにきただけよ。山の妖怪にとやかく言うつもりはないし、諏訪子も好きにさせたらいいさ」
「あ……ありがとうございます」
河童は笑顔で戻っていった。
そこで、大人部屋も再び、和気あいあいとした感じに戻る。
――なんだ。空気が張り詰めていたのは、私だけが原因だったのね
これがこの遊び場の、いつもの雰囲気なのだ。
そして、三日前も諏訪子は、この雰囲気の中で歓迎されていたのだろう。
再び子供部屋に目を向ける。
妖怪の子達に混じって、友人は心から遊んでいる。
その姿が、かつての諏訪の王と重なって見えた。
あの国でも、諏訪子はこうやって信仰を集めていたんだろうか。
民と同じ高さの目線で、同じように怒ったり笑ったりして、遊びながら仲良くなっていく。
そしてこの地でも、早苗や自分とは別のやり方で、信仰を集めてくれていたのだ。
天狗の子に帽子にたかられている諏訪子の顔が、こちらを向いた。
――参ったわね
その笑顔のなんと眩しいことか。
昨日まで重ねてきた、くだらない勝利が消えていく。同時に、心が洗われていく。
おかげで、諏訪子がこの地で摑んだ繋がりの中で見せるあの笑顔のおかげで、自分も罪の意識から救われていく気がする。
この年になっても、まだ学ぶべきことは多くある。
ほら、気楽にやろうよ神奈子、と友人が、偉大な土着神が言ってくれている。
その通りだった。私達は、戦をしにこの地に来たわけではないのだから……。
「……あの、八坂様」
「ん?」
後ろから、白髪の若い天狗に声をかけられた。
「良かったら、指しませんか? 諏訪子様から、将棋がお強いと聞いています」
「私と?」
「はい」
犬の耳をしたその天狗は、自信あり、という表情だった。
気の強そうな目つきを、神奈子は受け止めつつ、不敵な笑みをみせる。
「ああ。こっちじゃなかなか、いい相手が見つからなかったんでね。一局指そうか。天狗も将棋が得意と聞いている」
「お手柔らかに」
盤を挟んで、天狗と対峙する。
神と妖怪が仲良く将棋を指す。そんな愉快な光景も、ここに来れたからだ。
――早苗も今ごろ楽しんでるかしらね
小さな奇跡に感謝しつつ、
「お願いします」
合図と共に、神奈子は初手を指した。
◆◇◆
「ただいま戻りました」
「お帰り早苗」
日が沈んだ頃になって、守矢神社に風祝が帰ってきた。
迎えの声は一つだけ。将棋盤もすでに無い。
「すみません、遅くなりました。今からすぐにご飯の支度を……」
「ああ、心配いらないわよ。今日は色々とお土産をもらったから」
「お土産?」
「そ。お土産」
神奈子が食卓の上を指さす。
そこには、河童や天狗からもらった、きゅうりの漬け物や干し魚、山菜などのおかずが載っていた。
「どうしたんですか、これ」
「妖怪の山の遊び場に、諏訪子と二人で行ってきたの。そしたら将棋を指すたびに、気に入られちゃってね。信仰もそれなりに集まったよ」
「諏訪子様は?」
「疲れて奥で寝てる。妖怪の子供と散々遊んでやったようで。夕飯になったら起こせだとさ」
「将棋はどうなったんですか?」
「五分五分だったようね。まあこれで、私も面倒な将棋の特訓から解放されたわけよ」
「そうですか……」
なぜか早苗の声は寂しそうだった。
神奈子は苦笑する。
「早苗。私に頼みたいことがあるなら言ってごらんなさい」
「えっ、いや、何でもないですよ。大丈夫です」
「そう。じゃあ将棋盤を持ってきなさい。そこにあるやつ」
「…………?」
「将棋を教えてほしいんじゃないの? この前からそんな顔していたけど」
そんな早苗の顔は、驚き顔に変わった。
「神に隠し事は無駄。そして、私に遠慮は無用」
「い、いいんですか? この前は、もう将棋は見たくないって……」
「そりゃあ、諏訪子とはもう千年は指したくないわね。でも、早苗に教えるなんて苦労でもなんでもないわ。
むしろ望むところよ。ほら、さっさと持ってきなさい」
「あ、ありがとうございます!」
早苗は嬉しそうに、将棋盤を手にして小走りにやってきた。
「それじゃあ指そうか」
「あの……神奈子様。私、強くなりたいんです」
「おや、諏訪子みたいなこと言うわね」
「すみません。ある理由があって、将棋が強くならなきゃいけないんです」
「ある理由?」
「ここ数日私は、アリスさんっていう魔法使いの方に将棋を教えていたんです。彼女が将棋が強くなりたいというので」
「なんと、早苗が将棋を教えていたの?」
「は、はい。分かっています、身のほど知らずだということは。実際、アリスさんはチェスが強くて覚えが早くて……私なんてもう相手にならないんです。でも、どうしてもアリスさんに教えなきゃいけないんです」
「それはまたどうして」
「実は、私もアリスさんから、人形作りを教わっているんです。今日もそれで遅くなってしまって……でも、私が教わりっぱなしなのも悪いから」
『それなら神社に連れてくればいいじゃないの』と、神奈子は言わなかった。
早苗は一生懸命である。そして、何か話せない理由があるようだ。
それについて触れるつもりはないし、何より、早苗が幻想郷の友人を増やしているのは喜ばしいことである。
「カエルの子はカエルか」
「え?」
「いや、そうか。それじゃあ、強くならなきゃね」
「……はい。お願いできますか、神奈子様」
「いいわよ。諏訪子と違って早苗は素直だから、すぐに強くなれると思うけどね」
言いながら、神奈子は自分の駒を、次々と駒箱の中に放り込んでいく。
やがて盤上の神奈子の駒は、『歩』と『玉』のみになっていた。
早苗の方の揃った駒と比べて、ずいぶんと見劣りしている。
「まずはこのくらいかな?」
「こ、これ何ですか?」
「『十枚落ち』よ。初心者がコツを覚えるにはこれが手っ取り早い。じゃ、お願いします」
「あ、お願いします」
頭を下げあって、神奈子は初手を指す。
『玉』が斜めに上がったのを見て、早苗は角道を開ける。
神奈子は微笑して、『玉』から遠く離れた『歩』を一つ伸ばした。
「そういえば、早苗と将棋をちゃんと指すのは初めてね」
「そうですね。ルールは諏訪子様に教わりましたから」
指し手は進んでいく。
神奈子は『玉』を低く構えたまま、『歩』を適当に進める。
早苗は居玉のまま、大駒を中心に適当に動かしていたが、やがて困った顔になって、
「神奈子様。何をどう指していいのか分かりません」
「別に、どんな手を指しても笑わないわよ。好きにやりなさい」
「ええと。じゃあここで」
「うん。面白いわ」
こちらの『玉』めがけて進もうとする『銀』に、神奈子はうなずいた。
「神奈子様は……負けたことがありますか?」
「将棋でかい? 昔は何度も負けたよ。向こうには、強い相手がごろごろいたから。今日も一局負けたわ」
「将棋の神様って、いるんでしょうか」
「いるかもね。会ったことはないけど」
神奈子の『玉』は、進んだ『歩』の下で中央までやってきていた。
ただし、早苗は『銀』でその進入を食い止め、『角』も敵陣に成りこんでいる。
後はちゃんと神奈子の『玉』を寄せて、詰ますことができるかどうかだった。
「将棋の神様同士が将棋を指したら、どうなるんでしょう」
「……先手が勝つか、後手が勝つか、あるいは千日手か。私もそこまでは見たことがないね
よく出来た遊戯だよ。人も機械も神も妖怪も、強くはなれど、将棋の真理をいまだ極めることが適わない。
誰も将棋の神様には追いつけない」
「不思議ですね。人が考えたゲームなのに」
「そうだね」
一手指すごとに、言葉が交わされる。時間がゆっくりと進んでいく。
外界では、こんな風に早苗と、よく二人だけで会話した。
何か学校で嬉しいことがあった時や、友達と喧嘩した時、あるいは夏休みの宿題に切羽詰った時なんかでも、早苗はよく神奈子に相談しにきた。
それはここに来てからも変わらない。
――でもそう言えば、ここ数日、早苗に構ってあげられなかったわね
ひょっとしたら、それでこの子に寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
次の休暇は、三人で一緒に取ることにしよう、と神奈子は決めた。
「将棋の神様は、ずっと将棋がゲームになるのを待っていたんでしょうか」
思わぬ一言が、早苗の口から聞かされた。
神奈子は目で、その意を問うた。
「私は思ったんですが……将棋だけじゃなくて、この世のゲームは、人が考えだす前からあったんじゃないですか?」
「……………………」
「将棋の一手一手もそうですけど、あらかじめ全ての遊戯は……この世の裏にちゃんと存在していて。
それこそ、将棋よりもっと難しいゲームの神様がいっぱいいらっしゃって……」
話すにつれて、早苗の目が輝いていく。
「彼らは、この世の人に見つけてもらえるのを、待っているんじゃないでしょうか……!?」
早苗のイメージが、神奈子に伝わってくる。
有限の世界の向こう側に広がる無限の世界。
そこでは、まだ見ぬ一手や、まだ見ぬゲームが、可能性を秘めた神々が、人に見つけてもらうのを待っている。
神奈子はその雄大な世界を、じっくりと味わった。
そして、くすりと笑った。
「現人神らしい顔をしているじゃないの、早苗」
「えっ、そうですか?」
「いやいや。面白い解釈を聞かせてもらった。本当にそうかもしれないね」
「そう思いますか、神奈子様も」
「いや、私は違うと思うね。やっぱりそこには何もいないよ」
「どうしてですか?」
「なぜなら、将棋は人が生み出したゲームだから」
「………………」
「不満そうね。じゃあ、こういい直すわ。『人が神を生み出した』の」
「………………」
「つまり、『神』より先に、『人』がいたのよ」
「…………えっ、ええーっ!?」
早苗が叫び声を上げて、立ち上がった。
前に置かれた将棋盤がひっくり返り、駒が飛んでいく。
奥の寝室から、諏訪子の声が聞こえてくる。
「こらー! 早苗! 神様が寝ている時にうるさいぞー!」
「すすすすすっ! すみません諏訪子様!」
「すすすすすすみません、なんて珍妙な謝罪の声もうるさい! 静かにしてなさい!」
「はっ、はい! えっと、この駒は……あれ? どこだっけ」
早苗がうろたえる前で、神奈子は落ち着いた表情で、盤を元に戻し、ひょいひょいと駒を配置していく。
「ご、ごめんなさい神奈子様。落ち着きがなくって」
「あの馬鹿の言う事なんて放っておきなさい。自分が一番うるさかったんだから。じゃ、続きを指そうじゃない早苗」
「それよりも神奈子様。今の話は本当ですか?」
「本当も何も、気がついてなかったの? あんたは、現人神である前に、普通の女の子だったでしょう。
私や諏訪子も、人の信仰によって生まれた神よ。人無しで存在できるものでは無いわ」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
早苗はまだ泡を食っている。
「まあ、本当に創造神というのがいるかもしれないが、それはまた別物。将棋の神様は、間違いなく人によって生まれた。
でも、いまだ指されていない新手も、互いに最善を尽くせば生まれるだろう局面も、ましてやまだ無き他の遊戯も、それらが広がる無限の世界も、人の想像の中にしかない。数字で可能性を示せるだけで、この世にもあの世にも、存在なんてしてないのよ。人が考えて生み出してやらない限りね。すべては人から生まれたんだ」
そこから神奈子は、自嘲めいた口調で
「それだけじゃないよ。すでに人によって生まれた存在も、人無しでは生きていけない。人に忘れられれば、それは幻想になって消えてしまう。
神々が争った戦の記憶も、調子に乗った女神が犯した愚かな罪も、遠い昔の話さ。
そして、人から忘れ去られた神は……滅びるのみ。それがこの世の理」
「神奈子様……」
諦観のこもった独白が進むにつれて、早苗が泣きそうになる。
神奈子はそこで、優しい風祝を安心させるように、ふっと笑った。
将棋盤に右手をかざす。
『歩』の下で息を潜めていた、『玉』を指に挟む。
「だから、私は感謝しているんだ。私を忘れてくれなかった、ここに来ることを決断する勇気をくれた、ちょっと変わった人間の女の子にね」
「え……」
早苗が呆けた表情で、自分を指差す。
神奈子はしっかりとうなずいてやった。
「早苗がいるから、私たちは消えずにすんだんだ。幻想になったとはいえ、今もここで確かに生きている。
こうして将棋も指せる……!」
ぴしっ、と活きのいい音を鳴らして、神奈子は『玉』を斜めに進めた。
盤の駒に指を伸ばしたまま、早苗に向かってウィンクする。
「ってわけよ。ありがとう早苗」
「神奈子様……!」
早苗の目から、涙が一滴こぼれた。
その顔は、喜びに満ちていた。
「ほら。あなたの番よ。好きな一手を指しなさい。あなたの望むままに、この世に生み出してあげなさい。
それが現人神であり、風祝の人間でもある、あなたにしかできない役目なんだから」
「はい! お二人を忘れたりなんてしません! お二人は、ずっとこの世のもので、ずっと一緒ですからね!」
「静かにしろってーの!」
再び奥の寝室から、諏訪子の怒鳴り声が聞こえる。
空気を読まないんかねあいつは、と神奈子は苦笑いするしかなかった。
どこまでも自由で正直な神だ。だからこそ、この地に一番早く馴染んだのかもしれないが。
さて。
盤の向こうで真剣な顔になる現人神に、古き神は向き直った。
早苗は手を伸ばし、『飛車』を横にずらす。
神奈子にとっては、ぬるい疑問手だ。
しかし、それも早苗と神奈子がこの場にいなければ、この世には無かった一手。
今この一手は、はじめてこの世に生まれた、あるいは見つけてもらうのを待っていたということになる。
――ようこそ一手君、幻想郷は守矢神社へ……ってか
神奈子は、早苗の攻めを迎え入れるように、歩を一つ進めた。
(おしまい)
早苗さんとアリスのやり取りの方も見てみたいw
守矢一家は良いですね。神奈子さまの威厳と諏訪子さまの慈愛のバランスとか。
また二柱の話が読めたらうれしいです。
ちょっと詰め込みすぎな気がしなくもないですが。
早苗さん話から神奈子様話に変わっちゃったので、早苗さん話の顛末も見たかったです。
二柱がすごくいい感じです。
諏訪子と神奈子の昔の話が出てきたりとかで急にシリアスになったり
早苗の人形好き?とかも面白かったです。
楽しい作品でした。
……二柱の神様の昔話が凄く気になります。
PNSさんが書くことで生まれたこのSSに、出会えたことに感謝をこめて。
早苗さんとアリス、諏訪子と神奈子、それぞれの関係が将棋を通して見事に表現されていました。
中盤の神様二柱の過去の話もしんみりとして良かったです。
ではでは次回作も楽しみにしています。
余談ですが自分は居飛車党w
半端だったから……かな? それだけじゃないような感じだけど。
描いた技量にぱるしー
いい展開ですね。
早苗とアリスの交流が消化不良気味に終わっているのが、ちょっと残念でしたけど。
それと、アリスが漢字は簡単なものしか読めないということに違和感がありました。
魔界でも幻想郷でも漢字名前の者たちと接している上に、幻想郷は日本語が共通言語
ですから、ブレイン派の彼女に限ってそれはないんじゃないか? と。
ところで、私もこの作品を読み終えて何か引っ掛かるものを感じました。上手く説明
できないのですが……。
将棋の上辺だけに触れない展開と大戦の関連は面白い。
ただ残念なのは諏訪子のうめき声や冒頭の行の記述がちょっと態とらしい。
そこが気にならなければもっとよくなってるかも。
現実と幻想の挟間から生まれた、暖い哲学が大好きです。
勉強になりました。
伏線が張り巡らされてるように見えるのは気のせいかな。
特に魔界の唯一神の匂いがするのが気になりました。
あと、私にも是非早苗さん人形を。
とりあえずそこそこうまくなった全員の得意な戦法とか知りたいところ。
アリスはきっちり固めてから攻めてくるタイプで魔理沙は棒銀とかが好きそうなイメージが。